横 浜 に お け る 飛 脚 屋 と 郵 便 役 所
藤 村 潤 一 郎
︑
占 一 つ の 回 想 記
横浜にお ける飛脚屋 と郵便役所
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( 1 ) 横 浜 に お け る 飛 脚 屋 に つ い て は ︑ 西 川 武 臣 ﹁ 幕 末 〜 明 治 初 年 の 飛 脚 問 屋 京 屋 弥 兵 衛 (横 浜 人 物 小 誌 12 ) ﹂ が あ り ︑ 本 稿 は
こ の 研 究 に 基 い て い る 事 を 銘 記 し て お く ︒
( 2 ) 横 浜 は 安 政 六 年 に 開 港 し ︑ 生 糸 と 茶 が 主 要 な 輸 出 品 で あ っ た ︒
( 3 ) ﹁ 撰 要 永 久 録 ﹂ 巻 七 十 五 に は ︑ 安 政 六 年 に 次 の 御 触 が あ る ︒
於 神 奈 川 貿 易 御 差 許 相 成 候 二 付 ︑ 諸 問 屋 諸 商 人 共 之 内 ︑ 神 奈 川 表 江 出 店 又 は 荷 物 差 送 度 も の は ︑ 南 御 番 所 江 申 出 候 様 ︑
旧 膿 晦 日 町 触 出 候 二 付 而 は ︑ 右 様 之 儀 相 願 候 も の 有 之 哉 ︑ 且 市 中 一 躰 之 気 配 承 り 探 ︑ 来 ル 廿 一 日 寄 合 之 節 ︑ 組 々 取 集 ︑
拙 者 共 之 内 小 林 藤 太 郎 方 江 御 申 聞 可 有 之 事
正 月 六 日 開 港 掛
南 三 廻
( 4 ) 即 ち 江 戸 の 商 人 が 横 浜 に 進 出 し た 事 が わ か る ︒ 明 治 二 七 年 序 ︑ 福 地 源 一 郎 ﹁ 懐 往 事 談 ﹂ は ︑ 幕 府 の 外 国 奉 行 そ の 他 が ︑
江 戸 ︑ 神 奈 川 ︑ 下 田 ︑ そ の 他 の 商 人 を そ の 威 力 で 勧 誘 し た が ︑ 三 井 な ど 江 戸 の 重 立 っ た 商 人 は 内 心 で は 御 免 と 考 え て い た ︒
一 方 希 望 し て 出 店 の 者 も あ っ た が ︑ こ れ は 山 師 だ と し て い る ︒
( 5 ) さ て 大 正 一 〇 年 九 月 序 ︑ 高 砂 屋 浦 舟 (鹿 島 萬 兵 衛 ︑ 嘉 永 二 年 生 ) ﹁ 江 戸 の 夕 栄 ﹂ に は ︑ 飛 脚 屋 と し て 取 扱 店 の 主 な も の は ︑
佐 内 町 和 泉 屋 甚 兵 衛 ︑ 室 町 二 丁 目 京 屋 弥 兵 衛 ︑ 瀬 戸 物 町 島 屋 佐 右 衛 門 ︑ 呉 服 町 江 戸 屋 仁 三 郎 が 京 ︑ 大 阪 ︑ 関 西 ︑ 奥 羽 地 方
で ︑ 瀬 戸 物 町 島 屋 上 州 店 が 上 州 ︑ 信 州 筋 ︑ 岩 附 町 行 田 飛 脚 店 が 武 州 ︑ 忍 ︑ 行 田 付 近 で あ り ︑ 芳 町 立 花 屋 ︑ 大 伝 馬 町 三 ツ 木
屋 が 横 浜 で あ る ︒ 房 総 の 書 信 は 荷 物 運 漕 店 で 取 扱 っ て く れ る 所 が あ る と し て い る ︒
つ ぎ に 江 戸 と 横 浜 と の 始 め て の 汽 船 と し て ︑ 慶 応 二 年 と 記 憶 と し て ︑ 岸 田 吟 香 が 政 府 か ら 稲 川 丸 を 借 用 し て 運 送 し た と
あ り ︑ 広 告 に ﹁ 急 用 御 手 紙 は 勿 論 な み 御 書 状 に て も ︑ 此 船 着 次 第 す ぐ と 御 用 状 ど う や う 夫 々 く ば り 届 さ せ 可 申 候 ﹂ ︑ ま た ﹁ ○
御 書 翰 は 出 帆 前 に 待 合 所 ま で 御 出 し 可 被 下 候 ︒ 二 時 限 に 先 方 へ 御 届 け 申 上 候 ︑ 賃 銭 は 江 戸 よ り 横 浜 へ の 分 は 皆 二 百 文 尤 大
封 金 銀 品 物 入 は 別 談 に 御 座 候 ︒ 浜 よ り 江 戸 行 の 御 書 状 賃 銭 は 下 町 辺 は 二 百 文 下 谷 浅 草 神 田 小 石 川 丸 ノ 内 外 桜 田 四 谷 番 町 麹
町 麻 布 芝 辺 本 所 深 川 等 は 一 朱 よ り 二 朱 ま で ○ 其 外 山 の 手 又 は 品 川 新 宿 板 橋 千 住 井 に 近 在 は 二 朱 よ り 三 朱 一 分 ○ い ず れ も 金
子 入 或 は 大 封 箱 入 紙 包 は 別 儀 に 御 座 候 ﹂ と あ る ︒
蒸 汽 脚 船 ︑ 官 船 火 輪 飛 脚 船 と あ り ︑ 横 浜 待 合 所 は 本 町 一 丁 目 岸 田 屋 銀 治 ︑ 江 都 待 合 所 に 霊 巌 島 東 港 町 松 坂 屋 弥 兵 衛 で あ
る が ︑ 両 者 共 に 当 分 は ︑ 横 浜 弁 天 通 三 丁 目 鹿 島 屋 亀 吉 方 ︑ 江 戸 永 代 橋 際 藤 棚 と し て い る ︒
こ れ に よ る と 江 戸 に は 横 浜 行 の 飛 脚 屋 が あ る ︒ そ の 他 に 蒸 汽 船 も 書 状 を 取 扱 っ て い る が ︑ 江 戸 の 配 達 区 別 賃 銭 は 町 飛 脚
と 似 た 組 織 が あ る 事 を 予 想 さ せ る ︒ 町 飛 脚 と の 連 絡 も 考 え ら れ る ︒
横浜における飛脚屋 と郵便役所
( 6 ) つ ぎ に 明 治 二 八 ‑ 二 九 年 の 前 島 密 口 述 ︑ 宮 本 橘 洲 筆 記 ﹁ 帝 国 郵 便 創 業 事 務 余 談 ﹂ に は ︑ ﹁ 当 時 我 横 浜 に は 英 佛 米 の 出 張
所 あ り て (中 略 ) 其 頃 は 彼 等 を 英 ︑ 仏 ︑ 米 の 飛 脚 屋 と 呼 ひ け る 故 ︑ 猶 ほ 我 江 戸 飛 脚 ︑ 加 賀 三 度 な ど 称 す る 如 き も の と ︑ 同
一 視 し た れ ば ﹂ と あ り ︑ ﹁ 最 初 は 郵 便 取 扱 所 と 称 せ し を 改 め て 郵 便 役 所 な る 名 を 用 ゐ た り (中 略 ) 此 所 は 従 前 の 如 き 飛
脚 屋 の 営 業 場 と 同 視 す べ き に あ ら ず し て 政 府 の 事 務 を 執 る 一 官 衛 な り と 云 ふ を 公 衆 に 示 さ ん 一 手 段 な り し ﹂ と あ
る ︒
明 治 四 年 に ﹁ 東 京 大 阪 間 及 ひ 東 京 横 浜 間 に 郵 便 を 開 き 居 れ り 此 官 設 郵 便 に 向 て 三 府 定 飛 脚 屋 は 既 に 競 争 を 起 し
東 京 大 阪 の 賃 銭 と 郵 便 と 同 額 に 低 下 し 更 に 東 京 横 浜 間 は 郵 便 料 の 半 額 に 減 し 郵 便 類 似 の 方 法 を 以 て 通 信 を 取 扱
へ り 是 に 於 て 乎 駅 逓 司 も 亦 横 浜 便 を 開 き 其 賃 銭 を 彼 と 同 額 に し て 之 に 応 し た り ﹂ と ︑ 東 京 ‑ 横 浜 間 で 飛 脚 屋 と 郵
便 と の 激 し い 競 争 が あ っ た 事 を 記 し て い る ︒
﹁ 明 治 五 年 横 浜 居 留 地 へ 数 個 の 郵 便 函 を 建 設 せ り 是 は 唯 内 地 郵 便 の 為 め に せ し の み (中 略 ) 横 浜 居 留 地 に 一 つ の 馬 車
会 社 あ り て 毎 日 京 浜 両 地 問 の 往 復 を な し 両 地 外 人 の 信 書 は 皆 之 れ に 依 り た り 明 治 六 年 信 書 の 逓 送 配 達 は 政 府 占 掌 の 旨
を 令 せ ら れ た る も 治 外 法 権 の 為 に 此 令 を 以 て 彼 等 に 及 ぼ す こ と 能 は す 然 れ と も 我 郵 便 事 業 の 漸 次 整 頓 を 告 る に 随 ひ
( 補 1 ) 之 に 依 る の 便 益 な る を 感 し 外 人 の 信 書 は 遂 に 我 に 帰 し た り ﹂ と あ る ︒
( 7 ) ( 8 ) 横 浜 の 外 国 郵 便 の 出 張 所 ︑ 外 人 信 書 を 馬 車 会 社 が 扱 う 事 が 問 題 に な っ て い る ︒ こ れ ら の 事 を も と に し て 横 浜 の 飛 脚 屋 と
郵 便 役 所 に つ い て み る ︒
二 飛 脚 屋
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﹁ 江 戸 の 夕 栄 ﹂ の 芳 町 立 花 屋 に つ い て は ︑ ( 9 ) 甲 斐 国 八 代 郡 東 油 川 村 篠 原 家 文 書 に 次 の 文 書 が あ る ︒ ﹁ ﹂ は 摺 物 で あ る 事
︑
を 示 す ︒
覚 臥 賃 先 払 )
一 紙 包 壱 ツ ち ん 先 払
横 浜 本 町 二
甲 州 屋 忠 右 衛 門 様 行
﹁ 右 燧 二 受 取 無 相 違 御 届 ケ 可 申 上 候 ︑ 已 上 ﹂
十 一 月 十 一 日 ﹁ よ し 町 ﹂
な べ 甚 様 ﹁ 立 花 屋 太 助 ﹂ 圃
( 10 ) 立 花 屋 の 印 に は ﹁ 江 戸 刃 芳 町 ﹂ と あ り ︑ 他 に 四 文 字 あ る が 印 が 薄 く て 読 め な い ︒ 立 花 屋 は ﹁ 御 府 内 町 飛 脚 ﹂ に ﹁ よ し 町
( 11 ) 立 花 屋 ﹂ と あ る 者 で ︑ 嘉 永 六 年 冬 概 略 ︑ 喜 田 川 季 壮 ﹁ 守 貞 漫 稿 ﹂ 巻 之 五 に ︑ よ し 町 飛 脚 立 花 屋 と し て 御 府 内 四 里 四 方 町 飛
脚 ︑ 御 屋 舗 様 方 ︑ 諸 国 代 参 仕 立 飛 脚 を 営 ん で い る 者 で あ る ︒
つ ぎ に 大 伝 馬 町 三 ツ 木 屋 は ︑ 国 立 国 会 図 書 館 所 蔵 本 ︑ 安 政 二 乙 卯 季 妹 ︑ 甲 良 山 叙 ︑ 発 起 人 江 戸 湯 島 天 神 表 門 通 り 大 城 屋
良 助 ﹁ 東 講 商 人 鑑 ﹂ に ﹁ 安 政 六 未 年 五 月 ヨ リ ﹂ 開 業 と し て ︑ 次 の 通 り 記 載 が あ る ︒
毎 朝 正 五 ツ 時 晴 雨 共 出 立 仕 候
武 州 横 浜 飛 脚
尤 別 段 仕 立 三 時 切 二 御 座 候
83横 浜 にお け る飛 脚屋 と郵便 役 所
御 手 紙 一 封 代 四 十 八 文
同 返 事 取 代 百 文
荷 物 壱 〆 目 二 付 銀 壱 匁 五 分
金 百 両 二 付 金 一 分 也
金 壱 両 入 書 状 代 七 分 ツ ・
安 政 六 未 年 六 月 ヨ リ
江 戸 日 本 橋 通 三 丁 目
目 三 ツ 喜 屋 住 蔵
横 浜 弁 天 前 潮 干 町
五 千 四 十 三 三 ツ 喜 屋 半 兵 衛
書 状 ︑ 金 子 入 書 状 ︑ 荷 物 ︑ 金 子 を 取 扱 っ て い る ︒
載 が あ る 事 に よ る ︒
日 本 橋 通 三 丁 目
斡 横 濱 飛 脚 所
三 ツ 喜 屋 住 蔵
酉 十 一 月 廿 五 日 加 入 ︑ 金 弐 朱 相 渡 ス こ れ は 三 井 文 庫 所 蔵 ︑ ﹁ 癸 亥 文 久 三 年 正 月 吉 ( 12 ) 東 講 加 入 帳 ﹂ に 次 の 記
毎 月 百 文 ツ ・ 十 五 ケ 年 之 間 ︑ 無 相 違 相 掛 ケ 可 申 候
酉 年 は 文 久 元 年 で あ る か ら ︑ こ の ﹁ 東 講 商 人 鑑 ﹂ は 安 政 二 年 叙 で あ る が ︑ 文 久 元 年 以 後 の 刊 本 で あ る ︒ な お 桑 原 孝 氏 の
( 13 ) 御 教 示 に よ る と ︑ 同 書 は 屡 々 改 定 さ れ て 刊 行 さ れ て い る が ︑ 改 定 年 は 記 載 さ れ て い な い の で 注 意 を 要 す る と の 事 で あ る ︒
三 ツ 喜 屋 は ﹁ 御 府 内 町 飛 脚 ﹂ に ︑ ﹁ 日 本 は し 通 三 丁 目 三 津 木 屋 ﹂ と あ る か ら ︑ や は り 町 飛 脚 が 開 港 に 伴 な い 横 浜 ま で 営
( 補 2 ) 業 を 拡 張 し た 者 で あ る ︒ 他 に も 同 様 の 場 合 が あ っ た ろ う ︒ ま た 万 延 元 年 五 月 現 在 の 横 浜 商 人 に は ︑ ﹁ 横 浜 町 (弁 天 通 ) 二 丁
目 ︑ 信 書 及 荷 物 運 送 業 ︑ 飛 脚 屋 六 三 郎 ﹂ ︑ ﹁ 横 浜 町 二 丁 目 部 内 洲 干 町 ︑ 信 書 及 買 物 使 業 ︑ 三 津 木 屋 清 蔵 ﹂ と あ り ︑ 明 治 三 年
( 補 3 ) 五 月 現 在 の 横 浜 商 人 に は ︑ ﹁ 弁 天 通 三 丁 目 ︑ 飛 脚 屋 六 三 郎 ﹂ ︑ ﹁ 洲 干 町 ︑ 三 津 木 屋 清 蔵 ︑ 信 書 買 物 用 達 ﹂ と あ る ︒ 飛 脚 屋 六
三 郎 と 町 飛 脚 と の 関 係 は 不 明 で あ る ︒
( 14 ) 明 治 四 〇 ー 四 二 年 に ﹁ 横 浜 貿 易 新 報 ﹂ に 掲 載 さ れ た ﹁ 横 浜 開 港 側 面 史 ﹂ に ︑ 尾 上 町 坪 井 伴 之 助 談 ﹁ 京 浜 問 の 飛 脚 ﹂ が あ
る ︒
維 新 ご ろ で も ︑ 郵 便 の い ま だ 開 け な い 以 前 に は ︑ 京 浜 間 ︑ 当 時 の 江 戸 と 横 浜 と の 問 に 飛 脚 屋 が あ り ま し て ︑ 一 軒 は 貢
屋 と い い ︑ 一 軒 は な ん と 申 し ま し た か 忘 れ ま し た が ︑ そ の 飛 脚 屋 へ 書 状 や 小 包 ぐ ら い の 物 を 頼 み ま す ︒ 普 通 は 手 紙 一
本 の 賃 銭 が 二 百 文 ぐ ら い で ︑ そ の 日 の う ち に 江 戸 へ 届 け る 別 仕 立 と い う こ と に な れ ば ︑ 手 紙 一 本 が 一 分 (現 今 の 二 +
五 銭 ) で ︑ 三 刻 の う ち ( 現 今 の 六 時 間 ) に 届 け ま す ︒ ま た 大 急 ぎ と い え ば ︑ 二 刻 (現 今 の 四 時 間 ) の 問 に 届 け ま す が ︑ 飛
脚 賃 が 高 く な る ︒ 飛 脚 は そ の 手 紙 を も っ て ︑ 駈 け て 江 戸 へ い く の で す ︒ こ れ が そ の こ ろ 唯 一 の 通 信 ⁝機 関 で ( 下 略 )
こ の 飛 脚 屋 は 別 仕 立 が あ る ︒ 貢 屋 は ﹁ 御 府 内 町 飛 脚 ﹂ に は 見 当 ら な い ︒
ま た 坪 井 伴 之 助 は 武 州 熊 谷 駅 で 嘉 永 五 年 に 生 れ た 者 だ が ︑ 慶 応 三 年 に ﹁ 宰 領 (道 中 の 世 話 す る 人 ) 一 人 が 附 添 い ︑ 江 戸 か
( 15 ) ら 歩 い て 東 海 道 を 横 浜 へ 来 た ﹂ と あ る ︒ 飛 脚 屋 は 人 も 運 ん で い る ︒
明 治 三 五 年 に ﹁ 報 知 新 聞 ﹂ に 掲 載 し た も の を 同 三 八 年 に 単 行 本 と し て 刊 行 し ︑ つ い で 改 訂 刊 行 さ れ た 昭 和 四 年 六 月 序 ︑
( 16 ) 篠 田 鉱 造 ﹁ 幕 末 百 話 ﹂ に ︑ 富 国 屋 吉 右 衛 門 は 明 治 二 年 に 日 本 橋 両 替 町 唐 物 問 屋 で 横 浜 東 仲 通 に 富 国 屋 新 助 名 義 の 支 店 が あ
る 人 物 の 話 を 載 せ て い る ︒
ぜ ん い ず じ ん 今 の 通 運 の 前 に ﹁ 和 泉 甚 ﹂ と い う が あ り ま し て ︑ 馬 を 引 い て ﹁ 和 泉 甚 で ご ざ い ﹂ と 呼 ん で あ る い た も の で す ︒ 東 京 か
し た て ら 京 都 ま で ﹁ 正 六 だ よ り ﹂ と い っ て ︑ 正 味 六 日 で 届 く と い う 奴 が ︑ ﹁ 仕 立 ﹂ 特 別 に 仕 立 て 出 す の で 一 分 (京 都 ま で ) ︑
は ま ﹁ さ し 込 ﹂ と い う の が 二 朱 で し た ︒ 正 六 と い っ て も 十 日 か か り ま す ︒ 横 浜 ま で が ﹁ 仕 立 一 朱 ﹂ ︑ ﹁ さ し 込 ﹂ 三 百 文 ︑ そ
れ で す も の 商 売 の ⁝機 敏 な ど と い う こ と は と て も 望 め ま せ ん
横 浜にお ける飛脚屋 と郵便役所
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こ の 和 泉 甚 は 江 戸 の 定 飛 脚 問 屋 和 泉 屋 甚 兵 衛 で あ り ︑ 横 浜 に も 路 線 が あ り 仕 立 便 ︑ さ し 込 便 な ど が あ る 事 を 示 し て い る ︒
( 17 ) ま た ﹁ 横 浜 開 港 側 面 史 ﹂ に 収 録 さ れ て い る 文 久 二 戌 年 菊 月 吉 辰 序 ︑ 松 伯 ﹁ 珍 事 五 ヶ 国 横 浜 ぱ な し ﹂ の (+ 九 ) 旅 店 と 定 飛
脚 に ﹁ 定 飛 脚 問 屋 ﹂ と あ り ︑ つ ぎ に ﹁ 編 者 曰 く 定 飛 脚 問 屋 は 飛 脚 屋 六 三 郎 ﹂ と あ る ︒ こ れ は 前 記 の 飛 脚 屋 六 三 郎 で ︑ 繁 昌
( 18 ) し て い る の だ ろ う ︒ 定 飛 脚 問 屋 で は な い ︒ 同 じ く 一 老 人 談 ﹁ 回 顧 雑 話 ﹂ に は ︑ 明 治 元 年 に 奥 州 に 糸 を 買 い に 行 っ た 体 験 で
京 屋 の 番 頭 の 扮 装 の た め ︑ 浪 人 か ら 飛 脚 屋 と み ら れ 手 紙 を 頼 ま れ た と あ り ︑ ﹁ 京 屋 と い う の は ︑ そ の こ ろ ︑ 東 京 に 島 屋 と
京 屋 と 二 軒 の 飛 脚 屋 ( マ ー ︑ 為 替 も や る の で す ) が あ っ た の で ︑ そ の 京 屋 の 手 代 と い う 事 に し た の で す ﹂ と し て い る ︒ 定
飛 脚 問 屋 島 屋 佐 右 衛 門 ︑ 京 屋 弥 兵 衛 も 横 浜 と 関 係 が あ る ︒
( 19 ) 事 実 ︑ 文 久 三 亥 歳 八 月 奉 ︑ 安 藤 源 之 進 ︑ 佐 久 間 弥 太 吉 ﹁ 横 浜 表 え 生 糸 廻 方 其 外 調 ﹂ に は ︑ 同 年 一 〇 月 付 で ﹁ 此 後 飛 脚 問
屋 井 横 浜 荷 物 運 送 い た し 候 船 積 宿 ︑ 別 紙 名 前 之 も の 方 江 着 荷 之 分 改 方 ︑ 糸 問 屋 立 合 取 調 ︑ 送 り 状 差 出 候 様 為 取 計 候 ハ ・ ﹂
と し て ︑ 飛 脚 問 屋 は 室 町 弐 丁 目 京 屋 弥 兵 衛 ︑ 瀬 戸 物 町 島 屋 佐 右 衛 門 ︑ 同 町 同 上 州 店 で ︑ 運 送 方 は 小 舟 町 壱 丁 目 木 屋 小 左 衛
門 ︑ 小 網 町 松 坂 屋 弥 兵 衛 ︑ 小 舟 町 弐 丁 目 佐 野 屋 半 右 衛 門 が 記 さ れ て い る ︒
( 20 ) 文 久 三 亥 年 一 〇 月 一 一 日 ︑ 糸 問 屋 ﹁ 奉 差 上 候 書 面 之 写 ﹂ に は ︑ 万 延 元 年 六 月 二 四 日 か ら 文 久 三 年 九 月 二 二 日 迄 の 間 の 糸
問 屋 の 費 用 中 に ﹁ 飛 脚 問 屋 京 屋 島 屋 両 家 懸 り 役 之 者 骨 折 謝 礼 ﹂ と し て 金 一 〇 両 が あ る ︒ 糸 問 屋 と 両 飛 脚 問 屋 は 関 係 が 深 い ︒
( 21 ) つ ぎ に 武 蔵 国 橘 樹 郡 神 奈 川 町 名 主 本 陣 石 井 家 文 書 の 文 久 元 酉 年 三 月 改 ︑ 石 井 玄 関 ﹁ 願 書 訴 書 留 ﹂ の 安 政 六 年 一 〇 月 の 項
に 次 の 記 事 が あ る ︒
乍 恐 以 書 付 奉 願 上 候
武 州 橘 樹 郡 神 奈 川 町 役 人 共 奉 申 上 候 ︑ 先 般 江 戸 定 飛 脚 問 屋 仲 間 6 当 宿 江 取 次 所 差 出 度 旨 申 出 ︑ 神 奈 川 町 之 内 字 西 之 町
百 性 幸 七 地 所 借 受 普 請 仕 ︑ 右 仲 間 6 宇 兵 衛 と 申 も の 差 遣 し 開 店 御 届 申 上 候 処 ︑ 人 別 送 り 取 置 不 申 候 二 付 ︑ 御 察 当 を 受 ︑
何 共 可 申 上 様 無 御 座 奉 恐 入 候 ︑ 右 宇 兵 衛 は 室 町 弐 丁 目 飛 脚 問 屋 弥 兵 衛 方 召 仕 二 而 ︑ 同 町 名 主 進 左 衛 門 方 6 送 り 一 札 差
遣 候 問 ︑ 然 ル 上 者 宿 内 人 別 入 仕 ︑ 開 店 商 致 度 奉 存 候 間 ︑ 何 卒 格 別 之 以 御 慈 悲 御 聞 済 被 成 下 置 候 様 ︑ 偏 二 奉 願 上 候 ︑
以 上
武 州 橘 樹 郡 神 奈 川 町
未 字 西 之 町
十 月 組 頭 長 左 衛 門
年 寄 又 四 郎
名 主 源 左 衛 門
御 奉 行 所 様
こ れ に よ る と 江 戸 の 定 飛 脚 問 屋 仲 間 の 取 次 所 が 神 奈 川 町 字 西 之 町 地 借 と し て 普 請 し ︑
で あ る ︒ つ ぎ に 元 治 元 年 七 月 四 日 に 次 の 記 事 が あ る ︒ 京 屋 弥 兵 衛 の 召 仕 宇 兵 衛 が 名 義 人 横 浜にお ける飛脚屋 と郵便役所
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乍 恐 以 書 付 御 訴 奉 申 上 候
神 奈 川 町 定 飛 脚 屋 支 配 人 与 兵 衛 奉 申 上 候 ︑ 当 朔 日 夕 刻 横 浜 本 町 弐 丁 目 岡 野 屋 利 兵 衛 方 6 江 戸 青 物 町 大 里 屋 清 兵 衛 方 迄 ︑
送 り 金 壱 分 銀 千 五 百 両 莚 廻 ︑ 七 百 五 拾 両 入 同 断 弐 固 ︑ 定 抱 善 助 ︑ 舛 五 郎 二 為 持 差 立 ︑ 同 夜 五 ツ 頃 川 崎 手 前 松 原 掛 り 候
庭 ︑ 並 木 松 蔭 よ り 年 齢 廿 弐 三 才 士 ︑ 筒 方 ヲ 着 シ 大 嶋 之 袴 股 立 取 候 者 ︑ 矢 庭 二 荷 物 取 切 掛 ケ ︑ 切 先 二 而 切 掛 ケ ︑ 舛 五 郎
ハ 弐 番 御 番 所 江 ︑ 善 助 は 一 番 御 番 ︻所 江 ︑ 右 始 末 申 立 ︑ 川 崎 宿 定 飛 脚 江 同 様 始 末 申 入 ︑ 即 刻 人 数 差 出 し ︑ 壱 番 御 番 所 6 御
役 人 衆 御 出 張 被 下 候 庭 ︑ 右 士 ハ 何 方 江 逃 去 ︑ 荷 物 之 内 壱 分 銀 七 百 五 拾 両 莚 廻 壱 固 盗 取 ︑ 残 り 壱 固 は 同 宿 飛 脚 屋 6 前 書
清 兵 衛 方 へ 同 夜 相 届 ケ 申 候 義 二 御 座 候 ︑ 此 段 乍 恐 以 書 付 御 訴 奉 申 上 候 ︑ 以 上
神 奈 川 町
飛 脚 屋
支 配 人
元 治 元 子 年 七 月 四 日 与 兵 衛
右 町 役 人 惣 代
竹 次 郎
御 奉 行 所 様
金100両 二 付10.00匁 1歩 〜1両0.70 1両 〜5両1.00 5両 〜10両1.50 其 余100両 之 割 合 壱 歩 銀
100両 二 付 壱 朱 銀
1歩 〜1両1.00 1両 〜5両1.50 5両 〜10両2.00 其 余100両 之 割 合 新 弐 朱 銀100両 二 付30.00
2朱 〜1両1.50 1両 〜5両2.00 5両 〜10両3.00 其 余100両 之 割 書 状1通
但 掛 目10目 迄
荷 物1貫 目 二 付
‑50 匁^
50^200 200^‑500 500〜1貫 目
荷 物 後 筆 分
匁
〜100
100^‑200 Zoo‑‑500 500〜1貫 目
2.00 0.70 1.50 2.00 3.00
o.70 1.00 1.50 2.00
第1表 安政6年 京屋神奈川横浜賃表
横浜 における飛脚屋 と郵便役所
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神 奈 川 町 定 飛 脚 屋 支 配 人 の も と に 定 抱 が い て ︑ 金 子 送 り が 襲 わ れ た 事 件 で あ る ︒ 支 配 人 は 与 兵 衛 で 交 替 が あ る 事 が わ か
る ︒ 定 飛 脚 屋 と あ り 京 屋 と は な い の で ︑ 仲 間 と し て の 店 で あ る 可 能 性 が あ る ︒
( 22 ) 京 屋 弥 兵 衛 ﹁ 大 細 見 ﹂ の 安 政 六 年 六 月 一 六 日 よ り ﹁ 神 奈 川 横 浜 賃 銀 相 定 ﹂ は 第 一 表 の 通 り で あ る ︒ 荷 物 後 筆 分 は 貼 紙 で
第2表 慶応3年 以降京屋横浜行 金札賃表
か ソ 同 町
一 表 間 口 四 間 (表 坪 ) 壱 匁 六 分
奥 行 廿 六 間 (裏 坪 ) 壱 匁
・( 裏 ) 八 分
此 坪 百 四 坪 飛 脚 屋
此 銀 百 三 匁 弐 分 五 郎 兵 衛
ハ ま け ヰ
未 四 月 中 三 丁 目 二 而 御 願 済 年 は 不 明 で あ る ︒ 金 子 ︑ 書 状 ︑ 荷 物 の 取 扱 で あ る ︒ つ ぎ に 開 港 は 六 月 二 日 で あ る
か ら 一 四 日 後 に は 値 段 が 決 定 さ れ て お り ︑ 速 や か な 対 応 を し た 事 が わ か る ︒ ﹁ 横
浜 行 金 札 賃 ﹂ は 第 二 表 の 通 り で ︑ 表 以 外 に ﹁ 右 之 外 其 便 応 賃 銀 可 申 請 事 ﹂ と あ る ︒
年 不 詳 だ が 金 札 は 慶 応 三 年 の 江 戸 横 浜 通 用 銀 座 金 札 で あ ろ う ︒
マ マ さ て 前 記 の 篠 原 家 文 書 の 雑 時 安 政 六 未 年 起 立 ︑ 文 久 二 戌 正 月 写 ﹁ 御 拝 借 地 所 御
( 23 ) 願 済 渡 世 合 写 ﹂ の 内 の ﹁ 横 浜 町 三 丁 目 拝 借 地 坪 願 済 渡 世 名 前 ﹂ に は 次 の 記 載 が あ
る ︒
ハ ね
一 飛 脚 問 屋 ﹁ 弁 天 通 弐 丁 目 猪 三 郎 願 済 ﹂
こ れ が 神 奈 川 か ら 移 転 し た も の か は ︑ 横 浜 の 町 名 な ど を 確 認 し て い な い の で 明 ら か で な い ︒ 店 舗 は 四 間 × 二 六 間 で 一 〇
四 坪 で あ る ︒
( 24 ) つ ぎ に こ の 五 郎 兵 衛 は ︑ 神 奈 川 県 が 編 纂 し た ﹁ 神 奈 川 県 史 政 治 之 部 駅 逓 ︹明 治 一 ー 七 年 ︺ ﹂ の ﹁ 神 奈 川 県 陸 運 会 社 取
扱 人 名 簿 ﹂ に あ る 記 事 と 同 一 人 物 で あ る ︒
同 国 同 郡 横 浜 相 生 町 四 丁 目
陸 運 元 会 社 出 張 所
陸 運 ︑ 五 島 五 郎 兵 衛
但 ︑ 安 政 六 年 六 月 創 立 ︑ 本 社 ハ 東 京 左 内 町 ニ テ 和 泉 屋 甚 兵 衛 ︑ 島 屋 佐 右 衛 門 ︑ 京 屋 孫 兵 衛 ︑ 江 戸 屋 仁 三 郎 ︑ 山 田 屋
八 右 衛 門 ︑ 五 人 合 併 ︑ 同 所 ヨ リ 出 張 定 飛 脚 問 屋 ト 唱 罷 在 候 処 ︑ 明 治 五 年 六 月 中 ︑ 陸 運 元 会 社 ト 改 唱 営 罷 在 候
文 中 の 京 屋 孫 兵 衛 は 弥 兵 衛 の 誤 で あ り ︑ 五 人 合 併 は 明 治 三 年 一 二 月 二 日 に 定 飛 脚 問 屋 京 屋 村 井 弥 兵 衛 ︑ 山 田 屋 山 田 八 左
( 25 ) 衛 門 ︑ 島 屋 嶋 谷 佐 右 衛 門 ︑ 江 戸 屋 西 村 仁 三 郎 ︑ 和 泉 屋 吉 村 甚 兵 衛 が 合 併 し て 陸 走 会 社 を 開 設 し た か ら で あ る ︒ な お 西 村 仁
三 郎 は 回 漕 会 社 頭 取 と し て ︑ 明 治 三 年 七 月 に 横 浜 往 復 蒸 気 船 引 船 茶 舟 (大 茶 船 を 小 蒸 気 船 で 引 船 す る ) を 許 可 さ れ て い る 事
( 26 ) 実 が あ る ︒
五 島 五 郎 兵 衛 の 旦 ハ体 的 な 事 は 不 明 で あ る ︒ 定 飛 脚 問 屋 京 屋 が 取 扱 っ た 横 浜 の 生 糸 貿 易 商 吉 村 屋 吉 田 幸 兵 衛 が ︑ そ の 上 州
大 問 々 の 店 に 送 っ た 吉 村 屋 幸 兵 衛 関 係 書 簡 を 研 究 さ れ た 西 川 武 臣 氏 は ︑ 書 状 の 輸 送 経 路 に つ い て ︑ ﹁ 東 上 州 に 送 ら れ る 手
横浜 における飛脚屋 と郵便役所
紙 の 場 合 ︑ 神 奈 川 宿 支 店 を 経 て ︑ 一 旦 江 戸 ( 東 京 ) 本 店 に 集 め ら れ ︑ 再 度 ︑ 東 上 州 に 転 送 さ れ た ︒ 一 方 ︑ 横 浜 に 到 着 す る
( 27 ) 手 紙 も 本 店 を 経 由 し て い る ︒ ま た 輸 送 に 必 要 な 日 数 は ︑ 大 間 々 町 ー 横 浜 問 の 場 合 ︑ 五 日 か ら 六 日 で あ っ た ﹂ と さ れ て い る ︒
( 28 ) 明 治 四 年 七 月 に 横 浜 郵 便 役 所 が 開 設 さ れ た が ︑ そ の 間 に お け る 飛 脚 屋 の 動 向 を ﹁ 駅 逓 明 鑑 ﹂ 巻 六 第 = 二 篇 に よ り み る ︒
同 年 五 月 に 民 部 大 蔵 両 省 合 議 で ﹁ 横 浜 郵 便 役 所 出 納 概 略 目 途 ﹂ を 取 調 べ て い る が ︑ そ こ に は ﹁ 横 浜 港 中 飛 脚 屋 七 軒 ニ テ 取
扱 候 書 状 発 着 凡 一 日 千 通 余 ﹂ で ﹁ 横 浜 港 中 飛 脚 屋 ニ テ ハ 金 子 持 込 賃 一 年 総 計 三 千 七 百 五 拾 両 余 ﹂ と み て い る ︒ 当 時 の 横 浜
の 郵 便 取 扱 所 は ﹁ 当 今 日 々 之 発 着 書 状 百 数 十 通 二 及 ヒ ﹂ と あ る か ら ︑ 郵 便 側 は 飛 脚 屋 一 軒 平 均 取 扱 数 並 み で あ る ︒ そ の た
め ﹁ 飛 脚 渡 世 之 者 共 ︑ 別 仕 立 又 ハ 金 子 入 及 並 通 書 状 東 京 行 之 分 ヲ モ ︑ 各 店 請 負 方 羅 合 居 ︑ 動 モ ス レ ハ 郵 便 方 法 誹 諺 候 勢 ︑
実 二 難 被 捨 置 ﹂ と 飛 脚 屋 の 実 力 を 無 視 で き な い 有 様 で あ る ︒
前 島 密 は 前 記 の 通 り ︑ 飛 脚 屋 が 料 金 を 郵 便 の 半 額 相 当 に し ︑ 郵 便 類 似 の 方 法 で 取 扱 っ た の で ︑ 郵 便 側 も 対 策 上 ︑ 横 浜 便
を 開 き 料 金 を 飛 脚 屋 と 同 額 に し て 競 争 し た と 記 す ︒
同 年 五 月 付 の 民 部 省 か ら 弁 官 宛 の ﹁ 横 浜 表 へ 郵 便 役 所 御 取 設 之 儀 二 付 ︑ 弁 官 へ 之 御 伺 案 ﹂ に は ︑ 横 浜 は ﹁ 殊 二 内 外 国 人
金 子 取 引 書 状 往 復 専 要 之 地 ニ テ ︑ 千 万 金 ヲ モ 仕 立 便 ヲ 以 テ 差 立 ︑ 悉 皆 飛 脚 渡 世 之 者 共 請 負 来 候 得 共 ︑ 届 方 兎 角 相 後 レ ︑ 不
都 合 之 取 計 モ 有 之 哉 二 相 聞 ﹂ と あ る ︒ 結 局 金 子 関 係 で は 飛 脚 屋 の 完 勝 で あ る ︒
同 年 月 付 の ﹁概 略 仕 法 書 ﹂ に は ︑ ﹁ 東 京 横 浜 往 復 書 状 之 儀 者 ︑ 金 子 入 之 分 多 数 ニ テ ︑ 千 万 金 之 取 引 ヲ モ 悉 皆 仕 立 便 ヲ 以
差 立 候 儀 二 有 之 ︑ 右 ヲ 不 取 扱 二 於 テ ハ ︑ 今 般 郵 便 役 所 御 取 設 ︑ 仕 立 便 方 法 御 発 行 相 成 候 テ モ ︑ 其 詮 無 之 ﹂ と ︑ 金 子 入 仕 立
便 を 飛 脚 屋 か ら 郵 便 側 に 移 動 さ せ な け れ ば 成 功 し な い 見 込 で あ る ︒ 飛 脚 問 屋 の 主 要 収 益 源 で あ る ︒
( 29 ) こ の 間 の 有 様 を ﹁ 横 浜 開 港 側 面 史 ﹂ の ﹁ 珍 事 五 ケ 国 横 浜 ぱ な し ﹂ の (+ 九 ) で 編 者 は 次 の 通 り 記 し て い る ︒
91
書 状 一 通 に 付 き 一 銭 の 切 手 を 貼 附 し ︑ 其 手 数 が 面 倒 な ら ば 現 金 一 銭 を 書 状 に 括 り 附 け 投 函 す る も 差 支 な し と 便 法 を
さ へ 設 け ら れ た れ ど ︑ 飛 脚 屋 に 託 す れ ば 一 通 五 厘 の 手 数 料 に て ︑ 領 収 証 さ へ 与 ふ る よ り ︑ よ り ︑ 多 く は 飛 脚 に 依 頼 す る よ り ︑ 遂 に 飛 脚 屋 の 書 状 伝 達 を 禁 じ (下 略 ) 此 方 寧 ろ 安 心 な り と の 感 念
( 30 ) 前 島 密 の 料 金 半 額 が 記 憶 さ れ て い る ︒ 明 治 五 年 六 月 に 三 都 定 飛 脚 仲 間 は 陸 運 元 会 社 と な っ た ︒ 同 年 六 月 朔 日 か ら 東 京 横
浜 問 に 一 日 五 往 復 の 郵 便 が 設 け ら れ ︑ 太 政 官 は 五 月 二 二 日 付 で ︑ ﹁ 右 両 地 へ 贈 答 之 書 状 ハ 総 テ 郵 便 切 手 ヲ 以 テ 賃 銭 相 払 ︑
郵 便 役 所 並 郵 便 取 扱 所 へ 差 出 シ ︑ 或 ハ 郵 便 箱 へ 差 入 可 申 ︑ 就 テ ハ 其 当 日 ヨ リ 郵 便 切 手 無 之 書 状 ヲ 業 ト シ テ ︑ 右 両 地 ノ 問 二
( 31 ) 伝 送 致 シ 候 者 ハ 此 度 御 答 可 有 之 事 ﹂ ﹁ 但 ︑ 別 仕 立 ヲ 以 テ 差 出 候 書 状 ︑ 或 ハ 荷 物 等 ノ 送 状 並 添 書 ノ 類 ハ 限 外 ノ 事 ﹂ と 命 じ た ︒
目以 下0
〜 目以 上 o
第3表 明治5年 東京一横浜 往復陸運元会社賃銀表
( 32 )
こ の 郵 便 以 外 の 書 状 取 扱 禁 止 令 を ︑ 大 手 業 者 の 定 飛 脚 仲 間 は 直 ち に 受 入 れ た ︒ ﹁ 駅 逓 明 鑑 ﹂ 巻 = 第 一 四 篇 に よ る と ︑
同 年 五 月 一 九 日 付 ︑ 正 院 宛 ︑ 大 蔵 大 輔 井 上 馨 の 概 算 書 は ﹁ 殊 二 東 京 定 飛 脚 会 社 之 者 共 ︑ 深 ク 郵 便 之 趣 意 相 辮 へ ︑ 信 書 ハ
93横 浜 にお け る飛脚 屋 と郵 便役 所
切 逓 送 致 ス 間 敷 旨 ︑ 申 出 候 次 第 モ 有 之 ﹂ と 記 る し て い る ︒
( 33 ) こ の 結 果 ︑ 陸 運 元 会 社 は 対 応 せ ざ る を 得 ず ︑ ﹁ 駅 逓 明 鑑 ﹂ 巻 一 〇 第 九 篇 の 陸 運 元 会 社 伺 並 指 令 は 次 の 通 り で あ る ︒ ﹁ 東 京
横 浜 往 復 賃 銭 表 ﹂ と し て ︑ 先 ず 幸 便 信 書 は 請 負 わ な い 事 と し ︑ 金 子 賃 銭 ︑ 荷 物 賃 銭 ︑ 別 仕 立 信 書 賃 銭 は 第 三 表 の 通 り で ︑
金 子 の 一 〇 〇 円 以 上 は ﹁ 金 高 二 応 シ 精 々 賃 銭 相 働 キ ︑ 御 便 利 専 一 二 可 仕 候 ﹂ ︑ 荷 物 の 壱 貫 目 以 上 は ﹁ 壱 貫 目 二 付 五 銭 ノ 割
合 賃 銭 申 請 候 事 但 シ 損 シ 物 ︑ 嵩 物 ︑ 其 品 二 応 シ 増 賃 申 請 候 事 ﹂ と し ︑ 明 治 五 年 六 月 付 で 東 京 横 浜 定 飛 脚 改 東 京 青 物 町 陸
( 34 ) 運 元 会 社 出 張 預 リ 人 今 井 定 五 郎 が 伺 い ︑ 許 可 さ れ て い る ︒ 信 書 ︑ 金 子 封 入 信 書 は 取 扱 わ ず ︑ 別 仕 立 信 書 ︑ 現 金 ︑ 荷 物 を 取
扱 っ て い る ︒ 他 の 飛 脚 屋 の 動 向 は 不 明 だ が ︑ 信 書 以 外 の 荷 物 な ど の 取 扱 業 に な っ た の で は あ る ま い か ︒
三 横 浜 の 運 送 関 係 者 と 江 戸 の 積 荷 運 送 問 屋
( 35 ) 前 記 の 篠 原 家 文 書 (横 浜 甲 州 屋 忠 右 衛 門 ) の ﹁ 御 拝 借 地 所 御 願 済 渡 世 合 写 ﹂ に み え る 運 送 関 係 者 は 次 の 通 り で あ る ︒
横 浜 町 一 丁 目
1 青 木 屋 忠 七 ︑ 神 奈 川 住 宅 に 付 店 支 店 人 要 之 助 ︑ 表 間 口 五 間 二 尺 四 寸 × 奥 行 二 〇 問 (以 下 ︑ 間 ︑ 表 間 口 ︑ 奥 行 を 略 す ) (本
町 壱 丁 目 大 通 り ) 安 政 六 未 年 三 月 五 日 に 諸 荷 物 運 送 ︑ 小 揚 ︑ 外 国 人 衣 類 仕 洗 張
横 浜 町 弐 丁 目
2 大 井 屋 惣 左 衛 門 ︑ 大 井 村 住 宅 に 付 店 支 配 人 善 助 五 × 一 〇 ( 大 通 東 側 ) 安 政 六 未 年 六 月 に 運 送 渡 世 ︑ 絹 糸 類 ︑ 水 油 ︑
薬 種 ︑ 乾 物 (朱 書 ︑ 外 人 食 物 ︑ 三 文 字 家 定 右 衛 門 と 成 ︑ 卯 年 中 上 知 銀 次 郎 )
横 浜 町 三 丁 目
3 掛 塚 屋 権 七 八 × = 二 (弁 天 通 北 側 ) 安 政 六 未 年 八 月 二 〇 日 に 廻 船 宿 ︑ 同 九 月 一 五 日 に 生 糸 ︑ 石 炭 ︑ 水 油 ︑ 乾 物 ︑ 塗 物 ︑
薬 種 ︑ 銅 細 工 物 (朱 書 ︑ 右 渡 世 之 義 者 四 丁 目 吉 村 屋 忠 兵 衛 地 借 二 而 願 済 )
4 飛 脚 屋 五 郎 兵 衛 四 × 二 六 (弁 天 通 北 側 ) 安 政 六 未 年 四 月 中 三 丁 目 二 而 御 願 済 で 飛 脚 問 屋 (朱 書 ︑ 弁 天 通 弐 丁 目 猪 三 郎 願
済 )
5 金 子 屋 常 次 郎 ︑ 車 屋 喜 八 八 × 一 〇 間 四 尺 八 寸 (東 横 町 ) 安 政 六 未 年 二 月 に 運 送 渡 世 ︑ 車 力 ︑ 同 五 月 一 九 日 に 荒 物 ︑
乾 物 ︑ 小 間 物 ︑ 茶 ︑ 粉
6 細 谷 屋 周 蔵 八 間 一 尺 八 寸 × 一 〇 (東 横 町 ) 安 政 六 未 年 八 月 中 に 運 送 方 ︑ 小 揚 人 足 ︑ 乾 物 ︑ 織 物
7 村 田 屋 与 次 右 衛 門 一 〇 間 一 尺 五 寸 × 一 〇 ︑ 二 間 四 尺 八 寸 × 一 〇 (東 横 町 ) 安 政 六 未 年 九 月 二 九 日 に 運 送 渡 世 ︑ 同 七
申 年 正 月 二 〇 日 に 荒 物 ︑ 乾 物 ︑ 春 半 ︑ 雑 穀
8 越 前 屋 音 次 郎 九 ・ 五 × 三 ・ 五 (海 辺 通 ) 運 送 渡 世
横 浜 町 四 丁 目
9 馬 持 音 兵 衛 一 五 × 七 (弁 天 通 ) 安 政 六 未 年 七 月 中 に 御 用 荷 物 附 送 ︑ 同 九 月 一 八 日 に 商 人 荷 物 附 送 ︑ 同 月 二 六 日 に 食 料 ︑
安 政 七 申 二 月 七 日 に 借 馬 ︑ 鳥 獣 ︑ 文 久 元 酉 年 一 二 月 ︼ ○ 日 に 乾 物 ︑ 荒 物 ︑ 塗 物 ︑ 茶 ︑ 薬 種
10 高 徳 屋 半 左 衛 門 三 六 × 一 四 間 一 尺 五 寸 (海 岸 通 南 側 ) 二 五 ・ 五 × 四 ・ 五 (海 辺 通 北 側 ) 安 政 六 未 年 四 月 に 麻 苧 ︑ 干
カ 大 根 ︑ 煙 草 ︑ 干 蕨 ︑ 薪 ︑ 塗 物 ︑ 同 五 月 二 八 日 に 鉛 ︑ 白 土 ︑ 材 木 ︑ 紙 ︑ 白 辻 ︑ 干 瓢 ︑ 黄 蓬 ︑ 艀 運 送 ︑ 瀬 取 廻 船 ︑ 同 九 月
一︑ 一 八 日 に 生 蝋 ︑ 生 絹 糸 ︑ 油 ︑ 薬 種 ︑ 乾 物 ︑ 金 物 ︑ 石 炭 ︑ 米 賃 春 並 小 売
11 平 問 屋 平 五 郎 一 三 ・ 五 × 二 〇 (東 横 町 ) 一 〇 × 六 ・ 五 ( 海 辺 通 北 側 ) 安 政 六 未 年 四 月 一 〇 日 に 麻 苧 ︑ 艀 下 運 送 ︑ 石 炭 ︑
入 足 請 負 ︑ 船 綱 ︑ 奥 州 産 物 ︑ 水 茶 屋 ︑ 荒 物 ︑ 車 ︑ 材 木 ︑ 同 九 月 晦 日 に 生 糸 ︑ 文 久 元 酉 年 一 一 月 一 九 日 に 土 砂 ︑ 異 人 食
料 ︑ 青 物
12 桑 名 屋 源 五 郎 ( 朱 書 ︑ 茂 兵 衛 ) 一 五 × 一 〇 ( 北 仲 通 北 側 角 ) 一 〇 × 六 ・ 五 ( 海 辺 通 北 側 ) 安 政 六 未 年 五 月 中 に 諸 国 荷 物 廻
船 並 陸 送
横 浜 町 五 丁 目
13 中 嶋 屋 喜 助 六 × 二 一 ( 海 辺 通 南 側 ) 六 × 八 ( 海 辺 通 北 側 ) 最 初 に 運 送 ︑ 食 料 ︑ 炭 ︑ 薪 ︑ 小 道 具
14 伊 勢 屋 善 四 郎 二 ・ 五 × 一 八 ( 海 辺 通 南 側 ) 六 × 八 ( 同 北 側 ) 最 初 に 運 送 ︑ 小 揚 ︑ 旦 雇 ︑ 車 力 ︑ 軽 子 ︑ 人 足 請 負 ︑ 文 久
元 酉 年 七 月 一 〇 日 に 炭 薪 ︑ 材 木 ︑ 荒 物 ︑ 乾 物
15 山 形 屋 仙 吉 二 ・ 五 × 一 入 ( 海 辺 通 南 側 ︑ 朱 書 い せ 屋 善 五 郎 ) 六 × 八 ( 同 北 側 ︑ 朱 書 山 形 屋 仙 吉 ) 最 初 に 運 送 ︑ 小 揚 ︑ 旦 雇 ︑
車 力 ︑ 軽 子 ︑ 人 足 請 負
16 松 屋 辰 吉 一 一 ・ 五 × 一 二 ( 海 辺 通 横 町 東 側 角 ) 最 初 に 水 ︑ 運 送 ︑ 人 足 方 ︑ 食 料 ︑ 春 米 ︑ 炭 薪 ︑ 荒 物 ︑ 呉 服 ︑ 反 物 ︑ 糸 ︑
辰 吉 渡 世 と し て 食 料 ︑ 呑 水 ( 朱 書 ︑ 石 川 屋 慶 次 郎 願 済 四 丁 旦 局 徳 屋 半 左 衛 門 店 二 而 御 願 済 渡 世 仕 候 )
横浜 における飛脚屋 と郵便役所
95
こ の 一 六 人 の 内 で ︑ 4 飛 脚 屋 五 郎 兵 衛 以 外 の 者 が 飛 脚 関 係 か は 不 明 で あ る が ︑ 小 揚 ︑ 旦 雇 ︑ 人 足 請 負 な ど を 営 ん で い る
者 は ︑ 一 般 に 飛 脚 屋 が 人 宿 口 入 を 兼 業 す る 場 合 が 多 い の で 今 後 研 究 し な け れ ば な ら な い ︒
( 36 ) 安 政 六 年 ー 文 久 二 年 に 英 総 領 事 兼 外 交 代 表 の オ ー ル コ ッ ク の 一 八 六 三 年 序 ﹁ 大 君 の 都 ﹂ に は ︑ 安 政 六 年 に 外 国 掛 閣 老
と 会 見 し た 際 に ︑ ﹁ 五 日 前 に 神 奈 川 で 勘 定 奉 行 の 通 訳 あ て の 郵 便 を 当 地 へ 転 送 す る よ う に 手 配 し た が ︑ い ま だ に と ど い て
い な い ﹂ と 質 問 し た ︒ 調 査 の 回 答 だ っ た が ︑ ﹁ そ の 郵 便 も 配 達 人 も 消 え 失 せ て し ま っ て ︑ そ の い ず れ も が ど う な っ た か を
た し か め る こ と は 不 可 能 だ っ た ﹂ と し て い る ︒ 文 久 元 年 の 記 述 に も 飛 脚 が ﹁ 普 通 は 遅 れ な い し ︑ 信 頼 す る に 足 る ︒ わ た し
の 知 っ て い る か ぎ り で は ︑ た だ い ち ど だ け ︑ 神 奈 川 か ら 江 戸 へ 走 ら せ て い た わ た し の 飛 脚 が 英 文 の 手 紙 を も っ た ま ま 姿 を
消 し た こ と が あ っ た ︒ こ れ に つ い て は ︑ 政 府 か ら 弁 償 し て も ら え な か っ た し ︑ ど う な っ た か も 知 る こ と も で き な か っ た ﹂ (補 4 ) と あ る ︒ こ の 飛 脚 の 具 体 的 な 事 は 不 明 で あ る ︒
つ ぎ に 前 記 の 文 久 三 年 の 運 送 方 木 屋 半 左 衛 門 ︑ 松 坂 屋 弥 兵 衛 ︑ 佐 野 屋 半 右 衛 門 を 含 む 横 浜 神 奈 川 運 送 宿 一 五 入 は ︑ 開 港
( 37 ) 以 来 の 江 戸 の 横 浜 運 送 問 屋 で ︑ 明 治 三 年 八 月 二 一二 日 に 蚕 種 紙 生 糸 荷 物 運 送 問 屋 を 仰 付 け ら れ て い る ︒ 従 っ て 文 久 三 年 の 三
人 は 彼 等 の 代 表 と 考 え ら れ る が ︑ 書 状 を 扱 っ て い る か は 不 明 で あ る ︒
( 38 ) と こ ろ で ﹁ 横 浜 開 港 側 面 史 ﹂ の ﹁ 珍 事 五 ケ 国 横 浜 ば な し ﹂ の (二 + ) 鹿 島 屋 と 野 沢 屋 に ﹁ 鹿 島 屋 と 云 ふ 旅 籠 屋 あ り ﹂ と
し て 次 の 記 事 が あ る ︒
編 者 曰 く 此 鹿 島 屋 は 前 記 の 如 く 当 地 最 初 の 郵 便 局 を 置 か れ た る 家 に し て 横 浜 交 通 史 上 の 初 夏 に 伝 へ ら る べ き 歴 史 を
有 せ る の み か ︑ 海 運 上 に も 没 す べ か ら ざ る 事 蹟 を 有 し ︑ 慶 応 三 年 江 戸 小 網 町 の 廻 漕 問 屋 松 坂 屋 弥 兵 衛 と 謀 り ︑ 米 人 ウ
エ ン リ ー ト よ り 十 五 馬 力 の 小 蒸 汽 船 を 購 入 し て 稲 川 丸 と 称 し ︑ 当 地 と 江 戸 永 代 橋 迄 の 航 路 を 開 始 し ︑ 交 通 上 非 常 の 便
利 を 与 へ た り ︑ 稲 川 丸 は 明 治 元 年 に 至 り 神 奈 川 裁 判 所 の 手 に 移 り ︑ 彼 の 岸 田 吟 香 氏 が 松 坂 屋 弥 兵 衛 と 共 に 差 配 人 と な
り 之 を 継 続 す る 事 と な り し も ︑ 航 路 開 始 の 功 績 は 鹿 島 屋 亀 吉 そ の 人 に 帰 す べ き な り
( 39 ) こ れ か ら す れ ば ︑ 松 坂 屋 弥 兵 衛 は ﹁ 江 戸 の 夕 栄 ﹂ の 記 事 に よ り 書 状 と 関 係 が あ る ︒
( 40 ) 陸 上 の 馬 車 に つ い て は ︑ 明 治 二 年 二 月 下 旬 ︑ 英 国 教 師 べ ー リ ー 先 生 編 ﹁ 万 国 新 聞 ﹂ 第 一 五 集 に ︑ 東 京 築 地 出 張 所 ︑ 横 浜
裁 判 所 通 百 二 十 三 番 ︑ ラ ン ガ ン が ︑ 東 京 横 浜 問 に 馬 車 を 開 業 す る 広 告 を 掲 げ て い る ︒ 文 中 に ﹁ 英 吉 利 ミ ニ ス ト ル 所 の 書 状
其 外 も 私 方 車 二 而 運 送 仕 候 ﹂ と あ る が ︑ 賃 銭 は 一 人 前 ニ ト ル ラ ル 宛 と あ る か ら 乗 客 の み で ︑ 一 般 の 書 状 は 扱 っ て い な い ︒
( 41 ) し か し 篠 原 宏 氏 が 紹 介 し て い る ク レ ー ン の 広 告 は 次 の 通 り で あ る ︒
東 京 6 横 浜 迄 往 返 手 紙 壱 本 二 付
価 金 壱 朱 宛
右 は 毎 日 昼 九 ツ 時 ︑ 築 地 開 港 場 ホ テ ル 表 門 向 ︑ ク レ ー ン 事 日 本 名 前 之 儀 ハ 露 吉 と 申 候 方 江 御 届 可 被 下 候 ︑ 即 刻 御 名 前
書 認 メ 昼 九 半 時 馬 車 二 而 通 行 致 し 候 ︑ 尤 横 浜 七 拾 三 番 コ ツ プ 方 迄 参 り ︑ 夫 々 御 名 前 有 之 候 方 江 御 届 可 申 候 ︑ 御 返 事 之
儀 は ︑ 翌 朝 正 五 ツ 時 迄 二 七 拾 三 番 コ ツ プ 方 江 御 差 出 置 候 ハ ・ 又 候 馬 車 二 而 通 行 い た し 候 問 ︑ 御 銘 々 御 得 心 之 上 御 遣 し
可 被 下 候 ︑ 尤 請 取 書 差 上 申 候 ︑ 以 上
(図 ) 御 目 印 築 地 小 田 原 町 壱 丁 目
ホ テ ル 表 門 向
ク レ ー ン
横 浜における飛脚屋 と郵便役所
ノ97
図 は 長 の 字 型 舞 鶴 で あ る ︒ 東 京 ‑ 横 浜 問 を 馬 車 で 手 紙 一 本 金 一 朱 宛 で 毎 日 運 ん で い る ︒ 日 付 は な い が ︑ 明 治 に な っ て か
ら で あ る ︒ 具 体 的 な 事 は 不 明 で あ る ︒
以 上 の よ う な 通 信 手 段 が あ っ た が ︑ 当 時 の 横 浜 は 各 種 の 情 報 が 飛 び か う 所 で あ っ た ︒ ﹁ ジ ャ パ ン ・ コ ム マ ー シ ャ ル ニ ュ ー
( 42 ) ス ﹂ を 翻 訳 し た 元 治 元 年 七 月 二 日 ﹁ 日 本 貿 易 新 聞 ﹂ 第 六 五 号 に 次 の 記 事 が あ る ︒
日 本 人 は 世 の 最 話 し 好 き な る 人 民 に し て 皆 日 々 美 な る 席 上 に 座 し 互 に 其 日 聞 得 た る 諸 事 を 談 話 し ︑ 伝 信 機 鉄 路 或 は 早
馬 杯 通 信 す る 事 あ り と 錐 も ︑ 諸 新 聞 の 弘 ま る 事 又 極 め て 連 な る 事 実 に 驚 く に 足 れ り ︒ 横 浜 に て 起 り 或 は 話 し た る 事 件
の 談 判 は ︑ 数 日 を 待 た ず し て 江 戸 え ︑ 京 都 大 阪 及 ひ 大 な る 大 名 に 達 す る 事 易 け れ ば ︑ ( 下 略 )
横 浜 の 情 報 は ︑ ロ コ ミ を 含 め て 各 種 の 手 段 で 江 戸 に 達 し て い た ︒
四 郵 便 役 所 の 開 設
( 43 ) 慶 応 三 年 五 月 下 涜 ﹁ 万 国 新 聞 紙 ﹂ 第 四 集 に は ︑ ﹁ 日 本 の 開 化 の 域 二 進 む 手 段 ﹂ と し て 英 国 を モ デ ル に 述 べ て い る ︒ イ ギ
リ ス で は ﹁ 商 売 を 容 易 く し 蒸 気 車 ︑ 気 船 ︑ 伝 信 機 ︑ 飛 脚 屋 等 を 盛 に し ﹂ と あ る ︒ こ の 飛 脚 屋 は 郵 便 制 度 の 事 だ ろ う ︒
( 44 ) ( 45 ) 横 浜 に お け る 郵 便 に つ い て は ︑ 既 に 昭 和 七 年 横 浜 市 役 所 編 ﹁ 横 浜 市 史 稿 ﹂ 政 治 編 三 で 記 る さ れ て い る ︒ ﹁ 横 浜 開 港 側 面 史 ﹂
は ︑ 藤 野 善 輔 談 ﹁ 郵 便 取 扱 の 始 ﹂ を 次 の よ う に 掲 載 し て い る ︒
髄 か 明 治 四 年 で し た 郵 便 の 取 扱 ひ を す る 処 が ︑ 今 の 吉 田 町 二 町 目 辺 り に 出 来 ま し た ︒ 当 時 は 何 で も 高 張 を 目 印 し に し
た も の で ︑ 此 郵 便 取 扱 ひ 所 に も 例 の 高 張 が 立 て ・ あ り ま し た ︑ 出 来 る と 間 も 無 く 私 は 江 戸 へ 本 を 送 ら う と 思 っ て 包 ん
で 持 っ て 行 っ た 処 が ︑ 運 賃 が 何 ん で も 大 変 高 か っ た の で ︑ 止 め に し て 返 っ た こ と が 有 っ た ︑ 其 翌 年 旅 店 の 鹿 島 屋 で も
郵 便 の 取 扱 ひ を 始 め ま し た ︒ 当 時 は 配 達 と 云 ふ こ と が な く て ︑ 受 取 人 の 方 か ら 貰 ひ に 行 っ た も の で す ︑ 外 国 の 郵 便 は
皆 領 事 館 で 扱 っ て ︑ 大 き な 箱 の 中 に 入 れ て 錠 が 卸 し て あ る か ら ︑ 自 身 に 鍵 を 持 っ て 開 て 来 た の で す ︑ 其 の 後 今 の 第 三
銀 行 の 処 に ︑ 本 式 の 郵 便 局 で 出 来 て ︑ 飛 脚 問 屋 と 云 う 者 が 悉 皆 無 く な っ た ︒
こ れ に よ る と 最 初 に 郵 便 取 扱 所 が あ り ︑ つ い で 翌 年 に 役 所 が で き ︑ 更 に 本 式 の 郵 便 局 が で き ︑ 飛 脚 問 屋 が な く な っ た 事
に な る ︒ 明 治 元 年 九 月 に 駅 逓 規 則 が で き ︑ 同 三 年 三 月 に 郵 便 規 則 ︑ つ い で 同 四 年 三 月 に 新 式 郵 便 を 実 施 し た ︒ 当 時 は 横 浜
郵 便 役 所 は 弁 天 通 三 丁 目 四 一 番 地 鹿 島 屋 亀 吉 所 有 家 屋 で ︑ 同 五 年 本 町 五 丁 目 七 五 番 地 に 洋 館 建 築 し 移 転 ︑ 同 七 年 六 月 本 町
一 丁 目 に 新 舎 を 建 築 し た ︒ 同 八 年 横 浜 郵 便 局 と 改 称 ︑ 同 年 五 月 駅 逓 寮 出 張 横 浜 局 と な り ︑ 同 一 〇 年 再 び 横 浜 郵 便 局 と 改 め
ら れ た ︒
こ の 内 で 明 治 四 ︑ 五 年 を ﹁ 駅 逓 明 鑑 ﹂ 巻 六 第 コ ニ 篇 ︑ 巻 一 一 第 一 四 篇 に よ り み る ︒ 同 四 年 正 月 付 ︑ 駅 逓 司 ﹁ 継 立 場 駅 々
(46).
取 扱 規 則 ﹂ に は ︑ 東 海 道 駅 々 四 ︑ 五 里 四 方 の 在 へ の 幸 便 書 状 は 一 里 百 文 ︑ 一 里 以 上 は 総 て 一 里 二 百 文 宛 と し ︑ 一 時 五 里 の
書 状 は 一 里 六 百 文 宛 で あ る ︒ そ の 駅 迄 の 賃 銭 の 外 に 増 切 手 を 貼 る 事 に な っ て い る ︒ 同 年 同 月 付 ﹁ 各 地 時 間 賃 銭 表 ﹂ に よ る
( 47 ) と ︑ 横 浜 関 係 は 第 四 表 の 通 り で あ る ︒
横浜における飛脚屋 と郵便役所
99
東 京 ヨ リ 西 京 ヨ リ 大 坂 ヨ リ
神 奈 川
横浜 二 時 百 文
二百文 三 四 時 一 貫 五 百 文
一貫四百文
三 七 時 一 分 一 貫 四 百 文
一貫五百文
地 名 時 間 賃 銭 時 間 賃 銭 時 間 賃 銭
第4表 明治4年 横浜 関係時間賃銀表
( 48 )
つ い で 同 年 五 月 二 二 日 民 部 省 合 議 ︑ 六 月 一 七 日 決 判 の ﹁ 横 浜 表 郵 便 取 扱 方 ﹂ に よ る と ︑ 郵 便 書 状 取 扱 方 は ︑ 最 初 は ﹁ 神
奈 川 駅 二 出 張 ︑ 駅 逓 掛 所 轄 之 姿 ﹂ で ︑ 郵 便 書 状 神 奈 川 持 出 処 と 称 し 賃 銭 切 手 売 捌 所 で は な か っ た ︒ 外 国 人 が 書 状 を 差 出 し
本 国 土 産 に 切 手 を 買 入 れ る が ︑ こ れ で は 不 体 裁 の た め ︑ 県 庁 決 議 で 神 奈 川 県 郷 方 取 締 小 机 村 浅 田 金 七 ︑ 横 浜 弁 天 通 二 丁 目
山 室 亀 吉 を 郵 便 書 状 取 扱 方 に 申 付 け ︑ 山 室 亀 吉 居 宅 の 内 で 表 間 口 三 間 余 の 場 所 を 郵 便 取 扱 所 と し た ︒ 吉 田 町 ︑ 元 町 両 所 に
書 状 集 箱 を 建 て ︑ 手 代 の 者 に 下 働 き を 申 付 け た ︒ 諸 入 費 不 足 分 は 自 弁 さ せ ︑ 書 状 を 受 取 り ︑ 取 扱 発 着 書 状 は 百 数 十 通 で あ
る ︒
当 時 ︑ 飛 脚 屋 は 別 仕 立 ︑ 金 子 入 ︑ 並 通 書 状 の 東 京 行 分 を 各 店 が 競 争 し ︑ 郵 便 側 は お さ れ 気 味 で あ る ︒ 対 策 上 ︑ 郵 便 役 所
を 設 け た が ︑ 同 年 五 月 付 ︑ 法 書 ﹂ は 次 の 通 り で あ る ︒ 弁 官 宛 ︑ 民 部 省 ﹁ 横 浜 表 へ 郵 便 役 所 御 取 設 之 儀 二 付 辮 官 へ 之 御 伺 案 ﹂ に よ る と ︑ そ の ﹁ 概 略 仕
1 ( 場 所 と 人 員 ) 弁 天 通 三 丁 目 山 室 亀 吉 所 持 明 家 作 ︑ 表 間 口 四 間 半 余 ︑ 奥 行 二 間 半 余 の 二 階 家 一 箇 所 を 県 庁 へ 借 上 げ ︑
当 分 郵 便 仮 役 所 と し ︑ 駅 逓 司 員 一 名 ︑ 地 方 官 員 一 名 を 取 締 と し て 出 張 さ せ る ︒ 駅 逓 司 員 出 張 日 数 は 三 〇 日 と し ︑ 毎 月
一 〇 日 に 交 代 ︑ 前 月 の 出 納 を 調 べ て 持 帰 る ︒
2 ( 金 子 入 仕 立 書 状 ) こ れ を 取 扱 わ な け れ ば 郵 便 役 所 の 運 用 は で き な い ︒ 途 中 の 災 害 の 償 方 に つ い て の 備 え が 必 要 だ か
ら ︑ 金 子 入 書 状 増 賃 銭 の 分 は 別 廉 と し て ︑ 一 箇 月 毎 に ま と め ︑ 横 浜 の 身 元 の よ い 者 に 利 付 で 貸 付 け ︑ 一 万 両 に 達 し た
ら 償 金 の 元 立 と す る ︒
3 ( 書 状 集 箱 の 置 場 ) 野 毛 町 ︑ 吉 田 町 ︑ 元 町 に 設 け ︑ 時 間 賃 銭 表 な ど を 掲 示 す る ︒ 東 京 は 各 所 箱 場 と 市 中 の 二 六 五 箇 所
へ 張 出 す ︒ 但 し 書 状 集 箱 見 守 番 人 兼 切 手 売 捌 人 身 元 は 別 紙 の 通 り 県 庁 で 取 調 る ︒
4 ( 郵 便 役 所 諸 入 費 積 ) 出 納 概 略 目 途 に 書 載 せ る ︒
5 ( 書 状 発 着 取 扱 の 者 ) 出 張 官 員 以 外 に 当 面 ︑ 県 庁 人 選 の 者 三 人 と す る ︒ 郵 便 役 所 書 記 役 と 称 し ︑ 袴 羽 織 着 用 ︑ 一 刀 を
帯 す る ︒ 支 給 は 三 カ 所 で 実 際 を み て 相 当 の 給 分 を 確 定 し ︑ 人 員 の 増 減 も す る ︒ 但 し 当 分 は 金 五 両 宛 を 支 給 す る ︒
6 ( 書 状 集 メ 配 達 人 ) 当 分 髄 か な 者 二 人 と す る ︒ 午 後 二 時 に 横 浜 港 を 出 発 し 神 奈 川 駅 へ 書 状 を 持 出 す ︒ 帰 路 は 着 状 を 受
取 り 直 ち に 各 所 へ 配 達 の 手 続 を す る ︒ 一 カ 月 金 七 両 宛 支 給 す る ︒
7 ( 仕 立 便 ) 頼 み に き 次 第 ︑ 指 立 て 時 間 に 誤 り の な い 事 ︑ 各 地 郵 便 役 所 へ ﹁ 飛 行 ノ 者 ﹂ が 到 着 し た ら ︑ 検 査 の 上 で 受 取
証 を 渡 す ︒ 代 り の 飛 行 の 者 と 同 道 で 宛 所 へ 達 し ︑ 返 書 ︑ 請 取 書 等 を 請 取 る ︒
8 ( 東 京 横 浜 互 地 別 仕 立 郵 便 の 差 立 ) 毎 日 第 九 字 出 発 ︑ 三 字 半 限 ︒ 但 し こ れ は 返 書 取 別 仕 立 便 の 外 に ︑ 金 子 入 書 状 日 日
101横 浜 にお け る飛脚 屋 と郵便役 所
数 百 通 に す る ︒ そ こ で ﹁ 通 飛 行 人 足 ﹂ で 差 立 る ︒ 到 着 し た ら 一 泊 し ︑ 翌 日 朝 出 発 の 書 状 を 持 出 す ︒ ﹁ 飛 行 ﹂ 帰 着 の 手
続 は 両 地 同 様 で あ る ︒
9 ( 東 京 以 外 の 各 地 へ 横 浜 か ら の 仕 立 便 ) 先 規 に 基 き 一 里 六 百 文 の 定 額 と し ︑ 夜 行 は 倍 増 ︑ 其 余 は 時 と 場 合 に よ る ︒
10 ( 金 子 入 書 状 指 立 方 ︑ 別 仕 立 別 便 共 ) 書 状 一 通 定 額 賃 銭 の 外 に ︑ 金 高 に 応 じ 持 賃 を 受 取 る ︒ 千 両 以 上 は 一 個 の 宰 領 を
添 え て 差 立 る ︒ 費 用 を 差 引 き 残 り は 利 益 で あ る ︒ 千 両 以 下 の 金 子 は 人 足 増 分 は な い か ら 全 部 利 益 で あ る ︒ 但 し 差 込 は
﹁ 見 込 ﹂ の 外 で あ る ︒
11 ( 金 子 不 入 書 状 ) 一 時 よ り 二 時 半 限 別 仕 立 の 分 は ︑ 定 額 賃 銭 二 割 を 引 き 持 夫 に 渡 す ︒ 三 時 か ら 三 時 半 別 仕 立 の 分 は 定
額 賃 銭 を 皆 渡 に す る ︒ 但 し 差 込 は ﹁ 見 込 ﹂ 外 で あ る ︒
右 の 力 条 以 外 の 郵 便 役 所 中 規 則 書 状 取 扱 方 と 出 納 仕 上 に つ い て は ︑ 根 局 へ 比 準 す る ︒ そ の 土 地 に 不 相 応 の 事 務 は 根 局 と
合 議 の 上 で 本 省 の 決 議 を 経 る と し て い る ︒
( 49 ) つ ぎ に 同 四 年 五 月 付 ︑ 神 奈 川 県 御 役 所 宛 ︑ 弁 天 通 三 丁 目 御 地 所 拝 借 人 山 室 亀 吉 と ︑ 名 主 総 代 ﹁ 差 上 申 一 札 之 事 ﹂ は ︑ 山
室 亀 吉 所 持 の 弁 天 通 三 丁 目 の 間 口 四 間 半 余 ︑ 奥 行 三 間 の 二 階 家 一 軒 を 家 賃 金 三 〇 両 で ︑ 郵 便 仮 役 所 と し て 借 家 し て よ い と
し て い る ︒
( 50 ) こ の 家 屋 に つ い て ﹁ 横 浜 開 港 側 面 史 ﹂ の ﹁ 珍 事 五 ケ 国 横 浜 ぱ な し ﹂ (+ 九 ) で 編 者 は 次 の よ う に ふ れ て い る ︒ ﹁ 最 初 の 郵
便 局 は 弁 天 通 三 丁 目 鹿 島 屋 亀 吉 方 を 仮 事 務 所 と し て ﹂ と あ り ︑ 山 室 は 鹿 島 屋 で あ る か ら ︑ 既 に 蒸 気 飛 脚 船 の 横 浜 待 合 所 と
し て 書 状 を 取 扱 っ た 経 験 が あ る ︒
( 51 ) 同 年 五 月 二 六 日 付 で 神 奈 川 県 は 駅 逓 司 郵 便 掛 宛 に ︑ 郵 便 書 状 集 箱 見 守 並 切 手 売 捌 の 者 に つ い て ︑ 次 の 申 立 を し て い る ︒
郵 便 箱 見 守 御 願
横 浜 元 町 御 地 所 拝 借 人 石 川 亀 松
右 亀 松 奉 申 上 候 ︑ 今 般 当 所 へ 郵 便 書 状 箱 差 置 相 成 候 趣 二 付 ︑ 右 箱 見 守 之 儀 ︑ 私 へ 被 仰 付 被 下 置 候 様 ︑ 此 段 奉 願 上 候 ︑
以 上
明 治 四 辛 未 五 月 ' 右 石 川 亀 松
神 奈 川 県 御 役 所
前 書 石 川 亀 松 儀 ︑ 身 元 惜 成 モ ノ ニ 付 ︑ 当 人 願 之 通 被 仰 付 度 ︑ 尤 当 人 不 都 合 等 之 儀 有 之 候 節 ハ ︑ 私 共 ニ テ 御 引 受 可 申 候 ︑
依 之 奥 印 仕 ︑ 倶 々 奉 願 上 候 ︑ 以 上
元 町 名 主 石 川 半 右 衛 門
同 所 年 寄 代 兼 組 頭 中 山 沖 右 衛 門
こ の 他 に 同 文 の 吉 田 町 吉 田 勘 兵 衛 次 男 吉 田 愛 五 郎 ︑ 野 毛 町 年 寄 太 郎 兵 衛 惇 中 山 亀 太 郎 の 願 書 が あ る ︒
( 52 ) 同 年 七 月 三 日 に ︑ 駅 逓 司 か ら 次 の 御 布 告 が 出 さ れ た ︒
上 下 一 般 書 通 便 利 ノ 為 メ ︑ 当 三 月 中 三 府 並 東 海 道 筋 郵 便 方 法 御 発 行 相 成 候 処 ︑ 横 浜 表 之 儀 ハ ︑ 内 外 国 人 輻 韓 之 地 ニ テ ︑
各 地 信 書 往 復 切 要 之 事 二 相 聞 候 二 付 ︑ 横 浜 表 へ 郵 便 役 所 御 取 設 ︑ 東 京 横 浜 之 間 並 各 地 信 書 之 往 復 ︑ 更 二 便 利 之 方 法 ︑
当 七 月 十 五 日 ヨ リ 御 発 行 相 成 候 条 ︑ 公 私 之 無 別 ︑ 時 間 賃 銭 之 通 可 相 心 得 事
従 っ て 四 年 七 月 一 五 日 か ら 郵 便 役 所 が 発 行 に な る ︒ ( 53 ) 実 施 に 当 っ て ﹁ 東 京 横 浜 毎 日 不 限 何 時 別 仕 立 郵 便 時 間 賃 銭 表 ﹂ は 第
亘1i立〔 弄
余迄
両 勇
金 朱 ‑
第5表 明治4年 東京一横浜別 仕立時間賃銭表
横浜における飛脚屋 と郵便役所
103
五 表 の 通 り で あ る ︒ 東 京 横 浜 毎 日 朝 五 時 半 ︑ 三 時 半 限 別 便 仕 立 は 書 状 一 通 ︑ 目 方 五 匁 迄 ︑ 賃 銭 二 四 八 文 で あ り ︑ ﹁ 横 浜 ヨ
( 54 ) リ 各 地 別 仕 立 郵 便 里 程 賃 銭 表 ﹂ は 書 状 一 通 に つ い て ︑ 第 六 表 の 通 り で あ る ︒ 夜 行 は 倍 増 で あ り ︑ 表 以 外 の 各 地 へ の 仕 立 便
( 55 ) は 里 数 に よ る 賃 銭 で あ る ︒ ﹁ 横 浜 ヨ リ 近 傍 村 々 へ 届 状 賃 銭 表 ﹂ は 第 七 表 の 通 り で あ る ︒ 村 名 は 省 略 し た ︒
同 年 七 月 に 民 部 省 は ︑ 郵 便 役 所 開 設 に 伴 い 東 海 道 筋 定 式 至 急 便 の 外 各 地 へ の 仕 立 之 方 法 並 で ︑ 東 京 横 浜 か ら 毎 日 朝 五 ツ
( 56 ) 半 時 出 発 し 三 時 半 限 別 便 が 発 行 に な り ︑ 定 式 郵 便 は 従 来 通 り で ︑ 別 便 の 分 は 郵 便 局 へ 書 状 を 持 参 す る 事 に し て い る ︒ ま た
( 57 ) 同 月 四 日 の 省 議 で 駅 逓 司 は ︑ 至 急 便 の 通 シ 飛 行 脚 夫 が 発 病 な ど の 際 は ︑ 途 中 の 駅 村 で 代 人 足 を 差 出 す 事 に し た い と ︑ 品 川 ︑
神 奈 川 両 県 へ 掛 合 っ て い る ︒
( 58 ) 同 年 八 月 に は ︑ 駅 逓 司 郵 便 役 所 は ﹁ 東 京 横 浜 往 復 書 状 差 込 便 賃 銭 表 ﹂ と し て ︑ 前 日 夕 七 ツ 時 か ら 当 臼 朝 四 ツ 時 迄 に 持 参
の 書 状 は 其 日 届 で 賃 銭 は 四 八 文 で あ り ︑ 金 子 入 書 状 は 従 前 の 割 合 で 賃 銭 を 払 う ︒ 当 日 朝 四 ツ 時 か ら 夕 七 ツ 時 迄 に 持 参 の 書
第6表 明治4年 各地仕立里程賃銭 表
第7表 明治4年 近傍村届状賃表
状 は 翌 日 届 で ︑ 賃 銭 は 四 八 文 ︑ 夜 行 で あ る か ら 金 子 入 書 状 は 差 立 て な い ︒ ま た 至 急 便 そ
の 他 の 規 則 は 従 来 通 り と し て い る ︒
( 59 ) 同 年 一 〇 月 に 山 室 亀 吉 ︑ 名 主 か ら 県 庁 に ︑ 総 年 寄 奥 印 で ﹁ 乍 恐 以 書 付 奉 願 上 候 ﹂ と し
て ︑ 当 時 郵 便 仮 御 役 所 で あ る 建 家 壱 カ 所 (間 口 四 ・ 五 間 × 奥 行 三 ・ 五 間 二 階 家 ) と 土 蔵 壱
カ 所 ( 二 × 二 ・ 五 ) は ︑ 四 月 か ら 郵 便 開 業 に な り 家 作 の 家 賃 月 金 三 〇 両 を 下 さ れ て い る が ︑
こ の 家 作 は 空 屋 で あ っ た も の で 多 額 の 家 賃 で は 郵 便 御 法 に 対 し 恐 れ 入 る の で ︑ 建 家 土 蔵
を 駅 逓 寮 に 献 納 し た い ︒ 地 所 は 従 来 通 り 拝 借 し た い と あ り ︑ 下 ケ 札 に は ﹁ 本 文 家 作 土 蔵
総 地 坪 弐 拾 五 坪 御 地 代 ︑ 壱 ケ 月 銀 四 拾 七 匁 五 分 ︑ 右 之 通 駅 逓 寮 ヨ リ 御 下 ケ 相 願 ︑ 私 方 ヨ
リ 上 納 仕 度 存 候 ﹂ と あ る ︒ 要 す る に 家 屋 は 献 納 す る が ︑ 地 所 は 山 室 が 拝 借 の 儘 と し ︑ 地
横浜 における飛脚屋 と郵便役所
105
代 を 駅 逓 寮 か ら 請 取 っ て 県 に 出 す と 願 っ て い る の で ︑ 県 は 駅 逓 寮 に 処 理 を 掛 合 っ て い る ︒
こ れ に 対 し 同 月 の 寮 議 で 神 奈 川 県 に 対 し て ︑ 奇 特 の 筋 と し て 家 賃 か ら す れ ば 終 身 帯 刀 御 免 一 時 金 五 〇 〇 両 程 を 下 す の が
( 60 ) よ い が ︑ 今 一 応 亀 吉 の 心 底 を 探 索 し ろ と し て い る ︒
( 61 ) し か し 同 月 二 二 日 省 議 は ﹁ 横 浜 表 郵 便 役 所 取 建 御 用 地 之 儀 二 付 伺 ﹂ と し て ︑ 商 家 を 借 受 け て 仮 役 所 と し て い る が 狭 い ︒
外 国 人 に 対 し 不 体 裁 で 困 る か ら ︑ 本 町 通 り 五 丁 目 明 地 を 郵 便 役 所 御 用 地 と し て ︑ 神 奈 川 県 に 駅 逓 寮 に 渡 す べ し と し て い る ︒
( 62 ) 一 一 月 省 議 は 神 奈 川 県 が そ の 旨 を 上 申 し た と あ る ︒
な お = 旦 ○ 日 省 議 は 穰 浜 郵 便 仮 役 所 掛 ケ 札 新 規 補 愚 L と し て ・ 欝 ら し く 長 さ 四 尺 幅 一 尺 両 面 共 黒 塗 板 で
勺 O ω 日 O 閃 閃 一〇 国 の 文 字 は 白 漆 の 壱 枚 を 横 文 掛 ケ 札 と し て 出 し た く ︑ 横 浜 の 業 者 が 代 金 二 両 一 分 余 で と 申 し 出 た と あ る ︒
( 64 ) さ て = 月 付 ﹁ 横 浜 郵 便 役 所 出 納 概 略 目 途 ﹂ は ︑ 先 ず 仕 立 便 金 子 持 込 賃 銭 は 別 廉 に 仕 上 げ ︑ 残 金 は 御 益 に す る 事 に し て
い る ︒ 次 に 収 支 の 概 略 目 途 の 内 容 は 第 八 表 の 通 り で あ る ︒ 年 間 金 三 五 〇 二 両 以 上 の 上 納 御 益 が で る 計 算 だ が ︑ 計 算 の 根 拠
は ︑ 前 述 の 横 浜 の 飛 脚 屋 七 軒 の 取 扱 書 状 発 着 一 日 千 通 と し て ︑ そ の 半 数 五 百 通 を 取 扱 う 事 と し ︑ ま た 飛 脚 屋 の 金 子 持 込 賃
一 年 合 計 三 七 四 五 両 余 の 半 数 を 取 扱 う 事 で あ り ︑ 並 状 の み で 黒 字 の 計 算 で あ る ︒
五 郵 便 役 所 と 鉄 道 開 業
明 治 五 年 五 月 七 日 に 品 川 ー 横 浜 間 で 鉄 道 が 仮 開 業 し 二 往 復 し た ︒ 同 月 九 日 に 六 往 復 と な る ︒ 六 月 五 日 に 神 奈 川 ︑ 川 崎 両
停 車 場 を 開 設 し ︑ 九 月 = 一 日 に 新 橋 ‑ 横 浜 間 開 通 式 挙 行 ︑ 同 一
係 が 生 ず る ︒ ( 65 ) 三 日 か ら 九 往 復 で 運 行 し た ︒ こ の 鉄 道 と 横 浜 郵 便 役 所 は 関
日並発 着書 状凡500通(但 並 通 二見込)
500通 ×200文 ×30日=1カ 月 銭3000貫 文(A) 1通 二付100文 ツ ツ引去積 ヲ以諸 入 費辻 二 至 ル
100文 ×500通 ×30日=1カ 月銭1500貫 文(B)
(替 金125両12貫 文替) 御 益可 相成 分此 内 ヨ リ切 手 摺立 御 入用 御 出方
引残替 金125両(A‑B)×12月=1力 年金1500両(C) 郵便 役 所諸 入 費1カ 月 分 引去 金125両(B)之 内
大 少令 史之 内1員 出張御 手 当 凡積 仮 役所 家賃
書 記役3人 金5両 ツツ当分 仮 定 配達 飛 行 人足2人 金7両 ツツ但抱 切
日並別 便東 京迄 飛行 人 足1日 銀15匁 ツツ 役 所 中筆墨 紙其 外諸 入 用凡 積 リ
両 分 朱
金18 ‑0‑O
so‐o‑‑0
15‑0‑0
14‑0‑0
7‑一一 一 一2‑一一 〇
15‑0‑0
〆 金99‑2‑0(D)
外二東京所轄ニテ横浜仕払
東京 ヨリ横浜へ飛行人足別便之分 横浜状増二付配達人東京へ1人 ヲ増
二 口(D+E)
差 引11両(B‑F)月 々 過 上x12月=132‑0‑0(G)
〆
7‑2‑Ol 7‑0‑0/
14‑2‑0{E) 114‑0‑0(F)
上納御益之分1ケ 年 定式
月々過上
1500‑0‑0(C) 132‑‑0‑‑oCG)
Pr
外二
仕立便金子持込賃但不定二付凡積 リ 東京持出之分
1870‑0‑0余 (空 白)
第8表 明治4年 横浜郵便役所出納概略 目途表
横浜 における飛脚屋 と郵便役所
XO7
( 66 ) 同 年 二 月 二 四 日 の 省 議 は ︑ 東 京 ‑ 横 浜 間 を 一 日 三 度 宛 の 郵 便 行 李 往 復 で ︑ 朝 九 時 ︑ 午 後 一 時 の 両 便 は 双 方 か ら 五 時 間 限
の 脚 夫 を 差 立 て ︑ 賃 金 は 一 人 一 度 金 二 分 宛 の た め 一 日 二 両 宛 か か る の で 改 正 し た い が ︑ 鉄 道 開 通 予 定 の た め 控 え て い た ︒
開 通 し て も 当 分 は 二 往 復 の た め ︑ 費 用 の 点 か ら 飛 馬 を 用 い た い ︒ 脚 夫 よ り 早 着 す る か ら 四 匹 の 乗 馬 並 馬 旦 ハ附 属 品 御 買 上 げ
を 伺 っ て い る ︒
同 年 五 旦 三 日 の 幾 で ・ 郵 便 飛 馬 四 匹 を 買 入 れ た が ・ 井 上 鉄 道 頭 か ら 申 入 れ も あ 倹 蒸 気 車 往 復 で 郵 便 嚢 往 復 す る 事
に な り ︑ 馬 は 不 用 と な っ た ︒ 二 匹 を 府 内 配 集 の 予 備 ︑ 二 匹 を 八 ッ 山 ス テ ー シ ョ ン ( 品 川 ) 迄 日 々 往 復 に し た い と 伺 っ て い
る ︒
( 68 ) こ れ よ り 先 き ︑ 同 年 二 月 二 五 日 の 寮 議 で は ︑ 同 日 付 で 井 上 鉄 道 頭 ︑ 前 島 駅 逓 頭 は ﹁ 東 京 横 浜 ノ 間 蒸 気 ノ 運 転 御 開 二 付 テ
ハ ︑ 両 地 郵 便 運 送 ノ 儀 ︑ 左 ノ 通 過 相 心 得 旨 (鉄 道 駅 逓 ) 寮 工 可 被 達 事 ﹂ と し て ︑ 七 力 条 を 示 し て い る が ︑ そ の 内 で 郵 便 行
嚢 運 送 費 は 一 度 一 〇 銭 宛 と 定 め ︑ そ の 合 計 額 を 翌 月 五 日 限 に 駅 逓 寮 か ら 鉄 道 寮 に 払 う 事 に し て い る ︒ こ の 金 額 に つ い て ﹁ 本
文 運 賃 ノ 儀 ハ 是 迄 蒸 気 船 ヲ 以 テ 運 漕 候 節 ︑ 銀 六 匁 宛 相 払 候 例 ヲ 以 テ 相 定 候 儀 二 有 之 候 ﹂ と あ り ︑ 蒸 気 船 で 運 ば れ た 事 が 前
例 で あ る ︒ こ の 事 か ら す れ ば ︑ 山 室 亀 吉 が 鹿 島 屋 と し て 旅 宿 ︑ 蒸 汽 飛 脚 船 待 合 所 を 営 み ︑ 自 宅 横 の 建 屋 が 郵 便 仮 御 役 所 で
あ る 事 は ︑ 郵 便 は 幾 分 か は 山 室 の 実 績 の 上 に 営 業 を 行 な い ︑ 山 室 は 算 盤 勘 定 の 上 で 建 屋 を 貸 し ︑ 献 納 願 を 出 し て い る の で
は あ る ま い か ︒
つ ぎ に 鉄 道 利 用 に 際 し て は 同 年 三 月 付 で ﹁ 御 布 告 案 ﹂ に ︑ 郵 便 以 外 の 書 状 の 蒸 気 車 運 送 を 禁 止 し て い る ︒ 送 状 添 書 の 類
は 別 段 で あ る ︒ 若 し 賃 銭 を 請 取 り 書 状 の 逓 送 を 業 と す る 者 ︑ つ ま り 飛 脚 屋 が 禁 を 犯 し た 時 に は ︑ 書 状 一 通 に つ き 金 一 円 宛
の 科 料 で あ る ︒ 但 し 郵 便 配 達 の 時 間 も 猶 予 し 難 い 急 状 を 別 仕 立 で 持 運 ぶ の は 別 段 と し て い る ︒ 同 時 に ﹁ 工 部 省 へ 御 達 案 ﹂
に も ︑ こ の 御 布 告 の 上 は ︑ 蒸 気 車 乗 組 の 者 も 私 に 賃 銭 を 請 取 り 書 状 運 送 し て は な ら な い と あ る ︒
( 69 ) 鉄 道 仮 開 業 以 前 の 同 年 三 月 八 日 付 ︑ 鉄 道 寮 回 答 書 に は 三 月 四 日 付 で 前 島 駅 逓 頭 に 宛 て 井 上 鉄 道 頭 は ︑ 八 ツ 山 下 か ら 試 運
へ