◎論説
﹁断 わ り 表 現 ﹂ に
日 中 の 認 識 差 お け る
曹 泰 和
・・⁝
はじめに
一般的に︑日本人は断言を避けようとする傾向があり︑
日本語は﹁曖昧な言語﹂あるいは﹁察しの言語﹂であると
よく指摘される︒一方︑中国人はストレートな表現を好み︑
﹁ストレートな言語﹂と言われる︒
コミュニケーションの観点から見ると︑聞き手の思い描
いたイメージと話し手の抱くイメージとが一致する際に伝
達が達成される︒異文化同士のコミュニケーションにおい
て︑互いに自分の属している文化に基づいてイメージし︑
解釈するのだとすれば︑異文化コミュニケーション・ギャツ
プが生じることが考えられる︒場合によっては︑自分が理 解されていない︑伝達が達成されていないという自覚さえ
ないこともありうる︒
たとえば︑﹁難しい﹂と"唯"(難しい)の場合︒日本人
中国語学習者が断わるつもりで中国人に"迭件事挺碓亦的"
(これはちょっと難しいですね)と言ったとしても︑中国人
はそれを文字通りの"碓"と理解し︑"不行"(できません
/だめです)までの解釈︑すなわち︑﹁断わっている﹂と解
釈しない可能性がある︒これは自分の生まれ育った環境で
身に付けた習慣的な理解の仕方が異文化の相手にも共通し
ロ ていると信じているときに生じる語用論的転移(Pragmatic
transfer)である︒
アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトはその著
書﹃文化の型﹄の中で︑次のように述べている︒
「断 わ り表 現 」に お け る 日中 の認 識 差
201
生まれたときから︑その生まれおちた場所の習慣が人
間の経験や行動を形成してゆく︒話ができるようになっ
たとき︑人はかれの所属する文化のひとつの産物にす
ぎなくなる︒成長して︑その文化のなかでの活動の一
部分を果たすようになったとき︑習慣のくせがかれの
くせとなり⁝⁝︒
ヨ 言語と文化の関係については︑﹁サピア・ウォーフの仮説﹂
として知られている︒その関係を﹁断わり表現﹂にあてて︑
単純化してみると︑日本の文化で育った日本人は﹁難しい﹂
という言葉を用い︑﹁断わり﹂の認識をする︒一方︑中国の
文化で育った中国人は"不行"という言葉を用い︑﹁断わ
り﹂の認識をする︒言語と文化は︑互いに相互作用の関係
にあると考えられる︒
本稿では︑会話の例を通し︑﹁断わり表現﹂に関する日中
間の認識パターンにおいて︑具体的にどの面で差が現れて
いるのか︑また︑そのような認識差が生じる原因は何なの
か探ってみたい︒また︑それによって日本人中国語学習者
が語用論的転移(Pragmatictransfer)を生じる際に伴うコ
ミュニケーション・ギャップの可能性を提示したい︒
調査対象者および調査方法
インフォーマント中国人と日本人各五〇名︒中国人の インフォーマントは東北三省の出身者が全体の過半数を占
める社会人である︒中国人のインフォーマントは日本語が
分からない︒日本人のインフォーマントは東京在住者が全
体の過半数を占める社会人である︒日本人のインフォーマ
ントは中国語が分からない︒
調査期間一九九五年一二月から一九九六年二月までは
中国で︑一九九六年七月から九月までは日本で調査を行なっ
た︒
調査方法まず︑一六組の日本人同士の会話を録音した︒
録音のデータをリストアップし︑インフォーマントの中国
人と日本人に依頼した︒
調査内容AとBの二人の会話を見て︑BはAの誘いを
断わったかどうかについて︑下記の四つの選択肢を設け︑
日本人と中国人のインフォーマントに判断してもらった︒
ωBはAを断わった︒
②BはAに応じた︒
③断わる可能性があるとしたらどのぐらいあるのか︑
パーセンテージで示してください︒
ωその他(会話の内容が分からない)
調査の手順調査結果を六つのカテゴリーに分類した︒
ω断わった
②ほぼ断わった
⑧分からない
働ほぼ応じた
⑤応じた
⑥その他(会話の内容が分からない)
本稿では︑一六組の会話の中から︑中国人と日本人の答
えの違いがもっともはっきり現れた五つの会話を取り上げ
分析した︒
二具体的な会話場面
会話場面1勧誘者Aが被勧誘者Bに中国でマンション
を買わないかと勧める場面︒AとBは友人同士である︒
1A友達のお父さんがね︑中国にマンション買ったの︑
安いんだよ︒(我朋友的父来在中国契了一套房子,
特便宜︒)
2Bどこに買ったの?(在梛契的?)
3A杭州だから︑上海のちょっと南の方︒(杭州,上海
的南迫︒)
4Bうん⁝⁝︒(因⑬゜:°:︒叫)
5Aそれがさ︑今新築のマンションで︑(最近新建的大
楼︒)
6B(沈黙)
7Aもちろん外国人も買えるんだけど︑一軒4LDK
かなあ︑でね︑二五〇万︒(当然外国人也可以契,
・
・
121110 BAB 181716151413
BABABA
19A
222120 i
一套四居室オニ五〇万日元︒)
ヘッ・ヘッ・ヘッ︒(嚥,嚥,嚥︒)
そう︑それで︑何人かで買えば︑安くなるから︑
ということで︑今︑人を集めているんだけどね︑
んー︑乗る?(大家一起契逐能便宜些,所以我現
在正在湊人,休算一伶不?)
乗るわけがないでしょう︒(我急広可能呪︒)
あ︑乗るわけがない︒(不可能︒)
中国にマンション買ってもしょうがないでしょう︒(我在中国契房子有什広用呵?)
でも︑遊びに行けるじゃん︒(可以去玩啄︒)
フッ・フッ・フッ︒(笑)
あまい?(我想得太筒単了?)
あまい︒(弥想得太筒単了︒)
あっそう︒(是嚇︒)
Aちゃんの場合は買えるけど︑私はちょつと⁝⁝(休能叉得起,我可是⁝⁝)
いや︑だから︑そうじゃなくて︑みんなで︑お金
を出し合えば買える︑安く買える︒(不,大家一起
湊銭就能契,合伏契便宜︒)
ハッ・ハッ・ハッ︒(恰,恰,吟︒)
いいじゃん︑そうでしょう︒(好亦法咀︒)
ちゃんと(セールスを)やっているじゃん︒(休挺
「断 わ り表 現 」に お け る 日 中 の 認 識 差 203
能干的︒)
(以下の会話はマンションの話と関係なく︑新しい
話題に入っている︒)
会話場面2Aは語学の教師︑Bは中国語を習う生徒︒
AはBをスピーチコンテストに参加するように誘う場面︒
Aどう︑試してみる?(急広祥?弥拭試不?)
Bう〜ん︑勉強不足で⁝⁝(聰,我学得不好⁝⁝)
会話場面3男性Aと友人である女性Bの会話︒AがB
を食事に誘う場面︒
1AYさんとか︑Sさんとか一緒に行くんだよ︑だか
ら︑よかったら来ないかなあと思ってるの︒(小
王,小李都去,所以,要是行的活最好休也能来︒)
2Bあっそうか︑そうか︑(是麻,是嚇︒)
3Aうん︑うん︒(因㌣因煙o則叫)
4Bあ〜残念︒(呵,真遺憾︒)
会話場面4留学生がアパートを探している場面︒Aは
留学生の世話をしている日本人︑Bは不動産屋の会社員︒
1Bあと︑保証人の問題が出てくるんですけど︑だれ
か日本人の方でなれますか?(逐有保涯人的向題,
有日本人作保喝?)
21 BA
2A
3B はい︑大丈夫です︒(有,没同題︒)
でも︑この物件は︑外国人はだめなんですよ︒(不
迂,迭家房奈不牧外国人︒)
ほかには︑もう︑留学生っていうのはだめなんで
すか︒(別的也不牧留学生喝?)
う〜ん︑ちょっと外国人の方︑難しいですよね︒(囎〜,外国人挺碓的︒)
会話場面5女友達同士の会話で︑AがBを食事に誘う
場面︒
1Aね︑今日︑一緒に晩御飯を食べない?(今天一起
吃晩坂急広祥?)
1Bへえ?(埃?)
2Aうん︑別に無理にしなくてもいいよ︑もし空いて
るんだったら︑(不迂別勉強,要是休有空的活︒)
2B今日残業が入っているの︒(今天我要加班呪︒)
3Aあっそうか︒分かった︒じゃ日曜日は?(呵,是
味︒知道了,那周日呪?)
3Bこめ〜ん︒(抱漱〜︒)
会話場面1
表1
女 性Aが 友人 で あ る女性Bに 中 国 で マ ン シ ョンを 買 わ な いか と勧 め る場 面 断 っ た ほ ぼ断 っ た 分 か らない ほ ぼ応 じた 応 じた そ の他
中国人 38 14 14 Zs 6 0
日本人 92 8 0 0 0 0
会 話 場 面2中 国 語 の 講 師Aが 生 徒 のBに ス ピー チ コ ンテ ス トに参加 す る よ うに誘 う場 面 断 っ た ほ ぼ断 っ た 分 か らない ほ ぼ応 じた 応 じた そ の他
中国人 6 10 18 38 24 4
日本 人 50 16 18 6 10 0
会 話 場 面3男 性Aが 友 人 で あ る女性Bを 食 事 に 誘 う場 面
断 っ た ほ ぼ断 った 分 か らない ほ ぼ応 じた 応 じた そ の他
中国人 70 2 0 14 4 10
日本 人 80 8 10 2 0 0
会 話 場面4留 学 生 の た め に アパ ー トを探 して い る日本 人Aが 不 動 産 屋Bに 依 頼 す る場 面 断 った ほ ぼ断 っ た 分 か らな い ほ ぼ応 じた 応 じた そ の他
中国人 26 22 io 26 14 a
日本 人 64 24 8 4 0 0
会 話 場面5女 性Aが 友 人 で あ る女性Bを 食 事 に誘 う場 面
断 った ほぼ 断 っ た 分 か らな い ほぼ 応 じた 応 じた そ の他
中国人 74 4 8 8 6 0
日本人 98 2 0 0 0 0
四考察
調査結果から︑日中の間では﹁断わり﹂における認識差が大き
く見られた︒その原因を探るた
め︑以下では︑e﹁笑い﹂に対
する認識差︑口﹁褒め言葉﹂の
解釈と﹁皮肉﹂の解釈︑日﹁謙
遜表現﹂に対する解釈の違い︑
四﹁あきらめやすさ﹂の違いと﹁察し﹂に対する認識の違いとい 差識物細け串馴臓齢一蛎 表1の調査結果は︑会話場面
1〜5に対する︑BはAを﹁断
わった﹂﹁ほぼ断わった﹂﹁分ら
ない﹂﹁ほぼ応じた﹂﹁応じた﹂
﹁その他﹂と判断した中国人イン
フォーマントと日本人イン
フォーマントのそれぞれのパー
センテージである︒ 調査結果