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源氏狭衣百番歌合の研究

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Academic year: 2021

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(1)

源氏狭衣百番歌合の研究 ─ 巻頭巻軸に見られる撰集意識 ─ 長   沼   友   奈

  作品紹介 あっている。 似や歌詞の一致等を接点として番えられており、歌合として響き として配列した撰集作品である。その左右歌二首は詠歌状況の類 物語』と『狭衣物語』の作中歌を歌合として左右に配し、百の対   『 源 氏 狭 衣 百 番 歌 合 』( 以 下『 百 番 歌 合 』 と 表 記 す る ) は『 源 氏

  久曽神昇氏によって藤原定家自筆本が発見され た

注1

ことと、自筆 本『 後 百 番 歌 合 』(『 源 氏 物 語 』 と 十 の 物 語 の 作 中 歌 を 歌 合 形 式 に 配 列 し た 作 品 で、 『 百 番 歌 合 』 と 構 成 が 似 通 っ て い る ) の 奥 書 に 「 此 歌 先 年 依 後 京 極 殿 仰、 給 宣 陽 門 院 御 本 物 語、 所 撰 進 也。 私 草 被 借 失 了。 仍 更 求 書 写 本、 令 書 留 之 。

注2

」 と あ っ た こ と か ら、 九 条 良経とも宣陽門院とも交流のあった人物である、藤原定家が撰者 であるとする点については諸説一致しているが、成立時期や制作 意図については、作品自体に付されていないこともあり、なお断 定されていない。

  先行研究および本論の目的

  か つ て『 百 番 歌 合 』 は、 物 語 作 中 歌 で あ る と い う 観 点 か ら、 『 源 氏 物 語 』 研 究 の 資 料 的 な 扱 い を 受 け る こ と が 多 か っ た

注3

。 理 由 として二点挙げられる。一点目は、物語作中歌が物語の一場面を 想 起 さ せ る

注4

た め で あ る。 世 に 広 く 親 し ま れ て い る 物 語 の 印 象 的 な 詠 で あ れ ば、 和 歌 の み で 物 語 の 詠 歌 状 況 を 想 起 さ せ る が、 『 百 番 歌 合 』 の 撰 歌 も、 各 歌 が そ れ ぞ れ 物 語 の 一 場 面 を 想 起 さ せ る。 『 源 氏 物 語 』 の 一 場 面 と『 狭 衣 物 語 』 の 一 場 面 を 並 べ て、 両 者 を 比 較 し て い る よ う に 思 わ れ る の で あ る。 二 点 目 は、 『 百 番 歌 合 』 の配列が『源氏物語』を中心に撰歌されているように思われ る

注5

た めである。配列の連想が、比較的に『源氏物語』作中歌どうしの

(2)

流 れ を 優 先 さ せ て い る こ と や 、 歌 合 の ル ー ル と し て 左 歌 (『 百 番 歌 合 』 に お け る 『 源 氏 物 語 』 歌 ) が 優 位 に 立 つ こ と が 挙 げ ら れ る 。

  し か し 近 年、 『 百 番 歌 合 』 に 撰 さ れ た 和 歌 の 読 解 は、 『 源 氏 物 語』や『狭衣物語』の作中歌の読解とは異なるのではないかとの 見 解 が 示 さ れ 始 め て い る。 各 歌 の 詠 歌 状 況 を 説 明 す る『 百 番 歌 合 』 の 詞 書 が、 『 源 氏 物 語 』 や『 狭 衣 物 語 』 の 物 語 場 面 の 正 確 な 解 説 よ り も、 『 百 番 歌 合 』 の 歌 合 と し て の 対 や、 番 ど う し の 連 想 に ふ さ わ し い 流 れ に な る 場 面 説 明 と な る こ と を 優 先 す る

注6

よ う に、 意図的に改変されているとの指摘がある。

  従 来『 百 番 歌 合 』 は 藤 原 定 家 が、 『 源 氏 物 語 』 が『 狭 衣 物 語 』 よりも優位にある物語であると考えていたことを証明する作品で あ る と さ れ て い た が、 近 年 の 研 究 に よ っ て『 百 番 歌 合 』 は、 『 源 氏物語』や『狭衣物語』の作中歌を、そのままの作中の和歌とし て で は な く、 『 百 番 歌 合 』 独 自 の 解 釈 を 加 え た 歌 と し て 捉 え て い ることが指摘されてい る

注7

。『百番歌合』撰者、藤原定家の意図は、 歌 合 を 行 い『 源 氏 物 語 』 優 位 で あ る こ と を 証 明 す る よ り ほ か に、 撰集『百番歌合』としての、撰者の個性の発現があったのではな い だ ろ う か。 『 百 番 歌 合 』 は 物 語 作 中 歌 を 歌 合 に し た 作 品 で あ る が、作中歌である、歌合であるという枠を越えて、撰集としての 作品性が見出せるのではないだろうかと考えられる。   そ こ で 本 論 で は 、『 百 番 歌 合 』 を ひ と つ の 撰 集 と し て 捉 え た 上 で 作 品 構 成 を 考 察 し 、 撰 者 の 個 性 の 発 現 に つ い て も 考 察 を 試 み た い 。

  歌群の存在   『百番歌合』は一首一首が物語作中歌としての作品世界を持ち、

二 首 一 対 が 各 々、 歌 合 と し て の 妙 を 持 っ て い る が、 『 百 番 歌 合 』 全 体 を 一 つ の 撰 集 と し て 俯 瞰 し て 見 た 場 合、 和 歌 一 首 の 意 味 や、 歌合の対を越えて、数首の群で、あるイメージを構成する部分が ある。この、同一のイメージを持つ和歌を配列した群を歌群とす る。ここでは、特に巻頭と巻軸に見られる歌群に注目したい。定 家 が 巻 頭 と 巻 軸 に 重 き を 置 い た と 考 え ら れ る 撰 集 は『 百 番 歌 合 』 だ け で は な い か ら で あ る。 『 新 勅 撰 和 歌 集 』 は、 巻 頭 と 巻 軸 に 数 百ずつまとまりのある歌を配している部分に『古今和歌集』への 意識が見てとれることが、森晴彦氏によって既に説き明かされて い る

注8

  巻頭は「月」を含む和歌が、巻軸は神に関わる語を含む和歌が 多く配されている。巻頭の「月」は、月の中でも照り輝く月では なく、沈む月ばかりが詠まれている。沈む月の詠が並ぶ中に「草 の原」という墓場を意味する歌語を含む和歌が二首並んで配され ていることに引きずられ、死を連想させる配列となっている。巻

(3)

頭八首、四番までを以下に掲載す る

一番   恋部   左   中将ときこえし時、限りなく忍びたるところにて、あ やにくなるみじか夜さへほどなかりければ    六条院 がな

1

見ても又逢ふ夜まれなる夢のうちにやがてまぎるる我が身とも   右   譲位のこと定まりて後、忍びて斎院に参りて、出させ たまへるとて    御製

2

め ぐ り あ は む 限 り だ に な き 別 れ か な 空 行 く 月 の 果 て を 知 ら ね ば

二番

  左   弘徽殿の三の口にて、朧月夜の尚侍に

3

深 き 夜 の あ は れ を 知 る も 入 る 月 の お ぼ ろ け な ら ぬ 契 り と ぞ 思 ふ   右   大将におはせし時、弘徽殿にて、女二宮に

4

死 に か へ り 待 つ に 命 ぞ 絶 え ぬ べ き な か な か な に に 頼 み そ め け む

三番

  左   三の口にて    尚侍

5

う き 身 世 に や が て 消 え な ば 尋 ね て も 草 の 原 を ば 訪 は じ と や 思 ふ ひ草の、霜深くなりゆくを御覧じて つ か な く お ぼ し め し 悩 み け る こ ろ、 尾 花 が も と の 思     右 一品の宮、人しれぬさまにおはしけるを、ゆくへおぼ

6

尋ぬべき 草の原 さへ霜枯れて誰に問はまし道芝の露

四番

  左   朧月夜に尚侍の取り替えたまへりし扇に書き付けたま ふ

7

世に知らぬ心地こそすれ 有明の月の行方 を空にまがへて

  右   后の宮初めて見たてまつらせたまひける暁

8

嘆きわび寝ぬ夜の空に似たるかな心尽しの 有明の月

  傍 線 で 示 し た よ う に、 連 続 し て 配 さ れ た 八 首 の 和 歌 の 中 に、 「 月 の 果 て 」、 「 入 る 月 」、 「 有 明 の 月 」 と い う 沈 み ゆ く 月 を 詠 む 和 歌が四首配されている。沈みゆく月の景は物事の収束を思わせる 景である。さらに、沈みゆく月の歌群の中に、点線で示した「草 の 原 」 が 二 首 並 ん で い る。 「 草 の 原 」 は 人 の 訪 れ が な く 荒 れ 果 て た墓場を意味する歌語であるが、この二首が歌合の対とされてい ることも注目すべきかと思われる。二首の接点として、 「草の原」 が 使 用 さ れ る こ と で、 三 番 の 二 首 が 歌 合 と し て 表 現 す る 主 題 が、

(4)

かつての女性の荒れ果てた墓場を訪れることのない、冷淡な男君 像に集約されるのである。暗い雰囲気の漂う、沈む月の景が並ぶ なかに、三番の歌合によって、荒れ果てた墓場のイメージが付与 される。

  総じて、巻頭の八首は、命の収束、死の連想を導いているとい える。

  歌群としての死、作中歌個々としての恋   歌群として死の連想を導いている巻頭であるが、歌群を構成す る一首一首の和歌の死の印象は、強くはない。歌群としての読解 を行う前に、各詠の作中歌としての読解を、二番の二首を例に読 解する。

二番

  左   弘徽殿の三の口にて、朧月夜の尚侍に   

3

深き夜のあはれを知るも 入る月 のおぼろけならぬ契りとぞ思ふ   右   大将におはせし時、弘徽殿にて、女二宮に

4

死にかへり待つに命ぞ絶えぬべきなかなかなにに頼みそめけむ

 

3

は、宮中で宴が開かれた夜に、酔い心地の源氏が月の美しい   歌になっている。 し、心が重なることを表現しつつ、男女の恋の駆け引きとなる和 歌が表現する春の幻想的な景の美しさを、居合わせた二人が共有 じ月を見ていると、意思を表示した和歌となっている。大江千里 月夜の君の独り言に返しをして、自分もあなたと同じ気持ちで同 はない私達の縁があると、通りすがりの女性を口説いている。朧 手掛かりにして、朧月という目の前の実景をもとに、おぼろげで の朧月夜にしくものぞなき」という古歌を口ずさんでいたことを た。朧月夜の君が、大江千里の「照りもせず曇りもはてぬ春の夜 である。この女性は後に朧月夜の君と呼ばれる右大臣の娘であっ ていたので、通りがかった女性に詠みかけて気を引こうとした歌 趣深さにつられて藤壺の周りを窺い歩いていた時に弘徽殿が開い

と恨み事をいう。垣間見する以前は、女二宮との結婚にその気が を頼みにし、何度も恋死にしているうちに命がなくなってしまう 二宮に魅かれ始めて、今になって嵯峨院が与えると約束したこと 宮との縁談にずっと気が進まなかったにもかかわらずである。女 びそ天の羽衣)と詠みかけて、狭衣に与えると約束した娘、女二 院 が「 み の し ろ 衣 」( み の し ろ も 我 脱 ぎ 着 せ ん 返 し つ と 思 ひ な わ かつて天稚御子が狭衣を迎えに来た時に引きとめようとした嵯峨

4

は、 美 し い 女 二 宮 を 垣 間 見 た 狭 衣 が 言 い 寄 っ た 和 歌 で あ る。

(5)

全 く な か っ た 狭 衣 の 実 情 か ら す る と、 大 げ さ な 言 い ぶ り で あ り、 かえって今までの女二宮への心の浅さが思われる。

  二 番 で 詠 ま れ る「 月 」 は、

歌群は命の収束を思わせると述べたが、

3

の「 入 る 月 」 で あ る。 先 に「 月 」

は 込 め ら れ て い な い。 『 源 氏 物 語 』 中 で 描 か れ て い る し て 捉 え る と、 『 源 氏 物 語 』 の 場 面 と し て「 入 る 月 」 に 死 の 意 味

3

を一首の物語作中歌と

は、月に託した朧月夜の君への恋心を訴えている。 月」は、朧月夜の君と共有する、朧げな夜月の景色であり、源氏

3

の「 入 る

 

語 が 使 用 さ れ て い る が、 『 狭 衣 物 語 』 中 で 詠 ま れ た

4

に つ い て も、 「 死 に か へ り 」「 命 ぞ 絶 え ぬ 」 と 死 を 思 わ せ る 歌

狭衣の死への思いが迫ってくる和歌ではない。 女二宮に成り行きで詠みかけた恋歌であり、本来、作中歌として け る 和 歌 で は な い。 『 狭 衣 物 語 』 の 場 面 と し て、 偶 然 垣 間 見 し た 狭衣が、死にかへり、命が絶えそうになって詠むような場面にお

4

の 和 歌 は、

  し か し、 「 入 る 月 」 と「 死 に か へ り 」「 命 ぞ 絶 え ぬ 」 が、 接 点 を 持つ歌合の番いとして配されることで、対象の和歌に死の意味が 含まれていることに焦点が絞られる。

  左右の両歌に死を連想させる詞が明確に含まれているため、二 番を例として述べたが、月歌群の、他の詠についても、物語場面 の中では恋歌として詠まれたものである。

1

は、源氏の義母であ 氏の詠で、夢のような逢瀬の時を名残惜しんでいる。 り、理想の女性でもある藤壺の宮との密会の際の別れを惜しむ源

で源氏の宮に、永劫の別れへの悲嘆を訴えている。 とができなくなることを悲しむ狭衣が、最後の逢瀬の別れの場面 の即位によって、従兄妹で理想の女性である源氏の宮と会するこ

2

は、自身 通りがかりの朧月夜の君に恋心を訴えた、

5

は、源氏が 程度の恋心なのでしょうと切り返している。 ば私が死んでもあなたはもう私のことなど忘れてしまう、そんな の応酬である。名を教えてほしいと言い募る源氏に対して、例え

3

に対する朧月夜の君

いを寄せている。 思って詠んだ歌である。狭衣がかつて恋愛関係にあった女性に思 られたという事情を知らない狭衣が、ふと飛鳥井の女君の行方を 連れ去られ、入水自殺を考えている時に、自身の乳母子に連れ去 が、狭衣と恋愛関係にあるという事情を知らない狭衣の乳母子に なっていたが、行方不明になっている中流の女性、飛鳥井の女君

6

は、狭衣と恋仲に

7

は、

3

、 んでいる源氏の独詠である。 別れた。本歌は、朧月夜の君と別れた後にしるしの扇を眺めて偲 夜の君だが、逢瀬のしるしとして二人が持っていた扇を交換して 後の源氏の独詠の場面である。最後まで名を明かさなかった朧月

5

の朧月夜の君と源氏の恋の応酬の

容姿のよく似た、故式部卿の姫君を発見した狭衣が、手の届かな

8

は、理想の女性である源氏の宮と

(6)

い存在である源氏の宮の身代わりとして、神が授けてくれた女性 だと喜んだ独詠である。

  物語の場面状況に鑑みずに、配列された詞だけを考えると、沈 む月をさらには死を連想させる「月」歌群であるが、歌群を構成 している一首一首の作中歌の、物語作中歌として本来待たされて いた意味は、いずれも恋の場面で詠まれたものであり、月に寄せ た「 恋 歌 」、 生 き 死 に に 寄 せ た「 恋 歌 」 で あ る。 作 中 歌 と し て は 恋歌であることに重点が置かれ、月や死の発想には注目されてい なかった。

新たな読解を与えている。 歌であることに光を当て、本来恋歌であった作中歌に、死という 成する各作中歌が、 「月」に寄せた恋歌、 「生き死に」に寄せた恋   「 月 」 歌 群 は、 月 と 生 き 死 に の 詠 を 連 続 し て 配 す る こ と で、 構   巻軸、神に関わる語歌群の存在   巻 頭 の 四 つ の 番(

1

同様、巻軸もまた、複数の和歌で形成される歌群が見出せる。神 た詠者の思いの他に、歌群として死の連想を導いていた。巻頭と 持っていた歌意である対象の和歌に込められた恋心や嘆きといっ 配 さ れ る こ と で、 『 源 氏 物 語 』『 狭 衣 物 語 』 の 物 語 作 中 歌 と し て

8

の 歌 ) は、 「 月 」 と い う 語 が ま と め て   恋 わる語を含む和歌を以下に挙げる。 話や神の威光に繋がる詞が多く使用されているのである。神に関

  二十九番   左   兵部卿宮の上、二条院に渡りたまひぬと聞きて    右大将

57

しなてるや鳰の湖に漕ぐ舟のまほならねどもあひ見しものを   右   賀茂行幸の日

58

思ふことなるともなしにいくかへり恨み渡りぬ 賀茂の川波

三十番

  左   兵部卿宮の上に対面したまへるに、朝顔の花をさしい れて   右大将

5注

よそへてぞ見るべかりける白露の契りか置きし朝顔の花   右   斎院に

60

神山の椎柴隠れ忍べばぞ木綿をも掛くる 賀茂の瑞垣

四十一番

  左

  「 ふ り 捨 て て 今 日 は 行 く と も 鈴 鹿 川 八 十 瀬 の 波 に 袖 は

(7)

ぬれじや」と侍りける御返り   前坊の御息所

81

鈴 鹿 川 八 十 瀬 の 波 に ぬ れ ぬ れ ず 伊 勢 ま で た れ か 思 ひ お こ せ む     右   大将におはしましし時、高野に参らせたまひて

82

恋しさもつらさも同じほだしにて泣く泣くもなほかへる山かな

四十三番

  左   泣く泣く恨みてもかひなき御心のうちなれば

85

逢ふことのかたきを今日に限らずはいま幾夜をか嘆きつつ経む     右   斎院卜定の日、御車寄せて

86

今日やさやかけ離れぬる 木綿襷 などその 神 に別れざりけむ

別部 四十五番

  左   須磨の別れに

8注

憂き世をば今ぞ別れてとどまらむ名を ば ただすの神 に任せて     右   世をおぼし捨てける夜、 斎院 より出でさせたまふとて

注0

涙のみよどまぬ川と流れつつ別れる道は行きもやられず   に、下りて御馬の口を取りて 源朝臣 山にまうでさせたまひける夜、糺の御前見やるるほど て、御簡削られにければ、御供に出で立つに、院の御     左 六条院、須磨に移らひたまひけるころ、右近将監解け 八十七番 雑部

173

ひき連れて 葵かざし しそのかみを思へばつらし 賀茂の瑞垣   右   一条院にて、雨降りける日

174

柏木の 葉守の神 になどて我雨漏らさじと契らざりけむ

八十八番

  左   須磨の浦に祓したまふとて

175

八百万の神 もあはれと思ふらむ犯せる罪のそれとなければ     右   斎院の御禊の日

176

みそぎする 八百万代の神 も聞けもとよりたれか思ひ初めてし

九十五番

  左   須磨の浦にて、花の宴の日おぼし出でて

189

いつとなく大宮人の恋しきに桜かざしし今日も来にけり

    右   后の宮わたりたまひて後

(8)

190

尋ね見る しるしの杉 もまがひつつなほ 神山 に身やまどひなむ

九十八番

  左   六 条 院 に 行 幸 の 日、 御 前 の 菊 を 折 ら せ た ま ひ て、 昔、     青 海 波 の 折 お ぼ し 出 で て、 お ほ き お ほ ひ ま う ち ぎ み に

195

色まさる籬の菊もをりをりに袖うちかけし秋を恋ふらし   右   賀茂の祭の 近衛使を御覧じて

196

ひき連れて今日はかざしし葵草思ひもかけぬしめのほかかな

九十九番

  左   大原野 の行幸の日、おはきおほひまうちぎみに遣はし ける   冷泉院御製

197

雪深き 小塩の山 に立つ雉の古き跡をも今日は尋ねよ   右   嵯 峨 院 の 御 時、 御 前 に て 笛 つ か う ま つ ら せ た ま ふ に、 空の気色変はりて稲妻しきりにすれば

198

稲妻の光に行かむ 天の原 はるかに渡せ雲のかけはし

百番

  左   六条院、明石より都に帰りたまひて、初めて内に参り        ためへりけるに   朱雀院御製

199

宮柱 巡り合ひける時しあれば別れし春の恨み残すな   右   天稚御子の迎へ、空しく帰させたまひて   嵯峨院御製

200

みのしろも我脱ぎ着せむ返しつと思ひなわびそ 天の羽衣   傍線部で示した「賀茂の川浪」等を、神に関わる語とする。巻 頭の「月」歌群の「月」と比較すると、神に関わる語は広範囲に 点在しているが、概観して巻軸に集中しているといえよう。

57

して採られていき、巻軸四首( られていなかった神に関わる語が、巻軸に向かうにつれ頻度を増 ることは難しい。しかし少なくとも『百番歌合』は、巻頭には採

200

までという、広範囲かつ分断のある和歌群を一つの歌群とす

196

~ 捉えてよいだろう。 点は注目に値する。神に関わる語を意識して巻軸に集めていると

200

)でまとめて配されている   段階的、神の使用による神への接近   一言で、神に関わる語、とまとめているが、神に関わる語群は さらに、意味内容と、配列のまとまりから三つの群に分割される と 思 わ れ る。 以 下、

57

58

5注

60

を Ⅰ 群、

81

82

85

86

8注

注0

をⅡ群、

173

174

175

176

189

190

195

196

197

198

199

(9)

200

をⅢ群とする。

  三つの群はそれぞれ配列されている部立が異なる。 (『源氏狭衣 百 番 歌 合 』 は

雑 の

5

つ の 部 立 で 分 類 さ れ て い る。 恋、 別、 旅、 哀 傷、

番、八十七番、を例に三つの群の比較を行う。 して左右歌が共有するテーマが異なる。以下、二十九番、四十五 Ⅱ群は別部、Ⅲ群は雑部に配列されている。群によって、歌合と

5

部 で あ る。 ) 多 少 の ズ レ も あ る が 大 別 し て、 Ⅰ 群 は 恋 部、

  二十九番は、宇治の大君の心を獲得すべく、大君が気に掛けて いる妹中の君を匂宮に嫁がせた薫であったが、中の君が匂宮から 大切に扱われている事を聞くと、今更ながら中の君が惜しく思わ れるという

世を反芻する(源氏の宮は斎院に、狭衣は帝位についた)という

57

の歌と、狭衣が賀茂の行幸に向かい源氏の宮との宿

58

の歌を合わせている。

 

57

の歌と 機になっている。 賀茂の地に来ると源氏の宮が思われるという、女性を思い出す契 宮 が 斎 院 と し て 暮 ら す 場 所 と し て の 賀 茂 社 が 詠 み 込 ま れ て お り、 で、神に関わる語として傍線を引いた「賀茂の川浪」は、源氏の 係 を 振 り 返 る と い う、 詠 い 手 の 心 境 と い う 点 で 共 通 す る。 こ こ

58

の歌は、男君が思いを遂げられなかった女君との関

  四十五番は、右大臣との政治的争いに敗れ須磨に退去する源氏 が、亡き父桐壺院の山稜を拝み、神に暇乞いをする

で あ る 若 宮 へ の 執 着 を 振 り 切 っ て 決 別 す る 二 宮 と の 関 係 が こ じ れ て し ま っ た 狭 衣 が 出 家 を 思 い 、 女 二 宮 と の 子

8注

の歌と、女

注0

の 歌 を 合 わ せ て い る 。

 

8注

の 歌 と 訴えている。 磨に退去させられることとなった自身の罪に対して、身の潔白を の 神 」 は、 「 名 を 糺 す 」 と い う 名 前 を 持 つ 賀 茂 の 糺 神 に 対 し、 須 で共通する。ここで、神に関わる語として傍線を引いた「ただす を、亡き父や我が子といった大切な人との別れに象徴している点

注0

の 歌 は、 男 君 が 暮 ら す 政 治 的 な 貴 族 社 会 と の 決 別

  八十七番は、源氏の栄華も無実も知りながら源氏を見捨てる賀 茂の神を恨む

狭衣が女二宮を諦めざる得なかったことを悔いている ん だ 後 に 御 供 の 右 近 将 監 が 源 氏 の 過 去 の 栄 華 を 思 い 詠 ん だ ) と、

173

の歌(須磨に旅立つ源氏一行が桐壺院の山稜を拝

神に訴える形で詠んだ)を合わせている。 宮と戯れながら、神威が宿るゆえに雨が漏れないとされる柏木の

174

の歌(若

 

173

の 歌 と

の共通の主題として光が当てられている。 歌で訴えかける直接的な対象としての神であり、八十七番の歌合 と し て 傍 線 を 引 い た「 葵 か ざ し 」「 賀 茂 の 瑞 垣 」「 葉 守 の 神 」 は 和 取って心情を表現している点で共通する。ここで、神に関わる語

174

の 歌 は、 賀 茂 の 神 や、 葉 守 の 神 に 訴 え か け る 形 を

(10)

  恋部を主とするⅠ群は、神に関わる語を使用しているが、ここ でいう「賀茂の瑞垣」とは、想い人が住む賀茂の地を思う詞であ り、賀茂の神に向けて歌を詠みかけているわけではない。別部を 主とするⅡ群は、世の中と別れて行くに至る、誰にも訴えられな い 思 い を 和 歌 に 託 し て い る。 「 名 を ば た だ す の 神 に ま か せ て 」 に 神への訴えが垣間見えるが、歌合としての二首の共通点は世の中 との別れである。Ⅱ群も神を主題とする歌群とは言えない。雑部 を主とするⅢ群は、左右歌共に、神に訴えかけるという形を採っ ている。作中歌としては、

ことになった悔しさが滲み、

173

の歌は、無実の罪で須磨に退去する 意味を持っているが、歌合として

174

の歌は、女二宮との関係を悔いる

173

の歌と 訴えている詠者の構図が焦点化される。 ると、誰にも理解されない、誰にも言えない思いを、神に対して

174

の歌を並べて配列す

は「雑」部とされているように、合わせの主題がⅠ、Ⅱ群と比較 とっており、Ⅰ群と比較すると神の存在感が強まる。雑部のⅢ群 群 は、 別 れ の 中 で、 理 解 さ れ な い つ ら さ を 神 に 訴 え か け る 形 を の訴えかけの意味に焦点が当てられていない。別部に配されたⅡ 恋 す る 人 へ の 恋 情 が 中 心 の 合 せ で あ り、 「 神 」 に 関 わ る 語 は 神 へ 詠 み か け た 三 つ の 群 は「 神 」 の 持 つ 意 味 が 異 な る。 恋 部 に 配 さ れ た Ⅰ 群 は、 の面影を中の君に求め始めて、匂宮に譲ったことを後悔する薫が   「 神 」 に 関 わ る 語 が 多 く 配 さ れ る 巻 軸 周 辺 だ が、 Ⅰ、 Ⅱ、 Ⅲ の 盾もなく匂宮に引き取られたことを悔いる中の君に対して、大君 るか考察したい。Ⅰ群について述べると、三十番の歌合が、後ろ   ここで、三つの群の、他の歌合が各群としての特徴を備えてい が可能なのではないだろうか。 し て の 立 場 ) だ け で は な い、 『 百 番 歌 合 』 と い う 撰 集 独 自 の 読 み 物 語 歌 秀 歌 撰 と し て の 立 場 )、 歌 合 の 妙 を 楽 し む( 物 語 歌 合 集 と か ら な い。 物 語 の 良 さ を 讃 え る( 『 源 氏 物 語 』 や『 狭 衣 物 語 』 の 表現する流れは、各和歌、各歌合だけを取り出して見たのではわ を増している神に焦点があてられる。以上のような歌集が全体で 「 神 」 を 多 用 す る こ と で、 Ⅰ 群、 Ⅱ 群 と 段 階 を 経 て 徐 々 に 存 在 感 も神への訴えかけが主題であるとは言い切れないが、突如Ⅲ群で る語が度々登場することで神の存在が強調される。Ⅲ群の合わせ る 語 が 多 用 さ れ て い る。 主 題 が 曖 昧 に 暈 さ れ た 中、 「 神 」 に 関 わ して曖昧である。しかし、先のⅠ、Ⅱ群と比較して「神」に関わ

な態度に対する恨みを詠みかける 自分が恋心を隠してきたからこそ斎院となれたのだという、冷淡 に、 狭 衣 の 厄 介 な 恋 情 か ら 逃 れ ら れ る と 喜 ぶ 源 氏 の 宮 に 対 し て、

5注

の 歌 と、 源 氏 の 宮 が 斎 院 と な る こ と が 決 定 し た 時

は、男君が女君に手を出さなかったことを悔いている点で共通で

60

の歌を合わせている。左右歌

(11)

あり、機を逃した恋が主題として浮かび上がる。

  Ⅱ 群 に つ い て、 四 十 一 番 と 四 十 三 番 の 歌 合 は、 『 百 番 歌 合 』 の 部 立 と し て は 恋 部 に 分 類 さ れ て い る が、 「 神 に 別 れ ざ り け む 」 と い う 語 が 含 ま れ て い る 点、 恋 情 を 抱 く 人 と の 別 れ の 歌 で あ る 点 で、別部に通ずる別れの意味が含まれていると思われる。四十一 番 の 歌 合 は、 源 氏 と の 関 係 が 崩 壊 し て し ま っ た 六 条 の 御 息 所 が、 伊勢に下向する際に、自分を捨てて行くのかと詠う源氏の歌への 返 歌 と し て、 後 日 送 っ た

衣が、山を降りる際に詠んだ に、若宮や両親を思い出し、出家を叶えることができなかった狭

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の 歌 と、 出 家 し よ う と 都 を 発 っ た の んだ逢瀬でも拒み通され、逢えない苦しみを訴える るようにと、藤壺から避けられる源氏が、情念冷めやらず忍びこ しさが増す点である。四十三番の歌合は、源氏が皇子の後見とな 通点は別れによって、かつての女性や大切な血縁者に対して、恋

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の歌を合わせている。左右歌の共

れが苦しいと訴える 院として賀茂に向かう源氏の宮に対して、立場が異なる、この別

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の歌と、斎

の 場 で も あ る。 ( 藤 壺 は 皇 子 の 母 と し て、 源 氏 の 宮 は 斎 院 と し て ていた女主人公が、完全に男主人公を拒絶する契機となる、別れ 通しているが、同時に、物語中で恋の対象となる可能性が残され ない立場にある、つれない理想の女性へ恋心を訴えている点で共

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の歌を合わせている。左右歌は、手の届か の立場を取ることで男君との距離を取る。 )

  Ⅲ群について、八十八番は、須磨で御祓いをした源氏が、川に 流されていく人形に自身の身を重ね合わせて悲しく思い、改めて 神々に身の潔白を訴えている

形 で、 源 氏 の 宮 に 詠 み か け た 早 く 源 氏 の 宮 を 見 初 め た の は 自 分 だ っ た の だ と、 神 々 に 訴 え る 源 氏 の 宮 の 行 列 が 人 々 に 祝 福 さ れ る 姿 を 見 た 狭 衣 が、 誰 よ り も

175

の歌と、斎院として賀茂に向かう し、とりわけ昔が恋しく思われて詠んだ で、 帝 か ら 賜 っ た 桜 を か ざ し て 華 や か に 舞 っ て い た 頃 を 思 い 出 に 植 え た 桜 が 咲 き 始 め た 様 を 見 た 源 氏 が、 か つ て 宮 中 の 桜 の 宴 で共通である。九十五番の歌合は、須磨の生活が一年経過し、庭 しくは理解されてはならない思いを、不特定多数の神に訴える点 「 八 百 万 の 神 」 と い う 詞 が 共 通 で あ り、 誰 に も 理 解 さ れ な い、 も

176

の 歌 を 合 わ せ て い る。 左 右 歌 は

ないと思い乱れている の姫君の素晴らしさを思いつつも、源氏の宮への思いも捨てられ 代わりとして故式部卿の宮の姫君を迎えた狭衣が、故式部卿の宮

189

の歌と、源氏の宮の身

190

の歌を合わせている。

189

る。九十八番の歌合は、栄華の絶頂にある晩年の源氏が、冷泉帝 山 伝 説 を 背 景 に 引 く 詞 に よ っ て、 古 代 的 な 世 界 観 を 共 有 し て い い う、 宮 中 に 仕 え る 人 を 指 す 古 語 と、 「 し る し の 杉 」 と い う 三 輪 歌 と し て 物 語 場 面 に 共 通 点 が あ る と は 思 え な い が、 「 大 宮 人 」 と

190

の歌は作中

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の行幸の折に庭の菊を折りとり、かつて頭中将と菊をかざして青 海波を舞った栄華を思って頭中将に詠みかけた

に託しながら、自分は参加できない不自由を詠んだ う立場ゆえ葵祭に出かけられない狭衣が、人々への贈り物を使い

195

の歌と、帝とい 奉しなかったことを責める 帝が大原野行幸の折に、源氏が酒やくだものを贈っただけで、供 界をいう詞を使用している点でも共通である。九十九番は、冷泉 合 わ せ て い る 点 で 共 通 で あ り、 「 籬 」 と「 し め 」 と い う、 場 の 境 せている。左右歌は男君が自分の人生を振り返り、昔と今を重ね

196

の歌を合わ

う と し た 降臨し狭衣を天上に連れて行こうとした折に、狭衣が天界へ行こ

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の歌と、笛の音に応じて天稚御子が 去させたことは許してほしいと詠んだ朱雀帝の が朱雀帝に対面した際に、再会したのであるから源氏を須磨に退 使用されている点で共通である。百番は、須磨から帰京した源氏 という古い時代や、神代の時代といった、古の世を思わせる詞が

198

の 歌 を 合 わ せ て い る。 左 右 歌 は、 「 古 き 跡 」「 天 の 原 」

天の羽衣は脱いで地上に留まってほしいと嵯峨帝が詠んだ 天稚御子に連れられて天上に行こうとした時に、娘を与えるから

199

の歌と、狭衣が

神話的な詞を使用している点でも共通である。 る、神話的世界を主題とする歌合へと連想される。 願 し て い る 点 で 共 通 で あ り、 「 宮 柱 」「 天 の 羽 衣 」 と い う 古 代 的、 とで、違和感なく、Ⅲ群の物語とはかかわりが薄いように思われ を合わせている。左右歌は帝の地位にある人物が、男主人公に嘆 き継ぎつつ物語にある神との関わりを明らかにするⅡ群を経るこ

200

の歌 はなく。恋を主題としており物語の共通点が多いⅠ群、Ⅰ群を引 『 狭 衣 物 語 』 の 作 中 歌 で あ る こ と か ら 離 れ て、 神 を 押 し 出 す の で 世界観を持つ歌合になっている。しかし、唐突に『源氏物語』と で、物語作中歌であることを離れて、左右歌が神の神威や神話の て、 Ⅲ 群 で は、 左 右 歌 が 神 に 関 わ る 語 を 共 通 し て 使 用 す る こ と れ に 主 題 を 変 化 さ せ、 「 神 」 へ の 呼 び か け も ほ の め か す Ⅱ 群 を 経 合としては恋を主題としていたⅠ群、恋の場面を引き継ぎつつ別 は、 『 狭 衣 物 語 』 の 物 語 場 面 上 の 設 定 に 関 わ っ て い た だ け で、 歌 い る。 Ⅲ 群 は 部 立 と し て は 雑 部 に あ た る。 各 群 の 神 に 関 わ る 語 れを主題としながら、詠者が神に訴えかける構図も提示し始めて ては、部分的に神に訴えかける形で別れの思いを込めており、別 おり、次の別部との関連が見られる。神に関わる語の使用につい も見られるが、恋の中でも、恋の終わりである別れを主題として て恋部に分類されているものもあり、Ⅰ群の恋の主題との繋がり 表現するために使用されている。Ⅱ群は『百番歌合』の部立とし 主題とし「神」に関わる語は斎院という立場に就いた源氏の宮を   ここで、神に関わる語の使用についてまとめたい。Ⅰ群は恋を

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  神話的世界の表出   Ⅲ群の中でも特に末尾三首は神話性が高く思われる。三首の中 で、 傍 線 で 示 し た「 天 の 原 」「 宮 柱 」「 天 の 羽 衣 」 は 神 話、 伝 説 的 な、 悠 久 の 世 を 思 わ せ る 詞 で あ る。 「 天 の 原 」 は『 古 事 記 』 に お い て 高 天 原 と 呼 ば れ て い る 天 津 神 の 住 ま う 天 上 の 国、 「 宮 柱 」 は 『 古 事 記 』 に お い て イ ザ ナ ギ と イ ザ ナ ミ が 廻 り 会 っ て 子 孫 を 残 し た 天 地 創 世 の 場、 「 天 の 羽 衣 」 は 衣 を 隠 さ れ た 天 女 が 天 に 戻 れ な く な る 天 の 羽 衣 伝 説 の 鍵 と な る 品 で あ る。 い ず れ も、 『 古 事 記 』 に見られる神代の世界や、羽衣伝説という古い物語の世界を象徴 する詞である。各歌が物語作中歌として持たされていた本来的な 意 味 と は 別 に、 古 い 時 代 の 世 界 観 を、 詞 に よ っ て 連 想 さ せ て い る。 『源氏物語』や『狭衣物語』の世界や、 『百番歌合』の撰者が 生きている時代を越えた、伝説的な古の時代の世界を含んでいる 詠である。

  巻軸三首の傍線部の語は、共に神話や伝説の世界を思い起こさ せる語であり、古代的な世界を和歌に取り込んでいる点で共通だ といえる。巻軸三首以前にも「しるしの杉」や「大宮人」等古代 的 な 世 界 を 思 わ せ る 語 が 点 在 し て い る が、 『 百 番 歌 合 』 の 末 尾 に 向 か う ほ ど、 古 代 的 な 詞 の 頻 度 と、 詞 の 持 つ 神 話 性 が 増 し て い く。   ここで、傍線で示した「神」に関わる語を抽出する。   「

賀 茂 の 川 浪 」「 賀 茂 の 瑞 垣 」「 伊 勢 」「 木 綿 襷 」「 神 」「 た だ す の 神 」「 葵 か ざ し 」「 賀 茂 の 瑞 垣 」「 葉 守 の 神 」「 八 百 万 の 神 」 「 八 百 万 代 の 神 」「 し る し の 杉 」「 神 山 」「 葵 草 」「 し め 」「 小 塩 の 山」 「天の原」 「宮柱」 「天の羽衣」 。

  前半は「賀茂の川浪」といった『源氏物語』や『狭衣物語』場 面の舞台や、 「ただすの神」といった名前にちなんだ表現、 「葵か ざし」といった『源氏物語』や『狭衣物語』の過去の場面を描く と い っ た、 神 に 関 わ る 語 が 多 い が、 後 半 に な る と「 し る し の 杉 」 や「宮柱」等の『源氏物語』や『狭衣物語』の物語世界から逸脱 した、古の物語を引く詞が増えている。

  巻軸は、巻頭に「月」がまとめて配されていたように同じ語が 並んで配されているというわけではないが、複数の和歌が古代的 な世界という同一の発想を共有する語を持つことで、歌群として 新 た な 世 界 観 を 表 出 し て い る と 考 え ら れ る。 そ し て Ⅰ 群、 Ⅱ 群、 Ⅲ群、さらにⅢ群の中でより元の『源氏物語』と『狭衣物語』か ら発展した、作中歌の中の神話性に次第に焦点を当てていくこと で、 『 源 氏 物 語 』 と『 狭 衣 物 語 』 の 作 中 歌 と し て の 世 界 観 を 大 切 に し つ つ も、 連 想 に よ っ て、 『 百 番 歌 合 』 独 自 の 世 界 観 を 内 包 さ

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せている。

  歌合である『百番歌合』の各番には、それぞれ左右歌が共有す る 主 題 が 存 在 す る。 そ の 主 題 は、 『 源 氏 物 語 』 と『 狭 衣 物 語 』 の 物語場面の一致に見られることもあるが、詞の一致で主題が提示 さ れ る 場 合、 『 源 氏 物 語 』 や『 狭 衣 物 語 』 の 物 語 場 面 で 語 ら れ る 意味とは異なる意味に焦点があてられる場合がある。 『源氏物語』 や『 狭 衣 物 語 』 の 世 界 を 基 本 と し な が ら、 連 想 に よ っ て 次 第 に 『 百 番 歌 合 』 に よ っ て 構 成 さ れ る 新 た な 解 釈 が 与 え ら れ て い く 構 造となっている。

  撰者の心

物語歌の魅力、歌合の妙、歌集の魅力、撰者の美意識といった複 『百番歌合』は、作中歌、歌合、歌群、撰集という入れ子構造で、 歌 を 単 体 で 読 ん だ 時 と は 異 な る 視 点 で 各 歌 を 読 む こ と が で き る。 『 源 氏 物 語 』 と『 狭 衣 物 語 』 の 作 中 歌 を 合 わ せ る こ と で、 各 作 中 る 意 味 が、 こ の、 歌 群 に よ っ て 導 き 出 さ れ て い る。 歌 合 と し て 『 源 氏 物 語 』『 狭 衣 物 語 』 の 作 中 歌 と し て 持 っ て い る 意 味 と は 異 な に 導 き 出 さ れ る、 神 へ の 訴 え と 神 話 世 界 と の 一 体 化 が 見 ら れ る。 想 さ せ る 死 と、 『 源 氏 物 語 』『 狭 衣 物 語 』 の 物 語 世 界 か ら 段 階 的   『 百 番 歌 合 』 の 巻 頭 と 巻 軸 に は、 沈 み ゆ く「 月 」 の 歌 群 か ら 連   『源氏物語』と『狭衣物語』の和歌を借り、 数の視点が入り組み、それぞれが光彩を放つ作品である。

『百番歌合』として 撰者が表現したかったものとは何であったのだろうか。私見を述 べたい。

  巻頭に提示された死の発想、巻軸に向かう神への訴え、巻軸の 神 話 世 界 と の 一 体 化、 は 撰 者 の 身 近 に 死 が あ っ た こ と が 思 わ れ る。神話世界との一体化は、現実世界と神の世界との心的距離の 遠さゆえに願われるのではないだろうか。撰者が意識して構成し たのかはともかく、撰者自身のどうにもならない現実と手の届か な い 理 想 世 界 へ の 希 求 が、 『 百 番 歌 合 』 に 込 め ら れ て い る よ う に 思 わ れ る。 直 接 死 や 神 へ の 思 い を 詠 み 込 ん だ 歌 を 詠 む の で は な く、 本 来 は 恋 歌 で あ っ た『 源 氏 物 語 』『 狭 衣 物 語 』 の 作 中 歌 を 使 用 す る こ と で、 死 と 神 へ の 撰 者 の 思 い を 暈 し つ つ、 『 源 氏 物 語 』 『狭衣物語』の世界の背後に、 『百番歌合』撰者の意図も付与され ているのではないだろうか。

のではないだろうかと結論付けては穿ち過ぎであろうか。 現 実 世 界 に 蔓 延 る 死 へ の 慟 哭 が、 『 百 番 歌 合 』 に は 隠 さ れ て い る 病 と の 戦 い、 近 し い 人 の 死 等、 定 家 の 身 近 に は 常 に 死 が あ っ た。   『 百 番 歌 合 』 の 撰 者 と は、 藤 原 定 家 で あ る と 考 え ら れ て い る。

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注 に掲載される。   文資料定家自筆本物語二百番歌合と研究』(昭和三十年十二月) 1 穂久邇文庫蔵本を指す。翻刻は、竹本元晛・久曽神昇編集『未刊国

2

1と同資料に掲載される。

で、『百番歌合』の『源氏物語』優位が前提とされている。 昭和三十年六月)の中で定家と『源氏物語』の関係が論じられる中 3 田中新一、「定家の形象行為─源氏物語について」(『国語と国文学』

注 せる場面など、物語の進行に関わる印象的な場面での詠が多い。 に各物語の中でも、源氏と藤壺の密通や、狭衣が天稚御子を降臨さ 4 『百番歌合』に採られた『源氏物語』と『狭衣物語』の詠は、比較的

注 少なからずあることが指摘されている。 五十七巻』、昭和四十五年九月)によって、右歌から左歌への連想も 口芳麻呂、「源氏狭衣百番歌合の配列について」(『季刊文学・語学 『狭衣物語』歌である右歌を配したのではないかとしているが、樋 うしの繋がりが密接で、先に『源氏物語』歌だけを百首撰した後に 5 田中新一氏によると、『百番歌合』は、『源氏物語』歌である左歌ど

和歌集』の「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」も 春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」以外にも『古今 る『伊勢物語』の世界─」において、本来『伊勢物語』「月やあらぬ 6 米田明美氏は、「『後百番歌合』の詞書の記述と歌の配列─ほの見え 注 られる作為が認められるとする。 昔の…」という場を左右歌が共有していることに、より焦点があて 場面として、「五月待つ…」場を排除することで、「月やあらぬ春や 『古今和歌集』を連想させる言葉を詞書から省略しているとし、物語 物語』の「月やあらぬ春や昔の…」の場面方が強調されるように 引いている『源氏物語』の詠が、『後百番歌合』の詞書では、『伊勢

注 れていることが指摘されている。 説明よりも『源氏狭衣百番歌合』中の流れを重要視した改変が行わ 一九八九年十月で、『源氏狭衣百番歌合』の詞書が正確な物語場面の 7 東野泰子「源氏狭衣歌合」の番とその形成」(『百舌鳥国文九巻』)、

注 九月  8森晴彦『新勅撰和歌集巻頭巻軸歌の研究』、(おうふう)、二〇〇八年

  『

百番歌合』本文は小町谷照彦、後藤祥子訳注、『新編日本古典文学全集 狭衣物語①』の巻末付録から引用した。

(ながぬま   ともな   二〇一四年修士課程修了)

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参照

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