七七 早大藏 『「 撫子の 」 百韻 』 訳注︵二︶
伊
藤
伸
江・奥
田
勲
早 稲 田 大 学 中 央 図 書 館 伊 地 知 鐵 男 文 庫 蔵
『集 連
』内 に︑ 細 川 勝 元 が 発 句 を 詠 ん だ
『「撫 子 の
」百 韻
』が 収 録 さ れ て
『
熊野千句
』の連衆と重なる︒心敬が在京時に密接な関係を結んだ細川右
『「
撫子の
」百韻
』の表現分析が非常に有用であると判断し︑ 発表をなすこととした︒従って︑ この訳注及び翻刻︑ 解説は科研費基盤研究 ︵C︶
」︵研究代表者伊藤︑研究
『「
撫子の
」百韻
』訳注(二)
底本は早大図書館伊地知鐵男文庫蔵
『集連
』内に存する某年月日張行の賦初何百韻 ︵
『「撫子の
」百韻
』︶ である︒
七八 該本は︑他に伝本を聞かないいわゆる孤本であるため対校本はない︒ 一︑注釈本文は︑読解の便をはかるため︑底本を歴史的仮名遣い表記にあらためて清濁を付した︒翻字本文は百韻と して示してあるので︑適宜参照されたい︒原文の表記の誤りと考えられる箇所は改め︑あて字︑異体字︑送り仮 名は標準的な表記に直して示した︒漢字表記が自然である語句に関しては︑全体の統一を考えて漢字に直し︑難 読語句には︑校注者が括弧書きで振り仮名を付し︑踊り字はすべて開いている︒校注者による改訂部分のうち︑ 特記すべきものは︑注釈内に付記したが︑底本は虫損によって︑欠字及び判読しがたい部分が若干存するため︑ 本文を推定の上考察した句が存する︒ 一︑各句には︑折の表示とその折内の番号︑百韻全体の通し番号を頭に示し︑前句を添えた︒ 一︑語釈にあげる和歌︑連歌例は︑後述引用文献に依る︒百韻の読解に有効な際には︑先例のみならず後代の作品も 例示する場合がある︒私に清濁を付し︑片仮名など読解に不便な文字は必要に応じ平仮名に改めた︒ 一︑各句には︑ ︻式目︼ ︻作者︼ ︻語釈︼ ︻現代語訳︼の説明項目を設けると共に︑二句一連の連歌の中で句がどのよう に 作 用 す る か︑ 及 び 独 立 し た 一 句 で は ど ん な 意 味 を 持 つ か に 配 慮 し︻ 現 代 語 訳 ︼ の 他 に︻ 付 合 ︼︻ 一 句 立 ︼ の 項 目を設けた︒さらに必要な場合には︻考察︼ ︻補説︼の項目も設けた︒ ※ 本 訳 注︵ 二 ︶ の 引 用 文 献 典 拠 一 覧 及 び 参 考 文 献 は︑ 同 時 に 刊 行 さ れ る
『愛 知 県 立 大 学
説 林
』掲 載 の 訳 注︵ 三 ︶ の 末尾に掲載する︒通覧の際に参照を願うものである︒
︵初折 裏 五︶小松が末ぞ草にまじれる 一三 つれなくてなびく色をも見えぬ世に 専順 【式目】
恋︵つれなくて・なびく︶ 世 只一︑浮世中の間に一 恋世一 前世後世などに一 ︵一座五句物︶
【作者】
専順
七九
【語釈】
●つれなくて 変らぬさまで︒ 薄情で︒
「つれなくてあはれこの世の波の上にたてるやたれもうきしまの松
」︵宗祇集・雑・二三四︶ ︒
「霜夜の今朝の草ぞ枯れたる/有明の入野の松はつれなくて
」︵連歌愚句・秋・三四二/三四 三︶ ︒●なびく色
「なびく
」は︑風などに動かされて︑先端が横に伏す形になることで︑前句との付合では︑その様 をいう︒一句では︑女性が男性の恋情を受け入れる様子︒
「舟遠き春の朝川日のさして/柳に高く風なびく色
」︵寛正 六 年 正 月 十 六 日 何 人 百 韻・ 六 七 / 六 八・ 宗 祇 / 宗 怡 ︶︒
「春 や 涙 に ま か せ ざ る ら む / 初 草 に う ち な び く 色 を 待 つ も う し
」︵下草︵金子本︶ ・恋・六一一/六一二︶ ︒
【付合】
「
松
」から
「待つ
」を想起し︑
「小松
」の常緑であるさまから︑
「つれなくて
」と付け︑付句を恋の句に転換 している︒
「高砂の松の緑はつれなくて尾上の花の色ぞうつろふ
」︵新千載集・春下・一三二・京極為兼︶ ︒
【一句立】
薄情にも知らないふうで︑こちらに心をよせてくれる様子も見えないあの人との仲では︒
ようで︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 小 さ な 松 の 先 が 草 に ま じ っ て 見 え て い る︒ ︶ ま っ す ぐ に 生 え て 動 か ず︑ 風 に な び く ふ う も な い
︵初折 裏 六︶つれなくてなびく色をも見えぬ世に 一四 むなしき暮を誰にうらみん 心敬 【式目】
恋︵うらみ︶ 誰︵人倫︶ 暮与暮︵可隔五句物︶
【作者】
心敬
【語釈】
●むなしき暮 恋人の訪れがないので︑むなしい気持ちでいる夕暮れ時︒
「たえはてばいかにせんとかうつ せ み の む な し き 暮 は 音 を の み ぞ 泣 く
」︵ 宝 治 百 首・ 寄 虫 恋・ 二 八 八 二・ 衣 笠 家 良 ︶︒
「む な し き 暮 を い か が す ぐ さ む / 人 は 来 で 猿 鳴 く 山 の 奥 の 庵
」︵ 諸 家 月 次 連 歌 抄・ 四 九 / 五 〇・ 無 記 名 ︶︒ ● 誰 に う ら み ん 誰 に 恨 み を 言 お う か︒
「契 り し も も し 思 ひ 寝 の 夢 な ら ば 待 つ 夜 明 け ぬ と 誰 に う ら み ん
」︵ 草 根 集・ 契 待 恋・ 四 三 九 五 ︶︒
「寂 し と も 言 ふ べ き 頃 の
八〇
夜半の月/老いの心を誰にうらみん
」︵専順独吟年次不詳何袋百韻・七一/七二・専順︶ ︒
【付合】
前句の
「世
」は
「夜
」とも解せ︑そこから
「夜
」・
「暮
」と時刻の言葉の縁が出る︒
「つれなくてけふもすぎ ぬと思ふには暮るる空さへうらめしきかな
」︵六百番歌合・夕恋・八一七・藤原季経︶ ︒
てくれず︑恨みを言う機会もない︒ 【 一 句 立 】 む な し い 気 持 ち で 迎 え る 夕 暮 れ 時 を︑ い っ た い 誰 の せ い と い っ て 恨 む こ と が で き よ う か︒ あ の 人 は 訪 れ てもらえない︑むなしい気持ちで迎える夕暮れ時を誰のせいといってうらみに思うことができよう︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 私 に 対 し て 冷 た く 薄 情 な ま ま で︑ 心 を 寄 せ て く れ る 様 子 も 見 え な い あ の 人 と の 仲 で は ︶︑ 訪 れ
︵初折 裏 七︶むなしき暮を誰にうらみん 一五 憂心我となぐさむかたもなし 勝元 【式目】 雑 我︵人倫︶
【作者】 勝元 百韻では以後
「宗
」の一字名で出る︒
「宗
」は細川宗家を示すものか︒
【語釈】 ●憂心 つらい気持ち︒
「身の程は我が身ながらも知るものをうき心とは思はずや君
」︵寂蓮法師集・六一︶ ︒
「憂心たがいにしへを残すらん/花散里は世々の松風
」︵竹林抄・春・一八二・宗砌︶ ︒●我と 自然に︒
「日をいたむ 一葉はおとす風もなし 病葉などとて︑夏より色こき葉は︑われと風より先に落侍ればなり
」︵芝草句内岩橋上︶ ︒● なぐさむ方もなし
︵気持ちが︶晴れることもない︒
「
慰む
」︵四段活用︶は︑心が晴れる︒
「恋しさの慰むかたぞなか りけるあはぬ昔は身をもうらみき
」︵言葉集・恋中・一〇三・阿闍梨長覚︶ ︒
【 付 合 】 恋 人 の せ い に し て う ら む こ と も で き な い つ ら さ を︑ と は い え 自 分 の 中 で も 処 理 で き な い つ ら さ だ と
「誰
」「我
」の対比を入れて句作した︒
【一句立】 こんなつらい気持ちは︑自然と晴れることもない︒
八一 【現代語訳】 ︵前句 訪れてもらえない︑むなしい気持ちで迎える夕暮れ時を誰のせいといってうらみに思うことが できよう︒ ︶ そしてこのつらい気持ちは︑おのずと慰められることもないのだ︒
︵初折 裏 八︶憂心我となくさむかたもなし 一六 秋より外の里をしらばや 通賢 【式目】
秋︵秋︶ 里︵居所・体︶
【作者】
通賢
【語釈】
●秋より外の 秋ではない時期の︒
「いかにしてもの思ふ人のすみかには秋より外の里を求めむ
」︵相模集・ 虫の声々を聞きて・七六︑新勅撰集二二五に採録︵第五句
「里をたずねむ
」︶︶ ︒
「秋より外の恋のかなしさ/あふこと を何にいのらむ神無月
」︵園塵第三・恋・九八五/九八六︶ ︒
ない︑別の時期の里を知りたいと付けた︒語釈に掲出した相模歌が強く影響する︒ 【 付 合 】 前 句 の ぼ ん や り と 物 思 い に ふ け る 様 を 秋 ゆ え の 物 思 い と し︑ そ の つ ら さ ゆ え︑ も の 思 い を 誘 う 秋 の 景 物 の 【一句立】
秋という季節でない里の様子を知りたいものだ︒
つらいから︑秋の景物のない時期の里の様子を知りたいものだ︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 つ ら い 気 持 ち に な っ て し ま い︑ 自 然 と 心 が 晴 れ る こ と も な い︒ ︶ そ ん な 物 思 い に 私 を 誘 う 秋 は
︵初折 裏 九︶秋より外の里をしらばや 一七 詠侘ぬふりにしままの宿の月 宗祇 【式目】
秋︵月︶ 宿 只一旅一 ︵一座二句物︶
【作者】
宗祇
八二 【語釈】
●詠侘ぬ 物思いに沈んでいることに堪えられなくなってしまった︒
「ながめわびぬ秋より外の宿もがな野 に も 山 に も 月 や す む ら ん
」︵ 新 古 今 集・ 秋 上・ 三 八 〇・ 式 子 内 親 王 ︶︒
「雲 の か か れ る 空 ぞ さ び し き / な が め 侘 ぬ と は 人も知れ月も見よ
」︵竹林抄・恋下・八五四・宗砌︶ ︒
「ながめわびぬる遠山の秋/紀の海や玉津島松霧こめて
」︵専順 五百句・秋・六四八/六四九︶ ︒
「思ひかねつと恨やらばや/ながめ侘ぬいたづら臥の朝ぼらけ
」︵老葉︵毛利本︶ ・恋 上・八四五/八四六︶ ︒●ふりにしままの 古くなるにまかせた︒
「日をかさね雪も昔の友まつやふりにしままの高砂 の 松
」︵ 草 根 集・ 松 上 雪・ 七 一 七 一・ 宝 徳 三 年 十 月 二 十 四 日 詠 ︶︒
「古 り に し ま ま の 文 の 一 筆 / 玉 笹 に ま だ 朝 霜 の 落 ち やらで
」︵新撰菟玖波集・冬・一一三四/一一三五・兼載︶ ︒●宿の月 宿を照らす月︒
「宿トアラバ︑月
」︵連珠合璧 集︶ ︒
「陰もの深く散るや藤が枝/見つつとへたそがれ過る宿の月
」︵竹林抄・恋下・八五六・能阿︶ ︒
ける︒ 【 付 合 】 新 古 今 集 三 八 〇︑ 式 子 内 親 王 詠 に よ る 本 歌 取︒ 前 句 の
「秋 よ り 外 の
」に
「な が め わ び ぬ
」「宿
」「月
」を 付 【一句立】
もう眺めることがつらく堪えがたくなってしまったのだ︑古くなるにまかせた宿を照らしている月を︒
のだ︑古くなるにまかせた宿を照らしている月を︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 秋 の 季 節 で な い 里 の 様 子 を 知 り た い も の だ︒ ︶ も う 眺 め る こ と に 堪 え ら れ な く な っ て し ま っ た
︵初折 裏 十︶詠侘ぬふりにしままの宿の月 一八 露も干がたき庭のむら草 行助 【式目】
秋 ︵露︶ 露 ︵降物・可隔三句物︶ 庭 ︵居所・用︶ 庭 只一 庭の教など云て一 ︵一座二句物︶ むら草 ︵植物︶ 草与草︵可隔五句物︶
【作者】
行助
【 語 釈 】 ● 露 も 干 が た き 露 も 乾 き に く い︒
「袖 に 置 く 露 も 干 が た き 夕 べ と や 雲 井 の 雁 も 音 を ば 添 ふ ら ん
」︵ 平 親 清
八三 五 女 集・ 夕 雁・ 二 二 四 ︶︒
「消 ゆ る 間 あ れ や 山 里 の 霧 / す さ ま じ き 滝 の 下 道 露 も 干 ず
」︵ 小 鴨 千 句 第 四 百 韻・ 四 八 / 四 九・之好/心敬︶ ︒ ●むら草 むらがって生えている草︒
「誰分けん誰か手慣れぬ駒ならん八重茂り行く庭の村草
」︵和 泉式部集・草のいとあをやかなるを︑遠くいにし人を思ふ・七〇四︶ ︒
「野原の小松庭の村草/今朝の朝け霜か雪かと 降りそめて
」︵園塵第四・冬・六八一/六八二︶ ︒
【付合】
前句の
「宿
」から
「庭
」「露
」と連想し︑古びていくままにまかせた宿ということから︑手入れもされてい ない草の茂った庭とした︒
「詠詫ぬ
」から
「露
」を涙と見うる︒
【一句立】
露もかわきにくいほどにむらがり繁茂した庭の草︒
【現代語訳】
︵前句︑誰も訪ねてくれず︑古くなるにまかせた宿を照らしている月を眺めて物思いすることが︑もう 堪 え が た く つ ら く な っ て し ま っ た の だ︒ ︶ 袖 に 置 く 涙 の 露 が 乾 く 暇 も な い の と 同 様︑ 草 に 置 く 露 も 乾 き が た い︑ そ ん な庭の草々︒
︵初折 裏 十一︶露も干がたき庭のむら草 一九 柴運ぶ山下道のかきくもり 光長 【式目】
雑 柴︵植物︶ 山下道︵山類・用↑
「梯
」などについて
「已上如此類山用也︑他准之
」︵連歌新式︶とある のにより推定︶
【作者】
光長︒経歴不明︒執筆であるので︑この一句しか出詠していない︒
七二七・足利義政︶ ︒●山下道 山から降りてくる道︒山すその道︒
「松繁き山下道はまだくらしあくるも待たず急ぐ 十・ 穆 翁 / 宗 祇 ︶︒
「細 く ぞ 見 ゆ る 柴 運 ぶ 道 / 山 の 名 の 斧 の 響 き は か す か に て
」︵ 新 撰 菟 玖 波 集・ 雑 二・ 二 七 二 六 / 二 敬 集・ 山 家 煙・ 三 四 四 ︶︒
「柴 運 ぶ 尾 上 の 道 の 松 が も と / 梯 遠 く 向 か ふ 山 里
」︵ 応 仁 二 年 十 月 二 十 二 日 白 河 百 韻・ 九 / 【 語 釈 】 ● 柴 運 ぶ 薪 に す る た め 刈 り 取 っ た 柴 を 運 ぶ︒
「我 が 庵 の 煙 ぞ ほ そ き 朝 市 に は こ ぶ や し げ き 峰 の 椎 柴
」︵ 心
八四 旅人
」︵徽安門院一条集・八四︶ ︒
「分過ぐる山下道の追風にはるかにおくる蟬の諸声
」︵新後拾遺集・夏・二七一・藤 原 実 泰 ︶︒
「さ び し さ は 荻 吹 く 風 の 夕 間 暮 / 山 下 道 は あ ふ 人 も な し
」︵ 寛 正 三 年 二 月 二 七 日 何 人 百 韻・ 二 五 / 二 六・ 光 能 / 宗 江 ︶︒ ● か き く も り 暗 く な り 物 の 見 分 け が つ か な く な る︒ 日 暮 れ 近 く ま で 柴 を 刈 っ て か ら︑ 刈 り 取 っ た 分 を 背 負 っ て 山 を 下 っ て く る の で︑ あ た り は 暗 く な り︑ 足 元 が 見 え な く な る の で あ る︒
「か き く も り
」は 和 歌 で も 連 歌 で も 雨 や 雪 が 降 る 際 の 空 の 様 子 に 使 わ れ︑ こ こ で の 用 法 は 珍 し い︒
「満 ち 来 る 潮 ぞ 音 荒 く な る / か き 曇 り 夕 立 つ 波 に 風 落ちて
」︵新撰菟玖波集・夏・五五三/五五四・足利義政︶ ︒
【付合】
露が庭草に降りている前句を夕暮れの情景ととり︑山から柴を運び庵の庭に帰るさまとした︒
【一句立】
柴を運んで下りてくる山の下の方の道は︑暗くなっていて︒
くなっていて︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 夕 露 も 乾 く こ と な く︑ む ら が り 繁 っ て い る 庭 の 草︒ ︶ 柴 を 運 ん で 下 り て く る 山 す そ の 道 は︑ 暗
︵初折 裏 十二︶柴運ぶ山下道のかきくもり 二〇 夕を急ぐ松ぞ木高き 実中 木与木︵可隔五句物︶ 【 式 目 】 雑 夕 字 夕 与 夕 ︵ 可 隔 五 句 物 ︶ 松︵ 植 物 ︶ 松 与 松︵ 七 句 可 隔 物 ︶ 木 与 草︵ 可 隔 三 句 物 ︶ 懐 紙 替 て 四 時 分
【作者】
実中
【語釈】
●夕を急ぐ 夕暮れ時になるのを恐れ︑道を急ぐ︒
「おくれじと夕をいそぐ旅人のこえてくるしきあしがら の 山
」︵ 宝 治 百 首・ 雑・ 三 七 七 八・ 源 顕 氏 ︶︒ ま た は︑ 早 く 夕 暮 れ 時 に な る こ と︒
「神 無 月 嶺 に 朝 日 は さ し な が ら 夕 べ を急ぐ村時雨かな
」︵道助法親王家五十首・朝時雨・七〇二・藤原孝継︶ ︒●松ぞ木高き 元来は︑松が丈高くなるこ と に 長 寿 の 意 を こ め た︑ 祝 意 を 持 つ 語 句︒ た だ︑ こ こ は 祝 意 を 感 じ さ せ な い︒
「緑 添 ふ 若 葉 を こ め て 開 く 藤 の 花 の ま
八五 せ ゆ ふ 松 ぞ 木 高 き
」︵ 草 根 集・ 藤 花 繞 松・ 八 四 八 四・ 享 徳 三 年 三 月 二 十 六 日 詠 ︶︒
「年 越 え て 雪 降 る 神 の 井 垣 か な / 緑 立ちそふ松ぞ木高き
」︵永享五年北野社法楽万句第十一座第四百韻・発句/脇︶ ︒
【付合】
前句の
「柴
」から
「夕
」を付ける︒
「柴トアラバ︑夕
」︵連珠合璧集︶ ︒
【一句立】
早々に日が暮れ暗くなっていく中に︑松が高くそびえている︒
が高くそびえているのが見える︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 柴 を 運 ん で 下 り て く る 山 す そ の 道 は︑ 暗 く な っ て き て い て︒ ︶ 夕 暮 れ の 中︑ 家 路 を 急 げ ば︑ 松
︵初折 裏 十三︶夕を急ぐ松ぞ木高き 二一 照す日のかげのみいとふ夏たけて 元説 【式目】
秋︵夏たけて︶ 日︵光物︶
【作者】
元説
【語釈】
●照す日 照りつける太陽︒
「秋と吹く風もかくれて照す日のかたふく空をまつの下陰
」︵氏真集Ⅱ・残暑・ 四〇三︶ ︒
「波より出でて照す日の影/紅のうきて流るる竜田川
」︵園塵第四・秋・六〇三/六〇四︶ ︒●夏たけて 夏 が終わって︒
「風にほふ池のはちすに夏たけて夕暮れ竹の色ぞ涼しき
」︵拾玉集・
「池晩蓮芳謝︑窓秋竹意深
」・一九二 五︶ ︒
「かくて夏たけ秋も過ぎ︑東国の兵ことごとく帰りしかば︑南国はしずかになりにけり
」︵
『太平記
』巻三十四諸 軍 勢 退 散 の 事 ︶︒
「お ほ か た は 秋 に な り ぬ と 夏 た け て / む す び す て ず は 何 忘 れ 水
」︵ 宗 長 追 善 千 句 第 二 百 韻・ 九 十 五 / 九十六・荒木田守武︶ ︒
わす語句
「照す日
」を詠み込んでいる︒
「春きなば心のどけく照す日にいかなる霜か露も残らん
」︵法門百首・衆罪如 明を付けた︒また︑前句
「松ぞ木高き
」は︑元来は祝意を感じさせる句であった︒付句でも︑同様に元来は祝意を表 【 付 合 】 前 句 の
「夕 を 急 ぐ
」を 日 が 暮 れ て 暗 く な る の が 早 く な る と 取 り︑ 日 が 長 い 夏 が 終 わ り 秋 に な っ た か ら と 説
八六
霜露・四〇︶ ︒
【一句立】
照りつける日の光をいやがってばかりの夏が終わって︒
てばかりいた夏が終わって︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 夕 暮 れ 時︑ 暗 く な る の が 早 く な っ た 中 に︑ 松 が 高 く そ び え て い る︒ ︶ 照 り つ け る 日 の 光 を 嫌 っ
︵初折 裏 十四︶照す日のかげのみいとふ夏たけて 二二 すくなき水□
(を)小田にせく声 盛長 【式目】
雑 水︵水辺・用︶
【作者】
盛長
う︒●声 せきいれる︑水の音︒
「谷深き岩間に夏をせく水の声より奥は秋風ぞ吹く
」︵下葉集・澗底泉・一八八︶ ︒ ︵伊地知本︶ ・六三三︶ ︒ここは︑
「せく
」のみで︑川の水をせきとめ︑それを田に導き入れる事を示しているのであろ もはやふる跡のあらを田に
」︵葉守千句第三百韻・四六/四七・重阿/宗祇︶ ︒
「せく水を氷にゆづる朽葉かな
」︵萱草 苗代・七二八五︶ ︒水がせかれることを題材にした句は︑宗祇がよく詠んでいる︒
「よはくもおつる春雨の音/せく水 春虫・一六九四・永享四年二月二日詠︶ ︒
「いでわれも水洩らさじとおりたちてかたみにせくや小田の苗代
」︵雪玉集・ 実るまで水が干上がることのないように保つ︒
「春は先あらすきかへす小山田のすくなき水に蛙鳴くなり
」︵草根集・ 【 語 釈 】 ● せ く 水 の 流 れ を ふ さ い で 止 め る こ と︒ 例 え ば︑ 冬 の 間 休 ん で い た 田 に は︑ 春︑ 水 を 入 れ︑ 稲 が 成 長 し 【付合】
前句の
「いとふ
」気持ちの理由を︑水がかれるゆえとした︒
【一句立】
少ない水を小田にせきとめ入れる︑その音がする︒
田にせきいれている︑その音がする︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 照 り つ け る 日 の 光 を 嫌 っ て ば か り い た 夏 が 終 わ っ て︒ ︶ 夏 が れ で 少 な く な っ た 水 を︑ 川 か ら 小
八七
【考察】
虫損による欠字を
「を
」と類推し︑補って考察している︒
︵二折 表 一︶すくなき水□
を小田にせく声 二三 人ぞ行く湊は塩やかれぬらん 心敬 【式目】
雑 人︵人倫︶ 湊︵水辺・体︶ 塩︵水辺・用︶
【作者】
心敬
【語釈】
●人ぞ行く 人が行くよ︒ 人が歩いていけなかったはずの場所に人がいるのを見つけた驚きである︒ ●湊 船の停泊する所︒また︑水の出入り口をいう︒
『連珠合璧集
』には
「海と河の行あひ也
」と注する︒
「舟をもよをすう らの朝あけ/塩かなふみなとは風やくもるらん
」︵文安雪千句第七百韻・八/九・有春/聖阿︶ ︒●塩 満ちたり引い た り す る 海 水 の 流 れ︒ 潮︒ 塩 が か れ る と は︑ 潮 が 引 く こ と︒ 干 潟 が で き︑ 地 面 が 姿 を あ ら わ す︒
「し ほ が れ の ひ が た の 磯 の 波 間 よ り あ ら は れ 出 づ る 離 れ 岩 か な
」︵ 宝 治 百 首・ 雑・ 三 三 七 七・ 蓮 性 ︶︒
「汐 が れ の 入 江 の ぬ な は 根 を 深 み / 心 の 底 ぞ 結 ぼ ほ れ 行 く
」︵ 熊 野 千 句 第 六 百 韻・ 四 一 / 四 二・ 道 賢 / 心 敬 ︶︒
「潮 干 の 方 に 急 ぐ 旅 人 / 玉 津 島 み に ゆ く ほ どやかすむらむ
」︵那智籠・九七二/九七三︶ ︒
【付合】
前句の小田を河口近くにある湊田とし︑ 潮が引いた海辺の情景を付けた︒
「湊トアラバ︑ 田 鹽むかふ
」︵連 珠合璧集︶ ︒また︑湊田の光景は正徹や正広がよく詠んでいる︒
【一句立】
人が歩いて行くよ︒湊は潮が引いて︑道ができたのであろうか︒
【現代語訳】
︵前句 少ない水を小田にせき入れる音がする︒ ︶ 人が歩いていくよ︒湊は潮が引いて︑道ができたの であろうか︒
同時に入れていることが注目される︒
「塩
」は︑ 享徳元年 ︵一四五二︶ 制定の
『新式今案
』でも
『応安新式
』で
「用
」【 考 察 】 虫 損 部 分 を 推 定 し て 句 を 再 現 し た︒ 推 定 を 是 と し た 時︑
「湊
」「塩
」と い う 語 を 詠 み 入 れ︑ 水 辺 の 体・ 用 を
八八 と さ れ た 定 め か ら 変 化 は な い︒ 以 前 に 注 釈 を な し た
『寛 正 六 年 正 月 十 六 日 何 人 百 韻
』に お い て も︑ 心 敬 は︑
「塩
」を 水辺の体の事物と同時に詠みいれている︒やはり
「塩
」に関しては︑体用の外として扱っていたのであろう︒この点 に関しては
「本能寺蔵
『落葉百韻
』訳注 ︵六︶ 付︑ 考察及び式目表
」︵
『愛知県立大学
説林第
60
号
』︵平成
24
・
「
百韻における宗匠心敬
」でも指摘している︒
3︶︶ 内︑
︵二折 表 二︶人ぞ行く湊は塩やかれぬらん 二四 舟のあらはに葦そよぐ音 専順 【式目】
雑 舟︵水辺・体用之外︵新式今案︶ ︶ 葦︵水辺・用︶ 葦︵植物︶
【作者】
専順
【語釈】
●舟のあらはに 舟があらわに見えて︒葦が繁ると舟の姿がみえにくくなる︒
「夏深み玉江に繁る葦の葉の そよぐや船のかよふなるらん
」︵千載集・夏・水草隔船・二〇四・藤原忠通︶ ︒●葦 葦は水辺に生えるイネ科の多年 草︒二メートル以上に伸び︑秋には穂を出す︒
「葦そよぐ潮瀬の浪のいつまでか憂き世の中にうかびわたらむ
」︵新古 今 集・ 釈 教・ 一 九 一 九・ 行 基 菩 薩 ︶︒
「夕 風 荒 き 川 つ ら の 里 / 葦 そ よ ぐ 陰 に 小 舟 や と ま る ら む
」︵ 応 仁 二 年 正 月 朔 日 宗 祇 独 吟 何 人 百 韻・ 五 / 六 ︶︒
「水 寒 き 江 に 飛 ぶ 鷺 の ま た 降 り て / よ る 浪 な ら し 葦 そ よ ぐ 音
」︵ 葉 守 千 句 第 二 百 韻・ 四 五 /四六・宗友/宗悦︶ ︒
詠みいれている︒
「さわ るトアラバ︑蘆わけ舟
」︵連珠合璧集︶ ︒
ママう言葉を媒介にして︑述懐︑恋︑釈教等の句に転ずることが可能であり︑専順は釈教の句を出すお膳立ての句として 【 付 合 】
「湊
」に
「舟
」を 付 け る︒ 葦 間 か ら 見 え る 舟 の 姿 は よ く 見 ら れ る 実 景 で あ る が︑ こ の 景 は︑
「さ は る
」と い
一 句 で は 丈 高 い 葦 に 隠 さ れ て い た 舟 が︑ 葦 が 風 に ゆ ら い だ こ と で 姿 を あ ら わ に し て い る 様 子︒
「我 が ご と や わ び し かるらんさはり多み葦間分けゆく舟の心地は
」︵一条摂政御集・一七四︶ ︒
八九
【一句立】
舟があらわに見えるほどに︑葦が風にゆらいでいる︑その音がする︒
えるほど︑丈高い葦がゆらいでいる︑その音がする︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 人 が 歩 い て い く よ︒ 湊 は 潮 が 引 い て︑ 道 が で き た の で あ ろ う か︒ ︶ 風 も 出 て︑ 舟 が あ ら わ に 見
︵二折 表 三︶舟のあらはに葦そよぐ音 二五 心にはさはる事なき世を捨て 常安 【式目】
釈教︵世を捨て︶ 世 只一 浮世々中の間に一 恋世一 前世後世などに一 ︵一座五句物︶
【作者】
常安
て 出家をして︒
「葦トアラバ︑世
」︵連珠合璧集︶ ︒ 誓/専順︶ ︒
「あふ事はかたわれ舟の法の道/心の月のさはるよしあし
」︵親當句集・雑・七七三/七七四︶ ︒●世を捨 教・ 九 九 ︶︒
「難 波 女 が 舟 さ す 春 の 袖 の へ に / さ は る 心 の よ し あ し ぞ う き
」︵ 宝 徳 四 年 千 句 第 八 百 韻・ 七 五 / 七 六・ 忍 【 語 釈 】 ● さ は る 差 し 支 え る︒
「を の づ か ら を は り に 向 か ふ 夕 暮 れ や 日 頃 の 法 も さ は り な ら ま し
」︵ 寛 正 百 首・ 釈 【付合】
前句の
「舟
」︑
「葦
」に
「さはる
」︑
「世
」を付ける︒葦の間を分けて進む舟には︑葦が障害物となる︒
「みな といりの葦分け小舟さはり多みわが思ふ人にあはぬころかな
」︵拾遺集・恋四・八五三・柿本人麻呂︶ ︒
【一句立】
心中には︑妨げとなる思いがないので︑世の中を思い捨てて出家をして︒
【現代語訳】
︵前句 舟があらわに見えるほどに︑丈高い葦が風にゆらいでいる頃︒ ︶ 進む舟にとっては葦が障害物 になっているが︑私の気持ちとしては︑葦のような障害物はなく︑何も出家の妨げとなる事はない︒それで︑浮世を ふり捨てて出家していることよ︒
九〇
︵二折 表 四︶心にはさはる事なき世を捨て 二六 住まれば住まん仮の山里 宗祇 【式目】
雑
【作者】
宗祇
らで子を思ふ鹿のしるべより仮の山路は厭ひ出でにき
」︵壬二集・三一九四︶ ︒ り を し て い る が︑ こ こ も︑ 宗 祇 の 造 語 か︒ ま た︑ そ の 造 語 を 許 し 採 用 す る 宗 匠 心 敬 の 采 配 に も 注 目 さ れ る︒
「捨 て や に入らない︒似た語句としては
「仮の山路
」がある︒宗祇は︑第八句においても︑珍しい語法︵
「日も夕霧
」︶で句作 安年間山何百韻
「花はひも
」・二三/二四︶ ︒●仮の山里 かりそめに分け入る山里︒この語句は和歌︑連歌共に管見 ﹇ ﹈
」︵文保百首・雑・三三八九・少将内侍︶ ︒
「忘れ草老いの心を種なれや/住まればこの世憂きにまかせむ
」︵文 【 語 釈 】 ● 住 ま れ ば 住 ま ん 住 む 事 が で き る な ら︑ 住 も う︒
「世 の う さ を お も ひ す て て や す ま る る と 心 の と ま る 山 こそ悲しけれかかるみやまのあとを見ながら
」︵続古今集・釈教・七九六・入道前太政大臣︶ ︒ 【 付 合 】 前 句 に お い て 世 を 捨 て た 人 が︑ 山 に 入 る と し て 付 け た︒
「世
」に は
「仮
」が 付 く︒
「世 を 捨 て て す ま れ ぬ 身 【一句立】
住む事ができるなら︑住んでみよう︒かりそめに分けいる山里に︒
できるなら︑かりそめに分け入る山里だとは思うが︑住んでみよう︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 私 の 気 持 ち と し て は︑ 何 も 出 家 の 妨 げ と な る 事 は な い︑ 世 を き っ ぱ り と ふ り 捨 て︑ ︶ 住 む 事 が
︵二折 表 五︶すまればすまん仮の山里 二七 かこはじな風にかたぶく柴の門 盛長 【式目】
雑 門︵居所・体︶
【作者】
盛長
九一
︵竹林抄・雑上・一二七九・行助︶ ︒ の花咲けるみ山辺の里
」︵六条修理大夫集・山家卯花・九三︶ ︒
「音する風ぞ人だのめなる/里遠き太山隠れの柴の門
」末な門のある家︒
「柴の門
」は︑山中にあり︑山家の風情を示すものとされる︒
「かよひこし柴の門たち見えぬまで卯 たふく門をひきとぢて
」︵宗長独吟長享二年太神宮法楽千句第八百韻・九二/九三︶ ︒●柴の門 柴を編んで作った粗 いる︒
「武隈の松も一本かれにけり風に傾く声のさびしさ
」︵重之集・一九九︶ ︒
「人は離れぬる蓬生のかげ/八重葎か の世は住みうしとてもあはれいつまで
」︵続千載集・雑下・一九九四・院御製︶ ︒●風にかたふく 吹く風に︑傾いて す ぎ な い と わ か っ て い る か ら︑ 庵 を 守 る た め に 周 囲 を 囲 う よ う な こ と も し な い の で あ る︒
「賤 が 屋 に か こ ふ や 柴 の 仮 【 語 釈 】 ● か こ は じ な 囲 わ な い つ も り だ よ︒ 山 に 隠 れ 住 む 隠 者 は︑ こ の 世 が 仮 の 世 で あ り︑ 住 ま い も 仮 の も の に 【付合】
前句の
「山里
」に
「柴の門
」を付けた︒また︑
「日暮らしの鳴く山里の夕暮れは風よりほかに訪ふ人もなし
」︵古今集・秋上・二〇五・詠み人しらず︶から︑人里離れた
「山里
」には︑
「風
」以外は誰も訪れてこないという連想 がある︒
【一句立】
囲わないつもりだよ︒訪れてくる強い風に傾いてしまうような︑柴で作った粗末な門の家だが︒
の世なのだから︑ 囲ったりしたくはないのだよ︒ 強い風に傾いてしまうような︑ 柴で作った粗末な門の家であっても︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 住 む 事 が で き る な ら︑ 住 ん で み よ う︒ か り そ め に 分 け 入 る 山 里 に︒ ︶ そ の 時 に は︑ こ の 世 は 仮 【考察】
『
徒然草
』第十一段には︑庭の柑子の木を厳重に囲った山里の庵の様に興ざめしたことが語られ︑山里に隠 れ住みながらも︑執着心をなくすことができない隠者が描かれている︒この句はそうした章段とも連想を持っている か︒
「か く て も あ ら れ け る よ と︑ あ は れ に 見 る 程 に︑ か な た の 庭 に︑ 大 き な る 柑 子 の 木 の︑ 枝 も た わ わ に な り た る が まはりをきびしく囲ひたりしこそ︑少しことさめて︑この木なからましかばと覚えしか︒
」︵徒然草︶
九二
︵二折 表 六︶かこはじな風にかたぶく柴の門 二八 袖にぞうつる明方の月 行助 【式目】
秋︵月︶ 袖︵衣類︶ 明方︵時分︶
【作者】
行助
【語釈】
●袖にぞうつる 袖に涙がたまり︑月が映じる︒恋の風情のある表現︒
「深山路の木の下露にぬれゆけば袖 にぞうつる有明の月
」︵元久詩歌合・山路秋行・一〇〇・藤原業清︶ ︒ ●明方の月 明け方になってもまだ出ている月︒
「ながむれば松より西になりにけり影はるかなる明け方の月
」︵拾遺愚草・花月百首・六七五︶ ︒
「流れての後やうき名 と な り ぬ ら ん / 秋 の 最 中 の 明 方 の 月
」︵ 竹 林 抄・ 秋・ 四 七 五・ 心 敬 ︶︒
「住 み が た き 山 に は な ど か 入 り ぬ ら ん / 峰 の 柴 屋の明方の月
」︵老葉・秋・四三九/四四〇︶ ︒
【付合】
前句の
「かたぶく
」から︑月が沈みかけた様子を連想して︑
「明方の月
」を付けた︒庵の周りを囲っていな いからさえぎられることなく︑沈みかけた低い位置の月でも見えるとする︒
【一句立】
袖の涙に︑明け方になってもまだ出ている月が映っている︒
【現代語訳】
︵前句 囲ったりしたくないのだよ︒強い風に傾いてしまうような︑柴で作った粗末な門の家であって も︒ ︶だからこそ︑涙のたまった私の袖には︑明け方になって傾き沈みかけた月が映るのだ︒
︵二折 表 七︶袖にぞうつる明方の月 二九 色おしむ秋の縹の薄衣 専順 【式目】
秋︵秋︶ 薄衣︵衣類︶
【作者】
専順
【語釈】
●色おしむ 色を惜しむ︒ここは︑月草で染めた縹色がうつろいやすいのを惜しむことである︒
「月草の縹
九三 の帯の色もうしこなたかなたのうつりやすさに
」︵新撰和歌六帖・月草・二〇五九・藤原信実︶ ︒●縹 露草︵月草︶ の 花 で 染 め た︑ 薄 青 い 色 を 言 う︒
「花 田 帯 ト ア ラ バ︑ 夏 衣
」︵ 連 珠 合 璧 集 ︶︒
「初 雪 を お び た る 松 や 薄 縹
」︵ 行 助 句 集・ 一 四 八 三 ︶︒ ● 薄 衣 地 の 薄 い 衣 服︒ 薄 衣︵ う す ぎ ぬ ︶︒ 夏 の 衣 服 で あ る︒
「涼 し さ は 時 し も 同 じ 蟬 の 羽 に あ つ ら へ て け る 薄 衣 か な
」︵ 新 撰 和 歌 六 帖・ な つ ご ろ も・ 一 七 二 四・ 藤 原 信 実 ︶︒
「あ ふ ぎ を お け ど 風 ぞ 身 に し む / や ぶ れ け り 広 き芭蕉葉うす衣
」︵小鴨千句第三百韻・三四/三五・日晟/心恵︶ ︒
【付合】
「
袖
」の縁から
「衣
」を付け︑ また
「月
」から
「月草
」を連想し︑
「月草
」で染めた
「縹
」を呼びこんでいる︒ さ ら に︑ 二 八 句 同 様︑ 二 九 句 も
「秋︵ 飽 き ︶ と の 掛 詞
」︑
「薄 衣
」に よ り 恋 の 風 情 が あ る︒
「月 草 の 縹 の 帯 は と け そ め ぬかへらぬ色を誰にとはまし
」︵続拾遺集・恋三・九二二・衣笠家良︶ ︒
【一句立】
季節は夏から秋にうつろい︑薄衣のうつろいやすい縹色を惜しむ︒
を惜しんでいることよ︒秋になっても縹色の薄衣をまといながら︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 涙 の た ま っ た 私 の 袖 に は︑ 明 け 方 に な っ て も ま だ 出 て い る 月 が 映 っ て い る︒ ︶ そ の 薄 い 月 の 色 【考察】
従来︑和歌では
「縹の帯
」を詠むものであるが︑わずかな
「縹の衣
」の作例として︑
「月草の花田の衣うつ た へ に 秋 ぞ う つ ろ ふ 蓬 生 の 宿
」︵ 草 根 集・ 擣 衣・ 九 九 六 八・ 長 禄 元 年︵ 一 四 五 七 ︶ 九 月 廿 日 詠︑ 正 徹 千 首 四 三 八 に 再 録︶ ︑
「月草の縹の衣うつ声もうつろひ弱る有明の空
」︵宗祇集・聞擣衣・一三一︶があり︑
「縹の衣
」が正徹にとりあ げられ詠まれていたことがわかる︒ 宗祇には
「はかなき露を片敷の袖/朝顔の縹の衣うちわびて
」︵萱草 ︵伊地知本︶ ・ 五六八/五六九︶という句例もある︒空色の
「帯
」ではなく︑空色の涼しげな着物である
「衣
」になることにより︑ 印象もかなり違ったものになろう︒二九句
「縹の薄衣
」は専順の工夫であり︑ 正徹の周辺︑ 特に連歌師たちの間では︑
「縹
」と い う 語 の 使 い 方 に 関 し て︑ 連 歌 の 付 合 に お け る 語 句 の 個 別 対 応 の 中 か ら︑ 従 来 詠 ま れ て い た 語 句 の 結 び つ き ︵
「縹 の 帯
」︶ を 微 妙 に ず ら し︑ 結 び 変 え て︑ 歌 語 で は な い 新 た な 語 句︵
「縹 の 衣
」︶ を つ く り 出 し て い く よ う な︑ 自 由 な雰囲気があったのであろう︒二十六句の場合と同様︑宗匠心敬はそうしたずらしを許しながら︑百韻を張行してい
九四
るのも注目される︒
︵二折 表 八︶色おしむ秋の花田の薄衣 三〇 帯たる露の野に結ぶ比 心敬 【式目】
秋︵露︶ 露︵降物︶
【作者】
心敬
等︑
「露
」が
「結ぶ
」という形で心敬参加百韻の用例はある︒
「結トアラバ︑帯 露
」︵連珠合璧集︶ ︒ の羽の衣おりたつ泉かな/袂涼しく結ぶ朝露
」︵寛正四年六月廿三日唐何百韻
「蟬の羽の
」・発句/脇・道賢/勝元︶ 露 が 野 原 に 置 く︒ 和 歌 に は こ の 語 句 は な く︑ 連 歌 で も︑ こ の 語 句 を 露 に 対 し て 用 い た 用 例 は 管 見 に 入 ら な い が︑
「蟬 花ぞめのころもへず/空におびたる雲ぞ棚引く
」︵顕証院会千句第九百韻・七五/七六・宗砌/竜忠︶ ︒●野に結ぶ 璧 集 ︶︒
「仲 絶 え ば か ご と や 負 ふ と あ や ふ さ に 花 田 の 帯 は 取 り て だ に 見 ず
」︵ 源 氏 物 語・ 紅 葉 賀・ 光 源 氏 ︶︒
「月 草 の 一 【 語 釈 】 ● 帯 た る
「帯 た る
」の 内︑
「帯
」に は 名 詞 の
「帯
」を 掛 け て い る︒
「帯 ト ア ラ バ︑ む す ぶ 花 田
」︵ 連 珠 合 また︑前句の
「衣
」の縁からも
「帯
」が入る︒掛詞を核として縁語をちりばめ︑句境転換を促した句である︒ 【 付 合 】 前 句 の
「花 田
」に
「帯
」を 付 け︑ 付 句 内 に は
「帯
」と
「露
」の 両 方 の 縁 語 と し て
「結 ぶ
」を 入 れ て い る︒
【一句立】
草が帯びた露が野に玉となって置く頃︒
帯びている露が野原に玉と置くようになる頃だ︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 季 節 は 夏 か ら 秋 に う つ ろ い︑ う つ ろ い や す い 色 が 惜 し ま れ る︑ 縹 色 の 薄 衣︒ ︶ 涼 し さ に︑ 草 が
九五 ︵二折 表 九︶帯たる露の野にむすぶ比 三一 真萩原いづくあれども朝にて 実中 【式目】
秋︵真萩原︶
【作者】
実中
【語釈】
●真萩原 萩原︒
「真萩
」は萩の美称︒
「真萩原露にうつろふ月の色も花になり行く曙の原
」︵玉葉集・秋上・ 五 〇 四・ 西 園 寺 実 兼 ︶︒
「真 萩 原 露 の し ろ 地 を お り か へ て 紫 深 き 唐 錦 か な
」︵ 為 重 集・ 萩 如 錦・ 二 四 八 ︶︒
「今 宵 や 野 辺 の 露 の か り ふ し / 庵 し め む 夕 風 に ほ ふ 真 萩 原
」︵ 宗 祇 独 吟 寛 正 年 間 何 船 百 韻
「は ら ふ べ き
」・ 五 〇 / 五 一 ︶︒ 萩 の 花 は 秋の代表的な花である︒
「秋の野は花の色々おほかれど萩の錦にしくものぞなき
」︵新続古今集・秋上・三九七・藤原 頼 輔 ︶︒ ● い づ く あ れ ど も
「い づ く は あ れ ど も
」の 略 で︑ ど こ で も そ う だ が の 意 で あ ろ う︒
「み ち の く は い づ く は あ れ ど 塩 竈 の 浦 こ ぐ 舟 の つ な で か な し も
」︵ 古 今 集・ 東 歌・ 一 〇 八 八 ︶︒ ● 朝 に て 朝 の 様 子 で あ っ て︒
「朝 に て︵ こ そ よし︶
」の意か︒萩の花は暁の露にぬれて花開く︒
「暁の露に鹿鳴いて花始めて発
ひらく
」︵和漢朗詠集・萩・二八二︶ ︒
「高 円の野辺の秋萩このごろの暁露に咲きにけるかも
」︵万葉集・秋雑・一六〇五・大伴家持︑玉葉集四九四に再録︶ ︒
秋上・二二二・詠み人しらず︶ ︒ 【 付 合 】 前 句 の
「露
」に
「萩
」を 付 け た︒
「萩 の 露 玉 に ぬ か む と と れ ば け ぬ よ し 見 む 人 は 枝 な が ら 見 よ
」︵ 古 今 集・
【一句立】
萩原は︑どこであっても︑暁露にぬれて花を開く朝の様が一番すばらしいのであって︒
んな涼しい朝の様子が一番すばらしいのだ︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 涼 し さ に︑ 草 が 帯 び た 露 が 野 に 玉 と な っ て 置 く 頃︑ ︶ 萩 の 野 原 は︑ ど こ の 原 で も そ う だ が︑ そ 【考察】
萩の花は︑春の桜の花を
「花の錦
」と賞讃するのに対して︑
「萩の錦
」と表現され対比されて︑その美しさ を 詠 ま れ る︵ 語 釈 に 挙 げ た 藤 原 頼 輔 歌 な ど ︶︒ 歌 題 に も
「萩 如 錦
」が 十 四 世 紀 か ら 現 れ て い る︒ さ ら に︑ 正 徹︑ 心 敬 らには︑漢語
「夜の錦
」を使って︑夜見てもその美しさがわからないことが詠まれている︒例えば︑正徹は
「とはれ
九六
ね ば 庭 に 日 影 は さ し な が ら 萩 の 錦 ぞ 暗 き 夜 の 闇
」︵ 草 根 集・ 閑 庭 萩・ 八 一 六 〇・ 享 徳 二 年 七 月 廿 日 詠 ︶ と︑ 誰 に も 見 て も ら え な い 萩 は
「夜 の 錦
」︵ 暗 く て 見 え な い の で︑ か い の な い こ と ︶ と 同 じ と 詠 み︑ 心 敬 も
「宮 城 野 や 夜 の 錦 の 色 ならぬ小萩が露にやどる月かな
」︵心敬集・四六︶ と詠む︒こうした形容の仕方と︑ 語釈の例に出した︑
『和漢朗詠集
』二八二の漢詩例から︑萩の花は︑暁の露に開き初めたみずみずしい美しさを最もよしとされたと思われる︒
︵二折 表 十︶真萩原いづくあれども朝にて 三二 夕ぞつらき花のうつろふ 宗 【式目】
花︵春︶
【作者】
勝元
【語釈】
●夕ぞつらき 夕暮れ時がつらい気持ちなのだ︒
「吹きしをり身にしむ色の風よりも夕ぞつらき秋の思ひは
」︵建保元年七月内裏歌合・暮恋・三六・藤原忠定︶ ︒
「朝顔はほどなきかげを盛りにて/ただ夕暮はうくつらき頃
」︵文 安月千句第八百韻・九五/九六・聖阿/良珍︶ ︒●花のうつろふ 花が色あせ︑散る︒
「萩原や下葉色づく夕露に散り がた見せて花ぞうつろふ
」︵嘉元百首・萩・一一三〇・小倉実教︶ ︒
【付合】
前句の
「朝
」に相対させて
「夕
」を付ける︒恋人の来ないのを悲しむ意として使われる語句
「夕ぞつらき
」を︑花に用いた︒付合ではうつろう花は萩の花であり︑前句の考察で見たように︑せっかくの萩の花も見えなくなっ ては何の甲斐もないのである︒
【一句立】
夕暮れ時はうらめしいことよ︒暗くなるにつれて︑花は色あせ見えなくなってしまうのだ︒
【現代語訳】
︵前句 秋萩の野原は︑ どこの野原であっても︑ 花が露に咲き始める朝が最も輝かしく見えることだ︒ ︶ それに対して︑夕暮れ時はうらめしいことよ︒暗くなるにつれて︑花は色あせ見えなくなってしまうのだ︒
九七 ︵二折 表 十一︶夕ぞつらき花のうつろふ 三三 明日までを春の日数と思はばや 頼宣 【式目】
春︵春︶
【作者】
頼宣
【語釈】
●明日まで 一日余分に明日まで︒
「明日までもちらで見るべき花ならば暮れ行く日をば嘆かざらまし
」︵重 家 集・ 花 下 日 暮・ 五 八 三 ︶︒ ● 日 数 一 定 の 日 数︒
「春 の 日 数
」は 春 の 季 節 の 日 数︒
「く れ て 行 く 春 の 日 数 も 花 の 色 も うつりはてぬる夕暮れの空
」︵紫禁和歌集・九三六︶ ︒
「とどめんかたも長き別れ路/花の散る春の日数の今日つきて
」︵美濃千句第四百韻・五四/五五・圭祐/専順︶ ︒
てよも明日まで人もつらからじこの夕暮をとはばとへかし
」︵新古今集・恋四・一三二九・式子内親王︶ ︒ 恋 の 語 句 と し て 使 わ れ る 事 が 多 く︑ 前 句 の
「夕 ぞ つ ら き
」と の 間 に︑ 恋 情 の イ メ ー ジ の つ な が り を 漂 わ せ る︒
「生 き 【 付 合 】 前 句 の
「夕
」を 春 の 最 終 日 の 夕 暮 れ と と ら え︑ 春 を 惜 し む 心 情 を 詠 ん だ︒ 付 句 の 第 一 句 の
「明 日 ま で
」も 【一句立】
せめて明日までをまだ春の日数だと思いたいものだ︒
今日で春が終わりだと思わず︑せめて明日までをまだ春の日数だと思いたいものだ︒ 【 現 代 語 訳 】 ︵ 前 句 夕 暮 れ 時 は う ら め し い こ と よ︒ 暗 く な る に 従 い︑ 花 は 色 あ せ て 散 っ て い っ て し ま う︒ ︶ だ が︑
九八
A Translation and an Annotation of Nadeshiko-no-Hyakuin in the Collection of Waseda University Library (II)
ITO Nobue and OKUDA Isao
This paper is a translation and an annotation of Nadeshiko-no-Hyakuin, which is in the collection of Waseda University Library. For each poem from the 13th to 33rd, it shows the rule for making rengas (shikimoku), meanings of terms, a translation of the poem, and one under the combination with the former one, and finally it gives an interpretation to it. This is a joint work with Professor Okuda.