人工 臓 器15(1), 3-7(1986) 人 工 臓 器 と 生 体 と の 適 合 性 東 京 大 学 医 学 部 胸 部外 科 浅 野 献 一 人 工 臓 器 と生 体 と の適 合 性 に つ い て 心臓 代 用 弁 を 例 に 挙 げ て 論 述 す る。 第1は 代 用 弁 の 生 体 へ の 適 合 性 で、 血 行 動態 、 抗 血 栓 形 成 性 、 耐 久 性 を求 め て デ ザ イ ン、 材 質 が 検討 開 発 さ れ た が 尚 、 理 想 的 代 用 弁 の 域 に達 して い な い現 状 で あ る。 第2は 病 的 心 臓 か らみ た 代 用弁 の適 合 性 で、 如 何 に 有 効 安 全 に これ を 適 応 す るか に つ い て 狭 小 大 動 脈 弁 輪 に お け る弁 輪 拡大 術 を応 用 した大 動 脈 弁 置 換 術 、 後 尖 、 腱 索 、 乳 頭 筋 を残す 僧帽弁 置換 術 を例 に挙 げ て 説 明 す る 。 両 者 の 適 合 性 は それ ぞ れ の 側 か ら考 察 さ れ るべ き もの が あ る 。
Adaptability
Between The Artificial
Organ And The Human Body
Presidential
Address
Adaptability
between
the artificial
organ and the human body is discussed
citing
the
prosthetic
heart
valve(PHV).
The first
point
is the adaptability
of PHV to the heart.
Requirements
of PHV for clinical
use are the design
and material
to obtain
good
hemodynamics,
low incidence
of thromboembolism
and durability.
Through the history
of
PHVs, both mechanical
and bioprosthetic
valves,
there
have been no ideal
PHVs, and
try and error
has been repeated
on their
development.
Today,
pyrolitic
carbon
as the
material
of the mechanical
valve
and the new preservation
method of the bioprosthetic
valve
are expecting.
The second point
is the adaptability
of indication
of the heart
to PHVs. That is,
how to use available
PHVs effectively
and safely
for the diseased
heart
is an important
problem
irk practice.
The author
discuss
this
thema citing
en-largement
of the small
aortic
ring
for aortic
valve
replacement
and modified
mitral
valve
replacement
with
preservation
of posterior
leaflet,
chordae
and papillary
muscles
in order
to maintain
contracting
function
of the left
ventricle.:Key
word:
Mechanical
valve,
Bioprosthetic
valve,
Hemodynamics,
Durability,
Antithrombogenicity.
Jpn. J. Artif. Organs 15(1),
3-7(1986)
表 題 に つ い て心 臓 外 科 医 の立 場 か ら代 用 弁 と生 体 と の 適 合 性 に つ い て述 べ る。 I. 代 用 弁 の 生 体 内 変 化 今 日 ま で に 用 い られ た代 用 弁 と して は 機 械 弁 では ボ ー ル弁 、 円板 弁 、 傾 斜 円板 弁 、2葉 弁 、生 体 弁 と して は 同 種 大 動 脈 弁 を 経 て ス テ ン ト付 ブ タ大 動 脈 弁 、 ウシ心 膜 弁 が 代 表 的 で ある 。 デ ザ イ ン上 、 ボ ー ル弁 は 最 も単 純 で 機 構 障 害 が 少 な く、 挿入 手 技 も容 易 で あ る為 、25年 経 た今 日 も一 部 で は使 用 さ れ て い る 。 しか し、 本弁 は 一 定 の容 量 の ケ ー ジを 有 し、 中心 流 が 阻 害 さ れ る欠 点 を有 す る。 左 室 腔 が小 さ い場 合 に は ケ ー ジが 心 内膜 に接 して 不 整 脈 の 原 因 に な った り左 室 流 出路 閉 塞 を き た す場 合 が あ る。 また 上 行 大 動 脈 と ボ ー ル との 間 、即 ちtertiary orificeが 上 行 大 動 脈 が細 い場 合 に は 狭 い為 に 左 室 流 出路 障 害 と な り、 著 者 らは そ の 防止 に 数 例 に つ い て 上 行 大 動 脈 パ ッチ縫 着 を行 っ た経 験 を有 す る。 代 用 弁 の 左室 内 占有 度 を減 少 させ る べ ぐ考 案 さ れ た も の が 円 板 弁(caged disc valve)で あ り、 我 が 国 に お い て も僧 帽 弁 置 換 術(MVR)に 愛 用 さ れ た 時 期 が あ るが、こ れ も中 心 流 阻 害 の 特 徴 を 有 す る 。
中 心 流 を 出 来 る 丈 、 維 持 す べ く か つ デ ザ イ ン 上 問 題 の あ っ た 蝶 番 を 省 い た 最 初 の 機 械 弁 が 和 田 弁 で あ っ た が 間 も な くfree floating disc機 構 のBjork-Shiley傾 斜 円 板 弁 が 考 案 さ れ 、 血 行 動 態 の 優 秀 性 か ら広 く世 界 的 に 用 い ら れ る よ う に な っ た 。 Bjork-Shiley弁 は 血 行 動 態 の 改 善 、 血 栓 形 成 をself-washing機 構 で 改 善 す る 為 に 円 板 開 閉 角 度 を 増 し、 円 板 全 体 が 上 下 に ス ラ イ ドす る 機 構 を と り 、 円 板 自 体 を convex-concaveと し た 。 し か し 円 板 を 支 持 す る 熔 接 金 属 ス ト ラ ッ トが 破 損 す る 事 故 が 報 告 さ れ 、 最 近 、 弁 輪 と ス ト ラ ッ ト を1体 成 形 で 作 るmonostrut弁 が 紹 介 さ れ た 。 教 室 で は 傾 斜 円 板 弁 と し て はcentral pivotを 有 す る Medtronic-Hall弁 を 用 い て い る が 、 弁 輪 と ス ト ラ ッ ト は1体 成 形 で 開 閉 角 度 は 一 層 大 き く、 同 様 に 円 板 の ス ラ イ デ ィ ン グ 機 構 を も ち 、 弁 口 面 積 拡 大 、 血 栓 形 成 防 止 が 意 図 さ れ て い る 。 一 般 に 傾 斜 円 板 弁 は ボ ー ル 弁 に 比 較 す る と 弁 開 閉 機 構 が デ リ ケ ー トで あ り、 手 術 に 当 っ て 縫 合 糸 断 端 や 残 存 腱 索 の 嵌 入 に よ っ て 弁 が 動 か な くな るstuck valveや 、 大 き す ぎ る 弁 、 あ る い は ス ラ イ デ ィ ン グ 機 構 に よ っ て 円 板 が 心 室 中 隔 に 接 触 し て 開 閉 障 害 を き た すinmpinge ment を 経 験 す る こ と が あ る 。 左 房 圧 測 定 が 最 も 早 期 診 断 に 必 要 で あ り 、 い わ ゆ るelectromechanical dissociation 東 京 大 学 医 学 部 胸 部 外 科(〒113 東 京 都 文 京 区 本 郷 7-3-1)
Dept of Thoracic Surgery, Faculty of Medicine, Univ of Tokyo(7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku,
が 観 察 さ れ た な ら ば 直 ち に 再 開 心 術 に よ っ て 弁 輪 介 在 物 の 除 去 、 弁 開 放 方 向 の 変 更 を 行 わ な け れ ば な ら な い 。 弁 機 能 改 善 を 図 っ て ス ラ イ デ ィ ン グ 機 構 と し た こ と は 反 面 、 手 術 操 作 を 複 雑 に し た の で あ る 。 最 後 に 登 場 し た2葉 弁 は 蝶 番 機 構 を 有 し 、 弁 葉 が 完 全 に 開 放 す れ ば3つ の 弁 口 が 生 じ 、 中 心 流 が 維 持 さ れ 、 low profileで 左 室 内 障 害 も 生 じ な い 。 しか し弁 葉 の 開 閉 は 生 体 内 で は 必 ず し も 同 時 的 、 均 一 的 で な い 為 、 血 行 動 態 の 障 害 、 血 栓 形 成 の 原 因 と な り う る 。 教 室 で も 肺 動 脈 弁 位 に 挿 入 し た2葉 弁 の1葉 が 血 栓 形 成 で 動 き が 悪 く な り、 圧 較 差 を 生 じ、 右 心 系 で あ っ た 故 にFggartyカ テ ー テ ル で 血 栓 を 除 去 し 、 弁 葉 可 動 性 を 恢 復 し た 経 験 を 有 す る 。 機 械 弁 で は 血 行 動 態 上 の デ ザ イ ン の ほ か に 耐 久 性 と 抗 血 栓 形 成 性 が 要 求 さ れ る 。 ボ ー ル 弁 で は 初 期
にball-varianceが 報 告 さ れ 、in vitroと 異 な りin vivoに お け る 変 化 の 予 測 が 困 難 で あ る こ と を 示 唆 し た が 、 幸 い に 改 良 さ れ て 私 共 は1965年 以 来 、ball-varianceは 経 験 し て い な い 。 し か し 、 血 栓 形 成 、 血 栓 塞 栓 症 は か な り の 頻 度 で 発 生 し 、 麻 痺 の 残 存 、 死 亡 例 を も み た の で あ る 。 抗 凝 固 療 法 に も 種 々 改 善 を 加 え た が1965年 か ら 1980年 ま で の 観 察 で は 一 過 性 脳 症 状 ま で 加 え る とMVR 48.8%、 大 動 脈 弁 置 換 術(AVR)18.8%で あ っ た
(後 述 のcloth-covered metal-ball valveで は MVR16.7%、AVR12.5%)。Cloth-covered valve で はDacronに よ る ス ト ラ ッ ト被 覆 でneointimaを 発 生 さ せ 血 栓 形 成 を 防 止 し よ う と し た 。 し か し本 弁 で は 予 想 外 の デ メ リ ッ ト が 発 生 し た 。 即 ち 剥 離 し な い 過 剰 な 血 栓 形 成 が 弁 口 を 閉 塞 し た り 、 不 均 一 に 発 生 し たneointima で ボ ー ル 運 動 が 制 限 さ れ た り、pannus形 成 で弁 口 狭 窄 を き た し た も の が あ る 。 更 に 他 方 、cloth-covered valveで は 被 覆 布 の 破 損 を き た し 、 ス ト ラ ッ ト金 属 が 露 出 す るcloth-wearが 頻 発 し、 屡 々 輸 血 を 必 要 とす る 溶 血 性 貧 血 の 為 、 再 弁 置 換 術 が 行 わ れ 、 今 日 で は 全 ぐ 使 用 ざ れ な くな っ て い る 。 cloth-covered valveは 機 械 弁 発 達 史 上 、 重 要 な 示 唆 を 与 え て い る 。 即 ちneointimaを 発 生 させ る こ と に は 利 点 が あ る が 、 これ は 決 し て 一 様 に 形 成 さ れ ず 、 部 分 的 に は 過 剰 に 発 生 し う る と い う こ と 及 び 全 く反 対 に 被 覆 布 が 破 損 す る こ と も あ る と い う こ と で あ る 。 以 後 、 今 日 ま で の 傾 向 はrough sutfaceで な くsmooth surfaceの 材 質 に よ る 開 発 が 進 ん だ 。
円 板 弁 や 傾 斜 円 板 弁 で は 円 板 は 予 想 に 反 し て 制 限 範 囲 内 で しか 回 転 し な い 為 に 特 定 の 箇 所 に 衝 撃 が 与 え ら れ 、
hard Teflon discで す ら ス ト ラ ッ トに よ る 磨 耗 、disc wearが 生 じ、 弁 機 能 不 全 が 経 験 さ れ た 。 扨 て2葉 弁 の 構 想 は 決 し て 新 し い も の で は な く、 ボ ー ル 弁 の 登 場 に 引 続 い てLilleheiやGottら に よ っ て 考 案 さ れ て い る が 、 蝶 番 機 構 の 可 動 性 、 耐 久 性 に 問 題 が あ っ て 発 展 せ ず 、 最 近 、pyrolitic carbonの 導 入 に よ っ て 陽 の 目 を み た の で あ る 。pyrolitic carbonは 磨 耗 に 対 し非 常 に 強 く、 抗 血 栓 形 成 性 も 優 れ て い る の で 今 日 、 2葉 弁 の み な ら ず 凡 て の 傾 斜 円 板 弁 に 採 用 さ れ て い る 。 しか し 、2葉 弁 で あ るSJM弁 で 蝶 番 部 分 の 破 損 が 経 験 され て い る の で本 材 質 と雖 も注 意 深 い 追 跡 が必 要 で あ る 。 私 共 は1979年 以 来 、Medtronic-Hall弁 を 用 い て い る が 機 械 的 障 害 は1例 も な く、6年 の 観 察 で 血 栓 塞 栓 症 発 生 率 はAVR 1.1%/患 者/年 、MVR 1.8%/患 者 /年 、AVR+MVR 1.1%/患 者/年 、thromboemboli free rateは6年 で93%で ほ ぼ 満 足 す べ き 結 果 を え て い る 。 最 近 導 入 さ れ たpyrolitic carbonは 材 質 と し て 極 め て 期 待 さ れ る と こ ろ が 大 き い の で あ る が 、 最 終 目 標 と し て は 抗 凝 固 療 法 と し て ワ ー フ ァ リ ン が 不 要 で 抗 血 小 板 剤 投 与 の み で コ ン ト ロ ー ル 出 来 る 機 械 弁 の 開 発 が 待 望 さ れ る の で あ る 。 次 に 生 体 弁 に つ い て 述 べ る 。 ブ タ 大 動 脈 弁 に せ よ ウ シ 心 膜 弁 に せ よ 中 心 流 が 保 た れ 、 頻 脈 に も応 答 性 が よ く、 血 行 動 態 、 抗 血 栓 形 成 性 が 優 れ て い る こ と が 利 点 ど さ れ て い る 。 し か しin vitroと は 異 な り 、 臨 床 例 に つ い て 観 察 す る と 各 弁 尖 は 必 ず し も 同 時 的 、 均 一 的 に 開 閉 す る の で な く 、 特 定 の 弁 尖 の 可 動 性 が 制 限 さ れ る 所 見 が シ ネ ア ン ギ オ で え ら れ て い る 。 こ れ は 血 行 動 態 上 、 弁 の 大 き さ と 有 効 弁 口 面 積(計 算)と が 必 ず し も 一 致 し な い こ と 図1. 機 械 弁 の デ ザ イ ン 変 遷
Hancock弁
再 置 換 時 所 見
27例 中7例
表1. 4 人 工 臓 器15巻1号1986年か ら も想 像 され 、 ま たMVR例 で弁 左 室 側 に血 栓 形 成 を 示 す 症 例 も経 験 さ れ た 。 生 体 弁 では 遠 隔 期 に小 児の 、ことにMVR症 例 で 早 期 か ら高 率 に 弁 尖 の石 灰 沈 着 が 発 生 し 、狭 窄症 状 を呈 す る こ と が し られ て い る。 教 室 で も生 後1才 か ら8才 に 亘 る5 例 のMVRの 経 験 で 術 後3年 か ら5年 で 全 例 、 狭 窄症 状 の為 、 再 弁 置 換 を行 い 、 そ の 凡 ての 標 本 で石 灰 沈着 と弁 尖 穿 孔皹 裂 を 認 め た。 教 室 で は 昭 和55年 ま で に 成 人27例 の ブ タ弁 置 換 術 生 存 例 を有 した が 、 こ の 内 、MVRの7例 に 再 手術 が 行 われ 、 何 れ に も弁 尖 の 石 灰 沈 着 、皹 裂 ある い は 穿 孔 の如 きprimary tissue failureとHancock弁 で ス トラ ッ トの 偏 位 、strut creepを 認 め た 。 また 他 の 病 院 で ブ タ弁(Carpentier-Edwards弁)でAVRが 行 わ れ 、 逆 流 の 為 、4年 後 に 再 弁 置 換 を 行 い、 弁 尖 皹 裂 を 認 め た 経 験 も有 す る。 この よ うな 重 大 な変 化 は 起 る が、 そ の発 生 は徐 々 で あ り、 再 手 術 が 緊 急 手 術 と して 行 わ れ る こ とは ほ とん どな い の は 不 幸 中 の幸 い で あ る。 これ に 反 して機 械 弁 こ とに 傾 斜 円 板 弁 で は血 栓 形 成 や 機 構 障 害 で 再 手 術 す る場 合 、 ほ とん ど が 緊 急 手 術 で あ る こ と と大 きい 違 い で あ る。 今 日、 石 灰 沈 着 を防 止 す る為 にbuffered solutionに よる 弁 処 理 が研 究 開 発 され て お り、 期 待 す る とこ ろ が 大 き い が 、 現 段 階 で は 高 年 令 者 や 出産 希望 を 有 す る若 年 婦 人 あ る い は 特 殊 な症 例 に 適 応 を 限 定 す べ き で あ る と考 え て い る。 因 み に教 室 で は 昭和56年 か ら60年 ま で に弁 置換 さ れ 表2 表3 図2. 大 動 脈 弁 輪 拡 大 法 た327例 中生 体 弁 は34例(10.4%)に 止 ま った 。 II. 代 用 弁 の血 行 動 態 今 日汎 用 さ れ て い る代 用弁 で はMVRで もAVRで も 中心 流 が 阻 害 さ れ る ボ ー ル弁 が最 も弁 圧 較 差 が 大 きい 。 私 共 が 検 査 したMVR症 例 で ボ ー ル弁 と生 体 弁 を 比較 す る と ボ ー ル弁 症 例 で は 肺 動 脈 楔 入 圧 が 大 で あ っ た。 教 室 に お け るMedtronic-Hall弁 で はAVRで は弁 圧 較 は 心 拍 出量4.62l/分 の場 合 、 平 均 圧 較 差11mmHgで 有 効 弁 口面 積 は1.7cm2で あ った。 ま たMVRで は 心 拍 出量 4.73l/分 の場 合 、 平 均 圧 較 差4.2mmHgで 有 効 弁 口面 積 は3.7cm2で あ っ た。 現 在 通 常 使 用 さ れ る サ イ ズ で はAVR で圧 較 差 は10mm前 後 、'MVRで4∼5mmHgの 代 用 弁 が acceptableと い って よい で あろ う。 しか し どの よ う な機 械 弁 で あ って も弁 輪 は人 工 的 に 固 定 さ れ て お り、 生 体 の よ うに 収 縮 拡 張 し ない 以 上 、 運 動 負 荷 に よ って 弁 口通 過 血 流 が 増 加 す れ ば 圧較 差 が増 大 す る こ とは 当 然 で あ り、 私 共 が生 体 弁 に つ い て 観 察 した と ころ で も同様 で あ っ た。 こ の こ と は潜 在 的 に狭 窄 が 残 存 す る こ と で あ り、 代 用 弁 の生 体 へ の適 合性 には 限 界 が あ る こ と を意 味 す る 。 III. 生 体 例 か らみ た代 用 弁 の 適 合 性 以 上 、 主 と して 代 用弁 の例 か ら生 体 へ の 適 合 を論 じた が 、 弁 置 換 術 で は 適 切 な代 用 弁 を 如 何 に生 体 に 適 合 さ せ る か が 重 大 な 問題 と な る。 先 ずAVRに つ い て 述 べ る と、 今 日私 共 が利 用 出来 る AVR用 代 用 弁 は弁 輪 径19mmあ るい は21mmが 最 小 で あ り、 これ が 挿入 しえ な い程 の狭 小 大 動 脈 弁 輪 、 あ る い は これ ら が挿 入 しえ て も体 格 か らみ て 圧 較 差 が 大 き く残 る こ とが 予 想 さ れ る場 合 には 弁 輪 拡 大 を 図 る 必 要 が あ る。 軽 度 の 弁 輪 拡 大 で よ い場 合 に はOlin法 で代 用 弁 を 傾 け て縫 着 す る 方法 、Nicks法 でnon-coronary sinusで 弁 輪 を切 開 し、 こ こに パ ッチ を 縫 着 して弁 輪 を拡 大 す る 方 法 が 応 用 出来 る 。 更 に大 き ぐ拡 大 す る場 合 に は 弁 輪 か
ら僧 帽 弁 前 尖 ま で 切 開 して こ こに パ ッ チ を縫 着 す る Manouguian法 と大 動 脈 切 開 を心 室 中 隔 に延 長 し、 弁 輪
と心 室 中隔 に パ ッチ を 縫 着 す るKonno-Rastan法 が あ る。 教 室 で は か か るsmall aortic ringに 対 し、Manouguian
Modified
MVR成
績
表4
法 を5例 に、Nicks法 を1例 に、Nicks法 とOlin法 の 併 用 を1例 に行 い 、 最 小 の 代 用弁 を挿 入 した。 しか し、 Manouguian法 で は 僧 帽 弁 の 変 化 、Konno-Rastan法 で は 刺 激 伝 導 路 障 害 な ど注 意 を払 うべ き問 題 が あ る。 AVRで は 弁 輪 拡 大 術 が利 用 出来 る がMVRで は 大 動 脈 弁 輪 あ る い はHis束 が走 向 す る三 尖 弁 輪 を切 開 しなけ れ ば弁 輪 拡 大 は 不 可 能 で あ り、 小 児弁 置 換 術 で 問題 と な る と ころ で あ り、 現 在 では 可 及 的 効 率 の よ い代 用弁 を使 用 す る 以 外 に解 決 策 は な い。 次 にMVRに つ い て 述 べ る。 私 共 の20年 間 に亘 る 弁 置 換 術735例 を経 年 的 に 病 院 死 亡 率 に つ い て 比 較 す る と最 初 の5年 間 と最 後 の5年 間 でAVRで は20%か ら3.0 %へ 死 亡 率 が 改 善 さ れ た の に 反 し、MVRで は11.1%か ら7.4%の 改 善 に 止 ま り、対 象 の重 症 度 が変 った とい え 、 代 用弁 、 外 科 手 技 の 進 歩 に も不 拘 、MVRの 改 善 度 に 飛 躍 的 な 進 歩 が み られ な か っ た 。 これ は 欧 米 に お い て も同 様 で あ る 。
早 期 死 亡 原 因 を しらべ る と術 後 のlow output failure が 最 も多 く、 つ い で 比 較 的 最 近 、 各 所 で報 告 さ れ る 左 室 破 裂 が 重 要 な も ので あ っ た。 通 常 のMVR(conventional MVR)は 弁 尖 、 腱 索 、 乳 頭 筋 か ら なるmitral complexを 犠 牲 に して 代 用 弁 を 縫 着 し て お り、 左 室 収 縮 機 能 を障 害 す る こ とに な り、 致 命 的 な 左 室 破 裂 は 弁 輪 と乳 頭 筋 の 間 の 後 壁 に発 生 す る こ とが 多 い 。 教 室 で はLOSと 左 室 破 裂 防 止 を 目的 と して 後 尖 、 腱 索 、 乳 頭 筋 を温 存 す るmodified MVRを 試 み 、 今 日で は ル チ ンに 実 施 して い る。 ま た 本 法 は 欧 米 で も一 部 に行 わ れ つ つ あ る が主 と して 僧 帽 弁 閉 鎖 不 全 が 適 応 と さ れ 、代 用 弁 と して は 生 体 弁 が 用 い られ て い る 。 しか し そ れ で は 普 遍 妥 当 性 に 欠 け る と考 え、 教 室 で は 僧 帽 弁 狭 窄 症 に 対 して も行 い 、 代 用弁 と して は主 と して機 械 弁 を 使 用 して い る。 術 直 後 の 血 行 動 態 はconventional MVRに 比較 す る と低 い 左 房 圧 で 高 い 心 拍 出 量 が え られ 、術 後 の カテ コ ラ ミン投 与 量 も有 意 に 少 量 で す み 、 術 後 管 理 が 容 易 に な っ た こ とが示 さ れ た。 手 術 成 績 と して は 三尖 弁 輪 縫 縮 術(TAP)、AVR、 , 三 尖 弁 置 換術(TVR)な どの 合 併 も含 む62例 中 、 術 図3 図4 図5 後30日 ま で の 病 院 死 亡 は な く、 あ わ せ て 左 室 破 裂 も な く、 遠 隔 期 に2例 を 失 っ た の み で あ っ た 。 mitral complex温 存 の 意 義 を 教 室 で は 心 エ コ ー 図 学 的 に 検 討 し て い る が 、 こ こ で は コ ン ピ ュ ー タ 画 像 解 析 結 果 を 供 覧 す る 。 何 れ も 左 室 長 軸 像 で あ り、 両 端 が 心 基 部 、 中 央 が 心 尖 部 に 相 当 す る 。 術 前 像(図3)で は 心 尖 部 で 山 の 立 上 が りが 早 く 、 山 の 高 さ を 変 え つ つ 心 基 部 に 及 び 、 血 液 を 心 尖 部 か ら 心 基 部 方 向 に し ぼ り 出 す 収 縮 様 式 が 示 さ れ る 。conventional MVR(図4)で は 左 室 各 部 は ほ と ん ど 同 時 に か つ 一 様 に 収 縮 し 、 山 の 立 上 が り が 術 前 よ り も緩 か で あ る 。modified MVR(図5)で は 各 部 の 山 の 立 上 が り や 高 さ が 異 な っ て お り 、 一 見 し て 前 者 よ り も 術 前 像 に 類 似 し て い る こ と が 分 か る 。modified MVR で は 左 室 収 縮 様 式 が よ く維 持 さ れ る こ と が 好 成 績 に 連 な っ て い る と 考 え て い る 。 6 人 工 臓 器15巻1号1986年
図6 図7 図8 最 後 に 術 前 心 機 能 の 程 度 と手 術 成 績 の 関 係 に つ い て 言 及 す る 。 大 動 脈 弁 閉 鎖 不 全 症(AR)の 重 症 度 判 定 は 逆 流 の 為 、 議 論 の 多 い と こ ろ で あ る が 、 心 エ コ ー 図 学 的 に LVDs>55mm、LV%FS<0.25と い う群 はAVR急 性 期 に も 慢 性 期 に も予 後 不 良 で あ る こ と がHenryら に よ っ て 指 摘 さ れ 、 広 く認 め られ て い る 。 教 室 例 で も図6左 の よ う に こ の 超 重 症 群 は 術 後 中 等 度 以 上 の カ テ コ ラ ミ ン 投 与 を 必 要 と し、1例 はIABPを 必 要 と し 、 ま た1例 は 心 不 全 で 死 亡 し た 。 此 の 死 亡 例 は 結 果 的 に は 心 筋 症 を 合 併 し て い た も の と 考 え ら れ る が 、 術 後 、3回 に 亘 る IABPを 行 っ た が4ケ 月 後 に 心 不 全 死 し た 。 そ こ で 教 室 で は 術 前 、 プ ラ ゾ シ ン 投 一与 に よ る 後 負 荷 軽 減 療 法 を 行 っ て 効 果 を 検 討 し た 。 図6右 に 示 す 如 くLVD s<50mm以 下 の 症 例 は 凡 て 術 後 カ テ コ ラ ミ ン 投 与 の 必 要 も な く軽 快 し 、 超 重 症 群 も 凡 て 手 術 に 耐 え る こ と が 出 来 た 。 し か し、 術 後 経 過 を 追 跡 す る と超 重 症 カ テ ゴ リー か ら 脱 脚 出 来 た 症 例 も あ る が 、 耐 術 例 で も 依 然 と し て 同 じ カ テ ゴ リ ー に 止 ま っ て 改 善 の 徴 を 示 さ な い 症 例 を 認 め た 。 ま た 重 症 僧 帽 弁 閉 鎖 不 全 症(MR)もMVR後 の 予 後 不 良 な 場 合 が あ る こ と が よ く し ら れ て い る 。 術 前 房 室 弁 逆 流 が あ る 為 、 左 室 は2つ の 流 出路 を有 す る がMVRに よっ て突 然 、 流 出路 が1つ に な る為 、 左 室 後 負荷 が急 増 す る こ とが 原 因 と考 え られ る。 本症 も逆 流 の 為 、 術 前 評 価 が 困 難 で あ る。 図8は 死 亡 例 につ い てLVEFでMV R後 の 左 室 機 能 を検 討 した もの で あ る が遠 隔 期 に却 っ て 悪化 し、 死 亡 して い る。 同 じ症 例 に つ い てmVcfを み て も同 様 で あ った 。 術 後 の 安 静 期 間 中 は 悪 化 を示 さ な か っ た が 、 退 院 、 あ る い は 社 会 復 帰 を 始 め る と悪 化 す る こ と が 示 さ れ た 。 以 上 、血 行 動 態 的 に優 れ た代 用弁 を、 充 分 な術 前 準 備 の下 に 、 適 切 な術 式 に よっ て 、 更 に 今 日応 用 し うる補 助 循 環 法 を用 い て も弁 置 換 で救 命 、 改 善 しえ な い 超 重 症 例 が あ る こ とを つ け 加 えた 。 代 用 弁 と い う人 工 臓 器 を か か る 超 重 症 例 に 適 合 す る に は 別 の ア プ ロー チが 必 要 で あ ろ う と考 え られ る の で あ る。 結 語 本 日 は 代 用弁 を例 に と っ て人 工 臓 器 と生 体 との 適 合 性 とい う問題 を代 用弁 の側 、 生 体 の 側 か ら私 共 の経 験 を基 に述 べ だ 。 言 及 しえ なか っ た 点 も あ り、 独 断 と 偏 見 のそ し り も受 け な け れ ば な らな い が 、 私 共 は 試行 錯 誤 を繰 返 え し 乍 ら進 歩 し、 病 者 の福 祉 に 寄 与 した 積 り に な っ て い る が 、 反 面 、 そ の過 程 に お いて 予 想 しえ なか っ た マ イ ナ ス 面 も残 して い る。 私 共 は これ を謙 虚 に受 止 め た 上 で 進 歩 発 展 に 努 め な けれ ば な ら な い と考 え る。 終 りに 当 り本 講 演 の 土 台 とな った 教 室 諸 士 の 日常 の 労 苦 に 深 甚 の感 謝 を捧 げ る と共 に 、 司 会 の労 を と って 頂 い た石 井 淳 一 本 学会 理 事 長 に 御 礼 申上 げ る 次第 で あ る。
