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不効率な制度、契約の外生的執行および権力の非対称性

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(1)

研究 ノー ト

不効率な制度、契約の外生的執行および権力の非対称性

弘 徳

要約

本研究ノー トは、Amable[2003]の「政治経済的均衡 としての制度」論 とBowles and Gintis

[1988][1990][1993]の 「契約の外生的執行」概念を基礎に内生的な制度論を展開する、

また同時に不効率な制度 (および制度の多様性)と非対称的な権力分布の持続性に関する説 明を与 える。本ノー トか ら引き出される理論的含意は次の3点である。1.不効率な制度が非 対称的な権力分布から引き出される。 したがつて権力の均等化が効率的な制度の生成 を可能 にするが、しかし、資本主義経済においては、2.不 効率な制度は、契約の外生的執行が利用 不可能であるため、長期的に持続する。 したがつて、 3.制 度の多様性が長期的に持続する。

I。

経済的制度および諸制度の補完関係が経済成長にとり重要であるのは、それが主要な経済的ア クターのインセンティブを形成するからであり、 とりわけ物理的資本にくわえ人的資本、技術お よび生産組織への投資に影響をあたえるからである(Iversen and Soskice[2001])。 もちろん、

文化的および地政学的な要因 もまた経済パフォーマンスにとり重要であるかもしれないが、経済 制度および諸制度の補完関係の相違は、 とりわけ、経済成長における各国別相違の主要な源泉 ある。 こうした理論的主張については、Amable[2003]や Hall and soskice[2001]の 研究を哨 矢 とし、多 くの理論的実証的研究が蓄積 されつつある。しかし、そうした研究において間われて いない論点は、各国間で制度および諸制度の補完関係そのものがなぜ異なるのか という点である。

こうした問題は制度および諸制度の補完性の起源 もしくは変化に関する考察を必要 とするであろ う。

Han[2005]は諸制度の補完性分析に触れ次のように述べている。「制度的補完性を分析する場 合、 2つ の異なった問題 を識別することがきわめて重要である。第 1の 問題は制度的効果に関係

(2)

し、如何 なる効果が (1つもしくは複数の)制度 のプレゼンスか ら発生するのかが問われる。第 2の問題 は制度的起源や変化 に関係 し、そこでの問題 はなぜ (1つもしくは複数の)制度が存在 するようにな り、解体 し、変化す るのか とい うことになる。概念的には、それ らは異なった問題 であ り、…それぞれ取 り扱われるべ きである」(Hall[2005]p.374)、 と。Hallにおいては制度分 析への2つのアプローチ として提示 されているが、そこには制度 に関する2つの基本的な理解が 含意 されている。

前者のアプローチにおいては、制度 は経済主体の行動 にとって所与であ り、経済的主体のイン センティプの形成 に影響 をあたえるもの として理解されている。 こうした制度観 は、周知のよう に、制度 をゲームのルール として捉 えるノースの見方に代表 される(North[1990])。 他方、Han

に識別 された制度分析への後者のアプローチにおいては制度それ自体が内生的なもの と受 け止め られ る。 こうした理解 をもっとも明瞭 に示 しているのがゲーム論的アプローチか らの制度理解で ある。 そこでは制度 はゲームのルール としてよ りも、それ自体ゲームの均衡 として理解 される。

すなわちゲームのルールそれ自体が経済主体の戦略的相互作用をつうじて内生的に創出され、そ れが経済主体 に とって自己拘束的 となるような、そういった均衡である。 こうした「均衡 として の制度」観 は進化ゲーム(青[2001]、 Bowles[2004])や繰 り返 し囚人のジレンマゲーム(Greif and Laitin[2004])に おいて展開されている。

こうした2つの制度理解か らは制度 の起源 に関 して異なった理解が引 き出 される。制度への ゲーム論的アプローチを採用する理論 においては、制度は「自生的秩序」 もしくは「社会の自己 組織化」と理解 され る(Bowles[2004],p.11)。 したがって制度 は第3者による意識的なザインな しに確立 され る。他方、前者 のアプローチにおいては制度 は「デザインによる制度」(Bowles [2004],p.58)で あ り、制度 はた とえば立法者や政治的アクターによって意識的に設計 される1。

本研究 ノー トの関心 はこうした制度、制度の生成および変化 に関する理論 にあるが、 ここでは とくに後者 のアプローチーー「デザインによる制度」一一 を採用することによって制度の生成およ び変化の問題 を考察することにしたい。 そのさい、制度の機能主義的理解一一存在する制度は効 率的である、あるいは効率的な制度だけが存続 し、不効率な制度は淘汰されるという理解一―は 否定 される。だが、制度が効率的であるか否かは議論 され、不効率な制度が存続するということ が強調 され る。

以下本 ノー トは次のように構成 され る。第1に、コーディネーションの失敗 とBolwes and Gintis

[1988][1990][1993]に よって展開された「契約の外生的執行」概念を基礎 に、持続的な不効 率な制度 の存続可能性 を示す (Ⅱ

)。

2にAmable[2003]の「政治経済的均衡 としての制度」

1現代の制度派経済学および制度概念については磯谷 [2004]第 I部 、青木 [2001]第 1章 、Amable[2003]第

2

章 を参照 されたい。

‑44‑―

(3)

論 を検討 した上で権力の非対称性 と資源の分布 の関連 を示 し、政治経済的均衡 としての制度論 の 拡張 を試みる

(Ⅱ I)。

3に、Bowlesと Amableの議論 を基礎 に、不効率な制度の存続 と権力の非 対称性 の結びつ きを示 し、資本主義経済の下での不効率 な制度および制度の多様性の長期的な存 続 の可能性 を指摘す る (Ⅲ

‑3)。

最後 に、本研究 ノー トか ら引 き出され る含意 を要約する。

.コーデ ィネーシ ョンの失敗、執行問題 および不効率 な制度

ここ10数年の各国資本主義諸経済の観察にもとづ くと、金融市場の自由化や国際的な製品市場 競争の進展さらには情報通信技術の急速な発達にもかかわらず、資本主義諸経済が 1つ のモデル に収飲する傾向を示 していないことが理解される。資本主義諸経済の長期的展開は、むしろ、複 数のモデル (複数均衡)によって説明される。多 くの研究はこうした多様性を各国経済の制度的 構図の相違から説明することを試み、理論的な分析枠を開発するとともに、一定の実証的成果を あげている (cfo Amable[2003],Hall and soskice[2001])。 だが、そうした研究においては制 度は外生的なものであり、制度および制度的構図の多様性 じたいが問われることはない。 ここで は、なぜ相異なる制度が存在するのかを問うことから出発する。ある経済においてある特定の制 度が存在 し、別の経済においてはそうした制度が存在 しないのはなぜか。言い換えれば、効率的 な制度に並んで不効率な制度が長期にわた り存続するのはなぜか。 これはある経済の制度的配置 の下においては長期 にわたつてパ レー ト改善的なオルタナティブが達成 されないことを含意す る。

本節 においてはこうした問題 にBoWles and Gintisに よつて展開された契約/交換 の外生的執行 概念か ら接近す ることにす る。

Π‑1.契約の外生的執行 とコーデイネーションの失敗

よ く知 られているように、囚人のジレンマゲームにおいては支配戦略均衡が存在す るが、それ はパ レー ト劣位である。 そこにおいては、諸個人が個別利害 を追求する結果、だれ もが望 まない ような結果が もた らされ る。そうした結果 はコーデ イネーションの失敗 と呼ばれ る。コーデ ィネー シ ョンの失敗が発生するのは、諸個人が他者の厚生 に与 える自己の行動の効果 を考慮 しないため である。囚人のジレンマゲームについて言 えば、裏切 った囚人のペイオフに、裏切 りという行為

によつて引 き起 こされた、裏切 られた囚人の損害が反映 されないためである。

なぜ諸個人 は長期 にわた リコーデイネーションの失敗 を維持す るような行動 を取 り続 けるので あろうか。もしか りに裏切 られた囚人が裏切 った囚人によつてその損害 を補償 されるとすれば、それ ぞれが 自己の行動が他者 に与 える効果 (損)を考慮するようにな り、社会的に最適 な結果が実現

(4)

され るであろう。それに もかかわ らず、現実 には多 くのコーディネーションの失敗 を観察で きる。

よ く知 られているように、Coase[1960]は、経済当事者が コス トなしに交渉で きるとき、彼 ら は潜在的な外部性 を内部化するように交渉することがで きるであろう、 と主張 している。た とえ ば、近 くの工場 によって生 み出され る汚染 に悩 む農家 は汚染 を縮小 させ るために工場 の所有者 に 補償 を求 めることがで きる。

ここにおいて注 目され るのは「 コス トなしに」 という条件である。取引 コス トがゼロの場合、

当事者たちが交渉す る結果、社会的な最適 を生み出す ような結果が もた らされ る。 しか し、 これ は、取引 コス トが存在す る世界 においては、当事者間の双務的な交渉 をつ うじて外部不経済 を内 部化す ることが不可能だ とい うことを示唆す る。

コス トゼロもし くは低 コス トで執行可能な契約が不U用可能でない場合、国家のような公平な第 3者が登場 し、契約 の当事者たちに契約 を忠実 に履行するよう求 め、契約内容 を執行することが で きるであろう。そのような場合、契約 において要求 された内容 は第3者によって執行/強制 され る。 こうした契約/交換はBowles and Gintis[1988][1990][1993]に よって「要求の外生的執 行」と呼ばれている。 しかし、資本主義経済における多 くの交換/契約はそのような性格 を持たな い。すべてを事細かに記 した包括的な契約を取 り結ぶこともできないし、第3者によって契約の 履行を強制できない場合が一般的である。このような場合、交換/契約の当事者たちが、契約にお いて要求された内容 を自発的に履行するような契約戦略が採用される必要がある

(こ

れはBowis

and Gintisに よって「要求の内生的執行」 と呼ばれる

)。

契約の当事者 は最初に社会的な成果を最大化するような契約を結び、その後にその成果を分配 することによってコーディネーションの失敗 を解決することができるであろう。だが、不完備な 交換/契約の世界において、契約の要求内容 を外生的に執行することが不可能であれば、そうし たコーディネーションの失敗は解消されない。パ レー ト改善的なオルタナティブが存在するにも かかわ らず、パ レー ト劣位の状態にとどまることになる。諸個人は、契約の外生的な執行力滞U用 不可能であるため、長期にわた リコーディネーションの失敗を維持するような行動をとり続け、

コーディネーションの失敗が持続的に存在することになるであろう。

‑2.契約の外生的執行 と不効率な制度

不効率な制度がなぜ長期にわた り存続するのか。効率的な制度に並んで不効率な制度が存在 し 続けるのはなぜか。制度はなぜ効率的な制度へ と収飲 していかないのか。 こうした問いに、上述 の持続的なコーディネーションの失敗に関する議論にもとづいて答えることができるであろう。

ある経済において既存の制度がある経済主体に便益をもたらし、その一方で他の経済主体に不 釣 り合いなコス トを課 しているのであれば、彼 らは制度を変更するように交渉することができる。

‑46‑

(5)

そうす ることによつて、当事者たちは自分たちの間で分割で きる剰余全体 のサイズを高め、そし てそののちにその追加的な剰余の分配 をめ ぐって交渉することがで きる。 したがっていずれの経 済の制度 も効率的な制度へ と収飲 し、相異なる制度が観察 されることはない。 これは制度領域 に もコースの定理が適用 され ることを述べた ものにす ぎない

2。

か りに社会が不効率 な制度選択 を 行 った として も、効率的な制度への選択へ と向か う力が働 く。

しか し、 Π‑1の議論か ら引 きだされた合意 にしたがえば、契約 の外生的執行が不可能である場 合、効率的な制度 は選択 されない、不効率 な制度が存続す る、とい うことになる。言い換 えれば、

コースの定理の適用 を阻害す るような要因が不効率な制度の存在 もしくは制度の多様性 を説明す ることになる。 コースの定理の基礎 にあるのは、当事者間で執行可能な契約が締結 され る可能性 の問題である。しか し、Bowles and Gintisが 強調するように、契約の外生的執行が不U用不可能で あるケースが見 られ る。 しか も現在で は、多 くの契約 において、 そうした執行 に伴 う問題が発生 す ることが知 られている。執行問題 は不完備契約か ら発生す る。不完備性 はかつては灯台のよう な公共財や公害の ような外部不経済 に関する例外的現象 とみ られていたが、それは資本主義経済 にお ける諸個人の相互作用 にとり中心的な問題である (Bowles[2004],cap.6)。 労働市場 におい て も金融市場 において も、 さらに企業組織ついて も、契約の不完備性の存在が指摘 されている。

た とえば、企業組織 に関す る研究 においては、契約が不完備である場合、権限や コン トロールの 分配 がイ ンセ ンテ ィブ問題 に とって重要であることを強調 されてい る (Hart[1995])。 また、

Bolwes and Gintisの 一連 の研究 は労働市場 と金融市場 において コーデ ィネーション問題が発生 す ることが指摘 されている

3。

したが って、契約が不完備であ り、契約の外生的な執行が利用で きない場合、不効率 な制度 は 存在 し続 けるであろう。 この場合、社会的に最適 な経済成果 をもた らす制度 は選択 されず、不効 率 な制度が持続的 に存在す る

4。

これ まで不効率 な制度が持続す る、言い換 えれば、相異なる制度が同一の効率的な制度へ と収 飲 しない理 由に焦点 をあてて きた。以下ではさらにAmable[2003]で展開された「政治経済的均 衡 としての制度」を基礎 に社会一― より正確 には、Amableに よれば政治的連合一一がなぜ不効率 な制度 を選択す るのかを検討す ることにしたい。

Acemoglu[2003]│こ よつて こうしたアイデアは政治的 コースの定理 と呼 ばれている。

Bowles and Gintisの 議論 はHart同様、権 限や コン トロールの分配がイ ンセ ンテ ィブ問題 に とって重要で あるこ とを指摘す るが、 その解決方法 は資産 の再分配 に求め られ る (Bowles and Gintis[1998])。

契約 の不完備性 において重要 な問題 の1つとして コ ミッ トメン ト問題 をあげることがで きる。Acemoglu[2003]

は政治権力 に結びついた固有のコ ミッ トメン ト問題 に注 目している。国家や国家 をコン トロールす る社会集団が 他者一一例 えば、市民一― と締結 しようとす る契約 は執行不可能である。なぜ な らば国家 をコン トロールす る集 団が 自分 の約束 を破 るた めに自己の権力 を利用 しない ことにコ ミッ トで きない し、また契約 の条項 を変 えない こ とに もコ ミッ トで きないか らであ る。 したが つて、政治権力 の分配 は、社会全体 に とり最適 な成果の達成 を損 な うような固有 の コ ミッ トメン ト問題 を創造す る。

(6)

Ⅲ 。内生的 な もの と しての制度――権 力の非対称性 と社会的諸集団の対立――

ここでは、Amable[2003]の「政治経済的均衡 としての制度」論 にもとづいた制度の内生化の 試みを示 した上で、権力分布 と資源の分配 を結びつけることによってAmableの制度論の拡張 を 試みる。 さらに、Bowles and Gintis[1988][1990][1993]の 契約の執行問題 を導入することに

より、不効率な制度 と権力の非対称性 を結びつける。

‑1.政治経済的均衡 としての制度

Amable[2003]は これ までの制度理論 を検討 しなが ら「ルール としての制度」と「内生的均衡 戦略 としての制度」 とい う2つの見方に整理 した上で、それを「2層式の見方」へ と展開 してい る。すなわち、人間行動 に とり制度がゲームのルール として機能する下層 と、そうした下層のゲー ムのルールを定義づ ける上層である

5。

さらに、注 目すべ きは、ゲームのルールを定義する上層は

「政治経済的均衡 として、つ まり特殊 な権力構造 における行為主体間の戦略的相互作用の結果」

(Amable[2003], p.35)と して考察 されるべ きだ と述べ、「政治経済的均衡 としての制度」観 (Amable[2003],p.46)を 提示 している点である。 ここにおいてはゲームのルール としての告J度 が内生化 される。Amableの簡略化 した図‑1から容易 に理解 されるように、制度―一ゲームのルー ル としてのそれ一一 は行為主体のインセンティブに影響 を与 える。他方、制度それ自体 は一‐対 立 と妥協 をつ うじて一―行為主体 を代表する社会的グループ、社会政治的グループ、政治的連合

によって形成 され る。

‑1 政治経済的均衡 としての制度

制度 (ゲームのルール

)

インセンティブ

支配的社会的プロック

社会政治的集団

異質な利害をもつ行為主体 )Amable[2003]掲載 の図2.4(p.48,邦70ペー ジ)を簡略化 した ものである。

‑48‑―

(7)

したが って制度 は政治的妥協、社会的諸集団の対立か らうまれる妥協 を意味す る。Amableの 度理論 においては制度の起源 は政治の領域 に求 め られ、社会諸集団間への分配問題や コンフ リク トが制度の生成 に とり重要な位置 を占めることになる

6。

だが、分析的な枠組 みは示唆 されている ものの、Amable[2003]そ れ 自体 においては制度の起源や変化 に関する議論 その ものは展開され ていない。

政治的均衡 としての制度 とい う理論的枠組 みに もとづいて制度の内生化 を試みた1つの例 は、

Amable and Gatti[2005]に 見 ることがで きる。彼 らのモデルにおいて投票が福祉国家制度―丁屋 用保護 と所得再分配一一 と経済パ フォーマンスーT雇用水準一一 に与 えるインパ ク トを分析す る 枠組 みが提案 され る。同モデル においては、雇用保護 と所得再分配 に投票す る3つの社会経済的 集団一一企 業、被雇用者、失業者一一が存在す る。3つの集団は本来的に福祉国家制度―一労働 市場 フレキシビリテ ィ(規)の程度 お よび課税 と給付 をつ うじた福祉国家の再分配 の強 さ一一 に 対 して矛盾 した選好 を持つ。 このためアクターは政治的妥協 を形成 しなけれ ばな らない。妥協が 出現す る過程 は社会経済的集団間の政治的交換の問題 であ り、投票 に際 して多数 を保証す る連立 への参加 の可能性 を含む。 そのさい妥協 の性格 は既存の政治制度の特徴 に依存する。

彼 らのモデルにおいて注 目され るのは、社会諸集団の政治力、福祉国家の制度的構図お よびマ クロ経済パ フォーマ ンスの関連が定式化 されている点である。異質な利害 を持つ行為主体が とり あげ られ、 そうした行為主体が政治妥協 を形成す ることをつ うじて制度的枠組 み一一雇用保護 と 所得再分配一一 に影響 を与 えることが示 されている。 そこで は雇用保護や所得再分配 といつた制 度 は、3つの異質 な社会集団の政治的妥協であ り、内生化 されている。

しか し、制度 を政治経済的均衡 として捉 え、制度の内生化 を試みるAmableの議論 においては

1

つの重要な議論が欠落 している。制度――ゲームのルールーー は非対称的な権力 を有す る異質な 社会諸集団の利害対立か ら生成す る と理解 されてい る。 したが つてAmableの制度の内生化論 に おいて核心的な議論 は社会諸集団の権力の非対称性 とそうした集団間の利害対立である。しか し、

それにもかかわ らず、なぜ権力の非対称性が存在するのか、なにゆえ権力の非対称性が持続す る のか一一 こうした問題 には答 えられていない。上述のAmable and Gatti[2005]の モデルにおい て も、3つの異質 な社会集団 とその矛盾 した選好 は前提 されているにすぎない。 こうした問いに 対す る1つの答 えはAcemoglu et al.[2005]に 見 ることができる。

6「下層 は所与 の制度的枠組 み…にお ける行為主体 の戦略 を定義 づける。 その ような状況下での制度 は、 ゲームの ルール として捉 えられ る。 この ことは、ゲームを行 うことによって、すなわち行為主体が考案 した個々の戦略 に よって、ゲームのルールが大 き く変更 されないか ぎ りにおいて、相対的な制度安定性の状況 をもた らす。他方、

上層 は、ルール としての制度 とい う見方 におけるメタゲームのレベルであるが、それは下層のゲームの枠組 みを 定義 づ ける。…そ こで は制度 は、自己維持的均衡戦略 としてあ らわれ る」(Amable[2003],pp.34‑5,邦 55ペ

)

6 Amable[2003],p.9(邦 訳24‑5ペ ー ジ)を参照 されたい。

(8)

‑2.資源の分配 と政治権力の非対称生

「政府介入が市場の結果を抑制する場合、その介入のおかげで特権的位置に立つ経済的アクター はレン トを得る。 したがって諸集団は『レン ト0シーキング行動』に走 り、他の集団や一般の人々 全体のためではな く、むしろ自己の集団の利益のために国家に介入するように影響力を行使 しよ うとする。それによって資源は浪費 され、政策の成果は歪められる」(Bowles and Gintis[1998], p.26,邦 訳47ページ

)。

これ と同様 に、経済的な制度は必ずしも社会全体によって、したがって社会全体の便益のため に選択 されるわけではない。むしろ、Amableが強調するように、政治権力をコン トロールする社 会集団によって一一他の集団 との対立や妥協の過程をつうじて一一選択されるであろう。そうし た集団は、自分 じしんのレン トを最大化する制度を選択するであろうし、その結果生 じる経済制 度は社会全体の便益 を最大化する制度 と必ず しも一致するものではない。経済制度は、全体的な パイのサイズを最大化するようなものではな く、支配的な社会集団が取得するパイの分け前を最 大化するものとなろう。 こうした理解においては政治権力が決定的に重要な役割 を果たす。如何 なる制度が発生するかは、だれが政治権カーー とりわけ、制度を創造 した り、あるいは制度の創 造をさまたげた りするカーー をもつかに依存する。

こうした政治権力が経済制度を決定するという概念の中には資源の分配をめぐって利害の対立 が存在するということが含意されていた。制度はマクロ的な経済成長を決定するだけではな く、

将来における資源の分配を含めた経済的成果 も決定する。言い換えれば、経済制度は集計的なパ イの大 きさだけではなく、 このパイが社会の中の異なった諸集団および個人の間にどのように分 割されるのかも決定する。したがってパイの分配をめぐって社会的諸集団は対立することになる。

重要な点は社会諸集団の権力の非対称性そのものが、経済的成果一一資源の分配一一から引き出 される、 ということである。

ここに政治的権力の分布、制度および経済的成果一一 とりわけ分配のそれ一‑3者の関連が見 出される。制度は経済的成果に影響 を与 えるが、制度それ自体は政治権力の分布をつうじて形成 される。さらに政治権力の分布は制度が もたらす経済的成果一一資源の分配一―によって影響さ れる。

こうしたアイデアは、図‑2のような概念図において示すことができるであろう。今期の経済制 度は今期の経済パフォーマンスに影響 を与えると同時に次期の資源の分配を決定する。さらに、

今期の経済制度は今期の政治権力の分布によって影響 される。そしてこの政治権力自体 は今期の 資源の分配に依存する。

‑50‑

(9)

資源の分布 と権力の分布 期 の経済パフォーマン

今期の経済制度 次期の資源の分布

今期の資源の分布 )この概念図はAcemoglu,et al.[2005],p.392にもとづいている。

制度 はたんに個人 のインセンテ ィブ形成 をつ うじて経済的成果 に影響 を与 えるだけではない。

それ は経済的成果の分配 をつ うじて権力分布 にも影響 を与 える(Hall and Thelen[2005],p.13)。

‑3.契約の外性的執行 と権力の非対称生

Bowles and Gintisに おいて強調 された契約の外生的執行の利用不可能性 を基礎 に(1)権力の非 対称性 の持続性 とり)効率的な制度 と権力の分配の関連 に触れておきたい。

(1)対立 す る利害 を持つ集団は、なぜ、成長一一集計的なパイのサイズーー を最大化 し、そのの ちにその利益の分配 を決定す るために自分の政治権力 を利用 しようとしないのか。あるいはそう した ことを可能 にす るような制度 を選択 しないのか。すでに指摘 したように、その理由は執行間 題の存在 にある。契約の外生的執行が利用で きないため、強力な社会集団が社会全体の便益 を最 大化す るような制度 を選択 し、その後 に他の社会集団 との間でその利益 を再分配する契約 を結ぶ ことは不可能である。そうした契約が結 ばれた として も、当事者 に契約 を忠実に履行 させ るよう な如何 なる権威 も存在 しないか らである。

政治権力 をめ ぐる執行問題 の1例として独裁者 によって統治 され る社会 を考 えることがで き る。独裁者が 自己の権力 を放棄 しないが、 しか し、代わ りに民主主義ルールにしたが うと約束す る。 そしてその結果、諸個人が民主主義下で と同 じように投資 を行 えるようにな り、社会全体 の 厚生 は上昇す るであろう。だが、 この約束 は必ず しも確実な ものではない。独裁が継続す るか ぎ り、独裁者 に自分の約束 を忠実 に履行 させ るような如何 なる高次の権威 も存在 しない。公平な第 3者によって執行 され うるような契約の等価物 も存在 しない。結局、独裁者が軍事力 と政治力の 独 占者であ り、対立す る利害の最終的な調停者 であるか ぎ り、独裁者 に自分の約束 を守 らせ るよ

うな他の如何 なる権威 も存在 しない。

反対 に、独裁者が 自発的に民主主義 に移行す る とい うことに合意するとしよう。ただ しそれ に よって失われ る所得 を補償す るような、将来 における何 らかの移転 との引 き換 えに独裁 を放棄す るとしよう。民主主義への移行 によつて便益 を受 け取 る市民 はその ような約束 にサインするであ ろう。 こうして社会全体 の便益 は拡大す る。 しか し、独裁者が 自己の政治的権力 を放棄 した後で

図 ¨ 2

伸 伸 響 Ψ

(10)

は、市民が独裁者 と交わ した約束 を確実に履行する如何なる保証 も存在 しない。 とくに独裁者へ の所得移転が自分たちへの課税 を必要 とする以上、独裁 を放棄 した後には、独裁者への所得補償 の約束が確実に履行 され る見込みない。

(2)執行問題の存在 は、Bowles[2004],Bowles and Gintis[1988][1990][1993]等 によって 強調 されているように、効率性 と分配の不可分離性・ トレー ドオフを創造す る。

た とえば、上述の独裁下での投資活動のように、支配的な政治権力 を有する社会集団や個人 は、

不完備契約の もとで執行問題が発生するとき、人々が物的 もしくは人的資本へ投資 しようとする 適切 なインセンテ ィブを持たない とい うことを知 るであろう。 したがって成長 は低下する。 こう した問題 を受 け止めて、そうした社会的集団 もしくは個人 は自発的に自己の政治権力 を譲渡 しよ うとす る、 もしくは自己の権力 を制限する制度 を創造 しようとするか もしれない。 こうした制度 にお けるそのような変化 はより優れた投資インセンティブを生み出 し、成長 を高めることがで き るであろう。

この状況 は仮設的には可能であるが、現実 には妥当 しない。深刻な投資の低下 に直面 した とし て も、支配的社会集団 もしくは個人 は、権力の譲渡が社会の他の構成員か らレン トを抽出する自 己の能力 を低下 させ るため、 自己の権力 を放棄することに躊躇するであろう

7。

したが って効率的な制度 を採用することは成長 を刺激するであろうが、不効率な制度 は持続す る。 なぜな らばその問題 を解決す るためには、政治的権力の保有者が自発的に自分の権力 を制限 するか、放棄す るか しなければな らないためである。 これは社会 において投資インセンティブを 高めるか もしれない。 しか し、それはまた支配的社会集団が レン トを抽出する能力 を損なうもの で もある。かれ らは、パイその ものを拡大す ることよりも、小 さなパイに占める自己の取 り分 を 拡大す ることによって自己の状態 を改善するか もしれない。効率的な制度 と政治権力の分配 は不 可分離であ り、両者の間には トレー ドオフの関係が成立す る。

.終わ りに

本 ノー トにおいては、第1にAmableの「政治経済的均衡 としての制度」論 を拡張 し、制度の 多様性一一不効率な制度―― の長期的な持続が権力の非対称性一一社会所集団の利害対立一一 に 依存 し、 さ らにそうした権力分布 は、制度が影響 を与 える経済的成果T一資 源の分配―― に依存 す ることを指摘 した。第2にBowles and Gintisの 契約の外生的執行理論 を基礎 に不効率な制度 お よび権力の非対称性の持続性 に理論的な説明 を与 えた。

こうした結果 は次の理論的主張 に要約 される。不効率な制度は非対称的な権力分布か ら引き出 7こぅした問題を解消するために、Bowles and Gintis[1998]で は資産の再分配が提唱されている。

‑52‑―

(11)

され る。 したが って権力の均等化が効率的な制度の生成 を可能 にす るが、 しか し、資本主義経済 においては、契約の外生的執行が利用不可能であるため、権力の非対称性および不効率 な制度 は 長期的 に持続す る。 したが って制度 の多様性―一不効率な制度―一 は長期的 に持続す る。

本研究 ノー トには制度の進化や変化の分析 に関 してい くつかの問題点が残 されている。最後 に この点 に触れてお きたい。第 1に 、本 ノー トは制度概念の うちの「デザインによる制度」観 に基 礎 に置 いた ものであ り、「 自生的秩序」としての制度 にはまった く触れていない。 この理由の1つ に本研究 ノー トがマルクスの伝統一一社会的諸集団の利害対立 と権力の非対称性一一 を重視 して いることにある。だが、進化ゲームに基礎 を置 きなが らも集団間の対立 を取 り込んだ分析 も展開 されている。た とえば、Bowles,ct al.[2002]に おいてはグループ内部の個人的センクションと グループ間のセンクションの共進化過程が分析 され、そうしたマルチレベルのセンクションにお いて、グループ間の対立がグループ内部のセ ンクションに決定的な役割 を果たす ことが示 されて いる (cf.Bowles[2004]cap。 12,Bowles[2001])。

さ らに、本 ノー トにおいては制度の内生化が志向されているにもかかわ らず、制度の変化過程 その ものにも触れ られていない。 こうした点 については、歴史的制度論の分析 によって補完 され る必要があろう (Thelen[1999])。

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参照

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