65 臨床報告 〔東女医大誌 第58巻 第6号頁 529∼531昭和63年6月〕
スポロトリコーシス
一生検標本に多数の菌要素が認められた症例一
筑波大学臨床医学系皮膚科(主任:上野賢一教授) タカセ タカコ イシカワ シヨウコ ウエノ ケンイチ高瀬 孝子・石川 承子・上野 賢一
(受付 昭和63年2月13日) はじめに スポロトリコーシスでは一般に菌の培養は容易 であるが,組織内菌要素の顕微鏡学的検出は比較 的困難である.ところが最近我国では,組織内に 多数の菌要素を証明したという報告が時おりみら れる.我々も同様の症例を観察し,生検標本の PAP法も試みたので,以下に述べる. 症 例 患者:79歳,農婦.茨城県在住. 初診:昭和61年12月2日. 主訴:右前腕伸側の潰瘍. 家族歴:同症のものなし. 既往歴:69歳,膝関節炎. 現病歴:昭和60年夏,外傷の覚えなく,右前腕 に皮疹を生じた.それは後で潰瘍化したが,某医 により外用剤と内服薬を処方され2ヵ月程で軽快 した.昭和61年春,再発し,徐々に増悪したため 同年12月2日に当科を紹介された. 現症(写真1):右前腕伸側に35×39mmの潰 瘍性病変あり,辺縁は堤防状隆起,周囲に紅量を 認める.所属リンパ節腫脹はなかった. 組織像(写真2,3):病巣辺縁から生検.中心 部の表皮は欠損し,そこに痂皮形成を認める.真 皮浅層から深層にかけて,好中球を主体とし,リ ンパ球・組織球・形質細胞・巨細胞をまじえた密 な細胞浸潤がみられる.HE染色標本において星 芒体は認められなかった.PAS染色では,主に真 写真1 初診時所見,囎叢
婦導鷺誉譜燕鰻鍵
鐸騨、鐸
・:喧 写真2 生検組織像(HE,×20) 、罐 慧 皮浅層に,細胞壁がPAS(+)の無数の菌要素が 認められた.それらはほとんど全てが遊離胞子形 で,大小があり,壁の一部が陥凹したものもまじ り,分芽胞子も多く認められた.パラフィン標本Takako TAKASE, Shoko ISHIKAWA and Kenichi UYENO〔Department of Dennatology(Direc・
tor:Prof. K. UYENO), Institute of Clinical Medicine, The University of Tsukuba〕:Acase of sporotri−
chosis with numerous fungal elements demonstrated in the biopsied specimen
66 転 “ ・ 盛凝 9 削. 防納』 ザ略’ .榔繍評翻, 鰯轡 . 写真3 生検組織像(PAS,×500) 真皮上層に多数の遊離胞子がみられる. 写真5 巨大培養所見 Sabouraudブドウ糖寒天平板,室温,10日後. 写真4 生検組織像(PAP,×500) 真皮上層に褐色に染まった胞子がみられる.
を用いた抗Sporothrix特異抗体によるPAP法
(写真4)では,細胞壁が褐色に染まった多数の胞 子が認められ,陽性所見を呈した.培養(写真5,6):生検組織片の一部を
Sabouraudブドウ糖寒天培地に接種,灰褐色の集 落を得た.Sabouraud培地,室温,10日目の巨大 培養所見を写真5に示した.大きさは11×13mm, 灰褐色,辺縁では培地内の菌糸発育のみられる集 落を形成した.コーンミール寒天,室温,14日目 のスライド培養所見では,菌糸側壁に単性する, また分枝尖端に花弁状に群生する分生子形成が認 められた. 臨床検査成績:尿検査正常.血算では,WBC 7,400/mm3, RBC 4.44×106/mm3, Hb 13.8g/d1, Ht 43.7%, Plt 229×103/mm3.白血球分画は正 常.血液の生化学検査成績は全て正常.CRP(±), 》鷺 A峯 嚢8三 箋、
欧’:考ジ
勝瀦
・摯多茜曝 ,,
♂ 謂
写真6 スライド培養所見(ノマルスキー,×40) RA(±).血沈56mm/1h. PPD反応陽性. DNCB 感作成立.スポロトリキン反応陽性.(20×20mm,紅斑).T−cell 78%, B−cell 19%. PHA 184cpm
(正常値321±67),Con A 188cpm(正常値410± 82)でT細胞増殖反応はやや低下していた.胸部 X−Pは正常.ECGも正常. 治療と経過:12月8日目らヨードカリ0.6g/日 の内服を開始,1週間後0.9g/日に増量.3週間内 服後,潰瘍は辺縁から上皮化.5週間内服後,一 部に痂皮附着,他は癩痕形成.さらに4週後には 疲痕上に少量の燐屑のみ,さらに2週後に治癒状 態になった.11ヵ月後の現在,再発を認めない. 考 察 成書によると,スポロトリコーシスでは組織内 菌要素の検出が一般に困難で,そのことがむしろ 本症に特徴的であるとすらいわれる.実際に,培 養は容易であるのに,組織内菌要素は少ないこと 一530一
67 が多い.ところが,最近わが国では,組織内に多 数の菌要素を認めたという報告1)∼4)が時々あり, 注目されている.著者ら5>も同様の1例を以前に 報告した.スポロトリコーシスにおいて検出され る組織内菌要素6)(寄生形態)には遊離胞子,星芒 状組織形,細胞内胞子の三つがある.これらの菌 要素の検出頻度7)については,遊離胞子がもっと も多く,あと細胞内胞子,星芒状組織形の順であ る.菌要素多数例の特徴として,菌要素に大小不 同が多いこと,かなり大型の遊離胞子(直径10∼15 μm)がみられることなどがあげられている4).自 験例においても,遊離胞子に大小があり,またか なり大型の胞子(9∼10μm)もみられた.さらに, 分芽しつつある胞子,細胞壁の一部が陥凹した胞 子なども認められ,菌要素は多彩であった.この ことも特徴の一つと思われる. これら菌要素多数例が増加してきた理由とし て,ステロイド外用剤の誤用・乱用が第一にあげ られている3).われわれは本例を含め菌要素多数 例を2例経験したが,うち1例ではステロイド剤 外用が行なわれていた.なお,これら2例は共に 老人例であり,病変はともに固定型,かつ下疽型 であった. 本症における組織内菌要素の証明には,一般に
PAS染色やGMS染色が行なわれる.培養失敗例
においては,診断の補助としてPAP法が役立つ, また,菌要素多数例では,混合感染による菌要素 の存在を除外する意味においてもPAP法は有用 と思われる. 稿を終えるにあたり御校閲を賜わりました金沢大 学・福代良一名誉教授に深謝致します.また,PAP法 を施行して頂きました北里大学病理学教室・久米光先 生に感謝の意を表します. 文 献 1)猿田泰夫,中原哲士:スポロトリコーシスー組織 内に豊富な菌要素のみられた1例一.西日皮膚 39 :183−187, 1977 2)中嶋 弘,黒沢伝枝,高橋泰英:皮膚におけるス ポロトリコーシス,クロモミコーシス,クリプト コックス症.真菌誌 26:176−187,1985 3)山野龍文,本房昭三,真崎治行ほか:スポロトリ コーシスー組織内に多数の菌要素が認められる症 例についての検討一,西日皮膚 49:671−675, 1987 4)日野治子,滝沢清宏:乳児に生じたスポロトリ コーシスの1例一組織内菌要素の電顕的所見の検 討一.臨皮 32:659−664,1978 5)高瀬孝子,馬場 徹,上野賢一:多数の菌要素が 認められたスポロトリコーシス.西日皮膚 48: 248−251, 1986 6)福代良一:真菌の寄生形態.最新医学31: 827−833, 19767)Fukushiro R l Epidemiology and ecology of
sporotrichosis in Japan. Zbl Bakt Hyg A 257: 228−233, 1984