大学入学者選抜における利用者の立場からみたガイドライン
吉村 宰
長崎大学 アドミッションセンター
テスト規準ガイドラインから見た大学入学者選抜の現場
多くの大学はテストの結果を利用して志願者の入学の可否を判定する。また大学は,テストの開 発者,実施者,管理者でもあり,大学入学者選抜の改善に役立てるべきテスト規準条項は多い。こ こでは多くの大学での実態との隔たりが大きいと思われる条項のいくつかを以下に指摘する。
1.1「テストの基本設計」
大学入学者選抜におけるテストは,慣習と「テストとはこのようなものである」という関係者の 信念や常識に基づいて作成される。そもそも,テストが個人の能力や特性を測定するための用具で あるという認識すらないテスト関係者がほとんどであり,「ペーパーテストや面接で何がわかるの か?」などいう本末転倒の議論が大まじめに行なわれるという現状がある。
1.2「測定内容の定義と構造化」
大学入学者選抜の本質とも言える条項であるが,多くの大学のアドミッションポリシーを見ると 分かるように,測定しようとする能力・特性を明確にしている例は見当たらない。仮に,測定すべ き特性を測定する用具がテストであることを理解したとしても,測定したい特性が明確にできない のであればテストを開発することはできない。大学に求められることは,入学者に求める特性をま ず明確にすることである。
1.5「採点手続の設計」(2.9「主観的評定による採点」)
主観的採点において「評定者のトレーニング」や「評定結果の調整」が必要であると述べられて いるが,大学入試の日程は非常にタイトであり現状では実現不可能と思われる。
1.10「尺度得点の確からしさの推定と開示」
テスト結果の利用の仕方に関わる重要な条項であるが,現状はテスト得点が誤差を含むという考 え方自体理解されていない。どのようなものであれ数値が絶対視され独り歩きしている。
1.15「手引・解説書の内容」
入学者選抜の実施に関する手引・解説書に相当するものは存在するが,それ以外は存在しない。
マスコミに叩かれることなく実施できればその入試は成功である。
2.1「テストの選択」
入学者選抜試験の本来の目的は入学者の選抜である。しかし「できるだけ多くの志願者を集める」
ことの方が重要であるという意見も頻繁すぎるほど頻繁に耳にする。こうした考えに基づいて行わ れるテストは果たしてテスト規準で定義されるテストの範疇に入るのだろうか,という根本からの 問い直しが必要な現状がある。
3.1「テストの趣旨や尺度の性質の理解」
これまでに述べたように大学入学者選抜におけるテストには基本設計はなく,したがって理解す べき尺度得点の意味,結果の解釈法もない。こうしたテスト規準条項は大学にとって高尚に過ぎる。
3.5「統計情報の開示」
開示されている統計情報は多くの場合テスト得点の平均,合格者の最低点等までであり,信頼性 係数などテストの品質評価の参考になるほどの統計情報の公開例は寡聞にして知らない。
4.4「テスト結果の再利用のための保存情報」
保存すべき情報として「テスト結果の実証的データの分析と蓄積」が指摘されているが,大学で は入学者の選抜さえ事故なく終了すればその際に用いたテストの結果には用はないというのが一 般的だと思われる。採点,判定の電算処理システムも間違いなく合格者判定を行なうことを第一義 に構築されているだろうし,実証データの分析と蓄積を行なうためにはデータを整えることから始 めなければならないという大学が多いのではないだろうか。
大学入学者選抜の現場から見たテスト規準ガイドライン
国立大学における入学者選抜は,年度ごとに文部科学省から学長に通知される「大学入学者選抜 実施要項」(以降,「実施要項」)を踏まえて実施される。「実施要項」には「基本方針,選抜方法,
選抜期日,調査書,学力検査,募集人員,出願資格,募集要項等,国立大学の入学者選抜,公立大 学の入学者選抜,その他の注意事項」が定められている。
「実施要項」に示される「基本方針」は「大学入学者の選抜は,大学教育を受けるにふさわしい 能力・適性等を多面的に判定し,公正かつ妥当な方法で実施するとともに,入学者の選抜のために 高等学校の教育を乱すことのないよう配慮する。また,各大学・学部は,当該大学・学部の教育理 念,教育内容に応じた入学者受入方針を明確にするとともに,これに基づき,入学後の教育との関 連を十分に踏まえた上で選抜方法の多様化,評価尺度の多元化に努める」である。また「選抜方法」
に関しては「入学者の選抜は,調査書の内容,学力検査,小論文・面接その他の能力・適性等に関 する検査の成績,その他大学が適当と認める資料により,入学志願者の能力・適性を合理的に総合 して判定する方法による。この場合,スポーツ・文化活動やボランティア活動などの諸活動を適切 に評価することが望ましい」と記されている。
このように,各大学が踏まえるべき「実施要項」は,大学の入学者選抜に種々の資料に基づいて 入学志願者の能力・適性を「合理的に総合して判定する」ことを求めるが,その際にそれらの能力 や適性を「適切に測定する」ことは求めていない。アドミッションポリシーを公表し調査書や面接 や小論文やその他の多様な資料を選抜に用いるという「形式」を満たすことに腐心しているのが大 学の現状である。「実施要項」から逸脱しないこと,十分な入学志願者が得られることを最大の関 心事とする大学が,自発的にテスト規準ガイドラインを参考に入試の品質を向上させるために力を 注ぐとは考えられない。「テストかくあるべし」という理念は大学入学者選抜の現場を動かす動機 にはなっていない。
テスト規準ガイドラインが広く大学入学者選抜の現場に影響を及ぼすことを期待するのであれ ば,例えば「実施要項」の上記下線部分「入学志願者の能力・適性を合理的に総合して判定する方 法による。」を「入学志願者の能力・適性をテスト規準等を参考に適切に測定し,合理的に総合し て判定する方法による。」と変更するよう求めるなど,大学がテスト規準を参考にせざるを得なく なるよう関係各所に積極的に働きかけていく必要があるだろう。