研究ノート
脱工業化(de−industrialization)の理論と現実※
一イギリスにおける議論を中心に一
植 村 博 恭
製造業部門における雇用量あるいは名目生産量 industrialization>の問題を初めて本格的に論じ の相対的縮小という現象は,先進資本主義国で共 たSingh, A.(1977)では次のように言われてい 通にみられるものであり,この問題を一国経済の る。「近年生じているイギリス経済のde−industri一 資本蓄積との関連で検討することは,現代経済学 alizationは,ただ製造業部門からの雇用の喪失 の重要な課題となっている。この現象は,通常, という意味においてだけ考えられてきた。・・し 脱工業化,サービス経済化,第三次産業化などと かしながら,成長率の低下が存在したにもかかわ 呼ばれているが,ここでは,ヨーロッパでしばし らず,製造業の生産量における減少はなかった。・・
ば使用されている「脱工業化」 (de−industriali一 ここで主張してきたことは,製造業の雇用の観察 zation)という用語を用いて概念構成し,それが された喪失は,製造業部門の相対的パフォー一マン そもそもどのような事態を意味するのか,また, スに関する他の様相と同様に,それ自体では経済 資本蓄積に対してどのような影響を与えるのか, の構造的調整不全や不効率な製造業の指標とみな といった理論的問題とこれらの問題を考えるにあ すことはできないということである」(p.134)。
たって必要な基本的データとを検討していきたい。 また,フランスのレギュラシオン学派でサービス その際,主としてイギリスの論者(イギリスの議i 経済の問題に意欲的にチャレンジしているPetit,
論に関係深いフランスのP.プチも含まれる)の P.(1985)では,「工業の相対的地位低下(rela一 議論を整理し,検討対象とする。以下,内容的に tive decline)」としてとらえ「この変化の主要 言って,定義,開放体系との関連,長期的趨勢と な特徴は,経済全体における工業の雇用及び付加 中期的変動に関する理論的基礎,資本蓄積及び 価値のシェアの変化によって知ることができる」
「調整(r6gulation)様式」に対する影響,雇用 (p.51)としている。また,この両者を受けて近 構造への影響の順で議論を整理しながら,脱工業 年のイギリスにおいて<de−industrialization>
化のかかえる問題像を見定めてみたい。 の問題を最も理論的かつ体系的に扱っている Rowthorn,RE. and Wells,J.R.(1987)では現
[1]<de−industrialization>の定義について 象面で最もはっきり観察できる雇用における変化 まず,<de−industrialization>という言葉の をとらえ,この言葉が意味する内容を「雇用にお もつ意味内容から確認することにしよう。通常わ ける,工業,特に製造業のシェアの低下」 (p.5)
が国では, 「脱工業化」あるいは「産業空洞化」 と定義している。このように,ヨーロッパにおけ と訳されているが,決まった訳があるわけではな る議論では,脱工業化とサービス化とを表裏一体 く,また意味する内容も確定しているわけではな のものとして捉え,それが現在ヨーロッパにおい い。したがって,まず概念を確定する作業が必要 て深刻化している雇用問題との関係において論じ である。 られる傾向が強い。その際,<de−industriali一
そこで,いくつかの代表的議論のなかでこの言 zation>の内容は雇用量や生産量(名目値)のシェ 葉がどのような意味で用いられているか見てい アの低下として論じられる場合が多いのである。
くことにしよう。まず,イギリスにおいてくde一 また,後ほど詳しくみるが,事実関係でいって
雇用 笙薦 の 生醒
農業二礫亥ゴ農業工業亥一ビ諜工業惣ビ(G囲
1870−1950
フランスa@ −0.8 0.2 0.7 1.4 1.4 0.7 0.6 1.6 1.4 (1.2)
西ドイッb@ −0.1 1.4 1.5 0.2 1.3 0.7 0.1 2.7 2.2 (2.1)
イタリア 0.1 0.7 1.2 0.5 1.4 0,6 0.6 2.1 1.8 (1.5)
日本 0・l L7 1.9 0.7 1.7 0.5 0.8 3.4 2.4 (1.9)
イギリス ー1.1 0.9 1.3 1.4 L2 0.2 0.3 2.l L5 (1。6)
アメリカ ー0.3 2.3 2.6 1.3 1.6 1.l !.0 3.9 3.7 (3。2)
単純平均値 一〇.4 1.2 1.5 0.9 1.4 0.6「 0.5 2.6 2.1 (1.9)
1950−1978
フランス ー3.6 0.5 1.8 5.6 4.9 2,8 1.8 5.4 4.7 (4.7)
西ドイツ ー3.8 0.8 1.9 6.1 5.2 3.0 2.1 6,0 4.9 (5.3)
[本 一3・5 3.3 3.7 6.2 8.6 3.3 2,5 12.0 7.1 (8.6)
オランダ ー2。2 −0.1 1.9 5.4 5.4 2.3 3.i 5.3 4.2 (4.4)
イギリス ー2。0 −0.3 1.0 4.4 2.7 1.4 2,3 2.4 2.5 (2.4)
アメリカ ー2・9 1・3 2.3 4.7 2.1 1.5 1.7 3.4 3.8 (3.6)
単純平均値 一3.0 0.9 2.1 5.4 4.8 2.4 ・2.2 5.7 4.5 (4.8)
(注)al896−1949, bl871−1950,・1906−1950, dl889−1948
(出所)R.E. Rowthorn=J. We!ls(1987), Table1.5よりの引用。それは,Maddison
@ (L982)のTable5.11,5.13,A6,A7,A8より作成されたものである。
も,確かに先進資本主義国においては雇用量と名 余地はあるかもしれないが,アメリカ経済に関し 日生産量のタームでみた場合,製造業は相対的に て本質的な問題は,金融的資源や実物的な工場や シェアを低下される傾向にある(実質生産量では 設備の形態ににある資本力㍉わが国の基礎的諸産 シェアの低下は確認できない)。この点を示した 業における生産的投資から非生産的投機,吸収合 のが1870−1978年の長期的変化を示した表1., 併,海外投資へ転換されてきたやり方にまで逆の 戦後の雇用変化を示した表2.,さらにイギリス ぼりうるものである。あとに残されているのは,
における雇用の相対シェアの推移を示した図1. 閉鎖された工場,行き場を失った労働者,あらた である。表2.から明らかなように,例えば,イ に生まれつつある一群のゴーストタウンである」
ギリスでは,雇用量のタームでみると,その相対 (p.6)と。このように,海外直接投資や投機的活 的シェアは1955年をピークとして低下しており, 動に伴う「産業空洞化」が問題とされるコンテキ それは1970年代以降,先進資本主義国共通の現象 ストで<de−industrialization>は用いられてい となっている。 るのである。
これに対して,アメリカにおいて使用されてい アメリカにおける議論は,別稿で改めて検討す る経済用語としての<de−industrialization>の ることにして,本論文は,イギリスにおける議論 内容は,いくぶん異なっている。それは,むしろ を中心にヨーロッパにおいて問題とされている意 主として製造業の空洞化の問題を表す言葉として 味での<de−industrialization>を検討すること 用いられている。例えば,アメリカにおいてこの に目的を限定しているので,以下では,この言葉 問題を扱ったものとしては代表的なBlueston,B., が意味する内容を雇用量または名目生産量の相対 and Harrison, B.(1982)においては次のように 的シェアの減少を意味するものと考え, 「脱工業 述べられている。「deindustrializationで,アメ 化」という訳語をあてて検討して行くことにした
リカの基礎的生産能力における広範で体系的な投 い。このようにとらえたときには,扱うべき問題 資減退(disinvestment)が意味される。議論の は経済の長期的構造変化の問題と中期的な資本蓄
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表2.製造業の雇用量(軍人を除く)に占めるシェア,1950−81
シェア(%) 変化
1950 1955 1966 1973 1981 1955−1981
イタリア n.a. 20.0 25.8 28.5 26.1 十6.1 日本 n.a. 18.4 24。4 27.4 24.8 +6.4 フィンランドc n.a. 21.3 22.8 25.4 26.1 十4.8 オーストリアa n.a. 29.8 29.8 29.7 29.7 −0.1 アイスランドb 21.5 23.7 25.5 25.2 26.3 十3.3 フランス n.a. 26。9 28.7 28.3 25。1 −1.8 ノルウェイ 22.0 23.1 23.7 23.5 20.2 −2.9 デンマーク n.a. 27.5 29.0 24.7 21.3 −6.2 カナダ 24.9 24.1 23.9 22.O l9。4 −4.7 ルクセンブルクb n,a. 33.2 35.8 33.8 27,4 −5.8 西ドイツ n。a. 33.8 35.2 36.7 33.6 −0.2 スウェーデンb n.a. 31.7 31。2 27.5 23.3 −8.4 スイスc n,a. 36.1 37,8 35.0 32.0 −4.1 ニュージーランドc n.a. 23.7 25.4 25.7 24.0 十〇.1 オランダ 29.3 29.3 28.9 25,7 21.1 −8.2 オーストラリアc n。a. 29。6 28.6 25.6 19.4 −10.2 ベルギー 35.0 35.3 33.6 31.8 24.7 −10.6 アメリカ 27.9 28.5 27.8 24.8 21.7 −6.8 イギリス 34.8 36.1 34.8 32.3 26.4 −9.7
(注)aのついた国の2列目の数字は,1956年のものであり,最後の列の数字は,1956−81 年に関するものである。bのついた国の2列目の数字は,1957年のものであり,最後 の列の数字は,1957−81年に関するものである。cのついた国の2列目の数字は,1959 年のものであり,最後の列の数字は,1959−81年に関するものである。
r (出所)R.E.Rowthorn=J.Wells(1987), Table10.3よりの引用。それは, OECD出版物 とBairoch, P. et al.(1968),LαPopαZα瓦oπαc εしPeε亡sαs孟rμcオμre,(Brussels,
Free University)より作成されたものである。
図1.イギリスにおける部門別雇用シェアの推移 して次のように言っている。「開放経済において 1946−83 は,脱工業化が,何らかの意味で 構造的調整不 パーセント 全 を含意するものとみなしうるか否かという問
100
農 業 題は,国内経済の性格に関してだけでは,正しく
考察することはできない。」 (p.ll4)。そして,
問題となるのは既存の制度的調整(自由貿易と通
80 貨の自由な交換性)のもとでイギリスが国際経済
に組み込まれていくことによって脱工業化現象の
サービス業 持っている問題性を深刻化させるかどうか,さら
に一般的に言って,貿易の自由化や資本の自由な
60 移動を通じて国際経済関係に組み込まれることが,
一国の経済成長にとって利益をもたらすものとな りうるか否か,ということである。
建設業と鉱業* シンは,イギリス工業の競争力が他国と比べて
40 弱いので,その結果として貿易の自由化は,工業
製品の輸入を拡大させている,という一般的に受 け入れられている見解を共有するが,さらにシン は,一国経済の貿易と国際収支の状態とがその成
20 製造業 長と工業の発展とに影響を与える要因を確定しよ
うとする。すなわち,考えられる要因としては,
(1)需要の水準, (2)需要の構造, (3)投 資,とがあると指摘する。このうち,さらに投資
0
1950 1960 1970 1980 の水準と方向とが影響を与える経路としては,
・電気、ガス、水道を含む (1)外国貿易のポジションと国際収支とが総需
(出所)RE.R。wth。rn_J.Well,(1987)、Figlo.2より。 要の水準に影響を与え,それが投資に影響を与え る, (2)国際競争が利潤率の低下をもたらし,
積のあり方の双方が含まれることとなろう。(ユ) それが投資に影響を与える, (3)企業の海外投 資へのシフトをもたらす,という径路が考えられ
[2]A.シンによる問題の開示 る。これらの要因の影響の仕方によっては,経済 イギリスにおける脱工業化に対する最初の包括 の「不均衡」 (シンは,この言葉を弱い競争力と 的な議論は,A.シン「イギリス産業と世界経済: 国際収支の困難が存在する状態を表す言葉として 脱工業化の1ケースか?」 (Singh,A.(1977)) 用いている)が持続的に生じることがあるという によって展開された。それは,「脱工業化」の概 のである。このような「不均衡」は,ミュルダール1 念に妥当な経済学的意味を与え,この問題のイギ のいう「累積的,循環的因果連鎖」(cummulative リス経済にとっての実証的重要性を検討し,その and circular chain of causation)に対応する 経済的帰結を示すことを目指したものである。 ものであるが,それは,たとえ価格と賃金とが伸
(1)国際経済関係と脱工業化 縮的であったとしても市場メカニズムでは調整困 シンが,第一に強調しているのは,ある国の脱 難なものである。すなわち,「市場的諸力が均衡 工業化の持つ性格は国際経済関係を無視しては語 を回復させうるか否かは,輸出と輸入の弾力性の れない,ということである。シンは,この点に関 大きさとともに生産構造に必要な変化をもたらす
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企業家の対応の性質と適切さに決定的に依存し, ティブな姿であって,そこでは生産性のパフォー さらに動態的世界ではこれらの調整速度に依存す マンスに不利な影響を与えることなくそれまでの る」(p.ll9)というのである。 過剰な労働力を減らしていると言える。それゆえ,
(2)開放経済における効率的製造業部門 雇用の喪失という証拠が他のデータによって補足 それでは,なぜ,一国経済にとって製造業の運 されない限りは,また,より重要なことには,何 命が重要なのだろうか。経済全体の構造の観点か が効率的な経済構造を構成するかということに関 らみた場合,製造業が規模の経済性と高い生産性 する明確な考えがない限りは,イギリス経済の近 上昇とを伴ったダイナミックな部門であるという 年の脱工業化が経済の現実的あるいは潜在的な構 点がポイントである。その意味では,一般的に言っ 造的調整不全を含意していると結論づけることは て製造業は国民経済にとって「エンジン」の役割 できないのである」 (p.127)。
を担っているのである。 それでは,効率的な経済構造を判定する基準と しかしながら,雇用量や生産量のシェアでみた はどのようなものだろうか。シンは,製造業の衰 脱工業化を,製造業の衰退と等置することはでき 退と構造的不均衡を判定するための指標として ない。シンはこの点について的確に次のように指 「開放経済における効率的製造業部門」(efficient 摘している。「製造業部門の効率性と潜在的成長力 manufacturing sector in an open economy)
に関する限り,その労働力の喪失は,実際,ポジ という概念を示している。それは,次のようなも 表3.イギリスの経常収支失業,価格競争力と費用競争力の指標,1963−75
経常収支 価格競争力a 費用競争力b
(£000millions, 失業率 の指標 の指標
1975) 1970=100 1970=100
1963 0.34 2.30 101.3 1964 −0.89 1.65 101.9 1965 −0.06 1.43 105.2
(1963−67の平均) 109.0
1966 0,23 L46 106.6 1967 −0.67 2.31 105.8 1968 −0.59 2.41 99.7 1969 0.93 2.42 98.7
1970 1,39 2.56 100.O lOO.0 1971 1.81 3.35 100.9
1972 0.20 3.68 99.3 1973 −1.22 2.58 92.2
1974 −4.53 2.53 90.5 87.6 1975 −1.71 3.94 n.a. 87.0
(注)a:価格競争力の指標は,製造業製品に関する主要競争者に対して加重平均されたイギリ スの輸出価格($)1970=100である。
b:相対的な単位当りの労働コストの指標:イギリスの加重平均された競争者に対する比 率で,($)1970=100としている。
(出所)A.Singh(1977),Table4よりの引用。それは,Cambridge Econornic Po!icy Group
(1976),CSO(1976),Kaldor(1976)より作成されたものである。
のである。 「国際収支の他の要素の正常な水準を 生していることが問題であり,製造業を活性化さ 所与としたとき, (現在または潜在的に)国内の せるための生産システムの革新が急務であるとい 消費者の需要を満足させるだけでなく,その国の うのである。そして,そのためには製造業の投資 輸入の要求に対して支払うのに十分なほどに外国 の拡大と資本の効率的利用が必要であるとされる。
にその生産物を売ることのできる製造業」であり, このように,シンによって示されたこの先駆的 かつ,それは「産出量,雇用,為替レートの社会 議論の貢献は,それまで渾然一体として論じられ 的に受け入れることが可能な水準でこれらの目標 てきた脱工業化と製造業の衰退とを別々の概念と を達成することができなければならない」(p,128)。 して分離し,その上で製造業のパフォーマンスの 表3.には,1960,70年代を通じた国際経済にお 判定基準として「開放経済における効率的製造業 けるイギリスのパフォーマンスが示されている。 部門」という概念を提示したことにあったと言え イギリスの場合,価格やコストの面での競争力が, よう。
ポンドの切下げによって,低下しなかったにもか
かわらず,失業率の上昇を伴いつつ経常収支が悪 [3]ケンブリッジ・グループによる脱工業化の 化している。それは,イギリスの輸入の所得弾力 中・長期理論と実証研究
性が大きかったからであるが,その理由として, (1)脱工業化の分析的基礎:R.E.ローソン=J.ウ シンは「サプライサイドの欠陥,すなわち,明か エルズの理論
に国内及び海外の需要の変化に対して不効率に対 イギリスにおける脱工業化についての総括的な 応している製造業部門」 (p.131)の問題をあげ 分析的基礎は,R. E.ローソン=J.ウエルズ「脱 ている。それは,イギリス製品の質的な面での競 工業化と外国貿易』 (Rowthorn,R.E.and Wells,
争力の喪失をもたらしているというのである。た J.R.(1987))によって与えられた。それは,シ とえば,仮に完全雇用という社会的にみて好まし ン以来のケンブリッジ大学における議論を総括し,
い水準に経済があったならば,1975年の経常収支 理論的基礎と多くの基礎的データとを与えるもの の赤字は,40億ポンドになっていただろうとケン である。
ブリッジ経済政策グループの推計(Carnbridge その議論の特徴は,脱工業化を雇月」量のターム Economic Policy Group(1976))は示している で「雇用量の相対的シェアの低下」として定義し が,この推計からすれば,イギリス経済はそのと た上で,経済の成熟の正常な結果としてのくポジ き「効率的製造業部門」を持ちえていなかったこ ティヴな脱工業化〉(positive de−industrialization)
とになるのである。 と経済停滞の結果として生じるくネガティヴな脱
(3)脱工業化と構造的不均衡(調整不全)の関係 工業化〉(negative de−industrialization)とを シンは,自らの議論をしめくくるにあたって, 理論的に区別して議論していることである。さら 一般的に,脱工業化と構造的不均衡との関係を次 に,開放経済下にあってはこの両者にく外国貿易 のように言っている。「脱工業化は,この不効率 の構造変化による脱工業化〉の効果が加えられる。
あるいは不均衡の原因ではなく,その兆候あるい このように,脱工業化を生み出す主要な要因とそ 結果である。そして,製造業部門がそれ以上衰退 の発現形態とが分類され整理されている点が彼ら すべきものでないならば,この不均衡は是正され の議論の特徴である。以下,それらを見ていくこ る必要がある」 (p。134)。 とにしよう。
すなわち,シンによって示された理解は,雇用 (i)ポジティヴな脱工業化②:これは,製造業 量や名目生産量のタームで定義された脱工業化は, における生産性上昇を伴う完全雇用下の持続的成 経済の衰退と等置しうるものではないが,それが 長の正常な結果として生じる脱工業化である。こ イギリスの場合は製造業の不効率と結び付いて発 の意味での脱工業化は,経済的成功の象徴であり,
植村:脱工業化(de−industrialization)の理論と現実 35
決して病理的な現象とはいえない。 ビス業部門におけるよりも生産性の上昇率が大き すなわち,長期的な歴史的視野でみたとき,経 かったからである(この両部門の長期的な生産性 済構i造の発展の長期趨勢は,大きくく工業化〉 上昇率格差は,先に示した表1,で確認されよう)
(industrialization)とく脱工業化〉(de−indus− 。また,彼らによれば,実質タームでは,需要の trialization)の過程に分けることができる。そ シフトは確認されない。(3)一般的に言って,雇用 の過程で,雇用構造はつぎのように変化する。当 は生産性の高い産業から生産性の低い産業ヘシフ
初,〈工業化〉の過程では,農業における雇用比 トするのであり,脱工業化の過程で積極的な役割 ,
率の低下を伴った工業(製造業)における雇用比 を果たしているのは製造業部門からサービス業部 率の上昇が生じる。しかし,その過程の結果,農 門への需要のシフトではなく,これら両部門間に 業における雇用が,総雇用のうちでごくわずかな 存在する生産性上昇率格差なのである。したがっ 部分にすぎなくになり,農業における雇用比率の て,「成熟経済における発展に伴った脱工業化は,
低下が,重要な役割を演じなくなる段階に到達す 多くの者が信じているように新しい根本的に異なっ る。これが,ローソン=ウエルズの理論的枠組み た経済的諸力の結果ではない。それは,近代経済 における経済のく成熟〉(maturity)の点であ 成長の時代が一一・世紀以上も前に始まって以来作用 る。経済がこの点を越えると,サービス業の雇用 してきた二つの基本的な傾向の論理的な完成品に と製造業の雇用とがトレード・オフの関係を持ち ほかならない」 (p.11)。すなわち,(1)雇用の源 つつ,製造業の雇用比率が低下していく。これが 泉としての農業の地位の低下,(2)サービス業の成
〈脱工業化〉の過程である。以上のようすを表し 長,これら二つの傾向の合成結果なのである。し たのが図2.である。歴史的に言って,サービス たがって,重要なのは,このような長期的な雇用 業部門における雇用の総雇用に対する割合は一貫 構i造の変化としての脱工業化は,1970年代の長期 して上昇傾向にある(初期の段階から会計,金融 不況の以前から発生しているのであって,製造業 などの生産者的サービスが,また後期においては 自体の原因で生じている戦後資本蓄積の「黄金時 特な医療や教育が重要な役割をもつ)。その過程 代」の崩壊と,それにともなう製造業の成長率の で製造業部門からサービス業部門への雇用のシフ 低下は,このような長期趨勢的な脱工業化過程を
トが生じたのは,製造業部門におけるほうがサー 背景として発生した,ということである。
(ii)ネガティヴな脱 図2.雇用シェアと経済発展 工業化:もちろん,脱工
業化は,長期的な雇用に
100
,,_一一一一一 関する構造変化から生じ農 業 ,
@ D旦ノ るだけでなく,さらに経 ノ
雇用シェア
@ (%) 1^/ NDS サービ桑 済停滞が脱工業イヒを加速
^/@ 〈脱工業化〉 それは,景気後退・経済
衰退にともなって発生す〈工業化〉 工業
るものであって,病理的 現象といえる性格を持っ
0 1人当りの国民所得 ている。一般的に言って,DS=家庭内サービス(私的)
NDS=家庭外サービス 経済が景気後退に向かう
(出所)R.ER。wth。rn=J.Wells(1987)、Fig.1.1より。 と総雇用に占める製造業
の雇用のシェアは減少す
る。それは,投資が停滞し製造業に対する需要が 軌跡である。Cにおいては,製造業部門の雇用シェ 減少すること,特定の私的サービス(個人商店, アの減少が生じているだけでなく,一人当りの実 清掃など)が景気後退期において雇用を吸収する 質所得の成長の停滞及び能力利用度の低下と失業
「スポンジ」の役割を果たし,政府も失業者のた 率の上昇とが生じている。
めに多くの公共サービスを提供することを余儀な また,二種類の脱工業化で,その発現形態も異 くされること,によるものである。つまり,経済 なっている。製造業からの労働者の排出は,<ポ 停滞の時期には景気の状態に大きく左右されるこ ジティヴな脱工業化〉の場合は,オートメーショ
とのないサービス業部門は,雇用と生産量の両面 ンや合理化などの労働節約的生産手段の導入とい で相対的シェアが拡大するのである♂ う形態を通して生じるが,<ネガティヴな脱工業
それでは,ローソン=ウエルズの枠組みにあっ 化〉の場合には,工場閉鎖やレイ・オフという形 ては,以上二二種類の脱工業化の関係はどのように 態で生じる。このように,脱工業化という現象自 説明されるのであろうか。二種類の脱工業化はそ 体は経済が成功していても失敗していても生じう れそれ独立の原因によって生じるものであるが, るのであるが,二種類の脱工業化から結果する実 現実の脱工業化がそれらの合成結果であることは 質所得の水準と失業率とは大きく異なっているの 卜分ありうることである。それらの関係を図示し である。ローソン=ウエルズは,<ポジティヴな たのが成熟経済がたどる二種類の軌跡を表してい 脱工業化〉は,今後,日本において生じる可能性 る図3.である。A→Bは,高成長を達成し,実質 が大きいと予測し,〈ネガティヴな脱工業化〉は,
所得が高く,失業率が低い経済の軌跡である。B 近年イギリスにおいて生じたものであると言って において,製造業部門の雇用のシェアは生産性の いる。イギリスにおいては,製造業部門で排出さ 上昇のために不可避的に減少しているが,この過 れた労働者がサービス業部門によって十分には吸 程で一人当りの実質所得は大きく増加している。 収されず,失業率を大きく上昇させたのである。
A→cは,停滞的で,実質所得は成長せず,潜在能 (iii)外国貿易の構造変化による脱工業化:開 力のはるか以下の活動水準にあって,製造業部門 放経済を考えた場合,外国貿易の脱工業化に与え の雇用減少と失業率の上昇とが生じている経済の る影響には,(1)マクロ経済的効果と(2)特化(需要 構造)の効果,との二つのものがあ 図3.二種類の脱工業化 ると考えられる。
マクロ経済的効果と言われている のは,次のような短期的及び長期的 な推移である。まず,一般的にいっ A ポジティブな脱工業化 て製造業は国際競争にさらされてい 、
ル用シエア \、 る部門なので貿易上のパフオーマン
i%)
@蕪∴。 B 二窪鰐珊算欝響
し,成熟経済においては,長期的に はそれが持続的成長をもたらすかぎ り,製造業の生産性上昇に伴って,
0
製造業部門の雇用シェアの減少がも1人当りの国民所得
たらされる。したがって,脱工業化
(出所)R.E.Rowthorn=J.Wells(1987)、Fig.1.3より
@ は,必ずしも貿易上のパフォーマン スの悪化の結果とは見なしえない点
植村:脱工業化(de−industrialization)の理論と現実 37
が重要である。 ポスト・ケインジアンによって主張されるイギリ さらに,長期的には,需要構造の変化が重要な スの脱工業化(雇用量のタームでの)をその「経 役割を演じる。これは,貿易上の特化(speciali一 済的失敗」と等置する命題(彼らは,これを「失 zation)の問題である。一般的にいえば,製造業 敗命題」(failure thesis)と呼んでいる)を否定
において輸出超過である経済は,大きな製造業部 している。彼らのおこなったシミュレーションに 門をもっており,それは先進工業国間の雇用構造 よれば,仮にイギリス経済が成功していたとして の相違を説明する重要な要因である。、ただし,潜 も脱工業化は現在以上に生じたのであって,した 在能力以下で活動している経済において,経常収 がって脱工業化という現象それだけでは経済的失 支の改善を伴ういかなる方向への特化でも,それ 敗を意味するものではないのである。もちろん,
がマクロ経済的パフォーマンスを改善するならば, 現在のイギリスの脱工業化自体についていえば,
活動水準と成長率とを上昇させ,製造業部門の雇 雇用構造の長期的趨勢と貿易構造の変化(彼らは,
用シェアを上昇させる効果を持つ。したがって, 非製造業部門の自律的発展の重要性を強調してい 外国貿易の与える実際の影響は,これらマクロ経 る)とスタグフレーション期の景気後退の影響と 済的効果と特化の効果との合成結果となる。 の合成結果であるといえよう。㈲
以上が,ローソン=ウエルズの示した脱工業化 (2)サッチャー政権下による脱工業化の加速 についての理論的枠組みである。このような,理 このようなイギリスにおける脱工業化は,サッ 論上の整理に基づき,彼らはイギリスでしばしば チャー政権下において著しく加速された。製造業
図4.サッチャー政権下の部門別実質生産量の推移(1985年不変価格表示)
130 125 120 115
サービス
105 100
GDP
95 90
一
85
製造業
1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988
(出所)CSO,Economic Trends and National Accounts(Blue Book)1988より作成。
部門の生産が停滞し,その雇用量が減少するなか 「蓄積体制」と「調整(r6gulation)様式」にど で,サービス業部門の生産量と雇用量とが拡大し のような影響を与えるかということである。この た。この不均等発展はサッチャー時代のイギリス ことが,「フォード的蓄積体制」における「調整 経済の特徴である。図4.は,サッチャー政権下 (r6gulation)様式」のあり方を確認した上で,
における製造業部門とサービス業部門との不均等 それがどの様な変容を被るかというかたちで検討 発展を表したものである。みられるように,1979 されている。
年から81年までは,政府によって行われたインフ プチは,レギュラシオン・アプローチの一般的 レ対策のための意識的な引締め政策とポンド高に な考え方を次のように説明している。まず,それ よりイギリス経済は大きな不況にみまわれ,82年 を「生産システムへのグローバル・アプローチ 以降は回復へ転じた。しかし,その過程でサービ (the global approach to the productive sys一
ス業部門は大きな拡大を見せたが,製造業部門が tem)」 (p.37)と特徴付けたうえで,そのもと 79年水準に戻ったのは1988年であった。この点は, で二種類の「累積的因果関係」を統合することに サッチャー政権のとった経済政策の成果を評価す よって,中長期の需要と供給の相互関係をしかる る上で,きわめて重要である。それは,製造業部 べく位置づけることができると主張する。すなわ 門に十分な成長をもたらすことはなかったのであ ち,第…の「累積的因果関係」は,A.ヤングとN.
る。また,近年北海油田から生じていた非製造業 カルドアによって強調された関連であり,市場の 全体での貿易収益が1985年以降その輸出額の減少 拡大が生産性の上昇をもたらし,その生産性の上 に伴って減少してきたが,そのことと対応してイ 昇が国内購買力の増大と価格競争力の強化とを可 ギリス全体の経常収支の赤字が拡大している。こ 能にすることによってさらなる市場の拡大をもた のことを考えると,現在のイギリスではシンの言 らす,というものである。そして,第二の関連は,
う「効率的製造業部門」を持ちえていないといえ デュルケムによって主張されたもので,分業の展 るのである。 開が社会組織の「有機的連帯」を強め,それが生
産を発展させることによって,さらなる分業の展
[4]サービス化と蓄積体制(サービス経済への 開をもたらすというものである。もっとも,プチ レギュラシオン・アプローチ)
図5. 二種類の累積的因果関係それでは,脱工業化が進展した場合,経済の再
生産構造,あるいは資本蓄積のあり方にどのよう
な変化が生じるのだろうか。この点を,<レギュ OA.ヤングとN.カルドアの累積的連環 ラシオン・アプローチ〉の視角から検討している
のがP.プチの研究「低成長下のサービス経済』
甥灘藩憲轍饗磯一講(欝〉一膜の
部門との雇用構造の長期的構造変化と経済停滞の 購買力 両部門への影響のみを問題とし,脱工業化が現代
資本主義の資本蓄積のあり方に与える影響には積
極的に言及することがなかっただけに,彼らの議 ○デュルケムの社会的分業の発展に関する連環
論と相補い合うものと言えよう。
(1)サービス経済における成長と調整(r6gulation)
レギュラシオン学派のプチの分析の基本視角は,
闍ニ化一サービス繍化は現代飾蟻の 分業一建馨的一一箋震の一一分業
植村:脱工業化(de−industrialization)の理論と現実 39
が,有機的連帯が強まるだけでなく,社会的コン (2)対企業サービスに関するく外部化〉とく内部化 フリクトも展開する点を強調していることは付記 〉の展開の可能性
しておく必要があろう。図5.は,これら二つの P.プチの議論で興味深いのは,国内サービス需 関連を図示したものである。このような長期的, 要の内容を生産財部門/消費財部門という部門分 制度的関連を通して生産と消費とが調整される点 割と対応づけて検討する中で,企業の職務機能の を重視するのがレギュラシオン・アプローチの特 〈外部化〉(externalization)と〈内部化〉(inter一 徴である。そして,戦後資本蓄積の「黄金時代」 nalization)の問題を,理論的に扱っていること
をもたらした「フォード的蓄積体制」においては, である。この点は,プチの理論のかなり独自な貢 制度化された労使関係のもとで実現した高水準の 献であると思われるので,ここではそれを取り上 実質賃金率によって十分な消費需要が形成され, げておきたい。
生産性上昇と産出量の成長との相互促進的な関係 まず,一般的に言って,中間サービス需要は,
が実現したとされるのである。すなわち,そこで 生産組織における新職務の出現とそれを遂行する は「Kaldor=Verdoorn法則」が十分作用してい ために企業外部の生産を利用する可能性とに依存 たことになる。 している。新職務の必要を生じさせる変化として,
それでは,以上の「フォード的蓄積体制」の基 生産物市場の変化,規制・労働法・商法の変化,
本関係は,サービス経済化のもとでどのような変 情報技術の発展,新しい経営方法の普及,等があ 容を被ったのだろうか。まず,生産面では,生産 げられているが,特に新しい情報技術は,情報処 性上昇の緩慢なサービス業部門の拡大によって経 理の専門的・相談的業務への新需要を生み出した 済全体の生産性上昇率が低下するということ(す 点,さらにサービス的職務を立地条件から解放し なわち,「Kaldor=Verdoorn法則」の作用の低下) 管理的業務の遠隔地処理を促した点で重要である,
が指摘されている。この点は,カルドアの流れを とプチは指摘している。
くむポスト・ケイジアンによってなされてきた主 次に,プチは外部の市場による市場拡大の原則 張と共通1生を持っている。また,消費面では,サー から職務機能のく外部化〉を説明するG.ステイ ビス業は国内需要に依存し国際競争にあまりさら グラーの議論と近代的大企業における分業の論理 されていないので,サービス業部門の拡大は,国 からく内部化〉を説明するA.チャンドラーの議 内活動を維持する効果を持つとされる。 論とが取り上げている。スティグラーによれば,
さらに,レギュラシオン・アプローチからすれ 生産規模が拡大すると,いろいろな機能に対して ば,サービス化が「調整(r6gulation)様式」に対し 異なった経営体が生みだされ,生産が一定水準に てもたらす影響が重要である。というのは,「危 達すると外部市場に向かったり最も規模の経済の 機iの明かな兆候が現れるのは,調整(r6gulation) 利益を提供する職務機能をく外部化〉するように 様式のレベルにおいてである」 (p.38)からであ なる。それが,さらに職務の特化とからみあって る。その影響は,まず第一に,サービス産業にお 展開する。これに対して,チャンドラーはヒエラ ける「賃労働関係(rapport salarial)」の独自性に ルキー組織の形態の推移に着目し,職務機能別組 よってもたらされる。すなわち,そこにはサービ 織構造(U型)では集権化された組織を形成する ス生産物は地域的独占を作りやすく,サービス価 ことによって内部で必要なものを充足しようとす 格の需要に対する弾力性は大きく,また,雇用と る傾向があることを指摘する(垂直統合)。また,
賃金の決定がフレキシブルである,といった独自 その後に出現した多数事業部制においては,外部 性が存在する。これらの点は,サービス生産の発展 に生産委託し,職務機能を外部化するのが容易と がもたらす変化として後に詳しく検討しよう。k6> なったと説明する。しかしながら,0.ウイリア
ムソンの指摘するように大企業の多数事業部制
(M型企業)の設置が戦後期のアメリカやヨーロッ 報化によってもたらされる技術変化であり,第二 パで展開したことからすれば,寡占部門における は,雇用条件と社会的分業の変化である。
職務機能の外部化という過去の運動は,70年代以 まず,サービス業部門の情報化の影響について 降にまで延長することはできないものであろう。 は,プチは,サービス業部門における技術変化が ただし,中小企業における組織再編の動きは,対 新しい安定的成長の条件(二新しい蓄積体制)を 企業サービスに対する需要の持続的成長を維持す 作り出せるか否かを検討している。そして,その るのに役立つかもしれない。そして,このく外部 結論として強調するのは,「生産諸条件の変化の 化〉によってもたらされる付加価値の移転は統計 機会と最終消費構造の明かな緩慢さとの間の顕著 上さほど大きくないが,それは産業組織上重要な な不釣合い」 (p.192)という事態が予想される ものである,とプチは指摘している。 ことである。すなわち,確かに情報化(広い意味 以上は,規模の経済や相互補完の視点からみた での情報技術)は,新しい「技術・経済パラダイ 生産の技術的側面の分析であるが,プチはそれと ム」(7)であり,職務内容,労働組織,企業間ネッ 並んで,社会的側面が重要な役割を果たしている トワークを大きく変える可能性を持っているが,
こと強調する。すなわち,「生産過程を内部化す 他方,サービスの需要に関して言えば,それは,
るか外部サービスを利用するかの選択に際して, サービス利用者の新しい消費様式,行動様式を生 労使関係が決定的な役割を果たす」 (p.137)と み出すことによって十分な需要拡大をもたらすに 指摘し,さらに「明かに,企業は外部の専門的サー は到っていないのである。
ビスを使用することで,ほとんど利用しないか, 次に,サービス業部門の拡大が雇用条件に及ぼ 企業内の既存の熟練労働者の地位になじまない専 す影響をみてみたい。サービス業部門の雇用は,
門職を内部で開発することを避けることができる」 景気循環から比較的独立であるとともに,地域労
(p.137)という。すなわち,内部労働市場が堅固 働市場において余剰労働力を吸収する「スポンジ な企業は,外部化によって外部労働市場から利益 効果」を持っていることが指摘できる(この点は,
をえることができるのである。したがって,職務 先のローソン=ウエルズの議論では,<ネガティ の外部化は,原則的には,労働力利用のフレキシ ヴな脱工業化〉の発生する前提となっていたもの ビリティを高める働きがある。この点にさらに調 である)。さらに,サービス業部門の雇用と労働 整費用(市場の変動に対する生産条件の調整費用) 市場の関係に特定の性格を付与しているものとし の問題が加わることで,職務機能の外部化/内部 て,労働編成様式(あるいは労働組織work or一 化のいかんが決定されていく。このように生産の ganization)と価格形成とが検討されている。す 社会的側面を強調するプチは,この問題に対する なわち,労働編成様式の面では,サービス業部門 生産力主義的な議論はかなり疑わしいのであると ではパートタイム労働者や自営業が多く「サービ し,職務機能の〈内部化〉とく外部化〉のどちら ス活動は,分業における変化を容易にする」 (p.
かの傾向を一方的に考えることはできない,と言 168)ということが言える。また,価格形成の面 うのである。以上の問題は,サービス化と市場/ で言えば,サービス活動が「地域的独占」(local 企業組織の編成とがからみ合って作用する問題だ monpoly)としての性格を持ち,生産物の広範囲 けに,実証的な事実の確認も含めてきわめて興味 な差別化が存在するため,マークアップ原理に従 深い研究テーマといえよう。 う製造業部門の寡占企業の価格形成とは異なって,
(3)サービス生産の発展がもたらすもの 需要が大きく影響する,と説明されている。〔8)
サービス経済化=脱工業化がもたらしている生 さらに,サービス業部門の拡大にともないく二 産面の最大の構造変化を,プチは二つの軸を設定 重構造〉が生み出される可能性のあることが強調 して検討している。第一は,サービス業部門の情 されている。この点がプチの分析の一つの重要な
植村:脱工業化(de−industrialization)の理論と現実 41
結論である。すなわち,アメリカにおいて近年生 (Dunne,P.(1988))。それでは,特に1970年代 じたように,医療や対企業サービス等の知的熟練 以降,脱工業化過程のなかで,雇用問題はマクロ 度の高い職種と料理人,守衛,給仕,販売人等の 経済的にみてどの様な推移をたどったのだろうか。
熟練度も賃金も低い職種の両極が増加し,〈二重 この問題をOECD諸国の検討を通じて本格的に扱っ 構造〉が生み出される可能性がある,というので ているのは,R.E.ローソン=A.グリン「1973年 ある(「中間階級衰退」)。それに対応して,賃 以降の失業の経験の多様性」(Rowthorn,R.E.
金形成においても,〈二重構造〉が生じる。 「第 and Glyn,A.(1987))である。
三次産業部門は,地域的労働市場の変動から最大 (1雇用パターンの構造的シフト:製造業部門から 限の利益を引き出しうる活動(製造業より大きな の失業者の排出とサービス業部門での吸収 職務再編成の機会がある)と労働組織のヒエラル 1973年以降の失業問題を考える上で基本となる
キー・システムのために行政サービスに最も近い 事実は,雇用の成長率の低下は,その効果におい 活動(製造業における独占は,世界市場における て著しく不均等なものであり,それは主として工 競争を考慮しなければならないの対し,地域的に 業部門に影響し,サービス業部門は比較的打撃を
も国内的にも競争がない)との両方を抱えている。 受けないまま留まったということである。彼らは,
それゆえ,第三次産業の活動のまさにその特徴が, この点に関して次のようにまとめている。「停滞 労働力の利用方法におけるの際だった度合いの二 は,工業からサービス業への雇用パターンの大き 重構造をもたらす可能性を持つのである」 (p.17 な構造的シフトを伴った。ある程度の構造的シフ 4)。ただし,〈二重構造〉が実際に拡大するか否 トは,確かに1960年代におけるような持続的成長 かは,賃労働関係(rapprot salarial)のあり方 のもとでさえ生じうるものである。しかし,この に依存する。この観点からすると,「雇用条件を シフトの範囲とその結果である工業における雇用 よりフレキシブルにする政策」 (p.203)は,パ 低下は,過去15年間の経済的困難によって強化さ ラドクシカルな効果を持つと指摘している。とい れてきた」 (p.12)。したがって,この時期の雇 うのは,サービス業部門においては賃労働関係を 用問題は,たんにマクロ経済的観点からだけでは 不安定化させることで「そのような政策が,生産 なく「構造変化と分断的労働市場との相互作用」
と需要が一層低いレベルで調整される不況の循環 (p.12)の観点から考察されなければならないの をもたらすかもしれないというリスクが存在する」 である。このような観点から,ローソン=グリン
(p.203)からである。こうして,プチの分析から が労働力と雇用との関係(OECD諸国の平均)を,
は,〈二重構造〉の拡大か「二重構造なき適応」 男女別,工業/サービス業別で示したのが表4.
かは,今後の賃労働関係の組織のされ方いかん, である。
ということになり,ここにきわめて重要な政策論 まず,最初に指摘されていることは,失業問題 的含意を見いだすことができよう。 が工業とサービス業のどちらと強い関連を持って
いるかということである。彼らの行った回帰分析
[5]脱工業化のもとでの雇用問題(OECD諸国) によると,「総雇用よりも工業の雇用の成長率の ローソンニウエルズの議論にもプチの議論にも 変化が,1973年以降の失業の相対的パフォーマン 共通して言えるのは,脱工業化を雇用問題を軸に スをよりよく予測するものである。さらに,失業 論じていることである。そして,P.ダンも指摘す 変化の工業の雇用成長に関する相関関係は,サー るように「ローソン・=ウエルズ(1987)とプチ ビス業の雇用に関するそれよりきわめて強い」
(1985)とにおいて議論されたように,脱工業化 (p.22)ということである。(9>この興味深い結果 を経験している経済においては,それが取る形態 に対して,次のような説明が与えられている。工 は,雇用に対して重要な含意を持ちうるのである」 業の労働者は,主としてフルタイム労働者(1983
年イギリスでは95%)であり,ま表4.雇用と労働力:OECD諸国(Dl960−1985
た,工業の熟練は,工業労働に特年平均成長率 異(specific)なものであって, 1960−73 1973−85 変化 特定の地域に集中している。その
男子と女子 ために,工業部門の失業は,多量 人口(15−64才) L2 1.0 −0.2 の中高年労働者がレイオフされる 労働力率(2) −0.1 0.2 0.3 といったような大量解雇を通じて 労働力 1・1 1・3 0・2 発生する。このようにして排出さ 雇用 1・1 0・8 −0・3 れた失業者は部分的には,サービ
雇用/労働力(3) 0.0 −0.5 −0.5 ス業部門の雇用の増大によって吸雇用/人口(15−64才) −0.1 −0.2 −0.1
収されるが,工業の衰退が激しい 男子 ときには,それは十分なものでは 人口(15才一64才) 1.3 1.1 −0.2 ない。なぜなら,サービス労働は,
労働力率(2) −0.5 −4.5 0.1 工業労働と異なった熟練を必要と 労働力 0.8 0.7 −0・1 する場合もあるし,また新たに創 雇用 0.8 0.3 −0・5 造されたサービス労働の多くはパー 雇用/労働力(3} 0.0 −0.4 −0.4 トタイム労働で,工業のフルタイ 雇用/人口(15−64才) −0.5 −0.8 −0.3 ム労働に代替的な仕事を提供しな 工業部門の雇用 1.3(4) −0.5 −1.8 いからである。その結果,サービ サービス部門の雇用 2.1(4) 1.6 −0.5 ス労働は,解雇された工業労働者 率の上昇に対応して,既婚女性の 人口(15才一64才) 1・l LO −0・1 ノ{一トタイム労働者に新たな職を 労働力率〔2> 0・6 1・2 0・6 提供することとなったのである。
労働力 1・7 2・2 0・5 もっとも,職が提供されるといっ 雇用 1・7 1・8 0・1 ても女1生の労働力率の方が大きかっ 雇用/労働力〔3) 0・0 −0・4 −0・4 たので,女性が雇用される機i会は 雇用/人口(15−64才) 0・6 0・8 0・2 減少している。
工業部門の雇用 1・6(4> 0・1 −1・5 一般的に言って,低失業率を維 サービス部門の雇用 3・3(4) 3・〇 −0・3 持するために必要とされる条件は,
(注)(1)19ケ国。ただし,工業とサービス業の雇用に関しては,そのデー 工業,サービス業それぞれに関し
タが利用可能な9ケ国に対するものだけが示すされている。 て次のようなものである。 帯(2)労働力率一人口 15_64 (i)工業部門の雇用に関して:
(3)雇用/労働力=1一失業率に注意。 多量の集中的な解雇を避け,工業
(4)1964}73 の雇用の減少がゆるやかなもので
(出所)R.ERowthorn=A.Glyn(1987),Table 2よりの引用。それ あること。もしこの条件が満たさ
は,OECD, Lαboμr Force S α 8め csより作成されたもので
@ れないなら,サービス業の追加的
ある。
な雇用の創造を通しては,たやす く排除することができない構造的 失業を結果する。