第三の承認のモデル「連帯」に着目して
著者
智原 あゆみ
雑誌名
KG社会学批評
号
6
ページ
11-20
発行年
2017-03-24
URL
http://hdl.handle.net/10236/00026668
(1.書評論文)
1-2.現代社会における承認の社会的条件
──第三の承認のモデル「連帯」に着目して──
藤野寛『「承認」の哲学──他者に認められるとはどういうことか』 (青土社、2016 年)智原 あゆみ
1 はじめに 近年、現代社会の問題を語る際のひとつのキーワードとして「承認」が注目を集めている。 これまで承認に関する議論は社会哲学の分野を中心として行われており、そこではジェンダー やエスニック・マイノリティなどの事例を取り上げながら特定の集団への権利付与をめぐる制 度としての承認の問題(Taylor 1994=1996 ; Fraser 1997=2003 ; Fraser und Honneth 2003= 2012)を中心にさまざまな議論が蓄積されてきた。一方、承認という言葉自体は 2000 年代後 半以降の日本社会においては国家や社会が人々を制度として承認するかではなく、さまざまな 社会問題を考察する際の一要因として取り上げられてきた。例えば、2008 年に秋葉原で発生 した無差別殺傷事件では、その一要因として他者からの承認の欠如があったとの指摘(大澤 2008)がされた。また犯罪の要因としてだけではなく、多くの若者にとって身近な問題である フリーターや派遣、ニートの問題に関しても、そこには経済的な格差の問題だけではなく承認 を得る機会が少ない「承認格差」が存在するとの指摘(萱野 2007)がなされた。このように、 承認の概念はこれまでの社会哲学分野での議論だけではなく、私たちにとってより身近な問題 においても重要な主題として注目されていると捉えることができるだろう。 本書は近年多様な領域において議論が展開されている「承認」をテーマに据え、それに「哲 学」の視点から取り組んでいる。本書では哲学に関する研究との対話を通して承認の概念の位 置付けを明確にしつつ、さらに承認する/されるという行為が、私たちが現代社会を生きる中 でどのような意味を持つのかについて検討が行われる。評者は本書を評することを通して、こ れまでの思想史的系譜から承認の概念の位置付け・意義を確認するとともに、これらの議論が 現代日本社会における承認の問題に対してどのように応用していくことができるのかについて 検討を試みたい。 112 本書の内容 本書『「承認」の哲学』は、「『承認』という言葉によってカバーされる問題の広がりと奥行 きを明らかにすること、そうすることで、現代社会に生きるという経験の一つの側面を浮き彫 りにすること」(本書:9)について思想史的系譜から現代社会の事象まで、多様な論点を取り 上げながら 5 章構成で論じている。本書の著者はフランクフルト学派を専門とする研究者であ り、その著者がフランクフルト学派の思想を現代において継承する代表的研究者であるアクセ ル・ホネットの承認論を議論の中心に据えながら、承認が哲学においてどのように取り上げら れてきたのかについて議論を展開している。また、著者は本書で承認論を取り上げていく際の 視点として 1968/69 年の全共闘運動の時代の「否定主義」の思想に着目しながら、その思想と 承認論との関連と異同についても本書において言及している。 1章「導入−他者に認められること/他者を認めること−」では、現代において人々が生き ていく中であらゆる欲求等は個人の中にあらかじめ備わっているものではなく社会との関係の 中で形成されていくものであるとし、常に他者と関わり合う社会で生きていく上では他者から 認められる「承認」が重要であることを指摘する。さらに著者は 1968/69 年の全共闘運動を取 り上げ、そこには承認の姿勢や個人のレベルでの闘いへの注目が欠けていたという思想の倒錯 があったことを指摘し、その 10 年ほど後に発表された小説家の村上春樹の作品1)の中に 68/69 年の思想の倒錯的否定主義へのアンチテーゼとして承認の姿勢が表れていたとことを指摘す る。そして、承認の問題に取り組むには批判理論の伝統に沿い承認を拒まれるという否定的な 面からアプローチし分析することで、承認を不可能にする社会のあり方への批判ができるとの 考えが提示される。 2章「基礎的考察−『社会性』をめぐる考察へ−」においては、「承認」という言葉に注目し ながらその言葉の意味を丁寧に捉え直すことを通して、承認とはどのような行為であるのかを 明らかにすることが試みられる。その際、著者は承認と関連すると捉えられる「認識」を承認 から区別し、承認と認識との関係性、さらにはどちらが先立つのかという優先性についても議 論を展開していく。そして、承認理論が社会の理論であるということを描き出すために必要と 考えられる「社会性」とはどのような性質かという問いに対して、人々が生きていく中で他者 とのつながりが持つ役割を検討することを通して明らかにしようと試みる。 3章「体型−承認の三つの型、そして寛容−」では承認の問題を考えていくにあたり、承認 論の代表的な論者であるホネットによって提示された愛・人権尊重・業績評価の承認の 3 つの 型の特徴や相違、さらにはそれらの間の関係について説明が行われる。しかし、著者は一人の 人間に他者として向き合う際にはホネットの 3 つの承認の型だけでは不十分であることを指摘 ─────────────── 1)本書では村上春樹の作品のうち、『風の歌を聴け』(1979 年)、『1973 年のピンボール』(1980 年)が 取り上げられている。
しており、他者と向き合う姿勢として他者への尊重を通して差異をなくしてしまうのではな く、寛容の姿勢を通して差異を差異として受け止めることが重要であることが言及される。 4章「思想史的対話−尊重・寛容・承認−」は先行哲学者たち2)の研究との対話を通じて、 単にホネットの承認論がどのような系譜の中で成立したのかではなく、それぞれの哲学者の考 えとの相違の検討を通してホネットの承認論の独自性を確かめる議論が試みられる。それらの 作業を通してそれぞれの哲学者の議論と承認がどのような関係にあるのか、またどのような点 が異なっているのかが明らかにされ、この作業を通して本書において承認を取り上げる意義が 確認される。 5章「展開−承認論はどこに向かうか−」ではこれまでの章でなされた承認に関する議論を 踏まえた上で、承認論の行方に関してさまざまな方向に議論が展開されていく。承認を考えて いくにあたり承認が人々の人生においてプラスの側面ばかりではなくマイナスの側面も持つ両 義的なものであることや、さらにはこれまで承認との関連が指摘されてきたフェミニズムとの 関係についても議論がなされる。そして、最後にはホネットが近年の著書で取り組む「社会主 義」と承認との関係についても議論が取り上げられ、承認論に関する多様な議論を紹介する形 で本書は締めくくられている。 3 本書の評価 本書では承認論の代表的な論者であるホネットの議論を中心にしながら、思想史的な検討に 留まらず承認と現代社会との関連について多様な議論が展開されている。本節では評者の本書 についての評価を、以下の 2 点に関して指摘したい。 3.1 承認する/されるという行為の意味についての検討 承認の概念はホネットを始めとする社会哲学分野での議論だけではなく、1 節でも触れたよ うに現代日本における社会問題を議論する際にも用いられてきた。しかし、その際には承認の 概念は「承認=認める」といった言葉の定義が明確でないまま議論が展開され、承認する/さ れるとはどのような行為なのかに関してはあまり言及されてこなかった。著者は本書の 2 章冒 頭で承認という言葉を単に「認める」という言葉のみで捉えようとするのではなく、承認とい う行為の広がりを確認するために、承認という言葉に含まれる意味を「認める」という日本語 の用例の検討、さらにホネットの英語を始めとする外国語の「承認」にあたる単語とドイツ語 の「承認」(Anerkennung)との関係に関する議論を参照しながら、承認とはどのような行為で あるのかに関して精緻に検討を行っている。ここでは「認める」という日本語の用例を複数挙 ─────────────── 2)4 章においては先行哲学者の議論として、1.ルソー、2.カントとエルンスト・トゥーゲントハッ ト、3.ハンナ・アーレント、4.アイザイア・バーリン、5.チャールズ・テイラー、6.マイケル・ ウォルツァー、7.アドルノ、8.ユルゲン・ハーバーマス(以上、4 章の節タイトル)の議論が取り 上げられている。 智原:現代社会における承認の社会的条件 13
げ、それらの意味の検討を通して承認には「気づく」「プラスに評価する」「受け入れる」とい う三つの意味成分が含まれていることが著者によって指摘(本書:42)される。 さらに著者は承認という言葉に含まれる「認」の意味に着目し、そこから導き出される「承 認」と「認識」の関係について議論を展開する。著者はここで承認と認識を分かつのは「肯定 的な価値評価」の有無であるとし、この点が「認める」という行為とそれらと類似する行為を 区別するにあたり重要であることを指摘する(本書:42-43)。著者は、この点はホネットの承 認論の射程の広がりとも関わる重要な点であり、「認識に対する承認の優先性=先行性」とい うホネットのテーゼ(本書:44)が、承認の中に「肯定的な価値評価」が含まれることによっ て成り立つと述べている。なお、この承認と他の行為との関係は 4 章の哲学分野の先行研究と 承認論との関係の議論においても検討されており、そこでは承認が他の行為とどの点で異な り、どのような関係にあるのかについて議論が深められている。 以上の議論を通して、本書の議論は承認という行為の位置付けを明確にしたと評者は考え る。 3.2 承認論の系譜からの先行研究の検討 本書の 4 章では先行哲学者の研究を単に思想史的な系譜に沿って整理するのではなく、それ らの先行哲学者の理論がホネットの展開する承認論とどのような関係にあるのかという点に着 目しながら先行研究の検討が行われている。このことによって思想史的な系譜に沿ってそれぞ れの議論を紹介するのではなく、承認論との関係に注目しながらそれとの類似と相違の双方に 注目して議論を展開することを通して、承認という行為の特徴を明らかにしている。この点に 意義があると評者は考える。 4章においては 8 人(組)の先行哲学者の議論が紹介され各節ごとに各人の議論と承認論と を対比させながら議論が展開されていく。その中の 2 節で取り上げられたカントとエルンスト ・トゥーゲントハットの「定言命法」に関する議論では、ホネットが取り上げる承認が「尊 重」という行為とどのような関係にあるのかが明らかにされている。承認と尊重についてはそ の行為の持つ意味の近さからその関係性がホネットの承認論においても重要な問題であること が指摘(本書:93-94)されており、カントとトゥーゲントハットの議論を用いながらその位 置付けを明確にした点で、ここでの著者の議論は承認という行為を検討していくにあたり意義 があると評者は考える。 4章の 2 節においてはカントの「定言命法」に関するトゥーゲントハットの議論を紹介しな がら、その定言命法の第二定式で言及されていることが「他者を(目的として)尊重するこ と」であるということが指摘(本書:131)される。尊重の概念はすべての人を区別せず等し く認めるという姿勢(本書:138-139)であり、他者を認めるという承認の行為とも類似する 点があると考えられる。著者はここで尊重と承認との違いについて、尊重はすべての人に向け られる態度・姿勢であるということを強調しており、ここで尊重は一人ひとりの人をその違い において、個性において認めるという承認とは異なる他者に対する姿勢であることが指摘(本
書:142)されている。この違いから、著者は尊重と承認を明確に区別し、尊重は承認に先立 つ姿勢であり尊重は承認の下位概念であるということを、尊重という行為がそれだけでは他者 を認めるというあり方の可能性を汲み尽くしていないという指摘(本書:142)を通して提示 している。 以上の議論を通して、尊重と承認それぞれの位置付けを明確にした点で、本書は承認と他の 概念との関係を考えていく上でのひとつのモデルを提示している。この点に意義があると評者 は考える。 4 本書の課題 3節まででは、承認という言葉に含まれる意味の検討や、先行哲学者の議論から他の行為と 承認との関連の検討を通して、本書を評価することを試みた。本書はタイトルにもある通り承 認を「哲学」の視点から取り上げ、ここまでの議論からも示唆されたように承認という行為が 他の行為と比較してなぜ重要であるのかという点に焦点をおき、議論が展開されてきたと評者 は考える。 本書において中心として取り上げられる承認論の代表的な論者であるホネットは自身の承認 論を哲学者のヘーゲルと社会心理学者のジョージ・ハーバード・ミードの議論を参照しながら 展開しており、ヘーゲルの理論と自身の承認論を橋渡しする際に社会心理学者のミードの議論 を引用する形で理論を構築している(Honneth 2003=2014 : 95-123)。この点からホネットは承 認について考える際に哲学の視点3)のみに基づいて理論構築を試みるのではなく、ミードによ る社会心理学の視点もその理論の中に組み込むことを試みている。この点から、ホネットの承 認論においては、哲学と社会学の両者の視点を持ちながら承認論に取り組んでいく姿勢が表れ ていると考えることができるだろう。さらに、ホネットが展開した承認論は代表作のタイトル にもある通り『承認をめぐる闘争』であり、そこでは承認をする行為の重要性のみではなく、 人々がどのように承認されていくのかといったそのプロセスにも着目し議論を展開していくこ とが重要な論点とされていると考えられる。 本節では本書の 3 章「体系」において取り上げられるホネットの承認のモデルに関して、3 つの型のうち社会との関連性が強いと考えられる第三の承認のモデル「連帯」について検討す ることを通して、ホネットが自身の承認論において社会との関わりをどのように捉えようとし ていたのかについて検討を試みる。 4.1 本書の課題の指摘 本書では 3 章においてホネットの承認論のモデルが著者によって紹介される。そこでは「人 ─────────────── 3)ホネットの承認論を哲学の観点から検討したものとして、ホネットによるヘーゲル理論の展開に関す る問題点を指摘した Robert Pippin の論考(Pippin 2014)がある。
間が社会的存在である、とは、人間が他者との関係の中で相互の承認を求め闘い続ける存在で ある、ということだ」(本書:67)とあり、そしてホネットの承認のモデルを「愛・人権尊重 ・業績評価」の 3 つに分類される(本書:67)ものとして紹介している。その後各承認のモデ ルについて愛、人権尊重の順でそれぞれの内容が著者によってまとめられている。最後に 3 つ 目のモデルである業績評価についての説明が行われているが、評者は著者が業績評価と表現す るこの第三の承認のモデルは、本書における著者の説明よりも広い射程を持つモデルであるの ではないかと考える。ホネットの第三のモデルの解釈に関して、以下の 2 点が著者と評者との 間で解釈が異なる論点であると考える。 まず 1 点目は、ホネットが『承認をめぐる闘争』の中の承認のモデルを説明する「5 章 間 主観的な承認のモデル−愛、法(権利)、連帯」において、そのモデルを「愛、法(権利)、連 帯4) 」として紹介するのに対し、著者が「愛・人権尊重・業績評価」という承認様式(Hon-neth 2003=2014 : 175)に注目しながら紹介を行った点である。ホネットは承認のモデルを提 示するにあたり、承認を承認様式や承認形式などさまざまな観点5)から検討し、3 つのモデル への区分を試みている。ここで著者が取り上げた承認様式は“何によって他者を承認するの か”といった点が注目されており、ホネットが 5 章において注目した承認形式は“どのような 関係によって承認するのか”という点に注目していると捉えることができるだろう。ここか ら、人々を何によって承認するのかという点に注目している前者と比較すると、後者は承認を する他者や集団との関係に注目したものだと整理できる。この点に関しては承認様式に注目す ることは重要でありながらも、それと同時に誰が、どのような関係によって承認するのかとい う承認形式への注目、とりわけ第三の承認のモデルである「連帯」を考える際には、そこで想 定される連帯とはどのような集団なのかといった点にも注目して検討していくことが重要な課 題であると評者は考える。 さらに、2 点目は承認が行われる際の価値評価そのものをどのように決定していくのかとい うプロセスが十分に注目されていない点である。著者はホネットの第三のモデルの承認とは社 会的価値(業績)評価に基づいて承認することであるとしており、この社会的価値評価は社会 ごとに時代ごとに相対的な事柄であるため、その評価は変化するという点の重要性を指摘(本 書:92)し、この価値評価の条件は決して固定されたものではなく常に変化しうるものである ということについて言及6)している。しかし、ここでこの価値評価そのものが変化するもので ─────────────── 4)著者はこの承認の型の承認様式である「連帯」について、「『連帯』というのは、通例、人と人、集団 と集団が何らかの価値観を共有することで力を合わせ、その価値の実現を阻む障害になるような力と 闘おうとする行動を表現する言葉」(本書:90)と説明を加え、さらに連帯は社会のあらゆるところ で起こることであると説明を行っている。 5)これらの指標以外に、「人格性の次元」、「発達の潜勢力」、「実践的自己関係」、「尊重欠如の形態」、 「脅かされる人格性の構成要素」といった点から、社会的な承認関係の構造の類型化が試みられてい る(Honneth 2003=2014 : 175)。 6)5 章の「展開」における議論においても、第三の型の承認は個人と社会との関わりの中で成り立つ点 でそれは常にその時々の社会によって影響を受けるものであり、ここにおいても第三の型は常に同じ ものではなく変化しうるものであるとの指摘が見て取れる(本書:189-190)。
あるということは指摘されつつも、第三の型の承認において重要である社会的価値評価がどの ようにして人々に受容され、さらにはどのような闘争の中で変化していくのかというその過程 については十分な注意が払われていない。 ここまで確認してきたように、著者がこの 3 つ目の承認のモデルを検討していくにあたり、 何に基づき承認するのかといった“承認形式”としての連帯に関してあまり言及がされていな いこと、さらにはこの第三のモデルの承認における価値評価がどのように生み出され受容され ていくのかといったその過程への注目の不十分さといった点が、ホネット本来の議論に対して 著者と評者の捉え方が異なる大きな要因であると考えられる。次節ではホネットの第三のモデ ル「連帯」に関する議論を再確認することで、このような違いがどのような点から生み出され ているのかについて明らかにしたい。 4.2 第三の型「連帯」の射程 ホネットは『承認をめぐる闘争』の 5 章において自身の承認のモデルについて説明を展開し ている。ホネットは承認のモデルを愛、法(権利)、連帯の 3 つに分類し説明を行っており、 ここでは多様な分野の先行研究を参照しながらそれぞれの承認の型についての議論が展開され ていく。ホネットは第三の承認の型についての説明の中で、その承認の形式について以下のよ うに説明を行っている。 第三の承認形式が求めるのは、人間主体の性質の差異を普遍的に、したがって間主観的 な拘束力をもたせて表現できる社会的な媒体でなければならない。この媒体という課題 は、社会的なレベルにおいては、全体として社会の文化的な自己理解をなす倫理的な価値 や目標が定式化される際にシンボルを媒介にして表現されるわけだが、それは、つねに開 放的で透過性のある方向づけの枠組みの働きをする。(Honneth 2003=2014 : 165) ここでホネットは第三の承認形式について、「間主観的な拘束力をもたせて表現できる社会的 な媒体」であるとしており、この型においては間主観的でありながらも社会的であることが重 要であることを指摘している。そして、第三の型の承認において連帯というカテゴリーが推奨 される理由について、ホネットは第三の承認の型において社会的な価値評価によって承認され るということは、それが自分の属する集団的な性質が承認されることであると指摘(Honneth 2003=2014 : 171)し、そのためその承認は個人に対してではなく集団に対して見いだすこと ができるものであるとする。さらに、その承認が集団に対して見いだすことができるものであ るからこそ、その集団においてはそれぞれの成員がお互いを承認しあっているということを理 解できるため、この相互行為の形式が「連帯」という関係を帯びるものであると説明する (Honneth 2003=2014 : 173)。このような点から社会的な価値評価によって承認する第三の承 認のモデルにおいては、その価値評価を共有することのできる集団としての関係性、つまり 「連帯」が重要であることが示されている。以上の点から第三の型の承認における社会的な価 智原:現代社会における承認の社会的条件 17
値評価を考えていく際には単にその社会的価値評価にの中身を論じるだけではなく、それと同 時にその社会的価値評価がどのような連帯によって支えられているのかといった承認形式にも 注目していくことが、重要であると評者は考える。 次に、評者が問題点の 2 点目として指摘した第三のモデルの承認における様式である社会的 価値評価に関して、ホネットは「文化的な革新の結果として、社会の倫理的な目標設定が通用 する条件も変化するわけだから、むしろ社会的な価値評価そのものが、コンフリクトにみちた ねばり強い構造転換の過程にしたがうのである」(Honneth 2003=2014 : 168)と述べ、その社 会における価値評価は常に変化しうるものであることを指摘し、それ自体が社会におけるコン フリクトの中で変化していくものであることを示唆している。この社会的価値評価が社会的・ 時代的に変化しうるものであるという点は著者も指摘している点であり、この点は第三のモデ ルの承認を考えていくうえで重要な視点であると言えるだろう。さらに、この型における承認 の条件が社会の変化とともに変容する可能性を持つというだけではなく、その際の評価の対象 となる価値観に関して、ホネットは「どんな形態の生活態度が倫理的に許容されるのかについ てあらかじめ確定しておかなければならないということはないのだから、社会的な価値評価 は、集団の性質にではなく、生活史のなかで発達してきた個々人の能力のほうにむかいはじめ るのである」(Honneth 2003=2014 : 169-170)と述べている。ここから社会的な価値評価は社 会全体で共有しうるような価値観だけではなく、個々人それぞれがもつ多様な能力に対して開 かれていくことが示されていると捉えることもできるだろう。この点から社会的な価値評価は 単に時代や社会によって変化し得るものであるというだけではなく、特定の社会においても 人々が承認される際の価値評価は多様なものがあり得るということを指摘していると考えられ る。現代社会においてはこの第三の型の承認の社会的価値評価を考える際には著者が例として あげる学歴(本書:90-91)といった比較的多くの人々に共有される価値観も評価の指標とな り得る一方で、例えば特定の職業につく人々の間でのみ評価される能力といったより小規模な 集団によって承認されるという形もあり得ると捉えることもできるだろう。これらの点から第 三の型の承認における社会的な価値評価は常にその時代や社会との関わりの中で生み出されて いくものであり、さらにその社会的な価値評価を支える連帯についても多様かつ多元的な形態 があり得ると考えられる。そのため、単に特定の社会的な価値評価によって認める/認められ るといった点だけではなく、その価値評価がどのような背景の中で生まれ、さらにはどのよう な人々によって支えられるのかといった点にも注目していくことが、承認と連帯との関係を論 じる上で重要な点であると評者は考える。 ここまでの議論を通して確認してきた様に、ホネットの承認のモデルは本書において著者が 展開した議論と比較すると、より広い射程をもった理論であると評者は捉える。本節において 注目してきた第三のモデル「連帯」に注目し、その連帯としての承認に用いられる社会的価値 評価、さらにはその連帯とはどのような集団において成立しているのかを考えていくことが、 承認という概念を思想史的な系譜との関連でのみ議論するのではなく、現代社会のさまざまな 事象の分析に応用していく際の鍵となると評者は考える。
5 考察 ここまでの議論では、本書を評することで先行理論との対話等を通して承認という行為の特 徴を捉えること、ホネットの承認のモデルで提示された第三の承認のモデル“連帯”に関する 議論から、そのモデルにおいては承認様式が社会との関わりの中で変化しうるものであるこ と、さらに承認形式について検討していくことの重要性が示唆された。本節ではこれまでの議 論を踏まえた上で、現代社会の問題に対して承認の概念を用いていくことの意義について論じ ていきたい。 2000年代後半以降の日本社会において、若者をめぐる問題を中心に承認の概念は取り上げ られてきた。その例としては、2008 年に発生したアキハバラ無差別殺傷事件における要因の ひとつとしての“承認の欠如”の指摘(大澤 2008)や、2000 年代後半の若者において“承認 格差”が生まれているとの指摘(萱野 2007)などが挙げられる。このようにこれまで承認が キーワードとして取り上げられてきた事例においては、承認の問題は若者の問題として語られ てきたと捉えることができるだろう。しかし、これらの議論においては若者の問題として承認 の問題が取り上げられる傾向はあるものの、若者が承認を得にくい要因としては非正規やニー トであることが一要因として指摘されており、承認に関する問題は単に若者の問題としてでは なく非正規雇用やフリーター等の労働問題とも関わる問題であると捉えることができる。ま た、承認について考える際には承認をする/される他者の存在が不可欠であり、そういった点 から考えると私たちにとって身近な他者である家族のありかたといった現代社会における親密 圏をめぐる問題とも承認の問題は関わっているとも捉えることができるだろう。このような点 で示されているように、承認に関する問題は日本社会における労働の問題や家族の問題といっ た私たちを取り巻く問題とも密接に関わっており、今後それらとの関連で承認の問題に関して 議論を重ねていくことが重要な課題となってくると考えられる。 承認問題に関するこれまでの議論は、本論文で取り上げてきたホネットの承認のモデルに従 うと、社会に認められるかどうかという第三のモデル「連帯」に関わる分析だと考えられる。 しかし、これらの議論では“承認”をキーワードとして各問題について議論が展開されるもの の、承認する/されるとはどのような行為を指すのかといった点、またどのような社会的価値 評価によって承認するのかという承認する際の条件についてはあまり言及されてこなかったと 評者は考える。だが本論文で指摘してきたように、承認という言葉の中にはさまざまな意味が 含まれているのであり、現代社会において承認という言葉が用いられる際にそれはどのような 状況(褒められることなのか、尊重されることなのか等)を意味し、またどのような条件を持 って他者を承認していくのかを丁寧に捉えていくことは、私たちが社会で生きていく中で直面 する承認の問題を考えるにあたり重要な点であるだろう。それらに加えて、第三の型の承認に おいて言及される“連帯”といった形で社会から認められる際には、承認される側の人々にと ってイメージされる社会とはどのような人々や集団であるのか−例えば近所に住む人々との間 智原:現代社会における承認の社会的条件 19
に形成されるのか−といった点についても丁寧に捉えていくことが必要である。そのことは、 今日の日本社会の問題を承認概念を用いて考察していく際に、その要因を精緻に捉えることに つながるだろう。 本論文では「哲学」の視点から承認論について考察した本書を取り上げることで、承認とい う言葉の含意の検討、さらに、ホネットの承認論の理論枠組みの検討を通して現代社会におい て承認の概念を用いる意義について検討を行った。これらの議論から得た視点を多様な社会事 象の分析に応用していくことで、現代社会の承認をめぐる問題に関して精緻な検討を行うこと を試みていきたい。 【参考文献】
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Honneth, Axel,[1992]2003, Kampf um Anerkennung : Zur moralischen Grammatik sozialer Konflikte, Frank-furt : Suhrkamp Verlag.(=山本啓・直江清隆訳,2014,『承認をめぐる闘争[増補版]──社会的コン フリクトの道徳的文法』法政大学出版局).
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大澤真幸・平野啓一郎・本田由紀,2008,「座談会〈承認〉を渇望する時代の中で」大澤真幸編『アキハ バラ発──〈00 年代〉への問い』岩波書店.
Pippin, Robert, 2014,“Reconstructivism : On Honneth’s Hegelianism,”Philosophy & Social Criticism, 40(8) 725-741.
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