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一 一柏木の おほけなき 思いと 犯し の掣肘 源氏物語 において 柏木は朱雀院女三宮を恋慕して 犯し を遂げ その事実を知った光源氏を恐れて死の床に臥すに至る 本稿では 若菜 上巻以降の柏木像の特異性を おほけなし の語などに着目することで辿り そこにどのような構想的意図が認められる

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2018年2月

富山大学人文学部紀要第

68号抜刷

『源氏物語』における柏木の造型の特質と構想的意義について

―「おほけなし」の語に着目して―

 

   

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﹃源氏物語﹄における柏木の造型の特質と構想的意義について 一

  

 

柏木の「おほけなき」思いと「犯し」の掣肘

『 源 氏 物 語 』 に お い て、 柏 木 は 朱 雀 院 女 三 宮 を 恋 慕 し て「 犯 し 」 を 遂 げ、 そ の 事 実 を 知 っ た 光 源 氏 を 恐 れ て 死 の 床 に 臥 す に 至 る。 本 稿 で は「 若 菜 」 上 巻 以 降 の 柏 木 像 の 特 異 性 を、 「 お ほ け な し 」 の 語 な ど に 着 目 す る こ と で 辿 り、 そ こ に ど の よ う な 構 想 的 意 図 が 認 め ら れるかを明らかにした上、 その造型の意義について論及したい。 「おほけなし」 の語意は 「身分不相応 ・ 身のほどをわきまえない」 であり、 身分違いの恋から密通により秩序を犯すことまでの内容を含む。それぞれの使用の間には語意の揺れがあり、 それを捉えることで柏木 造型をめぐる意図を確認することができると考える。 柏木の女三宮「犯し」をめぐっては、 柏木自身もしくは彼の周囲の人物により「おほけなし」という語が多用されている。その数は 作品全体二十八例のうち十二例を数える。 そ の 十 二 例 を ① ~ ⑫ と 番 号 を 付 し て 辿 っ て い き た い が、 こ れ ら の う ち、 「 若 菜 」 下 巻 の 柏 木 の 女 三 宮 へ の 侵 入 以 前 で 使 用 さ れ る も の は 四 例 で あ り、 最 初 の 使 用 は、 「 若 菜 」 下 巻 の、 柏 木 が 六 条 院 で の 競 射 に 出 か け 源 氏 と 対 面 し た 折 に 見 ら れ る。 こ こ で 柏 木 は 源 氏 を 畏

『源氏物語』における柏木の造型の特質と構想的意義について

―「おほけなし」の語に着目して―

 

   

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富山大学人文学部紀要 二 怖し自分の女三宮「犯し」に繋がる思慕を「おほけなきこと」とし、宮との密通をあり得ないものと思っている。 みづからも、大殿を見たてまつるに気恐ろしくまばゆく、かかる心はあるべきものか、なのめならむにてだに、けしからず人に 点つかるべきふるまひはせじと思ふものを、 まして① おほけなき ことと、 思ひわびては、 (以下略、 一五五   )(傍線呉羽、 以下同じ) 右 の 記 述 で、 「 お ほ け な き( し )」 は、 柏 木 の 女 三 宮 へ 傾 く 心 を あ り 得 な い こ と と し て 掣 肘 し よ う と す る と こ ろ に 見 ら れ る が、 彼 は、 その心を押さえることができず、かつて「若菜」上巻での六条院蹴鞠の場で女三宮の姿を柏木に露わにした宮の飼う唐猫を求めること により紛らわそうとする。 以降柏木が女三宮と直接話す機会を求めその手引きを小侍従に求めるやりとりには、宮と直接対面し「犯し」に至る以前の「おほけ なし」の用例のうち残りの三例が現れる。柏木に降嫁した女二宮をさしおいて女三宮を慕う彼の打ち明けに、小侍従は②「いであな お ほけな 」とあきれており、それに対し柏木は宮への思慕の一端を述べたく「ただ、かくありがたきものの隙にけ近きほどにて、この心 の う ち に 思 ふ こ と の は し す こ し 聞 こ え さ せ つ べ く た ば か り た ま へ。 」 と 請 い、 ③「 お ほ け な き 心 は、 す べ て、 よ し 見 た ま へ、 い と 恐 ろ しければ、思ひ離れてはべり」と言って「犯し」を遂げようとすることまでは考えていないことを言明するが、小侍従からは彼が宮と 直接対面したいとする意志について、④「これより おほけなき 心は、いかがあらむ。 」と言われている。 (以上、二一九~二二〇) 柏木は女三宮を恋慕する心を「おほけなし」と自覚し、 「まことに、 わが心にもいとけしからぬことなれば」 (「若菜」下巻二二二)と、 その心を止めようとしているが、そうした抑制は周囲の人物によってもなされている。前述「おほけなし」の語が小侍従という第三者 により発せられている(②④)こともそうした掣肘に当たるが、それ以前「若菜」上巻の六条院蹴鞠の場面で、第三者として夕霧の視 線が注目され、彼の柏木を見つめるそのまなざしに、柏木が女三宮に惹かれていくことを掣肘する役割が認められる(一四二ページ) 。 夕霧は柏木の異常さを際立たせる人物としても描かれ、また寝殿の中とはいえ端近にいた女三宮を軽々しいと批判している   。 更に柏木の女三宮思慕を抑制する働きは、語り手の言にも見られる。柏木は、宮の飼っていた猫をかき抱いて愛撫するという執心ぶ り を 見 せ る が、 そ の 様 子 は 草 子 地 で、 「 わ り な き 心 地 の 慰 め に、 猫 を 招 き 寄 せ て か き 抱 き た れ ば、 い と か う ば し く て ら う た げ に う ち な く も な つ か し く 思 ひ よ そ へ ら る る ぞ、 す き ず き し や。 」( 「 若 菜 」 上 巻 一 四 二 ) と 非 難 さ れ て い る。 柏 木 の 行 動 を 客 観 の 視 座 か ら 見 て 異

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﹃源氏物語﹄における柏木の造型の特質と構想的意義について 三 常とするものである。 こ の 後「 若 菜 」 下 巻 の、 女 三 宮 に 侵 入 す る 場 面 で は、 柏 木 に 説 得 さ れ 手 引 き し た 小 侍 従 に 対 し、 語 り 手 は、 「 さ ま で も あ る べ き こ と な り や は。 」( 二 二 三 ) と 評 し て い る が、 こ の 評 言 は こ れ か ら 起 こ る 侵 入 を「 あ っ て は な ら な い 」 こ と と す る 判 断 か ら 出 た も の で あ る。 草子地は語り手の意識の表れとして、柏木の女三宮への思慕の高まり、それによる宮への接近を牽制する。 このように柏木本人の自覚のみならず、小侍従や夕霧など周囲の者、そして語り手のレベルでも、源氏の正妻女三宮を犯すことは許 されないこととしているにもかかわらず、柏木は女三宮に対する恋慕の盲目的情熱をもって彼女に接近する。それは柏木の内の、女三 宮への接近を促す自ら恃む心を根底にした彼の心理の特殊性による。 彼は大臣家の長男として、例えば女三宮の婿選びの際の太政大臣の言の伝聞として「この衛門督の、今まで独りのみありて、皇女な らずば得じ、と思へるを」 (「若菜」上巻三七)とあるように、皇女降嫁の願いによる野心を強く持ち、自分が朱雀院や帝に女三宮の配 偶としてふさわしいと認められているという自信のもと、宮への憧れを強くして盲目的に宮の幻像を抱くようになる。 このように柏木には、自分が朱雀院や帝に女三宮の婿としてふさわしいと認められているという確信がある。彼は朱雀院に「親しく さ ぶ ら ひ 馴 れ 」 て 院 が 女 三 宮 を 大 切 に し て い た 様 子 を 見 聞 し て お り、 「 さ ま ざ ま の 御 定 め あ り し こ ろ ほ ひ よ り 聞 こ え 寄 り、 院 に も め ざ ましとは思しのたまはせずと聞きしを、 かく異ざまになりたまへるは、 いと口惜しく胸いたき心地すれば、 なほえ思ひ離れず。 」(一三五) とあって、婿選びでの朱雀院の自分への評価が低いものではなかったと期待を寄せていたことがわかる。そして前述「若菜」上巻の六 条院蹴鞠の場面では、夕霧によって女三宮の慎しみの浅さが批判的に見られているのに対し、柏木はこの女三宮の欠点を顧みることな く、宮の姿を見ることができたのも以前からの恋が成就する前兆かと、その因縁が嬉しくてならない(一四四) 。 自分が朱雀院から女三宮の配偶に相応しいと認められているという柏木の確信は、その後「若菜」下巻で、直接に女三宮に会おうと して手引きを小侍従に依頼するとき、彼女に、院が源氏の女三宮処遇の軽さを憂えている伝聞を披瀝して、 ・女二の宮のなかなかうしろやすく、行く末長きさまにてものしたまふなること、とのたまはせけるを伝へ聞きしに、いとほしくも 口惜しくも、いかが思ひ乱るる。 (二一八~二一九)

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富山大学人文学部紀要 四 ・宮にかたじけなく聞こえさせ及びけるさまは、院にも内裏にも聞こしめしけり。などてかは、さてもさぶらはざらまし、となむ事 のついでにはのたまはせける(二一九) と言っていることで窺える。柏木による女二宮後見の「うしろやすき」様子に朱雀院が満足し、柏木に降嫁させなかったことを悔やん でいると受けとめているのである。これらの朱雀院の言説の伝聞は、柏木の内で反芻されることにより彼の女三宮への執着心を増幅さ せ、 「犯し」を「おほけなし」と自覚する彼の自制心とせめぎ合いつつその「犯し」の行動へ赴かせる力となっているといえる。 「柏木 の な か で 宮 の 幻 像 が 自 己 増 殖 し て 行 き、 女 三 宮 と い う 固 有 の 情 念 が 出 来 上 が っ て し ま っ た ら し い   。」 と い う 堀 内 秀 晃 氏 の 指 摘 が 首 肯 できるところである。 この間、柏木は源氏の女三宮処遇の様子を伝え聞き、 「対の上の御けはひには、なほ圧されたまひてなむ」という世間の噂を耳にし、 源 氏 が 宮 を 軽 ん じ て 不 当 で あ る と の 感 を 強 く し て い る。 あ ま つ さ え 源 氏 に 対 し て、 「 世 の 中 定 め な き を、 大 殿 の 君 も と よ り 本 意 あ り て 思 し お き て た る 方 に お も む き た ま は ば と た ゆ み な く 思 ひ 歩 き け り。 」( 「 若 菜 」 上 巻 一 三 六 ) と、 ゆ く ゆ く 本 懐 の 出 家 を 遂 げ る こ と を 期 待する。 以上のように、柏木の女三宮「犯し」に対して何重もの掣肘の枠を設定しつつ、柏木にその枠を乗り越えさせるものがある。朱雀院 の思わくをめぐる彼の推測、源氏への義憤等が絡まってその必然性を強くしている。権勢並ぶもののない源氏の正妻への「犯し」が物 語 内 の 秩 序 に お い て は 許 さ れ な い こ と と さ れ つ つ、 物 語 の 時 間 の 進 行 の 中 で 遂 げ ら れ る。 そ う し た 様 相 の 根 底 に は、 「 犯 し 」 が 当 初 よ り避けられぬものと定まっていたことを肯わせるものがあり、それを運命的なものとして捉えることができるが、一方で創作主体たる 作者のレベルから見ると、そこに構想的意図の存在を読むことは可能であろう。その目論見による「犯し」への傾斜を物語の内なる秩 序が阻もうとし、自己の中の幻像に促されるなど柏木をめぐって添えられた心の必然とせめぎ合いながら、結局それが遂げられること になるのである。

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﹃源氏物語﹄における柏木の造型の特質と構想的意義について 五

  

 

女三宮婿選びの時点での柏木造型の意図

柏 木 に「 犯 し 」 を 遂 げ さ せ る 目 論 見 は、 「 若 菜 」 上 巻 で の、 朱 雀 院 の 女 三 宮 の 婿 候 補 の 選 び の 段 階 で、 院 が 柏 木 を 特 別 な 人 物 と し て 扱うことにその現れを認めることができる。 ここで源氏以外の他の婿候補者、夕霧・蛍兵部卿宮・大納言については朱雀院が源氏を意中の人として考える中で言及され、まず夕 霧については、年少の上に雲居雁を娶った直後であることにより候補から降ろされるなど、それぞれの名が挙げられつつ、当然の如く 候補の座から外されている。 こうして、源氏が女三宮の婿として唯一の人とする文脈が作られるが、その中で柏木の場合は、彼について朱雀院が次のように評し ているように、保留と言う形をとらされる。 右衛門督の下にわぶなるよし、尚侍のものせられし、その人ばかりなむ、 位などいますこしものめかしきほどになりなば 、などか はとも、思ひよりぬべきを、 まだ年いと若くて、むげに軽びたるほどなり。 高き心ざし深くて、やもめにて過ぐしつつ、いたくし づ ま り 思 ひ あ が れ る 気 色 人 に は 抜 け て、 才 な ど も こ と も な く、 つ ひ に は 世 の か た め と な る べ き 人 な れ ば、 行 く 末 も 頼 も し け れ ど、 なほまたこのためにと思ひはてむには限りぞあるや( 「若菜」上巻三六) 柏木はこの時点での位階の低さ、年齢の若さにより婿候補にはなりえないが、朱雀院から彼の皇女を得ようという高い志や人柄は評 価されており、また、他の婿候補者とは違い、その将来性も期待されている。そしてこの朱雀院評では、皇女を望んでやもめ暮らしを 続けている野心的な彼の姿も語られている。 な お、 前 述 し た よ う に 柏 木 へ の 言 及 の 前 に 蛍 兵 部 卿 宮 と 大 納 言 の 朝 臣 が あ げ ら れ て お り、 兵 部 卿 宮 に つ い て は、 「 あ ま り い た く な よ び よ し め く ほ ど に、 重 き 方 お く れ て、 す こ し 軽 び た る お ぼ え や 進 み に た ら む。 な ほ さ る 人 は 頼 も し げ な く な む あ る。 」( 同 巻 三 五 ) と、 婿としての「頼もしげな(さ) 」を指摘されており、大納言に至っては、更に厳しい評価がなされている。 また大納言の朝臣の、家司望むなる、さる方にものまめやかなるべきことにはあなれど、さすがにいかにぞや。さやうにおしなべ

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富山大学人文学部紀要 六 たる際は、なほめざましくなむあるべき。 (同巻三五) 朱雀院は女三宮の婿としては彼女に愛情を注いでくれる存在を求めているのではない。この大納言への記述から、女三宮の婿として ふさわしい身分であるかどうかに評価の重点が移行している。この女三宮の婿候補として年齢も経歴も家計も明らかにされていない人 物が唐突に登場し、正三位相当の大納言程度では、女三宮の婿としてふさわしくないと述べられ、その直後に、朱雀院の思考は更に身 分 の 低 い 右 衛 門 督 柏 木 に 移 っ て い る。 こ の 大 納 言 の 朝 臣 に つ い て、 広 瀬 唯 二 氏 は、 「 唐 突 に 登 場 さ せ ら れ た こ の 大 納 言 と い う 人 物 は、 柏木を婿候補からはずす論理に説得力を附加する機能を果たす存在ということになる。このような唐突な印象の否めない人物を登場さ せ て ま で、 柏 木 の 婿 候 補 か ら の 除 外 に 対 し て の 説 得 力 が 必 要 と さ れ て い た の で あ る。 」 と 述 べ て い る   。 氏 の 指 摘 の よ う に 、 こ れ ま で 登 場 し た こ と の な い 大 納 言 を 登 場 さ せ、 そ の 人 物 で さ え 女 三 宮 の 婿 と し て 不 相 当 で あ る か ら 更 に 右 衛 門 督 は 相 当 し な い と い う 論 法 で、 柏木を婿候補から外すことに説得力を持たせていると読める。 このように、柏木を婿候補の座からおろすことに強い説得力を持たせた上で、朱雀院によって将来性を認める発言がされている点か ら、柏木は他の婿候補とは別格に扱われているといえる。 この朱雀院評での柏木の姿について、伊藤博氏は、 「 「若菜」巻始発、朱雀院皇女三宮という新中心人物を六条院への闖入者として設 定した際、同時にこの皇女に野望と情熱の対象を見出し、報われぬ一筋の恋に生涯を捧げる青年として第一部から柏木を拉し来たので あ ろ う が、 そ の 際、 後 の 密 通 事 件 へ の 布 石 と し て 異 様 な 心 高 さ と い う 新 要 素 が 作 者 に よ っ て 付 加 さ れ た も の に ち が い な い。 」 と、 玉 鬘 十帖から「若菜」上巻にかけての柏木の造型の変化を述べ、前節で示した「野心」に当たる異様な心高さの附加を指摘している   。 伊 藤 氏 の 指 摘 の よ う に 柏 木 は 玉 鬘 十 帖 で は ほ と ん ど 重 要 な 人 物 と し て の 姿 を 見 せ ず、 「 若 菜 」 上 巻 で 重 い 役 割 を も っ て 現 れ る こ と に な る が、 玉 鬘 十 帖 か ら の 人 物 と し て の 繋 が り に つ い て は 指 摘 を し た と こ ろ で あ る   。 そ の 柏 木 の 据 え 直 し の 兆 し は 、「 真 木 柱 」 巻 に 見 ら れ る と 考 え ら れ る が、 そ の 据 え 直 し は 源 氏 世 界 へ の 犯 し が 柏 木 を も っ て 行 わ れ る こ と の 新 し い 構 想 が 作 ら れ た こ と の 証 し と い え る。 そ れ は 森 一 郎 氏 の 述 べ る、 主 題 ・ 構 想 に 人 物 造 型 が 参 与 す る と い う 方 法 の 一 つ の あ り 方   で あ り 、 こ の 婿 選 び の 段 階 で 柏 木 は 女 三 宮 へ の密通相手という役割を求められたと考えられる。

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﹃源氏物語﹄における柏木の造型の特質と構想的意義について 七

  

 

侵入時の柏木の特異性

前 節 で 見 た よ う に 柏 木 は 朱 雀 院 の 女 三 宮 の 婿 選 び の 段 階 か ら 宮 の 密 通 相 手 と し て 設 定 さ れ た と 考 え ら れ る が、 そ う し た 彼 が「 若 菜 」 下巻になって宮の寝所へ侵入したのは、直接に自分の思いを訴えようという意志による。彼は前述のように宮に会うまでは自らの恋情 を直接に伝えられればよいと思い、その先の二人の関係を見通すものではなかった。彼は小侍従に次のように述べて働きかけ、宮の寝 所に入り込む。 まことは、さばかり世になき御ありさまを、見たてまつり馴れたまへる御心に、数にもあらずあやしきなれ姿を、うちとけて御覧 ぜられむとは、さらに思ひかけぬことなり。 (「若菜」下巻二二一) その侵入の様相は、女三宮の立場からは突然出来したものとして描かれ、その後視点は柏木に移動して女三宮が見られ、柏木の彼女 への感想で終わる。そして柏木の長年にわたる女三宮への思いを語る次の彼の言葉へと移るのである。 数ならねど、いとかうしも思しめさるべき身とは、思うたまへられずなむ。昔より⑤ おほけなき 心のはべりしを、ひたぶるに籠め てやみはべりなましかば、心の中に朽して過ぎぬべかりけるを、なかなか漏らし聞こえさせて、院にもきこしめされにしを、こよ なくもて離れてものたまはせざりけるに、頼みをかけそめはべりて、身の数ならぬ一際に、人より深き心ざしをむなしくなしはべ りぬることと動かしはべりにし心なむ、よろづ今はかひなきことと思うたまへ返せど、いかばかりしみはべりにけるにか、年月に そへて、口惜しくも、つらくも、むくつけくも、あはれにも、いろいろに深く思うたまへまさるにせきかねて、かく⑥ おほけなき さまを御覧ぜられぬるも、かつはいと思ひやりなく恥づかしければ、罪重き心もさらにはべるまじ(二二四) 柏木は自らの身分の低さにこだわりつつ女三宮へ長年抱き続けてきた切実な思いとそれの堰かれた複雑な心境を語っている。ここで は「おほけなし」は二例使われているが、 「昔より⑤ おほけなき 心のはべりしを」は皇女の降嫁を求める心をさし、 「かく⑥ おほけなき さまを御覧ぜられぬるも」は直接に対面したことの非礼さを自覚する言葉であり、ともに「犯し」までの意を含むものではない。この 点 か ら、 こ こ で の 柏 木 は、 堀 内 秀 晃 氏 の、 「 源 氏 が 夫 と し て 存 在 し て い る 今、 柏 木 は こ の 恋 が 現 実 に 成 就 す る こ と を 好 ま な い。 あ く ま

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富山大学人文学部紀要 八 で も 女 三 の 宮 の 理 想 的 幻 像 に 向 か っ て 思 い の た け を 訴 え、 哀 隣 の 情 を 受 け た い だ け な の で あ る。 」 と い う 指 摘   の 通 り 、 女 三 宮 へ 語 り かけたいという意志に沿って行動するに止まるものであった。 そのような柏木に対し、女三宮の反応は、わななくばかりではっきりとした拒絶の意志すら見せず、その姿は「いとさばかり気高う 恥づかしげにはあらで、なつかしくらうたげに、やはやはとのみ見えたまふ御けはひの、あてにいみじく思ゆることぞ、人に似させた まはざりける。 」(二二五~二二六)というものであり、今まで柏木が思い描いてきた女三宮のイメージとは相違していた。本来このよ うな反応のない女性を前にした時、男性はその相手に感じていた魅力を失い情熱がさまされることにもなるが、柏木の場合、女三宮を 幻像として見る盲目性が恋慕の情熱をそのまま「犯し」の行動へと促していったのである。 今 井 久 代 氏 は、 こ の 密 通 場 面 に つ い て 藤 壺 と 光 源 氏 の 逢 瀬 や 空 蝉 と 源 氏 の 逢 瀬 な ど と 比 較 し た 上 で、 「 柏 木 の こ と ば が 実 に 多 量 に 写 し 取 ら れ て い る 」 点 を 指 摘 し、 「 一 人 の 人 物 の こ と ば と し て は か な り 長 く、 む し ろ 饒 舌 と い え よ う。 そ れ ほ ど 柏 木 は 多 量 の こ と ば を 必 要 と し た。 女 三 宮 と の 心 の 遠 さ を、 こ と ば で 埋 め よ う と し た の で あ る。 」 と 述 べ て お り   、 肉 声 を 主 と し て 描 か れ て い る 場 面 設 定 に も 言及している。確かにこの場面は固く心を閉ざしたままの女三宮に対し終始柏木が饒舌に愛を語っており、柏木の恋の幻想の大きさが 饒舌を導き、彼女への慕情を増大させ、密通へと大きく跳躍してしまったことが肯われる。 「おほけなし」 の意識は柏木に 「犯し」 の遂行を掣肘しつつも、 女三宮恋慕の盲目性により、 結局彼に 「犯し」 を遂げさせることになるが、 源氏にそれを知らされたとき、一転、柏木のふるまいは密通による源氏の維持する世界への侵犯の意の「おほけなし」として周囲に強 く意識されることになる。 柏木は密通後、源氏が六条院の女三宮方に渡って滞在していることを知り、宮へ訴え言を書き連ねた文を彼女に送る。その行為を語 り手は 「⑦ おほけなく 心あやまちして」 (身の程をわきまえぬ心得違いの逆恨みをして=新全集) (二四七) と捉えている。ここでの 「お ほけなし」は、源氏への逆恨みのように宮に文を送ることについての語り手の評であり、柏木の文を送る行動をあやまちと捉える中で 使われている。 そ の 文 が 彼 か ら の も の と 源 氏 に 知 ら れ 密 通 が 発 覚 す る の で あ る が、 そ の 際 源 氏 は、 「 ま し て、 こ れ は、 さ ま 異 に、 ⑧ お ほ け な き 人 の

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﹃源氏物語﹄における柏木の造型の特質と構想的意義について 九 心にもありけるかな。 」(二五四)と思って不快感・憤りを感じている。 一方柏木は女三宮への文を源氏が見たことを知り、驚いて、今更ながら不用意さを思うが、その際、 年ごろ、まめ事にもあだ事にも召しまつはし、参り馴れつるものを、人よりはこまかに思しとどめたる御気色のあはれになつかし きを、あさましく⑨ おほけなき ものに心おかれたてまつりては、いかでかは目をも見あはせたてまつらむ、さりとて、かき絶えほ のめき参らざらむも人目あやしく、かの御心にも思しあはせむことのいみじさ、などやすからず思ふに、ここちもいとなやましく て、内裏へも参らず。さして重き罪には、当たるべきならねど、身のいたづらになりぬる心地すれば、さればよと、かつはわが心 もいとつらくおぼゆ。 (二五八) と、自らの行為を源氏に「おほけなし」と断じられて心置かれることを恐れている。それは事実として彼の所行が「犯し」であること を認めることである。 「おほけなさ」は女三宮からも捉えられるところである。 「柏木」巻で小侍従を介してひそかに柏木の文が送られてきた時、小侍従に 返しを促される場面で宮の心内が次のように描かれている。 ⑩ おほけなき 心こそうたておぼえたまひつれ、いまはと聞くはいと悲しうて、 (以下略、二九二) このような意識は、同巻で柏木の死を聞いた際の宮の思いにもある。   尼宮は、⑫ おほけなき 心もうたてのみ思されて、世にながかれとしも思さざりしを、かくなむと聞きたまふはさすがいとあはれ なりかし。 (三一九、なお、本用例を⑫としたのは、次に掲げる「おほけなき(し) 」のそれ⑪より後に現れることによる。 ) このように見ると、 柏木にはそれが遂げられるまでは 「犯し」 の意識が薄く、 源氏の正妻を侵犯するものとは考えていない。しかし 「犯 し」を遂げてから語り手、源氏、女三宮から侵犯の意の「おほけなし」と捉えられており、本人も自らの所行が客観的に見て侵犯と捉 えられるものであることを自覚することになる。ちなみに、死の床で彼は小侍従を前に、昔の世の「犯し」を引き合いにしながら、自 らの過ちを「おほけなき心」によるものと認めている。 さても⑪ おほけなき 心ありて、さるまじき過ちを引き出でて、人の御名をも立て、身をもかへり見ぬたぐひ、昔の世にもなくやは

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富山大学人文学部紀要 一〇 ありけると思ひなほすに、なほけはひわづらはしう、かの御心にかかる咎を知られたてまつりて、世にながらへむこともいとまば ゆくおぼゆるは、げにことなる御光なるべし。 (二九四) 遂行まで柏木にその意識がないのは自身女三宮への接近が源氏体制への反逆を意味する「犯し」を意図するものではなく、恋する者 としての盲目性の中で、結果として「犯し」を遂げてしまったという事情があるからであろう。そして密通後も柏木は盲目性が続いて いる。彼は女三宮の幻像を抱いて、その「幻像に向かって叫び続ける」   10のである。

  

 

さして重き罪には、当たるべきならねど―密通後の柏木と「おほけなし」

柏木は前述女三宮への文を源氏に見られたことを知った際「さしておもき罪には、当たるべきならねど」と、女三宮との密通を重き 罪 に 当 た る と は 考 え て い な い。 こ う し た 考 え 方 は、 右 の 箇 所 の ほ か、 「 若 菜 」 下 巻、 女 三 宮 に 侵 入 し た 直 後 に「 し か い ち じ る き 罪 に は 当 た ら ず と も、 こ の 院 に 目 を 側 め ら れ た て ま つ ら む こ と は、 い と 恐 ろ し く 恥 づ か し く お ぼ ゆ。 」( 二 三 〇 ) と あ り、 「 柏 木 」 巻 で 死 の 床 にあって加持の最中小侍従と語る際「 深き過ちもなきに、 見あはせたてまつりし夕のほどより、 やがてかき乱り、 まどひそめにし魂の、 身 に も 還 ら ず な り に し を 」( 二 九 五 ) と あ る こ と か ら、 一 貫 し て い る。 そ う 考 え る 理 由 と し て 諸 注「 后 妃 を 犯 し た わ け で は な い か ら 」 という解を示すが、それに加えて、柏木は自らに女三宮への「犯し」の意図がなかったからということもあるのではないか。しかし柏 木の意識がどうであれ、源氏から見ては彼の正妻を犯したものであり、その行為は意図的なものとして受けとめられて、許されるもの ではなかった。 源氏はこの密通の露顕に対して、柏木と女三宮の思慮のない愚かな態度に憤りを強く感じるが、その憤りを密通の事実への憤りと同 等に挙げている   11。宮の懐妊とともにその怒りは「おほけな」さに向かう。 密通発覚後、源氏がこの柏木=女三宮事件を「おほけなし」と考えていることは次の言葉から読み取れる。 さても、この人をばいかがもてなしきこゆべき、めづらしきさまの御心地もかかることの紛れにてなりけり、いで、あな、心憂

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﹃源氏物語﹄における柏木の造型の特質と構想的意義について 一一 や、かく人づてならず憂きことを知る知る、ありしながら見たてまつらんよ、とわが御心ながらも、え思ひなほすまじくおぼゆる を、なほざりのすさびと、はじめより心をとどめぬ人だに、また異ざまの心分くらむと思ふは、心づきなく思ひ隔てらるるを、ま して、これは、さま異に、 おほけなき人の心にもありけるかな 、帝の御妻をも過つたぐひ、昔もありけれど、それは、また、いふ 方異なり、宮仕といひて、我も人も同じ君に馴れ仕うまつるほどに、おのづからさるべき方につけても心をかはしそめ、ものの紛 れ多かりぬべきわざなり、女御、更衣といへど、とある筋かかる方につけてかたほなる人もあり、心ばせかならず重からぬうちま じりて、思はずなることもあれど、おぼろけの定かなる過ち見えぬほどは、さてもまじらふやうもあらむに、ふとしもあらはなら ぬ紛れありぬべし、かくばかりまたなきさまにもてなしきこえて、内々の心ざし引く方よりも、いつくしくかたじけなきものに思 ひはぐくまむ人をおきて、かかることはさらにたぐひあらじ、と爪はじきせられたまふ。 (二五三~二五五) 帝の妃と過ちを犯すということは、宮仕えにおいて男も女も同じ帝に仕えているため、女側に帝の寵愛の深からぬ場合もあり、小さ な間違いが起きてしまう可能性もあるが、しかし、今回の柏木と女三宮との密通では、女三宮は源氏の正室であり、最愛の人である紫 上をさし置いても大切に世話をしてきた筈の女性であって、その女性を源氏よりも格段に劣っている柏木が確信的に犯したものであっ た。同様の考えは引き続く次の思惟にも現れている。 帝 と 聞 こ ゆ れ ど、 た だ 素 直 に、 公 ざ ま の 心 ば へ ば か り に て、 宮 仕 の ほ ど も も の す さ ま じ き に、 心 ざ し 深 き 私 の ね ぎ 言 に な び き、 おのがじしあはれを尽くし、 見過ぐしがたきをりの答へをも言ひそめ、 自然に心通ひそむらん仲らひは、 同じけしからぬ筋なれど、 寄る方ありや、わが身ながらも、さばかりの人に心分けたまふべくはおぼえぬものを、といと心づきなけれど、また気色に出だす べきことにもあらずなど思し乱るるにつけて、故院の上も、かく、御心には知ろしめしてや、知らず顔をつくらせたまひけむ、思 へば、その世のことこそは、いと恐ろしくあるまじき過ちなりけれ、と近き例を思すにぞ、恋の山路はえもどくまじき御心まじり ける。 (二五五) 女 側 で 宮 仕 え の 折 に 帝 の 寵 愛 が 薄 く「 も の す さ ま じ き 」 時 に 密 通 の よ う な こ と が お こ り、   そ れ は 結 局 け し か ら ぬ 事 で あ る の だ が、 人 情の自然の発露からでた行動という点でまだ許せるものであるとしている。このように考え、 源氏は 「心づきなし」 と感じるのであるが、

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富山大学人文学部紀要 一二 その憤りを表に出せず思い乱れる中で、自分が藤壺を犯した際の父桐壺帝の心情をも想起し、引用中の傍線「思へば、その世のことこ そ は、 い と 恐 ろ し く あ る ま じ き 過 ち な り け れ 」 と 苦 悩 し て い る。 こ の 記 述 に つ い て 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 版 頭 注 で は、 「 過 去 の わ が 罪 も な ま な ま し く よ み が え る。 父 桐 壺 院 の 心 内 を 忖 度 す る と 二 人 へ の 指 弾 も で き な い。 」 と 指 摘 す る。 前 述 の、 源 氏 の 特 異 な 姿 勢、 つ ま り憤りの方向性の不自然さ、当事者でありながら客観的でかつ冷静な対処をしようとする姿勢は、かつて自らが犯した「おほけな」き 罪のため、このような対応をせざるを得なかったものと考えられる。かつての自分の父桐壺帝に対する裏切りを想起し、柏木や女三宮 に直接断罪できない自らの立場を思い知らされた。 桐壺帝が源氏と藤壺との密通を知っていたかどうかは物語中には書かれてはいない。 しかし帝の寵愛する后・藤壺を犯したことの罪への恐れに、桐壺帝がこの密通を何もかも承知の上でいたかもしれないという不安が加 わることにより、恐怖は肥大化していく。源氏は柏木・女三宮の「おほけなき」密通への憤りから、かつて自らが犯した藤壺との密通 について苦しまなければならない。源氏は、過去の自身の犯しを今度はその「犯し」を蒙る側から反復することで、かつては気付かな かった桐壺帝側の心情など新たな側面を想到することになった。 「若菜」 下巻での柏木と女三宮との密通発覚時に続いて 「柏木」 巻での薫誕生時において、 源氏の過去の己の罪に対する思いが描かれる。 源氏は薫の誕生に次のような思いを抱く。 さてもあやしや、わが世とともに恐ろしと思ひし事の報いなめり、この世にて、かく思ひかけぬことにむかはりぬれば、後の世の 罪もすこし軽みなんや、と思す。 (二九九) 源氏は不義の子を持つことになった運命の厳粛な力を思い、更に藤壺との密通の罪の大きさに思い及ぶ。このように、柏木=女三宮 事件に直面して源氏はかつての己の罪に恐怖を募らせている。 柏木による女三宮への密通は、源氏が若き日に犯した藤壺との罪の意識化し彼にその応報を確認させるため、本稿第二節で見たよう に、 「 若 菜 」 上 巻 当 初 よ り 目 論 ま れ て い た も の と 認 め ら れ る。 源 氏 に 藤 壺 と の 密 通 を 心 に 封 印 し た ま ま そ の 生 の 終 わ ら せ て は な ら ず、 その罪の応報を彼の生前に知らせ精算して後世へ赴かせることが必要だった。その際、本来ならば「犯し」がなされる立場にあるのは 紫 上 で あ り、 彼 女 に 対 す る そ れ と い う 可 能 態 の 現 実 化 を 避 け る た め に 柏 木 及 び 女 三 宮 の 登 場 が 求 め ら れ た。 「 若 菜 」 以 降 の 巻 々 の 展 開

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﹃源氏物語﹄における柏木の造型の特質と構想的意義について 一三 が始まった当初の段階で、そうした一連の出来事を経過した果てに彼には円満な終焉が予定されたのではないか。そのあり方は源氏が 紫 上 に 看 取 ら れ な が ら 生 を 終 え る と い う も の で あ っ た ろ う   12。 源 氏 は 過 去 の 自 ら の 罪 の 応 報 を 知 ら さ れ る と い う、 そ の 生 を 根 底 か ら 震 撼させる体験をし「わが存在の根基の秘められた暗部」   13を直視することを余儀なくされることになる。

  

 

結語

柏木は、物語の源氏の過去に犯した罪の応報の自覚という主題に沿って源氏の正妻女三宮への「犯し」を遂げる役割を負い、しかし 自身では「犯し」を「おほけな」きものとして思い離れながら、その思いによる掣肘に反し、恋の盲目さ故の特異な性情を付与されて 宮に接近し「犯し」を遂げるに到る。右の役割を終えた後は、権勢きわまりない源氏の妻たる女三宮を犯した「おほけなさ」を源氏が 憤っていることへの畏怖を肥大させ、死へと傾斜していく。 当初柏木が女三宮に接近したのが密通そのものを目的としたものでなかったことは、源氏の営む六条院体制、秩序への反逆を意図し たものではないことを意味する。作者は柏木の人柄を恋に身を砕く若者のそれとして設定しようとしたのであろう。作者はそのような 枠の中で柏木に女三宮への幻像を抱かせ、源氏の妻を犯すという身のほどを逸脱する行動を遂げさせることに心理の必然を確保しよう としたのである。 こ の よ う し て 柏 木 は そ の 課 せ ら れ た「 犯 し 」 の 役 割 を、 そ の 範 囲 の 中 に 全 的 に 生 き た と い え る。 そ の 生 の あ り よ う を「 お ほ け な し 」 の 使 用 の 変 化 に よ っ て 捉 え る こ と が 出 来 る。 死 を 前 に 彼 は 後 世 の 救 済 を 求 め ず、 「 あ は れ と だ に 」 と、 女 三 宮 に「 あ は れ 」 を 求 め、 源 氏の許しを願う( 「柏木」巻二九一) 。こうして柏木は恋に生きて恋に死ぬ男としてその生を際立てる。救済を求めないのは、盲目的な 恋慕をもって彼がそこまで生きた必然であろう。 そして「死とひきかえに人々との和解」を求める姿に源氏は彼への哀惜を大きくする。源氏は事件後、 そうした柏木の生に「あはれ」 を感じている。 「柏木」巻薫五十日の祝儀の場では、薫を抱きながらその子に柏木の面影を見ている。

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富山大学人文学部紀要 一四 いと何心なう物語して笑ひたまへる、まみ口つきのうつくしきも、心知らざらむ人はいかがあらむ、なほ、いとよく似通ひたりけ り、と見たまふに、親たちの、子だにあれかしと泣いたまふらむにもえ見せず、人知れずはかなき形見ばかりをとどめおきて、さ ばかり思ひあがりおよすけたりし身を、心もて失ひつるよ、とあはれに惜しければ、めざましと思ふ心もひき返し、うち泣かれた まひぬ。 (三二四) 源 氏 は 密 通 を 憤 る 場 か ら 脱 し 高 い 位 置 で 世 の 中 を 認 識 し て い る。 高 木 和 子 氏 は、 「 自 身 の 妻 と 密 通 し 懐 妊 さ せ た、 も っ と も 共 感 し が た い 相 手 で あ る 柏 木 に「 あ は れ 」 を お ぼ え る と い う、 自 ら の 苦 悩 を 極 限 ま で 抑 止 し て 理 解 や 共 感 を 背 負 う こ と を 期 待 さ れ る 者 と し て、 光源氏は物語に生かされている。そのような現実には不可能な、背負いきれない苦悩を一身に背負わせることで、光源氏を物語主人公 た ら し め て い く。 」 と 述 べ て い る   14。 源 氏 は 柏 木 = 女 三 宮 事 件 に よ っ て 人 間 の 生 の 悲 哀 へ の 思 い 寄 り を 促 さ れ、 そ の 悲 哀 や 苦 悩 を 一 身 に背負う。そうした立場は、物語操作者たる作者が本来拠るべきところのものであった。源氏の心性は作者の物語操作の形を受けて人 の世の悲哀を詠嘆する心情を背負ったといえる。 しかし、柏木への慰藉は源氏の「あはれ」という哀惜によっても十分ではない。宗教的な救済から求めようとしない柏木をめぐる懸 案を受けとめ、その慰藉・救済を意図して薫が「匂宮」巻以降登場を求められる所以である   15

1   『源氏物語』本文の引用は阿部秋生氏 ・ 秋山虔氏 ・ 今井源衛氏 ・ 鈴木日出男氏の各氏校注 ・ 訳『源氏物語』 (新編日本古典文学全集 ・ 小学館)による。 引用文に付す(   )内の漢数字はページ数を示す。 2   な お、 柏 木 の 女 三 宮 思 慕 と 併 行 す る よ う に 夕 霧 の 紫 上 へ の 思 慕 の 確 認 が な さ れ て い る。 そ の 思 い を 内 に 持 ち つ つ も、 し か し「 こ の 御 方 を ば、 何 ご と も 思 ひ 及 ぶ べ き 方 な く、 け 遠 く て 年 ご ろ 過 ぎ ぬ れ ば、 い か で か、 た だ、 お ほ か た に、 心 寄 せ あ る さ ま を も 見 え た て ま つ ら ん と ば か り の、 口 惜 し く 嘆 か し き な り け り。 あ な が ち に、 あ る ま じ く お ほ け な き 心 な ど は さ ら に も の し た ま は ず、 い と よ く も て を さ め た ま へ り。 」( 「 若 菜 」 下 巻 一 九 四 ) と、 一旦柏木が犯しを行ってから夕霧はそのことの罪の重さにおののきその思いを封印する点、柏木と一線を画す。 3   堀内秀晃氏「柏木」 (源氏物語講座第二巻『物語を織りなす人々』平成三(一九九一) ・九、勉誠社) 。

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﹃源氏物語﹄における柏木の造型の特質と構想的意義について 一五 4   広瀬唯二氏「朱雀院の柏木評―密通の前提と構図―」 (『武庫川国文』第四七号、平成八(一九九六) ・一二) 。 5   伊藤博氏「柏木の造型をめぐって」 (『国語と国文学』昭和四二(一九六七) ・一〇) 。 6   呉羽長 「変貌する柏木― 「真木柱」 巻の 「あまりの事」 にふれて―」 (『源氏物語の鑑賞と基礎知識 ㊲ 真木柱』 平成一六 (二〇〇四) ・ 一一、 一、 至文堂) 。 7   森一郎氏「源氏物語の人物造型の方法と主題との連関」 (『源氏物語の方法』昭和四四(一九六九) ・六、桜楓社) 。 8   3   に示した堀内秀晃の論文。 9   今井久代氏 「柏木物語の 「身」 と「心」 ―柏木と 「家」 のなかの自己意識―」 (『源氏物語構造論―作中人物の動態をめぐって―』 平成一三 (二〇〇一) ・ 六、 風間書房)第十三章) 。 10   3   に示した堀内秀晃の論文。 11   その反応の不可解さの理由を、拙稿「晩年の光源氏の造型」 (呉羽『源氏物語の創作過程の研究』 (平成二六(二〇一四) ・ 一〇、新典社)第十一章) で考察したことがある。参照いただきたい。 12   この点の詳細は、 拙稿 「「御法」 巻の成立」 (呉羽 『源氏物語の創作過程の研究』 (平成二六 (二〇一四) ・ 一〇、 新典社) 第十三章) を参照いただきたい。 13   秋山虔氏「柏木の生と死」 (『講座源氏物語の世界』第七集(昭和五七(一九八二) ・五、有斐閣) 。 14   高木和子氏「柏木物語が照らしだすもの」 (『源氏物語の思考』平成一四(二〇〇二) ・三)第六章。 15   三 枝 秀 彰 氏 は、 「 匂 宮 」 巻 の 薫 の 容 姿 を め ぐ る 記 述 か ら「 薫 と は、 自 己 の 根 底 に 柏 木 を 抱 え 込 み、 生 き 方 に ま で そ れ を 刻 み 込 ま れ て、 そ れ 故 に 愛 執 に 引 き 込 ま れ、 ま た 規 制 さ れ る 存 在 で あ っ た 」 と 指 摘 す る( 「 薫 試 論 ― そ の 主 題 的 に 内 実 と す る も の ―」 (『 中 古 文 学 文 』 第 三 五 号、 昭 和 六 〇 (一九八五) ・五) )。  

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参照

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