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多国籍企業「論」の現代的位相 その2 : 中国多国籍企業分析における経済学とテクノロジーの地政学

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多国籍企業「論」の現代的位相 その2 : 中国多

国籍企業分析における経済学とテクノロジーの地政

著者

関村 正悟

雑誌名

埼玉学園大学紀要. 経済経営学部篇

20

ページ

187-200

発行年

2020-12-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1354/00001317/

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ショナルズ=DM)の躍進といわれる1)。中 国NMC(Multi-National Corporationの 略:以 下多国籍企業をMNCと略称)を典型とする DMの発展は従来の先進資本主義国で発達し た国内での優位性を海外に移転するパターン とは逆の方向、つまり後進国企業が先進国企 業を買収することにより先進国の蓄積した技 術を中心にした経営資源の獲得を目的とする。 その流れを最も典型的に顕わしているのが中 国MNCであろう。 2.中国多国籍企業の丸川の要約  丸川は2008年時点での中国MNCの行動パ ターンの動機の類型を5つにまとめている2) 第一は、市場のターゲットは新興国にしぼる こと。当時、中国企業は世界のどの市場でも 通用する優位性をもっていなかったが、中国 自体が発展途上国であったので、低所得国市 場に適した技術を国内で発展させており、新 興国市場の獲得で先進国企業との競争に勝つ ことが出来た。一般に新興国は幼稚産業保護 政策をとっているので、現地生産が必要にな 1.はじめに  本稿の目的は、中国の多国籍企業の分析の フレームワークと視座形成への試論である。 現代の多国籍企業「論」の系譜の中での中国 多国籍企業の活動特性の有力な先行研究であ る丸川知雄の整理を検討することからはじめ る。中国多国籍企業は中国政治経済システム の中でどのような性格を有するかという問い である。2004年以降の国際収支統計上の中国 「国家」の直接投資の拡大は、経済学の観点 からは中国「企業」の海外直接投資の増大の 結果である。その対外直接投資のフローは、 2016年には1961億米ドルと世界第2位である。 しかし、その中国多国籍企業は自由主義市場 経済とは異なるいわゆる国家資本主義と呼ば れる経済システムの中に存立しているといわ れる。欧米の多国籍企業とは何がどのようよ うに異なるかを検討するに必要とされるアプ ローチはどのようなものであろうか。  21世紀の多国籍企業の特徴の1つは、中国 及び新興国多国籍企業(ドラゴン・マルチナ キーワード : 中国多国籍企業、国家資本主義、地政学、経済安全保障、デジタルエコノミー、一帯一路 Key words : chinese multinational corporation, state-capitalism, geo-politics, economicstate craft, digital

economy, one belt one road

─ 中国多国籍企業分析における経済学とテクノロジーの地政学 ─

The Current Development of Multinational Enterprises’ “Theories” Part 2

Economics and Geopolitics of Technology for Chinese Multinational Corporation  

関 村 正 悟

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似した、自国よりも安い労賃を求める海外直 接投資という一般類型である。2000年以降沿 海地域での労働力の過剰が消え、労賃の上昇 がみられはじめ、中国企業でさえも、繊維や アパレル企業ではカンボジアやベトナムに生 産移転するケースがよくみられる。米中関税 戦争が勃発した2018年以降、このパターンは 製造業にも波及しさらに増加しているとみら れる。最後の第5のパターンは、丸川の独自 説といわれる、資源採掘産業上流部門の垂直 統合説である。中国MNCの初期の直接投資 の大部分はエネルギー資源を中心とした採掘 業であり、その動機は国策的資源確保という より、欧米MNCと同様に取引費用を削減す るための上流部門垂直統合であり、国際的寡 占に対抗するための交渉力を得るためである と丸川は解釈する3)。この解釈は、前稿4) 検討したようにオリバー・ウイリアムソンら が、取引費用の経済学で展開した多国籍企業 論を中国企業に適用したものである。以上丸 川の整理した5つ中国MNCの行動特性のい ずれも経済学的な、現代の多国籍企業論によ る説明と適合するようにみえる。この整理の 中で注目する点は第2パターンの戦略的資産 の一括獲得における、特に技術獲得を目的と する行動とその手法としてのM&Aである。 これが利潤最大化や市場シェア最大化をめざ す普通の企業戦略として選択されるのであれ ば、企業価値最大化として経済学やファイナ ンス論の通常のアプローチで足りる。しかし 何らかの国家政策の遂行の一環の可能性があ る場合はどうであろうか。さらにM&Aの手 法も、日本でもいまやクロスボーダーM&A は日常茶飯事となり、通常の企業戦略行動で あるが、そのファイナンスに国家の政治的利 害と政策意思を反映したSWF(国家ファン り現地進出した。先進国から輸入した技術や ノウハウを使い新興国市場に進出するケース も多い。バーノンの「プロダクトサイクル」 仮説の変種という事も出来る。第2のパター ンは戦略的資産を獲得するための直接投資で ある。つまり、技術、ブランド、販路を含め 外国企業を買収するケースである。さらに研 究所も設置して、技術やノウハウを吸収する 拠点にすることを目的にする。例としてはレ ノボによるIBMのPC部門買収である。この時 期における中国的特性としては、国内におけ る熾烈な競争にサバイバルするための戦略資 産を手にいれる事が優先された。核心技術を 内部で時間をかけて開発する余裕がない場合、 外から手早く買ってこようとすることになる。 中国人の国民性かもしれない。第3は、中国 ハイテク新興企業が、国内では政府規制によ り資金調達が困難のため、ケイマン諸島のよ うなタックスヘイブンに法人登記し、米国 NASDAQ等の海外株式市場にIPOを通じて上 場するケースである。この典型はアリババで あろう。国内で事業展開しながら、グローバ ルに資金調達をおこなうのは国内資本市場の 未発達による情報の非対称性、とくに新興企 業のIPOに対する国内の無理解や国有企業優 先の資本市場での構造的差別、また金融市場 の後進性の結果とも言えよう。この資金調達 の変形としてシェルカンパニーによる米国市 場への裏口上場のケースもある。その中国国 内事業に対する国家による規制は外資系企業 扱いであるため、当局の裁量で事業許可はい つでも剥奪されるという脆弱性をもつ。第4 のパターンは、自国の労賃の上昇や為替レー トの上昇によるコスト上昇をさけるため、比 較優位を持つ国に生産拠点を移すケースであ る。日本型海外直接投資とよばれたものと類

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ド)や国家の所有する銀行が資金供給する場 合はどうであろうか。大きな資金を必要とす るM&Aで中国の民間企業が、しかも国際的 競争優位性を持っていない企業に、M&Aの ための資金調達は可能であろうか。実際、丸 川も2004年以降の対外進出急増は、1)現地 法人からの配当収入に対する税制優遇、2) 投資のための機械や設備に対する輸出関税の 免除、3)海外投資への金融支援、特に海外 資源開発、海外での工場やインフラ建設、海 外での研究開発、そして海外企業の買収にた いする優遇金利、さらには国家開発銀行によ る海外投資プロジェクトへの出資や融資を行 う制度が設けられたことが大きいとしている5) さらに先のパターン5で、丸川は、資源獲得 は国家政策であるという高橋6)の説を否定す る解釈として提出したのであるが果たして妥 当であろうか。 3.中国MNCにおけるM&Aの重要性  このM&Aの展開は80年代の金融グローバ リゼーションによる国際金融資本市場の統合、 規制緩和により株式市場に対する海外からの 投資が可能となったためである。しかしその 国家の資源獲得を目的するM&Aの典型例は CONOOCによる米国石油多国籍企業ユノカ ルの買収劇であった7)。中国政府支配下の国 有企業の行動は、自由市場資本主義の企業行 動原理とは異なり、中国政府の資源獲得戦略 の一環と解釈するほうが妥当であろう。2005 年6月米国議会はこの合併を安全保障と経済 利益に対する脅威とみなし調査を開始し、米 国の戦略資産である石油、しかもその多くが アジア地域を中心とする海外に存在するとい われたユノカルの資源が中国政府傘下の企業 の手に渡るのを阻止した。この国際M&Aの 黒子には必ず米国投資銀行が関わっているこ とは実務界の常識である。ウォール街、つま り米国金融業界の利害と中国政府の利害が一 致しウォール街と民主党クリントン政権、(そ の後の共和党ブッシュ政権)の、そしてアメ リカと国家資本主義中国は当時は蜜月であっ たが、しかし、米議会によって阻止された。 国家の安全保障の富に対する優位の思想の発 現と理解されている。中国MNCにM&Aのノ ウハウを教え込み、巨大な中国の外貨準備を ベースとする国家資本のチャイナマネーを自 由な資本市場に導く役割をは果たしたのは、 米国投資銀行である。しかしその蜜月は2008 年のリーマンショックで激変した。中国は80 年代は日本の高度成長モデルを摸倣し、90年 に日本がバブル崩壊で頓挫すると、米国の市 場経済と投資銀行モデルに鞍替えし、しかし リーマンショックを契機に米国モデルに幻滅 し、米国モデルへの不信は自らの市場経済化 の道への不信の始まりとなった。この国家の 利害と経済の論理、政治家の利害と金融業界 の利害の錯さく綜そうした関係を読み解くフレーム ワークは経済学の論理から脱皮するところに あるのだろうか。中国MNCの対外投資行動 の説明要因として国家の役割をどうとらえる か。戦後60年代の米国MNCや1890年代のい わゆる自由貿易帝国主義下のイギリスMNC、 さらには固有のイギリス重商主義国家のもと での東インド会社等と現代中国MNC行動と の比較することは意味があるかもしれない。 我々としては手がかりとして、イアン・ブレ マーの「国家資本主義論」から検討する。 4.イアン・ブレマーの「国家資本主義論」  イアン・ブレマーの「自由市場の終焉」の 出版は2010年である。その中で提起された国

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政治、経済を最大限成長させるよりも、国力、 ひいては体制の権力を保ち指導部の生き残る 可能性を最大化すること、その結果、政府に よる投資、政府による所有、政府の富はおお きくなる。その手段は第1に、国有企業や国 営企業を使い、国にとって極めて貴重だと判 断した資源を利用管理し、高水準の雇用を維 持創出する。第2は「えり抜きの民間企業」 を活用し「特定の経済セクターを支配する」、 第3は「政府系ファンド」、いわゆるSWF (state wealth fund)を用いて余剰資金を投資

に回して国家財政を最大限潤すことである。 国有企業や国営企業の行動は政治の目的と経 済の論理の相互作用の結果であり、あるとき は国家戦略の遂行が優先し、また別の時は資 本の論理に基づく利益最大化を図るというキ メラとなる。ブレマーのこの国家資本主義論 は、中国企業や中国経済社会のための特有の 分析概念としてではなく、サウジアラビアを はじめ湾岸石油産出国やメキシコ、ブラジル、 さらにはロシヤやインドの国営企業も包摂す る21世紀的現象の一般概念として提出されて いるため、例示としてもメキシコのセメック ス(セメント会社)や ブラジルのヴァーレ (資源会社)等、サウジアラムコなど一国の 旗艦企業がとりあげられている。その多くは 2000年以降新しく出現した企業であり、多国 籍企業の目安とされるフォーチュン500に含 まれる大企業である。  ブレマーは国家資本主義を自由市場資本主 義とともに資本主義の2つの類型ととらえて いる。資本主義についての定義は「富を使い さらなる富を創造すること」という極めて「お おまかで簡略な定義」(と自身の言葉で)を 与えている。9)  政府は売買取引を当事者に任せ、規約の確 家資本主義という概念は自由市場資本主義と 対立する言葉として、一般に流布している。 ブレマーは、リーマン危機対応にみられた NY(ウオールストリート)からワシントン への金融の意志決定におけるパワーシフトと いう状況把握からスタートしている点、前述 した中国サイドの米国モデルに対する幻滅と 共通している。2008年のリーマンショック時 における「平時であれば、NYの金融市場に 委ねられる決定がワシントンの高官がくだす ようになりアメリカにおける経済や金融にか かる権力が、金融の中心から政治の中心に劇 的に移転した」という認識をもつ。アメリカ 自体も国家資本主義といえるのだろうか。 リーマン危機におけるアメリカの国家=FRB と行政府による金融市場と財政による介入は、 100年に一辺といわれた危機への「例外状況」 であり、リーマン危機収束後のFRBに見られ るように出口戦略は明白に語られた。FRBの 平時の金融政策への回帰の意志は明確であっ た。ブレマーも市場への国家介入の存在しな い自由市場資本主義経済はあり得ないとして おり、また国家資本主義と自由市場資本主義 の分別は曖昧であるとしている。しかし、そ の著書の副題は、「国家と企業の間の戦争では 誰が勝利するのか」が示すとおり、著者の狙 いは国家資本主義と自由市場資本主義との政 治学的対比分析である。  ここでブレマーの国家資本主義論の定義を 確認すれば「政府が経済に主導的役割を果た し主として政治上の便益をえるために市場を 活用するしくみ」8)となる。つまり21世紀の 国家資本主義とは「経済主体としての国家」 が「支配的な役割」を果たし、「政治面の利益」 を得るために、市場を「利用」するとパラフ レーズされる。つまりその目的は経済よりも

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として、1.国民に繁栄をもたらさない限り 中国共産党は権力の維持は出来ず、2.国が 号令をかけただけでは経済成長は永続せず、 市場を生かす必要があるが、3.ひとたび成 長性が解き放たれると市場が生み出す富を可 能な限り大きな部分を国が管理する仕組みを 整える以外に共産党が政治権力を独占する道 はないと共産党は認識し、権威主義体制では 「指令経済は破綻する運命にある」と悟りな がら自由市場にさせた場合、政府の抑制がき かなくなるのをおそれて新しい仕組みを考え 出したのが国家資本主義であると結論づけた。11) 4.ブレマーの重商主義理解からえられ るもの  さてブレマーは国家資本主義を理解するに は重商主義を理解するのが役立つとして重商 主義を過去に生じた国家資本主義とみるが、 国家資本主義は21世紀版の重商主義とは異な るとする。ブレマーの重商主義の定義は「富 国強兵を目指す経済ナショナリズム」とし、 16世紀初めから18世紀終りにかけての世界の 経済モデルの主流を占めたとみる。その特徴 は、政府は規制を梃子にして、他国の政府を 犠牲にし、自国の国富と国力の増進を図るこ と。その前提は、1.国富の大きさは自国が 管理する貨幣と財宝の価値に等しい、2.世 界の富の総量は一定であるとした。その結果、 貿易はゼロサム・ゲームとなり一国の富の増 大は他国の富を奪う必要があるという理解で ある。従って他国との紛争は絶え間なく生じ、 国家間の軍事衝突は頻繁に起こった。重商主 義の世界では、国家の目標は貿易収支をプラ スにして、輸出を最大化し輸入を最小化する という「貿易差額最大化」政策をとる。目標 実現の手段としては「政府高官が舵取りや監 実な履行を促し、所有権を保護するほかは一 切干渉せずにいるような「純粋資本主義」は 現実には存在せず、政府は様々な公的サービ スの提供、市場の失敗に対してルールの審判 者としてルールの徹底を図る。さらに所得再 分配などにより公平性という社会規範を実現 する役割も果たすので自由市場での競争と限 定的な政府介入を組会わせた「混合」資本主 義が自由市場資本主義の実際であるとしてい る。では国家資本主義と自由市場資本主義は どこが違うのだろうか、それは政治システム との関係性にある。自由市場が適切に機能す るためには政府の説明責任と透明性が不可欠 で、資本主義の土台をなす最低限の経済的自 由は基本的な政治的自由と不可分であるとい う信念である。「経済分野の自由市場が最も よく機能するためには政治分野の自由が用意 されたときであり、情報の一般公開、司法制 度と報道機関の政府からの分立、言論と集会 の自由、高等教育の広範な機会、渡航と貿易 の自由にかかっているという。それとは対照 的に国家資本主義を運営する人たちはその自 由をもたない。」2つの資本主義の違いは担 い手の、価値観、エートスと倫理の問題とも 言える。中国「経済」の専門家である加藤弘 之らは、「国家資本主義論とは何か」10)の中で ブレマーの国家資本主義論を検討しているが、 この政治システムとの関係の視点を捨象して いるようにみえる。国有企業のシェアの増減 の方向性に分析焦点を合わせ、中国国家資本 主義も混合市場体制という「市場経済システ ム」の一形態と把握しまうので自由主義市場 経済と量的なレベルで比較可能な市場経済と してしまう。この点が、経済学専門家のアプ ローチと政治学者の視点の相違といえる。ブ レマーは、中国がソ連の崩壊から学んだ教訓

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通の認識であったとの解釈を提示したのは国 際政治経済学の1つの源流と見做されている アルバート・ハーシュマンである17)。この国 際政治経済学や地政学の検討にはいる前に現 代経済学の理論による重商主義理解を確認し ておこう。 5.現代経済理論と現代の重商主義  ダニ・ロドリックの現代経済理論に基づく 重商主義理解と米中対立の経済的理由の発生 の説明を検討する18)。16-17世紀の重商主義 システム以来、経済学における主要論争点の 1つは自由貿易対保護主義の対立であったと 彼は強調する。  主要な国際経済学の教科書では国際貿易政 策としての輸入関税、輸出補助金や輸入割当、 自発的輸出制限の効果は最適関税の理論によ り貿易の利益、つまりレントを、一方の国か ら他方の国にシフトできると説明され、自由 貿易論が世界全体の便益の観点から望ましい としても一国にとっては関税が利益を生むこ とをモデル上明らかにしている。この理論は 新貿易理論や戦略的通商政策の理論と呼ばれ、 現代の重商主義政策を理論的に基礎づける。 ロドリックによれば重商主義は国家と経済の 関係を体系づける、自由主義とは異なる考え 方であり、コーポラティズム=協調主義的見 方をとる。1.国家と民間企業は同盟関係に あり国の経済成長や国力の増強など共通の目 標を手を携えて追求する存在である。「政府 と民間の協力」や企業に寄り添った国家とい う特徴をもつ。2.消費者の利益と生産者の 利益のどちらを優先的に取り扱うか分岐点で ある。重商主義は生産サイドを重視する。健 全な経済には健全な生産構造が不可決であり、 消費も、高い雇用水準と適切な水準によって 視に当たる一握りの大規模独占企業」の独占 貿易の勅許である12)。イギリスの東インド会 社が典型である。現代の、政府が後押しする 「国の旗艦企業」のさきがけとみなされる。 当時は「保護領と名付けて他国との直接貿易 を禁じた海外市場、輸入最終財への制裁関税 や輸入割当、一方自国の輸出商人には補助金、 税の優遇、独占許可などの手段により貿易を 管理する事が狙いである。また国内では敵対 の恐れのある他国に依存することなく独立独 歩の国作りが奨励された。」この政策は古典 的自由貿易論に対する、反自由貿易派、保護 主議の通商政策、貿易政策の原型である。従っ て現代の経済学者や国際政治経済学者も新重 商主義や保護主義という概念を頻繁に使って いる13)  この「重商主義」という概念は自由主義経 済の祖といわれるアダム・スミスがその批判 のために国富論を著したとも言われる経済学 上の概念である。しかしスミスの批判を受け た重商主義の論者達が必ずしも自由貿易に反 対したわけではないということは内外の経済 学史の研究者の常識であり、重商主義はスミ スが批判のために創作した概念とも言われて いる14)。クロムウエルにより繰り返し制定さ れた航海条例こそは、イギリス重商主義政策 の核心の一つである。しかしこの航海条例を アダム・スミスが明白に支持していたことを ブレマーは引用する15)。通説的にスミスを理 解すると、国家の役割は軍事と外交に限り一 方経済は自由放任主義となる。しかしこの解 釈の優先順位を入れ替えて、「国防=国家の安 全が富に優先する」という立場をとるのが、 現代の地経学者や国際政治学者である16)。こ の国防が富に優先するという思想が、アダム・ スミスと重商主義者との間でその時代での共

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立を生み出す論理であり、金融危機を転機と して米中経済摩擦が経済対立に変転する論理 であり、チャイメリカ体制の終焉と米中冷戦 構造出現の経済理論による政治分析である。 経済対立が政治対立に転換したとすれば、経 済の論理と政治対立の論理を統合的に解明す る学問的アプローチ、メタ経済学が必要とな る。その役目を担う可能性のある地政学や地 経学、Economic Statecraftを次節で検討する。 6.地政学、地経学、Economic Statecraft  「地政学とは、地理、地形、自然環境、人口、 産業、資源などその国がもっている力と歴史 の関連を研究し、国家戦略を提言する学問」 とされる19)。地政学は、政治の形態、経済の 形態、指導者の思想、意志、さらに国民の意 向といった変数ではなく「不変の事実として 厳然としてある国力を最大限発揮して国益を 増強する戦略である。むき出しの力の論理が 国際政治の行方を決めていく事を前提に国家 の舵取りはどうあるべきかを探ることを指 す。」20)第一次世界大戦の終わる年の翌年に 刊行された、マッキンダーの「デモクラシー の理想と現実」が現代地政学の古典と言われ ている。彼は経済学や経済学史の講義も行っ たといわれ、経済と地理の関連に深い関心を 持っていた。数百年の歴史を持つ法学や200 年近い歴史をもつ経済学と比べれば新しい学 問ではあるが100年以上の歴史のある分野と 言えよう。国際情勢が混沌としている現在、 従来の国際政治学の伝統的手法では情勢を的 確に分析出来なく、地政学的解釈の方が納得 感のあるナラティブとなっている。さらに最 近、聞かれるようになった「地経学(Geo-economics)」は、特に経済に力点を置き、地 政学的な利益を経済的手段で実現しようとす 支えられる必要がある。自由主義の論理から は貿易の利益は輸入から生じる。一方、重商 主義は貿易を国内の生産と雇用を支える手段 と見なし、輸入よりも輸出の促進を好む。こ の意味で中国経済の軌跡は工業生産者を支え、 補助金を与えた能動主義的な政府に寄る所が 大きい。中国は2001年に加盟したWTOの加 盟国になる条件として、あからさまな輸出補 助金の多くは段階的に廃止したものの、重商 主義的なサポートシステムにはほとんど手を 付けないままだった。製造業者の利益率を維 持するため、政府は為替相場を管理し、その ため巨額の貿易黒字をため込んだ。輸出志向 の企業は引き続き多様な税制上の優遇措置か ら利益を得ている。自由主義者の観点から見 れば、輸出補助金は中国の消費者を犠牲にし て他の国の消費者の利益に寄与することにな る。この輸出補助金の例から分かるように、 この2つのモデルは世界経済の中でお互い幸 せに共存出来る。自由主義者は自分たちの消 費に重商主義者からの補助金が与えられるこ とを喜ぶべきである。これこそが過去60年、 世界で起きたことである。日本、韓国、台湾、 中国が国内市場を保護し、「知的財産権」を盗 用し、生産者に補助金を与え、自国通貨を管 理している間、豊かな国の政府はほとんどの 場合見て見ぬふりをしてきた。しかしこの関 係は、規制緩和に起因する金融危機に加え、 欧米諸国における格差の拡大や中間層の苦境 により自由主義経済モデルは傷をうけ終った。 中期的成長は悲観的見通しで、失業率の高さ が大きな課題のとき先進国でも重商主義の圧 力は高まる。この新たな経済環境のなかで自 由主義を追求する国々と重商主義を追求する 国々の間では友好的関係よりも緊張関係が生 まれる。これが経済つまり貿易による政治対

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によりアメリカでの地経学への関心と人気は 下火になった。この90年代前半の世界の軍事 のパワーバランス、経済パワーバランスから すれば国家間の競争は軍事よりは経済競争と いうことになり地政学は軍事から地経学への 傾斜するのは当然であったろう。地経学とい う概念が再び復活するのは2010年代に入って からである。2014年にダボス会議を主催する WEFが「地経学に関するグローバルアジェ ンダ委員会」を設置しそのメンバーであるイ アン・ブレマーが御立尚資と共著「ジオエコ ノミクスの世紀」を日本で出版したのが2015 年である。習近平が国内権力を掌握し、一帯 一路政策などで対外経済プレゼンスを増加さ せ、南シナ海での領土紛争を起こすなど、中 国経済の拡大と同時に対外拡張主義行動が目 立って来た時期であり、それに対して米国政 府や議会による中国警戒論が台頭、晩年のオ バマ政権が遅ればせながら対中強硬姿勢に転 じた時期である。地政学の概念のシーパワー の米国に対して、本来ユーラシア大陸のラン ドパワーである中国が、周辺のリムランド地 域に進出さらに、海軍増強によるシーパワー としての存在を高めるという米中覇権競争を 説明する理論として地政学的思考は説得力を もつといえよう。 7.経済安全保障論とEconomic Statecraft  さら最近では「経済安全保障」という言葉 がよくメディアで頻用され、Economic State craftという言葉が一部で注目されている。こ れは2016年に出版されたR. D. BlackwillとJ. M. Harrisによる『War by Other Means: Geoeconomics and Stratecraft』により注目さ れ、その内容は地経学の外交政策である。鈴 木一人北海道大学教授(当時)の説明によれ る政治・外交手法とされる。この「地経学」 という言葉を初めて使ったのは、エドワード・ ルトワックの「地政学から地経学へ:紛争の 論理、貿易の文法」というNational Interest 誌に発表された1990年の論文20)と言われてい る。ルトワックによれば「地理的な環境が国 家に対して、政治的・軍事的に与える影響を 俯瞰したものが地政学だが、そこに経済の側 面を加えたものが地経学である。冷戦後の流 れとして、国家間の競争のフィールドが軍事 から経済へとその中心を移しつつあること。 地経学はフィールドは経済なのだが国家とそ の周辺が互いに敵対したり、同盟したりする 「戦略の論理」で成り立っている。経済とテ クノロジーを舞台にした「紛争」の論理であ る。」21)とし、経済を経済の論理、つまり経 済学ではなく、国家間の対立や競争の「戦略」 の論理によって解明しようとする学問である という。「国家間の競争、対立は敵、味方と 簡単に分けられない。領土問題、軍事力の増 強、展開では対立しても、経済的には深い相 互依存関係にあるとき、経済的依存関係の弱 みにつけ込み脅しをかけ、経済的依存を「人 質」にとり、政治・安全保障上の譲歩や政策 の変更をせまるようなケースを地経学的外 交」と加藤洋一は呼ぶ22)。この地経学が生ま れた1990年は前年のベルリンの壁の崩壊と91 年のソ連邦の解体に挟まれ、まさに冷戦後を 俯瞰する時期であり、戦後続いた冷戦の終焉 により軍事的に米国一極体制が確立し、イデ オロギーの戦争が終焉するというフランシ ス・フクヤマの「歴史の終り」論が一世を風 靡する時期であった。冷戦後米国の競争相手 は貿易摩擦で米国を悩ませていた経済大国日 本にシフトしたかに見えた。しかし日本のバ ブル崩壊に続く経済的低迷と米国経済の復調

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キャンセルし、その情報が市場に流れて株価 が1日で約40パーセント急落する事態となり その後、中国系投資ファンドのFGCが株価低 迷のAixtronの買収を発表した。同社の半導 体技術は米国のパトリオットミサイル防衛シ ステムのアップグレードに使われていたので オバマ政権は米国の安全保障の観点から懸念 を示し、Aixtronの米国子会社の買収を禁止 する大統領令に著名した。その結果、ドイツ 政府の許可も不透明となり、FGCは米国子会 社の買収ができないのであれば意味がないと して、買収そのものを見送った。さらに問題 は、三安光電とFGCには中国政府系ファンド の資本が入っており、両者は連携して買収を 策略していた疑いがあると後日報じられたの である。24)その他、韓国のサプライチェーン やサイバー攻撃の新戦略を紹介している。ブ レマーの国家資本主義論は、「市場取引」を利 用し、政治目的を達成することやSWFが関与 することを特徴にあげていたが、上記の例は まさにそれを例証している。国家資本主義論 は中国の経済政策や企業行動を地経学的に理 解 す る ア プ ローチ と 見 做 す べ き で あ ろ う。 2012年の「Gゼロ後の世界」の中でしめした、 「G2」という米中協力のシナリオから、「冷戦 2.0」という米中対立へのシナリオへの発展 はその予測力の確かさを示すものであり、地 政学的アプローチの有効性を顕わしているよ うに思われる25)。その地経済学アプローチや ESアプローチの基本思想は、安全保障は経 済に優先するという思想に基づく。国防が あって初めて富の追求が可能になるというこ とである。つまり地政学的利益は経済的利益 に優越するということである。驚くべき事に、 この国防は経済に優先する思想の典拠として 自由市場の経済学の父と言われるアダム・ス ば次のようである。「Economic Statecraftと 呼ばれる外交術、すなわち国家が自らの戦略 的 目標を追求するために、軍事的な圧力で はなく経済的な手段によって他国に対して影 響力 を行使し、何らかの結果を導き出そう とする行為をさす。経済的手段を用いた国家 の戦略的目標の追求は、国際秩序の維持・回 復に資する場合と他方で国家間の緊張を高め、 対立関係を深めていく場合もある。他国の行 動が自国の戦略的目標に合致しない場合、経 済的な手段を用いて他国に対して「懲罰」を 加え、自国に有利な状況を生み出そうとする。 懲罰としての「経済制裁」は軍事的な手段を 用いない強制措置として国連憲章の中で位置 づけられており、他国の行動を変化させ、国 際秩序を維持・回復するための手段として用 いられる事が国際社会で認容されている。一 方、その逆に軍事的・ 外交的な圧力に晒され た国家が、その圧力に対抗し、抑止するため の手段として用いることもある。中国が日中 関係や米中関係の悪化の際にレアアースの輸 出を規制した事例である。かつて日米間の貿 易不均衡が 生まれた際に、アメリカが通商 法を用いて日本に圧力をかけて貿易摩擦を展 開したこと、現在では中国を相手に、報復関 税や投資規制に踏み切ったり、第五世代携帯 電話ネットワーク(5G)の 開発から中国企 業を排除したりするなど、覇権争いのために 経済的手段を用いる行為が目立っている。」23) としている。  国分俊史は最近の著書の中で中国による ES(Economic Statecraft)の事例を挙げてい る。軍事技術取得を目的とした、株式市場に おける情報操作による買収工作である。2015 年末、中国企業三安光電がドイツの半導体製 造装置メーカーAixtronへの大量発注を急遽

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ンターネット経済出現したのは、2014年から 2015年頃である。次の段階は2017年アルファ 碁が世界最強と言われた囲碁棋士のコジェを 破ったことで中国にとってのスプートニク・ モメントとなり一大AIブームを生み出した28) これ以後がAIデジタル経済と呼ばれる。BAT とよばれる、バイド、アリババやテンセント といった米国GAFAに匹敵するメガプラット フォーマーの出現である。ファーウエイも含 め全くの民間企業の競争は、米国のGAFAの 基幹テクノロジーをぱくり、国内向けに改良 し、国内市場での熾烈な生存競争を勝ち抜き、 グーグル、フェイスブック、ウーバーを中国 市場から追い出し、巨大ネット企業となった。 E-commerceから出発したアリババは中国の 社会インフラを担う企業となった。ECサイ ト、物流事業、リアル店舗、クラウドコン ピューティング、金融事業といった事業に展 開し、「社会問題解決」企業である。「農村タ オパオ」ではネット普及率の低い農村部で買 い手と売り手の両方を対象にしたサービスを 提供する拠点を設け、地域内の雇用創出を行 い、モバイル決済「アリペイ」はスマホアプ リを利用するだけで直接的にアリババグルー プの銀行、証券、保険、投資信託などの金融 サービスとつながりEC事業のサービスが拡 張され、さらには公共サービスにもアクセス できる事を可能にした。このオフラインとオ ンラインのビジネスをモバイル決済がつなぐ というOMOモデルでGAFAとは異なるより進 んだ国内ビジネスモデルを作り上げた基礎と なったのは「スーパーアプリ」である。モバ イル決済システムと個人の購買履歴や個人信 用度がリンクした芝麻信用(ジーマ:個人信 用スコアリング)ができあがり社会信用シス テムの基礎となりつつある29)。2017年頃から ミスの「国富論」があげられることは既に述 べた。トランプ政権で米国の国連大使を務め た、ニッキイ・ヘイリーのフォーリンアフェ アーの論文「米中冷戦は避けられない」26) なかでスミスが英国の利益にとって海軍の優 位を維持するという事が海洋部門の自由貿易 よりも重要であるとして「国防には豊かさ以 上の価値がある」という国富論の言葉を引用 している。米国において対中国を念頭に2017 年から急速に設定施行された各種条例27)は、 企業にとって追加的コストを負担させる規制 であり、大きな足枷となるとしても安全保障 の観点から正当化されることになる。以上、 国家資本主義の地政学や地経学、安全保障論 との関連を検討した。その視点を取りいれ、 第一節で検討した中国多国籍企業論の現状を 習近平体制下のデジタル化との関連で解釈す る。 9.中 国IT巨 大 企 業 の 出 現 と デ ジ タ ル チャイナの台頭  2012年の習近平党総書記就任からこの2019 年までに起きた中国経済の新たな変化は、ス マホの普及によって、E-commerceが発展し 新しい消費経済―ニューエコノミーが出現し、 BATと呼ばれる巨大ITプラットフォーム企業 が出現したこと、さらに2017年ごろからAI技 術をとりいれたデジタル・エコノミーが米国 とは異なった道に進展していること、国家目 標が明確な工程表と産業政策として明らかに なり、そのなかで一帯一路構想というグラン ドストラテジーとデジタル経済化が融合され デジタルシルクロードが構想されたことであ ろう。それまでなかなか進展しなかったイン ターネットの普及率がスマホの登場で一挙に アクセス率が増加したことによりモバイルイ

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政府活動と不可分となり、政府の様々な支援 と同時に監視を強く受けることになる。結局 は政府に取り込まれることである。政府はこ れらのIT巨大企業を取り込むことにより、IT =AIを社会インフラ化すると共に、監視技術 を手に入れた。これらの技術は軍民両用であ るため、軍に共有され、米国との軍事覇権競 争に寄与する。さらに政府が、AI企業間の技 術開発分野の割り当て調整を行い開発を効率 化する。指令経済の復活がIT=AI技術により 可能となる。この党=国コーポラティズム32) に巨大IT=AI企業をとりこむ構図こそ、中国 国家資本主義の現在形態であり、左旋回した 習近平体制を、デジタル・レーニン主義33) もまた「幸福な監視国家」34)と呼ぶが、デジ タル国家社会主義ともよべる。ドイツ語風に 読めばデジタルナチズムとなる。その帰結は アリババ創業者のジャック・マー(馬雲)や JDIの創業者といった起業家=経営者の2019 年の退任である。そしてジャック・マーを目 指す若者は党には無関心であり、自由を志向 する。党はよりイデオロギーの注入に躍起に なる。これまでの中国の強みは自由でとこと ん汗をかくイノベーターがルールなき競争社 会で輩出し勝ち残ったところにあった。デジ タルスターリン主義ともいえる監視体制の強 化はイノベーションブームの衰退をもたらし、 若い起業家たちの「チャイニーズ・ドリーム」 を奪い、現在の強みを殺してしまう可能性も ある。 10.デジタル一帯一路政策と中国MNCの 展開  米国を凌ぐかもしれない先端技術を手に入 れた中国IT巨大企業がその技術優位を武器に 対外進出するのは先進国多国籍企業の海外展 次の段階として、5Gモバイルネットワーク による企業主導のAIデジタル経済化(IOT、 モノのインターネット)が進んでいる。アリ ババは「アリOS」により自動車や都市をス マート化する、国策「都市のAI化」の委託事 業を担当し、社会にとって最適なソリュー ションを提供することを目指している30)。こ のAI先端テクノロジーの社会実装において、 米国の水準と肩を並べ、5Gネットワークの 実装において米国を凌駕しているといわれる。 この5Gネットワークの普及こそが先端AI技 術の優位性を決定する。AI技術はアルゴリズ ムとデータと計算能力の掛算によって決まる といわれる。AI技術の優劣が産業と企業の競 争力、つまり国力を決定すると同時にその技 術は軍事に転用され、軍事力の優劣を決定す る。アルゴリズムの進歩はデータ量に依存す る。アルゴリズムの抽象的レベルの解読の段 階が終り、社会実装の段階になると1人の独 創性を持つ天才よりもそこそこのAI能力を持 つエンジニアの数が勝負を決めるともいわれ る。独創性の優位をもつ米国や西側よりも、 データの蓄積とアルゴリズムの改良において 中国が優位に立つ可能性が高い31)。それは、 軍事技術において中国優位の可能性が高くな ることを意味し、米国の安全保障が脅かされ ることに帰結する。それを抑止するには、コ ンピュターの計算の能力の基礎となる通信 ネットワーク技術、その通信技術と設備を支 える半導体技術およびその大量生産能力の構 築とその社会実装を阻止することが、軍事、 経済、そして技術覇権の競争上必至となる。 これが、米中対立の基礎構造であるのは明か であろう。  中国メガプラットフォーム企業のビジネス が社会インフラ化すれば社会的存在として、

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ムや衛星通信システムの利用を提供すること によるネットワーク構築を行う。中国MNC のトップであるファウエイや通信分野の国有 企業が重要なプレーヤーとなる。中国企業エ コシステムへの包摂は中国でのデータの蓄積 の正の循環、つまり、データの増大による、 製品の質の向上を生み、ユーザー数が拡大し、 さらにデータが蓄積されるというデータ・ド リブン型経済を加速する。これが中国巨大デ ジタル企業を強化し、さらなる技術発展を生 むことになり、米国との経済と軍事覇権競争 の帰趨を決める。  一帯一路初期の頃の習近平の発言は中国の 影響力を増大させるという、まさに地経学的 意図をほのめかす発言をしていたが、デジタ ル・コネクティビティは強力な靱帯を中国と 参加国にロックインする。37)中国国家資本主 義における企業は、国有企業のみならず、あ る一定規模以上の民間企業は国家に取り込ま れているといってよいから、その企業行動は 国家の政策の遂行機関化であろう。国からの 援助、補助金などが採算を助け、対外的市場 競争力を強めてきた。しかもその技術は「軍 民両用」の性格を持ち、国は「軍民融合」政 策をとる。習近平体制下の中国MNCはより 国家の指示に基づく行動をとり、再指令経済 化の方向に向かっているようである。それを 可能にしたのは一方で新しい消費経済をつく りだしたデジタルテクノロジーである。自由 市経済の企業にとってこのような中国MNC との「公平」な市場取引きと競争は不可能で はないか。「中国の夢」に指し示された国家 目標、2035年に最強の経済力を持ち、2049年 には米軍を凌駕するというその政策目標と 「中国製造2025」を考慮すれば、デジタル技 術のデカップリングのみならず、経済圏のデ 開 の 歴 史 的 パ ターン か ら し て 当 然 で あ る。 2013年 に 提 案 さ れ た「 一 帯 一 路 」 構 想 は、 2017年 に「 デ ジ タ ル シ ル ク ロード 」 構 想 (Digital Silk Road: DSR)に発展し、道路建設、

鉄道、パイプライン建設、港湾建設といった 伝統的インフラ建設からデジタルインフラ基 盤建設に重点シフトした35)。初期の一帯一路 構想の経済効果は鉄鋼業等の国内過剰生産能 力の解消を外需の拡大により支援し、関連す る国内需要を喚起するという国内目的に、受 け入れ国の経済成長のためのインフラ整備の 目的といった相互利益が結びつき、中華経済 圏拡大の手段としてとらえられていた。そこ では、インフラ建設関連企業の進出に特徴が 見られる。中国経済成長や消費経済を支える 資源食料獲得型企業の進出もみられた。これ は旧来の対外企業活動である。しかし、DSR においては、第一の流れは近隣諸国、シンガ ポール、マレーシア、インドネシア、タイと いった東南アジア諸国に、ブロードバンドア クセスを拡大し中国同様のE-Commerceの形 成を促し、クラウドサービス、ビッグデータ の活用によりデジタル経済化のためのインフ ラ建設に変わった。例えば、アリババの子会 社によるタイの商務省のアリババマーケット プレイスへの参加、タイ税関のグローバルベ ストプラクティスのためにAIやビッグデータ の活用し国境を越えたE-Commerceの形成を 促し、さらには物流や電子決済システムも導 入することである36)  第2の流れは、これらのE-Commerceのた めのデジタル社会インフラを自ら作る事が出 来ない新興国にモバイルインターネットのた めの通信設備や海底ケーブルの敷設により中 国デジタル経済ネットワークへのアクセスと コネクティビティを高め、中国版GPSシステ

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引用文献 1)ロバート・フィツジェラルド『多国籍企業の世 界史』川邊信男他訳 早稲田大学出版部 2019  ch5 P468 2)丸川知雄 『中国発・多国籍企業』同友館 2008 年 ch1 p10 3)同上 4)関村正悟「多国籍企業論の現代的位相」埼玉学 園大学紀要 経営経済学編 2019年 p127 5)丸川 註2p6 6)高橋五郎「中国経済の走出去(海外進出)の生 成と展開」高橋五郎編『叢書・現代中国学の構築 に向けて(3)海外進出する中国経済』日本評論 社 2008年 p6-7 910 7)加藤弘之・渡邉真理子・大橋英夫『21世紀の中 国 経済編』朝日新聞出版、2013 ch6 p200、 リチャード・マグレガー『中国共産党』小谷まさ 代訳 草思社 2011年 ch2 p97 8)イアン・ブレマー『自由市場の終焉』有賀裕子 訳 日本経済新聞出版社 2011年 ch2 p47 9)同上 p38 10)註7の加藤他 ch1 p14 11)ブレマー同上 p47 12)ブレマー同上 p49 13)ロバート・ギルピン『世界システムの政治経済 学』佐藤誠三郎他監訳 東洋経済新報社、1990年  ch10 p404、 ダニ・ロドリック『貿易戦争の政 治経済学』岩本正明訳 白水社 2019年 ch5  p154 14)J・Aシュンペーター『経済分析の歴史』東畑 精一訳、岩波書店、1956年 ch7 p370 小畑二 郎 『経済学の歴史』 慶應義塾大学出版会 2014 年、ch2 p40 15)註8のブレマー ch2 p51 16)ニッキー・ヘイリー「米中冷戦は避けられない」 フォーリンアフェアーレポート 2019 p96 17)アルバート・ハーシュマン『国力と外国貿易の 構造』飯田敬輔監訳 勁草書房 2011年 ch1  p11、中野剛志『富国と強兵』東洋経済新報社  2016年 ch5 p185 18)註13のダニ・ロドリック ch5 カップリングへ進む道は、中国封じ込め政策 ではなく、中華経済圏から自らを守る自由市 場経済圏の国々のデフェンスラインといえる。 その歴史的評価は未来の歴史家による検証に 委ねるしかない。 11.まとめ  中国MNCの分析には、経済学の論理を超 えたアプローチが不可欠であると考え、地政 学といった分野に足を踏み入れてみた。経済 行為の意味解釈において経済論理を超えて、 異なる像が見えてくるのが明らかであろう。 地政学的に解釈すれば、鄧小平の開放政策は、 低賃金と特恵をえさに外資を導入し、市場化 という手段により、製造大国を手に入れた。 都市中間層のもたらす「巨大な市場」を罠に に、先進技術を取得し、ハイテク大国となっ た。いまやそのデジタル技術を駆使した社会 インフラ提供を誘因に新興国をとりこみ、新 たな経済圏と世界秩序の覇権に迫ろうとして いる。衰退する米国と台頭する中国の21世紀 のグレート・ゲームはGゼロの世界で長い21 世紀の歴史となりそうである。パックス・ア メリカーナの最後の柱である、ドル体制と金 融の分野の対立に転回しそうである。自由な 民主主議の政治制度と自由な市場での企業活 動の組会わせのシステムを維持しするのは非 常に困難な時代にはいっている。リバイアサ ンに足枷をかけ、狭い回廊をたどらなければ ならない自由市場と民主主義の体制は、ハイ テクで武装したビヒモスといかに闘うことが できるか、人類の課題の1つといえよう。(了) 2020年9月23日

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19)杉田弘毅『「ポストグローバル時代」 の地政学』 新潮社 2017 ch2 p55

20)E. N. Luttwak「From politics to Geo-Economics] 『National Interest』 Sep1990 21)ルトワック「日本4.0」奥山真司訳 文藝春秋  2018 ch8 22)加藤洋一「なぜ今、地政学、地経学なのか」日 本再建イニシアティブ著『現代日本の地政学』所 収 序章 p4 23)鈴木一人「『国際政治』205号「検証 エコノミッ ク・ステイトクラフト」原稿募集要項 24)國分俊史『経済安全保障の戦い』日本経済新聞 出版 2020 ch2 p40 25)イアン・ブレマー『「Gゼロ」後の世界』ch5  p197 26)註16のニックヘイリー 27)註24の國分 ch4 p71 28)カイフ・リー『AI 世界秩序』上野元美訳 日 本経済出版 2020 ch1 p12 29)リェン・ウェイ(廉薇)他著『アントフィナン シャル』永井麻生子訳 みすず書房 2019 ch5 30)田中道昭『GAFA×BATH』日本経済新聞出版 社 2019 ch1 p84 31)註28のカイフ・リー p28 32)国分良成『中国政治からみた日中関係』岩波書 店 2017 ch4 p104 33)矢吹晋『中国の夢』花伝社 2018年 ch3 p49 34)梶谷懐・高口康太『幸福な監視国家・中国』 NHK出版新書 2019 ch6 35)伊藤亜聖「中国・新興国ネクサスと「一帯一路」 構想 末廣昭・田島敏雄・丸川知雄 編著『中国・ 新興国ネクサス』東京大学出版会 2018 所収  ch1 36)同上 37)ウインストン・マー『14億人のデジタル・エコ ノミー』中山宥訳 早川書房 2019年 ch9

参照

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