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30箱

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Academic year: 2021

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(1)

土 器 は平 箱 約

30箱

分 出上 して い る。 南部 の

3個

の上 壊 か らは主 に奈良 末 〜平 安 初 の上 師 器 ・須 恵 器 、 ほか に平 安 初 期 の緑 釉 花 文線 刻 血 、 平 安 中期 の灰 釉 壷 各 1点が 、 北 寄 りの

2個

の 上城 か らは瓦 器 が 出上 して い る。 この ほか 、 南 部 の 西側 の上 壊 か ら、 奈 良 時 代 の緑 釉 の建 物 模 型 の伺欄 部分 の断片 、 お よび ガ ラス片 各 1 点 が 出土 して い る。

2棟

の東 西棟 建 物 の時 期・J陛格 につ い て は資 料 が 乏 し く確 定 で きな い が 、一 応 次 の よ うに考 え て お きた い。 時 期 は、 建 物 の規 模 、 掘 立 柱 建 物 柱 掘 形 出上 の奈 良 時 代 前 期 の須 恵 器 な どか ら、 両者 と も奈 良 時 代 と考 え る。 性 格 につ いて は、 両者 が 東 妻 を 揃 えて い て

SB02が SB01の

建 て 替 え と考 え られ る こ と、食 堂 ・十 字 廊 (食殿

)の

後 方 に位 置 す る こ とか ら、 両者 と も大炊 屋 な どに 関係 す る建 物 と 考 え る。

八 幡 院地 区

 

調 査 地 は八 幡 神 社 北 側 で あ り平 城 京 六 条 大路 南 側溝 と右 京 七 条 二 坊 一坪 内 の2ケ所 の上墳 を 検 出 した。 溝 幅 は約

40統

深 さ約

17乳

で あ る。 南岸 に は径

10例

ほ どの 丸太 を

30例

間 隔 に打 ち こん だ護岸 施 設 が み られ た。 溝 内堆 積 土 か ら奈 良 時 代 の須 恵 器 、 土 師 器 、瓦 が少 量 出上 した 。 満 か ら薬 師 寺 南 面築 地

まで の心 々距 離 は約

340陶

で あ る。

 

大安寺の発掘調査

大 安 寺 旧境 内 に お い て 家 屋 新 築 等に と もな う事 前 調 査 を

2件

行 な った。

北 僧 房

 

調 査 地 は従 来 の 大安 寺 旧境 内発 掘 調 査 結 果 か らみ て 講 堂 を 囲 む 三 面僧 房 の東 北 隅 で 、 北 僧 房 の東端 附 近 と推 定 され る。 調 査 は

33乳 X5碗

の 南北 トレ

ンチ 、

9碗

×

3陶

の 東 西 トレ ンチ を設 定 し、約

192だ

に つ い て行 な った。 調 査 の結 果 、発 掘 区北 側 で 中房 の一 部 を検 出 したが 、 南半 分 は中世 以 降 の上壊 や撹 乱 に よ って す で に削 平 され 、 大房 を 検 出す る こ とが で きな か った。鎌 倉 時 代 初 頭 と 考 え られ る井戸 1基を検 出 した に留 ま った。

遺 構 :中房 ・ 北 面 中房 の梁 行 通 りの礎 石 お よ び根 石 列 を

2列

検 出 した。

 1列

4つ

の礎 石 が あ り、 大 梁 を か け る位 置 に も柱 を もつ梁 行

3間

の総 柱 建 物 で あ る。

‑19‑

(2)

梁 行 の 柱 間 寸 法 は

10尺

等 間 で あ り、 『 資 財 帳』 の 中房 の記 載 や 昭 和

41年

度 西 面 僧

房 調 査 の 中房 の柱 間 寸 法 と一 致 す る。桁 行 の柱 間 寸 法 につ いて は、礎 石 が動 いて い る た め 、 正 確 な数 値 は求 め られ な い が

10尺

以 上 で あ ろ う。礎 石 は西 列 で

2個

、 東 列 で

4個

の計

6個

を 検 出 した が 、 いず れ も原 位 置 を移 動 して い る。 東 列礎 石 は 、 高低 が あ り根 石 等 の据 付 け痕 跡 が 認 め られ な い こ と か ら、 い ず れ も原 位 置 か ら西 に動 い て い る と考 え られ る。 西列 礎 石 も若 千 移 動 して い る もの の 、 削 平 され た 南 の柱 位 置 を の ぞ い て 、 人 頭 大 の根 石 を もった据 付 け痕 跡 が検

出 され て い る。 礎 石 は東 列 南 の逆 我 頭 方錐 6図

 

北イ曽房遺構配置 図

形 の凝 灰 石 製 礎 石 の ほか は 自然 石 を 用 い て い る。 な お、 梁 行 北 側 柱 心 か ら約

16

統北 で 遺 構 面 に落差

(20帥 )が

あ り、基 壇 状 に な って い る。

井戸 :発掘 区 南 半 で検 出 した。 柱 を 転 用 した とみ られ る円形 の 井筒 を 用 い、 そ の 上 方 は軒瓦 ・丸平瓦 ・嬉・ 凝 灰 岩 切 石 を積 み 重 ね化粧 して い る。 井筒 は、 長 さ 約

16碗

、径

08碗

あ り〔半 我 して か ら くりぬ い た もの で、 下端 に は地 下 水 を入 れ るた め の仕 国が設 け て あ る。 出上 した瓦 器 に よ って鎌 倉 時 代 初 頭 の もの と考 え

られ る。

遺 物 :遺物 は遺 構 面 を覆 う暗 灰 色 粘 質 土 か ら多 量 に 出土 した 。 そ の 多 くは瓦 類 で 、 土 器 は少 な い。瓦 類 は、軒瓦 ・ 丸平瓦 の ほか鬼瓦 ・嬉 な どが 出上 して い る。

大 半 は 、 奈 良 時 代 の もの で あ るが 、 若 干 、 平 安 ・鎌 倉 時 代 の もの も混 じる。

125

点 出上 した軒 瓦 の う ち、 い わ ゆ る大 安 寺 式 と よ ば れ る単 弁

16弁

連 華 文 軒 丸 瓦

(6138)と

、 羊 歯 状 に連 な る3回反 転 均 整 唐 革 文 軒 平瓦

(6712)の

組 み 合 せ が半 数 近 くを 占め て い る。

9   ̲̲̲̲  19m

0

一‑ 20 ‑―

(3)

土 器類 は量 的 に少 な く、 いず れ も小 片 で あ る。 土 師 器 (皿・ 杯 ・甕 。燈 明皿)

須 恵 器 (杯・ 蓋 ・鉄鉢 ・竜 ・奏 ・浄瓶

)の

ほか 、瓦 器 。施 釉 陶 器 な どが 出上 した。

時 期 は、奈 良 時 代 中葉 か ら鎌 倉 時 代 に か けて の もの が 混 在 す る。 施 釉 陶器 に は、

灰 釉 円 面硯 。二彩 皿 ・緑 釉 椀・ 皿 ・壺 ・青磁 椀 な どが あ る。

他 に埴 輪 が 出上 して い るが 、 大 安 寺 寺域 内の杉 山 古墳 の もの で あ る。

東 僧 房 東 方

 

調 査 地 は、 大 安 寺 旧境 内東 面僧 房 の 東側 に あ た る。

検 出 した 遺 構 は 、 東 西棟 建 物

2棟

、 南 北 溝 1条、土 装 等 で あ る。 検 出 面 は地 表 下

30〜 40側

の灰 褐 バ ラス層 (地山

)で

あ る。 東 西棟 建 物 は

2棟

と も西妻 柱 の み の 検 出で あ ったが 、 柱 通 りを揃 え て 配 置 して い る。 南北 溝 は幅

4阿

、 深 さ

06

続 と大 規 模 な もの で あ り、 東 面僧 房 の外 側 を 区 画す る位 置 に あ た る。 な お、凝 灰 岩製 の切石

(35×

8 0 cfn)が据 付 け られ た状態 で 出上 したが、その性 格 は不 明で あ る。

法華寺 旧境 内の発掘調査

(第

95‑1・

4・ 5

8次

)

法 華 寺 旧境 内 に お け る発 掘 調 査 を

5件

実 施 した。 いず れ も家 屋 改築 に と もな う 事 前 調 査 で あ り、 発 掘 面積 も限 られ て い る。 しか も後 世 の撹

乱 が 著 し く、 顕 者 な 遺構 は わず か で あ った。

95‑4次

は法 華 寺 旧境 内 南半 中軸 線 に近 く、位 置 的 に南 門 が 想 定 で き る場 所 で の調 査 で 、 建 物 1棟、 東 西 溝 1条を 検 出 した。

建 物 遺構 は 南北 に並 ぶ 小 穴 列 で あ り、柱 間2.4続 、 2 FB3分 で あ る。 この 小 穴 列 の北

30陶

の位 置 に は、

40× 50c

天端 の平 らな石 が あ り、 これ を 同一 建 物 の礎 石 と想 定 す る こ と もで き る。 も しそ うで あれ ば、 前 述 した

3つ

の小 穴 は い ず れ も礎 石 の抜 取 り痕 跡 で あ り、 南北

3間

以 上 の礎 石 建 物 が復 原 で き よ う。 建 物 につ いて は、 発 掘 区 が 狭 長 な た め 、 東 西 方 向 の規 模 は不 明 で あ る。 東 西 溝 は幅

50師

前 後 、 深 さ10c冊 が 残 存 して い た。 溝 の 南 側 に は 面を 揃 え た川 原 石 が 並 ぶ が 、 北 側 で は そ の痕 跡 が 明瞭 で な い 。 あ るい は溝 の 南 側 に存 在 す

0       5m

7図 95‑4次遺構 図

‑21‑

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