在日コリアンの相続処理を巡る実務上の諸問題 2015年10月4日 弁護士李春熙 第1 はじめに 1 在日コリアンの相続は、植民地と分断の時代を生きた彼ら/彼女らの歴史の縮図 2 在日コリアンの相続事件の特徴 (1)日本、韓国、朝鮮のそれぞれの法律が適用される可能性がある(準拠法)。 (2)身分関係の特定に困難が生じることがままある(身分情報の国家による把握)。 (3)相続人が、日本、韓国、朝鮮その他に散在している事例がある。 (4)相続財産が日本、韓国(朝鮮)に散在している事例がる。 第2 在日コリアンの相続にはどこの国の法律が適用されるか 1 在日コリアンの「国籍」とは。 (1)外国人登録/外国人住民票の「国籍」「国籍等」欄の表示の意味 ・法務省の統計(別添資料・出典:在日本朝鮮人人権協会「人権と生活」40号) 法務省は「朝鮮」表示者数を公開していない。一説には、3~4万人とも言われる。 ・1947年に外国人登録令施行。当初、国籍欄には朝鮮人の場合すべて「朝鮮」と 記載。南北政府の樹立後も変わらず。1950年の登録切り替えの際、「韓国」の用 語が認められる。しかし、この場合でも「実質的な国籍の問題や国家の承認の問題 とは全然関係なく、朝鮮人、韓国人のいずれを用いるかによってその人の法律上の 取扱いを異にすることはない」(1950年2月23日法務総裁談話)のが政府の立 場であった。 ・1965年10月26日政府統一見解(日本社会党朝鮮問題対策委員会「祖国を選 ぶ自由」6頁、大沼保昭「在日韓国・朝鮮人の国籍と人権」17頁参照) →「韓国」は国籍、「朝鮮」は単なる用語 「在日朝鮮人は、もと朝鮮戸籍に属し、日本国内に居住していたまま日本国籍を失い、愛国人 になった特殊事情から、旅券またはこれに代る国籍証明書をもたないので、便宜の措置として、 「朝鮮」という名称を外人登録の国籍欄に記載したものである。子の意味において「朝鮮」と いう記載は、かつて日本の領土であった朝鮮半島から来日した朝鮮人を示す用語であって、何 らの国籍を表示するものではない。/…「韓国」への書換えを強く要望してきたものがあるの で、本人の自由意思に基づく申立てと、その大部分に韓国代表部発行の国民登録証を提示させ た上「韓国」への書換えを認めた。このような経過によって「韓国」と書換えたものであり、 しかも、それが長年にわたり維持され、かつ実質的に国籍と同じ作用を果たしてきた経緯など をかんがえると、現時点からみれば、その記載は大韓民国の国籍を示すものと考えざるをえな い。/(「韓国」から「朝鮮」への書換えは)外国人登録上の「韓国」なる記載が大韓民国の 国籍を示すものと考えられる以上もともと国籍の変更が単に本人の希望のみによって自由に 行われるものでないという国籍の本質にかんがみ、本人の希望だけで再書換えをすることはで きない。」 (2)南北の国籍法の立場
・南北両政府は、南北いずれの人びとをも自国国民と位置づけている。 在日コリアンについても、自国の国民と位置づけるものと考えられる。 (韓国) 1948年7月17日以前に朝鮮人を父として出生した者は、南朝鮮過渡政府法 律第11号国籍に関する臨時条例第2条第1号の規定により出生と同時に朝鮮国籍 を獲得し、同日の大韓民国憲法の公布と同時に大韓民国国籍を取得する。 韓国の国籍法は、血統主義(1998年以降父母両系主義)。韓国人を父として出 生したものは韓国籍を有する。 大法院1996年11月12日判決 朝鮮人を父親として出生した者は、南朝鮮過渡政府法律第11号国籍に関する臨時条例の規 定により朝鮮国籍を取得し、制憲憲法の公布と同時に大韓民国国籍を取得したというべきであ り、たとえその者が北韓法の規定により北韓国籍を取得し中国駐在北韓大使館から北韓の海外 公民証を発給された者といえども、北韓地域もやはり大韓民国の領土に属する韓半島の一部を 構成するものであり、大韓民国の主権が及ぶのであって、大韓民国の主権と抵触するいかなる 国家団体や主権を法理上認定することができない点に鑑みるとき、そのような事情はその者が 大韓民国の国籍を取得してこれを維持することにいかなる影響も及ぼさないとした原審判決 を首肯した事例 (朝鮮) 朝鮮国籍法は、「共和国創建以前に朝鮮の国籍を所有していた朝鮮人とその子女」 を朝鮮民主主義人民共和国公民と定める(2条1項)。「朝鮮の国籍を所有していた朝 鮮人」の意義については「朝鮮戸籍令により朝鮮戸籍に登載されていた者を指す」と する見解、「当時の朝鮮封建政府末期の韓国を念頭に置いている」との見解などがあ るようであるが、南北いずれの人びとをも「朝鮮人」とみなすものであろう(青木清 「北朝鮮公民の韓国国籍」法政論集227号827頁参照)。 1963年国籍法は父母両系血統主義を定める。ただし、国籍法7条は、「外国に 居住する朝鮮民主主義人民共和国公民と外国公民の間に出生した者の国籍は」、「父 母の意思」に従い定めると規定している。 2 分断国家における「本国法」の決定 (1)通則法36条 「相続は、被相続人の本国法」による。 (2)在日コリアンの「本国法」は? ・適用される本国法は承認国法に限定すべきとする説 サ条約発行後の法務省行政解釈。現在では支持を得ていない。「国際私法上の準拠 法指定については国際法上の政府承認に拘束される理由はない。」「国際私法で国籍 が連結点として用いられるのは国籍の国際法上の効果ではない。それが用いられる のは、政治的帰属関係そのものによるとの趣旨ではなく、むしろそれが身分関係に ついてのその国との密接な関係を徴表するものであるからである。」(注釈国際私法 第2巻268頁) 最判昭和34年12月22日(判時211・13)は中華人民共和国の法が準拠 法として指定されうることを認める。 ・韓国・朝鮮は一国であると構成する立場(通則法38条3項の適用)と韓国・朝鮮
は2つの国家であると構成する立場(通則法38条1項)が、学説上は対立。 実務上は、両説のいずれを採用するかによって具体的帰結に差はないとされる。 「当事者の現在及び過去の住所、常居所、居所、本貫又は本籍、親族の住所、常 居所、居所のほか、当事者の意思等を考慮し、属人法の趣旨に照らして、いずれか の法を本国法として適用」とするのが一般的などといわれている。 ※ 在日コリアンの「本国法」を住所地法である日本法と構成する立場 「実効的国籍論」、機能的公序論、反致規定の一般条項化 (3)日本の裁判所において、在日コリアンの「本国法」はどのように認定されるか ・裁判例に現れた事情 ・準拠法の「調整」 第4 適用される南北本国法の内容 1 本国法を韓国法とする在日の相続 (1)日本民法と内容が異なり実務上も問題となる若干の例(別添資料・出典:大阪弁 護士協働組合「コリアン家族法のイロハ」) ・相続人の範囲 配偶者は兄弟姉妹がいても単独で相続人となる 配偶者にも代襲相続権が認められる 子ではなく「直系卑属」が第1順位の相続人となる 4親等内の傍系血族も相続人となりうる ・法定相続分 配偶者の相続分について、日本法では配偶者は常に2分の1。韓国法では配偶者の 相続分はこの1.5倍。 → 実務上頻出するのは、被相続人に多額の負債がある場合の相続放棄の問題。4親 等まで延々と放棄を繰り返さなければならない可能性。遺言により日本法を準拠法 に指定しておく処理が検討されてよいのではないか。 2 本国法を朝鮮法とする在日の相続 (1)朝鮮の国際私法である対外民事関係法(1995年成立)45条により反致。日 本法が適用される。日本の裁判所実務でもそのような解釈が通用している。 対外民事関係法45条 1 不動産相続については、相続財産の所在する国の法を、動産相続については、被相続人の本 国法を適用する。ただし、外国に居住している我が国の公民の動産相続については、被相続 人が最後に居住していた国の法を適用する。 2 外国に居住している我が国公民に相続人がない場合、相続財産はその公民と最も密接な関係 があった当事者が承継する。 (2)朝鮮家族法の概要 (在日本朝鮮人人権協会・朝鮮大学校朝鮮法研究会編「朝鮮民主主義人民共和国主 要法令集」(日本加除出版)参照) 実務上問題になりうるもの
①相続 前述のとおり、日本法適用 cf.日本の裁判所実務 ②婚姻関係 a 離婚の要件 家族法20条、21条 ・ 朝鮮籍夫婦は、協議離婚が可能か。 ・ 調停離婚、審判離婚の効力は。 ・ 朝鮮法上の離婚原因 朝鮮家族法21条 配偶者が、夫婦の愛情と信頼に著しく背反するか、その他の事由で夫婦生活を継 続することができない場合には、離婚することができる。 b 離婚の効果 ・ 慰謝料、財産分与について ・ 離婚後の子に対する親権の行使方法 朝鮮法によれば、離婚後も父母は共同で親権を行使し、離婚の際は子の養育者を 指定する(朝鮮家族法22条1項)。 札幌家審 S60.9.13→ 在日朝鮮人夫と日本人妻間の離婚調停につき、北朝鮮の法 律に準拠して家事審判法24条1項の離婚審判をするとと もに、離婚に際し子の養育者の指定をした事例 ・ 離婚の際の養育費算定の準拠法は朝鮮法となるのか。その際の算定基準、支払の 終期は。 ・ 面接交渉の可否、方法 ③養子縁組 対外民事関係法47条 「外国に居住している我が国の公民の養親縁組、離縁、親子関係、後見、遺言につ いては、居住している国の法を適用することができる。」 a この規定は一種の「選択的連結」であるから日本法に反致しないという見解 b 朝鮮家族法附属決議3項の趣旨や朝鮮と日本の法律的判断と判決とが一致す る可能性を重視する観点から日本へ反致するという見解 cf.中国人の民事行為能力について、中国国際私法規定が「できる」としている と言う理由から反致しないとした事例(東京高決H18.10.30) ※ 朝鮮法による養子縁組はいわゆる断絶型養子縁組 ④名の変更 東京高決平成19年5月29日家庭裁判月報59巻10号54頁 第5 実務上の諸問題 1 身分関係の特定 (1)想定される資料 ・外国人住民票 →現在の、同一世帯を構成する者しか判明しない。 cf.日本国籍者の相続関係特定の手順(住民票→戸籍→原戸籍)
・(閉鎖)外国人登録原票 外国人登録原票の登録事項(旧外登法4条1項各号、以下はその一部) ③氏名④出生の年月日⑥国籍⑦国籍の属する国における住所又は居所⑧出生地⑮ 居住地⑯世帯主の氏名⑰世帯主との続柄⑱申請に係る外国人が世帯主である場合に は、世帯を構成する者(当該世帯主を除く。)の氏名、出生の年月日、国籍及び世帯 主との続柄⑲本法にある父母及び配偶者…の氏名、出生の年月日及び国籍 → 「国籍の属する国における住所」により本籍地(登録基準地)が判明するケー スがある。 → 家族事項(⑱⑲)は、指紋押捺廃止時(平成4年法改正)に新たに登録事項と された。これより古い原票には家族事項がない場合が多い。 → 弁護士会照会による取得 照会目的との関係で全部開示が認められないケースがある。 ※ 外登法廃止の影響 2012年7月9日以降の身分関係の変動を把握することができない。朝鮮籍 者及び韓国戸籍未整理の者の相続について、今後問題になる。 ・韓国戸籍 除籍謄本、被相続人の閉鎖基本証明書・家族関係証明書等、相続人の基本証明書・ 家族関係証明書 ※「外国人」が取得できるか ・日本戸籍 ・朝鮮民主主義人民共和国の官公署が発行する資料 居住証明書、家族関係証明書、印鑑登録 → 一般の弁護士等が取得可能か? ・朝鮮総聯発行の証明書 (2)実務上の対応 ・法務局の対応 ・金融機関(含む証券会社)の対応 ・裁判所の対応 2 遺産分割調停・審判の国際裁判管轄 被相続人の最後の住所地国が原則的管轄国。遺産の所在地国にも当該遺産に関する 事件について例外的に管轄を有する。 3 当事者の散在 (1)当事者が日本国内にのみ存在している場合 →日本国籍者と異なる特段の問題は生じない。 (2)当事者が韓国に(も)居住する場合の手続 ・事前の協議が可能であれば、日本国内の弁護士を選任させて処理する。 ・韓国への訴訟書類の送達 ・不出頭の場合に審判が可能か? 審判事件の場合、一般に本人の出頭は必須ではない。
ただし、別表第二事件(遺産分割事件も含まれる)については、申立書写しの「送 付」、関係人の陳述聴取が必要。 また、審判は、審判を受ける者に「告知」することによって効力を生ずる。 cf.「別表第2に掲げる事項についての審判事件において相手方の住所等が不明で ある場合に、申立書の写しの相手方への送付を公示送達の方法によって行う方 法等が考えられる」(最高裁判所事務総局家庭局) (3)当事者が朝鮮に(も)在住する場合の手続 ・コンタクトを取ることが可能か。郵便事情、渡航の可否 関係者が朝鮮を訪問し、朝鮮在住の相続人と協議して遺産分割協議書等を作成し ていた事例が多い。 朝鮮在住者について、朝鮮の官公署発行の居住証明書、印鑑証明書等があれば、 相続処理(移転登記、預金引き出し)は可能。 ・朝鮮在住者を当事者とする法的手続 a 朝鮮在住者を原告とする訴訟手続 朝鮮在住者が署名した委任状により、訴状等は受理される扱い cf.調停、審判 b 朝鮮在住者を被告とする訴訟手続 送達の可否 正規の送達(領事送達、中央当局送達、指定当局送達、民訴条約に基づく外交 上の経路による送達、管轄裁判所送達)は不可能。 民事訴訟法110条1項3号により公示送達をすることが許されるか? 【民事訴訟法】 (外国における送達) 第百八条 外国においてすべき送達は、裁判長がその国の管轄官庁又はその国に駐在 する日本の大使、公使若しくは領事に嘱託してする。 (公示送達の要件) 第百十条 次に掲げる場合には、裁判所書記官は、申立てにより、公示送達をするこ とができる。 三 外 国 に お い て す べ き 送 達 に つ い て 、 第 百 八 条 の 規 定 に よ る こ と が で き ず 、 又 は こ れ に よ っ て も 送 達 を す る こ と が で き な い と 認 め る べ き 場 合 「外国において送達をしなければならない場合に、当該外国との間に条約も国際 慣行もなく、当該外国の官庁またはその国に駐在する日本の大使・公使もしくは 領事に送達を嘱託する(108条)ことが出来ない場合…には、公示送達の申立 てができる。」(コンメンタール民事訴訟法Ⅱ第2版417頁) 「…台湾や北朝鮮等国交のない国に在住する者に対して文書を送達するには、上 記(1)ないし(5)の方法により送達することができないため、公示送達によ らざるを得ない。なお、外国に在住する者に対して公示送達を行った場合は、民 事訴訟法179条2項ただし書により、公示送達があったことを受送達者に通知 することが相当である(通知は、日本語による文書を普通郵便で送付してすれば
足りる。)。」(最高裁判所事務総局民事局監修「民事事件に関する国際私法共助手 続の手引(新版)17頁、ただし平成7年2月20日発行・旧法下の記述) c 朝鮮在住者に対する調停、審判手続 前記(2)と同様だが、正規の送達は不可能。 (4)不在者財産管理制度、失踪宣告による処理 「近ごろは、通信・交通事情がめざましく発達していることから、不在者が外国等 遠隔地にいるというだけでは、財産管理不能ということはできない。財産管理不能 といえるためには、例えば、国交未回復の外国に居住しているとか、あるいは諸外 国を短期間のうちに転々としているなど、自由な通信・交通が困難な場合に限られ るというべきであろう」(司法研究報告書第55輯第1号財産管理人選任等事件の 実務上の諸問題117頁以下)。 →ただし、実際は、近時においても、朝鮮在住者のみならず韓国在住者について 不在者財産管理を命じている事例はある。 4 執行手続上の問題(主に、移転登記手続に関し問題となる) (1)判決にもとづく登記 (2)調停調書、審判書、和解調書にもとづく相続登記 → この場合、相続関係の証明書は不要とされているようである。 (3)韓国の財産処分について 日本の裁判所による調停・審判の韓国での執行可能性 執行判決の要件(韓国民事訴訟法217条) 第217条(外国判決の効力) 外国法院の確定判決は次の各号の要件を全て具備した場合に、効力を認定する。 1.大韓民国の法令または条約による国際裁判管轄の原則上、その外国法院の国際裁判管 轄権が認められること 2.敗訴した被告が訴状またはこれに準ずる書面及び期日通知書や命令を適法な方式によ り防御に必要な時間余裕をおいて送達を受けたり(公示送達やこれに類する送達によ る場合を除外する)送達を受けなかったが訴訟に応じたこと 3.その判決の効力を認めることが大韓民国の善良な風俗やその他の社会秩序に反しない こと 4.相互保証があること → 調停調書、審判書が「外国判決」にあたるか。送達の問題。 (在日コリアン弁護士協会編「Q&A新・韓国家族法」333頁以下参照) 5 朝鮮在住者を当事者とする相続処理の実例