中国映画探 訪
せ
高 考 ・成 功 ・精 神 創 傷
好並
晶
Looking
into Chinese
Films
Revisionism
, Success
and Trauma
Akira YOSHINAMI
With the recent and ongoing diversification of entertainment media in China, films, which had long been the main source of entertainment among Chinese, have been losing their relevance in reflecting current social issues. However, if we conduct a comprehensive analysis of recent Chinese films, we can still capture a snapshot of contemporary China. In this article, I will introduce three recent Chinese films not previously released in Japan and analyze them in terms of three themes: the rewriting of popular history, the confidence necessary for individual success in modern China, and the revival of the traditional domestic tragedy.
キ ー ワ ー ド:中 国 の 「い ま 」 歴 史 の 「書 き換 え 」 サ ク セ ス ・ス トー リ ー"苦 情 戯"記 憶/記 録 0:は じめ に 私 が大 学 に入 学 した 頃 、彼 の 地 ・中 国 で は所 謂 「第五 世 代 」 映 画 監督 群 が頭 角 を現 し、 ベ ル リ ン国 際 映 画祭 で の 受賞 な ど、世 界 レベ ル の活 躍 を始 め て い た 。 一 年 次 に 中 国語 を第 二外 国語 と して 履 修 して い た 私 は 、 授 業 時 間 内 に 観 た チ ェ ン ロカ イ コ 陳 凱 歌 監 督 の 「黄 色 い 大 地 』 に衝 撃 を 受 け、 「こ れ か ら は 中 国 映 画 の 時 代 だ 」 な ど と短 絡 思 考 を催 した もの だ 。 そ れ が 嵩 じて 、 中 国 映 画研 究 を 自 らの生 業 に す る な ど、 そ の 頃 は予 想 だ に して い な か っ た の だ が 。 当 時 と較 べ れ ば 、現 在 の 日本 で は殆 ど中 国 映 画 の話 題 を訊 か な くな っ て し まっ た 。 上記 の 陳 凱 歌 の 近 作 、 『趙 氏 孤 児 』 が 『運 命 の 子 」 と邦 題 され て 公 開 され た事 す ら、 同 人 の 間 で も話 題 に上 らな い 。 これ は 、 あ る書 店 が 文化 交流 の 一 環 と して一 手 に引 き受 け て い た 「中 国 映 画 祭 」 が終 了 して や や 久 し くな っ た こ と、 そ れ に並 行 して 中 国 映 画 興 行 権 が 分 散 して しま っ た こ と、 そ して所 謂"韓 流"が 日本 の あ る 一 定 の客 層 を 独 占 した こ と等 々 、理 由 は 多 岐 に 亘 る 。 そ の 中 で も、 日本 で は著 名 な監 督 に よる 「大 作 」 で な い と興 業 収 入 が見 込 め な い と考 え 、興 業 権 の買 い渋 りが起 きる た め に観 客 の 眼 に届 く作 品 が減 少 して い る 、 とい う点 は 指 摘 す べ き で あ ろ う。 一 方 中 国 で は 、嘗 て映画 が 「娯楽 の王様」 とし て君 臨 して い た が 、芸 術 ・娯 楽 大 作 は 映画 、一 般 大 衆 趣 味作 品 は テ レ ビ ドラマ 、 とい う具 合 に 棲 み分 け が な され 、 映画 とい う芸 術 ジ ャ ンル 自 体 が 、利 益 優 先 主義 の 時代 との整 合 性 を欠 い て きて い る。 ひ い て は、 現 代 中 国 の 「拝 金 主 義 」 が 映画 をメ ジ ャー作 品/マ イ ナ ー作 品 に 区分 け す る こ とに な る 。 しか し映画 が 、現 代 中 国 の様 相 を投 影 す る大 きな 資料 性 映像 で あ る こ とに変 わ りは な い 。 そ こで本 稿 で は 、 日本 で は公 開 されず 、全 く話 題 に され な い作 品 で あ りな が ら、 中 国 国 内 で は相 応 に 「メ ジ ャー 」 な映 画作 品三 篇 を採 り上 げ 、 其 々 が 中 国 の 「い ま」 を如 何 に描 い て い る か を 垣 間見 た い 。
総 合社会学 部紀要 第2巻 第2号 1.追 想 か ら疾 走 へ"78届"時 代 を描 く 1966年 か ら1976年 まで 続 い た 「中 国 プ ロ レ タ リア 文化 大 革命 」 は 当 時 の 中 ・高校 生 を 革命 の 名 の も と に破 壊 運 動 へ と暴 走 させ 、 そ の 挙 句 、 大 地 の最 果 て へ と放 逐 した 。 文 革 時 代 に 青 年期 を送 っ た者 た ち は 、 文 革終 息後 に 自 らが 蒙 っ た精 神 的痛 手 を語 りは じめ る 。 そ れ が 文 革 後 の 文 学 潮 流=「 傷 痕 文 学 」 を 形 成 して い く。 上掲 の 「第五 世 代 」 映 画 監督 た ち も ま さに そ の 世 代 の 中 に 居 り、1990年 代 に な っ て 文 革 を顧 み る 映 画創 作 をそ れ ぞ れ に行 っ て い る 。 さて 、 本 節 で 採 り上 げ る の は"78届"、 即 ち 文 革発 動 のせ い で大 学 教 育 が 受 け られ ず 、 文 革 後 の1977年 に大 学 受 験 に臨 み 、 競 争 率20倍 を 優 に超 え る 狭 き門 を 突 破 し て大 学 生 とな っ た 1978年 度 生 に まつ わ る 映 画 で あ る。 中 国 の 映 画 ア カ デ ミー と も言 うべ き北 京 電 影 学 院1978 年 度生 の あ る グ ル ー プ が創 作 した 卒業 制作 映 画 に 、 『我 イ門的 田野 」 とい う作 品 が あ った 。"上 山 下郷 運動"の 名 目で都 市 か ら追 い払 わ れ 、黒 竜 江 省 の僻 地 に や っ て きた青 年 た ち を描 い た彼 ら シ ェ ロフ ェ イ の 卒 業 制 作 を、 指 導 教 官 で あ る名 匠 ・謝 飛 監 督 が リメ イ ク し、 よ り濃 厚 な 感傷 と哀惜 を もっ て 下 放 青 年 群 像 を描 い た の が 、1983年 の こ と で あ る 。 トラ ク ター に揺 られ て北 方 の 荒 野 に着 い た 若 者 た ち は 、 自分 た ち の 開拓 地 の 荒廃 振 りを見 て 唖然 とす る 。 ふ と、 あ る娘 が遠 くを 指 さす 。 そ の先 に あ る の は 荒 地 の 中 に凛 と聲 え 立 つ 白樺 の 林 で あ る 。都 会 に住 む彼 らに とっ て 、 白樺 並 木 は 憧 憬 と幻 想 の 対 象 で あ っ た 。 白 樺 に 囲 まれ 、 は し ゃ ぎ、戯 れ 、 浪 漫 に浸 る 若者 た ち 。彼 らに は そ れ ぞ れ の 運命 が待 ち 受 け て い る が 、仲 間 の 連帯 を思 う時 、仲 間 との 別離 を 哀 しむ 時 、 また 文 革後 に 下放 時代 を想 い 返 す 時 に も、常 に 白樺 並 木 が 映 し 出 され 、 若 き彼 ら の は し ゃ ぎ声 が オ ー バ ー ラ ップ す る 。 エ ンデ ィ ング の キ ャス ト テ ロ ップ に も、登 場 人物 が 白樺 林 を彷 径 い歩 く 姿 が 映 し出 され る 。 これ で もか 、 とい う白樺 並 木 の登 場 に は 、 意 に 副 わ な い 下放 に 遭 っ た若 者 た ち の命 運 の苦 さ と、 「そ れ で も、 我 々 に だ って 青 春 期 が あ った 」 との 主張 が込 め られ て い よ う。彼 らの青 春 期 へ の 鎮 魂 に と ど ま らな い 、 痛 苦 、 甘 美 相 侯 っ た 「追 想 」 が 、 白樺 並 木 の 風 景 に託 さ れ て い る の で あ る 。 中 国 「改 革 開 放 」 政 策30周 年 記 念 作 品 と し て 製 作 さ れ た 映 画 、 『高 考1977』(2009年 、 ジァ ンコハ イヤ ン 江 海 洋 監 督)も ま た、 黒 竜 江 省 に下 放 さ れ た 青 年 た ち を主 人公 に据 え る 。謝 飛 監 督 の 『我 イ門 的 田野 』 と明 らか に異 な る の は 、青 年 た ち が下 放 生 活 に如 何 に入 り、 そ れ を青 春 の 日々 と捉 え た か を描 くの で は な く、彼 らが下 放 生 活 か ら如 何 に脱 出 し、活 路 を見 出 そ う と した か を描 い た か 、 とい う点 で あ る 。 そ れ はす な わ ち 、文 革 終 息 か ら 問 もな い 頃 か ら文 革 を振 り返 る視 線 と、 2009年 とい う、 文 革 か ら遠 く離 れ た 時 代 か ら 文 革 を見 る視 線 の違 い に直 結 して い る 。 毛 沢 東 が老 齢 の た め に政 治 の表 舞 台 か ら 消 え て しば ら く経 っ た 頃 、郵 小 平 が政 界 に復 帰 す る記 録 映画 の 映像 が 、下 放 青 年 団 の 眼 に飛 び 込 ん で くる 。文 革 前 、社 会 主 義 イ デ オ ロ ギ ー に 資本 主義 経 済 シ ス テ ム を導 入 し よ う と して失 脚 を余 儀 な く さ れ た 鄭 小 平 が 生 存 して い た 事 実 に 、若 者 た ち は 時代 が転 換 を始 め る匂 い を嗅 ぎ 取 る 。 ラジ オ か ら 「大 学 入 試 再 開」 の報 せ を訊 い た 彼 ら は 、11年 間 の 「幽 閉 」 を 断 ち切 ろ う とす る 内 な る情 熱 を、野 焼 きの焔 に見 る の で あ る 。 大 学 進 学 を果 た し、下 放 生 活 か ら解 き放 た れ よ う と心 逸 る彼 らに立 ち塞 が る の が 、頑 迷 な老 ラ オ コチ 幹 部 ・老 遅 だ。 「私 が 管 理 して い る党 の 印 章 が な け れ ば 、貴 様 らは何 処 へ も行 け な い」 と権 威 を振 りか ざす 彼 に対 し、若 者 た ち は集 団直 訴 や ハ ンス トで 自 らの意 志 を顕 示 して い く。双 方 の 間 に あ る の は 、新 しい 時代 へ の蚕 き を捉 え よ う とす る 「子 」 の 世 代 と、 「革 命 」 を至 上 と して 生 きて きた 「父 」 の世 代 との 、思 想 的衝 突 な の で あ る 。 幾 た び もの相 剋 を経 て 、 よ うや く入 試 資格 を 獲 得 した彼 らは 、 トラク ター に乗 り込 ん で北 京 に 向 か う列 車 の停 車 駅 に赴 く。 が 、老 朽 化 した トラ ク タ ー は道 半 ば に して エ ンス ト して し ま う。 リ ー ダ ー の 号 令 で 、 彼 ら は 大 型 機 関 車 が 一60一
停 車 す る駅 を 目指 して凍 て つ い た大 地 を疾 走 す る 。気 持 が 逸 り、脚 が もつ れ て転 倒 す る者 、荷 物 を落 と して慌 て る者 、 長 い疾 走 の 果 て に力 尽 き 「私 の分 も頑 張 っ て 来 て 」 と泣 き叫 ぶ者 。脱 落 して ゆ く仲 間 を一 瞥 しな が ら、 眼前 を横 切 る 列 車 を全 速 力 で 追 う彼 らが 駆 け 抜 け る そ の 場 所 こ そ 、 あ の 白 樺 林 の 中 な の で あ る。 【図1】 下 放 青 年 た ち の 郷 愁 と 感 慨 を湛 え な が ら 「振 りか え る」 象 徴 物 と して の 白樺 並 木 は 、 『高 考 1977』 に お い て は 「此 処 じゃ な い何 処 かへ 」 の 飛 翔 を渇望 す る若 者 た ち が 、 一 か け らの 感情 も 遺 さず 「振 り切 っ て い く」対 象 物 へ と変 質 して い る の で あ る 。 る)各 々 世 代 の視 点 の 反 映 で あ る 。1976年 以 降 中 国 は 、紆 余 曲折 が あ りな が ら も急 速 な経 済 発 展 を実 現 し、2011年 に はGDP世 界 第 二 位 の 地位 に就 い た 。 中 国 人 に と っ て の そ の 「栄 光 」 は 、郵 小 平 に よる 「改 革 開放 」 政 策 へ の舵 切 り あ っ て の こ と で あ る 。 重 要 な歴 史 の 転 換 点 に あ っ て 、文 革 とい う歴 史 的頓 挫 の最 中 に放 逐 さ れ た若 者 た ち は全 て を郷 ち 、未 来 め が け て疾 走 し た。 そ の 躍 動 が 、21世 紀 中 国 の 「栄 光 」 を 産 ん だ 、 と い う歴 史 解 釈 が 、 『高 考1977』 の 中 に見 い 出せ る だ ろ う。 新 しい 時代 の う ごめ きが胸 を侵 食 し、新 しい 時代 へ と飛 躍 し よ う とす る若 者 の怒 涛 の よ うな
総 合社会学 部紀要 第2巻 第2号 セ ンチ メ ン タ リズ ム に 包 ま れ た 『我 椚 的 田 野 』 に お け る 若者 群 像 が よ り歴 史 的事 実 に 近 い 人物 形 象 で は な い か 、 と考 え る 。 文 革 の 熱波 に 浮 か され た 若者 が 突如 僻 地へ と送 り込 まれ 、 や む な くそ の 地 で青 春 期 を過 ごす 。 た とえ苛 烈 な労 働 の 日々 で あ ろ う と、彼 ら若 者 た ち の 連帯 や情 感 は そ の 時 間 に こそ 育 まれ た 。 政 策転 換 に よ り下 放 生 活 か ら放 免 され よ う と も、 こ ころ は遠 く下 放 先 の僻 地 を 「追想 」 して や まな い の で は な い き にい こう か 。 改 革 開 放 初 期 に 、"向 前 看"と い う ス ロ ー ガ ン が 大 々 的 に 打 ち 出 さ れ た こ と が そ の 逆 説 的 証 明 で あ ろ う。 『高 考1977』 に 投 影 さ れ た 若 者 た ち の 躍 動 的 な 「疾 走 」 は 、 現 代 と い う フ ォ ー マ ッ トに 合 わ せ た 歴 史 の 「書 き換 え 」 な の で あ る 。 2.ビ ル ・ゲ イ ツ よ りた め に な る? 現 代 中 国"サ ク セ ス ・ス トー リー" 2012年 、 尖 閣 諸 島 問 題 が 顕 在 化 し、 嘗 て な い大 規 模 な 反 日デ モ は つ い に 中 国 人大 衆 に よる 日系 企 業 ビル破 壊 行 動 まで拡 大 、各 国 メ デ ィア が そ の 部分 をク ロ ー ズ ア ップ した た め に他 国 が 持 つ 中 国 イ メ ー ジ は 随 分 と悪 化 して し ま った 。 2008年 の北 京 オ リ ン ピ ッ ク、2010年 の 上 海 万 博 を中 国 が 成功 させ た 頃 か ら、 日本 で は既 に嫌 中報 道 が展 開 され て い た が 、 そ れ と並 行 して顕 著 な 中 国経 済発 展 振 りも抱 き合 わせ の よ うに 喧 伝 され て い た 。 だ が 、 中 国 は13億 余 りの 人 口 を擁 す る大 国 で あ り、 中 国経 済発 展 の真 の恩 恵 に浴 して い る セレ フリ テイ の は ほ ん の 一握 りの 富裕 層 で あ る 。 中 間層 は セ レブ の生 活 を 目指 し奮 闘 し、 出稼 労 働 者 層 は 中 間層 レベ ル の暮 ら しへ の グ レー ドア ップ を夢 見 る 。 そ ん な経 済 競 争 時 代 に 見 合 っ た 小 説 が 出 ト ゥロ ララ 版 され た。 上 昇 志 向 の 女 性 、 杜 拉 拉 がIT企 業 に 就 職 、 刻 苦 奮 闘 の精 神 で 昇 格 して い く小 説 、 『杜 拉 拉 昇 職 記 」 は2007年9月 に 出版 さ れ る や 、 三 ヶ月 で 十万 部 を超 え る ベ ス トセ ラ ー とな り、 「ビ ル ・ゲ イ ツ の 自伝 よ りた め に な る」 成 功 指南 書 と称 され る ほ どの好 評 を得 た 。 そ の 人 気 をバ ック ボ ー ンに 、 た ち まち本 作 は ドラ マ ・ 映 画 で 映像 作 品化 され る 。 し ユ む 映 画 版 『杜 拉 拉 昇 職 記 』(2010年)は 、 本 木 ウ イ ソキ チ ャ オ 雅 弘 と 趙 薇 共 演 の 日 中 合 作 映 画 『夜 の 上 海 』(2007年)の メ ガ ホ ンを執 っ た 若 手 監 督 ・ チ ャ ン ヒイ バ イ 張 一 白 が プ ロ デ ュ ー サ ー の 任 に 就 き、 監 督 ・ シュ ジン レイ 主演 は 人 気 女 優 の 徐 静 蕾 が 担 当 して い る。 徐 静 蕾 は1990年 代 後 半 に 銀 幕 デ ビ ュ ー を果 た し て か ら、 映画 ビジ ネ ス に そ の敏 腕 を揮 い 、製 作 か ら監督 、主 演 まで一 手 に担 う大 物 タ レ ン トと 目 され て い る 。 また ネ ッ トを活 用 した 自己宣 伝 に 長 け、 「プ ロ グ の 女 王 」 との 異 名 を と る一 面 も持 つ 。 この よ うに 、本 作 の 映画 化 に は若 手 実 力 派 が飛 び付 い た わ け で あ る 。 就 職 難 を 突 破 し、 外 資IT企 業 に 入 社 し ラ ラ た拉 拉 は 、社 内 の上 部 に対 して も怖 気 づ く こ と な く、バ イ タ リテ ィ溢 れ る行 動 力 で 問題 を解 決 して い く。辣 腕 と畏 怖 され る と同 時 に 、女 性 社 デ イビ ッ ド ワ ン 員 の憧 れ の 的 で あ る 上 司 ・ 王 偉 は次 第 に彼 女 に恋 心 を抱 く よ うに な り、彼 に敵 対 心 を剥 き 出 しに して い た拉 拉 も、 や が て彼 に惹 か れ て い く… … 。 【図2】 原 作 小 説 は 、現 代 中 国 に お け る職 業 女 性 の上 昇 志 向 の あ りよ うを リ ア ル に描 く作 品 で あ り、 一 女 性 の奮 闘潭 で あ る 。 ところが映画版 のそれ で は 、 ヒロ イ ン ・拉 拉 の 出世 あ り きで始 まる三 角 関係 や 、社 内恋 愛 とい う甘 美 な ロ マ ンス が誇 張 され て い る 。 映像 表 現 面 を取 り上 げ れ ば 、風 を切 る よ うな効 果 音 と共 に画 像 が横 ヘ ス ラ イ ド す る効 果 を多 用 、短 い シ ョ ッ トを畳 み掛 け て刻 一 刻 と変 貌 す る都 市 の様 子 を演 出す る な ど、ス ピー ド感 に 溢 れ る もの の 、 何 か し ら 「既 視 感 」 を観 る 者 に 抱 か せ る 。 そ れ ら は ハ リ ウ ッ ドの 都 市 映 画 の 模 倣 に 近 い 。 例 え ば、IT会 社 前 に 日本 車 の ク ー ペ が滑 り込 む と、 開 い た ドア か ら 女 性 の脚 線 美 が露 わ に な る 。 ボ デ ィ ライ ン を強 調 す る漆 黒 の ス ー ッ を ま とっ た上 司秘 書 が車 を 下 りる と、 ス トップ モ ー シ ョ ン と共 に画 面 半 分 が ブ ラ ック ア ウ ト、彼 女 の名 や職 名 ・年 収 な ど が タ イ プ さ れ る 。 映 像 が 再 び 動 き出 し、 彼 女 が フ レー ム ア ウ トす る と、後 ろ側 に歩 い て 出社 して くる 主 人公 に フ ォー カ ス され る 、 とい っ た 具 合 で あ る 。 中 国 映画 に は珍 し く洒 脱 な 映像 表 現 で あ り、 ま さ し く 「都 市 の素 描 」 とい うべ き 一62一
一 【図2】 『杜 拉 拉 昇 職 記 』 公 式 ポ ス ター よ り で あ ろ うが 、 西 洋 映 画 を観 慣 れ た 日本 人 か らす カ レ ン モ ク れ ば 、 莫 文 蔚演 じる 上 司秘 書 の脚 が車 の助 手席 か ら ぎ こち な く振 り出 され る場 面 の稚 拙 な 「模 倣 」 の あ りよ うに興 醒 めせ ざる を得 まい 。 つ ま りこ の 映 画 に は 、 「我 々 と て ア メ リ カ 人 の生 活 レベ ル に 匹 敵 す る処 まで 来 た 」 と言 う中 国 人 の 自大 が 透 け て 見 え る の で あ る 。 だ か ら こ そ 、 原作 が 職業 女 性 の奮 闘振 り をク ロ ー ズ ア ッ プ す る の に対 し、社 内 旅行 で タ ヒチ に赴 き、夜 の 海岸 で夜 光 虫 の輝 きに 見 とれ る拉 拉 と上 司 の ロ マ ンス や 、秘 書 と繰 り広 げ る 恋 の駆 け 引 き と い っ た 、 ハ リウ ッ ドパ ター ンを 思 わせ る 恋愛 讃 に 焦 点 を振 り向 け て い る 。 これ は 、 監督 で あ り 主演 女 優 で もあ る徐 静蕾 の 、既 に 「出世 」 を 達 成 した者 と して の あ る種 の 余裕 の 表 れ で は な い だ ろ う か。 だ が 、 彼 女 を は じめ とす る 「成 功 者 」 が 自 ら を置 く処 が 「ア メ リカ ら し さ」 とい う点 に 、 少 な くと も筆 者 は 、 同 国 に憧 憬 を 向 け る 日本 人 が 嘗 て辿 っ た経 済 発展 ∼低 迷 の 道程 を 想 起 し、 中 国 の行 く末 を懸念 せ ざる を え な い 。 な ら ば 中 国 人 は 皆 、 映 画 版 「杜 拉 拉 昇 職 記 』 の 類 に 憧 憬 を抱 くの か と言 え ば、 一 概 に そ う で は な い よ う だ。 筆 者 が 日本 国 内 の 中 国DVD店 で 本 作 の ソ フ トを購 入 した 時 、 一 人 の 女 性 店 員 が も う一 人 の 店 員 に 語 り か け な ん で こ ん な の う の つ ま ん な い のに た 。"力 什 広 要 妥 逮 盈?没 什 広 意 思 口阿1"。 筆 者 え っ ホ ン トに が 咄 嵯 に"嘆?真 的!?"と 訊 く と、 そ の 店 員 は しまっ た "糟 了"と 舌 を 出 し 、 苦 笑 い を見 せ た 。 こ の や り と り を経 験 した の で 、 この 映画 に は却 っ て 資 料 性 が あ る と、筆 者 は考 え た もの で あ る 。 因 み に 、 ドラマ版 は原 作 に忠 実 で あ り、 陸続 と出版 され た 『杜 拉 拉 』 系 列 第 四部 まで ドラ マ 化 は続 き、 シ ング ル マ ザ ー に な りな が ら も生 計 を建 て る た め に懸 命 に な る彼 女 を映像 化 した と い う。 「ドラマ 版 の 方 が 断 然 い い よ」、 とい う女 性 店 員 の こ とば に 、 や は り中 国 人 は基 本 的 に リ ア リス トな の だ 、 との思 い を改 め て 強 く した 。 3."苦 情 戯"回 帰 震 災 で失 く した も の、 得 た も の 「中 国 人 は リア リス ト」 との 概 念 は 、 歴 代 の 中 国 映 画 作 品 群 に お い て 、 動 揺 す る 社 会 の 中 で 右 往 左 往 す る 人 々 、 そ の 中 で の 父 子 、 或 い は母 娘 の別 離 と濯 遁 、政 治 風 波 の 中 に投 げ込 ま れ る 恋 人 た ち の 運 命 等 々 、 延 々 と綴 ら れ て き もの た"苦 情 戯"の 系 譜 か ら も看 取 で きる 。最 近 で
総 合社会学 部紀要 第2巻 第2号 は 、 そ の"苦 情 戯"の 語 り部 は 映 画 で は な く、 テ レ ビ ドラ マへ と移 行 して 嘗 て本 ジ ャ ンル の 映 画作 品 に親 し ん で きた 年 齢 層 を獲 得 して い る。 映 画 は世 界 戦 略性 作 品 、例 え ば 陳凱 歌 や 張芸 謀 もの の"古 装 片"や 、 前 節 の よ う な サ ク セ ス ス トー リ ー 、 そ う で な け れ ば ハ リ ウ ッ ド映 画 そ の も の へ と傾 斜 し て い る 状 況 で あ る 。 お だ フ ォン シャ オカ ン そ の 中 で 、"賀 歳 片"の 名 匠 、 焉 小 剛 が 中 国 災 害 史 に残 る大 震 災 で あ る1976年 の 唐 山大 地 震 と、2008年 の波 川 大 地 震 とを題 材 に、 『唐 山 大 地 震 』(2010年)を 完 成 させ た。 本 作 は 中 国 国 内 外 で総 計6.6億 元 の興 行 成 績 を叩 き出 し、公 開初 日観 客 動 員 数 は 同 時期 に公 開 され て い た ア メ リカ 映 画 『アバ ター』 を も超 え た と話 題 を呼 ん だ 。 1976年 、 唐 山 に 暮 ら す 四 人 の 家 族 は、 市 街 一 つ を全 壊 させ た 「唐 山大 震 災 」 に よっ て 散 り散 りに な る 。 父 親 は死 亡 、辛 う じて生 命 を リコユ アン ニィ 取 り留 め た母 親 ・李 元 妃 は 、 一枚 の 岩 盤 の 下敷 フ ァン トン フ ァ ン ダ ァ き に な っ て い る娘 ・方 登 と息 子 ・方 達 の ど ち らか を助 け る とい う選択 を 迫 られ る 。 息子 を 助 け 、 二 人 で暮 らす 元妃 で あ っ た が 、心 の奥 底 は 見殺 しに した娘 ・方登 へ の贋 罪 意識 に苛 まれ て い た 。 一 方 、 死 亡 扱 い に さ れ て い た 方 登 は 奇跡 的 に 息 を吹 き返 し、解 放 軍 夫妻 の養 女 とな り、 「棄 て られ た子 」 の トラ ウマ を抱 い た ま ま 別 の 人 生 を歩 ん で い た 。 紆 余 曲 折 の 後 、2008 年 の 「波 川 大 地震 」 を機 に 、離 れ離 れ で あ っ た 母娘 が32年 の 時 を越 えて 再 会 す る。 ヂ ャン リン カ ナ ダ在 住 の 女性 作 家 、 張栩 の 手 に よる 原作 小 説 『余 震 』(2006年)は 、 偶 然 張 栩 が 目に し た 書 物 、 『唐 山大 地 震 親 歴 記 』 の 記 述 震 災 の被 災者 は各 々 、卓 越 した技 術 者 に な っ た 、努 力 を重 ね 名 門大 学 に入 学 した 、幸 せ な家 庭 を築 い て い る 、 な ど とい っ た 美辞 麗 句 で締 め られ て い る こ とに不 条理 を感 じて著 した とい う。壮 絶 な破 壊 力 で唐 山 を瓦 礫 と化 した震 災 を生 き抜 い た者 が 、心 的外 傷 を負 わ ぬ筈 は な い 、 そ う考 え た 張栩 は 、 ヒロ イ ン ・方登 に 「棄 て られ た 」魂 の痛 苦 の在 り処 を探 索 させ 、 自 らを 追 い詰 め さ せ て 、 遂 に は 自壊 させ る 。 そ の病 的 な あ り さ ま に 、 原作 者 自身 さえ 「最 後 に は そ の痛 み に耐 え 切 れ な くな っ た」 と音 をあ げ た とい う。 この原 作 を読 ん だ ≧馬小 剛監 督 は 、泣 き崩 れ そ う に な る心 を何 と か 抑 え 込 ん だ と述 懐 して い る 。魂 の痛 苦 に 追 い立 て られ る よ うに 自 ら不 幸 を求 め る方 登 の姿 に 、突 き放 され た感 覚 を筆 者 は 持 っ た も の だ が 、 ≧馬小 剛 の 反 応 こ そ 、 唐 山 大 地 震 を 身 近 に 捉 え る 中 国 人 の 心 性 な の だ ろ う。彼 はす ぐ さ ま映画 化 を企 画 す る が 、 そ の 際 大 胆 に行 な っ た改 編 が 、 「棄 て られ た 」 娘 ・方 登 の 物 語 に も う一 本 、 「已 む 無 く棄 て ざ る を得 な か っ た」 母 ・元 妃 の ス トー リー ライ ン を加 え る とい う もの で あ っ た 。 この母 娘 の 、互 い に心 に秘 め る痛 苦 を並 行 叙 述 す る こ とで 、加 害/被 害 の 別 を超 え る 「こ ころ」 の物 語 が紡 ぎ出 され た 。何 よ り、娘 の方 登 だ け が痛 苦 に塗 れ 自閉 し て い く物 語 か ら、母 娘 の情 が辿 る道 程 とい う開 か れ た物 語 へ と舵 切 りが な され た の で あ る 。 出 演 俳 優 に 触 れ て お こ う。 娘 ・方 登 に は、 ク チ ャ ン ウ ェ イ 『孔 雀 ・我 が 家 の 風 景 』(2005年 、 顧 長 衛 監 督)で 若 干 精 神 不 安 定 な 女 の 子 を 演 じ た ヂ ャ ン ヒヂン チ ュ 張 静 初 が 、 凛 と した い で た ち な が ら も何 処 か脆 さ を 感 じさせ る ヒ ロ イ ン を好 演 して お り、 も う一 人 の ヒロ イ ン、心 の赦 しや安 寧 をそ こは か と な く希 求 す る 母 ・元 妃 に は 、 実 力 女 優 の シ ュ ィ コフ ァ ン 徐 帆 が 円熟 味 あ る 演 技 で 魅 せ る。 因 み に徐 帆 は 馬小 剛監 督 の妻 で あ り、彼 が メ ガ ホ ン を執 る作 品 に は 欠 かせ な い ベ テ ラ ンで あ る 。 他 に挙 げ る な らば 、方 登 の義 父 とな る解 放 軍 ワ ン ドゥチ ン チ ェ ン ロダオ ミン 士 官 ・王 徳 清 役 に は 名 優 ・陳 道 明 が 起 用 さ れ 、震 災 の後 遺 症 で悪 夢 と頭 痛 に苛 まれ る方 登 を護 り、常 に寄 り添 う確 固 た る包 容 力 を表 現 し て い る 。原 作 で は養 女 の信 頼 を裏 切 っ て し ま う 男 で あ っ た が 、 映画 版 の義 父 ・王 徳 清 は方 登 に 対 し 「お 前 の気 持 を尊 重 す る よ」 と語 りか け、 突 如 失 踪 した後 に シ ング ル マ ザ ー と して娘 を連 れ て帰 っ て くる方 登 を、 叱責 しな が ら も温 か く 迎 え入 れ る 。 そ の懐 の広 さに触 れ 、心 閉 ざす 方 登 も 自 らの心 の傷 を義 父 に だ け語 りは じめ る の だ 。 旧正 月 を迎 え る寒 い 日に 、 陽 だ ま り を湛 え た公 会 堂 広 場 で三 人 が凧 揚 げ をす る シ ー ク エ ン ス は 、方 登 の こ ころ に一 条 の光 を照 らす 名 場 面 と言 え る だ ろ う。 一64一
結 末 を言 っ て し まえ ば 、波 川大 地震 の 際 に ボ ラ ンテ ィア で震 災現 場 に 入 っ た 方登 が弟 ・方 達 と再 会 、 故郷 の唐 山 に住 み続 け る母 ・元 妃 の も とに 帰 り、 互 い の 「心 の傷 」 を理 解 しあ う。 そ の 思 い が如 何 な る か た ち で 表 明 され る か は 詳細 を語 らな い が 、 この 映 画 に よっ て 、 中 国 映 画 が 嘗 て 観 客 の 紅 涙 を搾 っ て き た伝 統 的 ジ ャ ン ル、 "苦 情 戯"が 蘇 生 した 点 は特 筆 す べ きで あ る 。 親 子 の 別離 と濯 遁 、 そ こに 見 え る愛 情 と人 と し て の倫 理 感 、 この 普 遍 的 テ ー マ に 、 数 多 の 中 国 観 衆 は再 び 感応 した の で あ る 。 そ れ は 台湾 や香 港 に も波 及 し、 中華 語 圏 に大 ブ ー ム を巻 き起 こ した 。 【図3】 中 国 語 字 幕 版 のDVDを 鑑 賞 した あ る学 生 の 感 想 は、 「涙 が 止 ま ら な くて 仕 方 な か っ た。 震 災 で離 れ離 れ に な る家 族 の運 命 は余 りに も哀 し い が 、最 後 まで観 て 、心 の底 に元 気 が貰 え た思 い が した」 とい う もの で あ っ た 。 この 映画 は 中 華 語 圏 の み な らず 、 日本 人 の心 を も突 き動 かす 「普 遍 性 」 を獲 得 して い る で あ ろ う。 しか し不 幸 な こ とに 、本 作 品 は 日本 公 開直 前 に 「東 日本 大 震 災 」 の 発 生 に よっ て 上 映 無 期 延 期 とな り、 や が て 日本 上 映取 止 め とな っ た 。邦 題 『唐 山大 地 震一 一 思 い 続 け た32年 』 が 「大 地 震 」 と銘 打 つ 映画 で あ る 以上 、上 映停 止 の措 置 も已 む を 得 な い だ ろ う、 だ が そ れ を承 知 した上 で これ だ
総 合社会学 部紀要 第2巻 第2号 る の か 判 然 と し な い ス ロ ー ガ ン 「が ん ば ろ う 日 本 」 「日 本 の 力 を 信 じ て る 」 や 、 幾 度 と な く 反 コマ シャ ルフ ィル ム 復 放 送 さ れ た モ ラ ルCF、 敢 え て 問 題 所 在 を追 及せ ず 「復 興 」 とい う美 談 で現 実 を 隠 蔽 した 震 災 後 の 報 道 な ど、3.ll後 の大 衆 メ デ ィ ア の あ り方 に較 べ 、本 作 品 が 人 間 の魂 に よ り近 く寄 り添 っ て い る 映像 で あ る こ とは疑 い よ うが な い 。 4.む す び に か え て 本 稿 で取 り扱 っ た 三 篇 の 映 画 は 、其 々 中 国 で は 「メ ジ ャー 」 な作 品 で あ りな が ら、 諸 々 の事 情 で 日本公 開 が か な わ な か っ た もの で あ る 。本 来 な ら ば、 近 年 の 中 国 映 画 界 を牽 引 して い る ジャ ジ ャン ク 買 樟 何 監 督 の 作 品や 、 一 般 販 路 に乗 らな い イ ンデ ィペ ンデ ン ト映 画 、 近 年 とみ に 注 目 を浴 び て い る ドキ ュ メ ン タ リー 映 画 な ど も例 に挙 げ つ つ 近 年 の 中 国 映 画 を語 る べ き な の か も しれ な い が 、敢 え て 中 国 国 内 で 一般 上 映 され た 「メ ジ ャ ー 」 作 品 に 特 化 して み た 。 そ れ は 、 一 般 観 衆 が観 る で あ ろ う これ らの作 品 に こそ 、現 代 なま 中 国 が 人民 と共有 す る 「生 の 空気 」 が垣 間見 ら れ る と、筆 者 は 考 え る か らで あ る 。 冒頭 に も述 べ た よ うに 、 日本 で は 近 年 、 中 国 映 画 の話 題 を 訊 く機 会 が め っ き り減 っ て し まっ た 。懐 か しい 映 画 を観 よ う とDVDレ ン タル 店 に足 を運 ん で も、 ほ ん の五 年前 の 映 画 ソ フ トさえ棚 に 置 か れ て い な い 。 そ の横 に は圧 倒 的 な本 数 の韓 流 ドラ マ が 幅 を利 かせ る 。 中 国 映 画 は 、彼 らに 陳列 場 所 を譲 るべ く次 々 と破 棄 、売 却 処 分 され て い る の で あ る 。 資本 主 義 原理 とは こ うい う もの 、 と 開 き直 る もの の 、 そ こに は 一抹 の寂 輿 が残 る 。 なぜ こん な扱 い を され る の だ ろ うね と、 あ る 学 生 に 訊 ね て み れ ば 「だ っ て 面 白 くな い で す も ん 」 と容 赦 な い答 え が戻 っ て きた 。確 か に そ の 通 りか も しれ な い 。 わ ざわ ざ劇 場 まで 赴 き、 そ の作 品 の 出 来 の悪 さに 唖然 と した経 験 が筆 者 に もあ る、 幾 度 と て あ る。 が 、 「面 白 くな い 」 と 諦 め る前 に 、作 品 を観 続 け て い きた い 、 とや は り思 うの だ 。 例 え ば 中 国 ニ ュ ー ウ ェ イ ヴ の 黎 明 を告 げ た 「黄 色 い 大 地 』(1985年)や 『紅 い シ ェ コジ ン コ ー リ ャ ン 」(1987年)、 巨 匠 ・謝 晋 監 督 の 代 表 作 に し て"苦 情 戯"の 名 作 『芙 蓉 鎮 』(1986 年)、 焉 小 剛 監 督 が"賀 歳 片"の 火 蓋 を 切 っ た 『夢 の 請 負 人 』(1997年)、 外 資 投 入 の 映 画 ヂ ヤ ンヒヤ ン 製 作 を 実 現 し て み せ た 若 手 実 力 派 ・ 張 揚 監 督 の 『ス パ イ シ ー ・ ラ ブ ス ー プ 』(1998年)、 低 ニ ン ロパ オ 予 算 で大 人 気 作 を打 ち 出 した 寧 浩 監 督 の コ メ デ ィ 『ク レイ ジ ー ・ス トー ン』(2006年)等 々、 作 品 を見 続 け る こ とに よっ て 、 中 国 映画 の歩 み ひ い て い え ば 中 国社 会 そ の もの の足 跡 を感 得 して こ られ た の で あ る 。 そ の 時代 、 そ の場 で そ の 映画 作 品 を 「観 た記 憶 」 は 、す な わ ち 「歴 史 の記 録 」 とな る もの と信 じ、 中 国 が放 つ 映画 作 品 に これ か ら も寄 り添 っ て い きた い 。 【凡 例 】 文 中 の 中 国 映画 タ イ トル につ い て は 、 日本 で の公 開が あ る作 品 は邦 題 で、 日本 公 開 の 無 い もの は 原 題 を用 い、 「 』 で 括 り記 して い る。 映 画 作 品 及 び小 説 作 品 につ い て は 全 て 「 』 で 、作 品 中 の 台 詞 の 引 用 や 強 調 単 語 に は 「 」、 中 国語 単 語 につ い て は""を 使 用 して い る。 なお 、 中 国 人 名 に は音 声 の近 い形 で 片 仮 名 の ル ビ を、 難 解 な中 国 語 単語 に つ いて は 日本 語 の 意味 の ル ビを充 て た。 【注 】 *本 稿 は、2012年6月23日 に関 西 日中 交 流 懇 談 会 記 念 講 演 会 に て 「近 年 の 中 国 映 画 を探 索 す る一 "高 考 ・成 功 ・精神創 傷"」 と題 し筆 者が行 な った 市 民 講 座 の 内 容 に 基 づ き、 加 筆 した もの で あ る。 な お、 第 一 節 は財 団 法 人霞 山会 サ イ ト 「ダイ ナ ミ ッ ク ワ ー ル ド」 掲 載 の拙 稿 「懐 旧か ら躍 動へ 一 『高 考1977』 を 観 て 一 」(2009年10月5日)を 基 に 、 第 三 節 は 拙 論 「人 倫 へ の 優 し き眼 差 し一 中 国 映 画 『唐 山 大 地 震 』 を 観 る一 」(「関 西 大 学 中 国 文 学 会 紀 要 』 第33号2012年3月20日)を 基 に そ れ ぞ れ 講 演 に 適 した 内 容 へ 変 換 、 本 稿 執 筆 に あ た り再 度加 筆 ・修 正 を施 した もの で あ る。 一66一