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『カンバセーション…盗聴…』におけるメタ映画的側面 大﨑智史(神戸大学)

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Academic year: 2022

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『カンバセーション…盗聴…』におけるメタ映画的側面 

大﨑智史(神戸大学)  

     

  フランシス・フォード・コッポラ(Francis Ford Coppola, 1939-)は 1960 年代にデビューし、現在に 至るまで数多くの作品を製作している映画監督である。大学で映画制作を学んだ映画監督の第一世代にあ たるコッポラは、商業的にも批評的にも成功を収めたことで、70 年代を代表する映画監督の一人として位 置付けられている。そんなコッポラが、監督の意図を尊重する映画製作を可能にするため立ち上げた映画 製作会社アメリカン・ゾーイトロープにおいて、『ゴッドファーザー』(The Godfather,  1972)の成功を もとに、個人的な主題を据え製作した作品が『カンバセーション…盗聴…』(The Conversation, 1974)で ある。『カンバセーション』は、商業的には苦戦したものの、カンヌ国際映画祭グランプリを獲得するなど 高い評価を集めた。コッポラ自身の原案のもと「パーソナル・フィルム」として製作された当作品は、作 家としての地位を着実に高めてゆく 70 年代のコッポラを語る上で、さらにはアメリカン・ニューシネマに 沸き立つ 70 年代のアメリカ映画を語る上で、避けては通ることのできない作品と言えよう。 

  従来『カンバセーション』は、盗聴行為をきっかけに殺人事件へと巻き込まれる主人公ハリーの内面に 着目した分析をなされることが多かった。またその際には、『カンバセーション』に強い影響を与えた『欲

望』(Blow Up, 1967)との比較のもとで、あるいはジャンル映画、とりわけサスペンス映画の枠組みのも

とで論じられる傾向にあった。しかし、ウォルター・マーチによる音声編集が高く評価されながらも、さ らに音は『カンバセーション』において極めて重要なテーマであるにもかかわらず、十分な考察をなされ ていないように思われる。そこで本発表では、音と、共に提示されるイメージとの関連に着目し『カンバ セーション』について再考する。 

  盗聴した音声をハリーが再構成し事件の真相を追い求めるなか、明確な根拠を欠いたまま結びつけられ た音とイメージが繰り返し提示され、ハリー、そして観客に多様な解釈を求める。こうしたイメージと音 の恣意的な結びつきは、映画というメディウムへの自己言及と捉えることができる。さらに、みられるこ となく対象を観察する盗聴行為や、盗聴のターゲットである男女のうち女性にだけ強い関心を寄せるハリ ーの「男性観客」としての立場などを取り上げ、具体的なシーンにおける音に着目することで、『カンバセ ーション』が持つ、イメージと音をめぐるメタ映画としての側面を明らかにする。また、物語が進むにつ れ、みる主体からみられる対象へとハリーの立場が変化してゆくことが、当時の社会背景に強く依拠して いることを示したい。 

  以上のような分析は、コッポラの作品、ひいては 70 年代アメリカ映画のみならず、映画における音とイ メージの関係性をめぐる考察の一端となることが期待される。さらには、映画テクストを通した、テクノ ロジーとプライバシーをめぐる議論の一助となるだろう。

参照

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第 I 部「映画とラジオの興行―接点としての劇場/映画館―」では、1920~30