博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名 高橋 透
論 文 題 目 サイボーグ・フィロソフィー ―先端テクノロジーは人間に何をもたらすのか―
審査要旨
高橋論文は、ダナ・ハラウェイの『サイボーグ宣言』(1985 年)におけるサイボーグ化の定義(「人 間/動物/機械の間の、これまで自明と思われていた境界の曖昧化」)を出発点として、BMI(ブレイ ン・マシン・インターフェイス)、ナノテクノロジー、そして細胞創成技術といった最先端科学技術 の展開と到達点を踏まえて、それがこれまで西洋思想において自明視されてきた「人間」観に何をも たらしうるか、という哲学的な問題を、一方で科学哲学的ないし科学史的に検討し、他方で『攻殻機 動隊』、『スカイ・クロラ』といったサブカルチャー作品におけるサイボーグ(化)表象の分析に取り 組むことによって、そして、バイオ技術の急進展と人間のサイボーグ化に伝統的「人間」観の立場か ら反対するユルゲン・ハーバーマスの哲学的議論と批判的に対決することを経て、最先端科学技術の もたらしうる「人間」の新しい境位としてのサイボーグ化を試行的に是認し、この新しい境位に即し た「人間」の新しい倫理的地平を考えようとする、根本的かつ今日的な意味をもつ野心的論文である。
この目標は序章と全 5 章からなる以下の論文構成において追求されている:
先行研究と批判的に向き合う「序章」をうけて、「第一章:浸透しつつあるサイボーグ」は、コン ピューター、バーチャル・リアリティー、インターネット、ユビキタスといった、今や日常的となっ た一連のテクノロジー分野を点綴して、サイボーグ化への人間の原理的移行を、テクノロジーの構造 分析から確認している。すなわち、身体のみならず欲望という心のレベルでも、人間とコンピュータ ーという機械との一体化が始まっている、というのである。
「第二章:ブレイン・マシン・インターフェイスとナノテクノロジー」はこの二つの最先端技術の 到達点と可能性について検討し、この分野におけるサイボーグ化の現状と可能性を見定めている。す なわち、コンピューターを介して脳を機械に接続する BMI も、原子・分子レベルで組成構造を変更す る技術によって人体の組成変更・増強をも志向するナノ技術も、サイボーグ化の技術として位置づけ られるのである。
「第三章:サイボーグと『攻殻機動隊』」は、第二章で確認したサイボーグ化の次元を、士郎正宗、
押井守、神山健治がそれぞれ同タイトルの作品(『攻殻機動隊』)で提出している、近未来における増 強された脳と身体を持つ人間としてのサイボーグ表象の分析によって拡張している。
「第四章:サイボーグは永遠に生きるのか。森博嗣『スカイ・クロラ』をめぐって」は、生と死と のこれまでの画然たる境界を曖昧化しうる細胞創成技術の到達点と可能性を踏まえて、ここまでのサ イボーグ化概念を拡張し、生と死の境界を曖昧化する新しい位相(再生と不死)を組み込んだ議論を 展開して、そこで見定めたものに、森博嗣の散文作品における近未来的表象である「再生するキルド レたち」の分析を重ねている。ここでのサイボーグ化は、とりわけて、生と死の境界を曖昧化する出 来事として、再生と不死が「人間」にもたらすであろう問題を前景化させている。
最終章である「第五章:サイボーグの心」は、ユルゲン・ハーバーマスの『人間の将来とバイオエ シックス』(2001 年:原題をそのまま訳すと、『人間的本性[自然]の将来』)におけるバイオ技術とサ イボーグ化にたいする反対論を、その議論の哲学的骨子である、(1)人間の個体としての完結性と その固有性、(2)個体としての人間/人格相互間の同等性・平等性と共同性・社会性、(3)個体と しての人間/人格の不可侵性という、伝統的な「人間」観にとって自明の三つの論点に即して、ここ までの論述において展開してきたサイボーグ化の考え方に拠って批判的に検討し、結論として、ハー バーマスの反対論に試行的に是認をもって対峙し、その上で、サイボーグ化された「人間」の、その
氏名 高橋 透
新しい境位に即した新しい倫理的意味を、「サイボーグの心」という言葉で予示しようとしている。
高橋論文は、審査員の査読時のコメント、また公開審査会での意見表明と質疑において、先ずその 論文作法について、例えば、a)関連する最先端技術の最前線についての知識を渉猟している、b)
当該テーマについての先行研究を視野に入れている、c)その上で、先行研究との差異化を図ろうと している、d)最先端技術の知的・実践的到達点を、サブカルチャー分野の近未来的表象世界と照合 している、e)その際、それらの作品の表象分析あるいは作品解釈の作法が行き届いている、などの 点が評価された。しかし無論内容的にも、例えば、イ)サイボーグ技術についてのよくある科学技 術倫理的な議論(どこまでが許され、どこからは許されないのか、というような倫理的議論)を超 えて、この技術それ自体の「人間」にとっての意味と可能性を丹念に追究している、ロ)そのこと を踏まえて、生体と機械の融合体という従来のサイボーグ・イメージと意味を超えて、サイボーグ 概念を拡張している、ハ)さらにそれを前提にして、テクノロジーがさまざまな領域において引き 起こしている諸現象を包括的に扱うことに成功している、ニ)その結果、サイボーグ化のテーマを、
論文の表題に相応しく、哲学的な「自然と技術」、「内と外」、「自と他」、「心と身」、「生と死」の境 界の曖昧化の位相においても検討している、ホ)その結果さらに、逆から言えば、人間と動物と機 械の間の、これまでの画然たる境界とその是認を前提とする「人間」観の根本的な見直しを迫るも のとなっている、などの点が高く評価された。
以上によって、審査員は一致して、高橋論文に博士学位を授与すべし、との結論を得たが、審査員 それぞれの専門領域から出されているいくつかの意見についても触れておかねばならない:
科学哲学・科学史の専門家からは、サイボーグ化を必然と考える根拠と、逆に、サイボーグ化がも たらすであろう「人間」の新しい境位に抗う既存の「人間」の存続の可能性についての説明が弱いの では、との指摘があり、表象分析の専門家からは、サイボーグ表象の前史、とりわけ 19 世紀末以降 のそれへの十全な言及が必要では、との注文が出され、パフォーミング・アーツの専門家からは、サ ブカルチャー系の表象の分析の結論をサイボーグ化論に接続するに際していっそうの細心さが望ま しい、また、ひとつの脳が複数の身体を所有するというサイボーグ化の一局面の分析にいっそうの綿 密さを求めたい、との期待が表明され、比較文学の専門家からは、「サイボーグの心」を「たゆたう 心」と予想するに際して、例えばレヴィ-ストロースの『野生の思考』などにおける関連する議論(「流 動する心」)の参照が有益では、との示唆がなされた。
こうした発言にたいして、論題枠の設定から論述の進め方にいたるまで自覚的に禁欲的であろうと した論文執筆者の応答は明快かつ説得的であった。審査員は、これらの点は高橋論文の瑕疵と考える べきものではなく、論文執筆者の研究の今後の展開と深化のために活かしてもらえたら、との期待の 表明であることを確認した。これにたいして、論文執筆者は今後の研究の深化と拡張を約束してくれ たことを、最後に書き添えておきたい。
公開審査会開催日 2009年11月21日
審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名 主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 大久保 進 審査委員 早稲田大学文学学術院・専任講師 PhD(アイルランド国立
大学・ダブリン校)
坂内 太
審査委員 早稲田大学教育・総合科学学術院・教授 原 克 審査委員 工学院大学共通課程人文研究室・教授 林 真理