市町村における高齢者虐待防止体制とその評価に関
する研究 : 評価モデルの構築を中心にして
著者
水上 然
内容記述
学位記番号:論社第23号, 指導教員:黒田研二
博士学位論文
市町村における高齢者虐待防止体制とその評価に関する研究
━評価モデルの構築を中心にして━
A study on prevention system for elder abuse and its evaluation
in municipalities: focusing on development of the evaluation model.
2010 年度
大阪府立大学大学院人間社会学研究科社会福祉学専攻
要旨
高齢者虐待防止法に基づき自治体が受理した相談通報件数は 2009 年度 2 万件を超えてい る.また,虐待による死亡事例も 31 件あり,高齢者虐待への対応は社会的な課題となって いる.そのような中,本研究では,虐待の中でも相談通報件数の多い養護者からの虐待に 焦点をあて,市町村の高齢者虐待防止体制の現状と評価に関する研究を行った.具体的に は,市町村における高齢者虐待防止体制と評価の現状を調査した上で,高齢者虐待防止に おける市町村の取組みの評価モデルを開発し,実際に評価を行い,課題を抽出し,そのこ とによって,高齢者虐待対応の評価において重要な事柄と共に,高齢者虐待の現状と対応 の課題について明らかにした. (各章の要約) 第 1 章では,高齢者介護の課題が社会的問題として認識されるようになった 1980 年代後 半からの高齢者虐待対応における施策の動向の整理を行った.在宅介護支援センターが高 齢者虐待対応について,一定の役割を果たしてきたこと,そして,その役割を改正介護保 険法で制度化された地域包括支援センターが引き継いだこと,また,高齢者虐待防止法の 成立により,市町村が高齢者虐待対応の一義的責任主体として位置づけられ,高齢者虐待 防止体制整備の責任主体となったことを述べた.高齢者虐待防止体制づくりを進めていく ためには,現状の評価が重要であることを指摘した上で,過去の高齢者虐待防止研究をレ ビューし,高齢者虐待防止体制やその評価を扱った研究は数が尐ないことを述べた.これ らの研究が尐ない要因は,評価の枞組みである評価モデルがないことが大きいと考えられ た. 第 2 章では,高齢者虐待防止法の意義と課題について整理した.高齢者虐待防止法には, 高齢者虐待は高齢者の尊厳を損なうものであることを明確にすること,高齢者虐待の早期 発見・早期対応に向けた体制を整えること,高齢者虐待の発生を予防・防止する仕組みを 整えることの 3 つの狙いがあった.高齢者虐待防止法に関する議論は,虐待を受けた高齢 者の保護,高齢者虐待防止法の対象,養護者支援のあり方,虐待に専門的に対応する機関 と体制,養介護施設従事者等への行政指導のあり方などである.これらの議論を検証する ためには,実証的なデータを得る必要があることを指摘した. 第 3 章では,厚生労働省の全国調査をもとに高齢者虐待の現状と課題について整理した. 介護が必要な 75 歳以上の女性が虐待に合うリスクが高く,虐待者は,未婚の同居の子,息 子の割合が高かった.未婚の子供と同居している高齢者の生活状況や介護課題を把握し, 必要な支援の内容を明らかにしていく必要性が認められた.厚生労働省の調査には,①虐 待の認定の仕組みや基準が曖昧なこと,②全国的な高齢者虐待の発生率がわからないため 相談通報件数の増加が表す意味の把握が困難であること,③市町村を単位とした調査であ り事例レベルでの把握が困難であること,④虐待の要因や深刻度などの統計がないことな どの課題があり,高齢者虐待の実態とその対応をより詳細に評価するためにも,評価モデ ルの必要性が認められた. 第 4 章では,全国の市町村への質問紙調査から,地域包括支援センターの設置状況とその役割について明らかにし,市町村の高齢者虐待対応の体制について述べた.市町村の高齢者 虐待対応の体制は,市町村の人口規模が影響していた.立入調査については,それを行って いる市町村そのものが尐なく,警察官に協力を要請しても同行を得られていない実態がある ことが再確認された. 第 5 章では,市町村の職員の評価活動に対する意識(積極性)や評価への取り組み状況, 虐待防止体制の構築状況などを明らかにした.「評価活動への積極性」が高い市町村では, 虐待防止の体制の整備が進んでいるという結果が示され,両者の間に関連があることがわ かった.この結果は,虐待防止の取組みに対する評価を実施し課題を抽出することで虐待 防止体制を強化するといった評価の枞組みとなる考えの重要性を示したものである.また, 虐待防止体制の整備状況と高齢者人口あたりの相談通報件数は関連するという結果が示さ れ,体制を整備することにより高齢者虐待の発見につながることが示唆され,評価モデル 開発の意義を再確認した. 第 6 章では,市町村が高齢者虐待の取組みの評価を行い,虐待防止体制を強化していく ことができるようにするための「市町村における虐待防止体制を強化するための評価モデ ル」を開発した.開発にあたっては,Rossi のプログラム評価理論を参考にした.今回,開 発した評価モデルは「虐待事例への個別対応から虐待防止の体制整備につながる評価」を 基本コンセプトとし,評価を①個別事例,②全事例,③虐待防止体制の3つのレベルに整 理した.評価の中核に全事例評価とそのための会議(レビュー会議)を位置づけ,これまで, 別々に行われることの多かった個別事例の評価と虐待防止体制の評価を結びつけることに よって,ミクロ,メゾ,マクロレベルでの総合的な評価を可能にした. 第 7 章では,評価のためのガイドと評価シートを開発すると共に,市町村における虐待 防止体制を強化するための評価モデルに基づく評価の視点と内容について整理し,①虐待 の実態と要因の把握,②初期介入の評価,③支援介入の評価,⑤終結の評価の重要性につ いて述べた. 第 8 章では,大阪府内 10 市町村の協力のもとで全事例評価を実施し,多くの市町村で全 事例評価を行うことが可能であることを実証した.アンケート調査から,レビュー会議を 行った市町村や地域包括支援センターの職員に,レビュー会議の意義が受け入れられたこ とがわかった. 第 9 章では,レビュー会議で得られた評価結果の分析を行い,高齢者虐待の現状と対応 の課題を明らかにした.身体的虐待については虐待者のストレス・介護負担が,心理的虐 待についてはこれまでの人間関係が,経済的虐待については経済的困窮と虐待者が息子で あることが虐待のリスク要因であることが確認できた.この結果は過去の調査を基本的に は補強するものであった.しかし,以下の点で過去の調査結果と今回の結果は異なってい た.介護放棄の要因として,高齢者の認知症や介護度の高さがリスク要因として再確認さ れた一方で,これまでの人間関係といった項目がリスク要因として検出されなかったこと, 身体的虐待と経済的虐待が重複するタイプにおいて,虐待者の性格や人格が高いリスク要 因となること,経済的な困窮は身体的虐待のリスク要因ではなかったが,身体的虐待と経 済的虐待が重複するタイプにおいてはリスク要因であることなどである. 初期対応で虐待認定事例の 36%で虐待のレベルが改善し,22%が虐待事例としての支援 を終了し通常の支援体制へ移行できていた.経済的虐待に関しては改善割合が2割と低か
った.経済的虐待については,虐待者が息子であることと,経済的困窮が高いリスク要因 であり,そこへの支援が重要である. 第 10 章では,本研究の概要,本研究から言及できる高齢者虐待防止体制の評価のあり方 と課題,高齢者虐待の実態と対応の課題,本研究の独自性と意義,今後の研究課題を述べ た. (研究の独自性と意義) 本研究は,「市町村における高齢者虐待防止体制の評価」について,実践と研究の両面か らアプローチしている.本研究で開発した評価モデルは,①個別ケースへの支援だけでな く,ある一定の範囲で把握されたすべての虐待ケースについて,系統的にケースとその経 過をレビューし,②個別事例への対応力を強化すると共に,ケースに共通する課題を把握 し,③地域の機能強化や新しい制度の創出など体制の強化へとつなげていく、という特徴 がある. 高齢者虐待防止領域の実践や評価は,これまでの多くの社会福祉実践で見られるように, 個別事例の実践と評価,もしくは,虐待防止体制の強化と評価という分化した形になって おり,共通の実践枞組みを持ったものではなかった.今回,開発した評価モデルは,全事 例評価を行うことで,個別事例の評価と体制の評価を結び付け,ミクロレベルへの実践, マクロレベルへの実践へのフィードバックができるようにし,総合的な枞組みを提示した 点で社会福祉実践研究としての意義が認められる.現在,大阪府内の4分の1の市町村で 本評価モデルが導入され,他の都道府県の市町村でも,評価モデルが利用され高齢者虐待 防止の実践に貢献している. 高齢者虐待防止研究領域におけるこれまでの虐待の要因調査は,その多くが質問紙調査 であり,調査票の記入は個人の判断で行われていた.調査サンプルの決定も,調査票記入 者が任意に選んだケースであることが多く,調査方法に課題があった.今回の調査では, 特定の市町村に寄せられたすべての虐待事例を対象に,レビュー会議を開催し,チームで 虐待のレベルや要因を検討するという手法をとり,調査方法の質を改善し,調査結果の信 頼性を高めている.このように質を高めた調査で,これまでの虐待の要因調査の結果を補 強し,新たな知見を加え,初期対応についての評価を行ったことにも本研究の意義がある. 以上のように,今回開発した評価モデルは,高齢者虐待防止の取り組みの実践の評価モ デルであるだけでなく,高齢者虐待の研究領域においても,新たな知見を導き出す手段と なり得るものである.市町村における高齢者虐待防止体制を強化するための評価モデルを 開発した意義は大きいといえる.
目次
序論
序章 Ⅰ.本研究の目的 と論文の構成 について 1.本研究の目的 2.論文の構成第1部 研究の背景
第1章 高齢者虐待防止に関する施策と研究 Ⅰ.高齢者介護における施策動向と高齢者虐待問題 1.国の在宅における介護施策の始まり 2.在宅における高齢者虐待対応体制づくりの芽生え (1)在宅介護支援センターから地域包括支援センターへ (2)「改正介護保険法」と地域包括支援センター 3.高齢者虐待防止体制づくりの本格的な始動 4.高齢者虐待防止体制づくりにおける課題 Ⅱ.高齢者虐待の実態と支援介入方法についての研究 1.高齢者虐待の出現率と虐待の要因について 2.高齢者虐待への介入方法について Ⅲ.市町村における高齢者虐待防止への取り組みと評価について 小括 第2章 「高齢者虐待防止,高齢者の養護者に対する支援等に 関する法律」の意義と課題 Ⅰ.「高齢者虐待防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」の 意義と市町村の役割 Ⅱ.高齢者虐待防止法をめぐる論点 1.高齢者虐待防止法の対象と虐待の定義について (1)高齢者虐待防止法が定める対象について (2)通報の範囲について (3)高齢者虐待の定義について 2.高齢者虐待防止の体制について 3.虐待を受けた高齢者の保護に関して(1)高齢者の保護をめぐって (2)面会制限について (3)立入調査 4.養護者支援について 5.養介護施設従事者等からの虐待について Ⅲ.高齢者虐待防止法をめぐる議論を受けて 1.高齢者虐待防止法の基本理念 2.養護者支援について (1)虐待の定義 (2)養護者支援のあり方 3.高齢者虐待を防止する体制について 4.養介護施設従事者等からの虐待 小括 第3章 高齢者虐待防止法成立後の高齢者虐待の動向と課題 Ⅰ.研究目的 Ⅱ.研究方法 1.研究方法 2.利用資料 3.分析の対象 Ⅲ.結果 1.全国調査から見た高齢者虐待の動向について (1)相談・通報について (2)事実確認の実施状況について (3)事実確認調査の結果と虐待の内容 (4)被虐待高齢者,並びに,虐待者の属性 (5)被虐待者の分離の状況 (6)権利擁護に関する対応 (7)虐待等による死亡事例 2.国民生活基礎調査から見た高齢者の状況について (1)高齢者の世帯構成 (2)介護者の状況 (3)介護保険サービスの利用状況 (4)65 歳以上の高齢者がいる世帯の年間所得 3.大阪府の高齢者虐待の動向について (1)相談通報状況 (2)相談通報者 (3)事実確認と分離について (4)虐待の現状
4.市町村における虐待防止体制の整備状況 (1)全国の状況 (2)大阪府の状況 Ⅳ.考察 1.全国における高齢者虐待の現状と課題 (1)相談通報件数について (2)事実確認と立入調査について (3)虐待の状況 (4)経済的虐待への対応について (5)虐待等による死亡事例 2.大阪府の高齢者虐待の現状 (1)相談通報と訪問調査について (2)立入調査と分離について (3)虐待の現状 (4)大阪府の施策の動向 3.厚生労働省の調査データの意義と限界について 小括
第2部 高齢者虐待防止体制をめぐる現状と課題
第4章 市町村の高齢者虐待防止体制の現状と課題 Ⅰ.研究目的 Ⅱ.研究方法 1.調査方法 2.調査内容 (1)地域包括支援センターへの事務の委託状況 (2)地域包括支援センターの設置状況及び市町村との関係 (3)市町村の担当課と地域包括支援センターの役割分担 (4)分離保護において困難を感じる項目 (5)市町村職員とケアマネジャーの虐待への認識差 (6)分離保護件数と立入調査の件数 3.分析方法 Ⅲ.結果 1.地域包括支援センターの設置状況 2.市町村と地域包括支援センターの関係 3.市町村の担当課と地域包括支援センターの役割分担 (1)委託型地域包括支援センターと市町村の担当課における役割分担について (2)直営型地域包括支援センターと市町村の担当課における役割分担について(3)地域包括支援センターを委託と直営で設置する混合型の役割分担について 4.分離保護における困難感と五類型の関連について 5.市町村職員とケアマネジャー(居宅介護支援事業所)の虐待への認識差 6.地域包括支援センターの設置形態別に見た分離実績と立入調査について Ⅳ.考察 1.地域包括支援センターの設置形態と役割分担 2.分離保護に関して 3.立入調査について 小括 第5章 高齢者虐待防止に対する評価活動の現状と意義 Ⅰ.研究目的 Ⅱ.研究方法 1.研究方法 2.調査内容 (1)基本項目 (2)個別事例の評価の現状 (3)市町村の評価への姿勢 (4)評価活動への意識(積極性) (5)虐待防止体制と実績に関する項目 3.分析方法 Ⅲ.結果 1.市町村の虐待対応状況等 (1)人口規模と地域包括支援センターの設置形態 (2)相談通報件数 2.個別事例の評価の現状 (1)事例検討会議の状況 (2)書式の活用状況 3.評価への姿勢 (1)評価の現状 (2)評価実施に対する負担感 (3)評価の意義について 4.評価活動への市町村職員の意識 5.評価への積極性が虐待防止体制に与える影響 (1)虐待防止体制の構築状況 (2)評価の積極性と体制整備状況 (3)相談通報件数・虐待認定件数・虐待認定割合について Ⅳ.考察 1.評価活動の現状
2.市町村が望む評価内容 3.評価と虐待防止体制の関係 4.評価指標としての相談通報件数・虐待認定割合 5.本調査における限界と今後の課題 小括
第3部 市町村における高齢者虐待防止体制を強化するための
評価モデルの構築
第6章 市町村における高齢者虐待防止体制を強化するための
評価モデルの構築
Ⅰ.研究目的 Ⅱ.プログラム評価モデル開発の枞組み 1.評価モデルの開発過程 2.評価モデル開発プロセスへのプログラム実施者の参加 3.評価モデルの質を高めるための方策 Ⅲ.市町村における高齢者虐待防止に対する評価活動の現状と課題 1.市町村への質問紙調査 2.市町村への聞き取り調査から Ⅳ.市町村における虐待防止体制を強化するための評価モデル 1.評価の基本コンセプト (1) 評価で何を重視すべきか (2)ミクロ・メゾ・マクロレベルでの評価のポイント (3)評価の基本コンセプト 2.評価のプロセス (1)個別事例レベルでの評価 (2)全事例評価 (3)体制の評価 3.レビュー会議の重要性 Ⅴ.全事例評価の試行実施 1.試行実施の概要 2.試行実施で提起された課題 Ⅵ.考察 1.「市町村における虐待防止体制を強化するための評価モデル」の意義 2.レビュー会議のあり方について 3.本評価モデルの応用の可能性 4.本評価モデルにおける限界と可能性 小括第7章 市町村における高齢者虐待防止体制を強化するための
評価モデルに基づく評価の視点と内容
Ⅰ.研究目的 Ⅱ.研究方法 1.研究方法 2.分析データ 3.評価シートの開発過程 (1)第1期 評価ガイドと評価シートの開発 (2)第2 期 評価ガイドと評価シートを用いた評価の実施 Ⅲ.評価シートの開発と議論の内容 1.評価指標の選定 (1)評価指標の選定作業 (2)評価指標の選定おける議論 (3)採用された評価指標 2.評価シートの素案の作成 (1)評価シートの素案の作成 (2)評価シートの素案作りの段階での議論 (3)評価シートの素案に組み込まれた内容 3.評価シート(素案)を用いた評価の試行 (1)評価の試行 (2)評価の試行後の議論 (3)評価シート(素案)の修正内容 4.評価シート(初版)を用いた評価の実施 (1)評価シート(初版)を用いた評価の実施状況 (2)評価の実施を受けての議論 (3)評価シート(初版)の修正内容 Ⅴ.考察 1.評価シートを作成するにあたり重視された内容 (1)評価指標の選定 (2)評価の主体と評価手法(手続き・方法) 2.評価の視点と内容 (1)プロセス評価 (2)アウトカム評価 3.評価シートに残されている課題 小括第8章 評価モデルを用いた評価の実施
Ⅰ.レビュー会議の開催状況 1.研究目的 2.研究方法 (1)研究方法 (2)分析対象 (3) レビュー会議実施市町村の状況 3.結果 (1)レビュー会議の形態 (2)人口規模が小規模な市町村でのレビュー会議実施状況 (3)人口規模が中規模な市でのレビュー会議実施状況 (4)政令都市の区でのレビュー会議実施状況 (5)レビュー会議を実施していない市町村 5.考察 (1)市町村規模や相談通報件数の違いによるレビュー会議開催の可否 (2)レビュー会議の開催形態 Ⅱ.レビュー会議の参加者の状況と課題 1.研究目的 2.研究方法 (1)アンケート調査の方法 (2)アンケート調査の内容 (3)回答者数 3.結果 (1)レビュー会議の参加者 (2)全事例評価会議での検討状況について (3)レビュー会議の目的達成状況 (4)レビュー会議の利点と課題 4.考察 (1)レビュー会議の参加者について (2)レビュー会議の利点と課題 小括第9章 全事例評価のデータから見た高齢者虐待の現状と対応課題
Ⅰ.虐待の種別とその要因 1.研究目的 2.研究方法 (1)分析対象 (2)分析に用いた評価項目(3)分析方法 3.結果 (1)虐待の種別 (2)被虐待高齢者に関わる事項 (3)世帯構成と虐待の状況 (4)基本属性別に見た虐待の割合 (5)虐待の種別,及び虐待のタイプ別に見た虐待の要因分析 4.考察 (1)虐待の種別と虐待者について (2)世帯構成と高齢者虐待について (3)虐待の要因について Ⅱ.初期対応と介入の結果 1.研究目的 2.研究方法 (1)分析対象 (2)分析に用いた評価項目 (3)分析方法 3.結果 (1)相談通報の受理と事実確認の状況 (2)支援方針会議の開催状況 (3)初期対応での方針 (4)初期対応による虐待のレベルの変化 (5)虐待のタイプと初期対応の結果 4.考察 (1)相談通報の受理と事実確認に関して (2)初期対応について (3)初期対応の評価 小括
結論
第
10 章 高齢者虐待防止体制の構築と評価について
Ⅰ.本研究から言及できる高齢者虐待防止体制の構築と評価をめぐる課題について 1.市町村での高齢者虐待の取り組みにおける評価モデルの必要性について 2.高齢者虐待防止体制をめぐる現状と課題 (1)市町村における高齢者虐待防止体制の現状 (2)市町村における地域包括支援センターの設置形態と虐待対応における役割 3.市町村の評価活動の現状と課題(1)評価活動の現状 (2)評価と虐待防止体制の関係 4.市町村の高齢者虐待防止体制強化に向けた評価モデル (1)プログラム評価理論 (2)市町村における虐待防止体制を強化するための評価モデル (3)評価モデルを用いた評価の実施 (4)評価モデルとプログラム評価について 5.市町村が評価を行う上で重要な事項 (1)評価者チームを機能させ評価の実効性を高める (2)実践の中に評価を組込む (3)全事例評価においてケースの個別性評価と共通性評価の折り合いをつける 6.全事例評価から明らかになった高齢者虐待の現状と対応の課題 (1)高齢者虐待の現状と課題 (2)高齢者虐待への初期対応の現状 7.市町村における高齢者虐待防止体制の強化に向けて (1)市町村職員の高齢者支援領域における経験の蓄積 (2)市町村実務者等の相談に対する助言機能やスーパーバイズ機能の充実 (3)認知症の確定診断とアセスメント力の向上 (4)精神保健福祉領域におけるアウトリーチ機能の強化 (5)居宅介護支援事業所のケアマネジャーの後方支援と啓発 (6)分離保護の円滑化 (7)成年後見制度の積極的活用 (8)経済的基盤の安定と就労支援 Ⅱ.本研究の独自性と意義 Ⅲ.本研究の限界と今後の研究課題 引用文献 付録 謝辞
序章
「高齢者虐待の防止,および高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下,高齢 者虐待防止法と表記)に基づき自治体が受理した相談通報件数は,2009 年度,養護者によ るものが 23,404 件,養介護施設従事者等によるものが 408 件であり,そのうち虐待がある と判断されたものは,養護者によるものが 15,615 件,養介護施設従事者等からのものが 7 6件であった.高齢者虐待防止法が施行された 2008 年から,年率 8%の割合で相談通報件 数が増加している.虐待だと判断された事例のうちの 33%で,特別養護老人ホームへの入 所など養護者からの分離保護が行われており,虐待の深刻さがうかがえる結果となってい る.また,毎年 20 件を超える虐待での死亡事例が出ており 2009 度は 30 件を超えた.高齢 者虐待の問題は,高齢者の権利を擁護する上で見過ごせない課題となっている(厚生労働 省 2007;2008;2009;2010). 高齢者虐待防止法では,市町村が高齢者虐待対応への一義的責任主体であるとされ(厚 生労働省 2006),市町村がどのような虐待防止体制を構築するのかは重要な課題である.よ りよい高齢者虐待防止体制を構築していくためには,高齢者虐待の現状と課題を認識し, 現在ある虐待体制が十分に機能しているかどうかを評価していく必要がある. 本研究では,虐待の中でも相談通報件数の多い養護者からの虐待に焦点をあて,市町村 が高齢者虐待防止体制の現状を評価し,体制の強化へとつなげていけるような評価のあり 方を検討すると共に,高齢者虐待における現状と課題について明確にしていきたい. Ⅰ.本研究の目的と論文の構成 1.本研究の目的 本研究の目的は,市町村における高齢者虐待防止体制と評価の現状を調査した上で,高 齢者虐待防止における市町村の取り組みの評価モデルを開発し,実際に評価を行い課題を 抽出し,そのことによって,高齢者虐待対応の評価において重要な事柄は何かを明らかに すると共に,高齢者虐待の現状と対応の課題を明らかにすることである. 2.論文の構成 本研究は,第1部研究の背景,第2部高齢者虐待防止体制をめぐる現状と課題,第3部 市町村における高齢者虐待防止体制を強化するための評価モデルの構築の3部構成として いる(図 1-1).第1部と第2部では,主に高齢者虐待防止の取組みにおける評価の重要性を 提起し,評価モデルの必要性について,先行研究のレビューや市町村を対象とした実証的 研究の結果から述べている.第3部では,評価モデルの案を提示し,実際に評価を実施し, 評価モデルの有用性を確認すると共に,評価データをもとに高齢者虐待の現状と課題につ いて述べている.それぞれ各部における具体的な内容は以下の通りである. 第1部は,次の3つの章で構成されている.第1章では,高齢者虐待に関する施策の動 向,及び高齢者虐待研究の現状と課題について整理し,本研究の目的と位置づけを明確に する.第2章では,高齢者虐待防止法について論議されていることを整理し,その課題に ついて述べる.第3章では,高齢者虐待防止法が施行されてから今日までの虐待の動向を,厚生労働省の行った調査データから明らかにする. 第2部は,2つの章で構成されている.第4章では,全国の市町村を対象に行った質問 紙調査の結果から,市町村における高齢者虐待防止体制の現状を示し,その課題について 述べる.第5章では,近畿の市町村を対象に行った質問紙調査の結果から,高齢者虐待防 止の取り組みにおける評価の現状と課題を明らかにする.また,市町村がどのような評価 を求めているのか,評価への積極性と虐待防止体制構築との関連性などについて述べる. 第3部は,4つの章で構成されている.第6章では,市町村における高齢者虐待対応で の評価のあり方について検証し,評価モデルとしてまとめる.第7章では,評価モデルを 活用し,実際に評価を行う上での評価の視点と評価指標について整理する.第8章では, 本研究で開発した評価モデルを用い,大阪府内7市1町4区の協力を得て実際に行った高 齢者虐待対応事例の全事例評価をもとに,評価のあり方について検証を行う.第9章では, 大阪府内7市1町4区で行った全事例評価の結果から明らかとなった高齢者虐待対応にお ける課題を明らかにすると共に,対応についての考察を行う. 最後の第 10 章では,本研究の概要,本研究から言及できる高齢者虐待防止体制の評価の あり方と課題,高齢者虐待の実態と対応の課題,本研究の独自性と意義,今後の研究課題 について述べる.
図1-1 本論文の全体像
第3部 市町村における高齢者虐待防止体制を
強化するための評価モデルの構築
(評価モデルの提示)第1部 研究の背景
第2部 高齢者虐待防止体制をめぐる現状と課題
(市町村への質問紙調査)
第1章 施策と研究の 概観 第2章 高齢者虐待防止 法の意義と課題 第3章 近年の高齢者 虐待の動向 第4章 市町村の高齢者虐待 防止体制の現状と 課題の提起 第5章 市町村における評価 活動の現状と意義 第6章 評価モデルの構築 第7章 評価の視点と 具体的内容 第8章 評価モデルを用いた 評価の実施 第9章 評価により得られた データの分析第1部
第1章 高齢者虐待防止に関する施策と研究
Ⅰ.高齢者介護における施策動向と高齢者虐待問題 1.国の在宅における介護施策の始まり 高齢者問題が社会的な関心を引き始めたのは,1970 年代初めである(辻 2001).有吉佐 和子(1972)の「恍惚の人」が世間の関心を集め,「ぼけ老人の問題」が語られるようにな ったが,この時代,高齢者への介護の問題は「介護地獄」という言葉に代表されるように, 高齢者本人に,そして家族におとずれる悲劇のひとつであった(新村拓 2003:6). 1973 年の老人福祉法改正に基づく老人医療費支給制度の創設により,高齢者が医療にア クセスしやすくなり,「ねたきり高齢者」の入院が増加した(新村拓 2003:160).小金井市 で行われた「ねたきり老人の 5 年間の追跡調査(1976~1981)」では,「ねたきり高齢者」の 中で民間の老人病院を利用した者が 2 割,一度も入院することなく在宅のみで療養したの が半数,特別養護老人ホームの利用は3%であった.当時の在宅,並びに病院における介護 の質であるが,亡くなられた方の 4 割で褥瘡が発生(内 3 割が潰瘍レベル)していたこと を考えると良好であったとは考えにくい(鎌田ら 1984). 日本の高齢者の状況であるが,1975 年に平均寿命が男性 71.7 歳・女性が 76.9 歳であっ たものが,1985 年には男性 74.8 歳・女性 80.5 歳に,総人口に占める 65 歳以上人口の割合 (高齢化率)も 7%から 10%に延びた (内閣府 2010:6・11). 日本の政策過程において,高齢者の介護の問題が重要視され始めるのは 1980 年代後半の ことで,1986 年に長寿社会対策大綱が出され,デイサービス,ショートスティなど在宅福 祉サービスが法定化された.1989 年には高齢者支援のサービス目標である「ゴールドプラ ン」が出され,高齢者の介護の課題を社会的な課題と捉え,対応していくことが明確にさ れ,その後の介護保険法制定の動きへとつながっていった.金子(1987)が高齢者虐待の 研究のさきがけである「老人虐待」を記したのもこの時期であり,1980 年代後半は,高齢 者問題が日本社会の重要課題に位置づけられた時期である. それでも 1980 年後半,高齢化率は 10%程度であり,65 歳以上高齢者の 7 割は子供と同 居していた.1986 年時点での 65 歳以上高齢者に占める寝たきり者の割合は 1,000 人に対し 22.3 人であった(国民生活基礎調査 1986:151).この時代の高齢者の介護課題は,家族で 同居の親をいかに介護していくかというものが主であったと考えられる. 2.在宅における高齢者虐待防止体制づくりの芽生え (1)在宅介護支援センターから地域包括支援センターへ 在宅介護支援センターは,在宅の「寝たきり老人」等の介護者等に対し,在宅介護に対 する相談に応じ,ニーズに対応したサービスが総合的に受けられるように関係機関と連絡 調整を行い,地域の要介護老人及びその家族福祉の向上を図ることを目的に 1990 年に事業 化された.ゴールドプラン(1989 年)の中で,「地域総合ケアシステム」という考え方のも と,その役割が強調され,1999 年に 10,000 ヶ所(中学校区に 1 つ)整備されることが目標と された(藤松 2000;柿本 1993). その後,在宅介護支援センターは老人福祉法の一部改正(1994 年)によって老人福祉施設の 1 つと位置づけられた.この時の改定で,個別処遇計画の策定(ケースマネジメント)と いう言葉が公式に使用され,介護保険制度制定に向け,在宅介護支援センターのあり方が 継続的に検討されることになる.全国在宅介護支援センター協議会(1991 年成立)は,在宅 介護支援センターへの 2 度の実態調査を経て,1996 年に在宅介護支援センターの役割を「① 相談援助機能,②地域把握機能,③ネットワーク形成機能,④サービス提供機能」の 4 つ にまとめている(舟木 2005).これは,地域の高齢者に関わる総合相談窓口として,様々な 問題を解決し,地域の機能を高めていく役割を在宅介護支援センターが担うことを意味す る.総合相談として,在宅介護支援センターに高齢者虐待の相談が寄せられていた.しか し,当時の高齢者虐待への対応をまとめた事例を読む(大阪老人虐待研究会 1998)と,制度 施策が整わない中を手探りで虐待対応を行っており,課題が多く必ずしも支援が上手くい ったケースばかりではなかった. この時期,高齢者虐待問題に関心の深い研究者により,高齢者の虐待防止に向けた研究 会が開かれるようになる.代表的なものとして,関東では田中荘司らを中心とした高齢者 処遇研究会(1992 年発足),大阪では大國美智子・津村智恵子らを中心にした大阪老人虐待 研究会(1994 年発足),京都では寝たきり防止研究会(1995 年発足)などがあり,虐待の現 状の把握と対応に向け,様々な事柄が議論されるようになる. 在宅介護支援センターに話を戻すが,1997 年には,厚生省が介護保険制度構想において, ケアマネジメント事業の主体を新たに制度化される居宅介護支援事業所に置き,在宅介護 支援センターには介護保険対象外の実態把握および予防活動という方針を打ち出したため, 在宅介護支援センターは,新たなあり方を模索することになる(舟木 2005).それに合わせ, 1998 年には,在宅介護支援センターの機能分化がはかられ,「基幹型」「標準型」「単独型」 の 3 段階方式が導入されている. 2000 年の介護保険制度の導入と共に,在宅介護支援センターの形態は大きく見直され, 各市町村に 1 ヶ所の基幹型在宅介護支援センターと地域型在宅介護支援センターの2類型 となり,地域型在宅介護支援センターの運営費は大幅に削減された.これら再編に伴う補 助基準の見直しの関連で,地域型在宅介護支援センターの多くは介護保険制度における居 宅介護支援事業所としての機能を併せ持つようになり,業務の中心が要支援・要介護認定 を受けた高齢者に対するケアプラン作成へ移行していく.また,高齢者の実態把握や介護 予防教室・転倒防止教室の実施などが地域型在宅介護支援センターの加算対象事業とされ, 「介護予防業務」は強化される方向へ向かう(若狭ら 2003). 介護保険制度の導入で,居宅介護支援事業所の介護支援専門員は,高齢者の介護マネジ メント業務を行う中で,結果的に高齢者虐待に対応することになり,その後も虐待対応に おいて重要な位置を占めることになる.また,介護保険制度の導入によって,様々な業種 が介護サービスの分野に参入し,地域におけるサービスの量が拡大することになり,介護 が必要な高齢者の介護サービス利用へのアクセスが格段に向上した.しかし,その一方で, 介護サービスは事業所と利用者の契約のもと提供される仕組みに改められ,この分野にお ける行政の関与の割合が低下した. 介護保険制度の導入までは,老人福祉法の規定をもとに行政がその権限を行使し,特別 養護老人ホームへの入所やホームヘルパーの派遣などを決定してきた.この中には,虐待 を受けている高齢者も含まれていた.介護保険制度の導入後も,本人が家族等の虐待また
は無視を受けている場合,認知症その他の理由により意思能力が乏しく,かつ,本人を代 理する家族等がない場合には,老人福祉法の第 10 条,および第 11 条の規定をもとに,措 置権を行使できる仕組みが残されたが「やむを得ない事由」とされ,例外的な事項とされ た.これまで行政が担ってきた高齢者福祉に関わる相談機能も,介護保険認定を受けた高 齢者については居宅介護支援事業所へ,それ以外の高齢者については在宅介護支援センタ ーに,その多くが移行されることになった. 全国在宅介護支援センター協議会は 2003 年 5 月に,「これからの高齢者介護における在 宅介護支援センターのあり方に関する検討委員会報告書/中間報告」をまとめている(在 宅介護支援センター協議会 2004).そこでは,在宅介護支援センターが市町村行政の代替機 能を担い,公益性を有していることを述べた上で,「①居宅介護支援事業者への指導・支援, ②介護予防サービスのコーディネーション,③要援護者の発見と支援・保護」の 3 つの役 割を果たすよう提言し,要援護者の発見と支援・保護の中に「老老介護での介護疲れによ る殺人,家族からの虐待や介護放棄など,痛ましいケースの発生を防ぐ」という文言が記 入された.高齢者虐待への対応は,在宅介護支援センターが担う課題であることが公に位 置づけられた.2004 年には,「高齢者虐待防止ネットワーク運営事業(モデル事業)」が国 事業として在宅福祉事業費補助金交付要綱に位置づけられ,在宅介護支援センターへの加 算事業のひとつとなり,全国の先駆的な市町村における高齢者虐待防止に向けた取り組み へとつながった. 全国在宅介護支援センター協議会は 2004 年 4 月に,前述の委員会報告書の最終報告をま とめる(在宅介護支援センター協議会 2004).そこでは,在宅介護支援センターは「①実態 把握,②総合相談支援,③介護予防マネジメントの機能」の 3 つの機能を強化すべきだと 提言している.この提言の直後,厚生労働省が介護保険部会に提出した介護保険制度の見 直しに関する意見(案)の中で「①総合的相談機能,②介護予防マネジメント,③包括的・ 継続的なケアマネジメント」を行う地域包括支援センターの創設が提示された.これは, 前述の委員会の最終報告書の案に非常に近いものであった.ただし,全国在宅介護支援セ ンター協議会は,すべての在宅介護支援センターを地域包括支援センターに移行させよう としたわけではなく,在宅介護支援センターのこれまでの実績を市町村が評価し,実績の あるものだけを地域包括支援センターに移行させるよう提言を行っていた. 2005 年 6 月 29 日に「介護保険法等の一部を改正する法律(以下,「改正介護保険法」と 表記)」が公布され,地域包括支援センターが介護保険法に位置づけられた.改正介護保険 法の施行と共に,在宅介護支援センターは,在宅福祉事業費補助金交付対象でなくなった が,老人福祉法における老人福祉施設としての位置づけは残り,在宅介護支援センターを どのように扱うかは,市町村の裁量に任され統廃合を含め様々な選択がなされた.(水上 2008:19-24). 以上,在宅介護支援センターをめぐる 20 年の動きを簡単にまとめた.設立当初,在宅介 護支援センターは「①相談援助機能,②地域把握機能,③ネットワーク形成機能,④サー ビス提供機能」を発揮し「地域総合ケアシステム」の中核となることを志向し,その中で 高齢者虐待への対応も一部行っていたが,国の政策的な変化により,前記の役割を残しつ つも「介護予防業務」を主たる業務として担うことを求められるようになった.居宅介護 支援事業所との違いを鮮明にし,在宅介護支援センターの存在意義を示す中で,高齢者虐
待に関る業務は強化される方向に進み,後の「地域支援事業における権利擁護業務」へと つながる流れとなった.在宅介護支援センターの発展形として地域包括支援センターが改 正介護保険法に位置づけられたと考えられるが,すべての在宅介護支援センターが地域包 括支援センターへと移行したわけでなく,市町村の実情に合わせ多様な選択がなされた. (2)「改正介護保険法」と地域包括支援センター 介護保険法は,施行後 5 年を目処として,制度全体の検討・見直しを行うこととなって おり,2005 年 6 月 29 日に改正介護保険法が公布された.「改正介護保険法」の柱は,①予 防重視型システムへの転換,②利用者負担の見直し,③新たなサービス体系の確立,④サ ービスの質の確保・向上,⑤制度運営・保険料の見直しの 5 つであった. このような改正が行われた背景には,介護保険財政の現状がある.厚生労働省の資料注1 ) によれば,65 歳以上の人口は,介護保険の運用が開始された 2000 年 4 月末の 2,165 万人か ら 2005 年 8 月末には 2,536 万人へと 17%増加したが,要介護認定を受けた高齢者は 218 万 人から 422 万人へと 94%の増加となっている.それに伴い介護保険の総費用,給付費は年 10%を超える伸びとなっている.要介護認定者数が増えた要因は,要支援と要介護 1 の軽度 認定者の増加である.2005 年 5 月末現在の要介護認定者数の内訳をみると,要支援と要介 護 1 の認定者数が全認定者数の 48.8%を占める.要支援,要介護 1 の認定者の「要介護状態 の要因」をみると廃用症候群の割合が高く,「介護予防」により認定者の削減が見込まれる. そのため,介護保険法の改正は「介護予防」を中心に行われることになった. 予防重視型システムへの転換は,新予防給付の創設,地域支援事業の創設の 2 つの柱で 行われ,その担い手として地域包括支援センターが位置づけられた.在宅介護支援センタ ーは老人福祉法に規定された老人福祉施設であるのに対し,地域包括支援センターは介護 保険法に位置づけられた施設である.施設によっては,2 法の指定を受け,在宅介護支援セ ンターであると共に地域包括支援センターでもある施設が存在する. 地域包括支援センターの役割を簡略に説明すると,要介護状態になる前の高齢者の介護 予防に関る業務として「予防給付」「介護予防事業」「介護予防マネジメント事業」を行う. 介護予防以外の業務として「総合相談・支援事業」「権利擁護事業」「包括的・継続的マネ ジメント支援事業」があり,地域の高齢者への総合的な支援や介護支援専門員のサポート を担っている(厚生労働省 2005:1-12). 「改正介護保険法」が,高齢者虐待対応において重要な意味を持つのは,権利擁護事業 の中に「高齢者虐待への対応」が法的に始めて位置づけられたからでる.地域包括支援セ ンターは,法的な裏づけの中で,高齢者虐待への対応を受け持つ大切な施設の一つであり, 地域包括支援センターの虐待対応力の向上をどのようにはかっていくことは重要な課題で ある. 3.高齢者虐待防止体制づくりの本格的な始動 2002 年,当時の与党の自民党に「高齢者虐待防止法勉強会」がつくられ,法律の成立に 向けた動きが始まる(多々良 2009;高崎 2006).高齢者虐待対応の法制化に際して,立法 担当者が参考にできるような全国レベルでのデータが無かったため,厚生労働省の指導に よって,2003 年に家庭内における高齢者虐待に関する全国調査が行われた(医療経済研究 機構 2004).在宅介護サービス事業所から 4,877 件の虐待事例が集められ,居宅介護支援事
業所と在宅介護支援センターから回答のあった 1,991 件の虐待事案について分析が行われ た.そこで明らかとなったことの概要は下記の通りである.分析対象の 11%が虐待により生 命に関わる危険な状態になっており,51%で心身の健康に悪影響がある状態であった.虐待 の種別は,心理的虐待(64%),介護・世話の放棄・放任(52%),身体的虐待(50%),経済 的虐待(22%)の順で多かった.性別は女性(76%),年齢は 75 歳以上(80%)が多く,虐待 者は息子(32%),息子の配偶者(21%),娘(16%),夫(11%),妻(9%)の順でおおかった. 分析対象の 52%が要介護 3 以上,58%で認知症(日常生活自立度Ⅱ以上)があった. 虐待の 要因は,虐待者の性格や人格(50%),これまでの人間関係(48%),高齢者本人の性格や人 格(39%)という順で多く,次に,虐待者の介護疲れ(37%),認知症による言動の混乱(37%) が続いていた.これらの結果は,虐待を受けている高齢者の多くが介護が必要な状態であ ることを示していた. 厚生労働省は,高齢者虐待防止に関わる初期の事業として,2003 年度に高齢者虐待防止 モデル事業(横須賀市,金沢市)を予算化した(堂田 2006;角田 2006) 2004 年には,「高齢 者虐待防止ネットワーク運営事業(モデル事業)」を国事業として在宅福祉事業費補助金交 付要綱の中に位置づけ,全国の先駆的な市町村において,高齢者虐待防止に向けたネット ワークがつくられた.また,2005 年には「改正介護保険法」が成立し,地域支援事業の中 の包括的支援事業の一つとして,高齢者虐待への対応が法律に位置づけられた.この動き と連動し,2005 年 11 月に「高齢者虐待の防止,および高齢者の養護者に対する支援等に関 する法律(以下,高齢者虐待防止法)」が制定された. 高齢者虐待防止法の制定により,高齢者虐待の内容が定義され,虐待防止における国お よび地方公共団体の責任と役割が明確にされた.高齢者虐待防止法では,市町村の役割が 重視されており,市町村は虐待対応の一義的責任主体として,地域包括支援センターは市 町村が高齢者虐待に対応する上での協力機関として位置づけられた.市町村は,虐待防止 業務の一部を適切なものに委託できることが定められており,地域包括支援センターは, 高齢者虐待防止業務の委託先としても期待されることになった.市町村が地域包括支援セ ンターをどのような形で設置しどこまでの業務を任せるのかは,市町村の虐待防止体制の あり方を左右する事項となった. 厚生労働省は高齢者虐待防止法施行後の現状を把握するため,2007 年 6 月に全国の市町 村に対し,「高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応 状況等に関する調査(2006 年度)」を行い相談通報等の実績や体制整備の状況を調べている. その結果,2006 年度1年間で市町村に 18,390 件の相談が寄せられ,内 12,569 件が虐待だ と判断され,高齢者の保護のために 4,471 件で虐待者との分離(特別養護老人ホームへの 入所等)がなされたことが明らかとなった.この数字は,改めて高齢者虐待問題への社会 的な認識を高めると共に,早急に虐待防止体制を整えていく必要性を明らかにしたものだ といえる. この調査の中で,厚生労働省は高齢者虐待防止法施行前と施行後における高齢者虐待防 止体制を構築した市町村数の比較を行っている.その結果,虐待対応の窓口となる部局の 設置は 40%から 91%に,早期発見見守りネットワークの構築は 18%から 39%に,措置に 必要な居室の確保は 20%から 40%,成年後見制度の市町村長申立への体制強化は 21%から 50%に,それぞれ増加したことが明らかとなった.ただし,独自の対応マニュアル・業務
指針の作成,保健医療福祉サービス介入支援ネットワークの構築,関係専門機関介入支援 ネットワークの構築などを行っている市町村は法律の施行後も 20%程度しかなく,積極的 に虐待防止に向けた体制作りを行っていく必要が認められた. 4.高齢者虐待防止体制づくりにおける課題 高齢者虐待防止法と介護保険法を拠り所に,市町村は一義的な責任主体として高齢者虐 待防止体制を構築することになった.高齢者虐待対応における市町村の役割は大きい.市 町村は,地域包括支援センターを含めた虐待防止対応のあり方を,独自の対応マニュアル・ 業務指針としてまとめていく必要があるが,それらが行われている市町村は尐なかった. 高齢者虐待への対応が国の施策レベルで動き始めたのは 2004 年からであり,市町村は高齢 者虐待対応におけるノウハウの獲得が十分ではなく,独自の対応マニュアル・業務指針づ くりが進んでいない可能性がある.市町村が自ら虐待防止体制のあり方を検討し,虐待防 止体制を強化していくためのノウハウを提供していく必要があるだろう. Ⅱ.高齢者虐待の実態と支援介入方法についての研究 1.高齢者虐待の出現率と虐待の要因について 一般の 65 歳以上高齢者を対象としたサンプル数が 1,000 以上の無作為抽出による調査か ら,虐待の出現率が導き出されている.Oh(2006)のソウルでの調査では「身体的虐待 1.9%, 経済的虐待 4.1%,言語的虐待 3.6%,ネグレクト 2.4%,心理的虐待 4.2%」,Pillemer(1998) らのボストンの調査では「身体的虐待 2.0%,言語的虐待 1.1%,ネグレクトが 0.4%」, Comijis(1998)のアムステルダムの調査では「身体的虐待 1.2%,経済的虐待 1.4%,言語 的虐待 3.2%,ネグレクト 0.2%」であった.これらの大規模調査の結果から見ると,虐待 の種別ごとの出現率は 65 歳以上高齢者の中の1~4%といったところだと考えられる. 日本における虐待の出現率の調査において 65 歳以上高齢者を無作為抽出した調査は見つ けられなかったが,介護保険の利用のない 65 歳以上高齢者への調査(加藤:2006)では,要 援護群の虐待の出現率が「男性:身体的虐待 3.9%,経済的虐待 15.7%,心理的虐待 2.4%, 女性:身体的虐待 1.8%,経済的虐待 11.3%,心理的虐待 1.4%」健常群では「男性:身体 的虐待 0.9%,経済的虐待 9.8%,心理的虐待 1.0%,女性:身体的虐待 1.9%,経済的虐 待 3.6%,心理的虐待 2.3%」であった.この調査の対象数は 17,257 人であるが,虐待を 把握するための尺度は上記調査と異なるため,単純に出現率を比較することはできない. 一般高齢者ではなく,要介護高齢者を対象に虐待の出現率を調査した研究もある.日本 では,介護保険の認定調査時に認定調査員が虐待スクリーニング調査を実施した 623 人の うち 17.2%に身体的,もしくは,精神的虐待の疑いがあるという結果が示された(加藤: 2004).Cooney (1995)は,認知症と診断された高齢者の家族介護者を対象にロンドンで調 査を行い「身体的虐待 20%,言語的虐待が 51%」という調査結果を得た.過去の調査では, 介護を必要とする高齢者については,かなり高い割合で虐待が行われている可能性が示さ れている. 高齢者虐待の要因に関する研究についてであるが,実証的な調査研究をもとにいくつか の知見が導き出されている.介護負担に関する研究では,高齢者側の要因として「認知症
やそれに伴う問題行動」が虐待行動と関連すること(上田 1999;津村 1999)や,虐待者側の 要因として「健康状態」「年齢」「経済状態」などが関連していることがわかってきている(津 村:2003;桐野:2005).要因研究により,「虐待者,および,被虐待者」像がある程度明 らかとなり,対象者が抱えている援助上の課題が整理(萩原 2001)されてきている.国外 の研究でも,高齢者の「認知症」や,虐待者側の「アルコール乱用」「精神疾患」,その他 に「虐待者の被虐待者への依存」や「社会的孤立」が虐待の発生に関連することが明らか にされてきている(Compton ら 1997; Coyne ら 1993; Paveza ら 1992 ;Pillemer ら 1992;Homer ら 1990) これらの調査における課題だが,高齢者虐待の要因は,いつ,どこで行われた調査かに より,その結果が異なる可能性を常に持っている.環境要因として,社会資源の状態,地 域コミュニティの状況,文化的文脈,経済情勢など考慮すべき事柄がいくつか存在する. 介護保険の導入が介護放棄・放任を減尐させたという報告もあり(津村 2005),介護負担と の関連で高齢者虐待を捉える場合には,実際に介護を誰がどのように担っているのか,介 護サービスへのアクセスのしやすさはどの程度かといったことが,問題を捉える上で欠か せない要素となるだろう.そのため,高齢者虐待の要因に関する調査は,広範囲にわたり, 継続的に繰り返し調査を行っていく必要があるのだが,繰り返し同じ地域において,虐待 の要因を調査した研究は,私の知る限りない.今後は,日本国内における 65 歳以上高齢者 を対象とした虐待の出現率の調査を行うと共に,虐待の要因に関する調査を同じ地域で繰 り返し行っていく必要があるだろう. 2.高齢者虐待への介入方法について 高齢者虐待への介入の研究領域では,支援介入モデルの開発(高崎 2005;津村 2001,萩 原 2004)が試みられ,個別事例における支援介入の状況を分析したケーススタディ(末原 2008;井上 2005;浦山ら 2001;山口 1998)が行われているものの,どのような支援介入が 有効かを実証的に明らかにするような研究は行われておらず,支援介入におけるモデルの 開発も,これからという状況である.個別理論の応用については,ストレス理論,共依存 理論,危機介入理論を利用し,高齢者虐待対応への応用を試みているものがある(根本 2005;難波ら 2006;野村 2006).また,高齢者の権利擁護という側面から,成年後見制度 の役割と課題を述べたものもある(大國 2005;滝沢 2007).援助専門職の役割として,社 会福祉士(山口 2004)看護師(松田 2000)などについて述べられたものがあり,援助職の虐 待に対する意識調査(大國ら 1998;田中ら 1998;臼井 2001;一瀬 2007)が実施されている. 虐待対応の支援ツールについてだが,個別事例レベルでの総合的な支援ツールを日本社 会福祉士会が中心になり開発している(日本社会福祉士会 2009;2010).多々良を代表に研 究会が組織され3年の月日をかけアセスメントツール,事実確認チェックリスト,計画表, 評価表などを開発している.その他には,副田,松本(2007)らも支援ツールの開発を行っ ているが,日本で開発されたこれらのツールについて信頼性・妥当性の検証はなされてい ない.海外でも,いくつかのツールの開発が試みられている.Reis ら(1995:1998)が作成し
た CASE(ケア提供者による虐待の測定/8 項目)と IOA(虐待スクリーン指標/29 項目),Hwalek
と Sengstock(1987)の H-W/EAST(ハワレックーセングストック高齢者虐待スクリーニング
これらのツールのうち IOA,CASE ,EAI の 3 つについては信頼性を検証しているが,これ らの指標が研究者の間で広く認められているわけではなく(Bonnie ら 2003=2008:172),日 本のものと比べツールとしての質が必ずしも高いわけではない. この分野での課題は,支援介入モデルを確立し援助理論としてまとめあげること,スク リーニング指標などの支援ツールの妥当性と信頼性を高め広く一般化できるツールをつく りあげること,高齢者虐待対応における専門職の役割を明確に示すことなどがあげられる. Ⅲ.市町村における高齢者虐待防止への取り組みと評価について 市町村の取り組みについての調査研究は主に次の5者が行っている.第 1 が,施策の責 任主体である自治体が自らの政策の決定とその評価を目的として行っているものである. 第 2 が,高齢者虐待に関わる援助職もしくは関係団体が援助の質を高め,その基盤となる 地域システムを構築していくために市町村施策を研究しているものである.第 3 が,大学 等に所属する研究者が実践者と共に研究会などを組織し,虐待の実態や要因を調査し虐待 の防止方策を探ると共に,自治体の政策決定や基盤となる地域システムづくりを側面から 支援するために研究を進めているものである.第 4 に,研究者が調査研究を行っているも のである.第5が,国が調査研究を行っているものである.実際には,これらのものが互 いに協同しながら研究を進めている場合も多い. 自治体の調査研究には「実態調査」「意識調査」などがある.自治体は虐待防止事業の開 始にあたり,実態やニーズを把握し適切な施策を行うことが出来るよう実態調査や意識調 査を行っている(兵庫県 2004 年;静岡県 2005 年;大阪市 2005 年).自治体が行っているモ デル事業(横須賀市 2004;門真市 2005;羽曳野市 2005)は,「事業を実際に行い,その効果 を測定し,事業を継続,もしくは,拡大していくかどうか見極めるもの」であり事業の評 価によって施策の方向性が決定される.そういった意味では,調査研究のひとつとも考え られる. 高齢者虐待に関わる援助職もしくは関係団体による調査研究には,弁護士会(近畿弁護士 連合会 2004)や社会福祉士会(日本社会福祉士会 2009)の行ったものがある.研究者によ る高齢者虐待防止における市町村,および地域包括支援センターを対象とした研究には, 複数の先駆的な市町村の虐待防止の枞組みを比較検証して「市町村共通の課題」や「取り 組みの発達段階」を示したもの(堂田 2007;小川・副田・梶川 2007;山口 2006;野村 2006) や,全国の市町村の虐待防止への取り組みを量的に把握しようとした研究(坂田 2008)があ る.研究者と実践家が協働で研究を行っているものには,高齢者処遇研究会(1992 年発足), 高齢者虐待防止研究会(1994 年発足),寝たきり防止研究会(1995 年発足)などがある.こ れらの研究会は,実態調査(高齢者処遇研究会 1992・1997・1999,大阪高齢者虐待研究会 1996・1998,寝たきり予防研究会 1995)を行い虐待の要因分析など高齢者虐待の研究に貢 献すると共に,実践者に向けた研修を積極的に行っている(田中 2005,高齢者虐待防止研究 会 2004:278-283;寝たきり予防研究会 2003:89-97). 国の調査事業だが,高齢者虐待防止法の第 26 条では,「国は,高齢者虐待の事例の分析 を行うと共に,高齢者虐待があった場合の適切な対応方法,高齢者に対する適切な養護の 方法その他の高齢者虐待の防止,高齢者虐待を受けた高齢者の保護及び養護者に対する支
援に資する事項について調査及び研究を行うものとすること」と定められている.これに 基づき厚生労働省は認知症介護研究・研修センターの業務として「高齢者虐待の防止及び 養護者支援に関する調査研究」を位置づけている.また,厚生労働省老健局計画課認知症・ 虐待防止対策推進室が「高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律 に基づく対応状況等に関する調査」を毎年実施している. 研究主体は様々であるが,高齢者虐待防止における市町村の取り組みに関する研究の目 的は主に,施策の提言と評価である.「実態調査」や「ニーズ調査」などを行うことで,現 状を分析し,問題点や課題を抽出した上で,今後行うべき施策の提言をする.海外の先駆 的な事例を紹介するという形で提言が行われる場合もある(多々良 2003;松岡 2003).評 価においては,実際の取り組みがその目的に照らして効果があったのか,今後も継続,発 展させていく必要のある事業なのかどうなのかということに焦点があてられる. 施策の提言も評価も,基本的には高齢者虐待防止に向けた市町村の取り組みを強化させ ようとするものであり,繋がりのあるものである.提言された取り組みが実際に行われ, その結果がどうであったのかの評価を行い,さらに新しい取り組みへとつながっていく. そういう循環があってこそ,市町村の取り組みは強化されると考えられる. しかし,市町村の高齢者虐待防止の取り組みに関しては,提言型の研究も,評価型の研 究も数が尐ない状況である.特に,評価型の研究は,施策の実施状況の把握を行っている 段階で,どのような施策が効果があるのかといったところまで研究が進んでいない.坂田, 山口が実態の把握を試み,山口(2006)は自治体の施策の発達段階を「3 段階(個別事例に 基づく暫定的対応段階,チームによる普遍的対応段階,意識啓発段階)」にて示しているが 仮説の段階である. 評価型の研究が進まない要因として下記のことが考えられる.第 1 に,前提条件として, 市町村の高齢者虐待防止の取り組みそのものが十分に進んでおらず,研究も進まないとい うことがある.第 2 に,収集できるデータの内容と手段が限られていることである.市町 村が自ら評価を行う場合,比較的データを収集しやすいと考えられるが,データ収集のた めには,データの種類と収集方法を明確にする必要がある.どのようなデータを集めるこ とが有効かをあらかじめ示しておく必要があるが,その基準づくりが出来ていない.また, 外部の機関が評価を行う場合は,直接データにアクセスすることが出来ないため,市町村 が収集したデータを利用するか,市町村と協働でデータを集める必要がある.第3に,自 治体間における取り組み状況を比較検討するための枞組みがないということである.比較 検討を行うためには,同じ評価内容,評価方法を用い評価を行っていく必要があるが,そ のための枞組み,つまり評価モデルが存在しない. この分野の研究を発展させて行くためには,まず,評価の枞組みを整理し,評価の道筋 を示していく必要がある.そのために現場でどのような実践が行われているのか把握しな ければならない.また,実践を評価するために重要なことは何かを整理し,評価のプロセ スにそれを組み込んでいく必要がある.最終的には,それを評価モデルとしてまとめ,普 遍性のある段階まで高める必要があるだろう.
小括 本章では,高齢者介護の課題が社会的問題として認識されるようになった 1980 年後半か らの高齢者虐待対応における施策の動向の整理を行った.国の施策的な変化はあるものの 在宅介護支援センターが高齢者虐待対応について,一定の役割を果たしてきたこと,そし て,その役割を改正介護保険法で制度化された地域包括支援センターが引き継いだことを 述べた.高齢者虐待防止法の成立により,市町村は高齢者虐待の一義的責任主体として高 齢者虐待防止体制を整備することになった.市町村において,どのような虐待防止体制が 組まれるかは,高齢者虐待を防止する上で,最も重要な項目のひとつである.だが,市町 村独自の高齢者虐待マニュアルや業務指針作りは進んでいなかった. 市町村における高齢者虐待防止体制づくりを進めていくためには,現状の評価が重要に なる.現状の評価を行い,そこから施策を提言し事業を実施する.また,実施された事業 の評価を行い,その改善へとつなげていくような循環が重要となる. だが,施策を提言するような研究も,評価を行うような研究も,数が尐ない状況である. その要因は,評価の枞組みである評価モデルがないことにあると考えられた. 本研究では,高齢者虐待防止体制を強化するための評価モデルの構築を行い,市町村の 高齢者虐待防止体制を構築し強化していくための一助としたいと考えている. 注釈 注 1)2006 年 2 月 4 日おこなわれた社団法人日本社会福祉士会近畿ブロック研修会におい て,厚生労働省老健局総務課課長補佐中井孝之が行った基調報告「地域包括支援セン ターと社会福祉士」にて中井が自ら作成配布し説明に利用した資料を参照:出典は介 護保険事業状況報告