東北地方における明治期の哺乳類の統計
著者 南部 久男
雑誌名 富山市科学博物館研究報告
号 33
ページ 155‑163
発行年 2010‑03‑15
URL http://repo.tsm.toyama.toyama.jp/?action=repos itory̲uri&item̲id=904
資 料
東北地方における明治期の哨乳類の統計*
南部久男 富山市科学博物館 939‑8084富山市西中野町1‑8‑3二
Statisticalr OrdS0fMammalSfrom
Tohokudistrict,Japan,MeijiEra(1868‑1911).
HisaoNambu TovamaScienceMuseum
l‑8‑31Nishinakano‑machi,Toyama939‑8084,Japan 明治,大正時代の獣類(ロ甫乳類)の毛皮等の記録や 統計は,現在では見られなくなったⅡ甫乳類の当時の生 息状況を知る手がかりになる。筆者は,明治初期の日 本の獣類の毛皮等の統計や(南部,2002b),明治期の 富山県,石川県,岐阜県,新潟県の獣類の毛皮の統計 を報告した(南部,1999,2001,2002a;南部・石坂 2001)。この中で,絶滅の恐れのあるカワウソの毛皮 の統計や,富山県や石川県では,長い間生息していな かったイノシシやニホンジカの毛皮の統計を見いだし た。今回,明治期の東北地方の獣(ロ甫乳類)の統計を
調査し,確認したロ甫乳類のうち,特にカワウソ,ニホ
ンジカ,イノシシについて報告する。
調 査 文 献
調査した文献は,東北地方(青森県,秋田県,山形
県,岩手県,宮城県,福島県)の明治・大正時代の府 県統計害,勧業年報,府県史料等で,府県統計書と勧 業年報の発行状況は,一橋大学経済研究所日本経済統 計文献センター(1982),府県統計書は新田(1962)を参考にした。府県統計書については,龍谷大学,立 教大学の図書館でマイクロフイルムを調査し,勧業年 報は,一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究 センターで,府県史料は,同志社大学人文科学研究所 で調査した。また,明治20年と25年の農商務統計表 (農商務省,1890,1895)の鹿革の統計も調査したが,
明治25年の鹿革の統計は,既に報告した,「第13回日 本帝国年鑑」に掲載されている明治25年の鹿皮の統計 (南部2002b)と同一の内容であったため割愛し,明
*富山市科学博物館業績第398号
治20年のものだけ採用した。
調 査 結 果
表lに調査した統計書,勧業年報を示す。統計書で なんらかの野生獣類(牛,馬,羊,犬,その他を除く}
の記載があった県は,青森県,秋田県,岩手県,福島
県で,同様に勧業年報では,青森県,岩手県,秋田県,
福島県である。山形県,宮城県は,統計書,勧業年報 ともに獣類の記載は見られなかった。府県史料は,青 森県,岩手県,宮城県,福島県,秋田県,山形県を調 査したが,獣類については,岩手県の物産に,「熊
鹿,猪,猿,兎,椴,論,格」が名前で挙がっている のみであったので,以下では割愛する。明治20年の農 商務統計表には,青森県,岩手県,宮城県,福島県で 鹿革の統計が挙がっていた(農商務省,1890;表5)。表 2に記載されていた獣類の名前と現在のⅡ甫乳類の和名 との対応を示す。各県の記載状況
表3,4に,東北地方各県のロ甫乳類の記載状況を,表 5に明治20年の全国の鹿革の統計(農商務省,1890)
を示す。以下に東北地方各県の野生獣類の毛皮等の記 載状況を述べ,その内,鹿,猪,願については生産状 況を示す。なお,既に報告した「明治6年の府県産物
│帳」,「明治7年の府県産物帳」,「第13回日本帝国年鑑」
に記載されている明治25年の鹿皮の調査結果(南部 2002b)も併せて記す。
青森県:勧業年報(明治19年,20年,明治22年〜28年),
統計書(明治31年)に猪革,鹿革,狐革の記載がみら
れた。
鹿革は,明治20,22,23年にそれぞれ,2,20,80枚生 産されていた。猪革は,明治26〜28年,31年に30〜70 枚生産されていた。なお,明治20年の農商務統計表に 掲載された鹿革の数量と同年の勧業年報の数量は同じ
であった。
「明治7年の府県産物帳」の青森県には,禽獣類で 鹿30頭が挙がっている。
秋田県:勧業年報,統計書とも明治25年に鹿革計18枚 が挙がっている。
山形県:勧業年報統計害とも獣類の記載は見られな
かった。
「明治7年の府県産物帳」の置賜県(現山形県)で は,羽毛皮革類に鹿の毛20貫,禽獣類に願3頭が挙がっ
南 部 久 男
表1調査した府県統計書及び勧業年報
│=│原本所在不明
国府県統計書国勧業年報[.所在があきらかなもの回調査したもの
●牛.馬.鹿の記載あり。▲牛・馬・獣の記載あり。年の上段は西暦、下段は明治・大正で示す『・
一橋大学経済研究所日本経済統計文献センター(1982)を参考にし,作成した。
表2府県統計書・勧業年報に掲載された獣類と対応するロ甫乳類の和名
−
和名は阿部ら(2005)によった。
かつた。明治20年の農商務統計表に鹿皮が280枚挙がっ
ている。
「明治6年の府県産物帳」には,羽毛皮革類に鹿1,558 枚,「明治7年の府県産物帳」には,禽獣類で鹿が534 頭,猪が292頭挙がっている。
「第13回日本帝国年鑑」の明治25年の鹿皮は32枚挙
がっている。
福島県:勧業年報では,明治20年〜明治31年に,統計 書では明治35年〜大正元年に,狸,狐,格,兎,黄馳,
水願,熊,鹿,猪の記載があった。
鹿は明治20年から大正元年にかけ2〜82枚生産され ているが,明治37年から減少傾向にある。明治20年の 勧業年報の鹿革の統計には,45枚挙がっているが,明 治20年の農商務統計表の鹿革は270枚挙がっている。
猪は,明治27年〜31年にかけ,24〜89枚生産されて いる。水願は,明治35年〜大正元年にかけ,8〜40枚 ている。「第13回日本帝国年鑑」の明治25年の統計に
鹿革が3枚が挙がっている。
岩手県:勧業年報(明治20年,25年,28年〜31年)に,
鹿革,狸革,狐革が挙がっている。
鹿革は,明治20年,25年,28年〜31年にそれぞれ17, 497,835,51,1219,916枚生産され,気仙郡で生産 枚数が多い。なお,明治25年の統計書に鹿角497(単 位は本と思われる)が挙がっている。なお,明治20年 の農商務統計表に掲載された数量と同年の勧業年報の 数量は同じであった。
「明治7年の府県産物帳」の岩手県には,禽獣類に 鹿573頭が,水沢県(現福島県)では,獣類に鹿1,479 頭,野猪538頭が挙がり,願は禽獣類に8頭,羽毛皮革 類に16頭挙がっていた。「第13回の日本帝国年鑑」に は明治25年に,鹿皮が497枚挙がっている。
宮城県:勧業年報統計書とも獣類の記載は見られな
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生産されている。
「明治6年の府県産物帳」の福島県の禽獣類には,
鹿28頭,野猪72頭,「明治7年の府県産物帳」には,鹿
25頭,野猪91頭が挙がっている。盤前県(現福島県)では,「明治6年の府県産物帳」の禽獣類には,鹿40亀
頭,猪605頭が挙がり,「明治7年の府県産物帳」には 禽獣類では鹿312頭,猪440頭が挙がっている。「明治?年の府県産物帳」では,若松県(現福島県)で,鹿が
6頭,猪が13頭挙がっている。「第13回の日本帝国年鑑」では明治25年には,鹿皮が17枚挙がっている。
ま と め
今回の東北地方の明治期の統計書・勧業年報の調査 により,獣類の記録が,青森県,秋田県,岩手県,福 島県でみられた。その中で,日本では絶滅の恐れのあ る,カワウソの統計が福島県で,ニホンジカは,長い 間が生息していなかった青森県,秋田県で,イノシシ も長い間が生息していなかった青森県でみられた。
以下に今回の調査結果や既に報告した「明治6年と7 年の府県産物帳」(南部,2002b),大正12年〜平成18 年の狩猟統計・鳥獣関係統計(以統計と呼び,引用は 文献参照)の狩猟免許者による獣類の統計,近年の分 布(環境省自然保護局生物多様性センター,2004)を 参考に,これらのロ甫乳類の明治期から近年までのおお まかな生息状況の変遷について述べる。なお,大正12 年から昭和3年のカワウソの統計については,町田
(1997)を参照した。
1.カワウソ
秋田県の大正12年から昭和3年の統計では,大正12 年に3頭,昭和元年4頭,山形県(置賜県)では明治7 年に3頭,岩手県(水沢県)では明治7年に16枚,統 計では大正12年に3頭,昭和3年に1頭,宮城県では,
統計では大正12年に2頭,昭和3年に1頭が挙がってい
る 。
福島県では,明治35年〜大正元年に40,12,13,19,
22,14,12,25,16,8枚,統計では大正12年に4頭,
昭和2年に5頭,3年に5頭が挙がっている。
岩手県では,明治初期には10枚以上が生産されてい たが,統計では大正12年から昭和5年には,5頭以下に なっている。福島県では,明治後半には,10枚以上生 産されていたが,統計では大正12年から昭和2年には,
5頭以下になり,生産が減少している。岩手県や福島 県では,明治期後半から大正末から昭和初期にかけ,
生息数が減少したと思われる。
2 . 二 ホ ン ジ カ
ニホンジカとイノシシは,江戸時代の享保・元文期
の諸国産物帳に,東北地方では,山形県(出羽国庄内,
米沢),岩手県(陸奥国南部盛岡領,田村郡三春)で 記録されている(日本野生生物研究センター,1987)。
三浦(2008)も,江戸時代には,現在の秋田県男鹿半 島,山形県鶴岡市,宮城県牝鹿半島,仙台市,岩手県 仙台市等に鹿が生息していた記録があると記している。
狩猟統計は大正12年より記録されるようになったが,
明治期から大正11年までのニホンジカやイノシシを含 む獣類の生息状況はよく分かっていなかった。
ニホンジカは,青森県では明治7年に30頭,明治23 年には,80枚(皮革)が生産されているが,大正末か
ら近年の統計には,希に少数が狩猟される程度であり,
昭和58年から平成9年までは,数頭が時々狩猟され,
以後平成18年までは狩猟されていない。秋田県では,
明治25年に18枚が,山形県では明治25年には3枚生産 され,大正末から近年の統計には,両県ともごく希に 狩猟される程度であった。近年の分布情報では,秋田 県や青森県ではほとんどみられないが,山形県では,
一部の地域で確認されている(環境省自然保護局生物 多様性センター,2004)。
岩手県では,明治7年に鹿革の生産は1,400枚を越し,
明治30年には1,200枚を越し,大正12年からの統計で は,昭和21年までは時々数頭が狩猟されている。昭和 25年から昭和44年までは毎年数頭から50頭ほどが狩猟 され,昭和46年より100頭を越し,昭和58年より 500頭を超し,平成11年からの近年の統計では,700〜
2,000頭ほどが狩猟されている。宮城県では,明治6年 に1,500頭を,明治7年には500頭を越し,明治25年に は,32枚生産されている。大正12年からの統計では,
昭和4年から平成5年頃まで数頭から30頭が狩猟され,
平成11年より150〜200頭ほどが挙がっている。近年の 分布は両県とも拡大している(環境省自然環境局生物 多様性センター,2009)。
以上のことから,ニホンジカは,青森県,秋田県,
山形県では,明治期には生息したが,以降は,ほとん ど生息していなかったと思われる。岩手県や宮城県で は,明治期には生息し,大正末からは少数が生息し,
徐々に増加し,岩手県では昭和50年代頃から,宮城県 では,平成10年代から生息数が増加し,両県とも分布 が拡大している。
3 . イ ノ シ シ
イノシシは青森県では,明治31年には70枚の毛皮が 生産され,岩手県では明治7年には500頭を超し,宮城 県でも明治7年に500頭を超している。
青森県,秋田県,山形県では,大正末から近年の統 計ではほとんど狩猟されていない。岩手県では大正末
南 部 久 男
から昭和50年までの統計では,ほとんど狩猟されてい ないが,以降近年まで少数が時々狩猟されている。
宮城県では,大正12年から昭和47年までは少数が時々 狩猟されていたが,平成9年頃までは,数頭から50頭 ほどが狩猟され,平成11年からは,150〜200頭ほどが 狩猟されている。福島県では,大正末から希に狩猟さ れていたが,昭和28年からは,毎年数頭から徐々に増 加し,昭和40年より,ほぼ毎年100頭を超し,平成7年 より500頭を,平成15年より1,000頭を越す年がみられ
る よ う に な っ た 。
近年の分布情報によれば,青森県,秋田県,山形県,
岩手県では,ほとんどみられないが,宮城県や福島県 では分布が拡大している(環境省自然保護局生物多様 性センター,2004)。
以上のことからイノシシは,青森県や岩手県では,
明治期には生息したが,以降近年までほとんど生息せ ず,山形県では明治期は不明であるが,大正末から近年 までほとんど生息していないと思われる。宮城県や福 島県では,明治期には生息し大正末から少数が生息し ていたが,次第に増加し,福島県では昭和の後半から,
宮城県では平成の後半から増加し,両県とも生息数か 増え,分布が拡大していると思われる。
今回の調査資料は,主に各県の統計書,勧業年報で あり,情報も限られていると思われるため,東北地方 の明治・大正時代の獣類の生息状況を知るためには 新たな資料の発掘を含めた調査が必要であると思われ
る 。
謝 辞
文献を調査させていただいた,一橋大学経済研究所 附属社会科学統計情報研究センター,龍谷大学図書館 立教大学図書館同志社大学人文科学研究所に心より お礼申しあげます。本研究の一部は,「平成14年度科 学研究費補助金(奨励研究)」,「平成14年度富山県美 術館・博物館研究補助金」を使用した。
文 献
阿部永.石井信夫・伊藤徹魯・金子之史・前田喜四雄・
三浦↓慎悟.米田政明.2005.日本のⅡ甫乳類〔改定 版〕・pP206・東海大学出版会.
一橋大学経済研究所日本経済統計文献センター.1982 明治期における府県総括統計書誌.pP277,
環境省自然保護局生物多様性センター.2004種の多 様性調査「ロ甫乳類分布調査報告書」pp21a http://wwwbiodicgojp/reports2/6th/6mammal/
158
6mammal・pdf
環境省自然環境局生物多様性センター.2009.鳥獣関 係統計http://wwwsizenkenbiodicgojp/wildbird/
simple/s‑index,html
町田吉彦1997.土佐とニホンカワウソニホンカワウソ や−い!高知のカワウソ読本一四国全域に幻の姿
を追う.pp35‑62
三浦慎悟2008.東北における野生動物管理の源流,な ぜシカは絶滅し,クマは生き残ったのか.東北学ゞ
14:64‑87.
南部久男.1999.富山県で絶滅した大型動物(Ⅱ甫乳類・
烏類)の記録I明治・大正時代の富山県におけ るⅡ甫乳類の毛皮及び狩猟等の統計富山市科学文 化センター研究報告(22):153‑168.
南部久男2001石川県における明治時代の鹿・牛・馬 の毛皮の統計.富山市科学文化センター研究報告
(24):97‑1OL
南部久男.2002a新潟県・岐阜県における明治時代の
Ⅱ甫乳類の統計富山市科学文化センター研究報告
(25):167‑170.
南部久男.2002h明治初期におけるⅡ甫乳類の統計富山 市科学文化センター研究報告(25):151‑165.
南部久男・石坂雅昭2001北陸地方における明治時代 のニホンジカの生息状況.富山市科学文化センター 研究報告(24):67‑72
農商務省1890.第5次農商務統計表.
農商務省1895.第10次農商務統計表.
日本野生生物研究センター.1987.環境庁委託「過去 における烏獣分布情報調査報告書」http://www・
biodic,gojp/reports/oldbird/aeOOahtml
新田勇次.1962マイクロフイルム版内閣文庫所蔵府県 史料解説・細目雄松堂フイルム出版.pP99、東京 林野庁」963.狩猟免許者の烏獣捕獲の統計(1923‑1960)
調査した各県の府県統計書及び勧業年報は,表lに 示したが,発行者,発行年などは,一橋大学経済研究 所日本経済統計文献センター(1982)を参照してもら いたい。また,府県史料については,新田(1962)を 参照してもらいたい。
狩猟統計は,大正12年〜昭和35年度までのものは,
林野庁(1963)を昭和36年度から平成18年度までのう ち,平成11〜18年度は,環境省自然環境局生物多様性 センター(2009)を参考にし,その他は林野庁,環境 庁,環境省発行のものを調査した(1972,1980,1985, 1988年度のものは未調査)。
表3明治期の青森県、秋田県、岩手県、宮城県の獣類
青森県
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狐 革
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