非国際的武力紛争への敵対行為規則導入の史的検証
(二) : ジュネーヴ諸条約第二追加議定書をめぐ って
著者 川岸 伸
雑誌名 静岡大学法政研究
巻 25
号 1
ページ 43‑83
発行年 2020‑10‑28
出版者 静岡大学人文社会科学部
URL http://doi.org/10.14945/00027856
非国際的武力紛争への敵対行為規則導入の史的検証(二)
論説
川岸 伸
非国際的武力紛争への敵対行為規則導入の史的検証(二)
――ジュネーヴ諸条約第二追加議定書をめぐって――はじめに(以上、第二四巻三・四号)第一章 一九五七年ニューデリー会議一 ICRC規則案(「戦時一般住民の被る危険を制限するための規則案」)(一)背景(二)内容二 国際人道法委員会・全体会合(一)審議の焦点(二)ニューデリー会議決議一三(
ICRC1)規則案の政府への送付
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(
( (二)ウィーン会議決議二八 (一)当初の決議案 二国際人道法委員会・全体会合 (二)内容 (一)背景 ICRC 一報告書(「無差別戦争の危険からの一般住民の法的保護」) 第二章一九六五年ウィーン会議 三評価 2)その後の反応
( SiordetDraper1)「国際的性質を有する」の文言の是非――との見解をめぐって 二国際人道法委員会・全体会合 (二)内容 (一)背景 ICRC一報告書(「武力紛争に適用される法規慣例の再確認と発展」) 第三章一九六九年イスタンブール会議 三評価 2)「国際的性質を有する」の文言の削除
非国際的武力紛争への敵対行為規則導入の史的検証(二)
(一)関連決議の採択(二)イスタンブール会議決議一三(
( 1)国連総会決議二四四四の承認 おわりに 第五章一九七四年から一九七七年までのジュネーヴ外交会議 第四章一九七一年と一九七二年の政府専門家会議 三評価(以上、本号) 2)外交会議その他の会議の開催
第一章 一九五七年ニューデリー会議 一 ICRC規則案(「戦時一般住民の被る危険を制限するための規則案」)(一)背景第二追加議定書の成立に向けて実質的な第一歩になったと思われるのが一九五七年一〇月二四日から一一月七日にかけて開催されたニューデリー会議である ((4
(。第一九回赤十字国際会議であるニューデリー会議は、「戦時一般住民の被る危険を制限するための規則案」と題するICRC 規則案を議題の一つとして審議することになった。このICRC 規則案を準備する目的からICRCは一九五四年に「空戦と盲目兵器の使用の危険からの一般住民と戦争犠牲者一般の法的保
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護のための専門家委員会」を招集した (((
(。この専門家委員会が後押しとなってICRCは一九五五年に「無差別戦争の危険からの一般住民の保護のための規則案」を作成している ((5
(。しかし、様々な意見が各国赤十字社などのグループからこの規則案に示されることになった ((4
(。そこで、これらの意見を踏まえICRCは、この規則案に一定の修正を加え、一九五六年に「戦時一般住民の被る危険を制限するための規則案」を完成させることになったのである ((4
(。このICRC規則案を完成させた理由は、当時そもそも、敵対行為規則が十分でなかったという問題に対処する必要性があるというICRCの認識にあった。このICRC規則案を完成させた理由としてICRCは、「すでに存在する[敵対行為を規制する]法が敵対行為に参加しない、または敵対行為に最早参加しない者に十分な保護を与えていない時…
ICRCが当該問題を取り上げることは正当化される ((4
(」と説明している。確かに、すでに敵対行為規則としては、例えば、一八九九年と一九〇七年の陸戦に関するハーグ条約などが存在していた。しかし、第一次世界大戦と第二次世界大戦の経験からこれらの敵対行為規則は科学技術の進歩に基づく戦闘手段方法の進展に必ずしも十分に対応していないことが判明したのであった ((4
(。この点を受けてICRCはこれらの敵対行為規則を継承しながら発展させることを構想することになる (50
(。ICRC規則案はこの構想を具体化するための試みであったと理解することができよう (55
(。
(二)内容では、ICRC規則案はどのような内容であったのか。ICRC規則案は全六章(全二〇条)から構成される。前文に引き続き、第一章に「目的と適用範囲」(第一条から第五条)を、第二章に「攻撃禁止目標」(第六条と第七条)を、第三章に「軍事目標への攻撃の際の予防措置」(第八条から第一三条)を、第四章に「制御不可能な効果を有する兵器」(第
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一四条と第一五条)を、第五章に「特別の場合」(第一六条と第一七条)を、第六章に「規則の実施」(第一八条から第二〇条)をそれぞれ定めている。ICRC 規則案についてはすでに多くの論考が紹介と批評を行っている (52
(。そこで、本章は、あくまでも本稿の問題関心に照らしてICRC規則案の特徴を指摘するに留めたい。この観点からは次の二つの点が注目に値しよう。第一は、国際的武力紛争に元来適用される敵対行為規則を再現する規則がICRC規則案に散見されるということである。ICRC規則案第一条が最たるものである。同条は「紛争当事者は、害敵手段の選択に付、無制限の権利を有するものに非ず」という規則を含んでいる (54
(。この規則は国際的武力紛争を適用範囲とするハーグ陸戦法規慣例規則 (5(
(と密接に関連している。というのも、この規則はハーグ陸戦法規慣例規則第二二条を繰り返したものであるからである。ハーグ陸戦法規慣例規則第二二条は「交戦者ハ、害敵手段ノ選択ニ付、無制限ノ権利ヲ有スルモノニ非ス」と規定する。「紛争当事者」に言及するか、それとも「交戦者」に言及するかという違いさえ除けば、両者の内容は完全に一致している (55
(。実際、ICRCは、「[ICRC規則案]第一条一文に示される第一の原則は害敵手段の選択に課される制限である (54
(」とした上で、「この原則はハーグ陸戦法規慣例規則第二二条を一字一句繰り返すものである (54
(」としている。ICRC規則案第一条の上記規則は、国際的武力紛争に元来適用される敵対行為規則(ハーグ陸戦法規慣例規則第二二条)を再現する規則であったと把握することができるだろう (54
(。第二は、ICRC規則案の適用範囲に関係している。ICRC規則案第二条は「本規則は、次の場合に適用される」とし、二つの場合を列挙している。一つが「(a)宣言された戦争、または紛争当事国の一が戦争状態を承認するとしないとを問わず、その他のあらゆる武力紛争の場合」であり、もう一つが「(b)国際的性質を有しない武力紛争の場合」で
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ある。ICRCは、「一九四九年ジュネーヴ諸条約の同様の規定から着想を得ることになった (54
(」としながら、上記(a)が「[同諸条約]第二条一項を再掲するものである (40
(」ことを、上記(b)が「[同諸条約]第三条を再掲するものである (45
(」ことを説明している。言うまでもなく、ジュネーヴ諸条約第二条一項は国際的武力紛争を対象とするのに対し、ジュネーヴ諸条約第三条は非国際的武力紛争を対象とする。この点を考慮すると、ICRC 規則案第二条はICRC 規則案が国際的武力紛争においてのみならず非国際的武力紛争においても適用されるものであることを示している。事実、ICRCは「[ICRC規則案の]規制は国家間の戦争の場合のみならず『国内的』と言われる紛争の類型においても妥当するものである (42
(」とし、このことを確認している。このようにICRC規則案の特徴としては、第一に、部分的であるにせよ、国際的武力紛争に元来適用される敵対行為規則を再現する規則が含まれていること、第二に、適用範囲が国際的武力紛争は勿論のこととして非国際的武力紛争に対しても及んでいることを指摘することができる。これらの二つの点を総合的に見ると、ICRC規則案は国際的武力紛争に元来適用される敵対行為規則を非国際的武力紛争に導入するという考え方を取るものであったと捉えることができる (44
(。このことはICRC規則案が、すでに言及した一九九〇年代中葉以降の国際刑事裁判の実践と発想としては同様の流れを汲むものであったことを意味している。では、ニューデリー会議はICRC規則案に対してどのような対応を示すことになったのだろうか。
二 国際人道法委員会 ((6
(・全体会合 ((6
(
(一)審議の焦点
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ニューデリー会議に出席した各国政府と各国赤十字社が審議の焦点としたのはICRC規則案第一四条の論点であった (44
(。ICRC 規則案第一四条は「特定の兵器の現在または将来の禁止を害することなく、特に焼夷的、化学的、細菌学的、放射能的またはその他の物質の散布によって生じる有害効果が予測し得ない方法により広がり、または空間的もしくは時間的にそれらを使用する者の制御を逸脱し、結果的に一般住民を危険に晒すことになる兵器を使用することは禁止される」と規定する (44
(。ICRC規則案第一四条については大きく二つの意見が対立していた (44
(。一つは大量破壊兵器が完全・無条件に禁止されるという立場から、ICRC規則案第一四条の文言が曖昧であるとし大量破壊兵器を明示的に禁止するよう修正することを主張する意見である (44
(。もう一つはICRC規則案第一四条が政治的性格の条文であって大量破壊兵器の規制が国連によって審議されていることに鑑みると、ICRC規則案第一四条を審議すべきでないことを主張する意見である (40
(。ニューデリー会議においてこれらの二つの意見の対立が解消されることはなく、ICRC 規則案第一四条の論点に関して結論が出されることはなかった。このようにニューデリー会議は、ICRC規則案第一四条の論点以外の事項を審議することが幾分かはあった (45
(ものの、
ICRC規則案第一四条の論点に審議のほとんどを費やすものであった。実際、この点に関して、Kunzは、「[ニューデリー会議の]実質問題における意見の最大の相違は原子力その他の大量破壊兵器を論じる[ICRC規則案]第一四条に関係するものであった (42
(」と評価している。本稿の問題関心から重要なことは、国際的武力紛争に元来適用される敵対行為規則を非国際的武力紛争に導入するという考え方については、そもそも、ニューデリー会議において審議されることがなかったということである。このことは、国際的武力紛争に元来適用される敵対行為規則を非国際的武力紛争に導入するという考え方については、そもそも、ニューデリー会議の審議から手がかりを得ることが難しいことを
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意味している。ICRC規則案第一四条の論点が原因となりニューデリー会議は行き詰まりを見せることになる。そこで、各国政府と各国赤十字社は、ニューデリー会議決議一三を採択することによって、ひとまずこの行き詰まりから脱却することを試みることになるのであった。
(二)ニューデリー会議決議一三(
めの努力を継続することを要請する 44( ICRCニューデリー会議決議一三は、「第一九回赤十字国際会議は…に対して戦争の害悪からの一般住民の保護のた ICRC1)規則案の政府への送付
(」とした上で、「第一九回赤十字国際会議の名において行動するICRCに対して[ICRC ]規則案、審議の報告書、さらに提出された提案と登録された修正案のテキストを検討のために政府へ送付することを求める (4(
(」という内容を含むものであった。この内容から分かるように、ニューデリー会議決議一三は、ICRCに対して、この問題についての作業を継続することを要請するとともに、ICRC規則案を中心とする関連文書を政府へ送付するよう求めることを決定している (45
(。もっとも、このように決定された経緯についてはニューデリー会議決議一三自体からは窺い知ることができない。注目すべきは、ニューデリー会議決議一三の上記内容がスウェーデン赤十字社の代表を務めたSandströmの見解に由来するものであったということである (44
(。
Sandströmは、「我々赤十字の人々はICRC規則案を審議する権限を持っていない (44
(」とし、「この規制の明確な側面を決定するのは政府に他ならない (44
(」と述べている。そして、この点を踏まえSandström は、「問題を解決する最善の方法は、我々としていかなる詳細な議論もすることなく、ICRC規則案を様々な政府へ検討のために単に送付することであ
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ると私は考える (44
(」と述べている。このようにSandströmの見解は、ICRC規則案を審議する権限を有するのは各国赤十字社ではなく各国政府であるから、これ以上審議することなく、ICRC 規則案を検討のために政府へ送付することが適当であると判断するものであった。Sandströmの見解はニューデリー会議において多くの各国政府と各国赤十字社から支持を集め (40
(、ニューデリー会議決議一三の上記内容として結実することになる。Sandström の見解に由来するニューデリー会議決議一三の上記内容はICRC規則案についての審議を再び政府に委ねることを意味するものである (45
(。言い換えれば、ニューデリー会議は、ICRC規則案の政府への送付を決定することによって、これ以上ICRC規則案についての審議は行わないことを選択したのである。(
ICRCICRC日付けの覚書においては規則案を中心とする関連文書を検討のために政府に送付したことを説明している 42( ICRC では、その後、政府は規則案に対してどのような反応を示すことになったのだろうか。一九五八年五月一二 2)その後の反応
(。
ICRCが全体として何ヶ国の政府に送付したのかについては、ジュネーヴ諸条約締約国の政府が対象であったと言われることがある (44
(ものの、この覚書に記されていないため、定かではない。しかし、学説上、政府の反応は消極的なものでしかなかったとしばしば説かれてきた (4(
(ことに鑑みると、いずれにしても政府の反応は目立つものではなかったと把握することができる。事実、ICRCは「多数の政府がICRCの送付に対応し、このうちの多くの政府が[ICRC規則案を中心とする関連]文書を慎重な検討に付すことを示した (45
(」一方で、「しかし、僅か五ヶ国だけが検討の結果を通知してきた (44
(」ことを、さらに「この中に大国は含まれていなかった (44
(」ことをそれぞれ指摘している。このことは、ICRC が ICRC規則案を中心とする関連文書を検討のために政府に送付したにもかかわらず、実際のところ、非常に少ない数の
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政府しか反応しなかったことを表している。このようにニューデリー会議決議一三はICRC 規則案を中心とする関連文書を検討のために政府に送付することを決定することになった。ニューデリー会議決議一三に基づきICRCはICRC規則案を中心とする関連文書を検討のために政府に送付している。しかし、この送付に直面して、ほとんどの政府は反応を示すことがなかった (44
(。このことは、
ICRC規則案の政府への送付、そして、その後の反応からは、ICRC規則案に対する政府の態度を看取することが困難であることを表している。本稿の問題関心から重要なことは、国際的武力紛争に元来適用される敵対行為規則を非国際的武力紛争に導入するという考え方については、そもそも、この一連の経緯において議論されることがなかったということである。このことは、国際的武力紛争に元来適用される敵対行為規則を非国際的武力紛争に導入するという考え方については、そもそも、この一連の経緯から手がかりを得ることが難しいことを意味している。
三 評価以上、一九五七年ニューデリー会議のやり取りを検討してきた。Kunzがジュネーヴ諸条約採択後の武力紛争法を「混沌的状況」と形容した (44
(ことに象徴されるように、ジュネーヴ諸条約採択後の議論は敵対行為規則の不十分さを多かれ少なかれ念頭に置いてきたように思われる (40
(。ICRCが作成した「戦時一般住民の被る危険を制限するための規則案」は、すでに存在する敵対行為規則を継承しながら発展させることによって、この問題に一定程度対処するものであった。そして、ICRC 規則案の採用する考え方の少なくとも一つが、国際的武力紛争に元来適用される敵対行為規則(例えば、ハーグ陸戦法規慣例規則第二二条)を非国際的武力紛争に導入するというものであった。このことはICRC規