ある自閉性知 的障害児 に対 する音楽療法的アプローチ

全文

(1)

一情緒の安定 とコ ミュニケニ ションの育成を目指 して一 西村 優 紀 美

Yukirrli Nishilnura:Applying Music Therapy to an Autistic Child with L〔 ental Retardation 一on Purpose to Maintain his Emotional Stability as well as to Promote

Mutual Understanding with Other People一

< 索 引用語 : 自 開性知的障害児, 音 楽療法,   リズム遊 び>

<Keywords:autistic child with mental retardation,music therapy, rhythllnic play>

I. は しめ に

知 的障害児,特 に 自閉傾 向 を併 せ持 つ 自閉性知 的障害 児 に対 す る治療 的 アプ ローチ は,症 児 と治 療 者 間 の コ ミュニ ケー シ ョンが成立 しに くい とい う点で,非 常 に困難 さをともな うといわれている1)。

自閉性 知 的 障害 児 は,視 覚 と触覚 を フル に発揮 し て,物 へ関 わ り,一 人 で感覚遊 びに没頭 す る こと が で きる。 しか し,他 者 と向 き合 うことや,他 者 と物 を介在 させて遊ぶ ことがで きない場合が多 い。

こ こが, こ れ まで の知 的障害 児へ の アプ ローチ と は大 き く異 な る点 で あ る。

一 般 に, さ まざまな概念 は,人 と人 との関係 (対人 関係 )が 成 立 し,そ の 中 に対 象 とな る物 が あ って (対物 関係),そ の二 者 の関係 性 の中で獲 得 されて い くもので あ る 2)。 しか し,自 閉性知 的 障害 児 は,対 人 関係 を取 り結 ぶ ことな く独 自の対 物 関係 をつ くり,そ の開 ざ され た中 で,彼 ら特 有 の概念 を身 につ けて しま う。結果 的 に,他 者 と共 有 で きる概 念 が形成 され な い まま にな り,彼 らの 自閉的 な意 味世 界 はます ます強化 され るので あ る。

こ こで は, 自 閉性知 的障害 児 に対 して音楽療法

的 アプ ローチを行 い,   自閉性 の緩和 と他者 との情 緒的交流 を促進す る二者関係 の成立 を図 りたい。

Ⅱ. 症   例

対象児〉M,男 児, 9歳 ,養 護学校小学部 3年生

障害名〉 自閉性知的障害児

家 族 〉父,母 ,弟 (2歳 下, 6歳 下),祖 母, 本児の 6人 家族。

家族歴 に特記すべ き遺伝負因 はない。

生育歴〉胎生時には特 に問題 はない。 出産時 は 膀帯纏絡があ ったが正常分娩で,産 声や乳 の吸 い つ きは強か った。 1歳 ころ片言があ ったが,そ の 後消失す る。言葉の発達が遅れているので, 2歳 半 の時にK大 学病院耳鼻科 を受診す る。 その後,

「多動,言 葉がない,視 線が合 わない」 とい う理 由で, 2歳 10ヵ月か ら障害幼児の通所 セ ンターに 通 い, 3歳 3ヵ 月か ら I病 院言語訓練教室 に通所 す る。 3歳 時 にひきつ けを起 こし脳波検査を行 っ たが,異 常 な し。以後,現 在 まで熱性痙攣が時々 あ り,バ ルプ ロ酸 ナ トリウム (400mg/日)を 服 薬 している。 7歳 時 に,行 動統制 のつ よい療法で

著者所属 :富 山大学保健管理 セ ンター,The Department of Health Services,Toyama University

(2)

88

有 名 な C 苑 に 1 年 間 通 う。

現 在 の状 況〉 Mは ,発 語 の な い 自閉性知 的障害 児 で あ る。 徹底 的 な行動療 法 の指導者 の もとで認 知 指導 を受 けて きた。 その方法 は,知 的 な学習場 面 だ けで な く日常 生活 に も及 び,家 庭 で も同様 の 方 法 で指 導 す る ことが義 務 づ け られ て いた。 筆者 が Mと 出会 ったの は, 3年 生 の 4月 。 無表情 で視 線 を合 わ せ な い。 唾 を指 で こね る遊 びを なん とな く続 けて い るとい う所在 ない様子 が印象的 で あ っ た。色 や形 の弁別 は難 な くで きる。 しか し,唾 を こね なが ら投 げや りな感 じで あ っとい う間 に して しま う。 Mと 筆者 が同 じ空 間 にい るはず なの に, 一 緒 にいるとい う感 じが持てない,ま るで二人 の あ いだ に見 え な い壁 が あ って,Mが 筆者 の存在 を 認 めて い な い よ うな雰 囲気 が あ った。 筆者 か らM へ の志 向性 ばか りが一方 的 に強 く現 れて いた。筆 者 は対人関係 が取 りに くい自閉性知的障害児であ っ て も,ま ず人 と して向 き合 う意識 が あ って,そ の 二者 関係 のなかで課題 が共 有 され,学 習 は成立 す る もので あ る3)とぃ ぅ立場か ら,指 導 の計画 を立 て た。

Ⅲ.方   法

次 の よ うな課 題 を設 定 した。

・情緒 の安定 を図 る。音楽 と多様 な活動 を組 み 合 わせ て,心 身 の緊張 を緩和 し, リ ラ ックス

した状態 をつ くる4)。

・コ ミュニケー シ ョンに有効 な音楽 の要素 を生 か し1),人 へ の関心 を促 す。

・音楽療法 で培 われた三者関係 を基盤 に,認 知 の発達 を促 す。

セ ッシ ョンは,X年 4月 か らX+1年 3月 まで, 週 1回 50分,計 34回行 う。 各 セ ッシ ョン毎 の内容 は,次 の通 りで あ る。毎 回, 1か ら 5ま での内容 を同 じ順序 で,繰 り返 し行 な う。

1.ボ デ ィーボール…身体 の リラクゼー シ ョン, 固有感覚 の刺激,情 緒 の安定

2.歌 遊 び…呼名 一応答,握 手 (歌遊 びを使 う)

① 「○○ ち ゃん→ はあ い」 ¨。お互 いの両手 を

あわせ, リズムを とりなが ら呼名,応 答

② 「せんせいとお友達」 ¨・歌 のなかに名前 を 入れて歌 う,握 手をす る

3.手 遊 び…身体 に触れ るもの,身 体模倣を伴 う歌遊 び

③ 「いっぼんば しこち ょこち ょ」¨。身体 を く す ぐる歌遊 び

④ 「とん とん とんあたまだよ」¨・頭や顔 など に触れ る

4。 や りとり遊 び…押す 一引 く,投 げる一受 け 取 るなどの活動の伴 うもの

⑤ 「ぎっこん ば ったん」 ・向かい合 って座 り,両 手 をつないで前後 に倒れ ることを繰 り返す

⑥背中相撲…背中合わせで座 り,押 した り押 された りす る

⑦ キ ャッチボール… ボールを転が して,相 手 に渡す,ボ ールを投 げて相手 に渡す 相手か らのボールを両手で受 け取 る 5 .認 知活動…色や形,大 きさなどの弁別 と分

類,順 序づ けなどの認知活動

Ⅳ 。 結   果

ここで は,セ ッシ ョンのなか の 1, 3, 4に いての結 果 を述 べ る。

1.ボ デ ィーボ ールを媒介 に した関わ リ

ここで は,二 者関係 の成立 を促 す素材 と して, ボデ ィァボールを使 用 し活動 を開始 した。

第 1ス テー ジ :身 体感覚が,い地 よい

ボ デ ィーボ ールで リラ ックス〕

ここでの 目標 は,身 体的 ・精神的緊張 を緩和 し, Mが 筆者 と一緒 にい る ことがJら地 よ い と感 じられ る関係 をつ くる ことであ る。一緒 に何 か をす る と い うよ りも,傍 にいて もいい と感 じられ る感覚 を 育 て る ことに重点 を置 いた。

直 径 70Cmの 柔 らか い素 材 の ボデ ィー ボール は,Mの お気 に入 りだ った。部屋 に入 るとす ぐに そ の上 にだ らん と寄 り掛 か って,少 し弾 みをつ け な が ら身 体 を揺 ら して い る。 この際 ,大 江 光 の

(3)

「大江光  お 、たたび」 を BGMと して流 した。

Mの 表情 に硬 さはない ものの,視 線が宙 を漂 い, 相 変 わ らず指 で唾 を こねて,所 在 のな い様子 は相 変 わ らず で あ る。 ボデ ィーボールでMが 遊 ん だ よ うに,筆 者 もMの 動 きを真似 てみ た。 身体 とボー ルの接点 が適度 な圧迫感 で心地 よい。身体 に反動 をつ けると,少 しの力 で大 き く弾 んで くれ る。 ま た,ボ ールの上 に寝 ころん で,少 し転 が して上体 を前後 に揺 らす と固有感覚 や平衡感覚 が刺激 され, 視覚 的 な刺激 とと もに,不 思議 な身体感覚 を味 わ うことが で きた。 Mは , しだ いに緊張 した硬 い表 情 が緩 み,視 線 が柔 らか くな って い った。 脱力 し て ボール に身体 を委 ね, ク ー ン, ク ー ンとい う穏 やか な声 が漏 れて くる。 この よ うなMの 表情 の変 化 か ら,Mが この不思議 な身体感覚 を好 んで い る ことを読 み取 る ことがで きた。 この時点 で は,筆 者 が Mに 向 か い合 う姿勢 を とると,Mは さ っと身 体 の向 きを変 え て避 け るよ うな行動 を とるので, 彼 の背 中や足 を持 って揺 ら しなが ら声 をか け るよ

うに した。心 身 の緊張 は緩 んで きた ものの,人 へ の関心 はまだの よ うで あ る。 Mは 筆者 と視線 を合 わせ ず,無 表情 の まま全 身 で 「自閉性」 を表現 し て いた。

第 2ス テー ジ :ボ デ ィーボ … ルで

コ ミュニケー シ ョン〕

こ こで は,ボ デ ィー ボールを媒介 に した三者 関 係 をつ くる こ とが 目的で あ る。

Mは ボデ ィーボール に身体 を預 け弾 ませ た り揺 れ た り して い る と き,「 n― 」 とい う音 声 が 日か ら漏 らす よ うにな った。 あたか も乳児 が要求 が満 た されて心地 よい ときに漏 らす よ うな,喉 に緊張 のない開放 され た発声 であ る。筆者 はMの 「n― 」 とい う発声 を真似 てMの 視線 が届 く位置 に身 を置 いた。弾んでいるときは,「 n― On― On‑0… と動 きに合 わせて音 を区切 り,揺 れて いるときは,

「n― ・… ・n‑0… 」 と揺 れ に合 わ せ て 発 声 の 仕 方 を変 え,Mの 身 体 の動 き と耳 か ら入 る音声 は 同調 す るよ うに した。

Mは ,ボ ールの上 に腹這 いにな って身体 を延 ば し,揺 れ る動 きを好 む よ うにな った。 その揺 れ に

合 わせて筆者 が 「n― ・・ │○ ○ ち ゃん ln― ・・

IMち ゃん」 と歌 うと,Mは 「n‑0… ・n― ・…」

と声 を出 し,筆 者 の顔 を見て微笑 むよ うにな った。

ボデ ィーボールを媒介 に して, こ のや り取 りを 繰 り返 す うち に,た しか にMか ら筆者 へ 向か って

くる̀意 'を

感 じる こ とが で きた。 単 に,物 体 と して二 人 の身体 が その場 に存在 す るので はな く, 目の前 の人 を意 識 した身体 の動 きと発声 が,お 互 いの動 きの なか に生 まれ て きたので あ る。 明 らか に,Mが ボデ ィーボールで 自己刺激 的 な遊 びに没 頭 して い る閉 じた世界 で はな くな って いた。

第 3ス テ‐ ジ :情 緒 の安定 とかかわ り合 う身体〕

この段階 で は,媒 介物 で あ るボデ ィーボールを 越 えて,Mと 筆者 の二者 関係 を楽 しむ よ うにな る

ことが 目的で あ る。

23回 目の セ ッシ ョンで,Mは 初 めか ら不機嫌 な 顔 の ま ま部 屋 に入 って きた。 ボデ ィー ボールに身 体 を預 けて はみ た もの の,気 持 ち は納 ま らない。

ボデ ィーボールか ら離 れて,床 に寝 ころび声 を上 げて泣 いて い る。 「n― !」 とカー 杯 の緊張 した 発 声 と と もに,拳 を握 り しめ地 団駄 を踏 んで怒 っ ている。筆者 は,穏 やかなBGMを か けて,ボ ディー ボール を揺 ら しなが ら 「Mち ゃん…」 とMに 呼 び か けた。 Mは 視線 を筆者 に向 けなが らも,気 持 ち が納 ま らず床 を転 が って泣 いて い る。筆者 は,静 か に ボデ ィーボールを転 が しなが ら,Mが くるの を待 った。 しば ら くして,Mの 泣 き声 が弱 ま り怒 りの動 き も止 ま った。 そ して,ゆ っ くり起 き上 が り,ボ デ ィーボール に向か って歩 きだ したので あ る。 不愉快 そ うな顔 を しなが らも,ボ デ ィーボー ル に身 を預 けゆ っ くり揺 れ なが ら,そ の揺 れ の向 こ う側 にい る筆者 の身体 に身体 の重 み を預 けて き た。 そ して,つ いにMは 筆者 の膝 に乗 って,胸 に 顔 を埋 め なが ら,両 手 で ぎ ゅっと筆者 の背 中 を抱 き, く ん くん とい う柔 らか い甘 え た声 を出 しは じ め た。 Mは ,気 持 ちの落 ち着 きを取 り戻 し,筆 者 の手 を 自分 の顔 に持 って い った り, 目 を合 わせ て 微 笑 み,顔 を擦 り寄 せ て きたので あ る。

その後 もセ ッシ ョンの初 めに はゆ るやか な曲, テ ンポの ゆ っ くり した曲 をか け,ボ デ ィーボール

(4)

90

で揺 れ なが らお互 いの身体 に触 れ る感 触 を楽 しむ ことか ら活動 が開始 され た。 曲が終 わ る と,Mの 動 き も止 ま る。 「あれ っ ?」 とい う表情 で,「 もう

この 曲 は終 わ った の ?ま た な ら して よ。」 とい う よ うに筆者 を じっと見つ め る。再 び曲が始 まると, 安 心 した よ うに筆者 か ら目を離 し,ボ デ ィー ボー ル を揺 ら しは じめ る。 Mの 表情 は,ゆ った りと し て 緊 張 の な い穏 や か な微 笑 み を た た え て い た。

「一 緒 に, こ こに い る」 とい う相手 の存在 を認 め 合 う安 心 感 に満 ち溢 れ た空 間 が そ こに はあ った。

こ こで は,ボ ール 自体 の素材 の効果 に,音 楽 の情 動 を揺 さぶ り,安 定 させ る効 果 2)が融 合 し,症 児 の心 身 の緊張 を ほ ぐす 目的が達成 され た。

2.手 遊 び,や りと り遊 びを通 した関わ り

③ と④ の活動 は,短 いサ イ クルで繰 り返 しの あ る歌遊 びの中で身体接触 を 目的 とす る活動 であ る。

Mは 初 めか らくす ぐられ る ことを楽 しむ ことがで きた。歌遊 びを取 り入 れ る ことによ って, くす ぐ られ る ことを期待 して歌 を聞 く間 を待 つ ことが で き,そ の間 に筆者 へ視線 を向 け るよ うにな った。

④ の歌 遊 び は身体 の部 分 を指 した り,触 った りす る模 倣遊 びで あ る。 セ ッシ ョンの 7回 目か ら,頬 や 口を指 す動作 の模倣 がで きるよ うにな った。 ま た,筆 者 と役割 を交代 して,Mが 筆者 の手 を くす ぐった り,顔 や頭 に触 れ ること もで きるよ うにな っ た。

⑤ 〜⑦ は,人 へ の注 目を さ らに高 め るた めの活 動 で あ る。 17回目の セ ッシ ョン中,⑤ の活動 で次 の よ うな関 わ りが あ った。 くす ぐり遊 びで,笑 い なが らごろん と横 たわ ったMの 手 を取 り,向 か い 合 って座 り,「 ぎ っ こん  ば ったん」 を始 ま った。

これ は,交 互 に起 きた り,寝 ころんだ りす る遊 び だが,体 重 を うま く相手 に預 けた り,相 手 を引 っ 張 った り しな けれ ば な らず,二 人 の呼 吸 が うま く 合 わ な い と続 か な い活 動 で あ る。 Mは この遊 びの こつ が分 か る と,筆 者 の顔 と視線 をあわせ何度 も この動作 を続 け る ことが で きた。

34回 目の セ ッシ ョンで キ ャ ッチ ボールが成立 し た。 Mが ,筆 者 とボールを見て,両 手 を広 げて受 け取 る姿勢 を と り,受 け取 ったあ と,今 度 は筆者

が受 け取 る姿勢 を と った ことを確認 して,ボ ール を高 く掲 げ勢 いをつ けて筆者 に向か って投 げ る。

単 に ボールをや りと り して い るだ けで は な く,そ こにはお互 いの意 図 と身体 の志 向性 を感 じなが ら, 気持 ちのや りとりが成立 してい るとい う実感があ っ た。

V.考   察

自閉症 (自閉性 知 的 障害 も含 む)は ,乳 幼 児 の ころか ら抱 き上 げよ うと して も抱 きつかない とか, 視 線 を合 わ そ うと しな い とい うよ うな対 人 的反応 の欠如 ,つ ま り,極 端 な 自閉的孤立 が,人 生 のか な りの早期 に始 まるとい う特徴があ る9)。そ して, その特徴 は生涯 を通 じて彼 らの病態 の中心 を示 し て お り,知 的 な障害 を持 たな い高機能 自閉症 にお いて も,他 者 の感情 を読 み と り,自 分 の状況 を客 体化 す る ことがで きない とい う 「相互主観 的交流」

の欠如 が,一 義 的 な診 断基準 にな って い る10)。

実 際 に我 々が 「自閉性」 を突 きつ け られ るの は, 自閉症 に直接 対 峙 した と きで あ る11)。向か い合 っ た とき,体 験 的 に二人 の人間が あ る距離 に近 づ い た とき起 こりうる視線 のや り取 りや, こ れか ら取 り結 ばれ るか も しれ ない関係性 へ の気配 を感 じる ことが難 しいので あ る。 もう一人 の人 間 に対 す る 気 持 ちの志 向性 が,二 人 の あ いだ を行 き来 す る と い う実感 が持 ちに くいので あ る。 しか しなが ら, 向 き合 った二 人 の身体 が,単 に物理 的 に存在 す る ので はな く,何 らか の表 出 とあ る意 図 を持 った志 向性 を持 った主 体 と して認 識 す る ことは,す べ て の活動 の原点 にあ るべ き もの と考 え る。

症 児 は感覚 一運動 レベルで快 を もた ら して くれ るボデ ィーボールを好 ん だ。心地 よい BGMと 地 よい身体感覚 が重 な り,心 身 と もに開放 され た 状 態 にな った といえ るだ ろ う。 筆者 は,そ の中 に 溶 け込 む よ うに存在 す る ことか ら始 め た。 彼 の揺 れ に同調 し,彼 の発声 に同調 しなが ら,傍 にいて, 筆 者 の存在 もまた,症 児 に と って心 地 よ い もの に な って い った の で あ る。 「一緒 に い る」 とい うこ とは,単 に二 人 の人 間が物理 的 にそ こにいれば よ

(5)

い とい うことで はな く,お 互 いに気持 ちを向 け合 い,そ れ を受 け止 め合 い,肯 定 的 な情動 を共有 し て その ことを喜 び合 うとい う意味が あ るとい う5)。

M が 筆者 に正面 か ら向 き合 い,視 線 を合 わせ,身 体 の重 み を預 けなが らギ ュ ッと抱 きつ いて くる行 動 に は, 確 か に筆者 の存在 を求 めて くるM か らの 志 向性 を感 じる ことが で きた。 M は 筆者 を, 「 自 分 を受 け とめて くれ る相 手 」 と して認 め, 筆 者 か らの志 向性 の中 に身 を委 ね る ことが で きたので あ る。相手 か らの志 向性 を受 け とめ るとい うことは, 自 らの存 在 を相 手 に向か って開 くとい うことで あ る 6 ) 。ボデ ィーボールを通 した関 わ りの なか で, M と 筆者 の双方 が能動 的 にかか わ り合 う関係 づ く

りが で きた といえ るだ ろ う。

歌 遊 び 。や り と り遊 び は, 浜 田7 ) の 次 の よ う な理論 を参考 に した。 浜 田 は,人 と人 が 出会 った と き,そ こに は物 と物 との間 には生 じな い ことが 起 きる。相手 と同 じ形 を とる ( 同型 ) と い う活動 と,相 手 の働 きか けを受 け止 め 自分 の働 きか けを 返 す ( 相補) と い う活動 の二 つが あ る とい う。 同 型 的活動 は, 動 きを模倣 す る身体的 な もので あ り, その結果,身 体 内部 で起 こる情動 まで もが同 じよ うに伝染 す る。 同型 は他者 との感情 や思 いの重 な りにつ なが る身体 の働 きで あ り,   この同型活動 こ そ他者理解 の基盤 で あ る とい う。

一 方,相 補的 な働 きとい うのは,周 囲の他者 に 対 して別個 の身体 を持 つ もの と して対 峙す る こと, つ ま り,相 互 の個別性 を前提 に したや りと りの こ とを い う。 同型 が共感 的 に相手 に身 を重 ね る もの だ とすれば,相 補 は 自分 とは区別 され た他者 に対 して 自分 の身体 を立 て る もので あ る といえ る。 こ の相補 的活動 は,発 達 的 にみて他者 とのや りと り 関係 に重 要 な役割 を持 って い るので あ る。

セ ッシ ョンの中でお こな った 「あい さつ,手 遊 び,や り と り遊 び」 は, こ の 「同型 的活 動 」 と

「相 補 的活動 」 を取 り込 ん だ活 動 で あ る。 彼 らと 一 緒 になにかをす るとか,か かわ り合 うとい う感 覚 を持 て る活動 は, ま ず, お 互 いの身 体 レベルで の同型 的活動 で あ る。歌遊 びの形 を と って繰 り返 し模倣 し,身 体接触 の心地 よ さや リズ ミカルに動

くことの楽 しさを共有 したい と考 え たので あ る。

身体 的 レベ ルで の相 補 的活動 で は,相 手 の行動 を期待 して待 つ こと,相 手 の行動 を受 け とめ る こ と,そ して,自 ら相手 に向か って行動 を起 こす こ とが主題 にな る。相手 の動 き (志向性)を 受 けて, 自 らの動 き (志向性 )を 作 りだ さな くて はい けな い点 で困難 さを伴 う活動 といえ るが, こ れ につ い て も歌遊 びの なかで培 って い きた い と考 え た。 M は,片 手 の手 を くす ぐる と, も う一方 の手 も差 し 出 して催 促 す る。歌遊 びの最 後 は身体全体 を くす

ぐる活動 が入 って い るのだが,そ の直前 にな ると くす ぐ られ る とい う予測 か ら,微 笑 み なが ら身体 をす くめて筆者 の手 を見 て, く す ぐる瞬間 を待 っ て い る。 動作模 倣 は,相 手 の動作 を よ く見 て,ほ ぼ同時 に 自分 の身体 を同型 的 に動 か さな けれ ば な

らな い。 自閉性知 的障害児 に と って,相 手 へ の注 視 を持 続 させ る ことは難 しいが,緒 方 ら も言 って い るよ うに 8)こ の よ うな歌 遊 び は,楽 しい雰 囲 気 の なか で繰 り返 しその機 会 を与 え る とい う意 味 で,有 効 な活動 といえ るので はないだ ろ うか。

歌 遊 び ・や りと り遊 びで は,相 補 的活動 を中心 に した。 た とえば,「触 る一触 られ る」「くす ぐる一 くす ぐられ る」 「呼ぶ 一答 え る」 「引 っ張 る一引 っ 張 られ る」 「押 す 一引 く」 そ して,「 投 げ る一受 け る」 とい う,お 互 いの行動 が一対 とな って一 つ の ま とま った行為 が成立 す る ものを活動 の なか に と りいれ た。 身体 レベルで の相 補性 は,情 緒 レベル の相補性 を促 す。 これ らの活動 を通 して,Mと 者 が お互 いの存在 を受 け とめ なが ら向 き合 う姿勢 が徐 々に作 り上 げ られて い ったよ うに思 う。

キ ャ ッチ ボール は直接 的 な同型模倣 で はな く, 相 手 の動 作 と雰 囲気 を見 て感 じて,そ れ を 引 き受 け る態勢 をあ らか じめ形成 し,実 際 にボールを受 け取 る とい う行動 を起 こさな ければ な らな い。 さ らに,引 き続 き相手 が受 け取 る態勢 が で きた こと を確認 して,投 げ るとい う行動 もと らな けれ ばな らな い。 それが,何 度 も二 人 のあ いだで繰 り返 さ れ る ことで,キ ャ ッチ ボール とい う遊 びが成立 す るので あ る2)。 そのや りと りは,相 補 的活動 の原 型 で あ り,人 と人 との関 わ りの基本 を象徴 的 に表

(6)

9 2

して い る。

自閉性 知 的 障害 児 は, 大 人 が意 図 す る課 題 の意 味 を きちん と受 け止 め, そ れ に応 え よ うと課 題 に 取 り組 ん だ り, で きた と き嬉 しそ うに大 人 の顔 を 見 て微笑 む ことは難 しい と思 われて いた。 しか し, ゆ っ くり時間 をか けて向 き合 え ば,   この よ うな情 緒 的 な対 人 的交 流 も可 能 で あ る こ とが 明 らか に さ れ たので あ る。

「自閉性」 は, 自開性知 的障害児 の認識 の広 が りと深 ま りを阻 む もので あ る。 人 との身体 的 なか か わ りを通 して,人 へ の意識 を開 き,感 覚 レベル の快 の状態 を共有 す る ことで 自閉性 を緩 和 す る こ とが で きる と考 え る。 そ うい った意 味 で,音 楽療 法 的 アプ ローチ は 自閉性 を緩 和 す るた め に有 効 な 方 法 で あ る と思 われ る。 今 後 , そ の有 効 性 を実 証 す るため の方 法 と して, 実 施 に際 して表情 や身体 の動 きの変化 を ビデオ分析 によ り客観 的 に変化 を 見 て い く必 要 が あ る。 また, 科 学 的 に実証 され に くいや りと りの変化 を どの よ うにわか りやす く記 述 して い くか も検討 す る必 要 が あ る と思 われ る。

Ⅵ 。ま と め

自閉性 知 的障 害 児 に対 して, 情 緒 の安 定 と対 人 関係 の成 立 を図 るた めの音 楽療 法 的 アプ ローチ を 行 な った。 症 児 は感 覚 一運 動 レベ ル で' の

状 態 を もた ら して くれ るボデ ィー ボールを好 んだ。 心 地 よ い B G M と 心 地 よい身体感覚 が重 な り, 心 身 と もに開放 され た状態 にな った といえ るだ ろ う。

筆 者 は, そ の' の

状 態 を促 進 す る働 きを担 い, 症 児 に と つて筆 者 の存 在 もまた, ち快: と

感 じる よ うにな って い った。

各セッションは,① ボディーボールによるリラ クゼーション②歌遊び③手遊び④や りとり遊び⑤ 認知活動 という流れで行 った。いずれのセッショ

ンも他者の動作を模倣 したり,交 互にや りとりす

る内容 の もの を選 ん だ。 これ は, 他 者 と向 き合 っ て , 相 手 と身 体 を 同調 させ る こ とか ら, 情 緒 的 な コ ミュニ ケ ー シ ョ ンの成 立 を図 るた め で あ る。

自閉 性 知 的 障 害 児 は, 他 者 と視 線 を合 わ せ て 向 き合 う とか, 他 者 の意 図 を受 け とめ る こ とが難 し い とい わ れ て い るが , 音 楽 療 法 的 ア プ ロー チ に よ り 自閉 性 が 緩 和 し, 情 緒 的 な対 人 交 流 を促 進 す る こ とが可 能 に な った。

文   献

1 ) 松 井紀和 : レ ク リエー シ ョンと しての音楽. 臨 床 精神医学   1 8 ( 1 2 ) : 1 8 1 卜1 8 2 4 , 1 9 8 9 .

2 ) 浜 田寿美男 : 「私」 とい うもののな りたち. ミ ネ ル ヴ ァ書房, 1 9 9 2 .

3 ) 小 林隆児 : 関 係障害臨床か らみた 自閉症理解 と治 療. 『発達 7 8 特集 「自閉症 は今」 P 2 2 ‑ 3 5 』所収 . ミ

ネル ヴ ァ書房, 1 9 9 9 .

4 ) 宇 佐川浩 : 発 達障害児 の音楽療法. 臨 床精神医学 18(12):1825‑1831, 1989.

5 ) 鯨 岡  峻 : 原初的 コ ミュニケー シ ョンの諸相. ミ ネル ヴ ァ書房, 1 9 9 7 .

6 ) 西 村優紀美 : 障害児/ 幼 児の教育。 日本 オルフ音 楽教育研究会誌   9 : 6 ‑ 7 , 1 9 9 3 .

7 ) 浜 田寿美男 : 意味か ら言葉 へ。 ミネル ヴ ァ書房, 1995.

8 ) 緒 方千加子, 上 野憲子, 森 永良子, 他 : 重症児者 に対 す る音 楽治療 教 育 の試 み ―R e t t 症候群 の症 例 を中心 に一。小児の精神 と神経  3 2 ( 1 ) : 6 針7 7 , 1 9 9 2 . 9 ) A m e r i c a n   P s y c h i a t r i c   A s s o c i a t i o n : D i a g n o s t i c

and Statistical Manual ofヽental Disorders(Fourth Edition),Washington,DC,1994.

1 0 ) 杉 山登志郎 : 自閉症 の内的世界. 精 神医学  3 4 ( 6 ) : 570‑584,1992.

1 1 ) 小 林隆児 : 自 閉症 にみ られ る相貌的知覚 とその発 達精神病理. 精 神科 治療学  8 ( 3 ) : 3 0 5 ‑ 3 1 3 , 1 9 9 3 .

※ この論文 は, 「日本 バ イオ ミュー ジック学会誌, 1 8 ‑ 2 ; 2 5 4 ‑ 2 6 0 , 2 0 0 0 . 」に掲 載 され た ものを本誌 へ転 載 した ものです。

Updating...

参照

Updating...

関連した話題 :