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多民族・多文化社会における美術教育の機能 アジアの美術教育に見るエスニシティの可視化

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(1)

多民族・多文化社会

における

美術教育

機能

アジアの

美術教育

るエスニシティの

可視化−

On the Function of Art Education in Multiracial and Multicultural Societies:

The Visualisation of Ethnicity in Asian Art Education

*

佐々木宰 SASAKI Tsukasa  多民族・多文化社会における美術教育の特徴的な機能として,「エスニシティの可視化」 と,それを通した「自国の美術文化の創出」というモデルを想定した。アジアの多くの国は多 民族・多文化国家であり,特に東南アジア諸国においては,それぞれの民族集団におけるエス ニシティと,国民としてのナショナリティの二重の帰属意識が求められる。複数のエスニシテ ィをどのようなバランスで扱うかは国の政策によって異なるが,インドネシア,マレーシア, シンガポールでは学校教育を通して民族の文化的な価値観を育成しており,そのために視覚や 触覚を通して感性に働きかける美術教育が一定の機能を果たしていることが確認できた。さら に,エスニシティはもとより国民としての文化的価値観を共有するために,「自国の美術」の 創出が試みられており,その意識形成に対しても,美術教育が機能していることが確認された。 *佐々木宰/北海道教育大学

SASAKI, Tsukasa/Hokkaido University of Education E-Mail: [email protected]

In this article, a model of a significant function for art education in multiracial and

multicultural societies was presented as the visualisation of ethnicity and creation of national

art culture . Almost all Asian countries include various multiracial and multicultural societies,

and people acquire their identities in both meanings of ethnicity and nationality, especially in

Southeast Asia. Although the way to treat the balance between the ethnic cultures depends on the

countries policies, this study revealed that ethnic cultural values have been nurtured in school

education through the function of art education, which stimulates people s perceptions, visually

and haptically, in Indonesia, Malaysia, and Singapore. The study confirms that art education has

functioned to create national art , which has spread a sense of national identity as well as ethnic

identity in these three countries.

キーワード Keywords

多民族・多文化社会,アジア,美術教育,エスニシティ,可視化

(2)

1

)多民族・多文化国家の教育課題  現代では,異なる文化的背景をもつ人々が 一定の国や地域の中で,互いの文化の違いを 認めながら共存を目指す社会が数多くある。 いわゆる「多民族・多文化国家」とは,一つ の国の住民が複数の民族(エスニック集団) で構成され,それらのバランスは一様ではな いにしても,共存が果たされている国家のこ とである。例えばアメリカ合衆国が,先住民 族や世界各地からの移民からなる多民族・多 文化国家であることは疑いの余地がない。カ ナダやオーストラリアは政策的に多文化主義 をとっているし,イギリス,フランスといっ たヨーロッパ諸国も多民族・多文化社会であ る。綾部恒雄によれば,世界のほとんどの国 は多民族・多文化国家であり,それが常態で あるという1)  アジアの多くの国も多民族・多文化国家で あるが,特に東南アジア諸国は,社会的・歴 史的・文化的な背景に由来する多様さと複雑 さという点で特徴的である。もともとあった 多様な民族の居住圏や文化圏が,近代西洋列 強の植民地統治によって分断され,その境界 線が独立後も国境として引き継がれているか らである2)。人々は自分の民族や血族の文化 的価値観をもつ一方で,他律的に与えられた 国境線によって独立性を担保される国民国家 の成員としての帰属意識や価値観を求められ ている。  民族性と国民性とでも言うべき「エスニシ ティとナショナリティ」の二重のアイデンテ ィティは,複合社会を内包する多民族・多文 化国家の住民に共通した帰属意識の特徴であ る。そして,エスニシティを尊重しつつ,ナ ショナリティをどのように意識させ,国民統 合を図っていくかという問題は,ほとんどの 東南アジア諸国に共通した内政上の重要事項 であり,そのために教育に大きな役割が期待 されている。

2

)多文化社会における美術教育の機能  美術教育は,造形文化,美術文化を教育内 容の母体とするものであるから,民族や国の 文化的価値観の育成におのずと関与する。特 に,視覚,触覚的な文化表象を感性的に把握 するという美術の特徴は,具体的な色や形, 触感を伴って,より分かりやすく,より印象 的に人々の文化的な意識形成に作用する。  これまで,学校教育における美術教育の役 割は,児童中心主義の教育観を基底として, 表現や鑑賞を通した創造性の開発,情操の陶 冶といった人間形成機能を中心に語られてき た。こうした美術教育の機能についての意識 は,世界の標準的な美術教育観といえるほど に普及している。このことは,日本を含む東 アジア,東南アジアにおいてもおおむね了解 されるであろう。他方,児童中心主義の教育 思想や,美術を通した人間形成論は,基本的 に近代西洋社会における人間像をモデルとし ており,教育内容として扱われる美術文化も 西洋的な美術の価値観を前提にしている。  これに対して,アジアの多民族・多文化社 会における美術教育には,それぞれの民族が もつ造形文化を美術教育の教育内容として取 り上げて,学習者の文化的な価値観を保持さ せるという機能が求められている。さらに国 民的な資質形成を目的とする小学校や中学 校,あるいは義務教育段階における美術教育 には,複数の民族が共有できる国民的な美術 の教養を身に付けさせる機能が期待されてい ると考えらえる。こうした美術教育では,学 習者の表現や鑑賞の活動や,それを通した人 間形成というよりも,民族や国といった帰属 集団における文化的価値観の形成に重きが置 かれている。  本研究では,多民族・多文化という社会的 な文脈における美術教育に焦点を当てること によって,従来とは異なった視点から美術教 育の機能を考察する。

1

.研究

背景

目的

(3)

3

)研究の目的と意義  本稿では前述のような問題意識に基づき, 多民族・多文化社会の事例として,筆者が継 続的に調査を行ってきた東南アジアを中心 に,これらの国及び地域における美術教育の 特徴的な機能を考察する。  それぞれの国や地域では,学校教育制度は もとより美術教育の実態は一様ではないが, 多民族・多文化国家における二重のアイデン ティティの課題は共通しているといえる。こ れを踏まえて,本稿では多民族・多文化社会 における美術教育の特徴的な機能として,第 一に,「エスニシティの可視化」という機能 を想定した。後述するが,エスニシティとは 民族など,様々な階層で意識される同族的な アイデンティティのことである。つまり,学 校の美術教育は,生活や伝統に溶け込んで日 常化している民族的な造形文化を,「目に見 える形」にして意識化させ,学習を通して美 術文化として一般化させる役割を担う,とい うことである。第二に,こうした「エスニ シティの可視化」を通して一般化された美術 文化を自分たちの国の美術として位置づける 「自国美術の創出」の機能を想定した。  本稿の目的は,アジアの美術教育を事例と して,「エスニシティの可視化」による「自 国美術の創出」というモデルを検証し,多民 族・多文化社会における美術教育の機能の一 つとして位置づけることである。このことに よって,学校教育における美術教育が,民族 や地域社会,さらには国といった,児童生徒 の属する社会集団において共有される文化的 な価値観の形成に深く関与することを改めて 示したい。  東南アジアのように民族的な多様性に富む 国から,日本のように多様性の幅の狭い国ま で,近年の社会のグローバル化は,文化の多 様性を前提とする多文化主義の意識を,文字 通り地球規模にまで広げた。本稿の目的であ るモデルの検証は,これまで広く美術教育の 一般的な目標とされてきた児童中心の教育思 想や,芸術を通した人間形成という文脈とは 別に,学習者の文化的価値観の形成という視 点から美術教育の機能に焦点を当てる意義が ある。  なお,アジアに土着の多様な造形は,近代 西洋の美術という概念を受容する以前には, 当然「美術」として意識されない。そのよう な土着の視覚的,触覚的表象を本稿では便宜 的に「造形」または「造形文化」と呼び,近 代以降の意識に基づく「美術」及び「美術文 化」と区別する。したがって,エスニシティ の可視化は,土着の造形を教育内容とするこ とによって,美術文化として意識化させるこ とである。

4

)先行研究  本稿で検証を試みる「エスニシティの可視 化」による「自国美術の創出」というモデル は,筆者の独自の構想であるから,これに関 する直接の先行研究はない。ただし,美術教 育を通した民族性や民族文化の教材化や構造 化という点に関しては,アジアを対象とした ものについて福田隆眞,佐々木宰らによるイ ンドネシア,マレーシア,シンガポール等の 美術教育研究がある3)。異文化教育の視点か ら,西洋美術の価値観とは別に,美術文化と アイデンティティの問題に言及したものには 金田卓也の研究がある4)。直近では,箕輪佳 奈恵の多文化主義に立脚した美術教育の考察 が,民族的アイデンティティと美術教育の関 係を捉えている5)  また,「自国の美術の創出」については, 近代の国民国家と美術文化政策やその装置と しての美術館,博物館についての論考が多く ある。近年では美術館とナショナル・アイデ ンティティを扱った研究によって,国民的な 文化規範と美術館との関係が明らかにされ た6)。ただし,アジアを直接の対象とした研 究は少ない。  アジアの美術教育という点では,ユネスコ

(4)

主催のシンポジウム「創造性のための教育− アジアの芸術教育へアートと文化を」の報告 書は,アジアという文脈に改めて焦点を当 て,芸術を通した創造性の解釈に言及してい る7)  これらの先行研究を踏まえて,次章以降で は,まず「エスニシティの可視化」の具体的 な過程を提示し,アジアの美術教育の事例と ともに検証していく。

2

エスニシティの

可視化

のモデル

1

)エスニシティの概念  人々の人種,宗教,文化や生活習慣をおお むね同一にする集団の区分には,「民族」, 「民族集団」や「エスニック集団」などの呼 称があり,厳密には使い分けられるべきであ るが,本稿では「多民族社会」などの用語 との関連から,便宜的に「民族」と表記す る8)。綾部によると民族集団とは「一定の文 化体系のなかで,他の同種の集団との相互 行為を重ねながら,なお自らの伝統文化とア イデンティティを共有している人々による集 団」であり,こうした民族集団やその成員が 表出する特性をエスニシティ(

ethnicity

)と 呼ぶとされる9)。つまり,エスニシティとい う概念には,人種や種族といった形質の区分 の要素だけではなく,人々の文化的なアイデ ンティティの共有という心理的,意識的な側 面が含まれている。  文化的な伝統への意識は,その人が生まれ 育った社会集団に左右される。換言すれば, 人種や種族,血族を含むその人の出自は,生 活習慣,文化的な価値観,宗教観に強い影響 力を与え,そのことが再びその社会集団への 帰属意識となっていく。他方,エスニシティ は恒久不変のものではなく,様々な条件によ って常に変わり得るものとして捉えられてい る。例えば,移民によってそれまでとは異な る地域に移住した人々のエスニシティが,そ の土地のエスニシティに同化したり,世代交 代が進むにつれて変質したりする事例は数多 くある。これらは,エスニシティが人種とし ての形質だけでなく,文化的な価値観を含め た共同体意識であることの証左といえよう。  ところで,共同体意識とは,人々がもつ何 らかの属性に対する共通意識であり,それを 基にした集団への帰属意識である。その属性 は多様であるから,共同体意識は複数の属性 による重層的なものである一方で,実体を越 えて意図的に生み出すこともできる10)。エス ニシティを支える共同体意識は,出自に深く 関与するだけに強固だが,不変ではなく変わ り得る。ただし,その変容には複数の共同体 意識の軋轢を不可避的に伴うものである。  エスニシティに内包される文化的な価値意 識の形成には,伝統的に継承されてきた生活 に関わる諸事象や宗教,言語などが大きく関 与する。宗教や言語は,その民族集団に生ま れた人が主体的に選択するものではなく,親 から子へと引き継がれるのが通常である。し たがって,宗教や言語の区分はエスニシティ の区分と重複する部分が多い。  美術に関する伝統,造形物に対する視覚 的,触覚的な価値意識,美意識もエスニシテ ィの中で引き継がれる。例えば,東アジアの 漢字文化圏では,書画に対する一定の美意識 が共有される。それらがさらに細分化され, それぞれのエスニシティにおいて再生産され て独自性を帯びていく。中国,韓国,日本に 共通する東アジアとしての美意識と,それぞ れ独自の美意識として理解できよう。  上記のような例をはじめ,生活に関わる用 具や服飾,工芸,宗教的な装飾などの図像や 色彩は,エスニシティの視覚的な文化表象で ある。それらは,生活に密着しており,かつ 視覚的であるという点において,エスニシテ ィを象徴的に表す役割を果たすのである。

2

)エスニシティとネイション  ところで,民族という語は,ネイション

(5)

nation

)の訳語としても使われる。もちろ ん,ネイションは,国家や国民を意味する 語でもあり,ネイション・ステイト(

nation

state

)は国民国家と訳されることが多い。こ れは,近代ヨーロッパで展開したナショナリ ズムが,「一つの民族による一つの国家」と いう形を理想とする民族国家,すなわち国民 国家を志向するものであったことに由来す る。  この意味において,同じ出自と文化的な価 値観をもち,同一の民族である国民を成員と するヨーロッパ起源の国の概念が,ナショナ リズムに支えられた近代的な国家観であっ た。民族固有の文化的価値があるとしたら, それはそのまま国の文化的価値ということに なる。したがって,一国の美術は,その国民 である民族の美術とほぼ同じものとして意識 される。  アントニー・

D

・スミスは,ネイションの 概念の特徴は,その共同体の成員全員に開か れた公共的な文化としてみなされることにあ るという。そして,ナショナリストは自分た ちの文化的一体性とネイションの歴史を自覚 しながら,土着の言葉,習慣,芸術,風景と いったネイションの個性を,教育を通して社 会へ浸透させることを望むと指摘する11)。民 族の文化的価値観は大衆的で公共的であり, 国家的であり,そのことによって政策的でも ある。したがって,国民的資質の形成を目的 として実施される普通教育,義務教育は,当 然のこととして民族の言語,歴史,生活,芸 術といった文化的な価値観の涵養をその目的 に含むことになる。さらに,それは国の教育 政策を通して制度化されていった。  ところが,第二次世界大戦後は,それまで とは異なった状況が生まれる。旧植民地が 次々と独立を果たして新しい国となったが, そのほとんどは多民族国家であった。一つの 民族の文化的価値観を国民が共有するとい う,従来の国民国家のモデルにあてはまらな い国が続々と誕生した。東南アジアの多くの 国はこのパターンである。さらに,既存の国 家にいわば潜在していた少数派のエスニシテ ィが主張を強めてこれらが顕在化したり,移 民や難民の流入・流出によって,それまでの エスニシティの分布や構成比が著しく変動す る事態も生じた。  このように考えると,純粋な意味での国民 国家は極めてまれであり,特に東南アジアに おける国民国家はそのほとんどが擬態であ る,という綾部の指摘も首肯できる12)。エス ニシティを支える共同体意識が国民国家への 帰属意識になるという西洋式の構図は,東南 アジアには当てはまらない。したがって, 多民族社会を抱える国の普通教育,義務教育 で育成されるべき国民的な資質は,何らかの 政策的な意図に基づいて設定されなければな らない。複数の民族の文化的価値観を等しく 扱うか,傾斜をつけるかはそれぞれの国情に よる。さらに,国民としての一体的な価値観 は,新しく創出されなければならないのであ る。民族を超えた国民としての文化的な価値 観,すなわちアイデンティティは「創出」さ れる必要があるのである。  そしてそのために教育は最大の効果が期待 できる社会的な制度であった。第一に重視さ れるのは,多くの場合は言語,すなわち国語 である。多民族社会において共通言語は必須 であるが,「国語」には共通言語という実用 性以上に,統合の象徴としての意味合いがあ る。他方,美術や造形文化は言語によらず, 視覚や触覚に直に訴える働きをもつ。したが って,美術教育は,視覚的な形象や色を通し て,より印象的に国民的な美術文化を創出す ることに関与することが可能である。

3

)エスニシティの可視化の三形態  「エスニシティの可視化」とは,それぞれ の民族集団で伝統的に継承されてきた特徴 的な造形の営みを,「見える形」として人々 に提示し,固有の造形文化として意識化を促

(6)

すことである。美術教育を通したエスニシテ ィの可視化は,多民族・多文化国家の美術教 育におおむね共通した機能であると考えられ る。  生活に根付いた日常的な事象や事物は,日 常的であるがゆえに,その固有性を意識しに くい。見慣れたものを改めて美術教育の内容 として対象化することで,造形物としての特 徴が認識される。次に,それらを教材化して 教育内容とすることで,その価値を人々や社 会に広く認めさせ,さらに身体感覚や感性を 伴う教育実践によって共通認識として定着さ せていく。このような,伝統的な民族固有の 造形の意識化が「エスニシティの可視化」で あり,これを美術教育の一つの機能として想 定した。  エスニシティの可視化には,段階的な三つ の形態を想定できる。 ①顕在化  具体的な造形物などを通して,エスニシテ ィを「見えるもの」として取り上げていく可 視化の形態である。ある民族にとっては見慣 れたものでも他者にとっては珍しいものに見 えるように,民族的な事象や事物を,視覚的 に対象化,顕在化させることである。  生活の中の民族的なモチーフをテーマにし た題材や,伝統的な工芸技法,造形美術を個 別に題材として取り上げることは,比較的よ く実践されている。 ②公認化  顕在化されたエスニシティを「美術文化」 として広く認められるようにしていく可視化 の形態である。顕在化された造形文化が,美 術の教育課程の編成基準等に明示されたり, 公的な教科書に取り上げられたりすること は,政府の公認を得たことになる。  教育の内容として取り上げられたエスニシ ティは,公的な意味で「美術文化」としての 正当性を与えられたことになる。民族的な造 形文化は,教科書に掲載されるこことによっ て,その国の美術文化の一端とみなされる。 同様に,伝統的な造形文化の歴史は,教科書 を通してその国の美術の正史とみなされる。 ③標準化  公認化されたものを,教育実践を通して 人々や社会の共通認識として定着させる形態 であり,可視化の最終的な段階である。美術 教育における表現活動や鑑賞活動を通して, 「民族的な美術とはこのようなものである」 という共通概念を形成して,民族の文化的な アイデンティティを意識させ,普及させる段 階として想定できる。標準化の段階は,美術 教育における指導はもとより,学習者の主体 性が重要になる。つまり,標準化は教育とい う営みによって成立するのである。  上記のように,「顕在化」ではエスニック な造形文化を取り上げることが中心になり, 「公認化」ではカリキュラムや教科書を通し て内容としての正当性を担保し,「標準化」 では教育活動を通して人々の意識に定着させ る,という三つの段階的な形態によって「エ スニシティの可視化」が成立する。  そのことによって,多民族・多文化社会に おける様々な事物や事象が美術文化として認 識され,「自国の美術文化」が創出されてい くと考えられる。つまり,多民族社会の美術 教育は,美術を通して学習者の創造性の開発 や情操の陶冶を図る一方で,多様なエスニシ ティの可視化を通して民族的な造形文化を顕 在化させ,共通認識として定着させることで 自国の美術文化の創出も同時進行的に果たし てきたと考えられるのである。  このモデルの検証は,それぞれの国の美術 教育の教育課程,教科書あるいは具体的な題 材等との符合を通して行うことができる。こ の検証が可能である国には,筆者が継続的に 調査を行ってきたシンガポール,マレーシア をはじめ,インドネシアが挙げられる。この ほか,ベトナム,タイの美術教科書において も,エスニシティの顕在化,公認化が認めら

(7)

れるが,紙幅が限られるためにここでは扱わ ない。

3

.美術

教育内容

とエスニシティ

1

)アジアの美術教育とエスニシティ  インドの美術家であるシャクティ・マイラ によれば,アジアでは伝統的に美術の目的 は,生活における総合的・統合的な機能であ って,現在のような「アート」の制作ではな いと指摘する13)。西洋の美術概念では,精神 性の高い心象表現はファイン・アートとして 美術の本流に置かれ,実用機能を伴った応用 的な表現はクラフトとして区別される。マイ ラによれば,アジアの美術観はむしろ生活上 の機能を基盤とし,その美術はトランスミッ ション(伝承すること)とトランスフォーメ ーション(作り変えること)の双方の目的を もつとされる。つまり,美術は生活技術と価 値観を「伝承」しつつ,共同体の意識と感覚 を「作り変える」ものであるという。  さらにマイラは,西洋的・現代的な「美術 のための美術」という価値観やグローバリズ ムは,美術を生活の文脈から引き離し,教育 にも影響を及ぼすと指摘する。美術教育で重 視されているような個人の自己表現を通し た「子どもの発達」は,互助的な「社会の発 達」の価値を相対的に減じさせたという。 アジアの美術教育は「現代性」と「土着の伝 統」の二つの価値観の狭間にあり,テクノロ ジーが進展して現代性だけが強調されれば, 学校の教育課程からアジアの伝統的な美術教 育が追い出されてしまう危険性をマイラは説 く。  ファイン・アートとしての美術は西洋由来 の概念であるから,アジアに既存のものでは なく,交易や交流,あるいは植民地支配を通 して移植された文化概念である。したがっ て,アジアの造形文化としては,生活や宗教 儀式等に関係した工芸,建築,装飾,図像な どが,ファイン・アートと対比的に意識され ることになる。  もちろん,西洋美術の受容によって多くの アジアの人々がこれを学び,アジアにおける 美術文化が展開している。現代において,西 洋美術を基盤とした価値観は,西洋的という よりもむしろ世界の標準的な価値の基盤とな っている。西洋音階が世界の音楽の標準とな っていることとよく似た状況である。マイラ の指摘は,世界的で標準的な美術の一方で, 生活意識に根差した「土着の美術」,すなわ ちエスニックな造形文化を教育内容として意 識することの重要性を伝えている。  さて,アジアの美術教育の実施状況は,各 国の学校教育制度,教育課程,就学状況等に よって様々である。国家的なカリキュラムに 美術が位置づけられ,教育内容の中にエスニ ックな造形文化が示されていたり,それに準 拠した教科書等で具体的な事例や題材例とし て示されていたりする国や地域では,すで に顕在化及び公認化の形態によってエスニシ ティの可視化を一定程度実現しているといえ る。  ただし,多民族国家において,複数のエス ニシティを公的な教育内容としてどのような バランスで扱うか,ということは極めて重 要な問題である。多民族国家におけるエス ニシティと統治には,いくつかのパターン がある14)。住民の民族構成比がある程度均 衡している場合は互いに配慮した「均衡多元 型」と呼ばれ,インドネシアなどがこれに あたる。多数派の民族が少数派に対して優位 性を示す場合は「中央−周辺型」となる。マ レーシアは原則的には「均衡多元型」なのだ が,マレー人優遇政策の実態から,文化的に は「中央−周辺型」とも解釈できる。華人が 多数派を占めるシンガポールは,実質的には 「中央−周辺型」だが,政策上の理由で民族 の平等の原則をもつ特異なパターンの国であ る。

(8)

2

)均衡多元型の美術教育  インドネシアでは,

300

もの民族から構成 される約

2

6

千万の人々が暮らしている ため,「多様性の中の統一」が国是となって いる。小学校では「文化芸術と技術」,中学 校では「文化芸術」という教科において,音 楽,舞踊,演劇などとともに美術が位置づけ られている15)  教科書16) を見ると,小学校中学年以降で は国内の様々な民族の造形文化が紹介されて いる。例えば小学校

3

年の教科書では,「装 飾的な図柄」という題材において,インドネ シア独特のバティック(ろうけつ染め)の模 様,多種の民族の建築物や伝統衣装が示され ている。小学校

4

年では「郷土の文化を知 る」という単元が設定され,建築,染織,各 種工芸の他,絵画や各種装飾芸術が紹介され ている。これらを通して,児童たちはそれぞ れのエスニシティの存在を認識する。高学年 になると,バティックの種類や制作工程が詳 細に解説されている。  中学校の教科書ではこの傾向が一層強くな り,より高度な内容が設定されている。ま た,インドネシアの先駆的な画家であるアフ ァンディ(

Affandi

)をはじめ,代表的な作 家や作品が紹介されている。  教科書には「郷土」を表す言葉として,イ ンドネシアの国土の特徴である「島嶼」を 意味する「ヌサンタラ(

nusantara

)」が多用 される。つまり,「自国」の造形文化ではな く,「地元」の造形として多様なエスニシテ ィを含めて教育内容としているのである。エ スニシティの統合体は,国家という統治機構 ではなく,自分たちの土地に収れんされてい く,という考えであろう。  他方,西洋絵画や美術の紹介は抑制的であ る。教科全体として,美術はもとより音楽で は民族楽器,舞踊や演劇では民族舞踊や芸能 などのエスニックな文化を強調し,自分たち の文化的なアイデンティの可視化に配慮して いることは明らかである。  インドネシアは国土の東端と西端の距離 が,アメリカの東海岸と西海岸間よりも長 い。教科書の標準性や普及率には問題があろ うが,この大きな国において,多種の民族の 存在と文化を知らしめるには,教科書等よる エスニシティの顕在化と公認化は有効に作用 していると考えられる。

3

)中央−周辺型の美術教育  マレーシアの人口は約

3,200

万人であり, 住民の構成比は,マレー系(約

67

%),中国 系(約

25

%),インド系(約

7

%)である。 激しい民族対立の時代があったため,多様性 に対して原則的に寛容な立場をとっており, その意味では均衡多元型である。しかし,美 術教育においてはマレー文化を中心とし,中 国系やインド系の文化は否定されないまでも 実質的には等閑視されている点で,中央−周 辺型といえる。その背景には,多数派のマレ ー系が政治の実権を掌握し,社会の様々な面 でマレー系を優遇するブミ・プトラ(土地っ 子)政策がある。  これによって,マレーシアの中心的なエ スニシティはマレー系とされ,マレー語と マレー文化の優越性が示される。美術教育 は,小学校と中学校において「視覚芸術教育 (

Pendidikan Seni Visual

)」として実施されて いる。教育内容は統一カリキュラムで大綱的 に示されており,作品制作と鑑賞の双方に伝 統的な文化やマレーシアの美術文化への言及 がある。  教科書は刊行されていないため,伝統的な 工芸やマレーシア独特の題材を視覚的に教師 や児童生徒に伝える公的な媒体はない。ただ し,数種類の学習参考書は刊行されており, 具体的な題材の立案と実施については,こう した参考図書のほか,学校において慣例的に 扱われてきた題材を踏襲しながら行われてい ると考えられる。バティック,アニャマン (伝統的な植物の編み物),木彫などは,いわ

(9)

ば定番の題材になっている。  したがって,マレーシアの美術教育におけ るエスニシティの可視化は,エスニシティの 多様性ではなくマレー文化への統合を目的と しており,その形態は教育現場での慣例的な 題材立案と実施を通した顕在化,教育省によ るカリキュラムを通した公認化の形態をとっ ている。  マレー系のエスニシティの優越性を前提と した美術教育カリキュラムにおいては,必然 的に中国及びインド系のエスニシティは軽視 される。中学校用の参考書を見ても,これら のエスニシティに特徴的な造形文化の紹介は 皆無であった17)。マレー半島における近代西 洋美術の発展に功績を残した作家の多くは中 国系であった。彼らは,マレーシア美術史に おける先駆的作家として取り上げられるが, 彼らの油彩画は紹介されても,中国画や書な どの作品が紙面に登場することはない。

4

)特殊なシンガポール型の美術教育  シンガポールの定住者の人口は約

400

万 人であり,住民の構成比は,中国系(約

74

%),マレー系(約

13

%),インド系(約

9

%)である。マレーシアでは少数派だった中 国系は,ここでは逆転して多数派となる。こ の多数派の違いによる民族間の不和が,マレ ーシアから分離独立したシンガポール建国の 背景となっている。  実質的な華人社会でありながら,政府は民 族の平等の原則を堅持して,「均衡多元型」 の多文化社会を標榜する。周囲のマレー文化 圏に配慮しつつ,民族対立を避けて内政を安 定させ,経済効率を高めて国の存続を図るた めである。シンガポールは強い政府による管 理社会でもあり,国家の存続のためにエスニ シティとその均衡も管理されている。  美術教育は,小学校及び中学校で「美術 (

Art

)」として実施されている。教育省が示 した近年のカリキュラムでは,視覚リテラシ ーの獲得が重視され,エスニシティはそれほ ど強調されているわけではない。ただし,教 科書にはそれぞれのエスニシティに基づく造 形文化が伝統的な生活と美術との関わりとい う文脈で紹介されている。  シンガポールは

1980

年代から美術教育カ リキュラムを抜本的に改変し,美術教科書編 成に着手した。当時のカリキュラムや教科書 は,三つのエスニシティが強く意識され,水 墨画,書などの中国系,バティックやアニャ マンなどのマレー文化,ヒンドゥーの伝統的 な装飾文様などの題材が数多く提示されてい る。多くの題材は,学校現場の協力を得て収 集したものであるというから18),シンガポー ルにおけるエスニシティの可視化は,学校教 員による顕在化,教育省によるカリキュラム 及び教科書を通じた公認化,さらに学校での 実践を通した標準化の形態を経ていたといえ る。  

1990

年代後半まで美術教育のカリキュラ ムと教科書の特徴をなしていたエスニックな 題材は,今世紀になってからは抑制気味とな った。エスニシティを超えたシンガポール人 としての価値観の創造が一層重視されるよう になったためと考えられる。

4

エスニシティから

自国

美術

1

)エスニシティの可視化と国民統合  前述のように,多民族・多文化社会の美術 教育には,エスニシティを教育内容として 「可視化」していく機能を確認することがで きた。その可視化の形態は,段階に応じて顕 在化,公認化,標準化の三形態を想定した。 それぞれ,学校や教師のレベルでの個別的な 可視化,行政機関がカリキュラムや教科書と して認める広域的な可視化,さらに教育を通 して世代を超えた意識を形成する継時的な可 視化を想定している。  他方,これらの形態は,多民族・多文化国 家におけるエスニシティと統治の関係によっ

(10)

て異なってくる。前章では,インドネシア, マレーシア,シンガポールにおける三つの類 型を考察した。国内の複数のエスニシティへ の対応は,それぞれの国で異なるが,「エス ニシティの可視化」の延長上に求められてい るものは,国民としての帰属意識の形成に他 ならない。すなわち,エスニシティの可視化 の最終目標は,多民族・多文化国家の国民統 合と考えられる。  前述したとおり,第二次世界大戦後に独立 したアジアの多くの国は,国民国家の樹立を 目指して植民地統治からの解放を実現した。 しかし,植民地時代の国境線を受け継ぎ,多 民族社会を内包するこれらの国は,国民国家 としては擬態だという。したがって,何らか の論理を用いて,住民は「国民」として創出 される必要があったのである。同じように, 自分たちの造形文化を美術として位置づける ことで,自国の美術に対する共通の文化的価 値観の創出が目指されている。  ただし,これは非常に難しい課題である。 多民族国家における国民統合の達成は,いつ の時代にあってもいわば未完の課題である。 なぜなら,エスニシティはその時々の人々の 共同体意識に支えられており,変わり得るこ とを前提にしているからである。

2

)教科書に見られる「自国の美術」の意識  ある国(あるいは地域)の美術は,そこに 属する人々の美術活動や生み出された作品の 総体として捉えられるが,それだけではその 国や地域の美術文化としては意識されない。 美術活動や作品を美術文化として位置づけ, 了解されるための過程が必要になるからであ る。すなわち,美術文化の創出には,表現を 生み出す者と,表現物を美術として享受して 伝承する者の双方を必要とする。  もともと美術概念がなかったアジアにおい て,教育は美術文化の普及に大きく貢献し た。西洋美術を教える美術学校は,その国の 先駆的な美術作家を輩出し,美術の発展に大 きな影響を与えた。他方,小学校や中学校の 美術教育は,美術表現を享受する側の基本的 な意識形成に貢献していた。すなわち,専門 教育と普通教育の双方の美術教育によって, その国の美術文化が形作られてきたといえ る。この意味において,普通教育としての美 術教育は,既存の美術表現を教育内容として いわば「消費」する存在ではなく,多様な表 現をその国や地域の美術として位置づけ,美 術文化を「創出」する主体でもある。  美術文化の「創出」とは,具体的には,エ スニシティの可視化によって意識化された自 分たちの造形文化を,自分たちの美術として 位置づけることである。多様な民族の伝統的 な造形文化はもちろんであるが,「自国の美 術」の創出のためには,西洋美術を学んだ自 国の人々による表現も含めて,俯瞰的に把握 する必要がある。  国という圏域内で展開する造形文化,美術 文化が,「自国の美術史」として記述される ことは大きな意味をもち,この点で美術教科 書の果たす役割は大きい。教育省などの公的 機関の承認を受けた教科書における記述内容 は,いわば自国の美術の「正史」としてみな されるからである。  前述したインドネシアの教科書では,中学 校第

1

学年の「文化」という単元で国内の 文化全般を紹介し,「応用美術」という単元 で国内の伝統文化をかなりの紙幅を割いて 紹介している。第

3

学年では「地域美術」, 「郷土と外国の美術」などの単元で,自国の 美術文化の多様性や,美術史を解説してい る。美術史に関しては,ロマン主義,自然主 義,写実主義,超現実主義,印象主義,表現 主義,立体主義などの主要な近現代西洋美術 の代表作が示され,解説されている。興味深 いのは,ゴヤやコンスタブル,セザンヌやゴ ッホなどの作品の横に,同じ表現形式の特徴 をもつスドジョジョノ(

Sudjojono

)やアフ ァンディ,といった自国作家の作品が掲載さ

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れていることである。無論,同時期の作品と してではなく,西洋美術の表現様式を踏襲し た自国作家の作品として掲載されている。こ こには,西洋美術の展開過程が,アジアにお いて遅れて再現されているという構図を見て 取ることができるが,インドネシアの近現代 美術を自国の美術史として記述することの困 難さの現れともいえる。  マレーシアの統一カリキュラムでは,自国 の美術文化について言及しているが,前述の 通り教科書はなく,参考図書で触れられる程 度である。現状では,自国の美術文化を学校 教育を通して広く伝達する媒体がない状態で ある。  ところで,マレーシアは同じイギリス領マ ラヤであったシンガポールと,近現代美術 を共有する。シンガポールの

1980

年代から

1990

年代にかけての中学校教科書では,戦 前から現代までの主要な作家の経歴,作品な どが詳細に解説され,「自国の美術史」が教 育内容として明確に示されていた。  現在のシンガポールの中学校教科書19) は,通史的な解説はないものの,美術と生活 の関わりを通して,自国の歴史と美術を重 ね合わせるような工夫が施されている。例 えば,最終第

6

課「美術と人々」は,「私た ちの歴史」,「私たちの環境」,「私たちの伝 統」,「私たちの国」,「美術の明日」という単 元から構成されている。そして,これらの振 り返りとして「第

6

課では,社会を形づく る歴史,環境,伝統,ナショナル・アイデン ティティなどの様々な側面が,いかに美術に 影響するかを見てきました。私たちはまた, 現代美術が,現代のライフスタイルから発想 されてきたことを考えてきました。」20) と締 めくくられている。  ここには,美術文化を自分たちの歴史や環 境,伝統,国という文脈で解釈し,未来の社 会と美術との関係を展望する編集意図が認め られる。

3

)結論と課題  本稿では,多民族・多文化社会における美 術教育の特徴的な機能として,「エスニシテ ィの可視化」と「自国の美術の創出」という モデルを想定し,アジアの事例としてインド ネシア,マレーシア,シンガポールの美術教 育を踏まえながら考察してきた。  エスニシティの可視化については,それぞ れの国において,様々な形態をとりながら, 多文化社会における美術教育の機能として作 用していることを確認することができた。本 稿では,可視化の形態について,「顕在化」, 「公認化」,「標準化」という段階的な形態を 想定した。これによって,エスニシティの可 視化が,その社会の中でどれくらいの広がり をもって認識されているのかを捉えることが できた。  なかでも,公認化の実態は,エスニシティ の多様性に対する当該国の政策態度によって 相当な違いが生じている。複数のエスニシテ ィの美術文化の均衡に配慮するか,特定のエ スニシティの美術文化を優先するかによっ て,教育内容として取り上げる美術文化が大 きく変わる。そのことは,マレー文化を優先 するマレーシアと,民族平等の原則を掲げる シンガポールや多様性の中の統一を目指すイ ンドネシアの美術教育の違いとして現れてい た。しかしながら,美術教育を通して児童生 徒の文化的な価値観を育成する,という志向 性は三国とも同じである。  多くの多民族・多文化国家では,エスニシ ティの多様性に対して多文化主義に立ちなが らも,国家への帰属意識,国民としてのアイ デンティティをいかに形成していくかという 国民統合が常に模索されている。したがっ て,美術教育によるエスニシティの可視化の 延長上には,エスニシティを超えた自国の美 術文化に対する共通意識の形成が期待されて いる。  ただし,「自国の美術」をどのように捉え

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るかという問題は,エスニシティを超えて共 有できる文化的価値観とは何かということと 同義であるから,それ自体が非常に難しい問 題である。マレーシアの事例は,政策的にマ レー文化を自国の文化とした例だが,実際の 美術史や美術活動の実態と食い違いを生じさ せることもあろう。つまり,中国系やインド 系住民の美術文化が軽視されるということで ある。他方,多様なエスニシティを等価に扱 ったとしても,それを包括する統合的な美術 の価値観が予定調和的に生まれることもな い。したがって,「自国の美術」の創出は目 指されているものの,その実現は未完の状態 にあり,今後さらに時間を要すると考えられ る。  以上を本稿の結論とするが,現時点で以下 のようないくつかの課題を認識している。  第一に,アジアの美術教育を俯瞰的に捉え ることの難しさが挙げられる。本稿では,主 として東南アジアを対象として,エスニシテ ィと美術教育の関係を「可視化」というモデ ルを通して説明するために,インドネシア, マレーシア,シンガポールという三国の事例 を挙げたが,アジアの共通性を導くために は,さらに事例を示す必要がある。現時点で は,タイ,ベトナムの教科書や教育事例から 同様の傾向を一定程度確認しているが,本稿 には含めていない。  第二に,エスニックな造形文化を美術教育 の内容とする場合の具体的な方法について言 及していない点である。伝統的な工芸を追体 験するのか,地域に特有なモチーフを描くの か,あるいは鑑賞の対象とするのか,具体的 な教材化の方法については,事例研究を通し て,一定の類型化が可能であると考えてい る。  さて,本稿ではアジアを事例としている が,多民族・多文化社会は,世界的な視野で 見ると常態である。異なる文化的価値観をも つ人々が,共通の生活圏域で,自他の文化を 尊重しながら暮らしていくことが,当たり前 のこととして求められている。日本ではエス ニシティの多様性の幅が広いとは言えず,こ れまで多文化社会の実態とその課題を意識し にくい状況であった。  しかし,今後一層,社会がグローバル化す ることが予想され,これに対応する教育が求 められている。多文化社会における自他の文 化的な背景を理解し,その違いとともに共通 的な価値観を模索する意識が必要になる。そ うした意識の形成に対して,視覚的・触覚的 な造形文化,美術文化を内容とする美術教育 が果たす役割は大きく,アジアにおけるモデ ルから日本の美術教育が得られる示唆は大き なものとなろう。 1)綾部恒雄『現代世界とエスニシティ』弘文堂,1993, p.30. 2)東南アジア諸国の中で,植民地支配を受けなかったタイ 王国は除く。 3)福田隆眞『アジアにおける視覚言語による美術教育の展 開』,山口大学大学院東アジア研究科博士論文,2012. 佐々木宰「シンガポールの美術教育における国民統合」 『美術教育学研究』第49号,大学美術教育学会,2017, pp.177-184. 4)金田卓也「美術教育と異文化理解教育」『美術教育学: 美術科教育学会誌』第13号,1991,pp.229-239. 5)箕輪佳奈恵「多文化美術教育をめぐる今日的課題:文化 学習としての機能を中心に」『芸術研究報』第38号,筑 波大学芸術系,2018,pp. 1 -10. 6) 吉荒夕記『美術館とナショナル・アイデンティティ ー』,玉川大学出版部,2014.

7) Meleisa, E. (ed.), Educating for Creativity: Bringing the Arts and Culture into Asian Education, UNESCO, 2005.

8) なお,本稿の標題では多民族をmulti-racialと英訳し, 民族にあたる語にraceを当てている。ただし,raceには 人種という意味合いが強く,multi-ethinicと表現されこ とも多い。 9)綾部恒雄『現代世界とエスニシティ』弘文堂,1993, p.ii. 10) 例えばアンダーソンは,近代以前の共同体として宗 教共同体と王国を挙げ,これに対して近代の国家とい う共同体意識を「想像」の産物であるとする(ベネディ クト・アンダーソン,白石隆・白石さや(訳)『想像の 共同体』,書籍工房早山,2007)。共同体を支える共通

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意識は多様に解釈できるし,それに基づくエスニシティ も同様である。東南アジアのエスニシティと国家の関係 は,いわば前近代と近代以降の共同体意識の関係でもあ り,いずれの国においても予定調和的には解決されない 内政上の課題となっている。 11) アントニー・D・スミス『ナショナリズムとは何か』 筑摩書房,2018,pp.80-83. 12) 綾部恒雄『現代世界とエスニシティ』弘文堂,1993.

13) Maira, Shakti., An Asian Vision of Arts in Education: Learning Through The Arts, Meleisea, E. (ed.), Educating for Creativity: Bringing the Arts and Culture into Asian Education, Bangkok: UNESCO, 2005.

14) 村田翼夫『東南アジア諸国の国民統合と教育』東信

堂,2001.

15) 小学校の教科名はSeni Budaya dan Keterampilanであ り,美術,音楽,舞踊,技術から構成される。中学校の 教科名はSeni Budayaであり,美術,音楽,舞踊,演劇 から構成される。

16) 小学校の教科書は,Tim Bina Kary Guru, Seni Budaya dan Keteramplilan: untuk Sekolah Dasar, Jakarta: Penerbit Erlanga, 2007.の 1 年(Kelas I)から 6 年(Kelas VI)

までの 6 冊を参照した。中学校の教科書は,Tim Adbi

Guru, Seni Budaya untuk SMP, Jakarta:Penerbit Erlanga, 2007.の 1 年(Kelas VII)から 3 年(Kelas IX)を参照 した。

17) 参考書は,Mat Aris Suradi., Syed Rukaidar Syed Isa Al-Idroes., Raja Baharudin Raja Husain., Galeri Pendidikan Seni Visual, Malaysia:Pan Adsia Publications, 2011.の第

1 巻から第 3 巻を参照した。

18) 当時の美術教育カリキュラム及び教科書編纂の責任者

であったヌイ・ジミー・キムチュー(Ngui Jimmy Kim

Choo)との面談調査による。ヌイは,中国系,マレー

系,インド系と旧宗主国のイギリスの文化のバランスを 強く意識し,その題材化に苦心したと語っている。面談 は2017年12月13日にシンガポールで行われた。 19) Moo, Joash., Lee, Frank., Art in Life: Lower Secondary,

Pearson Education South Asia, 2009.

20) Moo, Joash., Lee, Frank., 2009, p.167. 原文は英語で あり,筆者が和訳した。 〈付記〉本稿は,平成30年 3 月30日に美術科教育学会滋賀 大会において筆者が発表した「アジアの多文化社会におけ る美術教育の役割−エスニシティの可視化」の内容を基 に,新たな観点と具体的な事例を踏まえて執筆したもので ある。 〈謝辞〉本研究はJSPS科研費JP15K04391の助成を受けた ものです。また,本研究の調査にあたり,元シンガポール 教育省カリキュラム開発研究所美術工芸プロジェクトチー ム長であるヌイ・ジミー・キムチュー氏と奥様,さらにご 子息のヌイ・マシュー氏に多大な協力をいただいていま す。また,国立ギャラリー・シンガポールの学芸員メリン ダ・スサント氏にも協力をいただいています。改めて感謝 申し上げます。

〈Acknowledgement〉I wish to express my gratitude to Mr. Jimmy Ngui Kim Choo and his wife for valuable information, Mr. Matthew Ngui and Ms. Melinda Susanto for kindly help. This research was supported by a grant from JSPS KAKENHI Grant Number JP15K04391.

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