日消 誌 89 (9) 1973-1981, 1992
Non-Ulcer Dyspepsia (NUD) に 対 す る 臨 床 的 疫 学 的 研 究
清 田 啓 介1) ♪GH♪要 旨♪GS♪: 本邦 に おけ るNUDの 実 態 につ き検討 した ので報告 した. 1990年2月 か ら1年 間 に当院 消化 器 科 を初 診 で訪 れた 患者 を母 集 団 と し, AGAの 定 義 に従 い問診上NUDが 疑わ れ た106例 に対 し, 内視鏡, 腹 部US等 を施行 し, 器質 的疾 患 の有 無 につ いて検討 した. 胃潰 瘍, 十二 指腸 潰瘍19例, 胃炎 性 の変化16 例, 悪 性疾 患7例, そ の他8例 の計50例 で は器質 的疾 患 が認め られ, NUDと 考 え られた例 は56例 (53%) で あつ た. NUD群 は若年 者 に多 く, 特 に40歳 以 下 の女性 に多 い傾 向がみ られ た. NUDと 器 質的 疾患 群 は症状 に おい て有意 差 はみ られ なか つた が, 喫煙 歴, 重 度上 腹部 痛 は潰瘍 に多 く, 腹部膨 満 感 はNUDに 多 い傾 向が あつ た. ♪GH♪索 引用 語♪GS♪: Non-Ulcer dyspepsia, 疫 学, 多変 量解 析 緒 言 消 化 器 領 域 に お け る 一 般 臨 床 に お い て, 心 窩 部 痛 や 悪 心, 嘔 吐 な どの上 腹 部 の症 状 を 訴 え て 医 療 機 関 を 受 診 す る患 者 は きわ め て 多 い. しか し, 診 断機 器 の発 達, 普 及 に と も な い, 診 断 学 が 進 歩 し て きた 今 日で も, 症 状 の 原 因 とな る疾 病 が 見 つ か らな い こ と も多 い. この よ うな場 合 患 者 は 慢 性 胃 炎, 胃下 垂, 神 経 性 胃炎 な ど とか た づ け られ るか, 反 対 に, 精 密 検 査 と してCT, ERCP, 血 管 造 影 な どの 経 済 的 に も 肉体 的 に も負 担 の 多 い検 査 を 受 け る こ と とな る. 他 方, 欧 米 に お い て は 上 腹 部 の 様 々な 症 状 に対 し疾 患 に こだ わ らず Dyspepsia と い う言 葉 を 用 い 臨 床 的 な対 応 を 行 い, そ の な か で 内視 鏡 検 査 な どの 一 般 的 な検 査 に て 器 質 的 疾 患 が 否 定 され た も の を Non-Ulcer Dyspepsia (NUD) と して 臨 床 的 研 究 が 進 め られ て い る. 本 邦 に お い て は 上 腹 部 不 定 愁 訴 は慢 性 胃炎 との 関 係 が常 に 問 題 とな つ て い た が, NUDの 概 念 は まだ 一 般 的 で は な い. 今 回 本 邦 の 一 般 臨 床 病 院 に お け るNUDの 実 態 を 調 べ る た め, 当 院 消 化 器 科 外 来 に お け る初 診 患 者 に お い て 上 腹 部 症 状 と疾 患 の 関 連 お よび 診 断 率 を 調 査 し, い わ ゆ るNUDの 頻 度 とそ の 症 状 に つ き検 討 した の で 報 告 す る. 対 象 及 び 方 法 1) 対 象 母 集 団 は1990年2月 か ら1991年1月 ま で の1年 間 に 当 院 消 化 器 科 外 来 を 訪 れ た 初 診 者2131例 で 性 及 び 年 齢 構 成 はTable 1の ご と くで あ る. そ の 内, 問 診 表 の不 備 で あ つ た52例 を 除 き, 2079例 を 症 状 の 有 無 に よ り有 症 状 者1770例 と精 査 希 望 し来 院 した 無 症 状 者309例 に分 け, 有 症 状 者 に つ い て検 討 を加 えた. 2) 方 法 有 症 状 者 全 員 に 初 診 時 に主 訴 お よ び そ の 他 の症 状 に つ き問 診 表 を 記 載 させ, 外 来 診 察 後 必 要 に応 じ検 査 を 施 行 し, 検 査 結 果 や 自他 覚 所 見 よ り診 断 確 定 の 有 無 に つ い て 検 討 した. 有 症 状 者 の うち,
Table 1. Age and Sex distribution of patients who initially visited to our gastroenterology clinic during the period from Feb, 1990 to Jan, 1991
以下 に 示 す Dyspepsia を 主 訴 と して 来 院 し, そ の 症 状 を4週 間 以 上 有 し, 明 らか な 既 往 歴 を 持 た な い もの は110例 で あ つ た. これ らに つ い て 症 状 (上 腹 部 痛 の 程 度, 食 事 との 関 連, 増 悪 因子, 軽 快 因 子, 夜 間 の 落 痛 に よ る 覚 醒, 胸 や け, 悪 心, 嘔 吐, 腹 部 膨 満 感, 食 欲, 体 重 減 少), 環 境 因 子 (喫 煙, 飲 酒, ス トレ ス) に つ き面 接 に て 問 診 表 を 記 載 し た. 続 い て 血 液 一 般, 生 化 学 的 検 査, 上 部 消 化 管 内視 鏡 検 査, 腹 部 超 音 波 検 査 を 施 行 した. この 際, 4例 は 検 査 拒 否 の た め 精 査 で きず 検 討 か ら 除 外 し, 残 りの106例 を Dyspepsia 群 と し器 質 的 疾 患 の有 無 に よ りNUD群, 器 質 的 疾 患 群 と に 分 類 し た. NUD群 に お い て は, 性, 年 齢, 病 悩 期 間, 症 状 発 現 の 頻度 に つ い て検 討 し, 器 質 的 疾 患 群 と比 較 し た. ま た, AGAの カ テ ゴ リー 分 類1)に 従 い NUDの 分 類 を 試 み た. 続 い て 多 変 量 解 析 を用 い, NUD群 と器 質 的 疾 患 群, NUD群 と器 質 的 疾 患 の 中 の潰 瘍 群 に つ い て, 症 状 か らの 鑑 別 診 断 の 可 能 性 に つ い て 検 討 を 行 つ た. 3) 定 義 AGAの 定 義1)に従 い 以 下 に示 す 定 義 を 用 い た. Dyspepsia 上 腹 部 痛, 胸 骨 後 部 痛, 不 快 感, 胸 や け, 悪 心, 嘔 吐 な どの 上 部 消 化 管 に 由来 す る と思 わ れ る症 状
Non-Ulcer Dyspepsia (NUD)
上 腹 部 痛, 胸 骨 後 部 痛, 不 快 感, 胸 や け, 悪 心, 嘔 吐 な どの 上 部 消 化 管 に 由来 す る と思 わ れ る症 状 の うち, 次 の1, 2, 3の す べ て を 満 た す 症 状. 1. 4週 間 以 上 持 続 す る. 2. 運 動 とは 無 関 係 で あ る. 3. 原 因 に な る と考 え られ る 局 所 病 変 ま た は 全 身 性 疾 患 が ま つ た く認 め られ な い. 今 回 の 検 討 に お い て 内視 鏡 検査 に お い て認 め ら れ た 萎 縮 性 胃炎 は 器 質 的 疾 患 と考 えずNUD群 に 含 め, び ら んや 櫛 状 発 赤 な ど の変 化 は 器 質 的 疾 患 群 と して 取 り扱 つ た. ま た 明 らか に 過 敏 性 腸 症 候 群 と 思 わ れ る 症 状 を 有 す る例 は Dyspepsia 群 か ら除 外 した. 4) 統 計 学 的 処 理 統 計 学 的 検 討 に はχ2検 定 (Mantel-Haenszel 法 を 含 む), 多 変 量 解 析 は 林 の数 量 化II類 を 用 い た. 結 果 1. 有 症 状 者 群 に お け る症 状 と診 断 率 の検 討 有 症 状 者1770例 中786例 (44%) が Dyspepsia を 主 訴 に来 院 した. Dyspepsia を 主 訴 に来 院 し た 患 者 を な ん ら か の検 査 に て 主 訴 の 原 因 に な る と思 わ れ る診 断 が 確 定 した 例 (確 定 診 断 群), 典 型 的 な 症 状 よ り臨 床 的 に診 断 が 可 能 で あ つ た例 (臨 床 診 断 群), 検 査 の 結 果 診 断 不 能 あ るい は経 過 観 察 や 検 査 を 施 行 で き ず 臨 床 的 に も 診 断 を 下 せ な か つ た 例 (診 断 不 能 群) に 分 類 す る と, 確 定 診 断 群272例 (35%), 臨 床 診 断 群61例 (8%), 診 断 不 能 群453 例 (57%) で あ つ た (Figure 1). 2. Dyspepsia 群 の 検 討 Dyspepsia の 症 状 を4週 間 以 上 有 し 明 らか な 既 往 歴 を 持 た な い Dyspepsia 群 (106例) の 最 終 診 断
平 成4年9月 1975 はTable 2の ご と く, 瘢 痕 を含 む 胃潰 瘍, 十 二 指 腸 潰 瘍19例 (18%), 表 層 性 胃炎, び らん 性 胃炎 な ど の 胃 炎 性 の 変 化16例 (15%), 悪 性 疾 患7例 (7%), 胆 石 症4例 (4%), 食 道 疾 患4例 (4%) の50例 で は 器 質 的 疾 患 が 認 め られ た. 従 つ て 器 質 的疾 患 が 見 つ か らずNUDと 考 え られ た 例 は56例 (53%) で あつ た. 器 質 的 疾 患 群 とNUD群 の 性 別, 年 齢 分 布 を Table 3に 示 す. 性 別 で は 男 性 に 比 し 女 性 に NUDが 多 か つ た が 有 意 差 は み られ な か つ た. 年 齢 分 布 で はNUD群 が 若 年 者 に 多 い 傾 向 が あ つ た. 40歳 以 上, 40歳 未 満 に 分 類 しNUDと 器 質 的 疾 患 の 分 布 を見 る と男 性 で は有 意 差 は 見 られ なか つ た が, 女 性 で は40歳 未 満 に お い て 器 質 的 疾 患 群 よ りNUD群 が 有 意 に 多 か つ た (P<0.05). 特 に 若 年 女 性 に お け る 器 質 的 疾 患 群 の 比 率 は 低 く, ま た 男 女 と も70代 以 上 で はNUDは み ら れ な か つ た. 各 群 の 病 悩 期 間 を 比 較 す る と男 女 と もNUD群 で 長 い 例 が 多 い が 有 意 差 は み ら れ な か つ た (Table 4). 3. NUDの カ テ ゴ リ ー 分 類 自覚 症 状 よ りNUD群 (56例) を 各 カ テ ゴリ ー に 分 類 す る と以 下 の よ う に 分 類 さ れ た. Dysmotility-like dyspepsia 19例 (男8例, 女 11例), Ulcer-like despepsia 18例 (男6例, 女12 例) Reflux-like dyspepsia 2例 (男1例, 女1例), Idiopathic dyspepsia 17例 (男9例, 女8例), Aerophagia と見 な さ れ た 例 は な か つ た. 4. 各 群 に お け る 症 状 と鑑 別 診 断 の 可 能 性 NUD群 と器 質 的 疾 患 群, NUD群 と器 質 的 疾 患 群 の 中 の 潰 瘍 群 に お い て 問 診 表 よ り 自 覚 症 状 の 有
Table 2. Classification of the patients with dyspepsia (n=106)
(); Age mean•}SD GU, DU; gastric ulcer, duodenal ulcer (open and/or scar)
GI; superficial and/or erosive gastritis
CA; carcinoma
GBS; gallstone
ESO; esophagitis, esophageal ulcer
Table 3. Age and Sex distribution of the patients with dyspepsia (n=106)
Table 4. Duration of symptom of the patients with dyspepsia (n=106)
無 を 検 討 した. NUD群 と器 質 的 疾 患 群 を 比 較 す る と上 腹 部 痛, 胸 や け, 膨 満 感 な どの 自覚 症 状 の 頻 度 は い ず れ に お い て も, 両 者 に お い て有 意 差 は み られ な か つ た (Figure 2). NUD群 と潰 瘍 群 に お け る 自覚 症 状 を比 較 す る と (Figure 3), 軽 度 上 腹 部 痛 を 訴 え た もの はNUD群 に お い て潰 瘍 群 よ り有 意 に 高 い頻 度 で み られ た (p<0.05) の み で, 他 の症 状 に は有 意 差 はみ られ な か つ た が, 重 度 上 腹 部 痛 は 潰 瘍 群 に, 腹 部 膨 満 感 はNUD群 に多 い 傾 向 が あ つ た. 次 に各 群 間 で の 性, 年 齢 の 偏 りを補 正 し て症 状 と環 境 因 子 につ い て 検 討 す るた め に, 各 群 を 男 女 別, 年 齢 別 (40歳 未 満, 40歳 以 上) の4層 に 分 け, Mantel-Haenszel 法 に よ り比 較 し た. NUD群 と 器 質 的 疾 患 群 で比 較 す る と各 症 状 で は 有 意 差 は み られ ず, 環 境 因 子 で は器 質 的 疾 患 群 に 喫 煙 歴 が 多 い 傾 向 が み られ た (P<0.1). NUD群 と潰 瘍群 の 比 較 で は 軽 度 上 腹 部 痛 を訴 え る も の はNUD群 に 多 い傾 向 が み られ る が (P<0.1), そ の 他 の症 状 に 有 意 差 は み られ な か つ た. 喫 煙 歴 はNUD群 よ り 潰 瘍 群 に 有 意 に 多 くみ られ た (P<0.01). NUD群, 器 質 的疾 患 群, 潰 瘍 群 に お い て, 年 齢, 性, 症 状, 環 境 因 子 よ り各 群 の 診 断 が 可 能 で あ る か を 多 変 量 解 析 に て 検 討 した. 年 齢, 性, 症 状, 環 境 因 子 の 各 項 目を カ テ ゴ リー化 し, 数 量 化 理 論 II類 に て 検 討 した (Table 5, 6). NUD群 と器 質 的 疾 患 群 の そ れ ぞ れ の判 別 空 間 に お け る重 心 は0.4164, -0.4664で, 判 別 に お い て は喫 煙, 年 齢, 飲 酒 の順 で 重 み が 高 い も の の, 相 関 比 は0.19605と 低 く, 今 回選 択 し た項 目で は 両 者 の 判 別 は 困 難 と考 え られ る. NUD群 と潰 瘍 群 で は各 群 の 重 心 は そ れ ぞ れ0.3601と-1.0613で あ り 相 関 比 は0.38736と な り器 質 的 疾 患 群 との 場 合 よ り高 く, 判 別 の 可 能 性 の 高 い こ とが示 唆 さ れ る. 各 項 目の 中 で は 喫 煙, 上 腹 部 痛 の程 度, 腹 部 膨 満 感 の順 に 重 み が 高 か つ た. す なわ ち 喫 煙 歴 あ り, 重 度 上 腹 部 痛 あ り, 腹 部 膨 満 感 な しの 患 者 は潰 瘍 の 存 在 を 疑 わ せ る も の で あ る. 食 事 との 関 連 や疼 痛 に よ る夜 間 の 覚 醒 な どの 重 み は低 か つ た. 考 案 日常 の 外 来 診 療 に お い て もつ と も多 い 消 化 器 関 係 の症 状 は心 窩 部 痛 や 悪 心, 膨 満 感 等 の いわ ゆ る 上 腹 部 不 定 愁 訴 で あ る. しか し, 内視 鏡 や 腹 部 超 音 波 検 査 な どの 普 及 に よ り診 断 精 度 が 向 上 した が, 確 定 診 断 とな る器 質 的 疾 患 が 発 見 され な い こ とは 多 い. そ の た め 検 査 の 繰 り返 しか ら医 療 費 の
Figure 2. Comparison of the symptoms between NUD and Organic diseases.
Figure 3. Comparison of the symptoms between NUD and Ulcer.
平 成4年9月 1977 増 加 を 招 く こ と と な る 上, 患 者 に 対 し無 用 の 不 安 感 を うえつ け 心 身 症 的 な 症 状 を つ く り出 す 結 果 と な りか ね な い. 一 方 , 最 近 の 検 査 偏 重 の 思 考 に 対 す る 見 直 しや 医 療 経 済 の 問 題2)か ら欧 米 で は 消 化 管 に 由 来 す る と考 え られ る様 々 な症 状 をNUDと して と ら え整 理 し, よ り論 理 的 で か つ 合 理 的 な検 査 や 治 療 を 求 め 研 究 が 進 ん で い る3)4). 本 邦 に お い て は よ うや く NUDに 対 し研 究 が 始 まつ た と ころ で あ る. NUDに 対 し研 究 を進 め る に あ た り大 き な 問 題 が2つ 存 在 す る. そ の一 つ はNUDの 定 義 が あ ま りに も曖 昧 な こ とで あ る. 今 回 の検 討 で はNUD Table 5. Evaluation of factors for differential
diagnosis (NUD vs organic diseases) by mul tivariateanalysis
Table 6. Evaluation of factors for differential diagnosis (NUD vs ulcer) by multivariate analysis
の 定 義 は4週 間 以 上 持 続 し, 局 所 的 要 因 や 全 身 的 要 因 が ま つ た く認 め られ な い 上 部 消 化 管 に 由 来 す る症 状 と した が, 各 症 状 そ の も の が 定 量 化 で き な い も の で あ り, 痛 み に対 す る閾 値 に も大 きな 差 が あ る5). AGAの Working Party で は さ らにNUD を 症 状 に よ り5つ の サ ブ グル ー プ に 分 類 して い る が, 各 患 者 の 感 受 性 に よ り一 つ め原 因 か ら異 なつ た 症 状 が発 現 して い る可 能 性 も あ り, 細 分 化 す る こ と に よ りNUDの 本 態 が よ り明 瞭 とな る とは 一 概 に い え な い と思 わ れ る. 従 つ て, 本 研 究 で は分 類 は 試 み た が 各 カ テ ゴ リー別 の検 討 は 行 わ な か つ た. また 器 質 的 疾 患 を 除 外 す るた め の 診 断 法 に つ い て も問 題 が あ る. す なわ ち 以 前 は X-ray Negative Dyspepsia6)と い う用 語 で表 現 され る ご と く, 上 部 消 化 管 造 影 が 器 質 的 疾 患 を 除 外 す るた め に 一 般 的 に 行 わ れ る唯 一 の 検 査 法 で あ つ た. 種 々 の検 査 法 が 普 及 した 現 在, どの検 査 に よつ て 器 質 的 疾 患 を 否 定 す る の か, よ り厳 密 な 定 義 が 必 要 とな るで あ ち う. 症 状 の 持 続 期 間 に対 す る定 義 も同 様 に 問題 は多 い. 受 診 に い た る動 機 や 経 過 は様 々で あ り病 悩 期 間 は個 人 の 事 情 や 各 国 の 医 療 事 情 に よつ て 影 響 を 受 け る と考 え られ る. 4週 間 以上 の 症 状 の 持 続 と い う条 件 に て, 感 冒 に伴 う一 過 性 の 胃腸 症 状 や, 急 性 の 胃 炎 な どの 急 性 疾 患 は除 外 され うる と考 え られ る が, 本 邦 に お い て は 医 療 機 関 へ の受 診 は比 較 的 容 易 に 行 わ れ る た め, 4週 間 以 上 と限 定 す る こ と に よ り本 邦 で はNUDの 多 くが検 討 か ら除 外 され る可 能 性 も存 在 す る. 今 回 の 検 討 で は 前 記 の ご と くAGAの 定 義 を 暫 定 的 に 用 い た が, 本 邦 に お け るNUDの 研 究 が あ る程 度 進 ん だ 時 点 で, 実 状 に あ う定 義 を 再 検 討 す る必 要 が あ る. も う一 つ の大 き な 問題 はNUDの 症 状 を 訴 え る 人 の うち 医 療 機 関 を受 診 す る人 は ご く一 部 にす ぎ な い こ とで あ る7). そ の た め 各 医 療 機 関 を 受 診 す る患 者 の 母 集 団 の 偏 りに よ り, 研 究 結 果 に 相 違 を もた らす こ とが あ る. す なわ ち 大 学 病 院 な どを受 診 す る患 者 群 と一 般 病 院 を 受 診 す る患 者 群 で は 自 ず と相 違 が あ り同一 視 す る こ とは で き な い た め, NUDの 研 究 で は 必 ず 母 集 団 を 明 ら か に す る必 要 が あ る. 今 回 の検 討 の 目的 は い わ ゆ る最 前 線 の 一 般 臨 床 病 院 に お け るNUDの 実 態 を 知 る こ とに あ つ た. 本 研 究 で は母 集 団 に若 年 者 が比 較 的 多 い こ と は他 の 医 療 施 設 の 研 究 と比 較 す る上 で は考 慮 し な けれ ば な らな い で あ ろ う. 本 院 消 化 器 内 科 初 診 患 者 の う ち 半 数 近 く が Dyspepsia を主 訴 に来 院 した. しか し何 らか の 診 断 が 可 能 で あつ た例 はそ の うち の約40%に す ぎ な か つ た. これ らの Dyspepsia を 訴 え 来 院 した 者 の 中 でNUDの 実 態 を調 べ るた め に, 既 往 歴 を 持 た ず, 4週 間 以 上 症 状 を有 す る例 を Dyspepsia 群 と し器 質 的 疾 患 の有 無 を 検 討 した. 106例 が Dyspep sia群 と な り, 内 視 鏡 検 査 や 腹 部 超 音 波 検 査 な ど で 器 質 的 疾 患 を 除 外 す る とNUDに 相 当 す る例 は 約 半 数 の56例 で あ つ た. 諸 外 国 の 報 告6)8)∼10)でも NUDは Dyspepsia の30%か ら60%で あ りほ ぼ 一 致 す る と考 え られ る. しか し今 回 の検 討 で は 内 視 鏡 検 査 にて ま つ た く 異 常 が み られ な い 者 をNUDと して 取 り扱 つ た た め, び らん や 櫛 状 発 赤 が 見 られ た 者 は 胃炎 と して NUDか ら除 外 した. 欧 米 で は 潰 瘍 性 病 変 以 外 は NUDと して 扱 うこ とが 多 く, 本 研 究 で も 胃炎 性 変 化 を 器 質 的 疾 患 と考 え ずNUD群 に 含 め る と Dyspepsia 群 の うち 約70%はNUDと い う こ と に な る. 欧 米 と本 邦 で は 胃 炎 に対 す る考 え方 が 異 な り, ま た 散 発 び らん や 発 赤 に どの程 度 の 症 状 が あ る か も議 論 の余 地 の 大 きい と ころ で あ るた め, 今 回 の検 討 で は純 粋 なNUDと い う意 味 で 胃炎 の 所 見 を 持 つ 者 は 一 応 器 質 的 疾 患 を有 す る と しNUD か ら除 外 し て考 えた. ま た, NUDを 考 え る上 で 萎 縮 性 胃炎 の 位 置 づ け は極 め て 重 要 な 問 題 とな る. 萎 縮 が 加 齢 に よつ て 進 展 す る事 実11)があ り, ま た萎 縮 性 胃 炎 の 多 く の もの が 無 症 状 で あ る こ とを 考 え 本 研 究 で は萎 縮 性 胃 炎 は Dyspepsia の 原 因 と な る 器 質 的 疾 患 に は含 め な か つ た. し か し木 村 らの い う萎 縮 性 変 化 に お け る暦 年 齢 と 胃年 齢 の 相 対 的 関 連 に お け る症 状 の発 現 の可 能 性12)に関 して は 今 後 の 検 討 が 必 要 で あ ろ う. NUD群 と器 質 的 疾 患 群 の 年 齢 構 成 を み る と NUDは20代, 30代 に多 く, 特 に若 年 女 性 に 多 くみ (6)
平 成4年9月 1979 ら れ, 70代 以 上 に はNUDは み ら れ ず 高 齢 者 の Dyspepsia で は 器 質 的 疾 患 を 強 く疑 うべ き で あ る. 病 悩 期 間 で み る と6ヵ 月 を越 えて 症 状 を 有 す る 例 は 器 質 的 疾 患 よ りNUDが 多 い 傾 向 に あ つ た. これ は長 い 病 悩 期 間 を 有 す る例 で は消 化 管 運 動 機 能 異 常 や 心 理 的 な 問題 が 原 因 と考 えや す く, 器 質 的 疾 患 を 有 す る例 で は よ り早 期 に医 療 機 関 を 受 診 す る こ とに 由来 す る と思 わ れ る. 性 別 に よ る 病 悩 期 間 を み る と女 性 で は3ヵ 月 以 内 が 多 い の に 対 し, 男 性 で はNUD, 器 質 的 疾 患 を 問 わ ず 長 期 間 症 状 を 有 す る例 が 多 い. これ は 時 間 的, 金 銭 的 問 題 に よ り医療 機 関 を 訪 れ る余 裕 の な さ を うか が わ せ 興 味 深 い. 各 群 の 症 状 を 検 討 す る と, NUDと 器 質 的 疾 患 群 で は 各 症 状 に お い て有 意 差 は み られ な か つ た. これ は 様 々 の 異 な る疾 患 を 一 括 し器 質 的 疾 患 群 と しNUD群 と の対 比 を 試 み た た め, 個 々 の 疾 患 の 症 状 は 打 ち 消 さ れ た た め と も考 え られ る. NUD 群 と潰 瘍 群 の 比 較 で は 重 度 上 腹 部 痛 は 潰 瘍 に 多 く, 逆 に軽 度 上 腹 部 痛 や 膨 満 感 はNUDに 多 くみ られ た. 多 変 量 解 析 か ら もNUD群 と潰 瘍 群 で は 喫 煙 歴, 上 腹 部 痛 の 強 さ, 腹 部 膨 満 感 の有 無 に て あ る程 度 の診 断 が 可 能 と思 わ れ た. 食 事 との 関 連 や 夜 間 の疼 痛 の 出 現 率 はNUDと 潰 瘍 に お い て 異 な る と す る 論 文13)も あ る が, 今 回 の 検 討 で は NUDと 器 質 的 疾 患 との 鑑 別 は 問 診 か らは 不 可 能 と しか い えず, NUDと 潰 瘍 で さ え 予 想 した ほ ど の症 状 の 差 は み られ な か つ た. NUDと 潰 瘍 の 喫 煙 歴 に 差 が み られ る こ とは Tibblin9)も 指 摘 して お り, 喫 煙 は 潰瘍 発 生 の 危 険 因 子 と考 え られ る が, NUDの 要 因 に は さ ほ ど関 与 して い な い と考 え ら れ る. NUDの 成 因 に 関 して は単 一 の も の で は な く, 消 化 管 運 動 機 能 異 常14)15), 胃 炎16), 心 理 学 的 要 因17) 等 の様 々 な要 素 が 各 患 者 に お い て様 々 な割 合 で 組 み 合 わ さ つ て い る と 考 え ら れ, 最 近 で は Helicobacter pylori18)等の 関 与 も注 目 さ れ て い る. 成 因 に 関 す る検 討 も進 ん で は い る が, 非 常 に 重 要 な こ とは研 究 を 進 め る際 にNUDの 定 義 を 明 確 に す る こ と と母 集 団 の 偏 りを な くす こ と で あ る. 偏 つ た 集 団 に お け る研 究 は如 何 に優 れ て い て も普 遍 的 な も の とな り得 ず 誤 つ た 結 論 に結 び つ く 危 険 性 に 富 ん で い る. 今 回 の 検 討 で も病 院 受 診 者 を 母 集 団 とす る検 討 で あ りNUD全 体 に 当 て は め て 考 え る の は 早 計 と 思 わ れ, 今 後 一 般 健 診 者 に お け る検 討 も必 要 で あ る と考 え られ た. また, 本 研 究 は経 過 観 察 期 間 が 短 く cross sectional study で あ り, NUD群 に 対 し今 後 十 分 な 経 過 観 察 を 行 い, longitudinal な 面 か ら検 討 す る必 要 も あ る と考 え られ た. 結 論 1. 初 診 患 者1770例 中786例 (44%) が Dyspepsia を 訴 え 受 診 し, そ の 内 確 定 診 断 が可 能 で あつ た 例 は272例 (35%) で あ つ た. 2. Dyspepsia の 症 状 を4週 間 以 上 有 し 明 らか な既 往 歴 を 持 た な い Dyspepsia 群 (106例) の最 終 診 断 は, 瘢 痕 を 含 む 胃 潰 瘍, 十 二 指 腸 潰 瘍19例 (18%), 表 層 性 胃 炎, び らん 性 胃炎 な ど の 胃 炎 性 の 変 化16例 (15%), 悪 性 疾 患7例 (7%), 胆 石 症4例 (4%), 食 道 疾 患4例 (4%) の 計50例 で は 器 質 的 疾 患 が 認 め られ た. 器 質 的 疾 患 が 見 つ か らずNUDと 考 え られ た 例 は56例 (53%) で あ つ た. 3. 器 質 的 疾 患 群 とNUD群 の 性 別, 年 齢 分 布 で は, NUD群 が 若 年 者 に 多 い 傾 向 が あ り, 特 に40歳 未 満 の 女 性 に お い て はNUDが 有 意 に み られ た. 4. NUD群 を 症 状 よ り各 カ テ ゴ リー に 分 類 す る と以 下 の よ う に 分 類 さ れ た. Dysmotility-like dyspepsia 19例, Ulcer-like dyspepsia 18例, Reflux-like dyspepsia 2例, Idiopathic dyspepsia 17例, Aerophagia と見 な され た 例 は な か つ た. 5. NUD群 と器 質 的 疾 患 群 に お い て 自覚 症 状 に お い て 有 意 差 は み られ な か つ た. NUD群 と潰 瘍 群 の比 較 で は重 度 上 腹 部 痛 は潰 瘍 群 に多 く, 軽 度 上 腹 部 痛, 腹 部 膨 満 感 はNUD群 に 多 い 傾 向 が み られ た. 多 変 量 解 析 で はNUDと 潰 瘍 を 鑑 別 す る に は, 喫 煙 歴, 上 腹 部 痛 の 程 度, 腹 部 膨 満 感 が 問 診 上 比 較 的 有 用 と思 わ れ た. 6. NUDに 対 す る研 究 を 行 うに際 し, 定 義 の 統 一 と対 象 とす る標 本 の抽 出 方 法 の適 切 さ が 大 き な 問 題 とな る. 今 後 こ れ ら を 十 分 考 慮 し た 研 究 が NUDの 疫 学 や 病 因 論, 治 療 の 面 に お い て 行 わ れ
る こ と が 期 待 さ れ る. 本論 文 の要 旨の 一部 は, 第77回, 第78回 日本消 化 器 学 会 総 会 に て発 表 した. 稿 を終 え るに あ た り, 御 指 導, 御 校 閲 を 賜 つ た京 都 府 立 医 科 大学 公 衆 衛 生 学 川井 啓 市 教 授 に深 甚 な る謝意 を表 しま す. また, 統 計 学 的検 討 につ き ご指 導 いた だ きま した 京 都 府 立 医科 大 学 公 衆 衛 生 の林 恭 平, 渡 辺 能 行 両先 生 に深 謝 いた します. さ らに 本研 究 に多 大 な御 協 力 を 頂 きま した 井 口秀 人先 生 ほ か大 阪 府 済 生会 野 江 病 院 消化 器 科 の諸 先 生 方 に感 謝 の意 を表 し ます. 文 献
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〔
論文受領, 平成4年3月12日受理, 平成4年6月26日
〕
平 成4年9月 1981