私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関す る一考察 : 学部事務室における教員と職員の関係 を中心として
著者 小室 昌志
雑誌名 評論・社会科学
号 101
ページ 43‑57
発行年 2012‑06‑15
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012922
要約:本稿では,私立大学の学部事務室に勤務する職員と当該学部に所属する教員の指揮 命令関係について,大学内外において肯定的に使用されている「教職協働」という言葉を 手がかりに,具体的事例を挙げながら,考察を行った。
考察の結果,教員と職員の指揮命令関係において,両者は対等であることを確認した。
しかしながら,両者の間に問題のある指揮命令が現実には存在することを見出した上で,
次のことを指摘した。①「教職協働」を実現するための要因のひとつとして,正規の指揮 命令関係のみに従って職務にあたるべきこと,②問題のある指揮命令を職員が躊躇なく行 う職場環境や風土に「教職協働」が実現されていない現実を生み出す「制度的要因以外の 要因」があることである。
そして最後に,「教職協働」を真に実現させることによって,契約本位の冷たい職場とな る可能性も否定できず,そうした事態への相応の「覚悟」が必要になることを付言した。
キーワード:私立大学,指揮命令,職員,教員,教職協働
目次
1 はじめに
1−1 本稿の目的・問題意識 1−2 本稿の構成
2 教員と職員の法的関係と指揮命令の流れ 2−1 教員と職員の法的関係
2−2 教員と職員の指揮命令の流れ
3 学部事務室における教員と職員の指揮命令関係
3−1 学部事務室における教員と職員の指揮命令関係の具体的考察 3−2 学部長の指揮命令に対する制約
4 問題となる教員と職員の指揮命令関係
5 おわりに
────────────
†同志社大学大学院社会学研究科博士後期課程
*2011年8月24日受付,2012年2月17日掲載決定
研究ノート
私立大学における教員と職員の指揮命令関係 に関する一考察
──学部事務室における教員と職員の関係を中心として──
小室昌志
†43
1 はじめに
1−1 本稿の目的・問題意識
筆者の研究テーマは,「職場としての私立大学の考察−事務職員を中心として−」で ある。
このテーマに則し,先に小室(2011)において,「教職協働」(1)という言葉が,国をも 含め,大学の内外で肯定的に使用されていることを確認した。その上で,私立大学にお ける教員と事務職員(以下,原則として「職員」という)の関係について,上記「教職 協働」という言葉を手がかりに,両者の対等性を確保するための雇用管理上の制度的要 件である労働条件に焦点を当て考察を行った。
この考察の結果,労働条件において教員・職員間の対等性を欠く取扱いがなされてい るとは言えず,「教職協働」を進めるための雇用管理上の制度的要件は,ほぼ整ってい ることを確認した。しかしながら,こうした制度的要件の整備にもかかわらず,教員・
職員の関係が対等であるとは言い切れず,また「教職協働」が実現されていない現実か ら,「制度的要因以外の要因」が存在すること,そしてこの要因について考察すること が,教員・職員の関係をより深く考察するために必要であることを指摘した。
そこで本稿では,上記研究をさらに一歩前に進めるため,教員と職員の関係につい て,両者の法的関係,とくに指揮命令関係に焦点を当て,考察を行うこととする。
なお,本稿で言う教員・職員とは,原則として正規雇用労働者である教員・職員を指 している。
1−2 本稿の構成
本稿は,上記の目的・問題意識に基づき,以下の構成により考察を行う。
まず,第2章では教員と職員の法的関係と両者の指揮命令関係の流れについて考察を 行う。この考察を踏まえ,続く第3章では,教員と職員の指揮命令関係の具体的事例と して,学部事務室に勤務する職員と当該学部に所属する教員の指揮命令関係を取り上げ 考察する。そして第4章では,教員・職員間の問題を含んだ指揮命令関係について,そ の具体的事例を取り上げ考察し,その上で,「教職協働」が実現されていない現実を生 み出す「制度的要因以外の要因」に関する考察を行う。
本稿では,このような流れに沿って考察を行い,最後に,本稿の意義や課題等につい て述べる。
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 44
2 教員と職員の法的関係と指揮命令の流れ
本章では前述のとおり,教員・職員の法的関係,そして両者の指揮命令関係の流れに ついて考察を試みる。
2−1 教員と職員の法的関係
まず教員・職員,両者間の法的関係を確認する。小室(2011)でも舘(2008)に依 りながら指摘したとおり,私立を含め日本の大学では,その役割や職務が異なるだけ で,学校教育法上の位置づけにおいて,教員・事務職員の両者とも同じ職員であり,両 者の関係に上下はなく対等である。また当然のことながら,労働基準法等の労働法規に おいても,教員・職員といった区別があるはずもなく,両者ともに同じ労働者と規定さ れ,両者の関係に上下はない。
なお,本稿の対象とはしていないが,ここでの教員・職員に非正規雇用の教員・職員 が含まれることは言うまでもない(2)。
2−2 教員と職員の指揮命令の流れ
次に,教員と職員の指揮命令の流れを見てみよう。私立大学には,教員・職員それぞ れに指揮命令の流れがある。つまり私立大学には,指揮命令の流れが2つ存在するとい うことである。
そこで,教員と職員,それぞれの指揮命令の流れを見てみる。まず,職員に対する指 揮命令の流れを確認してみよう。役職名については各私立大学によって異なることは当 然であるが,以下①のとおりと考えて大きな間違いはなかろう。
①職員に対する指揮命令の流れ
学長→ 事務局長→ 部長→ 課長→ 一般職員
一方,教員に対する指揮命令の流れについては,以下②のとおりとなろう。
②教員に対する指揮命令の流れ 学長→ 学部長→ 教員
②の教員に対する指揮命令の流れに対しては,学問の自由等の観点から反論も予想さ れる。しかしながら,このことについては,文部科学省高等教育局「学校法人の運営等
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 45
に関する協議会(平成18年1月24日開催)」配付資料(大振−8)に,「学校教育法の 規定上,大学の教学面の権限と責任は学長に委ねられていることから,日々の授業の実 施についても,教育課程の編成等と同じく,学長の権限と責任の下で展開されることが 必要」であり,「このことから,大学の「教員」にも,学長の権限と責任の下に授業を 行うことが求められている」と明記されていることから裏付けられよう(3)。
なお上に見た,①職員の指揮命令の流れの中で,部長に学部長等の教員部長が入るこ とは言うまでもない。ところが,事務局長など(事務)職員の側は,学部長等の教員部 長を指揮命令の流れの中で部長とは見なさず,学部長等の教員部長を飛ばして(あるい は,その代わりに職員がその職にあたっている総務部長等を充て),課長経由で指揮命 令を下すことが,ままある。つまり,学部長等の教員部長を(事務)職員とは見なさ ず,彼らをあくまで教員と位置付け,正式な指揮命令系統に組み込まずに,(事務)職 員だけの世界で指揮命令を行うことが,ままあるということである。
このようなことが起こる理由として,職員の側に,学部長等の教員部長は(事務)職 員としての部長ではあるけれども,それ以上に教員であり,(事務)職員とは別の世界 に属する人間であるとの考えが強く,上司である事務局長の指揮命令に反する可能性が あること,また部下である課長に正しくトップの意思を伝え指揮命令できない可能性が あること等を考慮してのことと考えられる。また,当の学部長等の教員部長に自身が
(事務)職員としての部長であるという認識が欠落していたり,自身を飛ばして直接,
事務局長や自身の代役として総務部長等,他の(事務)職員の部長が指揮命令を出す方 が好都合だとする認識もあろう(4)。
しかしながら,制度的に存在する指揮命令の2つの流れに加え,上記のような指揮命 令の実態が,元々から存在している教員と職員,それぞれの世界,あたかも「奴らと 我々」といった関係にも似た「2つの世界」を存続・継承,さらには発展させていると も考えられよう。教員と職員の関係が対等であるとは言い切れない現状を生み出す「制 度的要因以外の要因」には,このような指揮命令の実態にその土壌があるとも考えられ る。
3 学部事務室における教員と職員の指揮命令関係
本章では,前章で確認した法的関係と指揮命令の流れを踏まえ,教員と職員の指揮命 令関係についての具体的事例として,学部事務室に勤務する職員と当該学部に所属する 教員の指揮命令関係を取り上げ,考察を試みる。
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 46
3−1 学部事務室における教員と職員の指揮命令関係の具体的考察
上記のとおり,ここでは,学部事務室に勤務する職員と当該学部に所属する教員の指 揮命令関係について,具体例を挙げながら,考察を進める。
先に見た教員・職員それぞれの指揮命令の流れを,学部事務室に勤務する職員と当該 学部に所属する教員を対象として当てはめると以下のようになる。
┌────! 教員 学部長││
│└────! 課長 ──! 一般職員
このことから,教員・職員ともに学部長の指揮命令を受ける部下であり,その役割・
職務が異なるだけであることが確認できよう。
こうしたことを念頭に置き,具体的事例として,まず職員が教員から,講義に関する 学生への案内を掲示板に出すように指示を受けた場合を考えてみよう。
この場合の指揮命令の流れを厳密に言えば,当該指示を出した教員が,自身の直属の 上司であり,使用者でもある学部長に「掲示を出してもよいか?」また,「その指示を 自分から職員にしても良いか?」の判断を仰ぎ,学部長の了解を得た上で,学部事務室 の課長に掲示の指示をし,さらに課長が一般職員に指示をするということになる。
しかしながら,このように逐一,学部長の判断を仰ぐことは現実には行われることな く,教員と一般職員との間で業務が完結している。そもそも,上記のような手続きを踏 んでいたのでは,私立大学の事業・業務が成り立たない。
私立大学の教員・職員ともにホワイトカラーであることは疑いを容れない。裁量労働 制の導入対象に現れているように,一般にホワイトカラーは,使用者・上司の指揮命令 に従いつつも,労働者個々人に判断が求められる等,職務遂行における裁量の度合いが 高い(5)。そのため,個々の細かな業務に対して,使用者・上司が逐一指揮命令を行って はいないという現実がある。
こうしたことを踏まえ,この現実の業務は,どのような指揮命令関係において行われ ているのかを考えてみると,次のとおりとなろう。法的には,上司としての学部長が,
「このような場合には,このように対応しなさい」と部下である課長に対し,事前に包 括的な指揮命令を下しており,その命令に従って,課長がこれも事前に包括的な命令を 一般職員に下し,その命令に従って一般職員が対応していると考えるのが妥当であろ う。上述のとおり,私立大学の職員を含めたホワイトカラーは職務遂行における裁量の 度合いが高く,個々の細かな業務に対して,使用者・上司が逐一指揮命令を行ってはい ないという現実とまさに符合する事例である(6)。
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 47
それでは,上に見た事例での教員の指示は命令なのであろうか。また,そもそも(一 般の)教員が,課長を含め職員に対して命令することはできるのだろうか。先に確認し た指揮命令の流れを踏まえ考えると,この点についての筆者の見解は以下のとおりであ る。
上に見た事例での教員の「指示」は,あくまで「依頼」であり,決して「命令」では ない。また,そもそも「指示」ですらないとも考える。そして,(一般の)教員は課長 を含め職員に「命令」することはできず,あくまで「依頼」にとどまるものと考える。
ただし,教員が学部長の命令を受け,その命令を伝達するために職員に指示する場合 には,学部長からの「命令」となることは言うまでもない。このケースに該当し,かつ 実際にも多いものが,教務主任等の主任職にある教員が,いわば学部長の代理人として 教務会議等の関係会議に出席し,そこでの決定や主任としての判断を交えながら,職員 に資料作成等の指示(命令)を出すといった場合である。この場合,もちろんその内容 によるけれども,職員がその指示(命令)を聞き流すなどして,対応しないことは法的 に正しいとは言えない。
逆に,職員が教員に対して,例えば教授会への報告資料を作成・提出するよう依頼す ることも日常的に行われていることである。この「依頼」も,学部長の包括的な指揮命 令を受けた課長の命令に従って,(一般)職員が教員に対して行う行為であり,法的に は,学部長の「命令」を学部長に代わって(あるいは学部長の手足となって)職員が行 っている「命令」である。この「命令」に対して教員が応じないのは,もちろんこれも その内容によるけれども,法的に正しい対応とは言えない。
ここで判断・考慮を要するのが,例えば日曜日など大学の定める休業日に講義・補講 を実施したいといった,いわば「想定していない」または「想定から外れた」教員から の依頼への対応である。
現実には,その依頼を受けた職員は上司たる課長に相談をし,その課長が単独で判断 したり,あるいは校舎や教室を管理する部署と協議・相談しながら,時によっては課長 が上司である学部長に判断を仰ぎながら,その実施可否も含めて対応している。
では職員は,こうした「想定していない」または「想定から外れた」教員からの依頼 を引き受けるべきなのだろうか。この点についての法的な判断基準は,使用者からの指 揮命令が「就業規則の合理的な規定に基づく相当な命令である」(7)かどうかである。「想 定していない」または「想定から外れた」ものなのであるから,事前にこうした依頼へ の対応について,指揮命令は,包括的な指揮命令も含めてなされていないはずである。
そこで職員に判断が求められることになる。もちろん各私立大学(各学校法人)の就業 規則の規定とその合理性によるけれども,一般論として,例に挙げた休業日に講義・補 講を実施したいという教員からの依頼については,教育・研究という私立大学の活動内
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 48
容に適うものであり,実施可能かどうかは定かではないにせよ,校舎管理や教室の使用 状況等の関連する事項を調査・調整しながら,その依頼を実現すべく業務に当たるべき だと考える。
ただし,管理監督者である課長には,所属の職員に休日出勤(つまりは時間外勤務)
が極力発生しないよう考慮しながら,また,この講義・補講実施にあたって職員の休日 出勤が不可避となった場合においては,当該休日における講義・補講の実施と職員の休 日出勤(時間外勤務)との重さを量りながらの判断が求められることになる。
一方,これは(一般)教員からの依頼に限ったことではないが,就業時間中の職員を 私的なタバコの購入に行かせるといった依頼があった場合には,仮に就業規則にそのよ うな規定があったとしても,その合理性を欠き,職員は応じる必要はないと判断されよ う。
なお,実際の「想定していない」または「想定から外れた」教員からの依頼は,ここ で挙げた事例よりもはるかに複雑である。ここに,職業人・私立大学人としての職員の 高度な判断力が求められることになる。
3−2 学部長の指揮命令に対する制約
既述のとおり,学部長は,使用者・上司として所属学部の教員や当該学部事務室の課 長(職員)に対し指揮命令の権限を持つ。しかしながら,この学部長の指揮命令の権限 には(私立)大学に特徴的な事項を指摘することができる。
それは,学部長の意思決定は,教員人事等,一定の事項については(学部)教授会の 決定に従わなければならないという点である。このことは,学校教育法93条の「大学 には,重要な事項を審議するため,教授会を置かなければならない」という教授会自治 の定めや憲法23条に保障する学問の自由から求められるものであり,軽々に扱うこと はできない。ここに(私立)大学における学部長の意思決定,そしてその決定に基づく 指揮命令の権限に一定の制約がかかることになるという特徴を見いだすことができよ う。
そして,ここにあたかも,学部長が都道府県や市町村といった自治体の首長(あるい は議会の議長),教授会を構成する(一般)教員が議会の議員(8),学部事務室の職員が 自治体職員といった図式にも似た関係が出来上がることになる。教員の発言力の強さや 教員と職員の関係が対等であるとは言い切れない現実を作り出している制度的要因の大 きなものの一つが,この教授会の存在にあると考えられる(9)。しかしながら,上記のと おり,学部長の指揮命令の権限に一定の制約がかかるとはいえ,あくまで教員・職員そ れぞれの指揮命令の流れは,先に見たとおりである。この指揮命令の流れについて,教 員・職員の両者ともに深く理解・認識した上で,それを確実に履行しなければならな
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 49
い。
また,上記教授会の決定と職員の業務との関係について言えば,もちろんカリキュラ ム改革等,職員の業務に大きく影響を与える事項は確かに存在するけれども,職員の 日々の業務遂行にとって,教員人事を含め,教授会での意思決定が大きく支障となるよ うなことは,それほど多くはない。さらには,教授会への提案・決定の前に学部教務委 員会や学部執行部会議などにおいて職員の意向は表明され,この意向は一定考慮されて もいる。
なお,ここで表明される職員の意向とは,単に仕事が増えるから止めて欲しいといっ たことではなく,例えばカリキュラム改革の場合であれば,その科目配当は電算設定や 学生への周知が不可能であるといった合理的・客観的事実に基づいたものである。
ここまでをまとめると,教員と職員の法的関係に上下はなく対等であり,また両者の 指揮命令関係においても,この対等性が覆されることがないということである。
4 問題となる教員と職員の指揮命令関係
既述のとおり,教員と職員の法的関係は対等であり,また両者の指揮命令関係におい ても,この対等性が覆されることがないことを確認した。
しかしながら,現実には,問題がないとは言い切れない指揮命令関係が存在するのも 事実である。それは,当該私立大学の名を冠したり,当該私立大学の中で活動してはい るものの,その私立大学から独立した別の組織との指揮命令関係である。
私立大学以外でも問題として指摘されることが多い組織が,労働組合である。具体的 には,就業時間中に組合活動を行うことで,就業時間中の指揮命令権に抵触する問題で ある。これらの中には,いわゆる「ヤミ専従」問題として,マスコミ報道等において散 見されるものもある。
就業時間中の組合活動が認められるためには,「原則としてその旨の労使間の取決め や使用者による明示・黙示の同意,労使慣行などの根拠が必要」(10)とされる。このこと はもちろん,私立大学の労働組合においても例外ではない。上記のような問題を含んだ 組合活動が行われている私立大学がないとは言い切れないのが現状であろう。
こうした広く一般に問題となる事項や団体だけではなく,私立大学の教員と職員の指 揮命令関係において問題となる事項や団体がある。一つには,各学部等が持つ学会であ り,もう一つには,これも各学部の教員団が持つ親睦団体である(11)。
両者ともに,当該私立大学から独立した組織であり,原則として,それぞれの団体の 事務は,当該団体の構成員(具体的には教員)が行うか,あるいは当該団体がその事務 を行うためのスタッフを雇用するなどした上で,当該団体の長がそのスタッフに指揮命
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 50
令すべきものである。
前者の学会については,実際A大学において,当該学会の事務を行うスタッフをア ルバイトとして雇用し,学会長(学部長の場合がほとんどである。)がそのスタッフに 指揮命令を行っていた。しかしながら,当該スタッフの人件費や機動的な事務対応とい った事情から,以下のような対応をとった。
A大学の事務分掌に関する規程において,研究を支援する部署の事務分掌に「学内 学会に関すること」という項目を加え,当該私立大学の職員がその学会の事務を行うこ ととしたのである。これを先に見た法的な判断基準である就業規則の合理的な規定に基 づく相当な命令であるかどうかに照らして考えると,就業規則の一部である事務分掌に 関する規程にその旨が規定されており,また教育・研究という私立大学の活動内容に適 うもので合理性を有すると考えられる。このことから,当該研究支援部署に勤務する職 員の業務負担のことは措くとして,この対応は必ずしも問題のある指揮命令関係だとは 言い切れないと考える。
後者の各学部の教員団が持つ親睦団体についても,この親睦団体の事務を当該私立大 学の職員が行うことの法的妥当性は,学会の場合と同じく,就業規則の合理的な規定に 基づく相当な命令であるかどうかによって判断されることになる。
実際上記A大学においては,就業規則(事務分掌に関する規程を含む。)に,教員の 親睦団体に関する事務についての規定はない。もし,そのような規定があったとして も,その規定は合理性を欠くと考えざるを得ない。さらには,事務分掌に関する規程に
「教員の福利厚生に関する事項」等と規定したとしても,実際に親睦団体が行っている 活動内容との乖離には大きいものがあり,やはり合理性を欠くと考えざるを得ない。
当該親睦団体の長は,ほとんどの場合が学部長であり,実際にその事務を行っている のが当該学部事務室の職員であることから,本来の業務を行う場合と同一の人間によっ て指揮命令関係が成り立っている。このため,学部長と親睦団体の長という立場(肩書 き)だけが違うということになり,教員・職員の両者ともに,あまり躊躇なく,この本 来ではない指揮命令関係に入っている。しかしながら,上に見たとおりの判断基準か ら,教員団の親睦団体の事務を当該私立大学の職員が行うことは法的に問題がないとは 言えない(12)。
ここで問題になる具体的事項は多岐にわたるが,その主なものとしては,以下のこと が挙げられよう。当該親睦団体の業務を就業時間中に行うことが本来の業務との指揮命 令関係と抵触すること。より具体的には,当該親睦団体の事務に従事している間の労働 時間は当然に当該親睦団体のための業務に従事した時間であり,その時間の労働に対す る賃金は当該親睦団体が本来的には支払う必要が生じ,また,その業務のために本来の 業務が所定(あるいは法定)労働時間を超過した場合には,私立大学(学校法人)が時
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 51
間外勤務にかかる賃金を支払わねばならなくなること(13)。そして,その親睦団体の仕 事に従事していたとき(例えば,現金の出入金のために銀行へ行き,就業場所から外に 出たとき)に,事故に遭った際の労働災害にかかること等である(14)。
こうした問題となる指揮命令については,法令遵守の観点や上記のような現実的問題 等から,改める必要がある。教員団の親睦団体について言えば,当該団体の構成員であ る教員がその業務を行うか,当該団体がその業務を行う人を雇用するなどしなければな らない。昨今,各自治体の議会においても,議員のボウリング大会などの福利厚生を目 的とした「互助会」が,法令遵守等の観点から問題があるとして,研修などに活動を限 定した「議員クラブ」へとその名称・活動を変更している。こうした変更に併せ,これ も法令遵守等の観点から問題があるとして,従前は自治体職員が行っていた事務手続き を議会事務局で専属の職員を雇用して,同職員が事務手続きを行うようにする例が相次 いでいる(15)。私立大学においても,教授会「自治」を名乗るからには,「自治」体と同 じく,その親睦団体とはいえ,教員団にこうした対応が求められるのは当然である。
「自治」には,必然的に責任が伴うものである。
一方,職員の側も,法令遵守の観点から問題があり,やってはいけない業務であると 理解・認識した上で,教員団の長(既述のとおり,実際にはほとんどが学部長)に対 し,その業務遂行を断らなければならない。ドライな響きを与えるかも知れないけれど も,教員だけではなく,職員の側が毅然として,問題のある指揮命令に基づいた業務遂 行を断り,教員・職員の関係を正規の指揮命令関係に限定することが,両者の対等な関 係,さらには「教職協働」を現実のものにする要因のひとつになると考える。
法令上,そして正規の指揮命令の関係上,教員と職員の関係が対等であるとは言って も,現実にこのような問題のある指揮命令関係が存在したのでは,その対等性も危うく なる。こうした指揮命令関係,そして,この指揮命令に基づいた誤った業務を職員に
「躊躇なく」行わせる職場環境や風土,これこそが先に小室(2011)で指摘した教員・
職員の関係が対等であるとは言い切れず,また「教職協働」が実現されていない現実を 生み出す「制度的要因以外の要因」の大きなもののひとつであると言ってよかろう。本 稿では,学部事務室における教員と職員の指揮命令関係を中心に考察を行ったが,他の 部署においても同様に問題となる指揮命令関係,そして,この指揮命令に基づいた誤っ た業務を職員に行わせる職場環境や風土が存在することは想像に難くない(16)。繰り返 しになるが,先に見た指揮命令の流れを確実に履行し,教員・職員の関係を正規の指揮 命令関係のみに従って相互に職務にあたること,このことが,両者の対等な関係,さら には「教職協働」を現実のものにする大きな要因のひとつになるのものと考える。
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 52
5 おわりに
本稿では,冒頭に記したとおり,「職場としての私立大学の考察−事務職員を中心と して−」という筆者の研究テーマに則し,教員と職員の関係について,両者の法的関 係,とくに指揮命令関係に焦点を当て考察を行った。この考察によって,法的にも,よ り詳細には両者の指揮命令関係においても,教員と職員の間に上下はなく,対等である ことを確認した。ただし,両者の関係が対等であるとは言い切れず,また「教職協働」
が実現されていない現実とそれを生み出す要因について,私立大学のなかに,問題のあ る指揮命令関係が存在し,この指揮命令に基づいた誤った業務を職員に行わせる職場環 境や風土であることを見出した。私立大学における教員と職員という役割・職務の異な る両者間の対等とは言えない関係を生み出す「制度的要因以外の要因」という極めて抽 象的な事項を見出すという作業は,決して容易なものではない。本稿では,その容易で はないことについて,その具体的事例を挙げ,一定の見解を示した。ここに本稿の意義 があろう。
ただし,本稿で指摘したのは,あくまで学部事務室における教員と職員の関係であっ て,他の部署については深く考察を行っていないという限界や課題もある。また,既存 学部の上に成り立つ大学院,独立大学院ではない日本のほとんどの大学院における長た る研究科長と職員の指揮命令関係に触れていないことも限界のひとつであろう(17)。さ らには,そもそも本稿で見出したのは,あくまで教員と職員の関係が対等性を欠く現実 を生み出している「制度的要因以外の要因」のひとつに過ぎず,かつ同要因を生み出す 根本的な原因にまで踏み込めてはいない。
なお,教員と職員の関係が対等なものと言い切れない現状,それを生み出す可能性を 持った制度的要因として考えられるものとしては,主として以下のことが挙げられよ う。
小室(2011)でも触れたとおり,学長や学部長といった私立大学の意思決定に関与す るポジションには職員より教員が多く就いていること,強い同僚的性格を持つ教員間の 選挙によって部長職である学部長が選出され,また,その任期が2年〜3年と短期間で あり,もちろん誰にでも務まる役職ではないけれども,学部長という要職がいわば町内 会の会長やマンションの管理組合理事長のような立場になっていること,そして,あた かも自治体の議会にも似た関係となる教授会に強い発言力があること等である。
上記のとおり,これらの制度的要因が現実の教員と職員の関係を対等でないものにす る可能性があるとはいえ,教員が教育・研究という本務に憂いなく没頭できる環境を確 保するためには,つまりは学問の自由を保障するためには,教授会自治や同僚制は重要
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 53
である(18)。教授会の権限を骨抜きにしたり,教員団の関係をすべて官僚制にすること が,必ずしも私立大学にとって望ましい事態を引き起こすとは考えない(19)。
ただ少なくとも,教員と職員が法に定めるとおりの対等な関係を構築するためには,
さらには「教職協働」を実現に向け,より推進するためには,上記のとおり,教員・職 員の関係を正規の指揮命令関係のみに従って両者が職務にあたること,そして,その前 提として,先に見た指揮命令の流れを確実に履行しなければならない。そのためには,
学部長等の教員部長に,私立大学という組織における部長としての,そして(事務)職 員としての認識を向上させることが必要である(20)。
また,(事務)職員の側についても,学長以下の職員に対する指揮命令系統に学部長 等の教員部長を部長として正しく組み込み,実際にそのように運用しなければならな い。教員と職員,それぞれの「2つの世界」を完全に融合させることが現実的だとは思 わないが,同じ職場で別々の世界が相互に高い壁を備えながら存在していることは決し て望ましいことではない。
最後に,本稿では教員と職員の指揮命令関係を通じて,「教職協働」を実現するため の要因について考察を行ってきた。しかしながら,もちろん冒頭に記したとおり,大学 の内外において肯定的に捉えられている「教職協働」とは,あくまで教育・研究等,
(私立)大学の発展を図るために有効と考えられる一手段であり,「教職協働」の実現そ れ自体が(私立)大学の目的でないことは言うまでもない。さらにはまた,教員と職員 の対等性とは,上記手段たる「教職協働」を実現させるための一要件であって,これ自 体も(私立)大学本来の目的ではない。やみくもに,教員と職員の対等性を求めたり,
そのために(私立)大学本来の目的を損なうようでは本末転倒であり,筆者の意図する ところでもない。そしてさらには,「教職協働」を真に実現するためには,本稿で記し たとおり,教員・職員の両者ともに正規の指揮命令関係のみに従って職務にあたること が求められる。ただし,このことによって,教員・職員を問わず,職場における人間的 つながりの否定や喪失ともなり,「遊び心」や「潤い」を欠いた契約本位の冷たい職場 となる可能性も否定できない。「教職協働」を実現するということは,こうした「副作 用」が発生し,それに対する相応の「覚悟」が,教員・職員双方に必要になることを付 言する。
註
⑴ 小室(2011)でも記したとおり,本稿における「教職協働」の定義は,「教員と職員がイコール・パー トナーとして,同じ目的のために,対等の立場で協力して共に働くこと」である。
⑵ 「格差社会」と言われる昨今,正社員と非正社員の関係について論じられていることも多い。そこで は,正社員・非正社員といった雇用(就業)形態が,あたかも「身分の上下」のように語られること も少なくない。しかしながら,多くの識者が指摘しているように,両者はあくまで雇用(就業)形態 が違うのであって,「身分の上下」を含んだものではない。
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 54
なお,このことは労働契約法3条2項に規定されてもいる。
⑶ 脇田(2000, p.83)においても,大学教員は研究面では使用者からの指揮命令を受ける程度は低いもの の,教育面では使用者からの指揮命令に基づく時間的拘束を受けていると指摘されている。
⑷ こうした意識や認識とは別に,制度的には,教員部長の場合,いわば「一本釣り」で学生部長等への 学長指名,あるいは後述するように教授会構成員による選挙での学部長選出といった形式をとるのに のに対し,職員部長の場合には,まず部長という職位に任じられ,その上で,例えば総務部勤務を命 じられるといった任命方法の違いもある。
⑸ 脇田(2000, pp.79−80)は,ホワイトカラーの職務における裁量度合いの高さを強調することで,彼ら の「過労死」や「過労自殺」といった問題から目をそらすことは,労働基準法・労災保険法の理念か ら許されないと指摘する。
⑹ 学校教育法上,(事務)職員と同じ職員である教員と学生を同様に考えることに法的な差異が指摘され る可能性も否定できないが,学生からの問い合わせへの回答という(一般)職員の業務も,教員から の依頼と同様に学部長の包括的な指揮命令を受けた課長からの包括的な指揮命令に従い行っていると 考えるのが妥当であろう。
なお,上記の学生への職員の対応という業務は,百貨店やレストラン等における店員の顧客への対 応と法的には,ほぼ同じであると考えられよう。ただし,当然のことながら,高級レストランのよう な対応をとるか,大衆食堂のような対応をとるかは,また別の話である。
⑺ 菅野(2008),p.71。
⑻ 教務主任等の主任職にある教員は,さながら与党議員ということになろう。
⑼ 戦後日本の大学が,そのモデルとしたアメリカにおいては,「大学教員は多くの管理的な意思決定を行 う権限をもっているので大学管理者の一部であり,そのため団体交渉を行うことができない」とする 連邦最高裁判所の判決(1980年・イェシバ事件判決)が存在するほどである(江原(2010),p.221)。
⑽ 浅倉・島田・盛(2008),p.382。
⑾ 他にも例えば,同窓会等の団体も挙げられようが,教員と職員の関係という本稿の考察対象から,本 稿では除外する。
⑿ 例に挙げたA大学以外にも,広く一般に学部教員団の親睦団体にかかる事務を当該学部事務室の職員 が行っていることは,マスコミ報道等からも明らかである。(例えば,『読売新聞』(大阪本社版)2009 年6月19日夕刊。)
一方,職員の親睦団体にかかる事務を教員が行っている例は寡聞にして知らない。
なお,当該学部事務室の課長を学部教員団の親睦団体の構成員にしているケースも存在するようであ る。詳細な問題点の指摘は割愛するが,このケースにおいても,当該親睦団体の一構成員(具体的に は課長)の誤った指揮命令に従い,一般職員が実際の事務を行っている等,問題がないとは言えない。
⒀ もし,就業時間後に親睦団体の業務を行った場合には,当該親睦団体が時間外勤務にかかる賃金を支 払わなければならないこととなる。
⒁ さらに厳密に言えば,兼職規定に抵触するといったこともあろう。
⒂ 『朝日新聞』2011年5月12日朝刊(地域面)。
⒃ 役職(事務)職員の親睦団体にかかる事務を総務課等の職員が行っているケースも存在するようであ るが,このケースも本文記載の事例と同様の問題を含んでいる。なお,このケースでは,同じ(事務)
職員間での,しかも役職者・非役職者といった関係の中でのことであり,たとえその指揮命令に誤り があったとしても,一般職員にとって教員の親睦団体のケース以上に断りにくいものとなろう。しか しながら,こうした(事務)職員間での誤った指揮命令関係についても,改める必要があることは言 うまでもない。
⒄ いわゆる「大学院重点化」政策のもとで,教員の所属を大学院研究科とする大学が,旧帝大をはじめ とする国立大学だけなく,一部私立大学においても存在する。こうした私立大学については,本稿の 学部長と研究科長を相互に読み替える等が必要となろう。
⒅ 江原(2010, p.228)も,「上級管理者の権限が強い大学の管理運営の仕組みは,今後も(一般論とし て)日本の大学における学内の管理運営に浸透して定着することが強く望まれる」とする一方で,「個 私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 55
人や学科の意思決定を尊重する同僚性の組織文化は,大学の革新や発展にとって不可欠な要素である」
と指摘する。
⒆ 私立学校法の改正により,理事長や理事会の権限を大きくし,教授会での審議事項を限定しようとす る動きもある。また,文部省(当時)の高等教育局長が国立大学長会議で「日本の大学は教授会の権 限が強すぎる」などと批判したことを受け,「教授会は学長をしばるな」と題する社説(主張)も見ら れた(『産経新聞』2000年6月19日朝刊)。しかしながら,本文記載のとおり,これらのことが必ず しも私立大学にとって望ましい事態を招来するとは考えない。
⒇ 小室(2010)で記したとおり,最近,私立大学職員に占める非正規職員の増加の反面,管理職の割合 が高まっている。この要因の一つとして,従前は教員のみが担っていた学生部長等の部長職に,教員 に加え事務部長が置かれることが挙げられる。つまり,本稿で指摘した教員部長に求める認識等とは 逆の動きが見られている。
参考文献
浅倉むつ子・島田陽一・盛誠吾(2008)『労働法(第3版)』有斐閣,p.382。
江原武一(2010)『転換期日本の大学改革−アメリカとの比較−』東信堂,p.221・p.228。
小室昌志(2010)「私立大学職員の就業形態の変遷に関する一考察−正規雇用職員と有期契約職員の分析を 中心として−」『評論・社会科学』No.93,同志社大学社会学会,pp.97−127。
小室昌志(2011)「私立大学における職員と教員との関係に関する一考察−「教職協働」という言葉を手が かりに−」『評論・社会科学』No.98,同志社大学社会学会,pp.125−142。
菅野和夫(2008)『労働法(第8版)』,p.71。
舘昭(2008)「大学職員論」『IDE 現代の高等教育』No.499, p.61。
脇田滋(2000)「雇用・就業形態の変化と指揮命令権」日本労働法学会編『講座21世紀の労働法』第4巻,
有斐閣,pp.79−80・p.83。
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 56
This paper is a study of the administrative order between faculty and clerical staffs of fac- ulty office in Japanese private universities. The purpose of this paper is to make clear the rela- tion of the administrative order between faculty and clerical staffs of faculty office in Japanese private universities through paying special attention to the term the equal footing collaboration between faculty and clerical staffs .
For the purpose noted above, this study focused on the flow of the administrative order be- tween faculty and clerical staffs of faculty office.
The main findings are as follows. The relation of the administrative order between them is generally on equal footing. But there occurres sometimes improper orders done and they make the relation between faculty and clerical staffs unequal subsequently.
Next, it was pointed out that faculty and clerical staffs should work and comply with only the correct orders for realization of the equal footing collaboration between faculty and clerical staffs .
Finally, it was mentioned that although the equal footing collaboration between faculty and clerical staffs is truly realized, their workplace might ironically become unpleasant and we will need some preparedness to ameliorate the side effects.
Key words: Private Universities, Administrative Order, Clerical Staffs, Faculty, Collaboration
A Review on the Administrative Order between Faculty and Clerical Staffs in Japanese Private Universities :
An Analysis of the Relation between Faculty and Clerical Staffs of Faculty Office Masashi Komuro
私立大学における教員と職員の指揮命令関係に関する一考察 57