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86 Jpn. J. Clin. Immunol., 36 (2) 86~94 (2013) 2013 The Japan Society for Clinical Immunology 特集 自己抗体総説辺縁系脳炎の新たな展開 抗 NMDA 受容体脳炎の進歩を中心に 鈴木重明, 関 守信, 鈴木則

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慶應義塾大学医学部神経内科

特集自己抗体

総 説

辺縁系脳炎の新たな展開抗 NMDA 受容体脳炎の進歩を中心に

鈴 木 重 明,関 守 信,鈴 木 則 宏

Recent concept of limbic encephalitis: progress in anti-NMDA receptor encephalitis

Shigeaki SUZUKI, Morinobu SEKIand Norihiro SUZUKI

Department of Neurology, Keio University School of Medicine (Accepted January 15, 2013)

summary

Patients with limbic encephalitis usually present with rapidly progressive short-term memory deˆcits, psychiatric symptoms, and seizures. The recent concept of limbic encephalitis has been expanded. Especially, various types of toimmune limbic encephalitis are associated with autoantibodies of intracellular or cell membrane antigens. Sine au-toimmune limbic encephalitis is also associated with some types of tumors, it has also an aspect of paraneoplastic syn-drome. Anti-N-methyl-D-aspartate (NMDA) receptor encephalitis is a new category of treatment-responsive limbic encephalitis associated with NMDAR antibodies, which is the most frequent autoantibody to cell membrane anti-gen. The autoantibodies are detected in the CSF and serum of young women with ovarian teratoma, who typically de-velop schizophrenia-like psychiatric symptoms. There is a highly characteristics syndrome evolving in 5 stages; the prodromal, psychotic, unresponsive, hyperkinetic, and gradual recovery phases. The hyperkinetic phase is the most prolonged and crucial. This disorder is usually severe and can be fatal, but it is potentially reversible. Although the pathogenesis remains unclear, this disorder is considered to be the autoantibody-mediated encephalitis. This review fo-cuses in the recent concept of limbic encephalitis and clinical characteristics of anti-NMDA receptor encephalitis. Key words―limbic encephalitis; autoantibody; anti-NMDA receptor encephalitis; paraneoplastic neurological

syn-drome; involuntary movement

抄 録 辺縁系脳炎とは帯状回,海馬,扁桃体などの障害により精神症状,意識障害,けいれんなどの症状を呈し,原因 は多岐にわたっている.近年,自己免疫性の辺縁系脳炎に注目が集まっており,新規抗原分子がいくつか同定さ れ,その疾患概念は拡大している.自己抗体介在性辺縁系脳炎には特定の腫瘍が合併することがあり,傍腫瘍性神 経症候群としての側面も有している.神経細胞の細胞膜抗原である,N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体に対 する新規自己抗体が卵巣奇形腫に随伴する傍腫瘍性脳炎に特異的に存在することが報告された.抗 NMDA 受容体 脳炎は重篤かつ特徴的な臨床経過をとり,適切な免疫療法により回復可能な辺縁系脳炎であり,神経内科領域はも とより,精神科,婦人科領域でも認知されるようになった.抗 NMDA 受容体脳炎の典型例においては,前駆期, 精神病期,無反応期,不随意運動期および緩徐回復期のステージに分けることができる.抗 NMDA 受容体抗体の 測定は HEK293 細胞を用いた cell-based assay が基本であり,自己抗体が辺縁系脳炎の病態に深く関与している. 治療は早期の腫瘍摘出と免疫療法(ステロイドパルス療法,大量免疫グロブリン,血漿交換療法あるいはリツキシ マブ,シクロフォスファミド)が神経学的予後には重要である. は じ め に 辺縁系脳炎の代表的な疾患は単純ヘルペスによる ウィルス性辺縁系脳炎であり,早期治療により神経 学的予後が左右されるため救急医療において重要で ある.近年,自己抗体が介在する自己免疫性の辺縁 系脳炎に注目が集まっている.自己抗体が認識する 新規抗原分子がいくつか発見され,自己抗体介在性 辺縁系脳炎の疾患概念は拡大している1~3).自己抗 体介在性辺縁系脳炎には特定の腫瘍が合併すること があり,傍腫瘍性神経症候群(paraneoplastic neu-rological syndrome, PNS)としての側面も有して いる点が重要である4,5) 1997年に発表された本邦からの 2 編の症例報告

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を発端に,卵巣奇形腫に随伴する傍腫瘍性脳炎が散 発的に報告されていた6,7).2007 年,Dalmau によ り 神 経 細 胞 の 細 胞 膜 抗 原 で あ る , N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体に対する新規自己抗体 が卵巣奇形腫に随伴する傍腫瘍性脳炎に特異的に存 在することが報告された8).この「抗 NMDA 受容 体脳炎」は重篤かつ特徴的な臨床経過をとり,適切 な免疫療法により回復可能な辺縁系脳炎として神経 内科領域はもとより,精神科,婦人科領域でも認知 されるようになった9~11).抗 NMDA 受容体は NR1 と NR2 サブユニットのヘテロマーで構成されてお り,自己抗体の主要なエピトープは NR1 サブユニ ットの細胞外 N 末端の 25380 アミノ酸残基である. 本総説では,辺縁系脳炎に関する一般的な解説を 行い12),抗 NMDA 受容体脳炎の最近の進歩につい てまとめる. I. 辺縁系脳炎とは 大脳辺縁系とは,帯状回・海馬・海馬傍回・扁桃 体などを含めた辺縁葉と前頭葉眼窩回・島葉・側頭 葉極部,さらにこれらの部位と密接な連絡のある皮 質下の視床下部・側座核などを合わせて呼ばれる. 辺縁系の機能は,記憶と情動の二大機能に加えて血 圧,呼吸,脈拍,口腔,消化管機能に至る様々な自 律神経機能である.Papez の回路と Yakovlev の回 路は大脳辺縁系を構成する 2 つの回路である.これ らの部位を侵すのが辺縁系脳炎である. 辺縁系の障害として精神症状,自律神経症状,意 識障害,けいれんなど多彩な症状を呈する.精神症 状としては幻覚,妄想,それらに基づく異常行動, 異常言動などを認める.自律神経症状としては中枢 性低換気,不整脈,発汗障害などを認める.また 口・顔面の異常運動などの不随意運動を認めるのは 抗 NMDA 受容体脳炎に特徴的な症状である.後遺 症としては,記憶障害,見当識障害,性格・行動異 常,認知障害,失語などがありてんかんや嗅覚障害 も多い. 本邦における急性辺縁系脳炎の原因は単純ヘルペ ス脳炎 20,非ヘルペス性辺縁系脳炎 24,傍腫 瘍性 8,膠原病性 4,ヘルペス以外のウィルス 性 2,その他・分類不能 40との報告がある12) これまで本邦で報告されていた若年女性に好発する 急性非ヘルペス性脳炎(acute juvenile female non-herpetic encephalitis : AJFNHE)の多くが,現在は 抗 NMDA 受容体脳炎と考えられている.AJFNHE の全国調査の結果が 2009 年に亀井らにより報告さ れ,年間発症率は人口 100 万人あたり 0.33 人であ った13).発症率に地域差はなく,呼吸障害は経過中 に約 7 割に達すること,約 4 割で腫瘍を認め,卵巣 奇形腫が多いことが明らかになった. II. 辺縁系脳炎の分類 辺縁系脳炎の分類は各種抗神経抗体の発見により 疾患概念・分類は大きく変わった1~5,12).抗神経抗 体はこれまで知られていた細胞内抗原に対する自己 抗体と新たに同定された細胞膜抗原に対する自己抗 体の 2 つに分類することができ,両者で治療反応性 が異なる点が重要である. 1. ウィルス性辺縁系脳炎 1) 単純ヘルペスウィルス(HSV) HSV1型によるものが最も多い.側頭葉底面や前 頭葉眼窩面を好んで侵す左右非対称性の急性壊死性 脳炎であり,典型例では発熱,頭痛,精神症状,意 識障害,けいれんなどを認め,急性ときに亜急性の 経過をとる.診断・治療の遅れは未だに致死的とな ることがあり,早期診断・早期治療が非常に重要で ある. 2) ヘルペスウィルス以外 HHV6,帯状疱疹ウィルス,エンテロウィル ス,インフルエンザウィルスなどによって辺縁系脳 炎が引き起こされる.これらのウィルスと辺縁系に 対する親和性の機序は不明である. HHV6突発性発疹の起因ウィルスであり,他 のヘルペスウィルス同様,初感染後宿主内に潜伏感 染する.成人においても臓器移植後や骨髄移植後な ど免疫不全状態で再活性化され,辺縁系脳炎や脊髄 炎の原因となる14,15).ganciclovir や foscarnet が有 効である. エンテロウィルス症例報告レベルであるが,本 邦では pleconaril が市販されておらず,対症療法を 行う.診断に苦慮することが多いが,一般的には予 後良好である. 2. 自己抗体介在性辺縁系脳炎 自己抗体介在性辺縁系脳炎は細胞内と細胞膜の抗 原発現部位により大きく 2 つに大別される.一方, PNSとしての側面も有しており,診断においては 全身の腫瘍(悪性,良性のいずれも)検索は必須で ある.PNS とは腫瘍関連の神経筋障害のうち,直

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接浸潤や転移,栄養・代謝・凝固障害,治療の副作 用,日和見感染によらず,腫瘍の遠隔効果による症 候群である.2004 年に PNS の診断ガイドラインが 提唱され,多様な神経症候を呈する PNS の中でも 辺 縁 系 脳 炎 は 認 知 度 の 高 い 病 型 と し て Classical syndrome に分類されている4,5) 傍腫瘍性辺縁系脳炎の原発巣としては肺小細胞癌 (40),精巣腫瘍(20),乳癌(8),Hodgkin リンパ腫,胸腺腫,卵巣奇形腫などがある.急性も しくは亜急性進行性に記憶障害,意識障害,精神症 状などが出現し,これらの症状は腫瘍が発見される よりも早期に出現することもある.神経症状出現か ら腫瘍の診断まで平均 3~5 カ月を要する.頭部 MRI では病変が描出されないことも多い.PNS の 約 60に抗神経抗体が検出される. 1) 細胞内抗原に対する自己抗体陽性辺縁系脳炎 細胞内抗原に対する抗体は古典的な抗神経抗体で あり,PNS の診断ガイドラインでは well character-ized onconeuronal antibodies と分類されている.病 態に関してはいまだ不明な部分が多いものの cyto-toxic T cell を介する組織障害の可能性が考えられ ており,自己抗体は直接的に病態に関与するのでは なく疾患マーカーと考えられている.対応抗原と腫 瘍の関係では Hu,別名 antineuronal nucler anti-body type1(ANNA1)と肺小細胞癌,Yo,別名 type 1 anti-Purkinje cell antibody(PCA1)と卵巣 腫瘍,乳癌,Ta/Ma2 と精巣腫瘍,肺癌,CV2/ CRMP5と肺小細胞癌,胸腺腫,Amphiphysin と乳 癌,肺小細胞癌,Ri,別名 ANNA2 と乳癌,肺小 細胞癌,ANNA3 と肺小細胞癌の関連が知られて いる4,5,12).これらは「古典的な傍腫瘍性辺縁系脳 炎」では一般的には,症状が急速に進行し各種治療 に抵抗性であることが多い.しかし,抗 Ma2 抗体 陽性脳炎は,早期治療により改善が期待できる点で 他と異なっている.特に原発腫瘍が限局性の精巣腫 瘍の場合に治療効果が期待される16) 2) 細胞膜抗原に対する自己抗体陽性辺縁系脳炎 近年,次々と新たな細胞膜抗原に対する抗体が同 定されており多くの注目を集めている.細胞内抗原 に対する抗体陽性辺縁系脳炎に比べて,本症は腫瘍 の 合併 が少 な く非 傍腫 瘍 性も あり 得 る. 従来 , PNS は治療抵抗性で予後不良と考えられてきた が,本症は免疫療法に対する治療反応性があること が 注目 され て いる .対 応 抗原 と腫 瘍 の関 係で は NMDA 受容体と卵巣奇形腫,AMPA(a-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid ) 受 容 体と肺癌,乳癌,胸腺腫,GABAB(g-aminobutyr-ic acid B)受容体と肺小細胞癌,神経系の電位依存 性 カ リ ウ ム チ ャ ネ ル ( voltage-gated potassium channel, VGKC)と肺癌,胸腺腫,リンパ腫の関連 が明らかになった17~22).これらの疾患の中には, 神経伝達物質受容体だけでなく,シナプス関連タン パク質に対する自己抗体を介して発症する可能性も あり,「自己免疫性シナプス脳症」という考え方も 提唱されている10,11)

抗 AMPA 受容体脳炎Lai らは AMPA 型グルタ ミン酸受容体の GluR1/2 subunit に対する抗体を有 する,主として亜急性の経過をとった辺縁系脳炎を 10 例報告した17).女性に多く,多くが悪性腫瘍を 合併していた.肺小細胞癌が最も多く,他に胸腺腫 や乳癌があった.免疫療法や腫瘍に対する治療に反 応するが,神経学的再発が多く同カテゴリーの他の 脳炎とは予後の点で異なる.

抗 GABAB受容体脳炎Lancaster らは GABAB受

容体の B1 subunit に対する抗体を有する辺縁系脳 炎を 15 例報告した.7 例が悪性腫瘍を合併してお り,5 例は肺小細胞癌であった.痙攣が早期から目 立ち,他の自己抗体(特に GAD 抗体)の陽性率が 高いのが特徴である18) 抗 neuronal VGKC 抗体脳炎腫瘍非合併例も多数 報 告 さ れ る よ う に な っ て い る . 男 性 に 多 く , SIADHが原因と考えられる低 Na 血症を合併す る.副腎皮質ステロイド,血漿交換,免疫グロブ リン大量療法などの免疫療法に反応性で,約 6 割 で 著 効 を 示 し た19,20). こ れ ま で 抗 VGKC 抗 体 の 対応抗原は神経組織に発現する VGKC のサブユ ニットである Kv1.1, 1.2, 1.6 と考えられていたが, LGI1(leucine-rich, glioma-inactivated1)あるいは CASPR2(contactin-associated protein-like 2)が抗 体エピトープである可能性が報告され,それぞれに 関連した臨床像の相違点も報告されている21,22) 3. 自己免疫疾患関連性辺縁系脳炎 橋本病や SLE や Sj äogren 症候群や関節リウマチ などの自己免疫疾患を有する患者に辺縁系脳炎を合 併することがある12) 橋本病橋本脳症では辺縁系脳炎の臨床像を呈した 症例が散見され,抗 NAE 抗体(a エノラーゼの N 末端部位に対する疾患特異的な自己抗体)との関連 が知られている.

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図 1 41 歳女性,脊髄腫瘍(アストロサイトーマ)に対して 髄内播種予防目的に脊髄離断術を施行した 5 カ月後に 辺縁系脳炎を発症した.頭部 MRI T2 強調像で両側大 脳側頭葉に高信号域を認める25) SLESLE と辺縁系脳炎の関連では抗 dsDNA 抗 体が Glue2 と交差反応性を有することから,自己 抗体により神経細胞の NMDA 受容体の傷害が生 じ,神経細胞のアポトーシスに寄与する可能性があ る. Sj äogren 症候群Sj äogren 症候群に随伴した辺縁 系脳炎,あるいは血清学的に抗 SS-A 抗体陽性の辺 縁系脳炎の報告が散見される.神経症状合併例は, 抗神経抗体の出現率が 55と高いことが知られて いる. 再発性多発軟骨炎軟骨組織に繰り返し炎症が生 じ,進行性に破壊が進行する稀な全身性の自己免疫 疾患である.辺縁系脳炎合併例の報告は少ないが, 近年症例報告が相次いでおり,念頭におく必要があ る.辺縁系脳炎合併例はほとんどが男性で,両側の 耳介の発赤・腫脹および疼痛が初期から観察される ことも特徴である23) 4. 薬物治療に伴う辺縁系脳炎 薬剤性過敏症症候群Hypersensitivity syndrome は薬物アレルギーの中でも発熱,多臓器障害,皮疹 の 3 主徴を満たすものをいう.その中で原因薬剤を 中止しても症状が増悪し,治療を行っても再燃を繰 り返す一群が存在し,HHV6 の再活性化の関与が 注目されるようになった.HHV6 の再活性化が関 与した重症薬疹を薬剤性過敏症症候群(drug-in-duced hypersensitivity syndrome, DIHS)と呼ぶ. 原因薬剤としては抗てんかん薬が多く,DIHS の臓 器障害として辺縁系脳炎を認めた症例が報告されて いる. ワクチン接種後インフルエンザワクチン接種後 に生じた辺縁系脳炎の報告例もある.ただしワクチ ン接種と辺縁系脳炎の発症の因果関係は不明である. 5. 妊娠に伴う辺縁系脳炎 妊娠に伴って発症した辺縁系脳炎の報告が散見さ れる.Kumar らは妊娠中に発症した抗 NMDA 受 容体脳炎を 3 例報告し,うち 2 例で卵巣奇形腫を認 めた24).妊娠と辺縁系脳炎の関連についても因果関 係は不明である. III. 辺縁系脳炎の鑑別診断 辺縁系脳炎の分類を示したが,実地臨床において 辺縁系脳炎の鑑別診断は容易ではない.急性発症の 辺縁系脳炎に対しては診断の確定を待たずにアシク ロビルの投与を行う.辺縁系脳炎が自己免疫性か否 かについての診断は難しく,どの時点で免疫療法を 行っていくか判断が難しい.前項で解説した自己抗 体の多くは容易に行える検査ではなく,特定の研究 機関(場合によっては海外の研究機関)へ依頼する 必要がある.したがって抗体検査の結果を待って治 療を開始するわけにはいかないのが現状である. 我々は辺縁系脳炎の鑑別に難渋した症例として悪 性の脊髄腫瘍(アストロサイトーマ)に対して髄内 播種予防目的に脊髄離断術を施行した 25 カ月後に 辺縁系脳炎を呈した 41 歳女性,30 歳男性の 2 症例 を経験した25).いずれもアストロサイトーマの脊髄 離断部の局所再発はなく,免疫療法により記憶障 害,精神症状,幻嗅(食事がさびた鉄のような嗅い に感じる)が改善し,MRI 上は両側辺縁系脳炎の 所見を認めた(図 1).両症例とも最終的には大脳 に悪性アストロサイトーマの転移を認め死亡した. 細胞内,細胞膜抗原に対する各種自己抗体は検出さ れなかった.辺縁系脳炎の原因として PNS なのか 原発の転移なのか確定的な診断を得られなかった. IV. 抗 NMDA 受容体脳炎の症例呈示 細胞膜抗原に対する自己抗体陽性辺縁系脳炎の中 で最も頻度が高く,かつ特徴的な臨床像を呈するの が抗 NMDA 受容体脳炎である.我々は本疾患概念 が確立した直後に抗 NMDA 受容体脳炎の症例を発 症直後に診断し卵巣奇形腫摘出と免疫療法の組み合 わせにより良好な経過を取った 18 歳女性を経験し た(図 2)26) 主訴として左半身がねじれる感覚,口周囲の不随 意運動を自覚した.翌日に発熱や見当識障害,意味

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図 2 18 歳女性,発症早期に卵巣奇形腫摘出と免疫療法を行った抗 NMDA 受容体脳炎26).(A) 経過表.血清,髄液は第 18 病日 (治療前),第 39 病日(治療後早期),第 120 病日(治療後後期)に採取した.mPSLステロイドパルス療法.(B) 骨盤部 CT 所見.右卵巣に奇形腫を認める.(C) 手術で摘出した卵巣奇形腫,組織学的には immature teratoma であった.(D) 卵巣奇形腫組織を用いた免疫組織化学.一次抗体として患者血清(A),抗 NR1 抗体(B),抗 MAP2 抗体(C)を用いた.患 者血清は奇形腫の神経組織を含む部位に反応し,NMDA 受容体のサブユニット NR1 も発現している.原図×300. 不明の言動が出現し入院となった.神経学的所見で は軽度の意識障害と口周囲のジスキネジアを認め, 髄液検査で細胞数増多(87/ml, mono 81, poly 6, 蛋白,糖は正常)を認めた.頭部 MRI では脳実質 に異常はなかった.アシクロビルを開始したが,意 識障害・不穏状態が増悪し,また第 5 病日より目を 大きく見開く,口を尖らせて笑うような顔面を中心 とした特異な不随意運動が目立つようになった.血 清・髄液中の各種ウィルスの PCR,抗体価はいず れも陰性であった.不随意運動やけいれん様発作に 対してバルプロ酸,フェニトインは充分な効果を得 られず,中枢性低換気,脈拍数の変動や唾液過多な どの自律神経障害も出現した.第 9 病日の骨盤腔 CTで右卵巣に奇形腫を認めた.第 11 病日に人工 呼吸器管理となり,第 13 病日には気管切開術を施 行した.第 18 病日の髄液と血清で抗 NMDA 受容 体抗体は陽性であった.第 19 病日右付属器摘出術 を施行し,病理組織の結果は未熟奇形腫であった (最大径 6 cm).第 26 病日から第 34 病日にかけて 計 4 回の血漿交換を施行した.第 38 病日より意識 障害,不随意運動などの改善がみられたが,第 39 病日の髄液と血清でも抗 NMDA 受容体抗体は陽性 であった.第 42 病日には従命可能となるまで改善 した.しかし,第 55 病日より発熱や不随意運動が 再び出現し,第 61 病日よりステロイドパルス療法 を施行した.その後更に臨床症状の改善を認め,第 70 病日には人工呼吸器から離脱できた.その後も 意識状態,全身状態は著明に改善し,第 120 病日に は MMSE 29/30 まで改善した.経過中に左大腿静 脈に血栓を認め抗凝固療法を要した.第 129 病日に 退院となった.その後在宅で療養したのち,大学に 復学した.発症から 5 年経過した現在,理科系大学 を卒業し技術系職業に就くまで完全に回復している. V. 抗 NMDA 受容体脳炎の臨床像 Dalmauらの 400 例の抗 NMDA 受容体脳炎の解 析によると,腫瘍合併例は 42(女性 49,男性 5)であり,当初考えられていた頻度より低い値

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となっている10).腫瘍合併率低下の要因として,18 歳以下の占める割合が 56と増加し27),男性の占 める割合も 16と増加したことが挙げられる.ま た卵巣奇形腫合併率は,黒人女性の 63,アジア 系女性の 48,白人女性の 38と人種差もある. 卵巣奇形腫以外の腫瘍は極めてまれであり,400 例 中 9 例にしか確認されていない. 抗 NMDA 受容体脳炎の典型例においては,前駆 期,精神病期,無反応期,不随意運動期および緩徐 回復期のステージに分けることができる28) 1. 前駆期 発熱,頭痛,倦怠感,悪心,嘔吐,下痢,上気道 炎など非特異的な感冒症状が先行することが多く, 86の症例で認められている.これらの前駆症状を 自己抗体によって生ずる初期症状かあるいは免疫応 答の賦活誘因の可能性が考えられる.ワクチン接種 後に抗 NMDA 受容体脳炎を発症した症例も報告さ れており,自己免疫応答に寄与した可能性が考えら れる. 2. 精神病期 前駆症状出現数日から 2 週間以内に精神症状が出 現する.病初期には無気力,無感動,抑うつ,不 安,孤独などの感情障害が出現する.病初期には病 識が保たれているが,その後,興奮,幻覚,妄想, パラノイアなどいわゆる統合失調様症状が急速に進 行する.抗 NMDA 受容体脳炎の 100 例中 77 例で は著明な精神症状で発症し最初に精神神経科を受診 している.残りの症例は記憶障害や痙攣で発症して いる.記憶障害については正確に把握されていない 可能性もある.また小児では,不機嫌,落ち着きの なさ,易興奮性,不安,不眠,言語障害,痙攣で発 症することが多い.精神症状極期を過ぎると,88 の症例は意識低下が進行し,緊張病性混迷に似た無 反応状態に陥る. 3. 無反応期 意識障害が進行すると無反応状態となり,外的刺 激に対する反応はほぼ消失する.しかし,開眼させ ようとすると閉眼し,口を開けさせようにすると閉 じるなど,意識レベルの低下だけでは説明できない 所見を認めることがある.またカタレプシーなど緊 張病類似の症候を示すこともある.意識障害が出現 すると自発呼吸も弱くなり,低換気状態になる.痙 攣後の呼吸抑制,嚥下障害,唾液分泌亢進などが重 なり,66の症例で中人工呼吸器,気管切開が必要 となる. 4. 不随意運動期 意識レベルが低下すると,口部ジスキネジアや手 指のアテトーゼ,ジストニア運動が出現し,次第に 増強する.不随意運動は 86の症例に記載されて おり,口舌顔面に好発するが,振戦,ミオクローヌ ス,ジストニア,オピストトーヌス,舞踏病様運 動,アテトーゼ,oculogyric crisis,ピアノを弾い ているような手の動きなど多彩な不随意運動が報告 されている11).抗 NMDA 受容体脳炎に最も特徴的 な神経症候を示し,これらの不随意運動は数週から 1年間持続する場合がある.また体温上昇,頻脈, 徐脈,血圧上昇,発汗過多,唾液分泌亢進など多彩 な自律神経症状を随伴するのが特徴であり,69に 記載されている. 痙攣発作は 76で認められており,てんかん発 作重積を呈する場合もある.しかし,脳波で発作を 認める頻度は 23と低頻度であり,ほとんどの症 例ではびまん性徐波を呈する.臨床上,複雑部分発 作と不随意運動の鑑別が難しい場合が多い.これら 特徴的な神経症状を示すのに反して,頭部 MRI で 典型的な側頭葉内側病変を認めるのは 22だけで ある. 不随意運動に対して抗てんかん薬は必ずしも有効 でない.プロポフォールやミタゾラムが有効とされ ているが,減量により不随意運動が出現するため, 経静脈麻酔薬の長期投与がしばしば必要になる.自 験例ではジアゼパム 30 mg/日の経鼻胃管投与が 口・顔面の不随意運動に有効であった.高体温は NSAIDsには反応せず,全身冷却などの対処が適宜 必要となる.心伝導障害の報告もあり心電図モニ ターの装着の上,不整脈の出現に注意する必要があ る.唾液分泌亢進も高頻度に認め,誤嚥性肺炎に注 意を要する. 5. 緩徐回復期 不随意運動が落ち着いてくると,意識はゆっくり と回復し始める.飯塚らの報告によると,意識障害 が半年以上遷延した症例では,発症 712 か月後に 側頭葉を中心に脳萎縮を認めた.しかし発症 57年 後 には 認知 機 能の 回 復と とも に 脳萎 縮も 改 善し た29).長期間にわたり無反応状態であっても緩除に

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回復する可能性があるのが抗 NMDA 受容体脳炎の 特徴である. 多数例の長期予後に関してはほぼ回復した症例が 75であり,死亡率は 4,再発率は 2025と報 告されている.経過は重篤かつ長期となり長期臥床 を余儀なくされ,加えて,骨盤腔内の手術を施行さ れる患者も多く,深部静脈血栓症の出現に注意が必 要である. VI. 抗 NMDA 受容体抗体の病態機序 本疾患は液性免疫が主体の自己免疫疾患である. 抗体測定は HEK293 細胞を用いた cell-based assay が基本である.腫瘍合併例では,先行感染を契機に 免疫応答が賦活し,奇形腫内部の神経組織に発現し ている NMDA 受容体に対して産生された自己抗体 が辺縁系脳炎を引き起こす.剖検例では中枢神経系 にグリオーシスとミクログリアの増加を認めるが T 細胞浸潤はほとんど認めない.臨床的には腫瘍摘出 術や免疫療法が奏功することから抗 NMDA 受容体 抗体が原因となるシナプスの機能障害による疾患と 考えられている.

抗 NMDA 受容体抗体は主に IgG1 と IgG3 サブ クラスで構成されており,補体活性化機能を有して いると考えられる.腫瘍細胞や NMDA 受容体を発 現している HEK293 細胞上には補体の沈着が確認 されている.しかし剖検脳では IgG の沈着を認め るが補体の沈着は認めない. 抗 NMDA 受容体抗体の作用機序に関する研究も 進んでいる.患者髄液を加えてラットの海馬神経細 胞を培養すると,後シナプス NMDA 受容体のクラ スター数が減少するが,その後コントロールの髄液 に置換して培養するとクラスター数が回復すること が 示さ れて い る. 一方 , 後シ ナプ ス 蛋白 であ る PSD95 のクラスター数は患者髄液と培養しても減 少しないことから,本抗体は後シナプス NMDA 受 容体のクラスター数を選択的かつ可逆的に減少させ る機能を有するものと考えられる9) Hughesらによると本抗体は NMDA 受容体を架 橋結合し,受容体を内在化(internalization)する ことにより,後シナプス膜受容体の発現数を減少さ せる30).また海馬神経細胞のパッチクランプ法によ り,本抗体は NMDA 受容体を介する微小興奮性シ ナプス後電位を減少させるが,AMPA 受容体を介 する電位は減少させないことも証明した.また, NMDA受容体以外のグルタミン酸受容体の発現量 や分布には影響しない.さらに抗体をラットの海馬 に注入すると NMDA 受容体濃度が減少することも 示された.剖検例でも NMDA 受容体濃度の低下が 報告されており,NMDA 受容体数の減少が,受容 体機能全体の機能低下につながるものと理解されて いる. VII. 抗 NMDA 受容体脳炎の治療 腫瘍合併例では腫瘍切除と免疫療法の併用療法が 推奨されてきた.また,腫瘍切除前に免疫療法を行 っても充分な効果が得られないこと,難治例ではシ クロフォスファミド大量療法やリツキシマブが奏功 すること,無治療であっても自然回復する可能性が ありことなども報告されてきた.現在,抗 NMDA 受容体脳炎 400 例の臨床データを基づく新しい治療 アルゴリズムが Dalmau らによって提唱されてい る10) この治療アルゴリズムでは免疫治療を第 1 選択治 療(ステロイドパルス療法,大量免疫グロブリン, 血漿交換療法)と第 2 選択治療(リツキシマブやシ クロフォスファミド)に分けている.第 1 選択治療 開始後 10 日以内に改善が認められない場合は,躊 躇なく第 2 選択治療に踏み切ることを推奨してい る.血漿交換療法は不随意運動や全身状態によりし ばしば実施困難な場合が多く,ステロイドパルス療 法と大量免疫グロブリンが併用されることが多い. また本邦における医療保険の側面から第 2 選択治療 の中でリツキシマブを使用するのは難しい.現実的 な問題としては抗体測定の結果が陽性と判明しない 限り,早期から強力な免疫療法に踏み切るのは容易 ではない. 2013年 1 月に発表された多数例の抗 NMDA 受 容体脳炎の治療と予後の関係に関する論文によると, 501 例のうち 94で腫瘍摘出術あるいは第 1 選択治 療を受けている31).53の患者は治療 4 週間以内に 改善を認めている.第 1 選択治療で効果が得られな かった症例のうち 57が第 2 選択治療を受けてお り,第 2 選択治療を受けなかった群に比べて予後は 良好であった. お わ り に 辺縁系脳炎の新たな展開について概説した.特に 抗 NMDA 受容体脳炎を中心に取り上げたが,抗 NMDA 受容体脳炎の患者を一度でも診た医師はそ の特徴的な臨床経過に加えて,長期にわたる治療や

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管理に難渋することから極めて印象にのこる疾患と なる.1973 年製作のアメリカのホラー映画である 『エクソシスト』(The Exorcist)はこの抗 NMDA

受容体脳炎がモデルになったと考えられている32) エクソシストとは,英語で“悪魔払い(カトリック 教会のエクソシスム)の祈祷師”という意味であり, まさに悪魔に取りつかれたような異様な不随意運動 の印象を先人に与えたものと推測される. 抗 NMDA 受容体抗体は辺縁系脳炎だけでなく, 原因不明の難治性けいれんにも関与することが明ら かになり33),本抗体が関連する臨床像はより多様で あると考えられる. 文 献

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図 1 41 歳女性,脊髄腫瘍(アストロサイトーマ)に対して 髄内播種予防目的に脊髄離断術を施行した 5 カ月後に 辺縁系脳炎を発症した.頭部 MRI T2 強調像で両側大 脳側頭葉に高信号域を認める 25) .SLESLE と辺縁系脳炎の関連では抗 dsDNA 抗体が Glue2 と交差反応性を有することから,自己抗体により神経細胞の NMDA 受容体の傷害が生じ,神経細胞のアポトーシスに寄与する可能性がある.Sj äogren 症候群Sj äogren 症候群に随伴した辺縁系脳炎,あるいは血清学的に
図 2 18 歳女性,発症早期に卵巣奇形腫摘出と免疫療法を行った抗 NMDA 受容体脳炎 26) .(A) 経過表.血清,髄液は第 18 病日 (治療前),第 39 病日(治療後早期),第 120 病日(治療後後期)に採取した.mPSLステロイドパルス療法.(B) 骨盤部 CT 所見.右卵巣に奇形腫を認める.(C) 手術で摘出した卵巣奇形腫,組織学的には immature teratoma であった.(D) 卵巣奇形腫組織を用いた免疫組織化学.一次抗体として患者血清(A),抗 NR1 抗体(B),抗 MA

参照

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