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1作品概要 1作品概要1作品概要 1作品概要1111
ウルリヒ・フォン・ツァツィクホーフェン(Ulrich von Zatzikhoven)作『ラン ツェレト(Lanzelet)』については以前にも紹介をしたが2、まだ知名度が低いので、
まずは作品の概要を示し、その上で問題のエピソードについて論じたいと思う。
この作品の写本はW(ウィーン:オーストリア国立図書館)とP(ハイデルベル ク大学図書館)の2種類がある。断片はB(オクスフォード大学ボードリアン図書 館)、S(ストラスブール市立図書館、焼失)、Gk(クラーゲンフルト大学図書館)、
G(ハーバード大学ホートン図書館)の4種類である。
作者ウルリヒについては、どのような人物だったかはよく分かっていない。作者 の名前は作品中に二箇所(9344行von Zatzichoven Uolrich、9444行Uolrich3)に記 されている。現在のところ、ザンクト・ガレンの古文書(日付は 1214年 3 月29
1 この項は主に以下を参考にした。
Hahn, H. A. (hrsg.): Ulrich von Zatzikhoven, Lanzelet: eine Erzählung; mit einem Nachwort und einer Bibliographie von Frederick Norman. Berlin 1965
Spiewok, W. (Übers.): Ulrich von Zatzikhoven, Lanzelet. Greifswald 1997 Kragl, F. (hrsg.): Ulrich von Zatzikhoven, Lanzelet. Berlin 2006
Mertens, V. : Der deutsche Artusroman. Stuttgart 1998
2 白木和美『Ulrich von Zatzikhoben „Lanzelet“ : 作品紹介』[東京都立大学大学院 独文研究会『METROPOLE』27号, 2004, 63~72頁]
3 現行の校訂版は、Hahn, H. A. (hrsg.): Ulrich von Zatzikhoven, Lanzelet: eine Erzählung; mit einem Nachwort und einer Bibliographie von Frederick Norman.
Berlin 1965.とKragl, F. (hrsg.): Ulrich von Zatzikhoven, Lanzelet. Berlin 2006と の二種類がある。以下 „Lanzelet“ からの引用及び人物名表記はKraglの校訂版に 基づく。人物名の日本語表記は、平尾浩三[邦訳・注釈・論考]:『湖の騎士ランツ ェレト』同学社 2010 を参考にした。
日)に記された、現在のスイス、トゥルガウ州、Zezikonの近くにあるLommisの 教区付き司祭(Capellanus)であるUolricus de Cecinchovinと同一人物と推定さ れている。異説はあるが、決定的な史料はまだ見つかっていないようである。
作品中に原典について述べている部分があり(9322-9341行)、その中に年代を 特定できる歴史的事実が含まれている。すなわち、1192年12月第三次十字軍の帰 路オーストリア公レオポルトに捕らえられた英国王リチャード一世が、神聖ローマ 皇帝ハインリヒ六世に引き渡され、交渉の末高額の身代金によって1194年2月に 解放されたことである。莫大な身代金を支払い終わるまでの人質として英国から送 られてきた一団の中にいたHûc de Morvilleという人物が持っていたein welschez
buoch がこの物語の原典であると説明されている。この記述により、作品が 1194
年以降に成立したことはほぼ確定する。おそらく1200年前後に成立したと考えら れるが、ハルトマンの『イーヴェイン』やヴォルフラムの『パルツィヴァール』と の影響関係を考慮してもっと遅い時期とする説もある。
原典として述べられているein welschez buochに該当する作品は伝わっておらず、
その作者についても『ランツェレト』の中に言及がないため不明である。原典所持 者として名前を挙げられているHûc de Morvilleについても、よく分かっていない。
同名の人物が何人か記録に残っており、カンタベリー司教トマス・ベケットの殺害 にかかわった領主が比較的有力ではあるが、同一人物かどうかは確証がない。また、
身代金支払いのための人質として宮廷に滞在したであろう原典所持者と作者がどの ように接触を持ったのかも不明である。原典に関する記述がすべてフィクションで ある可能性もある。そのためこの作品の原典・起源については様々な推論がなされ ている。
同名の主人公を扱った先行する作品には、クレチアン・ド・トロワの『ランスロ または荷車の騎士』(1177-1181年頃成立)があるが、物語の内容はほとんど一致 しない。クレチアンの作品は王妃の誘拐と王妃の忠実な恋人である主人公による王 妃救出の物語である。これに対して、『ランツェレト』では主人公の生い立ちと冒険 の物語が中心で、王妃の誘拐のエピソードは語られるものの、クレチアンの作品の ような主人公の王妃への恋愛は存在しない。クレチアンの作品の主人公が艱難辛苦 に耐えて王妃への純愛を貫くのに対し、『ランツェレト』の主人公は様々な女性と関 係をもち、最終的にイーブリス(Iblis)という女性と理想の夫婦となり幸福な一生 を送る。主人公の名前や、それが作品半ばまで明かされないなど共通している点も あるが、ストーリーは全く違うものになっている。従って、クレチアンの作品をウ ルリヒが知っていた可能性は完全に否定はできないものの、それが『ランツェレト』
の直接的な原典とは考えられない。
クレチアンは作品冒頭で物語の素材とテーマを庇護者のシャンパーニュ伯夫人マ リーから与えられたと述べている。このクレチアンが参照した素材と『ランツェレ ト』の原典がどのような関係にあるのかは議論の分かれるところである。以後の同 名の主人公を扱った他作品では、主人公はこのクレチアンの作品と同様に王妃の忠 実な恋人であり、『ランツェレト』と同様の生い立ちをもつ。しかし『ランツェレト』
と同様のストーリーをもつものは他に見当たらない。その点でこの作品は異色作と いえるだろう。
以下にそのストーリーを述べるが、異界や魔法のモチーフが多く用いられ、様々 な冒険のエピソードで構成された娯楽作品であることが見て取れる。それもまたこ の作品の特色である。
作品のあらすじ 作品のあらすじ作品のあらすじ 作品のあらすじ
ゲネウィース(Genewîs)の王パント(Pant)は暴君だったため家臣の反逆に あい、死ぬ。王妃クラーリーネ(Klârîne)は1 才あまりの赤ん坊を連れて逃げ ようとするが、湖の妖精が現れてその子を連れ去る。その子は湖の妖精が治める 女性だけが住む常春の島で育てられ、15歳のとき島を出る。その際、仇敵イーウ ェレト(Iweret)を倒さないうちは名前も素性も教えられないと、湖の妖精から 言い渡される。以後主人公は名無しのまま冒険の旅に出る。
湖の妖精から馬と騎士の装備を贈られて体裁は整えたものの、騎士としての教 育を受けていない主人公は、馬の乗り方さえままならない状態であった。彼は最 初にたどり着いた城プルーリース(Plûrîs)の門前で小人に鞭で打たれ辱めを受 ける。直後に出会ったヨホフリト・デ・リエス(Johfrit de Liez)という領主の もとで騎士としての教育を受ける。その後モーレイス(Môreiz)の城主ガラガン ドレイス(Galagandreiz)との決闘に勝ち、その娘と結婚する。しかし主人公は さらなる冒険の旅に出かける。リーモルス(Lîmors)城で牢に囚われるが、城主 の姪アーデ(Ade)の助けもあって、巨人、獅子、城主リーニエル(Lînier)と 順番に戦って勝つ。アデと結婚してリーモルス城主となる。名無しの騎士の噂は アルトゥース(Artûs)王の宮廷に届き、ウァールウェイン(Wâlwein)が派遣 される。主人公はウァールウェインと出会い決闘するが勝負がつかないままにな る。デョフレー(Djoflê)での騎馬槍試合に参加して勝者となった後、アルトゥ ース王の宮廷への招きを断って主人公は旅を続け、シャーディル・リ・モルト
(Schâdil li Mort)に到着する。湖の妖精の息子マーブース(Mâbûz)に捕らえ
られ、その宿敵イーウェレトを倒すことを期待され解放される。イーウェレトを 倒し、その娘イーブリス(Iblis)と結婚し、湖の妖精の使者から主人公の名前と 素性が明かされる。
主人公ランツェレト(Lanzelet)は母の兄弟であるアルトゥース王の宮廷へ向 かう。途中ファレリーン(Valerîn)との戦いに勝ち、王妃ゲノフェル(Genover)
に近づかないよう誓約を立てさせる。プルーリースで勝利するものの女王の魅力 の虜となり囚われる。一方アルトゥース王の宮廷では、湖の妖精の使者がもたら した魔法のマントで、先に到着した主人公の妻イーブリスが非の打ち所のない貴 婦人だということが証明される。使者から主人公ランツェレトの窮状を知らされ て、ウァールウェインをはじめとする騎士たちがプルーリースへ赴き主人公を救 出する。その間にファレリーンが誓約を破って王妃を誘拐する。ファレリーンの 難攻不落の居城を攻略するために魔法使いマルドゥク(Malduck)の助力を得る が、その代償にエーレク(Erec)途ウァールウェインが魔法使いの城の牢に入る こととなる。アルトゥース王と騎士たちはファレリーンを倒して王妃を救出、さ らに主人公をはじめとする大勢の騎士たちによってエーレクとウァールウェイ ンを救出して魔法使いを倒す。宮廷で祝宴が行われる。
魔法で竜の姿に変えられたティーレ(Thîle)の姫エリディーアー(Elidîâ)が 主人公のキスで元の姿に戻る。主人公ランツェレトは父親の領地ゲネヴィースに 戻り、母親と再会、領地を受け継ぐ。さらに妻イーブリスが受け継いだ領地ドー ドーネ(Dôdône)をも所有することになる。二人の間には三人の息子と一人の娘 が生まれ、二人は死ぬまで幸せに暮らした。
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2魔法のマント魔法のマント魔法のマント(魔法のマント((Zaubermant(ZaubermantZaubermantelZaubermantelelel)のエピソード)のエピソード)のエピソード )のエピソード 1魔法のマント(Zaubermantel)のモチーフについて
このエピソード(5811-6201行)は、全9445行のこの作品の中では行数的にも 半ばを過ぎたところ、ストーリー的にも主人公の名が明かされるという山場を越え たところに位置する。
エピソードの内容は次の通り。
主人公ランツェレトはアルトゥース王の宮廷にいない。ランツェレトの妻イー ブリスはすでに宮廷に到着しているが、夫に会えない悲しみで臥せっている。そ こへ以前主人公に名前と素性を告げた湖の妖精の使者の乙女が、アルトゥース王
の宮廷に湖の妖精からの贈り物のマントをもってくる。そのマントは素晴らしい もので、試着してぴったり合った女性に贈られることになる。
王はまず王妃ゲノフェルに試させる。マントは王妃のくるぶしまでしか届かな い。使者の乙女はそれを、王妃が愛らしく善良であるが思慮に欠けるためと説明 する。次にオルピレト(Orpilet)が恋人に試させたいと申し出る。彼女には長す ぎて後ろに伸びていたが、前側は膝の上にかかる程度に短くなった。彼女が恋人 をあまりに愛しすぎ、顧みられなくなると他に愛を求めてしまうからと説明され る。次にヴァールヴェインが恋人に試してほしいと頼む。彼女には旅行着のよう に少しだけ短かったがぴったりだった。使者の乙女は他にもっとぴったり合う人 がいなければ彼女に差し上げようと言う。そこでケイーン(Keîn)がマントは自 分の妻にふさわしいと主張する。彼女が試着するとケイーンが見ている前側はぴ ったりで彼は喜ぶが、後ろ側は帯のところで上にしわが寄って伸ばせず、結局恥 をかく。彼女が人の頼みに何でも従順に応じすぎるのが悪いとされる。ロイフィ ロル(Loifilol)は妻が生まれる一年前から妻を愛しており、彼女に怒ったことが ないので、彼女にマントを試させる。マントは彼女にぴったりであったが、留め 金がきちんととめられない。使者の乙女は、彼女が十分な奉仕を受けながら高慢 なためそれに報いないからだと説明する。ギーフェレイス(Gîferreiz)王の恋人 が試すと、まわり全体は良かったが、つぎあてをしないといけないような大きな 穴が開いた。威張る夫を憎んでいるからと説明される。ガイレト(Gailet)の恋 人が試すとすぐに留め金が壊れマントが地面に落ちる。ガイレトが彼女をそばか ら離そうとせず連れまわして苦しめたためとされる。使者の乙女は新たな留め金 を取り出す。マルドゥース(Maldûs)の恋人は最も小柄な貴婦人であったが、試 着するとマントは上着のように短くなる。使者の乙女は、彼女がすべての人々を 嘲弄し思い通りにしているからだと説明する。イーウァーン(Iwân)の恋人はと びぬけて背が高かったが、試着するとマントは後ろに長く広がる。彼女が単純で 頑固で、争いをやめないためと説明される。
他にも美しきエーニーテ(Enîte)や200人以上の女性たちが試すが、マント をきちんと着られる女性は誰もいなかった。使者の乙女はその場に来ていない貴 婦人も連れてくるように王に要求する。イーブリスが呼び出されてきて、マント を着る。彼女には非の打ちどころなくマントがぴったり合うことを皆が認め、マ ントは彼女のものとなる。
まず、このエピソードの中心となるマントについて、具体的な描写(5811-5831
行)を詳しく見てみる。
dar ûz nam diu maget sân einen mantel wunderlîch getân;
der wuohs in allan gâhen, daz siz an sâhen.
er wart lanc und breit.
für wâr sî iu daz geseit,
daz alle diu varwe dran erschein, die eht menschen dhein
ie gesach oder erkande.
an disem fremeden gewande waz geworht allerslahte mit wîbes handen ahte:
tier, vogel, merwunder.
swaz ûf der erde oder drunder
und zwischen himel und erde ist erkant, daz eht mit namen ist genant,
daz stuont dran, als lebte.
sô ez iezuo hie swebte, sô ruct iz aber fürbaz.
ein zouberlist geschuof daz von nigromanzîe.
その乙女はそこから素晴らしく仕上げられたマントを取り出した。それはすぐ に広がったため彼らはそれが見えた。それは長くて幅が広く、あなた方に請け 合いますが、どんな人間でも見聞きしたことのあるすべての色がその上にきら めいた。この特別な衣服には、入念な女性の手であらゆる種類の獣、鳥、海の 驚異が、地上あるいは地下、天地の間に知られている、名前の付いているもの は何であろうと、織り込まれていた。それらはマントの上で生きているようで あった。ここで揺れていたかと思うともうその先で動いていた。魔法が魔術に よってそれを生み出した。
ここではマントが魔法の産物であることが強調されている。マントの色や模様自
体も不思議なものである。この後起こるマントが伸び縮みするなどの不可思議な状 態変化はすべて、魔法によって引き起こされるのだと納得させるためであろう。そ のマントの状態変化がどのようなことを意味しているのかは、使者の乙女が解説役 を引き受けている。マントの持つ不思議な力についてはイーブリスが登場する場面 の後にいくつか言及されている。まずマントの正当な所有者となるイーブリスが身 に着けると、他の人から文句をつけられないようマント自体が形を整えると述べら れており4、マント自体が何らかの意思を持っているかのようでもある。さらにマン トには、悲しみを癒す効果があり、主人公と離れ離れになって悲しみにくれている イーブリスには必要なものだと述べられている5。つまりこのマントは最初からヒロ インのイーブリスに贈られるべく用意された品であり、彼女が受け取ることになる のは読者にとって自明である。しかしそのヒロインの登場はエピソードの最後まで 待たねばならない。またこのエピソードの後にも、ドードーネでの戴冠の場面の中 にイーブリスがこのときのマントを着用しているとの言及6があり、ヒロインの素晴 らしさを象徴するアイテムとして用いられていると思われる。
このマントの試着が何を試すものなのか明言はされていない。使者の乙女は宮廷 中の女性に試させるよう王に要求するが、その際何が試されるのかははっきりと語 ってはいない7。しかしその後に、誠実であろうとする貴婦人達が進み出た8という 部分があり、またオルピレットがこれまで恋人が何をやっていようとこの先やらな ければ許すと言っている部分9や、ロイフィロルが妻の誠実さを見たいという部分10 からも、これが女性の誠実さを試すものであることがわかる。女性の誠実さや美徳
4 der aber von im des gewuoc, / daz dar an iht missezæme, / ê man daz volle vernæme, / sô schicte sich der mantel dar / alsô, daz im niht enwar. (6136-
6140行)
5 Der mantel het noch einen site: / swer in truoc, daz er vermite / jâmer und senedez klagen. (6197-6199行)
6 ir vremden mantel truoc siu an / ze tisch und ouch ze spil. / dem wart gewartet vil, / so daz gewürhte lieblîch tet. (9204-9207行)
7 Künic, du solt den mantel nemen / und gibin in, dâ er müge zemen / under allen den frouwen. / ouch will ich gerne schouwen, / wer diu sî, der er kome.
(5835-5839行)
8 dâ mit gên die frouwen dar / ûz der massenîe schar, /die dâ stætelîchen wolten sîn. (5847-5849行)
9 swas siu unz her getân hât, / ob siu michs hinnen hin verlât, / sô sî mit triuwen ditz verkorn. (5903-5905行)
10 und wolt ir triuwe schouwen (5979行)
を 試 す マ ン ト の モ チ ー フ は 、 古 フ ラ ン ス 語 の フ ァ ブ リ オ ー „Du mantel
mautaille“ にみられる。またドイツの作品には、断片『マント』(„Mantel“)11が
ある。マント以外にも、同様の機能を果たす小道具を用いた作例としては、Heinrich von dem Türlinの „Crône“ の中に角杯を用いた「角杯の試し」(Trinkhornprobe 917-3131行)と手袋を用いた「手袋の試し」(Handschuhprobe 22990-24719行)
のエピソードが語られている12。ここでは詳細は述べないが、いずれも艶笑譚、滑 稽譚の趣があり、ことに不倫の恋の物語のヒロインとして知られる王妃ゲノフェル やイゾルデが槍玉に挙げられる傾向があるようだ。
しかしこの作品では、王妃が主人公と恋愛関係にないので、王妃の失敗は不倫に よるものではない。また、トリストラント(Tristrant)はこの後のエピソードで登 場するものの、イザルデ(Isalde)は名前が言及されるのみで本人は登場しない13。 王妃以下の宮廷の女性たちの失敗例を見てみても、使者の乙女が指摘する貴婦人た ちの欠点は様々だが、必ずしも不倫につながるものというわけではない。むしろそ れぞれの性格やマナー、周囲の環境に対する批判ととれる。つまり、このエピソー ドは単なる艶笑譚にはなっていないし、不倫の恋をしている王妃や浮気性の貴婦人
11 Warnatsch, Otto (hrsg.): Der Mantel, Bruchstück eines Lanzeletromans des Heinrich von dem Türlin, nebst einer Abhandlung über die Sage vom Trinkhorn und Mantel und die Quelle der Krone. Breslau 1883
この表題から分かるように、Warnatschはこの断片の作者をHeinrich von dem
Türlinとみなしているが、反論もあり、確定はしていないようである(Kragl,
S1061)。この994行の断片はAmbraser Handschriftのハルトマン・フォン・アウ エ作『エーレク(Erec)』の冒頭部分に挿入されたもので、そのためかマントがぴ ったり合うのはÊrecの妻Ênîteということになっていて、Lanzeletは登場してい ない。
12 Heinrich von dem Türlin; Die Krone (Verse 1-12281): nach der Handschrift 2779 der Österreichischen Nationalbibliothek nach Vorarbeiten von Alfred Ebenbauer, Klaus Zatloukal und Horst P. Pütz; herausgegeben von Fritz Peter Knapp und Manuela Niesner. Tübingen 2000 (Altdeutsche Textbibliothek; Nr.
112). Heinrich von dem Türlin; Die Krone (Verse 12282-30042): nach der Handschrift Cod. Pal. germ. 374 der Universitätsbibliothek Heidelberg nach Vorarbeiten von Fritz Peter Knapp und Klaus Zatloukal; herausgegeben von Alfred Ebenbauer und Florian Kragl. Tübingen 2005 (Altdeutsche
Textbibliothek; Nr. 118)
13 Tristrantの名はこのエピソード後の6234行が初出。Wâlwein, Karjet, Erecと
共にPlûrîsへLanzelet救出に向かう一行の一人として登場する。さらに、彼の境
遇を説明する形で、Isaldeとの恋愛関係が語られている(8089-8093行)。
に対する揶揄というわけでもない。娯楽作品と言われているこの物語の中で、この エピソードは意外に真面目な描かれ方をしているように思える。
2マントの試し(Mantelprobe)での女性たち
最初にマントを試す女性は、王妃ゲノフェルである。使者の乙女が王妃について どのように語っているか具体的に見てみよう(5868-5887行)。
Diu maget sprach: ›daz ist wâr, Genover ist hübsch und guot, an den werken hât siu sich behuot, daz siu niewan wol getete.
doch durch wîbes zwîfels bete ist siu an den gedenken missevarn.
ein sælic man sol wol bewarn sîn wîp mit allem guote.
swer der künigîn unreht huote, sô hæt siu dicke daz dinc getân, daz si sus durch ir êre hât verlân.
starkiu huot und ungetriuwer muot, di machent stætiu wîp unguot.
daz ist gewis sam der tôt.‹
その使者の乙女は語った。「ゲノフェールが愛らしく善良なのは真実です。行い においても自分を守ってきたため、良い振る舞いしかしなかった。しかし女性 らしい疑いのために思慮に欠けているのです。幸せな夫はその妻にあらゆる方 法でよく気をつけるべきです。誰かが王妃を不適切に監視するなら、彼女が名 誉のためにやらずにいたことをしばしばするでしょう。強い監視と不誠実な気 持は堅固な女性を悪くするのです。それは死と同様に確かなことです。」
王妃の場合、マントはくるぶしまでしか届かなかったのだが、そうなった理由と して使者の乙女はまず王妃の欠点をあげている。けれどもそれに続く言葉は、王や 宮廷の男性陣に向けた助言もしくは警告のようにとれる。最後は格言のようであり、
王妃個人について言っているというよりはむしろ一般論というべきであろう。この
ように、使者の乙女がマントの状態について解説する場合、まずその状態を引き起 こした女性の欠点を見つけるが、次にはその欠点が生じたそもそもの理由が本人の 性質のみならず伴侶や周囲の男性の態度や扱いによるものだと示唆し、格言のよう な形で終わる、というパターンがある程度見て取れる。このパターンがはっきり表 れているもう一つの例は、ロイフィロルの妻の場合である。留め金が止まらない理 由として使者はまず、彼女が男性から十分な働きと奉仕を受けたために心に快楽と 高慢を抱いたと説明する14。妻が生まれる前から愛していたロイフィロルは、その 溺愛が妻の心に高慢を生じさせたと示唆されたようなものである。そして使者は「い かなる女性であれ、男性の贈り物を受け取って、彼に報いないなら、恥辱であり不 名誉である15」と警句めいた言葉で締めくくっている。
このエピソードの半分以上の行数が、ヒロイン以外の宮廷の女性たちの失敗に費 やされているのだが、この女性たちについては、王妃以外は名前が出てこない16。 皆「騎士何某の恋人(vriundîn)もしくは妻(wîp)17」である。男性がその伴侶に マントを試させる形式になっているからである18。そして使者が語る失敗の原因に ついても女性だけでなく、伴侶である男性の側の態度も問われているのではと思わ せる部分もある。例えば、ギーフェレイス王の恋人やガイレトの恋人のように、伴 侶である男性の欠点によって女性の美徳が損なわれているという場合もある。女性 の欠点を生じさせ、あるいは是正せず放置しているのは、男性側の誤りだというわ けである。貴婦人だけを一方的に批判対象にしているのではなく、貴婦人とその伴 侶である騎士がカップルとして共に試されているのである。名前がはっきり挙げら れている点においては、むしろ男性が批判対象とされていると言ってもよいかもし
14 siu sprach: >diu vrouwe hât genomen / gewerp und dienst genuoc, / dâ von siu in ir herzen truoc / wunne und dicke hôhen muot.(5998-6001行)
15 ez ist laster und unêre, / swelich wîp des mannes gâbe enpfât / und im doch ungelônet lât.< (6014-6016行)
16 エニーテ(Enîte)の名前は挙げられている(Enîte, diu reine, 6098行)が、具体 例としては登場せず、伴侶のエーレク(Erec)もこの場面には登場しない。
17 Keînの伴侶 (mîm wîbe, 5941: Keins vriundîn, 5971) やGailetの伴侶(sîn vriundîn, 6033: sîm wîbe, 6040: sînem wîb, 6048)のように、恋人(vriundîn)と妻 (wîp)の両方の呼称を使っている場合もあるので、ここではこの二語を厳密に区別し ているわけではないようである。
18 王妃の場合は王が勧めている。>dês allein, swiez ergê, / versuochent, wie iu der mantel stê, / legent in snelleclîchen an. / ich bin, der sîn iu wol gan, / wan mir nieman lieber ist.< (5851-5855行)
れない。ここで示されているのは、他の同時期の宮廷文学のミンネ(minne)のあ り方とは異なり、宮廷における節度ある夫婦関係である。男性側にも女性側にも節 度と礼儀をもって行動することを求めているのである。それは宮廷生活で求められ るマナーでもあり、逸脱は許されないのである。
結果としては、主人公の最終的な伴侶となるイーブリスが最高の女性として賞賛 を浴びるわけだが、彼女に対する記述は具体的な描写19はされておらず実にそっけ ない。
Diu vrouwe dô niht beite, siu leit in vor in allen an.
dô sprach wîp und man, ez wære mit der wârheit daz baz stênde kleit,
daz ie dehein vrouwe getruoc.
その貴婦人はためらわず、彼ら全員の前でそれを着た。それで女も男も、これ は本当にこれまでどの貴婦人が着たなかでも、最もよくぴったりと合った衣服 であると、言った。(6130-6135行)
つまり彼女は、それまでに登場し批判された貴婦人たちのもっていた欠点をもっ ていないということであり、ことさら美点を述べ立てることはしていない。それま での使者の批判をまとめて逆にしてみると、イーブリスは、思慮に富み愛を求めす ぎず従順すぎず高慢でなく、夫が威張りも連れ回しもせず、毒舌でもなく強情で争 いばかりしない、ということになる。そしてこれがこの作品中での理想の女性とい うことになる。
3主人公と伴侶との関係
湖の妖精はイーブリスにマントを贈ったが、養い子であるランツェレトにも贈り 物をしている。ランツェレトとイーブリスが結ばれたとき、湖の妖精の元から使者 の乙女がランツェレトのところにやってきて彼の素性を告げ、立派な天幕を贈る
19 Iblisがいかに素晴らしい女性であるかは、Lanzeletとの出会いの場面の前(4015
-4090行)に描写がある。
(4700-4737行)。この天幕はまた、ランツェレトがドードーネでの戴冠に向かう 際に使用している(9075-9079 行)。イーブリスにとってのマントと同じように、
主人公の素晴らしさを象徴する役割を果たしているのかもしれない。この天幕がい かに素晴らしい不思議な力をもつものであるか、長々と説明されている(4744-
4926行)。マントの模様の鳥獣が生きているようだったというのと同じように、生 きているように見える鳥獣の模様の描写もある(4883-4895行)。またその中には、
格言的にミンネについて語っている部分がある。天幕の入り口に掲げられた銘文で ある(4852-4859行)。
>quid non audet âmor?< ――
daz spricht: >was getar diu minne niht bestân?<
der ander sprach, daz ist mîn wân;
>minne ist ein werender unsin.<
sît ich ze ellende worden bin, sô stuont dar nâch geschriben:
>minne hât mâze vertriben;
sine mugent samit niht bestân.<
「何を愛は敢えてせざるや?」 それは次のような意味だ、「ミンネがあえて行 おうとしないことがあるだろうか?」 もう一つ書いてあるのは、私が思うに
「ミンネとは絶え間なく続く無分別である」 私はそれからほど遠いのだが、
その後にはこう書かれてある、「ミンネは節度を追い払ってしまう。それらは一 緒には存在できない」
これらの銘文の言葉は、魔法のマントのエピソードで示された節度を重視する立 場からみると、ミンネへの皮肉であり批判であるように思える。魔法のマントのエ ピソードには、愛する相手のためにあらゆる艱難辛苦に耐えるという発想は見られ ない。無分別で節度なきミンネではなく、節度と礼儀をわきまえた夫婦関係が好ま しいとされるのである。そうすると、唯一マントがぴったり合って、理想の貴婦人 として称賛されたイーブリスが他の女性たちと違ってパートナー不在であったこと は、いささか皮肉なことである。ランツェレトは受けた屈辱を晴らすという名目で、
イーブリスを残してプルーリースに行くが、そこの女王の魅力の虜となり囚われて いるからである。そのため、ランツェレトは妻の称賛される様子をその場で見るわ けではなく、栄誉を分かち合うわけでもない。ただ、その後一連の救出劇が終わり、
主人公が竜に姿を変えられた姫の呪いを解く前に、イーブリスにマントが合ったこ とをランツェレトが喜んだという部分がある(7824-7827行)。
ランツェレトが女性に対して誠実であるとは、物語の筋立ての上からは言い難い。
彼はイーブリスと結ばれる前に二度結婚している。一度目は黙って出奔してそれき りになる。二度目は、シャーディル・リ・モルトで魔法によって臆病者にされた時 に愛想を尽かされる。その後結婚相手の二人の女性については一切言及がなくなり、
イーブリスと結婚することになる。しかしその後も、プルーリースの女王と関係す る。それにもかかわらず、この後、ランツェレトとイーブリスは、節度をわきまえ た理想の領主夫妻として幸福な結末を迎えるのである。
ランツェレトの天幕はその後、ドードーネでの戴冠の後に、王妃ゲノフェレに譲 られている(9264行)。一方でマントは、イーブリスがケイーンの伴侶に贈ろうと するが、試着して合わなかったことから思い止まっている(9265-9269行)。その ケイーンは恋人に対して、多くの人々と同様にふるまうようにしているから貴女が 愛しいのだ20、と皮肉にとれる言い方をしている。主人公夫妻と違って理想通りに はいかない、理想を追い求めすぎない例として対置されているかのようである。
主な参考文献 主な参考文献 主な参考文献 主な参考文献
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20 >ir müezent mir wol liep sin, / wan ir iuch hânt des wol bewart, / daz ir in der mêren schar vart. (6148-6150行)
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Warnatsch, Otto: Heinrich von dem Türlin, der Verfasser des Gedichtes vom Mantel. Breslau 1883
平尾浩三[邦訳・注釈・論考]:『湖の騎士ランツェレト』同学社 2010