環
境
と
服
装
奥 平 志 づ 江
1.ま え が き 2.自 然 環 境 と服 装 3.社 会 体 制 と服 装 4.思 想 環 境 と服 装 5.む す び 1.ま え が き 文 化 は す べ て環 境 の所 産 で あ り,環 境 の影 響 を受 け て発 展 して行 く もの で あ る こ とは 論 をま た な い が,中 で も服 飾 文 化 ほ ど敏 感 に環 境 の影 響 を受 け る もの は少 い と思 う。 この事 は また,環 境 を窺 い 知 る最 も短 的 な手 段 が 「服 装 の観 察 」 で あ る と も云 え よ う。 環 境 の 一 次 的 な 要 素 と して,衣,食,住 の基 本 的 な 生 活条 件 が 考 え られ るが,こ れ は さ らに外 界 の広 汎 な 環 境 に よ って影 境 を受 け る こ と にな る。 こ こで は特 に 「衣 」 につ い て,環 境 との 関 係 を考 え てみ た い 。 2.自 然 環 境 と服 装 環 境 条 件 の うち,衣 生 活 に最 も関 係 の 深 い もの は,季 節 的 な 天候 と地理 的 な風 土,い わ ゆ る 自 然 環境 で あ ろ う。 環 境 に順応 して 生 存 す るた めの必 要 最 低 限 の 条 件 と して衣 服 が生 れ,生 活 条 件 の ゆ と りに とも な う欲 望 か ら装 飾 的 な服 装 即 ち服 飾 へ と発 展 して 来 た こ とは 当然 で あ る。 環境 に 順 応 出 来 る生 物 だ けが 適 応 す る地 域 に生 存 で き るの に対 し,人 類 は積 極 的 に環境 の 変 化 に耐 え ら れ る生 存 手 段 の一 つ と して,衣 服 を生 み 出 し,服 装 を工 夫 発展 させ て きた わ けで あ る。 人 類 発 祥 の 地 は,温 暖 で 四季 の変 化 が な く,衣 服 を ほ とん ど必 要 と しない 赤 道 地 帯 で あ る と推 定 す る が, そ の正 否 は人 類 学 者 や 歴 史 学 者 の判 断 に委 ね る と して,お お よ そ穴 居 生 活 を した と考 え られ る原 始 時 代 に は,衣 服 は身 体 保 護 と羞 恥 心 か ら最 少 限必 要 な腰 蓑 程 度 の簡 単 な も の(第1図)に 過 ぎ な か っ た こ とは,未 開 民 族 の服 装 を み て も推 定 出 来 る。 他 の動 物 に比 べ て頭 脳 の成 長 期 間 が遙 か に長 く,歩 行 に脚 だ け で事 足 りる人 類 は,生 活 集 団 の構 成 人 員 が殖 え る に した が い,そ の好 奇 心 と欲 望 を満 た す た め,知 恵 と努 力 を結 集 し,相 互 の摩 察 を避 け て,新 しい生 活 圏 を求 め て移 動, 拡 散 し,そ れ ぞ れ の新 しい環 境(季 候,風 土)に 応 じた生 活 を営 む よ うに な っ た,衣 服 もそ の環 境 で利 用 出来 る材 料(動 物,植 物)を 使 っ た簡 単 な もの(第2,3図)か ら食 物,住 居 の 変化, 発 展 と と もに権 力,身 分,職 業,着 用 目的 に応 じた複 雑,高 度 の装 飾 的,機 能 的 な もの に発展 し て きた こ とが 容 易 に想 像 で き る。 ま た 衣 裳製 作 が職 業 化 す る以 前 は,ほ とん ど女 性 の 役 割 で あ っ た こ と もた しか で あ ろ う。研究紀 要 第17集 図1草 葉 の前 垂 図2藁 の腰蓑 図3毛 皮 に くる ま った イ ンデ ィア ン 3.社 会 体制 と服 装 新 しい 生 活 圏 を求 め て,離 散 した集 団 は,そ れ ぞれ の環 境 に応 じた個 有 の文 化 を発 展 させ,地 域 社 会 か ら国 へ と,そ の規 模 が膨 張 す る に した がV・,他 の地 域 集 団 ま た は国 家 との争 い が頻 発 す る よ うに な った 。 ま た一 方 物 欲 と好 奇 心 の た め,交 通 機 関 の発 達 と相 ま っ て,平 和 的 な交 易 も盛 ・ ん に な り,集 団(民 族)と 文 化 の交 流 に よっ て,服 装 の材 料,形 態 と も,ま す ます 多 様 化 し,華 麗 な もの へ と,発 展 の テ ンポ を増 し,階 級 的,時 代 的 に一 種 の モ ー ドカミ出来 る よ うに な っ た。 然 し近 代 に 至 るま で,社 会 体 制 はカ に よる統 治 す な わ ち封 建 的政 治 体 制 で あ る こ とに変 りは な く, 文 化 の興 隆 は お もに統 治 者 の欲 望 に負 うとこ ろ が多 い と評 価 す る こ とカミで き よ う。 服 装 は,逆 に この よ うな社 会 的 環 境 に よ っ て規 制 を受 け た わ け で,今 日の よ うな個 人 の意 志 に よ る 自由 な服 装 の モ ー ド既 ちフ ァツ シ ヨ ンは産 まれ な か っ た わ け で あ る。 4.思 想 環境 と服 装 思 想 環 境 も社 会 体 制 と時 代 環 境 か ら切 り離 して考 え る こ とは で き な い が,こ こ で は主 と して こ れ ら環 境 条 件 に影 響 され た個 入 的,社 会 的 な思 想 の背 影 と服 装 の モ ー ド,今 目で い うフ ァツ シ ョ ン との 関係 に つ い て考 え て み た い。 海 外 旅 行 を して,最 初 に 印象 的 に 目につ い た も の は人 々 の服 装 で あ る。 ソ ビエ トで感 じた こ とは,軍 服 姿 が多V・こ と,広 大 な土 地 空 問,建 築 物 の壮 大 さ,一 般 人 の地 味 な服 装 と ノ ン ビ リム ー ドで あ っ た。 他 の ヨー ロ ッパ 諸 国(自 由主 義 の)で は,人 口密 度 の高 い都 市 だ け に限 られ た 印象 で は あ る が,狭 隘,混 雑,無 統 制,カ ラ フル,安 易 さ等 を相 対 的 に感 じた。 目本 で の感 覚 的 な風 潮 は,ヨ ー ロ ッパ の 自由主 義 の 国 々 に近 く,北 米 合 衆 国 の都 市 の そ れ に,最 も近 似 して い る と思 う。 これ らの こ とか ら,社 会 体 制,特 に思 想 環 境 の相 違 が短 的 に人 々 の服 装 に現 れ る と の発 想 は誤 って いな い と考 え る。 社 会 体 制 また は権 力 者 に よ っ て強 制 さ れ た 服 装,ま た は 自然 環 境 に支 配 され て,機 能 的 な服 装 を集 団 的 に採 用 した場 合,い ず れ も 自 由
環 境 と 服 装 な 思 想 の 表 現(個 人 の 好 み)に よ る も の で は な い か ら,フ ァ ツ シ ョ ン と は 言 え な い 。 し た が っ て,原 始 時 代 ま た は 未 開 人 の 簡 単 な 服 装(腰 蓑,腰 巻,褌 な ど),或 る 地 方 特 有 の 伝 統 的 な(長 期 間 変 ら な い)民 族 服(べ 一 ル,ド レパ リー,サ リー,中 国 服)(第4∼8図),職 業 服 等(ア カ デ ミ ッ ク コ ス チ ュ ー ム,制 服,軍 服 等)(第9,10図)は フ ァ ツ シ ョ ン で は な い 。 し か し,こ れ ら の 服 装 ま た は モ ー ドが 或 る期 間 を経 て 共 通 的 に フ ァ ツ シ ョ ン と な っ て 再 現 す る 場 合 は あ る。 要 す る に フ ァ ツ シ ョ ン は, (1)思 想 的(自 由 意 志 か,強 制 か) (2)地 域 的(或 る 程 度 の 広 が り) (3)時 間 的(或 る 期 間 連 続 し て) (4)変 革 性(反 復 を含 む)等 の 如 何 に よ っ て 定 義 され る と考 へ る 。 図4べ 一ル をつ けた ア ラ ブ人 図5ア ラ ビ ア の民 族 服 ドレパ リー 図6イ ン ドの サ リ ー 図7中 国 服
研究紀要 第17集 図8カ リー ブの 毛 皮 を きた エ ス キモ ー の子 供 図9ア カ デ ミ ッ ク コ ス チ ュ ー ム 図10赤 十 宇 の制 服 5.む す び 国 家 的,社 会 的,組 識 的 の規 制 が 強 ま れ ば,組 織 体 の力 をそ の 目的 に 向 っ て効 果 的 に集 中 す る こ とは出 来 るが,個 人 の 思想,欲 望 は 大 き く制約 を 受 け るの で,服 装 も 自由,卒 直 な思 想 の表 現 に は な ら ない こ と にな る。元 来 フ ァ ッシ ョンは上 流,貴 族 社 会 の風 俗,習 慣 を意 味 した もの で, 下 層 階級 で は,階 級 的,経 済 的 の制 約 を受 け て,服 装 に よる思 想 の表 現 は ほ とん ど不 可 能 で あ っ た わ けで あ る。服 装 の フ ァツ シ ョンは,或 る地 域 の,或 る時 期 の,不 特 定 多 数 の人 々 の,共 通 の み な りで あ るか ら,そ の意 味 で は,そ の地 域 の,そ の時 代 の思 想 の表 現 で も あ る。 また 言 葉 を換 え る と,個 人 の 自己顕 示,同 調 性(模 倣 性),適 応 性(趣 味,感 覚),好 奇 心 等 の欲望 の表 現 で あ り,或 る程 度 多 数 の人 に,同 時 代 の,或 る期 間,共 通 して 現 れ た モ ー ドで あ る。 一言 で 云 え ば, フ ァツ シ ョンは個 人 の思 想 が共 通 の形 で表 現 され た もの で あ り,フ ァ ツ シ ョン ・デ ザ イ ナ ー に よ っ て で は な く,そ の時 代 の人 々 に よ っ てつ く られ る もの で あ る。 ク リス チ ャ ン ・デ ィオ ー ル や ビー エ ル ・カル ダ ン等 の 有名 な フ ァツ シ ョン ・デ ザ イ ナ ー は,そ の 時 代 の人 々 の思 想 を服 装 のモ ー ドに表現 す る能力 を持 って い るわ けで,そ の 時代 の 人 々 に ア ピ ー ル し,思 想 の表現 として共感 を得 た揚合 に,そ の モー ドは共通 して採 用 され ファツシ ョンが作 られ る。 つ ま りフ ァツ シ ョ ン ・デ ザイ ナ ー は フ ァ ツ シ ョ ン ・リー ダー で は あ るが フ ァ ツ シ ョン ・ メ ー カ ー で は な い。 以 上 殊 の外 フ ァツ シ ョ ンに重 点 をおU・た 嫌 い は あ るが,服 装 が そ の起 源 か ら 歴 史 の続 く限 り,自 然 環 境(人 類 を含 め て)と 社 会 環 境(思 想,政 治,経 済 の 背影)に 影 響 され て伝 統 的 に定 着 し,ま た は フ ァツ シ ョンの形 で 変 革 す る もの で あ るこ とを 強 調 した つ も りで あ る。 変 革 の ペ ー ス も,社 会 環 境 の変 化 に左 右 され る こ とを考 えた 場 合,現 代 の よ うな,め ま ぐる
環 境 と 服 装 しい フ ァ ツ シ ョンの テ ン ポは 消 費 の 増 大 を招 き,必 然 的 に物 資 の 量 産 体 制 につ なが り,生 産 過程 の 有 害 な 癈 棄 物(使 い す て の 物 資 を含 めて)の 増 加 に よ る公 害 の 発 生 か ら生 産 の 縮 少,物 資 の欠 乏,経 済 状 況 の 悪 化,消 費 の 抑 制 へ と連 鎖 反 応 を起 し,結 果 的 には フ ァ ッ シ ョンの 停 滞 また は 逆 行 さ え想 像 で き る。 参 考 文 献 1)古 代 服 飾 文 化 史,石 山 彰,1956. 2)被 服 文 化,79号,文 化 出 版 局,1963. 3)被 服 文 化,84号,文 化 出 版 局,1963. 4)服 飾 事 典,田 中 千 代,1969.