作文分析によるテレビ視聴能力と番組批判
著者 太田 静樹
雑誌名 奈良学芸大学紀要. 人文・社会科学
巻 11
ページ 177‑191
発行年 1963‑02‑28
その他のタイトル Audiovisual Faculties for Educational
Television and Program Critique by Analyzing Compositions
URL http://hdl.handle.net/10105/3505
作文分析によるテレビ視聴能力と番組批判
太 田 静 樹
I 序
最近へき地にも教育テレビの利用が各方面の努力で盛んになってきたが、へき地学校における テレビ教育を発展させるためにはテレビに対して子供がいかに反応するか、その動的な関係を把 握しなければならない。その研究の一つとして子供はテレビの映像を果してどのように把握する ものであるか、その能力はいかなるものであるか、即ちその視聴能力について知らなければなら ない。叉その能力をテレビによっていかに高めていくかということがテレビ教育の重要なことで ある。このことは一般学習において学力が常に問題になっており、又学力を高めることが教育の 目標の一つにもなっているように、テレビ教育においてもその基礎的なものとして又目的的なも のとしてその能力が問題になるのである。故に第7匡「放送教育学全で同学会内に設けられた、へ
(1)
き地テレビ教育調査特別委員会の研究課題として4っの部門をきめたが、その1つば視聴能力と
(21
いうことであった。大阪放送局管内のわれわれ関係者の協議でも、テレビ視聴能力を取上げ研究 することにしたが種々の都合で非常に制約されたために充分な共同研究となり得なかったが事前 の協茜と共に事後にも情報や資料の交換をなし、今後の同研究の予備的な段階として意義あらし めるように進めたのである。われわれのとった目的と方法はテレビの視聴能力について、へき地 と都市の子供を比較し、へき地性がへき地の子供の視聴能力にいかなる影響を与えているか、い かなる関係を持っているかを究明しようとするものである。そのためには視聴能力やへき地性と は何かについて分析研究し、そのいかなる面をいかなる方法で究明していくか定めていかなくて はならないが、ここでは先ず一般な性向を知るために作文分析による方法を用いた。それは同一 テレビ番組を同時に視聴させ、その直後に感想文を自由に書かせてそれを比較検討していくもの である。そして次には逆に子供のその反応から番組内容を批判するのである。番組自体の良否適 否が子供の把捉のし方にも影響するであろうことも考えてこのことも重要である。しかしここで 作文分析の方法を用いたのはそれで果してどの程度子供の視聴能力に迫り得るものであるかをみ ょうとしたためである。後述するようにその作文による方法自身も充分に条件付け出来なかった ので満足的な結果が得られたとは言えないのであるけれども今後の研究の重要な参考となりうる ものであった。本論文は筆者担当の分についてのみであって他氏の分については他に発表せられ
(3)
ているのを参照せられたい。尚その時のへき地テレビの一般調査についてはその報告書を参考に
(4)
せられたい。叉本研究の一部はICUにおける第9回放送教育研究協議会集録に発表した。
丑 方 法 1.問 題
へき地学校については都合により、すでに奈良県においてへき地指定校になっている小学校で
昭和36年度に文部省補助のテレビを設置した学校を選定した。対象校としてはすでに限定された ものであったが、そこは山村へき地で一般のテレビ普及も平地よりはるかにおくれており、へき 地としてふさわしい所である。
テレビ視聴能力についてどう考えるかばこの種の研究において基本的な重要なことで、それだ けで1つの研究分野をなすものであるが、一応ここではテレビ視聴についての理解力、記憶力、
構成力や視聴態度等を含めてテレビ視聴による反応の力として広く考える。即ちテレビの映像を いかに見とることが出来るか、叉その見とり方である。一般に視聴能力としては理解力が中心に なるが視聴態度も大いに影響しているのである。ここで注意すべきは視聴能力といってもその番 組だけの理解ということになっては狭いので、およそどの番組についてもどれ程の把握力がある か、みなければならないのであってそのためには今後多くの番組について実験的になされねばな
らないことはいうまでもない。本研究はその一端を示そうとするものである。
テレビ視聴能力を把える方法はいろいろあるが例えば観察、面接、テスト、録音、分析機利用 等である。作文による方法は他の方法と違って量的、時間的に細かい点まで把えにくいけれども 個人個人についての主要な特徴や考えの理由を知ることが出来る点は有利である。しかしそれは 作文の方法をうまく操作すればであってそれには難しい条件がいくつかある。文を書くこと自身 に又学習や経験等について充分統制してかからねばならない。それを列挙すると。
(1)文を書くこと自身に抵抗があること。視聴し感得したことが大体書けても充分表現され えない。即ち分っていてもうまく書けないということがある。従って書かれたものがどの程度原 意を表現しているか正確には断じにくい。殊に小学校低学年の場合そうである。それは大きな障 害である。そのためには文を書かない他の方法を利用するということになるが、しかし又自由な 作文の巧拙がその能力を示し、その人の個性を示すとも考えられるのでいろいろの方法を利用す ることが必要である。
(2)その作文の能力の差が今までの経験や学習によって各人により各学校によって相当につ いていること。これを統制することは非常に難しい。故にその差を出させないようにするなら、
それに影響されないような書き方を考えることである。(例えば項目別に形式的に答えさせる。)
その差を認めてそれがどの程度であるかば判断しにくいことである。
(3)テレビ視聴を家庭でも学校でも今までどの程度やってきているかによって視聴能力が相 当に違ってきていること。これは学校テレビも一般テレビも含めて言われることであるが、そこ に環境的要因と共に学校では教師の指導的要因が大きいと考えられるが、それを出来るだけ分け て取り出すように出来るかどうかの問題がある。
(4)或番組を指定してもそれについて或はそれに関連したことについて既に学習しているか 又は経験しているかによって理解の仕方も違ってくること。そのためには未学習、未経験の番組 がよいということになるが、その調査選定は非常に難しい。
(5)その番組の前後の指導も同一にしなければならないこと。これも実際には難しくそれぞ れの教師の態度、話し方等に特徴があり、その時の事情により臨機応変的な処置がとられ易い。
(6)人数、性別、知能等について都市とへき地と同一条件に出来るものは出来るだけ同一に してへき地性が出てくるようにしなければならないが困難なことが多い。人数だけでもへき地は 少人数で一学校だけでは都市並に揃わない。その他の条件にしてもそれを統制するにはへき地で
あることのために経済的、時間的に難しい。
以上のような点を考慮すると作文による分析といっても相当の困難なことは分るのであるが、
今回は作文だけにより、あとで一回のみ追調査して追証を試みたが、このような研究は多くの事 例を必要とすることであるが、今回の結果によって断定的判断を下すことは危険であることは言 うまでもないことであって、一応作文もありのままに表現されているものとしてその共通性を見 出しその一般化への資料を得ようとするものである。作文による方法としては、全く自由に書か せる方法と項目を設けてそれについて書かせる方法があるが、前者においては、何を書くかとい
うことによって各人の興味や理解が何であったか、どんな程度であったかをありのままに知るこ とが出来るし、どんな書き方をするかによって把握(まとめ)のし方、程度が分るということに なる。後者の項目別の書き方においては、それによってこちらの意図する問題毎に各人の考え 方、内容をまとめることが出来るという利がある。今回は子供自身がどういう書き方をするかと いうことが能力により関係することであり、又どんな問題を示してくるかも一応自由に書かせる
C14)
ことによって明らかにしようとして前者の方法を用いた。その他に作文による方法にはTAT調
(5)
査のよう厄して能力発達段階的に分類しようと思えば出来るし、又テレビをみて或課題を与えて
(6)
書かせその発想法を知るという方法もあるが、いずれもそれが目的でないので用いなかったが、
これらも視聴能力をみる一つのやり方ではある。
2.実 施 方 法
(1)対象校について。 いずれもへき地校は文部省補助のテレビを昭和36年後半に設置した ところであり、都市校は比較的早くからテレビ利用している学校で
小学校2年生
ある。
大阪市住吉区 北田辺小学校32名(男20名、女12名)
(純都市的であり、放送教育に熱心な学校であり、その学級についてもそ うである)
奈良県吉野郡 平野小学校8名(男5名、女3名)
′′ 西原小学校7名(男3名、女4名)
(いずれも山村へき地であり、2年生は複式学級である)
以上3校はいずれも2年生の社会科番組を継続視聴している。
小学校4年生
大阪府岸和田市 朝陽小学校 30名(男16名、女14名)
(半農半都市的環境にある)
奈良県吉野郡 平野小学校13名(男9名、女4名)
(山村へき地校で複式学級である)
以上2校はいずれも4年生理科番組を随時視聴している。
(2)テレビ指定番組について。 いずれもNHK教育テレビ番組である。
小学校 社会科2年 「働くおじさん」37年3月10日(土)午前11.00〜15、放送
(もうすぐ春だ)
小学校「理科4年生」37年3月7日(水)午前11.35〜55、放送(冬から春へ)
(3)以上の学校の子供に同学年の指定番組をその放送日に視聴させ、その直後に感想文を書 かせた。作文は視聴したことについてその感想を何でも自由に書くようにしたのである が、実際には箇条書きにしたものもあった。それらについて内容を項目別に比較検討し た。
へき地校の子供の人数が非常に少ないのは比較に不利な条件であるが、複式学級では1 学年10名前後が普通であって、やむを得ず2年生は2校にしたが、多少の環境や学習条件 の差異はあろうが致し方なかった。
瀾 結 果 と 考察
1.2年社会科「働くおじさん」(もうすぐ春だ)
テ レ ビ番組概要
〔導入〕タンちゃんとベロ君は田舎のおじさんの所へ行く。遠くの山は雪で白いが里は桃 の花盛りで小川の水もキラキラ光っている。おじさんが迎える。
〔展開〕A.(1)おじさんと花畠へ行く、菜の花盛りであるが温室の中は暖かく窓には水 滴がたまっている。中には雪ヤナギやラッパ水仙が咲いており、それを取 る。(2)外に出るとチューリップ畠がきれい。取ってきた花をリヤカーで 運ぶ。(3)おじさんの家に着くと、おばさんが花の根を切り取る。よりわ けて束にする。(4)夜明けに起きて花を車で町へ運ぶ。野菜のビニール畠 も見える。(5)花市場で花を下ろす。花屋さんが続々と集まるJ賑やかな セ年市が始まる。大声でどなっている。(6)花屋さんが買った花を車で店 へ運ぶ。店で女の人が花を陳列する。お客が見にくる,(これで大体10分 間)
B、春になると忙しくなる店がある(1)本屋、文房具屋、ランドセル店、洋服 店(2)デパートでは学用品まつりをやっている。そこで絵具などを買う0
〔終末〕(パタン)町から村へ、村から町へ品物が車で交流されていることを説明する。
北田辺小学校2年生(32名)(a)と平野小学校、西原小学校2年生(15名)(b)とを比較して その違いの明瞭なものを中心に取上げてみた。以下a、bの次の数字は人数を示す。
(1)この番組の始めの3分の2は花の売出される過程を説明しているのであるが、それについ て書いている者は両方とも少なくa5、b4である。aの方が興味少ないようにみえるが、内容か らみると、aほ比較的順序よくまとめているのに対して、bは断片的で順序も混同している。ま とまったものはないといってよい。この番組で花の流通過程はかなり重要視されているのである から間違えては因るわけである.ぅ このことから直ちにaはbより視聴してまとめる力が秀れてい るとは言えないが、そういう者がより多いということは言える。
(2)花を売出す人は朝早く起きて眠たいだろうなと同情している者が、a5、bO、である。b の家庭では父親が朝早く出かけるのは山仕事のため普通であるが、aではそれが多少珍らしいこ とにみえたのであろうが生活経験の差といってよい。
(3)終りの部分でデノ1−トにて学用品売場を紹介する場面があるが、それについてかなり興 味をもつかと思われたがa4、b3、で両方共低調である、,aにはありふれたものであり、bには普 通の店との違いも理解出来なかったためか、叉aではデノ1−トを大丸とか近鉄とかの名前をあげ ていたが自分の行ったデパートのことと思っている。
(4)花市場のところはこの番組の中心的なところであり、aもbもかなり興味を示している が特にaにおいては著るしい。例えば、花の売買に関心を示した者、a8、bO、である。aでは「今 頃春の花を作って高く売れるか」「沢山お金をもうけるだろう。」「今売らないと安くなる。」
などと商売的関心の高いのはさすがである。bにはそれが全然ない。セリのやり方に興味を持っ た者、a6、b4である。これについても、aはよく想像を働かして「何故セリできめるのか。」「一 度行ってみたい.」「舌のよく廻る人がよい。」などと言い、前にテレビでみた他の市場のこと も思い出しているのである。bはこれに対して唯形式的にのべているのが多く、又意味もよく分 らなかったらしい。又セリの時にラッパ水仙のことを「ラッノ1」「ラッパ」とどなっていたとい
う者、a5、b O、である。これは余程気をつけていないと見逃し易い場面であったが、さすがa ではよく聞いていたということが出来る。
(5)この番組で分ったこととしてあげている点については、aではほとんど花や市場やセリ のことについてであるが、単純なことでも実に多くのことを各人があげている。例えば「花は花 屋が作るのでなくして花作りのおじさんがいること」「花は早く温室で作ること」「花は花屋に 売らないで市場があって市場でセリで売ること」などが分ったとしているなどで、いかにもこの 番組は有効であったようにみえる。これに対してbではa以上に珍らしく興味もあろうと思われ たが、それ程あげていない。この内容の分らなかったのなら質問か多くありそうでそれもないの は作文の書き方にもよるのか、低調である。
(6)疑問をあげている点についても、aはほとんどの者が多くの例を出しているのに対し て、bは全然ないのはどういうわけか。aでは例えば「ビニールの温室の中は何度か。」「何故 花の根を切ってしまうのか」「何故花市場へ花を持っていって値段をきめるのか」「花の問屋さ んはどうなっているのか」これらは皆しっかりした質問の例であるが、幼稚なものも多数ある が、とにかく活発である。
(7)誤認している例はa5、b5、であるが、例えば、aでは「村の市場で」「おじさんは夜 おそくまで働いている」「ラッパ水仙がよく売れていた」などがあり、bでは、市場を「役場」、
チューリップを「チリイブ」、「花は町から村へ」などがある。これは聞き誤り、見誤り、考え違 いによるわけであり経験の少ない子供にとっては普通のことであろうが、本質的な誤りというべ きものは少なかった。「水仙など温室の中で早く咲くのは変だ」(b)というのは温室栽培のこと が分らなかったのであろう。
(8)細かい点について言えば、遠い山の雪を示して、山の方はまだ冬で寒いが里の方は花が 咲く程暖かくなっている意味とか、又温室の中の水滴を示して温室が汗をかく程暖かいという意
味に気づaいている者はに2、3あるのみであって、唯その現象に注意してかいていた者もある けれどもほとんどは興味もなく意味も分らなかったようである。映像の理解として難かしかった のであろう。
まとめ、 以上をまとめると、aはbに比して(ア柄容をより正確に把えていること。の詳し くみていること。(ウ)関連的に広く考えていること。回多くの疑問を出していること。(オ)興味深く みていること。があげられる。これはaの視聴態度に柔軟性があり、積極的な視聴活動をしてい
ることを示している。これはaが都市校であることもあろうが、aがテレビの熱心な利用校であ り、この学級の教師も放送教育に熱心であることから、当然うなずかれることであろうし、それ が又平生の学習態度や能力にもなっているので、たまたまこの番組をみせても、このような結果 が出たのであろうと思う。テレビ学習が大いに活発に行われていることがこれから推察される
し、事実もそうなのである。bにおいてはa程地域性の特徴も出ていないし、aと比較してその 活動が劣っている.、低調であるということであるが、これは恐らくまだテレビ学習も最近のこと で教師も子供も身についていないし、より以上にへき地の学習環境、生活環境からきているとい えるであろう。
(7)
番組批判。 以上のような子供のこの番組に対する反応から逆に番組を批判するわけ『吾る が、低学年の子供程興味本位にとらわれて番組の本質的なものから外れ易いと言われるが、この 番組については上述のようにa、b共に、花作りや市場のことに興味を強く持ち、抹消的なことに 走った例は少なく、春近くなって忙しく働いている人々がいろいろあるということは感覚的にも
とらえているようである。だからこの番組の狙いは外れていないと言える。しかし終りの部分のデ パートや商店のところは、狙いとしては花作りの他に忙しく働いている人々を子供の身近かな例 で示したのであろうが、花作り花売りのことがほとんどで他はつけ足しの観があり、子供の注意 も興味も余りひかなかった。aの理解のし方から言えば、もっと花の生産流通機構にしぼって社 会生活的に示した方がよかったのではないかと思われる。bについても同様に多くのことよりも もっと興味もち理解出来るように示すべきであろう。又aでは新学期の準備のために学用品を作 る人々は忙しく働いているということは分っても、花作りについて何故忙しくしているのか分っ ていない者もいる。朝早くからやらなくても昼やればよいのにと言う者もある。即ち春近くにな って忙しく働く人々についてどういう人々を取上げたら最も主題に合うのか、花作りが最も通し ているのか、考え直さねばならぬ子供のみ方もあるわけである。又花作りと学用品売りとの結び つきがテレビでは唯おじさんが買物をするということで結びつけられているが、重要密接な関係 にあるわけでなし、みる者に強く訴えなかったのであろう。又最後にパータンでまとめ的に村と 町の関係を示したが、それがどれだけ理解されたかばはっきりしないが、子供の関心はほとんど 花のことに集っており(それは当然でもあるが)もしこの点を強調したければそれは教師の事後 指導ということであろう。
2.4年理科 「はてなはてな」(冬から春へ)
テ レ ビ番組概要
〔導入〕(1)寒がりのカメラ君が室内で火鉢にあたっているのでエンピツ君が無理に外へ 連れ出す。(2)野原はまだ草木とも冬の姿だが、梅の花も咲いているし、麦ふみ も行われている。そこで(TJ春が来た様子を訝ペよう。………〔(T)はテレビ教 師が説明するところ〕
〔展開〕(1)麦について寒い所と暖かい所とどうなっているか。家の北側と南側と比べ る。麦ののび方が違う(5cmと15cm位)目の当り加減で違うか。気温と地温 の差を調べる。(11.5。Cと16。C、11。Cと14.5。C)(パタン)それらを表や グラフにまとめる。(T)温度の差が麦の育ち方に関係あるのだろうか。
(2)北と南とで違うか他の植物で調べよう。おおいぬのふぐりの花が咲いてい るのと咲いていないのとあり、草で立ってのびているのと地面についている のとあり。
(3)気温は月によってどう変化するか、グラフで調べる。(パタン)2月が最 低で3月から上っている。
(4)もっと草原を調べてみよう。蛙が冬ごもりからよちよちと出てきた、,蜂が 花に、天とう虫もいる。ふきのとうの花が出ている。
(5)動物と気温とどう関係しているか。天とう虫と温度の関係を実験で示す。
5OC、10OC、15。C、200C。(倒れてもがいているp→とび立っている)
〔終末〕(T)天とう虫と温度の関係、土手の南と北の違い、温室の内や外について注意 し調べてみよう。
都市学校として朝陽小学校4年生(30名)(C)と、へき地校としての平野小学校4年生(13名)
(d)を比較検討したが、その他にへき地校として2校を選んだ4年生の人数が少ないので参考に したけれども比較の数の中には入れなかった。以下C、dの次の数字は人数を示す。
(1)導入部のエンピツ君とカメラ君との争いに興味を示した者はC5、d2であるが、これは 番組側の意図もここで動機付をしようとしたことが見受けられるが両方とも6分の1位しか応じて
いない。ところが終りの方で天とう虫が寒さのために転んで足をばたばたさせているところを面 白いとした者はc O、d9、ある。dはほとんどの者がここでひどく興味をもったのはどういうわけ か。ここのところはそれを特に意図して作ったと思われないし、実験の実写にすぎない。これは 恐らくdの生活経験の中に天とう虫が或は虫として足をばたばたさせている様が親密感を持たせ るものがあったにちがいない。Cにしても珍らしいことと思われるが全然反応を示していない。
(2)この番組には数字をあげて説明する例が4っあったが、それがどの程度、子供の理解に 入っているか、例えば天とう虫について、その温度の数字をあげている者はCll、d3、である。
天とう虫に非常に興味を示したdも数字には弱いと言える。Cは非常に多い。このことは他の例 でも同じで、気温の温度数を示したもの、C4、d1、であり、r土地の温度数を示した者C2、dO、
である。このような数字を意識していることは余程視聴に注意を集中していなければ難しいこと であるが、Cは比較的多くそれが出来ていた。自由にかかせた作文故に一層その差がはっきり言 える。視聴中メモをしていたかどうかは分らないが、Cの方が単に寒い暖かいだけでなくして温 度によって明確に理解していることは視聴がより正確であり、それだけの能力があるといえる。
もちろん番組としては子供にそのような細かい数字までを期待しているのではなかろうけれど も。(13)
(3)子供自身がその内容から他のことを類推している例はC9、d O、である。例えば、「お米 をうえる時」「花をうえる時は日当りのよい方がよい」「蛙も温度の高い方が元気がよい」等で ある。これは視聴して単に受身的に受取るのでなく、いろいろ考えながらみているということで ある。これは受取り方の問題であるが、Cの方が活発であることは明らかであり、これは学習経 験、態度の差であろうか。
(4)動機付についてみると(テレビをみて自分でも‥…・…してみたいと恩うこと)C4、d1、
である。例えば「これから天とう虫を詳しく調べたい」「生物の様子をもっと詳しく調べたい」
「物の調べ方を教えてほしい」などである。これは(3)と同じような傾向として認められるが、
反対にテレビで示されたことについて忠実に守ろうとする態度については、C O、d9、である。
例えば、「寒くても外へ出て観察するのがよい」「分らない時は自分で実験するとよい」「北と南 とで調べる時は同じ物を調べるとよい」などである。テレビに出てくる教師の指導をそのまま受 入れる態度は素直といえば素直であるが受身的であり、積極性に欠けるように思う。このように テレビ視聴に対する反応が違ったように出てくるのは、dはへき地的な一般性を示しているので あろうか。(実際には視聴後どんな活動を果していたかみればよいのだが)
(5)理科番組であるから因果関係を示す例は多いのであるが、その把握の仕方には幼稚なか んたんな記述から一般化してまとめる段階までいくつかに分けられる。例えば「春になると梅の 花が咲く」「虫は春になると動く」「日の当る所は麦はのびているが、当らない所はしなびて いる」「南の方は日当りがよく麦がよく育つ」「天とう虫は温度によって動き方が違う」「暖か さで植物の育ち方が違う」「気温の移り変りで生き物の生活が変ってくる」などであるが、その 把握のし方にCとbとでは段階的な差があるように予想されたが、ほとんど同じような程度であ る。どちらも同じ様な段階を示している。この番組では植物の成長や動物の活動には温度と関係 あることを示して理解させようとしているわけであるが、一番多い把え方は2つの事項を因果的 に結びつけているのであるが、それ以上になると3つの事項を因果的に結びつけたり、又一般 的、抽象的にまとめている例であるが、これは非常に少ない。これを3年生の同番組視聴結果か らみると、4年生ははっきり進んでいることが分るが、それでもその把え方に高低の差が大きい
ことは両校とも同じようである。
(6)理解の誤りの例についてはごく少なくC2、d2、あるのみで、例えば「虫は全部ぬくい 所が好きだと感じた」「蛙は4月頃出ると思ったら、3_月頃出ると分った」ということで或具体
的事実を一般とみなしてしまう例であるが、子供としてありそうなことであるが、この番組では 誤解は余りなかったといってよい。
(7)疑問に思った点についても示されている例は6)と同様に非常に少なくcl、d3、のみで ある。これは2年生社会科番組の場合と対照的であるが、これは番組が易しすぎて疑問を何ら起 させなかったのか、或は番組自体が疑問を起させないような内容であったのか問題であるが、同 じくへき地の4年生ではかなり多くの疑問を出している。疑問は関連的にいくらでも発展的に出 せるものであるから理解出来たからないというものでもないのだから子供自身の受取り方にも問 題があろう。
まとめ。 以上をまとめると、
(ア)理解′の正確さについて、例えば寒暖を数字的に言い表しているのはほとんどCであってdは 非常に少なかったことは、番組の本筋さえ分ればよいと言うものの数字的に敏感に反応し得るこ とはそれだけ視聴能力が秀れているといってよいであろう。
の 積極的な理解について、これはテレビで提示された内容についてそのままに受取るというこ とでなくして、それから類推したり発展的に動機付られることを意味しているが、この点におい てCはかなりその傾向がみられる。dにおいて特徴的なことは方法として示されたことを教訓的 に忠実に受取ろうとしている態度のはっきりしていることであって、やはりこれらも平生の学習 のあり方から来ていると思われる。
(ウ)一般化への把捉についてはその違いはみられなかったが、これは理科番組として重要なこと であり、疑問の少なかったのも本当に分っているのかということとも関連して更にテストなどに
よって調べるべきであろう。
番組批判。 この番組は概要にも示した通り、春の野原を調べようということで草花や動物 たちの動きが温度に関係あることを分らせようとしたものであるが、主人公のエンピツ君とカメ ラ君が話を進めている間にテレビ教師が適当に現れて、うまくまとめたり進めたりするので視聴 者にとっては何のこだわりもなくスラスラと分ったということになるのではないか。凝問や質問 がほとんどなかったということははめるべきことより、むしろどこかで立止って考えてみるよう
(9)
な箇所が必要なのではないか、そういう論も立つのである。易しすぎて疑問も出ないというので なくしていろいろ分らないところがあったというのがむしろ子供の興味や学習を刺戟するのでは ないかということである。それがないわけではなかったけれども、理科番組として子供に何か問 題を投げかけるような点がほしかったと思う。もっともこの番組の狙いが内容的なことより方法 的な自覚、動機付にあったとすればCもdもそれなりに応じて受止めていたということが出来るが、
もっと内容的にも子供に反発させる(抵抗を感じさせる)ものがなければ行動的にも貧弱になる のではないかということを恐れるのである。もっとも視聴後の活動については教室教師の指導如 何によることも大きいので番組だけの影響として考えることは出来ないが。
3.ま と め
上述の両番組における都市とへき地の学校の視聴結果から、その共通点をあげるならば、都 市の学校がへき地学校に比して(1)内容を詳しく正確に把握する力があること。(2)内容を関連的、
に発展させ応用の欲求に富むこと、即ち受取り反応が活発であること。
そしてこれらのことは恐らくこれらの番組だけのことでなくして他の番組の場合でも同様であ ろうと思われる。それはそれらの力が一朝にしてつくものではないからである。これらの秀れた 点は(ア)テレビ視聴の積極的な態度が平生から出来ていること。(イ)平生の学習がそのように出来て いること。従ってそのような学力を身につけていること。と考えられる。しかもこれらの平生の
(1U)
学習態度や能力は教師の指導努力が大きいと考えられるから、始めの調査の狙いであった環境的 要因による、へき地の子供の視聴能力への影響の面を特に取り出すことが出来なかったが、それ 程に、へき地的な特徴を示した視聴のし方も余り表れず、都市の子供の視聴の秀れた面がはっき
りしたということである。このことは叉反対に、へき地の子供はその生活環境、学習環境の貧弱 さ故に学習においても無気力であると、よく言われるが、そのことがテレビ学習の受取り方にも る表れているとえよう。
Ⅳ 追 調 査
作文分析による方法の欠陥を補うためには他の方法を併用すべきことを述べ、その必要は各 所に感じられたが、その一つの試みとして、前に4年生理科番組について関係把握のちがいがは っきり出てこなかったことを指摘したが、そのような場合テストによればどのように明らかにな るのか、作文法を併用して調べてみたものである。やはり都市とへき地小学校2年生の子供につ いて行ったものであるが、2年生を選んだのは前の2年生の社会科番組の結果と比較するためで ある。
(1)対 象 校
奈艮市、学大付属小学校2年生38名(e)(男19名、女19名)
(純都市環境にあり、テレビ教育を研究中の学級である)。
奈良市水間小学校2年生22名(f)(男13名、女9名)
(半農半林の準へき地的環境で、このテレビ番組は出来るだけ視聴して いる。)
(2)テレビ指定番組(NHK教育テレビ)
「理科2年生」(はてなはてな)37年7月12日(木)午前11.00〜15.放送(くるくる廻れ)
水車についてはeでは、すでに1か月半前に教室で学習しているのに、fでは全然やってい ない。
(3)方 法
視聴直後に感想文を書かせたが、書く形式は統一出来なかった。eでは箇条書きに、fでは テレビ教師へのお便り、という形式をとった。
理解テストを実施した。7月17日、約10分間、筆記による。
上述のような生活環境や学習状況の差違のある中においてどのような視聴の差が出てくる かを作文とテストでみようとするものである。
(4)テレビ番組概要と理解テスト問題……(Tはテレビ教師の説明)
テレビ番組「理科2年生」(くるくる廻れ)概要
〔導入 (T)水車の廻り方についてどんなことが分るかやってみよう。
〔展開〕1.(T)上下左右に水に当てることによって水車の廻る方向がちがう。川です る代りに池(たらい)でやろう。
2.3人の子供がそれぞれやるが、水の当る向きで廻り方に早いおそいがある。
羽根(の平面)に水が垂直に当る時、斜めに当る時、平行の時によって廻り 方がちがう。分ったらやってみよう。それでもうまくいかない。
3.(T)水車を水の中に入れてしまうと廻らない。軸の所では少し廻る。先だ け少しつけるとよく廻る。
今度は皆よく廻る。水(流れ)をもっと早くしたら早く廻るか。川か水道の 水で試してみるとよい。
4.水道の上と下とどちらが早く廻るか、羽根のどこにあてるか、あて方によっ てちがう。下の方が早く廻る。(T)水道でやる時は水のバネがかからない ように注意。
〔終末〕軸受けの研究をしよう。ピソ、あきかんを使ってもよい。又どんな廻し方したら よいか研究しよう。羽根の先か、軸か、叉何枚羽根がよいか分けて比較しよう。
理解テ スト 問題
もんだい1.みずくまるをすいどうのみずてまわし ました。どちらのはうがはやくまわり ますが。はやいほうに○をつけなさ い。みぎのえの()のなかにかきな さい。
三 幸
もんだい2.みずぐるまを川のなかにいれました。どれがはやくまわりますか。いちばんはやい ものに1とかきなさい。つぎにはやいものに2とかきなさい。
もんだい 3.したのみずぐるまほどちらからみずをあてたらはやくまわりますか。いちばんは やいものに1とかきなさい。つぎにはやいものに2とかきなさいっ
這巷フ、濯 ハ黎塞
もんだい4.みぎのえのようにみずぐるまをすいど うのみずでまわしました。
どちらのほうがはやくまわりますか。
はやいほうに○をつけなさい。
(イ)得点(6点満点)
常
問題1と2は両校とも満点か、それに近い成績で、これには水車の学習を教室でやっていて も、いなくてもよく理解出来たということである。
問題3は両校とも最も難しかった問題で或は問題の図の示し方が拙かったのではないかという 疑問も持つのであるが、この問題のみはテレビの内容そのままでなくして応用化したものであ る。即ちテレビでは水車の向きを水の流れの中で3様に変えたのであるが、この問題では水車は そのままにしておいて水の当て方を変えているのである。だからこれが理解出来た者はテレビの 内容が本当に理解し得たといえよう。水車学習をやっているeでも正答は34%にすぎない。水車 学習をやっていないfでも27%の正答はむしろよいといえる。余り差はなかったということであ る。ところが妙なことはfで半解が41%あることである。(2つのうち1つだけ正解している)
eは5.3%しかないのに。これは何故であるか。しかもその半解は水が羽根の平面に垂直にあたる 回が1番早いとするのは出来ているのに斜めにあたる恒)の2番目に早いとしていないことであ る。eにおいての誤のほとんどは画を1番早いとしのを2番目としたことである。何故このような 誤を生ぜしめたか。問題の図のかき方によったかもしれないが、むしろテレビの提示のし方その ものに問題があったように恩う。そのことは後述するようにここのところがテレビは確かに分り にくかったのである。
問題4は1と同様に分り易いと思ったが、eには誤答が10%あり、これ位の誤解はありうると して意外なことfに誤答が60%あったことである。これは何故であるか。テレビでもその通りを 示しているのによく視聴していなかったか。或はテレビが誤解さしたか。水道の下の方でも水車 の軸にあてると廻らなかったこともある。或は実験の経験の有無の差か。(eは教室学習で水道
でよく試していた)これらについてはその理由をきくか書くようにすべきであった。
平均点で7点(100点満点で)の差はいろいらの経験の差からいってむしろ少なすぎる位であ るが全正答率において29%と9%の差は大きいと言わねはならない。その差は問題3と4の誤り からきていることは言うまでもない。(平均点において余り差がなかったのはfに半解が多くあ ったためである。)その誤りのし方において理解にも質的な差異があると言える。その実態を掴 み出すためにはその問題点について必要なそとを書かすのがよいが、今度の作文は直後の作文で あったために例えば問題3のロ、を何故1番早いとしたか充分きめ出すことは出来なかった。又 この場合疑問があれば書かすべきであった。
作文の内容についてみると。
eにおいてはテレビタこよって分ったこと、更に調べたいこと等について皆の者が箇条書にし て詳しくかいており、しかもその考え方は実に活発なものである。これは単に教師が書き方を指 導した位で出てくるものではない。平生の学習の結果による視聴反応というより外ない。fにお いては書き方もテレビ教師へのお便りという形で書いたために充分にeと比較出来ないのである が、その内容をみると、今までに水車の教室学習もなく、テレビ番組も指定番組の直前の回の分
(水車の作り方を説明した)を子供たちはみていないので、作文にも水車の作り方を教えてほし いと書いた者が64%もある。(eには全然ない)次に面白かったとか、もっとみたかったとか書 いている者が32%あり、分ったこととしてのべている者は約半数がごくかんたんに水車の羽根の 先をつけるとよく廻るとか、水の車に入れてしまうと廻らないとかである。応用的な考えは全然 出ていない。これに反して、eにおいては分ったこと調べたいことの内容がテレビの全内容にわ たっており、叉それ以上に応用を考えているのは旺盛な学習精神である。しかも単に分ったこと だけでなく何故水車を水に沈めると廻らないか。水道の口近くより下の方がよく廻るか。羽根の 多い方がよく廻るか。についてその理由を考えており、又テレビの終末でテレビ教師が示唆した こと以上に内容豊富に水車の廻し方、作り方、羽根のことについて考えているのは2年生として は驚く程である。
まとめ。 以上のような点からみて今度の理解テストは非常にかんたんなもので、テレビの 示した4つの項目について、二者択一又は三者択一のやり方ばかりで解答には偶然性もあると思
われるが、それでも問題によって細かい点にまで視聴者がどの程度理解しているか、又分らな い、誤っているとすればどれ程、どんな誤り方をするかが分り、それから理解のし方に質的な差 異のあることを示したが、これをさらに記憶力、応用力、構成力といった面から問題を考えテス トしたならば視聴能力の違いが一層明瞭にされてくるであろう。それと共に作文による方法もあ とから問題点についてそれを明らかにするように書かせるようにすればその問題究明のために役
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立つ方法である。
理解テストでは理解程度は分り問題点を示唆してもその精神的な活動状況はやはり作文によっ て明瞭になることはこの番組についても同様であるが、その結果によってみてもやはり都市の学 校は視聴内容がいかにも詳しく正確であり、その受取り反応が、活発であることは、明らかで前 2つの調査番組と同じであることを示したロもちろんこう言う場合、都市の学校はいずれも放送
教育に熱心な学校、教師であったということを前提としなければならないのであって、fにおい ても、もしテレビ番組を継続しており、その関連的な学習が行れておればテストの成績もよくな り、その把握のし方や反応も活発になったであろうことは想像されるのである。故に厳密にはこ れらの番組についてこれらの学校についての結果および考察であるが、しかし一般的に都市とへ き地においては、テレビ視聴について上述のような状況においては上のような相当の差異がある ことは認められるであろう。
(6〕番 組 批 判
(ア)テスト問題3で指摘したように水の流れに対して水車の向きをどうおけばよいかという 問題はやはりはっきりさせておく必要があると思うが、これは理解に難しい事象だというより、
テレビでみせた実験場面がタライの中で3人の子供が次々とやってみせただけでその違いがはっ きり見えにくかったし、又あとでテレビ教師がまとめ的に図示した時も急いでいてゆっくり考え 認知する時間もなかった。重要な点はもっと時間をかけるべきであるし、そのためには内容が過 多になることをさける必要がある。そして水草の場合、どの角度から映し出せば水車と水の流れ がよく理解されるのか、或はどんな実験方法によればよいのか考えなければらないことであろう。
の テスト問題4のことから考えられることは水道の実演の時に蛇口の近くと下でははっき り廻り方がちかうことを示すべきで、下でも軸にあてると廻らなかったことも示したので、それ が混同してeの中にも水の流れがきつすぎるとよく廻らないと説明している者が数名あった。こ れも誤解を招いた例であろう。
(ウ)登場人物の出し方に無駄な点があったように恩われたが、とにかくfには是非水車を作 りたいという強い欲求を起させeには夏休みにはもっといろいろ研究したいという意欲を持たせ たことは理解上問題はあったにしても、それだけでも有益であったと言えよう。
(7)今後の 問題
本研究の狙いは視聴能力に対するへき地性の影響をみるのであるから、始めに述べているよう に先ず視聴能力およびへき地性をいかなるものとして掴むか、その分析を綿密に行い、それに基 づいて対象の選定および方法を立てるべきである。今回はその予備段階として一般的な視聴能力 として限られた対象と方法とによって、都市とへき地の子供を比較したにすぎないが、方法的に ももっと条件を統制し確実な基礎と操作によってへき地性と視聴能力との関係が明瞭に把捉され るようにしなければならない。
終りに本研究の調査に多忙中を協力して下さった諸先生方に深く感謝いたしたい。
註(1)へき地テレビ教育調査特別委員会で協議した4つの研究課題は学力、学習意欲の向上、社会的態度 の変容 視聴能力である。放送教育研究集録Ⅶ日本放送教育学会1961、PP256−259
(2)始めに共同協議したのはNHK関係者および大阪学芸大学 西脇英逸民、大阪大学 田中正吾氏、
滋賀大学 村田昇氏と筆者である。
(3)へき地と放送教育、大阪放送局1962
聞 太田帝樹、昭和35年度、36年度姦艮県へき地テレビ放送教育調査報告
(5)手代木 保、辺地児童のテレビ視聴能力の分析的研究、昭和36年度東北、北海道地区視聴覚教育研 究集録、1961文部省PP・66−71
(61山村と教育、大分県教育研究所編、1953・PP・62〜76
的 番組批判の形式については拙稿、教育放送番組の評価と分析、奈良学芸大学紀要第10巻第2号1962 にまとめた。こLでは子供の作文からのみに止めた。
r8)山下静雄、放送教材利用の基本問題、放送教育研究会関西連盟1962・PP・4〜8
(9)このことについては第8回放送教育研究協議会(1962)においてもテレビ番組について研究討議さ れた。
(叫 木原健太郎他、テレビによる教科指導の分析、名古屋大学教育学部紀要第8巻1961・PP・225〜272 の中に「教師の教材観や指導観がテレビ教育の効果を基本的に条件づけている」と言っている。
仕1)木原健太郎他、上掲論文、こゝでは各種の効果テストと疑問調査を行っている。
姻 NHK放送文化研究所では最近、いくつかの教育テレビ番組の分析評価をしているが、例えば、テ レビ理科教室6年生「輪軸」(1962・5発表)では東京都内の住宅地と同農村の小学校の比較において 住宅地校の方が興味反応が高く事後テストの成績もよいとしている。又それらが知能偏差値や理解の 成績とかなり相関あることも示しているが注目したい。
㈹ 視聴番組内容における数字の把持が他の知識事柄と比べて困難なことはNHK放送文化研究所、学 校放送番組の評価21(1962.2発表)にも示されている。
(咄 NHK放送文化研究所編、学校放送の調査と実験(1960)、の中の放送番組の分析評価の中にはこ れらの方法が他の方法と共に用いられている。
〔昭和37年9月11日受理〕