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グローバル時代の学習者ニーズと教師の資質 : 中国大連における大学日本語教師を対象とした調査から

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グローバル時代の学習者ニーズと教師の資質

―中国大連における大学日本語教師を対象とした調査から―

辺 晴

キーワード

中国人日本語教師,教師の資質,グローバル時代,学習者ニーズ,教師養成

はじめに

グローバリゼーションに伴い,異なる言語や文化を背景とする人々とのコミュニケーション の機会が増え,その結果,第2言語・外国語教育の領域に質的な変化が起きている。海外の日 本語学習者の到達目標は,言語能力を中心とした知識の獲得から,言語使用を通した課題達 成・相互理解・交渉など多方向的で動的な言語運用能力の獲得へと大きく変わりつつある(国 際交流基2010,梅田2005,野田2009)。日本語教育の今後の発展には,学習者として認知面の 体験を共有する非母語話者日本語教師(以下,NNT)の果たす役割が重要性を増しており,彼 らに求められる資質についての実証的な調査は喫緊の課題と言える。先行研究において,NNT の重要性がしばしば言及されてきた(久保田2006,八田2009)が,実証的なデータによる検証 は少なく,考察結果から導かれた教師養成への具体的な提案はさらに少ない。 本研究はNNTが最多の中国に着目して, 学習者, 教師, 教育現場の管理職 (副院長) の3視点 から,グローバル時代のコミュニケーションの育成という新しい学習者ニーズに応えるために, 中国人日本語教師にはどのような資質が求められているかを明らかにすることを目的とする。

1.先行研究

これまで日本語教師に求められる資質に関する研究が数多く行われているが,代表的な先行 研究における対象者と資質構成について,下の表1にまとめた。 表1 日本語教師の資質に関する先行研究 研究者名 対象者 資質構成 横溝(2002) 一般日本語教師 専門性,人間性,自己教育力 伊東・松本(2005) 一般日本語教師 知識,人間性,専門性,自己教育力 説明責任能力,言語運用能力 縫部(2010) 初・中等教育機関の 日本語教師 思いやりのある態度,授業の実践の能力幅広い知識,明るい人間性 嶋田(2008) 日本語学校での日本語教師 日本語運用能力,実技能力,人間力 平畑(2009) 海外の日本人日本語教師 知識,人間性,教育能力,日本人性 コーディネート能力,国際感覚

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以上のように,日本語教師の資質についての研究は多いが,NNTの資質に関して,学習者, 教師,副院長3視点から総合的に分析・考察した研究はほとんどない。本研究は,多角的な視 座から,21世紀の新しい学習者ニーズに対応できる中国人日本語教師の資質を総合的に明らか にすることを目的とする。

2.調査概要

課題解明のために,2010年9月に次の3調査を実施した。 2.1 学習者調査 中国遼寧省大連市A大学の日本語学科の学習者386名にアンケート調査を実施した(有効デ ータ324名)。学習者の属性は表2に示す。中国では,9月が入学時期である。筆者のアンケー ト実施時(2010年9月),大学1年生は入学直後で,日本語の勉強を始めたばかりだったので, 本研究の調査対象者から除外した。また,本研究は顔他(2007)の質問紙(巻末資料Ⅰ参照)を 援用し,調査対象者は,各項目に関して,4件法で回答した。収集したデータは,SPSSによる 因子分析を行った。 表 2 学習者の属性 性別 男性99名,女性225名 年齢 10代17名,20代307名 学年 2年生196名,3年生61名,4年生67名 母語 北京語320名,朝鮮語3名,モンゴル語1名 2.2 NNT へのインタビュー 同校のNNT7名に1対1の半構造化インタビューを実施した。使用言語は中国語で,所要時 間は30分であった。NNTの属性は下の表3に示す。M2,M3とF1は中国の大学院で修士学位 を得た。そのうち,M2とM3は交換留学生として,日本のB大学院で1年間勉強したことがあ る。また,M2は,現在仕事をしながら博士課程で勉強している。F1は,教職歴4年目の時,日 本のC大学で1年間研修した。M1,F2,F3は日本で修士学位を得た。M1は日本のD大学で1 年間研修した。F3は,大学の時,交換留学生として日本のE大学で2年間勉強した。また北京 日本語研究センターの研修を受けたこともある。M4は日本で博士学位を得た。M1もF2も教 師になる前,日本で働いた経験がある。他の協力者は卒業後教師となった。文字化データに対 し,横溝(2002)が述べた日本語教師の資質(専門性・人間性・自己教育力)の観点を援用し分 析を行った。

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表 3 NNTの属性 協力者 性別 年齢 最終学歴 教師歴 日本留学経験 日本研修経験 M1 M 30代 修士 7年 2年 1年 M2 M 30代 修士 5年 1年 10日 M3 M 30代 修士 2年 1年 無 M4 M 30代 博士 2年 6年 無 F1 F 30代 修士 5年 無 1年 F2 F 30代 修士 5年 7年 無 F3 F 40代 修士 23年 4年 2年 2.3 副院長へのインタビュー 同校の日本語学院の副院長1名に中国語を使い,30分程度の半構造化インタビューを実施 した。インタビューの内容に対し,同様に横溝(2002)の観点を参考し,中国人日本語教師の 採用基準,職務を評価する基準,望ましい教師モデルを中心として分析した。

3.結果と考察

3.1 学習者調査 アンケート調査のデータに基づいて因子分析を行った結果,3因子(詳細は巻末資料Ⅱ参照) が抽出され,(1)学習者のニーズに対応できる指導力,(2)日本語教師としての言語能力と専 門性,(3)高学歴かつ教育経験,と命名した。 (1)学習者のニーズに対応できる指導力 a 課題達成能力の養成:現在,課題達成のための実践力を備えた日本語人材の社会的需要が 高くなっている。コミュニケーション能力と専門的な知識・技術を持つ応用型人材が育成でき るようにNNTの効果的な指導が求められる。 于(2010)は,中国社会の変化に伴い,求められる人材に変化が起こり,結果として,外国 語教育の目的,教育目標および教育方針なども変わってきていると指摘している。現代中国の 社会が求めている外国語人材の資質が大きく変わり,外国語能力を持つだけではなく,専門技 術も兼ね備えた「複合型人材注 (1)」に対する社会的需要が高くなっている。そのため,中国の大 学の日本語学科は,学生が日本語能力と専門的な知識・技能を持ち,応用力のある複合型人材 を育成することを図っている。今回の調査協力校も,「日本語+国際貿易」専攻,「日本語+観 光」専攻など,日本語学科内で,多様な専攻が設置されている。基礎となる日本語能力の習得 後は,専攻分野に特化した外国語教育が学習の重点に置かれている。たとえば,「日本語+国際 貿易」専攻の学生の場合,日本のビジネスマナー,日本企業の経営方式などの学術的知識を身 につけることが期待されている。そのため,教師は日本語運用能力の育成を力に入れると同時 に,学生の専攻内容に配慮しながら複合型人材を育てる必要があると考えられる。 b 教育段階による適切な指導力: 4年間の大学生活では,学生は学年により達成すべき目標

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(基礎学習,卒論の執筆など)が異なる。NNTは学生の各段階の目標達成にむけて,適切な指 導ができることが期待されている。 日本語専攻の大学生は,在学期間中に,多様な語学試験を受けることが義務づけられている。 今回調査協力を得た大学では,日本語教育専攻2年生は大学専攻日語四級注(2),3年生は日本語 能力試験一級,4年生は大学専攻日語八級注(3)を受験することが要求されている。現在,日本 語能力試験の資格証が就職,日本留学のいずれにも必要である。良い成績を取るために,教師 の適切な指導を受けることは学生にとって望ましいものである。協力学校の教師は,学生が試 験を準備する期間,過去問の練習をさせたり,疑問に答えたりといった,試験準備対策を通し て,受験指導を行う。このように,大学の4年間,各学年の学生の学習目標を認識しながら日 本語教育を行うことが教師に求められていることがわかる。 c 情意面に配慮した指導力: 日本語及び幅広い専門知識の難易度は高学年になるにつれて高 度になり,学習の難しさ,日本語能力試験の準備など,学習者の心理的な負担が重くなる。 NNTは学習者が抱える様々な問題に対して,自らの経験から適切な助言を与えることができ る。 中国の大学の日本語学科の1,2年生では,基礎日本語,聴解,会話など日本語の言語体系の 基礎的な指導が集中的に行われ,3年生からは翻訳,貿易,文学など専門に関する多様な科目 を受講するようになる。日本語,専門に関する幅広い知識の学習は高学年になるにつれて次第 に深くなり,学習の難しさ,受験準備など,学生たちの心理的な負担も重くなると考えられる。 その場合,同じ学習経験を持つNNTには,学習意欲の維持,学習上の困難点などについてのき めの細かいアドバイスや激励が望まれている。また,中国の大学生は寮で集団生活をしている。 異なる出身地や家庭背景や考え方をもつため,共同生活の中で,誤解や不満は避けられない場 合もある。学習者は青春期にあたり,勉強以外,たとえば,感情の悩みなどに対しても,相談 やアドバイスしてくれる人を求めていると考えられる。このようにNNTは教師であることに, 先輩および年上の友人という面も持つ,複合的な役割を担っていることが明らかになった。 (2)言語能力と専門性の高さ 現在,大学日本語教育の目標の一つは異文化間交流の促進である。NNTは〈熟達した日本語 使用者〉であると同時に〈理論と実践力を備えた教育専門家〉であることが強く求められてい る。中国の日本語教育の現場では,依然として教科書中心・教師主導で,言語知識の詰め込み を行っている。学習者は記憶ストラテジーの使用には熟達するが,言語の実際使用場面での課 題達成を可能にする補償ストラテジー,社会的ストラテジーおよび情意ストラテジーを身につ けていない。NNT に求められるのは,ストラテジー育成を盛り込んだタスク設計,多人数クラ スでの効果的な指導,リソース選択,評価法など,カリキュラム全体に及ぶ専門的な実践能力 であることが判明した。 言語能力について,中国における外国語教育では「聞く・話す・読む・書く」という4技能 の向上が掲げられている。大学の4年間でこの4技能を身に付けさせることは教師の基本的な 任務である。また,中国の大学における日本語教育は教科書内容を中心に,主に教室で行われ

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ているものである。日本語学習・習得は架空の環境での運用練習という形で行われているため, 教師が授業中に使用する日本語が学生の日本語習得の成否を決定づける大きな役割を担ってい る。学生はほとんど教師の日本語を基準として勉強している。A大学のように,初級の学習者 には媒介言語(学習者の母語や第2言語など)を少なめに使い,中上級の学習者には学習言語 を用いた直接教授法で授業を行うという授業形式を採用する大学が数多いため,日本語を正確 に,流暢に使えることが重視されていることがわかる。さらに,急速な労働力のグローバル化 に伴い,よりボーダレスな採用,就職への対応が,企業側にも労働側にも求められている(宋・ 浦坂2010)。その背景に,就職に対応できる日本運用能力を育成できることも教師に求められ る言語能力と強い関連があると考えられる。 専門性については,中国の大学の日本語学科の学生は,入学後に日本語を学び始めるのが一 般的である。母語文化,高校まで学んだ英語文化の知識を持って日本語の授業に臨んでくるが, 異なる文法体系,文化習慣などの相異はさまざまなカルチャー・ショックを起こすことが報告 されている。その場合,学生は教科書に載ってない日本の知識や文化などの指導をNNTに求 めていることがわかる。また,学生は大学の4年間で,早く自分の日本能力を高めるために,勉 強内容を授業で応用する機会を非常に期待している。ところが,協力を得たA大学のように, 中国の大学の日本語学科は,各クラスの人数が30 ∼ 40人であることは一般的である。そのた め,限られた教育環境の中で,授業時間内に,学習者の到達目標を実現できる効果的な指導力 がNNTに求められると考えられる。 (3)学位と指導経験 学習者は高学年になると,将来の進路(進学,留学,就職)について,NNTに相談する機会 が増える。その際,NNTは自らの学術研究の経験(修士・博士号の学位取得),留学経験,豊 富な指導経験などから,学習者に説得力のある助言を与えていることが明らかになった。 中国は学歴を重視する社会である。たとえば近年,中国の都市部の大学の教員は修士課程修 了以上の学歴が必要とされ,日本で修士や博士の学位を取得して帰国した教師が定着し始めて いるということが報告されている(国際交流基金2009)。また,大学教育のグローバル化は時 代の流れの中,現在,各国の高等教育機関では,留学生受け入れための様々なプログラムの開 発と実施に取り組んでおり,世界規模での留学生獲得の動きが活発化している。中日の大学間 の交流も重視されている。大学は学生にかなり多くの留学機会を提供している。A大学も「2+ 2」「3+1+2」注(4)など,日本の大学と多様な交流プログラムを行っている。このように,大 学時代,特に3,4年生になると,留学をはじめ,就職,進学など,将来の進路について積極的 に考える時期となる。日本語の言語体系の学習だけではなく,将来の進学・留学や仕事ための より幅広い日本語の指導を求めるため,教師の熟達した指導が求められることから,教育経験 が長いことも重視されると言えよう。 3.2 NNT へのインタビュー NNTへのインタビューデータを,「専門性」「人間性」「自己教育力」のカテゴリーに沿って分 析した結果は以下のとおりである。

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専門性:新しい言語教育は学習者のコミュニケーション能力や課題達成能力の育成を目指し ており,教授法,教材,教育活動などの領域に根本的な変革が求められている。従来の言語知 識偏重の教育や教授法では新しい学習者ニーズに応えることはできない。講義を中心とする授 業形態,教師主導型の指導法などが問い直されている。課題解決には,学習スタイルに合った 指導力,双方的のコミュニケーションを促す学習活動の設計,社会言語能力などの専門性を持 つNNTが望まれている。 「教科書が古く,面白くない。教科書通りを説明すれば,学生が聞きたくない。」(M4) 「学生 は教科書の日本語を学ぶだけではもう十分じゃないですよ。現在の日本の社会,経済,日本人 の思考,生活なども理解を深める必要がある。」(F2)現在,中国の大学で使われている教科書 は内容が古く,現在の日本の生活,文化,経済などが適切に反映されていないという欠点がよ く見られる。文型,文法に中心に構成されているため,実際の運用能力の養成を図ることは難 しい。また,協力者の発言によると,専門分野の内容に乏しく学生の関心が薄く,学習意欲を 引き出し,知識を活性化させる指導法に結びつかないことがわかる。「一つのクラスの学生数 が多いから,教授法などの選択は限られて,指導が難しいですね。」(M3)協力を得たA大学の 日本語学院において,各クラスの人数が30 ∼ 40人であることは一般的である。そのため,教 師は効果が高いと感じている活動を教室活動に採り入れたいと思いながらも,実際に教室でそ れを行う方法が分からなかったり,実施するための環境がなかったりして,難しいと感じると 言えよう。中国での高校までの言語教育(英語)における指導方法は主に伝統的な教師主導型 である。文法解説,語彙説明,練習という手法で行われ,文法能力の養成を中心に置いている。 教室内では文法説明・解析から入り,学生は教師によって説明された内容を写す。本調査の協 力者の回答から,このような指導法に問題意識をもつ人が多いことがわかる。これに対し,授 業をしながら教授法の活用を試して努力している協力者がいる。また,「授業内容に学生は興 味を持たなくて,コントロールしにくいです。これは学生のニーズをちゃんと把握していない 問題かな。」(M1)という協力者の発言から学生のニーズに対応したコース設計の重要性がわか る。この点に関して,水内・李(2006)も,現在の日本語教育を推進していくにあたっては,あ らゆる日本語学習者を一括して同種の教育対象として捉えるのではなく,学習者の属性や多様 なニーズに対応して個別的に教育内容・方法の開発・利用を進めていくことが強く求められて いると述べている。 人間性:まず,学習者との双方的な人間関係の構築である。学習者の提案や考えを取り上げ, 授業の形式・難易度を調整し,学習者のニーズに合わせて適切な指導ができ,学習意欲を高め ることができる。次に,同僚間の協働的な人間関係である。教案共有,授業見学などを通して, 授業の改善,教育の質の向上ができる。 F3は「学生は先生の人格や授業能力などを認めて,先生を信頼できるようになってから相談 してくるでしょう。ですから,勉強でも生活でも相談してくる学生がいたらうれしいですよ。 もちろん,学生の悩み,問題に対し,先輩や友達の立場で自分の経験を通して学生と一緒に解 決できるように頑張りますね」と話した。このように,学習者との双方的な人間関係の構築の

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重要性がわかる。一方,「みんな一緒に教案を考え,授業を準備することなどは自分にとても役 に立ちますよ。」(M4)「経験豊富で教育の上手な教師の授業の見学を通して,文法の有効な教 え方,教室の雰囲気の作り方などを身につけました。」(F3)「若い教師の授業に参加して,彼ら の持つ新鮮な発想は自分に刺激を与えた。」(M3) 教師の間で教授法,専門知識などについて話 し合ったり,お互いの授業を見学したり検討している。竹松(2002)は「校内でも同僚や管理 職,事務職などとの人間関係も,職務を円滑に推進するうえで大切な要件となることも多く, さまさまで重層的な対人関係にもうまく対処しなければならない職場環境にある。」と述べて いる。つまり,同僚,先輩,日本語母語話者教師などの人との緊密な人間関係をうまく構築で きることがNNTに求められることがわかる。 自己教育力:言語教育学に関する最新情報を常に吸収し,専門知識を積極的に補うことなど, NNTは自律的に高い専門性を維持している。また,研究能力を高めるために,研究会に参加す るNNTも多いが,参加者のレベル,発表の質への不満がある。多様な参加機会の提供が望まれ る。 「私たちはね,外国人としては,日本語が上手であっても,母語のように運用できないですか ら,勉強し続けるしかないですよ。」(M1)が言ったように,協力者全員が意識的に日本語能力 の向上を目指している。また,伊東(2005)は非母語話者教師の場合,言語運用力が十分でな いために,専門知識と授業能力があったとしても,指導内容に限界を感じることも少なくない と述べ,NNTの日本語能力の水準向上の重要性を指摘している。「私の言葉を聞きながらメモ する学生がけっこういますから,正しい日本語を話せるのはとても大事ですよ。」(F1)という ような発言もあった。日本語教師は,授業中,口頭・文字による学習者とのコミュニケーショ ン活動を頻繁に行っている。彼らの発話や,命令など,授業で使われたすべての発話は学習者 にとって規範となる言語活動である。今回の調査の協力者はNNTとして自分の日本語レベル が学生の学習に直接に影響を与えていると認識しており,ニュースを聞くことや母語話者との 交流などを通して,自分の言語能力を高める教師が多いことがわかる。また,「教授法を効果的 に運用するのがとても難しいですよ。たとえば,同じ授業内容,同じ授業法でも,異なるクラ スで効果が違う場合もある」(F3)。F3の発話にある教授法に関する問題は多くの協力者が言及 している。中国において,大学で日本語を教えている教師の中には,日本語教育に関する専門 知識(教授法,カリキュラムデザインなど)をまったく学習せずに教壇に立った者も少なくな い。結果として,日本語教師にとっての根本というべき技能において,不安を抱いていること がわかる。そのため,専門書や参考資料を読み,インターネットで資料を検索することを通し て,様々な形で,知識や技術を身につけることはNNTの重要な課題である。さらに,「本当は 教育と研究この双方に気を配らなければならないですけど,実際はね,教育だけもういっぱい になっちゃって,忙しくて,研究のほうはおろそかにしてしまった。」(M3) 「すごく大変だけ ど,未来のため,いま必死で博士課程をやりながら日本語を教えているよ。」(M2) といった協 力者の発言から学歴と研究業績が不十分だと感じる人が多いことがわかる。中国では,「中国 日本教学研究会」をはじめ,全国的な学術交流,地域的な学術交流,研究論文集の出版および

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短期講座の開催などの活動は活発かつ幅広く進められている。協力者は研究会・勉強会を通し て,視野を広げることができたり,自分の研究に刺激になったり,自分への激励になったりす るなどよいところはたくさんがあると言ったが,参加者のレベル,発表の内容,形式,質への 不満があるため,多くの参加機会の提供を望むという意見も出された。陳(2009)は,最近の 中国では研究者としての教師を求める声が高まっていると指摘しているが,中国の日本語教育 界の今後の発展に伴い,教師には,より高い学歴や優れた研究能力が求められるのではないか と考える。 3.3 副院長へのインタビュー 副院長のインタビューを通して,大学側は,教師の「専門性」「人間性」「自己教育力」に加え, 教師の高学歴,留学・就職経験と研究業績を特に重視していることがわかった。 「以前と違って,今はね,まず学歴だよ。博士じゃないと,教師採用の面接のチャンスも与え ないよ。」という発言があった。副院長は教師の高学歴の必要性を強調した。2000年代の中ご ろまで,大学の日本語教師になる場合,修士の学歴でも十分であったが,2012年現在,日本語 教育の発展につれて,国内外で修士課程修了者が増加し,大学の日本語教師の応募資格として 博士号が求められるようになっている。「実は,博士であっても大学の日本語教師になれない かも。専攻も考えないとね。前はね,経済学や経営学でも,日本で博士課程を修了すれば,教 師になれたけど,今はね,博士学位だけでなく,言語,文化,日本語教育に関する専攻じゃな いと,やっぱり難しい。」という発言から,大学側が言語教師を雇う条件として,専攻への重視 度が高くなっていると副院長は語っている。日本語母語話者が日本語教師になるためには,大 学あるいは大学院で日本語教育を専攻する,日本語教育能力検定試験に合格する,民間の420 時間の日本語教師養成講座を修了するなどいくつかの資格条件ある。一方,中国において中国 語母語話者が日本語教師になる場合,日本のような明確な資格条件がない。そのため,これま では日本語教育を専攻していない人が日本語の授業を担当することも多々あった。このような 不備な点を是正するために,今後の採用では大学側は第一に日本語教育専攻を修了した専門家 を教師として求め,第二に日本語や文化に深くかかわる専攻(日本文学,日本文化など)の修 了者を求める傾向が強くなると推測される。また,副院長は「なるべく留学経験がある人がほ しいね。単に単語や文法,その言語だけではなく,日本社会,日本文化のようなことも教えて ほしい。日本での留学経験がなかったら,普通はそんなに深く理解できると思わない。うちの 学校の教師はね,100%日本留学や研修の経験があるよ。」と述べている。グローバル人材の需 要が高まる社会的ニーズに呼応し,大学は学習者の文化理解,異文化間のコミュニケーション 能力の養成に重点を置いている。そのため,滞日経験(留学,就職)を有するNNTの教育上の 貢献が期待できる。たとえば,学習者の日本文化理解を深める指導が展開できる,などが挙げ られる。また,学習者に日中文化の理解や双方的のコミュニケーション能力の向上を促すこと ができる。そして,副院長の発言の「学校はね,教師の研究を一番重視しているかな。これは うちの学校だけじゃない。学校は生きのびていかなきゃならないでしょう。存続するために, 主要な条件は国家レベルの研究項目や国家レベルの教授,研究領域の業績が鍵だよ。」から,大

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学は,教師の優れた研究能力を非常に重視している。豊かな研究業績(博士号の取得を含む) は,大学の社会的地位(大学間の競争力)や新入生の獲得などにも影響をもたらし,大学運営 を左右するからである。 3.4 総合的考察 グローバル時代に進む中国が求める外国語(日本語)人材のニーズに変化が起きている。今 日外国語学習者に求められるのは言語能力と異文化理解の両方である。そのため,NNTに求め られるのは,コミュニケーション能力の養成,異文化理解に焦点にあてた指導,それに,専門 分野における研究能力が加わることが明らかになった。また,今日の言語教育の主体は教師か ら学習者へと移っている(牛窪2005)。教師は教えるだけではなく,学習者に多様な気づき,発 見および学習の楽しさを体験する機会を提供し,学習者自身が主体的かつ積極的に学習するこ とを支援する役割を担うようになってきている(梅田2005)。このような言語教育の急激なパ ラダイムシフト(佐々木2006)に応じて,教師に授業活動,授業方法などの授業指導能力が強 く求められることがわかる。また,新しい学習者ニーズに応じて,NNTは,日本語運用能力の 育成を力に入れると同時に,学習者の専門知識に注意しながら応用型人材を育成する必要があ ると考えられるそれに,NNTはキャリア形成・発展のため,主体的に自己成長を目指して努力 していることがわかった。副院長がNNTの留学・就職経験を非常に重視している理由は,「熟 達した日本語使用者」を要求しているからと考えられる。留学すれば,多様な場面で直接イン ターアクションの経験を積む機会が多いため,まず自立を確立し,その後「熟達した日本語使 用者」と成長するわけである。このような自立したNNTは中国の日本語学習者を適切かつ効 果的に指導できると副院長は考える。 同様に,研究業績の重要性もNNTが「理論と実践能力 を備えた教育専門家」であることを端的に反映できる証しであるからだと推測できる。

おわりに

以上のように,グローバル時代の中国人大学生学習者の新しいニーズに応えるために,NNT に求められる資質を実証的データから検証した。今後の課題として,(1)NNTの個別的ニーズ に沿った教師養成プログラムの具体的内容を調査する。(2)NNTが最多を占める中国での調査 結果を基に,世界の諸地域において非母語話者教師の資質向上や養成に取り組む研究者と連携 した調査を実施したい。  この論文は筆者が 2011年に桜美林大学大学院に提出した修士論文の一部で,2012年6月30日に主 催された第21回小出記念日本語教育研究会において口頭発表をした論文に,加筆訂正を加えたもので ある。

(1) 二つ以上の能力,技能を持つ人を指す。 (2) 中国の独自の日本語試験,受験生は大学の日本語専門の学生である。

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(3) 同上。 (4) 「2+2」は中国の大学で2年間勉強し,残りの2年間は日本の大学で勉強するプログラムである。 「3+1+2」は中国の大学で3年間勉強し,残り1年間は日本の大学で勉強し,順調に卒業できた ら大学院での2年間の勉強ができるプログラムである。

引用文献

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巻末資料Ⅰ アンケート調査の項目 Q1 自分,他者,人生について楽観的である Q2 日本語教師として十分な訓練を受けている Q3 教えることに熱心である Q4 標準的な日本語を話すことができる Q5 明るく,ユーモアがある Q6 プロとしての自覚を持っている Q7 異なる言語や文化に対する寛容性がある Q8 世界経済・国際問題について幅広い知識が ある Q9 楽しんで教えている Q10日本語を 1 つの言語として客観的に分析す ることができる Q11必要なら教科書に出ていないことも教える Q12外国語としての日本語教授法に熟達してい る Q13学習者が分からないとき,分かりやすく説 明する Q14学習者からの提案や考えを取り上げる Q15勤勉である Q16学習者の質問に喜んで答え,また質問に答 えられる Q17言語学の基礎的な知識がある Q18学習者をほめたり,励ましたりする Q19授業がきちんと構成されている Q20学習者の能力に合わせて授業を進める Q21暖かく,やさしく,思いやりがある Q22学習者に日本語で話すことを促す Q23多様な教授法,教材,視聴覚教具を用いる Q24日本語以外のことについても相談にのって くれる Q25学習者の母語(または媒介言語)で説明す ることができる Q26指導経験が長い Q27日本の文化・習慣・歴史について幅広い知 識がある Q28大きな忍耐力がある Q29学習者の間違いを適切に訂正することがで きる Q30日本語教育に関する資格を持っている Q31授業を面白く,楽しくする Q32達成度,熟達度など,目的に応じてテスト が作成でき,その結果を統計的に解釈すること ができる Q33日本語を正確に,且つ流暢に使うことがで きる Q34学習者が間違っても気まずい思いをさせたり,ばかにしたりしない Q35日本語の古典に関する十分な知識がある Q36修士号(またはそれ以上の学位)を持って いる Q37教室を和やかで,くつろいだ雰囲気にする Q38学習者のニーズに対応したコース設計をす ることができる Q39以前に外国語学習の経験がある Q40学習者の感情を受け入れる Q41教室内において学習者に規律を守らせる

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巻末資料Ⅱ 因子分析結果 質問項目/因子   因子負荷量 1 2 3 第1因子 学習者のニーズに対応できる指導力 Q38 学習者のニーズに対応したコース設計をすることができる .857 -.174 -.098 Q20 学習者の能力に合わせて授業を進める .766 -.049 .033 Q18 学習者をほめたり,励ましたりする .753 .033 -.143 Q24 日本語以外のことについても相談にのってくれる .750 .038 -.042 第2因子 言語能力と専門性の高さ Q4 標準的な日本語を話すことができる -.150 .973 -.061 Q23 多様な教授法,教材,視聴覚教具を用いる -.040 .915 -.018 Q2 日本語教師として十分な訓練を受けている -.210 .867 .025 Q33 日本語を正確に,流暢に使うことができる .058 .783 -.058 第3因子 学位と指導経験 Q36 修士号(またはそれ以上の学位)を持っている -.207 -.113 .950 Q30 日本語教育に関する資格を持っている -.279 .170 .860 Q6 プロとしての自覚を持っている .264 -.255 .628 Q26 指導経験が長い .227 .012 .570

表 3 NNTの属性 協力者 性別 年齢 最終学歴 教師歴 日本留学経験 日本研修経験 M1 M 30 代 修士 7 年 2 年 1 年 M2 M 30 代 修士 5 年 1 年 10 日 M3 M 30 代 修士 2 年 1 年 無 M4 M 30 代 博士 2 年 6 年 無 F1 F 30 代 修士 5 年 無 1 年 F2 F 30 代 修士 5 年 7 年 無 F3 F 40 代 修士 23 年 4 年 2 年 2.3 副院長へのインタビュー 同校の日本語学院の副院長 1 名に中国語を使い,30

参照

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