、宗 心 ブ
慎宗連合學會研究紀要
ー ー 第 四 輯 一 一
暉 和 凶 年 9日
虞 索 迪 介 肩 貪
明
寂 翰
佛 光 寺 所 蔵
親憬聖人艘蹟 本振本願寺蔵
員 宗
研 究
員
宗 連 合 學 會
第
四
輯
親鸞とその時代に於ける善と悪 現 代 と 念
俗信に封する法然上人の教示 淮土教に於ける無生法忍について
目表⁝⁝佛光寺所蔵明治天皇哀翰︵第五回大會記念品︶
裏⁝⁝本派本願寺所蔵親鸞聖人異蹟六字尊琥銘文︵第六回大會記念品︶
第五回大會研究擾表︵昭和三十三年五月十八日︶
興正寺偲来の﹃三経往生文類﹄について・:
. . .
. . .
. . .
. . .
. .
:··:;…••今
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̲ 1 L
其宗佛性論の一考祭:··:·………••…………桐
·………••佐々木徹異(天)
﹃ 愚 禿 紗
﹄ の 問 題 と ﹃ 拙 邪 輪 ﹄ の 所 論 :
. . . . .
;••……·…••••……·::武
佛 :
・ ・ : ・
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・ 鷲
奨
口 次
絡
宗
•••••••••••••••••••••••••••••••••
1
研 究 第 四 輯 目
次
輪 尾
弘 生 淫
順 杉 思
朗(
︱‑
︶ 忍 ︵ ニ ︱
︱ ‑
︶
範
譲︵莞︶︵ 発
︶
慧︵ 六立
︶
井 嘉 照
︵
‑
︶
目
次
無著の順中論について 抑止門の意義について
ーキエルケゴールとの類比的考察ーー
l 第六回大會研究登表︵昭和三十四年五月一一十四日︶
虚 無 と
ー
﹁ 後 生 た す け た ま へ と た の む
﹂ 考
I
蓮 如 の 信
ー 異 宗 安 心 上 の 問 題 と し て ー
疑・無明・愚痴の交際について
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . ⁝ ⁝ ・
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寺
稲 名
:
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. . .
. . .
. . .
.
…………••••…••西ー 消 澤 満 之 の 奇 零 行 に つ い て
1
往 生 思 想 の 系 譜
. . .
. . .
. . .
. . .
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・ ・ 武
伯·:·………•……••………••秒
善導教學序説:・:・:・:
. . .
. . .
. . .
. . .
. . .
. .
………••幡
親 鸞 に お け る
﹁ 箪 獨 者
﹂ の 問 題
:
. . .
. . .
. . .
. . .
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. . .
. . .
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……••…•••ニ
. . .
. . .
. . .
. . .
. . .
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. . .
. . .
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曳ヽ
••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••
41
博綸の六角夢想について⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝竹
内 光
岡 融
疾 胴
條
秀 谷 山
智 邑 尚
山邦 倉
襄︵ 七四
︶ 彦︵全︶
邦︵ 九六
︶
光(
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明 (
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政 (
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︶ 運︵
一詈
︶ 悟︵ 一耳 一︶ 範(
‑空
︶
學 會 槃
観 鰐 下 三 品 の 機 相 に つ い て
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: 木
シンポジュウムニ異宗敦義の祉會性ク…•••…………••………•………·:(二器i)
報 ⁝
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︵ 二 七 八
︶
伊勢地方における室町時代の高田派数園について 悪人正機説について 正
信 侶 文 の 修 訂 に 就 て :
・ 濤 :
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・ ・
・ ・
・ ・ 山
親鸞聖人に於ける自力•他力の意義・]
. . . .
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⁝ ⁝ 櫻
松 山 氏 の
﹁ 蓮 如 の 信 仰
﹂ 批 判 :
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⁝ ⁝
⁝ ・ 村
お文の理解の仕方について::··:·………•••上
ー松山氏の所説に対する批判ー~ 国
の
次に つ い
松 ………·………••神~了上恵龍(―-元)
井
寛 藤
令
正
慈︵
水 ︵
一 七 一 ︶
純 ︵
元 八
︶
城 (
‑ ︱
︱ 九
︵ 二 四 一
︶︶ ^
杉 思 朗 (
‑ 八 六 ︶
上 速
四
興正
寺伝
来の
コニ
経往
生文
類﹄
につ
いて
まのあたり数化に逢う事は非常
い事
であ
る︒
嘉往生文類﹄について︑宗祖の置筆であ しJ
正 寺 所 蔵
古来嘉往生文類﹄は宗祖の異筆として博来されているものに︑
西本頴寺所蔵
今︑此の興正寺所蔵の
の闊係を推察し︑の概観を逮べ紹介し度いと思う︒七百年間博来された宗祖の箕筆 に記されている平俊直によっヽてしJ ー
ォ
輿正寺に博来されている宗祖の興蹟典正寺側来の
二経往生文類﹄は︑康元二年
﹃ 三
続 往
生 文
類 ﹄
今 について
日宗祖八十五オの著述てある3
井
罷往生文類﹄に︑今
所蔵者である平俊直と宗祖
照
半枚 〇奥書 半枚
0
禰陀経往生段八枚半 〇縦八寸九分美濃紙系統
0
大癌往生段0
観経往生段半枚の欣態 八枚半と七行 枚と
〇紙敷外題漂紙本文共三十一枚半
裏打されている
0
半枚に二字内外記さ九る0
装 釘 袋 綴
横六寸九分 現在の状態ーー弘化年間に修理されている°
︵ イ
︶
興正寺伝来の﹃三経往生文類﹄について
興正寺伝来の可﹃一絆往生文類﹄について
︵ 口
︶
三癌往生俊直
と記されている︒これによって此の興正寺本は平俊直の所蔵であった事矛知られるウ
﹃改邪紗﹄に﹁大師聖人ノ御日筆ヲモテ諸人二書キ典へ渡シマジマス聖教ヲ見タテマツルニ皆願主ノ名ヲ遊パサレ
タリ﹂とある故︑俊直の二字は所嗽を表しているのである︒宗祖が俊直に書き典えたものと知る事が出来る︒
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1:
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心E
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浄土三癌往生又類︐
I I i
裏外
題に
は︑
愚 禿 親 鸞 八 十
五歳
裏
コレラノ翼文ニテ難思往生トマ
フスコトヲヨクー\︑コ︑口ヘサ
セ タ マ フ ヘ シ 南 無 阿 禰 陀 佛 南無阿禰陀佛
南無阿涸陀咄
康元
二年
一
1月二日害富之 i
ー 一
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←切りぬいている
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禿 親 鸞 八 十
五歳
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開︱
'一
年一
そ一
月二
目 恩 禿 親 鸞
コレヲ難思議往生トマフスナリ 観 経 往 生 紙 敷 八 枚 半 と 七 行
還 興 興
往 興 相
本書の内容を概観すれば︑
大 癌 往 生 紙 敷 十 二 枚 と 三 行 廻 向 賓 行 業
十七願文
十七十八願成就文
賓 信 心
十八願文
如来會十八願文
賓 證 果
十一願文如来會十一顧文
如来會十八願成就文
十一願成就文
如来會十一願成就文
論註相
廻 向
浄土論二十二願文
浄士論を學ぐ 興正寺伝来の﹃一1一経往生文類﹄について
四
興正寺伝来の﹃三経往生文類﹄について コレラノ
コレラノ翼文二
マフスコトヲヨク/\書コ︑口ヘサセタ 卜
ニテ難思往生トマフスコトヲヨク
l¥
'コ︑ロエサセタマフベシ
南無阿禰陀佛
奥書ー半枚︵表︶
十願文
如来會二二十願成就文
如来會二十願成就文
定善義
禰陀経往生ー紙敷八枚半
南無
佛 コレラノ文ノコ︑ロニテ雙樹林下往生トマフスコトヲヨクー\︑コ︑ロエタマフベシ
十九願成就文
二十八願文
二十八願成就文
往生要集 十九願文
五
刹 次 如 禰 勒
ク ニ ト イ フ ン リ キ ノ ネ ム フ チ シ ャ ナ リ ッ
1hミ
"
9ノコトシ
溜 瀧 来 生 祈 慕 輩 深 法 技 菓 浦 徹 云 云 牢 固 牢 固
キ ヨ ク ト ホ リ テ ウ
.
99
ヘ グ カ タ ク カ タ シ カ タ ク カ タ ッ ト ナ リ ミ ツ ナ リ
` ミ ウ ナ リ キ タ リ ム マ ル ネ カ フ
・ ン タ フ ト モ カ う フ カ イ
tノリ
果 遂 胎 宮 難 思 疑 惑 難 思 議 不 果 遂 者 虜
疑惑
ウ イ ー 一 タ ス ケ ン ト ナ リ ハ ラ マ ル
︑ ナ リ シ リ キ ノ ネ ム フ チ シ ャ ナ リ ウ タ カ フ マ ト フ ホ
.
99ワンタ9
キ ノ フ ウ シ ャ ウ ト マ フ ス ハ タ シ ト ケ ス ハ ト イ フ ハ ッ イ ニ ハ タ サ ム ト ナ リ ヰ
大 利 疑 悔 積 集 阿 兎 多 疑 侮 園 苑 憬 奥 師 疑 惑 善 本 悔 責
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.中フマトフナリ`とクノ・しヤ・つカウクヰセメテ・ネチ:'ノサ
9リ ウ タ カ フ
﹁
tヽロツミアッム
r . r ロ ク ホ 廿 ヂ ナ リ ウ タ カ フ ウ
. ン ロ ノ ゾ ノ マ ヘ ノ ソ ノ シ ャ ハ ト ノ ニ ン シ ナ リ
尊琥は五句三ケ所に記されている︒観経往生段の一句は︑阿禰陀の三字が消えている︒禰陀癌往生段の一句は︑消
した後が伺われる︒ 園続ヵnミメクル
羅覆
nメオヘエリ 疑惑ウタカフマト?ナリ墨で附された箇所は︑次の所りである︒ 句切黙は朱を用ひ︑御左訓は隈で付されているが︑中には墨で振仮名送椴名を付し朱で御左訓を付されている箇所もある︒御左訓を附してある箇所を初記すれば︑朱で附した文字は︑次の二箇所である︐ 本文中には返貼の﹁レ﹂は用ひられず﹁︱二三四﹂
れて
いる
︒
南無阿禰陀佛
南無阿禰陀佛 マ
フヘ
シ
興正寺伝来の
︵裏
︶
南無阿禰陀佛 について
﹁A
いい
A﹂﹁上中下﹂を用いている︒振仮名・送椴名・返貼・
一
ノ
興正寺伝来の 構助一人 相営従五位上﹂助一人ー頭之輔佐任也 こま?
tし
について とあり
七
つ
て
平俊直は宗祖八十宜オの著述で
て
外題 の如く輿正寺本は袋綴りであり︑
の異蹟に見られるのと全く同一である︒故に宗祖の属筆である事は明瞭である︒
であ
ろう
と︑
平俊直なる人名は︑ の元久二 ・送暇名・返黙・
宗祖が﹃浄士三経往生文類﹄を書き典えられた平俊直と宗祖とは如何なる闘係にあったものであろうか︒註平俊直については︑藤原猶雪博士は藤原定家の
﹃尊卑分脈
dー及び﹃門侶交名帳﹄にも見出す事は出来ないから︑外題
﹃明月記﹄中の﹁玄蕃允平俊直﹂であろうと︑私も考察するのである︐何故ならば︑玄蕃允兼窄博士と云う職名を考
察する時︑宗祖との闊係を推測する事が出来るからである︒平俊直自身の事蹟については知る来が出来ないが︑玄蕃
允に任官して以来︵元久二年宗祖三十三欺から宗祖八十五歳まで︶宗祖と交りをもっていたに相違無いと思うのである︒
れているのであるから︑元久二年から宗祖八十五オまでは存命
頭一人ー職員令云玄蕃頭一人掌佛寺憎尼名箱蕃客辞見讃饗送迎及在京夷状監館舎也﹂ いる平俊直は
てい
る︒
いる
︒
こま
︑ 冒 i
i
とし
名 十日の條に記されている﹁玄蕃允平
︵ ハ
︶
り︑内容
平俊直﹂の十一字は所持を示す俊直自身の筆蹟と思われる︒本文と﹁三純往生俊直﹂の六字とは別筆でないと思うの 此の﹃浄士三癌往生文類﹄
︵ 二
︶
竹下博士であった事が猶︑
﹁相
嘗正
六位
上﹂
大4 允
農
﹁官位令有允大正七位下小従七位上麗大従八位上小従八位下也﹂
﹁浄士=終往生文類 これによるに︑允は正七位か従七位の官位あるものである事が知られ︑平俊直はこれよりうかがうと高官では無かった事が知られる︒竿﹁玄蕃允平俊直﹂と﹃明月記﹄に記されているから玄蕃允兼算博士︵算術の敦授︶であった事も知られる︒
この
一そう宗祖との闊係を深めたのではなかろうか︒これを推察するに﹃官職要解﹄に竿博士
について﹁後世三善小槻氏が世職となる﹂と記されているが︑︵この三善氏は三善為教の一族であろうか︶砂下博士三善氏
と︱︱︱善為教︵恵信尼の生家︶と闊係ありとすれば︑竿博士平俊直と四下博士︱︱一善氏とは︑算術の教授と云う職役に於て闊
係ありこれによって三者の闘連性を推察する事が出来る︒外題に﹁繹俊直﹂と繹の字無き虜より察するに︑俊直は僧
籍にあった人とは思われないが︑玄蕃允兼竿博士と云う職名からして宗祖との闘係を推察する事が出来ると思らのて
ある︒故に﹃浄土一二癌往生文類﹄を所持していた事も営然であろう︒
の外題に記されている﹁︱︱︱糀往生俊直﹂の六字は宗祖の筆てある︒
であるが︑本文を宗祖の筆とするに躊蹟するのは何故だろうか︒私に推測するに︑奥書の記されている半枚によるの
ではないかと思われるeこの半枚に記されている奥書の前に︑﹁コレラノ興文ニテ難思往生トマフスコトヲヨク/\ 興正寺伝来の﹃三経往生文類﹄について
I
、
興正寺伝来の る︒最後に賓證なく推測を逮ベ
につ
いて 深く御詫び致し度いと思うのである︒
九 以上の観貼から興正寺に縛来する﹃浄土
は 宗祖の御展筆であることは明瞭であると
ハ︑振仮名・送瑕名・返貼・御左訓等が宗祖の他の ロ︑袋綴りで
﹃浄
士一
︱]
経往
生文
類﹄
を紹
介し
て概
観を
逮べ
︑
のと全く同 の部分が破損していた為め︑他の
であ
る事
︒
イの闊係を考え︑興正寺本が俊直の所蔵であっ 呉蹟で が博来されていたと思われ︑
たので
のであ ろうかのである︒この菫複された文は草稿的なものでなかったかとも推測出来るのである3 嘉往生文類﹄本の奥書を綴り込んだので 二親往生文類﹄より他にもう一本﹃罪土いつの時代か修理をなし これら本文中の結文と相違してい
し
︑
ォてし
四 ︑
ェ﹂と﹁へ﹂と文字が相違している︒ 行に書かれているが~この部分は
れて
いる
︒
J︑
がて
ー︐
菫複されている部分は句切貼が記されていない︒ 一︑本文は袋綴でJの部分だけが半枚紙である︒ なつているのではないかと思われる︒これてい
こ ︒
?
に︑今樽来されている コ︑ロエサセタマフベシ﹂の彊陀経往生の結文が重複して記されている︒この重複されている事が躊躇する問題貼と
奨宗史研究(‑九九頁︶
参考書
呉宗法要解説︵第一輯︶
異宗害誌學の研究
親鶯聖人全集︵和文篇︶
職原紗聞害
官職要解
註
興正寺伝来の﹃三経往生文類﹄について
︒
浄土
教に
於け
る無
生法
忍に
つい
て
法忍﹄の説をとりあげてみたい︒それは
イントとされている不退思想に於
に明らかにしてゆかでいるといわ っ4もある︒ゆえに︑ それについての研究も 浄士教が大乗佛教のほんすじのものを織承しつA︑それを宗教とし
とは︑浄士敦徒のゆるぎなき信念であるといつてよい︒しかしながら︑このことが軍に信念にとゞまる限り︑獨善の
そしりをまぬがれぬであろう︒古来より浄土敦徒もこの貼に留意して︑其の倍念の根攘と内容を︑學的に開顕するた
めの努力を彿い︑その成果も畢げられて来ている︒しかし︑いわゆる大乗佛敦と呼ばれるもの'ょ内容は極めて多様多
Aんでいるとともに︑祉會思潮の愛遷は浄土教それ自盟に封して厳しい自
の闘
係は
︑
一般佛敦の賓践論の中で最も の一っとして︑私は
て︑その不退を成立せしめる法的根操は﹃得無生法忍﹄とされており︑浄土敦において強調する信心︑即ち禰陀の本
願による救瀕の賓證の語られる場合も︑また﹃無生法忍﹄が設かれているからであるeこAに︑大乗佛敦の本質と浄
浄士教に於ける無生法忍説について
とに結賓させているものであるというこ
上
杉
思
. 逼
朗
背景のもとに明確に規定しているのは も一定していないが﹃認﹄と同義とされてい ﹃無生法忍﹄ーこれを一般に成語そのまA無生法忍と讀み下しているが︑この語の意味することがらは﹃無生の法
を忍︵得︶する﹄ということであって︑﹃得﹄の字を附して解すべき言葉である︒癌論には︑
に﹃忍﹄と略して使われているが︑窟略のいかんにかAわらず﹃得る﹄という動詞と結びつけてもちいられるのがそ
﹃忍
﹄を
得る
︑ と ︑
﹃無生法忍﹄の名義
﹃無生法忍﹄という成語は﹃無生の法﹄と﹃忍﹄との1一概念より構成されていて︑﹃無
︵も
つと
も︑
﹃無生法忍﹄を全て所得の法として論説される場合もあるが︑それは︑
る﹄という儒瞼そのものを︑観念的に法相として封象化した表現であって︑﹃無生法忍﹄という熟語の基本的意味その
ものは上述の通りである︒︶能得の心を軍に﹃無生の法を得る﹄といわず﹃忍︵得︶する﹄と﹃忍﹄
らわしているところに︑佛敦の︑宵證態の性格及び内容の特質が示されていると考えてよい︒
﹃無生の法﹄という語義については︑大乗の糀論のいたるところに述べられていて︑解説の内容も多様であるが︑
結論的にみて︑無自性空の道理を﹃無生の法﹄と呼ぶと領解してよい︒
﹃忍﹄の語義については︑古来より︱‑︳義︵世親の撮大乗論︶を攀げ或は四義︵倶舎論光記︶を敷うるなど︑必ずし
﹃無生法忍﹄と熟する場合の﹃忍﹄は﹃忍可決定﹄の意味であって︑
る︒了解すべき封象を心に了解承認する心の様態をいうのである︒この意味の﹃忍﹄の意義を︑佛道賓賤論の組織の
﹁倶舎論﹂の見道位の﹃法忍﹄の論説であるeその論説にしたがつて﹃忍﹄ 生の法﹄は所得の法を﹃忍﹄は能得の心を指すのである︒時には の用語例である︒したがつて 土敦との闊連内容を探る好個の素材として 浄土教に於ける無生法忍について
﹃無生法忍﹄説のとりあげらるべき所以があると思うのである︒
﹃無
生法
忍﹄
しば
L ¥
﹃法忍﹄或は睾
を得
る︑
又は﹃法忍﹄
﹃無生の法を忍︵得︶す
という言葉であ
浄土教に於ける無生法忍について
が︑その證認のされかたが︑無自性空の道理がわかつてしまったというのではなく︑こうもあろうかあ
4もあろうか
と︑心に推量する餘悠のあるわかりかたであること︑それが﹃忍﹄という證認のありかたである︒推度のはたらきと は人間の思惟分別である︒人間の思惟分別のはたらく餘地を残しつ
4も︑それが煩燐にならず︑涅槃に蹄入するとい
乗菩薩道の思想であるといつてよい︒ う性格をもつているのが﹃忍﹄である︒かくの如き﹃忍﹄を根操として︑観念的に佛道の賓践理念を展開したのが大
①
したがつて︑大乗の諸経論に於て︑菩薩道と﹃無生法忍﹄とは常に不可分のか たちで詭かれ︑特に菩薩修道における﹃得不退﹄は﹃得忍﹄をもつて必須の條件としている︒
道理を﹃忍﹄というかたちで證認した心境に於てひらけ典えられるのが不退の境位なのである︒
右の如くにして
﹃縣生法忍﹄とは せらるへき疑と倶生するし
2︑徳の上からみると︑﹃忍﹄は﹃正性離生に入る︵正性決定に入るともいう︶﹄という億をもつものとされる︒﹃正
性﹄とは涅槃のことであり﹃離生﹄とは凡夫位の生を離れるという意であって︑凡夫位の生を離れて涅槃に至る
︵入る︶べき身となるというのである︒この徳がもといとなって﹃不退﹄
二形身を受けない﹄等の諸應が演繹的に導きだされている︒
この﹁倶舎論﹂の論説は︑﹃忍﹄の基本的概念として大乗佛敦に於ても踏襲されているとみてよい︒
が
﹃智﹄は決断重知の義て疑を決し惑を断ずるはたらきてあるに対し︑ 2 ﹃宵﹄との間係に於て封比すると 1
︑有漏・無漏の簡別からすると
﹃忍﹄は無漏である︒
﹃忍﹄も﹃智﹄も共に惹を自性︵儒︶としていて境を知るはたらきである
﹃扇賤半澤迦及ひ
佛数の根本的立場である諸法無自性空という道理が證認されることである
の法相的意味内容をまとめてみると︑大儒次の如くである︐
つまり﹃無自性空﹄の ﹃忍趣に堕しない﹄ ﹃忍﹄には推度のはたらきがあって断
① 註
右の如く﹃見佛﹄が﹃得忍﹄の條件とされると共に﹃授記﹄もまたの條件の如く設かれている3 るようになった3
その
てい
る︒
つ
つい
て
ことりあ
いう
こ
ているのも
召このように︑見佛を佛道行證の不可鋏の條
と論じている﹁浄信童女會﹂の﹃無疲倦八法﹄のうちに を見たてまつる是を大忍成就と名ずく』(正•⑩·Io六) ﹃此の二忍・法忍︶増長して無生忍の證得を作す︑最後肉身に悉く十方諸佛化現して前に在りて空中に坐す
るのも︑同じ見佛思想の系列に蜀するものであろう︒大乖の論部でしぎりに論じられる登心の因縁説て︑値佛敦示と
以上概観したような大乗佛敦に説かれる﹃無生法忍﹄意義内容を基準として浄士鰐典に説かれる﹃無生法忍﹄説
をながめ︑属宗で主張する不退説とのか4わりを指摘してみようと思うe
﹃畢
党じ
て不
生な
る故
無生
注忍
と名
ずく
︑是
の如
き無
生法
忍を
得る
に由
るが
故に
不退
轄の
菩薩
摩詞
薩と
名ず
く﹄
ーー
'大
品般
とい
4
こよ
i v
ということについて
﹃善
現︑
不退品に不退の菩薩の行類相貌を設く中で 右の如き﹃得忍﹄についていま︱つ注意すべきことは︑
浄土
教に
於け
る無
生法
忍に
つい
て
︵ 正 .
g
.六二三︶が攀げられ ﹃見佛﹄と﹃授記﹄の問題であるC﹁大品般若﹂の﹁初分︵不退の︶菩薩睾阿薩は︑法を聴かんが為の故に常に見佛を築しむ`如来應正等覺餘の世界にありて
ますと聞けば︑即ち願力を以て彼の世界に往生し︑恭敬供養して正法を聴受す⁝⁝﹄
﹃見
佛供
養﹄
﹃見
證佛
刹﹄
一四
︵正
ふい
・六
七
力
d三賓の整を聞く得益を朋す経説 c b
a
浄土教に於げる無生法忍について ー或聞佛磐⁝⁝無生忍臀:・ の勝相と得盆を説く経説
ー演出無量妙法⁝⁝一i 第三十四聞名得忍の願 てみると次の如くである3
﹁大
続﹂
れる﹃無生法忍﹄の
第四十八得一二法忍 浄土直接
R
1︑糀
の 整 理
︵科
本 ・
説虞
D
の聖
句
︵科本・五十一 れているのは 大観二癌に設かれる﹃無生法忍﹄
﹁観﹂二純るC
五
若、初分不退韓品(正•六•五七一)
﹃一切法の性︵は︶空︵であるという道理︶を行じて無生法忍を得て菩薩位に入る:
. . . . .
﹄
﹃法愛を断じ無生忍を得て菩薩位に入る﹄'ー同右︵正・ニ五・五八
0)
﹃菩薩位とは無生法忍是れなり此の法忍を得て一切恨間空を親じ心所著無く諸法貰相
t l l
に 往 し て 復 世 間 に 染 ま ら ず
﹄ ー 同
右︵正・ニ五・ニ六四︶
一智度論﹂牲四︵正・ニ五・八六︶に︑不退を得る一1一法の一っとして﹃般舟一1一昧を得て能く現在の諸佛を見る︑是の時阿鞘
跛致と名ずく﹄とある論説︑或は﹁経﹂の﹃念無量佛上諸佛一二昧常現在前﹄の文を論繹して︑﹁念佛三昧とは︑十方三世の
賭佛︑常に心眼を以て見たてまつりて︑現に前に在すが如くなるに名ずく:⁝
. .
﹄とのべている文によって推察される︒ ・ニ五・七七三︶
.證
虞の
上
C b a
上品上生者の得盆を明す癌諒
生諸佛家褐無生忍︵科本・ニ十八丁誌︶
ー 以 枷 ヵ 殴
⁝
⁝ 塵 時 郎 得 蕪 生 法 忍
以上は上巻︒下巻では
衆生往生の果徳を説く癌説
ー其鈍根者⁝
. .
.
得不可計無生法忍︵科本下・十丁右︶
右五諒のうち︑
ab
の二證は︑古来より第十一願の別願の意味を持つとともに︑第十七願成就の
利盆の内容の一っと解され︑宗祖もこの願を現生十種の盆のうち︑
していられる︒得一二法忍の願には直接﹃無生法忍﹄という語は出ていないが︑第一第二第三法忍の一二忍の中の第一一一を
﹃無生法忍﹄のことA了解するのが最も妥嘗とされてきている︒
従来よりの箕宗の現生不退論についての論義では︑専ら第十一願文のみを敦證とし︑どちらかといえば
ab
二願を
等閑視してきた領向が見受けられる︒このことが︑異宗の現生不退論を敦證面に於て少なからず脆弱化しておりわし
ないか︒直溺に現生得忍を説いているこれらの願文は現生不退の義趣を味得する為には今少し注意すべきであると考
﹁観経﹂の﹃無生法忍﹄説を封象とする時︑そのことは自ら了解されるであろう︒
箕身観の経説
ー 艮 観 彿 身 故
: ・
⁝ 捨 レ 身 他 世
︱
︵科
本十
丁右
︶
絆提に西方極党世界を観ぜしめんことを敦示する経説 @﹁観癌﹂に設かれる﹃無生法忍﹄の説慮・説意 える 通じて説かれる義趣と同致てある
ab
一一説は現盆として説かれ 浄土教に於ける無生法忍について
﹃入正定緊の盆﹄の證檬として﹁信巻﹂末に引用
cd
.1
の一云一説は営盆とされている︒これは︑入正定緊が彼此二土に
一六
浄土教に於ける無生法忍について れ︑それとの三信との
つい
て
々
れてきてい
一心
は
一七
の信心とい た儒瞼態が︑具儒的な賓證態として語られたのであるる3既に
こま
,l?b~i
いわゆる三心が る0このこと
て﹁
大﹂
一純を射照してみるとき︑
﹁大
経﹂
の
︑敦相的にと示され
よい
したがつて︑信心寝得或は決定ということAいうことAは別のことではなく︑得忍は信心の とは︑我々のものをあでありま︑その
ヽ
・様
態・
て 2 と得忍の闘係
説の
かりはこ':から手緑られてよかろうこ の場所と判じ︑そのことを︑の置意をとらえ一っとさえしていられるのは何故かゞ浄士敦に於ける り︑茸提の得忍は得盆分と入なれけばならぬ︒文字さえみえない第七華座観を以て敢て得忍 の場所と断定されもと/\第七華座観のうえには得忍の
ヽ 名 ヽ
し 少
<
嘗相か
る限
しかる
は
7観経﹂の中で直接得忍の
4
﹁観
癌﹂
の
意味で説かれている︒ のある0は右の
得レ
見・
一佛
身:
⁝.
得ん
殿生
忍 得盆分の純説
ー應時即於・小劫
得 無 生 忍
d上品中生者の得盆を町す癌諒
かで
てあ
って
︑ 己得語佛現前
a.
1
︵科
本四
十四
丁・
左︶
ー如函呻指頃―……聞己即悟二無生法忍一(科本•四十二丁右)
に茸提得忍の場所を問題として 文は此土得忍の
‑︵
科本
・五
十八
丁右
︶
し︑
l J ]
の
4 h ヤ '
とな
る︒
これ
は︑
無生
の法
・・
・・
・・
⁝忍
︵得
︶す
\ /往
所得の法
生
能得の心 / \ Jとを證︵知︶す てみると う語の意味はる
︵知
︶す
る﹄
とい
これを能所に分ちて﹃無生法忍一の語 ているとほりこれは し︑善導は華座観の 繹に於ての間に大きな相違がある︒郎ち一般大乗の 茸提が得たる﹃無生法忍﹄に︑その ると解しれるのはそのの内容である︒
3 ヽ その場所を華座観と判じ︑以ての置意を繹顕せんとした意趣が汲みとられる問 所とすれ
題と
し︑
﹃忍﹄の内容 鈷提の て︑章提得忍の問題は︑茸提の信心決定の場所の な﹁観続﹂の封機が︑何等か の成立す構造︑及びその儒験に於て成立する往生の因の法相的内容を示すものであって` 浄土教に於ける無生法忍について
の如く得忍をいわゆる
,
とし の解 最も直接的に示すものは得忍の親説以外にない︒したがつ
のとこるとみれば︑茸提の信心登得は定散二善の行の成就を意味することA
なる︒第七華座観を以て得忍の場
一善を超えた何等かの法によってゞあるということになる︒こ\に善樽が得忍を
ることは癌説の示す事官である︒
住立空巾••…•
であ
って
︑
であ
って
︑
の通義をそのまA
依用する諸師
の癌文を繹して﹃應レ啓郎現玉叫得往生一也﹄
ので
ある
も 経意を遺憾なくとらえられた妙繹といわねばならぬ︒この繹を︑﹁序分義﹂の
. ー ル カ コ ノ
1‑者此明贔四禰陀佛國光明忽現1一
眼前
︱何
勝志
細踊
.因
兵訟
喜︱
故即
得中
無生
之忍
上亦
名古
四忍
一亦
名=
悟忍
︱
八
︵定
善義
・
いう具慢的
と
浄土
教に
於け
る無
生法
忍に
つい
て
4
︑ 得 忍 と 不 退
の闘係を指摘したい︒
のか
4わりあいがあるとするなら︑
以上
の如
く︑
どのようなことであ私はこのこ
一九
一般に大乗佛教の賓賤道で﹃無生法忍﹄が重視されるのは︑それが行者の不退の心境を成立せしめる要素だからで
ある︐何故﹃無生法忍﹄が不退の心境を成立せしめるかというと︑所得の法である﹃無生の法﹄を忍︵得︶するから
て ︑
もの
っ
4而も
しJ るといおいて物語っているものれてよいのではなかろうか︒ の推論を可能ならしめているのは てまつったのは華座観に外ならぬから︑華座観こそ得忍のぬ︑といある︒こ
根操を失うのである︒このことに留意するとき︑喜・悟・信の三忍諒という獨自の見解を獲揮しつA
も ︑
忍非二解行已上忍正竺と述べている繹文は︑賓は相違面を張謁しつAも全く無闘係のものでないことを︑語るにおち 一般大乗佛教の見佛と得忍についての通説であって︑これがなくてはその宅張の
﹃是十信中
たの
は︑
のものるとのみえ 性の強調としてのみ理解して来たもの\ようである3
しか
一般大乗佛教でいう﹃無生法忍﹄
の領
解は
︑
一般大乗佛教のそれとは呉るという見解にたっていられるもの\ようである︒喜・悟・信の三忍の名目も
善導獨自のものであって他に例をみない︒このようにして善導は浄士敦獨自の﹃無生法忍﹄説を登揮されたと解する
のも、充分理由もあり意義づけられることであろうe従来の宗學では、そうした善尊の解繹を、浄土教の獨自性•特殊
の領
解を
︑
︵南條本・三十四丁右︶とある籾文
てみ
ると
︑
の﹃無生法忍﹄について
の紹論をつけて入たいし 樹の論意にてらしてみても凡その理解が典えよ れる精帥的な境地である令
る限
り︑
このような
﹃無
生法
忍﹄
帥 秘 虫 義 と 選 ぶ こ と な き る で あ ろ う
︒ さ き
︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑常に心眼を以て見たてまつりて⁝・:﹄という龍
こ\に於て最後に︑華座観に於ける見佛得忍の意味に︑
一應
こ引用した
の
二昧
と
世の
て︑
サい
し間
法と
いう
︸
て兄佛
成立の條件として見佛が説かれるのは︑そうした心境に
る為の教法に遇うということに
のであっ
された心理態であって︑不退はその心迎態
あA
かこ
いつ\も︑そいつでもよしなきことA流されてゆく心の状態︑それが
の
る3その心境が﹃忍︵得︶﹄とい
であ
キ こ︶
ーバ
ツ
斎繋縛さるべき諸法相封の事態のうちにありながら︑
湿きよう︒﹃不レ著﹄はうである諸法の滅無をいうのではなく︑それに繋かれず縛られぬ心境をさすのであ おもうに
︒
の﹃理﹄が行者に承認され賓践される行相を︑最も端的にいうなれば﹃不レ著﹄の
こ,1 んと願う願生の︑期せずして
の
に契嘗しそれを成ぜしめるのである︒
無視されることではなく︑それによる以外に
は現賓化しないことを意味する︒本願を信じ念佛しに生れ
瞼を滴足する︑浄土敦の立場にたっての解説であ
宗教儒瞼がによって成立するということは︑
が
しまi ,
L '
こ
を﹃證得往生﹄と頒解されたと同じように︑直接
こよ
ヽ
事﹄について宗敦儒
﹃無
生ノ
ハ極築ノ生ハヘメグルコヽロニテアラサレハ︑極築ノハ無生ノ生トイフナリ﹄︵御一代聞書本︶ 上人は﹃無生の生﹄ように解説していられる︒ ま\に統一され成就された世界が涅槃界であるe﹃無生﹄の語を以てい
﹃無
生の
の 界 で あ 召 蓮 如
である0既にふれたように︒﹃無生の法﹄とはi無自性空の 浄土教に於ける無生法忍について
であり︑このによって諸法本来の性のあ
︱
‑0
浄土
教に
於け
る無
生法
忍に
つい
て
るという佛道は 忍﹄の願の別願として︑特に現生不退の證操とされる所以もこAにあろう︒念佛によっ
キ‑!よ
︑その自證を内容づけるものこに於て﹃間名得 あるべき大悲の彿心であるにもかA 義を會通するこ
既にのべた如く︑見佛の説は得忍を示すとこちに本来の意義があり︑而も得忍の
しめるところに意味がある3これが見佛の義趣の本すじである︒このこと
宗祖も注意されているが如く︑本願の宗敦に於て不退の
つて證明さ の成立する根檬 見佛得忍の
﹁観﹂二糀を表裏相應的に解する限り︑けたし営然の節結であろうJこのように聞見雨
る所以は︑振取不捨のゆえ︑
観の﹃光明偏照十方世界念佛衆生揖取不捨ー一の文であるJこの光期掘取は︑
4えられて成立するのでなく︑
念佛の衆生のみ振取される
﹃無生法忍﹄で れる道理がある心 の自證ののものが不退なのである︒こさこに本来無限 心にふれの内容いて佛が語られているのである︒不退といいうも︑自己以外の何物かに の見佛得忍・卯ち粘提が大悲の佛
義こ
る︒しかして︑罪土敦に於て撮取不捨の義の本操はいうまでもなく興身 の意趣は︑次の如く解されてよいのではなかろうか︒ るのは︑不退
てみる時︑見佛得忍を説く﹁観経﹂
であって︑撮取不拾の
は大悲の本
願にふれめざましめられた︑信仰閤験の賓證そのものヽ示す遣理である︒かくの如き振取不捨の自證そのものは如何
一般大乗佛教の理談的立場よりすれば︑明らかに特殊な道であろうが︑その信證に於て現賓
A 0
ふ 0意義も充分領解されるが︑既にるものであるならば何故
に﹁
見﹂
入ちびき出している
﹁大
﹂
従来宋學に於てはの経説を第十八願成就の禰陀の招隊の相の象徴的表現と解し 5
て問見同一の
¥ t } )
9>
ュ ー ¢
とゞめて御批判を待っことにし
ある
a
四日
︶
餘悠を許しつ\︑ほのかながらも一
生法﹄を﹃證得往生﹄と繹しながらも︑能得の﹃證得﹄の心境を﹃忍﹄であらわして︑
以上標記の主題について︑ れた繹怠の偶然ならざるものが窺はれる れ得た無限の
﹃喜・悟・信﹄の三忍と示さ
いさ
4か卑見を披握したのであるが︑研究の未熟紙敷の制約から︑
︵ 昭 和 ︱
︱
一應着意貼を羅列す こ
},
}A
ヽ0しの﹃無 かもそうし
の
は︑あAもあらんこうもあらんかという︑
て
てい
るの
といわずしてたものつてよいeし 時につのくらゐなんど
︵五
帖目
第六
通︶
等と
︑罪
障
の人生々活に齋されるものは︑人生に隧順しつA︑人生の苦激を越えしめられる解脱の世界である︒それは︑信心の
よろこびに於て﹃無生の法﹄の道理がおのずから賓践されることであるeこれが救われるということの現賓的意義で
あり︑現生不退の賓義であろう︒蓮師が﹁御文﹂に︑
て︑正定緊のくらゐ`ままるもなり﹄ 浄土教に於げる無生法忍について
しばしば擬取不捨の義をとりあげて︑﹃過去未来現在の三世の
あろ
う︒
で ︑ し ︑
属
宗
佛 性 論
一切衆生の成佛を諒くべきである︒従って︑此れを説くもの
しかし︑浄士輿宗に於いて問題になるのは︑聖道自力の法門に於けるものとは全く異なった角度から問題になるの
である3郎ち自力修行を紹封に否定する親鸞教學獨特の人間観より来る紹封他力の思想は︑自力的なものを無限に否 に於いて
み
る 菩薩道を説き︑成佛を究党目的とする大乗佛敦に於いて︑我々衆生に成佛する可能性が存在するか否かは︑佛道修行にあっての最も基礎的な問題である︒特に法相宗の如く︑五姓各別を説き︑人間のなかには菩薩姓を有せないものがあって︑成佛の不可能の者もあるという説が存在する時は︑自己の成佛の可能が大きな問題となるのである︒大乗佛敦に於いて﹃涅槃癌﹄の一切衆生悉有佛性を根祗とする一乗佛敦と︑無姓有情を説きr菩薩姓なき有情を説く三乗
︑久しい論詳があり︑日本でも北嶺の最澄︵七六八ー八
] 県
宗
佛
佛
の
題
性
論
桐
った
のも
︑
ものとはいい との
撲
し
もの
名で
ある
︒
きで る
の A
しカ
順
忍
定して行く傾向を強く有するのであるら従って︑
とする性格をもたらすものである3芳し︑成佛の可能性が︑衆生に本来存在することを許すならば︑佛の願力はその
可能性の上に立つて初めて意味を持つことになって︑紹封他力とは申されないことになりはせないか︒若し佛性とい う因種を本来有することになれば︑禰陀の本願は典力増上縁にすきないものとなるのではないか︒故に他力救滸を深
めて行く時には︑衆生本有の佛性を否定せんとする思想が生じて来るのも常然である︒
時は︑無から有は生ぜない︒否︑無の如く見えるにしても︑果が生じた限りに於いては︑その果になるべき可能は因
のうちに含まれておるというのが因果思想であり︑具盟的には果を因の中に認めて行き︑因と果との間に必然闊係を
認めて行くが因果思想である︒従って︑此の思想によれば︑我々が佛の願力によって救われて行くということは︑只
々に本来︑佛の顧力によれば成佛するという可能性があるから︑願力によって成佛することが出来るということにな
幻故に思想的に見て︑紀射他力に立つか︑因果思想に立つかによってその結論が動くようになり︑
も︑別な面からの疑問が生じて︑進退雨難の態となるのてある︒
に本有佛性を肯定するものであり︑更に宗祖の﹃鞣佛土巻﹄の﹁必顕佛性﹂の文︑悲歎述悛和讃の﹁心性もとよりき
よけれど﹂の文などは本有彿性肯定の如くヽ見え︑
特に︑浄土教思想は凡夫に於ける成佛の可能を否定し︑それを深めて来た歴史的思想傾向から
1心ても︑本有佛付を否
定すべきもののようにも思われるのであるeそこて︑浄士異宗の佛性論は︑
のであるC
秤の
文︑
その上︑七祖の聖教によると﹃安築集﹄
箕 宗 佛 性 論
いよいよその解決を困難するものかある
その思想領向からいえば︑衆生本来のものとして佛性を否定しよう
しかし︑若し因果思想に立つ
︵上三七︶の一切衆生皆有佛性の文︑﹃玄義分﹄ いづれに立つて
の序題分の異如籾等は附か
﹃散善義﹄の機の深信の﹁無有出離之縁﹂の文︑
ニ四
﹃行咎﹄の一乗悔
﹃侶咎﹄の三一間起に於ける︑が心・信槃.欲生の一一︳心共に策牛に本来なしと示される文などから見ても︑
奨 宗 佛 性 論
てお
尚ほ︑此の
あるであろう︒
浄土奨宗に於いては︑佛性を肯定する學説と否定する學説との二派があると百来稲せちれておるが︑此の肯定否定
に 佛敦々
佛性︑肯定否定の問題 あり ておる では︑佛性の
の
二五
であるというこ
々
の如
く︑
助正の主張となり易いのである︒従って︑本願寺派に於ける學轍の相違は佛性論の問題ー反面からいえば如来性の閻
題ともなるがーから生じたというても過百ではないだろう︒
此の意味では︑佛性論の問題は宗學の最も根本的な問題であるということも出来るのであるe きではなく︑助正と行に恨値の裔低をつけるのはては要門のるとい つて︑そあって 如来のものであり︑であるとなし︑たとの稲名郎ち所問位の名琥にまき ︑人間に本来のる思想は︑大行はあく主でも 閻題は行信論であり︑助正論ではあるが︑その根祗をなす思想は︑人間性の問題であり︑佛性論の問題であるということが出来る︒即ち︑人間に成佛への追︑成佛への可能が本来有するとする︑人間に向上面の可能を許す傾向のある思想は︑大行を稲名とし︑しかも︑その稲名に特殊な功徳を認め︑他の報恩行と属別しようとする思想から弘願助正
本有佛性を否定せん 本願寺派江戸時代巾期かつかの學轍に分れており︑その中心
要するに︑此のの問題はに立つて︑救清の成立に なければならないのである︒ きことは︑肯定思想というても︑他力廻向を敦學の中心
にも本来救清の可能性がなくてはならな 成佛の可能は認めておる貼 まが消囲水であるとか︑瀑水には全く火性はないが︑ 来廻向 従つて︑此の閻題は佛数に於ける 琥を領受する可能性が衆生 する可能性が本来衆生の有したもの
とは
ある
て佛性 その信心を領受 切衆生に可能であり︑現賓には には問題があるのではない︒ろ︑信心往生 に就いては︑その示そうとする意國を十分心得ておく必要があるのである︒此の問題は︑の
であ
り︑
一面ではそれによって箕宗教學の特異性もあらわれて来るのである︒
べきこと肯定否定の雨思想は︑現賓の具憫的事賓としては︑よって救清
よって往生成佛の證果を得る
ではなく︑その信心を領受する可能の問題であるということが
出来るのである︒即ち︑如来廻向の信心によって往生即成佛
一切衆生は如来廻向の信心によつて成佛するのであり︑信心をも領受することが出来るのであ
るか︑それとも如来よりのものであるかに論貼があって︑その如来廻向の名
あるという思想を本有佛性肯定説といい︑その可能も衆生本来のものではなく︑
如来より典えられものであると主張するものを本有佛性否定説と稲するのであるe
乖一二乗の間の論評の如く︑現賓の衆生の成佛の可能の有無の問題てはなく︑如
救渭成立の可能が衆生本来に所有していたか否かの問題である︒
上には︑本有佛性というが如き清浄の物憫があるのではなく︑班として可能がある
して火性ありなどと説くもの
には︑否定論というても︑衆生本来のものとしては否定するが︑現賓の衆生には︑如来所證の 現賓の衆生性ので︑濁水のま されて行くことに疑問をさしはさまないことである︒故に︑信心
異 宗 佛 性 論
切衆生が如来
二六
と 於ける特殊なも
時代の
翼
宗
彿 性 論
臼 開 覺 佛 性
︵一
七七
三ー
一八
二四
︶
て︑否定思想として︑柔遠以来用いて来た否定的折衷説ともいうべき遍満佛性説が大成されたのである︒ り
七六
は無自性佛性説を設いて︑肯定的折衷説を立て︑ 八
二六
︶
れ︑その
︵一
七四
ニー
七九
八︶
て つ
て
一 七
︵一
八
0六
ー一
八八
六︶
し
によ
っ 詞
の
人間の向上性のて︑成佛の因は勿論︑
のものと見るかによって分れて来るものである︒従って︑現代の宗學に於いては救清成立の可能の問題となり︑因果
の立場から見て救積が成立しておる限り︑人間にもその可能性がなくてはなちないとするか︑救潰はあくまでも如来
の立場で談ずべきものであるとするかの︑救清成立の主閥性の問題にまで展開しておるものであることを注意すべき
如縁起説に封して無批判に此れを用いて問題とせなかったため︑
︵一六九一ニー一七四一︶の如きも﹃選捧集諮記﹄には信心佛性は了因佛性であると明瞭に示しておるほどで︑衆生本来
の整性たる異如が正因佛性であり︑如来廻向の信心は照了の覺智の如き立場であるから此を佛性というても了因佛性 初期の異宗學に於いては であるe
しh
カヽ
いる見るのである9それが他力思想の究明が深まるにつれて︑僧錯︵一七ニー1一 ー
問 題 の 回
その可能性をも如来より
ほとんど問題にはならなかったのである︒
七 八
= 一
︶
の時代に否 い面があって︑特に佛性論の如きは
日渓法諜
天の雨の例まで川いておる︒ 侶心佛性を了因佛性とする學説は︑佛性設としては最も原始的なものということが出来るようで︑賓大乗の思想根
祗をなす異如縁起を無批判に採用し︑生佛は本来一如であり︑衆生ももとは属如より迷い出たものであるということ
には何等の疑問ももたなかった思想である︒此れの代表的な説として深動︵一七四九ー一八一七︶
る ︒
をあげることが出来
師は﹃廣文類會讀記﹄に︑倍巻の倍築繹下の涅槃癌の引文の﹁大慈大悲名為佛性﹂を繹して︑大慈大悲と佛性とは
閤は別であって︑大慈大悲は地上の菩薩の抜苦典築の慈悲心であり︑佛性とは涅槃のことである︒
雨によって米が取れるから︑かくいうであるとし︑天台の了因佛性にあたるものだといつておる︒
佛性を本有佛性を開覺するものであると説くから︑此れを開覺佛性と名づけるのである︒
吉谷覺壽の『箕宗要義』には大憫此の説が用いられ、又本願寺派でも興隆(一七五九—一八四三) しかも︑今大慈悲
を佛性と説かれたのは︑此の大慈悲があれは必ず本有の佛性を開覺して大淫槃を證るからであるとなし︑大信心を佛
性と名くるも同じ意味であるとなし︑臀を示して︑旱天に雨が降ると天米を降らすというようで︑雨は米でないが︑
かくの如く︑信心
此の思想は後世まで一部ては主張されており︑高倉學系では明治の晩年頃まで︑その説が用いられていたようで︑
も此の説を用い︑旱
しかし︑此の學説に於いても︑如来の願力によって救清される浄士箕宗の根本忠想を動かすものではなく︑佛性を
特殊な浄憫とは見ないものである3深動も﹃選欅集講義﹄には︑和讃の﹁心性もとよりきよけれど﹂の文を繹して︑
これはもと水に喩えたもので︑水の性は本来澄んものであるから︑濁水の営開が本来清浄な水である︒迷の衆生の業
煩悩の濁水︑その性自性消浄の翼如であるから佛性と名けるのであると説いておる︒従って︑凡夫の事の上に自性消
浄の箕如があるのではなく︑具燈的な事賓の上では︑佛性という特殊なものの存在は否定するのである︒
呉
宗
佛 性 論
ニ八