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キャリア教育における「非就労」への「まなざし」 : キャリアテキストの分析を手がかりにして

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Academic year: 2021

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(1)キャリア教育における「非就労」への「まなざし」. 27. キャリア教育における「非就労」への「まなざし」 ‐キャリアテキストの分析を手がかりにして‐ 学校教育講座 新谷 康浩 1. 課題. 「就労支援による若者の社会参加」を支 現在わが国ですすめられているキャリア教育は、 援しようというモデル(宮本 2004)と共通性がある。社会的包摂をおこなう際には、大別 してベーシックインカムとワークフェアの2つの方向性がある。前者は就労の有無にかか わらず生活に必要な最低限の所得保障を行おうとする立場であり、後者は所得保障のため に就労を条件とする立場である。しかし児美川(2010)が指摘したように、就労を社会参 加の条件とするとらえ方は、自己責任論と結びつくことで、規範的な社会的包摂につなが っている。このような就労すべきという「まなざし」は、これまで労働市場から排除され ていた人々に対しても向けられている。たとえば女性・障害者など、これまで労働市場か ら排除されてきた者に対しても「就労すべき」という「まなざし」が生じている(新谷 2005、 2006、眞鍋 2007、2008) 。そのため主たる生計維持者の就労だけでなく、あらゆる人が就 労することがノルマになってきているといえる。女性の就業機会拡大も、結果として女性 自身の就労を規範化させた(眞鍋 2007) 。 さらに、就労へのコミットメントは、正社員のみならず非正社員にも強く求められるよ うになってきている。たとえば基幹パート化によって、これまでは限定的な就労にとどま っていたパート労働者が、正社員なみの就労へのコミットメントを求められるようになっ ている(本田 2007) 。若年者でも、コンビニのアルバイトにあるように小さな報酬に仕向 けられた労働規範の強化が見られる(居郷 2007) 。 このように、ワークフェアを志向する捉え方が強まっているが、その場合の就労は限定 的なものではなく、雇用形態の如何にかかわらず強固に就労ノルマを果たすべきという捉 え方になっているように見受けられる。このことはフリーターに対するイメージからも把 握できる。たとえば社会経済生産性本部の新入社員意識調査によると、フリーターに対し て負のイメージをもつ割合が高まっている。 ワークフェアは社会的包摂のひとつの方向性ではあるが、ワークフェアにより社会的包 摂を目指す教育は、それを享受できない者に対して新たなカテゴリーによって排除する可 能性がある。その点からみると、現在のキャリア教育は、正社員を標準モデルとした既存 の雇用労働の在り方に依拠している(新谷 2010) 。そのため、キャリア教育は「非就労者」 にスティグマを付与し、排除している可能性がある。なお、本稿で扱う「非就労」とは、 正規雇用以外の多様な就労のかたちを含む広義の意味で用いる(1)。 とはいえ、キャリア教育が単独で「非就労」へのスティグマをつくっているのか、ある いは正社員への移行装置であった学校教育そのものの特質がキャリア教育にも反映されて いるのかを区別する必要がある。後者であれば、キャリア教育が「非就労」へのスティグ マを作っていたのではなく、我が国の学校教育システム自体のもつ標準モデルとの整合性 が、それ以外の生き方にレッテルを貼っていることになる。 これを峻別するために、本稿ではキャリア教育のテキストを分析することで、キャリア 1.

(2) 新谷 康浩. 28. 教育自体がもつ「非就労」への「まなざし」を浮き彫りにする。なお、ここでは探索的に キャリア教育における「まなざし」を探るため、使用するテキストは事例研究として扱う ことになる。 2. 分析方法と使用するテキスト まず使用するテキストの構造を把握する。その構造の中で「非就労」が扱われている部. 分を全体の中に位置づける。その後で「非就労」の扱いの内容を分析する。 今回分析する資料は以下の 5 冊である。 ①『キャリア教育概説』日本キャリア教育学会編 東洋館出版社. 2008 年. ②『キャリアのみかた』阿部正浩・松繁寿和編 有斐閣 2010 年 ③『学生のためのキャリアデザイン入門』渡辺峻・伊藤健市編著 中央経済社 2010 年 ④『大学生のためのキャリア講義』山本直人 インデックスコミュニケーションズ 2007 年 ⑤『大学生のためのキャリアガイドブック』寿山泰二他著 北大路書房 2009 年 これらの 5 冊は、著者の立場がそれぞれ異なる。①はキャリア教育学会の会員による共 著である。②は経済学者を中心とした共著である。③は研究者、社会人、大学職員などに よる共著である。④は大学で非常勤を担当している社会人の単著である。⑤は経済学・心 理学の研究者と社会人による共著である。このような立場の違いがテキストとしてその構 造や内容に違いを持っている可能性がある。それらを比較することで、キャリア教育全体 が保持している価値と、特定のキャリア教育のみが持っている価値を分けることが出来る のではないだろうか。 3. テキストの構造 ここで採り上げる各テキストの構造を確認しよう。まず①『キャリア教育概説』の章構. 成は以下のとおりである。 Ⅰキャリア教育の理念と性格 Ⅱ進路指導からキャリア教育へ(キャリア教育の歴史) Ⅲキャリアの基礎的理論 Ⅳ最近のキャリアの理論 Ⅴ・Ⅵキャリア教育の展開(各学校種におけるキャリア教育の実践) Ⅶフリーター・ニートと若年者のキャリア形成支援 Ⅷキャリア・カウンセリング Ⅸキャリア教育における教材・ツールの活用 Ⅹキャリア教育における評価 ⅩⅠ諸外国におけるキャリア教育の動向 ⅩⅡキャリア教育の課題と展望 この章立てにみるように、キャリア教育の基本的項目が網羅されている。その中でフ リーター・ニートを扱うⅦ章は他の章のようにキャリア教育の概要に含まれる項目とは言 いがたい。この章ではフリーター・ニートの支援策として若年不安定就労者対策として行 われてきた各省庁の取り組みについて紹介している。しかしキャリア教育の取り組みとし て採り上げられている項目が若年者の不安定就労問題対策であるならば、本来的にキャリ 2.

(3) キャリア教育における「非就労」への「まなざし」. 29. ア教育の本質としている個々人のキャリア形成に必要な意欲・態度・能力形成というもの ではなく、結果として進路指導が行ってしまっていた出口指導に近いものになってしまっ ている。本来的なキャリア教育にもとづいてフリーター・ニート問題にどのようにつなげ るのかを考察できないことが、現状のキャリア教育であるのではないだろうか。つまり、 自律的に自らのキャリアを考えることが、フリーター・ニート問題の解決につながるのか について、キャリア教育は明示することが出来ないでいる。むしろ因果関係を逆に捉えて おり、フリーターやニートが増えたのは、若年者の職業観の涵養ができていないからであ るというように語ることで、キャリア教育の必要性を主張することにつなげているとみる こともできる。 次に②『キャリアのみかた』の章構成を確認する。 第 1 章 働き方の変化 第 2 章 キャリアデザイン 第 3 章 求職と求人 第 4 章 就職活動と大学教育 第 5 章 賃金格差 第 6 章 昇進と昇格 第 7 章 労働時間と休暇 第 8 章 福利厚生 第 9 章 ダイバーシティ 第 10 章 離職と転職 第 11 章 解雇と失業 第 12 章 定年退職 第 13 章 企業統治と従業員 第 14 章 さまざまなキャリア このように、労働経済学などでも扱われる項目が大多数である。 この著者の観点によると、キャリア・カウンセリングの視点から就活の正しい方法につ いて触れることも大事であるが、就活本に書かれていない点にも焦点をあてる必要がある という。労働の実態に注目すべきというスタンスにたっているといえよう。非正規雇用に ついては、1章「働き方の変化」の中で扱われている。労働経済学においては非正規化を 就業構造の変化とする捉え方が一般的であり、 このテキストでも同様の捉え方をしている。 また 14 章「さまざまなキャリア」でも芸術家などがとりあげられている。この章構成は① とは全く異なっている。キャリアデザインの章以外、ほとんど共通する部分はないといえ る。なお、キャリアデザインは、学生自身が自分のキャリアをデザインするというように、 学生主体による人生の設計を想定している。これは、①が、キャリア教育を与える側にた ってその教育の構造をとりあげようとしているのとは、視点が異なっている。 次に③『学生のためのキャリアデザイン入門』の章構成を採り上げる。 Lesson1 自分の生き方・働き方は自分でデザインしよう Lesson2 社会で働くための能力を見につけておこう Lesson3 社会での仕事のことをもっと知ろう Lesson4 さあ、就職活動を始めよう この章構成は②の内容に近い。キャリアは学生がデザインするものであるという捉え方 3.

(4) 新谷 康浩. 30. や、社会での仕事のことを知るという内容は重複する部分も多い。ただし、社会で働くた めの能力を身につけるべきという立場は、前二者には見られないものである。また最後に 就職活動に仕向ける方向性も明確である。 このように学生が自分自身で人生を切り開く手助けをしようと提案しているが、そのた めには「雇用される能力」を身につけるべきという観点に立っている。自分の生き方を自 分でデザインすること、社会で働くための能力を身につけること、社会の仕事について知 ることを受けて、就職活動へ誘っている。やはり旧来型の就職に結果的にいざなうことに なっている。自分について考えさせ、(企業)社会が自分に対して求めているものを身に つけるように要請し、社会での仕事について知ろうというが、それは会社に焦点をあてた ものになっている。このことから自主的な人間になるのではなく、企業に受け入れられや すい人になるべきという観点が強いといえよう。 次に④『大学生のためのキャリア講義』の章構成を採り上げる。 第Ⅰ部 「働く」の変化を考える 第 1 章 キャリアって何だ? 第 2 章 日本で働くって大変か? 第 3 章 働き方はどう変わる? 第 4 章 自分の戦略を立ててみる 第Ⅱ部 「働く」の意味を考える 第 5 章 どうして働くの? 第 6 章 やりたいこと、できること、儲かること、役立つこと 第 7 章 キャリアを巡る嘘とホント 第Ⅲ部 「自分」のことを考える 第 8 章 自分自身を知る 第 9 章 自分自身をつくる 第 10 章 自分自身を伝える 章立てにみる構造は、第Ⅰ部では、「働く」ことの変化を、日本的雇用の終焉と、競争 の継続と仕事の成熟化が進むことによって示している。第Ⅱ部では「働く」の意味が変化 したことを、第1部同様、日本でその意味が変化したとしている。分業が高度化している ために、若年者が就職先で最初に担当する仕事は「部分」の仕事になる可能性があると指 摘している。やりたいことを仕事にすることのむずかしさを挙げる一方で、「会社員の中 でもやりたい仕事がきっとあるはずだ」と会社員として働くことに目を向けたときにもや りたいことにつながる可能性を見出させようとしている。またやりたいことがなくても 「で きること」をやることに目を向けさせている。いずれにしても、会社員として働くことに 目を向けさせて、会社員として働くことを当然視させている。「働いて喜びを得る」こと が本当にできるのかどうか検討し、やりたくなかったことが好きになる可能性などを挙げ ることで、なぜ働くのかという答えとして、働くことが喜びを得ることにつながるからで あると主張している。働く喜びはできることによって役に立つことから得られる喜びであ るという。第Ⅲ部で自分自身に目を転じることで、就職活動での面接につなげようとして いる。これは暗黙のうちに、既存のモデルである就活につながる話になっている。「会社 員になる人が多いから」、また「喜びを得るのは役に立つことが喜びにつながることがあ るからだ」と語ることで、既存のモデルの捉えかたにつなげている。すなわちこれは、自 4.

(5) キャリア教育における「非就労」への「まなざし」. 31. 己実現しなくてもよいという既存モデルに依拠したものである。非正規などの働き方は、 日本的雇用からの変化の中で採りあげられている。このテキストは、②③でも採り上げら れている働くことの変化を前提にして、学生自身が会社で働く意味を見出させようとして いる。章構成の形式については、②③に類似しているが、著者個人の意見が強く出たもの であり、主張の根拠も主観的なものが多い。このような著者個人の働きかけの強さは、学 生自身がキャリアをデザインすべきという②③の主張とは異なっている。むしろ学生がキ ャリアをデザインすることは求めていないと捉えることもできるだろう。 次に⑤『大学生のためのキャリアガイドブック』の章構成を採り上げる。 第 1 章 初年次教育、 第 2 章 キャリア教育と大学教育 第3章 就職活動 第 4 章 女子学生のキャリアを考える 第 5 章 大学でキャリアの相談をする これは大学生の自立・自律を目的とした本であると語っているが、自立・自律と就職は つながるのかについては明示されていない。 最初に、大学で学ぶ目的を卒業後の進路を決定することだとして、大部分の学生が卒業 後に何らかの職業に就き、働かなくてはならないと主張するところから本文をはじめてい る。大学教育は、どこにも就職できずにいたり、自分の進路選択を決められなかったりし たら、大学教育は失敗であるとまで言っている。このように、この本では、就職以外の大 学の意味をほとんど評価していない。そのことを踏まえて学生中心のカリキュラムを作ろ うと主張している。これは、学生が自分の責任で就職に向けて大学の学びを作り上げるこ とを望ましいとしている。暗黙ではなく、明示的に就職に仕向けようとしている。 3章では卒業後に就職する意味・意義について触れている。そこでは、新卒就職が一つ のブランドとみられていると語っている。著者にとっては、新卒就職が主体的なキャリア 選択と単純につながっているように見受けられる。その理由として挙げられているのは、 新卒就職の採用後の育成が恵まれている点である。すなわち、新卒就職が新人研修で教育 指導を受けられる点や、キャリアをつくるのは企業におけるOJTであるが、それを受け られるのは新卒就職だけであり、その企業のキャリアをつむことが主体的なキャリアにつ ながるととらえている。このテキストは主張としては④に近く、既存の就職モデルへとい ざなおうとしているものである。②③で採り上げられた仕事の変化についてはほとんど扱 われていない。 4. 「非就労」の扱われ方 各テキストでの「非就労」の扱われ方について検討しよう。 まず①『キャリア教育概説』ではⅦ章フリーター・ニートと若年者のキャリア形成支援. でフリーターとニートが採り上げられている。フリーターの概念やフリーターが増加した 理由などの先行研究を紹介した上で、フリーターの実態から以下のような提案を示してい る。「フリーターに代表される非正規雇用労働は構造的に現在の若年労働市場に定着して いる。キャリア教育は、この現状を認識して『フリーターにならない』ことをめざすので はなく、労働形態にかかわらず社会の中で『生きていける』方策を探求・発見すること。 そしてそれを可能にする社会の再構築が求められているといえるのではないだろうか。 5.

(6) 新谷 康浩. 32. (p129)」 →これは、実際にはキャリア教育がフリーターにならない教育をさせていることを結果的 に示しているといえる。また「非就労」のカテゴリーについては、フリーター・ニートと いう捉え方であり、そのグラデーションを扱っているわけではない。どのような人がフリ ーターになりやすいかということに着目しているのはグラデーションに近い視点ではある が、多様性を反映できていない。 次に②『キャリアのみかた』を採り上げる。まず 1 章「働き方の変化」のなかで「増加 する非正規雇用」の節がある。そこでは非正社員増加の背景について、経済のグローバル 化や技術革新、経済のサービス化などが挙げられている。このような変化が非正規雇用者 を増加させ、それによって非正規雇用者が活用される機会が増える可能性が高いのではな いかと指摘している。 また 4 章「就職活動と大学教育」の中の「これからの大学教育」の節では、企業の採用 における非正社員の扱いに変化が見られることを指摘している。正社員の中途採用や基幹 的業務を担う非正社員や正社員へ登用する企業が増加していると紹介されている。これら から非正社員を積極的に評価する企業もあることを指摘している。 →このテキストでは、非正社員の増加を積極的に評価している。しかしマクロな経済的 巣趨勢から非正社員が増加していることを所与としているため、それを積極的に評価せざ るをえないのかもしれない。非正社員のグラデーションは想定されていない。 次に③『学生のためのキャリアデザイン入門』を採り上げる。 1章 「あなたはどんな大人になりたいですか」では、 「生きていくための勉強をしよう」 の節の中で、就職できない学生が増加し、不本意なフリーターが増加しているとし、雇用 される能力を身につけるべきと主張している。 「以前のように『ひとたび会社に就職したら、そこに定年まで勤める』と考える人が少な くなり、近年では『良い会社があったらいつでも転職する』という労働移動が当たり前の 考えになっています。また雇用形態も、正社員だけでなく、非正社員と多様化しています。 このような雇用環境の中では、就職を希望する皆さんが、自主的・自覚的に能力開発をし て『雇用されうる能力』を習得しなければなりません。そのように世の中が大きく変化し たことを理解せずに『なんとかなるだろう』 『なんとかしてくれるだろう』というノンキな 気持ちでいる限り、 『就職難』は解消できません。 (p5)」 →この主張に見るように、就職できないリスクを個人に転嫁している。 また「雇用以外の労働(自営、起業、職人など)」についても、そこで求められる最低限 の能力、基礎的な知識・技能がなければ働くことも出来ないと指摘している。これらの労 働は、これまでもこのような能力が必要であったため、雇用問題の変化という現在の問題 とは関係ない。すなわち、雇用において生じている求められる能力の変化と、通時的に求 められていた雇用以外の求められる能力を区別せずに両立させた主張を行っている。 →グラデーションの点から見た場合、 「雇用以外の労働」に目を向けているが、そこで想定 されているのは伝統的な職業の多様性にとどまっている。 2章「なぜ生き方・働き方のデザインが必要なのでしょうか」では、以下に示すように、 非正社員になることが雇い止めやワーキング・プアなどになるケースがあることを挙げる ことで、非正社員にならないように暗に働きかけを行っている。 「若いときは非正社員でよいと考える人も少なくないかもしれません。しかし多くの派遣 6.

(7) キャリア教育における「非就労」への「まなざし」. 33. 労働者が雇い止めによって職も住むところも失うということが起きました。また働いてい るにもかかわらず貧困に陥るワーキング・プアも問題となっています。もちろん、このよ うな問題が生まれないように政府が対策をうつことが必要なことは言うまでもありません。 しかしその一方で、皆さんも派遣や請負という働き方がどのようなものか、問題点は何か などをよく理解し、就活に際して労働条件もよく調査しなければなりません。 (p10) 」 →行間で正社員以外につくことを否定している。その一方で、16 章「会社での働き方は大 きく変わった」のように非正社員などの雇用を新しい働かせ方として捉えている。 次に④『大学生のためのキャリア講義』を採り上げる。 2章「日本で働くって大変か?」では以下のように著者が指摘している。 「 「全員が就職する」ことを前提にして講義するのはおかしいかもしれないが、今の世の 中で卒業したばかりの人が経済的に自立する場合、もっとも可能性の高い選択肢であるこ とは事実。 (p27) 」 「いまの大人、特に中高年は『年功序列』と『終身雇用』が当たり前だと思っていたから、 この一連の変化がショックだった、それで、マスコミなどを通じて騒ぐ。騒ぐと、不安が 広がっていって君たちの中にも、将来に対して過剰なまでに不安を持つ人が出てしまう。 (p36) 」 「人件費の安い非正規社員を増やすことへの批判も多い。たしかに正社員のような待遇で はなく、いざとなれば契約を解除すればいいのだから、働くほうは不安だと思う。ただし、 「正社員のほうが待遇がいい」という前提自体を誰も疑っていないほうがおかしいと思う。 (p41) 」 また5章「どうして働くの」では以下のように指摘している。 「別に働かない人を非難するつもりはない。社会に迷惑をかけずに生きてるなら、それ でもいいと思うけど、君たちには働いてもらいたい。 いろいろ話してきて最後に主観をいうのはどうかと思うけれど、なんだかんだ理屈ばかり 言って働いていない若者は、男も女も美しくない。もっともここでいう『働かない』とい うのは、何も生産性のあることをしていない、という意味なので専業主婦などを否定して いるわけではありません。 (p104)」 →社会変化は常識的理解 正社員が評価されている理由を探っているところは他のキャリアテキストには見られない。 すなわち正社員を絶対視していない点は独自の視点である。しかし働かない人を非難する つもりはないと言っているが、同時に働いてほしいという主張は強く打ち出している。ま た誰が働くかという点のグラデーションまでは踏み込んでいない。 次に⑤『大学生のためのキャリアガイドブック』を採り上げる。 1 章「大学で新たなキャリアをスタートする」のコラムでは、宇佐美が以下のように指 摘している。 「働くことが、もし、苦しく辛いことに思えたら、その仕事はあなたに生き甲斐と成長を 与えてくれる「天職」ではないのだと思います。またその仕事をすることで自分の欠点や いやな面が出てきてしまう仕事でしたら「転職」を考えるべきです。楽しく、しかも自分 のよい面を出すことができ、人間的に成長できる仕事でなくては、働く意味はありません。 (p32) 」 また 3 章「大学で身につけたキャリアを実践する」では寿山が以下のように指摘している。 7.

(8) 新谷 康浩. 34. 「就職することよりも大事なこと、 重要なこと、やるべきことが 4 年間で見つかったなら、 卒業後すぐに就職する必要はないかもしれません。 「就職」前の猶予期間は人によって違い ますが、いつかは就職をして自分の力で生活費を稼ぎ、家族も養っていかねばならない現 実とも向き合う必要があります。 大学を卒業した後の就職活動は、学生時代の就職活動とまったく違います。フリーター時 代のアルバイト経験は、キャリアとして履歴書に書くことはできず、就職活動は学生時代 と比べてずっと苦戦したものになるでしょう。新卒者で就職すること自体が1つのブラン ドと見られています。 (p89) 」 →働き、家庭をもつという標準的な生き方を求めている。 多様な生き方があるといいつつ、 それが難しいからということで否定している。このことから保守的価値をもっているとい えよう。その一方で、天職でなければ働く意味がないと主張している。このようにこの主 張はダブルバインドになっている。 4 章「女子学生のキャリアを考える」では柏木が以下のように指摘している。 「卒業後正社員にならずアルバイトを続けていくことは、不安定な生活を続けることにな ります。年齢を重ねるほど、しだいに条件は厳しくなり、今以上に苦労することが予想さ れます。こうした点から、大学卒業までの間に決してあきらめることなく最後まで就職活 動を継続しましょう。 (p143) 」 5. テキスト分析から見る考察 本稿で行った分析は試論であり、ケーススタディとして「非就労」への「まなざし」を. 探ろうとしたものである。データとして用いたテキストは 5 冊であるが、その中でもキャ リア教育の構造が異なっており、その中で扱われる「非就労」の位置づけも一元的なもの ではなかった。5 冊とも非正規雇用については扱っていたが、それに対する評価はテキス トによって異なっていた。非正規雇用を積極的に評価するものもある一方で、非正規雇用 の問題を挙げて正社員に仕向けようとするものもあった。このようにテキストの内容から 見ると、「非就労」への評価が分かれていることから、キャリア教育が単独で「非就労」 へのスティグマを作っているとは言い難い。とはいえ、既存モデルに強く仕向けようとす るスタンスのテキストもある。就活につなげようとする本の構成からみると、明示的であ るかどうかにかかわらず、キャリア本は既存の就職モデルに水路づけている。その中で、 非正規雇用は忌避すべきものとして位置付けられている。 また同一テキストの中でダブルバインドになっているものもある。キャリア教育の置か れた難しさなのかもしれない。多様な生き方の肯定と就活への水路付けを期待する学内の 立場も想像できる。これらの点から考えると、 「語り」として多様な生き方を肯定するもの もあるが、キャリア教育が学内で置かれた立場から、結果的に非正規雇用への批判的視点 を持たざるを得なくなっている可能性があるのではないか。それがダブルバインドにつな がっている可能性も否定できない。この事例研究をもとに、本稿で示したキャリア教育を ダブルバインドと捉えることの妥当性について検討していきたい。 なお、「非就労」のグラデーションにはいずれのテキストもほとんど踏み込んでいなか った。今後グラデーションを探る際には、テキスト以外の点から検討する必要があるので はないだろうか。. 8.

(9) キャリア教育における「非就労」への「まなざし」. 35. 表1 テキストの特徴. ① ② ③. デザイン の主体 教員 学生 学生. 学生の方向付 け 多様 多様 就活. 非正規 非正規でも生きていける方策を探ることが求められる 積極的に評価 不本意←雇用される能力を身につけるべき. ④ なし 就活 正社員を絶対視しているわけではないが就職してほしい ⑤ 企業 就活 天職でなければならないが就職がブランド 注 (1)「非就労」とは全く就労していないという意味にとられるかもしれないが、就労と 非就労の境界が不明確である以上、この境界線を問い直すために「非就労」という概念が 適切であるといえよう。この問い直しについては別稿をまちたい。. 引用文献 本田一成 2007『チェーンストアのパートタイマー』白桃書房 居郷至伸 2007「コンビニエンスストアー便利なシステムを下支えする擬似自営業者たち」 本田由紀編『若者の労働と生活世界』大月書店 77-112 児美川孝一郎 2010「若者自立・挑戦プラン以降の若者支援策の動向と課題」『日本労働研 究雑誌』№602 17-26 眞鍋倫子 2007「1990 年以降における女性の教育と職業の関係の変化」『教育学論集』49 集 87-102 眞鍋倫子 2008「子どもたちの将来像とジェンダー」『教育学論集』50 集 101-122 宮本みち子 2004『ポスト青年期と親子戦略』勁草書房 新谷康浩 2005「フリーター問題とモラトリアム青年」『現代のエスプリ』460 号 77-85 新谷康浩 2006「若年『無業者』の歴史社会学的研究」『季刊社会保障研究』42 巻 2 号 115 -125 新谷康浩 2010「キャリア教育とワークフェアに関する一考察」『横浜国立大学教育人間科 学部紀要Ⅰ教育科学』№12 97-103. 本稿は科研費基盤研究(C)「キャリア教育における非就労の位置づけに関する研究」(課 題番号 23531112)の成果の一部である。. 9.

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