現代チベット語における動詞の分類
著者 高橋 慶治
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 17
号 2
ページ 343‑368
発行年 1992‑12‑15
URL http://doi.org/10.15021/00004247
高橋 現 代 チ ベ ッ ト語 に おけ る動 詞 の分 類
現 代 チ ベ ッ ト語 にお け る動 詞 の分 類
高 橋 慶 治*
A Classification of Verbs in Modern Tibetan
Yoshiharu TAKAHASHI
In this paper I will propose a classification of verbs in Modern Tibetan, according to the distribution of GIS Case Nouns. In an ergative language, transitive verbs require their agents to be in the ergative case, and intransitive verbs their subjects to be in the absolutive case. In Modern Tibetan, however, some transitive verbs don't require their agents to take the GIS Case Marker under certain conditions, while others always do. And some intransitive verbs allow their subjects to take the GIS Case Marker under certain conditions, while others always need to be in the Absolutive Case. These conditions are not difficult to specify; rather it's important to make clear which group each of the verbs belongs to. Tibetan verbs can be classified into four types accord- ing to the distribution of the GIS Case Noun. In addition, they can be classified in terms of volitionality, which is not marked on the verb. The classification by volitionality is secondary, but we have six types of Tibetan verbs divided in terms of the distribution of GIS Case Nouns
and the volitionality of verbs.
日本学術振興会,国 立民族学博物館共 同研究員
Key Words : Tibeto-Burman Languages, Modern Tibetan (Central Dialect) , ergativity, classification of verbs, GIS Case Marker
キ ー ワ ー ド:チ ベ ッ ト ・ ビ ル マ 系 言 語,現 代 チ ベ ッ ト語(中 央 方 言),能 格 性,動 詞 分 類,GIS格 助 詞
343
は じめ に
1.絶 対 格 の行 為 者 を 取 り うる他 動 詞:意 志 的 他 動 詞
1.1.動 作動 詞 の絶 対 格 行 為 者
1.2.談 話 的 な要 因 に よるGIS格 助 詞 の 出 現
1.3. ま とめ
2.自 動 詞 の 主 語:動 作 主 格,対 象主 格 2,1.GIS格 の主 語 を 許 す 自動 詞
2.2.GIS格 の主 語 を 許 さな い 自動 詞 2.3. ま とめ
3.行 為 者(ま た は 経 験 者)名 詞 が必 ず GIS格 助 詞 を取 る動 詞
3.1.無 意 志 的 他動 詞 3.2.相 対動 詞 4.結 論
おわ りに
は じ め に
本 稿 は,現 代 チベ ッ ト語(中 央 方言)の 動 詞 をGIS1)格 名 詞 の 分布 に基 づ い て分 類 し よ う と試 み る も ので あ る2)。動 詞 の 分 類 に つ い て は,長 野 【1987b】な どb',動 詞 の 意 味 に基 づ く分 類 が 示 され て い るが,本 稿 で は,チ ベ ッ ト語 の 能 格性 に つ い て考 え直 す 必 要 が あ る と の考 えか ら,動 詞 が表 す 行 為 の主 体(行 為 者 な ど3))がGIS格 に な る か,絶 対 格 に な る こ とが で き るか に よ って 動 詞 を分 類 す る こ とを 考 え る。 つ ま り, GIS格 名 詞 の分 布 の 仕 方 に よ る動 詞 の分 類 を試 み る。 した が って,行 為 者 や 経 験 者 が GIS格 か 絶 対 格 で表 され な い動 詞 につ いて は,考 察 の 対 象 と しな い4)0
1)略 号
AV 助 動 詞 CONJ 接 続 詞 DANG DANG格 助詞 GI GI格 助 詞 GIS GIS格 助 詞 IMP 命 令形
LA LA格 助 詞 NAS NAS格 助 詞 NEG 否 定 辞 NML 名 詞 化 接 辞 PL 複 数 接 辞 VBL 動 詞 化 詞
2)本 稿 は,国 立 民 族 学 博 物 館 共 同 研 究(1992〜93年 度)「 チ ベ ッ ト ・ビル マ 系 諸 民 族 の言 語 文 化 」(代 表 者:長 野 泰 彦)研 究 会 で の 発 表 資 料 に 手 を 加 え た もの で あ る。 ま た,1992年 度 文 部 省 科 学 研 究 費 補 助 金 に よ る研 究 成 果 の一 部 で あ る。 本 稿 の 例 文 は,主 と して 筆 者 が 作 例 し,イ ンフ ォ ー マ ン トの 大 谷 大 学 助 教 授 ツル テ ィ ム ・ケサ ン氏 が チ ェ ックを行 った チ ベ ッ ト 文 であ る。資 料 と して あ げ た 文 献 か らの 引用 につ いて も,ツ ル テ ィ ム氏 に 確認 した。 た だ し, ツ ル テ ィム氏 の 判 断 と一 致 しな い も のに つ い て は 注 記 して あ る。 研 究 会 に お い て 御 意 見 を 下 さ った 共 同研 究会 の諸 先 生 と ツル テ ィム ・ケサ ン氏 に 深甚 の謝 意 を表 す る。
3) 他 動 詞 に お け るGIS格 名 詞 を 「行 為 者(広 い 意 味 で経 験 者 を含 む)」,絶 対 格 名 詞 を 「被 動 者 」,自 動 詞 の絶 対 格 名 詞 を 「主 語 」 と呼 ぶ こ と に す る 。 この よ うな 用 語 法Y'は,長 野 【1987a:8171に 指 摘 が あ る よ うに 問 題 が あ るが,本 稿 で は この用 語 法 に 従 って お く。
4)所 有 構 文 で の所 有者 や,授 受 を表 す 動 詞 で の 受 け手 はLA格 助 詞 を取 って,し か も,文 の
主 語 的 な役 割 を 果 た す こ とが あ るが,本 稿 で は 考 察 の 対 象 と しな い 。 また,絶 対 格 名 詞 を 二
つ 要 求 す る動 詞 もあ るが,本 稿 で は対 象 と しな い 。
高橋 現代チベ ッ ト語における動詞 の分類
まず,チ ベ ッ ト語 の格 助 詞 につ い て 略 述 して お きた い。 チ ベ ッ ト語 の 格 に は,絶 対 格,GIS格r LA格, NAS格, LAS格, DANG格, GI格 な どが あ る 。 絶 対 格 は, 名 詞 の 引 用形 で あ り,格 助 詞 が付 加 され な い 形 式 で あ る。 そ の他 の格 に ごは,格 助 詞 が あ る。GIS格 は,主 と して 行 為 者 を 表 す 格 で あ る。 LA格 は,お よそ 与 格 ・位 置 格 を 表 す 。NAS格 ・LAS格 は,奪 格 で あ るが, NAS格 が 離 脱 ・行 為 の起 点, LAS格 が 比 較 の対 象 を 表 す 。DANG格 は,日 本 語 の 「と」 に あ た る共 格 で あ り, GI格 は 属 格 を 表 す 。これ ら の名 称 は,そ れ ぞれ の格 助 詞 の文 語 形 を 基 に して い る。文 語 に お い て, GIS格, LA格, GI格 の 格 助 詞 に は,付 加 され る名 詞 の 語 末 の形 式 に よ って 異 形 態 が 存 在 す る。 本 稿 は,現 代 口語 を基 に した資 料 を扱 って い るが,す べ て の 例文 は文 語 形 式 で あ げ て い るの で,例 え ば,同 じGIS格 と して逐 語 訳 を 付 け て い る場 合 で も, 実 際 の形 式 は 異 な って い る こ とが あ る。
さて,現 代 チ ベ ッ ト語 の格 助 詞 の用 法 の研 究 の多 くは,能 格 助 詞(筆 者 の用 語 では, GIS格 助 詞)を 扱 って い る。 能 格 とは,自 動 詞 の 主 語(S)と 他 動 詞 の 被 動 者(P) を 同 じ格形 式 で,他 動 詞 の 行 為 者(A)を 特 別 な 格 形 式 で 表 す 言 語 に お い て,そ の 他 動 詞 の行 為 者 が 取 る格 を言 う。 す なわ ち,形 態 上 の 格形 式 の 点 で は,S=P≠Aと い う関 係 を持 って い る こ とに な る。 チ ベ ッ ト語 に お い て は,自 動 詞 の主 語 と他 動 詞 の被 動 者 が 格助 詞 を持 た な い,名 詞 の引 用 形 式 であ る絶 対 格 を 取 り,他 動 詞 の行 為 者 が, 古 典 文 法 で具 格 助 詞 な ど と言 わ れ るGIS格 助 詞 を 取 る。 この よ うな格 助 詞 の 分 布 か
ら,チ ベ ッ ト語 は,能 格 的 な言 語 で あ る と言 わ れ る。
言 語 類 型 論 的 に ごは,能 格 型 言語 は,日 本 語 の よ うに他 動 詞 の 行 為 者 と 自動 詞 の主 語 を 同 一 の格 形 式 で 表 す 対 格 型 言 語(S=A≠P)と 対 比 され る。 しか し,主 格 ・対 格 の対 立 は,行 為 者 ・経 験 者 ・被動 者 とい った動 詞 と項 の間 の意 味 関 係 を 抽 象 化 して, 統 語 関 係 を 示 す もの で あ るの に 対 し,能 格 の生 起 は,動 詞 と項 の意 味 関 係 を 明 示 す る
点 で意 味 レベ ル に 関 わ り,構 造 的 に は形 態 レベ ル で の語 形 変 化 で しか ない 。 能 格 型 言 語 に お い て も,統 語 的 に 見 る と対 格 型 言 語 と同様 の 現 象 を示 す こ とが 指 摘 され て い る 5) 。 さ らに,能 格 現 象 を 他 動 詞 につ い て 見 る限 り,そ れ は 意 味 関 係 を示 す もの と言 え るが,自 動 詞 は,主 語 の意 味 関 係 を 反 映 す る よ うな 格 形態 を取 らな い。1項 動 詞 で あ る 自動詞 に は 区別 す べ き他 の必 須 項 が ない か らで あ り,意 味 関 係 を抽 象化 して一 つ の 格 形 式(絶 対 格)で 表 す とい う点 で,統 語 関 係 を 明 示 す るた め の形 態 手 段 で あ る と言 え よ う。
現 代 チベ ヅ ト語 を 単純 に能 格 型 言 語 で あ る と言 えな く して い る現 象 と して,第2章 5)cf.柴 谷 【1986:78】 。
345
で 見 る よ うに,本 来 絶対 格 で現 れ る 自動 詞 の主 語 名 詞 が,GIS格 助 詞 も取 る こ とが で き る とい う現 象 が あ る。 これ は,動 格 型 と呼 ば れ る言 語 を 特 徴 付 け る現 象 で あ るが, 最 近,自 動 詞 の分 裂 とい う考え 方 が 提 出 され て い る6)。す な わ ち,自 動 詞 の主 語 が, 動 詞 に よ って他 動 詞 の 行 為 者 名 詞 の格 形 式 と一 致 した り(S=A≠P),被 動 者 名 詞 と 一 致 した り(S=P≠A)す る 。 自動 詞 の 分 裂 は,主 語 とい う統 語 関 係 の 表 出 か ら, 他 動 詞 の 能格 現 象 に並 行 す る よ うな意 味 関 係 の 表 出 へ の 移 行 で は な い か と思わ れ る。
長 野[1987b:247】 は,チ ベ ッ ト語 が 動 格 型 で あ る と規 定 す る こ とを認 め て い な いが, 容 易 に否 定 で き る もの で も な い。
チ ベ ッ ト ・ビル マ系 諸 言 語 に お い て は,さ ま ざ まな 能 格 的類 型 が観 察 され るが,そ の 現れ 方 につ い て も種 々の パ タ ー ンが あ る。 能 格 を表 す助 詞 が首 尾 一 貫 して現 れ る こ とは な く,能 格 の分 裂 現 象 と呼 ば れ る。 そ の よ うな分 裂 が い か な る原 因 に よ って い る か が,チ ベ ッ ト ・ビル マ系 諸 言 語 の 中 で 明 らか に な って い るわ け では な い7も チ ベ ッ ト語 に お い て も,他 動 詞 の行 為 者 に 対 す る能 格 助 詞(GIS格 助 詞)の 生 起 は, 首 尾 一 貫 して い るわ け で は な く,分 裂 現 象 を 示 して い る。 次 例 は,zar食 べ る」 とい う動 詞 につ い て,行 為 者nga「 私 」 が, GIS格 で あ る場 合 【(1a)】 と絶 対 格 で あ る場 合
【(1b)1で あ る。
(1) a. ngas kha lag bzas pa yin 私 一GIS食 事 食 べ たAV ・私 は 食 事 を し た
b. nga kha lag za gi yin/
私 一 φ8)食 事 食 べ るAV ・私 は 食 事 を す る
チ ベ ッ ト語 の 能 格 の 分 裂 現 象 に つ い て は,長 野[1987bな ど】やDelancey【1984aな ど】な ど の 分 析 が あ る 。 分 裂 の 原 因 に つ い て,長 野 は,チ ェ イ フ[1974]を 基 に した 動 詞 の 分 類 を 提 出 し て,動 詞 の 意 味 に 基 づ く と し て い る 。長 野 が 扱 っ て い る 分 裂 現 象 は, 他 動 詞 全 般 に つ い て 階 層 的 に 能 格 助 詞 の 出 現 が ス ラ イ ド し て い る こ とを 示 す も の で, 本 稿 と は 趣 き が 異 な る 。 本 稿 で は,基 本 的 に はGIS格 助 詞 が 現 れ る も の を 考 察 の 対 象 と し,現 れ な い も の に つ い て は 扱 わ な い 。 た だ し,自 動 詞 で は,GIS格 助 詞 が 現 れ
6) cf. Medan[1985]0
7)cf.長 野 【1986:119‑120】,西田 【1989:818‑820】。
8)本 稿 の逐 語 訳 に お け る 「φ」 は,ゼ ロの助 詞 が あ る とい う こ とを表 して い るの では な く,
た ん に,名 詞 が 格 助 詞 を 持 た な い絶 対 格 形 式 で あ る こ とを 表 して い る。
高 橋 現 代 チ ベ ッ ト語V'お け る動 詞 の 分類
な い もの も対 比 的 に示 す こ とに な る。 した が っ て,他 動 詞 と 自動 詞 の 一 部 をGIS格 助詞 の 分布 に基 づ い て分 類 す る も ので あ って,動 詞 全般 に 及 ぶ もの で は な い。
DeLanceyは,能 格 の 分 裂 に つ い て 。 empathy hierarchyな どの 名詞 の意 味 的 な階 層 性 を 用 い て分 析 して い る。 筆 者 は,Delanceyの 分 類 を 否 定 す る もの で は な いが,形 式 的 な面 か らの記 述 が不 十 分 で あ る と こ ろか ら,意 味 的 ・談話 的 な要 因 を参 考 程 度 に と どめ,GIS格 助 詞 の分 布 に よ って 動 詞 を 分 類 しよ うと思 う。 た だ,本 稿 は,動 詞 そ の もの に 分裂 現 象 の全 面 的 な原 因 を 求 め る も ので は な く,分 裂 とい う現 象 を用 い て動 詞 を 分 類 した場 合,分 類 され た動 詞 が,そ れ ぞ れ どの よ うな特 徴 を持 つ か を見 てみ よ
うとい う もの で あ る。
第1章 で は,意 志 的 な動 作 を 表 す 他 動 詞 の 行 為 者 がGIS格 助 詞 を取 らな い 例 を あ げ る。 第2章 で は,自 動 詞 の主 語 がGIS格 助 詞 を 取 りうる例 と取 りえ な い例 を 見 る。
第3章 で は,無 意 志 的 な動 作 ・状 態 を 表 す 動 詞 と,意 味 的形 態 的 に こ対 応 す る相 対 自動 詞 と相 対 他 動 詞 と につ い て,そ れ ぞれGIS格 助 詞 の 分 布 を観 察 す る。 本 稿 で は,基 本 的 に1項 動 詞 を 自動 詞,2項 動 詞 の 内,行 為 者 ・経 験 者 がGIS格 助 詞 を取 る も の を 他 動 詞 と して い る。 文 語 チ ベ ッ ト語 は か な りは っ き りと能 格 的 で あ るた め,1項 動 詞 を 自動 詞,2項 以 上 を取 って 行 為 者 をGIS格 とす る動 詞 を 他 動 詞 と言 え るが,現 代 チ ベ ッ ト語 で は,分 裂 現 象 のた め,そ の 区 別 が構 造 的 に 明 らか とは言xな い。
本 稿 の 例文 に お い て,̀*'は,そ れ が 付 加 され た文 は不 適 格 で あ る こ とを表 し,̀?' が 付 加 され た文 は,不 適 格 で は な い も の の適 格 性 が 低 下 して い る こ とを表 す 。 また,
̀/'は ,文 末 で は 文 の区 切 りを表 す が,文 中 に用 い られ て い る場 合 は そ の 前 後 に あ る語 句 が 交 替 す る こ とを表 す 。 た だ し,前 後 の 語 句 の ど ち らか に̀*'が 付 加 され て い る場 合 は,付 加 され て い な い語 句 を用 いた 例 が 適 格 な文 に な るの に対 し,付 加 され た 語 句 を 用 い た 例 は不 適 格 な文 に な る こ とを 表 す 。
1.絶 対 格 の 行為 者 を取 り うる他 動 詞:意 志 的 他 動詞
本 章 で は,行 為 者 名 詞 が絶 対 格 化 し うる他 動 詞 を 観 察 す る。 こ こで あ げ られ る動 詞
9)本 稿 に お い て,動 詞 の 「(有)意 志 性 」 と 呼 ん で い る の は,volitionalityの 訳 で あ る 。 北 村 ・長 野 【1989:7821は 厂意 欲 性 」 と して い る 。volitionaiityは, Hopper and Thompson[1980:
252】 に よ れ ぽ,"The effect on the patient is typically more apparent when the A(gent)is presented as acting purposefully;"(括 弧 内 引 用 者 註)と い う こ と で あ る が,本 稿 で は,自 動 詞 に つ い て もvolitionalityを 考 え る の で,意 図 的 な 行 為 を 表 す 動 詞 を 意 志 動 詞,意 図 的 で は な い 状 態 ・過 程 を 表 す 動 詞 を 無 意 志 動 詞 と 呼 ぶ こ と に す る 。 意 志 動 詞 は,行 為 者 に よ っ て 制 御 可 能 で あ る 動 作 を 表 し,無 意 志 動 詞 は,制 御 不 可 能 で あ る 動 作 ・状 態 を 表 す 。 こ の 対 立 は/
347
の特 徴 は,意 志 的 な動 作 を表 して い る 点 に あ る9)0 1.1.動 作 動 詞 の 絶 対 格 行 為 者
長 野 【1987bなど亅で は,動 作 動 詞 のす べ てが 行 為 者 と してGIS格 名詞 を取 る と し, 能 格 の分 裂 は人 称 や ア スペ ク トに 依 ら な い と して い る10)0し か し,他 動 詞 の 内,行 為 者 名 詞 が 絶 対 格 で 現 れ る もの が あ る。 特 に,1人 称 の代 名 詞 が 未 完 了 の動 詞 の行 為 者
を表 す と き顕 著 で あ る。
(2) a. nga kha lag za gi yinf 私 一 φ 食 べ 物 食 べ るAV ・私 は 食 べ 物 を 食 べ る
b. ngas kha lag za gi yin/
私 一GIS食 べ 物 食 べ るAV
・私 が 食 べ 物 を 食 べ る
(2a)の よ うに絶 対 格 の 行 為 者 名 詞 が現 れ る こ とが 無 標 で あ って, bの よ うにGIS格 の行 為 者 名 詞 が 現 れ る と,対 比 や 行為 者 の強 調 を表 す とい う点 で 有 標 とな る。
完 了文 では,普 通,行 為 老 名詞 は絶 対 格 に な ら な い。 次 の 諸 例 のaは,動 詞 が 完 了 で あ り,絶 対 格 の 行 為 者 を 容認 しな い。
(3) a. ngas/*nga stag gcig bsad pa yin/
私 一GIS/私 一 φ 虎 一 つ 殺 し たAV ・私 は 虎 を 殺 した
b. ngas/nga stag gcig gsod kyi yin/il>
私 一GIS/私 一 φ 虎 一 つ 殺 すAV ・私 は 虎 を 殺 す
\ 動 詞 自体 の形 態 か ら判 断 され る もの で は な い。 意 志 動 詞 が無 意 志 的 な状 態 変 化 を表 す こ とは よ く見 られ る。 まれ に は,無 意 志 動 詞 が意 志 的 な行 為 を表 す こ と もあ る。 星 ...:168】 は, 助 動 詞 との基 本 的 な結 合 の仕 方 に よ って,意 志 動 詞 ・無 意 志 動 詞 の対 立 を 認 め て い る。 本 稿 で は,「(無)意 志 的 な 用 法」 「(無)意 志 的 な 自動 詞 ・他動 詞 」 とい った瞹 昧 な 用 語 を 用 い る が,そ れ ぞれ の動 詞 の 基 本 的 な 用 法 を 言 って い る もの と解 釈 され た い 。
10) 「チ ベ ッ ト語 の 能 格 助 辞 の 生 起 は,近 称 遠 称 の 別 及 び ア ス ペ ク トに こは 無 関 係 で あ っ て, splitは 専 ら動 詞 の 意味 に よっ て条 件 づ け られ る」 【 長 野 1986:127】。
11)た だ し,こ の 例 で,行 為 者 名 詞 が絶 対 格 の場 合,適 格 性 が若 干 低 下 す る よ うで あ る。 この
類 に含 まれ る と考 え られ る動 詞 の 中 に ご,も う少 しは っき り と行 為 者 名 詞 が絶 対 格 に な る こ と
を嫌 う動 詞 が あ る。 そ の よ うな動 詞 が表 す 動 作 は,日 常 的 に行 わ れ て い な い もの で あ る よ う
に思 われ る。 行 為 者 名 詞 が 必 ずGIS格 で 出 現す る の で あれ ば,こ の 種 の 動 詞 を 第3章 で 見 る
動 詞 と区 別 す る根拠 が 弱 くな る よ うV'思 わ れ るが,実 際 に は,第3章 で見 る動 詞 とは,助 動
詞 に よ って 区別 され うる もの で あ る。
高橋 現代 チベ ッ ト語におけ る動詞の分類
(4) a. ngas/*nga dbyin ji'i skad slob sbyong byas pa yin/
私 一GIS/私 一 φ 英 語 勉 強 VBL AV ・私 は 英 語 を 勉 強 した
b. ngas/nga dbyin ji'i skad slob sbyong byed kyi yod/
私 一GIS/私 一 φ 英 語 勉 強 VBL AV ・私 は 英 語 を 勉 強 して い る
(5)a.ngas/*nga zhal lta ma gcig btsal pa yin/
私 一GIS/私 一 φ 女 中 一 探 し たAV ・私 は 女 中 を 一 人 探 した
b.ngas/nga zhal lta ma gcig'tshol gyi yin/
私 一GIS/私 一 φ 女 中 一 探 す AV ・私 は 女 中 を 一 人 探 す
し か し,各 例 のbで は,未 完 了 で 絶 対 格 の 行 為 者 を 容 認 し て お り,実 際 に はGIS格 の 行 為 者 名 詞 を 用 い る よ りも 無 標 で あ る 。
3人 称 の 行 為 者 に つ い て は,1人 称 ほ ど で は な い が,絶 対 格 に な る こ とが あ る 。 む ろ ん,次 の よ う な 例 に お い て,GIS格 行 為 者 を 取 る こ と も容 認 さ れ る 。
(6)sgrol ma/sgrol mas kha lag za gi red/
〈 人 名 〉 一 φ/〈 人 名 〉‑GIS食 事 食 べ るAV ・ ドル マ が 食 事 を す る
(7)skabs der bu mo de snam bu,thag gi yod pas... ro sgrung12)9 時 そ れ 一LA女 性 そ れ 一 φ 織 物 織 るAV NML‑GIS
・そ の と き そ の 女 性 は 織 物 を 織 っ て い た の で …
(8) a. ma byan gyis/*φ kha lag bzos pa red/
コ ッ ク GIS/φ 食 事 作 っ たAV ・コ ッ クが 食 事 を 作 っ た
b.ma byan gyis/?φkha lag bzo gi red/
コ ッ ク GIS/φ 食 事 作 るAV ・ コ ッ ク が 食 事 を 作 る
12) 資 料 『尸 語 故 事(蔵 文)』 を示 す。
349
丶
(8a)で 見 られ る よ うに,1人 称 の行 為 者 の場 合 と同 様,完 了文 で は絶 対 格 の行 為 者 名 詞 は 許 され な い。 しか し,(8b)の よ うに未 完 了 の場 合,絶 対 格 の 行 為 者 は,容 認 度 は 下 が るけ れ ど も,不 適 格 に な るわ け では ない 。
次 の(9)は,感 覚 を 表 す 動 詞 の例 で あ る。 「見 る」 「聞 く」 の よ うな 感 覚 を 表 す 動 詞 で は,行 為 者 はGIS格 助 詞 を取 る のが 普 通 で あ る。 しか し,次 の 例 の よ うに 絶 対 格 で 表 す こ と もで き る。
(9) a. nga/?ngas deb 'di la lta gi yin/
私 一 φ/私 一GIS本 こ れLA見 るAV ・私 は こ の 本 を 見 る
b. nga/ngas deb 'di lta gi yin/
私 一 φ/私 一GIS本 こ れ 見 るAV ・私 は こ の 本 を 読 む
lta「見 る」 は,実 際 に は 「目を 向 け る」 とい う よ うな 動 作 を 表 す もの で あ る。 そ の 場 合,視 線 の方 向を 表 す た め に は,(9a)の よ うに そ の 対 象ỲLA格 助 詞 を付 加 す る。
bは,1taが 「 読 む(黙 読 す る)」 とい う意 味 を 持 ち,こ の 場 合 は, deb'di「 この 本 」 が 絶 対 格 で表 され る。(9a)で は, GIS格 形 を用 い た文 の適 格 度 が 若 干 低 下 す るが, 行為 者 をGIS格 に よ って も絶 対 格 に よ って も表 す こ とが で き る。
以 上 の こ とか ら,3人 称 の行 為 者 に お い て はGIS格 に な る方 が 自然 で あ る よ うに 思 わ れ るが,絶 対 格 で あ って も許 容 され る こ とが あ る。1人 称 の 行 為 者 はGIS格 に な る とか え っ て有 標 で あ り,絶 対 格 で 現れ る こ とを好 む 場 合 が あ る。 本 節 で 見 た よ う に,行 為 者 名 詞 がGIS格 で あ るか 絶 対 格 で あ るか とい う分 裂 現 象 の 直接 の き っか け は,動 詞 が 完 了 か 未 完 了 か とい うこ とに 関わ って い る。 しか し,こ こで 見 た動 詞 は,
この よ うな分 裂 を 許 す 動 詞 で あ る。許 さな い動 詞 につ いて は,第3章 で観 察 す る。
1.2.談 話 的 な 要 因 に よ るGIS格 助 詞 の 出 現
本 稿 は,動 詞 が本 来 的 にGIS格 行 為 者 を要 求 す るか ど うか に よっ て動 詞 を 分 類 し よ うとす る も の で あ るが,談 話 的 に 要 求 され た り,さ れ なか った りす るGIS格 助 詞 が あ る こ とも示 して お く。 特 に,談 話 的 な要 因 に よ ってGIS格 助 詞 が 現 れ る場 合 は, む しろそ れ が 有 標 で あ る と考 え られ,GIS格 助 詞 が 現 れ な い こ とが無 標 で あ る場 合 を 予 想 させ るか らで あ る。
(10)〜(11)は,複 数 の 行為 者 が い て,そ の うちの 一 人 だ け が行 為 者 と して表 に 出
高橋 現代 チベ ッ ト語におけ る動詞の分類
て い る 場 合 で あ る。
(10) a. rgyal pos zas brngos pa'i rdzag rdzog thu ba gang khyer yong nas 王 ・GIS 食 べ 物 炒 め たNML・GI 懐 一 杯 に 運 ん だ 来 るNAS mo la byin/ khong rang yang bzas/ ro sgrung 14 彼 女LA与 え た 彼 自 身 一 φ も 食 べ た
・王 は 炒 め た 食 べ 物 を 懐 い っぱ い に 運 ん で き て,彼 女 に 与 え,彼 自身 も 食 べ た '
b. khong rang gis yang bzas/
彼 自 身GISも 食 べ た ・彼 自身 も食 べ た
(11) a. nga tsho'i nang nas bkra shis kyis kha lag bzas song/
私 PL‑GI家 NAS<人 名>GIS食 事 食 べ たAV ・私 た ち の 家 で タ シ が 食 事 を した
b. nga tsho'i nang nas bkra shis yang kha lag bzas song/
私 PL‑GI家 NAS〈 人 名 〉 ・ φ も 食 事 食 べ たAV ・私 た ち の 家 で タ シ も 食 事 を した
(10a)は, bの よ うにGIS格 助 詞 が あ る 方 が 良 い が, yang rも 」 に よ っ て 絶 対 格 が 容 認 され る 。(11a)は 「タ シ だ け が,食 事 を し た 」 と い う こ と で あ り, bは 「タ シ 以 外 の 人 も 食 事 を し た 」 と い う ニ ュ ア ン ス を 持 つ 。yang rも 」 に よ っ て, GIS格 助 詞 を 省 略 す る こ と が 許 され る。(10)(11)は 談 話 的 にGIS格 助 詞 が 省 略 で き る 例 で あ
る 。
行 為 者 に 対 比 が あ る 時 に は,GIS格 助 詞 が 用 い ら れ る 。 対 比 と い う談 話 的 に 特 別 な 意 味 を 表 す た め にGIS格 の 行 為 者 名 詞 が 用 い ら れ る と い う点 で, GIS格 助 詞 の 使 用 が 有 標 と な る 例 で あ る と 言 え る 。
(12} ngas kyang dmigs pa dang sgrub p'a rim la bya'o/
私 ・GISも 瞑 想 DANG三 昧 順 次 す る
khyed kyis yang zhe rus rim la skyed cig/ ro sgrung 5 お まxGISも 勇 気 順 次 生 む IMP
・私 も瞑 想 と三 昧 を 順 次 行 う。 お ま え も 勇 気 を 順 次 起 こせ 。
351
(13) ngad kyis sgor thub tshad bya'o/
私GIS戸 一LAで き る限 り す る ・私 が で き る 限 り戸 に 何 と か す る
ro sgrung 21
(12)も(13)も,文 脈 上 「私 」 と 「お ま え」 に 行 為 の対 比 が あ る。(13)は,「 私 が 何 とか して い る間 に,お まえ は逃 げ ろ」 とい うこ とで あ る。
語 順 を変 更 してOSVと した場 合,行 為 者 名 詞 に 対 してGIS格 助 詞 が 使 わ れ る。
使 わ れ な い場 合,発 音 が 若 干 変 化 す る13)。行 為 者 が 代 名 詞 で表 され る場 合,必 ず, GIS格 助 詞 を 取 る。
(14) kha lag de bkra shis (kyis) bzos song/
食 事 そ れ く 人 名 〉(GIS)作 っ たAV ・そ の 食 事 は タ シ が 作 っ た
(15) stag 'di ngas bsad pa yin/
虎 こ れ 私 一GIS殺 したAV ・ こ の 虎 は 私 が 殺 した
例 え ぽ(14)で は,「 タ シ」 が 新 情 報 で あ って,そ の 場 合,GIS格 は,伝Yる べ き情 報 を担 って い る の で,省 略 され に く く,GIS格 助 詞 が 省 略 され て い る よ うに 見 え る場 合 も,意 識 の 上 で 存 在 す る た め,「 タ シ」 の発 音 が変 化 して い る と意 識 され る の だ と 思 わ れ るia)0
本 節 で は,前 節 と同 じ類 の動 詞 の 行 為 者 名 詞 が,談 話 的 な 要 因 に よ っ てGIS格 助 詞 を 省 略 す る例 と,必 ずGIS格 助 詞 を取 る例 と を見 た 。 しか し,す で に 述 べ た よ う に,こ れ らは,談 話 的 な要 因 に よ る もの で あ って,こ こで述 べ た 類 の 動 詞 の 固 有 の特 質 で は な い。 む しろ,こ の よ うな 有標 の 例 か ら,GIS格 助 詞 が 現 れ な い 文 を よ り無標 13) この点 に つ い て は,共 同研 究 会 に お い て,イ ン フ ォー マ ン トが 厂タ シ」 とい う名 前 の綴 り bkra shisに 引 きず られ,語 末 の 一sをGIS格 助 詞 の異 形 態 と解 釈 して い るの で は な い か とい う指 摘 を 受 け た 。 これ は,イ ン フ ォー マ ン トも認 め,例 え ば,「 ソナ ム」 とい う名 前 で も, そ の綴 りbsod namsに よ って 同様 の こ とが 生 じる。 これ に対 し,語 末 に 一sを持 た な い 「ドヂ ェ」rdo rjeは,'toceeと い うよ うに 語 末 を長 く して, GIS格 助 詞 が 付 加 され て い る こ とを 明 示 す る。 とこ ろが,ma byan厂 コ ック」 で も, GIS格 助 詞 な しで,強 勢 を も って 発 音 され る の で,必 ず し も綴 りに 引 きず られ て い る とは言 え な い。 この よ うな 発 音 の 変 化 は,こ れ まで 報 告 され て こ なか った よ うに 思 わ れ る の で,今 後 調 査 が 必 要 で あ る。
14)高 橋[1992】 で は,OSV語 順 の時, SVの 関 係 が 密 接 化 し, Sが 絶 対 格 に な るな らば, an‑
tipassive的 で あ る と考 えて いた が,や は り,そ れ に は無 理 が あ る。 格 助 詞 が な い 時 に は 語順
が 格 関 係 の指 標 とな る以上,語 順 が 変 更 され たOSVに お い てSが 絶 対 格 で 現 れ るの は不 自
然 で あ る。 こ の語 順 は,日 本 語 の 「XハYガ 〜 ス ル」 に あ た る と考え る。
高橋 現 代チベ ッ ト語 におけ る動詞の分類
で あ る と考え て よい 。
1.3.ま と め
本 章 で 見 た動 詞 は,談 話 的 な要 因 に よっ てGIS格 と絶 対 格 の どち らか が 好 まれ る こ とが あ る が,そ れ を 考 慮 に 入 れ な くて も,行 為 者 が 絶 対 格 で 表 され うる もの で あ る。
この よ うな動 詞 は,有 意 志 的 な動 作 ・行 為 を表 す動 詞 で あ り,長 野[1987b】 のa類 の 動 詞 の 一部 に あ た る。 これ には,過 程 の 意 味 が 含 まれ る こ とが あ る が,行 為 者 が 絶 対 格 であ る と きは,動 作 のみ を表 して い る と考 え られ る。 つ ま り,動 詞 が表 す 動 作 に伴 う被 動 者 の 状態 変化 が,表 面 的 には 表 現 され な い,ま た は,変 化 の結 果 を含 意 しな い とい うこ と であ る。
2.自 動 詞 の主 語:動 作 主 格,対 象主 格
自動 詞 の主 語 は原 則 と して絶 対 格 で 表 され る。 しか し,自 動 詞 の 中に も,GIS格 名 詞 で 行 為者 を表 せ る も の と,絶 対 格 名 詞 しか 用 い られ な い もの が あ る。
第1章 で 見 た よ うに,他 動 詞 に 対 して行 為 者 を 表 すGIS格 助 詞 が 現 れ な い こ とが あ る。 そ の 場 合,被 動 者 名 詞 も現 れ なけ れ ば,格 形 式 の 点 か ら他動 詞 と 自動 詞 との区 別 は つ か な い 。 さ らに,本 章 で見 る よ うに,自 動 詞 の主 語 がGIS格 助 詞 を 取 る場 合, 他 動 詞 構 文 で 被 動 者 名詞 が な い場 合 と同 じ構 造 に な る ので,動 詞 の 自他 を 区別 す る こ
とが で き な い。 しか し,こ れ は,自 動 詞 と他 動 詞 に 区別 が な い とい うこ とで は な い。
基 本 的 には,自 動 詞 は1項 動 詞 で あ り,必 須 項 が1つ に限 られ て い る。 本章 は,自 動 詞 の必 須 項 が,実 は 二 種 あ る こ とを 示 す。
2.1.GIS格 の 主 語 を 許 す 自 動 詞
長 野 【1987b:246】 で は,「 チ ベ ッ ト語 の 場 合,『 行 く』 『来 る』 と い っ た 往 来 動 詞 に 限 っ て,‑kyis15)が 出 現 す る こ と が あ る 」 と し て い る が,行 為 者 をGIs格 で 表 せ る も の は 往 来 動 詞 に 限 ら な い 。
ま ず,行 為 者 をGIS格 名 詞 で 表 す こ と の で き る 動 詞 を 見 る 。 こ の よ う な 動 詞 は, 意 志 的 な 動 作 を 表 す も の で あ る 。 特 に,完 了 文 の 行 為 者 は,GIS格 助 詞 を 取 る こ と が 不 自然 と は 言 え な い 。
丶
15)‑kyisはGls格 助 詞 の 異 形 態 。 長 野 【1987blは,こ れ を 代 表 形 と し て い る 。
353
(16) ngafngas kyo'oto la bsdad pa yinf 私 一 φ1私一GIs京 都 LA住 ん だAV ・私 は 京 都 に 住 ん だ
(17) a. bkra shis (kyis) deb nyo ga deb tshong khang la phyin song/
〈人 名 〉(GIS)本 買 うCONJ本 屋 LA行 っ たAV ・タ シ は 本 を 買 い に 本 屋 に 行 っ た
b. bkra shis ¢/*kyis deb nyo ga deb tshong khang la 'gro gi red/
〈人 名 〉 φ/GIS 本 買 うCONJ本 屋
・タ シは本 を買 い に本 屋 に行 く
(18) bkra shis kyis/φ sa,i sgang nas langs song/
<人 名>GIS/φ 土 一GI上 NAS起 き るAV ・タ シ は 地 面 か ら起 き あ が っ た
(19) bsod nams kyis/φ shing sdong 'og la nyal song/
<人 名>GIS/φ 木 下LA寝 るAV ・ソ ナ ム は 木 の 下 に 寝 た
LA行 くAV
動 詞 が 完 了 を表 して い る場 合,未 完 了 で あ る時 よ り他 動 性 が 高 い と され る16)が,自 動 詞 に つ い て見 れ ぽ,そ れ は,動 作 性 が 高 くな って い る と言 い換 え られ る よ うに 思 わ れ る。 も と も と動 作 性 の あ る 自動 詞 が 完 了 した 動 作 を表 す 時,そ の 行 為 者 名 詞 は GIS格 助 詞 を取 りや す い と言 え る17も
「(他の 人 で は な く)私 が 〜 す る」 の よ うに,行 為 者 に 対 比 が あれ ぽ,未 完 了 で も GIS格 名 詞 に こな る こ とが あ る。(21)は,文 脈 上,特 に 他 の 行 為 者 と対 比 が あ る とい う もの で は な い が,「 そ の 少年 」 と 「 泣 く」 とい う行 為 の 結 び 付 きが 強調 され て い る。
(20) ngas lha sar 'gro gi yin/
私 一GISラ サ ーLA行 くAV
・(他 に 行 く人 が な け れ ぽ)私 が ラ サ へ 行 く
16) cf. Hopper and Thompson[1980:252J o
17)Chang&Chang【1980:22ff.]は,多 く の 例 を あ げ,̲̀with intransitive verbs the ergative is used to signify either the achievement or the guarantee of an act directed toward a goal.' 【CHANG&CH梱G 1980:21]と 解 釈 し,̀goal‑directed activity'【CHANG&CHANG 1980:19]
と 呼 ん で い る 。
高橋 現代 チベ ッ ト語 におけ る動詞の分類
(21) bu Chung des ngus yong/
少 年 小 さ い そ れ 一GIS泣 くAV ・そ の 少 年 が 泣 く
ro sgrung 17
上 の2例 は 有 標 で あ る と い う点 で,(16)〜(19)の 例 と は 異 な っ て お り,GIS格 助 詞 の 出 現 は 談 話 上 の 要 因 に 左 右 さ れ て い る と言 え る 。 しか し,(16)〜(21)の 例 に よ っ て,動 作 性 の あ る 自動 詞 の 主 語 名 詞 が,GIS格 助 詞 を 取 り うる こ と が 明 らか で あ る 。 こ の よ うなGIS格 助 詞 を 取 り う る 自 動 詞 の 主 語 を 「動 作 主 格 」 と呼 ぶ こ とY'す る 。
2.2.GIS格 の 主 語 を 許 さ な い 自動 詞
2.1節 の 動 詞 に 対 し,自 動 詞 の 中 で,主 語 名 詞 をGIS格 に で きな い も のは,以 下 に 見 る よ うに,主 語 名詞 の状 態 や 状 態 変 化(過 程)を 表 す もの で あ る。 状 態 変 化 とは, あ る状 態 の 主 体 が 別 の 状 態 に 変 化 す る こ とを表 す とい うこ とで あ る18)0例 えぽ,(22) は 生 か ら死 へ の変 化 を表 す 。 こ こ で扱 う自動 詞 は,そ の よ うな状 態 変 化 を引 き起 こす 行 為 者 を取 る こ とは な く,変 化 主 体 のみ を 項 と して 取 る動 詞 で あ る。
(22)(24)は 主 体 の 状 態 変 化 を 表 し,(23)は 状 態 を表 して い る。
(22) nga/*ngas shi gi red/
私 ・ φ/私 一GIS死 ぬAV ・私 は 死 ぬ19)
(23) nga/*ngas na gi red/
私 一 φ/私 一GIS病 気 で あ るAV ・私 は 病 気 に な る
(24) nga/*ngas chain pa brgyab song/
私 一 φ/私 一GIS風 邪 VBL AV ・私 は 風 邪 を ひ い た
18) cf.チ ェ イ フ[1974:100‑104】 。 19) 星 【1988:195]壱 よ,
(nl) ngas shi gi yin/
私 一GIS死 ぬ AV ・私 が 死 ん で や る
と 言 う こ と が で き る と す る が,こ の よ うな 用 法 は 語 用 論 的 な 要 因 が 強 す ぎ,一 般 的 に は 許 さ れ な い の で,こ こ で は 考 察 の 対 象 と し な い 。
355
以 上 の よ うな 自動 詞 に お い て,主 語 は 必 ず 絶 対 格 で あ り,GIS格 助 詞 を 取 らな い。 ま た,談 話 的 な要 因 に よ って も,GIS格 名 詞 とな らな い。 これ は,他 動 詞 に対 す る被 動 者 の 格 形 式 と 同 じで あ る。 した が って,こ の 種 の 主 語 を 持 つ 自動 詞 を2.1節 で見 た 自 動 詞 と区別 して,別 の類 を 立 て る こ とが で きる と考 え られ る。
この よ うな動 詞 の 中で も,感 情 を 表 す動 詞 に お い て は,行 為 性 を 高 め る こ とに よ っ て行 為 者 名 詞 がGIS格 助 詞 を取 る こ とが あ る20)0
{25)a.bsod nams bde skyid la dga'po'dugj 〈 人 名 〉 一 φ<人 名>LA好 き だAV ・ ソ ナ ム は デ キ ー が 好 き だ
b.bsod nams kyis bde skyid la dga'po byed kyi'dug/
<人 名> GIS〈 人 名>LA好 き だVBL AV ・ ソ ナ ム は デ キ ー に 好 意 を 示 し て い る
{26) a. nga/?ngas bde skyid la dga'po byed kyi yin/
私 一 φ/私一GIS<人 名>LA好 き だVBL AV ・私 は デ キ ーY'好 意 を 示 す
b. nga/ngas bde skyid la dga'po byed kyi yod/
私 一 φ/私一GIS<人 名>LA好 き だVBL AV ・私 は デ キ ー に 好 意 を 示 し て い る
(26a)で は,行 為 者 がGIS格 助 詞 を 取 る と適 格 性 が 低 下 す る の に 対 し, bで は, GIS格 助 詞 を 取 る こ と を 容 認 す る 。 こ れ は, bで は,実 際 の 行 為 内 容 を 意 識 して い る か ら で は な い か と考 え られ る 。
(25a, b)に お け る よ う な 構 文 の 違 い は,動 詞 化 詞byedを 使 用 した こ と に よ る も の で あ っ て,dga'po「 好 き だ 」 自体 をGIS格 名 詞 を 取 る 動 詞 で あ る よ うに 分 類 す る
こ と は で き な い 。
本 節 で 見 た よ う な,絶 対 格 で しか 現 れ な い 自動 詞 の 主 語 を 「対 象 主 格 」21)と呼 ぶ 。
20)感 情 を表 す 動 詞 が 絶 対 自動 詞 で あ る と言 え るか ど うか に は,感 情 の対 象 を取 る と い う点 で 疑 問 が残 る。LA格 助 詞 は,動 作 の 及 ぶ 方 向 や 物 の移 動 の到 達 点 を表 す助 詞 で あ り,授 受 動 詞 で は与 格 を表 す も ので あ って,対 格助 詞objectiveで は な い。 感 情 の 主体 を絶 対 格 で,感 情 の 対 象 をLA格 で 表 す 構 文 を チ ベ ッ ト語 の 他 動 詞 構 文 の 特 殊 な 場 合(例 え ば, an‑
tiergative)と 見 る こ とが 可 能 か も しれ な いが,現 時 点 で,筆 者 は この 見 方 を 採 ら な い 。 LA 格 助 詞 の用 法 に つ い て は,高 橋 【1989】 を 参 照 され た い 。
21)上 の 「動 作 主 格 」 と と もに 田 窪[1987:381の 用語 で あ る。
高橋 現代 チベ ット語におけ る動詞の分類
2.3. ま と め
自動 詞 の主 語 がGIS格 助 詞 を取 る こ とが 可 能 な 場 合 は,以 下 の 条 件 に よる。
① 動 詞 が 意 志 的 な 行 為 を表 して い る こ と
(1人 称 では,gi yin系 の 助 動 詞 を 用 い る こ とが で きる22)) ②a)完 了 文 で あ る こ と
b)た だ し,未 完 了 で あ っ て も,主 語 に 対 比 や 意 志 の 強調 が あ る場 合
上 に 述 べ た よ うにGIS格 助 詞 を取 りうる 自動 詞 の主 語 を動 作 主 格,絶 対 格 で しか 現 れ な い主 語 を対 象 主 格 と呼 ぶ こ とが で き る と思 わ れ る。 本来 絶 対 格 形 で現 れ て い た 自動 詞 の 主語 が,動 詞 の表 す 動 作 性 に よ って 二 つ に 分 裂 して い る。 これ に よ っ て,動 詞 自体 に,た ん に 自動 詞 と して一 つ に ま とめ られ な い 二 つ の類 が あ る と考 え て よい。
この2種 の 自動 詞 は別 々 の文 構 造 を 要 求 す る と考え..ら れ るが,そ れ ぞれ の 自動 詞 が 要 求 す る二 つ の主 格 が,田 窪 【1987】が論 じて い る 日本 語 と同様 に,統 語 上 異 な った階 層 に属 して い るか ど うか を考 察 す る こ とは,今 後 の課 題 と した い 。
3.行 為者(ま た は経 験者)名 詞 が必 ずGIS格 助詞 を取 る動 詞
本章 で 見 る動 詞 は,必 須 項 と して 行 為者 名詞 ・経 験 者 名 詞 を取 る もの であ るが,と もにGIS格 助 詞 を 取 って 出 現 す る。 第1章 で 見 た動 詞 は,行 為 者 が 絶 対 格 で 現 れ る こ とが あ りうる動 詞 で あ った が,こ こで 見 る動 詞 は,行 為者 ・経 験 者 が絶 対 格 で現 れ るた め に 談 話 的 な要 因 が必 要 で あ る。
3.1.無 意 志 的 他 動 詞
無 意 志 的 な 他動 詞 は,知 覚 を表 す もの と無 意 志 的 な動 作 ・行 為 を表 す もの が あ る。
と もに,次 節 で見 る相 対 動 詞 と異 な り,対 応 す る 自動 詞 が な い と い う点 で 絶 対 他 動 詞23)と 言 え る。
知 覚動 詞 は,知 覚 の主 体 が行 為 者 で は な く経 験 者 で あ り,そ れ がGIS格 で 現 れ る。
ま た,知 覚 の対 象 は 絶 対 格 で あ る。
22) cf. Chang&Chang(1980:17]0
23)第1章,第2章 で見 た 動 詞 は,意 味 的 形 態 的 に対 応 す る よ うな 自動 詞 ・他 動 詞 を 持 た な い 。 そ れ に 対 し,本 章 の 次節 で 見 る動 詞 は,自 動 詞 と他動 詞 が 意 味 的形 態 的 に 対 応 して い る。 寺 村[1982:305Jは,前 者 を 絶 対 他 動 詞,絶 対 自動 詞 と し,後 者 を相 対 他 動 詞,相 対 自動 詞 と し て 区別 して い る。
357
(27) ngas/*nga sgrung de shes kyi yod/
私 一GIS/私 一 φ 物 語 そ れ 知 るAV ・私 は そ の 物 語 を 知 っ て い る
(28) ngas/*nga sgrung de brjed kyi red/
私 一GIS/私 一 φ 物 語 そ れ 忘 れ るAV ・私 は そ の 物 語 を 忘 れ る
(29)am chis sman de shes kyi yod pa red/
医 師 一GIS薬 そ れ 知 るAV ・医 師 は そ の 薬 を 知 っ て い る
(30)sngags pa rnams kyis/*φtshor te 呪 術 者 PL GIS/φ 気 が つ くCONJ ・呪 術 者 た ち は 気 が つ い て
(31)khyed rang gis dran gso ma byas na あ な た GIS想 起 NEG VBL CONJ ngas/*nga 'dzin grwa'i nang la 私 一GIS/私 一 φ 教 室 一GI 中 LA財 布
sba khug lus kyi red/
忘 れ るAV
・あ なた が 思 い 出 させ な けれ ぽ私 は教 室 に財 布 を 忘 れ る
ro sgrung 21
第1章 で見 た動 詞 では,文 脈 に 関 わ りな く,未 完 了に お い て そ の 行 為者 が絶 対 格 に な る こ とが容 認 され た が,知 覚動 詞 で は 必 ずGIS格 助 詞 を取 る。 無 意 志 的 な動 詞 に は, 1人 称 の経 験 者 に 対 してgi yin系 の助 動 詞 が 用 い られ な い。3人 称 のgi red系 の助 動 詞 が用 い られ るわ け であ るが,そ れ は,こ こで観 察 して い る動 詞 が知 覚 の対 象 を主 語 と し,GIS格 名 詞 を 道 具 的 な 項 とす る 自動 詞 で あ る こ とを 示 す もの で は な い。 行 為 ・ 状 態 に対 す る1人 称 に よ る制 御 が 不 可 能 で あ る こ とを 表 して い るだ け で あ る。 知 覚 動 詞 で は,現 在 の状 態 に つ い て 述 べ る場 合,gi yod系 の助 動 詞 が 用 い られ る こ とか ら, 助 動 詞 の選 択 に お い て経 験 者 名 詞(GIS格)が 関与 してい る こ とは 間違 い な い。 助 動 詞 の 選 択 条 件 を確 定 す る こ とは 困 難 で あ るが,選 択 に 関 与 す るGIS格 名 詞 を 必 須 項
と考 え る な ら,知 覚 動 詞 が 自動 詞 とは 言 え な い24)0
次 の例 か らは,知 覚 動 詞 に お い て,動 詞 の完 了性 に関 わ らず,知 覚 ・感 覚 の主 体 が
GIS格 名 詞 で現 れ る こ とが わ か る。
高橋 現代チベ ッ ト語におけ る動詞の分類
(32)sngags pa rnams kyis/*¢bu mo tshor pa red/
呪 術 者 PL GIS/φ 女 性 気 が つ くAV ・呪 術 者 た ち は 女 性 に 気 が つ い た
(33)a.tshong pa des/*de du ba mang po mthong bzhag/
商 人 そ れ 一GIS/そ れ 一 φ 煙 多 い 見 え る AV ・そ の 商 人 は 煙 を た く さ ん 見 た
b.tshong pa des/*de du ba mang po mthong gi red/
商 人 そ れ 一GIS/そ れ 一φ 煙 多 い 見 え る AV ・そ の 商 人 は 煙 を た く さ ん 見 る
「見 る/見 え る 」 「聞 く/聞 こ え る 」 な ど の 感 覚 を 表 す 動 詞 は,感 覚 の 主 体 で あ る経 験 者 名 詞 がGIS格 助 詞 を 取 る 。 た だ し,1.1節 の 例(9)で 見 た よ うに こ 「見 る 」 「聞 く」
は 意 志 動 詞 で あ っ て,本 章 の 対 象 とな ら な い 。 「見 る 」 「聞 く」 と は 異 な り,「 見 え る」
「聞 こ え る」 の 場 合,見 よ う と して 見 る の で は な く,無 意 識 的 に 目 に は い る と い う こ と を 表 し て い る 。 す な わ ち,mthong r見 え る 」 は 動 作 を 表 す も の で は な い 。 lta r見 る 」 が 動 作 を 表 す こ と が で き る の に 対 し,mthongは 感 覚 の み を 表 し て お り,こ の よ
う な 動 詞 で は,経 験 者 名 詞 は 必 ずGIS格 助 詞 を 取 る 。
(34)は,後 続 す る 文 でGIS格 助 詞 が 省 略 さ れ る 例 で あ る 。 aで は,「 そ れ と タ シ を 知 っ て い る 」 と い う解 釈 よ り,「 タ シ も そ れ を 知 っ て い る 」 と 解 釈 す る 方 が 自 然 な の で,GIS格 助 詞 は 不 要 で あ る 。 bで は,二 つ の 解 釈 が 可 能 で あ る が,② の 解 釈 を 取
る場 合 は,bkra shis「 タ シ 」 も経 験 者 と な る か らGIS格 助 詞 を 取 っ た 方 が 良 い 。
(34)a.bsod nams kyis de shes kyi'dug/bkra shis yang shes kyi'dug/
<人 名> GISそ れ 知 るAV 〈 人 名 〉 一 φ も 知 るAV ・ソ ナ ム は そ れ を 知 っ て い る 。 タ シ も知 っ て い る 。
b. bsod nams kyis khong shes kyi'dug/ bkra shis yang shes kyi'dug/
<人 名> GIS彼 知 るAV 〈人 名 〉一 φ も 知 るAV ・ソ ナ ム は 彼 を 知 っ て い る 。 タ シ も 知 っ て い る。
① ソ ナ ム は,彼 と タ シ を 知 っ て い る ② 彼 を,ソ ナ ム と タ シ が 知 っ て い る
24)Chang&Chang【1980:29】 は, mthong「 見 え る」 やgo「 聞 こえ る」 を制 御 不 可 能 な 自動 詞 と同様 に扱 っ て い る。 しか し,そ の場 合,GIS格 助 詞 に 関 す る説 明は 容 易 に な るが,完 了 文 の時,1人 称 の 経 験 者 がGIS格 助 詞 を取 る に も関 わ らず,助 動 詞 と してbyungを 取 る こ と につ いて の説 明 は で きな い 。mthongやgoの 特 異 性 は,こ の 点 に あ る。
359
(34)に 見 ら れ る よ うに,知 覚 動 詞 に つ い て もGIS格 助 詞 を 省 略 す る こ と が あ る 。 し か し,第1章 で 見 た 動 詞 との 違 い は,後 者 が,文 脈 上 の 条 件 が な くて も 省 略 し う る の に 対 し て,前 者 の 知 覚 動 詞 で は,そ の よ うな 条 件 が な け れ ぽ 省 略 しに くい 点 に あ る 。 無 意 志 的 な 他 動 詞 も,行 為 者 を 絶 対 格 に す る こ と は な い25)。
(35} ngas/*nga bod skad shod stangs nor pa 私 一GIS/私 一 φ チ ベ ッ ト語 話 し方 間 違 うNML
de tsho nor bus yo bsrang byed kyi red/ 『読 本 』26)p.185 そ れPL 〈 人 名 〉‑GIS訂 正 VBL AV
・私 が チ ベ ッ ト語 の 話 し方 を 間 違 っ た ら,ノ ル ブ が そ れ ら を 訂 正 す る
(36} khong gis rgya skad shod stangs nor pa 彼 GIS中 国 語 話 し方 間 違 うNML
de tsho ngas lam sang yo bsrang byed kyi yod/ 『読 本 』p.185 そ れPL 私 一GISす ぐ に 訂 正 VBL AV
・彼 が 中 国 語 の 話 し方 を 間 違 え た ら,す ぐ に 私 が そ れ ら を 訂 正 す る
(37) ngas/*nga khyed rang gi sba khug brlag gi red/
私 一GIS/私 一 φ あ な た GI財 布 な くすAV
・私 は(あ な た の 財 布 を 持 っ て い た ら)あ な た の 財 布 を な くす だ ろ う
(37)は,「 私 は,う っ か り と あ な た の 財 布 を な く し て し ま う だ ろ う」 と い う意 味 で あ る 。
無 意 志 的 な 用 法 で の 絶 対 他 動 詞 に は,意 志 性 をGIS格 助 詞 の 出 現 に 結 び 付 け る 要 因 が も と も と 欠 け て い る か ら,GIS格 が 意 志 性 と 関 連 し て い る と は 言 い 難 い 。
3.2.相 対 動 詞
相 対 動 詞 と は,形 態 的 意 味 的 に 対 応 す る 他 動 詞 と 自動 詞 の こ と で あ る2窺 例 え ば,
25)'byor「 受 け る」 の よ うに 経 験 の主 体 が受 け手 で あ る場 合, GIS格 で は な く LA格 を取 る こ とが あ るが,本 稿 で は考 察 の対 象 と し ない 。
(nl) bkra shis la yi ge 'byor pa red/
<人 名> LA手 紙 受 け る AVI ・タ シは手 紙 を 受 け 取 った 26)資 料 『拉 薩 口語 読 本 』 を 示 す 。
27)金 鵬 【1958]では 「自動:使 動 」 とい う対立 を持 つ 動 詞 と して 記 述 され て い る。 本稿 では,
この よ うな対 立 が な い動 詞 を 絶 対動 詞 と呼 ん で い る の で,「 相 対 動 詞 」 とい う用 語 を用 い る。
高橋 現代チベ ッ ト語における動詞 の分類
'khor r回 る」 とskor r回 す 」 の よ うな動 詞 で あ り
,日 本 語 で も同 様 の対 応 を な して い る こ とが 多 い。 相 対 自動 詞 の 主語 は,対 応 す る相 対 他 動 詞 の 被 動 者 に あ た り,動 詞 が表 す 過 程(状 態 変 化)の 変 化 主 体 で あ る。 相 対 他 動 詞 の行 為 者 は,そ の 変 化 を 引 き 「
起 こす 主 体 で あ る。
相対 自動 詞 では,無 意 志 的 な動 作 を表 す 他 動 詞 的 な用 法 が あ る。 この場 合,行 為 者 名詞 は必 ずGIS格 助 詞 を 取 る。
(38) ngas shog bu 'di ral song/
私GIS紙 こ れ 破 れ るAV ・私 が こ の 紙 を 破 っ て し ま っ た
(39} ngas deb ral song/
私 一GIS本 破 れ るAV ・私 は 本 を 破 っ て し ま っ た
(40) ngas sgo bye bzhag/
私 一GIS戸 開 くAV ・私 は 戸 を 開 け て し ま っ た
cf. Goldstein&Nornang[1984:120J
[武 内 1978:70)Zs)
【 武 内 1978:71】
実 際 に は,ツ ル テ ィ ム 氏 は(38)〜(40)の 例 を 容 認 し な い 。Goldstein&Nornang
【1984:118】 は̀involuntary‑causative'と 呼 ん で お り,自 動 詞 で あ る と は 記 述 さ れ て い な い が,こ れ は,状 態 変 化 を 表 す 無 意 志 的 な 自 動 詞 で あ る 。 し た が っ て,(38)
〜(40)に お け る 行 為 者 は 道 具 的 で あ り,必 須 項 で は な い こ とか ら,意 味 を 明 確Y'す る た め に 助 詞 を 取 ら ざ る を え な い と言xる29}0相 対 自 動 詞 の 他 動 詞 的 な 用 法 は,他 動 詞 と し て 用 い ら れ て い る の で は な く,自 動 詞 と し て 道 具 的 な 行 為 者 を 取 っ て い る と考 え る。
相 対 自動 詞 に お い て,そ の 主 語 はGIS格 に な れ な い 。
(41) a. nga 'khor song/
私 φ回 るAV
28)武 内[1978】 で は 音 韻 表 記 で あ る が,文 語 の 綴 り に 改 め た 。
29) Goldstein&Nornang【1984:ll8】 に ご は,̀The pattern is formed by placing the subj ect in the instrumental case̲'と あ る が, Goldstein&Nornang口984:62】 に,̀Active past constructions generally require the subject to be in the instrumental case.'と あ る の で,彼 ら は,本 稿 でGIS 格 と 言 っ て い る も の を̀instrumental case'と 言 っ て い る だ け で,「 道 具 的 な 主 語 」 を 意 味 し て い る わ け で は な い 。
361
・私 は(無 意 識 的 に)回 る b. *ngas 'khor song/pa yin/
私 一GIS回 る AV/AV
これ は,2.2節 で 見 た 無 意 志 的 な絶 対 自動 詞 と同 じで あ る。GIS格 名 詞 の 分 布 を も と に動 詞 を 分 類 す る とい う本 稿 の 目的 か らす れ ば,両 者 を 区別 す る根 拠 は 欠 け て い るが, そ の主 語 の 性 格 が 異 な って い る と考 え られ るの で,こ こで は両 者 を 区別 す る30)0 相 対 他 動 詞 に つ い て見 る と,行 為 者 はGIS格 で 表 され,絶 対 格 名 詞 は 被 動 者 で あ
る と解 釈 され る。
(42) a. nga skor gyi yin/
私 φ 回 すAV
・(私 が)私 を 回 す b. ngas skor gyi yin/
私 一GIS回 すAV ・私 が(何 か を)回 す
{43} a. nga bskor pa yin/(or song/}
私 一 φ 回 したAV
・(私 が)私 を 回 し た b. ngas bskor pa yinj 私 一GIS回 したAV ・私 が(何 か を)回 した
(42a)は,助 動 詞 がgyi yinで あ る こ と に よ っ て,行 為 者 が 第1人 称 で あ る こ とが 明 ら か で あ る 。 した が っ て,絶 対 格 で 現 れ て い るnga厂 私 」 を 行 為 者 で あ る と解 釈 す る こ と が 可 能 な は ず で あ る 。 し か し な が ら,GIS格 助 詞 を 取 っ て い な い こ と に よ っ て 被 動 者 で あ る 回 さ れ る 対 象 と し て 解 釈 さ れ る 。bで は, ngaがGIS格 形 に な っ て い る の で,「 回 す 」 と い う行 為 が 「私 」 に よ っ て 行 わ れ て い る こ と に な る が,回 す 対 象 は 明 示 さ れ て い な い 。 助 動 詞 か ら 見 て,行 為 者 が1人 称 で あ る こ と は 明 らか な の で,ngas
「私 に よ っ て 」 を 絶 対 格 に し て も よ さ そ う な も の だ が,そ れ で は,aの よ うに 行 為 者
30) 主 語 の 性 格 を 考 慮 に 入 れ る場 合,こ の 両者 の動 詞 を構 造 的 に 区別 す る根 拠 の一 つ と して,
名 詞 化 接 辞mkhan r〜 す る人 」 に よ る動 詞 の 名詞 化 が あ る。 しか し, mkhanの 用 法 につ い
て は 今 後詳 細 な 記 述 が必 要 で あ る。 動詞 の形 態 面 か ら言 えば,対 応 す る動 詞 が あ るか ど うか
とい う点 で 区別 で き る。
高橋 現代チベ ット語に こおけ る動詞の分類
が 明 示 さ れ て い な い と解 釈 さ れ る 。(43)は,そ の 過 去 形 で あ る 。(43a)に つ い て は, 助 動 詞 がpa yinで あ れ ぽ,自 分 自身 で 回 した の で あ り, songで あ れ ば,誰 か 別 の 人 が 回 し た こ と に な る 。
目 的 語 が 明 示 さ れ て い る 場 合 に は,絶 対 格 に な っ て も よ い が,好 まれ な い 。
(44) a. nga chu/*φ skol gyi yin/
私 一 φ 水/φ 沸 か すAV ・私 は 水 を 沸 か す
b. ngas chu/φ skol gyi 'nn / 私 一GIS水/φ 沸 か すAV
・(同 上)
(45) a. nga shing sdong/*φ gcod kyi yin/
私 一 φ 木/φ 切 るAV ・私 は 木 を 切 る
b. ngas shing sdong/φ gcod kyi yin/
私 一GIS木/φ 切 るAV ・(同 上)
(46) a. nga shog bu/*¢ dbral gyi yin/
私 一 φ 紙/φ 破 る AV ・私 は 紙 を 破 る
b. ngas shog bu/φ dbral gyi yin/
私 一GIS紙/φ 破 る AV ・(同 上)
相 対 他 動 詞 は,有 意 志 的 な動 詞 と して用 い られ る も の で あ り,そ の 点 で は,第1章 で 見 た 動 詞 と同 じで あ る。(44)〜(46)に 見 られ る よ うに,1人 称 現 在 に お い て絶 対 格 行 為 者 が 生 じ うるが,実 際 に は,好 ま しい形 式 で は な い。 被 動 者 が な い 時 に も,絶 対 格 の 行 為 者 名 詞 は 容認 され な い 。 この こ とか ら,意 志 性 のあ る他 動詞 に つ い て は, 絶 対 他 動 詞 と相 対 他 動 詞 で 差 異 が あ る こ とがわ か る。す なわ ち,GIS格 助 詞 の生 起 は, 動 詞 が 表 す 動 作 の 意 志 性 に は 関 係 が な い。 相 対 他 動 詞 は,行 為 のみ で は な く,対 応 す る相 対 自動 詞 が 表 して い る過程(状 態 変 化)を 含 ん で お り,し た が って,そ の変 化 主 体 を 常 に 含 意 して い る と考え られ る。
363
GIS格 名 詞 の分 布 と い う観 点 か ら見 る と,相 対 他 動 詞 は 無 意 志 的 な絶 対 他 動 詞 と類 似 して い る。 本 稿 で の観 察 で は,相 対 他動 詞 が文 脈 な しで絶 対 格 の行 為 者 を 許 す 可 能 性 が あ る とい う点 で のみ 異 な って い る。GIS格 名 詞 の分 布 が 若 干 異 な って い る点 が, 区別 の 強 い根 拠 とな るか ど うか は,ま だ検 討 を必 要 とす る よ うに 思 わ れ る。 した が っ て,こ れ らの動 詞 を 区別 す る主 た る根拠 は,GIS格 名 詞 の分 布 で は な く,結 び 付 く助 動 詞 に よ って い る31)0
相対 動 詞 の観 察 に よって わ か る こ とは,状 態 変 化 とい う過 程 に お け る変 化 の 主 体 を
「期 待 して い る」動 詞 で は,そ の 変 化 を もた らす 行 為 主 体 をGIS格 で表 さな け れ ば な らな い とい うこ とで あ る。
本章 で 見 た動 詞 の 内,相 対 自動 詞 を 除 く2種 の他 動 詞 は,と もに,被 動 者 に あ た る 名詞 句 を動 詞 自体 が 期 待 して い る と考 え られ る。 第1章 で見 た 動 詞 が 被 動 者 に 注 目せ ず,動 作 の み を 表 す 用 法 に お い て行 為 者 を 絶 対 格 形 に して い る と考 え られ る の に対 し, 本章 で見 た2種 の他 動 詞 は,被 動 者 の存 在 を前 提 とす る状 態 ・過 程 を 表 して い る こ と に よ り,そ れ を引 き起 こす 行為 者 名詞 はGIS格 に な ら ざ るを えな い 。
4.結 論
本 稿 で の 観 察 か ら,チ ベ ッ ト語 の 他 動 詞 は,行 為 者 名 詞 がGIS格 で な けれ ば な ら な い動 詞,絶 対 格 で現 れ て も よい 動詞,自 動 詞 で あれ ぽ,絶 対 格 で な け れ ば な らな い 動 詞,GIS格 で現 れ て も よい動 詞 に分 類 で きる。
これ を,自 動 ・他動 に絶 対 的 ・相 対 的 とい う基 準 を 加 えて 整 理 す る と表1を 作 る こ とが で き る。
絶 対 他 動 詞 の意 志 的 な 用 法 に お い て は,動 作 のみ を 表 し,被 動 者patientが 期 待 さ れ て い な い こ とが あ る と考 え られ,そ の場 合,絶 対 格 の行 為 者 を 取 り,そ れ に 対 して, 無 意 志 的 な絶 対 他 動 詞 と相対 他動 詞 は,被 動 者 に あた る項 が な け れ ば,動 詞 が表 す動 作 ・状 態(変 化)な どが 成 り立 た な い もの と考 え られ る。 他 動 詞 は,被 動 者 を期 待 し て い るか ど うか に よ って 分裂 が生 じる と言 え る。
自動 詞 につ い て見 る と,意 志 的 な用 法 が あ る 自動 詞 と無 意 志 的 な 用 法 が あ る 自動 詞
との間 に分 裂 が 生 じて い る。第2章 で述 べ た よ うY',絶 対 自動 詞 に 扣 い て は,意 志 的
な主 語 を 「動 作 主 格 」,無 意 志 的 な主 語 を 「 対 象 主 格 」 と区 別 で き る。 相 対 自動 詞 の
31) す なわ ち,無 意志的な絶対 他動詞 には,gi yin系 の助動詞が用い られないのに対 し,相 対
他動詞 には用 い うる。
高 橋 現 代 チ ベ ッ ト語Y'お け る動 詞 の 分 類
表1
絶 対 他 動 詞 相 対 他 動 詞 絶 対 自 動 詞 相 対 自 動 詞
意 志 的 無 意 志 的 意 志 的 意 志 的 無 意 志 的 無 意 志 的
A GIS【 〜ABS]
GIS GIS
P ABS
.・