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書評 歌川 光一 著『女子のたしなみと日本近代-音楽文化にみる「趣味」の受容-』

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Academic year: 2021

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書評

歌川 光一 著

『女子のたしなみと日本近代-音楽文化にみる「趣味」の受容-』

Review of Women's Style and Japanese Modernity: Acceptance of

“Hobbies” in Music Culture by Koichi Utagawa

矢野 正

Tadashi YANO

要旨(Abstract) 本書は,現在昭和女子大学人間社会学部初等教育学科専任講師であられる歌川光一氏が,東京大学大学院で学ば れ,博士(教育学)を取得された「博士学位請求論文」を,さらに加筆・修正され,この度公のものとして,広く 刊行されたものである。 ここには,特に女子における音楽のたしなみをめぐる規範というものが,日本社会においてどのような変遷を辿 って変遷してきたのか,広く世に問うてみようと果敢に挑戦されている。特に,日本の近代初期における「趣味」 の受容について,女子の身体に寄り添いながら着実かつ丁寧に吟味・検討することを通して,「趣味」と教育,リベ ラルアーツや教養の内在的な関連性について鋭い視点で,社会・歴史・文化史的に捉え直すことにも挑まれており, 深く研究・探究され,考察されているものであると考える。新進気鋭の若手の研究者の台頭を,筆者も大変頼もし くもあり,嬉しくもあり,このように思っている次第である。 キーワード:女子教育,たしなみ,音楽文化,趣味,日本近代

Key words:Girls' Education, Fun(Etiquette), Music Culture, Hobbies, Modern Japanese

Ⅰ.はじめに 前書き・はしがきには,このようにある。「本書は,素朴な印象論で語られることが多く,研究分野の関心のすれ違 い(教育史は近代公教育の成立に,芸能史は前近代の展開に,芸術史はプロの手による西洋文化の受容に,その関心 を寄せがちである)が生み出す死角に入っている「女子のたしなみ」の近代化のプロセスについて,教育史に引き付 けて明らかにしようとするものである。具体的には,「趣味」を受容していったとされる明治後期から大正期を中心に, 女子の稽古文化にまつわる「花嫁修業」というイメージの成立過程について,音楽のたしなみを素材に論じていく。」 とある。特に,女子教育や音楽のたしなみについてのたいへん興味深い論考となっているのが,その特徴である。 歌川光一博士は,日本特別活動学会の研究推進委員会のメンバーとして同志であり,日本特別活動学会における社 会研(通称)での研究仲間・同志でもあり,この度の公刊に際して,ご高著を恵贈賜ったものである。そこで,本書 の紹介を拙稿ながらここに掲載させていただくこととした。 181

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Ⅱ.本書の内容 本書の内容を,少しレビューしたい。 元来日本では,着物姿で茶の湯,生花といった伝統芸術の稽古に励む女性はよく,「お淑やか」「凛々しい」「所作が 美しい」などと形容されることが,広く一般的であろう。日本画に登場してくるような「着物美人」,伝統芸術それ自 体の高級感,「稽古によって精進を重ねる」という鍛錬主義のイメージが織り交ぜとなり,伝統芸術に携わる女性にあ てがう畏敬の念やそれらの言葉も社交辞令のようにパターン化していくものである。そして,日本におけるこのよう な女性美・伝統性・鍛錬主義の結びつきの起源はと問われれば,「平安貴族の女性は和歌や筝で気持ちを表現した」「武 家の娘は薙刀の達人だった」「遊女は三味線で客をもてなした」といったように,漠然と中世社会,さらに近世社会の 女性のたしなみ像やイメージと紐づけて説明したくなるものだろう。 日露戦争を終えた日本社会においては,西洋文化の流入も大いに進み,いわゆる「趣味」をキーワードとして,「女 性のたしなみ」の再編作業に迫られ始めた契機だったといえよう。女子教育の下田歌子も,過去の女性を引き合いに 出しながら,近世初期の趣味運動を牽引したとされる文芸雑誌『趣味』に,記事を書いている。この下田歌子の主張 や論考は,中世と近世社会の女性のたしなみを「折衷」しながら,「現代」に相応しい女性の趣味として,女性はその 趣味の発揮によって「社会の花」たらんとせよということであったのである。 前述の『趣味』において女性の趣味の重要性は,家庭生活や結婚の観点からも相応に論じられてきている。鳩山春 子は,姑は高等女学校出の嫁には過度の要求はせず,「趣味」の時間を与えて交際社会に出すべきだと主張する。また 幸田露伴は,円満な家庭を作るためには,趣味は一致までせずとも調和していることが大切であり,それが相容れな いときには夫婦間の愛情を保たれ得ない,とも述べている。 家庭生活や夫婦の結婚に「趣味」というものが必要だということは,婚姻前の女子のたしなみの在り方もまた一つ の課題となってくるものである。そもそも「文芸雑誌」において,前述の下田歌子や鳩山春子などの女子教育家が, 女性の「趣味」の持ち方一般について語っていること自体も,「趣味」というものが,単に余暇・娯楽・レクリエーシ ョンの問題や領域というよりは,女子教育と無縁ではない能力観だったということを意味しているのではなかろうか と著書の中で解釈されている。 本書はこのように,素朴な印象論で語られることの多かった,研究分野のすれ違い(教育史は近代公教育の成立に, 芸能史は前近代の展開に,芸術史はプロの手による西洋文化の受容に,その関心を寄せがちである)が生み出す死角 に入っている「女子のたしなみ」の近代化のプロセスや過程について,教育史に引き付けながら,丁寧に明らかにし ようと試みられたものである。 具体的には,「趣味」を受容していったとされる明治後期から大正期を中心に,女子の稽古文化にまつわる「花嫁修 業」というイメージ感ともいうべき成立過程について,音楽のたしなみを素材として論じているのである。 実は,先述した三者の「趣味」論は,大正期末頃までにはどれもが矛盾することなく,女子を包括することとなり, 「花嫁修業」というイメージの原型が,ゆっくりと成立していくことになった。 そこで本書を通じて,日本における「趣味」の受容の問題が,都市部の新中間層が百貨店・デパートなどで「良い 趣味」を購入した,というモノとヒトとヒトをめぐる消費文化論の課題であるばかりでなく,ヒトの能力観に直接的 に関わる近代の日本の教育史の課題でもあることが,ここに改めて浮かび上がってくるのである。 序論では,女子の稽古文化をめぐる連続・非連続について定義がなされ,趣味の受容の問題やジェンダーの問題, 日本の花嫁修業のイメージ,そして本書の仮説及び構成がそれぞれ端的に述べられている。 182 矢 野  正

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第 1 章では,稽古からたしなみへ,特に研究対象とされた音楽のたしなみについて,第 2 章では家庭婦人の心がけ としての音楽のたしなみについて,第3章では,女子の心がけとしての音楽のたしなみについて,第4章では,なぜ たしなむ程度に留めるのかについて女子職業論を参照にしながら,それぞれの論考が展開されている。第5章は,行 儀作法としての音楽のたしなみ,第6章は,花嫁修業というイメージについて,最後に補論として,昭和戦前期の「令 嬢」のたしなみについて,チャレンジ精神を果敢・旺盛にその解釈に取り組まれていらっしゃるものである。 Ⅲ.おわりに 以上,本書の内容を紹介してきたが,歌川光一氏は,1985(昭和 60)年生まれであられ,京都大学教育学部で学ば れ,そして東京大学大学院教育学研究科を単位取得満期退学され,博士(教育学)の学位を 2013(平成 25)年に授与 されていらっしゃる。 さて,本題の書評に戻ろう。女子の音楽のたしなみをめぐる規範は,いったいどのような変遷をたどってきたのだ ろうか。この仮説に対する結論は,近代初期における「趣味」の受容について,特に女子の身体に寄り添い検討する ことで,「趣味」と教育,教養のもつ内在的関連性を文化史的に浮き彫りにされた歌川先生のご貢献は,非常に大きい ものと考えられる。それも若い男性の研究者である歌川光一氏が,女性のたしなみや趣味としての音楽についての考 究を,身を粉にして研究に没頭されるという途轍もない問いや課題に挑まれていらっしゃる。ここに,ただただ敬意 を表するとともに,新進気鋭の若手に大きな大きな称賛のエールを送るのみである。 【本書の構成】 はしがき 序論 女子の稽古文化をめぐる連続・非連続 1 近代日本における「趣味」の受容とジェンダー化 2 花嫁修業というイメージ 3 本書の問いと構成 第1章 稽古からたしなみへ 1 女子の稽古文化の歴史をめぐって 2 「たしなみ」への着目 3 研究対象としての音楽のたしなみ 4 本書における「女子」と「音楽」をめぐる諸条件 第2章 家庭婦人の心がけとしての音楽のたしなみ 1 資料 2 家庭音楽論の展開と音楽のたしなみ 3 音楽のたしなみの再発見と家庭音楽論の邦楽への浸透 第3章 女子の心がけとしての音楽のたしなみ 1 「令嬢」と「少女」 2 家の娘としてのたしなみ―「令嬢」を中心に 3 「少女」としてのたしなみ 183 書評 歌川光一著『女子のたしなみと日本近代-音楽文化にみる「趣味」の受容-』

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4 結婚準備としてホビーを増やす令嬢/洋楽への憧れを温存する少女 第4章 なぜたしなむ程度に留めるのか―女子職業論を参照に 1 資料 2 職業案内書にみる 3 婦人雑誌にみる 4 「たしなむ程度」に抑制された楽器習得 第5章 行儀作法としての音楽のたしなみ 1 資料 2 礼法書にみる 3 西洋化が模索され続けた音楽のたしなみの披露 第6章 花嫁修業というイメージ―「趣味」の和洋折衷化と結婚準備のための修養化 1 女子のたしなみが遭遇した「趣味」 2 今後の課題 補論 昭和戦前期の「令嬢」のたしなみ―『婦人画報』にみる「花嫁修業」と日本趣味 1 『芳紀集』にみる 2 「令嬢」関連記事にみる「日本趣味」 3 伝統芸術のたしなみを強調した花嫁修業像とその アンビバレントなニュアンス あとがき 参考文献 事項索引 人名索引 初出一覧 (書誌情報:勁草書房,平成 31 年 3 月 20 日初版発行,A5 判,全 248 頁,ハードカバー,税別 3,400 円,ISBN 978-4-326-65419-2) 【関連文献】 福田委千代(2020)「書評 歌川光一著『女子のたしなみと日本近代:音楽文化にみる「趣味」の受容』」昭和女子 大学女性文化研究所紀要(昭和女子大学女性文化研究所),47,pp.78-81 184 矢 野  正

参照

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