経 験 の 帰属 空 間 と形 容 詞 文 の 諸 問題(皿)
経 験 の帰 属 空 間 と形 容 詞 文 の諸 問題(皿)
山 岡 政 紀
(]Qよ り つ づ く)
14.形 容 詞 が 取 る意 味 格 につ い て
次 節,次 々節 にお い て,形 容 詞 文 の格 に 関連 す る こ とを考 察 す る ため,こ こで, そ の基 礎 と して 理 論 的枠 組 み を整 理 して お きた い 。
意 味 格(深 層 格)は,動 詞 を中核 とす る命 題 の 中で,動 詞 に対 す る名 詞 句 の意 味役 割 を記 述 した もの で あ る こ とは,格 文 法 で も今 日の 変 形 文 法 に お け る θ役 割 で も一・貫 して い るが,日 本 語 で は,形 容 詞 が述 語 とな り,動 詞 と同様 の分 布 を 占 め,命 題 の 中核 とな る こ とが で き る。 従 って,そ の よ うな命 題 の 中核 た る形 容 詞 に対 して 名詞 句 が 一 定 の意 味 役 割 を担 う こ とを認 め る こ とが で き,こ れ に よ って, 形 容 詞 の 意 味格 を想 定 す る こ とが 可 能 とな る。但 し,若 干 の問 題 点 が あ るが,こ
れ につ い て は本 節 の 最 後 に述 べ る。
形 容 詞 が 取 る意 味格 は[表2]の 主 に三 つ で あ る。[表3]に 格 表 示 を添 え た 例 文 を示 す 。 なお,見 やす さの た め に分 か ち 書 き して あ る。
[表2]形 容 詞 が 主 と して取 る意 味 格,及 び対 応 す る形 式 格
〈意 味格〉 略称 〈対 応 す る形式 格〉
経 験 者 格(Experiencer) Ex 二,ニ ト ッ テ,無 格
対 象 格(Objective) O ガ,無 格
目 標 格(G・al) G 二
{13}
[表3]各 種 の形容 詞文 にお ける意味格表示
形容詞文 の各 タイプ 類似 の動詞文
0 犬 が こ わ い 。
十 〇 十Adj 0 犬 が 歩 い て い る 。
十 〇 十v
O 太 郎 は 犬 が こ わ い ら し い 。
十Ex十 〇 十Adj ② 太 郎 に は 犬 が 飼 育で きる。
十Ex十 〇 十V
③ 太郎 は 子 どもに 優 しい。
十 〇 十G十Adj 0 太郎 が 子 ど もに 話 しか け る。
十Ag十G十V
若 干 の説 明 を加 え る。̲̲,.に,動 作 主格(Agentive:略 称Ag)は,そ の意 志 に よ って 動 詞 に よ って表 され る動 作 的概 念 を発 動 させ る もの で あ り,従 って,状 態 性 述 語 で あ る形 容 詞 は,0切 動 作 主格 を と らな い 。
第 二 に,形 容 詞 の ガ格 はすべ て対 象格(0)で あ る と考 え る。 本稿 の立 場 で は 対 象格 を取 る述 語 を動 作 的述 語 に限 定 しな い。 対 象 格 は最 も中立 的 な性格 を帯 び
た格 で あ る と考 え る。 形 容 詞 の対 象格 は主 題 化 され る こ とが 多 い。
第 三 に,経 験 主 体 を表 す 名 詞句 につ い て述 べ る。感 情 形 容 詞 の経1主 体 につ い て は,第5節 で考 察 した よ うに,純 然 た る主 題 表 示 で あ って,い わ ゆ る総 記 の ガ 以 外 に は格 助 詞 を伴 わ な い ため,形 式 格 は無 格 で あ る。 第10節 で 述 べ た よ う に, 公 共 性 が 付 与 され れ ば,経 験 主体 は表 現 され な い の で,必 須 成 分 とは言 えな い 。 そ して,そ の 意 味格 は,文 字 通 り経 験 者 格(Ex)で あ る。
属 性 形 容 詞 の場 合 に は,第9節 で 論 じた通 り,個 別化 の こ 格 に よ って表 され る が,こ れ は もち ろ ん,必 須格 で は な い((3s})。
{38}私 に は空 が 赤 い。
この こ格 は,い わ ゆ る与 格 主 語 構 文(動 詞 文② の よ うな可 能 構 文 な ど)に 表 れ る 経 験 者 格 と同 等 の もの と考 え る。 経 験 者 格 は,動 作 動 詞 の必 須 格 と な る こ とが な い 点 で対 象 格 と異 な り,意 志 性 を持 た な い 点 で 動作 主格 と も異 な る。
第 四 に,第9節 で一 度 言 及 した が,必 須格 と して こ格 を取 る形 容 詞 の 一 類 が あ る。[表3]の 形 容 詞 文 ③ の 「優 しい 」 な どは,二 格 名 詞 句 に対 して0種 の指 向 性 を持 って お り,動 詞 文 ③ の こ格 名 詞句 と同 じ意 味 格 を認 め る こ とが で きる。 こ こで は,そ れ を 目標 格(G)と して い るが,こ れ を相 手 格(Patient)と す る立 場 もあ る こ と を付 記 す る。
な お,他 に形 式 上,格 関係 を有 す る もの と して,[表4]の 例 文 中 の格 成 分 が (14)
経験の帰属空間と形容詞文の諸問題(皿) 挙 げ ら れ る 。 こ れ ら は す べ て 「基 準 設 定 」 の た め の 名 詞 句 で あ る 。
[表4]形 容 詞文 にお け る基準設定 の格成分
形式格 例文 格成分の意味
ヨ リ (a)次 郎 は 太 郎 よ り若 い 。 比 較 基 準
ト (b)色 が 見 本 と 同 じ だ 。 照 合 基 準
二 (c)彼 の 思 考 力 は ゼ ロ に 等 し い 。 照 合 基 準
(d)こ の 紐 は 帯 に は 短 い 。 適 合 基 準
(e)横 浜 は 東 京 に 近 い 。 距 離 基 準
カ ラ (f)甲 府 は 東 京 か ら遠 い 。 距 離 基 準
ニ シ テ (9)舞 の 海 は 力 士 に して は 小 さ い 。 範 囲 基 準
筆 者 は,前 稿 ③P.18で,形 容 詞 に 「対 基 準 性 」 とい う意 味特 性 が あ る こ とを 述 べ た が,こ こ に挙 げ た例 文 に お い て は,い ず れ も,形 容 詞 の通 常 の使 用 にお い て暗 黙 の う ち に設 定 さ れ る基 準 とは異 な る基 準 を設 け,そ れ を前 提 と した経 験 の 報 告 を行 って い る。 従 って,そ の基 準 を無視 して対 象 格 と形 容 詞 の 直接 の 意 味 関 係 を捉 え る こ とはで きな い。 例 え ば,(a)で 「次 郎 」 が80歳 で 「太 郎 」 が90歳 だ と す れ ば,「 太 郎 よ り」 とい う基 準 設 定 を無 視 して,直 接 に 「次郎 は若 い 」 とい う 命 題 的意 味構 造 を想 定 す る こ とは で きな い 。他 の例 もす べ て 同様 で あ る。(9)の範
囲 基 準 とい うの は,「 力 士 」 とい う範 囲 に 限定 す れ ば 「小 さ い」 うち に入 る とい う よ う な場 合 で,こ れ も一一般 人 よ りは大 きい の だ か ら,直 接 に 「舞 の海 は小 さい」
とい う命 題 的 意 味構 造 を想 定 す る こ と はで きな い。 これ らは,本 来,形 容 詞 の 意 味 の中 に内 包 され て い る はず の 「基準 」 が,特 殊 で あ るた め に分 化 して 言 語 化 し た もの と言 うべ きで あ る。 従 って,対 象 格((a)で は 「次 郎 」)は,基 準 を含 め た 形 容 詞(同 じ く 「太 郎 よ り若 い」)の 全 体 と意 味 関係 を有 す る わ けで あ る15)。先 に若 干 の 問 題 点 と した の は この こ とで あ る。 つ ま り,形 容 詞 は,各 名詞 句 との 意 味 関係 を個 別 に有 す る よ うな 求心 力 を持 って い な い の で は な い か,と い う疑 問 で あ る。 た だ,本 節 で は,こ れ以 降 の考 察 の 前提 と して,あ る種 の形 容 詞 文 にお い て 「経験 者格 」 と 「対 象 格 」 の二 つ の意 味格 を認 め て お く必 要 が あ り,形 容 詞 が
(15)
取 る意 味格 の記 述 を試 み た。
15.い わ ゆ る部 分 主 格 に つ い て
[表3]に 示 され て い な い種 類 の形 容 詞 文 と して,有 名 な(73)に代 表 され る よ う な種 類 の 二 重 主格 構 文 が あ る。
㈹ 象 は鼻 が 長 い 。
この種 の構 文 のユ ニ ー ク さ は,「 象 」 と 「鼻 」 とい う二つ の 名 詞 句 が 形 容 詞 「長 い」 に対 して有 す る意 味 格 が 共 に対 象 格 で あ って共 通 して い る こ とで あ る。
X73}'象 は 鼻 が 長 い。
十 〇 十 〇 十Adj
これ は,格 文 法 の創 始 者 フ ィル モ アが 述 べ た 「単 文 異 格 の 原 則 」,即 ち,一 つ の 単 文 中 に 同 じ意 味 格 が 二 度 表 れ る こ とは な い とい う原 則 に反 す る。 これ に対 す る
説 明 と して は,三 上 章 の ハ に よ る代 行 とい う説 明で 十 分 で あ る。つ ま り,本 来,
「長 い」 に対 して0つ の 格 成 分 を成 して い た 名詞 句 「象 の 鼻 」 の うち,「 象 」 だ け が 主 題 化 した こ とに よ って生 じた構 文 と考 え るの で あ る。
(74)象 の鼻 が 長 い 一1‑O+Ads
主 題 をあ くまで も表 層 構 造 上 の形 式 と認 め れ ば,意 味構 造 の上 で は0つ の格 し か ない こ と に な り,「 単 文 異 格 の原 則 」 に は反 しな い こ とに な る。 この 限 りに お い て,「 二 重 主 格 構 文 」 とい う呼称 に示 され る立場,つ ま り,あ く まで もこれ を 二 つ の ガ格 の うち の0つ が 主題 化 した と見 る立 場 よ り も整 合 性 が あ る と言 え る。
主 題 化 されず に残 った 方 の 名 詞 句 を,三 上(1953)で は 「部 分 主 格 」 と呼 ん だ。
言 う まで もない が,こ の呼 称 は,「 全 体一 部 分 」 の 関係 だ け で な く,所 有 関係 「太 郎 はメ ガ ネが大 きい」 や 属 性 「太 郎 は成 績 が い い」 な どを代 表 した もの で あ る。
㈲ の ガ格 名詞 句 「象 の鼻 」 の うち,「 象 」 だ けが 主 題 化 され た もの が(73)で,「象 の鼻 」 全 部 が 主 題化 され る と,㈲ とな る。
㈲ 象 の鼻 は長 い 。
これ らを図 に示 す とす れ ば,[図12]の よ うに な る 。
(16)
経験の帰属空間 と形容詞文の諸問題(皿) [図12]名 詞 句 の 一 部 の 主 題 化(73)と 全 体 の 主 題 化(75)
(73)象 は鼻 が 長 い
(74)象 の 鼻 が 長 い
(75)象 の 鼻 は 長 い
\
{73)では,「 象」 と 「鼻 」 が も と も と意 味 上 は0つ の名 詞 句 で あ っ た こ とを示 す た め に線 で結 び,部 分 の語 彙 の範 囲 を厳 密 にす るた め に文 字 囲 を付 した。
16.対 象 格 と い う用 語 に つ い て
感 情 形 容 詞 文 に あ ら わ れ る ガ 格 名 詞 句 は,こ れ ま で も一 般 に 「対 象 語 」 と呼 ば れ て い る16)。 しか し,そ れ は,第14節 で 述 べ た よ う な 意 味 格 と して で は な い 。 混 乱 を避 け る た め に も,こ こ で 文 法 論 史 上 の 用 語 の 整 理 を し て お き た い17)。
古 く は,湯 沢(1929)に 「感 情 ま た は能 力 の 対 象 」 とい う記 述 が 見 ら れ る が, そ の 後,時 枝(1941)で の 「対 象 語 格 」 とい う記 述 に よ っ て,こ の 用 語 は 一 般 的 に な っ た と言 っ て よ い 。 以 後,鈴 木(1972),芳 賀(1978)を は じ め と し て 「対 象 語 」 が 広 く用 い られ,寺 村(1982)で も 「対 象 を 表 す 名 詞 」 と さ れ る な ど,枚 挙 に 暇 が な い 。 な お,久 野(1973)の よ う に,「 目 的 格 」 と称 し て,動 詞 文 の ヲ 格 名 詞 句 と 区 別 し な い も の も少 な か ら ず あ る18)。
一 方 ,湯 沢 幸 吉 郎 は 時 枝(1941)以 前 に 既 に考 え を改 め て い る 。即 ち,湯 沢(1936) で は,「 金 が 百 両 ほ しい 」 の 「が 」 を 主 語 と して 扱 っ て い る 。 橋 本(1969)で も, 論 理 的 に は対 象 だ が,言 語 と して は主 語 で あ る と主 張 して い る。
こ れ ら に対 し,柴 谷(1978)で は,こ れ らの 論 考 の 用 語 は 意 味 範 疇 と統 語 範 疇 (17)
が 混 同 して い る こ とを指摘 して い るが,先 行 研 究 へ の批 判 と して は筆 者 も これ に 賛 成 す る。
結 局,こ れ らの対 立 す る両 説 と も,.い ず れ もガ格 名詞 句 とい う形 式 格 に対 す る 名 称 な の で あ る。 「対 象 語 」 説 は,ガ 格 とい う形 式 格 に対 して意 味 特 徴 に よる 限 定 をか け て,そ れ を呼称 の 由来 と した もの に過 ぎな い。
しか し,筆 者 は,こ こで用 い られ て い る 「対 象 」 とい う用 語 は,認 識 論 的 に言 う ところ の 「内 的 な感 情 が 向 け られ る外 的対 象 」に従 った もの で あ り,意 味格(深 層 格)の 名 称 と して こそ 適 切 で あ る と考 え,こ れ まで も他 の 論 考 に お い て,「 対 象 格 」 を,意 味 格 の一 つ で あ るObjectiveの 訳 語 と して用 い て きて い る。 形 式 格 (日本 語 で は格 助 詞 の形 態,及 び統 語 範 疇 と して の格)と して は,第5節 で 既 に 述 べ た よ うに,1項 述 語 の主 格 と言 うべ きで あ るユ6)。
本 稿 で は混 乱 を起 こす 懸 念 もあ った が,筆 者 にお け る一 貫 性 を重 視 して,敢 え て これ まで の 用 語 法 を踏 襲 して い る。従 って,本 稿 で は,属 性 形 容 詞 文,感 情 形 容 詞 文 を問 わず,そ こ に表 れ る ガ格 を主 格 と認 め,そ の意 味 格 を対 象 格 とす る。
改 め て 明記 す る な らば,先 行 研 究 にお け る用 語 法 を除 い て,本 稿 に お け る筆 者 の 論述 中 に用 い られ る 「対 象 格 」 はすべ て意 味格 で あ る。
17.感 覚 形 容 詞 文 と感 情 形 容 詞 文 との 意 味 ・構 文 上 の 違 い
は じめ に既 に考 察 した感 情 形 容 詞 文 につ いて 振 り返 って お きた い 。 まず例 文 を 再掲 す る。
¢の 水 が ほ しい。+[1]
㈹ 犬 が こわ い。 十[1]
この種 の構 文 は外 的対 象 を契機 とす る心 的態 度 を表 現 して い る こ とに な る。㈱ も (5a)も文 全 体 が私 性 を持 つ の で あ り,主 格 名 詞 句 で あ る 「水 」 も 「犬 」 も,私 性 を 持 つ 文 の命 題 を構 成 す る要 素 と して,内 的経 験 空 問 に帰 属 す る もの と考 え られ た
[図13]私 性 を持 つ感 情 形 容 詞 文 がガ格 名 詞 句 を取 る例(再 掲)
(27)水 が ほしい ([図4]) (50)犬 が こわ い ([図11])
1s)
経験の帰属空間と形容詞文の諸問題(皿) ([図13])。
さて,㈹ の よ うな一 般 に感 覚 形 容 詞 と呼 ばれ る語 彙 を述語 とす る文 と,上 に述 べ た感 情 形 容 詞 文 とは,意 味 的,構 二文 的 に,ど う違 うのか を検 証 し,さ か の ぼ っ て 両 者 の 語 彙 の 判 別 基 準 を考 察 した い 。
㈹ 痛 い。+[1]
㈹ は感 情 形 容 詞 と同様 で,内 的経 験 空 間 に お い て生 成 され る。
まず,意 味 的 には ど うか 。 この種 の形 容 詞 が要 求 す る対 象 格 に は,主 体 か ら分 離 して い な い とい う点 で 「外 的対 象 」 と は呼 びが た い 名詞 句 が 表 れ 得 る。 これ を 暫 定 的 に 「主体 部 分 」 と呼 ぶ こ とにす る。 これが0般 的 な判 別基 準 とされ て い る。
(7の 手 が痛 い。+[1]
「手 」 は人 間 の 肉体 の0部 で あ る。 この構 文 は,㈲ や{50)と違 って,第15節 で考 察 した 部 分 主 格 の性 質 を持 って い る もの と考 え られ た。 つ ま り,主 題 とガ格 名詞 句 の 関係 に 限 って言 えば,㈹ の 主題 を明 示 した㈹ に お け る そ れ と,属 性 形 容 詞 文 で あ る(7s}にお け るそ れ とが 同 じ とみ なす こ とが で き る。 そ うい う種 類 の構 文 が 感 覚 形 容 詞 文 だ とい う こ とに な る。 これ を図示 した の が[図14]で あ る。
㈹ 私 は手 が痛 い 。 (79)私 は手 が 大 きい。
[図14]感 覚 形 容 詞 文(78)と 属 性 形 容 詞 文(79)に 表 れ る部 分 主格
(78)私 は手 が痛 い(79)私 は手 が大 きい
(7s)の意 味 格 を 表 示 す る と,㈹'と な る。
(7s)'私 は 手 が 痛 い 。 +Ex+Ex+Adj
つ ま り,意 味 構 造 と し て は,一 つ の 名 詞 句(私 の 手)が 経 験 者 格 だ と い う こ と で あ る 。
で は,感 情 形 容 詞 文 との 構 文 上 の 違 い に つ い て は ど う か 。 ㈹ 「犬 が こ わ い 」 の よ う に 外 的 対 象 に公 共 性 を付 与 しや す い 場 合 に は,㈱ 「犬 は こ わ い 」 の よ う に, 対 象 を主 題 化 す る こ とが 可 能 で あ る こ と は,第10節 で 考 察 した 通 りで あ る 。0方,
(19)
(77)の対 象 で あ る 「主 体 部 分 」 を主 題 化 した(sa)は,非 文 とな る。
(sa)*手 は痛 い。
こ こで対 比 のハ と解 釈 した場 合 に は非 文 で は な くな るが,そ の場 合 も 「手 」 は公 共性 を もっ た もので は な く,「 私 の手 」 に 限定 され る。 これ は,「 痛 い」 が 意 味 的 に持 つ 内 部 指 向 的 性 質 が 肉体 の部 分 を表 す 名 詞句 と共起 す る こ とに よ って,否 応 な しに 「手 」 が 主 体 部 分 に 限定 され る こ とに よ る。
もっ と も,(27)「水 が ほ しい」 の よ う に,外 的対 象 に対 す る感 情 で あ りなが ら, そ の語 彙 的 意 味 が 持 つ 特 徴 に よ り,命 題 全 体 に公 共性 を付 与 しに くい もの もあ る が,感 覚形 容 詞 文 に お いて 主 体 部 分 に公 共性 が付 与 しに くい の と は別 の現 象 と考 え る。 つ ま り,[図14]㈹ で は対 象 格 「手 」 が,線 で 結 ばれ た全 体 一 部 分 関係 に よ って 内 的経 験 空 間(1)に 拘 束 され て お り,こ の 命 題 が 外 的 経 験 空 間(0)で 生 成 され る こ とを拒 否 す る。 この点 が,感 情 形 容 詞 文 との決 定 的 な違 い で あ る。
一 方,外 的対 象 を対 象格 とす る感 覚 形 容 詞 文 で は,そ の よ う な制約 が な くな り, 感 情 形 容 詞 との構 文 上 の違 い は な くな る。(s1)では,(77}「手 が 痛 い」 と意 味 的 に も 構 文 的 に も違 い が 見 出せ な い。
C81)注 射 が 痛 い 。+[1]
しか し,こ の例 文 の 「注 射 」 の よ うな外 的対 象 に対 す る痛 み に は公 共 性 が付 与 しや す く,⑳ 「犬 は こわ い」 型 構 文 が容 易 に成 立 す る。 つ ま り,(so)「手 は痛 い 」 は非文 だ った が,同 じ構 文 構 造 の(82}は非 文 で は ない ので あ る。
圃 注 射 は痛 い 。
{gl),{82)をそ れ ぞ れ 図 示 す る と,[図15]と な る。 この場 合,[図14]㈹ の よ うに, 対 象 格 が全 体 一 部 分 関係 に よ って 内 的経 験 空 間(1)に 拘 束 され て は い な い の で, 命 題 全 体 に公 共 性 が 付 与 され,「 痛 い」 を外 的 経 験 空 間で 生 成 す る こ とが 可 能 に な る((s2))。 両 者 の 関係 は,第10節 の[図11]で 示 した 通 り,「 こわ い」 にお け る
㈹ と㈱ の関係 と全 く同 じで あ る。
[図15]外 的対 象を対 象格 とする感覚形容詞 文
(81)注 射 が 痛 い (82)注 射 は大 きい
(20)
経験 の帰 属 空 間 と形 容 詞 文 の 諸 問 題(皿)
18.内 的経 験 と して の感 覚 にお け る外 的対 象 と内 的対 象 との意 味 的共 通性
前 節 で は,感 覚 形 容 詞 文 と感 情 形 容 詞 文 の構 文 上 の 違 い を もた らす の は,「 主 体 部 分 」 とい う対 象 格 の特 殊 性 に よ る こ とを検 証 した。 外 的対 象 で あ る 「注 射 」 に は公 共 性 を付 与 す る こ とが で きるの に対 し,主 体 部 分 で あ る 「手 」 に は公 共 性 を付 与 す る こ とが で き ない とい う違 い の 帰 結 で あ る。 しか し,同 時 に,そ の考 察 の 中で,㈲ と(sl)とは意 味 的 に も,構 文 的 に も違 いが な い と も述 べ た 。
(77)手 が 痛 い 。+[1]
㈱ 注 射 が痛 い 。+[1]
つ ま り,構 文 構 造 が 問題 とな る命 題 レベ ルで は,名 詞 句 そ の もの の潜 在 的 な性 質 の 違 い に よ って,ど の よ う な発 話 の素 材 とな る かが 異 な って くるが,既 に内 的経 験 空 間 で生 成 され た発 話 の レベ ルで この両 者 を見 比 べ た場 合 に は,む しろ全 く同 じ構 文 な の で あ る。 さ ら に一 歩 進 ん で,「 意 味 的 に も」 違 い が な い とい うの は, 言 い過 ぎの よ う に思 わ れ るか も しれ な いが,こ れ を認 識 論 的 な議論 の狙 上 に乗 せ る な らば,実 に興 味深 い こ とに思 い 至 る。
例 え ば,通 常 人 間 が外 的 対 象 と呼 ば れ る もの を知 覚 す る際 に は,知 覚 の主 体 で あ る 自己 自身 の存 在 は忘 れ られ て い る のが 普 通 で あ る。「あ,雨 だ!」 とい う場 合, 話 者 の 関心 は専 ら対 象 の 方 に向 け られ て お り,外 的対 象 と して の 「雨 」 に言 及 す
るの み で あ る。 そ れ が 室 内 か ら窓 の外 を眺 め て い て,つ ま り視 覚 に よ って知 覚 さ れ た の か,雨 音 が 聴覚 に よ って 知 覚 され た の か,そ れ と も,戸 外 で 冷 た い しず く が 皮 膚 に よ って触 覚 と して 知 覚 され た の か,そ の い ず れ で あ るの か に普 通我 々 は 言 及 しな い し,仮 に言 及 し よ う と して も,単 一 構 造 の命 題 の 中 にそ れ を含 め て述 べ る こ と は少 な く と も 日本 語 で は で きな い。 「雨 が 見 え る」,「雨 を感 じる」 等 と 言 う とす れ ば,そ れ は全 く異 な る表 現 意 図 を持 った もの と言 わ ざ る を得 な い 。
確 か に,こ れ まで も,自 己 実 在 は ア ・プ リオ リな 実在 なの で は な く,外 的対 象 とい う他 者 存 在 の知 覚 に お い て の み 自己 が存 在 す る,と の 主張 は あ った。しか し,
㈹ が何 らか の 肉 体 の外 側 の外 的対 象 を知 覚 した こ とに よ って 生 じた もの だ とい う 保 証 は ない 。神 経 痛 や リ ュー マ チ の よ う に 「手 」 そ れ 自体 の 痛 み に よ って㈲ を発 話 す る に至 る こ と も何 ら不 思 議 で は な い 。 この場 合,心 的 経 験 の主 体 で あ る話 し 手 に と って の 認 知 の あ り方 と して は,「 手 」 は対 象 化 され て い る と考 え るべ きで あ る。 要 す る に,知 覚 は 「注 射 針 に よ って痛 い」 の か,単 に 「内 的 にの み痛 い」
の か,そ の痛 み そ の もの を区別 しな い と言 って よい 。 (21}
こ の よ うな立 場 か らは,こ れ まで の ・「主 体 部 分 」 とい う呼 称 に対 して 問 題提 起 せ ざ る を得 な い。 つ ま り,認 識 論 的 に は,主 体 部 分 は対 象 化 され て い るの で あ っ て,経 験 主 体 か らは質 的 に隔絶 して い る。 た また ま,経 験 主 体 を肉体 に置 き換 え た時 に 「全 体一 部 分 」 の 関係 とな る に過 ぎな い。 言 い換 え れ ば,(7s}「 私 は手 が 痛 い 」 とい う時 の 「私 」 は経 験 主体 と して の私 で あ って,手 や頭 や 首 や腹 や足 な ど の 肉体 の集 合 体 と して の 「私 」 で は な い ので あ る 。 この 点 にお い て,(79)「 私 は手 が 大 きい」とは決 定 的 に異 な って い る。以 上 の議 論 を踏 まえ る な らば,「主 体 部 分 」
は む しろ 「内 的対 象 」 と呼 ぶ の が ふ さわ しい と考 え る。
この種 の感 覚 形 容 詞,即 ち,肉 体 の 部 分 を対 象 化 で きる形 容詞 の 語 彙 は 限 られ て い て,「 か ゆ い,く す ぐっ た い,だ る い,苦 しい」 や 関 西 方 言 の 「しん どい,
え らい,こ そ ば い」 な ど,少 数 で あ る。 本 来,正 常 な 人 間 の 日常 活動 にお い て は 肉体 の部 分 を対 象 化 す る必 要 は な い よ う にで きて い る。(83)を例 に とって考 え た い。
(83)胃 が痛 い 。+[1]
胃は摂 取 され た食 物(外 的 対 象)を 知 覚 して そ れ に応 じて 胃液 を分 泌 す るが,本 来 この こ とは人 間 の 自我 意 識 に は上 らな い 。 胃が 意 識 に上 る の は もっぱ ら 胃 自身
の不 調 に よ る不 快 感 が発 生 した場 合 で,い わ ば異 常事 態 で あ る。 そ の た め,こ れ らの 語彙 は不 快 感 を表 現 す る ものが 多 く,そ の不 快 感 は異 常 事 態 で あ るが 故 に, そ の経 験 と して の不 快 さの質 の多 様 さ よ り も,不 快 感 そ の もの の方 が 人 間 に とっ て は重要 で あ り,多 様 な知 覚 が 不 快 感 とい う尺 度 で 統 合 され て い くた め,語 彙 が 限 られ て くる と考 え られ る。
通常 は感 情 形 容 詞 で あ る語 彙 も,肉 体 の 部 分 で 局 所 的 に そ の よ う な感 情 が 感 じ られ る よ うな場 合 に は,感 覚 形 容 詞 の構 文 で 表 す こ と も可 能 で あ る。
(84)口 が さび しい。
理 由 もな く飴 が な め た くな った りす る時 の感 覚 と して,し ば しば用 い られ る表 現 で あ る。 また,「 熱 い,冷 た い」 は一 見 す る と属 性 形 容 詞 の よ うだが,「 こわ い」
と同様,内 的 経 験 空 間 にお い て も外 的 経験 空 間 に お い て も生 成 され る。そ の場 合, 内 的経 験 空 間 で の構 文 は 「痛 い 」 型 の構 文 を構 成 す る。
(s5}熱 い。 十[1]
(ss)耳 た ぶ が 熱 い 。+[1]
従 って,「 熱 い 」 と感 じ る と きの,外 的対 象 につ い て も,そ れが 肉体 外 の 物 質 で あ るの か,肉 体 の 器 官 で あ る の か につ い て,言 語 的 に区 別 しな い の で あ り,つ ま り,認 知 と して 区 別 す る必然 性 を持 た な い。肉体 の器 官 を対 象 化 で きる となれ ば, 主体 そ の もの は無 限 に後 退 して い く。脳 以 外 は対 象 化 で きるが,脳 は主体 で あ る,
{22)
経験の帰属空間と形容詞文の諸問題(皿) な ど とい う論 理 は成 り立 た ない 。事 実,「 頭 が熱 い 」 と言 う こ と もで きる 。
ま さに,我 々 に と って我 々 の 肉体 自身 はす べ て対 象 化 で きる もの で あ り,我 々 を我 々 た ら しめ る主 体 そ の もの た る 「私 」 は,物 質 的 な存 在 で は ない,と い うこ とが こ の構 文 か らも証 明 で きる。
な お,川 端(1986)に は,外 的対 象 と内的対 象 の両 方 を一 文 中 に言 語化 した例 文 が 三 つ 挙 げ られ て い る。 そ の うちの0つ を次 に示 す 。
㈱ か らた ち の棘 が 掌 に痛 い 。
こ こで は 内 的対 象 が 二格 で 表 れ て い るが,日 常 的表 現 とい うよ りは,い くらか 修 辞 的表 現 とい う印 象 が 強 い 。この場 合 の 二格 は個 別化 の こ格 と同種 と見 るべ きで, 経 験 者 格 で あ る内 的対 象 が 二格 を取 る貴 重 な例 とい う こ と に な る。
19.内 的対 象 を も と も と含 意 して い る感 覚 形 容 詞
第8節 で 考 察 した(35)と同 様,(g$),働 は 一 般 に 属 性 形 容 詞 文 と考 え られ て い る 。 (35)空 は 青 い 。
(S8}太 陽 は ま ぶ しい 。
㈱ 工 事 の 音 は う る さ い 。
しか し,こ れ らが 無 主 題 の 現 象 文 の 形 を 取 っ た もの を見 比 べ て み た い 。 (36}空 が 青 い 。
⑲⑦ 太 陽 が ま ぶ しい 。 (91)工 事 の 音 が う る さ い 。
(3s)は依 然 と して 属 性 形 容 詞 文 だ が,⑲ ①や ⑳ で は,「 太 陽 」,「 工 事 の 音 」 と い う 外 的 対 象 に対 す る 内 的 な 知 覚(そ れ ぞ れ 視 覚,聴 覚)が 表 現 さ れ て い る よ う に 感 じ
ら れ る 。 こ れ は,そ れ ぞ れ 視 覚,聴 覚 と い う外 的 対 象 へ の 公 共 性 を持 っ た 知 覚 だ け で な く,目,耳 と い う肉 体 の 器 官 の 「痛 み 」 と い う,私 的 な 心 的 表 象 を伴 うか らで あ る。 そ の た め,こ れ ら と,働,(g3}は 似 た よ う な 状 況 で,似 た よ う な効 果 を 意 図 して 用 い られ て い る とみ る こ とが で き る 。
(92)目 が 痛 い 。+[1]
(93)耳 が 痛 い 。+[1]
こ の 考 え で は,(gg),(gs)を,内 的 経 験 空 間 で 生 成 さ れ た も の と解 釈 す る こ と に な り,図,鯛 と な る 。 つ ま り,「 私 は」 を補 っ た も の が 意 味 的 に 等 価 で あ る と見 な し得 る 。
(94}太 陽 が ま ぶ しい 。+[1]
(95)工 事 の 音 は う る さ い 。+[II
{23)
こ の よ うな解 釈 が 一 般 的 な らば,「まぶ しい,う る さい」は第10節 で 考 察 した 「こ わ い」 の よ うに,外 的経 験 空 間 で も生成 され得 る感 情 形 容 詞 とい うこ とに な る。
しか しなが ら,構 文 的 に は肉体 の 部 分 を対 象 化 す る こ とが で きない((96),(97)) た め,語 彙 的意 味 と して は感 覚 を表 して は い るが,肉 体 の部 分 を対 象化 しな い。
㈹*目 が まぶ しい 。 働*耳 が う る さい 。
む しろ,(9s),egg)の よ うな表現 とな る。
㈱ 太 陽 が 目に まぶ しい 。 醐 工 事 の音 が 耳 に うる さ い。
この場 合 は,{87}「 か らた ちの棘 が 掌 に痛 い」 と同 じ構 文 とな り,一 種 の感 覚 形 容 詞 に分 類 され る こ とにな る。 た だ,こ れ らの文 で経 験 主 体 を言 語化 す る場 合 に,
「私 は」 で あ るか,「 私 に は」 で あ るか 微 妙 で あ る。 そ れ に よ って,こ れ らの文 が 内 的経 験 空 間 で生 成 され る のか,外 的 経 験 空 間 で生 成 され るの か,解 釈 が 違 って くる。 この点 に関 して は,別 な範 疇 を設 け て 区 別 した ほ うが い いか ど うか を含 め て,現 段 階 で は十分 な調 査 が 行 わ れ て い な い の で,保 留 とす る。
いず れ にせ よ,西 尾(1972)の 指 摘 通 り,こ れ らは内 的対 象 とな る肉体 の部 分 が 意 味 と して も と も と形 容 詞 に含 まれ て い るた め に,通 常 は言 語 化 され な い と言 え る。 そ して,外 的対 象 だ けが 言 語 表 現 と して残 るた め に,公 共 性 が 強 く感 じ ら れ,属 性 形 容 詞 的 な性 質 が 強 くな る の で あ る。
そ して,こ の よ うな文 で,内 的対 象 を言 語 化 す る際 に は,個 別 化 の こ格 と同様 の こ格 が用 い られ,そ の よ うに含 意 され て い る もの を わ ざ わ ざ言 語 化 す る とい う 一 種 の 強調 が0定 の修 辞 的 な効 果 を もた らす と も言 え る。
この種 の語 彙 と して,「 ま ば ゆ い,や か ま しい,暑 い,寒 い,涼 しい」,関 西 方 言 の 「ぬ くい」 な どが あ る。
20.感 覚 動 詞 文 と知 覚 動 詞 文 に つ い て19)
第13節 で は 感 情 動 詞 文 につ い て 述 べ た が,感 覚 形 容 詞 と い う 範 疇 を認 め た が, 動 詞 に つ い て も,肉 体 の 部 分 を対 象 化 で き る 感 覚 動 詞 と い う分 類 を設 け る こ とが
で き る 。{loo}一一一(io4)は感 覚 動 詞 文 の 例 で あ る 。 (loo)胃 が 痛 む 。 十[1]
{loi)歯 が うず く。+[1]
(io2}や け ど の あ とが ヒ リ ヒ リす る 。+[1]
(103}神 経 痛 で ひ ざ が ズ キ ズ キ す る 。+[1]
(24)
経験の帰属空間と形容詞文の諸問題(皿) (104目 が チ ク チ クす る。+[1]
これ らは,い ず れ も 「私 は」 を補 う こ とが で きるの で,内 的 経 験 空 間 で生 成 さ れ て い る と認 め られ る。+[1]は そ れ を表 して い る。 これ ら は感 覚 形 容 詞 文 と 多 くの 特 徴 を共 有 して い る。 しか し,感 覚 形 容詞 が 外 的対 象 を対 象格 と して 取 り 得 るの に対 し,感 覚 動 詞 は,内 的対 象(肉 体 の部 分)し か対 象 格 と して取 り得 な
いo
(105}*注射 が痛 む。
⑯*注 射 は痛 む。
(ion}注 射 の あ とが痛 む。+[1]
前 節 で 考 察 した 「まぶ しい,う る さい」 の よ う に内 的対 象 を含 意 す る わ けで は な いが,構 文 は そ れ らに似 て,内 的対 象 を 二格 で 表 す 感 覚 動 詞 もあ る。
(cos}氷 が 歯 に しみ る。
た だ し,「 私 は」 を言 語 化 で きる か ど うか は,や は り微 妙 な の で,厳 密 な 分 類 に 関 して は,こ れ も保 留 す る。
一 方,構 文 的 に感 覚 動 詞 とは異 な る振 る舞 い を見 せ る一 類 の動 詞 が あ る。聴 覚, 視 覚,嗅 覚 とい った知 覚 を表 す動 詞 で あ る。 そ れ を述 語 とす る文 を以 下 に示 す 。 第13節 の再 掲 とな る例 文 を含 む。
(s7)妙 な音 が 聞 こ え る。
{68)遠 くに山 が 見 え る。
(io9}腐 った 野 菜 が に お う。
これ らの例 文 で は,動 詞 の語 彙 的意 味 に は主観 性 は認 め られ る もの の,ガ 格 に表 れ る対 象 格 が外 的対 象 で あ り,そ の知 覚 に関 して は公 共性 が 強 く認 め られ る。従 って,属 性 形 容詞 と同様,外 的 経 験 空 間 で生 成 され る。 そ の結 果,「 思 う,困 る」
な どの感 情 動 詞 と違 って,経 験主 体 を言 語 化 す る場 合,属 性 形 容 詞 と同様 に個 別 化 の 二格 を用 い る必 要 が あ った。
㈹ 私 に は妙 な音 が 聞 こえ る。
この場 合,「 私 は」 を補 う と,主 観 的 な知 覚 の表 出 の 文 で は な く,人 物 の属 性(潜 在 的 な能 力)を 表 す 文 とな る ㈹)。 いず れ も外 的経 験 空 間 で 生 成 され る。
(llO)私 は妙 な音 が 聞 こえ る。
(25)
[図16]外 的 経 験 空 間で生 成 され る知 覚 動 詞 「聞こえる」
(70)私 には妙 な音 が 聞 こえる (110)私 は妙 な音 が 聞 こえる
ま た,「 に お う」 は 「見 え る,聞 こ え る 」 の よ う に潜 在 的 能 力 を 表 さ な い た め,
「私 は 」 を補 う と非 文 と な る(⑳)。
⑳*私 は腐 っ た 野 菜 が に お う。
結 局,(s7},㈹,(109)の い ず れ に お い て も+[1]を 添 え る こ と は で き な い ・
以 上 の よ う に,こ の 種 の 知 覚 を表 す 動 詞 は,感 情 動 詞 と も感 覚 動 詞 と も異 な る 構 文 特 徴 を 有 し,形 容 詞 分 類 に お け る 属 性 形 容 詞 に属 す る の だ が,一 方 で,感 情 動 詞,感 覚 動 詞 に 特 有 の 特 徴 を共 有 して もい る 。 例 え ば,テ ン ス ・ア ス ペ ク トに
関 して,非 過 去 形 の 言 い 切 りが 未 来 で は な く現 在 を 表 し,か つ,テ イ ル を 下 接 す る こ と もで き る点 で あ る 。 こ の 種 の 動 詞 を 知 覚 動 詞 と呼 ぶ こ と に す る 。
知 覚 動 詞 に属 す る もの と して は,「 音 が す る,味 が す る,臭 い が す る」 や,擬 態 語 の サ 変 動 詞 「ザ ラ ザ ラ す る,ベ トベ トす る,ヌ ル ヌ ル す る 」 な どが あ る。
(71)妙 な音 が す る 。
(112}床 の 表 面 が ヌ ル ヌ ル す る。
こ れ ら の 例 か ら,知 覚 動 詞 が 表 す の は,先 に 挙 げ た 聴 覚,視 覚,嗅 覚 に,味 覚, 触 覚 も加 え て,五 種 の 知 覚 の 全 般 に 渡 る 。 こ れ ら は さ ら に,「 聞 こ え る」 や 「見
え る 」の よ う に 二 格 を用 い て 経 験 主 体 を表 現 で き る も の と,二 格 を用 い て も な お, 経 験 主 体 を表 現 で き な い も の(㈱,σ 瑚 と に分 類 で き る 。
(72}*私 に は 妙 な音 が す る 。
(113)*私に は 床 の 表 面 が ヌ ル ヌ ル す る 。
敢 え て 下 位 分 類 を 設 け る な ら ば,前 者 を知 覚 行 為 動 詞,後 者 を 知 覚 現 象 動 詞 と で も 名 付 け る の が よ い と考 え る20)が,本 稿 は 分 類 そ の も の が 目 的 で は な い の で, 両 者 の 差 異 を重 視 せ ず,こ れ 以 降 は 一 括 して 知 覚 動 詞 と して 扱 う。
感 覚 動 詞 と知 覚 動 詞 の 構 文 的 な 違 い は,[図17]の よ う に 歴 然 と して い る 。
{26)
経 験 の 帰 属 空 間 と形 容 詞 文 の諸 問 題(皿) [図17]感 覚 動 詞 文(100)と 知 覚 動 詞 文(71)
(100)胃 が 痛 む(71)妙 な音 が す る
つ ま り,感 覚 動 詞 で は,当 該 の感 覚 は発 話 者 自身 の 内側 で 生 じた もので あ り, 知 覚 動 詞 で は,当 該 の 知覚 は発 話 者 の外 側 に生 じた現 象 に対 す る知 覚 で あ る(つ
ま り,公 共 性 が 高 い)。 そ して,両 者 の違 いが 構 文 上 の違 い に反 映 して い る わ け で あ る。
感 覚 動 詞 と して も知 覚動 詞 と して も用 い られ る特 殊 な動 詞 と して 「チ クチ クす る」 が 挙 げ られ る。(ll4)は鯛 「目が チ クチ クす る」 と同類 の構 文 で あ り,感 覚 動 詞 で あ る。一 方,⑬ は外 的対 象 に対 す る触 覚 の表 現 で あ り,知 覚 動 詞 で あ る([図18])。
圃 足 の裏 が チ クチ クす る。+[1]
飼 靴底 が チ ク チ クす る。
[図18]感 覚 動 詞 文(114)と も知 覚 動 詞 文(115)と もなる動 詞 「チ クチ クす る」
(114)足 の裏 がチ クチ クす る(115)靴 底 がチ クチクす る
圃 は,⑯ の よ う に第 一 人称 の経 験 主 体 を表 現 で きるが,㈱ で は(ii7)が非 文 とな り, (118}のよ う に個 別化 の こ が 必 要 とな る。
⑯ 私 は足 の裏 が チ クチ クす る。
㈱*私 は靴底 が チ ク チ クす る 。 (iis}私 に は靴 底 が チ クチ クす る。
この 点 に 関 して は,知 覚 動 詞 文 は形 容 詞 文 の 分 類 にお け る属 性 形 容 詞 文 に対 応 す る構 文 的 特 徴 を有 して い る と言 え る。
また,感 覚 動 詞 と知 覚 動 詞 は この 「チ クチ クす る」 な どの若 干 の例 外 を除 き, {27)
異 な る語 彙 を有 して い る。 しか しな が ら,そ の 意 味 素 性 は実 は共 通 して い るの で は ない か とい う こ とが,そ の例 外 で あ る 「チ クチ クす る」 か ら図 らず もうか が え る。 つ ま り,対 象格 が 主 体 部 分=内 的対 象 な らば感 覚 動 詞,外 的対 象 な らば知 覚 動 詞,と い うよ うに,対 象 格 の帰 属 空 間 が そ の まま 当該 動 詞 文 の生 成 空 間 と な る
とい う こ とで あ る。
21.内 的経 験 の 直 接 表 出 にお け る 日英 対 照
英 語 で は,痛 み に 関 す る命 題 記 述 的 な 表 現 ㈲ と,痛 み の 直 接 的 な 表 出(i2a)とは, 全 く異 な る 表 現 形 態 を 取 る 。
(119)Ihaveapain.(私 は 痛 み を感 じ る。) (120}oh!(お お っ!)
ヴ ィ トゲ ン シ ュ タ イ ンが 用 い た こ れ らの 英 語 の 表 現21)と 違 っ て,日 本 語 で は,記 述 的 で あ りな が らか つ,心 的 状 態 の 直 接 的 表 出 で あ る こ とが 可 能 で あ る 。 日本 語 話 者 は 痛 み を感 じた 時 に脚 の よ う に 叫 ぶ こ とが 多 い が,こ の 表 現 に は形 容 詞 が 用 い られ,記 述 的 な㈹ と本 質 的 に 同 じ構 造 を して い る 。 こ の こ と も,日 本 語 に お い て 内 的 経 験 空 間 が 仮 定 さ れ るべ き こ と を 理 論 的 に保 証 す る もの で あ る 。
(i21)イ テ ッ!
㈹ 痛 い 。+[1]
命 題 構 造 を 備 え て い る こ と に よ り,さ ら に 記 述 を累 加 して い け る こ と は 日本 語 も 英 語 も 同 じで あ るが,日 本 語 の 場 合 は こ れ ら の 記 述 が 直 接 的 表 出 の 上 に 成 り立 っ て い る と言 っ て も よ い と こ ろ に 注 目す べ き点 が あ る 。
(122)Ihaveanacutethrobbingpaininmylefteye.
(私 は左 目 に激 しい 刺 す よ う な 痛 み を感 じ る。) {123左 目が 激 し く刺 す よ う に 痛 い 。+[1]
(122}は{119の命 題 の 上 に 累 加 的 に詳 し く記 述 さ れ た もの で あ っ て,(」20}の直 接 的 表 出 と は 無 関 係 で あ る 。そ れ に対 して ㈱ は,㈹ に 累 加 的 に 記 述 さ れ た 命 題 で あ り,故 に, 日本 語 の 直 接 的 表 出 で あ る(121も,一 種 の 命 題 構 造 を備 え て い る と い う こ とが で き る。
さ ら に,英 語 で は や け ど の 痛 み は(i20)と区 別 さ れ ず に 表 出 さ れ る が,日 本 語 で は 区 別 さ れ て124}のよ う に 表 出 され る 。
02ゆ ア チ ッ!
こ の 表 出 の も と と な っ て い る の は,第18節 で 述 べ た(s5)の構 文 で あ る。
X85)熱 い 。+[1]
(28)
経験の帰属空間と形容詞文の諸問題(皿) {gs}はそ れ を記 述 的 な 表 現 と した もの で あ り,さ ら に㈱ の よ う に 詳 し くす る こ と も
で き る 。
{gs}耳 た ぶ が 熱 い 。+[1]
㈱ 耳 た ぶ が 激 し く燃 え る よ う に熱 い 。+巨]
そ もそ も,痛 み の 直 接 的 な 表 出 で あ り な が ら,{121}と(124を区 別 して 用 い る とい う こ とが 非 常 に 特 徴 的 で あ る。 英 語 で の{120}はた だ の う な りに しか 過 ぎな い の に,こ れ ら は 両 者 と も既 に 記 述 的 な 言 語 行 動 と して 位 置 づ け ら れ う る性 格 を持 っ て い る の で あ る 。 日本 語 に お い て 内 的 経 験 空 間 を仮 定 す る こ と は ま こ と に必 然 的 と言 え る 。
22.結 語
本 稿 で 考 察 した こ と を こ こに整 理 した い22)。
まず,形 容 詞 文 をお しなべ て経 験 を表 出す る た め の表 現 形 態 と認 め,そ の 経験 が話 者 の 内側 に帰 属 す る もの と して表 出 され る場 合 と,話 者 の外 側 に帰 属 す る も の と して 表 出 され る場 合 の二 通 りが あ る と考 え た。 こ こで,メ ン タル ・ス ペ ース 理論 の 一 つ の応 用 で あ り,筆 者 が 情報 帰 属 理 論 と呼 ぶ 方 法 論 を用 い,想 定 され た 認 知 の様 態 に お け る,話 者 の 内側 を内 的 経 験 空 間(1),同 じ く外 側 を外 的経 験
空 間(0)と して 区別 した 。
この よ うに帰属 空 間 を区別 す る こ との 意 義 は,第 一 に,感 情 形 容 詞 文 と属 性 形 容 詞 文 の構 文 的特 徴 の違 い を明快 に記 述 す る こ とが で きる点 にあ った 。例 え ば, 感 情 形 容 詞 文 で 主 語 が 第三 人称 の 名詞 句 の場 合,陳 述 緩 和 的 モ ダ リテ ィ表 現 が 必 要 とな るが,そ れ は本 来 内 的経 験 空 間 で 生 成 され る感 情 形 容 詞 文 を,臨 時 に外 的 経 験 空 間 で 生 成 す る た め に必 要 とな る写 像 の 関数 で あ る とみ なす こ とが で きた。
情 報 帰 属 理 論 は,主 題 論 に も一 石 を投 じて い る。 助 詞 ハ に よ って 導入 され た名 詞句 は0種 の話 題 の場 の よ うな もの を設 定 す るが,情 報 帰 属 理 論 で は,そ れ を外 的経 験 空 間 の 中 に設 け られ る一 種 の小 空 間 と して扱 い,主 題 空 間(T)と 呼 ぶ の で あ る。 日本 語 で は,第0人 称 の 名詞 句 も助 詞 ハ を用 い て主 題 化 す る こ とが で き る わ け だが,こ の こ と は,内 的経 験 空 間が 言 語 形 式 と して は,主 題 空 間 と区 別 す る必 要 が な い こ とを意 味 す る(本 稿 は一 種 の 意 味 論 研 究 な の で 区 別 して い る)。
こ こに,人 称 とい う認 識 論 的 な 意 味 範 躊 と主 題 とい う言 語 形 式 との不 思 議 な連 続 性 が 見 て 取 れ る。 情 報 帰 属 理論 は この不 思 議 な連 続 性 を記 述 す る一 つ の 方 略 な の
で あ る。
日本 語 に お け る主 題 を,命 題 の 背 後 に あ る別 な る カ テ ゴ リー と位 置 づ け,こ れ {29)
まで の命 題 とモ ダ リテ ィの二 分 法 を批 判 し,主 題 と命 題 とモ ダ リテ ィの三 分 法 を 提 唱 した。 この場 合,主 題 とは,言 語 を生 成 す る心 的 空 間 の領 域 を限定 す る こ と とな る。話 し手 に よ って 文 が 発 話 され れ ば,そ の文 の 主 題 は,聞 き手 の 主観 空 間 に も,同 様 の領 域 限 定 を行 う。 この 時,言 語 形 式 と して 提 題 され な く と も,場 面 や文 脈 や話 者 間 の 了解 事 項 な どに よ って も主題 空 間 は成 立 す る。 従 って,こ こで の主 題 は もはや意 味 論 上 の概 念 とい って よい 。筆 者 の これ まで の論 考 の うち,山 岡(1987),山 岡(1988a)で 述 べ て きた の は この こ とで あ っ た。
助 詞 ハ とガ につ い て も,空 間 の表 示 と位 置 づ け るか,空 間 内 の命 題 の要 素 と位 置 づ け るか に よ って,主 題 と対 比,ま た総 記 と主格 とい う,構 文 上 の異 な る用 法 を説 明 す る こ とが で きた。 また さ らに,主 題 空 間 内,あ る い は,内 的 経験 空 間 内 に,命 題 の 一 部 と して設 け られ た小 空 問 を対 比 空 間(C)と した が,そ の いず れ の場 合 も,助 詞 ハ を用 い なが ら主 題 導 入 で は な い,対 比 に お け る構 文特 徴 が 共 通
して 見 られ,言 語 事 実 と合 致 した 。
モ ダ リテ ィに 関 して は,動 詞+接 辞 タイ の構 文 につ い て,タ イ をモ ダ リテ ィ形 式 とす る ので は な く,構 文 全 体 を感情 形 容 詞 文 と して扱 うべ きこ とを主 張 した。
そ れ に よ って従 来 の形 式 偏 重 の モ ダ リテ ィ論 を批 判 し,主 題 と同様,モ ダ リテ ィ を も意 味 論 上 の概 念 と して扱 お う と して い る。 この こ とは,筆 者 の これ まで の論 考,す な わ ち 山 岡(1988b),山 岡(1989)で 述 べ て きた こ と と一 貫 して い る。
次 に,形 容 詞 文 の構 文 に付 与 され る個 別 性 ・公 共 性 とい う意 味 素 性 を想 定 す る こ とに よ って,属 性 形 容 詞 文 ・感 情 形 容 詞 文 の そ れ ぞ れ 派 生 的 な構 文 につ い て説 明 した。属 性 形 容 詞 文 が 個 別 化 の助 詞 二 を用 い る こ とで個 別 性 が付 与 され る構 文, そ して,感 情 形 容 詞 を外 的 経験 空 間 内 の主 題 空 間 で生 成 す る こ とに よ って公 共 性 が付 与 され る構 文,以 上 の 二 つ の構 文 につ い て詳 細 に論 じた。 そ して,形 容 詞 の 語 彙 的意 義 中 の 意 味 素 性 と して認 め られ る主観 性 と構 文 上 に生 じる意 味素 性 で あ
る個 別 性 とが融 合 した場 合 に 「私 性 」 が生 じる とい う考 え を示 した。 そ して,こ の 「私 性 」 こそ,内 的 経 験 空 間で 生 成 され る発 話 を特 徴 づ け る極 め て特 殊 な意 味 特 徴 な の で あ った 。
さ らに,「 象 は鼻 が 長 い 」型 の部 分 主 格 の,情 報 帰 属 理 論 に お け る位 置 づ け を 明確 に し,こ れ を用 い る こ とに よ って,感 覚 形 容 詞 文 が 感 情 形 容 詞 文 か ら区別 さ れ る必 然 性 に言 及 した。 こ こで も情 報 帰 属 理 論 はす ぐれ た説 明力 を発 揮 した。
なお,本 稿 で は,感 情 形 容 詞 文 ・感 覚 形 容 詞 文 と共 通 の特 徴 を持 っ た,感 情 動 詞 文,感 覚 動 詞 文,さ らに知 覚 動 詞 文 と呼 ば れ る類 の動 詞 文 な どにつ いて,同 様
に情 報 帰 属 理 論 を用 い て 明確 な記 述 が 可 能 とな る こ と を主 張 して い る。
(30)
経験の帰属空間と形容詞文の諸問題(皿) 従 って,情 報 帰 属 理 論 は,筆 者 の これ まで の論 考 が集 約 され た もので あ る と同 時 に,今 後,主 題 論,動 詞 論 と して 発 展 して い く可 能 性 を有 して い る と言 え る。
む しろ,本 稿 にお け る形容 詞 文 の研 究 は そ の た め の序 編 で しか ない ので あ る。
最 後 に,本 稿 は,「 認 知 」 を も とに 「言 語 」 を論 じた言 語 学 な の か,そ れ と も,
「言 語 」 を も とに 「認 知 」 を論 じた認 知 科 学 な の か,と い うこ と に言 及 しな け れ ば な らな い 。 この こ とを端 的 に示 す 事例 と して,蛇 足 を承 知 で 以 下 の考 察 を追 加
した い。
人 間 の外 的対 象 に対 す る知 覚 に は,0般 的 に視 覚 ・聴 覚 ・嗅 覚 ・味 覚 ・触 覚 の 五 種 が 認 め られ る。 第11節 で は各 形 容 詞 文 にお い て,公 共 性 と個 別 性 の どち らが 認 め られ るか を記 述 したが,こ の点 で,五 種 の知 覚 に違 い が あ る。 以 下 の例 文 か らわ か る よ う に,内 的 経験 空 間で 生 成 され な い視 覚 ・聴覚 ・嗅 覚 の表 現 は公 共 性 を有 し,内 的経 験 空 間 で 生 成 され る味 覚 ・触 覚 の表 現 は個 別性 を有 す る。
㈱*私 は 空 が 赤 い 。
㈱*私 は 工 事 の 音 が う る さ い 。
㈱*私 は ゴ ミが く さ い 。
㈱ 私 は わ さ び が 辛 い 。 (130}私 は靴 底 が 痛 い 。
ヘノ 覚覚覚覚覚視聴嗅味触(((((
公共性
個 別性
この構文 上 の違 い は認 知 の様 態 と密 接 に関連 して い る。 味 覚 と触 覚 は,外 的対 象 と知 覚 器 官 の接 触 を前提 とす る ので,認 知 の様 態 と して は他 者 に も同 じ知 覚 が もた ら され る とい う知 覚 共 有 の信 念(前 稿 ③)を 持 つ こ とが で きな い の で あ る。
こ こで は,知 覚 表現 に お け る構 文 の違 い を内省 す る こ とが,そ の ま ま知 覚 にお け る公 共 性 ・個 別 性 を内省 す る こ とに直結 す る と考 え て い る こ と は確 か だ が,ニ
ワ トリが 先 か卵 が 先 か を決 定 す る こ とは果 た して で きる だ ろ うか。 この よ うな構 文 的特 徴 が あ るか ら,こ の よ うな認 知 の様 態 だ,と い うの か,そ れ と も,こ の よ
うな認 知 の様 態 だか ら,こ の よ うな構 文 的特 徴 を もた らす,と い うの か一 。 筆 者 は,ど ち らで もな い と考 え て い る 。 実 は,本 稿 の構 想 段 階 に基 礎 論 と して 述べ た前 稿 ① の 中 で,こ の こ とに言 及 して い る23)。
即 ち,認 知 と言 語 は対 等 な 関係 に あ り,い ず れ か が いず れ か に従 属 す るの で は な い と考 え る。 認 知 は意 味 の構 造 と密 接 な 関係 に あ るはず だ が,言 語 にお い て は 形 式 の 方 が は る か に研 究 しやす く,し か も制 約 とい う点 で も,形 式 が 意 味 に課 す 制 約 の 方 が は る か に大 き く,結 果 と して,一 種 の 経 験 科 学 と して の 方 法 論 か ら, 言 語 表現 の制 約 に あ る程 度 我 々 は振 り回 され な け れ ば な らな い の で あ る。従 って, 言 語 表現 の上 か ら観 察 で きる事 象 を もって,意 味構 造 を抽 象 し,そ こ に普 遍 的 な
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