防災科学枝術総介研究報告 第26弓・
1971年3月
550.8:551.2:550,341(522.7/、8)
えびの ・吉松地区地震震源域付近の
地質と地質構造 鈴木泰輔
地 質 調 介 所
Geol◎9y and Structure of the Ebin◎一Y◎shimatsu Seismic Area,Southem Kyushu
By
Taisuke Suzuki
Ge・f081・αj∫〃・的・戸Jαραπ,τ0左μ・
Abstract
Ageo1ogicalsurveywasdoneinthesouthernpartofKyomachitown,
Tlle Kakuto group,Ii㎜ori−yama effusive rock,and terrace depOsits are main constituents of this area.The Kokubu group and o1der vo1canic rocks are only recognized from dri11cores.The geology of this area is briefly sum−
mariZed aS fOHOWS.
Recent
▲
Pleistocene
A1luvium C1ay,sand and gravel Hyuga formation (omitted in the geological map)
Vo1canic ash and pumice ash
Lower terrace deposits
Sand and grave1 Iimori・yama effusive rock
Pyroxene andesite
Higher terrace deposits
Sand and grave1
Pliocene to P1eistocene Kokubu group
Pliocene
01der volcanic rocks
Local disturbance of the Kakuto group(lucustrine deposits)is only ob・
served within the studied area in the Kakuto basin.The disturbed area is situated just on a trend of the younger Kirishima groups which ext㎝d NW−
SE.Volcanic activity w11ich occurred after the deposition of the Kakuto group might have resulted in the1ocal disturbance of the group in the limited area.
えぴの・吉松地区地震に関する特別研究 防災科学技術総合研究報告 第26号 1971
1. はじめに
1969年1月から2月にかけて約20日問にわ
たり加久藤盆地および周辺地域の地質調査を行な った.本報はこの結果をまとめたもので,国鉄吉2 都線加久藤駅から吉松駅を結ぷ線以南の約20km
の範囲にあ走る(図1、図2).この地域および周辺の地質については,伊田ほ
か(1948.1951.1956)による論文のほか,
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調査地
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図1
Fig 1.
.i向査位置図 Index map.
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︵ 一
37
基盤火山打類
000m
羊新世500
京町南方地域の地質凶
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図a
鶴 丸
つ ︷
圏 ル
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えひ。つ・吉松地区地震震湶域け近の地質と地質構造 一 鈴木
最近になってえびの・吉松地区地震に関連した荒 牧(1968)の報告がある.荒牧は伊田らのたてた 層序区分を再定義し,独白の層序区分を主張した.
本調査は見分け易い岩棚の差によって層序・構造 を追跡した結果大よその区分が伊田らと合致した.
このため,一部の層序および地層対比などに若干 の改訂を加えながらも大部分は伊田らによって提 唱された地層名を踏襲している(図3).
2。基盤火山岩穎
地域内には露出していない.しかし,加久藤盆 地の周辺部には真幸変朽安山岩,加久藤安山岩類,
栗野安山岩類などが分布し,本地域の直接の基盤 をなすものと考えられている.ここではこれらを 一括して基盤火山岩類と総称した.
京町の真幸小学校横で実施されたG S2号試す
いでは,深度370m付近に安山岩類が確認されて
おりこれは加久藤カルデラ壁を構成する基盤火山 岩類と対比されている(図4).3.国分O群相当■
京町観光ホテル温泉試すいでは61mから225
m付近までに認められる地層は地表に現われていない別個の地層と考えられており,花粉化石の
、 注1)
っちハα仰 Sp.が多数含まれることから国分層群 に対比可能であることが予想される.この地層は 更に電検,放射能検層などによってG.S2号試す
いの77m付近から370m付近までに対比され同
層の存在が確められている.国分層群は鮮新世末期ないし更新肚初期と考え られている地層で,国分市から姶曳郁一帯にムく 発達するほか鹿児島県内の各所で認められる広範 な分布を示す地層である.木地域に比較的近い露 出地は10km南西方の栗野田1 周辺である.木地域 では新期たい積物によって推われるため地表では みられないが,同層群相当層を彬定することは妥 当であろう.
なお,最近荒牧1)によって再定義された加久藤 層群は本層とほじ共通していると見ることができ
る.
4.加久藤O群
下位の国分層群杣当層とは恐らくイく整合関係と 考えられるが直推の観察一点がないため、詳洲は不明 である.
岩相上から池牟礼・昌明寺・溝園およぴ下浦の 4層に区分できる.
池牟礼層
地域のほぼ中央南部の池牟礼部落付近および川 内川付近にわずかに露出する.本層は地表で観察
できるのは最上部の20m程度に過ぎないが,G S2号試すい資料によって検討すると層厚約100
mと推定できる.地表部では灰白〜暗灰色粘土・シルトよりなり,
細〜粗にわたる薄砂層・スコリア質砂などをきょ う有し一般に層理明りょうな地層である.また,
全般に軽石粒を不規則に含むほカ㍉ けいそう類・
植物化石を多産する.尾上亨によれば.〃 ・
(?)sp・, α・p.・f・.〃〃色π〃・… ん・卜 4・・肌〃・ R・1・。1州,P川ω・・p.・f・.〃ω〃ト rダ〃 PAFL, τムωノαJ απd−3ん C^HR,
ρω2γo砒3 0γ一3ρω6α BLUME, ρω γoω3 ダ6α砒cα THu可日., 0一ππα朋o肌砒肌ノαρoπ一〇α S−EBnLD,
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山αろo6−o砒肌,ノc〃肌oπo M^x川, 03肌α卜
〃・ ・り0∠ω・MoUlI一一.. など圧倒的に暖
〜温帯種が多く,わずかに温〜寒帯種を含む.数 少ない温〜寒帯種は当時の相対的高所から由来し たものであろう.けいそう類は,地表の露出部に 限り量はかなり多いようである.
昌明寺層
地域の中央部と西部に比較的よく露出するほか 地域全般にかけ背斜構造の翼部として分布してい
る.層厚約70m.某底部にはシルトれき,軽石
れきおよぴ団塊などを含むが,主として分級度の よい火山灰質砂よりなり一般に軟質である.中〜上部は無層理であるのに対し,下位は明りょうな 層理面をもつ.伊田が報告している灰色泥岩ぱ地 域内の本層中に存在しない.
木層は火山ガラスの破片が圧倒的に多轟1である が,粛鉱物組成注2)をみるとしそ輝石.普通輝石 のほか普通角せん石などが含まれている.
本層ぱ大部分の軽イ1粒が分級のよい点から恐ら く古加久藤湖に水中たい積した降F軽利であろう と推定される.
溝園層
ド位の昌明与層を整合に覆い,地城の東西にわ たってよく辿跡できる.層〃は東に〃く西に至る に従い薄くなる傾向をイiする.すなわち,東方の
k江川沿いで40m以上で最もよく発達するのに
一39一
えびの・1㌔ 松地区地一 水関す・乙特別研窄 防災科学技術総合研究報佑 ;禽26号I 工971
ナ也戸毛げ層例)粒次
積戸了㌶二
記 華
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図3
Fig.3. GeneraIized
to the sou th
えびの南方付近σ)地表地賀柱状概念図
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n =∩(500 1.0001n∩( 1=(nm1.500
︒4 32 3一 一
京町南方付近の地質断面図
Fig.4.
Geo1ogic
sec tion of the area to the souにh of Kyomach一41一
えぴの・吉松地区地震に関する特別研究 防災科学技術総合研究榊七 蟻26号 1971
対し,中央部柳水流の沢では16〜17m,西部吉 松町東方の1モ斜而では7〜8mとなる.
本腐はF部と上部が殆んど同質の粘土・シルト よりなり中閉に火山灰質の砂をはさむ.この組合 せは柳水流および池牟礼南方付近より東方長江川 沿いの西長江浦にかけてよく観察できるが,西方 の鶴丸南東の沢および吉松町東方ではその特竹が 失われている.なお,吉松南東方では粘土・シル ト互屑に後述する飯盛山噴出物が直接重なる.上 下に存作する粘土・シルト層はともに両者の互層 で,これらに加えしばしばスコリア質砂,白色凝 灰質粘一トの薄層をきょう有し薄葉状の細互層を呈 する場合がある(二与火1).長江川西岸や柳水流
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㌻真1 溝園層の粘土・シルト細互層
長江川西岸 竹中付近の沢の枝沢に分布する本層下位の粘土・シルトπ 層巾には,たい積時の表層地すべりを示す激しい 層内しゅう曲構造が認められる(写真2および3).
また,上郷のげ層中にはらん鉄鉱の小団塊および 植物化石が少;il=含まれている.
火山灰慨の砂はそのほとんどが火山ガラスの破
㍗〃(3 淋剛寓11コにみられろスランピング構造 柳水流1争]方の沢の枚沢付近
片をキ休とし,少1IlのLそ榊行・杵適輝石その他 など ⊂榊火されていろ.ri」」砂は止ドに存在する粘 土・ンルトり州こ比〕1・{」■ノ変化が激しく,東厚西 薄であるが,溝閑屑令体の層〃≠変化はむしろ本砂 層の屑」一メ変化が}吏映した納果である.
下浦屑
全榊.ノ90mに達し,十也域内に広く分布してい
る.
ほとんど火山灰篶砂・中羊石などから構成され,
火山灰一{のれき・ソルトれきなどを含む.層理ぱ 一定てなく,人σ〜くるみ入にわたる軽石が不規 則い二㍍まれ乙ほか, しばしば偽層を、してとうた イ■二〜のたいヰェ1{をノ」ミす. とくに木層ト位から基底に
かけては粒肢が粗く,ときに2mX3mにおよぷ
一帷イ1卜月塊を含むほか軽イfれきのみからなるれき層,
あるい存.tflflオLきとシルトれきを混じえたれき層と なろ場合が多い.
えぴの・吉松地区地震震源域付近の地質と地質構造 一鈴木
火山灰質砂は下位の昌明寺,溝園層中のものと 同じく,火山カラスがその大部分を占め石英を含 む.重鉱物ぱしそ輝石が最も多く,普通輝石・少 量の普通角せん石その他などである.このうち,
普通輝石ぱ東部でや\多く,西部では殆んど認め 注2)られない.
本層は沢村8)ほか,荒牧によって姶良火山入戸 軽石流の水中たい積であることが指摘されている.
恐らく基盤火山岩類および下位地層分布地域の地 形低所に沿って南西側から進入したものであろう.
また,鉱物組成に変化のあることは本層が決して 一定の条件内にたい積しなかったことを意味する
ものと忠われる.
伊田4)5),荒牧は下位溝園層との関係(荒牧に よる京町層と池牟礼層上部との関係)を 部不整 合としているが,今回の調査では結論を見出して いない.すなわち,両層の境界はしばしば異常た い積を示し,地層の逆転している場合すら認めら れるが,軟弱な粘土・シルト上に急激に軽石流が 進入したたい積相を考えると一見下位を削ぱくし たかのような露頭現象も時間的間隔なしで解釈で きる. 方,基底部に粗粒物質を多く含むこと,
向江南方でみられるようにしゅう曲翼部に溝園層 のシルトが頭部を現わす地点では,急斜する下位 の構造と無関係に本層が重なっていること,また,
溝園層の東厚西薄傾向の事実のほかに西部におい て粘土・シルト互層が2枚の組合せで観察できな いことなどあるいは本層たい積前に削はく作用が 行なわれていたのかも知れない.
5.高位段丘たい竈物
地域東部大溝原南方付近から椿掘,岡元付近に
至る問の標高250〜270mにわたる丘陵上に分布
する.
円れきを主体とし,粗砂・粘土を伴うが諏訪神 社裏では2m前後であった.
本たい積物は地域内でぱ下位の加久藤層群を覆 い,新期の飯盛山噴出物や黒色火山灰・軽石質火 山灰などに覆われている.
6.匝虹山噴出物
地域南部一帯の丘陵上には多孔質黒色安山岩が
分布する.これは地域外南方約5km付近に整っ
た円すい形の火山体として独立している飯盛山(標高846.3m)の噴出物である.
分布柵域の大半は同噴出物初期の産物である泥 流部が広く発達していていわゆる 流れ山地形 を形成している.また,岡元一楠辺の南部には溶 岩流がみられる.
本地域では最大170〜180mの層厚をもち,ド
位の加久藤層群各地層をそれぞれ覆う.ほとんどが輝石安山岩質溶岩で,検鏡結果は沢村8)ほか,
荒牧1)らに詳しい.
7.低位段丘たい竈物
地域の東北部から西南部にかけて川内川がだ行 しつつ南下するが,同川の南一東岸にあたる本地 域には広く河岸段丘が発達している.大溝原一下
浦一鶴丸に至る問の標高220〜250mにわたる平
坦面がこれにあたり,れき・粗砂などで構成されている.
8.目向O
本層ぱ,灰白〜黒色火山灰土・黄かっ色軽石質 火山灰±およびスコリァ質火山灰砂などより構成
される.
加久藤層群それぞれの地層,飯盛山噴出物およ び各段丘面上など地形高低の別なく不規則に覆っ ている.厚さは一定でなく,また,たい積の順序 も場所により異なっている.観察された限りでは,
火山灰土約1m,軽石質火山灰土最大3m以上,
スコリア質火山砂3m前後であった.なお,本層
中,スコリア質火山砂ぱ大溝原南方から西長江浦 付近と楠辺から岡元に至る問の丘陵平坦面上に発 達し,西部鶴丸付近ではあまり認められない.本層は便宜上地質図から省略してある.
9.地質構壱
本地域の地質構造を概観すると,やや複雑な地 帯およびほとんど変形を受けていない地帯とにわ けられる.すなわち,地域の大部分を占める鶴丸 一大溝原南方にぱ,東西もしくぱ北東一南西方向 を示す3背斜向斜とこれらを切って北西一南東お よび北東一南西方向などに走る数条の断層が発達 する(図5).これに対し,東部の長江川西岸付 近および西南部吉松町東方付近ぱほとんど変形を 受けていないかわずかな変動を受けているに止ま
る.
しゅう曲の軸部付近は一般に地層が乱れ,傾斜 がや㌧急である.とくに顕著な背斜構造を示す部
一43一
十
^えひの .十,松他区地窟に関する特別研究 防災科学枝術総合研究蛾讐 第26号 197]
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図5
Fig.5
地質構造図
Tectonic map分は軸部が断層となっている.
断層は楠辺部落北東の沢てみられる北西一南東 性のものが最大で池牟礼層と溝園層が接し,層問
落差100mに達する(㍗典4).次いで上述の断 層とほぼ平行して南側に存在するものが約50m の落差を有し,他はいずれも20m以下の断層で
ある.
写.真4
誰.
ら、
・翻、・
脚 1 ■ヅー 、
断層の影響によって勺、峨斜を示す溝1劇層 一的〒屑はイi王1の沢111にある一 池牟礼栴方付近
木地域の地τ王構造について伊冊,荒牧らは,西 諾県郡から小林市にかけての広範な地域における 史新統分布地域中でもムー郎的な変形運動であるこ とを指摘している.この特異な変形の原因につい て伊田は霧 断則諾火山の火11」活動伸長方向に関 連することに着眼し,荒牧は飯盛山溶岩流の重み によるイ;同沈下の邦,㌔果であることを推論している.
木報では次のように榊考した.
1.霧パ、桝則、沽火山に属する新燃岳,白紫池,
飯盛山を絨ぷ北{一南束方向の構造線が存在 し,木地域はこの処長線上に該 hすること (1刈6).
2.断層の批人落芹は工OOmに達する大規模な
ものである.3.理形は加久藤層桝たい横後に完成されてお り,同層俳推ヒ椰の他層は筑四氷期に属する こと7)から運動舳がかなり新らしいこと.
以」二のことから加久藤カルデラの湖に加久藤層 鮮のたい械が一応終るまではほとんど静止かそれ に近い状態であった.そのf麦,」」I;牒汽類の弱練に
えひの・、㌣松地区地震震源域付近の地質と地賞構造 一 鈴木
沿って火山活動があり構造線上にある地層に下位 の変動による反映として変形運動が生じた.この 場合,火山活動は地下深所であってもよい.さら
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図6 霧島新期諸火山と断層の位置 Fig.6. Re1ati on be[ween [he trends of エhe younger Kirishima vo1canoes
a nd エhe f a u1t s i皿 t h e Ka kuエo
calderad二strict.
に飯盛山火山活動などが続き,一層変形を助長し たものとも考えられる.
なお,今回発生したえびの・吉松地区地震は,
その震源域が上述した局部的変形構造地帯内にあ たり,加久藤層群たい積後に行われた激しい地殻
変動の延長=と考えることができる.
注
注1)国分層群中部には佃物化石を多産し,特に FaguSを顕箸に含むことが知られている.
注2)佐藤良昭鑑定
参 考 文 献
1)荒牧重雄(1968):加久藤盆地の地質一え びの・吉松地域の地震に関連して一.地 震研究錠報 Vo1.46,p.1325…1343.
2)有田忠雄(1957):加久藤カルデラの提唱 (演旨) 地質学雑誌.第63巻,p・443
〜444.3)伊田一善(1948):南九州の天然ガスと地質
について.石油技術協会誌第13巻,p.
251〜259.
4)伊田一善・篠山昌布(1951):宮崎県加久藤 天然ガス地質調査報告.地質調査所月報
第2巻,p.178〜184.
5)伊田一善・本1;も公司・安因 昇(1956):宮
崎県小林市付近大然カス調査報告.地貰調 査所報告,168号.
6)鹿児島地学調介研究会(1967):20万分の
1地質図および説1リj。葦芋 「鹿児島県の地質」.鹿児島県.
7)鹿児島県地学会(1968):かごしまの白然
一他史と六イi一.第一学習社.8) 沢村孝之助・松井和典(1957):5万分の1 地貫図幅および説閉.t} 「霧島山」.地質 調査所.