介護職による喀痰吸引を受ける利用者の要望 楠永敏惠

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Ⅰ.緒言

「社会福祉士及び介護福祉士法」が改正され、

2012年4月から、条件を満たした介護職等が、医行 為である喀痰吸引と経管栄養(以下、「喀痰吸引等」)

を担えるようになった。この法改正の背景には、実 質的違法性阻却という位置づけで、やむを得ない措 置として、介護職が「喀痰吸引等」を行っている実 態があった1)。「喀痰吸引等」は、それを受ける利用 者や介護家族の切実な願いがあって実現した制度で ある2)

家族介護者が行う医療処置の中で、喀痰吸引は、

家族の負担感が高いといわれている3)。その理由は、

痰が取れないなど手技に難しい部分があること、夜 間の喀痰吸引と経過観察のため24時間緊張して休 めないこと、ホームヘルパーや短期入所などの福祉 サービスの確保が困難であることなど、介護の過酷 さがあることによる4-8)

喀痰吸引を受ける本人も様々な苦痛・困難を抱え ることは、これまで報告されてきている。欧米の看 護領域の研究では、気管切開を受けた急性期の患者 は、喀痰吸引への恐怖感や気管カニューレ交換の不 快感、コミュニケーションがとれない苦痛を感じる としている9、10)。日本でも、人工呼吸器を装着した ALS患者は、気管切開部に挿入された気管カニューレ の痛みや圧迫感、人工呼吸器の音の不快感、人工呼

吸器の事故への恐怖感などがあると記されている11)。 ALS患者の別の調査では、人工呼吸器装着の際に は「動けない、話せない、食べられない」いらだち や、装着後しばらく続く「息苦しさ、発熱、嘔吐」

など身体の不調があることが報告されている12)。 法制化された介護職の喀痰吸引に対して、利用者 の受け止めを明らかにした調査は多くない。その中 で、2011年にALS患者・家族を対象に行われた調 査では、「喀痰吸引等」の法制化には約8割が賛成 ということだった13)。しかし、利用者の苦痛・困難 が軽減されたかということや具体的な要望を把握し た調査は見られない。また、上記の国内外の研究 は、入院患者あるいは人工呼吸器を装着して間もな い時期の経験を示すものが多く、「日常生活を営む のに必要な行為である」喀痰吸引を介護職が行う場 合とは異なる可能性がある。

介護職の喀痰吸引を受ける利用者の要望を把握す ることは、非医療職の喀痰吸引技術の改善点や、生 活の質の向上を図る支援を明らかにすることにつな がると考える。本研究は、喀痰吸引を受ける利用者 がどのような要望をもっているのかを調べ、「喀痰 吸引等」のあり方の検討に役立てることを目的とし た。

介護職による喀痰吸引を受ける利用者の要望 楠永敏惠

帝京科学大学医療科学部医療福祉学科

Needs of users receiving sputum suction by care workers Toshie KUSUNAGA

Teikyo University of Science

Abstract

[目的]介護職が行う「喀痰吸引等」が法制化されたが、喀痰吸引を受ける利用者の要望を明らかにした研究はまだ十分にない。

本研究は、利用者の要望を把握し、「喀痰吸引等」のあり方を検討するための一資料にすることを目的とした。[方法]喀痰吸引 を受ける4名を対象にインタビューを行い、そのうちの1名には喀痰吸引場面等の参与観察を行った。それらの逐語録とフィー ルドノーツを質的に分析した。[結果]要望は、【安全で確実なケアを受けたい】【介護職ができる医行為の範囲を広げてほしい】

【家族介護者の負担を軽減してほしい】【ケアの体制や使用機器を改善してほしい】にまとめられた。[結論]利用者の要望を組 織的に把握し、制度や体制、ケアの改善に活かしていくことが重要と示唆された。

キーワード:喀痰吸引、技術、医行為、介護職、ニーズ

Keywords:sputum suction, skills, medical practice, care worker, users’ needs

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Ⅱ.研究方法 1.用語の定義 1)介護職とは

本研究における介護職とは、介護業務に従事して おり、法制化された「喀痰吸引等」を行っている者 を指す。

介護職の有資格者には、国家資格として介護福祉 士がいるが、ほかに介護職員初任者研修修了者、介 護職員実務者研修修了者、訪問介護員養成研修修了 者、重度訪問介護従業者養成研修修了者などがい る。入所施設では無資格で働いている人もおり、教 育背景が人によって異なる。

2)喀痰吸引とは

喀痰吸引とは、自力で痰を出すことが難しい場合 に、器具を使って痰を吸い出すことをいう14)

介護職等の行う「喀痰吸引」は、「社会福祉士及 び介護福祉士法」第2条に規定されており、「その 者が日常生活を営むのに必要な行為であって、医師 の指示の下に行われるもの(厚生労働省令で定める ものに限る)」とされている。

具体的には、①口腔内の喀痰吸引、②鼻腔内の喀 痰吸引、③気管カニューレ内部の喀痰吸引、④胃ろ うまたは腸ろうによる経管栄養、⑤経鼻経管栄養、

の5種類の医行為である。

介護職等の行う喀痰吸引には範囲があり、①口腔 内と②鼻腔内の喀痰吸引は、咽頭の手前まで、③気 管カニューレの喀痰吸引は気管カニューレ内部のみ となっている。

3)「喀痰吸引等」を行える条件

「喀痰吸引等」は、一定の条件を満たした介護職 等が行えるものである。その条件とは、定められた 研修を受け、試験に合格することである。研修は3 種類ある。第1号研修は、不特定多数の者を対象に

喀痰吸引等を行うための研修であり、5種類のすべ ての行為を研修する。第2号研修は、不特定多数の 者を対象にするが、5種類のうちの①口腔内の喀痰 吸引、②鼻腔内の喀痰吸引、④胃ろうまたは腸ろう による経管栄養の行為を研修する。第3号研修は、

特定の者を対象とし、5種類のうちその者に必要な 行為を研修する。

研修には、保健医療制度や技術の原理・原則等を 学ぶ「講義」とモデル人形を用いてケアを行う「シ ミュレーター演習」を合わせた「基本研修」と、対 象者に実際にケアを行う「実地研修」がある。介護 福祉士は、第1号研修と同じ教育内容を受けてい る。表1には研修の概要を示した15)

2.調査方法

調査対象者の選定は機縁法にて行い、筆者の知り 合いから紹介を受けた人とした。選定基準は、イン タビューが可能であること、介護職による喀痰吸引 を受けてから1年以上経過していること、異なる病 名であること、生活場所は福祉施設か在宅であるこ ととした。

調査対象者は、喀痰吸引を受ける4名の利用者

(以下、利用者)(表2)であった。利用者はすべて 首都圏に在住していた。年齢は40歳代から70歳代、

生活場所は福祉施設が2名と在宅が2名であった。

1名は口腔内吸引のみであったが、3名は気管カ ニューレ内部の吸引を受けていた。喀痰吸引を受け ている年数は、約1年から約30年であった。4名 とも、医療職による喀痰吸引も受けていた。

4名の利用者に喀痰吸引を行っている介護職は、

すべて第3号研修の修了者であった。介護職として の資格は介護福祉士や重度訪問介護従業者養成研修 修了者であったが、資格が特定できない人もいた。

研修/養成課程 基本研修 実地研修

第1号研修 講義

50時間 シミュレーター

演習 5種類の行為

第2号研修 講義

50時間 シミュレーター

演習 口腔内・鼻腔内吸引 胃ろう・腸ろう 第3号研修 講義とシミュレーター演習

9時間 特定の者への

必要な行為 介護福祉士の養成課程 講義

50時間 シミュレーター

演習 5種類の行為

(卒業後の実施も可能)

表1 喀痰吸引等研修

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調査方法は、4名に対して半構造化インタビュー を行った。また、そのうちの1名については、介護 職が行う喀痰吸引場面と外出場面の参与観察を行っ た。調査期間は、2016年9月~2017年12月であっ た。

インタビューガイドは、「介護職による痰の吸引 に対する思いや考えを教えてください」「介護職の 痰の吸引に関して困っていることや要望を教えてく ださい」「生活上の楽しみはどのようなことですか」

「年齢、病名、喀痰吸引を受けてからの期間、誰が 喀痰吸引を行っているか、受けている医療福祉サー ビスを教えてください」などとし、自由に語っても らった。喀痰吸引以外に、人工呼吸器及び付属品の 扱い方や、排痰の体位ドレナージ、人工呼吸器とと もにある生活支援などについても語られ、介護職の ケアにかかわることであるため、分析に含めること にした。

インタビューの時間は、1名に対して30分から 60分であった。3名は気管切開下で人工呼吸器を 装着して侵襲的陽圧換気療法を受けていたが、その うち2名は、スピーチカニューレを使用していたた め会話が可能であった。残りの1名とは、介護職の サポートを得ながら、透明文字盤を用いてコミュニ ケーションをとった。その利用者にはインタビュー を2回に分けて行い、メールでもやりとりをした。

参与観察を行ったのは、承諾が得られた#3で あった。#3は喀痰吸引を約15年間受けており、介 護職は#3の介護を約3年行っていた。筆者が大学 の「喀痰吸引等」の授業担当教員であることを伝え、

特に喀痰吸引時の様子、要望の依頼のしかたや、生 活場面での要望について、見て確認したいことを説 明して依頼した。参与観察中にトラブルはなく、会 話や表情の様子から緊張感は見られなかった。

利用者に了承を得た後、インタビューはICレコー

ダーに録音、参与観察は静止画を撮影した。また、

インタビューと参与観察の際はメモをとった。のち にインタビューの逐語録とフィールドノーツを作成 した。

3.分析方法

分析は、社会科学における質的研究の分析方法を 示している、ロフランドら16)の方法を用いた。初 めに逐語録とインタビューの記録を繰り返し精読し た。その後、内容的なまとまりごとに初めのコード を付与する初期コーディングを行い、コードを作成 した。また、初期コーディングと比較しながら、主 要なコーディングを選別していく焦点化されたコー ディングを行い、カテゴリ(サブカテゴリ)を作成 した。さらに、カテゴリの関係性を検討して、中核 となるカテゴリを生成した。

分析結果の妥当性を高めるために、関連分野の研 究者に意見をもらい、内容を修正した。

4.倫理的配慮

筆者の所属機関の倫理委員会で承認を得て(帝京 科学大学人を対象とする研究計画等審査、審査番号 16031)、研究を遂行した。研究の趣旨、個人情報の 保護の方法、結果の報告方法、研究参加ならびに途 中辞退の自由などを文書とともに説明し、了承を得 た後に行った。インタビューや参与観察は、利用者 の希望する場所や時間帯に行った。インタビューに よる心身の疲労など、体調への悪影響がないように 注意を払った。

Ⅲ.結果

以下、カテゴリは【 】、サブカテゴリは《 》、

コードは〈 〉、語りは『 』で記す。( )内は筆 者による補足である。

ID 年齢 性別 生活場所 主な病名 喀痰吸引の種類 期間 他職種の喀痰吸引等

#1 50代 男性 福祉施設 進行性

筋萎縮症 口腔内 1年 看護師による吸引

#2 70代 女性 福祉施設 頚髄損傷 気管カニューレ内部、口腔内、

鼻腔内 30年 医師・看護師による吸引

#3 40代 男性 在宅 進行性筋

ジストロフィー 気管カニューレ内部、口腔内、

鼻腔内 15年 医師・看護師による吸引

#4 50代 女性 在宅 筋萎縮性

側索硬化症 気管カニューレ内部、口腔内、

鼻腔内 1年 医師・看護師による吸引

*喀痰吸引を受けている年数

表2 利用者のプロフィール

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1.介護職による喀痰吸引に対する利用者の受け止 め

喀痰吸引は医療職が行うべきもので、現場に医療 職がいないから介護職が行うのは仕方がないことだ と述べる利用者がいた。そうであっても、介護職が いないと生活が成り立たないため、介護職による喀 痰吸引は、『なくてはならない』ものと語られた。

一方で利用者は介護職の喀痰吸引に関する要望を あげており、その内容は【安全で確実なケアを受け たい】【介護職ができる医行為の範囲を広げてほし い】【家族介護者の負担を軽減してほしい】【ケアの 体制や使用機器を改善してほしい】にまとめられ た。表3は、要望について、カテゴリ、サブカテゴ リ、コードを示したものである。

2.介護職による喀痰吸引を受ける利用者の要望 1)【安全で確実なケアを受けたい】

(1)《介護職の技術格差をなくしてほしい》

まず、介護職によって喀痰吸引の技術に差がある ため、等しく安全で確実なケアを受けたいという要 望があげられた。

利用者#2は、〈安全面で不安を感じる介護職の ケアを受けたくない〉と思っていた。その介護職の 言葉づかいはよく悪意もないのだが、ケアの安全性

に不安がある。

『例えばこの呼吸器の付け外し。いつも外れる。

なんでほかの人はできるけど、あの人はいつも。そ ういう人は苦手。』

施設で職員を選べるとよいが、職員の指名はでき ない。そのため、そうした場面でも、要求を職員に 伝えることはなく、『早く出てって』と思いながら がまんしていた。そして、ケアの下手な介護職が増 えないように祈っていた。

『2人や3人はしょうがない。やってもらう立場 ですから。そういう人が増えないことを祈るばかり ですね。』

また、利用者#1は、入所施設内に自分の要求を 理解してくれない介護職がいて、排痰を促す体位ド レナージのケアが思うように受けられないと話して いた。技術の質の低い介護職が施設内に増えている と感じており、〈ケアが下手でもせめて要求を理解 してほしい〉と望んでいた。

『少なくとも(こちらの要求を)理解してくれれ ば、だんだんと改善できるし、失敗しても、次はこ ういうふうにって言えるんだけど。こっちの言って ることがわかってないでやってると、こうしてくれ と言ってもね、全然、通じていかないので。(中略)

最近そういう職員が増えてきた。』

カテゴリ サブカテゴリ コード

【安全で確実なケアを受

けたい】 《介護職の技術格差をなくしてほしい》 〈安全面で不安を感じる介護職のケアを受けたくない〉

〈ケアが下手でもせめて要求を理解してほしい〉

《その時々の状態に合わせてケアしてほし

い》 〈喀痰吸引時の状態を確認してほしい〉

〈状態に合わせて吸引してほしい〉

《知識や技術をアップデートしてケアして

ほしい》 〈可能な限り最善のケアを受けること〉

〈介護職に知識や技術を学んでもらうこと〉

【介護職ができる医行為

の範囲を広げてほしい】《痰が取り切れるまで吸引してほしい》 〈痰が取り切れる深さまで吸引してほしい〉

〈再度の吸引のために看護職を呼ぶ煩わしさの改善〉

〈痰が取り切れない苦しさの早急な解消〉

《日常的に必要な医療機器を介護職が使え

るようにしてほしい》 〈介護職が蘇生バッグを使えるようになること〉

【家族介護者の負担を軽

減してほしい】 《家族介護者が休めるための制度の充実》 〈家族介護者の疲れがとれること〉

〈訪問介護の利用時間を増やしてほしい〉

《家族介護者のプライバシーを確保してほ

しい》 〈多くの人の協力と家族のプライバシー確保の両立〉

〈家族のプライバシーの空間〉

【ケアの体制や使用機器

を改善してほしい】 《喀痰吸引ができる介護職を確保してほし

い》 〈喀痰吸引ができる介護職が増えること〉

〈担当している介護職がやめないこと〉

《医師を中心としたチームに要望を理解し

てほしい》 〈医師に利用者の生活や要望を理解してもらうこと〉

〈医師がチームに働きかけてくれること〉

〈チームが適切な医療福祉の情報を得ていること〉

《使用機器を改良してほしい》 〈ポータブル吸引器の吸引力の改善〉

〈コミュニケーションをより身軽にとれる機器の使用〉

表3 介護職による喀痰吸引を受ける利用者の要望

(5)

(2)《その時々の状態に合わせてケアしてほしい》

上記の技術格差解消だけでなく、その時々の状態 に合わせたケアを受けることも要望にあげられた。

気管切開下で人工呼吸器を装着し、在宅で介護職 から吸引を受けている利用者#3は、時によって喀 痰吸引への要求は変わるものと述べていた。例えば、

気候、水分摂取の状態、体調の変化、その日の活動 状況などの影響を感じるという。そのため、〈喀痰 吸引時の状態を確認してほしい〉と望んでいた。

『その都度、その都度。今日(痰が)固いんで、

ガツガツやってとか。』

その時の〈状態に合わせて吸引してほしい〉た め、要求を伝えて吸引してもらっていた。

『そうっとそうっとやってくれる介助者もいるの で。』『今日はなんか、呼吸が続かないからとか、早 めに抜いてもらったりとか。』『目で、吸引中は声が 出なくなるので、それ以上入れないでとか。』

参与観察した利用者#3の喀痰吸引の場面では、

実際に、喀痰吸引をしてほしいタイミングや吸引の しかたを口頭で伝えていた。気管カニューレ内部の 吸引中には、まばたきをしたり眼球を動かしたりし てサインを送って、吸引を止める合図を送っていた。

(3)《知識や技術をアップデートしてケアしてほし い》

上記の要望に加えて、知識や技術をアップデート してケアしてほしいということがあげられた。

利用者#4は、病状が進行することを心配しつ つ、『できる治療は何でもやりたい』と言い、外出 や人との交流を楽しみにしていた。そうした生活を 支える喀痰吸引に対しても、〈可能な限り最善のケ アを受けること〉を求めていた。

そのために〈介護職に知識や技術を学んでもらう こと〉を望んでいた。

『常にアップデートして心身のサポートをしてほ しい。』

2)【介護職ができる医行為の範囲を広げてほしい】

(1)《痰が取り切れるまで吸引してほしい》

介護職等の行う喀痰吸引の範囲は、法制化時に

“気管カニューレ内部まで” と定められた。法制化 以前は介護職にも気管カニューレの奥まで吸引して もらっていたが、現在の喀痰吸引の範囲では、痰が 取り切れないことが語られた。

利用者#2は、介護職に〈痰が取り切れる深さま で吸引してほしい〉と望んでいた。

『今10 cmのところ(気管カニューレ内部まで)

だから。それじゃあ全然だめ。取り切れない。届か ない。(中略)取れないと意味がないもの。いや、

困りますよ。あの10 cmを撤去すれば。本人のいい ところで決めようっていうふうに変えればいいんで すけどね。ちゃんと教えれば誰でもできるのに。資 格の割にはおかしい。迷惑ですね。』

結局、入所施設内の看護職を呼んで吸引してもら うことになっており、〈再度の吸引のために看護職 を呼ぶ煩わしさの改善〉を希望していた。

〈痰が取り切れない苦しさの早急な解消〉は別の 利用者#1も語っており、ケアする側が、利用者の 苦痛を十分理解して吸引できていないことを指摘し ていた。

『吸引したけれども、息苦しさやつらさは全然解 消しない。でも職員側からすれば、呼吸困難になら ないから大丈夫だろうという。職員側と受ける側で 要望してることが乖離しているんだと思いますね。』

(2)《日常的に使う医療機器を介護職が使えるよう にしてほしい》

利用者#3は、〈介護職が蘇生バッグを使えるよ うになること〉を要望にあげていた。

蘇生バッグは手動式の換気装置であり、バッグの 部分を押すことで肺に空気を送ることができるもの である。人工呼吸器が故障したなどの緊急時には介 護職も蘇生バッグを使うことはあるが、ふだんは使 用できない。しかし、入浴時や着替えのときなど蘇 生バッグの使用が必要になることがあるという。

『アンビューバッグは必要と思いますので、制度 的に使えるようにしてほしい。』

3)【家族介護者の負担を軽減してほしい】

(1)《家族介護者が休めるための制度の充実》

家族の介護を在宅で受けている利用者は、家族介 護者の疲労軽減についての要望を述べていた。

喀痰吸引を受ける利用者は、呼吸状態の確認や、

異常があったときに即対応するため、常時の見守り を必要とする。そのような状況でも、制度上の制約 によって、訪問介護を毎日は受けられないことがあ る。利用者#4では、訪問介護を利用できない時間 帯には家族が介護していたが、『私の生活は家族の 疲弊とともにある』と語っており、〈家族介護者の 疲れがとれること〉を望み、そのために〈訪問介護 の利用時間を増やしてほしい〉と要望していた。

(6)

(2)《家族介護者のプライバシーを確保してほしい》

また、家族のプライバシー確保についての要望も 述べられた。

在宅生活の継続のためには、多職種が支援するこ とが不可欠であると利用者#4は語った。しかし、

訪問が長時間にわたると、同居家族の生活を見せる ことになり、プライバシーを保ちにくくなる。この ことから〈多くの人の協力と家族のプライバシー確 保の両立〉を要望にあげていた。

特に夜間に介護職がケアしていると、家族が熟睡 できないこともある。〈家族のプライバシーの空間〉

が必要ということもあげていた。

4)【ケアの体制や使用機器を改善してほしい】

(1)《喀痰吸引ができる介護職を確保してほしい》

介護職の確保についての要望があげられた。

在宅の利用者#3は、法制化後も介護職は不足し ており、募集しても期待どおりに集まらないと感じ ていた。そのため〈喀痰吸引ができる介護職が増え ること〉を望んでいた。

また、利用者#3は、〈担当している介護職がや めないこと〉も要望していた。人工呼吸器とともに ある生活では、様々なトラブルが生じる。痰が固く 吸引できないなどの喀痰吸引の手技に関わることか ら、人工呼吸器が突然故障したり、呼吸器の蛇管

(ホース)が破れたり、外出時に人工呼吸器のバッ テリー残量が不足したりすることもある。

そのような場合に介護職の不安感を高めないため にも、介護職に要求するばかりでなく、介護職が安 心してケアできるように配慮し、トラブルがあった ときでも利用者自身が落ち着いている姿を見せるよ うにしていると語っていた。

『自分があわてちゃうと介助者があわてる。なん かあったときこそ、自分のほうがゆっくりしゃべる ことにして。』

(2)《医師を中心としたチームに要望を理解してほ しい》

医療福祉サービスを提供するチームに要望を理解 してほしいという要望があった。

利用者#3は、チームのなかでは医師の権限が強 いので、まず〈医師に利用者の生活や要望を理解し てもらうこと〉を望んでいた。そして、利用者の生 活がよくなるように〈医師がチームに働きかけてく れること〉をあげていた。利用者の生活改善に対し て、医師の考え方や熱意に差があり、相談に応じて

くれる医師は少ないとのことであった。

『(医療福祉のチームにおいて)先生(医師)に力 があるので、在宅のこと知ってもらって、生活のこ と知ってもらって。治療以外で、相談にのってもら える先生が少ない。』

また、病状に合った医療福祉機器や保健医療福祉 制度を使えるように、〈チームが適切な医療福祉の 情報を得ていること〉を利用者#4は望んでいた。

ただし、最新の機器や制度については、医師や看護 師、介護職等でも知らないことはあり、利用者#3 は自身で情報を得るよう努めているということで あった。その場合でも、少なくともチームに要望は 理解してほしいと述べられた。

(3)《使用機器を改良してほしい》

用いている機器に不便な点があり、それを改良し てほしいという要望があった。

利用者#3は、外出中に喀痰吸引を行うことがあ るが、使用しているポータブル吸引器の吸引力が弱 く十分に吸引できないということであった。そのた め〈ポータブル吸引器の吸引力の改善〉を希望して いた。

また、文字盤や意思伝達機器を用いている利用者

#4は、病状の進行にともない、それまでのコミュ ニケーション機器が使いにくくなっており、機器を 調整していた。要求を理解してもらうためにも、〈コ ミュニケーションをより身軽にとれる機器の使用〉

を望んでいた。

Ⅳ.考察

1.喀痰吸引を受ける利用者の要望

欧米の研究では喀痰吸引を受ける人の苦痛や要望 を明らかにしてきた9、10)。しかし、それは看護職に よる入院患者への喀痰吸引であり、地域で喀痰吸引 を長期的に受けている人の調査は数少ない17)。ま た、わが国では、介護職の喀痰吸引を受ける人の要 望を把握した調査は見られない。この意味で本研究 は一定の意義があると考えられる。

先行研究における急性期の患者は、喀痰吸引に対 して恐怖感があり、何をされるかの「手順」を知り たいとされている9)。こうした恐怖感とともに、痰 が取れると呼吸が楽になりほっとする感覚もあると いう18)

そうした急性期と比べて介護職の喀痰吸引を受け る人は、長期的、日常的に吸引を受けているため、

吸引される感覚やそれに関する体験に基づいた、よ

(7)

り能動的な要望をもっていると考えられる。それを 介護職に伝えながらケアしてもらっている人もい た。その一方で、介護を受ける立場では要望を言い にくいと思っていたり、しかたがないとあきらめて いたりして、要望が介護職側に伝えられていない場 合もあることが推察される。

2.利用者の要望の活用

本研究から示唆される利用者の要望をどのように 活用できるかを考察する。

第1に、喀痰吸引については、安全面からの技術 指導や研修などの教育体制の充実が急務であると考 えられた。介護職の技術の差によって喀痰吸引の手 技の安全性に課題があることが伺われる。福祉現場 では、人材の確保が困難であり、教育背景が個々に 異なる介護職の技術格差が問題視されている19)。喀 痰吸引の試験に合格した以降の指導体制や研修は特 に定められておらず、各事業所や施設に任されてい るのが実情である。喀痰吸引は生命維持に直結する ものだけに、安全性を最優先して教育体制を再構築 していく必要がある。

第2に、利用者の要望を組織的に把握し、それを 手がかりに、制度や福祉現場の体制、ケアのしかた を議論し、改善していくことが望ましい。

「喀痰吸引等」の法制化は利用者からすると一歩 前進だが、介護職が行う範囲に制限があり制約のあ る制度である。介護職が行う範囲では痰が取り切れ ないことは、他の論文でも指摘されている20)。介護 職側としても、利用者の要求に応えようとするが規 定の範囲を超えるジレンマを抱えてしまうだろう。

しかし、利用者の要求充足のために、喀痰吸引の 範囲を安易に超えてよいというものではない。喀痰 吸引は介護職が行うとしても医行為であり、安全性 を保持するために、医師の指示に従って行われるも のである。具体的には吸引による合併症や感染症を 予防するため、吸引圧や吸引の深さ、吸引時間、清 潔な操作などの原則が定められている21)。介護職が 喀痰吸引を行う利用者には医療職もケアしている。

しかし、利用者の要望が届いていないことが推察さ れた。また、先行研究においては、介護職が医療職 と情報共有をすることへの苦手意識があることも示 されている22)。今回あげられた要望を手掛かりに、

医療職とともに支援体制を整えて、喀痰吸引のしか たを改善していくことは可能であると考えられる。

そのうえで、介護職の喀痰吸引の範囲や、日常的に 用いる医療機器の使用などについて、今後、検討し

ていくことが望ましい。

3.本研究の限界と今後の課題

本研究の対象者数は少なく、利用者の要望は網羅 されていない可能性があり、結果の一般化には限界 がある。しかし、喀痰吸引を受ける利用者の現実の 発言を提示した意味はあるものと考えられる。今後 は、対象を増やして、喀痰吸引に関する要望を幅広 く把握していくことが望まれる。また、介護職の資 格や経験年数などの違いにより、利用者の要望が異 なるかも今後の検討課題である。

Ⅴ.結論

介護職の喀痰吸引を受ける4名の利用者は、介護 職の喀痰吸引はなくてはならないものと捉えていた が、改善してほしい要望ももっていた。具体的に は、【安全で確実なケアを受けたい】【介護職ができ る医行為の範囲を広げてほしい】【家族介護者の負 担を軽減してほしい】【ケアの体制や使用機器を改 善してほしい】にまとめられた。利用者の要望を組 織的に把握し、制度や体制、ケアの改善に活かして いくことが重要と考えられた。

謝辞

研究に協力してくださいました皆様に心よりお礼 申し上げます。本研究は、文部科学省科学研究費の 助成(課題番号15K03955、19K2254)を受けて行 われた。

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13) 川口有美子:当事者・家族の思い:「喜びの声」

を受け止められる在宅療養体制を.訪問看護と

介護,17(9):789-794,2012.

14) 一般社団法人全国訪問看護事業協会:改訂介護 職員等による喀痰吸引・経管栄養テキスト,中

央法規,2015,pp.113.

15) 厚生労働省:喀痰吸引等研修の概要:研修課程,

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/

b u n y a / h u k u s h i _ k a i g o / s e i k a t s u h o g o / tannokyuuin/dl/4-1-1-1.pdf,(参照2021-11-08).

16) Lofland, J. and Lofland L. H.: Analyzing social settings: a guide to qualitative observation and Analysis, 3rd Ed., Wadsworth, 1995(進藤雄 三・宝月誠翻訳:社会状況の分析 質的観察と 分析の方法,恒星社厚生閣,1997.)

17) Nakarada-Kordic, I., Patterson, N., Wrapson, J., et al.: A systematic review of patient and caregiver experiences with a tracheostomy.

Patient, 11(2): 175-191, 2018.

18) Foster, A.: More than nothing: the lived experience of tracheostomy while acutely ill.

Intensive & critical care nursing, 26(1): 33-43, 2010.

19) 高橋直美,叶谷由佳:介護保険施設における介 護職による喀痰吸引と経管栄養の実施状況と課 題.日本健康医学会雑誌,25(1):58-64,2016.

20) 今野多美子,志水朱,池森康裕,ほか:医療的 ケアにおける実地研修の現状と課題.北海道医 療大学看護福祉学部紀要,25:77-81,2018.

21) 日本呼吸療法医学会 気管吸引ガイドライン改 訂ワーキンググループ:気管吸引ガイドライン 2013(成人で人工気道を有する患者のための).

人工呼吸,30:75-91,2013.

22) 片山茂夫:医療的ケアが必要な認知症高齢者介 護をめぐる介護福祉士の困難感の要因と構成.

立正社会福祉研究,21:45-55,2019.

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