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20 ― ― ラフカディオ・ハーン「守られた約束」について

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【論文】

ラフカディオ・ハーン「守られた約束」について

原話と再話の比較から見えるもの

川澄亜岐子

一.テクストについて

「守られた約束」(“Of a Promise Kept”)は、1901年に刊行されたラフカディオ·ハーン(Lafcadio Hearn, 1850-1904)の著作集『日本雑記』(A Japanese Miscellany)に収められている再話作品である。原話とな ったのは「菊花の約」という物語で、上田秋成『雨月物語』(安永5年刊)に所載されている。ただ し、ハーンが自分で原話を読んだ可能性は低く、日本人の家族や知人を通してこの物語を知ったと思 われるi

『雨月物語』は中国などの物語を原拠とする翻案小説9編から成り、今日につながる怪談文学の嚆 矢的作品と位置付けられてきたii。その怪奇は超自然的な出来事を扱う単純な怪異にとどまらず、現実 生活に対する秋成の屈折した思いがその背景として見出されてきた。高田衛は、秋成の翻案の手法を 日本古典の伝統と中国文学の伝統との縒り合さった中に「自己の説話と文章」を織り込んだものと捉 え、この方法によって「言葉の自立的世界としての文学性」が担保されていると述べる。その上で、

ここに収められた物語は「封建社会のさまざまな社会現実や、人の世の日常性の卑小や醜悪や不幸の みじめさ、そうしたものへの作者自身のはけ口のない憤りや焦燥などの反発力」によって支えられて いるとの見方を示すiii

作品の深層に現実社会に向けられた作者の批判的意識を読みとる解釈は、ハーンの「守られた約束」

についての論考にも受け入れられてきた。田代三千稔は生育環境がハーンと秋成の性格に与えた影響 に注目し、二人には共通する気質が見られるとしたうえで、ハーンの潔癖な性格とそれゆえの社会に 対する幻滅が、秋成の類似する側面に共鳴して「守られた約束」に結晶したという見方を示すiv。この 立場は宮嶋夏樹にも共有される。宮嶋はさらに踏み込んで、田代が社会への幻滅と大きく捉えた点を、

ハーンの近代日本社会に対する反発に限定する。

欧米の文化殊にキリスト教の影響が、「旧日本」の美しい徳の一つであつた信義の念を、現代の 人びとの心から奪ひ去つていくといふ嘆きが、「約束」[「守られた約束」]といふ作品の底を 流れてゐるのだと思ふ。さうして、周囲の俗物を嫌ひ、その意味で孤独な彼の心が、俗界を離れ た境地に自適の生活を求めたいと願ふやうになるのも自然のなりゆきであらう。v

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明治維新以来、日本は近代化の名の下に猛烈な勢いで西洋化を推し進めた。だが、その一方で失わ れるものもあり、ハーンがそれらに心を寄せて著書に繰り返し書き留めたことは周知の通りである。

上の引用では「信義の念」が前近代的な精神として挙げられ、それが近代化に伴って失われることへ の懸念が「守られた約束」に通底する主題であることが説かれている。

田代と宮嶋の研究は、ともにハーンと秋成の伝記的な共通点や類似性から作品を読み解いてきた。

その結果、二つの作品はともに書き手が抱える現実社会への鬱憤が反転し、昇華したものという点で 一致することが説かれてきた。その一方、作品の中核に関わるような議論は深められていない。それ ぞれの作品の文体や、場面の構成、その特徴などについて部分的に言及されることがあっても、作品 全体を見渡すような議論はほとんど進んでいないといえる。その理由の一つとして、再話とは原話を 書き直したものであるという認識に求めることができるvi。「守られた約束」においても、原話の主題 を引き継いでいることが自明視されているように思われる。しかしながら、原話で頻繁に繰り返され る「信義」や「まこと」といった言葉は、再話には訳出されておらず、またこれらの語が多用される 場面の多くは省略されている。

本稿では、「信義」がどのように扱われているのかという点から秋成とハーンの作品を読んでみた い。原話において「信義」が形成される過程を辿り、それがどのような概念として示されるのかとい うことを検討したうえで、それがハーンの再話ではどのように書き換えられているかという問題を考 える。これらの作業を通して、ハーンが秋成の原話に何を読みとったのかということについても考察 する。

二.「菊花の約」――「信義」の過程

「菊花の約」は、序文、本編、結びという三つの部分から成る。ハーンが再話したのはその本編の 部分で、次のような話である。

播磨の国加古の駅に丈部左門という博士がいた。ある時、彼は知人の家で病気の武士と出会う。武 士は赤穴宗右衛門という松江出身の武士で近江に滞在していたが、故郷の富田城が襲撃され、主君が 討死にしたとの知らせを聞いて故郷に戻る途中だという。左門は献身的に武士を看病し、二人は友人 同士となった。そして宗右衛門の病が癒えると、二人は義兄弟の契りを交わし、左門は宗右衛門を自 宅に滞在させた。

初夏、宗右衛門は旅を再開することを決め、左門とその母に別れの挨拶をする。この時、左門から いつ帰って来るのか決めてほしいと請われたので、宗右衛門は99日に再会することを約束して出 発する。

約束当日、左門は朝早くから宗右衛門を迎える準備を整えるが、彼が帰ってきたのはすっかり夜が

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更けてからだった。家に通された宗右衛門は、物思いに沈んだ様子で食事にも手を付けない。左門が 訝ると宗右衛門はようやく口を開き、自分はもはやこの世の者ではないと言って旅の一部始終を次の ように語った。宗右衛門は松江に着くと従弟の赤穴丹治を訪ね、彼の勧めで尼子経久に会見した。そ の帰り道、宗右衛門は経久の命令を受けた丹治によって、彼の自宅に監禁されてしまう。なすすべも ないまま約束当日となり、宗右衛門は悩んだ末に、「魂よく一日に千里をもゆく」という諺を思い出 して自害した。そして、左門との約束を果たすべく、幽霊となって会いに来たという。語り終えると、

宗右衛門は消えてしまった。残された左門は大声で泣き、その声を聞いて起きてきた母親とともに、

その夜は泣き明かす。

翌朝、左門は改まって母親に挨拶し、出雲に向かう。そして松江に着くと、左門は真っ先に丹治の 家を訪ね、彼の宗右衛門に対する仕打ちを厳しく非難する。そして家族の目の前で彼に斬りつけると、

騒ぎに紛れて逃げ出した。だが、この知らせを聞いた経久は、あえて家臣に左門の跡を追わせなかっ た。

この作品において、「信義」はどのように描かれているのだろうか。ここでいう「信義」とは、「ま こと」、「実」、「情」などとともにこの作品における重要な概念で、左門と宗右衛門のそれぞれの 人柄や、二人の関係を表す語としても重要である。

まず、左門の「信義」について確認する。本編の冒頭には、「播磨の国加古のうまや駅 には せ べ丈部左もん門といふは か せ博士 ありせいひん清貧をあまな憩 ひて。友とするふみ書の外はすべてて う ど調度のわつらはしき絮 煩をいと厭ふ」とあり、左門が質素ながらも高尚 で、潔癖な人物として設定されているvii。また、病床の宗右衛門を紹介された際は、彼に同情し、「

うれ憂へ給ふことなかれ。必すく救ひまいらすへし」と声をかけて手ずから薬を処方したり、病人に粥を与え たりして、その様子は「病を看ることはらから同胞のごとく。まことに捨かたきありさまなり」といわれるviii 左門にとっての「まこと」とは、困っている者がいればすかさず手を差し伸べ、親身になって接する 態度であるといえよう。だがこれは、ひとえに彼の性格によるとは言い切れない。江戸時代、儒者に は医学の心得があることも多かったことを踏まえれば、左門の思いやり深い態度は儒者としての意識 の表われであるといえる。彼は儒者としての自己を強く意識しており、その役割を全うしようという 気持ちを持っている。このように考えると、左門の「まこと」には儒者という社会的立場が影響して いるといえる。

次に、宗右衛門の「信義」に移る。秋成の原話において、宗右衛門の人柄は左門を通して報告され ることが多く、左門の場合のように語り手の判断が直接示されることは少ない。左門が宗右衛門に対 して初めて「まこと信 」という言葉を使うのは、二人が義兄弟となり、宗右衛門が左門の母に挨拶したいと 言った時である。左門は宗右衛門の申し出を「まこと信 あることば言 」と受け取って喜ぶが、この判断に至るには、

宗右衛門が信頼に足る人物であるという左門の確信が不可欠である。では、左門が宗右衛門の信義を 確信するようになった根拠はどこに求めることができるだろうか。

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左門が最初に宗右衛門の信義に触れたのは、宗右衛門が病床で語った身の上話であると考えられる。

宗右衛門が主君の塩冶掃部介に兵学を講じていたことや、密使として近江の佐々木氏綱の元に送られ たことから、彼が主君から厚い信頼を受けていたことがうかがわれる。また宗右衛門の方でも、掃部 介が亡くなったと聞くと「もとよりうんしう雲州は佐々木のもちぐに持国にて。え ん や塩冶はし ゆ ご だ い守護代なれば。み ざ は三沢三刀屋を助 けて。経久をほろ亡ぼし給へ」と氏綱に直訴したり、それが聞き入れられなければ「おの己が身ひとつをぬす竊み て国にかへ還る」ことを決めたりするなど、主君に対する忠誠な態度が語られるix

宗右衛門の場合、忠誠心は主君だけに向けられているのではない。彼は見ず知らずの自分を看病し てくれる左門に対し、「あはれみ愛憐のあつ厚きに泪を流して」、「死すとも御心にむく報ひたてまつらん」と言った x、「身にあまりたるめ ぐ み御恩にこそ。吾はんせい半生のいのち命 をもて必むく報ひたてまつらん」と言ったりしているxi これらの宗右衛門の言葉は後の展開の伏線であるが、左門との関係に引き寄せると宗右衛門が左門に 対して深い恩義を感じていることを示すものである。左門に対する恩義は、その後の宗右衛門の行動 を決定する規範として作用しているように思われる。

三.「守られた約束」――「勇気と友情」の物語

ハーンの「守られた約束」は大筋で原話の展開を踏襲しており、原話との間にあらすじ上の大きな 違いはない。ただし、再話が原話よりも大幅に短い物語になっていることは注目に値するxii。ここでは、

ハーンがどのように原話を書き換えたのか、三つの場面を取り上げて検討する。

最初に取り上げるのは、左門と宗右衛門が約束を交わす場面である。まず、原話から引用する。

赤穴母子にむかひて。わが吾近江をのがれ遁 来りしも。雲州のや う す動静を見んためなれば。一たびく だ り下向てやかて 帰来り。しゆくすい菽 水のつぶね奴 にめ ぐ み御恩をかへしたてまつるべし。今のわかれを給へといふ。左門いふ。さあ らはこのかみ兄長いつの時にか帰り給ふへき。あ か な赤穴いふ。月日はゆき逝やすし。おそくとも此秋は過さじ。左 門云。秋はいつの日をさだめ定 て待べきや。ねがふはやく約し給へ。あ か な赤穴云。こゝぬか重陽のか せ つ佳節をもて帰来る日と すべし。左門いふ。このかみ兄長必此日をあやまり給ふな。一枝の菊花にうすきさけ薄 酒をそな備へて待たてまつらんと。

たかひ互 にまこと情 をつくしてあ か な赤穴は西に帰りけり。xiii

故郷の様子を確認したら帰ってくるという宗右衛門に対し、左門はいつ帰って来るのか、日にちを 定めてほしいと食い下がる。結局、確たる理由もないまま、宗右衛門は99日に帰ることを約束し て出発する。この約束について、宗右衛門が「左門の激情に引きずり込まれた結果」であるという指 摘があるxiv。確かにこの場面だけ見れば左門の性急さが際立ち、それに押し切られる形で宗右衛門が左 門の頼みに応じたというように読める。しかし、そうであるならば、なぜ宗右衛門は左門の頼みを断 ることができなかったのだろうか。滞在先の近江から身一つで逃れてくるほどの行動力の持主が、な

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ぜ求められるままに約束を交わしてしまったのだろうか。それは、彼が左門に対して恩義を感じてい たためではないかと思われる。二人の間には、旅先で病に倒れた宗右衛門を左門が看病し、回復した 後は義兄弟の契りを結んで宗右衛門を左門の家族の一員に加えたという経緯がある。宗右衛門は左門 の親切に十分報いていないという思いから、義弟である彼との約束に応じてしまったのではないだろ うか。

一方、再話では約束の場面は次のように描かれる。ハーンは原話にあった左門の生活環境、宗右衛 門との出会いの経緯などの情報を一切省略し、この場面から再話を始める。

“I shall return in the early autumn,” said Akana Soëmon several hundred years ago, —when bidding good-bye to his brother by adoption, young Hasébé Samon. The time was spring; and the place was the village of Kato in the province of Harima. Akana was an Izumo samurai; he wanted to visit his birthplace.

Hasebe said:

“Your Izumo—the Country of the Eight-Cloud Rising—is very distant. Perhaps it will therefore be difficult for you to promise to return here upon any particular day. But, if we were to know the exact day, we should feel happier. We could then prepare a feast of welcome and we could watch at the gateway for your coming.”xv

再話でも、約束は左門から切り出される。しかし、ここには原話のような切迫感はなく、むしろ加 古と出雲の間の距離を考慮して、遠慮がちに約束を切り出す左門の姿が描かれている。また、再話に は宗右衛門が武士であることは書かれているが、左門の職業や身分など社会とのかかわりを示す情報 や、宗右衛門と義理の兄弟になった経緯などへの言及はない。約束はただ二人と未来をつなぐものと して提示され、過去のとのつながりは断たれているといえる。

この違いを通して、信頼関係の捉え方をめぐる秋成とハーンの違いが見えてくる。秋成は当事者の 過去や、関係が深まっていく過程の中で信義を捉えようとする。ここでは、信義は相手に対する誠実 さばかりでなく、過去によっても左右されるのである。これに対し、ハーンは信頼関係と過去の事情 を切り離し、約束そのものに焦点を当てる。そして、約束を左門と宗右衛門が築いてきた関係の蓄積 の中で捉えるのでなく、それぞれの個人がどのようにして約束と関わるかという観点から作品を描こ うとしているように思われる。

次に、松江から帰ってきた宗右衛門が、旅の経緯を左門に説明する場面を取り上げる。まず原話で は、宗右衛門が部屋に通された後も口も利かず、酒や肴にも手を付けないなど不自然な様子であるこ とが強調される。それを左門が訝ると、宗右衛門はようやく重い口を開く。

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賢弟がまこと信 あるあるじぶり饗 応をなどいなむべきことわりやあらん。あざむ欺 くに詞なければ。じつ実をもてつぐ告るなり。

必しもあやしみ給ひそ。吾はうつせみ陽世の人にあらず。きたなきたま霊のかりにかたち形 を見えつるなり。左門大 に驚きて。このかみ兄長何ゆゑにこのあやしきをかたり出給ふや。更に夢ともおぼえ侍らず。xvi

ここにおいて、宗右衛門の話が自分は死者であるという告白から始まる点は重要である。にわかに は信じがたい内容であるが、宗右衛門は「まこと信 」、「じつ実」といった言葉を重ね、話が真実であり、誠意 ある告白であることを左門に伝えようとする。この告白によって宗右衛門の不自然な態度の謎は解か れるが、読者は即座に次の謎に直面する。宗右衛門がなぜ、どのようにして亡くなったのかという謎 である。したがって、原話において、この場面の主眼は宗右衛門が亡くなった経緯に向けられている といえる。

続いて宗右衛門の亡霊は、丹治によって監禁されたといういきさつを説明し、その間の苦悩を次の ように語る。

ちかひ約 にたがふものならば。賢弟吾を何ものとかせんと。ひたすら思ひしず沈めどものが遁るゝに方なし。

いにしへの人いふ。人一日に千里 をゆくことあたはず。たま魂よく一日に千里をもゆくと。此ことわ

りを思ひ出て。みづからやいば刃 にふし伏。こ よ ひ今夜陰風に のり乗てはる〳〵来り菊花のちかひ約 につく赴。この心をあはれ み給へといひをはりて泪わき出るが如し。xvii

宗右衛門の義理堅い性格を考えた時、「あはれみ給へ」という言葉はあまりに重い。宗右衛門にと って、約束を守ることは左門への信頼を証明するだけではない。病床の彼を看病し、義兄弟として家 族に迎えてくれた左門に対して、せめてもの感謝を示したいという思いからも、宗右衛門は約束にこ だわったのではないだろうか。約束が守られなければ、宗右衛門は左門への恩を仇で返すことになり、

左門から恩知らずと蔑まれるかもしれない。そのことが、宗右衛門の苦悩の内実だったのであり、彼 を自害に追い込んだ一因だったのではないだろうか。ゆえに、常になく切迫した様子で宗右衛門が発 した「この心をあはれみ給へ」とは、約束を守ることができなかったことへの無念、左門に対する罪 悪感、そしてこの状況に対するやりきれない思いなどが混ざりあった深刻な言葉なのである。また左 門にとっても、この言葉は特別な意味を持ったものと思われる。左門が丹治に対して怒りを覚えるこ とは宗右衛門の話によって十分納得できるが、「泪わき出るが如し」という宗右衛門の様相は彼の怒 りをいっそうかきたて、復讐を決意させるのに決定的な役割を果たしたと思われる。

これに対して、ハーンの再話では、宗右衛門の正体をめぐって原話との間に違いが見られる。再話

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においても、宗右衛門は口をきかず、食事にも手をつけないが、宗右衛門の様子を左門が不思議に思 ったり、ことさら不自然さが示唆されたりするような表現が見られないことは再話の特徴である。加 えて、宗右衛門の生死が直接には明かされないことも原話と再話で異なる。再話では、宗右衛門は“Now I must tell you how it happened that I came thus late.”と言って旅の経緯を語りだすが、直接には自分の生死 に言及しないxviii

宗右衛門の話が緊張感を帯びてくるのは、後半になってからである。彼は松江で監禁されたことを 話し、今日まで囚われの身だったと言う。

[“]After I left his [Tsunéhisa’s] presence he ordered my cousin to detain me—to keep me confined within the house. I protested that I had promised to return to Harima upon the ninth day of the ninth month;

but I was refused permission to go. I then hoped to escape from the castle at night; but I was constantly watched; and until today I could find no way to fulfil my promise....”

“Until to-day!” exclaimed Hasébé in bewilderment; —“the castle is more than a hundred ri from here!”xix

加古と出雲が遠く離れていることや、厳しい旅路であることは原話でも触れられているが、再話は 原話以上にこの情報を強調し、繰り返し言及してきたxx。それが、ここでにわかに不気味な意味を帯び てくる。加古と出雲は百里以上も離れており、片道だけでも数日かかる道程である。しかし、宗右衛 門は今朝まで松江の赤穴丹治の家にいたという。「今日まで![中略]城はここから百里以上も離れ ているというのに!」という左門の言葉は宗右衛門の話の矛盾点を浮き彫りにし、改めて宗右衛門の 存在を不気味な者として提示する効果がある。だが狼狽する左門とは対照的に、宗右衛門は落ち着い た調子で話し続ける。

“Yes,” returned Akana; “and no living man can travel on foot a hundred ri in one day. But I felt that, if I did not keep my promise, you could not think well of me; I remembered the ancient proverb, ‘Tama yoku ichi nichi ni sen ri wo yuku’ (‘The soul of a man can journey a thousand ri in a day’). Fortunately I had been allowed to keep my sword;—thus only was I able to come to you.... Be good to our mother.”

With these words he stood up, and in the same instant disappeared.

Then Hasébé knew that Akana had killed himself in order to fulfill the promise.xxi

再話では、明確な形で宗右衛門の生死が明かされることはない。宗右衛門は左門に向って「魂よ く一日に千里をゆく」という古い諺を思い出したことや、最後まで帯刀を許されていたと話すことで、

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自害したことを示唆するにとどまる。そして、左門は宗右衛門の姿が見えなくなってから、赤穴が約 束を守るために自害したことを悟るのである。

宗右衛門の話は淡々と進行し、原話のような重苦しさがないこともまた再話の特徴である。原話に あった宗右衛門の絶望感や、自害に関する具体的な表現が再話にはないことが、このような印象の違 いを生んだのであろう。中でも、宗右衛門の最期の言葉の違いは大きい。すでに見たように、原話で は宗右衛門は涙ながらに「この心をあはれ見給へ」と言い、無念の思いを吐露した。だが再話では、

宗右衛門は最後まで冷静な様子を貫き、最後の言葉も“Be good to our mother.”という儀礼的なものであ った。

続いて、左門による丹治への復讐の場面を取り上げる。秋成の原話では、翌日、左門は母に向って 次のように丁寧な挨拶をして、松江に向けて出発する。

明る日左門母を拝していふ。吾をさ幼なきより身をかんぼく翰墨によす托るといへども。国に忠義の聞えなく。家 に孝信をつくすことあたはず。いたづら徒 に天地のあひだにうま生るゝのみ。このかみ兄長あ か な赤穴は一生を信義の為におは る。小弟けふより出雲に下り。せめてはほね骨ををさ蔵めてしん信をまつた全 うせん。きみおほんみ尊体をたもち保 給ふて。しばら くのいとま暇 を給ふべし。xxii

左門の言葉からは、彼が宗右衛門の帰還を「信義」の行為と捉えていることがわかる。そして、約 束を果たすために命を断った宗右衛門の「信義」に応えるべく、左門は「せめては骨を蔵めて信を全 うせん」と決断するに至る。そして寝食も忘れるほどの勢いで道中を急ぎ、十日かけて松江に着くと、

まず丹治を訪ねた。そして、中国の故事を引くなどして「士たる者」の「信義」を説くと、次のよう に述べて丹治を非難する。

伯氏宗右衛門え ん や塩冶がよ し み旧交を思ひて尼子に仕へざるは義士なり。士はきうしゆ旧主の塩冶を捨て。尼子にくだ降り しは士たる義なし。伯氏は菊花の ちかひ約 をおも重んじ。命を捨てて百里を来しはまこと信 あるかぎり極 なり。士は今 尼子にこび媚てこつにく骨肉の人をくるしめ。此わ う し横死をなさしむるは友とするまこと信 なし。経久しひ強てとゞめ給ふと も。ひさ旧しきまじ交はりを思はゞ。ひそか私 にしやうをうしゆくざ商鞅叔座がまこと信 をつくすべきに。只え い り栄利にのみはし走りて士家の ふう なきは。すなはち即 尼子のか ふ う家風なるべし。さるからこのかみ兄長何故此国に足をとゞむべき。吾今信義をおも重んじ

態々わ ざ わ ざこゝに来る。汝は又不義のためにを め い汚名をのこせとて。いひもをはらずぬきうち抜打にきり斬つくれば。

かたな刀 にてそこにたを倒る。xxiii

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左門は「まこと信 あるかぎり極 」、「友とするまこと信 」など「まこと信 」という言葉を繰り返し使いながら、丹治にはこ れらの「まこと信 」がないと責めたてる。ここで注目したいのは、左門が「信義」の有無を正義と悪という 二項対立の論理で捉えていることである。彼にとっては、丹治の「不義」を非難してこれを咎めるこ とは、宗右衛門への「信を全う」することにつながる。さらにいえば、これは「この心あはれみ給へ」

という宗右衛門の最期の言葉に対する左門なりの応答でもあった。ゆえに、左門の考え方に沿えば丹 治の「不義」は十分に復讐の動機となりえる。このことはまた、左門のひとりよがりな論理ではなく、

経久の理解を得られるものであった。

尼子経久此よしを伝へ聞て。兄弟し ん ぎ信義のあつ篤きをあはれみ。左門が跡をしひ強ておは逐せざるとなり。xxiv

ここにおいて、丹治を襲撃した左門の行動は「兄弟信義の篤き」こととして正当化される。経久に してみれば、家臣が襲われたのだから左門を捕えて厳しく処罰せねばならない。だがあえて、経久は 左門を見逃すことにした。それは、彼自身も武士として「信義」の重みを理解していたからであろう。

以上の場面は、ハーンの再話では次のように描かれる。

At the earliest dawn Hasébé set out for the Castle Tonda, in the province of Izumo. [...] Then Hasébé went to the house of Akana Tanji, and reproached Akana Tanji for the treachery done, and slew him in the midst of his family, and escaped without hurt. And when the Lord Tsunéhisa had heard the story, he gave commands that Hasébé should not be pursued. For, although an unscrupulous and cruel man himself, the Lord

Tsunéhisa could respect the love of truth in others, and could admire the friendship and the courage of Hasébé Samon. xxv

原話に比べて、再話はずいぶんと短く、内容も簡潔である。特に復讐の場面は、左門が丹治を責め て家族の目の前で斬りつけたという出来事は原話も再話も同じだが、みずからの論理を中国の故事に よって正当化し、一方的に丹治を責めたてる左門の言葉や、彼の激烈な怒りを示すような原話の描写 は、再話には見られない。また、左門が丹治の罪とした「不義」も再話では「裏切り」(“treachery”)

という言葉に置き換えられており、道義や倫理よりも行為そのものに注意が向けられている。さらに、

経久が左門を見逃した理由も原話と再話では微妙に異なる。原話では、経久が左門と宗右衛門の「信 義」が経久の胸を打ったとされるのに対し、再話では「左門の友情と勇気」として経久の心は左門に のみ向けられている。経久は他者をいつくしむ心を解する人であったゆえに、左門の「友情」にかけ る思いとそのための「勇気」に心打たれたとされている。

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四.約束のために命をかけるということ

「守られた約束」は大筋で原話の展開を受け継ぎながら、大胆な省略によって原話とは趣向を異に する。まず原話では、秋成はそれぞれの人物の経験や人間関係を通して「信義」を描きだそうとした。

その際、左門や宗右衛門の過去を掘り下げ、人間性を細かく設定したことで、原話では特殊かつ一回 的な経験として一連の出来事が提示される。

原話において、左門と宗右衛門は博士と武士として職業や身分は違うものの、どちらも社会的な立 場によって自己を捉え、その規範を意識して生きてきた点は共通する。しかしこの規範意識こそが、

宗右衛門を死へと追い詰めることになる。彼の死は、いわば左門に対する恩義に押しつぶされた結果 ということができよう。また左門にとっても、規範意識は「信義」と結びついている。彼は丹治に復 讐する際、相手の事情を考慮せず、一方的に糾弾して斬りつけるが、この時彼が引いたのが『史記』

にある公叔座の故事であるxxvi。実生活とかけ離れ、故事の論理のみに拠って立つ左門であるが、彼の

「信義」はそれによって正当化されているのである。

これに対して、ハーンの再話では登場人物の過去や約束の背景に踏み込まないことで、特殊で一回 的な物語から約束をめぐる説話へと作品の性格が変更された。それに合わせて、「信義」という原話 の主題も再話では書き換えられている。原話では、「信義」を支える要素として、宗右衛門の左門に 対する恩義に加え、死者となった宗右衛門の絶望や無念を前景化した。一方、再話では宗右衛門の内 面には触れず、主題も「信義」から「勇気と友情」へと変更された。ではなぜ、このような変更が行 われたのだろうか。

それは、宗右衛門が抱く恩義が欧米の人びとの目には独特の感覚として映ることがあったためかも しれない。ルース・ベネディクトは、『菊と刀』の中で「恩」とは、「人ができるだけの力を出して 背負う負担、責務、負荷である」と定義し、アメリカで「義務の拘束を受けることなく自由に与えら れるもの」とされる「愛」と比較するxxvii。彼女はまた、「「義理」にどうしても従わなければならな いのは、世間の取沙汰が恐ろしいからである」とも述べているxxviii。これに従えば、義理や恩義を義務 と捉える原話の宗右衛門の感覚は、確かに欧米の読者の共感は得づらいのかもしれない。このような 理由から、ハーンは義理や人情に支えられる「信義」ではなく、「友情と勇気」の物語として「守ら れた約束」を書いたのではないだろうか。

左門と宗右衛門が知り合った経緯を省いたのは、左門の親切がかえって宗右衛門の負担になるとハ ーンには思えたのかもしれない。宗右衛門の意思だったとはいえ、彼が自害を決めた根底には左門へ の恩に報わなければならないという義務感があったのではないだろうか。ハーンが原話に読み取った のは、「信義」の美談ではなく、死後も解決されない宗右衛門の無念だったのかもしれない。そして それ以上に彼の注意を引いたのが、命がけで約束を守るという出来事だったように思われる。彼が「守

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られた約束」に書いたのは、約束の程度に関わらず、そのために死を選ぶ人々がいるということであ り、それに対する驚きだったのではないだろうか。

i ハーンの妻であった小泉セツ(節子)は、後年、「幽霊滝の伝説」や「耳なし芳一」をハーンに語り きかせた時のことを次のように述懐している。「私が昔話をヘルンに致します時には、いつも始めに その話の筋を大体申します。面白いとなると、その筋を書いて置きます。それから委しく話せと申し ます。それから幾度となく話させます。私が本を見ながら話しますと「本を見る、いけません。ただ あなたの話、あなたの言葉、あなたの考でなければ、いけません」と申します故、自分の物にしてし まっていなければなりませんから、夢にまで見るようになって参りました。」(小泉節子・小泉一雄

『小泉八雲 思い出の記 父「八雲」を憶う』、恒文社、1976年、22頁。)

ii 井上泰至『上田秋成の怪異の正体 雨月物語の世界』(角川学芸出版、2009年)、7頁。

iii 高田衛「作品解説」(中村幸彦・高田衛・中村博保校注・訳『英草子 西山物語 雨月物語 春雨 物語』、日本古典文学全集48、小学館、1973年、49頁)

iv 田代三千稔「ラフカディオ・ハーンの怪奇物語(Ⅱ)——“Of a Promise Kept”について——(『鶴見 女子大学紀要』第7号、196912)17頁。

v 宮嶋夏樹「小泉八雲と上田秋成——雨月の二作品をめぐって」(『明治大学和泉校舎研究室紀要』第 18号、1961年)、28頁。

vi これは『雨月物語』研究においても共有される問題意識である。例えば、中田妙葉は次のように述 べて、趣向の新しさに注目するあまり作品の全体に意識が行き届かない研究態度に警鐘を鳴らす。「部 分的な趣向の新規にのみ意が向けられることは、主題との緊密な調和への考慮がおろそかになり、主 題の一貫性が保たれなくなる「趣向倒れ」という破綻をもたらす。それでも読本作家の評価は、ほと んどが趣向の運用の巧拙如何によって定められ、作家の技量を定める基準となっていたのである。し かしこのことは、読本作家の技量と認識は、先行作品に学ぶ場合でも、趣向または措辞といった第二 義的なものの継承に止まり、第一義的な主題理法を継承するという、高度の摂取には及ばなかったこ とを示すに他ならない。」(中田妙葉「「菊花の約」における「信義」について――中国白話小説「范 巨卿鷄黍死生交」との関係による一考察――」、『高崎経済大学論集』第48巻第4号、2006年、128 頁。)

vii 上田秋成全集編集委員会編『上田秋成全集』第7巻(中央公論社、1990年)、236頁。ルビは原文 による。以下、「菊花の約」は同書から引用する。書名は『秋成全集』と略記し、巻数とページ数を 記す。

viii 同書、237頁。

ix 『秋成全集』第7巻、238頁。

x 同書、237頁。

xi 同書、238頁。

xii ハーンの再話は、原話に対して7割程度の分量であるという試算がある(森亮『小泉八雲の文学』、

恒文社、1980年、38頁)。

xiii 『秋成全集』第7巻、239頁。

xiv 木越治『秋成論』(ぺりかん社、1995年)、334頁。

xv Lafcadio Hearn, The Writings of Lafcadio Hearn, vol. 10 (Kyoto: Rinsen Books, 1973), 193. 以下、ハーンの

(12)

31

文章の引用は同作品集による。書名はWLHと略記し、巻数とページ数を記す。

xvi 『秋成全集』第7巻、241頁。

xvii 同書、242頁。

xviii WLH, vol. 10, 196.

xix Ibid., 196.

xx 先に引いた約束の場面のほか、約束の当日、宗右衛門を待ちつづける左門に母が言う“The province of Izumo, my son, is more than one hundred ri from this place; and the journey thence over the mountains is difficult

and weary[.]” (Ibid., 194)という言葉においても、加古と出雲が遠く離れていることは言及されている。

xxi Ibid., 197-198.

xxii 『秋成全集』第7巻、244頁。

xxiii 同書、245頁。

xxiv 同書、245頁。

xxv WLH, vol.10, 198.

xxvi中村幸彦ほか校注・訳『英草紙 西山物語 雨月物語 春雨物語』、357頁、頭注。

xxvii ルース・ベネディクト、長谷川松治訳『菊と刀』(社会思想社、1967年)、115頁。

xxviii 同書、164頁。

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