血 中 抗T3,T4抗
体 を有 す る橋 本 病 で,
T3,T4吸
収 障 害 を呈 した 甲 状 腺 機 能 低 下 症 の1例
社会保 険 埼玉中央病 院 内科
鈴
木
裕
也
慶応義塾大学医学部
中央臨床検査部
竹
下
栄
子,加
野
象 次 郎
北里バイオケ ミカルラボラ トリーズ
平
田
史
朗,佐
藤
誠
也
Impaired
Intestinal
Absorption
of Thyroid
Hormone
in a Case of Hashimoto's
Disease with Anti-T3
and Anti-T4
Antibody
Yutaka
SUZUKI
Department of Internal Medicine
Saitama Chuo Hospital
Saitama
Eiko TAKESHITA and Shojiro KANO
Department of Laboratory Medicine
School of Medicine, Keio University
Tokyo
Shiro HIRATA
and Seiya SATO
Kitazato Biochemical Laboratories
Kanagawa
A 28 year old woman with Hashimoto's disease was treated with desiccated thyroid
and triiodothyronine
(T3). She improved steadily during the first 2 to 3 months and
thy-roidal function tests turned to normal. Then, in spite of continuing treatment, her serum
T4 level decreased gradually and she became fatigued. A serum T3 radioimmunoassay
mani-fested an interference pattern suggested anti-T3 antibody in her serum. Ethanol-extracted
serum T3 and T4 levels were low in spite of ingestion of desiccated thyroid or synthetic
T3 and T4, suggesting intestinal malabsorption of T3 and T4. Antibodies against T3 and
T4 were identified in her serum; affinity constants were 1.16 X 1010 and 8.73 X 108k/mol
respectively. After treatment with synthetic T3 and/or T4 for 20 months, the titer of
anti-T3 and anti-T4 antibodies decreased, and impaired intestinal absorption of thyroid
hormone improved. Then, after desiccated thyroid treatment was reinstituted, the anti-T3
1488 血 中 抗T3,T、 抗 体 を 有 す る 橋 本 病 で,T3,T、 吸 収 障 害 を呈 し た 甲 状 腺 機 能 低 下 症 の1例(鈴 木,他4名)
antibody
titer
again increased
and intestinal
absorption
of thyroid
hormone
decreased.
These results suggest the oral immunization
against thyroid
hormones.
There was associated
impairment
in intestinal
absorption
of thyroid
hormone
presumably
secondary
to the
anti-T3 and anti-T4 antibodies.
は
じ
め
に
1956年Robbinsら16)が 甲 状 腺 癌 の 患 者 血 清 中 にT、 と 結 合 す る γ一globulinを 発 見 し て 以 来,橋 本 病lo)14)19181euthyroidGraveS病181結 節 性 甲 状 腺 腫201甲 状 腺 機 能 充 進 症18),二 次 性 甲 状 腺 機 能 低
下 症18)な どに 抗T3ま た は 抗T、 抗 体 の 存 在 が 報 告 さ れ る よ うに な っ た 。 こ れ ら の 抗 体 は い つ れ も
γ一910bulin分 画 に 属 し14)i51臨床 的 に はradioimmunoassay系 に 影 響 を 及 ぼ す こ と か ら 注 意 を 喚 起 さ れ
て き た10)18).しか し こ れ らの 抗 体 が 自 己 抗 体 な の か ど うか,ま た そ の 抗 体 産 生 機 序 は ど の よ う な も の か とい う こ とに つ い て は,現 在 迄 不 明 の ま ま で あ っ た 。 我 々 は 橋 本 病 患 者 で 血 中 抗T、,T、 抗 体 を有 し,甲 状 腺 ホル モ ン剤 の 吸 収 障 害 を 伴 っ た1例 を 経 験 した 。 こ の よ うな 例 は 世 界 に も報 告 が な い 。 本 例 で は 抗 体 産 生 が 乾 燥 甲 状 腺 末(以 下 乾 甲 末)投 与 に 由 来 し,吸 収 障 害 が 血 中 抗 体 価 と相 関 す る こ とが 観 察 さ れ た 。 本 論 文 は 甲 状 腺 ホ ル モ ン 剤 に よ る oralimmunizationを 初 め て 推 定 し た も の で あ り,か つ 抗 原 で あ る 甲 状 腺 ホ ル モ ン剤 に 対 す る 消 化 管 の 吸 収 障 害 を 認 め た 世 界 第1例 の 報 告 で あ る。 症 例:N.1.28歳 主 婦 主 訴:全 身 倦 怠 感 既 往 歴:12歳 虫垂 切 除 術,19歳 円 板 状 エ リテ マ トー デ ス,28歳 ジ ベ ー ル ば ら 色 枇 糠 疹 。 家 族 歴:母 は慢 性 甲 状 腺 炎 で,サ イ ロ イ ドテ ス ト102倍 陽 性,マ イ ク ロゾ ー ム テ ス ト103倍 陽 性,抗 核 抗 体80倍 陽i生(speckledtype)抗DNA抗 体 陰 性 で あ っ た 。 臨 床 経 過:17歳(1970)頃 よ り全 身 倦 怠 感 あ り。19歳 の と き(1972年6月)当 院 外 科 受 診 。BMR -28% ,血 清T、(Tetrasorb法)測 定 感 度 以 下,サ イ ロ イ ドテ ス ト,マ イ ク ロ ゾ ー ム テ ス ト と も106 倍 陽 性 で,慢 性 甲 状 腺 炎 に よ る 甲 状 腺 機 能 低 下 症 と診 断 さ れ,乾 甲 末 と合 成T,を 投 与 され た 。 同 年 8月 に はT、8.2μg/dlと 上 昇 し 自覚 症 状 も消 失 した 。 しか し そ の 後 服 薬 を続 け て い る に も拘 ら ず , T、の 値 は4.4μg/dl,測 定 感 度 以 下 と下 降 し,全 身 倦 怠 感 も再 び 生 じて い る。(Fig.1)す な わ ち 服 薬 を続 け て い る う ち に 患 者 の 吸 収 機 能 に 何 らか の 変 化 が 起 っ て い る が,こ の 時 点 で は まだ そ れ に 気 づ か れ て い な か っ た 。1974年4月 よ り通 院 と服 薬 を 中 断 。1977年5月 不 妊 と全 身 倦 怠 感 を 主 訴 に 当 院 内 科 を 受 診 す 。 内 科 受 診 時 現 症:身 長155cm,体 重61.5kg,意 識 障 害,知 能 低 下 な どな し。 顔 面 や や 浮 腫 状 で 円 板 状 エ リテ マ トー デ ス と湿 疹 が 混 在 す 。 」血圧130/100mmHg,脈 拍70/分 整,貧 血 黄 疸 な く,甲 状 腺 腫 両 側 性 び慢 性 に 触 知 す る も 小 。 胸 腹 部 著 変 な く,下 腿 浮 腫 な し。
1977年5月 受 診 時 血 清T3(radioimmunoassay法,以 下RIA法)測 定 感 度 以 下 ,T、(RIA法)3.0
μg/dlで,乾 甲 末100mg∼300mg投 与 さ れ,そ の 後 ・合 成T3,T、 に 変 更 さ れ た 。 しか し血 中 甲 状 腺
ホ ル モ ン(特 にT、)は,血 中 抗 体 の 存 在 を 思 わせ る 測 定 感 度 以 下 の 低 値 を示 し た 。 ま た 血 清PBI
低 値,血 清TSH高 値 で 自覚 症 状 の 改 善 もみ られ ぬ た め,(Table1,Fig1の1977∼1978年)RIA系
へ 影 響 を及 ぼ す 血 中抗 体 の 存 在 に 加 え て ,甲 状腺 ホルモ ン剤の 吸収 障害 が疑 われ種 々 検討 が加 え ら れ た 。
A.Thyroidfunction
B.Antithyroidantibody
C.Others
Fig. 1.
Clinical course.
1972-1973:
After the treatment with desiccated thyroid and synthetic T3, her serum T4 level turned up
to 8.2g/dl.
However, in spite of continuing treatment, her serum T4 level decreased gradually.
June 1977: When she came to our hospital again, her serum thyroid hormone levels by RIA were
un-detectable or very low, suggesting the assay interference by antibodies in her serum.
June 1977 April 1979: The data suggest the impaired absorption of thyroid hormone from the intestine.
August.1979: After the treatment with synthetic T3 and/or T4 in 20 months, the titer of antibodies
de-creased and impaired intestinal absorption of thyroid hormone improved.
August 1979—April 1980: After desiccated thyroid treatment was reinstituted, the anti-T3 antibody titer
again increased and intestinal absorption of thyroid hormone decreased.
1490 血 中 抗T、,T、 抗 体 を 有 す る 橋 本 病 で,T3,T、 吸 収 障 害 を呈 し た 甲 状 腺 機 能 低 下 症 の1例(鈴 木,他4名) Table1は 外 来 通 院 中 に 行 っ た検 査 成 績 を示 す 。openbiopsyで 得 ら れ た 甲 状 腺 組 織 像 は,線 維 化 の 進 ん だ 橋 本 病 の 像 を呈 し た 。(Fig2) 実 験 材 料 と 方 法 1)患 者 血 清 資 料 は,採 血 後 た だ ち に 分 離 凍 結 し,使 用 に 供 す る ま で 一20℃ 以 下 に 保 存 し た 。 2)血 清T3,T、 測 定 法 a)1972年 よ り1974年 ま で の 血 清T、 は,ダ イ ナ ボ ッ ト社 製 キ ッ トTetrasorb法 に よ り 測 定 し た 。 本 法 は サ イ ロ キ シ ン 結 合 グ ロ ブ リ ン(以 下TBG)を 用 い たcompetitive protein bindingmethod で,遊 離i251--T、 の レ ジ ン ス ポ ン ジ 摂 取 率 で 測 定 す る 。 最 小 検 出 感 度 は2.5μg/dlで あ る 。 b)1977年 以 降 は,血 清T3,T、 と も ダ イ ナ ボ ッ ト社 製RIAキ ッ ト を 使 用 し た 。 本 法 は ポ リエ チ レ ン グ リ コ ー ル(以 下PEG)に よ り遊 離T3(ま た はT、)と 結 合T3(ま た はT、)を 分 離 す る 一 抗 体 法 で あ る 。 最 小 検 出 感 度 はT325ng/dl,T、1.0μg/d1で あ る 。 c)エ タ ノ ー ル 抽 出 法 RIA法 へ の 血 中 抗 体 の 影 響 を と り 除 く た め,以 下 の 方 法 でT3を 抽 出 し 測 定 し た 。 検 体100μ1と エ タ ノ ー ル400μ1を 混 じ,4℃3000rpm10分 間 遠 心 分 離 し,上 清350μ1を 回 収 乾 固 。 0.05Mbarbital buffer 200μ1で 溶 解 し,そ の100μ1を 検 体 と し てRIAキ ッ ト に 応 用 し た 。1251-T3 に よ り測 定 し た 回 収 率 は77.8%で あ っ た 。 正 常 者7例 にT375γ 経 ロ 負 荷 し た42検 体 に よ り 測 定 し た 回 収 率 補 正 後 の 抽 出 法 と 上 記b)のRIA法 の 測 定 値 は,Y=2.19X-23.1(Y:抽 出 法,X:RIA法) の 直 線 関 係 を 示 し よ く相 関 し た(r=o.97,Fig3)。
3)血 清TSH測 定 法
ダ イ ナ ボ ッ ト社 製TSH-RIAキ ッ ト を 使 用 し た 。 本 法 は 第2抗 体 をPEG溶 液 中 に 懸 濁 させ たd-ouble antibody precipitin suspensionをB・F分 離 に 用 い て い る 。 最 小 検 出 感 度 は2μIU/mlで あ る 。
4)抗 体 に 関 す る 検 索 法 a>標 準 曲 線 の 作 製 T3-RIAキ ッ ト を 用 い,抗 血 清 の か わ り に 患 者 血 清 ま た は プ ー ル 血 清(対 照)を 添 加 し て,T3濃 度0∼10,000ng/dlで 標 準 曲 線 を 作 製 し,血 中 抗 体 の 有 無 を 観 察 し た 。 b>Scatchard protの 作 製 抗 体 価 の 高 い と 思 わ れ た1978年3月,1980年2月 と,抗 体 価 の 低 い と 思 わ れ た1979年8月 に 採 血 し た 検 体 に つ い て,そ れ ぞ れ 抗T3,抗T、 抗 体 のScatchardprotを 作 製 し た 。 c)electrophoresisとautoradiographの 作 製 被 検 血 清 と1251-T3溶 液(放 射 能 濃 度20μCi/ml,比 放 射 能3300μCi/μg以 上,T、 濃 度6ng/m1以 下)お よ び8-anilino-1-naphthalene sulfonic acid(以 下ANS)が40:10:1の 割 合 と な る よ う に し,4℃20時 間incubation後 こ の5μ1を 試 料 と し て 塗 布 し て 電 気 泳 動 を 行 っ た 。 泳 動 に は0.1Mba-rbital bufferpH8.6,支 持 体 に セ パ ラ フ ォ アIIIセ ル ロ ー ス ア セ テ ー ト膜 を 使 用 し,20v/cm ,1.3m A/cmの 条 件 で1時 間 泳 動 し た 。 泳 動 終 了 後,洗 浄 風 乾 し フ ジ フ ィ ル ムRXセ フ テ ィ ー に48時 間 感 光 さ せ た 。 d)カ ラ ム ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー に よ る 検 討 1251-T 3溶 液1mlにT3-RIAキ ッ トのT3標 準 液(0濃 度)0.1mlを 加 え,抗T3抗 体,患 者 血 清 ま た は プ ー ル 血 清 を そ れ ぞ れ0.1ml加 え,37℃1時 間incubation後SephadexG-200(column1 .5×
65cm)を 用 い て0.06M bardital buffer, pH8.6,5.Oml/hrの 溶 出 速 度 で 室 温 で 分 画 を 行 い,各tu-beの 放 射 活 性 を 測 定 し た 。
e)ポ り エ チ レ ン グ リ コ ー ル(PEG)沈 澱 法 に よ る 抗 体 価 測 定(以 下PEG法)
抗T3抗 体 価 の 測 定 は,被 検 血 清100μ1,ANSを 含 むbarbitalbuffer300μ1,1251-T3100μ1を 混 じ, 室 温 で2時 間incubationし,PEGを 最 終 濃 度 が12.5%と な る よ う に 加 え,遠 心 後,沈 渣(γ グ ロ ブ リ ン)の 放 射 能 を 測 定 し た 。 抗T、 抗 体 価 は,上 記 方 法 と 同 じ で あ る が,被 検 血 清10μ1,barbitalbuffer900μ1,1251-T、100μ1 と し,incubationtimeを1時 間 と し た 。 こ の 方 法 で は,正 常 者 血 清 の 非 特 異 的 結 合 量(沈 渣 の カ ウ ン ト量)は 総 カ ウ ン ト 量 の7∼8%で あ る 。
Fig. 2. Microscopic examination of the thyroid gland obtained by open biopsy showed lymphocytic infiltration and ad-vanced fibrosis.
Fig. 3. The correlation between T3 results in ethanol extracts and in unextracted sera.
1492 血 中 抗T、,T、 抗 体 を 有 す る橋 本 病 で,T3,T、 吸 収 障 害 を 呈 し た 甲 状 腺 機 能 低 下 症 の1例(鈴 木,他4名) 結 果' 1)抗 体 の 検 索 a)患 者 血 清 を 用 い て 作 製 し た 標 準 曲 線 Fig.4に 示 す ご と く,患 者 血 清 で はT3濃 度Ong/dlで 正 常 対 照 よ り 高 い 結 合 率 を 示 し,T3濃 度 の 高 い 部 分 で 結 合 率 が 下 降 し た 。 こ の こ と よ り 患 者 血 清 中 にT、 と 結 合 す る 物 質 の 存 在 す る こ と が 認 め ら れ た 。 b)Scatchardprotの 成 績 Fig.5は1978年3月 の も の で あ る が,T3の 親 和 定 数(Ka)は1.16×10101/mol,結 合 能 は573ng/ d1,T、 の 親 和 定 数 は8.73×1081/mol,結 合 能 は1.3μg/dlで あ っ た 。1979年8月 の 検 体 は 抗 体 価 が
Fig. 4. Binding of 125 1-T3 in serum.
Fig. 5.
Scatchard analysis for anti-T3 and anti-;
anti-body from patient serum (March, 1977).
低 くT3,T、 と も作 製 で きず,1980年2月 の 検 体 で はT3の み 作 製 可 能 で,親 和 定 数0.4×1081/mol,
結 ・合能 は1562ng/dlで あ っ た 。 こ の こ と よ り抗 体 価 は一 定 で な く変 動 し て い る こ とが 判 明 し た 。 抗
体 価 の 変 動 と臨 床 経 過,投 薬 内 容 と の 関 係 な どに つ い て はPEG法 に よ り検 索 した の で 後 述 す る。
c)autoradiographの 成 績
Fig6に 示 す ご と く,患 者 血 清 で はG分 画 に 正 常 者 に は み ら れ な いT3と の 結 合 が 認 め ら れ た 。
Fig. 6. Radioautography of '25 I-T3 binding. In normal serum the radioactivity is seen only at the TBG fraction, but in patient serum the radioactivity is seen at the gamma globulin fraction, too.
Fig. 7. Column chromatographic profil of 125I-T3 incubated with patient serum, rabbit anti-T3 serum or control serum in presence of ANS.
1494 血 中 抗T,,T、 抗 体 を 有 す る 橋 本 病 で,T、,T、 吸 収 障 害 を呈 し た 甲 状 腺 機 能 低 下 症 の1例(鈴 木,他4名) d)カ ラ ム ク ロマ トグ ラ フ ィ ー に よ る 成 績 Fig7に そ の 成 績 を示 す 。fractionNo80の ピー ク は フ リーT,で あ る 。 抗T3抗 体 と1251-T3の 結合 はfractionNo30∼40のG分 画 に 認 め ら れ る が,患 者 血 清 で もG分 画 の 低 分 子 部 分 に ピー クが み ら れ,1251-T3と 蛋 白 との 結 合 が 証 明 さ れ た 。 2)抗 体 価 お よび 吸 収 障 害 の 推 移 1972年 乾 甲 末 を初 め て 投 与 され た 時 は,血 清T、 も上 昇 し,自 覚 症 状 の 改 善 が み られ た が,服 薬 を 続 け て い る う ち に 血 清T、 が 下 降 し,TSHが 上 昇 し て 患 者 の 吸 収 能 に 何 らか の 変 化 が 起 っ た こ と は, 先 に も述 べ た 。1978年 か ら は 合 成T3,T、 を大 量 投 与 し て 経 過 を観 察 し て い た が(Fig1),1979年8 月 患 者 の 訴 え が 少 な くな り,そ の 時 の 検 査 成 績 を み る とT3,T、 がRIA法 で 測 定 可 能 と な っ て お り, TSHも2μU/mlとeuthyroidismを 示 し て い た 。 す な わ ち合 成T3,T、 を約1年 半 服 用 して い る 間 に 何 ら か の 変 化 が 起 り,抗 体 価 が 減 少 し,吸 収 障 害 も改 善 さ れ た の で あ っ た 。 そ こ で 著 者 ら は 乾 甲 末 の 投 与 が 抗 体 産 生 と何 らか の 関 係 を持 ち,そ の 抗 体 が 吸 収 障 害 に 関 係 し て い る の で は な い か との 仮 説 を た て,以 下 に 示 す よ う な 方 法 で そ れ を観 察 した 。 す な わ ち,合 成T3,T、 か ら再 び 乾 甲 末 単 独 投 与 に 変 更 し て,T3,T、(RIA法,エ タ ノ ー ル 抽 出 法),TSH,抗T3,T、 抗 体 価(PEG法)を 測 定 し そ れ らの 変 動 を観 察 し た 。 Fig1の1979年8月 か ら1980年3月 に か け て の 図 で 明 らか な よ うに,乾 甲 末 に 変 更 後RIA法 で 測 定 し たT3は 測 定 感 度 以 下 を示 し,血 中 に 抗 体 が 産 生 さ れ た こ と を 示 した 。PEG法 に よ る抗T3抗 体 価 は26%か ら55%に 上 昇 し て い る 。 しか し こ の 時 は 抗T、 抗 体 の 産 生 は み ら れ な か っ た 。 エ タ ノ ー ル 抽 出 法 に よ るT3値 は 乾 甲 末 投 与 量 に 比 し て低 く,乾 甲 末500mg迄 増 量 して い るに も拘 らず 血 清T3値 は 変 動 を示 さず,TSHは む し ろ上 昇 傾 向 を示 し,1980年3月 に は33μU/mlとsubc-linicalhypothyroidismの 状 態 と な り,こ こ に 乾 甲 末 投 与 に よ る 抗 体 産 生 と吸 収 障 害 の 発 生 が 推 定 さ れ た 。 考 按 Robbinsら16)の 報 告 い らい 抗T,,T、 抗 体 の 報 告 は 数 多 くあ る が,抗 体 産 生 機 序 に つ い て は,ほ と ん ど不 明 の 状 態 で あ っ た 。 当 初,抗 原 ま た は 抗 体 と し てthyroglobulinが 考 え られ た14).し か し抗 サ イ ロ グ ロ ブ リン 抗 体 価 と これ ら血 中 抗 体 との 問 に 関 連 は な く,抗 サ イ ロ グ ロ ブ リ ン抗 体 陰 性 の 患 者 に も血 中 抗T、,T、 抗 体 が み ら れ た こ とよ り,抗 体 と して のthyroglobulinの 可 能 性 は 否 定 さ れ た18). Chopraら6)7)はthyroglobulinで 動 物 を 感 作 す る とthyroglobulinに 対 す る抗 体 が で きる だ け で な く,T3,T、 に 対 す る 結 合 能 も得 られ る こ と を 発 見 して,現 在 のT3,T、radioimmunoassay系 を確 立 し た 。 そ の 際 同 一 条 件 で 免 疫 して も,T,に 強 い 結 合 を示 す もの とT、 に 強 い 結 合 を 示 す もの の 二 種 類 が 得 られ て お り,何 故 そ の よ う に 分 か れ る か に つ い て の 詳 細 は 不 明 で あ る 。 血 中 抗 体 の 報 告 も抗T、 抗 体 と抗T、 抗 体 の 両 方 が あ る カ㍉Staeheliら18)の 検 索 に よ れ ば,原 発 性 甲 状 腺 機 能 低 下 症43例 中 抗T、 抗 体 の み が み られ た も の10例,抗T、 抗 体 の み の もの1例 と,抗T3抗 体 の 方 が 頻 度 が 多 い 。Staeheliら の報 告 は 血 中 抗 体 を 有 す る者 の 頻 度 が 他 の報 告 者 に 比 して 高 く,測 定 法 の 感 度 の 問 題 と思 わ れ る。 他 の 報 告 は ほ と ん ど1例 報 告 で,甲 状 腺 疾 患 の 頻 度 か ら考 え る と, RIA系 に 影 響 を 及 ぼ す 程 の 抗 体 価 を持 っ た 者 の 頻 度 は 低 い よ うで あ る 。 Ochiら14)は 熱,酸,ア ル カ リな どで 処 理 を し た ラ ビ ッ トthyroglobulinを ラ ビ ・ソ トに 投 与 して 抗 体 を作 製 し,そ の 時T、,T、 がhaptenと して 働 い て い る こ と を示 し た 。 ま た,抗 原 のthyroglobulin
は 上 記 処 理 に よ り形 を 少 し 変 え る 事 が 肝 要 で あ る と も い っ て い る 。 こ れ らの 成 績 は 本 例 の 抗 体 産 生 機 序 を考 え る 上 で,示 唆 に 富 ん で い る 。 す な わ ち,乾 甲 末 中 のthyroglobulinは ヒ トの も の で な く ブ タ の もの で あ る こ と,ま た 消 化 液 の 影 響 を 受 け て い る こ とな ど が,結 果 と し て 形 を少 し変 え た thyroglobuinに な っ て い た と考 え られ る 。 す な わ ち,本 例 の 血 中 抗 体 は 自 己 抗 体 で は な く,ブ タth-yroglobulinに 対 す る 抗 体 で,T、,T、 はhaptenと して 作 用 した と推 測 す る の が よ い で あ ろ う。 過 去 の 抗 体 を有 す る 報 告 例 が 全 て 乾 甲 末 に よ る か ど うか は 定 か で な い 。Staeheliら18)は,乾 甲 末 投 与 中 の9例 のsecondary hypothyroidismの う ち1例 に 抗T3抗 体 を見 い 出 し た こ とか ら,そ の 後 甲 状 腺 機 能 低 下 症 につ い て 調 査 し た 。 そ の 結 果,合 成 サ イ ロ キ シ ン を投 与 さ れ た5例 は 全 例 抗T3, T、抗 体 が 陰 性 で あ っ た の に 対 し,乾 甲 末 を 投 与 さ れ た19例 の 患 者 で は,2例 に 抗T3抗 体 を 見 い出 し た 。 彼 らは 乾 甲 末 投 与 と抗 体 産 生 の 関 係 を疑 っ た が,確 認 す る ま で に は 至 らな か っ た 。 Robbin、 ら16)の甲 状 腺 癌 の 患 者 も,た び 重 な る ア イ ソ トー プ 治 療 で 甲 状 腺 機 能 低 下 を き た して お り,記 載 に は な い が 乾 甲末 の 投 与 を 受 け た こ とが 想 像 さ れ る 。 Ikekuboら1Φ の 症 例 は10年 間 末 治 療 の 橋 本 病 で あ る こ とか ら,彼 ら は 乾 甲 末 の 可 能 性 を否 定 して い る が,記 載 に よ れ ば10年 前 に 約1ヵ 月 間 乾 甲 末 を 服 用 して い る。 一 度 で き た抗 体 が10年 間 放 置 さ れ た 状 態 で 存 続 し う るか ど うか の 疑 問 が 残 る が,我 々 の 例 で も1974年 か ら1977年 の 約3年 間 の 放 置 期 間 が あ り,そ の 間 血 中抗 体 は 存 続 し て い た と考 え られ る 。 従 っ てIkekuboら の 例 も 乾 甲 末 に よ る 可 能 性 を全 く否 定 す る こ と は で き な い 。 EuthyroidGraves病18),hypothyroidismi8),そ してKarlssonら11)の 正 常 甲 状 腺 組 織 を も っ た 例 な ど に つ い て は 乾 甲 末 投 与 の 可 能 性 は 少 な く,別 の 抗 体 産 生 機 序 を考 え な け れ ば な ら な い で あ ろ う。 本 例 で は3年 間 の放 置 期 間 中 抗 体 が 持 続 し た が,そ の 後20ヵ 月 間 合 成 サ イ ロ キ シ ン ま た は ト リ ヨ ー ドサ イ ロ ニ ン を 服 用 した と こ ろ で 抗 体 が 消 失 し た こ とは 興 味 深 い 。 こ の よ うな 観 察 例 は ま だ な い。 そ の 機 序 は 不 明 だ が,抗 原 と し て 考 え ら れ る乾 甲 末 中 の ブ タ サ イ ロ グ ロ ブ リン が,合 成 剤 へ の 変 更 に よ り入 っ て こ な く な っ た こ と と,T3,T、 自体 に は 抗 原 性 は な く,む しろ合 成T3,T、 に よ り血 中 抗 体 が 中 和 され た 可 能 性 が 考 え ら れ る。 経 口 的 に 投 与 さ れ た 異 種 蛋 白 に 対 す る 免 疫 現 象(oralimmunization)に 関 し て は,牛 乳 蛋 白 に 対 す る 抗 体 が よ く知 ら れ て い る1)2)8)9)12)13). Lippardら12)に よ れ ば,α 一lactalbuminとtotalmilkproteinに つ い て は,15ヵ 月 迄 の 乳 児 で95% に 抗 体 が 観 察 され て い る。 しか し5歳 以 上 で は 稀 と い う。 Rothberg&Farrはbovineserumalbumin(以 下BSA)に 対 す る抗 体 が16歳 か ら40歳 の も の で も20∼30%に,40歳 以 上 で も5∼10%に み られ る と報 告 して い るが,一 般 に 成 人 で はoralimmuni。 zationの 起 る率 は 低 い と さ れ て い る 。 Buckley&Dees5)はlgAが10mg/dl以 下 のselectiveIgA欠 損 症 と 他 の 免 疫 異 常 者 と を比 較 し, 前 者 に の み 高 率 に 血 中 ミル ク 蛋 白沈 降 素 を認 め た 。 そ の よ う な 成 績 か ら,彼 らはoralimmunizat-ionはIgAの 抗 体 産 生 能 に 異 常 が あ り,他 の 免 疫 能 に 異 常 が な い と きに 起 りや す い と結 論 し て い る 。 本 例 で は 血 清IgA濃 度 は正 常 値 で あ り,IgAの 機 能 的 異 常 が な い とす る な ら ば,ミ ル ク 蛋 白 とは 別 の 機 序 を 考 え な け れ ば な らな い 。 Walkerら19)はoralimmunizationと 消 化 管 か ら の 抗 原 の 吸 収 能 に つ い て 述 べ て い るが,彼 ら の 成 績 は 我 々 の 症 例 で み られ た 現 象 と酷 似 して い る 。 彼 らは ラ ッ トにBSAま た はhorseradishpero-xidase(以 下HRP)でoralimmunizationを 行 い,抗 体 価 が 上 昇 し た 時 点 で ア イ ソ トー プ で ラベ ル
1496 血 中 抗T3,T、 抗 体 を 有 す る橋 本 病 で,T3,T、 吸 収 障 害 を呈 し た 甲 状 腺 機 能 低 下 症 の1例(鈴 木,他4名)
したBSAま た はHRPの 吸 収 能 を比 較 して い る。BSAで 免 疫 し た ラ ッ トはBSAの み の,HRPで
免 疫 し た ラ ッ トはHRPの み の 消 化 管 か ら の 吸 収 率 が 著 し く低 下 して い た 。 Bockman&Winborn4)は ハ ム ス ター に 馬 の フ ェ リチ ン を腹 腔 内 ま た は皮 下 に 投 与 し,抗 体 産 生 後 に フ ェ リチ ン の 消 化 管 か らの 吸 収 が 充 進 し て い る こ と を観 察 して い る。Walkerら の 吸 収 率 低 下 と全 く逆 の 成 績 で あ るが,こ れ ら の 実 験 は 血 中 抗 体 が 消 化 管 か ら の 抗 原 吸 収 能 に 影 響 を 及 ぼ す 事 実 を示 し て お り,我 々 の 症 例 を理 解 す る上 に 貴 重 な 成 績 で あ る 。 こ の よ うな 現 象 は 分 子 量 の 大 き な抗 原 に つ い て の み,み られ る よ うで あ るが191Bockma.&Winbor.は 抗 原 に 対 す る 腸 管 の 膜 透 過 性 が 変 化 す る た め で あ ろ う と述 べ て い る 。 Beckerら3)は 橋 本 病 は 全 身 性 の 免 疫 異 常 症 で あ り,甲 状 腺 炎 は そ の 単 な る1症 状 に す ぎ な い と し て い る が,本 例 で は 橋 本 病 の 他 に 円 板 状 エ リテ マ トー デ ス,湿 疹,ジ ベ ー ル バ ラ色 枇 糠 疹 な ど を 合 併 し て お り,そ れ らに 加 え て 観 察 さ れ たoralimmunizationも,全 身 性 免 疫 異常 症 の1症 状 と考 え る こ とが で き る で あ ろ う。 結 語 血 中 抗T、,T、 抗 体 を有 し,T、,T、 の 吸 収 障 害 を呈 し た 橋 本 病 の1例 を呈 示 し,抗 体 産 生 機 序 と吸 収 障 害 に つ い て 考 察 を加 え た 。 1)本 例 の 抗 体 産 生 は,乾 甲 末 に よ るoralimmunizationで あ る こ と が 臨 床 的 に 推 定 さ れ た 。 2)産 生 さ れ た 抗 体 は3年 間 の放 置 期 間 存 続 し た 。 3)合 成T3ま た はT、 の 投 与 に よ り抗 体 価 は 減 少 し,吸 収 障 害 も改 善 した 。 4)吸 収 障 害 は 抗 体 が産 生 さ れ た 時 に み ら れ,Walkerら の 動 物 実 験 の 成 績 と よ く一 致 し た 。
文
献
1) Anderson, A.F. and Schloss, 0.M.: Allergy to cow's milk in infants with nutritional
disorders. Amer. J. Dis. Child., 26: 451-474, 1923.
2) Bauer, J.: Ober den
Nachweis der pracipitablen Substanz der Kuhmilch im Blute atrophischer Sauglinge. Berl.
Klin. Wchnschr., 43: 711-712, 1906.
3) Becker, K.L., J.L. Titus, L.B. Woolner
and W. M. McConahey : Significance of morphologic thvroiditis. Ann. Intern. Med.,62:1134 −1r38,")65.8,1965. 4)Bockman, D. E. and W.B. Winborn : Light and electron