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ドイッ経営学の基礎的研究方法論と科学性の再検討

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赫㎜

()

ド イ ッ 経 営 学 の 基 礎 的 研 究 方 法 論 と 科 学 性 の 再 検 討

清 水 敏 允

一 本 稿 の 課 題

本稿の課題は︑ドイツ経営経済学(以ド︑ドイツ経営学と略称)の学問的性格を︑その基礎的研究方法論(研究方法

学)と科学性の観点から再検討してみることにある︒なぜなら︑筆者は従来の定説に疑問をもっているからである︒

1研究方法論に関する定説の再検討

周知のように︑一九四五年以前および戦後初期の︑最もよく知られたドイッ経営学の研究方法は︑E.シュマーレ

ンバツハ(︑八七...〜︑九五五︑ケルン大学)の経験的‑実在論的研究方法(技術学派)︑H.ニックリッシュ(一八七六〜

一九四六︑ベルリン商科大学)の規範的‑評価的研究方法(規範学派)︑F・シユミット(.八八一︑〜一九五〇︑フランクフル

ト大学)およびW・リーガー(︑八七八〜.九七︑︑チュービンゲン大学)の理論的研究方法(理論学派)であった︒この

(2)

三分法は︑基本的にはF・シェーンプルーク(.九〇〇〜一九三六︑ベルン大学)の分類法に起源を求めることができ

る︒G・ヴェー工二九二四〜︑ザールブリュケン大学}も︑本質的にはこの分類法を踏襲しており︑経営学の経験的‑

実在的方向(つまり経験的‑帰納的経営理論に基づく応用経営学)︑もしくは実践的‑規範的学科としての経営学(シュマー

レンバッハVおよび規範的‑評価的方向(ニックリッシュ)︑および理論的方向(シュミットとリーガー)の三つを挙げて

いる︒

わが国においても︑従来この三分法が広く流布してきた︒しかし今では︑この三分法を基本的には容認しつつ発展

的にドイッ経営学の学派分類を︑大まかに﹁人間中心思考学派﹂および﹁生産性関係中心思考学派﹂もしくは﹁人間

用具視物財中心的学派﹂に分ける考え方が定説になりつつある︒しかし︑日本の最近のこれらの一つの新しい捉え方

は決して方法論の類型に基づいて分類されたものではなく︑むしろ研究対象によって分類されたものと思われる︒筆

者は︑ある時期からシェーンプルークやヴェーエらの︑この三分法に問題があると思うようになった︒また︑大橋お

よび吉田らの二分法にも1明解ではあるがーそのように言い切ってよいものかどうか多少の疑問をもち始めている︒

なぜなら︑三分法の場合も二分法の場合も学派分類の基準が︑研究対象におかれているのか︑それとも科学的目標に

おかれているのか︑あるいは科学的技術ないしは科学的方法におかれているのかが明確でないことと︑特に三分法の

場合︑研究者らの研究目標や方法が︑かれらの学問的成長や発展とほぼ並行して変化し得るということを多分見落と

しているのではないかという点に疑問を感じるからである︒

研究方法論とは科学理論的基礎と認識獲得の方法に関する学問として定義できると筆者は思っている︒その際前者

は問題提起︑対象︑基礎概念︑原理︑モデル︑範例︑仮説および目標から構成され︑後者はそれらの記述・説明およ

び目標の達成のための方法ならびに目標に対する方法の妥当性の批判より構成されている︒本稿では方法論を特に目

(3)

標と方法とに限定し︑従来の慣用的三分法や定説化しつつある大橋や吉田らの二分法の見解に対して若干のコメント

を加えてみるのが一つの課題である︒︒

ドイ ツ経 営 学 の基 礎 的 研 究 方 法 論 と科 学 性 の 再 検 討  

3 2ドイツ経営学の科学性の再検討

科学としてのドイツ経営学は従来︑純粋理論としての理論科学と︑応用科学としての実践科学の︑↓つに分類されて

きた︒ヴェーエによれば︑経営学は理論的部分と応用的部分から成り立っており︑理論が応用科学の基礎を成し︑両

者はそれぞれの認識目標によって区別されるという︑つまりヴェーエの場合︑理論的経営学の認識目標は︑それ自体

決して目的を目指したり︑目的によって選択されることのないもっぱら存在者の純粋認識に置かれていて︑一方の応

用経営学の認識目標は︑経験的に見出され得る意思決定過程の記述または価値判断に置かれていて︑しかもその認識

目標が︑最高位の目的の実現に役立つような企業者的行為の代案を選択するものであるという︒ハイネンは︑純粋認

識の体系化が理論であり︑記述︑価値判断︑形成︑選択行為が応用であるといっている︒体系化された純粋認識が理

論の源泉であるというのなら判るが︑しかし記述が﹄55用であるというのはこの程度のかれの説明からは︑かれの真意

が理解できない︒なぜなら︑純粋認識は記号や言語をもって記述(例えば消費者行動の体系的記述)されて始めて︑そ

れが客観的に体系化された知識の束になり︑その段階において理論として承認され得るものと思う︒

E.グロッホラ(・九一︒一〜︑九八六︑ヶルン大学)によれば︑理論には四通りの言明(概念言明︑記述嘘.目明︑説明言

)D(.︑︑.互

学)は理論を構成するメルクマールとして問題提起︑核となるもの︑範例︑範例の普遍化としての仮説の四つを挙げ

た︒筆者はまた︑科学を理論とその応用とに二分する仕方にも疑問をもっている︒その訳は︑応用の領域にも理論が

(4)

有るという考えをもっているからである︒応用科学も科学である以ヒ︑理論が有るはずである︒そうすると理論科学

の理論と応用科学の理論とは︑どこがどう違うのかが明確でなければならない︒グロッホラは︑理論は価値あるべき

ものとする立場から︑理論発展の最終段階に実践言明(意思決定の枠組み)が構築されるといっている︒したがってそ

の言明は︑先行する前段の概念・記述・説明言明を︑高い情報価値︑高い確証度および意思決定用具の高い使用可能

性の観点から目的指向的に精査し︑予測と行為勧告および理論的に根拠づけられた行為を引き出す過程から成り立つ

という︒つまり意思決定枠組みとしての実践言明も︑説明言明の中に含まれる規則性や法則性に依拠した観察と実験

を通して措定されるべきものと考えられる︒言い換えれば記述・説明言明は︑観察と実験を通して事実の真偽を明ら

かにし︑誤りの発見を通じて措定される言明であり︑その意味ではそれらは理論的説明科学と解される︒一方︑特定

の当為や目的が設定されると既存の記述︑説明言明は先程述べた三つの観点から︑また有効性︑妥当性の観点から精

査されることになる︒当然︑ここでも理論と・密接不可分な観察と実験を通じて実践デロ明が引き出される︒筆者は前者

を説明科学と呼び︑後者を規範科学と呼んでいる︒以上のような考え方に基づき︑本稿のもう一つの課題を︑ドイツ

経営学の科学性の再検討におくことにする︒

今 世 紀 前 半 ( 一 九 一 二 〜 一 九 四 五 ) の 研 究 方 法 論 の 特 徴

1視点

この時代の経営学の研究目標と方法を論じる場合︑

も一致しない︒例えば︑前掲のD・シュナイダーは︑ 誰のそれらを取り上げるかは論者の視点の違いによって必ずし

後世への影響力という点において高い評価をもってシュマーレ

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ドイツ経 営 学 の 基礎 的研 究 方 法 論 と科 学 性 の 再 検 討  

5 ンバッハおよびリーガーを挙げているが︑一方においてかれはニックリッシュの学説を︑それが今日では実業界でほ

とんど忘れられているという認識に基づき︑ニックリッシュをあまり評価していない︒しかしシュナイダーはシユ

ミットを会計学への学問的貢献を根拠に高く評価している︒また学問的創造性という点から見て︑シュナイダーは

JF)G.

()︑下E(...)

る学者としてむしろニックリッシュの功績を高く評価している︒わたくしは︑独創性もしくは今日のドイッ経営学界

への影響力および1当時のドイッのサイエンス・コミュニティへの貢献という観点からーニックリッシュを他の四名

の学者とともにここで取り上げ︑かれらの研究目標ならびに研究方法に関しその目標と方法について述べることにす

る︒

2シエーア

シェーアの信条は︑商業は利潤を中心思想にしてはならないという点にあったが︑かれは︑生産者‑消費者間の仲

介過程ではむしろ最少原価を核とする経済性原則を中心にしなければならないと考えた︒かれは︑商業経営学の体系

化の方法として︑事実関係把握のために︑つまり事実認識を得るために必要なあらゆる資料を収集し︑それらを選別

し︑整理し︑論理的ー体系的に構成するという三つのメルクマールを設定し︑系統的な資料の加工をおこなった︒そ

の方法は︑帰納的に原則を措定するという方法であった︒しかしかれはまた一方において︑商業学が物理学と同じよ

うに仮説‑検証し得る科学であると考えた︒しかしこの点についての︑かれ自身の説明が十分であったとは思えな

(6)

先に筆者は︑方法論には科学理論的基礎(問題提起︑対象︑基礎概念︑原理︑モデル︑範例︑仮説︑目標)と︑認識獲得

のための方法が必要であるといった︒限定された意味での方法論の科学目標には︑存在の説明に目標を置くか︑それ

とも当為そのものを目標とするかの違いによって︑前者が説明科学︑後者が規範科学となる︒

また科学的方法には︑理論的方法(演繹法)と実在的方法(帰納法)がある︒これらの対応関係にしたがってシェー

アを位置づければ︑かれの科学的目標は﹁こうあるべきだ﹂という意味において規範的であったが︑その規範性は︑

その都度︑実践の中から導かれるような実践的規範ではなく︑一正規の商人のとるべき原則︑つまり信義を重んじ誠

実であることを当為とするような倫理的規範﹂であった︒また︑商業経営学が経済性概念を中心とした科学であるた

めには︑かれにとって当時︑自然科学の分野において.つの有力な研究手法になっていた帰納法を中心とする経験的

‑実在的方法の採用が必要であったものと思われる︒

3シュマーレンバッハ

シュマーレンバッハの研究関心は︑貸借対照表︑財務︑原価計算︑経営管理︑経営組織︑経済体制など︑極めて多

岐︑広範囲に及んだが︑完結した経営学の体系を作りhげる明確な意図がかれにあったとは思えない︑というのはか

れにとって研究対象は︑学問と実践との関連において選別され︑選別されたものを実践に対して仲介する方法や手続

きの考案が経営学の課題であったからである︒その意味において経営学はかれの場合︑私経済的技術論でなければな

らなかった︒しかもそれは︑単なる処方箋ではなく︑物事の本質を洞察した経済的方法・手続きの問題でなければな

らなかった︒また︑技術論を科学と対比し︑前者は工学的な学問で︑方法・手続き規則を提供するが︑後者は哲学的

(7)

ドイ ツ経 営 学 の基 礎 的 研 究 方法 論 と科 学 性 の 再検 討  

7 学問で︑方法・手続きを提供しない性質のものであった︒

シュマーレンバッハの︑もう一つの根本思想は共同経済的経済性が国民経済的福祉の向上に役立つという考えの中

に表明された︒つまり︑個々の経済的経営体としての企業が経済的に活動することによって︑全体の利益すなわち国

民経済的福祉の向上に貢献することになる︑というものであった︒この点をかれは︑不経済な作業がもたらす国民経

済的財貨の浪費の例をもって説明している︒かれは︑経済性を経営経済的経済性と国民経済的経済性とに区分し︑両

者が共に確保されるためには︑比例率(任意の︑つの異なる操業度問の原価の増分を︑それに対応する生産数量の増分をもつ

て除した商)の適用が必要で為と菱た・かれは・利益を経済性の尺度と見なし︑しかもそれを共同経済的・国民

経済的視点に立って評価的に考察したことから︑かれのいう経済性概念は著しく倫理的‑規範的であったといえる︒

しかし三つの主著のうちの二つの単著﹃動的貸借対照表論﹄(初版一九﹂九)および﹃原価計算と価格政策﹄(初版.九

一九)においてかれは共同経済性の倫理的‑規範的理論家たらんとしたが成功したとは言えない︒なぜなら︑両方の

作品においてかれは︑入念な概念構⁝築を怠り︑そのことがかれの説明に内的矛盾を生ぜしめ︑その上かれのおこなっ

た行為勧告が実務の要請や行動様式に適合的でなかったために︑厳密な意味での倫理的‑規範的理論家とはなり得な

かったというシュナイダーの解釈は妥当である︒

また︑シュマーレンバッハは利益を共同経済的経済性の尺度として︑かつその増進の程度の測定に関心を持ちなが

ら︑実際にはその測定が困難であることを知るに至り︑単なる私経済的計算技術論以上のものを生むことはできな

かった︒それゆえ一九﹂九年以前のシュマーレンバッハが︑共同経済的経済性と関連づけずに経営経済的経済性の改

善を目指していたという点でかれの科学的目標は実践的ー規範的であった︒このことを前掲のかれの論文﹁技術論と

しての私経済学﹂およびニックリッシュの著書﹃簡業(およびr業)の私経済学としての一般商事経営学﹄(.九‑

(8)

)

M.S.

ために経験的ー実在的研究方向へと回帰したと述べている︒

R,P.ファインマン(一九一八〜.九八八︑カリフォルニアエ科大学)はかれの著書﹃科学は不確かだ!﹄(大貫昌子

訳.岩波書店.一九九八)において﹁科学はものごとを突き止めるための特殊な方法のこと﹄(同邦訳書五頁)︑といって

いる︒あるいはまた︑科学は真偽を突き止め︑そしてそれを説明し︑何らかの規範の遵守という目標をもつものであ

るといっている︒つまり︑科学的活動には科学的方法と科学的目標の二つの側面があることを示唆したのである︒こ

のような科学の理解に基づけば︑シュマーレンバッハの経験的‑実在的方法の特徴は︑大袈裟なモデル構築に頼る演

繹的推論に拠らないで︑もっぱら経験の積み量ねにより行為勧告を引き出していく方法であった︒しかし︑かれの前

掲の二つの著書﹃動的貸借対照表論﹄および﹃原価計算と価格政策﹄に限っていえば明らかにかれが理論的方法を.

時期目指していたが︑逓増費に対する誤解から︑いうところの理論家たり得ず結局︑実践的︑規範的目標を指向しつ

つ︑経験的‑実在的方法を採用した研究者であったと解される︒また︑経営組織論の視点からみた場合︑シュマーレ

ンバッハが一九四七年に公刊した中9巴Φ≦‑三ωoゴ蝕巴Φ口閃§噂一.じdきユ"O冨8鉱8巴ΦOΦぎ口ぴqω鑓三と︑その翌年に著

した同名書第二巻︑写巴巴︒汀鼻彗σqユ①ωじ⇔卑畦圃①げΦωのなかでかれは︑さらに企業内各部門の規模の最適性と各部門

の原価と成果を計る計算価格の妥当性および組織の分権化による企業者精神の発揚および従業員の創造性の開発なら

びに企業としての経済性・生産性の向上などの理論化のために努力した︒

E・フレ←は︑シュマーレンバッハのこの試みを企業理論のための優れた挑戦として高く評価して馳・しか

し︑シュマーレンバッハの科学的目標観(実践的‑模範的目標)と方法論的立場(経験的‑実在的方法)は︑当時の時代的

(9)

要請(自然科学的理論化など)の前に十分に評価されることはなかった︒ ドイ ツ経 営 学 の基 礎 的 研 究 方法 論 と科学 性 の再 検 討

 

9 4リーガー

リーガーは︑かれの主著﹃私経済学入門﹄(一九二七Vにおいて資本主義貨幣経済へと発展した国民経済の構成要素

としての営利経済︑すなわちその最も重要な類型としての企業の探求および記述は経営学でなく︑私経済学の課題で

あると規定している(もっとも︑かれにとっては消費経済も私経済学の対象であった)︒かれにとって企業は︑貨幣所得

莉潤)獲得の手段であった︒シュマーレンバッハにおいては経済性が問題であったが︑リーガーの場合は収益性を

生み出す発展の過程が重要であった︒つまりリーガーにあっては︑企業活動の運動が産業資本の循環過程(GlW.

・・P⁝WI¢)における初項のGと末項の¢との運動としてのみ取り上げられ︑中間項の生産.流通(配給)の

過程は単なる技術過程と見なされ︑私経済学の認識対象からは除外されている︒

しかし一方においてリーガーは︑営利指向的経営体に焦点を当て︑そのような経営体が総合経済の中で貨幣経済的

にどのように組み込まれているのかの解明が私経済学の根本課題であるとも述べている︒ところが︑資本の増殖過程

についての明解な説明が無いために︑J・イエーレ(一九..冗〜︑ドルトムント大学Vらをして︑梢リーガーは︑企業に

おける経済的行為の説明をおこなってい轟Lといわしめている.ーギによれば︑私経済学は価値畠な経験科

学であり︑規範を否定した説明科学であったが︑企業における人間の経済的行為に関する説明がーこの点はかれに

とって最も重要な課題であった筈であ嘉1なざ航ていない・基本的にかれは︑説明そのものを科学目標としてお

り︑その目標達成のためにーシュマーレンバッハを攻撃しない限りにおいてー経験的‑実在的方法を採用していたと

解される︒前掲のイエーレも︑リーガーが結局は経済現象の説明には失敗したと見ている︒精々︑定義上練り上げら

(10)

れた一つの言明体系を与えてくれたに過ぎない︑と捉えている︒説明と理論が同じ範疇に入れられるなら︑ は理論的方法に拠らない説明科学の構築が可能である︑と考えていたのではないかと推理される︒ リーガi

5シュミット

シュミットは︑経営学を理論科学として見ていた︑といわれている︒したがって︑経営学をその理論的方向で捉え

る人達は︑シュミットをリーガーと同じ範疇の中に位置づける︒しかし︑シュミットが取引所制度や銀行経営論に取

(25Vり組んでいた一九一九年以前はむしろ経験的ー実在的方法をもって︑つまりシュマーレンバッハと同じように︑現実

の記述的説明に専念していたのである︒それがシュミットの一連の作品﹃ドイツにおける振替支払い取引﹄(︑九..

○)︑﹃国際的支払い流通﹄二九.︑OVなどにおいて採用された方法であった︒かれが理論的方法をとり始めたのは一

九二︑〜.九.︑七年の期間に発表した著書﹃経済の圏内における有機的貸借対照表﹄(.九二︑)および﹃産業景気

一つの計算の誤りー﹄(.九︑.七)においてであり︑その時代のシュミットの科学的目標観はむしろ倫理的ー規範的︑

もしくは社会的‑義務的であった︒

周知のごとく︑かれの有機的貸借対照表の中では︑第↓次大戦後の悪性インフレを教訓とし︑貨幣価値の変動が会

計制度に及ぼす影響を︑特に景気変動に左右されるあらゆる利益もしくは損失が︑貸借対照表の有高だけでなく成果

をも改窟することを指摘している︒それゆえ︑実質資産価値は貸借対照表作成日の再生産価値をもって︑また実質取

引価値はその作成日の再調達価値をもって把握し︑さらに取得価値と再調達価値との差は︑財産価値変動勘定におい

(26)て把握しなければならないとした︒

シユミットにとってこのような時価計算の原則は︑実質的な状態(つまり実体)における経営の維持︑すなわち経

(11)

ドイツ経 営 学 の基 礎 的 研 究 方 法 論 と科 学 性 の再 検 討

11

営の相対的維持を意味したのである︒もし静止財産の価値変動が顧慮されなければ︑調達市場において価値上昇があ

る場合︑架空利益が発生し︑逆の場合には架空損失が発生する︒

﹃産業景気ー一つの計算の誤り﹄においては︑価格上昇時に企業家は価値上昇を利益として誤算し︑国民財産が所

得に変化して購買力を引き上げていくので︑新たな価格上昇を引き起こすような財貨の過度な需要を発生させてしま

う︒危機の場合は経営が過度に拡大されるとその結果︑生起する価格低ドが︑売Lの架空財産補填として架空費用の

誤算を通じて縮小する筈であるから︑それが利益と収入を大きく減少させ︑収縮的展開を余儀なくする︑と述べてい

る︒以上一︑通りの命題からシュミットは︑時価に基づく企業会計のみが総合経済的均衡を回復し︑それを保持し︑か

つ経営の相対的価値維持を確実にする︑という結論を引き出している︒このようなシュミットの論理展開は︑理論的

方法による勘だといえよう・つまり・かれは科学する方法において経験的実在的方法から概ね理論的方法へと変

化したと解される︒

6ニックリツシュ

ニックリッシュは︑一九一二年に商業(および工業)の私経済学としての一般商事経営学﹄を刊行し︑一九二二年

に第五版を﹃経済的経営学﹄と改め︑一九三二年の第七版では﹃経営経済﹄と再び標題を改めている︒﹃商事経営

学﹄では︑商事的企業が主たる研究対象として論じられ︑﹃経済的経営学﹄では商業的企業が副次的に扱われ︑代

わって工業的企業が主たる研究対象となった︑第七版の︑﹃経営経済﹄では︑家政経済を含む経営の活動(精神的現象

としての経済的経営過程Vが認織対象となったことから﹃経営経済﹄の標題になったと思われる︑かれにとっての経済

活動の目標は︑給付(経営経済的生産過程の成果)︑つまり経営財の生産であったから︑その経営財(調達︑狭義の生産︑

(12)

販売および収益の分配から構成されるもの)の諸過程の考察が最も重要であった︒これらの諸過程はニックリッシュの場

合︑価値が創造される過程(内部的・外部的価値循環過程)であり︑その際︑収益の分配が価値の循環に決定的な作用

を及ぼすから︑収益部分への分配部分が高ければ高いほど︑また︑諸契約の分配への作用が公正であればあるほど︑

28)経営が依存している市場効果は有利に働く︒

このような価値創造論の上に︑経営学の包括的体系を構成することによりかれは︑経営の構造を労働︑資産︑資本

の三つに分け︑労働を支柱とし︑その秩序つげが経営共同体に結び付くことを主張した︒資産は生産手段となり︑資

本は経営に対して具体的に与えられた資産として表示される経営の価値の総体に相当する︒かれは︑経営の構造は静

学の法則に従うべきもので︑経営の価値諸関係の均衡が存在していて︑かつそれが維持されなければならないと考え

た︒この大きな均衡問題は︑危険問題と安全確保の問題に区分される(生産と財務の循環中断︑循環縮小に対する安全確

(29)保と信用能力の確保)の問題であった︒

経営の静学法則に続いて経営過程を研究対象とする運動学(動学)的見解(収益の獲得とその分配)が提小されてい

る︒収益獲得では費用論と販売論が問題とされ収益分配論では賃金と給付の関係︑従業員の収益への参加および資本

(30)収益率などが問題とされた︒

さて︑ニックリッシュの経営学の研究対象および研究体系を見ると︑一九一五年のマンハイム商科大学における講

31)演を契機として︑かれはかつて︑かれが掲げていた説明的科学目標から﹂転して倫理的‑規範的科学目標へ方向転換

を図ったものと解される︒また︑研究方法についても一九一五年を境として︑理論的方法から経験的実在的方法へ

移行したといえよう︒しかしながら︑ニックリッシュは︑高度に抽象的なかれの経営構造の静学論と経営過程の動学

論がかれの価値の循環論と共に︑経営活動の具体的︑特殊的な現実の諸問題の解決のために︑どのように役立つか︑

(13)

などの説明を十分におこなったとはいえない︒しかも︑かれは︑倫理的‑規範的基礎価値判断に基づく科学目標を標

榜しながら︑その目標達成のための行為勧告を生み出す過程の説明言明や実践へ向けての言明の導出をおこなっては

いない︒また研究方法も︑この時期を境として理論的方法から経験的‑実在的方法へ移行したと解される︒

ドイツ経 営 学 の 基礎 的研 究 方法 論 と科 学性 の 再検 討 13

7この項のまとめ

筆者の以上の叙述から︑ある限度をもっていえることは︑以ヒに取り上げたドイツの経営学者が研究目標だけでな

く︑研究方法をも変えていたという点である︒科学には対象・目標・方法という三つの側面があるが︑対象は︑経営

学の視点から見れば企業であり︑その経営諸事象︑そしてこれらと︑さまざまに異なる環境との間で生じる相互作用

の関係である︒科学の目標は︑対象研究の中で突き止めた真偽や法則性を記号や言語をもって記述.説明することで

あるが︑しかしまた規範(準則︑当為)を︑記述主義的に︑指図主義的に︑あるいは正当化の論理にしたがって指向

することも科学的目標となり得る︒その際どのような主義︑立場に立つかは別として規範的科学目標を指向する場

合︑設定された準則や当為の枠組みの中はおいて客観的な知識の体系化が求められる︒科学の三番Hの側面︑すなわ

ち科学的方法はf六世紀以降︑本格的な分析︑'総合の方法をもって始まり︑帰納法︑演繹法︑解釈法︑その他いくつ

かの基礎的方法がその後生まれているが︑本稿においては帰納法を基礎とする経験的i実在的方法と︑演繹法を基礎

とする理論的方法とに限定して取り上げた︒

二十世紀前半のドイツの代表的な経営学者(本稿において取りヒげた人物に限定すれば)︑シュミットが理論的方法

(演繹法)と実在的方法(帰納法)の両方の方法をもって規範的科学目標を目指し︑ーそれぞれニュアンスは異なる

が︑シェーア︑シュマーレンバツハ︑ニックリッシユも科学的目標という点ではシュミットに近いi.方︑リーガー

(14)

は実在的方法を中心に一部︑理論的方法を用いて説明することを目標とする説明的科学目標を指向したといえるよう

に思う︒

以上の傾向をごく概略的にまとめれば︑二十世紀前半のドイッ経営学の特徴は︑経験的ー実在的方法をもって倫理

的もしくは実践的ー規範学科を目指す傾向のほうが︑むしろ理論的方法をもって主として説明することを目指す説明

科学目標の傾向に比べ相対的に︑より一層強かったように思われる︒

32)

三 二 十 世 紀 後 半 ( 一 九 五 一 〜 一 九 八 〇 年 代 ) の 研 究 方 法 論 の 特 徴

1起点

第二次大戦後のドイヅ経営学は︑方法論の視点から見れば︑多くの学者が参加したいわゆる笙・︑次経営経済学方法

論争[E・グーテンベルク(一八九し〜一九八四︑ケルン大学)と︑K・メレロヴィッツ(.八九.〜.九八四︑ベルリンn科大

学)との間でおこなわれた科学としての経営学の性格および人間の取り扱いなどを巡る論争をいう]を契機として起動し︑結

果としてドイツ経営学を多様化の方向へ向かわしめることとなった︒しかし︑この論争は︑グーテンベルク経営学が

その理論の基礎にドイツ国民経済学ではなく︑むしろドイツの外側で発展した新古典派ミクロ経済学の研究成果を利

用しなければならなかったことを世界に知らしめることとなり︑当時のドイッ経営学の後進性を国外に明らかにする

こととなった︒また︑説明理論か伝統的な形成理論かの葛藤の中でORの導入が︑ドイッ経営学を再び行為勧告の模

33索へと傾斜させることにもなった︒

第二次大戦後暫くの間︑ドイツの産業界において経営学者といえばメレロヴィッツとK・ハックスニ九〇.〜.

(15)

15 ドイ ツ経営 学 の基 礎 的 研 究 方法 論 と科 学性 の再 検 刮

(34))一世(..

E.]G[.

E[])

(35}世代の学者のうちから︑学界への学問的貢献度を評価し︑かつ︑独自の科学プログラムを提示したとされる学者の中

から筆者自身の独断でE・ハイネンニ九.九〜.九九六︑ミュンヘン大学)および︑H・ウルリッヒ(.九.九〜︑九九

七︑ザンクトガレン大学)の方法論を取り上げることにする︒

2グーテンベルク

かつて︑筆者はコッホ(.九.九〜︑ミュンスター大学)の影響を受け︑グーテンベルク経営学の方法が︑要素投入

と要素収益との比である生産性関係を︑ミクロ経済学の手法を使って仮説‑演繹的に分析することにより︑企業におへ堕ける生産過程を規定する規則性ないしは法則性を解明することに特徴があると述べた︒グーテンベルクが︑A・A.

(37}(38)クールノー(.八〇一〜.八七七︑リヨン大学)や︑V・パレート(.八四八〜︑九︑コ︑一︑ローザンヌ大学)らの新占典派

ミクロ経済理論の影響を受けていることが判る︒グ!テンベルクはこれらの理論の分析概念(例えば限界価値︑部分分

析)およびそれらの用具を用いて経営経済問題の記述︑説明を試みている︒それが例えば︑二重屈曲価格‑販売関数

であり︑制限的諸要素を持つB型生産関数であった︒

周知のように︑かれの第一巻﹃生産編﹄の生産理論的考え方は︑工学的諸事態に基づく生産要素の最適結合を費消

関数を使って理想型的に表現するところに特徴があった︒しかし︑理想型として生産諸要素の結合過程を関数表現す

(16)

{39)(⑭ることは︑実在性を意識的に度外視することにもなるから︑かれの科学プログラムを経験的‑実在的認識プログラム

として特徴づけることは疑ってみなければならない︒生産諸要素の結合過程の理想型としての表現は高度に抽象化さ

れるわけであるから︑たとえ経験的‑実在的方法によって得られたデーターであっても︑どれだけ実在性を反映でき

るかは判らない︒むしろ反映させることは非常に困難であると思われる︒したがって︑グーテンベルクの理想型とし

ての仮説の設定は︑M・ハイデッガー二八八九〜.九ヒ六︑フライブルク大学)の意味における木質直観の結果であっ

たと推測される︒グーテンベルクは︑行為勧告を目的とせず︑また実証主義的な本質直観でもなく︑どちらかと言え

(}ば︑合理的経済活動の解釈学的本質直観の方法をもって説明することが︑かれの科学プログラムの目標であったと思

われる︒かれが取り分け︑生産性関係および経営の体制関連的諸事実の本質︑すなわち生産・販売・資本需要ならび

に資本基金の機能などの本質規定にこだわったことを見ても︑解釈学的本質直観の方法によって︑いかにかれが研究

対象の記述・説明を重視しなければならなかったかが判る︒グーテンベルクは︑かれがA型生産関数と名付けた収益

法則が︑r業的な生産過程における生産性関係の説明のためにはト分でないことを幾つかの事例をもって検証してい

る︒しかし自らの手による反証作業がおこなわれなかったためにその後批判を受けることとなった︒かれの研究方法

の基本はモデル分析的であり︑仮説思弁的な言明の導出作業に特徴があった︒かれは︑さまざまなミクロ経済学的法

(42則仮説の総体を︑かれの思考の下部構造とし︑いろいろな説明言明を措定していった︒その意味において説明言明の

措定がかれの科学的目標であり︑またその目標達成のためにかれは︑基本的に解釈学的本質直観の方法を採りつつ︑

形式的に仮説思弁的‑演繹的方法によって説明言明の導出に専念した︑と解される︒

3ハイネン

(17)

ドイツ経 営 学 の 基 礎 的研 究 方 法 論 と科 学 性 の再 検 討

17

ハイネンの業績は︑経営費用論︑企業の目標体系論︑経営経済的意思決定論および商事貸借対照表論など複数の専

門分野に亙っているが︑かれの経営学の体系は概ね二つの思考方向に向けられていた︒一つは︑経営経済的課題設定

を人間中心に行い︑その課題を克服するという思考の方向︑もう一つは︑要素投入と要素産出間の生産性関係を完結

した経営経済的言明体系の発展のための起点にするという思考の方向である︒ハイネンはこれら二つの思考方向を︑

(43)経営階層のあらゆる段階︑あらゆる部分領域の中での人間の意思決定行為の説明を通じて統合しようとした︒

ハイネンにとって理論は︑公理(もしくは前提)および定理(もしくは結論)であったが︑併せてそれらが事実の生

起現象と結びつけられるものでなければならなかった・その意味において・かれにとり経営学は実践的応用蜘で

あった︑さらにかれは︑経済的意思決定過程の基礎およびその過程の遂行ならびにその過程の部分的作用などの記述

や説明(診断的.予測的説明)を理論の使命とした︒かれにとりまた︑科学的言語使用に必要なモデルは︑現実性の

一つの断面のーそれ自体ー無矛盾な一つの言明体系を意味していた︒モデルの数学的表現の多用も︑かれにとっては

事態間の諸関係の精密な表現のための必要な作業であった︒ハイネンは︑経営経済的言明体系には説明機能と形成機

能が含まれると考えた︒その際︑説明機能は経営事象や企業行動の変化から生じる諸帰結の予測を意味した︒帰結の

予測のためには︑先ず経営の現実性の記述に必要な概念の構築は当然として︑基礎モデルの範囲規定(①経済活動を

する人間のモデル︑②そのモデルに基づく経営経済モデル︑③経営経済と環境との関係モデル)︑次いで意思決定対象としての

決定諸事実の確定(①決定諸事実の概念内容︑②事実が及ぼす窺・長期的影響性︑③組織におけるさまざまな決定担い罫への割

り当て)︑そしてこれらの決定諸事実を捕捉するための説明モデル(説明モデルは︑活動助変数または用具変数と呼ばれる

独立変数であり︑行為可能性"代替案を含むいわゆる説明方程式から構成されている)を発展させた︒ハイネンはこのような

説明モデルを使って︑生摩費用理論︑価格・販売理論および財務理論の疫的‑規定的説明モデルを提示途・

(18)

しかし︑経営経済理論は経営諸事態の説明だけに甘んじてはならないというハイネン自身の応用科学的立場から︑

かれは経営経済理論の意思決定過程改善への寄与を強調し︑経営経済的踵明体系のもう.つの機能としての形成機能

(経済活動を行う人間を支援するための合理的選択原理を使用する機能)の重要性を指摘した︒そのような機能を果たすため

に開発されるモデルが意思決定モデルであった︒かれはその決定モデルを︑一般的‑規定的モデルと具体的‑計算モデ

(46)ルとに区分し︑活動諸変数の最適値を具体的に計算できる後者のモデルが実践において直接︑応用できるものだと示

唆している︒基本的には価格ー費用理論において主に短期的決定モデルを︑また財務理論においては豆に長期的決定

モデルを重視した︒

さて︑ハイネンは実践的ー規範的経営学の根底に在るのは経営経済の経験目標であるから︑そのような経営学の言

明は価値自由で象と述べている・このことから︑かれが価値自由な実践的出範的科学目標を目指していたことが

判る︒しかし実践的1・規範的科学目標は︑人間の経営経済における決定行動がーその際︑特定の目標を可能な限り最

善の成果に結び付けるべきだとすればーいかにあるべきかの言明を引き出すことにあるわけであるから価値判断を放

棄する必要はないと思われる︒もしまた︑経営者がハイネンの決定モデルを経営者らが直面する実践問題の解決のた

めに応用しようとする時︑経営者は自分の直感や価値判断にこだわり︑ハイネンの決定モデルの使用に難色を示すか

もしれない︒研究過程には発見連関︑根拠つげ連関および応用もしくは実践連関があり︑したがってその応用連関が

価値自由であるというハイネンの見解には納得がいかない︑ハイネンは他の箇所において価値判断は応用の問題であ

るとも述べている︒矛盾があるように思う︒

筆者自身のハイネン理解は別にして︑かれの経営学の研究方法は現実性にこだわり︑経験から情報(例えば︑目標

研究のためにA・D・H・カプランやA・P・レイアあるいはミュンヘン大学産業および経営会計制度研究所などを通じての実態

(19)

研究から得られる企業の目標体系に関する情報)を収集し︑目的‑手段関係の連鎖の中で説明モデルや決定モデルを構築

していく経験的ー実在的方法(帰納法)を採ったところに特徴があったと思われる︒

ドイ ツ経 営学 の 基礎 的研 究 方 法 論 と科 学性 の 再検 討

19

4ウルリッヒ

(48)ウルリッヒの生産的・社会的システムとしての企業論は︑ハイネンの意思決定指向的経営学とほぼ.平行して成立し

た︒当初︑ウルリッヒは企業を生産的‑社会的システムとして特徴づけたが︑後にかれは︑企業を環境に開かれたサ

49)イバネティック・システムとして捉えなおし︑それを︑フィードブオーワードおよびフィードバックの制御行動を通

じて許容し得る範囲まで自力帰還できるように︑しかも諸種の撹乱要因を調整できるような動態的システムとして再

定義したが︑本質的には当初の定義領域に在るといってよい︒サイバネティックスの考え方に基づけば︑企業を高能

率な機械に似た新種の社会的システムとして形成することができる︒その意味では︑経営学(企業管理論もしくはマネ

ジメント論)はかれにとって工学に似た形成学であった︒形成学としてのかれのマネジメント論の管理レベルの研究

対象をかれは︑そのようなシステムの形成︑制御︑開発および操作︑戦略︑規範に求めた︒またかれのマネジメント

論の対象領域は企業における人間ではなく︑人間を含めた目的志向的な社会システムとしての企業の管理である︒つ

まり社会的‑生態学的制度としての企業を︑システムのヒつの特性(全体と部分︑ネットワーク性︑環境への開放性︑複{卿合性︑秩序︑制御および開発発展)との関連において捉えたのである︒

ウルリッヒ経営学の科学的目標の特徴は︑実践において発生する諸問題の解決のためにヘンペルはーオッペンハイ

マー流の演繹的‑法則論的説明法が基礎として使用できるという可能性を是認する実践的‑規範科学を目指すところ

にあった︒たしかに実践科学は形成のモデルや規則を実践のために開発しようとするが︑法則論的仮説から直接︑説

(20)

明モデルを措定することはできない︒したがって前件(初期)条件を与えて演繹的に結論を求めて初めて実践のため

の基礎的情報が得られる︒ウルリッヒは︑演繹された結論から[説明‑予測‑行為勧生甲科学的に根拠づけられた行為]の枠

(52)組みを得ることができるといっている︒ウルリッヒ経営学の特徴は︑関係や連関の中で問題を把握し︑問題解決の手

掛かりを見つけていくという点にあった︒ウルリッヒの科学的目標は実践的‑規範的であり︑その研究方法は経験的‑

実在的であった︒問題は︑かれが提案したパターン認識法(固有な対象とか個人との関係を無視し︑.定のパターンを発見

していくという認識法)では十分な経験的内容が得られないのではないかという危慎にある︒

4この項のまとめ

グーテンベルクが︑第.一次世界大戦後フランクフルト大学からケルン大学へ移籍した当時は︑すでに経済科学の世

界が経済問題の記述・説明に数学を多用・頻用せざるを得ない時代になっていた︒グーテンベルクは先ず大学で自然

科学を学んだ︒このことが︑かれが研究者になって以降︑かれをして現象の背後に在る本質の抽出・説明に自然科学

的演繹思考の方法を採らせることとなった︒︑九五〇年代に入りかれは︑主要な経営現象(まず生産性関係︑後にそれ

を踏まえて販売・財務の諸現象)の普遍的本質を一切の先入見を排して直観により掴み出し︑演繹的推理によって数々

のモデルを構築し︑そしてその努力が遂に三部作﹃経営経済学の基礎論﹄の公刊に結実したのである︒

かれの科学的目標は︑規範の構築や実践のための行為勧告の導出には置かれていなかった︒もっぱら本質直観よる

現象の奥に在るものの説明に置かれていた︒その説明のためにかれは理論的方法︑つまり仮説思弁的‑演繹的方法を

採ったのである︒

また︑ハイネンは︑経営学を応用科学として捉えていたのでかれの科学的目標は実践的‑規範的次元に署かれてい

(21)

ドイツ経営 学 の 基礎 的研 究 方法 論 と科 学性 の 再検 討 21

たと解される︒かれは経験と観察を重んじ︑積極的に現実のなかに情報を求めていった︒つまりかれの理論(モデル

化)は経験的‑実在的方法によって構築されたと解される︒

他方︑ウルリッヒは︑企業を環境に開かれた動態的システムとみなし︑そのような企業のマネジメントの対象は︑

つまるところ人間を含む目的指向的な社会システムの形成︑制御︑開発︑操作︑戦略および規範でなければならな

かった︒その意味でかれの科学的目標観は︑実践的i規範的であり︑またかれの科学的方法は経験的‑実在的であっ

た︒

戦後から↓九八〇年代に至るドイツ経営学の科学的目標と科学的方法は概ね︑前半がグーテンベルクによって代表

される説明科学としての科学的目標と︑理論化︑モデル化による科学的方法が支配的であったといえるように思う︒

そして後半はグーテンベルク批判に始まり遂に多様化の時代へ入っていった︒本稿ではその他の多くの学者の諸見解

を検討することはできなかったが︑後半は概ねドイツ経営学界が実践的‑規範的科学目標を経験的⁝実在的方法によっ

てそれぞれの研究対象と取り組んでいたように思われる︒

四 結 語 と 今 後 の 研 究 課 題

認識獲得の方法論としての科学理論は︑経営学との関連でいえば経験論に始まり︑実証主義︑論理実証主義(検証

主義)︑構成主義(規約セ義の徹底排除)︑批判的合理主義(反証k義)︑パラダイム論(.種の解釈学的方法)へと発展

したが︑筆・者は方法論は本来︑対象を含めその目標とその方法が区別されて論じられてよいと思っている︒もしこの

考え方が是認されるなら︑シェーンプルークの見解に同調するドイツの一部の経営学者や︑わが国の一部の経営学者

(22)

のドイツ経営学方法論の理解に対して疑問をもっても不思議ではない︒

本稿の冒頭の部分において第一.次大戦後のドイツ経営学の二大潮流として(多分︑研究対象という意味において)生

産性関係中心思考(または人間用具視的物財中心思考)および人間中心思考(または人間主義的思考)の二つを挙げ︑両方

がわが国における有力な見解になりつつあることを指摘した︒前者の思考を代表する者達がグーテンベルクおよび︑

かれの門ド生らを指すことは明らかであるが︑グーテンベルクの﹃経営経済学の基礎論﹄(生産・販売・財務編から成

る.二部作)を全体的に見ると︑かれの言説が人間を本質的に﹁用具視﹂していたとは思えない︑かれは︑人間の労働

を対象関連労働と処理的・管理的労働とに分け︑両者の機能の重要性を︑生産性関係の中で位置付けることを試みた

に過ぎないのである︒かれの生産論︑販売論︑財務論を統一的に貫く思想が﹁生産性関係﹂概念であることは諄うま

でもないが︑かれが今日においてもなお高く評価されている点は︑かれが競争場裡(例えば企巣や製品のマーケット

シェアを巡る競争︑ユーザーとの競争︑同業者との戦略競争︑内部市場における組織間競争など)の中で企業が生き残るため

には︑あらゆる種類のリスクや利害の衝突を調整する仕組みを作らなければならないとした点である︒かれはそのよ

(53うな調整のメカニズムを︑生産理論︑一種の契約理論およびゲームの理論を通して記述・説明することを試みたので

ある︒グーテンベルクの経営学は︑したがって人間を用具視した単なる生産性関係の思考のそれではなく︑生産性関(蓼係をキー概念とした企業の各種利害の調整指向の理論であったと解される︒またハイネンが評価されるべき点は︑か

れが包括的な現実に近い数学的決定モデルを発展させるために数々の基礎を構築した点である︒かれのモデルはドイ

55)ツ経営学のマーヶティング・アプローチの発展に刺激を与えたという点で十分に価値があるといえる︒さらにウル

リッヒが評価される点は︑かれが因果分析的でない循環的・相圧作用的なシステム論的企業管理論を展開した点であ

る︒

(23)

ドイ ツ経 営 学 の基 礎 的 研 究 方法 論 と科 学 性 の再 検 討

23

方法論の科学的目標は︑一つが倫理的‑規範的目標もしくは実践的‑規範的目標であった︒もう一つが説明的目標で

ある︒方法論の科学的目標を達成するためには科学的方法が不可欠である︒また︑方法には経験的実在的方法(帰

納法又は解釈学的方法を基礎的方法とする)と︑理論的方法(演繹法を基礎的方法にするが具体的には︑公理‑演繹法︑実在論的

モデル分析法︑演繹的‑法則論的説明法︑説明の演繹的解釈法などが用いられる﹀がある︒科学的目標と科学的方法との関連

性は︑必ずしも固定的ではないが︑概して倫理的‑規範的目標および実践的ー規範的目標は︑経験的‑実在的方法と結

び付き︑説明的目標は理論的方法と結び付くという関連性があると思う︒したがって︑経営学の視点から科学を論じ

る時︑視座が目標にあれば科学は規範科学か説明科学かに分類され︑もし視座が方法にあれば科学は経験科学か理論

科学かに分類されるように思う︒

アルバッハはかれの最近著⊃般経営経済学入門﹄(ガーブラー出版︑,○○○の四八κ〜四八六頁)の中で経営学の今

後の研究課題としてー適当にまとめるがー①資金調達市場における競争と︑製品市場における競争との相互依存︑②

市場構造と︑企業の組織構造との相互依存︑③銀行の市場行動と企業の事業部レベルの管理構造との相互依存︑④市

場における企業の戦略的行動と︑企業組織の戦略的投入︑⑤企業の発展(成長衰退)の理論︑⑥企業のヒューマン

キャピタルなどを挙げている︒アルバッハが予見した今後の研究課題をかれ自身の経営学の体系(生産性関係と契約理

論を基礎とする人間資本論)の枠組みの中でどのように統合するか︑そしてその統合の方法論がいかなるものか︑を注

目していたい︒

筆者自身に残された研究課題として︑①組織研究の経験科学的‑認知科学的アプローチ︑②行為論的アプローチ

(構造化の理論︑コミュニケーション的行為の理論︑オートポイエーシスなコミュニケーション理論)︑および③アルバッハ経

営学の方法論的研究などがある︒

参照

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