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那覇市首里金城町におけるウリミバエ,Dacus cucurbitae COQUILLETT,の個体数変動: 沖縄地域学リポジトリ

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Academic year: 2021

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(1)

Title

那覇市首里金城町におけるウリミバエ,Dacus cucurbitae

COQUILLETT,の個体数変動

Author(s)

山内, 政栄; 岩橋, 統; 瑞慶山, 浩

Citation

沖縄農業, 14(1): 25-27

Issue Date

1976-07

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/1172

Rights

沖縄農業研究会

(2)

那覇市首里金城町におけるウリミパエ,DczC鵬

伽c〃DitacCoQuILLETT,の個体数変動

山内政栄・岩橋統・瑞慶山浩

(鹿児島大学農学部)(沖縄県農業試験場)

Zukeyama:ChangesinAbundanceoftheMelonF1y,

Yamauchi,S・’0.IwahashiandH、Zukeyar

Dacascz4czIγbjtacCOQUILLETTinNaha.

はじめに ここにタングルフッド をぬる

ウリ類の重要害虫として知られるウリミパエ,Dac"s

cz4cz4γbjtaeCoQuILLETTが1970年6月久米島で発見さ

れたのに続き,1972年9月には沖縄本島中部と本部半島

で発見され,1973年夏には本島及びその離島の全域に慢

延した(伊藤他,1973).以来久米島においては1970年6

月より,沖縄本島においては,那覇市首里金城町で1973

年1月よりキュールア・トラップによるウリミパエ成虫

の発生消長調査が行われてきた.この間久米島において

は1972年12月より1975年1月までウリミパエの抑圧防除

が行われた(岩橋他,1975).

この報告では首里金城町のウリミパエ成虫個体数の変

動について述べた.さらに,久米島のウリミバエ個体数

の変動と比較することによって,抑圧防除の効果を考察

した. 誘殺剤

第1図台湾型誘殺トラップ

2.結果および考察

誘殺虫数を月別に1日1000トラップあたりに換算して

第3図に白丸で示した.1973年と1974年はほぼ同じ変動

のパターンを示した.すなわち,個体数は3月にもっと

も低くなり,その後4.5月と増加した.6月から7月

にかけてやや減少し,その後再び増加し,10月から12月

頃にピークとなった.この傾向は久米島の1970年から

1972年にかけてほぼ同じである.1973年と1974年は久米

島で抑圧防除が行われた年であったにもかかわらず,個

体数変動のパターンは1973年から1974年の前半まで,金

城町のものとほぼ同じである.1973年11月から1974年3

月までは,久米島では個体数が減少し続け,キュールア

・テックス板による防除効果があったように見えるが,

同じ時期に金城町でも個体数は減少しており,減少の幅

は両方ともほぼ同じであることがわかる.このことは,

久米島でのキュールア・テックス板による抑圧防除は効

果がなかったという岩橋等(1975)の結論と一致する.

1.材料および方法

調査はウリミパエ雄成虫の誘引剤キュールア(97%)

とジプロム(3%)の混合剤(以下誘殺剤と呼ぶ)を浸

み込ませた台湾型トラップ(第1図)によった.トラッ

プは沖縄県農業試験場に隣接する那覇市首里金城町の亜

熱帯性広葉樹林の周辺部およびその近くで,直射日光や

雨のあたらない場所を選び,地上1~2”の高さに設置

した(第2図).誘殺剤は月1回新しいものと交換し

た.またアリの侵入を防止するために随時タングルフッ

ドを塗った.設置されたトラップの数は,1973年1月か

ら1974年3月までは3個,1974年4月から1974年12月ま

では7個,1975年1月以降は5個である(第2図).誘殺

虫数は週1回調べた.

(3)

沖縄農業第14巻第1号(1976年) 26

!=

11

、 FLV1-j 【)。~  ̄④、 05' 第2回 農業用貯水池 100 【】 200m

NO2 第2図首里金城町におけるキュールア、トラップの設置場所 NO1 Nul、2は1973年1月~1975年12月まで、Nq4は1973年1月~1974年12月まで、 Nu3、5,6は1974年3月~1975年12月まで、Nu7は1974年4月~1975年12月 まで設置した。 ところが,1974年7月から12月にかけては,金城町では 個体数が増加したにもかかわらず,久米島では逆に減少 した.これは1974年6月から行われたプロテイン剤の地 上散布によって,はじめて抑圧防除がある程度の効果を あげたことを示していよう. 金城町における個体数の変動は1973年と1974年はほぼ 同じであったが,1975年は年間を通して個体数が高く, 変動のパターンもかなり異なった.例年個体数の減少す る3月にも,個体数はあまり減少せず,2月から5月ま でほぼ同じであった.5月から7月まで個体数は減少 し,その後増加し10月にピークとなった.このように年 間を通して個体数が多かった1975年においても,ピーク 時の個体数は例年とあまり変わらなかった.3カ年のピ ーク時の個体数はいずれも1日1000トラップあたり 10,000匹前後である.このことは,ウリミバエは,たと え繁殖に適した年でも無制限に増加するものではなく, ある一定の飽和密度を持っていることを示唆しているの かもしれない.この点については今後調査を続けていく なかで明らかにされよう. 久米島では1975年2月から不妊虫放飼実験が始められ たが,首里金城町におけるウリミバエ個体数の変動は, 久米島の対照区として用いることができよう.

3.要約

那覇市首里金城町におけるウリミパエ,DaCzcsc"c”- 〃αeCOQUILLETTの個体数変動を調べた. 1.個体数は3月に最低となり,4.5月にやや増加 し,7月に再び減少した.その後増加して,10月から12 月頃にピークとなった. 2.ピーク時の個体数は1日1000トラップあたり1万匹 前後で,飽和密度の存在する可能性が示唆された. 3.年間の個体数変動のパターンは久米島のものとよく 一致した.

(4)

山内・岩橋・瑞慶山:那覇市金城町におけるウリミパエ,Dacz`scz4cz4γ6jfaeCoQuILLETTの個体数変動27

'000 、Hf/BIE〕〉 0 0 0 誘殺虫数(一日一○○○トーフップあたり)

1J 30℃ 15℃ 6810122468101224681012246810122468101224681012 197019711972197319741975 第3図首里金城町(白丸)と久米島(黒丸)におけるウリミバエの個体数変動 久米島については岩橋他(1975)より作図した。月平均最高気温と月平均最低気温を 下に示した。1970年から1972年までは久米島での気温(黒丸)、1973年以降は那覇市 の気温(白丸)を示す。 引用文献 1.伊藤嘉昭・宮良安正・照星林宏・照屋匡,1973. 沖縄本島におけるウリミパエDac"scz4c〃γ6jtae の発生.九病虫研会報,19:108-111. 2.岩橋統・照屋林宏・照屋匡・伊藤嘉昭.1975. 久米島におけるウリミバエの個体数変と抑圧防除. 応動昆,19:232-226.

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