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東医大誌 78(2): 163
-166, 2020
ミニレビュー
呼吸器・甲状腺外科学ハイライト
1 No. 1
肺癌脳転移と免疫療法の現状
Immune
-oncology therapy for brain metastases from lung cancer
東京医科大学呼吸器・甲状腺外科学分野 : 工藤 勇人 池田 徳彦 Department of Surgery, Tokyo Medical University : Yujin KUDO Norihiko IKEDA
1. は じ め に
肺癌の約 3 分の 2 は進行癌と診断され、外科的切 除の対象とならず、これが予後不良となる原因の一 つとされている。近年、分子標的治療薬や免疫 チェックポイント阻害薬など薬物療法の進歩によ り、進行癌において予後の改善がみられている。免 疫チェックポイント阻害剤は、腫瘍免疫応答におけ る抑制的調節因子である PD-1 ・ PD
-L1 などの免疫 チェックポイント分子を標的とし、免疫を賦活化さ せることにより抗腫瘍効果を呈する。本邦では 2015 年以降切除不能な進行・再発の非小細胞肺が んに対して使用可能となり、進行・再発肺癌の治療 戦略は大きく変化し、肺がん診療ガイドライン 2019 年版においても key drug とされている。現在、
免疫チェックポイント阻害薬をはじめとした多数の 免疫療法の治験・臨床試験が進行中であり、今後も 進行癌だけでなく早期肺癌に対する治療戦略の変革 も必至と考えられている。
肺癌の転移部位として、治療経過中の 20-40% の 症例で認められる脳転移は、時に致命的となり、そ の治療法は放射線治療や外科的切除術が中心であ り、薬物療法の効果については現状では限定的であ る 1) 。さらに、脳転移を有する肺癌症例は免疫療法 をはじめとした治験や臨床試験の対象から外れるこ とが多く、その治療効果に関しての報告は十分では ない。
2. 肺癌脳転移に対する免疫療法
無症候性脳転移に対し薬物療法と放射線治療のい ずれかを先行すべきか、現時点で明確なエビデンス は乏しい。本項で免疫チェックポイント阻害薬によ る脳転移に対する報告を概説する( Table 1 )。
2016 年に報告された悪性黒色腫および非小細胞 肺癌(PD-L1 陽性細胞 1% 以上)を対象としたペム ブロリズマブの第 II 相試験において、非小細胞肺 癌 18 例における脳転移の奏効率(ORR)は 33% で あった 2) 。免疫関連有害事象(irAE)は既知のもの と相違はなく、治療関連死亡は認めなかった。2018
Table 1 肺癌脳転移に対する免疫チェックポイント阻害薬の効果
雑誌、年、引用文献 研究デザイン 薬剤 対象症例 治療効果
Lancet Oncol 2016, 2)
第2
相試験 ペムブロリズマブ 非小細胞肺癌(脳転移あり)
18
例 脳転移に対する奏効率33.0%
ASCO annual meeting,
2018, 3)
第2
相試験 ペムブロリズマブ 非小細胞肺癌(脳転移あり)34例 脳転移に対する奏効率
29.4%
J Thorac Oncol, 2019, 4) コホート研究
免疫チェックポイント阻害薬 非小細胞肺癌
(局所治療未実施脳転 移)100例
頭蓋内病変に対する奏 効率
27.3%
Lung Cancer, 2019, 5)
拡大アクセスプログラム(EAP) ニボルマブ 中枢神経系転移をもつ 非扁平上皮非小細胞肺 癌
409
例奏効率
17% 病勢制御
率
39%
Lung Cancer, 2019, 6)
探索的研究(OAKstudy)
アテゾリズマブ 症候性脳転移もしくは脳転移治療歴のある進 行非小細胞肺癌
61
例全 生 存 期 間 中 央 値
16.0
ヶ月(対照群、ド セタキセル11.9
ヶ月)東 京 医 科 大 学 雑 誌
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巻 第2
号( ) 2 年の中間解析では、脳転移を有する PD
-L1 発現の ある非小細胞肺癌 34 例がペムブロリズマブによる 治療をうけ、脳転移に対する奏効率は 29.4% であっ た 3) 。全生存期間中央値は 8.9 ヶ月で、31% の症例 が少なくとも 2 年の生存を認めたと報告されてい る。
Hendrik ら は、 ヨ ー ロ ッ パ の 6 施 設 に お い て、
2012
-2018 年に免疫チェックポイント阻害薬による 治療をうけた非小細胞肺癌症例を前向きに集積し検 討した 4) 。 1,025 例中 255 例(24.9%)は脳転移を有し、
また免疫チェックポイント阻害薬開始前に局所治療 未施行の脳転移症例 100 例において頭蓋内病変奏効 率は 27.3% であった。年齢、Karnofsky Performance status、頭蓋外転移、脳転移個数から算出される disease-specific Graded Prognostic Assessment (ds
-
GPA)が高スコアである症例や、免疫チェックポイ ント阻害薬による治療開始前に脳転移に対して局所 治療が行われている症例、ステロイドが投与されて いない症例が、多変量解析において予後良好であっ たと示されている。
イタリアのグループからは、409 症例の中枢神経 系転移をもつ非扁平上皮非小細胞肺癌に対するニボ ルマブの治療効果に関して報告がある 5) 。奏効率、
病勢制御率はそれぞれ 17%、39% であり、全体の 69% はニボルマブによる治療前に頭蓋内病変に対 して放射線治療を受けていた。有害事象により治療 中止したのは 7% の症例であった。
第 3 相試験である OAK study の探索的研究では、
無症候性脳転移もしくは脳転移治療歴のある進行非 小細胞肺癌症例に対するアテゾリズマブの治療効果 が報告されている 6) 。脳転移症例は、アテゾリズマ ブ群 61 例、標準治療群のドセタキセル 62 例であり、
アテゾリズマブ群で有意に全生存期間の延長を認め た(16.0 ヶ月 vs 11.9 ヶ月)。さらに、6
-24 ヶ月にお いて、アテゾリズマブ群で新規脳転移出現率が有意 に低いことが示されている。
3. 肺癌脳転移の免疫微小環境に対する トランスレーショナルリサーチ
肺癌脳転移巣における免疫微小環境に関する報告 は多くない。進行・再発肺癌の経過中に脳転移を発 症することは稀ではないものの、その多くの症例は 画像診断により診断がなされ、侵襲的である生検の 対象になることは少ない。そして、脳転移に対する 外科的治療の適応も限られており、多くの症例は放 射線治療が行われている。そのため、肺癌脳転移の 組織検体は少なく、分子病理学的解析に関する報告 も少ないと考えられる。
3.1 肺癌脳転移における免疫応答抑制微小環境 腫瘍内免疫微小環境の分類の一つとして、PD-L1 と 腫 瘍 浸 潤 リ ン パ 球(TIL) の 発 現 の 関 係 か ら Adaptive immune resistance (PD-L1+ / TIL+)、Toler- ance (PD-L1− / TIL+)、 Intrinsic induction (PD-L1+ / TIL−)、Immunologic ignorance (PD-L1− / TIL−)
L1+ / TIL+)、Toler- ance (PD-L1− / TIL+)、 Intrinsic induction (PD-L1+ / TIL−)、Immunologic ignorance (PD-L1− / TIL−)
L1+ / TIL−)、Immunologic ignorance (PD-L1− / TIL−)
の 4 タイプに分けられることがある(Table 2) 7) 。
Mansfield らは、肺癌原発巣と脳転移巣における
PD
-L1 発現と TIL について免疫組織学的手法を用 い、腫瘍内免疫微小環境を検討した 8) 。肺癌原発巣 と脳転移巣において、腫瘍細胞の PD
-L1 発現の一 致率は 86%(73 例中 63 例)であり、TIL について は肺原発巣で脳転移巣よりも多いと報告している。
この解析から、Adaptive immune resistance は肺原発 巣に多く(肺原発巣 15% vs 脳転移巣 9%)、Immu- nologic ignorance は脳転移に多い(肺原発巣 16% vs
脳転移巣 24%)、と述べている。つまり、肺原発巣
においては、抗原提示細胞が腫瘍細胞に対する免疫 応答反応を促進し、IFNγ などのサイトカインによ り腫瘍細胞に PD-L1 が誘導され、Adaptive immune
resistance の状態を認めている。一方で、脳転移巣
においては、腫瘍内にリンパ球の浸潤が少なく、ま た腫瘍細胞の PD-L1 発現も少ないためは、免疫抑 制細胞により Immunologic ignorance な状態を呈し ていると考えられている。
Table 2 腫瘍内免疫応答の分類
PD
-L1
陽性PD
-L1
陰性TIL
ありAdaptive immune resistance Tolerance
(other suppressors)TIL
なしIntrinsic induction Immunologic ignorance
TIL :
腫瘍浸潤リンパ球※引用文献
7)より改変
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年4
月( ) 3 著者らは、肺癌原発巣および脳転移に対して外科 的切除が行われた 39 症例を対象に多角的分子病理 学的解析を行い、脳転移巣では免疫応答が抑制され た 微 小 環 境 を 呈 し て い る こ と を 報 告 し た 9) 。 Nanostring 社の nCounter システムを用いて、免疫応 答に関する 770 遺伝子を含むパネルを用いて、抽出 したメッセンジャー RNA ( mRNA )に対して遺伝 子発現解析を行った。脳転移と肺癌原発巣において 発現に差のある 161 種の発現変動遺伝子を同定し、
パスウェイ解析(Ingenuity Pathway Analysis (QIAGEN 社))により、樹状細胞の成熟経路、ヘルパー T 細 胞に関する経路、リンパ球血管外遊走経路が、脳転 移において抑制されていることを示した。さらに各 遺伝子のネットワーク解析により、脳転移において 接着分子である VCAM1 の発現が著明に低下してい ることを報告した。また、遺伝子発現解析データか ら腫瘍内の免疫細胞の分布を解析すると、肺原発巣 と比較して脳転移において TIL は有意に低値であっ た。ところが、TIL に対する各免疫細胞の割合につ いては、他の免疫細胞と違って、脳転移においてマ クロファージが有意に高値であった。そして、この マクロファージは免疫応答抑制系に働く M2 型であ ることを示した。しかし、脳内においては抗原提示 細胞の役割をしているミクログリアが存在してお り、遺伝子発現データからはマクロファージとの鑑 別が困難である。この鑑別のため、免疫組織学的染 色法を用いてミクログリアと単球由来マクロファー ジの評価を行った。いずれにも共通する抗 CD68 抗 体とミクログリアに特異的な抗 TMEM119 抗体を用 いて、94% の症例で単球由来マクロファージが脳 転移巣で有意に多いことを検証した。この結果、脳 転移における免疫抑制状態は腫瘍関連マクロファー ジが深く関与している可能性が考えられた。
3.2 肺癌脳転移における T 細胞受容体レパトア 解析
近年、 T 細胞受容体( TCR )シーケンス解析によっ て、免疫応答状態の異常や多様性を評価することが 可能になっている。T 細胞リンパ球は TCR と抗原 が結合することにより抗原認識が起こり、免疫応答 が開始される。その際に TCR 遺伝子再編成が起こ り、 TCRβ レセプター遺伝子配列を解析することに よって TCR レパトアの評価を行い、クローンレベ ルでの免疫応答状態を知り得る。Mansfield らは、
TCRβ シーケンス解析を用いて、非小細胞肺癌の脳
転移における T 細胞クローンの分布を解析した 10) 。 T 細胞クローンは、肺原発巣(中央値 4,551、範囲 1,049-8,939) と 脳 転 移( 中 央 値 1,540、 範 囲 83
-
7,696)において、オーバーラップしていた T 細胞
クローンは非常に少なかった(中央値 234、範囲 18-1,688)。上位 10 位までの T 細胞クローンの割合 を、肺原発巣と脳転移で比較すると、脳転移におい て 平 均 3.19 倍 高 い(95% 信 頼 区 間 0.50
-5.88、
p=0.03)と、報告している。上位 10 位までの T 細
胞クローンは、腫瘍内における特定の抗原に曝露さ れて増殖もしくは腫瘍内に流入して存在している主 要なクローンであると考えられ、脳転移において肺 原発巣よりも高い割合を占めるとしている。
我々の研究においても、抽出した DNA を用いた TCRβ シーケンス解析(ImmunoSEQ, Adaptive Bio- technologies)によって、脳転移内における T 細胞 クローン数が肺癌原発巣よりも低値であることを示 し、先に述べた mRNA による遺伝子発現解析結果 と合致していることを検証した 9) 。さらに、腫瘍内 に多く存在する主要な抗原の曝露によって増殖した T 細胞クローンにのみ着目して検討したところ、脳 転移内に存在する T 細胞クローンは大部分が肺癌 原発に存在する T 細胞クローンと共通しているこ とを示した(中央値 100%)。また、脳転移におい ては 64% の症例で有意に増殖した T 細胞クローン を認めていた。そして、肺原発巣において有意に増 殖した T 細胞クローンを呈する 23 症例について解 析すると、共通の T 細胞クローンが 20 症例(87%)
の脳転移巣においても有意な増殖を認めていた。す なわち、脳転移においては存在する T 細胞の総数 は少ないものの、脳転移内に存在している T 細胞 は肺癌原発巣と共通の T 細胞クローンであり、脳 転移内では肺癌細胞に対する共通の抗原が認識され ていることを示唆している。
4. お わ り に
免疫チェックポイント阻害薬を含む薬物療法の進
歩により肺癌の予後は向上が認められており、予後
不良因子となる脳転移に対する治療戦略が重要な課
題となっている。そのため、本編で述べたような分
子生物学的研究や技術により、脳転移における腫瘍
内微小環境の免疫応答メカニズムの解明や新規治療
法の開発がより進むと期待される。今後も、肺癌に
対する集学的治療の大きな変革が起こるものと考え
東 京 医 科 大 学 雑 誌
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