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Asia Trends / マクロ経済分析レポート
発表日:2018 年 12 月 14 日(金)
中国、一段の景気下振れを示唆する動きが顕在化
~今後は消費や生産の鈍化を投資拡大の動きがカバーする「いつか来た道」に戻る可能性~
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
主席エコノミスト 西濵 徹(℡:03-5221-4522)
(要旨)
このところの中国では家計消費が弱含んでいる。「独身の日」のセールは活況を呈したが、その背後で節約
志向が強まっているとされる。11 月の小売売上高は実質ベースで前年比+5.8%と過去最低の伸びとなった
前月から底入れしたが、力強さには乏しい。株価低迷に加えて資金難に伴い高額消費が落ち込むなか、節約
志向で財布の紐も固くなっている。米中関係の行方も不透明な中、当面は力強さを欠く展開が続くであろう。
製造業を中心とする企業マインドの悪化を反映して、11 月の鉱工業生産は前年比+5.4%と一段と鈍化した。
自動車販売の低迷が生産の重石となっているほか、米トランプ政権が貿易摩擦を通じて標的とする分野でも
減産の動きが強まっている。他方、インフラ投資の進捗促進は関連資機材の生産に加え、投資を押し上げて
いる。ただし、企業部門の資金需給はタイトな状況が続いており、先行きの生産の足かせとなるとみられる。
党中央政治局会議では、来年の経済運営について「妥当なレンジを維持する」方針が示されるなど、今年以
上に減税やインフラ投資の拡充に動く可能性は高い。ただし、米中協議の行方は輸出や中国景気自体を左
右し、結果的に世界経済の鍵を握るだけに、当面は協議の動向から目が離せない状況が続くであろう。
このところの中国経済を巡っては、米中貿易摩擦の激化に伴い製造業を中心に企業マインドが急速に
悪化しており、年明け以降の株価下落による家計部門でのバランスシート調整圧力を背景に家計消費が
弱含むなど、景気への下押し圧力が顕在化している。他方、11 月 11 日の『独身の日』にEC(電子商
取引)サイトが実施したセールでは、IT大手のアリババグループが運営するECサイトの1営業日の
売上高が 2135 億元(約 3.5 兆元)となり、商務部によると主要ECサイト全体のセールの売上高は 3000
億元(約 4.9 兆元)に達するなど、国内外に中国の家計部門の購買力の高さを改めて示した。ただし、
主要ECサイトの売上高の伸びは前年比+27%に留まり、ECが購買ツールとして一般化するなかで一
段の伸びは期待しにくくなっている。さらに、E
Cサイトによる売上拡大の背景には、家計部門の
節約志向の高まりも影響しており、ECサイト間
の価格競争が激化するなどの動きも活発化し、結
果的に消費財を中心に物価上昇圧力が高まりに
くいなど副作用も生まれている。なお、10 月の小
売売上高の伸びは前年同月比+8.6%と伸びが鈍
化したほか、実質ベースでは同+5.6%と過去最
低の伸びとなるなど、上述の『独身の日』のセー
ルを前にした消費手控えが影響したとの見方も
図 1 小売売上高(前年比/実質ベース)の推移
(出所)国家統計局より第一生命経済研究所作成
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あったが、11 月の小売売上高は同+8.1%に一段と鈍化し、実質ベースでは同+5.8%とわずかに伸びが
加速するも力強さを欠く展開が続いている。前月比(名目値)も+0.51%と前月(同+0.63%)と拡大
ペースが鈍化したが、エネルギー価格の下落などを背景に物価上昇圧力が後退したことを勘案すれば、
実質ベースでは多少押し上げ圧力が掛かっているとみられるものの、昨年末や年明け直後と比較すると
勢いに陰りが出ている様子は鮮明である。株価低迷によるバランスシート調整圧力に加え、過去数ヶ月
に亘って多数のインターネット金融(P2P金融)サイトが閉鎖に追い込まれるなど資金難も追い風に、
自動車販売は前年同月比▲10.0%と大きく減少したほか、通信機器類(同▲5.9%)の販売の落ち込み
も売上全体の足を引っ張っている。事実、11 月
の自動車販売台数は前年同月比▲13.4%と5ヶ
月連続で前年割れしており、伸びも前月(同▲
12.0%)からマイナス幅が拡大するなど、当局
が輸入車に対する関税引き下げ策などにも拘ら
ず減速に歯止めが掛からない展開が続いている。
また、ECを通じた小売売上高の伸びも1月か
らの累計ベースで前年同月比+24.1%と前月
(同+25.5%)から伸びが鈍化している。財別
でも日用品類や家電機器類など耐久消費財など
で伸びが加速する動きがみられるなど、上述の『独身の日』のセールの動きも勘案すれば家計部門の節
約志向の強まりを反映したと考えられる。今月初めに行われた米中首脳会談を経て、米中貿易戦争は『一
時的な猶予』に至ったものの、その後も様々な情報が錯綜する一方で両国間の協議は不透明な状況が続
いており、株価も上値の重い展開が続くなど家計部門を取り巻く状況は大きく好転するには至っていな
い。よって、しばらくは家計消費に下押し圧力が掛かりやすい展開が続くことは避けられず、急速に勢
いを回復することは期待しにくいと言える。
また、このところの製造業を中心とする企業マインドの悪化、とりわけ米中貿易摩擦の激化による輸
出への下押し圧力を懸念した生産減少の動きを反映して、11 月の鉱工業生産は実質ベースで前年同月比
+5.4%と前月(同+5.9%)から伸びが一段と鈍化して 2016 年1-2月以来の低い伸びとなり、生産に
対する下押し圧力は強まっている。前月比も+
0.36%と前月(同+0.47%)から拡大ペースが鈍
化しており、過去1年間のなかでも最も低い伸び
となったほか、春先をピークに生産への下押し圧
力が徐々に掛かり、足下では急速に強まっている。
上述の自動車販売の低迷を反映して自動車生産
は前年同月比▲16.7%と大きく前年を下回り、な
かでも多目的自動車(同▲20.1%)の減産が顕著
であるなど高級車を中心に減産圧力が強まって
いる。なお、政府による普及促進に向けた補助金
図 2 自動車販売台数の推移
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成, 季調値は当社試算
図 3 鉱工業生産(前年比/実質ベース)の推移
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
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政策などを背景に新エネルギー車(前年同月比+24.6%)は引き続き高い伸びをみせるが、その伸びは
頭打ちするなど勢いに陰りが出つつある。また、ここ数年高い伸びが続いてきた産業用ロボットの生産
も前年同月比▲7.0%と前月(同▲3.3%)から3ヶ月連続で前年を下回るなど、米中貿易摩擦の激化に
伴い企業部門による設備投資意欲に下押し圧力が掛かっている可能性が考えられる。同様に米中貿易摩
擦を巡ってその標的の一つとされる移動体通信機器の生産も前年同月比▲8.4%と前月(同▲10.6%)
から2ヶ月連続で前年を下回り、うちスマートフォンも同▲1.2%と前月(同▲3.9%)から前年割れが
続いている。今月初めには米トランプ政権の要請に基づいてカナダ当局が中国の通信機器大手の幹部の
身柄を拘束するなど、貿易摩擦は次世代通信技術を巡る『覇権争い』の様相を呈しており、関係改善の
糸口も見出せない状況を勘案すれば、こうした分野での生産下押しの動きは当面続く可能性は高い。そ
の一方、足下で景気の減速感が強まっていることを理由に、政府は 10 月以降に金融緩和に踏み切った
ほか、積極的な財政政策を通じた景気下支えの強化を打ち出しており、具体的に『弱い分野を対象とす
るインフラ投資の強化』を図るなど公共投資の進捗促進に動いている。この結果、11 月の生産の動きを
みると鋼材(前年同月比+11.3%)や粗鋼(同+11.3%)のほか、非鉄金属(同+12.7%)などで軒並
み生産の伸びが加速し、セメント(同+1.6%)は前月(同+13.1%)に大きく伸びが加速した反動で
鈍化したものの、生産規模は高水準で推移するな
ど関係する資機材の生産は軒並み押し上げられ
ている。ただし、11 月の社会融資総量は 1.52 兆
元と前月(7288 億元)から拡大したものの、そ
の伸びは前年同月比+9.9%と前月(同+10.2%)
から鈍化して過去最低の伸びとなるなど、企業部
門による資金需要は頭打ちしており、企業部門に
よる保有現金の状況を示すマネーサプライのう
ちのM1も前年同月比+1.5%と 2014 年1月以
来の低い伸びに留まる。また、金融市場全体のマ
ネーの動向を示すM2の伸びも前年同月比+8.0%と前月(同+8.0%)から横這いで推移しており、上
述の金融緩和に加え、夏場以降に動揺した国際金融市場は落ち着きを取り戻すなど環境改善にも拘らず、
資金需給は活発化していない。先行きは家計消費の弱含みなどを理由に企業部門の資金需給を取り巻く
環境が一段と悪化する可能性もあり、結果的に生産を巡る動きも弱含む展開が続くことが懸念される。
過去数ヶ月に亘って家計消費や生産は弱含む展開が続く一方、政府による景気下支え策の効果発現を
受けて固定資産投資の伸びは底打ちする動きがみられたが、11 月の固定資産投資も1月からの累計ベー
スの前年同月比は+5.9%と前月(同+5.7%)から伸びが加速するなど、一段と底入れしていることが
確認された。単月ベースの前月比も+0.46%と前月(同+0.45%)からわずかながら拡大ペースが加速
し、過去1年のなかで最も拡大ペースが高いなど緩やかに底入れが進んでいる。実施主体別では、民間
部門による投資は前年同月比+8.7%と前月(同+8.8%)から伸びが鈍化する一方、国有企業による投
資は同+2.3%と前月(同+1.8%)から加速感を一段と強め、インフラを中心とする公共投資の進捗が
投資のけん引役になっている。他方、業種別では製造業を中心とする第2次産業(前年同月比+6.2%)
図 4 マネーサプライ(前年比)の推移
(出所)中国人民銀行, CEIC より第一生命経済研究所作成
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で伸びが加速しているほか、サービス業などの第
3次産業(同+5.6%)も伸びが加速するなど、
幅広い分野で設備投資意欲に底打ち感が出てい
る。具体的には、通信機器関連や電気機械関連、
特殊機械関連、一般機械関連などで投資の伸びに
底打ち感が出ているほか、インフラ投資の進捗に
伴う需要底入れを受けて金属製品関連でも投資
が加速するなどの動きもみられる。他方、昨年以
降の景気持ち直しの動きを受けて活発化してき
た不動産投資は、11 月も1月からの累計ベース
で前年同月比+9.7%と前月(同+9.7%)から横這いで推移しており、オフィスビルや商業用不動産関
連で伸び悩む動きが続く一方、住宅向けの堅調さが全体を押し上げている。販売面積はオフィスビルや
商業用不動産が重石となって伸び悩む展開が続く一方、着工面積は住宅向けをけん引役に伸びが加速し
ており、金融緩和の動きなども背景に資金調達の動きにも底堅さがみられる。年末にかけては公共投資
の進捗が見込まれるほか、この動きが固定資産投資を下支えする展開が続くとみられ、上述のように家
計消費や生産が弱含んでおり、輸出にも頭打ち感が出るなか、当面の景気は以前と同様に投資が下支え
する動きが強まると予想される。
中国では今月末、今年の経済活動を総括するほか、来年の経済政策の運営方針などについて、共産党
最高指導部や国務院(内閣)指導部のほか、地方政府や国家機関、人民解放軍、国有企業などの幹部な
どが一同に会する形で年1回開かれる中央経済工作会議が予定されており、それに先立つ形で 13 日に
習近平党総書記が主催する党中央政治局会議が開催された。同会議では、来年が中国建国 70 周年であ
ることを念頭に『小康社会(いくらかゆとりのある社会)』の実現に向けて「強大な国内市場を形成す
るとともに、経済の全体的な水準を高める」ほか、「安定した成長や改革の促進を通じて、国民生活の
向上を図るとともにリスク抑制に取り組み、経済成長を妥当な水準で推移させる」との方針が示された。
また、昨年の中央経済工作会議では優先的に取り組む課題として、①金融システミックリスクの抑制、
②貧困克服、③環境保護の3点が挙げられたが、「すでに決められている計画に沿う形で未着手の課題
に焦点を充てることで対応を強化するなど、これらの課題に取り組む」との方針を示した。また、経済
運営に当たっては「遂行能力の一段の改善とレベル向上を図るべく、共産党中央の指導を強化せねばな
らない」として、党中央による統制を一段と強化することにより国内への締め付けを図る姿勢を示して
いる。さらに、反腐敗・反汚職活動に関連して今後も党内に対する締め付けを図る方針を確認し、年明
けに規律検査委員会の総会を開催することを決定した。なお、今春に開催された全人代(全国人民代表
大会)では今年の経済成長率目標は『6.5%前後』とされたが、現状は通年の成長率はこれをクリア可
能とみられ、国家統計局も「達成する軌道にある」との認識を示している。他方、来年については国家
統計局も「一段の外的な不透明要因に直面する」との認識を示したように景気の下振れが懸念され、上
述の会議で党中央は「妥当なレンジを維持する」との方針を示したが、その実現に向けては今年以上に
減税やインフラ投資の拡充などに取り組む可能性は高いと判断出来る。ただし、米中貿易摩擦を巡る行
図 5 固定資産投資(年初来前年比)の推移
(出所)国家統計局, CEIC より第一生命経済研究所作成
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本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部
が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることが
あります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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方は依然として不透明ななか、その対応は中国経済のみならず世界経済をも大きく左右するだけに、当
面は米中協議の行方に注目する必要があろう。
以 上