修士論文概要九七
﹁ 義 ﹂︵ ius titi a ︶ と ﹁ 義 な る 者 ﹂︵ ius tus ︶ と を め ぐ る エ ッ ク ハ ル ト の 思 惟
││始原︵
prin cip ium
︶、形相︵for m a
︶、徳︵virt us
︶の観点から││若 松 功 一 郎
0 .
本論文は、中世ドイツの思想家マイスター・エックハルト思想に登場する義︵
iust itia
︶と義なる者︵iust us
︶という二概念を主題としたものである。エックハルトの言う義とは、本来神の内にあり、被造的世界の義なる諸々の存在者を存在せしめている、いわばイデア的原像である。そしてエックハルトは、人間が人間たることを止めることなく、却って本来的人間像を回復するような仕方で、被造的世界の内においてこの義を所有し、義なる者となり、義そのものを認識することができると説いていく。すなわち人間の義化︵iust ific atio
︶の問題であるが、本論文では義と義なる者とをめぐるこうした思惟の一端を、両者それぞれの内実、両者の関係性、後者が前者を保有するための方法という三点を中心に解明することを試みた。1 .
第一章では、まずエックハルトの主著のひとつである﹃ヨハネ福音書註解﹄から、始原︵
prin cip ium
︶と始原から生み出されたもの︵prin cip iatu m
︶ との関係をいう始原論に着目し、神の内なる義と人間を義なる者たらしめる義とが同名同義的に等しいとされる根拠を示すことを試みた。エックハルトは始原を第一に三位一体における父の位格と考え、始原から生み出されたものを子の位格と考えている ︵1︶。それゆえ始原は、始原から生まれたものに対して卓越していると述べられる。しかし、神的位格間の秩序からして父の位格が優位にある一方、父の位格と子の位格とは同一の神的本性に預かるものであるから、両者はその本性上同一かつ同等のものたるのでなくてはならない。それゆえ、始原と始原から生み出されるものとの間には、同等性もまた存するとされる。そして、始原の側の卓越性、そして始原と始原から生み出されたものとの間の同等性というこれら二つの契機は、それぞれ類比的関係、同名同義的関係という名を与えられ、具体化していく。この際二つの関係を区別する基準は、同名同義的な本性の授受が存するか否かという点に置かれる。そしてこれら二つの関係の種別は、父の位格と子の位格のみならず、一般に何らかの先在する始原とその始原から生み出されたものとの関係にまで適用されてくる。始原論は以上のようにして成立する。
次に、﹃三部作への全般的序文﹄等から、義に関する理解を検討した。エックハルトは義を、付帯的なもののように基体から存在を受け取るのではなく、却って基体より先に神の内に存在し、基体を存在せしめるところの﹁霊的完全性﹂︵
per fec tio sp irit uali s
︶と考えている。こうした義理解に基づいて、エックハルトは神の内に先在する義と、そこから生み出された義なる者との関係を、始原と始原から生み出されたものとの関係として語っていく。問題となるのは、義と義なる者との関係が、同名同義的本性授受の有無という基準からして、同名同義的関係、類比的関係のいずれに該当するのかという点である。エックハルトはこの点を論ずる際、﹁である限りにお
九八 いて﹂︵
in q uan tum
︶という語を論に導入することによって、義なる者である限りにおける義なる者へと観点を限定するとともに、義を担う基体である人間を捨象し、その結果、﹁義なる者は、その本性においては義とは別のものではない﹂、と、義と義なる者との同名同義的関係を主張するのである。第一章で判明したのは、義なる者が保有する義と、神の内なる霊的完全性としての義との同名同義性である。このことが意味するのは、被造的存在者たる人間が、神の内なる霊的完全性と変わらぬものを保有しうるという可能性を、エックハルトが想定していたということである。
2 .
次に第二章では、義と義なる者とをエックハルトが把捉する際に用いる、始原論に準ずる論理枠組み、すなわち﹁能動的なもの﹂と﹁受動的なもの﹂或いは﹁上位のもの﹂と﹁下位のもの﹂という対概念を検討することによって、義なる者が義を保有するための方法として、エックハルトが想定していたものを再構築することを試みた。
原因性が絶対的である場合、それらは特に﹁上位のもの﹂と呼ばれる。 ﹁受動的なもの﹂とは働きを受ける結果である。また、﹁能動的なもの﹂の ﹁能動的なもの﹂とは他の存在者へ何らかの働きかけを行う原因であり、
エックハルトは﹃創世記比喩解﹄において、こうした能動的なものと受動的なものとの間に、同名同義的関係と類比的関係という二種の関係が成立しうると説いている。しかし注意すべきは、この﹁同名同義的﹂︵
un ivo cus
︶﹁類比的﹂︵an alo gu s
︶という関係は、同じ用語を用いていながら、第一章にて検討したものとはその内実が異なるという点である。具体的に言えば、﹃創世記比喩解﹄にいう同名同義的、類比的という二つの関 係は、能動的なものと受動的なものとが類において一致しているか否かという基準に従って区別されている。つまり、能動的なものと受動的なものとが類において一致すれば両者は同名同義的関係に立つものであり、そうでなければ類比的関係にあるとされるのである。エックハルトはさらに、能動的なものと受動的なものとの間で形相や徳の授受が行われる際、そのことは能動的なものの恩寵によって行われるとし、恩寵論の観点を導入していく。具体的には、能動的なものと受動的なものとが同名同義的関係に立った場合、受動的なものの功徳によって恩寵が下されるが、類比的関係において、受動的なものの功徳は介在しないと主張される。
この点を踏まえて義と義なる者との関係を再度確認すれば、エックハルトは義なる者が、﹁自分自身の功徳なくして、神の恩寵によってのみ、無償で彼らが義なる者であることを受け取るのである﹂とした上で、受動的な者としての義なる者が、能動的なものとしての徳、ないし義から不断に生成していることを語る。恩寵という観点における功徳の不在と、能動的なものの働きの非持続性という二点からして、エックハルトは類における一致の有無という観点のもとで、義と義なる者との関係が類比的であると理解していたことになるのである。
以上のような義理解は、人間が義を保有するために為す功徳の無効を告げるものであり、ここから結果するのは、あらゆる種類の意志の徹底的な棄却、すなわち我性の否定の貫徹である。この種の主張は、ドイツ語説教において﹁離脱﹂︵
Ab ges ch ied en hei t
︶の教説と呼ばれ、それ自体一つの主題を為していくことになる。義なる者が義を保有するための手段とは、まさしく離脱に他ならないのである。修士論文概要九九
3 .
第三章で検討したのは次の点である。義なる者が自らの内なる義を無媒介的に認識するという事態を想定しているが、このような事態はいかにして生じるのか。この点を明らかにするため、本論文では﹁中間のもの﹂︵
m ediu m
︶という概念が持つ、二つの異なった内実に注目した。第一に、エックハルトは中間のものという概念を、人間の内に義などの徳が成立する以前の、徳の修練ないし徳への傾向性の段階を指して用いている。一方でエックハルトは、中間のものという概念を﹁もし中間のものがなければ、天にいる一匹の蟻を見ることができるであろう﹂とし、認識論の文脈でも用いている。ここで述べられているのは中間のものが持つ認識阻害的性格であるが ︵2︶、エックハルトはさらに、﹁義なる者は義なる者である限りにおいて、義そのものを、いかなる中間のものも用いないで直接的に愛する﹂と論を展開する。ここから、認識論の領域における中間のもの概念が意味するものとは、義なる者が義を認識するために用いる手段であることが判明する。
以上二つの意味内実を総合する形でエックハルトが語ることは、次のとおりである。すなわち、徳を有するようになる以前の段階において、人間は様々な手段によって徳を認識するが、ひとたび徳を有するようになったときには、﹁顔と顔を合わせて﹂直接的に徳を認識するとされる。それゆえ、徳ないし義への傾向性の段階としての中間のものが終了するのと相即して、義を認識するための様々な手段としての中間のものもまた捨て去られる、という事態を、エックハルトは想定していたと推測されるのである。
このようにして無媒介的に認識されることとなった義は、義なる者の内にあって自ら働きを為す根源となっていく。エックハルトによれば形相とは、その付与者たる神が存在者の内奥にあって働く働きであり、存在者の 生命なのであるが ︵3︶、本論文が問題とする義もまた形相であると捉えられた結果、義なる者の内なる義は義なる者にとって生命に他ならない、と語られてくるのである。
以上のように本論文は、エックハルトの思想における義と義なる者という二概念について、両者それぞれの内実、両者の関係性、後者が前者を保有するための方法という三点を中心に考察したものである。義なる者が自ら為すあらゆる功徳を断念して保有するに至る義は、神の内なる霊的完全性たる義と同一のものであり、義なる者がこの義を無媒介的に認識するに応じて、義は義なる者の内奥に存する生命として、義なる働きの根源となるのである。以上
︵1︶ Vgl. Erwin Waldschütz, Denken und Erfahren des Grundes. Zur philosophischen Deutung Meister Eckharts, Wien/Freiburg/Basel, 1989, S.218︵2︶ Vgl. Stephan Grotz, Negationen des Absoluten. Meister Eckhart/Cusanus/ Hegel, Hamburg, 2009, S.40.︵3︶ Vgl. Bernhard Welte, Meister Eckhart. Gedanken zu seinen Gedanken, Freiburg/Basel/Wien, 1979, S.141.
一〇〇
ネ ル ソ ン ・ グ ッ ド マ ン の 隠 喩 論
藤 田 貴 也
本論の目的はグッドマンの隠喩論の解明である。1章では、グッドマンが隠喩をどのように理解していたのかを明らかにする。2章では、﹁表現﹂と隠喩との関係を考察する。3章では、グッドマンの隠喩理解を可能ならしめるグッドマンの﹁世界﹂観について明らかにする。
1 グ ッ ド マ ン の 隠 喩 理 解
隠喩とはどのような現象であるのかグッドマンの言葉に沿って確認しよう。 隠喩とは古い単語に新しい芸当を教えること、つまり、古いラベル︵
lab el
︶を新しい仕方で適用することであるように思われる。[⋮]手短に言えば、隠喩は一定の過去を持つ述語と、︹その述語が適用されることを︺抵抗しながら応じる︵yie ld w hile pr ote stin g
︶対象との間に起きる事柄である。︵LA: 69︶
例えば、温度に関して用いられてきた過去を持つ﹁暖かい︵
wa rm
︶﹂や﹁寒い︵cold
︶﹂というラベルは暖色︵wa rm co lor
︶や寒色︵cold co lor
︶という表現において、色に対して適用されている。グッドマンはラベルのこのような用い方を隠喩と呼ぶのである。 隠喩は、範囲︵ran ge
︶と領域︵rea lm
︶という二つの変更を引き起こすと言われる。範囲とは或るラベルの適用される諸事物の集合のことであり、領域とは当該のラベルと同じ集合に属す代替可能なラベルの適用されうる諸事物の集合のことである。範囲と領域の違いを﹁赤い﹂というラベルを例に考えてみよう。﹁赤い﹂というラベルの範囲とは、血、夕焼け、完熟のトマトなど赤い諸事物の全てである。それに対して、﹁赤い﹂というラベルの領域とは、青い事物、黄色い事物、黒い事物などの色のついた諸事物の全てを包含する。グッドマンがラベルの範囲のみならず領域にも注目するのは、﹁或るラベルは単独で機能するのではなく或る集合に属すことによって機能する﹂︵
L A: 代替可能なラベルとの関係において対象を分類するのである。 というラベルを適用するときは、﹁青い﹂、﹁黄色い﹂、﹁黒い﹂という他の 71︶という洞察に基づく。私たちが何らかの対象に対して﹁赤い﹂ 或るラベルが属す集合は可変的であるとグッドマンは考える。ここまで、﹁赤い﹂というラベルは﹁青い﹂、﹁黄色い﹂、﹁黒い﹂などのラベルと同じ集合に属すものとして考えてきた。それではもしも、﹁赤い﹂というラベルが共産主義革命運動に身を投じる学生に対して適用されたらどうなるだろうか。この場合、先まで代替可能なラベルとして関係づけられてきた﹁青い﹂、﹁黄色い﹂、﹁黒い﹂などの色に関わるラベルとの関係性は失われ、﹁資本主義﹂や﹁社会主義﹂や﹁保守派﹂などの政治信条に関わるラベルとの関係性が新たに構築される。﹁赤﹂というラベルの領域が、色から政治信条へと変化したのである。このように隠喩が範囲だけでなく領域の変更をも引き起こすことで、他の領域との連合関係が生まれる。このことによって、それまで知られてなかったことや理解することが困難であった事柄を理解することが出来るのである。
修士論文概要一〇一
2
﹁ 表 現 ﹂ と 隠 喩
本章では、グッドマンが﹃芸術の諸言語﹄第二章において論じた﹁表現﹂という指示概念と隠喩との関係を考察する。
とである。 うした指示作用の性質を指示対象の違いに帰着させることなく説明するこ るわけではない。グッドマンが﹃芸術の諸言語﹄で取り組んだことは、こ 示﹂、﹁表現﹂といった異なる指示作用は、日常の中では必ずしも区別され
fee lin g
を、表現は感じ︵︶をそれぞれ指示対象としてもつ。﹁再現﹂、﹁例 と並ぶ三種類の指示概念の内の一つである。再現は事物を、例示は属性 ﹁exp ress ion rep rese nta tio n exe m plifi cati on
表現︵︶﹂とは﹁再現︵︶﹂、﹁例示︵︶﹂グッドマンが表現という指示作用を説明する際に退けるのは、表現を人間の内面や状態に結びつけて考えることである。つまり、グッドマンは記号と指示対象の二つの要素から表現という指示機能の説明を試み、記号の担い手について触れることはない。何らかの感情や理念を表現する作品がある場合、端的に作品が感情や理念を表現しているのであり、その作品の作り手である作者や受け手である鑑賞者という要素はグッドマンの説明の枠組みの中からは排除されている。
グッドマンが芸術作品を人間の内面との関連において考察する立場に立たない理由は、両者の関係が判然としていないからだけではない。グッドマンの芸術論、ひいてはグッドマンの哲学全般に関わるもっと大きな理由があるのである。
グッドマンの芸術論の特徴は2つあると考えられる。すなわち、①芸術を記号システムとして分析することと、②芸術を︵科学的な理論や日常の中で得られる知識と同様に︶世界を理解するための営みと見做すことである。第一の特徴から要請されることは、芸術の指示対象は︵再現であれ表 現であれ︶所与のものとして前提するのではなく、作品そのものの特徴︵統語論的観点︶と指示作用︵意味論的観点︶を分析することを通して構成されるべきものでなければならないということである。第二の特徴から要請されることは、さまざまな芸術の表現対象をすぐさま人間の内面的なものと結びつけて主観的なものとせず、対象を分類し、世界観を形成することに資するものとして捉えることである。
このような理由からグッドマンは、表現という指示作用を人間の内面との関連において説明する道を選ばないのである。それでは、グッドマンは表現をどのような道筋で解明していくのだろうか。
グッドマンの表現理論は、表現対象を記号の所有する属性として捉えるところから始まる。例えば﹁或る絵は悲しみを表現する︵
a p ictu re e xpr esse s sad nes s
︶﹂という命題であれば、﹁悲しい絵︵a sa d p ictu re
︶﹂や﹁或る絵は悲しい︵a p ictu re i s sa d
︶﹂、または﹁或る絵は悲しみという属性を所有している︵a p ictu re p oss esse s sa dn ess
︶﹂という形に置き換えるところから始まる。ば、隠喩表現と言うこととなる。 象に対して﹁~は悲しい﹂や﹁~は嬉しい﹂という述語が適用されるなら ことができないからだ。本来は悲しくも嬉しくもないはずの絵のような対 るが、悲しみや嬉しさという属性は感覚をもった存在でなければ所有する といった属性であれば、絵のような無生物であっても所有することができ という言い回しと比べて奇異なものに映るだろう。何故なら、灰色や黄色 しは、﹁或る絵は灰色である﹂、﹁或る絵は灰色という属性を所有している﹂ ﹁或る絵は悲しい﹂や﹁或る絵は悲しみを所有している﹂という言い回
一〇二
3 ﹁
世 界 ﹂ と 隠 喩
本章では、グッドマンの隠喩理解を成り立たせている﹁世界﹂概念を明らかにすることを目的とする。
グッドマンは﹃世界制作の方法﹄において、人間が正しいヴァージョン︵
ver sio n
︶を作るとによって世界は作られると考える立場をとる。ヴァージョンとは、事実が何であるかを告げるものであり、科学理論から芸術作品まで含まれる。世界制作論における制作は﹁心︵m ind
︶を用いて、より詳しく言えばあらゆる言語やその他の記号システムを用いて﹂︵MM
:
わされている。 ヴァージョンが世界を作り出すということが、制作という言葉によって表 まま写し取ったものであるのではなく、反対に、人間によって作られた されていることが明らかとなる。つまり、理論や他の記号が世界をその 42︶行なわれる。このことから、グッドマンの用いる制作という語に含意 人間の行なう世界制作は無からの創造ではなく、常に先行する何らかの理論的枠組みに修正を加えることによって行なわれる再制作である。先行する理論的枠組み、つまりグッドマンの謂う所の﹁他の様々な世界﹂はしばしば哲学者達によって偏見、臆見、思い込みとして真理の探究を阻害するものとされて来ただろう。それゆえしばしば、すべてを疑い確実な基礎から思索を出発させることが求められてきただろう。しかし、グッドマンは私たちが何かについて考える際に常に何らかの偏見や先入見を既に背負っているということを受け入れる。新しく世界を制作することは、何もないところからの制作ではなく常に別の世界からの再制作であるとグッドマンは考える。
グッドマンにとって世界は制作されるものであり、制作とは言葉を案出することであることが明らかとなった。グッドマンが例として挙げている のは五つの世界制作の方法の中で、隠喩と最も関係があるものは﹁合成と分解﹂であるといえるだろう。隠喩は、或るラベルをそれまでとは異なる仕方で用いることによって他の領域と結びつき、新しい種やクラスを編成する機能を持つからである。また、原始的︵
prim itiv e
︶な存在物と派生的︵der iva tive
︶な存在物を定めることを意味する﹁順序づけ﹂は一見して無関係に見えるがグッドマンの隠喩論を可能ならしめている要素の一つである。原始的なものと派生的なものがシステムに応じて相互に入れ替わることを許容するグッドマンの世界観は、﹁代替説﹂的な隠喩観に固執する人々へのアンチテーゼとなる。つまり、隠喩とは字義的な文の代替物に過ぎないという立場を相対化する。グッドマン的な隠喩理論が明らかにすることは、私たちの思考が自分自身の体験してきた事柄を拠り所としていることである。新しく見た事柄が何であるかを考察するとき、あるいは、まだ見ていない事柄の在り様を推論するとき、頼りとするのは今まで経験してきた事柄についての記憶である。厳密に概念規定された字義的な述語のみが原始的なのではない。一定の歴史を持ち、様々な用例が蓄積されることにより多義性を有するに至った述語であっても原始的なものとして採用し、そこから世界を制作することが出来るのである。目的に応じて任意の順序づけを行なうことができるというグッドマンの世界観は、このことを正当化する。
修士論文概要一〇三
ベ ル ク ソ ン 哲 学 に お け る 自 由 に つ い て
小 谷 純 人
本論文の目的は、ベルクソンの自由論を、従来研究されてきたよりも、もっと広い射程を持ったものとして提示することである。ベルクソンの最初の著作である﹃意識に直接与えられたものについての試論﹄︵以下﹃試論﹄︶において﹁人格性の表現﹂として語られた自由には、その後の著作で﹁選択﹂﹁創造﹂﹁呼びかけ﹂という新たな側面が付け加わっていく。しかし、これらの新たに出現した観念と自由との関係を整理する研究は不十分で、ベルクソンの四つの主著のあいだの整合性を問うことは、未だ十分になされていない。本論では、ベルクソンがそれぞれの著作でどのように自由を語っているのかを正確に描き出しながら、これらの自由を互いに矛盾なく理解できる解釈を提示することを目指す。
第 1 章 自 由 と 人 格 性 の 表 現
この章では、﹃試論﹄の議論を辿りながら、そこで語られる﹁人格性の表現﹂としての自由を正確に描き出すことを目指す。
私たちの意識が持つ強度はすべて、その状態をもたらす測定可能な原因の大小や、単純な心理状態の数の大小を導入することで、つまりは空間的なものを導入することで語られる。こうした空間的なものを排した場合、意識状態の各々は本来、それを感得することが全てであるような、純粋に 質的なものである。このような、空間的なものを排した意識が生きている時間を、ベルクソンは﹁持続︵
du rée
︶﹂と呼ぶ。この持続を特徴付けているのは、相互浸透、継起、分割不可能性という三つの性格である。持続とは、旋律のように、諸瞬間が相互に浸透し合い、互いに他を外在化しようとする傾向をもたない、質的諸変化の継起である。私たちが持続へと立ち返るならば、自由を否定する決定論はもはや意味をなさなくなる。自由の問題は、持続を空間化し、自由を象徴的な図式で、選択の形で考えてしまうことから生じてきた。こうした議論のあらゆる困難は、自由の観念を、明らかに翻訳不可能である言語や象徴に還元することにあったのだ。真の持続へと立ち返れば、決定論は意味を失い、私たちはただ自らが自由であることを確認する。
したがって、ベルクソンによれば、自我が持続へと立ち返り、持続のうちで行為することが自由である。意識的諸状態は、純然たる持続においては﹁互いに浸透し合い﹂、それらのうちで最も単純なもののうちにさえ、﹁魂の全体が反映されうる﹂。それゆえにベルクソンは、私たちが自由であるのは、私たちの行為がみずからの人格性の全体から発出し、これらの行為が﹁人格性︵
per son nali té
︶﹂の全体を﹁表現する︵exp rim er
︶﹂場合であるとしている。したがって私たちは、﹃試論﹄の自由は、﹁人格性の表現﹂として語られていると結論する。第 2 章 自 由 と 選 択
この章の目的は、心身問題について語られる﹃物質と記憶﹄において登場する﹁選択︵
ch oix
︶﹂の観念を分析した上で、選択の自由と、人格性の表現としての自由とを、整合的に理解することである。ベルクソンは﹃物質と記憶﹄の議論が始まってすぐ、生物に選択の能力
一〇四
があることを認める。この行動の選択には、記憶の働きが介入する。意識は、その決断にとって有益な過去の記憶を呼び覚ます。これによって私たちは、単なる気まぐれではない仕方で、正しい行動を選び取ることができるのだ。記憶力の働きを伴った選択、これが﹃物質と記憶﹄で語られる自由である。
続いて私たちは、人格性と記憶の関係について考察を行う。ベルクソンは、私たちが何かを決断する際につねに現れ出る私たちの性格とは、私たちの過去の経歴、即ち記憶の凝縮されたものに他ならないと主張する。そうであるならば、自由な行為において表現される人格性というのも、まさしく記憶に他ならないということになる。
以上の議論を踏まえて、私たちは、選択の自由と人格性の表現としての自由の関係を考察する。﹃試論﹄では、私たちが二つの意識状態を交互に経験する際、自我は一方の状態を生きるというそのことだけで、他方の意識状態に至る際には﹁既にいかほどか変化してしまっている﹂と言われている。他方で、﹃物質と記憶﹄では、私たちは選択するために、現在の経験を既得の経験によって絶えず補完しているとされている。これらの二つの議論を結び付けて考えてみると、私たちがある選択をするとき、選択肢自体の意味付け、価値付けの重みは、記憶の参入によって変化し、それ故にこそ私たちは一つの選択をできるのだと理解することができる。そして、人格性は記憶から成立しているから、記憶を伴ってなされた選択には、その人の人格性が反映されることになるのだ。このように考えれば、選択の自由と人格性の表現としての自由を、両立させて理解することができる。
第 3 章 自 由 と 創 造
ことが、本章のもう一つの目的である。 い何かを創り出すことである。この対立について整合的な解釈を提示する るものから何かを選ぶことであるように思われるのに対して、創造は新し 正確に捉えることである。また、前章で見出だされた選択は、既に存在す 面が見出だされる。本章の目的の一つは、この創造という自由のあり方を ﹃
cré atio n
創造的進化﹄においては、自由に﹁創造︵︶﹂という新たな側 ベルクソンは、生命進化の根源に﹁生命の躍動︵éla n v ital
︶﹂を見出だす。この躍動が、﹁手が鉄くずを横切って進む﹂ときのように、生命進化を創造によって推し進めていく。創造は、生命進化において語られるのと同様、個々人の意識においても強調される。私たちが自由に行動するや否や、創造を自らのうちで体験しているということを、ベルクソンは繰り返し述べている。また、﹁創造﹂というタームの出現に伴って繁用されるのが﹁予見不可能な﹂という語である。事実上も権利上も予見不可能なものの創造が、﹃創造的進化﹄で語られる自由である。創造は、記憶によって可能になる。ベルクソンにとって、予見可能なものとは、﹁持続の作用を逃れているもの﹂だけである。そうであるならば、反対に、予見不可能なものの創造は、持続の作用によって現れることになる。﹃物質と記憶﹄以降、この持続の条件は記憶力であるとされる。私たちの記憶が、過去を現在のなかへと引き延ばすことによって、持続が生じるのだ。それゆえ、創造は記憶によってのみ可能になるということになる。
しかし、﹃物質と記憶﹄で見出だされた選択としての自由と、この創造としての自由との関係を、どのように理解すべきだろうか。私たちは、選択すること自体が、一つの創造であると主張する。前章で確認したよう
修士論文概要一〇五 に、自由な選択とは、その人の記憶が関わるものである。また、予見不可能なものの創造が可能になるのも、この記憶が関わる場合だけであった。裏を返せば、記憶が関わる行動はすべて予見不可能であり、一つの創造と見做すことができる。自由な選択は、非決定なものが決定されること、予見不可能なものが現実化されることを意味しているのだから、何かを選択することはまさに、一つの創造なのである。
第 4 章 自 由 と 主 体 性
べきかが、問題となる。 性の表現﹂として提示された﹃試論﹄の自由とどのように整合的に理解す とき、尚も自由な行為を﹁私のもの﹂とみなしてよいのか、これを﹁人格 よって、ベルクソンの自由論は、ある種の受動性を孕むことになる。この 人間自身を生み出した﹁生命の躍動﹂が生命進化の根源に置かれることに ﹃創造的進化﹄や﹃道徳と宗教の二源泉﹄︵以下﹃二源泉﹄︶において、 を、その個人に帰することができるだろうか。 て、魂は﹁働かされたもの﹂であると語られる。私たちはそれでも自由
app el
びかけ︵︶﹂に応えることによってである。この特権的な自由にあっ 的な魂が、その創造的行為へと至るエネルギーを得るのは、ある種の﹁呼 として、﹁特権的な魂﹂が取り上げられる。社会を変革させるような特権 ﹃二源泉﹄においては、ベルクソンの自由論が到達した一つの最高地点自由を自我に帰してよい理由の一つは、この創造的エネルギーを得る体験が、﹁個性化された﹂ものであるということである。ベルクソンはしばしば自由を、芸術家を例にして語る。芸術家は、﹁彼が一定の場所で、一定の日の一定の時間に、二度と見ることのないだろう色彩と共に見たもの﹂を表現しようと努める。この創造のエネルギーを得る出来事が、特定 の時に特定の場所で、特定の自我において生ずる以上、これを表現することができるのも、それを体験した自我でしかありえない。そうであるならば、そこで表現される自由もまた、その自我のものでしかありえないことになる。
もう一つの理由は、生命は﹁推す力﹂に過ぎないという点である。ベルクソンは幾度も、生命の躍動が推し進める進化には、何ら決まった計画は存在しないという点を強調する。私たちは、生命の側から呼びかけられ、ある種受動的な仕方で生命の根源に触れることで、創造のエネルギーを得る。しかし、それは決して私たちに何か決まった行動を課したりはしない。実際に行動に至るためには、その人の記憶力の働きが必要になるのである。ここに、自由を自我のものとみなすべき決定的理由が存している。というのも、創造がその人の記憶によって可能となり、またその人の記憶の結晶体である以上、それは明らかに、その人の人格を表現するものであるからだ。
結 論
私たちは以上で、﹁人格性の表現﹂として﹃試論﹄で提示された自由は、以後の著作で﹁選択﹂﹁創造﹂﹁呼びかけ﹂という側面を付け加えるが、これらは互いに排斥し合うものではなく、整合的に理解できるものであることを提示した。ベルクソンの自由は、単に心理学的領域だけで語られているものなのではなく、心身問題、創造的進化、道徳の領域にまで広がっているものなのである。
一〇六
南 宋 天 台 に お け る 法 華 円 教 論 の 展 開
久 保 田 正 宏
本修士論文﹁南宋天台における法華円教論の展開﹂は、南宋天台の法華円教教学における諸問題に検討を加えることにより、南宋天台が有する思想的特徴と解釈方法の一端を明らかにしようと試みたものである。
北宋時代以降の天台法華円教の教学は、四明知礼前後の時代に大成された教学によって説明されることが多い。先学の研究の中でも、安藤俊雄氏の﹃天台性具思想論﹄︵法蔵館、一九五三年︶と﹃天台思想史﹄︵法蔵館、一九五九年︶は、宋代天台の教学発展を論じるものであるが、同氏をはじめとするこれまでの研究では、知礼没後の思想展開が十分に解明されているとは言い難い。
殊に、南宋時代の中国天台では、知礼が取り上げなかった問題が扱われているのであり、場合によっては、智顗、灌頂、湛然が残した教学上の課題の解決に当たっている形跡が認められるのである。
まず、本修士論文の第一章﹁南宋天台における三境説の展開﹂では、﹃摩訶止観﹄に説かれる観不思議境を、湛然が性徳境・修徳境・化他境の三境に区分して註釈したことについて、知礼没後の諸学匠がどのような解釈をしたかという問題を扱った。これは、知礼が触れなかった問題として、安藤俊雄氏が﹃天台思想史﹄の中で論じるものである。
宋代の学匠は、三境の中で何が最も重要であるかという問題や、三境が互いにどういった関係にあるかという問題について、活発な議論を繰り広 げることになる。特に、北宋時代の神智従義︵一〇四二
堂処元︵一〇三〇 -一〇九一︶と草 を入れて論じたのは、性徳境と修徳境の関係である。 -?︶をはじめとして、後の南宋時代以降の諸学匠も力 処元は﹃止観義例随釈﹄において、観不思議境の主体は性徳境であると説く。こうした処元の説は、性徳境を理観として修徳境を事観と定義する従義に対する批判の上に立てられたものである。他方で、南宋時代の柏庭善月︵一一四九
境と修徳境を隔たりのない一つのものとして捉えようとしている。 境を三境に区分すること自体に否定的な立場を取っているのであり、性徳 -一二四一︶は、﹃台宗十類因革論﹄において、観不思議 さらに第一章では、化他境と起教観の関係を、宋代の諸学匠がどのように理解していたかという問題に焦点を絞った。そもそも、起教観が﹃摩訶止観﹄で不説とされているために、化他境との関係をどのように理解するかという問題が生じるのである。また、知礼が﹃十不二門指要鈔﹄において、初心に通じ得る自行起教の存在を主張し、これに対して浄覚仁岳︵九九二
いると言えよう。 -一〇六四︶が反論を加えたことは、この問題をより複雑にして このような化他境と起教観の関係について、明確な答を出したのは、南宋時代の仏光法照︵一一八五
詳︶や玉岡蒙潤︵一二七五 と化他境の不同を強調する。こうした法照の見解は、武林可度︵生没年不 教記﹄において、単に知礼の自行起教の説を擁護するだけでなく、起教観 -一二七三︶である。法照は﹃法華三大部読 境を、説法に対して消極的なものとして定義するのである。 になる。中でも可度は、化他境と起教観の不同を強調するあまりに、化他 -一三四二︶といった法弟に受け継がれること また、蒙潤の﹃天台四教儀集註﹄に見られる、化他境における説法を否定するという解釈は、可度の見解を下敷きにしつつも、さらに解釈を拡大させたものと言える。一方で善月は、上記のような法照、可度、蒙潤とは
修士論文概要一〇七 異なり、化他境と起教観の一致をはっきりと説くのである。
第二章﹁南宋天台における六即説の展開﹂では、六即の解釈をめぐって、南宋時代を中心とする諸学匠が示した多様な見解を考察の対象として論じた。知礼の﹃観無量寿仏経疏妙宗鈔﹄に、蛣蜣六即説という知礼独創の教説が示されていることは有名である。南宋時代になると、北峰宗印︵一一四八
る。 る批判に反論を加え、知礼の蛣蜣六即説を擁護することに努めるようにな -一二一三︶をはじめとする諸師は、特に仁岳の知礼に対す さらに知礼没後の、特に南宋時代以降における六即説の展開を見るとき、六即と理造・事造両種三千の関係をいかにして定義するかということが、この時代の学匠にとって大きな課題であったことがわかる。このことを考える際に、知礼述﹃十不二門指要鈔﹄に示される見解は、後代の諸師の解釈に大きな影響を与えることになるが、例えば、智湧了然︵一〇七六
-
一一四一︶の﹃大乗止観法門宗円記﹄で展開される説は、一概に知礼の教説を踏襲しているとは言い難く、問題は複雑である。
この問題について、宗印撰﹃北峰教義﹄と善月述﹃山家緒余集﹄には、﹃止観大意﹄の﹁理同故即﹂の語に理事両種の三千を対応させ、一方で、同書の﹁事異故六﹂の語を、迷解・真似・因果といった差別の概念をもって説明するという見解が示されている。両者ともに、﹃十不二門指要鈔﹄の見解を大いに拠り所としているが、六即と両種三千に関してこのような見解を示したことは、知礼の教説から踏み出した思想の発展と言わなければならない。
一方で、可度詳解﹃十不二門指要鈔詳解﹄には、両種三千を理造と事造に分けて、理造三千を﹃止観大意﹄の﹁理同故即﹂に配当し、事造三千を同書の﹁事異故六﹂に配当するという鑑堂思義︵生没年不詳︶の説が伝えられているのであり、可度も思義の説を採っている。そして、元時代の蒙 潤も、こうした可度の説を採用することになるのであって、結果的に、宗印や善月とは異なる思想の流れが形成されるに至るのである。
また南宋時代には、六即の能所に関する問題についても論じられることになる。因みに、六即を能即と所即に分けて解釈しようとする試みは、北宋時代の従義撰﹃天台四教儀集解﹄に既に認められることである。しかし、こうした六即の能所についての詳説が確認できるのは、南宋時代の宗印や善月の文献であって、両者は、通論と別論の二つの観点から六即の能所を解釈しようとするのである。
最後に、第三章﹁南宋天台における十種境界説の展開﹂では、南宋天台において、﹃普賢観経﹄に説かれるとされる十種境界︵十種証相︶が、どのように規定されたかという問題に検討を加えた。智顗や湛然の教説に、十種境界に関する詳説はない。知礼も、このことには触れていないのであり、結果として、この十種境界の具体的な定義付けは、知礼没後の宋代の諸師に託されることになる。
従義は、﹃法華三大部補注﹄において、﹃普賢観経﹄の経文を区分して十種境界の一境界ごとに配当する。ところが、南宋時代の竹庵可観︵一〇九二
-
一一八二︶撰﹃竹庵草録﹄や善月述﹃山家緒余集﹄には、従義の説を踏襲した痕跡は見えない。可観や善月は、十種境界を普賢・多宝・釈迦・分身の四種証相と六根清浄を合わせた十種に定義するのである。この中、善月の説の特徴は、上記の十種全てが、実は第一境界︵第一信︶に摂められると主張したことであろう。
そして、南宋時代の末葉になると、法照撰﹃法華三大部読教記﹄に、十種境界に関する様々な説が見られるようになる。同書における諸師の説の中で、最も詳細に記されているのは、証悟円智︵?
義するものである。同時に、円智の説は可観よりも精巧にできていると言 る。円智の説は、可観の説と同様に、十種境界を四種証相と六根清浄に定 -一一五八︶の説であ
一〇八
える。したがって、元時代の蒙潤が、四種証相の次第を普賢・釈迦・分身・多宝としていることは、円智の説の影響を少なからず受けたことを示唆しているのである。
また、円教十信位を﹃普賢観経﹄とともに考えるとき、宋代の諸師は、いわゆる判摂の五品について様々な見解を出す。この問題に対しては、従義のみが十種境界を論じる際に、五品弟子位を十信位中の前五信心に当てるのである。
さらに、宋代においては、判摂の五品に関連して、天台智顗の証位についても多様な見解が示されることになる。中でも従義は、智顗の証位が五品弟子位であると同時に十信位でもあるという見解を示す。一方で、善月や法照といった南宋時代の学匠は、結局のところ、智顗の証位を五品弟子位とするのであるが、十信位に通じる可能性にも大いに言及するのである。
以上のように、本修士論文の各章からわかることは、南宋天台の諸師が、単に既成の教学を継承するだけでなく、独自の解釈を加え、或いは先師の教説を補い、積極的に自らの見解を示そうとしていたということである。
そして、南宋時代における法華円教論の展開に、善月が果たした役割は非常に大きい。さらに本修士論文を通して、南宋末期から元にかけての時代になると、教学発展を担う中心が法照、可度、蒙潤といった諸学匠に移るということも見えてくる。こうしたことは、従来漠然と言われるのみであったが、本修士論文では、上述のような問題に検討を加えることによって、そのことを改めて証明できた。
修士論文概要一〇九
西 山 教 学 に お け る 念 仏 三 昧 の 基 礎 と 展 開
佐 伯 憲 洋
本修士論文では、浄土宗西山派の祖師である善慧房証空︵以下、証空とする︶が、念仏三昧をどのように理解し、そして西山派内で、どう反映しているかについて考察した。証空は自身の著作の中で、念仏三昧を重視して論じている。証空は、念仏三昧を阿弥陀仏と衆生とが相見える、見仏の状態であると考えている。そして、そのために阿弥陀仏の慈悲と、衆生の行とが必要であると考えている。抑々、念仏三昧とは精神を集中させ、仏身を念じる観相行の一種である。それは﹃般舟三昧経﹄等に典拠がある。しかし、証空は念仏三昧を、阿弥陀仏と衆生の双方によってなされる三昧であると考えている。
そして、西山教学では、衆生と阿弥陀仏との関係を重視し、説かれている思想が多い。﹃観経秘訣集﹄などには、﹁定散﹂を衆生、﹁来迎﹂を阿弥陀仏、そして﹁念仏﹂を阿弥陀仏と衆生の両者の相即として示している。このような思想は、念仏三昧による見仏に対する考え方が影響している。よって、この阿弥陀仏、衆生、そしてそれら両者の相即という考え方が、どのように用いられているか、具体例を示しながら考察した。以上が本論文の趣旨である。
さて、本論の第一章では、証空が参考にした念仏三昧について論述した。筆者は大きく分けて、二種の念仏三昧があると考えている。それは、﹃般舟三昧経﹄等に示される観相行としての念仏三昧、そして善導による 阿弥陀仏の護念によってなされる念仏三昧である。前者は﹃般舟三昧経﹄巻上行品に﹁一心念、若一昼夜、若七日七夜、過二七日一以後、見二阿弥陀仏 ︵1︶一。﹂とあり、念の相続によって阿弥陀仏を見ることである。また、﹃文殊般若経﹄に﹁善男子・善女人欲レ入二一行三昧一、応下処二空閑一捨二諸乱意一、不レ取二相貌一繋二心一仏一専称中名字上、隨二仏方所一端身正向、能於二一仏一念念相続、即是念中能見二過去・未来・現在諸仏 ︵2︶一。﹂とあるのは、類似した表現である。このように、衆生が念の相続によって、阿弥陀仏の仏身を観ることが前者の念仏三昧である。
そして、後者の念仏三昧とは、阿弥陀仏の護念によってなされる念仏三昧である。護念もまた、種々に解釈が可能となる語である。しかし、ここでは阿弥陀仏が衆生を念じ護るという意味に限定して用いる。善導は﹃観無量寿経﹄の﹁光明遍照二十方世界念仏衆生一摂取不レ捨 ︵3︶。﹂という記述により、阿弥陀仏によって衆生が護られているとする。それを善導は、﹃観無量寿経疏﹄定善義第九観の中で次のように示している。
何以、仏光普照、唯摂二念仏者一、有二何意一也。答曰。此有二三義一。一明二親縁一。衆生起行、口常称レ仏、仏即聞レ之。身常礼二敬仏一、仏即見レ之。心常念レ仏、仏即知レ之。衆生憶二念仏一者、仏亦憶二念衆生一。彼此三業不二相捨離一。故名二親縁一也。二明二近縁一。衆生願レ見レ仏。仏即応レ念現在二目前一。故名二近縁一也。三明二増上縁一。衆生称念即除二多劫罪一。命欲レ終時、仏与二聖衆一自来迎接。諸邪業繋無二能礙者一。故名二増上縁一也 ︵4︶。
善導は、衆生が阿弥陀仏に摂取されるには、親縁・近縁・増上縁の三縁によると考えている。まず、親縁により衆生と阿弥陀仏と間に縁が結ばれ、近縁により衆生の念に随い、阿弥陀仏が姿を現すと示している。そし
一一〇
て、阿弥陀仏と衆生との関係を強める縁が、この増上縁であるとする。善導は、衆生の見仏に関して、近縁を強調している。善導は、阿弥陀仏の意志によって、見仏が達成され得ると考えているからである。恐らく、凡夫である衆生の力では、見仏するに不十分であると考えているためであろう。よって、前者の念仏三昧は行者が阿弥陀仏を念じて見仏するのに対し、後者は阿弥陀仏の意志で衆生に見仏させている。証空はこれらの念仏三昧をもとにしている。以上が第一章で示した内容である。
第二章では、行門・観門・弘願という、衆生の浄土教に帰入する経緯を論じた。﹃観経疏自筆鈔﹄玄義分巻一 ︵5︶に、弘願は阿弥陀仏の本願、行門は自力により往生を求めることである。そして、特に注意すべきは観門の解釈である。観門は、﹃観経疏自筆鈔﹄玄義分巻二に﹁釈迦ハ能ク浄土ノ法ヲ説キテ凡夫ヲ度シ給フ。是、観門ナリ。弥陀ハ能ク説カレテ来迎シ給フ。弘願是ナリ ︵6︶。﹂とある。つまり、観門は釈迦により、衆生を往生させるために説き出されたものとする。また、﹃観経疏自筆鈔﹄定善義巻二に﹁観門ハ弘願ヨリ生ジ、弘願ハ観門ニ依リテ顕ルヽ、体ト説トノ差別ナリ ︵7︶。﹂とあり、観門も阿弥陀仏の教えから説き出されたものであることを示している。これにより、観門は、阿弥陀仏が衆生のために説き出したという性格と、衆生が阿弥陀仏の教えに近く段階であることがわかる。つまり、観門は、阿弥陀仏と衆生の双方が、歩み寄るという性質を持っている。 第三章では、証空が親縁の解釈を引用し、﹁彼此三業不二相捨離一。﹂の状態になる重要性を示していることを述べた。証空は、見仏に関してこの三縁を頻繁に引用している。これは、見仏するためにはやはり、阿弥陀仏の仏力を必要としているのであろう。そして、阿弥陀仏の仏力を受けるには、衆生が阿弥陀仏と有縁の状態になることが必要条件である。そのために、この親縁は特に重要視したのである。よって証空は﹁衆生憶二念仏一者、仏亦憶二念衆生一。彼此三業不二相捨離 ︵8︶
一。﹂に注目している。この場 合、阿弥陀仏の憶念は衆生を念じ護ることを指す。﹃観念法門自筆鈔﹄巻下 ︵9︶では諸経典を引用し、衆生の往生には阿弥陀仏が、衆生を護り念じることが必要であると示している。そして、﹃観経疏自筆鈔﹄玄義分巻三 ︶10
︵では、衆生が阿弥陀仏の弘願に適うために、仏を念じ持つことの必要性を説いている。つまり、衆生が阿弥陀仏を念じ持つことにより、衆生の往生が決定するというのである。これを証空は衆生側の意志による作用とし、行としての立場を含めている。
よって、衆生の見仏は、阿弥陀仏の三業と衆生の三業とが、相即した状態となってなされるものである。そして、その状態をなすには、両者が互いを憶念する必要があると考えている。それを示すべく本論文では、有縁衆生と尋声到との、具体的な例を引用し説明を加えた。
以上より、証空の念仏三昧は、阿弥陀仏の護念と衆生の行との要素が必要であり、さらに、仏と衆生が相即する状態を念仏三昧であることが理解できる。
そして、第四章では、この仏と衆生との相即という考え方が、西山教学内の他の思想に影響を及ぼしていることを述べた。例えば、﹃観経疏秘訣集﹄巻一 ︶11
︵等では﹁定散・念仏・来迎﹂﹁慈悲・智恵・慈悲智恵﹂とあり、これらは全て阿弥陀仏、衆生、そして仏と衆生の両者の三者に配当している。さらに﹃当麻曼荼羅注記﹄では﹁念仏三昧位﹂と記している。このような仏と衆生の相即という考え方は、確かに西山教学内で様々な形で引用されていることが、本章で確認できる。
本論文で新たに発見した点や、より精密な考察を要する点は、一層の検討を加えていきたい。
︵1︶大正一三・九〇五頁上。︵2︶大正八・七三一頁中。
修士論文概要一一一 ︵3︶大正十二・三百四十三頁中。︵4︶大正三七・二六八頁上。︵5︶西叢一・十頁上。︵6︶西叢一・四〇頁下。︵7︶西叢二・六八頁下。︵8︶大正三七・二六八頁上。︵9︶西叢四・一八〇頁上~一八四頁下。︵
︵ 10︶西叢一・一〇一頁下~一〇二頁上。
11︶西全一・三八頁上下。
一一二
1 歳 児 の 模 倣 行 動 に お け る 合 理 性 理 解 の 研 究
犬 塚 朋 子
主査大藪泰 副査小塩真司 副査藤野京子
︻ 目 的 ︼
近年、多くの研究が、人間の子どもの模倣行動が選択的・解釈的な行為であることを明らかにしてきた。子どもは他者のどんな行動を、何を判断の基準にして模倣し、それは発達とともにどう変化していくのか、様々な実験場面を通して検証されてきた。
G erg ely
ら︵2002︶は、乳児の模倣選択における判断要因として他者の行動の合理性という概念を提唱した。この研究では、生後を探ろうとしていることが示唆された。 り、意図が不明である非合理的な行動を自ら模倣することで行為者の意図 14か月の乳児が他者の行動の合理性を判断してお こうした乳児による﹁合理的模倣﹂についてはその後の研究からも同様の知見が得られているものの、いずれも欧米における報告である。欧米との育児文化の違いが指摘される日本においても、乳児は他者の行動の合理性理解に基づいた模倣選択を示すのだろうか。本研究では、状況的制約による実験者の行動の合理性の違いが、本邦の
14か月児・
択に与える影響とその発達的変化を検討する。 18か月児の模倣選
︻ 方 法 ︼
実験協力者 東京近郊に住む乳児とその母親
72組︵ 14か月児群
36名、 月児群 18か 際、母親は乳児の後ろに座った。 定した。その後、机を挟んで実験者と乳児が向かい合って座った。その 乳児と母親が実験室に入室後、乳児が部屋に慣れるための自由時間を設 実験場面 36名︶。各群男女は同数だった。
乳児にとって実験者の行動が合理的である
H an ds- O ccu pie d
︵以下H -O
︶条件と、非合理的であるH an ds- Fre e
︵以下H -F
︶条件の2条件を設定し、各条件同数となるよう振り分けた。︿行動提示場面﹀実験者はタッチセンサー式ライトを机の自分側に置いた後、乳児に寒いことを伝え、ブランケットを羽織った状態でライトに額で接触して見せた。このとき、
H -O
条件では、実験者は上半身をブランケットで覆い、内側から掴んで乳児に両手が見えないようにし、H -F
条件では肩からかけるだけにして両手は机の上に出し、乳児から手が見える状態でライトをゆっくりと額で3回点灯してみせた。H -F
条件では手の代わりにわざわざ額を使用する理由がなく、乳児にとって実験者の額押し行動は意図がわからない非合理的手段であったのに対し、H -O
条件では﹁手が使えない﹂という状況的制約が存在し、実験者が額を使用することに理由がある合理的手段であった。︿反応場面﹀額押しを3回提示した後、乳児の前にライトを置き、遊ぶように促した。このとき、実験者も母親も遊び方についてのいかなる指示も行わなかった。2分が経過した後、実験者は一度退室し、乳児は母親と2人きり
修士論文概要一一三 の状態で1分間ライトで遊んだ。実験者在室の状態と不在の状態計3分間を反応時間とし、乳児の模倣の有無を観察した。コーディングと信頼性 録画映像から、乳児がライトを額で押した︵模倣有︶か、手で押した︵模倣無︶かをコーディングした。ライトを手渡してから3分間の乳児の反応を観察、評定した。これらの行動カテゴリーの信頼性を検討するために、
κ
= .
90察者が独立に模倣行動を評定した。算出されたκ係数はであった。 22名のビデオテープをランダムに選び、実験条件を知らない2名の観︻ 結 果 ︼
14
H -F
か月児群では、条件で18人中 11人︵ 61
H -O
%︶、条件で8人︵ 18人中 44%︶が実験者の額押し行動を模倣した︵図1︶。
18か月児群では
H -F
条件で18人中 15人︵ 83
H -O
%︶、条件で18人中8人︵
44%︶が模倣を 確率検定を用いて各月齢群における条件間比較を行った。その結果、 行った︵図2︶。本実験で得られたデータについて、フィッシャーの正確
36︶。一方 p0
.
51N,月児群において各条件の模倣率に有意差は見られなかった︵== 14か pべて有意に多く実験者の額押し行動を模倣していた︵ 18H -F H -O
か月児群においては、条件の乳児は条件の乳児に比0
.
04N36,=︶。 < また、両群とも32人中 31人︵
額押し模倣の後で手の接触を行った れた。ただし、手の接触と額押し模倣行動との出現の前後関係を見ると、 97%︶が少なくとも1回は手でライトに触 14か月児は
19人中3人︵
たが、 16%︶であっ 18か月児では
23人中 13人︵ p差が認められた︵ 関してフィッシャーの正確確率検定を用いて分析を行ったところ、有意な 57%︶に増加した︵図3︶。この結果に 0
.
02N42,=︶。 <︻ 考 察 ︼
実験の結果、
のに対し、 件で模倣選択に差は見られなかった 14か月児群では各条 件における額押し行動の合理性を
H -F H -O
模倣には︵1︶条件と条 て考察したい。前提として、合理的 が示された。その発達の背景につい 2年目前半で大きく発達する可能性 邦の乳児の合理的模倣能力は、生後 模倣が見られた。このことから、本H -O
面︵条件︶よりも有意に多くH -F
場面︵条件︶において合理的場 18か月児群では非合理的図2 18か月児群乳児の条件別 模倣生起率
図1 14か月群乳児の条件別 模倣生起率
100%
H-F H-O
無 有 80%
60%
40%
20%
0%
100%
80%
60%
40%
20%
0%
14か月児 18か月児
100%
H-F H-O
無 有 80%
60%
40%
20%
0%
100%
H-F H-O
無 有 80%
60%
40%
20%
0%
100%
80%
60%
40%
20%
0%
14か月児 18か月児
100%
H-F H-O
無 有 80%
60%
40%
20%
0%
100%
H-F H-O
無 有 80%
60%
40%
20%
0%
100%
80%
60%
40%
20%
0%
14か月児 18か月児
100%
H-F H-O
無 有 80%
60%
40%
20%
0%
図3 模倣をした乳児のうち額押し模倣を 最初に行った者の出現率(月齢別)
一一四 判断できること、︵2︶
H -F
条件での額押しという非合理的行動の背後に、額押しを選択するための実験者の意図があると推測できること、︵3︶その意図を知る手段として模倣を利用できることが必要である。︿合理性原理の理解﹀合理性原理の理解に関しては本邦でも検証が行われている。本実験状況において乳児が実験者の額押し行動の合理性を理解していたかは今後検討する必要があるが、生後6.5か月で本邦の乳児が他者の行動を合理的なものとして捉えているという研究報告が存在する。︿他者の視点理解の発達﹀
行為者が非合理的手段を選ぶことに他の理由があるという推測を持つためには、乳児は手段を選択するために実験者が自分と異なる形で状況を知覚し、判断した可能性があることを理解する必要がある。こうした他者の視点からの認識の理解が、日本の乳児では生後
14か月から
︿模倣行動に対する積極性﹀ ている︵大藪,2012︶。 得される可能性を示す報告が、本邦の乳児の経験知理解の研究から示され 18か月の間で獲 本研究では、模倣を行った乳児のうち
14か月児群と
模倣と手での接触の出現順序について有意な差が見られた。このことは、 18か月児群で額押し 慣れ親しんだ方法で操作することを選んだのに対し、 14か月児は初めて見る額押し行動をすぐに行うことに抵抗を感じ、まずは
である なかったためすぐに額押しを行えたと考えることができる。本研究の対象 18か月児は抵抗が少 14か月から
︿日本と欧米の比較﹀ た可能性がある。 18か月の間で、模倣を採用することへの積極性が上昇し 欧米の先行研究では
ることが示されている。そのため、乳児の模倣発達が個体の成熟だけでな 14か月児が合理性理解を基盤とした模倣選択が行え る影響や、乳児の模倣行動の普遍的な特性が解明されることを期待したい。 後、比較文化研究が積み重ねられることで、乳児の模倣行動に文化が与え し、観察からはわからない他者の意図を探るために模倣を選択する。今 期には差があるとしても、彼らは状況の判断を通して他者の行動を推測 同時に、本研究は乳児の合理的模倣選択行動の普遍性も示唆した。獲得時 の模倣発達に影響した可能性が考えられる。しかし本の文化的特徴が乳児 な働きかけが少ないと言われる教育方法や、母子密着型の親子関係等、日 く、所属する育児文化によって影響を受ける可能性が認められた。言語的
【文献】
Gergely, G., Bekkering, H., & Király, I. ︵2002︶. Developmental psychology: Rationalimitation in preverbal infants. Nature, 415︵6873︶, 755-755.大藪泰・石渡夏美・森悠香子・山中尚子・中村健太郎︵2012︶.1歳児による他者の経験知理解と共同注意.日本心理学会第
971. 76回大会発表論文集、
修士論文概要一一五
農 村 地 域 の 生 活 環 境 な ら び に ソ ー シ ャ ル ・ キ ャ ピ タ ル と 健 康 と の 関 連
小 野 口 航
︻ 目 的 ︼
人が持つ社会関係を扱った研究では、ソーシャル・サポートなどの社会関係を個人が持つ1対1のものと捉えるものが多かった。それに対して、集団や地域といったネットワーク全体が持つ資本として社会関係を捉える立場から、ソーシャル・キャピタル︵以下:SC︶という概念が近年注目を集めている。SCとは、個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、及びそこから生じる互酬性と信頼性の規範、と定義される概念である︵
Pu tna m
2000柴内訳2006︶。しかしながら、SCを個人が持つ﹁個人レベルのSC﹂とする立場も存在し、地域の特徴である﹁地域レベルのSC﹂とする立場との議論に決着はついていない。そのため、近年では個人レベル・地域レベルの変数を区別し、アウトカムとの関連について、個人レベル・地域レベルの違いを検討することができる手法の、マルチレベル分析を用いた研究が増えている。それらの先行研究の中では、メンタルヘルスや死亡率など様々なアウトカムと、地域レベル・個人レベルのSCとの関連の違いが検討されている。ただし、メンタルヘルスをアウトカムとする国内で行われた先行研究において、特に地域レベルのSCとメンタルヘルスとの関連は安定していない。その原因として2点の理由が考えられる。1つ目は、﹁地域﹂とする単位の違いである。先行研究では、 ﹁地域﹂とする単位は国、町丁字、中学校区など統一されておらず、地域単位の選択にも明確な理由があるものは少ない。しかし、SCは文化や歴史と関連しているもので、地域の文脈的な背景を反映した﹁地域﹂の設定が必要だと考えられる。2つ目は、年齢差である。社会関係と健康との間連については、年齢によって違いがあり、特に高齢者は社会関係だけでなく、健康状態も加齢に伴って変化する。しかし、国内の先行研究では年齢差を調整するのみで、年齢による関連の違いは検討されていない。以上のことから本研究では以下の2点を目的とする。まず、研究1として、行政上の区切りを示す地域単位と、地域の文化的背景を持つ地域単位の2つを比較することで、適切な地域単位を決定する。具体的には、それぞれの地域単位において地域の特性と個人のSCとの関連を検討する。次に、研究2では中年群・高年群ごとにマルチレベル分析を行い、個人レベル・地域レベルのSCと健康との関連における、年齢群差を検討する。研 究 1
︻方法︼1.対象地域:群馬県の
A村である。
A村は 65歳以上の人口割合が
第1次産業の就業人口率が 28.5%、 2.地域単位: 32%と、過疎高齢化の進む農村地域である。 行う上で便宜的に定められた行政区画の一つであり、 N
=
18農業集落︵︶の2つを用いた。大字とは、市区町村のような行政を AN=
11村を地理的に分割する地域単位として、大字︵︶、3.分析対象者:972名︵男性427名、女性547名︶で、平均年齢 区として用いられている。 結び付いた農業生活上のまとまりであり、現在でも農林業センサスの調査 あたる。一方で、農業集落とは明治期以前から続く、家と家とが地縁的に A村では所謂旧村に