香港における高齢者の生活保障 -- 年金への不信と
越境できない公的サービス (特集 新興諸国の高齢
化と社会保障)
著者
澤田 ゆかり
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
188
ページ
12-15
発行年
2011-05
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004240
高齢化と
社会保障
高齢化と
社会保障
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激
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年
金基金への資金注入
今 年 三 月 六 日 、 香 港 で は 二〇 一 一 年 度 の 政 府 予 算 に 対 し て 激 し い 抗 議 運 動 が 起 こ っ た 。 政 府 機 関 が 集 中 す る セ ン ト ラ ル 地 区 で は 、 デ モ 隊 が 警 察 と 衝 突 し 、 一 一 三 人 が 逮 捕 さ れ る に い た っ た 。 デ モ の 参 加 者 は 主 催 者 発 表 で 一 万 人 、 警 察 の 推 計 で も 六 三 〇 〇 人 に 上 っ て い る 。 こ の 予 算 案 の 責 任 者 で あ る 財 政 長 官 へ の 批 判 が 高 ま る な か 、 新 年 度 の 政 府 予 算 が 執 行 さ れ る ま で の ﹁ つ な ぎ 予 算 案 ﹂⑴ が 、 民 主 党 派 の 棄 権 によ っ て 三 月 九 日 に 立 法 議 会 で 否 決 さ れ た 。 こ れ は 香 港 の 歴 史 上 、 前 代 未 聞 の 出 来 事 で あ っ た 。 政府予算がこのような激しい抵 抗に遭ったのは、好況により累積 する香港政府の財政黒字が背景に なっている。二〇一一年二月二三 日 に 曾 俊 華︵ John C. T sang ︶ 財 政長官が公表した政府予算案によ れば、二〇一〇年度の経済成長率 は、 実 質 G D P で 対 前 年 比 六・ 八 % 、二〇一〇年度︵二〇一〇年 四月から二〇一一年三月︶の財政 黒字は七〇〇億香港ドル︵一香港 ドル=約一一円︶を超え、政府準 備預金は累積で五九一五億香港ド ルに達する見込みであった。 日 本 を は じ め 財 政 難 に 苦 し む多 く の 国 か ら 見 る と 夢 の よ う な 話 だ が 、 香 港 市 民 の 目 に は 、 財 政 収 入 に 比 し て 社 会 に 費 や す 金 額 が 少 な す ぎ る 、 と 映 っ た の も 事 実 で あ る 。 同 じ く 財 政 黒 字 を 計 上 し て い る マ カ オ と シ ン ガ ポ ー ル 政 府 が 、 国 民 に 対 し て 現 金 給 付 を 行 っ た こ と も 、 香 港 市 民 を 刺 激 し た 。 シ ン ガ ポー ル を 例 に と る と 、 二 〇 〇 八 年 三 月 に 財 政 黒 字 か ら 一 八 億 シ ン ガ ポ ー ル ド ル ︵ 当 時 の 交 換 レ ー ト で 約 一 三 〇 〇 億 円 ︶ を 国 民 に 還 元 し て い る 。 実 は 、 香 港 政 府 も 黒 字 還 元 を 方 針 とし て 打 ち 出 し て は い た 。 政 府 は す で に 二 月 の 当 初 案 の 段 階 で 、 公 営 住 宅 の 家 賃 の 二 カ 月 免 除 や 高 齢 者 手 当 の 引 き 上 げ 、 低 所 得 者 層 へ の 教 育 支 援 を 含 む 具 体 的 な還 元 の 方 策 を 提 示 し て い た の で あ る 。 と こ ろ が 皮 肉 な こ と に 、 黒 字 還 元 の 主 た る 給 付 先 と し て 年 金 基 金を 指 定 し た こ と が 、 香 港 市 民 が 積 年 の 不 満 を 噴 出 さ せ る き っ か け に な っ た 。 これは政府にとっては、予想外 の反応であったかもしれない。と いうのは、前年にも年金基金への 財政注入は実施されていたからで ある。しかもその際の金額は、今 回の政府予算案と同じく、加入者 一名の口座あたり六〇〇〇香港ド ルと定められていた。 それなのに、 なぜ今年はこれほど市民の怒りを 買うことになったのであろうか。●
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信
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公
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市民の不満は、まず年金基金へ の注入による最大の受益者が加入 者 で は な く 金 融 機 関 で は な い か、 という疑念に根差している。香港 の年金制度の特徴は、独立した公 的年金を設置せずに、民間金融機 関が提供する年金プランに加入す ることを義務付ける、という点に ある。すべての被雇用者は、強制 退職年金基金︵ MPF ︶または任 意退職年金基金︵ ORSO ︶とし て認可を受けたプランに加入しな くてはならない。そして、これら のプラン提供を許されたのは、英 領時代から金融界を牛耳る香港上 海 銀 行 や 欧 米 の 大 手 国 際 金 融 機 関、および中国銀行など大陸の国 有銀行であった。 この制度が二〇〇〇年に導入さ れる際、民主党派や左派議員から は、公的基礎年金の実現を先にす べきという声が上がっていた。ま た中小企業からは逆に、雇用主に 対する保険料支払いの強制は、人 件費の上昇を招き香港の自由なビ ジネス環境を後退させるという懸 念が表明されていた。それにもか かわらず現行の年金制度が成立し えたのは、金融界からの強い支持 によるものであった。 以 上 の よ う な 経 緯 を 踏 ま え る と 、 年 金 基 金 へ の 黒 字 還 元 は 、 一 般 市 民 の 目 に は 自 分 た ち の 老 後 の 生 活香港
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保 障 と い う よ り も 、 金 融 機 関 へ の 資 金 注 入 に 見 え る の で あ る 。 よ り 具 体 的 に は 、 M P F も O R S O も 確 定 拠 出 の 完 全 積 立 方 式 で あ る か ら 、 給 付 額 は あ く ま で 基 金 の 運 用 次第である。いっぽう加入者が支 払う手数料の方は確実に金融機関 が 引 き 落 と し て い く。 M P F 計 画 管 理 局︵ Mandatory Provident Fund Schemes A uthority ︶の統計 によれば、二〇一一年三月末日現 在、 M P F の 平 均 手 数 料 は 一 ・ 八 一 % で あ る 。 香 港 の 地 元 紙 が こ の 数 値 を も と に し て 、 六 〇 〇 〇 香 港 ド ル が M P F 口 座 に 入 金 さ れ た 場 合 、 今 の 若 者 が 定 年 を 迎 え る 三 〇 年 後 に 確 実 に 受 給 で きる の は ど の て い ど か ⑵ と 推 計 し た と こ ろ 、 一 三 〇 〇 香 港 ド ル に す ぎ な い と い う 結 果 が 出 た ︵ K am p [2 0 11 ] ︶。 市 民 に し て み れ ば 、 マ カ オ 政 府 が や っ た よ う に 個 々 人 に 小 切 手 で 直 接 送 付 し て く れ れ ば 、 六 〇 〇 〇 香 港 ド ル の 価 値 を い ま 手 に す る こ と が で き る の に 、 年 金 基 金 へ の 入 金 で は 六 五 歳 ま で 引 き 出 す の を 待 た さ れ る 、 そ の 間 に 何 が 起 き る か 分 か ら な い 、 と い う 思 い が あ る 。 ア ジ ア 通 貨 危 機 と リ ー マ ン シ ョ ッ ク を 経 験 し た 香 港 の 住 民 は 、 金 融 機 関 の リ ス ク に 敏 感 に な ら ざ る を 得 な い 。 もうひとつ予算案が市民の反発 を招いた重要な要素は、現行の年 金基金が国民皆保険ではないこと による不公平感である。 MPF は 被雇用者、自営業者を加入対象に しており、専業主婦やパート労働 者は対象外に置かれている。また 現在の高齢者も、この制度が実施 さ れ る 前 の 勤 労 世 代 だ っ た た め、 保 険 料 の 積 立 が な く 加 入 で き な い。したがって、政府が黒字を還 元するのに MPF 口座を経由させ れば、それは仕事のない女性や高 齢者を自動的に排除することを意 味する。 MPF の加入者は二五〇 万人、 ORSO は三八万人である から、総人口︵七〇〇万人︶の四 割ていどしか恩恵にあずかれない ことになる。 た し か に 香 港 の 住 民 の 間 で は、 政府に頼らないレッセフェールの 伝統が強いが、高齢者の生活保障 は、数少ない例外として扱われて きた。王家英が一七四六世帯に対 し て 行 っ た ア ン ケ ー ト 調 査 で も、 回答者の九六・四 % が高齢者の最 低生活保障について政府が責任を 持つことを支持するという結果が 出 た。 こ う し た 状 況 を 反 映 し て、 民主党派は香港政府に対し、予算 案可決の条件のひとつとして、住 民皆保険となる基礎年金の設置を 要求している ⑶ 。
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る高齢者
普遍的な公的年金が存在しない 以上、高齢者の生活保障はもっぱ ら 家 族 と 貯 金 に 頼 ら ざ る を 得 な い。 か つ て 高 度 経 済 の 時 代 に は、 未来の世代は今よりも給与所得が 増 大 す る こ と が 期 待 で き た の で、 我 が 子 へ の 教 育 投 資 が 効 果 的 で あった。また不動産市場の発展に ともない、自宅の資産価値が増大 した。万が一、息子や娘が頼りに ならなくても、最晩年には香港で 蓄えた貯金を持って、生活費が極 端に安い中国大陸に移り住むとい う手段があった。 し か し 日 本 よ り も 急 速 な 少 子 高 齢 化 の 進 展 に よ っ て 、 香 港 で は 家 族に よ る 高 齢 者 扶 養は 日 増 し に 弱 体 化 し て い る 。 二 〇 〇 六 年 の 香 港 人 口 調 査 に よ れ ば 、 合 計 特 殊 出 生 率 は 〇 ・ 九 八 と 日 本 以 下 で あ る の に 対 し て 、 平 均 寿 命 は 男 性 七 九 ・ 八 歳 、 女 性 八 五 ・ 六 歳 と 日 本 に 並 ぶ 長 寿 地 域 に な っ て い る ︵ 澤 田 [ 二 〇 〇 八 一 八 九 ]︶ 。 さ ら に 六 五 歳 以 上 の 高 齢 者 が 子 女 と 同 居 す る 比 率は減 少 傾 向 に あ る 。 香 港 政 府 統 計 処 の 資 料 に よ る と 、 一 九 九 六 年 か ら 二 〇 〇 六 年 の 一 〇 年 間 で 、 子 女 と だ け 同 居 す る 高 齢 者 の 比 率 は 二 八 ・ 二 % か ら 二 三 ・ 一 % に 下 落 し 、 逆 に 配 偶 者 と の 二 人 暮 ら し が 一 六 ・ 二 % か ら 二 一 ・ 二 % と 五 ポ イ ン ト 上 昇 し て い る 。 こ こ か ら 我 が 子 に 頼 る 従 来 型 の 扶 養 で はな く 、 老 夫 婦 二 人 で 支 え 合 わ ね ばな ら な い 世 帯 が 増 え て い る こ と が 分 か る 。 このため近年は、中国大陸で老 後の生活設計を立てる人々が増え ていた。大陸と強い連携を持つ親 中系労働組合である香港工会聯合 会 ︵ The Hong K ong Federat ion of T rade Unions, 略 称 F T U ︶ の 調査によれば、広東省に移り住ん だ四〇歳以上の香港市民は約一五 万人に達し、そのうち六五歳以上 の香港市民は五万人と推計されて いる ︵ He ︶。政府の当初予算案は、 香港域内の高齢者だけでなく、こ れらの中国大陸への移住者からも 非難の的となった。 MPF 経由の六〇〇〇香港ドル の還元が受けられないのは、域内 の高齢者と同じであるが、彼らは その他の還元項目からも排除され ている。たとえば二月の予算案に 盛り込まれた公営住宅の家賃免除 や電気料金への補助、あるいは七 〇歳以上の高齢者向けの医療サー ビス券︵従来の二倍にあたる年間 五〇〇香港ドルに増額された︶ は、 中国大陸で利用するわけにはいか ない。香港における高齢者の生活保障
― 年金への不信と越境できない公的サービス陸 に 移 っ た 高 齢 者 に よ り も 不 満 だ っ た の ら な い こ と で あ っ た。 重 荷 に な り た く な い、 け、 香 港 ド ル の 交 換 る。 こ の た め 大 陸 に 月比で四・九 % 上昇しており、な かでも穀類は一四・八 % 、卵は一 三・ 三 % 、 果 物 に 至 っ て は 三 一・ 一 % と、食品のインフレ傾向が顕 著 で あ る。 広 東 省 の 同 月 値 は 四・ 二 % と中国全体の平均よりはやや 低いが、生活コストが上昇傾向に あることに変わりはない。 こ う し た 状 況 か ら 貯 金 を 使 い 果 た し て 香 港 に 戻 っ て く る 高 齢 者 の 数 が 、 少 し ず つ 増 加 し て い る 。 前 述 の F T U は 、 香 港 で 高 齢 者 手 当 を 受 給 す る た め に 大 陸 か ら U タ ー ン す る 高 齢 者 の 支 援 を 行 っ て い る が 、 彼 ら が 関 与 し た 事 例 で は 、 二 〇 〇 九 年 と 二 〇 一 〇 年 に 香 港 に 戻 っ た 高 齢 者 は 一 〇 〇 人 か ら 一 四 五 人 に 増 え て お り 、 二 〇 一 一 年 に 入 る と 一 月 だ け で す で に 二 〇 人 に 達 し た と い う ︵ H e [2 0 11 ] ︶。 黒 字 還 元 の 公 的 サ ー ビ ス が 一 国 両 制 の 境 界 線 を 越 え ら れ な い 以 上 、 高 齢 者 本 人 が 移 動 す る し か な い 。
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深
ま
る
貧
困
の
高
齢
化
と
政
府
の対応
このように香港では、従来は有 効だった高齢者の老後保障の方法 が機能不全に陥りつつある。この ため、膨大な財政黒字の陰で、貧 困の高齢化が進展している。人口 全体の所得の中央値の半分以下を 貧困層と定義すると、高齢者人口 に占める貧困者の比率は一九八六 年の二二・五 % から二〇〇六年の 四〇・一 % にまで増大した︵香港 社会服務聯会[二〇〇七] ︶。 これに対して、香港政府は新た に高齢者の雇用を推進するワーク フェアを提唱している。しかし高 齢者の就業は容易ではないし、か りに就労できたしても賃金は低水 準にとどまりがちである。主な雇 用から得る月収を用いて、高齢者 と 香 港 の 全 就 労 者 を 比 較 す る と、 高齢者の中央値︵六五〇〇香港ド ル︶は全就労者の一万香港ドルの 六五 % にすぎない︵香港政府統計 処[二〇〇八] ︶。すなわち高齢者 は運良く職探しに成功した場合で も、 前述の定義を用いれば、 一七 % あまりが貧困線以下︵月収四〇〇 〇香港ドル未満︶ に陥っている ︵表 1︶。 香 港 の 人 口 全 体 で は 同 じ 水 準の貧困層は、 一一 ・ 七 % に留まっ ていることから、高齢者の間で貧 困者が増えていることがうかがえ る。 実は前年に実施された MPF へ の資金注入には、この貧困問題に 関わる要素が加味されていた。す なわち黒字還元の対象は、 MPF 加入者のうち月収が一万香港ドル 以下の人々に限定する、という条 件が付いていたのである。彼らは 福祉サービスの対象になるような 貧困層ではないが、 MPF の加入 者のなかでは相対的に低所得と考 表1 65歳以上の就労者が主たる雇用から得る月収(2006年) 主な雇用からの 月収(香港ドル) 65-69歳 70-74歳 75-79歳 80-84歳 85歳以上 65歳以上の小計 人 % 人 % 人 % 人 % 人 % 人 % $2,000未満 1,450 4.7% 873 5.4% 294 4.1% 226 7.5% 170 9.8% 3,013 5.08% $2,000-$3,999 3,447 11.1% 2,130 13.1% 925 12.9% 397 13.3% 233 13.5% 7,132 12.04% $4,000-$5,999 7,456 23.9% 3,608 22.3% 1,591 22.2% 540 18.0% 320 18.5% 13,515 22.81% $6,000-$7,999 4,969 15.9% 2,466 15.2% 1,082 15.1% 323 10.8% 248 14.3% 9,088 15.34% $8,000-$9,999 2,818 9.0% 1,405 8.7% 538 7.5% 272 9.1% 138 8.0% 5,171 8.73% $10,000-$14,999 3,911 12.6% 2,111 13.0% 1,014 14.2% 444 14.8% 228 13.2% 7,708 13.01% $15,000-$19,999 1,662 5.3% 775 4.8% 465 6.5% 118 3.9% 65 3.8% 3,085 5.21% $20,000-$24,999 1,576 5.1% 709 4.4% 489 6.8% 136 4.5% 56 3.2% 2,966 5.01% $25,000-$39,999 1,245 4.0% 646 4.0% 189 2.6% 177 5.9% 112 6.5% 2,369 4.00% $40,000以上 1,822 5.8% 991 6.1% 378 5.3% 179 6.0% 94 5.4% 3,464 5.85% 無報酬の家族労働 806 2.6% 501 3.1% 189 2.6% 182 6.1% 67 3.9% 1,745 2.94% 総計 31,162 100.0% 16,215 100.0% 7,154 100.0% 2,994 100.0% 1,731 100.0% 59,256 100.00% (注)出所:香港政府統計処[2008]より筆者作成。えられた。したがって前年の財政 黒字の還元は、今年のような年金 を管理する金融機関へのばらまき ではなく、香港のような格差社会 に必要とされる福祉の延長として 受けとめられた。 結 局 、 社 会 的 な 合 意 が な か っ た と し て 、 香 港 政 府 は わ ず か 一 週 間 後 の 三 月 二 日 に 当 初 案 を 撤 回 し 、 新 た な 予 算 案 を 公 表 し た 。 改 定 案 で は 、 六 〇 〇 〇 香 港 ド ル を 年 金 基 金 に 注 入 す る 代 わ り に 、 す べ て の 一 八 歳以 上 の 香 港 特 別 行 政 区 の 永 住 者 に 対 し て 直 接 給 付 す る こ と が 定 め ら れ た 。 こ れ に よ り 香 港 の 永 住 権 さ え あ れ ば 、 香 港 域 内 に 居 住 し て い な い者で も 給 付 を 受 け ら れる こ と に な っ た 。 こ の 結 果 、 給 付 総 額 は 当 初 の 二 四 〇 億 香 港 ド ル か ら 三 六 〇 億 香 港 ド ル に 膨 れ 上 が り 、 減 税 な ど そ の他 の 項 目 を 合 わせ る と 約 四 〇 〇 億 香 港 ド ル が 政 府 か ら 社 会 に 還 元 さ れ る こ と に な っ た 。 し か し 政 府 の 期 待 と は 裏 腹 に、 新予算案の発表後も、冒頭で紹介 したように三月六日の抗議運動が 決行されている。新しい予算案の 掲げた一八歳以上の永住者という 条件では、香港での居住期間が七 年未満の新移民が給付対象から排 除されることになる。また当初案 への批判の過程で、皆保険型の基 礎年金や自宅取得補助の復活など の要求が浮上しているが、新たな 予算案はこれらの要求には応えら れない。香港政府は豊かな財政を 背景にして、少子高齢化時代の到 来に備えた年金基金の強化を狙っ たが、かえって今の高齢者にとっ ての生活保障の欠如を浮き彫りに し、格差社会の是正要求というパ ンドラの箱を開けてしまったよう である。 ︵ さ わ だ ゆ か り / 東 京 外 国 語 大 学 大学院総合国際学研究院︶ ︽注︾ ⑴ 香港の財政年度は三月三一日 で閉じるが、翌年度の予算が割 り当てられるのは、例年四月中 旬になる。このため、四月一日 から四月中旬にかけては﹁つな ぎ予算﹂で公共サービスや公務 員の給与支払を維持することに なっている。二〇一一年度への つなぎ予算は、当初六〇二億香 港ドルであったが、三月九日に 立法議会で否決されたあと、五 九七億香港ドルにまで減額した 案が再提出されている。 ⑵ 運用益ゼロ、インフレ率三 % として計算︵ K amp [2011] ︶。 ⑶ 現実問題として忘れてならな いのは、公務員が MPF 経由の 還元対象に含まれなかった点で ある。公務員の労働組合は香港 で大きな影響力を持つ圧力団体 であり、かれらが反対に回った こ と も 予 算 案 可 決 へ の 逆 風 と なった。 ︽参考文献︾ ︵日本語︶ ● 澤 田 ゆ か り[ 二 〇 〇 八 ]﹁ 香 港 の少子化と移民の社会適応﹂ ︵西 村成雄、許衛東編﹃現代中国の 社会変容と国際関係﹄汲古書院 一八九︱二〇四ページ。 ︵中国語︶ ● 中 国 国 家 統 計 局[ 二 〇 一 一 a ] ﹁ 各 地 区 居 民 消 費 価 格 指 数︵ 二 〇 一 一 年 二 月 ︶﹂ ︿ http://www . stats.gov .cn/tjsj/jdsj/ t20110314_402713851.htm ﹀ 二〇一一年三月三一日閲覧。 ● ︱ ︱ [ 二 〇 一 一 b ]﹁ 居 民 消 費 価 格 分 類 指 数 ︵ 二 〇 一 一 年 二 月 ︶﹂ ︿ http://www .stats.gov .cn/tjsj/ jdsj/ t20110314_402713852. htm ﹀ 二 〇 一 一 年 三 月 三 一 日 閲 覧。 ● 王家英、尹寶珊、羅榮健[二〇 〇 八 ]﹁ 香 港 人 対 福 利 国 家 的 態 度 一個階級和比較的分析﹂ ︵黄 紹倫、尹寶珊、梁世栄﹃新世紀 華人社会面貌 社会指標的分析﹄ 香港香港中文大学香港亜太研 究所︶二四一︱二六五ページ。 ● 香 港 社 会 服 務 聯 会[ 二 〇 〇 七 ] ﹁ 対﹃ 検 討 高 齢 津 ﹄ 的 意 見 ﹂ 香 港社会服務聯会、一二月一〇日 ︿ http://www .hkcss.org.hk/pra/ consultat ion_papers/O AA_ P aperT oW elfareP anel_071210_ final_.pdf ﹀、 二 〇 一 〇 年 二 月 一 四日閲覧。 ● 香 港 政 府 統 計 処 [ 二 〇 〇 八 ]﹃ 香 港 統 計 月 刊 二 零 零 八 年 三 月 ﹄、 香 港 香 港 特 別 行 政 区 政 府 統 計 処 。 ︵英語︶ ● He Huifeng [2011] "Budget bitterness across the border", , Sunday February 27. ● K amp, Jake van der [2011] "T urnaround on MPF Joke a V ictory for Placard W av ers", , Thursday , March 3. ● Mandatory Provident Fund Schemes A uthority [2011] "Fee Comparat iv e Platfor m: A ve ra ge Fund Expense Rat io of All MPF Funds" 2011-03-3 1u pdated, ︿ http://cplatform.mpfa.org.hk/ MPF A/eng lish/system.jsp ﹀︵ 二 〇一一年四月五日閲覧︶ .