Japanese Positron Science Society
日 本 陽 電 子 科 学 会
www.positron-science.org
2015
年 2 月発行
Positron Annihilation Lifetime (PAL) Doppler Broadening of Annihilation Radiation (Doppler) 2D-MCA H.V. HPGe TFA CFD Main Amp. Biased Amp. ADC Personal Computer H.V. CFDD CFDD ADC TAC Fast Coincidence Gate & Delay Generator PMT BaF 2 PMT BaF2 Sample + 22Na 2D-MCA H.V. HPGe TFA CFD Main Amp. Biased Amp. ADC Personal Computer H.V. CFDD CFDD ADC TAC Fast Coincidence Gate & Delay Generator PMT BaF 2 2 PMT BaF2 S Sample + 22Na
Positron Age-MOmentum Correlation (AMOC)
16 12 8 4 0 100000 10000 1000 100 10 532 511 490 Counts Time (ns) Energy (keV)PAL
Doppler
第 4 号 (2015)
【入門講座】
陽電子消滅寿命・運動量相関測定
放射性同位体を用いたスピン偏極陽電子ビーム
陽電子寿命の理論計算
【最近の研究から】
ポジトロニウムの超微細構造の新しい方法による精密測定
PALS as a tool for further insights into the transport of water and solutes during reverse osmosis
カスプトラップを用いた反水素研究
目 次
陽電子科学
第 4 号
(2015) 巻 頭 言 日本陽電子科学会の過去・現在・将来 . . . 長嶋 泰之 . . . 1入 門 講 座
陽電子消滅寿命・運動量相関測定 . . . 平出 哲也 . . . 3 放射性同位体を用いたスピン偏極陽電子ビーム . . . 河裾 厚男 . . . 9 陽電子寿命の理論計算 . . . 水野 正隆 . . . 23最近の研究から
ポジトロニウムの超微細構造の新しい方法による精密測定 . . . 石田 明 . . . 35 PALS as a tool for further insights into the transport of water and solutes during reverse osmosis. . . Takahiro Fujioka, Long D. Nghiem . . . 43 カスプトラップを用いた反水素研究 . . . 永田 祐吾, 黒田 直史 . . . 49
特 別 寄 稿
Visiting research at Positron Probe Group in AIST . . . 61 研 究 室 紹 介 日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター スピン偏極陽電子ビーム研究グループ . . . 64 関 連 集 会 の 案 内 関連会議・研究会の案内 . . . 65 共 同 利 用 施 設 か ら 共同利用施設のご案内 . . . 67 学 会 印 象 記 第7回陽電子科学研究交流会の報告と印象記 . . . 69 The 11th International Workshop on Positron and Positronium Chemistry (PPC11)の印象記 . . . 72 The International Workshop on Positron Studies of Defects 2014 (PSD-14)の報告と印象記 . . . 74 事 務 局 か ら
「 陽 電 子 科 学 」投 稿 規 程 お よ び 投 稿 の 手 引 き
表紙図版について: 陽電子消滅寿命・運動量相関 (AMOC) 測定の概略.(左)計測系ブロックダイアグラム,(右)常温での水の
測定結果.消滅時間の関数として陽電子消滅γ 線ドップラー広がりが観測される.
巻 頭 言
日 本 陽 電 子 科 学 会 の 過 去・現 在・将 来
副会長長嶋 泰之
Yasuyuki Nagashima (東京理科大学 理学部) 日本陽電子科学会が発足して 6 年が経ちました.その前身である陽電子科学研究会 は 1991 年に発足しており,陽電子科学研究の重要なコミュニティが,20 年以上もの 間,活動を続けていることになります. 陽電子科学研究会は,伊藤泰男先生,氏平祐輔先生,末岡修先生,谷川庄一郎先生, 千葉利信先生,長谷川雅幸先生,兵頭俊夫先生が呼びかけ人となって立ち上げられま した.発足当時の主な活動は,会報である陽電子科学研究会ニュースによる情報交換 で,それがこのコミュニティを結び付けていました.1991 年 12 月 19 日に発行され た第 1 号には,O. E. Mogensen 博士からのメッセージや,ハンガリーで開催された第 9回陽電子消滅国際会議 (ICPA-9) の参加報告などが掲載されています.また日本アイ ソトープ協会主催の「理工学における同位元素研究発表会」(現在の「アイソトープ・ 放射線研究発表会」)への参加呼びかけの記事も見られます.巻末には会員リストがあ り,それによれば当時の会員数は 62 名でした. 2008年頃に,陽電子科学研究会を学会組織として運営しようというアイデアが出さ れ,議論の末,2009 年 1 月 1 日に日本陽電子科学会が発足しました.そして 2014 年 には,日本学術会議の協力学術研究団体に認定されました.これはまさに,わが国に おける正式な学会組織として認められるようになったことを意味しています. 現在,日本陽電子科学会は,会報「陽電子科学」の発行,陽電子科学研究交流会の 開催,それに若手奨励賞授与などを行っています.毎年 7 月に開催されるアイソトー プ・放射線研究発表会や紅葉の頃に行われる京都大学原子炉実験所専門研究会「陽電 子科学とその理工学への応用」には会員の多くが集まり,最新の研究成果の報告が行 われています.原子炉実験所の研究会では日本陽電子科学会の総会や理事会が開催さ れます.このような体制が出来上がるまで,会長や理事の皆さん,事務局の方々,陽 電子科学の発行にご尽力くださっている委員の皆さん,原子炉実験所での研究会を組 織くださっている方々など,多くの会員が多大な努力をしてこられました. 日本陽電子科学会のような学会組織に所属することは,研究を遂行する上でたいへ ん重要です.学会は研究者を育てる重要な教育の場であったり,叱咤激励の場であっ たりします.また時には会員を評価してくれます.いくら良い研究をしても,それを 評価してくれる組織がなければ,世の中に認められません.この学会は,まさに会員 の応援団になってくれます.特に若い会員の皆さんは,この学会が自分にとってたい へん重要なものであることを認識すべきでしょう. 今後,日本陽電子科学会は,更なる発展に向けて舵を切っていかなければなりませ ん.研究費の面からも,学会全体の発展に向けての動きがあってもいいのではないで しょうか.このような発想から,科学研究費補助金新学術領域研究への申請の準備が 始まりました.新学術領域研究は,「研究者相互のインタラクションに基づき,新たな 学問領域を切り開いたり,若い研究者を育成していくこと」を目的とした科学研究費 補助金制度です.これに採用されれば,日本陽電子科学会全体の研究レベルが,さら にアップすることが期待できます.会員の皆様のご協力をお願いいたします.陽電子科学 第 4 号 (2015) 3–8 © Japanese Positron Science Society
入 門 講 座
陽電子消滅寿命・運動量相関測定
Positron annihilation age momentum correlation (AMOC) measurement
日本原子力研究開発機構 原子力基礎工学研究センター
平出 哲也
Abstract: Positron annihilation Age-MOmentum Correlation (AMOC) measurement is the coincidence mea-surement method of positron injection time, positron annihilation time and positron annihilation gamma-rays energy. The methods for measurement and analysis of AMOC will be introduced briefly. Some of the interest-ing researches also will be introduced.
Keywords: positron, annihilation gamma rays, lifetime, Doppler broadening, S parameter, W parameter
1. 緒 言 陽電子消滅法は,試料中で陽電子が電子と対消滅する ときに放出されるガンマ線を検出することで行う分析手 法である.陽電子消滅法のうち,陽電子の試料中におけ る消滅までの時間を計測する陽電子消滅寿命測定法は,会 誌第 2 号で解説されている1).ここで取り扱う陽電子消滅 寿命・運動量相関 (AMOC) 測定は,この陽電子消滅寿命 測定法と,Ge 半導体検出器 (HPGe) による消滅ガンマ線 エネルギー計測によるドップラー広がり測定法の,二つの 手法の相関測定を行うものである.ドップラー広がり測 定とは,消滅ガンマ線の 511 keV からのドップラー広がり から,消滅時の電子–陽電子対の運動量分布を測定する手 法で,消滅相手の電子運動量やポジトロニウム (Ps) の種 類に関する情報が得られる.例えば,結晶中に欠陥が存 在し,そこに陽電子が捕捉されるような状況では,結晶中 の非局在状態に比べ,陽電子の波動関数と結晶中の元素の 内殻電子の波動関数との重なりが小さくなり,相対的に価 電子との消滅割合が増大する.その結果,運動量の大き な電子との消滅が起こりにくくなり,運動量分布が狭く なることになる.また,Ps 形成が起こる場合にはパラ–ポ ジトロニウム (p-Ps) とオルト–ポジトロニウム (o-Ps) が存 在し,真空中では p-Ps は 125 ps(125× 10−12秒)の平均 寿命で自己消滅し 2 光子放出するが,o-Ps は 142 ns(142 × 10−9秒)で 3 光子放出して自己消滅する.この Ps が物 質中に存在すると,p-Ps の多くは自己消滅するのに対し て,o-Ps は多くの場合,周囲の原子・分子内のスピン反 平行の電子と 2 光子消滅する.これをピックオフ消滅と 呼ぶ.このため,通常の液体中や固体中では,Ps からの
Tetsuya Hirade (Nuclear Science and Engineering Center, Japan Atomic Energy Agency),
〒319–1195茨城県那珂郡東海村白方白根2–4 TEL:029–282–6552, FAX:029–282–6716, E-mail: [email protected] 消滅はほとんどが 2 光子消滅となり,511 keV の消滅ガン マ線を放出することとなる.自己消滅する p-Ps は,p-Ps 内の電子と陽電子の運動量が相殺されるためドップラー 広がりの幅は重心運動で決まり狭くなる.それに対して o-Psのピックオフ消滅は周囲の原子・分子内の電子との 消滅となり,ドップラー広がりは比較的広い.これは原 子・分子内の電子の運動量を反映しており,内殻の電子ほ ど運動量が大きくなる.Ps を形成しなかった,いわゆる 自由陽電子*1の多くも同様に周囲の原子・分子内の電子 と 2 光子消滅し,その結果ドップラー広がりの幅は,o-Ps のピックオフ消滅同様に広くなる. さて,上述したように,試料中の陽電子のほとんどが 2光子消滅し,消滅ガンマ線が反対方向に 2 本放出され る.一方の消滅ガンマ線を消滅時刻を知るのに用い,も 100000 532 511 490 Energy (keV) Time (ns) 16 12 8 4 0 10000 1000 100 10 Counts 図 1 AMOC の測定データ.
*1これは free positron の訳語と考えられ,Ps 形成から free という意 味であり,自由に動き回っていることを示していないので注意が 必要
2D-MCA H.V. HPGe TFA CFD Main Amp. Biased Amp. ADC Personal Computer H.V. CFDD CFDD ADC TAC Fast Coincidence
Gate & Delay Generator PMT BaF 2 PMT BaF2
Doppler Sample + 22Na PAL
図 2 AMOC 測定装置の概略図. う一方を消滅ガンマ線のエネルギーを知るのに用いて測 定すると,図 1 のような 3 次元データが得られる.22Na を用いた場合の陽電子消滅寿命測定では陽電子入射時刻 を22Naからの 1.27 MeV のガンマ線を計測することで得 ており,これら 3 光子の同時計測を行うための装置の概 略図を図 2 に示す.22Naを用いた装置がもっとも一般的 であるが,陽電子ビーム2, 3)や高エネルギー X 線4)を用い た測定法も実現されている.ここでは,22Naを陽電子源 として行う測定手法について簡単に述べ,装置を準備す るための基本的な知識を解説し,また,得られた実験デー タの解析方法について解説する.最後に AMOC の特徴を 生かした研究例について述べる. 2. AMOC 測 定 AMOC測定では22Naを用いて陽電子消滅寿命測定と ドップラー広がり測定を組み合わせ,2 次元マルチチャン ネルアナライザー (2D-MCA) で同時計測して相関測定を 行う手法が一般的である.図 2 に示したものはアナログ モジュールを用いた22Naによる AMOC システムである が,最近は,デジタルオシロスコープやデジタイザを用い た AMOC システムも用いられている5).通常の陽電子消 滅寿命測定法の場合は,消滅ガンマ線を 1 本だけ計測し, もう 1 本の消滅ガンマ線は測定に使用されていない.こ のガンマ線を HPGe 検出器で計測し,3 光子の同時計測を 行うことで,陽電子の消滅寿命と同一の消滅イベントの ドップラーシフトを記録できる.この際に,消滅ガンマ 線が反対方向に放出されているため,消滅時刻測定用の シンチレーション検出器と消滅ガンマ線エネルギー測定 用の HPGe 検出器を試料を挟んで反対側に配置する.ヒ ストグラムを 3 次元プロットしたものが図 1 になり,こ のヒストグラムを,目的によって様々な切り口で解析す ることとなる.時間は陽電子消滅寿命測定と同じように 10 ps–20 ps間隔,エネルギーはドップラー広がり測定と 同様に数十 eV 間隔で記録しておけば十分である. ここで,測定時にもっとも重要なことは,AMOC 測定 が,陽電子消滅寿命測定とドップラー広がり測定の 2 つ の手法を組み合わせて,同時計測して行うという点であ る.同じ陽電子消滅事象からのイベントであることを確 かめ,そして計数を蓄積していく必要がある.陽電子消 滅寿命を計測するためのシンチレーション検出器からの 信号の立ち上がりは ns 程度であり,測定の時間レンジは 通常数十 ns である.一方,ドップラー広がり測定の信号 は,アンプで増幅され,その際のシェーピングタイムは 数μs である.確実にこの遅い信号と陽電子消滅寿命測定 の速い信号の同時計測を行うのは少々難しさを伴う.そ のため,ここで示してあるアナログ方式のものも,上で紹 介した文献 5) 中の部分的にデジタル化したものも,半導 体検出器からの信号を Fast-Filter Amplifier (Fast Amp.) で 処理し,タイミング信号を得て,コインシデンスをとって いる.この方法が確実であり,おそらく調整の点で容易 であるが,必ずしもこの方法でなければ AMOC の測定が 行えないということではない.正しいイベントの組み合 わせでコインシデンスを確実にとることができれば,他の 方法でも測定を行うことは可能であり,実際に Fast Amp. を使用しないで稼動している装置による研究例も多く存 在する6). AMOCでは図 1 に示すような 3 次元の情報となってお り,これをどう考えるかであるが,ここでは,一般的な 解析方法としてドップラー広がりの時間依存性と考える こととする.まず簡単に話を進めるために,p-Ps,自由 陽電子,o-Ps が,非常に早い時刻に各消滅過程が決まり, それらの反応や状態変化を伴わないで、そのまま指数減 衰で消滅していくと考える.陽電子消滅寿命においては, 式 (1) が装置の時間分解能を考慮しないときの陽電子消滅 寿命スペクトル A(t) である*2. A(t)∝ N i=1 Iiλiexp (−λit) (1) ここで N は消滅過程 (以降,単に成分とよぶ) の数,Iiは 各成分の強度,λiは各成分の消滅率である.これは各時 *2後で出てくる S パラメータとの混同を避けるために,引用元では S (t)となっているが,A(t) としてある.
平出: 陽電子消滅寿命・運動量相関測定 入 門 講 座 刻における消滅ガンマ線の計測頻度となっているので,あ る時刻に,複数存在する各成分からの単位時間当たりの 消滅量の和となっている. 図 1 に示す AMOC データを各時刻でスライスして切り 出すと,511 keV を中心としたエネルギースペクトルとな る.このピークの形状は消滅時刻に依存して変化してい る.この変化は式 (1) での各成分からの消滅量の比率が変 化しているために起こる.AMOC の場合,重要なのは消 滅ガンマ線ピークの形状であり,そこに入るカウントで はない.したがって,各時刻におけるそれぞれの成分の 比率は, fi(t)= Iiλiexp (−λit) N j=1Ijλjexp −λjt (2) となる.ここで fi(t)は時刻 t における i 成分の消滅の全 消滅に対する比率である. わかりやすい例として,Ps が形成する絶縁物中の消滅 過程でみてみよう.上述したように,各成分が,反応や変 化がなく,非常に早い時刻に消滅過程が決まり,そのまま 指数減衰で消滅していくと考える.つまり,試料中に入射 された陽電子が非常に短い時間に Ps は形成,熱化,局在 し,これらの現象が終わった時刻を時刻ゼロとして,その 後,状態の変化なく指数減衰していくと仮定する.この場 合,もっとも短い 125 ps の平均寿命で消滅していく p-Ps の成分,自由陽電子の 400 ps 程度の平均寿命で消滅して いくとする成分,数 ns の平均寿命で消滅していく o-Ps の ピックオフ消滅成分となる.この各成分の比率の消滅時 刻依存性をグラフにすると図 3 のようになる.上述した ように p-Ps からの消滅のみエネルギーシフトが小さくな ることから,消滅ガンマ線のピークの幅が狭くなり,それ 以外は幅が広くなる.比率の変化をみると p-Ps の成分は 時刻ゼロから単調に減衰してくることになり,その様子 をピークの形状の変化で考えると,図 3 の下図のように なる.幅の狭い成分が徐々に減り,幅の広い成分が残る こととなる.このドップラー広がり測定の消滅ガンマ線 のエネルギー広がりの様子は,S パラメータで示すこと が多い.これはピーク全体に対して,決められた中央の エネルギー範囲の面積比で定義される.消滅ガンマ線の ピークの幅が狭ければ,S パラメータは大きくなる. 消滅ガンマ線ピーク形状の変化を S パラメータで考え ると,最初は S パラメータがある程度大きく,時間の経過 とともに,S パラメータが小さくなり,最後は一定値を示 すようになると考えられる.S パラメータの時間変化は, S (t)= N i=1 Sifi(t)= N i=1 Si Iiλiexp (−λit) N j=1Ijλjexp −λjt (3) で表せ,実際に装置の時間分解能も考慮した S (t) は図 4 のような形になる.このように,AMOC のデータを解析 し,S (t) をつくり,現象を考察する. 実際の解析時には,図 1 のような AMOC データから 時刻ごとの計数をすべて積算し,その計数の時刻依存性 を描けば,それは陽電子消滅寿命スペクトルとなる.こ れを通常と同様に例えば,PALSfit7)のようなプログラム で解析し,各成分の平均寿命 τiとその強度 Iiを得る.次 に,図 1 のデータからある程度の時間幅ごとに切り出し, エネルギースペクトルをつくり,そのそれぞれのエネル ギースペクトルから S パラメータを計算する.これを時 間軸に対してプロットをすると,図 4 のような形の S (t) 曲線が得られる.この時に,I1–3,λ1–3(= 1/τ1–3)が寿命ス 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 時間 ns それぞれの成分の比率
p-Ps
自由陽電子
o-Ps
+ + S大 S小 時間 図 3 Ps が形成される場合の各寿命成分からの 消滅比率の消滅時刻依存性. 0.44 0.46 0.48 0.50 0.52 0.54 0.56 0.58 - 0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3陽電子消滅時刻 (ns)
S
(t)
図 4 Ps が形成される場合の S(t) の消滅時刻依存性.ペクトルの解析で得られているため,図 3 あるいは式 (2) のような各成分の比率の時刻依存性が得られることにな る.ここで,3 つの成分の S1–3を振りながら,式 (3) を用 いてもっともよく再現できるように最小二乗フィットで 各成分に固有の S1–3を決めることができる.最長寿命で ある o-Ps 成分の S のみは,長時間側で一定となる S から 求めることができる.それを利用して佐藤らは,高分子 中で o-Ps がプローブしているサブナノスケールの自由体 積に由来する空隙の化学的な情報を得ることに成功して いる6). 3. 状態変化を伴う場合の解析 図 4 のような S (t) の結果は当たり前のように見えるが, 例えば,この時間領域で,何か反応が起き,各成分が単純 な指数減衰していない場合や,消滅の初期が指数減衰にあ てはまらないような反応などが存在するときには,寿命 スペクトルの解析結果で求まる各成分が,p-Ps,自由陽電 子,o-Ps の各成分からの消滅と一致していない可能性が ある.そのような場合,AMOC を測定し,S (t) を作り,寿 命測定の解析結果で再現できるか調べることで寿命の解 析結果を吟味することができることから,AMOC 測定は 非常に重要となる.例えばイオン液体中における陽電子 消滅寿命測定ではもっとも短い平均寿命が 260 ps–290 ps のような値を示すが,AMOC の結果からは,通常どおり に 125 ps に近い寿命で p-Ps が消滅していることが示され た8). ここでは,わかりやすい例として,o-Ps が常磁性種 R• とスピン交換反応を行う場合を考えてみる.実際には p-Psも R•と反応するが,p-Ps の自己消滅平均寿命が短い ので,大きな効果はみられない. o-Ps+ R• → (1/4) p-Ps + R• → (3/4) o-Ps + R• (4) この場合,図 3 と同様に各成分の比率をみると図 5 の よ う に な る .消 滅 ガ ン マ 線 ピ ー ク の 幅 が 狭い p-Ps か らの成分の比率は初期に多く,その後いったん減り, 再び増えてくることになる.このときの S (t) がどのよ うになるか,実際の測定例を図 6 に示した.これは, 常磁性種である 4-hydroxy-2,2,6,6-tetramethylpiperidine1-oxyl (HTEMPO)をメタノール中に溶かして o-Ps とのスピ ン交換反応を測定した研究例である9).このように,o-Ps が試料中に存在する主な状態であると考えられる長時間 側で,S (t) の値が大きくなっており,o-Ps の一部がスピン 交換で p-Ps になって自己消滅していることがわかる.こ のような反応が存在すると,o-Ps の減衰はピックオフ消 滅による過程とスピン交換によって p-Ps を経由して消滅 していく過程によるものが主であり,単純なピックオフ 消滅だけではないことを示している.陽電子消滅寿命ス ペクトルでは,減衰の様子は指数関数的であり,陽電子消 滅寿命測定のみの結果からは,このような過程が存在す ることを知ることは難しい. 以上のように,陽電子消滅寿命測定と AMOC 測定は, 解析時に用いる成分が異なり,陽電子消滅寿命測定では消 滅の平均寿命の違いで成分を分けているが,AMOC 測定 では,消滅時の電子と陽電子の運動量分布の広がりの違 S大 S小
p-Ps
自由陽電子
o-Ps
+ + + + + 0.0 1.0 0.2 0.4 0.6 0.8 0 1 2 3 そ れ ぞれの成分の 比率 時間 (ns) 時間 図 5 Ps が形成され,o-Ps が常磁性種とスピン 交換反応する場合の各寿命成分からの消滅比率 の消滅時刻依存性. 図 6 常磁性種である HTEMPO を 0.1 M 添加 したメタノール中における S(t) の消滅時刻依 存性9).Reprinted figure with permission. Copy-right EDP Sciences 1993.平出: 陽電子消滅寿命・運動量相関測定 入 門 講 座
図 7 20 K,ポリエチレン中における S パラメー タの消滅時刻依存性.○は暗黒中測定,●は可視 光下測定.実線は,拡散中の陽電子の捕捉過程を
考慮して,最小二乗法で求めた13).Reprinted
fig-ure with permission. Copyright 2007 WILEY-VCH Ver-lag GmbH & Co. KGaA, Weinheim.
いで成分を分けている.したがって,AMOC 測定のデー タから S (t) を作り解析する場合,各成分は単純な指数減 衰では表すことができないことになる.運動量分布の異 なる各消滅成分の変化を考えると,以下の式 (5) のみが成 り立つこととなる. S (t)= N i=1 Sifi(t) . (5) よって,反応なども考慮した消滅過程のモデルを導入し, そのモデルで各成分の消滅の比率の時間依存性をつくり, そこから各成分の S パラメータをもちいて,S (t) を模擬 する曲線をつくることが必要である.その際に,その消 滅過程のモデルが陽電子消滅寿命スペクトルも同時に模 擬できなくてはならない. 4. AMOC を 用 い た 研 究 例 最初に取り上げるのは,低温域でみられた著しい Ps 形 成の増大に関する研究例である.絶縁物中の Ps 形成は 1974年に Mogensen が提唱したスパー反応モデル10)で説 明される.物質中に入射した陽電子は入射電子同様に,そ の飛跡に沿ってイオン化と励起を繰り返し,エネルギー を失い,最終的には熱化する.このイオン化や励起が起 こる小さな領域はスパー (spur) と呼ばれる.熱化直前に は単位長さあたりのそれらの頻度が高くなり,比較的高 い密度でイオン化や励起が起こる.この飛跡の最後の部 分を放射線化学ではターミナルスパーと呼び,陽電子の 飛跡の場合は,そこに陽電子も熱化するため,特に陽電 子スパーと呼ぶ.イオン化の際には電子がはじき出され, これを過剰電子と呼ぶが,スパー反応モデルでは,陽電子 スパー内においてこの過剰電子の一つと入射陽電子が結 合することで Ps を形成する. さて,低温における絶縁物質中では分子運動が凍結さ れ,その結果,0.5 eV–3 eV 程度で電子が捕まる部位が安 定に存在し,そこに過剰電子が捕捉される.アニオンと して捕捉される場合もあるが,このような電子をここでは 捕捉電子と呼ぶことにする.陽電子消滅法の実験は試料 中に陽電子を入射し続けるため,低温で測定を行うと捕 捉電子が蓄積される.外部からガンマ線照射などでも捕 捉電子を試料中に蓄積することができる11).捕捉電子が 束縛されているエネルギーはおおよそ可視光領域のエネ ルギーに対応しており,可視光が存在することで捕捉サ イトから脱離するため,暗黒中でなければ,捕捉電子は蓄 積しない.このような捕捉電子が十分に蓄積すると,ス パー内の Ps 形成を逃れた陽電子が,拡散後に捕捉サイト から電子引き抜くことで Ps が形成11)し,その場合の S (t) は図 7 中の○印のように変化する.これはポリエチレン 中で 20 K において測定されたものである12, 13).○印は暗 黒中で測定されたもので,試料中に捕捉電子があらかじ め形成され蓄積されている状態である.陽電子の拡散後 に,蓄積されていた捕捉電子の一つと Ps 形成が起こるた め,通常のスパー過程の Ps 形成よりも遅れて起こる.そ のため,初期に p-Ps からの消滅の比率が上昇し,S (t) の 上昇がみられる.●印は可視光下で測定されており,可 視光によって捕捉電子が捕捉サイトから解放され,陽イ オンと再結合して,捕捉電子が存在しない状態となり,Ps 形成がスパー反応による早い過程10)のみとなっている. その結果,初期の S (t) の上昇はみられない.イオン化で 放出された過剰電子が捕捉サイトに捕捉され捕捉電子が 形成されるように,陽電子自身も捕捉される.陽電子と 捕捉電子の Ps 形成反応が,この捕捉過程との競争で起こ ることを考慮すると,図 7 の実線のように実験結果を再 現でき,この結果から,陽電子が捕捉されていく速度を知 ることもできる13). 金属中では,Ps 形成は起こらず,陽電子消滅寿命測定 では陽電子の存在している状態の変化が,寿命の変化と して現れる.例えば,金属結晶のバルク中の状態から,空 孔などへ捕捉されると,みかけ上,最短寿命成分の寿命が 短くなっていく.これは一つの平均寿命とみえる成分の 中に,他の状態へ移行していく過程が存在することによ る.このような状況で陽電子消滅寿命スペクトルは 2 種 類の状態捕獲モデルに基づいた解析によって行う必要が ある.このような場合に AMOC 測定では,式 (5) のよう な解析を行うことが必要である.捕捉されていくことで 起こる S の変化が顕在化し,S の変化量が大きければ,単 なる寿命測定よりも,捕捉されていく過程がより明確に
図 8 550◦Cで 0.1 時間,0.2 時間,2 時間熱 処理した Fe-0.88 at.% Cu と純鉄および純銅中 における高運動量成分(W パラメータ)の陽 電子消滅時刻依存性5).Reprinted figure with per-mission from K. Inoue, Y. Nagai, Z. Tang, T. Toyama, Y. Hosoda, A. Tsuto, M. Hasegawa, PHYSICAL REVIEW B 83 (2011) 115459. Copyright (2011) by the American Physical Society. 識別できることとなる.また,欠陥が無いような状況で は,陽電子の状態が複数あってもバルク成分であり,寿命 変化がほとんど起こらない.例えば,外山ら14)が報告し ているように,鉄中に存在する銅析出物への陽電子捕獲 などの時間変化は,ドップラー広がり測定における高運 動量成分(W パラメータ)の変化から知ることができる. この W(t) の時間変化を AMOC 測定でも観測することが 可能であり,図 8 のように陽電子が銅析出物に捕捉され ていく様子を直接観測することができる.鉄の曲線から 銅の曲線へ移っていく様子から,直接鉄中の銅析出物へ の陽電子捕捉が起こっていることが示され,熱処理時間 が長くなるにつれて,陽電子が捕捉されていく時刻が早 くなっていることがわかる5). 5. ま と め 今回は AMOC 測定について,基本的なことを中心に 解説し,その利点を用いた研究例を紹介した.現状では AMOC測定は,陽電子消滅法の他の手法に比べ,利用頻 度はあまり高くない.その理由としては,測定時間が長 いことや,装置を組み上げ調整を行うことがやや困難であ ることが考えられるが,部分的にデジタルオシロスコー プやデジタイザを用いることで,比較的容易な測定法に なった.今まで,陽電子消滅寿命測定だけでは見出すこ とができなかった現象なども,AMOC 測定では捉えられ る可能性をもつと考えられ,新しい研究の可能性を持っ ている測定手法である.今後,さらに研究例が増え,いろ いろな成果があがることを期待したい. 参 考 文 献 1) 斎藤 晴雄:陽電子科学2 (2014) 21.
2) H. Stall, M. Koch, K. Maier, J. Major: Nucl. Instrum. Methods B56–57 (1991) 582.
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7) P. Kirkegaard, J. V. Olsen, M. Eldrup, N. J. Pedersen: PALSfit (Risø-R-1652(EN), 2009).
8) T. Hirade: Mater. Sci. Forum607 (2009) 232.
9) H. Schneider, A. Seeger, A. Siegle, H. Stoll, I. Billard, M. Koch, U. Lauff, J. Major: J. Phys. IV 3 (1993) C4–69,
10) O. E. Mogensen: J. Chem. Phys.60 (3) (1974) 998.
11) T. Hirade, F. H. J. Maurer, M. Eldrup: Radiat. Phys. Chem.58 (2000) 465.
12) N. Suzuki, T. Hirade, F. Saito, T. Hyodo: Radiat. Phys. Chem. 68 (2003) 647.
13) T. Hirade, N. Suzuki, F. Saito, T. Hyodo: Phys. Status Solidi C 4 (2007) 3714. 14) 外山 健,蔵本 明,野沢 康子,Matti Valo,清水 康雄,井上 耕治,長谷川 雅幸,永井 康介:陽電子科学1 (2013) 41. (2014年 10 月 30 日受付) 著 者 紹 介 平出 哲也: 1993 年,宇宙環境用繊維強化 樹脂の放射線劣化の研究で理学博士(早 稲田大学)を授与され,同年,日本原子力 研究所(現在の日本原子力研究開発機構) に入所.当時の化学部で陽電子・ポジト ロニウム化学研究を新たに開始.現在に 至る.また,2004 年から茨城大学大学院応用粒子線科学専 攻連携教員となり,現在,同大大学院 理工学研究科 応用粒 子線科学専攻客員教授を兼任.専門分野は,放射線化学,陽 電子・ポジトロニウム化学など.日本放射線化学会副会長, 日本陽電子科学会理事.
陽電子科学 第 4 号 (2015) 9–22 © Japanese Positron Science Society
入 門 講 座
放射性同位体を用いたスピン偏極陽電子ビーム
Radioisotope-based spin-polarized positron beam
日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター
河裾 厚男
Abstract: In this article, I report, the spin polarization of positrons emitted from radioisotopes, the de-velopment of spin-polarized positron beams, the fundamental aspects of spin-polarized positron annihila-tion method, and the investigaannihila-tion of current-induced spin polarizaannihila-tion on metal surfaces through the spin-polarized positronium annihilation.
Keywords: spin, spin polarized positron, spintronics, magnetism, surface
1. 緒 言 1956年,Yang と Li1)は,弱い相互作用に関係する過 去のすべての実験を再検討し,パリティ保存の証拠がな いことから,その成否を検証するための実験を提案した. 1957年,Wu ら2)は60Coのβ−崩壊において,パリティが 保存しないことを示した.パリティ非保存の場合,β 崩壊 に伴い放出される電子(陽電子)は進行方向にスピン偏極 している.Wu らの直後,Hanna と Preston3)は,64Cuの
β+崩壊に伴う陽電子のスピン偏極性を示した.陽電子の スピン偏極性が明らかになると,陽電子と電子の準安定 結合状態であるポジトロニウムの研究が進展し,同時に スピン偏極陽電子を用いた強磁性バンド構造の研究が黎 明期を迎えた.1960 年台後半になると,陽電子が固体中 の原子空孔や高分子中の自由体積を鋭敏に検出できるこ とがわかり,陽電子を用いた研究はその応用へ展開され た.一方,強磁性バンド構造の研究手法として磁気コン プトン法が開発されたため,スピン偏極陽電子を用いた 物性研究は一転して影を潜めた. 物性研究においてスピン偏極陽電子に再び注目が集 まったのは,1979 年に米国ミシガン大グループ4)がスピ ン偏極陽電子ビームを開発したときであった.当時は,超 高真空技術の向上や走査トンネル顕微鏡の発明などがあ り,表面物性研究が急速に進展しつつある時期でもあっ た.表面では,バルクとは異なる磁気現象が起こり得る と考えられ始めており,強磁性体表面では磁気秩序が消失 するという「Dead Layer」仮説5)が提唱され,それを検証 するために新しいプローブの開発が求められた.ミシガ ン大グループは,58Co線源を用いてスピン偏極率 22 % の
Atsuo Kawasuso (Advanced Science Research Center, Japan Atomic Energy Agency),
〒370–1292群馬県高崎市綿貫町1233 TEL:027–346–9331, FAX 027–346–9432, E-mail: [email protected] 陽電子ビームを得た.また,スピン偏極率の低い低エネ ルギー陽電子を除去することで,最大 70 % 程度までビー ムの偏極率を向上できると報告している.1982 年,同グ ループはスピン偏極陽電子ビームを Ni 表面磁性の研究に 適用し,この表面が磁気的「Dead Layer」ではなく「Live Layer」であると報告している6).こうして,スピン偏極 陽電子ビームが表面磁性の研究に有用である可能性が示 された.ところが,この論文を最後にスピン偏極陽電子 ビームを用いた研究が継続的に行われることはなかった. 我が国では,1997 年–1999 年に都立大7)と理研8)の研究 グループが,それぞれ27Siと18F線源を生成し,スピン偏 極陽電子ビームの発生を試みている. 近年,電子の電荷とスピンを活用することで,省電力 かつ高速動作可能なデバイスの創出を目指すスピントロ ニクスという学問分野が生まれた.ハードディスク容量 の飛躍的向上をもたらした巨大磁気抵抗効果やトンネル 磁気抵抗効果は,スピントロニクスの代表的成果として 知られている.この分野では,目下のところ磁気ヘッド や磁気メモリへの応用から,大きな磁気抵抗効果を生じ るハーフメタル物質や,電場や光により強磁性状態を制 御できる磁性半導体の開発が研究の主要な柱となってい る.これらに加えて,非磁性体最表面においてスピン蓄 積・スピン流を生じるスピンホール効果・ラシュバ効果, 通常の表面伝導とはまったく異なる原理で表面スピン流 を生じるトポロジカル絶縁体,そして原子空孔が強磁性 の起源となる d0(強磁性の起源となる d 電子を持たない) 磁性体など,新しい物質や現象にも注目が集まっている. 新しい現象が発見されるたびに,新しい評価技術の登場 が望まれている. 陽電子には,原子空孔や表面に対する高い感度,薄膜・ 界面の原子空孔の深さプロファイリングができるという 特徴に加えて,電子スピンに対する感度も備わっている. スピントロニクス研究開発の現状に鑑みると,スピン偏 極陽電子はその有望なプローブになる可能性を秘めてい
る.従来の陽電子計測技術において,陽電子スピン偏極 性を活用することで,斬新な手法が生み出されるかもし れない.本稿では,スピン偏極陽電子ビーム,スピン偏極 陽電子消滅の基礎と応用についての現況を総括し,将来 に繋げたい. 2. 陽電子のスピン偏極性とスピン偏極陽電子ビーム 放射性同位体 (Radioisotope, RI) から放出される陽電子 は,進行方向にスピン偏極している.したがって,RI を 使えばおのずと陽電子のスピン偏極性を利用した実験が できる.22Naのような市販 RI の他,イオン加速器や原 子炉を用いて生成される様々な RI が利用可能である.ま た,電子加速器により得られる高エネルギー偏光ガンマ線 を用いた対生成により,スピン偏極陽電子を発生させる 方法もある.この方法は高エネルギー物理分野で用いら れているが,将来的に陽電子消滅実験への応用も考えら れる.本稿では,RI から生じる陽電子のスピン偏極性と それを基にしたスピン偏極陽電子ビームについて述べる. 2.1 陽電子のスピン偏極性 β+(β−)崩壊によって陽電子(電子)を放出する RI の大 多数は,陽子(中性子)過剰核種である.β+崩壊核種で は軌道電子捕獲も起こる.これらの崩壊は以下の式で表 される. A ZXN → Z−1AXN+1+ e++ νe · · · (p+→ n0+ e++ ν e) β+崩壊 (1) A ZXN+ e−→ Z−1AXN+1+ νe · · · (p++ e−→ n0+ ν e) 軌道電子捕獲 (2) A ZXN → Z+1AXN−1+ e−+ ¯νe · · · (n0→ p++ e−+ ¯ν e) β−崩壊 (3) ここで,X (X),Z,A,N はそれぞれ元素記号,原子番 号,質量数 (A= Z + N),中性子数,p+は陽子,n0は中性 子,e−と e+はそれぞれ電子と陽電子,νe(νe)は電子(反 電子)ニュートリノである.なお,中性子は単独で平均寿 命 887 秒で崩壊するが,陽子の寿命は 1033年以上とされ る.β+(β−)崩壊前後のエネルギー差(Q 値)は以下で与 えられる. Qβ+=M(X)− M(X)− 2mc2 (4) Qβ− =M(X)− M(X)− mc2 (5) ここで,M と m はそれぞれ原子および電子の静止質量,c は光速である.β+崩壊の m が 2 倍になっているのは,崩 壊後に軌道電子数が一つ減るためである.なお,ニュー ᔂቯ๓᰾䝇䝢䞁 ᔂቯᚋ᰾䝇䝢䞁 I I-1
e
+ν
ee
+ν
e h > 0ྑᕳ䛝 h < 0ᕥᕳ䛝 1/2 1/2 1/2 1/2 䝟䝸䝔䜱ኚ 図 1 β+崩壊に伴う核スピンおよび陽電子と電 子ニュートリノのスピンの向きと運動方向の関 係.スピン角運動量の保存から崩壊後の核スピ ン,陽電子および電子ニュートリノのスピンの 和は崩壊前核スピンに等しい.陽電子とニュー トリノは運動量保存則のために反対方向に放出 される.パリティが保存しているならば,陽電 子と電子ニュートリノのヘリシティは右巻・左 巻(上下のパターンどちら)とも許されるが,電 子ニュートリノのヘリシティが左巻しか許され ないため,上側のパターンしか許されない. トリノの質量はきわめて小さいとして無視している.エ ネルギー Q は,崩壊に伴う原子核の励起,原子,陽電子・ 電子,ニュートリノの運動エネルギーに分配される.し たがって,陽電子・電子のエネルギーは,このエネルギー 収支の結果許される最大エネルギー (Emax)以下で連続分 布を持つ.β±線のエネルギー分布は,定性的には一次摂 動(Fermi の黄金律)に基づく Fermi 理論で説明され,よ り厳密には V–A 理論によって与えられる. β±崩壊の重要な性質の一つに,パリティ保存の破れが ある.この性質のため,陽電子・電子の運動方向とスピン 偏極方向が一義的に定まる.陽電子・電子とニュートリ ノのスピンはともに 1/2 であり,崩壊時の波動関数は原 子核からみればほぼ平面波(軌道角運動量 l= 0)となる ことから,β±崩壊前後の核のパリティ変化はなく,核ス ピン変化の絶対値は 0 または 1 である.前者を Fermi 型, 後者を Gamow-Teller 型と言う.以下,核スピンの変化が −1 の Gamow-Teller 型の β+崩壊を考える.スピン角運動 量の保存により,陽電子と電子ニュートリノは核スピン と同軸にほぼπ 方向に放出され,両者のスピンは核スピ ンと同一方向となる.そうすると,図 1 に示すように,陽 電子または電子ニュートリノの運動方向が核スピンの方 向と同一となる二通りが考えられる.両者が等しい確率 で起こる場合,パリティが保存しているという.なお,粒 子のスピンと運動方向が同じ場合は右巻(または+)ヘリ シティ,反対の場合は左巻(または−)ヘリシティと呼ば れる.一般に,ヘリシティの符号は観測方向により変わ るため,どちらの符号も許される.しかし,ニュートリ ノに関しては一方の符号しか許されないとされる.すな河裾: 放射性同位体を用いたスピン偏極陽電子ビーム 入 門 講 座 わち電子ニュートリノは左巻 (−),反電子ニュートリノは 右巻 (+) しかない.このため,図 1 の二つの可能性のう ち,陽電子の運動方向が核スピンの向きと同じ上側のパ ターンしか許されない.同様のことがβ−崩壊についても 成り立つ.Fermi 型遷移の場合は,核スピンが変化しない ため,陽電子・電子とニュートリノの運動量は同一方向 を向く傾向にある.以上の現象を弱い相互作用(β 崩壊を 起こすウィークボソンを介した力)におけるパリティ非 保存と呼び,上述した Yang と Li による予測1)と Wu ら2) および Hanna と Preston3)の実験で実証された.以上が, 陽電子・電子の縦スピン偏極の原因である. ヘリシティの期待値は,平面波に対するディラック 方程式の解として得られる.電子ニュートリノ・反電子 ニュートリノのヘリシティは+1 であり,陽電子・電子の ヘリシティは±v/c である.ヘリシティの絶対値が 1 にな らない理由は,より高速で運動する系からみるとヘリシ ティが逆(正負のヘリシティが混合しているという)に なることに起因している.ヘリシティは,スピン偏極率 (v/c= (n↑− n↓)/(n↑+ n↓),n↑ (↓):上向き(下向き)スピン の数)そのものである. 通常,RI の核スピンの向きはランダムであるため,陽 電子は線源を中心に 4π 方向に放出され,各陽電子が縦 スピン偏極している.ある軸に対して開き角 2θ(立体角 2π(1− cos θ))の円錐内に放出される陽電子の縦スピン偏 極率 P+は以下で与えられる. P+= v c 1+ cos θ 2 = 1− 1 [1+ E/(mc2)]2 1+ cos θ 2 (6) ここで,E は陽電子の運動エネルギーである.エネルギー が E1から E2( Emax)にある陽電子の平均スピン偏極率 は以下で与えられる. P+ = v c 1+ cos θ2 = E2 E1 1− 1 1+ E/mc22N(E)dE 1+ cos θ 2 (7) ここで,v は陽電子の平均速度,N(E) はエネルギー分布 である.これより,より高い Q 値の RI で放出角と後方散 乱成分を制限し,より高エネルギーの陽電子を選別すれ ば,スピン偏極率を高めることができる.また,核スピン を一方向に揃えられれば,その方向への陽電子放出強度 とスピン偏極率を同時に高めることができる. 代表的な陽電子放出 RI である22Naを例にとってみて みよう.図 2 は,22Naの崩壊図式である9).22Naは半減 期 2.6 年でβ+崩壊または軌道電子捕獲により崩壊する. それぞれの分岐比は 90.6 % と 9.4 % である.β+崩壊前の 22Naの基底状態の核スピンは 3 であり,崩壊後は Ne 原子 核の第一励起状態(核スピン 2)または基底状態(核スピ 22Na 3+ 22Ne 0+ 2+ EC β1+ β2+ 9.43% 90.51% 0.06% γ1 1.275MeV 2.842MeV 図 2 22Naの崩壊図式.核スピン 3,パリティ +の22Naは軌道電子捕獲 (EC) またはβ+ 1崩壊 により核スピン 2,パリティ+の22Neの励起準 位に遷移し,1.275 MeV のガンマ線を放出する. 各遷移の分岐比をパーセントで表示している. 22Naと22Neの質量差は 2.842 MeV である. ン 0)に遷移し得る.ただし,後者の分岐比は 0.06 % 程 度と小さい.軌道電子捕獲後は第一励起状態に遷移する. 第一励起状態から基底状態に緩和する過程で,エネルギー 1.275MeVのガンマ線が生じる.β+崩壊の反応式と Q 値 は以下である. 22Na→22Ne+ e++ ν e (8)
Q=M(22Na)− M(22Ne)− 2m c2= 1.82 MeV (9) エネルギー Q は,β+崩壊直後の22Neの励起 (1.275 MeV) や陽電子と電子ニュートリノの運動エネルギーに分配さ れる.したがって陽電子は E= 1.82 − 1.275 = 0.545 MeV を最大値とするエネルギー分布を持つ.表 1 は幾つか の陽電子線源の特性である1).図 3(a) と図 3(b) の破線 (N0(E))は22Naと68Ge/68Gaから放出される陽電子のエネ ルギースペクトル,点線 (NS(E))は線源内部での吸収を 考慮したエネルギースペクトルおよび実線 (N(E)) は減速 材を用いた低速陽電子のエネルギースペクトルである10). 22Naの場合,平均エネルギー (0.2 MeV) に相当する陽電子 のヘリシティは,v /c = 0.7 である.すなわち,ある方向 に放出される陽電子の平均スピン偏極率は 70 % である. 半球方向に放出された陽電子だけを選別すると (θ= π/2), 偏極率は 35 % となる. 2.2 スピン偏極陽電子ビーム 2.2.1 期待されるスピン偏極率 線源物質,吸収材,減速材によるエネルギー選別のた め,式 (7) の N(E) はβ+崩壊本来のものとは異なる.この ため,陽電子ビームのスピン偏極率を計算するためには, まず一連の物質によるエネルギー選別効果を考える必要 がある.その次に,各種の減偏極効果を考慮することで, 最終的な陽電子ビームのスピン偏極率を見積もることが できる. β+崩壊本来のエネルギー分布を N0(E),線源強度の厚 さ方向の分布を A(z),その積分強度を A0,陽電子の線源
表 1 代表的な陽電子線源の半減期,最大エネ
ルギー (Emax),平均エネルギー (E ),平均ヘリ
シティ (v /c).
核種 半減期 Emax/ MeV E / MeV v /c
18F 110分 0.633 0.21 0.71 22Na 2.6年 0.545 0.20 0.70 26Al 740 000年 1.17 0.82 27Si 4.2秒 3.79 2.6 0.99 44Ti/44Sc 49年 1.47 0.45 0.85 64Cu 12.7時間 0.653 0.27 0.76 58Co 70.8日 0.475 0.19 0.68 68Ge/68Ga 271日 1.90 0.99 0.94 0.000 0.005 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 0.0 0.5 1.0 N(E) NS(E) N0 (E) a n d N S (E ) (a rb . u n it s ) Energy (MeV) N0(E) N(E ) (a rb . u n it s ) 0.000 0.005 0.010 5 . 0 0 . 0 0 1 2 3 4 N(E) NS(E) N0 (E) a n d N S (E ) (a rb . u n it s ) Energy (MeV) N0(E) N(E) (a rb . u n it s)
(a)
(b)
図 3 (a)22Naと (b)68Ge/68Gaから放出される 陽電子のエネルギースペクトル(N0(E),破線), 線源内部で自己吸収された後のエネルギースペ クトル(NS(E),点線),厚さ 1μmのタングステ ン減速材により低速陽電子に変換される陽電子 のエネルギースペクトル(N(E),実線)12). 物質に対する透過率を TS(E, z)とすると,厚さ dSの線源 から一方向に放出される陽電子のエネルギー分布 NS(E) は, NS(E)= 1 2 dS 0N0(E) [A(z)/A0] TS(E, z)dz (10)
となる.ここで,N0(E)の積分強度を 1 に規格化する.厚
さ dAの吸収材を用いると,エネルギー分布 NA(E)は以下
となる.
NA(E)= NS(E)TA(E, dA) (11)
ここで,TA(E, dA)は吸収材の陽電子に対する透過率であ る.一般に,透過率は以下のように与えられる11). T (E, z)= exp−(z/z0)m (12) z0= aEn/ ρΓ(1 + 1/m) (13) ここで,ρ は吸収材の密度,a は定数 (= 4.0 μg cm−2keV−n), nと m は物質毎に固有の定数である. 減速材を用いてビー ムを形成する場合も,これに類似する吸収効果がある.例 えば,エネルギーが低く,再放出面から深い位置で熱化し た陽電子の再放出確率は低い.エネルギーの高い陽電子 は,熱化されることなく減速材を透過してしまう.した がって,最終的なエネルギー分布は,式 (11) に減速材効 率 εM(E, dM)を乗じたものとなる.
N(E)= NS(E)TA(E, dA)εM(E, dM) (14)
ここで dM は減速材の厚さである.εM(E, dM)はさらに以 下で与えられる12). εM(E,dM) = Pem dM 0
p(E, z) sinh(z/L) sinh(dM/L)dz
· · · 透過型 (15) εM(E,dM) = Pem dM 0 p(E, z) exp(−z/L)dz · · · 反射型 (16) ここで,Pemは陽電子再放出と内部反射の分岐比,p(E, z) は陽電子の注入プロファイル (= −dT(E, z)/dz),L は陽電 子拡散長である. 表 2 に低速陽電子ビームのスピン偏極率を求める際の 計算の諸条件をまとめた.吸収材は想定せず,減速材は 1μm 厚のタングステンとしている.これらと式 (7) より スピン偏極率は 53 % (68Ge/68Ga)と 42 % (22Na)と見積も られた10). 減偏極効果については,前方に放出された陽電子とは 逆のスピン偏極を持つ後方散乱成分の混入,ビーム輸送 磁場や偏向電場によるスピン回転,線源物質や減速材中 での散乱によるスピン反転について検討する必要がある.
河裾: 放射性同位体を用いたスピン偏極陽電子ビーム 入 門 講 座
表 2 スピン偏極陽電子ビームの偏極率評価に際して想定した線源,減速材とそれらの条件(dS:線源
の厚み,dM:減速材厚み,ρ:線源および減速材の物質密度,m, n: 式 (12) および式 (13) におけるパラ
メータ,Pem:表面境界における陽電子の放出と内部反射の分岐比,L: 陽電子拡散長).線源物質は,
68Ge/68Gaについては GaN,22Naについては NaCl としている.吸収材は想定していない.これらの
条件の下で,期待される低速陽電子ビームスピン偏極率は 53 % (68Ge/68Ga)と 42 % (22Na)になる.
線源物質 dS/ mm ρ/ g cm−3 m n 物理化学的形質 68Ge/68Ga 0.5 6.15 2.0 1.6 固体 GaN 22Na 0.1 2.18 2.0 1.6 固体 NaCl 減速材物質 dM/μm ρ/ g cm−3 m n Pem L / nm W 1 19.3 1.7 1.67 0.33 135 減速材が非磁性体で,陽電子スピンを回転される方向の 外部磁場がない場合は,熱拡散中の減偏極は非常に小さ いと考えられる.以下では,特に重要な線源後方物質に よる後方散乱と減速材中での散乱について述べる. 後方散乱を厳密に取り扱おうとすると,後方物質,線 源,吸収材および減速材における陽電子のエネルギー・角 度に応じた後方散乱確率,その後の各物質における透過 効率,さらに物質間で繰り返される多重後方散乱を考慮 する必要がある.しかし,これらの過程は非常に複雑で あるので,それらの中で大部分を占める線源後方物質に よる後方散乱の減偏極効果を見積もる.22Naと68Ge/68Ga 線源の物質による後方散乱確率 Rpは,以下の実験式で与 えられる13). Rp= 0.342 logZ − 0.146 (17) ここで,炭素(Z= 6)を線源後方物質として,そこに到 達するすべてのエネルギー・角度成分の陽電子が,式 (17) の確率で後方散乱されると仮定すると,10 % 程度の後方 散乱成分が混入することになる. したがって,減偏極率 ΔP も 10 % 程度となる. 陽電子と物質の相互作用には,電磁相互作用に起因す る Bhabha 散乱や制動放射,誘電的相互作用による電子の 集団(プラズモン)・個別(一電子)励起,熱力学的なフォ ノン散乱,弾性過程であるクーロン散乱(Mott 散乱)があ る.制動放射については,その阻止能が Bhabha 散乱のそ れの EZ/800 程度であるので, RI 陽電子の場合は重要では ない.物質内に入った 1 MeV 程度のエネルギーの陽電子 は,Bhabha 散乱によって原子をイオン化し14),大部分の エネルギーを失う.エネルギーが 10 keV 程度になると, プラズモン励起と電子励起により数 eV まで減速し15, 16), 最終的にフォノン散乱によって熱化する17).このうち, 電子の個別・集団励起およびフォノン散乱ではスピン反 転は起こらない. 0.01 0.1 1 10 100 1000 10-6 10-5 10-4 10-3 10-2 10-1 100 0.5MeV E=0.2MeV Spin-flippin g probab ility
Energy loss / Scattering (keV) 1.0MeV 図 4 エ ネ ル ギ ー E = 0.2 MeV, 0.5 MeV, 1.0 MeV の陽電子が一回の Bhabha 散乱を起 こした時のスピン反転確率の損失エネルギー依 存性. 量子電磁力学に基づく計算により,Bhabha 散乱によ り陽電子スピンが反転する確率は,陽電子エネルギーの 関数として与えられている18).図 4 は,文献 18 の表 I の数値データを補間・外挿することで得られる 0.2 MeV, 0.5 MeV,1.0 MeV の陽電子の 1 回の散乱に伴うスピン 反転確率である.図 3 から22Naと68Ge/68Gaの陽電子の 平均エネルギーをそれぞれ 0.2 MeV と 0.5 MeV とする. 1回当たりの散乱におけるエネルギー移行は,タングス テンの場合は 0.5 keV 程度である19).0.2 MeV の場合は 400回,0.5 MeV の場合は 1000 回の散乱が起こる(全エ ネルギーを失う)と仮定すると,減偏極率ΔP はそれぞれ 11 %と 8 % 程度と見積もられる. クーロン散乱(Mott 散乱)では,スピン軌道相互作用 により散乱方向にスピンが回転する.電子に対する減偏
極率ΔP は以下で与えられる20). ΔP = 1 − 1− exp(−γd) γd 2 (18) ここで,d は散乱体の厚さ,γ とその他のパラメータは Nを散乱体の原子数密度,k を波数として以下で与えら れる. γ = 4√2πN e2 E+ 2mc2 ×ln(2kb)− 0.577 + 2ξS1+ ξ2S2 b= me2Z −1/3 (Thomas–Fermi 半径) ξ = e2Z c E+ mc2 E1/2(E+ mc2)1/2 S1= − π 2 ∞ l=1 H1(1)[i(l+ 1/2)/(kb)] kb(l+ 1/2) × tan−1[−(l + 1/2)k/k 0] (H:ハンケル関数) S2= ∞ l=1 tan−1[−(l + 1/2)k/k0] 2 (l+ 1/2)−3 図 5 68Ge/68Gaから放出される縦スピン偏極 陽電子をそのまま試料に打ち込み,消滅ガンマ 線の磁場依存性を計測する22, 23).バルク磁性体 などの実験に使用する. k0= e2Z(E+ mc2)/(c)2 一次ボルン近似に基づくクーロン散乱では電荷の違いが ないので,上式が陽電子に対しても当てはまると仮定す ると,0.2 MeV および 0.5 MeV の陽電子が厚さ 1μm の タングステンを通過した際の多重散乱に伴う減偏極率ΔP 図 6 22NaCl線源の放出面に固体ネオン減速材を成膜して,磁界レンズにより縦スピン偏極陽 電子ビームを形成する装置25).試料部では,最大 1 T の磁場を試料に印加できる.
河裾: 放射性同位体を用いたスピン偏極陽電子ビーム 入 門 講 座 図 7 22NaClまたは68Ge/68Gaを線源として,静電場のみを用いてビームを形成する静電型陽 電子ビーム装置10, 24).ビーム輸送中に静電偏向器によりビーム軌道を 90◦曲げることで,試料 部では横スピン偏極陽電子ビームとなる. は 6 % および 4 % 程度となる. 以上のように,線源と減速材に関するエネルギースペ クトルの変化によるスピン偏極率,後方散乱と減速材内 部での多重散乱による減偏極を考慮すると最終的なスピ ン偏極率は,32 % (22Na)と 42 % (68Ge/68Ga)程度と見積 もられる.後述するように,筆者らが実際に得たスピン 偏極率はこの見積もりと良く一致している. 2.2.2 陽電子ビーム装置の例 以上のように,RI を用いることで,特段の工夫を凝ら すことなくスピン偏極陽電子ビームを形成することがで きる.ミシガン大グループ21)は,吸収材の使用などによ り,前節で述べた見積もり以上にスピン偏極率を向上で きるとしている.筆者らは吸収材は用いず,図 5–図 7 に 示すような市販22NaCl線源とイオン照射により製造した 68Ge/68Ga線源を搭載した装置を目的に応じて使いわけて いる10, 22–25).減速材を用いない図 5 のタイプでは,線源 と試料を磁場中に置き消滅ガンマ線を計測する.これは, 高エネルギー陽電子を試料に直接打込む方法であり,垂 直磁化させたバルク磁性体などの研究に適している.薄 膜・表面の面直磁化の研究には,図 6 の磁界レンズを用い た陽電子ビームを使う.これは,収束磁場とビーム進行 方向が同一であるために陽電子のスピン回転が起こりに くく,縦スピン偏極性が保持されることを利用している. 試料への強磁場印加(最大 1 T)も可能である.薄膜・表 面の面内磁化やスピン配列の研究には,図 7 の静電レン ズを用いた陽電子ビームを使う.静電偏向器によりビー ムを 90◦曲げることで,試料部において横スピン偏極陽 電子ビームを得る仕組みである. 2.2.3 ポジトロニウムによるスピン偏極率測定 陽電子のスピン偏極率測定には,かつては強磁性体に よる陽電子透過やモット散乱が利用されていた26).ミシ ガン大グループの実験以降27, 28),ポジトロニウムの磁気 クエンチを利用する方法が使われている.以下では,ま ずポジトロニウムの磁気クエンチの要点をまとめた後に, ミシガン大の寿命測定の方法と永井ら29)のドップラー広 がり測定の方法を紹介する.つづいて筆者らの測定結果 について述べる. ポジトロニウムには,スピン一重項のパラ状態(合成 スピン S = 0,磁気量子数 MS = 0 : |S MS = |0 0 )と, 三重項のオルト状態(S= 1,MS= 0, ±1 : |S MS = |1 0 , |1 1 , |1 −1 )がある.真空かつ非磁場中であれば,前者は 125 psの消滅寿命で二光子に崩壊し,後者は 142 ns の消 滅寿命で三光子に崩壊する.陽電子または電子がスピン 偏極していない場合は,パラとオルトの生成比は 1 : 3 で ある.磁場摂動により,|0 0 と |1 0 が混合した状態が新 たな固有値となる.これらを含めて全固有状態を|0 0 , |1 0 ,|1 1 ,|1 −1 と表記(磁場がない場合は |0 0 → |0 0 , |1 0 → |1 0 に対応させる)すると,それぞれの生成率 F
は以下で与えられる27). F|0 0 = 1 8(1+ y2) (1− y)2(1− P+cos φ)(1+ P−) + (1 + y)2(1+ P +cos φ)(1− P−) (19) F|1 0 = 1 8(1+ y2) (1+ y)2(1− P+cos φ)(1+ P−) + (1 − y)2(1+ P +cos φ)(1− P−) (20) F|1 1 =1+ P+cos φ+ P−+ P+P−cos φ 4 (21) F|1 −1 = 1− P+cos φ− P−+ P+P−cos φ 4 (22) ここで,P+(P−)は陽電子(電子)のスピン偏極率,y= x/ √1+ x2+ 1,x= 4μ BB/ΔE (μB:ボーア磁子,B: 磁場, ΔE: 超微細相互作用エネルギー (8.4 × 10−4eV)),φ は磁 場と陽電子スピン方向のなす角である.真空かつ非磁場 中の自己消滅速度を λ|0 0 ≡ λp (= 8 ns−1),λ|1 0 = λ|1 1 = λ|1 −1 ≡ λo(= 0.0704 ns−1)とし,物質中のボイド内に閉じ 込められたポジトロニウムがボイド壁面の電子と衝突し て起こるピックオフ(二光子)消滅速度を λpick-offとする と,|0 0 ,|1 0 ,|1 1 ,|1 −1 の消滅速度 λ は以下で与え られる. λ|0 0 = κλp 1+ y2 + κy2λ o 1+ y2 + λpick-off (23) λ|1 0 = κy 2λ p 1+ y2 + κλo 1+ y2 + λpick-off (24) λ|1 1 = λ|1 −1 = κλo+ λpick-off (25) ここで κ は接触密度(物質中と真空中の Ps 波動関数の二 乗の比= |Ψm(0)|2/|Ψv(0)|2)である.各式において,λpと λoが係る部分はそれぞれポジトロニウムの二光子と三光 子消滅速度を,λpick-offがピックオフによる二光子消滅速 度を表す.各状態からの寄与を合計した全二光子・三光 子消滅強度は以下のようになる. FPs2γ= F|0 0 λ|0 0 κλ p 1+ y2 + λpick-off +Fλ|1 0 |1 0 κy2λ p 1+ y2 + λpick-off +F|1 1 + F|1 −1 λpick-off λ|1 1 (= λ|1 −1 ) (26) FPs3γ= F|0 0 λ|0 0 κλoy2 1+ y2 + F|1 0 λ|1 0 κλo 1+ y2 +F|1 1 λκλo |1 1 + F|1 −1 κλo λ|1 −1 (27) 例えば式 (26) 右辺の第一項は|0 0 状態の寄与であり,さ らにポジトロニウム自己消滅が括弧内第一項,ピックオ フ消滅が括弧内第二項のように読んで必要な成分を取り 出して使う. ミシガン大グループによる方法では,陽電子ビームを 磁場中のマイクロチャンネルプレートに照射したときに 形成されるポジトロニウムの三光子消滅寿命を計測し,摂 動を受けた成分の消滅速度 (λ|1 0 )の陽電子スピン回転依 存性を得ることで陽電子のスピン偏極率を決定する.こ のとき P−= 0,κ = 1,λpick-off= 0 とすると,オルトポジ トロニウムと磁場摂動を受けたオルトポジトロニウムの 三光子消滅寿命スペクトルは,式 (27) の右辺第 2 項–第 4項から以下のようになる. dN(t) dt = N F|1 1 κλo λ|1 1 + F|1 −1 κλo λ|1 −1 λoexp(−λot) + Fλ|1 0 |1 0 κλo 1+ y2λ|1 0 exp(−λ|1 0 t) = N 4 2λoexp(−λot) + 1− cos φ2yP+ 1+ y2 λ|1 0 exp(−λ|1 0 t) (28) ここで N は全消滅事象数,φ は陽電子のスピン偏極ベク トルと磁場ベクトルのなす角度である.小括弧の磁場摂 動を受けたオルトポジトロニウム消滅強度の φ 依存性を 実験的に求め,それに式 (28) をフィットしてスピン偏極 率が得られる. 永井ら29)の方法では,磁場中においた溶融石英におい て観測される S パラメータが,磁場摂動を受けたポジ トロニウムの二光子消滅強度の一次関数であることを利 用する.すなわち磁場の関数として得られる S パラメー タは,
S = (SPs− SSiO2)I(B)+ SSiO2
= (SPs− SSiO2) F|0 0 λ|0 0 κλp 1+ y2 + F|1 0 λ|1 0 κy2λ p 1+ y2 + SSiO2 (29) で与えられる.ここで,SPsは磁場摂動を受けたポジトロ ニウムの自己二光子消滅の S パラメータ,SSiO2はそれ以 外の二光子消滅に付随する S パラメータ,I(B) は式 (26) の FPs2γのうちピックオフ消滅率 λpick-offを除いたものであ る.κ や λpick-offは既値のものを使用し,P− = 0 とする. そこで,S パラメータの磁場依存性に対して,式 (29) の α = SPs− SSiO2,β= SSiO2 および P+をフィッティングパ