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Journal of the Society of Japanese Women Scientists, Vol. 10, 17-40, 2009 総説 酵母を視る 細胞壁形成機構の解析を中心に 大隅正子 日本女子大学バイオイメージングセンター 認定特定非営利活動法人綜合画像研究支援 要旨 : 酵母

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酵母を視る―細胞壁形成機構の解析を中心に― 

大隅正子

日本女子大学バイオイメージングセンター・認定特定非営利活動法人 綜合画像研究支援

総説

要旨:酵母細胞の機能と結び付けてその微細構造を正しく視るために、著者を中心として開発してきた固定 法の変遷を紹介し、「無コーティング超高分解能低加速電圧走査顕微鏡法」、「加圧凍結・極低温低加速電圧 走査電子顕微鏡法」の開発と、それにより解明された、酵母細胞の微細構造について概説した。それらの研 究成果を基にして、分裂酵母の細胞壁再生のモデル系を構築し、細胞壁の形成機構について細胞表層と細胞 内小器官の挙動から解析し、これに関与するアクチン細胞骨格の役割について理解を深めた。さらに、集束 イオンビームによるマイクロサンプリング法を応用して、細胞壁の分子構造を可視化する手法の開発におけ る最新の成果を記述し、合わせて、酵母細胞内の F- アクチンのやじり構造の可視化をミオシンS1修飾によ り成功させ、細胞分裂におけるアクチンの役割について究明した。最後に、酵母研究の今後の展望を論じた。

キーワード:酵母、酵母細胞壁形成、分裂酵母、透過電子顕微鏡法、走査電子顕微鏡法

はじめに

身の周りに沢山存在する微生物は、ヒトと種々の 関わりをもっている。その中で特に、酵母は、紀 元前2000年からヒトの生活と種々の面で密接に関 わり合ってきた。私は大学を卒業してから現在に 至るまで、約半世紀の間、酵母の細胞生物学を中 心に研究してきた。そこで、「酵母を視る」と題し て、酵母の姿を概説し、次に酵母細胞の特徴であり、

ヒトの細胞にはない細胞壁に焦点を当てた、私の研 究生活後半に行った、細胞壁形成機構の解析を取り 上げ、最後に、最新の電子顕微鏡技法を用いた研究 について紹介したい。

 酵母は、生命科学研究の重要なモデルである。17 世紀から光学顕微鏡で形態の観察が始まり、20世 紀には、大腸菌とともに、生命科学研究とバイオテ クノロジーの主役を果たし、今日では新素材への応 用面や免疫賦活剤や保湿剤などでも素材として注 目され、今なお酵母研究は発展し続けている。

 ここでは、その基本となる、酵母細胞の微細構造 の解明のために、これまでに私が行ってきた技術開 発の過程に沿って、細胞の固定法の変遷から、現在

の先端的な微細構造解析技法の一端を紹介しつつ、

その技術によって解明された事象について述べる。

酵母の微細構造

 微細構造とは、電子顕微鏡(以下電顕と略す)で 解析された構造を指す。またその時用いる電子顕 微鏡には、大きく分けて、透過電顕(Transmission Electron Microscope、 TEM)と走査電顕(Scanning Electron Microscope、 SEM)とがある。TEMは1932 年に発明されたが、SEMは、テレビが普及した、

1960年代から市販されるようになった。従って電 顕による研究は、初期にはTEM のみによって進め られた。

 酵母は、大きく分けて、出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeに代表される、細胞の長径6 m、短径5

mの楕円体の細胞で、出芽によって増殖する酵母 と、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeで代表さ れる、細胞の長さが7~8 m、直径2.5~3 mの円筒 形で、二分法によって細胞増殖する酵母との2種類 がある。

 前者は、パンや、ワイン、酒類、味噌などの食品

Correspondence: Masako Osumi, [email protected]

大隅 正子:〒102-0093 東京都千代田区平河町 1-7-5 ヴィラロイヤル平河 103 認定特定非営利活動法人 綜合画像研究支援

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の製造に必須の生物であり、生命現象の解明のモデ ル生物として古くから用いられ、分子遺伝学の基礎 にも貢献し、分子生物学の発展に大きく寄与した。

後者は、染色体数が3という利点があるため、現代 の生命科学の基礎研究に広く用いられ、特に細胞 の極性や細胞分裂の研究のモデル生物である。図1 に2種類の酵母の SEM 像 (a, b) と TEM 像 (c, d) を示 す。外形は大きく異なるが、両者ともに、厚い細胞

壁を有し、細胞内にはヒトの細胞と同じ基本的な 細胞内器官を有する、真核生物である(Osumi et al.

1998a, b)。

1.酵母細胞の固定法の開発と、それによって解明 された微細構造

 1957年にAgar & Douglasが最初に酵母細胞を電 顕で観察して以来、少しでも鮮明な電顕像を得るた

図1.出芽酵母(a, c)と分裂酵母(b, d)の走査電子顕微鏡像(a, b)と超薄切片の透過電子顕微鏡像(c, d)。

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めに、細胞の固定法の開発など、一連の電顕技術の 改良に努力が払われてきた。著者が行った固定法の 開発に伴う、酵母の微細構造に関する理解の変遷を 図2に示す(Osumi 1998)。

1) 常温における固定法によって解析された、酵母 の微細構造

 細胞の微細構造を電顕で観察するには、細胞を 固定することから始まる。しかし、酵母は厚い細 胞 壁 を 有 する の で、 他 の 生 物 に 対 して 普 通 に 用 い ら れ る 固定 法 の、 そ の ま ま の 応 用は 不 適 当 で あった。そこで私は、大学を卒業直後の、Agar &

Douglasと丁度同じ時期である1957年頃から、電

顕試料の作製法の開発の前段階として、光学顕微 鏡の固定液の検討から開始し、当時光学顕微鏡に よる研究に用いられていた固定法の20種ほどを 使って酵母の固定法を検討したが、いずれの手法 も満足な電顕像は得られなかった(湯浅他 1962)。

その過程で、他の生物の固定に一般に用いられて いたオスミウム酸(OsO4)は、酵母の細胞内に十 分に浸透しないので不適であることが判明したの で、私は過マンガン酸カリウム(KMnO4)による 固定法を1965年に発表し(Osumi et al. 1965)、そ れがその後永い間、多くの研究者によって酵母細 胞の固定に用いられた(図2a、b)。

 その後、他の生物に対しては、グルタールアル デヒド (GA) とOsO4の二重固定が行われるように なった(Sabatini et al. 1963)。それをヒントにして、

私たちは1969年にGAとKMnO4の二重固定法を 考案し、これによってようやく、酵母細胞の機能変 化と構造変化の関係を同時に捉えることができる ようになった(図2c, Osumi and Sando 1969; Osumi et al.1974a; Osumi et al. 1974b; Osumi et al. 1975a)。

現在でも、この簡単な二重固定法を分子生物学の分 野で用いている研究者が少なくないし、酵母細胞壁 の研究においては、この方法は多くの情報を与えて くれる手段となっている。

 KMnO4固定は、リボソームや細胞骨格が破壊さ れる欠点がある。しかしこの固定法は簡単であり、

細胞内膜系、たとえばミトコンドリアのクリステな どは像が際立って鮮明となり、1970年代に行った ミトコンドリアやマイクロボディ(ペルオキシソー ム)のバイオジェネシスや接合に関する研究には支

障なかった。

 その後、酵母細胞の微小管やアクチン細胞骨格の 構造を観察するために、OsO4を固定剤として用い ることが必要となった。OsO4を細胞内に浸透させ るには、細胞壁を溶解する必要がある。そこで私 たちは、北村らにより発見され ( キリンビール㈱、

Kitamura et al. 1971)、日本生化学工業㈱から発売さ れた、細胞壁溶解酵素“Zymolyase”(-1,3グルカ ナーゼ ) を1971年から利用することとなった。こ の酵素の発見が、今日の酵母研究の画期的な発展を もたらしたことは、特記すべきである。当時、生化 学的研究では、細胞分画により、研究対象のオルガ ネラを得ることが主流であり、動物細胞では細胞を 磨り潰して細胞分画を得ていたが、酵母では同様の 方法では、厚い細胞壁のために磨り潰し法の利用が 不可能であった。そこで、この酵素を用いて細胞壁 を取り除いたプロトプラスト、またはその一部を 除いたスフェロプラストを作製した後に初めて磨 り潰しが成功し、ミトコンドリアやペルオキシソー ムの分画を得ることができた。電顕試料としても、

スフェロプラストにOsO4固定法を試みて、それに 成功し(Osumi et al. 1975b)、ここで初めて、酵母 細胞と動物細胞との微細構造の比較研究が可能と なった。1970年代には、酵母研究が各国で鎬を削っ て行われたが、その成果を挙げる速度が、その国の、

あるいは研究者の、日本からの“Zymolyase”の購 入量で推定されるといわれたほどである。しかし、

この方法では、いうまでもなく、真核生物である動 物細胞と酵母との唯一の差異である、特徴ある細胞 壁の情報を得ることはできない(図2d)という欠 点がある。そこで、酵母の全形像を捕えるために、

凍結法による固定を開発した。

2) 凍結による固定法で解析された、酵母の微細構造  (1)急速凍結置換固定

 電顕を用いて生物を研究する場合には、固定・

脱水・乾燥などの試料作製過程で生じるアーティ ファクトをできるだけ少なくし、試料をできるだ け生きた状態で観ることが重要である。その目的 を実現するために、Steereがフリーズ・レプリカ法 を提唱したのは、1957年のことであった。その後、

1963年にMoor & Mühlethaler によってこれを改良 した方法が発展し、さらに、Heuserによって1980

図の略語:BirS,出生痕; BS,出芽痕; CM, 細胞膜; CMI, 細胞膜の陥入; CW, 細胞壁; Cyt, 細胞質; DS,分裂痕; ER, 小胞体;

G, ゴルジ装置; L, リピド顆粒; M, ミトコンドリア; Mb, マイクロボディ; N, 核; NE, 核膜; NP, 核膜孔; Nu, 核小体;

R, リボソーム; S,隔壁; SPB,紡鐘極体; V, 液胞; VM, 液胞膜; Ves, 分泌顆粒

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年に急速凍結技法が開発された(Heuser and Kersh- ner 1980)。今日では、急速凍結技法が生物を生き た状態に最も近く保持できる手段であると考えら れ、TEMにおける確立した技法の一つとなってい る (Osumi 1998a)。

 ここで触れておきたいのは、フリーズ・レプリカ 法が酵母を材料として開発された手法であること である。Steereは生物学者ではなかったので、手頃 な実験材料として、パン製造に用いられる、粉末や 固形状の酵母を用いた。それは水に溶かすだけで生

図2.固定法の違いによる酵母細胞の超薄切片像の変遷。

 KMnO4単独固定(a, 1960年代初期;b, 1967年2/12撮影)とGA・KMnO4二重固定(c, 1967年11/17撮影)。OsO4

固定像の変遷。 d, 細胞壁の一部を酵素で消化させたスフェロプラストで、OsO4固定が可能となった酵母細胞;e, サン ドイッチ法を用いることにより、OsO4による急速凍結置換固定が可能となった酵母細胞(1985年2/3撮影)。細胞壁と 細胞内のすべての構造が生きた状態に近い状態で保存されている。

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物試料として用いることができた。また、先に述べ たように、酵母には動・植物組織で通常用いられ るOsO4固定が利用できず、そのために微細構造が 解明されていなかったので、彼の格好の実験材料と なったと思われる。彼の研究によって、酵母の微細 構造学は、超薄切片法でなく、フリーズ・レプリカ 法によって、発展した (Martile et al. 1969)。

 普通の電顕技術の応用には不向きな酵母も、フ リーズ・レプリカ法には適した材料であったため に、この方法により細胞膜の膜内タンパク粒子、紡 錘体、細胞壁などの構造が解明され始めた。しか し、細胞内の微細構造を鋳型でみても分かりにく く、この方法は生化学的研究の助けにはあまりなら なかった。

 1980年代に入り、10,000K/secの急速度で凍結す る手法が、Heuser他 (1980) によって細胞の固定の ために開発され、この方法が生物の固定の主流と なった。しかし、厚い細胞壁を有するため、この方 法のそのままの酵母への適用は不可能であり、細菌 で用いられたメタルコンタクト法でも酵母を固定 できなかった。そこで私たちは、二枚の銅版に細胞 を挟んで急速凍結した後、銅版を剥がすと、細胞壁 の一部に傷が付き、そこからOsO4を細胞内に浸透 させることによって、酵母細胞の急速凍結置換固定 像を得ることに1987年に成功し、「サンドイッチ法」

と命名した(図2e)(Baba and Osumi 1987)。これ により、酵母細胞の全体像を捉えることができるよ うになった。しかし、この手法には、熟練を要する という問題がある。また、病原性の酵母の場合は、

GAで、細胞を殺して(固定して)から行う必要が ある (Yamaguchi et al. 2002; 2005)。

 私たちがこれまでに推進してきた一連の固定法

の開発過程による、酵母の微細構造モデル図の変遷 を図3に示すが、この図からも固定法が如何に細胞 内の微細構造の基盤を正しく理解するために重要 であることが分かる。

 (2)加圧凍結固定

 凍結の目的は、生物試料を生きた状態にできる限 り近く固定(immobilize)することにある。それを 目的にして、1960年代の末から、凍結の際に圧力(静 水圧)を用いる試みが、Moor & Riehle(1968)に より始まり、その後研究開発が進み (Moor 1987)、

Balzers社から1987年に加圧凍結装置HPM010が市

販されるに及んで、ようやく植物組織などの硬い 生物試料に、それが利用されるようになった (Studer and Müller 1989)。

 加圧凍結法は、急速凍結の速度(10,000K/sec)

より1/50の遅い速度(200 K/sec)で、凍結防止剤 を用いずに、表面から約0.2 mmの深さまで、試料 をガラス化または微氷晶凍結することを可能にし た。この加圧下では、水は大気下に比べて 1500 倍 以上の粘性を生ずるので、氷晶形成がゆっくり進 み、大型の試料でも微細構造の損傷を少なくするこ とができる。たとえば、210 MPaの加圧下では、水

の融点は0 ℃から–22 ℃に下がり、氷晶形成は–90

℃まで起こらない利点がある。また、急速凍結置換 固定法が「名人芸」的趣があるのに対して、この手 法は、機器さえあれば、誰もが使える一般的手法で あり、その上に細胞の凍結量が多く得られるので、

連続超薄切片の作製が容易となり、同一試料で免疫 電顕による物質同定の解明ができ、さらには超高圧 電子顕微鏡や、走査透過電子顕微鏡による細胞の三 次元解析などへの発展を可能にした。

図3.酵母細胞の構造モデルの変遷

 a, KMnO4単独固定;b, GA・KMnO4二重固定;c,急速または加圧凍結固定によるOsO4固定により解明された微細構造。

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3) 凍結固定の走査電子顕微鏡観察への応用

 (1)無コーティングによる超高分解能低加速電圧   走査電子顕微鏡法(Ultra-High Resolution Low-   Voltage Scanning Electron Microscopy, UHR-LVSEM)

 KMnO4は、試料に導電性を与えるためにはよい 固定剤であるが、KMnO4が二酸化マンガンに変化 するために、よく洗浄してもその物質が細胞の表 面に付着した場合に、それがアーティファクトか、

真の細胞構造かの見極めが付かない場合がある。そ の欠点があるために、他の生物と同様に、酵母の 表層を観察するためのSEMによる研究には、OsO4

固定が用いられたが、導電性が不十分な場合や、細 胞壁の多糖の固定には、ルテニウム酸による後固定 法を導入した(Osumi et al. 1989)。

 前述のサンドイッチ法によって急速凍結置換固 定した試料は、OsO4を用いて長時間(48時間以上)

固定させることによって、試料の導電性が増すた め、試料をコーティングすることなく、SEMで観 察することを可能にした。たとえば、酵母は厚い細 胞壁のため、これまで動物細胞で行われるアルコー ル割断や樹脂割断では、細胞の鋭利な破断面を得る ことができなかったが、急速凍結置換固定の試料 は、十分に細胞内部まで固定されるために、ミトコ ンドリアの破断のようなオルガネラの内部までの 観察を可能とし、また、細胞膜の膜内タンパク質粒 子を観察することができた(Baba and Osumi 1987;

Osumi et al. 1988)。この方法は、フリーズ・レプリ カのように、鋳型を見るのではなく、真のタンパク 質粒子を観ることに、意味があった。さらに私は、

超高分解能(Ultra-High Resolution, UHR)SEMの低 加速領域(Low-Voltage, LV)の分解能を向上させ、

1.5 nmの対象を識別できるSEMを日立製作所と共

同開発した。私たちが開発したこの手法は、「無コー ティングによる超高分解能低加速走査電子顕微鏡 法(UHR-LVSEM)」と名付けられている(大隅他 1985; Baba and Osumi 1987)。

 さらに、この方法では、銅版で剥がした細胞の半 分をSEMの試料として、他方をTEMの試料とし て、両方の電顕法の特徴を生かして、一つの試料で 多角的に観察することを可能とした。また、UHR-

LVSEM法によって、酵母のプロトプラストからの

再生系を用いて細胞壁形成過程の全容が解明され た(Osumi et al. 1995)。現在では、LV領域で観察 することが、生物系・材料系を問わず一般化してい る。

 (2)加圧凍結・極低温低加速電圧走査電子顕微鏡   法(High Pressure Freezing・Ultra-Low Temperature/

  Low-Voltage Scanning Electron Microscopy, HPF・

  ULT/LVSEM)

 1999年 にOxford社 か ら ク ラ イ オ シ ス テ ム

Alto2500が市販されるに及んで、加圧凍結固定法は、

クライオシステムを装填した高分解能SEMと組み 合わせて行う、「加圧凍結・極低温低加速電圧走査 電子顕微鏡法(HPF・ULT/LVSEM)」を誕生させる に至った(大隅 2000)。この方法は、加圧凍結した 試料を、極低温下(-170 ℃~ -185 ℃)で割断とコー ティングを瞬時に行って、細胞の表層から内部まで の微細構造を、極低温(-140 ℃)で、しかも1~5 kVの低加速下で、観察することを可能にした。さ らに、この方法においても、加圧凍結置換固定した 試料から、TEM用とSEM用の試料を同時に作製す ることができるので、両者を比較検討することがで きる利点がある。またこのSEM像は、超高分解能 のフリーズ・レプリカ像とも対比できる解像力を有 している(Osumi et al. 2006)。

 加圧凍結技法は、この他に凍結超薄切片法(大

隅1998)、フリーズ・レプリカ免疫電顕法(Fujimoto

1995)など、細胞内の物質の同定や局在を知る上に、

多くの応用が為され得る。

 次項では、HPF・ULT/LVSEM法により解明され た分裂酵母の細胞壁形成、とくに隔壁形成に焦点 を当て、それに対応する免疫電子顕微鏡法を用い て、細胞壁グルカンの挙動について解明した結果 を紹介する(Osumi et al. 2006;Humbel et al. 2001;

Konomi et al. 2003)。

酵母細胞壁形成機構の解析

 ここで、私がこれまでに開発した手法と分裂酵母 を用いて解明された細胞壁形成機構の研究を述べ る。

1.細胞壁形成機構

 先に述べたように、分裂酵母は、細胞の極性や細 胞分裂を研究するモデル生物として、頻繁に用いら れる。初期の研究は主として光学顕微鏡を用いて行 われ、特に細胞周期におけるアクチン細胞骨格の挙 動について詳しく解析されている。それらの研究と 私たちの行った研究を纏めて、細胞周期に伴うア クチン細胞骨格の挙動を図4(Osumi et al. 2006)に 示す(Marks et al.1985; 1986; Hagan and Hymus 1988;

Hagan and Yanagida 1997; Humbel et al. 2001;Tatebe et

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al. 2002; Arai and Mabuchi 2002; Konomi 2005を参照)。 酵母の細胞壁の形成機構を調べるためには、酵母の 細胞壁を消化してプロトプラストとして、それを再 生させる過程を観察すればよい(Nečas 1965; 1971;

Nečas and Svovoda 1981;1985)。研究開始の当時は、

出芽酵母の細胞壁を完全に再生することができな かったが(Osumi et al. 1984)、その後私たちは分裂 酵母を用いて100%のプロトプラストを得る手段 に成功した(図5)(Kobori et al. 1989; 1994)ので、

これを用いて細胞壁の形成機構を解明するために、

プロトプラストの細胞壁再生系をモデルとして追 究した。そして、UHR-LVSEM観察の結果、細胞壁 の形成機構が三次元的に解明された(図6)(Osumi et al. 1989; Osumi et al. 1995; Osumi et al. 1998a, b)。

 球状のプロトプラスト(a)は、わずか10分でそ の表面に変化が現れ、北極と南極のように変化の位 置が分かれ(b)、再生1.5時間では、その一端の極 から繊維状の細胞壁物質が出現し、3時間では繊維

がプロトプラストの表面の半分を覆い(c)、5時間 では全体を包むように発達し(d)、外形は楕円体に 発達する。再生3時間から間質物質が分泌し始め、

再生5時間では間質物質が繊維の間に現れ(e)、さ らに繊維間を埋め尽くすように発達し(f)、細胞壁 は12時間で完全再生した(g, h)。

 繊維がグルカンであり、間質物質がαガラク トマンナンであることが、TEMのネガティブ像と (図7a)と酵素処理法で消化された像(図7b)(Osumi

et al 1998a)およびSEMによるコロイド金標識法に

より解明した(Osumi et al. 1992)。このことは、分 裂酵母の細胞壁が-グルカン(1, 3および1,6グ ルカン, -1,3グルカン)及び-ガラクトマンナン から構成されている(Buch et al. 1974; Marners and Meyer 1997; Kopeka and Fleet 1995)ことと一致した。

 さらに、TEMによる超薄切片像(図7c~f)から、

繊維の径は1.0~1.5nmであり(Naito et al. 1991)、

それがグルカン性であることを、免疫電顕像で証明 した(図7g, Takagi 2003b)。そして、このグルカン 繊維は、細胞内から分泌し、繊維となってリボン 状に発達すると推論したが、この過程を後に無コー

ティングUHR-LVSEMの写真で証明することがで

きた(後述、図15、Osumi et al. 1995)。

2.細胞壁生成に伴う細胞内に変化

 細胞壁再生過程において、細胞内ではどのような 変化が起きているであろうか? その疑問は、TEM の連続超薄切片法(図8)とPATAgによる糖染色 法によるゴルジ装置の同定(図9)により解析され た。その一部を図8、9に示す。その結果、細胞内 の細胞壁分泌に関する分泌顆粒とゴルジ体の挙動 が、連続切片のTEM 像の三次元解析により明らか にされた(図10)(Osumi et al. 1998a,b)。細胞壁物 図4.分裂酵母の細胞周期における核分裂と細胞質分裂に伴うアクチン細胞骨格および細胞質微少管の挙動のモデル図  Marks et al.1985; 1986; Hagan and Hymus 1988; Hagan and Yanagida 1997; Tatebe et al. 2002; Arai and Mabuchi 2002; Humbel et al. 2001; Konomi 2005 の研究結果を基にしてまとめた(Osumi et al. 2006)。赤点, アクチンパッチ;赤線, アクチンケー

ブル;緑, 細胞質微小管;青, 紡錘極体;灰色, 一次細胞壁;黒, 二次細胞壁;赤リング, アクチンリング。

図5.分裂酵母の細胞壁を酵素により消化し100%プロ トプラスト化に成功したSEM像。―,1 m。

(8)

質を分泌して細胞壁を形成するために、細胞内では 急激な変化が行われている。物質の分泌に関与する 分泌顆粒は、再生1.5時間ではプロトプラスト時の 数の1.4倍、3時間では3.4倍、5時間では5.8倍と 増加し、ゴルジ装置の爆発的な体積増加なども細胞 壁物質の合成を裏付けている ( 図10)。

 細胞壁物質の形成は、酵母細胞の主要な細胞骨格 物資質の1つであるアクチン細胞骨格と密接に関与 しており、アクチンの重合阻害剤の作用により細胞 壁再生が阻止されることが、蛍光顕微鏡法とSEM

像から明確となった(Kobori et al.1989; Kobori et al.

1994; Osumi et al. 1989)。さらに、アクチン遺伝子 に変異を起こした株、cps8(Ishiguro 1996)を用いて、

細胞壁形成にアクチンが重要であることが判明し た(Ishijima et al. 1997; 1999, Konomi et al. 2000)。

 アクチン細胞骨格は、パッチ・ケーブル・リン グの3種類のF-アクチンの微細構造として観察さ れる(Takagi 2003; Takagi et al. 2006;釜崎他2009)。

その中で、細胞分裂に伴う細胞壁形成には、アクチ ン細胞骨格が先導的な役割を果たしていると推論 図6.分裂酵母の細胞壁再生過程のUHR-SEM

 a,プロトプラスト;再生10分(b), 1.5(c), 5(d)時間;e,再生3時間目の細胞表面の拡大像;f, マンナン(やじり)がグ ルカン繊維(→)間をうめつくし始める再生10時間目の細胞表層; g, 細胞壁が完成した12時間; h, 細胞壁が完全再生し た細胞の全形。

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図7.再生3時間のプロトプラストから伸長したグルカン繊維のネガティブ染色像(a)と -1,3グルカナーゼ処理を2 時間した像(b)。細胞から分泌後成長するグルカン繊維の超薄切片像(c-f)とその繊維に -1,3グルカンの局在を示す 免疫電顕像(g)。やじりはコロイド金粒子を示す。―,100 m。

(10)

図8.再生10分のプロトプラストの50枚の連続超薄切片のPATAg染色像 数字は切片番号を示す。―, 1 m。

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し、それを実証した。F-アクチンの3つの構造の なかでも、細胞壁物質の輸送には、パッチが重要 な役割と果たすと考えた。そこでパッチの一形態 であるフィラソーム(Naito et al. 1991)に着眼し、

その挙動を連続切片法(図11)及び画像処理によ り解析し(図12)、それを三次元像として裏付けた (Takagi et al. 2003)。

 以上の研究により、分裂酵母の細胞壁形成機構

図9.再生 5 (a),10 (b), 15(c),30(d)分のプロトプラスト

 PATAgによる糖染色により細胞内のゴルジ装置(→)

が黒化して認められる。細胞内では細胞壁物質の合成と 分泌のため、急激な変化が起こっている。―, 1 m。

図11.再生 1.5 時間のプロトプラストの 71 枚の連続 超薄切片像

 数字は切片番号を示す。―, 1 m。

図10.プロトプラスト再生過程の連続超薄切片像から得られた細胞内イベントを示す三次元構築像  再生0 (a), 10 (b), 1.5 (c), 3.0 (d), 5(e)時間。核(青)、ゴルジ装置(ピンク);分泌顆粒(白)。

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のモデル図(図13)ができ、Klisグループにより 提唱されていた出芽酵母細胞壁モデル図(Schreuder et al. 1996)を改変して、分裂酵母細胞壁モデル 図を提案(図14)することができた(Osumi et al.

2006b)。

 低加速領域の分解能を向上させたUHR-LVSEM で、無コーティングLVSEM法を開発するに及んで、

細胞壁グルカンの形成過程、細胞内から分泌した プロトプラスト表面に現れた直径3 nmのグルカン 粒子は、約2 nmの細い繊維に引き伸ばされながら、

互いに捩れ合って厚さ8 nm、幅約幅200 nmのリボ ン状繊維に発達し、編み目状へと成長することを1 枚の写真で示す、貴重なSEM像写真も得られ、(図 15, Osumi et al. 1994; 1995)、細胞壁形成の全容が解 図12.写真11の連続超薄切片像の画像処理した三次元構築像(a)とクリッピング像(b)。挿入はフィラソームの超 薄切片像

 細胞壁が再生された側から36 枚まで(b1);26枚(b2);33枚(b3)のグルカンが再生してない側のクリッピング像。

核(水色);細胞膜に接触して存在するフィラソーム(黄)、細胞質に存在するフィラソーム(オレンジ)で示す。細 胞壁が形成された側にフィラソームは多く認められることは、細胞膜と融合して、細胞壁合成に必要な物資の輸送に 重要な役割をもつことを推察させる(Takagi et al. 2003)。―,100nm。

図13.分裂酵母のプロトプラストからの細胞壁 再生過程のモデル図

図14.分裂酵母細胞壁の構成を示す分子モデル(Schreuder et al.

の図を改変)

(13)

断面が露出している。それらをさらに拡大すると、

分裂酵母特有の細胞膜の陥入が認められる細胞膜 PF 面(図17a)と細胞の内部構造(b)が認められる。

特にフリーズ・レプリカと同じ条件で破断するため に、熟練を要するフリーズ・レプリカ像と同様な細 胞膜のPF面が簡単に得られるので、この方法は便 利である。また、時には切片のように、並行に割れ た面が観察でき(c)、それは同じ試料のTEM像と よく対応する(d)。

図16.HPF・ULT/LVSEM観察の低倍率の全体像

図17.HPFULT/LVSEM観察の細胞表面(a)細胞内(b) を示すSEM像。鋭利な割断面(c)とそれに対応する超 薄切片のTEM像(d)。

図15.再生細胞壁の主要な構成成分であるグルカンの 形成過程を示す無コーティングUHR-LVSEM

 細胞内から分泌したグルカン(やじり)は2nmに引 き伸ばされ(①)、捩れて8nmの繊維にとなり(②)、

厚さ16nm   、幅200nmのリボン状(→)へと発達

していく過程が1枚の像で説明できる。―,100nm。

→ ←→ ←

(  )

明された。

分裂酵母隔壁形成機構の解析

 前述したように、加圧凍結試料は凍結試料の量 を多く得られるので、凍結した試料を、クライオ システムが装填されたSEM内に挿入して瞬時に割 断・コーティングし、細胞の鋭利な割断面を露出し て、短時間で細胞のLVSEM像を得ることを可能と した。その結果、分裂酵母の細胞分裂における隔 壁形成過程を、三次元的に解明できた(Osumi et al.

2006)。

 その結果を図16~19に示す。それらは、図4で 示した光学顕微鏡から得られたモデル図や、TEM

像(Takagi 2003b)からは想像できない細胞内の変化

を可視化できた。

 図16は、凍結試料を瞬時に割断し、コーティン グして得た低倍率像である。多くの細胞の表面や割

(14)

 核分裂が終了し、核が細胞の両極へ移動すると、

隔壁形成が始まる(図18a)。隔壁は細胞内部に伸 長し(b)、やがて中央で融合し(c)、隔壁形成が終 了する。隔壁形成を種々のディメンジョンから観察 すると、図19a~cの像が得られる。細胞内部で隔壁 形成が終わると、表面からは2個の細胞に分かれた 像として観察される(e)。

 細胞壁形成には、-グルカン合成酵素Mok1p が必要である(Katayama et al. 1999; Konomi et al.

2003)。それを裏付けた免疫フリーズ・レプリカ像

を図20a~cに示す。図20aは細胞膜のPF面の、b

は隔壁と細胞内部の両方が認められる像であり、隔

壁の平面(s)にのみMok1pの局在を示すコロイド金

粒子が(やじり)認められる。また、細胞の先端

(old end)には、極性成長をするための細胞壁の伸 長があるので、細胞壁構成成分の-1,3グルカンの 合成が必要である。それを裏付けるように、-1,3 グルカンの合成酵素Mok1p(コロイド金粒子で示 す)の存在が、細胞の先端に認められる(c, Osumi et al.2006)。

 一方、隔壁形成過程における、各種グルカンの 挙動は興味深い。図21に隔壁形成に伴う-グルカ ンの挙動を免疫TEM像で示す。直鎖β-1,3グルカ ン(a)は、隔壁形成が始まる兆候として細胞膜の陥 入が始まり、陥入の進行に伴って、-1,3グルカン の局在が進行し、隔壁が完成した時には、その中 央に局在する。しかし、その後マンナン層が完成 するとその局在は認められなくなり、細胞は2個 に分離する(Hunbel et al. 2001)。-1,3グルカン(b) は,直鎖-1,3グルカンの挙動と一致して存在する が、-1,6グルカン(c)は初期には認められず、隔壁 が2/3程度まで伸張した段階から2次細胞壁に局在 した(Sugawara et al. 2001a,b, Osumi 2002)。

 また、前述の-1,3グルカンは-1,3グルカンと 挙動を共にする(図22a、Osumi et al. 2006)が隔壁 形成過程にもアクチン細胞骨格が主導的に働くこ とが、図22 bのアクチンの局在を示す免疫TEM像 から裏づけられる( Takagi et al. 2003a; Osumi 2002)。

図18.隔壁形成を示すHPF・ULT/LVSEM

 隔壁の開始(a、→)、その伸長(b、→)と隔壁 (s) の完成 (c)。

図19.隔壁形成を種々のディメンジョンから観察した HPF・ULT/LVSEM(a-d)と隔壁形成完了の細胞表面 側から観察した像(e)。

図20.隔壁形成に必要な -グルカン合成酵素Mok1 の局在を示す免疫フリーズ・レプリカ像

 細胞膜のPF面(a),隔壁(→)とその表面の局在する Mok1と細胞質をあらわす三次元的像(b)と細胞先端(c)。

矢じりがMok1の局在を示す。

(15)

 このように、加圧凍結固定法の技術を駆使して、

細胞分裂における隔壁形成機構の全容が明らかと なった。

最新の電子顕微鏡の研究手法による三次元解析  電子顕微鏡で解析する手法も、この50 年間に、

二次元から三次元(3 D)観察へと発達した。細胞 の3D構造を観察するためには、前述の細胞を急速 凍結や加圧凍結後に破断して、SEMで細胞の内部 を観察したり、連続超薄切片のTEM像を画像処理 したりすることによって3D構造を再構築する方 法(Osumi et al. 1998b)が、これまで主として行わ れてきた。また近年、300kV電子顕微鏡を用いて の、3Dトモグラフィ法による観察も試みられてい る(Aoyama et al. 2006)。

 ここでは、酵母細胞で開発された集束イオンビー ム(Focused Ion Beam: FIB)を用いた走査透過電子 顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope, STEM)法(Kamino et al. 2005)を紹介し、それを 用いて解析した例を紹介する。

1.集束イオンビームを用いたマイクロサンプリン グ技術の応用による分子構造の解析

 私たちは、半導体デバイス解析のための主要な手 法である、FIBマイクロサンプリング法を生物試料 へ応用することを目的として、酵母細胞を用いて 試みた。超薄切片用に樹脂包埋された試料中の酵母 細胞を厚切りし、STEMを用いて、任意の方向から 直接観察することを可能とした。下記の図はその 試料作製過程(図23)とその結果(図24)を示す

図21.隔壁形成過程における細胞壁構成成分の合成の 挙動を示す免疫TEM

 a, -1,3グルカン;b, -1,3グルカン;c, -1,6グルカン。

図22.隔壁形成過程におけるMok1(a)とアクチン(b) の局在を示す免疫TEM

 S;隔壁;→;細胞膜の陥入;やじり;Mok1とアクチ ンを示す金粒子。

図23.樹脂包埋した出芽酵母細胞をFIB-マイクロサ ンプリング法により加工を行いSTEM観察のための試料 を作成する過程図

 数ミリ角に切り出した樹脂包埋試料(a)の一部をFIB により厚さ約15m程度に加工し(b)、その内部構造を STEMを用いて観察 (c)する。これは目的とする細胞の 位置を確認するためである。その後、試料をFIB加工装 置に戻し、目的箇所をFIB マイクロサンプリング法によ り摘出 (d)、摘出した微小試料(マイクロサンプル)は試 料回転機構を備えたFIB-TEM(STEM)共用ホルダーの試 料台に載せ、0.1~3m程度の厚さにFIB 加工する(e)。 加工後、試料をSTEMに挿入し、回転しながらその三次 元構造を直接観察する(f)。

(16)

(Kamino et al. 2005; Osumi et al. 2006)。

 図23aはFIBによるマイクロサンプリング法で、

0.3 mの切片を作成し、STEMで観察した暗視野 像である。5°づつ、ずらして50視野を撮影したも ので、その中で細胞内の構造が鮮明なSTEM 像が

図24 aである。この手法は、それまで切片像では

想像できなかった3D構造が、ステレオ観察やアニ メーションなどから詳しく解析でき、細胞内では液 胞やオートファジーの研究などへの応用が有効と 思われる(Osumi et al. 2006b)。

 また、細胞壁の最外層のマンナンタンパク層の繊 維構造と、その内側のグルカン領域の構造とがこれ により明瞭に識別でき(図24d, Osumi et al. 2006b)、

分子モデル(図14)と対応しながら、細胞壁の構 造を検討できる時代となった。そしてこれは、電子 顕微鏡の有用性をさらに高める画期的な方法であ り、細胞構造の研究への種々の応用が期待される。

 図25aは、樹脂包埋された酵母試料をFIBによる マイクロサンプリング法で0.3μmの厚さの切片を 作成し、STEM で観察した暗視野像である。その細 胞壁部位(マークした)を直接倍率25万倍で観察・

撮影したステレオ像が図25b, cである。細胞膜(CM)

の上部に、細胞壁物質がアモルファスな構造として 観察できる。それに対して、酵母内成分の可溶化

除去後酸処理をした細胞壁を同様の方法で観察す ると、細胞壁が膨潤し(図26a)、一見無構造であ る。しかし、よく見ると、細い線が上部、細胞外 層に向かって走行しているのが認められる(図26, b, c)。これは、これまでの種々の電顕像や細胞壁物質 の分子構造のモデル図から、細胞壁構成成分のグ ルカン繊維と推測される。これは酸処理によって、

細胞壁成分のマンナンやそれに結合しているタン パクが除去されて、細胞壁がルーズになった結果、

きつくパックされた細胞壁の構成成分が可視化さ れたと推論される(Osumi 投稿準備中)。

 これをさらに検証するには、細胞壁成分、たとえ ば-1,3グルカンや-1,6グルカンを酵素処理によ り除去した試料、あるいは-1,3グルカンを合成で きない遺伝的変異株などを用いて、対比して観察す れば、分子構造(Klis et al. 2006)と対応する細胞壁 構成成分の分子が、どのように絡み合って細胞壁を 構築するかを解明できると思われる。

図24.FIB-マイクロサンプリング法により0.3 mの厚 さに加工した出芽酵母細胞のFIB-STEM観察の暗視野像  5°づつ傾斜して撮影した、20°(a),60°(b)の像。cは0,

40,80,100°傾斜像。d、aの強拡大像。

図25.FIB-マイクロサンプリング法による出芽酵母細 胞のSTEMの暗視野低倍率(a)と直接倍率25万倍で 観察したステレオ(b, c)像。

図26.細胞内物質を酵素で消化し、さらに酸処理した 出芽酵母細胞をFBマイクロサンプリング法で加工し、

STEMの暗視野低倍率(a)と25万倍で観察したステレ オ(b, c)像。

 サークルで示す部位に細い繊維状構造を認める。

(17)

 これらの実験によって、電子顕微鏡でマクロな 細胞壁の分子構造(Schreuder et al.1996, Lipke and Ovalle 1998)を直接可視化するのは不可能でないこ とが推察される、貴重なデータが得られた。

2.F-アクチンのS1修飾による伸長方向性の検討  図4で示したように、酵母の細胞周期とアクチン 細胞骨格との間には密接な関係があり、細胞壁の形 成に深く関わっている。その問題をさらに追究する ために行った、細胞内のアクチンの伸長の方向性を 検討した研究を紹介する。

 F-アクチンはミオシンS1やヘビーメロミオシ

ン(HMM)を修飾することにより、「やじり構造」

(Ishikawa et al. 1969)を示し、F-アクチンを同定し、

その極性を調べることができる(図27)が、酵母 ではその構造の可視化に長い間成功しなかった。し かし、Zymolyase100Tおよびファロイジンを含む

TritonX-100 によって処理した分裂酵母細胞にミオ

シンS1を修飾し、この試料をタンニン酸とGAを 用いて前固定した後に、OsO4で後固定することに より、アクチン繊維に「やじり構造」を認めること に成功し(図28)(Kamasaki et al. 2005)、アクチン 繊維の伸長の方向性を解析することが可能となっ た。さらに、それによって、細胞周期におけるアク チンの挙動や、細胞内の物質輸送におけるアクチン 細胞骨格の役割を知ることも可能となった。

 分裂酵母のF-アクチンは、細胞の長軸方向に伸 長する線状の構造として、蛍光顕微鏡によって観 察される(図4参照、Kobori et al. 1989)。その微細 構造は、加圧凍結置換固定した細胞のTEM像では、

直径8~10nm の微細繊維からなる、長さ1.2 nm の

繊維束である(Takagi et al. 2006)。

 細胞周期を同調させ、細胞分裂の間期(G2期)

および分裂期(M期)に揃えた試料でミオシンS1 修飾処理をすることによって、細胞内のケーブルの 方向性が解明された。その結果、図29に示すように、

G2期からM期に移行する間に、ケーブルの方向性 は逆転することが判明した。つまり、細胞成長端側 で、分裂期においては細胞の中央で、ケーブルを 構成するF-アクチンが重合することによって、ケー ブルが伸長し、その結果、細胞の伸長する部位に、

必要な物質を輸送するためのレールとしての機能 を持つと考えられ、細胞の極性や細胞質分裂に必要 な物質を輸送すると考察した(図30)(Kamasaki et al. 2007;釜崎他2009)。

 細胞分裂の後半に、細胞質は二分され、隔壁が形 成されるが、その時期にも、F-アクチンはリング 構造として、光学顕微鏡でも可視化できる(図4)。

この時期の細胞内のアクチンリングの微細構造を、

19枚の連続切片の1枚の写真(図31a、b)で示し、

やじり構造を示すアクチンリングとその伸長方向

性を図31c、dで示す。

 さらに、隔壁形成の後期前半と後期後半と、その 後の細胞質分裂の3時期の連続切片像によるTEM 像の3D構築像(図32上)から、前半と後半では、

繊維の方向が異なる。前半では、両方向にアクチン 繊維が走っているが、後半では互いに逆方向のF- アクチンが入り混じって全体的に均一に混在して いた。つまりこのことは、リング形成の初期には、

細胞中央部の表層1か所から、アクチン重合が起こ り、繊維束が両方向に向けて伸長する可能性が考え られた(図32下)。また、この時期のアクチン繊維

図27.in vitroにおけるF-アクチンにミオシンS1修 飾をして示される「やじり構造」

 やじり端と反やじり端が明瞭となる(釜崎ら 2009)。

図28.分裂酵母細胞内のアクチン細胞骨格に対するミ オシンS1修飾法

 In vivoでアクチン細胞骨格を構成するF-アクチンを ミオシンS1修飾し, in vitroと同様に”やじり構造”を 形成する実験法(釜崎ら 2009)。

(18)

図30.F-アクチンケーブルにおけるアクチン重合と ケーブルの機能を示す図

 間期においては細胞成長端側で,分裂期においては 細胞中央部で,ケーブルを構成するF-アクチンが重合 することによって,ケーブルは伸長し、その結果、細 胞の極性成長や細胞質分裂に必要な物質を輸送できる ようになると考えられる(Kamasaki et al., 2005;釜崎ら 2009)

図32.アクチンリングを構成する F- アクチンの方向性  上段,細胞周期後期前半、後半および細胞質分裂のア クチンリングF-アクチンの三次元構築像。下段,アク チンリングの形成とアクチンリングの収縮過程の想定 図(Kamasaki et al., 2005;釜崎ら2009)。

図29.F-アクチンケーブルの微細構造とF-アクチン の方向性

 細胞周期を間期、G2期(a)および分裂期、M期(c) に同調したcdc25変異株における,S1修飾したF-アク チンケーブルのTEM像。細胞の観察部位を各図の右上 に示す。b, d, ケーブルを構成するF-アクチンの方向性 をトレースした像。F-アクチンケーブルに最も近い細 胞端に対してプラス端を向けたF-アクチンを青色で、

細胞端に対してマイナス端を向けたF-アクチンを赤色 で示す。G2期では、細胞端側がほとんど全部プラス端 になっている。M 期では、プラス端が細胞中央に向い ている(Kamasaki et al., 2000;釜崎ら2009)。

図31.分裂期に同調したcdc25変異株の赤道面におけ るS1修飾したアクチンリングの微細構造

 a, 細胞周期後期B後半の収縮環における19枚の連続 超薄切片の#10の電顕像。b, aで見られたF-アクチン のトレース像。マイナス端を時計回りに向けたF-アク チンを赤色で,その逆方向性のF-アクチンは青色で示 す。それ以外,もしくは未知の方向性の繊維は黄色で 示す。白い線,細胞膜.c, 細胞分裂後期前半のアクチン リングにおける切片#10の拡大像 (全切片数 = 20)。d, cで見られたF-アクチンのトレース像(Kamasaki et al.

2005; 釜崎ら2009)。

(19)

の長さに差があり、前半は平均0.61 mで、リング が収縮する隔壁形成の末期には、0.45 mと短くな る(Kamasaki et al. 2007)。この結果は、アクチン細 胞骨格の基本的な性質が解明され、動物細胞の分裂 の際に重要な働きをする収縮リングの形成機構と 同様に、分裂酵母の隔壁形成に働くアクチン細胞骨 格の機能解明に役立つと思われる。

3.厚切り切片による走査透過電子顕微鏡解析  酵母の超微構造解析のための技術発展により、酵 母細胞の微細構造が解明され、分子生物学のデータ とともに、細胞の構造と機能との関係を論ずること ができるようになった。

 TEMにおける像観察において、試料傾斜を+60°

~–60°(または+70°~–70°)の間を細かいステッ

プで傾斜させて、得られた画像データを、焦点合わ せや逃げ補正を行いながら、自動的にPCに取り込 み処理し、3D再構成を行って解析する方法を、3D トモグラフィという。

 酵母細胞を連続超薄切片で3Dトモグラフィを行 う場合は、少なくとも細胞を100~200枚(1枚の

厚さ70 nm)に切り、それをTEMで観察し、得ら

れた像を重ね合わせることにより、Z方向の情報 が得られる。一方、超高圧トモグラフィ法により、

5~10 nmの分解能で、300 nm~0.1 mで細胞やオ ルガネラの3D構造を解析できる時代となった。こ の方法は近年、酵母研究にも取り入れられ始め、紡 錘極体構造の興味深い研究がある(O’Toole 1999)

が、その労力は大変なものである。

 それに比べて、簡単であり、今後発展する手法 として、厚切り切片のSTEM観察法が挙げられる。

例えば、1~1.5 m以上の切片をSTEMで観察とす ることにより、より簡単に立体構造を直視できる時 代となった。その例として、私たちが行った、分裂 酵母の厚さ約1.5 mの切片のSTEM像を2枚重ね た像を紹介する(図33、Takagi et al. 2006)。楕円体 である分裂酵母細胞の径は2.5~3 mなので、そ の約半分の厚切り切片を重ねると、1個の細胞内の 概観ができるというわけである。

 最近さらに、0.2~0.5 mの厚い1枚の切片を 用いて、300 kVの加速電圧を用いて、+70°~–70°

の連続傾斜観察・自動記録とトモグラフィー法に よって、分裂酵母の細胞内のアクチンケーブルに、

HMM修飾した試料のSTEM像で、やじり構造を明 瞭に認めることに成功した(図34, Takagi et al. 投稿 準備中)。これは、長い間アクチン抗体による免疫 電顕では証明できなかった現象が、機器とその付属 装置の発達により解決することができた事例とい える。

図33.分裂酵母細胞の厚い切片(約1 m)の重ね合 わせ STEM 像

 a, bは角度を変えて撮影。隔壁と細胞内の構造物が識 別できる。

図34.HHM修飾した分裂酵母細胞のアクチンケーブル(→)のやじり構造を示すSTEM像  図29,31のTEM像と対比すると興味深い。50°(a)と70°(b)傾斜。

(20)

おわりに

 新しい微細構造解析技術によって、酵母を用い た生命科学の基礎研究の急速な発展が期待される。

しかし、新しいバイオイメージングの手法が開発さ れても、可視化技術を用いる場合は、「詳しく視て、

正しく読む」態度が生命科学を解明する研究者とし てのポリシーと考える。いろいろな電顕手法の中か ら、自分の研究に適した手法を選んで、しかも複数 の方法を駆使して多角的に研究することによって、

機能の裏付けを持った微細構造を明らかにでき、生 命科学の解明に役立つと思う。

  今 後 は こ こ で は紹 介 で き な か っ た が、 超 高 圧 TEMによる3D観察、クライオTEMや凍結超薄切 片のゼルニカ位相差電子顕微鏡(Yamaguchi et al.

2008)による観察など、分子・原子の高分解能観察 研究や、逆に低倍率で光学顕微鏡とのギャップを埋 める手法などの発展が期待される。細胞壁の形成機 構の追究にも、さらに先端的な手法により解明した いことが次々と生まれる。

 ここに紹介した研究には日本女子大学理学部お よび電顕施設をはじめ、多くの方々のご支援による ものであったことを、今さらながら感じ入り、深く 感謝する次第である。また、永きに先端的な機器の 使用をはじめとするご協力をいただいた、㈱日立ハ イテクノロジーズ、日本電子㈱、FEI ㈱、㈱ラトッ クシステムエンジニアリング、㈱ニレコに深謝す る。そして何時も貴重なご助言を賜った先生方に厚 く感謝する。

 また、紹介した研究に携わった山田直子・小堀博 美・塚本泰子・佐藤真美子・馬場美鈴・石島早苗・

盛一伸子・釜澤尚美・国場寛子・許斐麻美・髙木智子・

釜崎とも子・菅原智子・安嶋久美子・田尾絵里子の 各氏にこの場を借りて深く感謝する。

 なお、この総設の記述においては、可視化技術を 用いた研究のみを解説し、それを裏付ける機能面の 研究は主な文献のみ引用するに止めたことを付記 する。

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Research into Yeasts Focusing on its Cell Wall Formation

Masako Osumi

Bio-Imaging Center, Japan Women’s University and Integrated Imaging Research Support (NPO), Tokyo, Japan

Abstract: This paper is a historical review of the fi xation methods and techniques, for closer and more detailed observation of the ultrastructure of budding yeast Saccharomyces cerevisiae, which we developed with the use of transmission electron microscopy. In our study “Low-Voltage Scanning Electron Microscopy” (LVSEM) was used for uncoated biological specimens and “High-Pressure Freezing ∙ Ultra- Low Temperature/LVSEM” for multi-purpose observation. These methods and techniques enabled us to observe more closely, and analyze with greater precision, the fi ne structures of yeast cells. This led to studies of cell wall formation from the reverting protoplast of the fi ssion yeast Schizosaccharomyces pombe and its cell division; and of the correlation between cell wall formation and actin cytoskeleton. Further, we present some of the most recent achievements in the use of a new technique for visualizing the molecular structure of yeast cell wall components, using focused ion beam and micro-sampling which were applied to biological specimens. Our success in the visualization of the arrowhead structure of the F-actin in the fi ssion yeast cell, by using myosin S1 decoration, enabled us to clarify the role of actin cytoskeleton during cell division and cell wall formation. Finally we discuss potential future studies of the yeast.

Key words: yeast cells, fission yeast, cell wall formation, transmission electron microscopy, scanning electron microscopy

参照

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