10 日救急医会関東誌 42(2),2021年 はじめに わが国では熱中症による救急搬送症例の多くは,搬送当 日または翌日には帰宅可能な軽微なものであるが,少数な がら重症化する症例も経験する。日本救急医学会 熱中症 に関する委員会の主導する Heatstroke STUDY2012の調 査結果1)によると,全国の熱中症による救急搬送症例2,130 例のうち,死亡例は28例,高次脳機能障害や小脳失調など の中枢神経系後遺症は20例であった。三次救急医療機関で ある当院救命救急センターに搬送された一部の症例でも小 脳失調,意識障害等の重篤な合併症が存在した。また,少 数であるが死亡例も散見された。 欧州における過去の観察研究2~5)において,高齢,医療 施設入所中,心疾患の既往,入院時の高体温,昏睡,低血 圧,空調のない集中治療室への入院などが院内死亡の独立 した因子であることが報告されている。検査所見としては, 乳酸値上昇,代謝性アシドーシス,肝逸脱酵素上昇,クレ アチニン上昇が予後不良因子として報告されている。また, わが国における多施設観察研究6)において,播種性血管内
凝 固 症 候 群(disseminated intravascular coagulation; DIC)の発症が熱中症の予後不良因子であると報告されて いる。しかし発症から DIC 発症に至るまで数時間を要す るとされ,初診時には予後予測因子になり得ないと考えら れる。トロンビン - アンチトロンビンⅢ複合体(throm-bin-antithrombin III complex;TAT)は DIC に先行して 上昇することが知られており7),熱中症においても急性期 DIC スコアより早期に熱中症の重症化を予想できる因子 であることが期待された。なお,われわれが検索した限り では,TAT と熱中症の予後を関連づけた先行研究は存在 しなかった。本研究では TAT 上昇が熱中症の予後不良予 測因子になり得るか検討することを目的とした。 方 法 1 .デザイン 帝京大学医学系研究倫理委員会の承認(承認番号:帝倫 18-079-3号)を得て本研究を行った。本研究は帝京大学医 学部附属病院救命救急センター(東京都板橋区)における 単施設後ろ向きコホート研究である。 2 .対象者 対象期間は2018年 1 月から2019年12月の間とした。当地 域では意識障害を主訴とする救急搬送症例のうち,救急隊 接触時意識レベルが Japan Coma Scale で100以上,高温 環境への暴露がある症例は救急振興財団における症状別重 症度・緊急度判断基準にて重症選定される。重症選定され 当院へ搬送,集中治療室へ入院した症例のうち診断名に熱 中症が含まれている症例を電子カルテから抽出し,担当医 師により主たる傷病名が熱中症と診断された症例を対象と した。 熱中症の診断基準として,『熱中症診療ガイドライン 2015』8)より「暑熱環境に居る,あるいは居た後」に発熱, 意識障害などの諸症状を呈し,感染症や悪性症候群による 中枢性高体温,甲状腺クリーゼ等,ほかの原因疾患を除外 したものとされている。本研究における熱中症の選定基準 は中枢温にて37.0 ℃以上の発熱があること,病歴から暑
原著論文
加 納 誠 也 三 宅 康 史 中 原 慎 二 神 田 潤
宋 侑 子 坂 本 哲 也
キーワード:播種性血管内凝固症候群,凝固障害,中枢神経予後 要 旨【目的】熱中症の予後不良因子として播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation;DIC)の発症が 報告されている。DIC に先行して上昇することが知られているトロンビン - アンチトロンビンⅢ複合体(thrombin-anti-thrombin III complex;TAT)が,熱中症発症早期の予後不良予測因子となり得るか検討した。【方法】2018年 1 月から 2019年12月の間に帝京大学医学部附属病院高度救命救急センターに搬入された熱中症(Japan Coma Scale 100以上)を対象 とした。modified Rankin Scale2以下を神経学的予後良好群, 3 以上を神経学的予後不良群とし,搬入時の TAT,急性期 DIC スコアを比較した。【結果】全症例41例中,13例が予後不良であった。搬入時 TAT は予後不良群で高かった(中央値: 64.2 vs. 15.2,p=0.002)が,急性期 DIC スコアは差がなかった(2.0 vs. 2.0,p=0.682)。【結論】搬入時の TAT 高値は, 熱中症における予後予測因子である可能性が示唆された。
重症熱中症の予後予測因子としてのトロンビン - アンチトロンビンⅢ複合体
11 日救急医会関東誌 42(2),2021年 熱環境への暴露歴が疑われるもの,除外基準としては頭部 CT にて脳血管障害を認めること,各種画像所見にて感染 源を認めること,500 mg/dL 以上の高血糖,80 mg/dL 以 下の低血糖がありかつ血糖補正にて意識障害の改善を認め るもの,高度の甲状腺機能低下(甲状腺刺激ホルモン <0.1 µU/mL,freeT3もしくは freeT4いずれかが高値)を 認めるものとした。これらを満たした症例を熱中症と診断 し本研究の対象とした。データ欠損により除外された症例 はなかった。 3 .データ収集 本研究に使用するデータはすべて電子カルテから抽出し た。当センターでは重症患者すべてに対して,搬入即時の vital sign の測定,採血で TAT を含む凝固検査,血算, 生化学,血液ガス分析を行っている。また,その際の本人 または家族に対する病歴聴取において,担当医師が入院前 の障害の有無と程度,日常生活動作(activities of daily living:ADL)について詳細に聞き取り,入院前 modified Rankin Scale の評点を行っている。退院時には,担当医が その時点での神経学的所見に基づいて modified Rankin Scale の評点を行っている。これらのデータはすべて電子 カルテに記載される。データ欠損のある症例はなかった。
modified Rankin Scale は 0(症候なし)~ 5(重度障害), 6(死亡)までの 7 段階で評価される。本研究では,2(軽 度障害)以下を予後良好群, 3 (中等度障害)以上を予後 不良群と定義した。全症例が入院前は自立した生活を送っ ていたこと,入院前の評価は直接の観察によるものではな いことから,点数変化ではなく,退院時の点数で群分けを 行うこととした。 4 .分 析 非正規分布している連続変数は中央値と四分位範囲を用 い,カテゴリ変数は数と割合を用いて記述した。仮説「搬 入即時の TAT 値は重症熱中症の予後予測因子である」を 検証するため,搬入即時の TAT 値と予後の関連を検討し た。本研究は,予備的な研究であるところからサンプルサ イズは小さく,連続変数である予測変数を区分して,その 区分と予後との関連(区分ごとの予後不良割合)を分析す る方法は取れなかった。そのため,連続変数である TAT 値と,予後良好群と予後不良群の二値変数(良好 0 ,不良 1 )との関連の強さを順位双列相関係数(rank-biserial correlation)を用いて評価した9)(二群の差の大きさを相関 の強さとして評価)。TAT 値は DIC の重症度指標である ことから,急性期 DIC スコアについても同様の分析を行っ た。検定には Mann-Whitney テストを用い,p <0.05を統 計学的に有意とした。統計解析には IBM SPSS Statistics (バージョン24)を使用した。 結 果 当該期間に帝京大学医学部附属病院高度救命救急セン ターに搬送された全症例数は4,308例,そのうち熱中症症 例は41例(図 1 )であり,それらすべてを対象とした。患 者背景として年齢の中央値(四分位範囲)は70歳(59~89 歳),男性は22例(54 %)であった。中枢神経予後不良群 は13例(32 %),死亡例は 5 例(12 %)であった。神経学 的予後不良群では,年齢が低く,搬入時の血圧,意識レベ ルが低い傾向にあった。また,中枢温は高く,入院から 38 ℃まで冷却される時間は長かった。採血検査において は,乳酸値,肝逸脱酵素が高い傾向にあった(表 1 )。 搬入時の TAT は神経学的予後不良群で高く(中央値〔四 分位範囲〕:64.2〔48.5~133.5〕vs15.2〔9.3~37.2〕),順 位双列相関係数は中程度の関連の強さを示し(ρ=0.507), 二群間の差は統計学的に有意であった(p=0.002)。また, 急性期 DIC スコアは両群で差を認めず(中央値〔四分位 範囲〕:2 .0〔1.0~2.0〕 vs 2.0〔1.0~2.0〕),順位双列相 関係数はほとんど関連を認めず(ρ= -0.74),統計学的 有意差を認めなかった(p=0.682)。(表 2 )。 考 察 本研究において,TAT は熱中症発症早期の予後予測因 子であることが示唆された。敗血症性 DIC においても急 性期 DIC スコアに先行し TAT が上昇することが知られ ており7),熱中症においても同様の機序で TAT 上昇が DIC 発症に先行したものと考えられる。さらに,わが国 における多施設観察研究6)において DIC 発症は熱中症の予 後不良因子とされている。本研究における結果は,DIC に至る徴候が TAT を計測することにより早期に感知され, 熱中症の予後を規定する独立した因子として証明し得たも のと考えられる。 一方で,本研究において急性期 DIC スコアは発症早期 の予後予測因子とはならなかった。前述のとおり DIC は 熱中症の予後不良因子とされているが,急性期 DIC スコ アが上昇するまでには発症から数時間程度を要する。また, 本研究では神経学的予後不良群で血小板数が低い傾向があ る。熱中症は発症時間の推測が困難である場合が多く,長 時間の暑熱環境への暴露により血小板が減少し急性期 DIC スコアを満たしている可能性はある。しかし,来院時にそ の「差」を推測することは不可能である。そのため,発症 早期の予後予測因子として急性期 DIC スコアは不適切で あると考えられる。 本研究では多くの先行研究と異なり,重症熱中症が若年 者で多い傾向にあった。海外は非労作性熱中症が主である が,わが国では労作性熱中症が多いという特徴があり,わ が国における先行研究では熱中症死亡症例の年齢による差 を認めていない8)。そのため,本研究は先行研究と比較し 異質な集団を対象にしているとは考えていない。 最後に,本研究の限界について述べる。本研究は単施設 研究であり,重症度基準により三次選定された症例に限定 していることから,十分な症例数が得られなかった。また, 対象症例は前述したとおり選定基準,除外基準を設けてい
12 日救急医会関東誌 42(2),2021年 図 1 対象者 2018〜2019 年の帝京⼤学医学部附属病院⾼度救 命救急センターへの全救急搬送数 n=4,308 2018〜2019 年の帝京⼤学医学部附属病院⾼度救 命救急センターへ搬送された熱中症症例数 n=41 除外例 n=0 中枢神経予後良好群 n=28 中枢神経予後不良群 n=13 表 1 Baseline characteristics
Poor outcome(n=13) Good outcome(n=28) P value ρ Age(years) 54.0(45.5~71.5) 75.0(67.5~85.0) 0.040 -0.506 Gender(male), n(%) 8(61.5) 14(50) 0.339
Systolic blood pressure on arrival(mmHg) 88.0(72.5~154.0) 152.0(128.5~172.5) 0.183 -0.418 Diastolic blood pressure on arrival(mmHg) 41.0(25.5~125.5) 89.0(73.5~99.0) 0.183 -0.308 Pulse rate on arrival(/min) 146(131.5~174.5) 130.0(108.0~132.0 0.026 0.364 Respiratory rate on arrival(/min) 28.0(23.0~34.5) 30.0(24.5~39.0) 0.802 -0.136 Glasgow Coma Scale score on arrival 3( 3 ~ 3 ) 10.5(8.5~14.0) 0.006 -0.696 Core temperature on arrival(℃) 41.1(40.5~41.5) 40.0(38.9~40.5) 0.078 0.494 Interval from arrival to 38 ℃(min) 135.0(110.5~232.5) 60.0(42.5~90.0) 0.009 0.651 pH, arterial blood gas 7.50(7.31~7.56) 7.47(7.43~7.52) 0.915 -0.138 Lactate, arterial blood gas(mmol/L) 4.98(4.66~6.66) 2.40(1.69~3.97) 0.001 0.636 White Blood Cell count(/µL) 8850(4150~11550) 10600(6750~13600) 0.915 -0.136 Platelet(104/µL) 14.1(9.6~23.6) 20.2(17.4~22.9) 0.748 -0.177 Serum creatinine(mg/dL) 1.61(1.47~2.19) 1.29(1.04~1.84) 0.122 0.366 Total bilirubin(mg/dL) 1.00(0.70~1.69) 1.06(0.89~1.78) 0.540 -0.174 Serum Aspartate aminotransferase(U/L) 150.5(63.0~203.0) 36(23.5~64.0) 0.003 0.601 Serum Alanine transaminase(U/L) 58(52.5~90.5) 23(10.5~31.0) 0.001 0.683 prothrombin time-international normalized ratio 1.10(1.02-0.15) 1.13(1.01-1.17) 0.963 -0.161 D-dimer 7.60(1.05~10.15) 3.80(1.25~9.90) 0.919 0.001 Antithrombin III 85.0(62.0~90.0) 76.5(66.5~90.8) 0.383 0.029
13 日救急医会関東誌 42(2),2021年 るが,とくに早期死亡症例などは病歴や既往歴など不明な 点が多い。熱中症に至るまでにほかの致死的疾患に罹患し ていた可能性は除外できず,結果的にそれらが検査値や予 後に影響を与えた可能性がある。今後は,病歴や患者背景 などより詳細に把握し,より多くの症例を蓄積した研究が 必要である。 おわりに 入院時の TAT 値が,熱中症の予後予測因子である可能 性が示唆された。TAT 高値を認める熱中症症例では,そ の後の重症化が予想され積極的な治療介入に至る判断の一 助となるかもしれない。 本稿のすべての著者には規定された COI はない。 文 献 1) 日本救急医学会 熱中症に関する委員会:熱中症の実態調 査;日本救急医学会 Heatstroke STUDY2012最終報告. JJAAM 2014;25:846-862.
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TAT as a prognostic predictor of severe heat stroke
Seiya Kano,Yasuhumi Miyake,Shinji Nakahara,Jun Kanda,Yuko So,Tetsuya Sakamoto
Trauma and Resuscitation Center,Teikyo University Hospital
Key words:disseminated intravascular coagulation,coagulopathy,Central nervous system prognosis Abstract
【Background】We investigated whether the thrombin-antithrombin III complex(TAT)could predict a poor neurologi-cal prognosis among patients of severe heatstroke. 【Method】Our analysis included severe heatstroke patients who were transported to Teikyo University Hospital. The TAT at hospital arrival was compared between the favorable neurologi-cal prognosis group and the poor neurologineurologi-cal prognosis group.【Result】The TAT was higher in the poor neurologineurologi-cal prognosis group than in the favorable prognosis group(p=0.002).【Conclusion】The high TAT level at hospital arrival may be a predictor of poor neurological prognosis in heatstroke patients.
表 2 Comparison of neurological outcomes at discharge Poor outcome Good outcome p value ρ TAT 64.2(48.5~133.5) 15.2(9.3~37.2) 0.002 0.507 DIC score 2.0(1.0~2.0) 2.0(1.0~2.0) 0.682 -0.74
medians(interquartile ranges)
TAT:Thrombin antithrombin III complex, DIC:Disseminat-ed intravascular coagulation