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量子レザバー計算 ─量子多体実時間ダイナミクスの機械学習への応用─

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(1)

1.は じ め に

従来のコンピュータ上では 0 もしくは 1 の二つの状態 (ビット)によって情報を表現し計算を行っている.こ の 0 状態や 1 状態は,電圧の高低や,スイッチのオン・ オフ,電荷がたまった状態とそうでない状態など,巨視 的に異なる状態によって表現されており,量子力学的な 効果はほとんど現れない(集積回路の発熱問題の原因で あるリーク電流は,配線幅を小さくしてしまったため生 じる量子力学的なトンネル効果を由来とする).しかし, ミクロな世界では,原子や電子などは,粒子であると同 時に波としても振る舞う.量子力学は,古典物理学,す なわち,粒子の力学(ニュートン力学)と波の力学(マ クスウェルの電磁気学)を統合する形で,ミクロな世界 を記述する物理学として 1920 年代に構築され,現在に おいても最も基本的な物理学の枠組みとなっている. 量子力学では,例えば電子は粒子であると同時に,波 の性質も併せもつため,電子の位置は確定せず,複数の 場所に存在する電子が波として重ね合わさった状態とし て記述される.これは単に確率的に特定の場所にランダ ムに電子を見いだすというものとは少し異なる.電子の 状態は複素確率振幅という複素数によって記述され,確 率よりもより原始的な意味をもち,複素確率振幅の絶対 値の 2 乗が電子をある場所に見いだす確率に対応する. 確率と複素確率振幅の決定的な違いは,複素数である複 素確率振幅は波として干渉し強め合ったり弱め合ったり することである.これは単なる正の実数である確率では 起こり得ない現象である. このような量子力学的に振る舞う電子に情報を担わせ ることを考えよう.右の箱に電子がある状態を 0 状態, 左の箱に電子がある状態 1 状態とする.量子力学に従う と,0 状態(右の箱に存在)と 1 状態(左の箱に存在) が確定していない,量子的重ね合わせ状態が許されて いる.我々の日常の直感とは反するので重ね合わせをイ メージすることはなかなか難しい.0 状態(右の箱に電 子がいる)を準備して 1 状態(左の箱に電子がいる)へ と移そうとしたときに,途中に止めてしまい,かといっ て電子一つを分割するわけにはいかないので,右左どち らとも確定していない,実にあやふやな状態がミクロな 世界では許されているのだ.このため,古典物理学では 0 と 1 どちらかを確実にとっていたのに比べ,量子力学 ではその二つの状態の(あやふやな)重ね合わせ状態を 利用してより複雑な情報を表現できることになる.この ような現象は,古くから量子力学の基礎的な研究対象と して研究されてきた.そして,最近の技術の進展に伴っ て,このような量子的な現象を制御し,積極的に計算に 利用する量子情報処理が可能となりつつある.量子コン ピュータはこのような量子力学の原理に基づいて計算を 行うコンピュータであり,素因数分解問題,量子化学計 算,そして機械学習などの特定の問題において従来のコ ンピュータ(以降,古典コンピュータと呼ぶことにする) よりも高速に計算を行うことができると期待されている [Fujii 15a, Nielsen 10].

高速に計算ができる,といったときには二つの方向性 がある.一つは,問題のサイズに対して計算に必要なス テップ数(計算量)が古典コンピュータに比べて少なく てすむというものである.量子版のチューリングマシン と互換性がある万能量子コンピュータの高速性を議論す る場合はこのような意味の高速性であり,上記の素因数 分解,量子化学計算,特定の機械学習問題などはその例 である.後で説明するように,量子力学系の時間発展は, 複素数ベクトルに対するユニタリー変換にほかならな い.そして,この複素ベクトルの次元は粒子数に対して

量子レザバー計算

─量子多体実時間ダイナミクスの機械学習への応用─

Quantum Reservoir Computing

 ─ Harnessing Quantum Many-Body Dynamics for Machine Learning ─

藤井 啓祐

京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻

Keisuke Fujii Department of Physics, Graduate School of Science, Kyoto University. [email protected]

Keywords:

quantum information processing, reservoir computing, quantum reservoir computing, quantum

machine learning. 「物理学と AI」

(2)

指数的に増えていく.上記の問題においては,量子力学 系がもつこの指数的に大きな次元の線形代数構造をうま く利用している.具体的には,指数的に大きなサイズの 行列の固有値を多項式的なステップ数で計算することに よって計算の加速を実現する.素因数分解の場合は,固 有値に群の位数の情報が含まれていることを利用し,量 子化学計算では最小固有値が分子のエネルギーに対応す ることを利用する.機械学習への応用では,エルミート 化した行列の固有値を推定し,その逆数を計算すること によって逆行列を計算することになる [Harrow 09]. もう一つの方向性は,量子力学に従った物理系とし て並列計算を行っているアナログ並列専用マシンとして の高速性である.量子アニーリングマシンなど計算量的 な優位性は保証されていないが,組合せ最適化問題や機 械学習(ボルツマン機械学習)に応用されているものは このアナログ並列マシンとしての高速性である場合が多 い.本稿では,アンサンブル量子系という特殊な量子系 の量子実時間ダイナミクスを用いて時系列データ処理を 行う量子レザバー計算を紹介する.このアプローチは指 数的に大きな次元の線形代数構造を利用し,時系列デー タ処理に利用する新たな方法である [Fujii 17].このア プローチでは量子系が粒子数に対して指数的に多くの次 元の複素ベクトルによって表現されることを利用して, 複雑な非線形関数を表現する,アナログ並列マシンとし て機能している.以降では,量子力学の基礎的な説明か ら始めて,量子レザバー計算について解説する.

2.量子力学と情報処理

古典コンピュータの 1 ビットを表現するには一つの変 数 x∈{0, 1} があれば十分である.しかし,0 と 1 が確定 していない重ね合わせ状態を記述するためには,どれく らいの重みで 0 もしくは 1 になっているのか,といった 情報を用いて状態を表現することになる.この重みは確 率そのものとは異なり,複素数を用いて 0 の重みがα, 1の重みがβという形で,二次元複素ベクトル = 1 0 + 0 1 β α α β ⎟⎟ ⎞ ⎜⎜ ⎝ ⎛ ⎟⎟ ⎠ ⎞ ⎜⎜ ⎝ ⎛ ⎟⎟ ⎠ ⎞ ⎜⎜ ⎝ ⎛ (1) として表現する. 10 ⎟⎟ ⎠ ⎞ ⎜⎜ ⎝ ⎛ や 01 ⎟⎟ ⎠ ⎞ ⎜⎜ ⎝ ⎛ は 0 状態,1 状態にそ れぞれ対応し,計算に使う基底を構成している.この 0 状態と 1 状態が重ね合わさった状態は量子の世界の情報 の最小単位であり,量子ビットと呼ばれている.α= 1, β= 0 とすれば 1 状態,α= 0,β=1 とすれば 0 状態に なるので,従来のビットを含んだより一般的な情報の表 現になっている. 列ベクトルで書くとスペースをとるので,ディラックの ブラケット表記と呼ばれる表記を採用して列ベクトルを |0 = 1 , |1 = 0 ⎟⎟ ⎞ ⎜⎜ ⎝ ⎛ 0 1 ⎟⎟ ⎞ ⎜⎜ ⎝ ⎛ (2) のように書くことにする.この表記を用いると, |ψ =α|0 + |1β (3) と簡潔に記述することができる.|ψ〉の双対ベクトル 空間の元(行ベクトル)は〈ψ|=(|ψ〉)†と書くことに する.†は転置および複素共役をとる操作を意味する. 残念ながら,量子ビットに対する何らかの読出し操作 をしても,複素数であるαやβの情報を直接取得するこ とはできない.量子力学では量子ビット|ψ〉を測定す ると確率的に 0 や 1 が得られることになり,その確率は p0=| |α2, p1=| |β2 (4) で与えられる.このため,α,βは|α|2+|β2= 1 を 満たし規格化されているものとする.ただし,量子ビッ トはあくまでαとβという複素数で表現されるので,0 や 1 を確率|α|2や|β|2で乱拓したものとは全く異な ることに注意すべきである.測定をして量子ビットの状 態を読み出すという行為をしたときに初めて,複素数で あるαやβの絶対値の 2 乗が確率と対応し測定結果が得 られる.このため,重ね合わせの重みを表す複素数は確 率と区別するために複素確率振幅と呼ばれている.この 複素確率振幅は,一つの量子ビットに対して 1 回の測定 によって直接定めることができない量であるにもかかわ らず,複素確率振幅によって記述されていると考えない と量子系は説明することはできない(全く同じ量子ビッ トが複数あった場合は,何回もサンプリングすることに よって複素確率振幅を物理量として取り出すことができ る).そして,量子コンピュータとは,量子状態を記述 している複素確率振幅(確率そのものではない)を物理 法則に従って変換していくコンピュータといえる.複素 確率振幅と確率は似ているように思うかもしれないが, この両者の決定的な差が量子コンピュータと古典確率計 算の計算能力の差を生む. さて,どのような変換が量子力学で許されているだろ うか? まず,量子力学は線形な方程式(シュレーディ ンガー方程式と呼ばれる)で記述されるので,複素ベク トルに対する線形変換しか許されていない.そして,複 素確率振幅は絶対値の 2 乗,つまりユークリッドノルム の 2 乗が確率の合計に対応しているので,その規格化条 件を保った変換,つまりユニタリー演算子 U(UU=I) が量子ビットに許された変換ということになる.例えば, 1量子ビットに作用するアダマール演算子 H =√1 2 1 1 1 −1⎟⎟⎠ ⎞ ⎜⎜ ⎝ ⎛ (5) を|0〉に作用させると,重ね合わせ状態が得られる.

(3)

H|0 =√1 2 1 1 1 −1 1 0 = 1 √ 2(|0 + |1 ) ⎟⎟ ⎠ ⎞ ⎟⎟ ⎠ ⎞ ⎜⎜ ⎝ ⎛ ⎜⎜ ⎝ ⎛ (6) この重ね合わせ状態は 0 と 1 がランダムに 1/2 の確率で 決まっている状態とは異なることを考察しておこう.も し,この時点の量子状態が確率 1/2 で,|0〉 もしくは|1〉 に定まっていたとすると,再びアダマール演算 H を作 用させたとき確率 1/2 でそれぞれ H|0 =√1 2(|0 + |1 ) (7) H|1 =√1 2(|0 1 ) (8) が得られる.それぞれにおいて確率 1/2 で 0 と 1 が得ら れるので,結局 0 と 1 の結果が 1/2 の確率で得られるこ とになる.しかし,量子力学的な計算に従うと HH|0 = |0 (9) となり|0〉 状態に戻ってくる.つまり,一度重ね合わせ 状態になったものが再び適切な操作をすると元の状態に 戻ってくる(干渉する)ことができる.ここに,量子力 学的な重ね合わせと単なる確率的な乱択との違いが現れ る. さて,これまで 1 量子ビットの記述とそれに対する量 子力学で許された演算を見てきたが,1 量子ビットだけ では二次元の複素ベクトル空間の回転にすぎない.n 個 の量子ビットがある場合の記述を説明する必要がある. n個の古典ビットの状態は n 個の 0, 1 の数字によって表 現され,そのパターンの総数は 2n個ある.量子力学では, これらすべてのパターンの重ね合わせ状態を一つの量子 状態として表現することが許されている.よって,どの ビット列がどのような重みで重ね合わせになっているか という 2n個の複素確率振幅で |x = x00...0|00...0 + x00...1|00...1 + · · · +x11...1|11...1 = x00...0 x00...1 ... x11...1

⎟ ⎠ ⎞

⎟ ⎜ ⎜ ⎝ ⎛ (10) のように n 量子ビットの状態が表現される.ただし,複 素確率振幅は規格化 Σi1, …, in|xi1…in| 2=1 されているもの とする.このように n 量子ビットの重ね合わせ状態は, nに対して指数的に大きい 2n次元の複素ベクトル空間で 記述する必要がある.一方,n ビットの古典ビットは n 次元の 0, 1 を成分としてもつベクトルによって表現され るので,ここに古典ビットと量子ビットの次元の違いが 顕著に現れる.この n 量子ビットの量子状態を測定する とビット列 i1…inが確率 pi1...in =|xi1...in| 2 (11) でランダムに得られる. 1量子ビットの場合と同様に,n 量子ビットに許され た操作は 2n次元の複素ベクトル空間上のユニタリー変 換である.つまり,量子コンピュータ(量子力学に従う 物理系)は,量子ビット数に対して指数的に大きな複素 ベクトルで状態が表現され,それに対するユニタリー変 換が物理的な時間発展として行えるようなコンピュータ になっている.はじめに述べたように,この指数的に大 きな次元の複素ベクトルとそれに対するユニタリー変 換,という量子力学が自然にもつ線形代数構造を用いる ことによって,特定の問題を従来のコンピュータに比べ て指数的に高速に解くことができる. 計算精度が保証されたディジタル万能量子コンピュー タの実現に向けた実験も,各国の大学・研究機関,そし て Google や IBM といった巨大 IT 企業の支援のもと精 力的に進められている [Barends 14, Kelly 15].量子多 体系がもつ複雑性をそのまま利用するアナログ量子シ ミュレーションもさまざまな物理系を用いて実験が進め られている [Bloch 12, Cirac 12, Georgescu 14].アナロ グ量子ダイナミクスを組合せ最適化問題を解くヒューリ スティックとして利用する量子アニーリングも,カナダ のベンチャー企業によって研究・商用化が進められてい る [Boixo 14, Farhi 01, Kadowaki 98, Rønnow 14].し かしながら,計算機科学的な仮定のもと古典コンピュー タに対する優位性(quantum computing supremacy) [Fujii 15b, Fujii 16, Morimae 14]が示されているような 複雑な量子ダイナミクスを,汎用的な情報処理に応用す る方法はまだ確立されていない.本稿で紹介する量子レ ザバー計算は,そのような試みのうちの一つであり,量 子多体系の複雑な実時間ダイナミクスを機械学習,特に 時系列データ処理に応用するための新たな枠組みである [Fujii 17].

3.時系列データ処理とレザバー計算

時系列データ処理とは,時間に依存するようなデータ 処理であり,言語認識,自然言語処理,ロボットのモー タ制御,株価予測など我々の身の回りにありふれた問 題である.時系列データ処理では,入力の時系列データ {u(t)}が与えられたときに,過去の入力に対して非線形 関数 f を作用させた出力 ¯

y(t) = f (u(t), u(t− 1), ...) (12) を汎化することになる.例えば,ベンチマークとして使 われる短期記憶タスクでは,r ステップ前の入力を出力 として出すタスクであり

¯

(4)

を学習することになる.このタスクは線形なシステムで も実行することができるタスクである.一方,例えば入 力が 2 値変数 u(t)∈ {0, 1} の場合, ¯ y(t) = r k=1 u(t− k) (14) のような過去の入力の偶・奇を出力させるパリティ検査 タスクを定義することができる.これは非線形性を必要 とするタスクである.また,教師時系列データから一つ 先の入力 ¯ y(t) = u(t + 1) (15) を学習させ,この出力 y(t)を次の時刻の入力として系 にフィードバックしてやると,時系列データの埋込みと それによる予測ができる.これら過去の入力の履歴を用 いた非線形関数の汎化を時系列データ処理と呼ぶことに する. このような問題に対して,脳型情報処理の一つであ るレザバー計算が研究されている [David 07, Jaeger 04, Maass 02].レザバー計算では,フィードフォワード型 のニューラルネットワークと異なり,メモリ効果をもつ ようなリカレントネットワーク [Dambre 12, Rabinovich 08]が用いられる. x(t) = x1(t) ... xN(t) ⎟ ⎟ ⎠ ⎞ ⎜ ⎟ ⎜ ⎜ ⎝ ⎛ (16) を時刻 t における N 個のノードの状態としよう.次の時 刻のノードの状態は,外部からの入力 u(t)と現在のノー ドの状態から x(t + 1) = tanh(W x(t) + Winu(t)) (17) のように与えられる.ここで,W は前の時刻の情報か らどのような重みで足し合わせるかを決める遷移行列, Winは外部入力をどのような重みで各ノードに追加する かを決める入力行列である.tanh はベクトルの各要素に 非線形変換を施す.出力 y(t)は,各ノードを読出し用 の行列 Woutを用いて線形に重み付けを行うことによって y(t) = Woutx(t) (18) で与えられる.従来のリカレントニューラルネットワー クでは,目的の時系列処理を実行するために,教師デー タ y(t)とネットワークの出力の誤差が最小になるよう に,遷移行列 W を誤差伝搬法などを使って学習するこ とになる.一方,レザバー計算のアプローチでは,遷移 行列はあらかじめランダムに決めてしまい(最大特異値 が 1 付近になるような規格化は行う),出力だけを線形 回帰によって学習する [David 07, Jaeger 04, Maass 02]. この結果,学習が安定的に行えるため,ネットワークの 規模を大きくすることができ,その結果,線形回帰だけ でもリカレントニューラルネットワークに匹敵する性能 を引き出すことができる[Jaeger 04].レザバー計算では, もはやネットワークの内部構造を調整する必要がないの で,非線形性をもった大自由度力学系であればどのよう な物理系であってもレザバー計算として時系列データ処 理に利用することができる.このため,さまざまな物理 系が固有にもつ複雑性を計算に利用するフィジカルレザ バー計算が,レーザ系,脳型チップ,ソフトロボットな どさまざまな物理系を用いて実装されている [Appeltant 11, Brunner 13, Caluwaerts 14, Fernando 03, Hauser 11, Larger 12, Nakajima 13a, Nakajima 13b, Nakajima 14, Nakajima 15, Paquot 12, Stieg 12, Vandoorne 14, Woods 12].

4.量子レザバー計算

量子レザバー計算とは,量子力学系の実時間ダイナ ミクスの複雑性をレザバー計算として利用する方法であ る.先述の量子力学系を用いてどのようにレザバー計算 をするか説明する.量子状態は 2n次元の複素ベクトル |x〉で記述されるのであった.量子レザバー計算では この 2n次元の複素ベクトルの要素 x i1…i(in k∈ {0, 1})を ネットワークのノードとみなすことになる.時刻 t の量 子状態を |x(t) = x1(t) ... x2n(t) ⎟ ⎟ ⎠ ⎞ ⎜ ⎟ ⎜ ⎜ ⎝ ⎛ (19) と書くことにする.ただし,添字をビット列から通し番 号へと変更した.量子力学系の時間発展はユニタリー変 換だったので 2n×2n ユニタリー行列 U を用いて次の時 刻の状態 |x(t + 1) = U|x(t) (20) 図 1 量子レザバー計算. (a)外部からの時系列データを量子多体系に入力.(b)読 出し用のノードを物理量の平均値として取得する.(c)1 ス テップを V 分割し,N 個の読出し用ノードすべてに対して V個の仮想ノードを得る.(d)教師データと N × V 個の読 出しノードを用いて読出し用の重み Woutを擬似逆行列を用 いて計算する

(5)

が与えられる.リカレントニューラルネットワークの時 間発展に似てきたが,線形変換しかできていないし,外 部入力も入れることができていない.残念ながら量子状 態に対して |x(t) + |u(t) (21) のように加法的に外部入力を加えることはできない.規 格化条件を満たさなくなってしまうからだ.その代わり, 外部入力 u(t)に依存した操作は,外部入力に依存した ユニタリー変換 |x(t + 1) = Uu(t)|x(t) (22) によって行うことができる.そうすると,Uu(t)そのもの は線形変換であるが,u(t)依存性をもった行列なので, 時間発展を繰り返し行うことによって外部入力 u(t)の 非線形項も誘導されることがわかる.ネットワークの出 力は,読み出す物理量に対応する N 個のエルミート行 列 {Ai}Ni=1の平均値 Ai(t) = x(t)|Ai|x(t) (23) から構成される読出しノード a(t) = A1(t) ... AN(t) ⎟ ⎟ ⎠ ⎞ ⎟ ⎜ ⎜ ⎜ ⎝ ⎛ (24) を読出し用の行列 Woutで重み付けすることによって y(t) = Wout a(t) (25) として得られる.物理量としてはそれぞれの量子ビット がどれくらい|0〉であるか,|1〉であるかを表すパウリ Z演算子 Z =|0 0| − |1 1| = 1 0 0 −1 ⎟⎟⎠ ⎞ ⎜⎜ ⎝ ⎛ (26) を利用することができる.|0〉 状態の場合は,〈0|Z|0〉 =+1, |1〉 状態の場合は,〈1|Z|1〉=−1 となる.一般 の状態|ψ 〉=α|0〉+β|1〉の場合は〈 ψ|Z|ψ 〉=|α|2 |β|2となり−1 から+1 までの値をとる量が得られる. 以上のように,量子力学における量子ビットに対して 指数的に増える複素確率振幅に対する入力依存性をもっ たユニタリー変換をネットワークのダイナミクスとして 用い,物理量に対応するエルミート行列の平均値を読出 しノードとして用いるレザバー計算が量子レザバー計算 である(図 1)*1 量子レザバーの出力値(25)を計算するためには,物 理量の平均値(24)を得る必要がある.通常の量子系 であれば,物理量の平均値の取得は何度も繰り返し測定 をすることによって確率的に得られる結果から平均値を 求める必要がある.また,測定によって量子状態も反作 用を受けて変わってしまう.しかし,全く同じ量子系の コピーがたくさんあるようなアンサンブル量子系であれ ば,物理量の平均値をほぼ反作用なく読み出すことがで きる.このような性質を満たす量子系としては,MRI (Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像)に利用 される固体 NMR(Nuclear Magnetic Resonance:核 磁気共鳴)スピンアンサンブル系がある.固体 NMR ス ピンアンサンブル系の場合は,分子を構成する各原子 の核スピンを量子ビットとして用いるため,試料には 全く同じ分子のコピーが 1018∼ 1020ほど含まれている (1 mol には 1023個の分子が含まれていることを思い出 そう).一つ一つの核スピンの磁化は小さいが,膨大な 数のコピーがあるおかげでコイルをを通じて読み出すこ とができる.このとき,分子一つ一つに対しては非常に 弱い測定になっており,ほぼ反作用のない測定ができる.

5.量子レザバー計算の性能評価

簡単のため一次元の時系列データ u(t)を入力として 与え,非線形関数 ¯

y(t) = f (u(t), u(t− 1), · · · ) (27) を学習するタスクを考える.y‾(t)も一次元データとする. {u(t)}T t=1に対する出力 { y‾(t)}Tt=1を教師データとする.入 力 u(t)に依存したユニタリー変換で状態を時間発展さ せ,N 個の物理量の平均値 a(t)を得る.時間発展は, 横磁場イジング模型と呼ばれるハミルトニアン HIsing= ij JijZiZj+ h Xi (28) によるダイナミクスを利用した.ここで,Ziや Xiは i 番目の量子ビットに作用するパウリ演算子 Z =|0 0| − |1 1| (29) X =|0 1| + |1 0| (30) である.このハミルトニアンは量子アニーリングなどで も利用されているハミルトニアンである.本研究では, 結合定数である Jijを−J/2 から J/2 の間でランダムに選 び,h=J としている.このハミルトニアンのもとでの 時間間隔τの時間発展は,ユニタリー演算子 e−iHIsingτ (31) によって与えられる(H はエルミート演算子であること に注意).この時間間隔τの時間発展を 1 ステップとし て量子レザバーに外部入力を入れることになる.そして, 各ステップ時間の時間発展をさらに V 分割してそれぞれ *1 簡単のために量子純粋状態を用いた説明を行ったが,論文 [Fujii 17]では,古典的な確率混合も含めたより一般的な量子状 態の記述方法である密度演算子と,それに対する最も一般的な 量子操作,CPTP(Completely Positive and Trace Preserving) 写像を用いて量子レザバー計算を構成している.

(6)

の時刻で量子系から物理量 Ziの平均値〈Zi〉を取得す ることによって各ノード当たり V 個の仮想ノードを導入 し,各ステップ合計 NV ノードを読出しノードとして利 用する.損失関数 T t=1 (¯y(t)− y(t))2= T t=1

(¯y(t)− Wouta(t))2

(32)

を最小化する Woutは,連立方程式(t=1, …, T)

¯

y(t) = a(t)Wout (33)

を 2 乗誤差が最小になるように解く.これは,擬似逆 行列を特異値分解を用いて得ることによって解くことが できる.得られた Woutを用いて,時刻 t=T+1 以降の 入力に対して量子レザバーの出力と比較を行い,量子レ ザバーの性能を評価した [Fujii 17].評価においては量 子系のダイナミクスを従来の計算機を用いてシミュレー ションすることによって行った.実際の固体 NMR スピ ンアンサンブル系を用いた実験も現在進行中である. 性能評価を行うために,u(t)∈ {0, 1} として短期記 憶タスクとパリティ検査タスクの二つのタスクを行っ た.前者は r ステップ前までの入力を記憶し出力すると いう短期記憶の容量のためのタスクであり,後者は r ス テップ前までの入力の偶・奇を出力するという非線形性 を必要とするタスクである.比較対象として,通常の リカレントネットワークに対してレザバー計算の手法 を用いているエコーステートネットワーク(echo state network)[Jaeger 04] と比較をした.その結果,量子 ビット数が 7 程度(27=128 次元の量子系)の量子レザ バーが 100 ∼ 500 ノードのエコーステートネットワー クにおける短期記憶とパリティ検査の性能を示すことが わかった.また,時間間隔τの選び方によって,τが小 さすぎると短期記憶とパリティ検査,ともに性能は低く なる.これはτ=0 でダイナミクスが恒等演算子になっ てしまうため,外部入力が系にうまく入力されないため である.τを大きくすると短期記憶はあるτで最適にな り,それ以降減少していく.これは,τが大きくなりす ぎると,時間発展に対応するユニタリー変換によって指 数的に大きな複素ベクトル空間全体へと情報が非局在化 されてしまい,読出しから線形回帰によって過去の入力 を再構築できなくなってしまうことによる.一方,非線 形性を必要とするパリティ検査タスクはτ増加に伴って 単調に増加する.これはユニタリー変換による時間発展 がより複雑になることによってより複雑な非線形項が得 られるためである. 入力は 0, 1 に限定する必要はなく,連続値の入力の 学習タスクも可能である.カオス時系列データの一つで ある Machy-Glass 時系列データを 1 万ステップ学習し, 予測した結果を図 2 に紹介する.

6.ま  と  め

量子レザバー計算では,量子多体系の実時間ダイナミ クスがもつ複雑性をレザバー計算として時系列データ処 理に利用する.量子系を機械学習に利用する提案はこれ までもあるが [Adcock 15, Briegel 12, Lloyd 14, Paparo 14, Rebentrost 14, Wiebe 14],これらの方法はどれも万 能な量子コンピュータを前提としており,誤り訂正を 伴った精度保証できるディジタル量子コンピュータ上の アルゴリズムとして機能する.このような,ソフトウェ アとしてディジタル量子コンピュータ上で動く量子ア ルゴリズムとは異なり,量子レザバー計算では,ハミル トニアンの系のパラメータを詳細に調整する必要がな く,量子多体系の複雑なアナログダイナミクスをそのま ま計算リソースとして利用することができる.少数の量 子ビットであっても,実時間ダイナミクスを高い精度で 得ることができれば計算のリソースとして利用できるた め,近未来的に実現される量子デバイスを用いた実装が 期待される. また,量子レザバー計算では,レザバー計算の思想に 基づいて,ネットワークの内部(ユニタリー変換)を調 整せず,量子多体系の自然なダイナミクスを計算に利用 した.一方,通常のニューラルネットワークでは,誤差 逆伝搬などによって,ネットワーク遷移行列を精密に調 整している.量子計算においても,量子回路を自在に制 御することが可能となりつつある.パラメータが付与さ れた量子回路部分をネットワークとし,勾配を用いて損 図 2 カオス時系列データの予測 [Fujii 17]. (a)非カオス領域の周期的な力学系の学習.(b) カオス領域の学習.最初の 200 ステップは正 しい時系列データへの追従をしている.また アトラクタの構造も MG 時系列データのそれ を模倣している

(7)

失関数を最小化することによって非線形関数の汎化や分 類を行う方法である量子回路学習も最近提案されている [Mitarai 18].また,量子演算を用いてニューロンを構 成する方法も提案されている [Cao 17].以上のように, 量子レザバー計算を含め,量子系を用いた機械学習は今 後さらなる研究が進むと予想される.また,ユニタリー 変換という量子系特有の制約を既存のニュラールネット ワークの設計に取り込むのも興味深い. 謝 辞 本解説で紹介した内容は,東京大学大学院情報理工学 系研究科 中嶋浩平氏との共同研究によって得られた成 果である.

◇ 参 考 文 献 ◇

[Adcock 15] Adcock, J., Allen, E., Day, M., Frick, S., Hinchliff, J., Johnson, M., Morley-Short, S., Pallister, S., Price, A. and Stanisic, S.: Advances in quantum machine learning, arXiv preprint, arXiv:1512.02900(2015)

[Appeltant 11] Appeltant, L., Soriano, M. C., Sande, Van der G., Danckaert, J., Massar, S., Dambre, J., Schrauwen, B., Mirasso, C. R. and Fischer, I.: Information processing using a single dynamical node as complex system, Nature Communications, Vol. 2, p. 468(2011)

[Barends 14] Barends, R., Kelly, J., Megrant, A., Veitia, A., Sank, D., Jeffrey, E., White, T. C., Mutus, J., Fowler, A. G. and Campbell, B., et al.: Superconducting quantum circuits at the surface code threshold for fault tolerance, Nature, Vol. 508, No. 7497, p. 500(2014)

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著 者 紹 介

藤井 啓祐(正会員) 2011年 3 月京都大学大学院工学研究科博士課程修 了.博士(工学).2011 年 4 月∼ 2013 年 3 月大阪 大学大学院基礎工学研究科特別研究員.2013 年 4 月∼ 2016 年 3 月京都大学白眉センター特定助教. 2016年 4 月∼ 2017 年 9 月東京大学光量子科学研究 センター助教.2017 年 10 月から,京都大学大学院 理学研究科物理学・宇宙物理学専攻,特定准教授. 2016年 10 月から JST さきがけ研究員を兼任.2017 年 2 月から大阪大 学大学院基礎工学研究科招聘准教授を兼任.

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