• 検索結果がありません。

26 Vol. 13 (Nov., 23) (Yamamoto & Gohara, 2) (bifurcation) (1) k 1 k V (q = ± k/k) 2 (q =) 1 k (q =) (pitchfork bifurcation) 2: A B µ

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "26 Vol. 13 (Nov., 23) (Yamamoto & Gohara, 2) (bifurcation) (1) k 1 k V (q = ± k/k) 2 (q =) 1 k (q =) (pitchfork bifurcation) 2: A B µ"

Copied!
18
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

2003 年 11 月 発行 第 13 巻

運動学習研究会報告集

13

運動学習研究会 編

Annual Report of the Japanese Motor Learning Seminar

Vol. 13 (Nov. 2003)

(2)

連続打球動作に見られる分岐現象

山本 裕二(名古屋大学)

1. はじめに

これまでのテニスのグランドストロークを課題と した実験で,連続して 2 つの入力を乱順に入れるこ とによって,その出力は 3 次の系列効果を持つフラ クタル遷移として現れそうであることがわかってき た (Yamamoto & Gohara, 2000).この観察される フラクタル遷移はノイズとの識別が難しく,また入 力が 2 種類しかないため履歴(ヒステリシス)が観 察しにくい.そこで,今回は 3 入力 2 出力とし,履 歴を伴う分岐現象の観察を試みた.

2. 分岐現象 (bifurcation)

系の構造がパラメータを変えることによって変化 する現象を分岐現象と呼ぶ.例えば,(1) 式で記述さ れる系では,k が正のときと負のときでは図 1 に示 すように質的に異なる形となる.つまり,k が正の ときにはV は極小点 (q = ±k/K) を 2 個,極大 点 (q = 0) を 1 個持つが,k が負になるとただ一つ の極小点 (q = 0) のみを持ち極大点は現れない.こ うした分岐は,熊手型分岐 (pitchfork bifurcation) と呼ばれている. V = −k 2q 2+K 4q 4 (1) q= K k q= -k q 0 q=0 V(q) k>0 k<0 q Kk1: 熊手型分岐の例で,固定点のパラメータkに よる変化 また,Kelso (1995, p. 85) には,図 2 に示すホップ 分岐 (Hopf bifurcation) を取り上げている.Kelso は 指の実験結果 (Kelso, 1981; Kelso & Sch¨oner, 1988) を参照しながら,指の水平方向の動きはリミットサ イクルアトラクタからポイントアトラクタへ,逆に 垂直方向の動きはポイントアトラクタからリミット サイクルアトラクタへ分岐するとしている. 図2: ホップ分岐の例で,Aがポイントアトラクタ, Bがリミットサイクルアトラクタで,制御パ ラメータµによって質的に解が変化すること を示す(Kelso(1995)より) さらに,分岐現象の中にはヒステリシス (hystere-sis) を伴う分岐がある.図 3 はダッフィング振動子 の数値解の模式図である.制御パラメータγ が増加 していく場合と減少していく場合によって,その分 岐が起きる値が異なり,2 つの軌道間での跳び移り が生じる.こうしたヒステリシス効果は知覚現象に も見られる. 図3: ヒステリシスを伴う分岐の例で,ダッフィン グの3次の振動子に対する応答曲線の模式図

3. 打球動作に見られるヒステリシス

Sørensen, Ingvaldsen, and Whiting (2001) は,卓 球のストロークを課題として,8 カ所にボールを送球 し,フォアハンドかバックハンドかどちらのサイド で打球するかを検討している.そして,順番にボー ルを送る位置を変更していくときには,フォアハン ド側からバックハンド側へ変更していった場合とバッ クハンド側からフォアハンド側へ変更していった場 合では図 4a, b のように打法が切り替る位置が異な

(3)

連続打球動作に見られる分岐現象(山本) 27 るとしている.さらに乱順にボールの送球コースを 切り替えた場合には図 4 c のようになるが,フォア ハンドとバックハンドの重なる部分があり,これら からヒステリシスについて言及してる.ただしこの 実験では,時間圧をかけないように,つまり離散運 動として行なうために打球間隔は 20 balls/min あ るいは 30balls/min であった. _ ` a 図4: aはフォアハンド側からバックハンド側へ,b はバックハンド側からフォアハンド側へ順に 切り替えた場合.c は乱順に切り替えた場合

4. 実験

4.1 目的 打球動作の連続的な切り替えにおける系列効果(ヒ ステリシスを伴う分岐現象)を確認することを目的 として,同じ入力から異なる出力が観察できるよう に 3 入力に対する連続打球動作を検討した. 4.2 方法 被験者 大学テニス部員男子 6 名. 課題 フォアハンド側,バックハンド側,正面の 3 コースに送球されるボールに対するテニスのグラン ドストローク.打球間隔は 32balls/min.ボール速 度は約 8.2 m/s. CCD Camera (Sony DXC-950) X Y CCD Camera (Sony DXC-950) Z 1,2m 1m Forehand Side Backhand Side 0.4m Ball Machine (Tennis Tutor M2) 5-point 4-point 3-point 2-point 1-point 1.37m Photoelectric Sensor (Omron E3V3-T61) 2m One Bounce Area + -qr_pr 1TGBCMPCAMPBCPQ TGBCMRGKCAMSLRCP &BIFNF+/32.' Ksjrga_`jc&03k' TGBCMRGKCAMSLRCP &BIFNF+/32.' KMLGRMP KMLGRMPMSR @LA AABA_kcp_ &QmlwBVA+/.5' Aclrcp 図5: 実験状況の模式図.これまでと異なるのは Centerへの送球を加えた点. 手続 ボールマシンからの送球に対して慣れるため の練習を行なった後,1 セット 38 球を 5 セット,合 計 190 球を打球した.1 セット終了ごとに被験者は 交代して休息した.この 190 球の中に,正面への送 球前のn − 2, n − 1, n の 3 球前までの履歴,すなわ ち FFC, CFC, BFC, FCC, CCC, BCC, FBC, CBC, BBC が等しく生起するように疑似乱順系列を作成 した. 被験者には,得点方法を説明し,できるだけ高得 点になるように打球することを理解させた.打球得 点(パフォーマンス)はその場で記録用紙に記録し た.打球動作は 2 台のカメラで撮影され,またボー ルマシンからボールが飛び出た時点でカウンタをリ セットしながらカウンタも映し込んだ.このテープ から両肩と両腰の 3 次元座標を求め,肩と腰の回旋 角度を求めた. 4.3 結果と考察 打球動作の選択確率 被験者ごとの 3 次の系列別にどちらの打球動作を 行なったかという確率を表したものが図 6 である. この図から,センターにボールが来る 1 つ前の送球 がフォアハンド側の時に,2 つ前の送球によって現 在の打球動作の選択確率が異なることが全被験者に 共通しているように見える.ただし中段左の左利き の被験者に関しては,センターにボールが来る 1 つ 前の送球がバックハンドの時が選択確率に違いが見 られる. このことは,すでにどちらの打球動作,すなわち フォアハンドかバックハンドかどちらで打ち返すか ということに 3 次の系列効果が見られていると考え られる. 分岐図に向けて 次にこの打球動作について,3 次の系列の最後,す なわちn − 2, n − 1, n の n のボールを打ち終わり, 次のボール (n + 1) が出た時点での肩と腰の角度を 縦軸に,3 次の系列の最後のボールの送球された角 度を横軸にとって示したのが図 7 である.縦軸は図 6 とあわせるために,上がバックハンド,下がフォア ハンドとなるように± を反転させてある.この時点 ではこの分析は 6 名中 1 名分しか完了していないの で,被験者 1 についてのみ示す.●が n − 2, n − 1n と異なる場合,○が n − 1 と n は同じだが, n − 2 だけ異なる場合,×が 3 回とも同じ場合であ る.3 回とも同じ場合は他とくらべて回数が少ない (他は異なり方は問題にせずに異なるということで まとめているので)が,縦のばらつき,すなわち肩 や腰の角度のばらつきが少ないようである.逆に前 の送球が異なる方がばらつきは大きくなっている. このことは,連続力学系で考えた場合に,離散力 学系と異なり,安定点から別の安定点への分岐とい うよりは,その分岐にフラクタル遷移のヒステリシ スがあらわれるということを示唆している.つまり,

(4)

図 1 や図 3 に示したように,分岐図の線上にあらわ れるのではなく,その線の周囲にばらつきを見せ,そ れがフラクタル遷移によるものであると考えられる のである.しかしながら,これを明らかにするため には,Sørensen et al. (2001) の行った実験のように 順に切り替える条件と比較し,順に切り替えていっ た場合に描かれる線上の近傍に規則的にばらつきが 見られることが必要となる.この点に関しては今後 の課題である. +/ +.,3 . .,3 / Dmpc Aclrcp @_ai Qs`h,2 GLNSR MSRNSRn&`_ai+dmpc' DD( AD( @D( DA( AA( @A( D@( A@( @@( Dmpcf_lb 14,7 @_aif_lb 4.,. P_lbmk 32,0 +/ +.,3 . .,3 / Dmpc Aclrcp @_ai Qs`h,/ DD( AD( @D( DA( AA( @A( D@( A@( @@( GLNSR MSRNSRn&`_ai+dmpc' Dmpcf_lb 24,7 @_aif_lb 35,5 P_lbmk 31,4 +/ +.,3 . .,3 / Dmpc Aclrcp @_ai Qs`h,3 GLNSR +/ +.,3 . .,3 / Dmpc Aclrcp @_ai Qs`h,4 GLNSR MSRNSRn&`_ai+dmpc' MSRNSRn&`_ai+dmpc' DD( AD( @D( DA( AA( @A( D@( A@( @@( DD( AD( @D( DA( AA( @A( D@( A@( @@( Dmpcf_lb 20,1 @_aif_lb 4/,3 Dmpcf_lb 31,6 @_aif_lb 34,7 P_lbmk 3/,6 P_lbmk 3/,4 +/ +.,3 . .,3 / Dmpc Aclrcp @_ai Qs`h,0 GLNSR MSRNSRn&`_ai+dmpc' DD( AD( @D( DA( AA( @A( D@( A@( @@( +/ +.,3 . .,3 / Dmpc Aclrcp @_ai Qs`h,1 GLNSR MSRNSRn&`_ai+dmpc' DD( AD( @D( DA( AA( @A( D@( A@( @@( Dmpcf_lb 3/,3 @_aif_lb 22,. P_lbmk 26,2 Dmpcf_lb 4/,3 @_aif_lb 24,0 P_lbmk 25,4 図6: 上段左,上段右,中段左という順に打球得点 の高かったもの.縦軸の0がフォアハンドで 打つ確率とバックハンドで打つ確率が同じ場 合で,−1がフォアハンドのみ,1がバックハ ンドのみという確率を示す.ただし中段左だ けが左利きの被験者. +/,3 +/ +.,3 . .,3 / /,3 +/3 +/. +3 . 3 /. /3 Qs`h,/]qfmsjbcp `_jj_lejc&bce' +/,3 +/ +.,3 . .,3 / /,3 +/3 +/. +3 . 3 /. /3 Qs`h,/]fgn `_jj_lejc&bce' (((%%%$$$ (( %% $$ ( % $ Qfmsjbcp_lejc&p_b' Fgn_lejc&p_b' (((%%%$$$ (( %% $$ ( % $ 図7: 被験者1の例で,左が肩の角度で右が腰の角度.

遠山仁美さんのコメント

山本先生のご発表は,最近,同時通訳者の通訳方 略を研究している私にとって,人間の複雑な情報処 理過程から線形なものを捉えたいという点において, 非常に関連のある興味深い内容でした.身体運動, 言語,どこから切り込むかという研究分野の違いは ありますが,共通点に照らしてコメントさせて頂き たいと思います. この研究は,上級レベルのテニスプレイヤーに cen-ter, back, fore のコースにランダムに連続でボールを 送り,center にボールが来た時に,back hand, fore hand のどちらのフォームで打ち返すか,それが1つ 前の打球動作とどう関係しているか(履歴)に着目 し,人間の1つの情報処理形態を検証しようとする ものと理解しました.このような絶え間ない入力に 対し,出力を返していく行為は,同時通訳者が,話 者の発話を聞きながら同時に通訳していく行為と類 似しています.また,同時通訳の訳出には,「えー」 などのフィラーや,前に出した訳を,後からもう一 度言い直す<言い直し>,直前に言った訳をもう一 度言ってしまう<繰り返し>などが多いのが特徴で す.特に,<繰り返し>は履歴の問題と深く関連し ていると思われます. また,連続でボールが飛んでくるという時間的制 約の中で,経験の少ない者は,簡単にフォームを乱 されてしまう,もしくは,打ち返せなくなるが,上級 者(今回の被験者)は,パニックに近い状況の中で, 迷いながらもどちらかのフォームで打ち返すことが 可能だということでした.すなわち,意識・無意識 の問題で考えると,無意識に近いレベルで反応して いる(自動化したスキルを持っている)と考えてよ いのでしょうか.同時通訳においても,経験の少な い者は話者の発話スピードが速くなると,訳出が追 い付かなくなりますが,上級者は話者の発話を追う ことができます.しかし,国際会議など,スピーチ の内容が非常に専門的で,且つ話者の発話スピード が速い場合,スピーチの内容を十分理解しながら訳 を出していくことが困難なケースがあります.この ような場合,単に「何がどうした」というような文 法的なパターンに合わせるだけで手一杯となり,後 からスピーチの内容を思い出そうとしても,思い出 せないということがあるそうです. 人間の情報処理形態を,身体運動から分析する研 究と言語から分析する研究を不勉強ながら突き合わ せて考えてみましたが,これらの共通項をもっと大 局的に観るとどう捉えることができるのでしょうか. ご教示願えればと思います.

(5)

連続打球動作に見られる分岐現象(山本) 29

遠山さんのコメントへのリプライ

同時通訳者の例は面白いですね.まさにテニスの 選手が試合をしているのと同じような状況だと考え られます.遠山さんが書いておられるように,こう いう状況では待ったなしに次から次へと入力が連続 して入ってきます.そしてその入力に対応して出力 を出し続けねばなりません.テニスの場合にはボー ルの位置を視覚入力で,そして体幹の動作としての 出力が要求され,同時通訳者の場合には音声が聴覚 入力で,発声器官というこれも運動出力ですね.特 に,ゆっくりと入力に間隔が空く場合には,1 回ず つリセットして真新しい状態で入力を受け付け,出 力することができるでしょうが,連続して入力間隔 が短くなるとどうしても前の状態に依存,すなわち 履歴が残ってきます.ではどこにその履歴が残るか というと,それはまだよくわからないのですが,入 力側だけでもなく,出力側だけでもなく,入−出力 関係に履歴が残ると思われます.したがって,見間 違いや聞き違いといった入力側の問題と見られるこ とも,言い直しや繰り返し,あるいは無理やり同じ 打球動作を繰り返そうとするといった出力側の問題 としても観察されるでしょう. ただ,その時の言い直しや繰り返しに微妙に揺ら ぎが見られるのではないかと思っています.そして, その揺らぎを上手に使える,いいかえれば上手に揺 らぐことのできる人は上級者なのではないでしょう か.私のように英語の下手な人間にとっては,こう訳 さなければいけないと思い込み,適当に揺らぐこと ができず,結果的に話者の速度についていけなくなっ ているようです.また,その時に完全に内容を理解 しないまま訳してしまうのは,まさにスポーツ選手 が知らず知らずの内に身体が動いていてファインプ レーをするのと同じではないでしょうか.そうした ファインプレーは意識的に行うものではなく,履歴 の中から自然に生まれてくる揺らぎの結果だと思っ ています.それを運動では「巧み」だと感じるので しょう. われわれの運動,発話や会話も含めて,はそうい う意味で極めてうまくできています.それは,あた かも融通のきかないコンピュータと対極にあるよう にさえ思われます.したがって,人間の情報処理は, 現在のコンピュータの行なっている情報処理とはそ の基本的な考え方が異なるのではないでしょうか? それが,ダイナミカルシステムとしてとらえること の面白さでもあり,これまでの系列的な情報処理の alternative として注目されるところではないでしょ うか.

田島 誠先生のコメント

1. 課題の設定について この研究では,テニスのフォアハンドストローク とバックハンドストロークの選択と打球動作に対す るヒステリシス効果を検討されていました.特に, 打球間の時間間隔は非常に短く,時間圧はかなりか かっているというふうに説明されていたように記憶 しています.もし,そのような強い時間圧をかける必 要があるのなら,「ストローク」動作よりも「ボレー」 動作の方が課題の動作を検討するうえでは適切では ないかと思うのですが,いかがでしょうか? また,時間圧と選択・分岐にはどのような関係が あると思われますか? さらに,フォアハンドストロークとバックハンド ストロークでは動作にあまりにも連続性が見られな いように思えます.発表では「おじさんの顔と女性 の姿」の両方に見える絵でヒステリシスを説明して いましたが,その説明の中でもやはりその絵は連続 的に変化していました.同様に,卓球を課題に用い た先行研究を紹介されていましたが,その中での課 題設定でも打つポイントを連続的に変化させていま した.以上の課題・動作の連続性の観点から考える と,連続打球動作における分岐現象を見るうえでは, 「ストローク」動作よりも「ボレー」動作の方が設定 しやすいと考えられますが,いかがでしょうか? 例)バックハンドボレー−1.0, −0.8, −0.6, · · · 0.0, 0.2, 0.4, · · · 1.0 フォアハンドボレー 上記のような設定で−1.0 から連続的に変化させ た場合と,逆に 1.0 から連続的に変化させた場合で 比較する. 2. 結果について 実験結果として,6名の被験者が示した「フォア」 「センター」「バック」のボールに対する反応が示さ れていました.興味深いことに,特定の傾向が見て 取れますが,その一方で個人間の差も顕著に現れて います.このような個人間の差はどのような要因に 起因しているとお考えでしょうか?また,個人内の 変動性についてはどの程度なのでしょうか?

田島 誠先生のコメントへのリプライ

まずストロークよりもボレーの方がという点につ いては,ボレー動作は動作が小さく動作にかかる時 間(動作時間)が短いので,より入力の時間圧が必要 になり,また,動作による違いが見にくくなると思 われます.例えば,正面に来たボールなどをボレー する時,あるいは少しどちらかのサイドの来た時に でも体幹の回転動作は伴わなくともボールを処理す

(6)

ることが可能になってきます.これでは動作を解析 するのが難しいだろうと考えています.ただし,今 は肩と腰の回転を見ていますが別の分析点を見つけ ることができれば,可能かもしれません. 二番目の点については,時間圧が弱くなれば,分 岐したところがいわゆる線上にのってくるでしょう. いいかえれば,時間圧が弱まることによって毎回同 じ動作が可能になるということです.これでは履歴 が残らない状態といえるでしょう.したがって離散 入力の場合には図 4 のようになると考えられます. これは何度も繰り返して,その確率を取っています. したがって,例えば 1 回の右から左への連続的変化 の中でどの位置でフォアからバックに切り替ったか ということの平均が示してあります.1 や 2 のボー ルの送球位置では 100% フォアハンドで,逆に 7 や 8 の位置では 100% バックハンドで打ち返すが,3 か ら 6 のところでは,その確率が徐々に変化する,す なわちある時には同じコースに対してフォアハンド で打つ場合もあるしバックハンドで打つ場合もある ということです.しかし時間圧を強くして,動作自 体のばらつき,例えば肩や腰の角度を取るとこの線 上の近傍をばらつき,そのばらつきに履歴という規 則性があらわれるものと考えます. 三番目の点については,田島先生が例としてあげ られているように連続的に変化させた状態を観察す ることは必要です.本当はこれを先にやるべきだっ たようですが,先を急ぎすぎました.もちろん課題 もボレー動作でも考えられなくはありませんが,フォ アハンドからバックハンドへといった動作の種類自 体の切り替わりだけでなく,連続的な動作そのもの を見たいということで,より体幹の動きが大きいス トローク動作にしたということです.今回の結果で は,連続力学系のポアンカレ写像として考えられる 離散力学系としてのある一時点のデータを示してい ますが,ここでのばらつきは前の実験で紹介した連 続力学系の円筒空間内の軌道のばらつきと同じで, そこにフラクタル遷移があるから分岐図においても 線上にのってこずにばらつくことを示したいのです. 最後に個人差と個人内の変動についてですが,個 人差は技術レベルですね.前の実験でもそうですが, うまくなればなるほど時間圧に対して頑健です.技 術レベルの高い人は,時間圧が強い場合でも,でき るだけ同じ態勢で打とうとします.これは実際には 打った後の構えへの戻りが早くなります.逆に技術 レベルが低い場合にはばらつきが大きくなります. これが個人内変動の大きさです.それは初心者の打 ち方がたとえ離散的に入力を与えてもばらつくのと 同じです.上級者はできるだけ機械のように正確に 動こうとするのですが,それでも間に合わない場合 に規則的に少しずつばらつき(揺らぎといった方が 良いかもしれませんが)を示します.

文献

Kelso, J. A. S. (1981). On the oscillatory basis of move-ment. Bulletin of the Psychonomic Society, Vol. 18, p. 63.

Kelso, J. A. S. & Sch¨oner, G. (1988). Self-organization of coordinative movement patterns. Human Movement Science, 7, 27–46.

Kelso, J. A. S. (1995). Dynamic patterns: The self-organization of brain and behavior. Cambridge, MA: The MIT Press.

Sørensen, V., Ingvaldsen, R. P., & Whiting, H. T. A. (2001). The application of co-ordination dynamics to the analysis of discrete movements using table-tennis as a paradigm skill. Biological Cybernetics, 85, 27–38.

武田 暁(1997). 物理のたねあかし2脳と力学系 . 東京:

講談社サイエンティフィク.

Tufillaro, N. B., Abbott, T., & Reilly, J. (1992). An experimental approach to nonlinear dynamics and chaos. Redwood City, Calif.: Addison-Wesley. (上 江洌 達也・重本 和泰・久保 博嗣 訳(1994).非線形動 力学とカオス−トポロジカルなアプローチ .東京:ア ジソン・ウェスレイ・パブリッシャーズ・ジャパン.). Yamamoto, Y. & Gohara, K. (2000). Continuous hitting movement modeled from the perspective of dynami-cal systems with temporal input. Human Movement Science, 19 (3), 341–371.

(7)

一過性心理的ストレスが運動スキルに及ぼす影響(関矢) 31

一過性心理的ストレスが運動スキルに及ぼす影響

関矢寛史(広島大学総合科学部)

浜本茂幸(広島大学大学院生物圏科学研究科)

1. 目的

‘ パフォーマンスプレッシャー ’とはある状況にお いて高いレベルのパフォーマンスを発揮したいとい う不安的欲求を意味するが(Hardy et al., 1996),そ れが極度のパフォーマンスの低下を導く状態は一般 に‘ あがり(Choking)’と呼ばれる.これまで一過性 の心理的ストレスが心理的,生理的特徴やパフォー マンス(成績)に及ぼす影響を検討した研究は多い が,行動的特徴に及ぼす影響を検討した研究は少な い.行動的特徴に関する先行研究には,視覚探索パ ターンの変化(Williams & Elliott, 1999; Janelle et al., 1999, Williams et al., 2002),筋放電パターン の変化(Weinberg & Hunt, 1976),動作ストラテ ジーの変化(Higuchi et al., 2002),関節角度の変 動性の増加(Beuter et al., 1989)を示したものがあ るが,さらなる検討が必要と考えられる.そこで本 研究の目的は,一過性の心理的ストレスが運動スキ ルの行動的特徴に及ぼす影響をキネマティクスの分 析によって時間と空間の両側面,動作の協応性とパ ラメータの両側面,さらには反応の偏りとばらつき の両側面から検討することを目的とした.また,熟 練度が一過性心理的ストレスの影響に及ぼす効果を 検討することも目的とした.

2. 方法

被験者:大学生 24 名(男性 18 名,女性 6 名) 課題:右腕肘関節の伸展-屈曲-伸展運動による目標 波形(図 1 参照)の再生                    図1: 目標波形 実験群:熟練度の影響を調べるために習得試行数の 異なる 20 試行群,100 試行群,200 試行群を設けた. 手続き:図 2 に実験手続きを示す.まず,状態-特性 不安検査(STAI)に回答し,習得試行を行った.二 重課題条件においては,波形再生の動作中にプロー ブ刺激(動作開始 120∼1200ms に 120ms 間隔でラ ンダムに呈示された Beep 音)に対して左手の人差 し指で STOP キーを押すことを求めた.ただし被験 者には「キー押し反応より,波形再生課題を優先し てください」と教示した.次にストレス教示 にお いては,「これから行う 20 試行のエラーの平均が習 得段階の最後の 10 試行のエラーの平均から計算さ れたある基準に達しない場合,20 試行を行った後に 電気刺激が呈示されます」と教示し,電気刺激が与 えられる場合の 10 分の 1 の強さであると説明して, 6mA の電気刺激を 1 秒間呈示した.ただし,これら は偽りの教示であり,20 試行終了後に電気刺激が与 えられることはなかった.また,ストレス教示 に おいては,「このままの成績で行くと 50 %の確率で 電気刺激が呈示されます」と教示し,再度 STAI に 回答させた. 従属変数:生理的指標として脈拍数を,心理的指標 として STAI を用いた.行動的指標としては,右腕 を基準位置に合わせてから動作を開始するまでの動 作開始時間と前腕運動の分析に基づく以下の指標を 用いた. 1. 総エラー:RMSE 2. 時間(タイミング)に関するエラー ACE(RT):相対タイミングの絶対恒常誤差 VE(RT):相対タイミングの変動誤差 ACE(OD):総動作時間の絶対恒常誤差 VE(OD):総動作時間の変動誤差 3. 力(ネットトルク)に関するエラー ACE(RAA):相対角加速度の絶対恒常誤差 VE(RAA):相対角加速度の変動誤差 ACE(OAA):総角加速度の絶対恒常誤差 VE(OAA):総角加速度の変動誤差

3. 結果と考察

状態不安得点(STAI)が,ストレス負荷前からス トレス負荷後にかけて群に関わらず有意な上昇を示 し,群の主効果は認められなかった.また,脈拍数 は習得段階後期から最初のストレス条件における有

(8)

                 





























2: 実験手続き 意に上昇し,群の主効果は認められなかった.これ らのことから,本実験におけるストレス負荷の操作 は心理的特徴ならびに生理的特徴に反映されたと言 える.  また,二重課題における反応時間においては,習得 試行数の多い群ほど反応時間が減少する傾向が見ら れたが統計的な有意差は認められなかった.これは, 習得試行数の増加によって,スペア-キャパシティが 増加する傾向にあったことを意味し,習得試行数の 多い群ほど熟練度が増すと考えられるが,統計的有 意差の欠如は,今後の研究における更なる試行数増 加の必要性を示唆する.  次に行動的特徴として,群に関わらず習得初期に おいて動作開始時間の有意な減少が認められた.ま た,二重課題条件,ストレス条件における群間差は 認められなかった.これは,動作のプログラミング に要する時間は,練習とともに短縮するが,二重課 題やストレスの影響は受けなかったことを意味する.  図 3 に総エラーを示したように,習得初期におい て有意な総エラーの減少が認められたが,習得段階 や二重課題条件における群間差は認められなかった. ストレス条件においては,20 試行群が 100 及び 200 試行群に比べて有意に大きな総エラーを示した.つ まり,習得段階では認められなかった群間差が,ス トレス条件では有意に認められ,一過性心理的スト レスの影響が未熟練者のパフォーマンスに反映され やすいことを意味する.  また,習得後期からストレス条件にかけて有意な 増加が認められた行動的指標は,ACE(OAA) のみ であった.また,個人別に見ると 24 名中 23 名にお いて恒常誤差がマイナスの方向に変化していた.こ れは,角加速度が減少する方向にバイアスがかかっ たことを意味する.また,総動作時間の指標にバイ アスがかからなかったことから,動作が小さくなっ たと言える.その原因として,ストレスにより主働 筋と拮抗筋の同時収縮が起こり,動作が遅く小さい 方向に変化したのではないかと考えられる.  また,習得段階で群間差が認められなかったにも 関わらず,ストレス条件において 20 試行群が他群 に比べて有意に大きなエラーを示したものとして, VE(RT),VE(RAA),VE(OD),VE(OAA) があっ た.これは,ストレス教示の影響は反応の偏りに比 べて反応の変動性(ばらつき)においてより顕著に 表れることを意味する.また,各セグメントの相対 的な関係(協応性)を示す指標とパラメータ変換に 関する指標の両方において,変動性が高まることが 明らかとなった.さらに,時間と力に関する指標の どちらにおいても変動性が増加したと言える.した がって,未熟練者は一過性心理的ストレスにより,動 作の協応性と微調整の両側面,さらには時間と力の 両側面において,‘ ばらつき ’が増加すると考えられ る.  最後に今後の研究課題として,パフォーマンス (RMS エラー)の増加を導くより大きな心理的スト レスを負荷するストレス条件の確立や,筋電図によ る同時収縮の測定などがあげられる.

鳥木さんからのコメント

心理的プレッシャーが,心理的特徴・生理的特徴 でなく,パフォーマンスでもなく,行動的な特徴に 与える影響をみる,という部分に非常に興味をもち ました.心理的プレッシャーは,心理に影響を与え なければその名を冠せないし,また心拍数など生理 的な指標に影響を与えるのも当然といえば当然.大 雑把にみて「心理的・生理的に乱れる」→「何かが起 こる」→「パフォーマンス低下」という流れを想定

(9)

一過性心理的ストレスが運動スキルに及ぼす影響(関矢) 333: RMSE したとして中間の何かこそ興味深いし,また私は 12 年間現在も放送局に勤めていますが,パフォーマン スに影響するあがりの克服は,アナウンサーの業務 上必須であることから,個人的関心もあります.研 究発表の場では,素人の私の,素人らしい質問に丁 寧に答えてくださってありがとうございます.改め て研究概要を拝見し,ここから浮かび上がる未熟者 にストレスが与えられた場合の傾向は…「心理的・ 生理的乱れ」→「何か」→「動きのバラツキ」→「パ フォーマンスの低下」ということになるのか,と受 け止めました.不十分な読みかもしれませんが,こ れをもとにいくつか質問させてください. 1. 「ストレスの影響が未熟練者のパフォーマンス に反映されやす」かったのは,この課題の場合, なぜだとお考えでしょうか?ストレス,少なく とも適度なストレスは動機付けを高めるでしょ うし,また最適な動機づけ水準は課題が困難な ほど高いといわれることから考えるなら,同じ 課題は,未熟者よりむしろ熟練者にとって簡単 であり,より低い動機づけ水準が適しているよ うにも思われます.逆 U 字理論には反証も多 くあるようですし,またこの課題の特殊性もあ り,こんな風に演繹して考えていいのかどうか は疑問ですが….私の経験,また他のアナウン サーからも「原稿の下読みを繰り返しやりすぎ るととちる」ことが聞かれます.ストレスがパ フォーマンスにどう影響するか,それが熟練に よってどう変わるかは課題によって揺れるもの では,と思いこの部分に興味をもちました. 2. また「未熟練者はストレスによって動作の協応 性・微調整,時間と力において,ばらつきが増 える」について.これはすべてエラー的なもの でしょうか,もしくは例えば「ある課題に確立 した戦略をもっていない未熟者だからこそ,プ レッシャーを掛けられて上手くやりたい,他に いいやり方はないか」と探っていることからく る部分もありうるのでしょうか?(当日もし「ス トレス下にない20試行群の結果との比較」等, お話にでていて聞き逃していたら申し訳ありま せん). 3. また同様に「ストレスにより主働筋と拮抗筋の 同時収縮が起こり,動作が遅く小さい方向に変化 したのではないか」について.Higuchi,Imanaka and Hatayama(2002)では「ストレス下では, 正確さが求められる課題において,より制約さ れた動きへ戦略がシフトする」と考えられてい ましたが,関矢先生は,ストレスがかかると動き が小さくなることについてどう評価(パフォー マンスに対してマイナスに影響,戦略的に理屈 にあう部分もある,など)されますでしょうか? 4. プレッシャーがパフォーマンスに与える影響に はマイナスもプラスもあると思うのですが,そ の分かれ道についてはどうでしょう?例えば多 汗症の専門医に「緊張によるいわゆる油手は手 が滑らないようにする発汗作用が行き過ぎたも

(10)

の」と聞きましたが,それに対応するような関 係があるのでしょうか? 当日の宴会の席でも,関矢先生から興味深いお話 を伺いストレス呈示方法に関して「どんな状況であ がるか個人差が大きいのでは」といった話もでまし た.ストレスが有益か有害かは量的な違いだけでは なく,質的に適切かどうか,も問題ではないでしょう か?ストレスで状況が見えなくなればパフォーマン スは低下しますが,その場その時にしっかり根をお ろして状況判断するための集中力を促すようなスト レスもあるのでは?卑近な私例ですが,あと 30 秒な のに読むべき原稿が届かないという時.原稿がない ことに眼を奪われるとアガッたままなのですが「あ と5分もすれば放送時間自体が終わる.原稿がこよ うとこまいと,手元にあるだけの情報をできるだけ ちゃんと伝えよう」という思いが支配すれば,心臓が いくら速く打っていても仕事はいつもキッチリこな せます.ストレスの質以外にもストレスのいわば履 歴も重要かもしれません.同じストレス度でも,そ の前に一度プレッシャーに押しつぶされそうになっ てそこに戻ってきた場合とそうでない場合では,パ フォーマンスへの影響はかなり違うのでは…皆さん の実感はどうでしょうか?  「あがり」「驕り高ぶる」などの表現はいずれも上 へ,主体が状況から浮遊するイメージで,実際どち らも主体の「いまここ」への集中力の欠如を導くの かもしれません.真剣に何かをなそうとする時の心 のあり方について科学的に確かな指針を与えてくれ るような関矢先生の研究に,学生としても職業人と しても心から期待しています.

鳥木さんのコメントへのリプライ

1. ストレスの影響が未熟練者(20 試行群)のテス ト・パフォーマンスに反映されやすかったとい う結果は,意識的制御仮説より,むしろ処理効 率性理論(処理資源不足仮説)の説明が当ては まると思います.熟練者(100 及び 200 試行群) は過剰学習によって主課題に向ける注意の量が 減少し,認知不安に注意の処理資源が奪われて もパフォーマンスを維持することが可能であっ たと説明することができます.しかし,本研究 は,どちらの説明が正しいかを検討することが 目的ではなく,またそれらを比較検討する実験 条件も整えていません.これまでの先行研究で は意識的制御仮説と処理効率性理論のどちらが 正しいかを明らかにすることを目的としたもの もありますが,私個人は経験的にそれぞれの説 明が妥当な質的に異なる‘ あがり ’現象がある と思っています.また,同じ‘ あがり ’現象の中 で両方が同時に起こっていることも可能性とし てはあると思います.したがって,本研究の結 果は,意識的制御仮説を否定するものではあり ませんが,未熟練者の方が処理資源不足の影響 を受けやすかったのではないかと考えられます. また,鳥木さんのコメントにありました「原稿 の下読みを繰り返しやりすぎるととちる」につ いては,非常に興味深い現象だと思います.こ れは意識的制御仮説の方が説明しやすい現象だ と思います.また,繰り返し読んで暗記した情 報と原稿を目で追って入ってくる情報の間に何 らかの干渉が起こるという可能性もあると思い ます.また,動機づけについては,状態不安得 点に熟練度による差がなかったことから,本研 究において熟練度によって動機づけに差があっ たとは考えにくいと思います. 2. ストレス条件下で未熟練者の動作のばらつきが 増えたことについて,単なるエラーとしての変 動性であるのか,動作の要素と要素が補償し合 う機能的変動性(functional variability)であ るのか,もしくは鳥木さんご指摘のように,よ りよいストラテジーを探る探索的な変動性であ るのか,正直言って分かりません.ただし,パ フォーマンスが低下していることから機能的変 動性である可能性は低いと思います.そして, ストレス条件の後半 10 試行では,多くの指標 で変動性が低下しているため,探索的変動性で ある可能性もあると思いますが,総角速度の恒 常誤差が全群の被験者 24 名中 23 名においてマ イナス方向(遅くなる方向)に変化したことか ら,被験者間で多様なストラテジーが探索的に 用いられたと考えにくい点もあります. 3. ストレスによって主働筋と拮抗筋に同時収縮が 起こったのではないかと推測した点について, Higuchi et al.(2002)の研究で見られたような ストラテジーの変化の可能性はないかというご 指摘だと思います.しかし,Higuchi et al. の 課題は,刺激にタイミングを一致させるという オープンスキル課題であり,本研究で用いた肘 の伸展屈曲運動は自己ペースで行えるクローズ ドスキルであることから,本研究で見られた影 響は単なる‘ 力み ’ではないかと思います. 4. プレッシャーがパフォーマンスにプラスとマイナ スの影響を及ぼす分かれ道についてですが,処 理効率性理論では,処理効率性(processing ef-ficiency)が低下しても,処理する情報量がワー

(11)

一過性心理的ストレスが運動スキルに及ぼす影響(関矢) 35 キングメモリの限界を越えなければ,パフォー マンス有効性(performance effectiveness)は低 下しないか向上すると説明しています.それは 注ぎ込まれる effort の増大によるためと考えら ます.また,意識的制御仮説では,過剰な意識的 制御がパフォーマンスの低下を導くと説明して います.今現在,私の研究室で行っている潜在 学習と顕在学習の比較の研究においても,潜在 学習と顕在学習が同じパフォーマンスを導く場 合と,潜在学習の方が優れたパフォーマンスを 導く場合と,顕在学習の方が優れたパフォーマ ンスを導く場合のように異なる結果が出ていま す.それらは,課題に内在する規則の複雑性,顕 著性,呈示頻度などの要因によって影響を受け ると考えていますが,今後さらに,どのような 条件においてどの程度の意識的制御がパフォー マンスの向上や低下を導くかを明らかにしてい きたいと考えています.

橋本さんからのコメント

不安とパフォーマンス低下の関係は,自身の研究 とも重なる部分があるので大変興味があります.ま た,ストレスの生理的・心理的な影響に加えて行動的 な特徴について検討している研究は少なく,興味深 く聞かせていただきました.競技場面でのあがりと パフォーマンスの低下は,スポーツにおける心理的 な問題で最も一般的で大きな課題だと思います.倫 理的な問題もありますので,実験でのストレスの負 荷方法の選択はとても難しいと思いますが,今後課 題や指標を代えて実験を続けられるとのことでした ので,次回のご報告も楽しみにしています.以下,研 究会時に頂いた資料からいくつか質問したいのです が,研究会のときに私が聞き漏らしていたのであれ ば申し訳ありません. 1. あがりによるパフォーマンスの低下の理由とし て,処理効率性理論と意識的制御仮説の2つを 挙げられています.今回の研究では熟練者に比 べ未熟練者において有意に大きな総エラーを示 したことから,未熟練者ではストレスの影響が 反映されやすく,意識的制御仮説では説明がで きないとあります.今回の課題で,20 試行群に おいては習得試行の最後の 10 試行と 1 回目のス トレス教示後の試行で RMSE に変化が無いよ うに見えるのですが,これはどうお考えでしょ うか? 2. 生理的指標として脈拍数を用いられていますが, 頂いた資料では,ストレス教示の後で平均して 3 拍程度の増加のように見えます.統計的有意 とありますが,このような実験での脈拍数はど のくらいの増加でストレス負荷として反映され たといえるのでしょうか?

橋本さんのへのリプライ

1. ご指摘の通り,20 試行群では,習得の最後の 10 試行とストレス条件の最初の 10 試行において RMSE に差がありませんでした.ただし,20, 100,200 試行群の習得最後の 10 試行では群間差 が認められないにも関わらず,ストレス条件最 初の 10 試行では 20 試行群が他群に比べて劣っ ているという有意差が認められました.習得の 最後からストレス条件への変化も有意であった 方が説得力は増すと思いますが,ストレス条件 においてもフィードバックは与えられており, 学習が継続的に進むことが想定されます.した がって,パフォーマンスが向上しなかったこと は,裏を返せばストレスの影響があったと考え ることも可能だと思います. 2. ストレス教示の前後で脈拍が2∼3拍上昇しま したが,これは先述の Higuchi et al. の研究に おいて認められた約2拍の上昇に比べると同程 度と言えます.樋口先生らの研究においても本 研究と同様にストレスによるパフォーマンスの 低下は認められておらず,実験室で作り出すス トレス負荷の強度については,倫理的な問題も あり,実際の競技場面で体験するストレス強度 と大きな隔たりがあると言えます.上記1)と も関連しますが,倫理的に問題のない範囲でパ フォーマンスが低下するまでのストレスを負荷 する実験方法を考えることが今後の課題となる でしょう.

木島さんからのコメント

不安や緊張といった心理変数の操作には相当の手 間と工夫が必要と思われます.しかしスポーツ心理 学でポピュラーな問題を,堅実に確かめる上で非常 に重要かと思います.今回示された STAI と脈拍の データはこの操作がうまく行われたことを示してい ると思われます.ただ,一方で検討概念と結果に関 する議論にいくつか不明な点がありますので,以下 に質問します. 1. ある雑誌のレビュー(Smith et al., 2003)で見 かけた”choking”の定義は極度のパフォーマン ス不安の発現とあり,これがパフォーマンスを 低減させる因子として,課題に対する注意散漫, 注意の内向(過剰な自意識?)等があげられてい

(12)

ました.数字逆唱の2次課題とビデオ撮影でそ れぞれの因子を操作する例(Linder et al., 1999 cited in Smith et al.)が紹介されておりました. そこで先生が今回用いられた,電撃といった処 置は例えば注意,もしくは他の要素にいかに効 いてくるのでしょうか? 2. また,熟練を裏付ける変数として二重課題のパ フォーマンスを示されています.ここで2重課 題を用いられた理由は,ストレス効果を処理資 源に関連づける意図があってのことと考えまし た.しかし二重課題の成績に関して差がなかっ たにも関わらず,ストレス条件下では習得試行 数が少ない群で RMSE が大きいという結果が でています.これもまた面白い結果と思うので すが,処理資源に代わる説明があれば教えて下 さい. 3. 動作の協応性とパラメータを検討対象とされて いますが,運動プログラムとパラメータの安定 性に対するストレスの効果と読み替えて間違い ないでしょうか?もしそうでしたら,双方の指 標に関して VE の増大が見られましたが,これ はプログラムおよびパラメータ調整両方の崩壊 を示すのでしょうか? 4. 最後にストレスの効果として動作が小さくなる ことが示されました.釈迦に説法かもしれませ んが,この結果は”choking”ゴルファーの”yips” に見られる主動/拮抗筋の同時収縮(McDaniel, et al., 1989 cited in Smith et al.)と対応し,非 常に興味深いと思いました.そこで心理的スト レスが身体的な失調を導く機構などについてお 見通しを伺いたいです.

木島さんのコメントに対するリプライ

1. 今回の実験の目的は,注意散漫(処理資源不足 仮説)と注意の内向(意識的制御仮説)のどち らが起こるかを検討することでなかったため, 電撃を与えるという教示がどちらの現象を導い たかは分かりません.まずは心理的ストレスが 行動的(運動的)指標に及ぼす影響を明らかに してから,上記の仮説などの検証に入る予定で す.そのためにも,処理資源不足と意識的制御 がそれぞれどのような行動的特徴を示すのかを 明らかにする必要があり,私たちの研究室では 現在その実験を進めています.これまで,‘ あ がり ’の研究は,心理的ストレスによる行動的 特徴を明らかにせず,パフォーマンスや生理的, 心理的指標のみを測定したものが多く,その結 果として上記の仮説の検証や‘ あがり ’防止の 学習方法の開発が進まなかったと考えています. 「急がば回れ」の精神で,まずは‘ あがり ’の特 徴を詳細に分析しようというのが我が研究室の スタンスです. 2. 二重課題におけるプローブ反応時間に有意な群 間差が出て欲しかったのですが,残念ながら傾 向が見えるだけで有意差はありませんでした. 20 試行群のテスト・パフォーマンスの低下につ いて,処理資源不足以外の説明がないかという ご質問ですが,本研究の結果は,意識的制御仮 説ではさらに説明が困難です.また,20 試行群 は処理資源が不足する以外に,課題に対する自 己効力感が低いのではないかとも考えましたが, 状態不安得点や脈拍数では群間差がなく,プレッ シャーのかかり方に群間差があったとは言えず, 他の説明も現段階では見当たりません. 3. 動作の協応性とパラメータとは,汎化運動プロ グラムとパラメータと同じ意味で使用しました. もちろん協応性には,機能的変動性による補償 的協応もあると思いますが,本実験課題につい ては,動作の要素と要素の安定した関係を協応 性とみなしました.結果としては,相対タイミ ングと相対角加速度という協応性と,総動作時 間と総角加速度というパラメータの両方に変動 性の増加という影響が見られたため,心理的ス トレスは協応性の崩壊だけでなく,パラメータ 調整にも悪影響を及ぼすと考えられます. 4. 動作が小さくなることは主働筋と拮抗筋の同時 収縮の可能性が高いと思いますが,今後,筋電 図を用いて測定する必要があります.ご質問の 心理的ストレスが身体的失調を導く機構につい ての見通しですが,今はまだどのような失調が 発現するかを記述する段階にいるため,見通し はまったく持っていません.ただし,上記の意 識的制御仮説や処理資源不足仮説などの認知的 なメカニズムを検討するだけでは不十分である と考えています.それは,生理的な変化が運動 に影響を与えることも当然考えられるからです. 例えば交感神経系などの過度の活性化が拮抗筋 の活動水準を高めることも仮説として立てられ るでしょう.交感神経活動へのストレスの影響 などは,運動に影響を受けにくい唾液中クロモ グラニン A などの指標が利用できると最近報告 されており,これらの指標を用いて総合的に検 討していかなければならないと思っています.

(13)

投球動作における相互作用トルクの利用と補償(平島) 37

投球動作における相互作用トルクの利用と補償

∼球速調節のメカニズム∼

平島雅也(東京大学大学院・総合文化研究科)

緒言

スポーツ競技では,ボールに対し,できるだけ大き な初速度を与えた方が良い場合が非常に多い.野球 のピッチャーが投げる 150km/h を越える速球,200 km/h を超えるテニスサーブなどはその典型例であ る.しかし,テニスやバドミントンのドロップショッ トのように,わざと初速度を小さくし,対戦相手の 不意をつく場合もあり,これもスポーツ競技の勝敗 を決する重要な技術である.このように,ヒトは,ス ポーツ競技の中で,初速度ベクトルの大きさを目的 に応じて様々に調節している.豪速球を投げる能力 よりもむしろ,いろいろな球速を巧みに使い分ける 調節能力の方が大事だと考える指導者も多い.本研 究では,投球動作において球速を調節するメカニズ ムを解明することを目的とする.

運動学的問題点

我々はいとも簡単に,ボールリリース時の指先の 速度を変化させることができるが,今,指先の速度 を2倍にしたい状況を考えてみよう.指先の速度は, 重心の並進運動,体幹の回旋,肩関節,肘関節,手 関節の回転など,様々な身体部位の動きによって決 まる.従って,指先速度を2倍にするには,全ての 関節の動きを調節してもよいし,ある1つの関節の 動きだけを調節してもよい.ヒトは実際にどのよう な方略を採用しているのだろうか?そこで私は,3 種類の速度で的を狙って野球ボールを投げさせ,各 関節のボールリリース時の角速度を調べた.分析を 単純化するため,実験動作は上肢のみ (肩,肘,手 関節) を用いて,鉛直面内で行う動作とした(図 1). その結果,肩,肘関節では,ボールリリース時の角 速度が球速とともに増加した(図 2 の一番右の列). 一方,手関節では球速が増しても角速度は増加せず, 手関節は球速調節に関与しないことがわかった. (関節の運動学的特徴) なぜ,脳・神経系は,手関 節を球速調節に関与させないという方略を取ったの だろうか?各関節が指先速度に与える影響に着目し てみよう.円運動の接線速度は半径×角速度で与え られる.従って,近位の関節(肩や肘)ほど,指先 までの距離が長いため,関節角速度の変化は,指先 の速度に反映されやすい.一方,手関節から指先ま での距離は非常に短いため,肩や肘関節よりも,手 3.2m 1m 1m 図 1: 肩,肘,手関節のみを用いた投球動作の実験設定 (文献3より改変) 関節角速度の変化は,指先の速度に反映されにくく, 球速を調節するのに効率が悪いと考えられる.この 理由により,脳・神経系は,手関節に球速調節とい う役割を担わせなかったと考えられる. このように,力について論じず,物体の位置,速 度,加速度だけを論じる分野を「運動学」と言い,こ こで述べた各関節の特徴を運動学的特徴と言うこと ができる. 以上の結果から,「脳・神経系は,運動学的に球速 調節に有利な関節の角速度を調節することによって, 球速を調節する」という仮説を立てることができる.

動力学的問題点

次に,物体の運動を引き起こす「力」の観点から1, 球速調節の際,脳・神経系が解決しなければならな い問題点について考えてみよう.この問題は,多数 の関節の動きによって生み出される動作(多関節動 作2)において生じる.多関節動作では,筋力と重力 以外に,関節間力(または相互作用トルク3)が関節 の動きに影響を与える4. 総トルク=筋トルク+重力トルク+相互作用トルク (相互作用トルクの特徴) 相互作用トルクは,投球・ 打球動作において,非常に重要な働きをしている. 1古典力学のうちで,物体の運動と力との関係を論ずる部門の ことを「動力学」という.「大辞林 第二版」より. 2ヒトの身体運動のほとんどすべては多関節動作であり,ス ポーツで見られる投球・打球動作はもちろん多関節動作である. 3最近の神経科学では,関節間力 (inter-joint force) ではな く,相互作用トルク (interaction torque) という言葉を用いるこ とが多い.相互作用トルクは,比較的新しい言葉であり,研究者 によって定義が微妙に異なるため,現段階では「セグメントの両 端に作用する関節間力によって生み出されるトルクをまとめたも の」と考えておけばよいだろう. 4多関節動作において,ある関節に作用するトルクは,筋トル ク,重力トルク,相互作用トルクの3種類であり,これらの合計 が,この関節の動作を生み出す.注 3,注 4 の詳細は Bastian et al. 1996; Dounskaia et al. 2002; Hirashima et al. 2003a; Sainburg et al. 1999 などを参照.

(14)

-250 -200 -150 -100 -500 50 100 150 200 250 -80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 -800 -600 -400 -200 0 200 400 600 800 -100 -50 0 50 100 -1500 -1000 -500 0 500 1000 1500 -1000 -500 0 500 1000 -1500 -1000 -500 0 500 1000 1500 -600 -400 -200 0 200 400 600 -4000 -3000 -2000 -1000 0 1000 2000 3000 4000 -1000 -500 0 500 1000 -400 -300 -200 -100 0 100 200 300 400 -4000 -3000 -2000 -1000 0 1000 2000 3000 4000 [N m ms]. . [N m ms]. . [N m ms]. . [deg s ].-1

S, Slow; M, Middle; F, Fast

2: 肩,肘,手関節の,筋トルク,相互作用トルク,総トルク,ボールリリース時の関節角速度(文献 3より改変).ここに示してあるトルクは,投球動作開始からボールリリース時までの積分値であ る.総トルク=筋トルク+相互作用トルク+重力トルクである.重力トルクは,速度に応じた変 化が少ないため,表示していない.総トルクが,その関節の動きを決定するため,総トルクと角 速度は同じ傾向を示す.Sは遅条件; Mは中条件;Fは速条件をあらわしている. 相互作用トルクが,動作を助けてくれる方向に働く 場合には,それを有効に利用することが,速いボー ルを投げるための鍵となる.また,その結果として, 体幹に近い近位の関節(肩関節や股関節)から動き 始め,続いてそれよりも遠位の関節(肘関節や膝関 節)が動き始めるという,いわゆるムチ動作が生ま れるのである.しかし,厄介なことに相互作用トル クは関節の角速度,角加速度に応じて劇的に変化す るという特徴を持っている.例えば,速度の遅いボー ルを投げた時と,その約 2 倍の速度の速いボールを 投げた時とで,肘関節に生じる相互作用トルクを比 べると,速球時の方が4∼5倍も大きい相互作用ト ルクが作用することがわかっている (Hirashima et al. 2003a).このように,相互作用トルクは劇的に 変化するため,球速調節の際,相互作用トルクを適 切に制御できなければ,望み通りの速度や軌跡を実 現できなくなってしまう.実際,テニスの初心者は, ゆっくりとスイングする場合には,理想的なラケッ トの軌跡を描くことができても,素早く振った途端 に軌跡が乱れてしまうことがある.これは,動作速 度の増加とともに増大する相互作用トルクをうまく 制御できていない可能性が非常に高い.つまり,動 力学的な問題点とは,「動作速度が変化した際の,相 互作用トルクをどのように制御しているのか?」と いうことである.先ほどの実験における,相互作用 トルクを見てみよう(図 2). (肩関節) 肩関節の相互作用トルクは,動作と逆方 向に働き,球速の増加とともに増加した.一方,筋 トルクの増加は,相互作用トルクの増加に打ち勝ち, 総トルクとしては球速が増すとともに増加した.そ の結果として,ボールリリース時の肩関節の角速度 は増加していたのである.総トルクには,もちろん 重力トルクも含まれるが,重力トルクは速度に応じ た変化が少なかったため,図 2 では表示していない. (肘関節) 肘関節の相互作用トルクは,動作の進行 方向(つまり肘伸展方向)に働き,球速の増加とと もに増加した.そのため,肘関節の筋トルクをあま り増加させなくても,総トルクは球速の増加ととも に増加し,結果としてボールリリース時の肘関節の 角速度は増加していた.筋トルクを増加させるとい う可能性も考えられたが,脳・神経系は,相互作用ト ルクを利用するという効率のよい方略を取っていた. (手関節) 手関節の相互作用トルクは,動作と逆方 向(つまり手関節伸展方向)に働き,球速の増加と ともに増加した.脳・神経系は,筋トルクを球速の 増加とともに増加させたが,その増加分は,相互作 用トルクの増加分をちょうど打ち消すものであった. このメカニズムにより,総トルクは球速によらず一 定に保たれ,ボールリリース時の手関節の角速度も 変化しなかった. (関節の動力学的特徴) ここで,手関節が球速調節 に関与しなかった,もう 1 つの理由を挙げることがで

(15)

投球動作における相互作用トルクの利用と補償(平島) 39 きる.それは,手関節に生じる相互作用トルクは,手 関節の動作を妨げる方向に働くということである5. このような状況の中で,手関節の角速度を増加させ るためには,もっと大きな筋トルクを作り出さなけ ればならない.一方,肘関節では,相互作用トルク が肘の伸展を助けてくれるので,筋トルクを増加さ せる必要もなく,肘関節の角速度を増加させること ができた.以上より,「脳・神経系は,各関節の運動 学的特徴だけではなく,動力学的特徴も十分考慮し た上で,球速調節における各関節の役割を決定して いる」と結論付けることができる.

手関節の役割

手関節は,球速調節に関与しなかった.では,手 関節の役割は一体何なのだろうか?その一つの可能 性として,正確なボールリリースへの貢献を挙げる ことができる.実は,指と手関節は,解剖学的にも 機能的にも非常に密接な関係がある.指を制御する 筋の中には,外在筋と呼ばれる筋群があり,起始を 手の外に持ち,手関節をまたいでいる6.そのため, 手関節の動作は,外在筋の長さやその変化速度に影 響を与える.つまり,筋の長さ-張力関係,速度-張力 関係を考えれば,手関節の動作は,外在筋の力発揮 能力に影響を及ぼすことになる.これを踏まえると, 先ほどの実験の手関節動作の意味を理解することが できる.3種類の速度のボールを投げても,手関節 の角速度の時系列は,ほぼ同じであった(図 3).つ まり,外在筋の力発揮能力の時系列が,球速によら ないことになる.これは,様々な球速でボールを正 確に投げる場合,精密な指の制御に必要な脳・神経 系の負荷を軽減するための 1 つの重要な方略となり うる. -1000 -500 0 -1000 -500 0 -200 -100 0[ms] -200 -100 0[ms] . [deg s ]-1 -1000 -500 0 -200 -100 0[ms] 図3: 手関節角速度の時間的変化(文献3より改変)

総括と今後の課題

以上より,「球速調節の際,中枢神経系は,各関節 の運動学的特性,動力学的特性,解剖学的特性をす 5投球動作中の,手関節の相互作用トルクと筋トルクは互いに 打ち消しあう状態になりやすいことを,コンピュータシミュレー ションを用いて示した (Hirashima et al. 2003b). 6外在筋の例として,浅指屈筋,深指屈筋,長母指屈筋,総指 伸筋,示指伸筋,長母指伸筋などが挙げられる. べて考慮して,各関節の役割を決定する.」という仮 説を立てることができる. この仮説を検証するためには,テニスやバドミン トンなど,手に打具を持つ動作における各関節の役 割を調べる必要がある.手にラケットを持つと,手 関節の運動学的特性,動力学的特性は変化し,大き な角速度を得るのに有利になると予想され,手関節 も球速調節に関与する可能性がある.

参考文献

1. Bastian AJ, Martin TA, Keating JG, and Thach WT. Cerebellar ataxia: abnormal control of interaction torques across multiple joints. J

Neu-rophysiol 76: 492-509, 1996.

2. Dounskaia N, Ketcham CJ, and Stelmach GE. Commonalities and differences in control of various drawing movements. Exp Brain Res 146: 11-25, 2002.

3. Hirashima M, Kudo K, and Ohtsuki T. Uti-lization and compensation of interaction torques during ball-throwing movements. J Neurophysiol 89: 1784-1796, 2003a.

4. Hirashima M, Ohgane K, Kudo K, Hase K, and Ohtsuki T. The counteractive relationship be-tween the interaction torque and muscle torque at the wrist is predestined in ball-throwing. J

Neuro-physiol 90: 1449-1463, 2003b.

5. Sainburg RL, Ghez C, and Kalakanis D. In-tersegmental dynamics are controlled by sequential anticipatory, error correction, and postural mecha-nisms. J Neurophysiol 81: 1045-1056, 1999.

橋詰氏のコメント

平島さんの研究は,投球課題において CNS が各関 節に担わしている役割を明らかにすることを目的と し,投球動作の分析と構成論的アプローチ(シミュ レーション)の両側からアタックするという,非常 に現代的なものでした.私は平島さんの2つの論文 (J. Neurophysiol. 89: 1784-, 90:1449-)も読ませて いただいたので,これらと合わせてコメントさせて もらいます. 研究会での発表の前半(論文では 89: 1784-)での 課題は,parasagittal 平面内で3種類の速度のボール を3関節(肩,肘および手関節)を用いて投げると いうものでした.ここでは筋トルクや相互作用トル クに言及することにより,CNS が各関節に担わせる 役割がそれぞれ異なっていることを明らかにしてい ます.興味深い結果は,肘関節が筋トルクを増加さ

(16)

せることなく,相互作用トルクを増大させる(しか も筋トルクと同じ方向)ことでボールの速度増大に 貢献していたことと,手関節がボールの速度増大に ほとんど関与していないことでした.これらは CNS がムチのようなしなやかで素早い動きと,手先のコ ントロールとを同時に実現させていることを見事に 示しています.論文ではさらに,2関節投げ課題に おける肘関節の振る舞いが,3関節課題における肩 関節の働き(筋トルクと相互作用トルクが相殺し合 う)と同じであることを示していました.ボールの 速さではなく使用できる関節が増えるという文脈に おいて,CNS は巧みに肘関節の役割を変更してい ることがわかりました.本文にあるように打具を使 用したとき,あるいは同じ動きの中で速度と精度が 別々に要求されるとき,そして新奇な動きを学習す るときなどでこうした役割の変更がどのようにおこ るのかに興味を持ちました.ぜひこうした方面にも 研究を広げて下さい.何かデータや論文があれば教 えて下さい. 研究会での発表の後半(論文では 90: 1449-)では, 2関節(肘および手関節)を用いてボールを投げる 課題をコンピュータ上にモデル化し,筋活動を含む 手関節関連のパラメータを操作した際のキネマティ クスや,(viscoelasticity をも含む)各種トルクの大き さ,トルクの貢献方向(counteractive か assistive) 等を細かく求めていました.そのうち前半では近位 筋と遠位筋の活動開始時間を操作することで,両筋 の活動開始の時間差が実験的に得られた値に近いと きに,最も速いボールを投げることが可能であるこ とを示しました.これは構築したモデルの妥当性を 示しているとも言えるでしょう.後半では,実際に はあり得ない手の重さと長さでのシミュレーション が示され,両者が非常に逸脱しない限り,手関節の 筋トルクと相互作用トルクがほぼ逆方向に働くこと を明らかにしていました.こうしたトルクの振る舞 いが手関節の怪我や指先の力制御に貢献していると いう解釈にも納得しました.手関節の筋・骨格構造 は非常に複雑なので,掴みの研究などでも余り扱わ れていないように思われます.今回はシンプルな課 題でしたが,もう少し複雑な制約が入る課題におけ る手関節の役割を知りたいと思いました. また平島さんが用いた課題と実際の野球のピッチ ングとの間には,まだかなりの距離があるように思 われます.野球のピッチングでは上腕の回旋,そし てより本質的には前腕の回内・外が重要です.また指 先の力制御は単にボール・コントロールのみならず, 強く握れば逆に手関節の固さにも影響します.考察 にもあるように,モデルの複雑さとそれにともなう 計算負荷量は,飛躍的に増大すると思います(松尾 先生もこの当たりで苦労しています).しかし3次 元の良いモデルができれば,運動制御論的関心に留 まらず,ピッチングにおける肘や肩の怪我の予防に つながる提言も可能ですので,ぜひチャレンジして 下さい.

橋詰氏コメントへのリプライ

この研究には,二つの文脈があります.ボールの スピードを変化させるという文脈と,使用する関節 の数を変化させるという文脈です.橋詰先生はこの 二つの文脈を正確に捕らえておられました.私がこ の二つの文脈にこだわる理由は,このような文脈が, 実際のスポーツ場面に常に現れてくるからです.球 速を調節する場面は言うに及ばず,動作に動員する 関節の数は,その動作の熟練度に関係しています.例 えば,投球やテニスの未熟練者は,主に上肢の関節 だけを使用し,熟練度が上がるにつれて体幹,下肢 の関節を使用するようになります. また,この二つの文脈に共通していることは,相 互作用トルクの大きさや向きに多大な影響を及ぼす ということです.スポーツ動作が多関節動作である 以上,「スポーツ選手の中枢神経系が,相互作用トル クに対し,どう対処しているのか」を調べることは 必須だと思います.従って,速度の調節,動員関節 数の調節という二つの調節機構を調べることは,多 関節動作であるスポーツ動作の制御機構を調べるの に非常に有効な手段であると考えられます. 私は,当面はこの二つの調節機構を調べることに よって,橋詰先生も指摘されている1)打具を利用し た場合,2)新奇な課題の学習や熟練レベルによる 動作の差異などを研究していく予定です.現在,取 り組んでいる課題は,二関節投球と二関節打球の違 いです.投球と打球の違いは,指の制御が必要か否 かです.この違いが,手関節に及ぼす影響を検討し ています.しかしながら,これらの基礎的な実験の 動作が,実際のスポーツ動作とかなりの隔たりがあ るのは,ご指摘の通りです.そこで,上記の実験と 同時進行で,3 次元の全身投球動作における3種類の 球速調節,バドミントンの3種類のストローク(ス マッシュ,クリアー,ドロップ)を分析しています. ところで,私が最近危惧していることは,基礎的な 運動制御(motor control)研究と,スポーツ動作研究 の間にあまり交流がないことです.論文の引用の仕方 を見ると,基礎的な運動制御を扱う雑誌(Journal of Neurophysiology や Experimental Brain Research など)と応用的な雑誌(Journal of Applied Biome-chanics など)は,お互いを引用し合うのは非常に 稀です.運動制御研究が Bernstein 問題という難問

図 1 や図 3 に示したように,分岐図の線上にあらわ れるのではなく,その線の周囲にばらつきを見せ,そ れがフラクタル遷移によるものであると考えられる のである.しかしながら,これを明らかにするため には,Sørensen et al
図 2: 肩,肘,手関節の,筋トルク,相互作用トルク,総トルク,ボールリリース時の関節角速度(文献 3 より改変).ここに示してあるトルクは,投球動作開始からボールリリース時までの積分値であ る.総トルク=筋トルク+相互作用トルク+重力トルクである.重力トルクは,速度に応じた変 化が少ないため,表示していない.総トルクが,その関節の動きを決定するため,総トルクと角 速度は同じ傾向を示す. S は遅条件 ; M は中条件 ;F は速条件をあらわしている. 相互作用トルクが,動作を助けてくれる方向に働く 場合に

参照

関連したドキュメント

5.1. Preliminaries on twisted forms. We saw in the previous section that every quadric surface V q is an element of T.. Let X/k be a quadric surface.. The proof of Theorem 7b). First

By virtue of Theorems 4.10 and 5.1, we see under the conditions of Theorem 6.1 that the initial value problem (1.4) and the Volterra integral equation (1.2) are equivalent in the

A large deviation principle for equi- librium states of Hölder potencials: the zero temperature case, Stochastics and Dynamics 6 (2006), 77–96..

For a compact complex manifold M , they introduced an exact cube of hermitian vector bundles on M and associated with it a differential form called a higher Bott-Chern form.. One

We then prove the existence of a long exact sequence involving the cohomology groups of a k-graph and a crossed product graph.. We finish with recalling the twisted k-graph C

Via the indicator A, Kanemaki characterizes the Sasakian and cosymplectic structures and gives necessary and sufficient conditions for a quasi-Sasakian manifold to be locally a

Using the previous results as well as the general interpolation theorem to be given below, in this section we are able to obtain a solution of the problem, to give a full description

F rom the point of view of analysis of turbulent kineti energy models the result.. presented in this paper an be onsidered as a natural ontinuation of