九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
リチウムイオン電池の劣化予測に向けた放電曲線の 数理モデル構築
本藏, 耕平
https://doi.org/10.15017/1500731
出版情報:Kyushu University, 2014, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:Fulltext available.
博士論文
リチウムイオン電池の劣化予測に向けた 放電曲線の数理モデル構築
九州大学 大学院工学府 水素エネルギーシステム専攻
本藏 耕平
目 次
1. 序論 ... 1
1.1 背景 ... 1
1.1.1 化石燃料のエネルギー効率向上 ... 1
1.1.2 代替エネルギーとしての水素 ... 2
1.1.3 蓄電システムの併用 ... 3
1.2 リチウムイオン電池 ... 4
1.2.1 原理 ... 4
1.2.2 課題 ... 7
1.3 リチウムイオン電池の劣化モデル ... 8
1.3.1 負極表面被膜の成長モデル ... 9
1.3.2 リチウムイオン電池の容量減少モデル(t 1/2モデル) ... 10
1.3.3 t 1/2モデルの適用例と課題 ... 11
1.4 リチウムイオン電池の従来の劣化解析 ... 13
1.4.1 解体,化学分析による方法 ... 13
1.4.2 放電曲線の解析による方法 ... 14
1.5 本研究の目的 ... 17
1.6 各章の概要 ... 17
2. リチウムイオン電池の放電曲線の数理モデル ... 20
2.1 緒言 ... 20
2.2 放電曲線モデル ... 21
2.2.1 基礎的な議論 ... 21
2.2.2 実用的な単位系への変換 ... 22
2.2.3 微分電圧の解析上の利点 ... 28
2.3 劣化現象とパラメータの対応 ... 29
2.3.1 正極,負極の劣化 ... 30
2.3.2 SEIの成長 ... 30
2.4 結言 ... 36
3. 減速型の電池劣化への適用 ... 38
3.1 緒言 ... 38
3.2 実験方法 ... 38
3.2.1 正極,負極の放電曲線の測定 ... 38
3.2.2 電池の保存試験 ... 40
3.3 データ解析 ... 43
3.3.1 正極,負極の放電曲線の解析 ... 43
3.3.2 電池の放電曲線の解析手順 ... 43
3.3.3 リチウムイオン損失量の推定 ... 45
3.4 結果および考察 ... 47
3.4.1 正極,負極の放電曲線 ... 47
3.4.2 電池の容量と放電曲線 ... 50
3.4.3 活物質利用量の減少 ... 59
3.4.4 範囲外容量の変化 ... 62
3.4.5 リチウムイオン損失量の増加 ... 64
3.4.6 減速型の容量減少メカニズムの検討 ... 68
3.5 容量減少の予測 ... 72
3.5.1 予測および確認の手順 ... 72
3.5.2 予測の結果 ... 75
3.6 結言 ... 80
4. 加速型の電池劣化への適用 ... 81
4.1 緒言 ... 81
4.2 実験方法 ... 81
4.2.1 正極,負極の放電曲線の測定 ... 81
4.2.2 電池の充放電サイクル試験 ... 82
4.3 データ解析 ... 83
4.3.1 正極,負極の放電曲線の解析 ... 83
4.3.2 電池の放電曲線の解析 ... 83
4.4 結果および考察 ... 83
4.4.1 正極,負極の放電曲線 ... 83
4.4.2 初期状態の電池の放電曲線 ... 94
4.4.3 電池特性の劣化 ... 96
4.4.4 充放電サイクル試験中の電池の放電曲線 ... 101
4.4.5 加速型の容量減少メカニズムの検討 ... 103
4.5 容量減少の予測に向けた課題 ... 107
4.5.1 放電曲線の数理モデルからの乖離 ... 109
4.5.2 電池の内部抵抗との関係 ... 111
4.6 減速型と加速型の電池劣化の比較 ... 112
4.7 結言 ... 114
5. 総括 ... 116
記号および略号 ... 118
参考文献 ... 120
報文 ... 123
謝辞 ... 124
1. 序論
1.1 背景
我が国は,エネルギー源となる化石燃料のほぼ全てを輸入に頼っている.しかし,化石燃料の 産出地域の政治的不安定性の増大や新興国の経済成長による化石燃料の需要増加により,エネ ルギーを安定的に確保することが困難になっている.その上,2011 年の東日本大震災に伴う東京 電力福島第一原子力発電所の事故を受け,原子力発電への依存が許されない状況となっており,
化石燃料への依存度はより一層高まっている(図 1-1).今日,我が国のエネルギー安全保障環境 は極めて厳しいと言わざるを得ない[1].このような状況で,我が国は,徹底した省エネルギー社会 の実現,再生可能エネルギーの導入加速,化石燃料のエネルギー効率の向上,代替エネルギー 源の開発を同時に進めなければならない.
1.1.1 化石燃料のエネルギー効率向上
化石燃料のエネルギー効率向上のための有望な手段の一つが,発電で生じる熱エネルギーを 有効活用することである.例えば,ガスタービンの排熱で作った蒸気で蒸気タービンを回し二段階 で発電するコンバインドサイクルが挙げられる.これは 60%以上の発電効率を実現しており,従来 型の火力発電所の平均発電効率約 40%に比べて格段に高効率である[2].また例えば,燃料電 池などを使用した熱電併給システムが挙げられる.これは,熱エネルギーを回収し温水や暖房など
図1-1 年間発電電力量の構成比[1]
0 20 40 60 80 100
2012年度 2010年度
新エネ等 水力
原子力
石炭 天然ガス
石油
割合 (%)
28.6 8.4 29.3 25.0
7.5 1.1
8.5 1.7 42.5 27.6
18.3
1.6
に利用することで高効率なエネルギー利用を実現するシステムであり,コージェネレーションシステ ムとも呼ばれる.この場合,熱エネルギーを利用するためには利用場所の近くに熱源が無ければ ならず,コージェネレーションシステムの推進は電源の分散化と表裏一体である.このことは送電中 のエネルギー損失の削減や災害に対する強靭性の向上にもつながる.現在,1~数十kWクラスの 領域において,小型ガスエンジンや固体高分子型の家庭用燃料電池を用いたコージェネレーショ ンシステムが商品化されており,発電効率30~40%,総合効率80%以上を実現している.さらに高 効率な固体酸化物型の燃料電池を用いた家庭用コージェネレーションシステムも開発,上市され ており,2012年4月には発電効率45%超,総合効率90%のシステムが販売開始されている[3].将 来は,固体酸化物型燃料電池とガスタービン,蒸気タービンのコンバインドシステムへと繋がること が期待されている.
1.1.2 代替エネルギーとしての水素
エネルギーの形態は,原油,石炭,天然ガス,水力,原子力などの自然の中に存在する状態で 利用できる一次エネルギーと,電気,ガソリン,LPG,都市ガスなどの一次エネルギーを転換して需 要家に届けるための形態とした二次エネルギーに分けられる.二次エネルギーとしての化石燃料 の代替候補として,現在最も有望と考えられているのが水素である.その特徴としては
1. 多様な一次エネルギー源から様々な方法で製造可能である.
2. 気体,液体,合金に吸蔵した固体という様々な形態で貯蔵,輸送が可能であり,電気に比べ て貯蔵しやすい.
3. 燃料電池によって電気に変換できる.
などが挙げられ,将来は電気とともに二次エネルギーの中心的役割を担うことが期待される[1].
現在,最も社会への適用が進んでいる水素関係技術は,1.1.1 項にも記した家庭用燃料電池で ある.現在は天然ガスを燃料に用いているが,これを将来的に水素に置き換えることにより,環境 負荷の低減と高エネルギー効率を両立できる.また,現在実用化が進められている技術に燃料電 池自動車がある.燃料電池自動車は従来のガソリン自動車と比べて高いエネルギー効率を有する ため,エネルギー消費量や環境負荷の低減に貢献することが期待されている.例えば Well to
Wheelの二酸化炭素排出量はガソリン自動車が147 g-CO2 km-1であるのに対して,天然ガスを改
質して使用する燃料電池自動車は78 g-CO2 km-1である[4].2014-2015年度にかけて,日本の自 動車メーカーが相次いで燃料電池自動車の販売を開始する予定である[4, 5].
水素エネルギーの推進や燃料電池自動車の実用化は,2015年現在,明確に日本の政策として 位置づけられている.2013年6月に政府から発表された「日本再興戦略 –JAPAN is BACK-」は,
2030年には家庭用燃料電池 530 万台(日本全世帯の約1 割に相当)を市場に導入することや,
2030年までに新車販売に占める燃料電池自動車などの次世代自動車の割合を5~7割にすること を目標に掲げている[6].
1.1.3 蓄電システムの併用
前項に記したように,家庭用,自動車用への燃料電池の適用が進んでいる.ただし,家庭にお ける熱需要,電力需要のピークは必ずしも一致しないことから,家庭用燃料電池によって高い総合 エネルギー効率を実現するには,ピークシフトのための蓄電システムを併用することが有効である.
また,家庭用,自動車用に共通の問題として,燃料電池は負荷変動への追従性が高くない.この ため,蓄電システムと組み合わせて平準化された負荷での発電運転をすることが有効である[7].さ らに,燃料電池システムを始動するための電源は常に必要であり,停電時の備えとしても蓄電シス テムが必要である.
蓄電システムを構成するデバイスとして,現在最も有望なのがリチウムイオン電池である.以下,
リチウムイオン電池をLIBと記す.図1-2は代表的な二次電池のエネルギー密度を比較した図であ る.図のように,LIB は鉛電池,ニカド電池,ニッケル水素電池,ナトリウム硫黄電池(NaS 電池)に 比べて小型化,軽量化が可能な電池である[8].また,充放電のエネルギー効率も鉛電池が87%,
NaS電池,ニッケル水素電池が90%であるのに対してLIBは95%と高い[9].更なる高エネルギー 密度化を目指して空気亜鉛電池などのポストLIBの開発も進められているが,出力,寿命,エネル ギー効率などの点で問題が多く,実用化の時期は不透明である.
1.2 リチウムイオン電池 1.2.1 原理
LIBの原理を図1-3に示す.LIBは,反応種のリチウムイオンが正極,負極活物質に吸蔵される インサーション型の二次電池である.一般的には正極活物質には金属酸化物,負極活物質には 炭素材料が用いられる.充電中には外部電源によって電子が正極から負極へ移動し,同時にリチ ウムイオンが正極活物質から放出されて負極活物質に吸蔵される.放電中には外部回路を介して 電子が負極から正極へ移動し,同時にリチウムイオンが負極活物質から放出されて正極活物質に 吸蔵される.電池の起電力は充電により上昇し,放電により低下する.
図1-2 二次電池のエネルギー密度
電池の起電力または開回路電圧(Open Circuit Voltage: OCV)は,正極の開回路電位(Open
Circuit Potential: OCP)と負極のOCPの差で与えられる.正極,負極のOCPは活物質と電解液の
界面におけるリチウムイオンの吸蔵,放出反応の平衡電位で決まり,その値は活物質の種類によっ て異なる.図 1-4 は種々の活物質材料の容量密度と平均電位を示す.基本的には平均電位の高 い材料を正極活物質とし,低い材料を負極活物質とする.また,当然ながら容量密度は高い方が よい.ただし,繰り返して使用する場合の特性劣化が小さいことも必要である.現時点では,電位,
容量密度,特性劣化のバランスがよい材料として,正極には層状酸化物系(LixMO2),スピネル系
(LixM2O4),リン酸塩系(LixMPO4)の材料が,負極には炭素系(黒鉛,非晶質炭素)の材料が用い られている.一部,負極にチタン酸化物系の材料を用いる場合もあり[10],エネルギー密度は一般 的なLIBに劣るものの,長寿命を実現している.
図1-3 リチウムイオン電池の原理
また,活物質のOCPはリチウム組成比によっても変化する.すなわち,正極と負極の OCPは充 放電に伴い変化する.変化のタイミングと大きさは材料によって様々である.例えば層状酸化物系 の正極活物質の一種であるLiMn1/3Ni1/3Co1/3O2の平均電位は3.8 V程度であるが,充放電中の電
位は3.0~4.3 Vに緩やかに変化する.また,代表的な負極活物質である黒鉛の平均電位は0.1 V
程度であるが,充放電中の電位は0~1.0 Vに変化し,放電末期に急激に上昇する.さらに,通電 中にはリチウムイオンの吸蔵反応と放出反応に必要な過電圧が発生し,電位の上昇または低下が 発生する.これは電池の内部抵抗として表れる.
リチウムイオンの吸蔵,放出反応の反応表面積を大きくして内部抵抗を抑制するため,正極,負 極活物質には直径10 μm程度の微粒子が用いられる.正極と負極は,活物質,導電性を確保する
図1-4 活物質材料の容量密度と平均電位[11]
ための微粒子の炭素導電剤,樹脂接着剤(バインダ)を混合して金属箔上に塗布して形成する.
セパレータを介して正極と負極を対向させ,捲回または積層した後,電解液を含浸させて電池とす る.捲回型のLIBの構造概念図を図 1-5 に示す.
1.2.2 課題
正極活物質に例えば層状酸化物系材料を用いるとOCPは3 V以上になり,負極活物質に炭素 系材料を用いるとOCPは0.5 V以下になる.これらの電位に耐えるため,LIBには水系電解液で はなく有機溶媒の電解液を用いる.有機溶媒としては,エチレンカーボネート(EC)やプロピレンカ ーボネート(PC)などの環状カーボネートと,ジメチルカーボネート(DMC)やジエチルカーボネート
(DEC)やエチルメチルカーボネート(EMC)などの鎖状カーボネートの混合溶媒が使われる場合 が多い.これらの有機溶媒は可燃性であり,不適切な使用をした場合にはLIBの発火事故が発生 しうるため,安全性確保が課題である.
また,電池特性の劣化も課題である.電池特性の劣化は主に,電池容量の減少と電池内部抵 抗の上昇として表れる.容量が減少すると,電池の連続使用可能時間が短くなる.内部抵抗が上 昇すると,取り出し可能な電池電圧が低下する.これらの劣化はいずれも電池のエネルギー密度 の低下をもたらす.従来,LIB は携帯電話やノート PC,携帯ゲーム機などの携帯用電子機器の電 源として使用されてきた.これらの機器の使用年数は2~5年程度の比較的短期間であるため,電 池の寿命は大きな問題にはならなかった.しかし,1.1節に記したように家庭用,自動車用の電源と
図1-5 リチウムイオン電池の構造概念図
して使用する場合,10 年以上の長期間の使用が想定される.また,屋外に放置される家庭用,自 動車用の電池は,携帯用電子機器の電池よりも広い温度領域で使用される.携帯電話用の LIB
は5~35℃での使用が想定されているのに対して,自動車用のLIBは-30~60℃での使用が想定
されている[12, 13, 14].このため,電池の長寿命化と性能保証が従来以上に求められている.
一方で,実際の製品開発段階において10年以上の寿命試験をすることは困難であり,例えば1 年程度の限られた寿命試験のデータに基づいて電池劣化を予測する必要がある.また,ユーザー によって電池の運用条件が大きく異なるため,電池の点検,保守業務が発生すると予想される.そ の際には,非破壊で電池の劣化状態を詳細に把握する技術が必要となる.また,電池劣化を予測 して,「電池容量が初期値の70%まで減少すること」などの任意の電池寿命の基準に則してLIBの 余寿命を判定する技術が求められる.さらに,電池寿命の基準が用途によって異なりうることから,
使用後のLIBを別の用途に再利用することも検討されている.例えば,電池容量が初期値の70%
に減少して現在の用途には適さなくなったLIBを,電池容量が初期値の30%に減少するまで別の 用途で再利用する,という使用方法である.この方法はLIBの導入コストを削減できる利点がある.
ただし,電池の使用履歴や劣化状態に基づいて再利用後の電池劣化を予測し,余寿命を判定で きることが前提となる.
以上のように,製品開発,保守点検,再利用のどの段階においても,電池の劣化状態を把握し,
電池劣化を予測することが必要である.しかし,現在は確立された劣化状態解析技術および劣化 予測技術が存在していない.そこで本研究において,LIB の非破壊の状態解析技術,およびこれ を基盤としたLIBの劣化予測技術の開発に取り組んだ.
1.3 リチウムイオン電池の劣化モデル
LIB の劣化の原因は種々考えられるが,主なものとしては,活物質の結晶構造の変化,電極の 集電性の低下,電解液の溶媒と塩の分解が挙げられる.活物質の結晶構造の変化は,結晶中のリ チウムと遷移金属の置換や遷移金属の電解液への溶出に伴い発生すると考えられる.また電極の 集電性の低下は,充放電に伴う活物質の体積変化や結晶構造の変化によって生じると考えられる.
また,上記の有機溶媒を使用しても負極における0.5 V以下の還元電位や正極における4 V以上 の酸化電位に完全に耐えることは難しいことから,電解液の溶媒,塩の分解が継続的に発生すると 考えられる.
現在,電池の内部抵抗上昇の一般的なモデルは存在しない.一方,電池の容量減少を評価す る際には,電解液溶媒の分解に注目した劣化モデルが広く用いられている[15, 16, 17, 18].電池 容量は,正極と負極を往復するリチウムイオンの数,正極のリチウム吸蔵サイトの数,負極のリチウ ム吸蔵サイトの数によって決まる.一般的な容量減少モデルでは,正極と負極を往復するリチウム イオンが電解液溶媒の分解反応に使用され,分解生成物の堆積層(Solid Electrolyte Interphase:
SEI)中に固定されることが容量減少の原因と考える.以下,その詳細を記す.
1.3.1 負極表面被膜の成長モデル
前記したとおり,LIBの負極電位は0.5 V以下であり,電解液の溶媒は還元分解される.しかし,
Li2O,LiF,Li2CO3,LiCO2-Rなどの分解生成物からなるSEIが負極活物質の表面を被覆して電解
液と負極活物質の接触を防ぎ,それ以上の分解反応を抑制すると考えられている.ただし,SEI は リチウムイオンを使用しながら徐々に成長することが知られている[18].
SEI成長モデルは1979年にPeledによって提案された.Peledの描像では,SEI内を流れる微小 な漏れ電流(j)によってSEIが徐々に成長する [19, 20].PeledのSEI成長モデルの描像を図1-6 に示す.漏れ電流jの駆動力としてはSEI中の電位勾配あるいは電子密度勾配が想定されている が,どちらの場合もjはSEIの厚さ(L)に反比例する.SEI/電解液界面に到達した電子は電解液溶 媒の分解反応に消費され,新たに生成したSEIによってLが増加する.SEIの厚さLの増加率は,
時間をtとして
と書ける.ここでk1,k2は定数である.式(1)を積分すると,
が得られる.L0はLの初期値である.このモデルではSEIの厚さがt1/2にほぼ比例して増加する.
またPloehnらは,溶媒がSEI中を拡散して負極活物質/SEI界面に到達し,負極活物質中の電子
や周辺のリチウムイオンと反応して新たなSEIを形成する,という描像に基づいてLがt1/2に比例す るというモデルを提案した[21].Yoshidaらは正極活物質にLi1.1(Ni0.025Ti0.025Mg0.02)Mn1.83O4,負極 に黒鉛を用いた5 Ah級LIBを25℃と40℃で保存し,適宜解体して分析することにより,SEIの厚 さが上記のモデルに従って増加したことを直接確認している[18].
(1)
(2)
L j k dt k
dL 2
1
t k L
L
02 2
21.3.2 リチウムイオン電池の容量減少モデル(t 1/2モデル)
電池容量(W)の減少が正極,負極を往復するリチウムイオンの損失によってのみ生じると考える と,1.3.1項のSEI成長モデルがほぼそのまま電池の容量減少モデルとなる.ここで,電池を初期化 した後に,正極と負極を往復する間に副反応で消費されたリチウムイオンの電気量をリチウムイオ ン損失量(θ)と定義する.SEIの面積とSEI中のリチウム密度が一定と考えると,k3を定数として
となる.式(3)より,電池容量の減少量ΔWはt1/2にほぼ比例するという結果が導かれる.
電池の寿命特性は保存試験および充放電サイクル試験で評価される.保存試験における電池 容量減少は,容量減少モデルの時間 t に保存時間を用いて解析されている.また,充放電サイク ル試験における電池容量減少も同じモデルを用いて解析されている[22, 23].充放電サイクル中は 保存中よりもSEIの成長速度が上昇するが,SEI成長モデル自体は共通と考えられている.また,
充放電1サイクルに要する時間は一定であるから,時間tと充放電サイクル数nが比例する.充放 電サイクル中のk2の平均値をk2’,t = an(aは定数)として式(3)に代入すると
となる.式(4)より,電池容量の減少量ΔWはn1/2にほぼ比例するという結果が導かれる.保存試験 と充放電サイクル試験における容量減少が同じモデルで解析できるという前提に基づいて,両者 に適切な重みをつけて足し合わせて実際の使用環境における電池の容量減少を予測した報告も ある[23, 24, 25].以下では,電池容量の減少がt1/2またはn1/2に比例して減少するというモデルを,
ともにt1/2モデルと記す.
図1-6 PeledのSEI成長モデルの描像
(3)
(4)
W k
3L L
0k
3L
022 k
2t L
0
W k
3L
022 a k
2n L
01.3.3 t 1/2モデルの適用例と課題
t1/2モデルは単純であり,かつ多くの電池の容量減少に当てはまる.例えば,関らは Mn 系酸化 物正極と黒鉛負極を用いた電池を90%の充電状態(State of Charge: SOC)で保存した場合の電 池の容量を測定した[15].ここでSOCは,満充電状態を 100%,全放電状態を 0%として,全放電 状態からの充電量を規格化した値である.関らの報告では,電池を 25℃,40℃で保存した場合に は電池の容量維持率が t1/2 モデルのとおり保存時間の平方根に従って低下する.また,電池を
45℃,50℃で保存した場合にも,容量維持率は保存 100 日程度までは t1/2モデルに従っていた.
ただし,45℃または50℃で100日以上保存した場合にはt1/2モデルからの乖離が生じていた.この 場合は,t1/2モデルに比べて劣化速度が低下していた.このような劣化を,以下では「減速型の電 池劣化」あるいは「減速型の容量減少」と記す.
また,電池によっては,t1/2モデルに比べて劣化速度が上昇する,「加速型の電池劣化」あるいは
「加速型の容量減少」を示す場合もある.例えばBloomらはLiNi0.8Co0.1Al0.1O2正極と黒鉛負極を 用いた電池を45℃,60%SOCで保存または充放電した場合の電池の容量を測定した[26].このと き,電池の容量は約60週まではt1/2モデルに従って減少していたが,それ以降はtにほぼ比例し て減少した.この場合には,約60週以降はt1/2モデルに比べて劣化速度が上昇していた.
以上のように,電池劣化にはt1/2モデルに従う場合,t1/2モデルから減速して乖離する場合,加速 して乖離する場合がある.図1-7に電池容量減少パターンの模式図を示す.
図1-7 電池容量減少パターンの模式図
容量減少がt1/2モデルから乖離する場合,1.3.2項に記したt1/2モデル成立の条件,
(1) 電池の容量減少の原因はSEI成長によるリチウムイオン損失のみである
(2) SEI成長はPeledのモデルに従う
の片方または両方が成立しなくなっていると考えられる.また,条件が成立しなくなる過程として,
(a) 初期段階では条件が成立していたが,途中で成立しなくなった
(b) 初期段階から条件が成立していなかったが,初期段階ではたまたま t1/2または n1/2に比例し て電池容量が減少していた
という可能性が考えられる.したがって乖離の類型は,条件(1),(2)が不成立な状態(1’),(2’)と,そ の過程(a),(b)を組み合わせて,図1-8のフローチャートで分類できる.例えばYoshidaらはLiCoO2 正極と炭素材負極を用いた電池において減速型の容量減少を観察し,この原因を SEI 成長の減 速に求めている[27].これは上記の分類に従うと(a)-(2’)となる.
しかし,どの類型の乖離が,いつ,どのような状況で生じるのかは不明である.このため,想定使 用期間である 10 年の間,電池劣化がt1/2モデルに従うのか,それとも途中で減速または加速する
図1-8 容量減少要因の分類のフローチャート
のか判断することができない.したがって現在,電池の寿命を正しく予測することは極めて困難で ある.電池劣化を正確に予測するためには,減速型,加速型の電池劣化のそれぞれについて t1/2 モデルからの乖離の原因を明らかにし,これを踏まえた広範な劣化モデルを構築する必要がある.
1.4 リチウムイオン電池の従来の劣化解析 1.4.1 解体,化学分析による方法
電池の劣化現象については,これまでも様々な検討がなされている.例えば,60℃の電解液中 で 保 存 し た 正 極 活 物 質 (LiMn1/3Ni1/3Co1/3O2) の 透 過 型 電 子 顕 微 鏡 (Transmission Electron Microscope:TEM)観察および原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope:AFM)観察によって,
活物質表面に異相が形成されることを確認した報告がある[28].ただし,一般的には電池の劣化 現象を検討する際には,劣化した電池を解体して取り出した材料を化学分析にかける.例えば,正 極活物質にLiNi0.8Co0.15Al0.05O2を用いた電池を 80℃までの温度で充放電サイクルした後に解体 し,取り出した正極を X 線回折法(X-Ray Diffraction:XRD),走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM) ,TEM-電 子 エ ネ ル ギ ー 損 失 分 光 法 (Electron Energy Loss
Spectroscopy:EELS),X線吸収微細構造解析(X-ray Absorption Fine Structure:XAFS)によって
分析した報告がある[29].この報告によれば,充放電サイクル後の正極活物質にはリチウムイオン の充放電に不活性な相が形成されており,この相の形成が電池の容量減少に主要な役割を果た しているとされている.また,ほぼ同じ正極活物質を用いた電池を充放電サイクルした後に解体し
て TEM-EELS によって分析した報告もある[30].この報告によれば,正極活物質粒子に生じた亀
裂が電池の容量減少の原因とされている.また,種々の条件で保存した電池を解体し,負極の断 面SEM観察やX線光分子分光(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)測定によって,SEIの厚 さの成長を観察した例もある[18].電池を解体して取り出した電極を使ってモデルセルを作製し,
電気化学特性を測定する方法も一般的である[29, 31].
このような解体分析により,電池内で発生している劣化現象を直接確認することができる.しかし,
化学分析の結果や電極の特性を電池特性の低下と定量的に関連付けるのは困難である.また,
電池を解体する際に材料が変性する懸念もある.さらに,劣化の時系列データを取得するには最 初に電池を多数準備する必要がある上に,電池の解体は慎重な作業を要するため,膨大な研究リ ソースが必要となる.例えば1.3.1項に記したYoshidaらによるSEIの厚さの検討も,同一条件での 時系列データは3点に留まっている[18].その上,図1-4に示したとおり,LIB の電極材料の候補
は多数存在し,研究リソースを 1 つの材料系に集中することも難しい[11].このような事情で,電池 の劣化現象について様々な検討がなされているにも関わらず,t1/2モデルからの乖離の原因は明ら かになっていなかった[17, 32, 33].
1.4.2 放電曲線の解析による方法
一方で,電池を解体せずに劣化メカニズムを検討するための解析手法の開発も進められている.
代表的な方法は,電池の放電曲線を用いる方法である.既に記したように,LIB では充電,放電に 伴いリチウムイオンが正極活物質と負極活物質の間を往復する.放電の際には,リチウムイオンが 負極から正極へと移動するのに伴い,負極電位は上昇,正極電位は低下して電池電圧が低下す る.電池の放電量(Q)と電池電圧の関係は放電曲線と呼ばれ,使用した正極,負極活物質によっ て異なる.また,放電曲線は電池の劣化によっても変化するので,これを解析して劣化に関する情 報を抽出することができる.
Bloomらは,正極活物質にLiNi0.8Co0.1Al0.1O2,負極活物質に黒鉛を使用した電池を用いて,電
位および電圧(V)の Q による微分(dV/dQ)を利用した「微分電圧解析」手法を提案した[34].本研 究に重要な示唆を与えた研究であるので,以下,図 1-9 の模式図を使って詳しく説明する.図
1-9(a)は電池の Q-V 放電曲線の模式図である.破線は初期状態,実線は劣化後の状態を示す.
一般に電池の Q-V 放電曲線は図のような徐々に電圧が低下する形状であり,ここから正極,負極 の活物質に由来する構造を抽出するのは困難である.一方,図 1-9(b)は Q-dV/dQ 放電曲線の模 式図である.破線は初期状態,実線は劣化後の状態を示す.図1-9(b)には 5個のピークが観察さ れる.図の左側から順に,ピーク1,2,2a,3,4と表記する.このうち,ピーク1と2aは正極に,ピー ク2と3と4は負極に帰属されているものとする.帰属にあたっては,正極または負極とリチウム金 属を組み合わせたハーフセルの放電曲線を参考にする.
(a)Q-V放電曲線,(b)Q-dV/dQ放電曲線.
図1-9 微分電圧解析の模式図
各ピークは正極電位または負極電位の変化率が極大値または極小値をとることに対応している.
正極電位,負極電位は活物質中のリチウム組成比x,y(例えばx in LixNi0.8Co0.1Al0.1O2,y in LiyC6) によって決定される.ここで,x,y は活物質の結晶構造の単位セルにおける値ではなく,ある程度 の大きさを持った結晶構造における平均値であり,連続的に変化すると考えてよい.このとき,電位 の変化率が極大,極小になるときの x,y は,そのときの電池の容量によらず一定である.例えば,
負極のピーク2はy = 0.5に,ピーク4はy = 0.12に対応する,という具合である.この場合,ピーク
2とピーク4の間のyの変化量Δyは0.5-0.12=0.38で一定である.電池の内部で充放電反応に寄
与する負極活物質の物質量をny molとすると,ピーク2と4の間に放電されたリチウムイオンの電
気量は0.38ny Fとなる.単位Fを図1-9(b)の横軸の単位(例えばAh)に変換するための係数をb
とすると,図1-9(b)のピーク2,4の間の放電量Bについて,B = 0.38bnyが成立する.電池の劣化 によって変化しうる部分はBとnyであるから,Bの値はnyすなわち負極の劣化を判定する指標とな る.例えば,ある劣化した電池のQ-dV/dQ放電曲線におけるBの値が初期状態の70%であれば,
充放電反応に寄与する負極活物質の物質量 nyおよび負極の容量も初期状態の 70%に減少して いることになる.なお,1 F = 96500 C = 26.8 Ahなのでb = 26.8 Ah mol-1である.
同様に,ピーク1と2aの間の放電量Aは正極の劣化を判定する指標になる.また,正極のピー クと負極のピークの位置関係,例えばピーク1とピーク2の間の放電量CはSEIの成長に関係す る.1.3.1項に記したように,SEI成長の際にはリチウムが消費される.このリチウムは正極から放出さ れたものであるが負極には吸蔵されない.このため,正極と負極の放電量にずれが生じて C が変 化する.詳細は後記する.
以上のように,Bloomらの微分電圧解析手法は,電池を解体することなく正極の劣化,負極の劣 化,SEI の成長を観察できる優れた方法である.しかしながら,いくつかの問題点も残っていた.ま
ず,図1-9(b)の初期状態における正極に由来するピーク2aのように,他のピークに重なってピーク
が観測できない場合がある.劣化後にはピーク2aを観測できているが,その場合にもピーク位置を 正確に判定することは困難である.このことは,実際には正極の劣化はほとんど判定できないことを 示す.また,彼らが用いた正極活物質と負極活物質はそれぞれ複数の微分電位のピークを示した が,活物質の候補が全てこのような特徴を持っているわけではない.もし明瞭な微分電位のピーク を 1 つしか持たない正極,負極活物質を使った場合は,対応する正極,負極の劣化は判定できな くなる.正極,負極活物質のどちらかが微分電位のピークを1つも持たない場合には,SEIの成長 を判定することもできなくなる.また,前記したとおり彼らはピーク間距離CをSEI成長と関連づけて
いる.これは定性的には正しいが,C には正極,負極の劣化の影響も含まれており,SEI 成長によ るリチウムイオン損失量と一対一に対応する量ではない.
それ以外の研究として,例えばZhang とWhiteは,電極を活物質の単粒子と見なした簡易モデ ルを用いた充放電シミュレーションを用いてLIBのQ-V放電曲線を解析した[35].また,Smithらは
「微分容量解析」と彼らが呼ぶV-dQ/dV放電曲線の解析を提案している[36].ZhangらとSmithらは いずれも,電池の放電曲線の解析において,充放電反応に寄与する正極と負極の活物質の量と 正極と負極の電位を劣化指標とすることを提案している.ただし,前者には自由パラメータが多くて 結果の信頼性が乏しいという問題があり,後者には解析の数理モデルが示されていないという問 題があった.
以上のように,電池の放電曲線を用いて,電池を解体せずに内部の正極,負極,SEI の状態を 分離,定量評価する取り組みも進められている.しかし,汎用性や結果の信頼性が乏しいという問 題を抱えており,容量減少の t1/2モデルからの乖離の原因を明らかにするには至っていなかった.
このような状態解析手法は,電池の劣化メカニズム解析以外にも,使用中あるいは再利用時のLIB の劣化予測技術(1.2.2 項),高精度の電池設計技術,電池劣化を抑制する電池制御技術の基盤 技術となりうる.そのため,状態解析手法の汎用性と信頼性の向上は非常に重要である.
1.5 本研究の目的
以上のように,現在は LIB の容量減少が一般的な t1/2モデルから乖離する原因を明らかにでき ておらず,容量減少の正確な予測ができていない.さらに,この原因を明らかにするための電池の 状態解析手法も確立されていない.このような状況を踏まえて,本研究では,t1/2モデルに従う容量 減少,減速型の容量減少,加速型の容量減少を包含した予測に向けて,放電曲線の数理モデル に基づく電池の状態解析手法を確立することを目的とした.
1.6 各章の概要
本論文は以下の5章から構成される.各章の概要について記す.
第1章には,本研究の背景,課題,目的を記した.現在の我が国のエネルギー安全保障環境を 改善するためには,水素エネルギーと蓄電システムの併用が有効である.蓄電システムを構成する デバイスとしては,エネルギー密度と効率に優れるLIBが有望であるが,その特性の劣化,特に容 量減少が課題となっている.ここで,LIBの容量減少は保存試験および充放電サイクル試験によっ
て評価される.従来,LIB の容量減少は電解液の副反応によるリチウムイオン損失によって発生し,
容量減少量は保存時間tの平方根に比例する,という「t1/2モデル」が広く知られていた.また,充放 電サイクル試験においても,充放電サイクル数nと試験時間tが比例すると考え,充放電サイクル 数nの平方根n1/2を用いて同様に解析されている.ただし,LIBの材料系あるいは運用条件によっ ては,容量減少がt1/2モデルから乖離することが知られていた.この乖離には,t1/2モデルより容量 減少が小さくなってゆく減速型と,大きくなってゆく加速型があった.しかし,それぞれの乖離のメカ ニズムは不明であり,LIBの信頼性向上に対する問題となっていた.劣化メカニズム解明のために は電池特性の時系列データが必須である.従来から電池の放電曲線を利用した電池特性の解析 手法が検討されていたが,特殊な材料系の電池にしか適用できない状態であった.以上の状況を 踏まえて,LIBの容量減少予測に向けて,様々な材料系の電池に適用可能な放電曲線の数理モ デルを構築することを本研究の目的とした.
第2章には,構築したLIBの放電曲線の数理モデルと,これを用いた電池の放電曲線の解析手 法を記した.この手法では,電池の放電曲線を所定の方式で正極と負極の放電曲線に分離するこ とにより,正極の劣化,負極の劣化,電解液の副反応による劣化を分離,定量できる.従来は電解 液の副反応によるリチウムイオン損失量と放電曲線の関係について,定性的な関連性が指摘され ていただけであったが,放電曲線の数理モデルに基づいて考察することにより,リチウムイオン損 失量の定量的な表式を得た.放電曲線の数理モデルを構築したことにより,放電曲線を解析でき る電池の材料系が大幅に増加し,減速型および加速型の容量減少を示す電池の劣化メカニズム を調査する準備が整った.
第3章には,t1/2モデルから減速型の乖離を示す電池の劣化メカニズムの検討結果と容量減少 の予測を記した.正極活物質にLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2,負極活物質に非晶質炭素を用いたLIBを作 製し,この電池を25℃と60℃で960日保存した.その結果,25℃の保存ではt1/2モデルに沿う容量 減少を示し,60℃の保存ではt1/2モデルから減速して乖離する容量減少を示した.電池の放電曲 線の解析結果より,25℃で保存した電池の容量減少はリチウムイオン損失によって発生し,またリ チウムイオン損失が保存時間tの平方根t1/2に比例することを確認した.一方,60℃で保存した電 池では負極の容量減少が電池の容量減少に関与し,また保存の初期段階におけるリチウムイオン 損失が想定よりも大きいことを確認した.これらの結果を踏まえた放電曲線の数理モデルに基づく 容量予測手法は,従来のt1/2モデルに基づく予測よりも正確に減速型の容量減少を予測できること を確認した.
第4章には,t1/2モデルからの加速型の乖離を示す電池の劣化メカニズムの検討結果と容量減 少の予測に向けた課題を記した.正極活物質にLiCoO2,負極活物質に黒鉛を用いたLIBを作製 し,この電池を2.5~4.2 Vの領域で1200サイクル充放電したところ,500サイクル以降にt1/2モデ ルから加速して乖離する容量減少を示した.電池の放電曲線の解析結果より,500サイクル以降は 正極の容量減少が主要因となることで電池の容量減少が加速することが明らかになった.また,放 電曲線の数理モデルに基づく容量予測手法は,500サイクル以降に容量減少が加速することを予 測できることも判明した.しかしながら,500サイクル以降の電池容量の値は数理モデルと一致しな かった.この原因は,正極の内部抵抗の急激な上昇であることが示唆された.加速型の容量減少 を正確に予測するためには,正極の内部抵抗上昇による影響を放電曲線の数理モデルに取り込 むことが課題となることが判明した.
第5章では本論文を総括した.
2. リチウムイオン電池の放電曲線の数理モデル
2.1 緒言
1 章に記したように,リチウムイオン電池(LIB)の一般的な劣化モデルとして,SEI 成長に基づく t1/2モデルが提案されている.しかし,実際の電池の劣化ではこのt1/2モデルからの乖離がしばしば 発生する.t1/2 モデルの劣化速度に対して劣化が減速して乖離する場合と加速して乖離する場合 の両方が観察されているが,それらの発生メカニズムは不明である.このことは,電池の長寿命化 に向けた材料開発や,電池の安全性,寿命の保証における障害となっている.このメカニズムを解 明するには劣化要素の分離,定量評価とその時系列データの蓄積が不可欠であり,電池を解体 せずに容量減少の要素を定量的に評価する手段が必要である.そのためには,電池の放電曲線 を活用する手法が有望である.
中でも,1.4 節に記した電池の微分電圧解析の手法[34]は,電池を解体せずに正極の劣化,負 極の劣化,SEI の成長を評価できる手法であり,電池の劣化メカニズムを解明するための優れた手 段である.ただし,問題点も残っていた.この方法は,放電量 Q,微分電圧 dV/dQ の関係である
Q-dV/dQ放電曲線に現れる複数のピーク構造の位置関係に基づいて上記の劣化要素を定量する.
このため,電池のQ-dV/dQ放電曲線上で正極に由来するピークと負極に由来するピークが重なる 場合には,定量の精度が著しく低下する.また,この方法は電池に使用した活物質が Q-dV/dQ 放 電曲線上に複数のピークを持つことに依存している.したがって,Q-dV/dQ放電曲線上に複数のピ ークを持たない活物質を使った電池には適用できない.Q-dV/dQ放電曲線上に複数のピークを持 つという特性は一般的なものではない.このため,実際にこの方法が有用である電池系は限られて いた.
そこで,本研究では上記の問題点を解決するため,電池の放電曲線の数理モデルを構築し,
Q-dV/dQ放電曲線上にピークを持たない活物質を使った電池にも適用できる解析手法を開発した
[37].本章では,構築したLIBの放電曲線の数理モデルについて記す.
2.2 放電曲線モデル 2.2.1 基礎的な議論
1.2節に記したように,LIBの放電では負極活物質からリチウムイオンが放出され,正極活物質に 吸蔵される(図1-3).放電の進行に伴い,負極活物質のリチウム組成比yは低下し,正極活物質の リチウム組成比xは上昇する.ここで,正極,負極活物質の開回路電位(OCP)は,活物質と電解液 の界面におけるリチウムイオンの吸蔵,放出反応(Li ⇄ Li+ + e- )の平衡電位である.この電位は活 物質中のリチウム組成比によって変化し,一般にリチウム組成比が上昇すると電位は一定もしくは 低下する.正極活物質のリチウム組成比xと電位Vpの対応関係(Vp(x))は正極活物質ごとに異なる 固有の関係である.同様に,負極活物質のリチウム組成比yと電位Vnの関係(Vn(y))は,負極活物 質に固有の関係である.
電池の開回路電圧(OCV)は正極と負極のOCPの差で与えられ,放電の進行に伴い低下する.
電池の放電量(Q)と電池電圧(Vc)の対応関係(Vc(Q))すなわち Q-V 放電曲線は,正極活物質と 負極活物質のリチウム組成比と電位の対応関係 Vp(x),Vn(y)の組み合わせで与えられる.放電量 Qとリチウム組成比x,yの関係をQ(x, y)と書くと,Vc(Q)は
と書ける.
関係Q(x, y)は以下のように考えられる.まず,電池内のリチウムの吸蔵,放出反応に寄与してい
る正極活物質の物質量をnp mol,負極活物質の物質量をnn molとする.また,電池の満充電状態
(100%SOC)に対応する正極活物質のリチウム組成比をx0,負極活物質のリチウム組成比をy0とす る.また,放電により正極活物質のリチウム組成比がx,負極活物質のリチウム組成比がyになった とする.このとき,正極活物質に吸蔵されたリチウムの物質量はnp(x-x0) mol,負極活物質から放出 されたリチウムの物質量はnn(y0-y) molである.このときの放電量をQ Fとすると,Q,x,yの関係は,
と表される.式(5)と式(6)より,Vp(x),Vn(y),np,nn,x0,y0が既知であれば,電池の Q-V 放電曲線 Vc(Q)を計算することができる.逆に,Vp(x),Vn(y),Vc(Q)が既知であれば,パラメータ np,nn,x0,y0
を計算することができる.
なお,電池のQ-dV/dQ放電曲線は
(5)
(6)
Q x y V x V y V
c,
p
n x x n y y
n
Q
p
0
n 0
である.Q-V放電曲線の場合と同様に,式(5)と式(7)より,dVp(x)/dx,dVn(y)/dy,np,nn,x0,y0が既 知であれば電池の Q-dV/dQ 放電曲線を計算することができる.逆に,dVp(x)/dx,dVn(y)/dy,
dVc(Q)/dQが既知であれば,パラメータnp,nn,x0,y0を計算することができる.
2.2.2 実用的な単位系への変換
前項の議論は,放電量Qの単位をFとし,正極電位Vpと負極電位Vnを決める要素としてリチウ ム組成比x,y を用いた.ただし,電池の容量および放電量の単位としては一般的に Ah が用いら れる.また,正極,負極活物質の容量および放電量の単位にはAh g-1,mAh g-1,Ah kg-1などが用 いられる.そこで以下の議論では,放電量Qの単位をAhとする.単位の変換には,1 F = 96500 C
= 26.8 Ah を用いる.さらに,正極電位Vpと負極電位Vnは正極,負極活物質の単位質量あたりの
放電量(qp,qn Ah g-1)によって決まるとする.すなわち,式(5)を
と書き換える.ここでVp(qp)と Vn(qn)は単位質量の正極,負極活物質が示す q-V放電曲線である.
以下,Qとqp,qnの関係を考える.
まず,組成比xから放電量qpへの変換を考える.放電量qpの原点は組成比xの原点(x = 0)と 一致しているのが理想的である.ただし実際には,組成比 x が小さくなりすぎると正極活物質の結 晶構造が崩壊して活物質として機能しなくなる場合が多い.そこで,適当な組成比 x1を「正極の満 充電状態」,すなわち放電量qpの原点として定める.また,正極活物質のモル質量をMp g mol-1と する.すると,qp Ah g-1は
と書ける.ここで,「電池の満充電状態」の組成比x0に対応するqpをqp0とすると,式(9)よりqp0は
となる.
上記の変換について,正極活物質LixCoO2を例に説明する.図2-1に単位変換前後のLiCoO2
の放電曲線を示す.この材料のモル質量Mpはx = 1のとき
(7)
(8)
(9)
(10)
dy y dV n dx
x dV n dQ
y dV dQ
x dV dQ
Q
dV
nn p
p p n
c
1 1
p
p n
nc
Q V q V q
V
pp x x M
q 26.8 1
Li 58.933
Co 16.00
O 2 97.873 g mol 1941 .
6
p M
pp x x M
q 0 26.8 0 1
である.リチウム組成比xは理想的には0 ≤ x ≤ 1をとるが,実際に利用できるxの下限x1は0.3~
0.4である.例えばx1 = 0.4とすると,式(9)はqp = 0.274(x - 0.4) となる.この場合,x < 0.4または
qp < 0 の領域は実際には使用できない領域である.また,「電池の満充電状態」に対応するリチウ
ム組成比x0を例えば0.5とすると,式(10)よりqp0 = 0.0274である.この場合,0.4 ≤ x ≤ 0.5または0
≤ qp ≤ 0.0274の領域は電池として使用していない領域である.
同様に,yからqnへの変換を考える.放電量qnの原点は,yの最大値と一致するのが理想的で ある.例えば黒鉛負極LiyC6ではy = 1,Si負極LiySiではy = 4.4である.しかし材料によっては,
リチウムを吸蔵しすぎると結晶構造が崩壊して活物質として機能しなくなったり,リチウム金属が析 出したりする.そこで実際には,適当な組成比y1を「負極の満充電状態」と定義して放電量qnの原 点とする.負極活物質のモル質量をMn g mol-1とすると,qn Ah g-1は
となる.「電池の満充電状態」の組成比y に対応するq をq とすると,q は 図2-1 単位変換前後のLiCoO2の放電曲線
n (11)n y y M
q 26.8 1 使用できない領域
使用していない 領域
3.5 4.0 4.5
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
-0.1 -0.05 0 0.05 0.1 0.15
V
p(V vs. Li/Li
+)
x at Li
x
CoO
2
q
p(Ah g
-1)
x
1x
0
q
p0x in Li
xCoO
2である.
次に,正極,負極活物質の単位質量あたりの放電量qp,qn Ah g-1と電池の放電量Q Ahとの対 応を考える.電池内のリチウムの吸蔵,放出反応に寄与している正極,負極活物質の質量を活物 質利用量と定義し,それぞれmp g,mn gとすると,
である.式(9)~式(13)を式(6)に代入して計算すると,新しいQの式
が得られる.ここで,mpqp0は電池の満充電状態より高電圧側にある正極の容量,mnqn0は電池の満 充電状態より高電圧側にある負極の容量である.後の解析の便宜のため,これらの容量を範囲外 容量と定義し,正極の範囲外容量をδp,負極の範囲外容量をδnとする.すなわち,
である.式(15)より式(14)は,
と書き換えられる.
式(8)と式(16)に基づくQ-V放電曲線の数理モデルを図2-2に示した.図中に,電池,正極,負 極の Q-V 放電曲線とパラメータ Q,qp,qn,mp,mn,δp,δnの関係を示す.このうち,活物質利用量 mp,mnは正極,負極のQ-V放電曲線のQ軸方向の幅を決める.また,範囲外容量δp,δnは正極,
負極のQ-V放電曲線のQ軸方向の位置を決める.δpとδnの差が正極,負極の放電量のずれを与 える.一方,正極,負極のQ-V放電曲線のV軸方向の幅はmp,mn,δp,δnによっては変化しない.
また,電池のQ-V放電曲線の形状は,mp,mn,δp,δnで決まる正極と負極のQ-V放電曲線のQ軸 方向の幅と位置から定まる.
(12)
(13)
(14)
(15)
(16)
p p0
n
n n0
p
q q m q q
m
Q
nn y y M
q 0 26.8 1 0
n n n p p
p n M m n M
m ,
n n n p p
p
q m q
m
Q
0
0, n n n
p p
p m q
m q
電池,正極,負極のQ-V放電曲線と関連するパラメータ.
図2-2 Q-V放電曲線の数理モデル
0
電圧 ・電位 V (V )
Q
正極 V
p (q
p ) m p q
p
p
m n q
n
n 負極 V
n (q
n )
電池の放電量 Q (Ah) 電池 V
c (Q)
電池のQ-dV/dQ放電曲線については,式(9)~式(13)を式(7)に代入して計算すると,
が得られる.式(16)と式(17)に基づくQ-dV/dQ放電曲線の数理モデルを図2-3に示した.図中に,
電池,正極,負極の Q-dV/dQ 放電曲線とパラメータ Q,qp,qn,mp,mn,δp,δnの関係を示す.Q-V 放電曲線の場合と同様に,mp,mnは正極,負極のQ-dV/dQ放電曲線のQ軸方向の幅を決め,δp, δnは正極,負極のQ-dV/dQ放電曲線のQ軸方向の位置を決める.一方,Q-V放電曲線の場合と は異なり,正極,負極のQ-dV/dQ放電曲線のdV/dQ軸方向の幅はmp,mnによって変化する.
以上のように,Q,x,y,x0,y0,np,nnからQ,qp,qn,mp,mn,δp,δnへの変換は式(9)~式(13)と 式(15)で与えられる.変換後のパラメータのうち,Q,qp,qnはそれぞれ,電池,正極,負極の放電 曲線上の位置を示し,mp,mn,δp,δn は電池,正極,負極の放電曲線の形状を決める.この変換に 伴い V,Q,dV/dQ はそれぞれ式(5),式(6),式(7)から式(8),式(16),式(17)に書き換わる.以 下の議論では変換後の放電曲線モデルを用いる.
なお,Bloom らは電池の Q-dV/dQ 放電曲線ではなく,電極の投影面積についての単位面積あ たりの放電量Q’ Ah cm-2と,電池のdV/dQに電池容量(W)を乗じたW·(dV/dQ) (単位V)による,
Q’-W· (dV/dQ)放電曲線を解析対象としている.これは放電曲線の次元を規格化するための処置と 推測される.しかし上記の放電曲線の数理モデルを踏まえて考えると,電池容量Wは電池のQ-V 放電曲線と上限,下限電圧から一意に定まる,放電曲線に従属する量である.電池のQ-V放電曲
線とQ-dV/dQ放電曲線を決定する数式にも電池容量Wは現れない.したがって解析をできるだけ
単純にするためには,解析の段階で電池容量 W を考慮するべきではない.同様に,電極の投影 面積も放電曲線の数理モデルには現れないため,解析の段階で考慮するべきではない.もし
Bloom らと同様の規格化が必要な場合には,電池の Q-dV/dQ 放電曲線を解析した後に,Q と
dV/dQ を電極投影面積と電池容量W でそれぞれ規格化すればよい.以上の理由から,以下では
電池のQ-dV/dQ放電曲線を解析対象とする.
(17)n n n n p
p p p n
p n c p
dq q dV m dq
q dV m dQ
q dV dQ
q dV dQ
Q
dV 1 1
電池,正極,負極のQ-dV/dQ放電曲線と関連するパラメータ.
図2-3 Q-dV/dQ放電曲線の数理モデル
-1 微分 電位 ・ 微 分 電 圧 |d V /d Q | (V A h ) 0
Q
正極
m p q
p
p
m n q
n
電池 負極
n
n n n
dq
dV m
1
p p p